説明

継目無管の製造方法

【課題】高温での変形能が低い被押出素材を用いて熱間押出を行う場合、管トップ部の外表面で横切れ疵の発生を防止できる継目無管の製造方法を提供する。
【解決手段】被押出素材を、その外径d0[mm]に応じて、(1)式または(2)式の関係を満足する温度T[℃]に加熱した後、ダイスとの間に固形潤滑ガラスを設け熱間押出する。
d0<200の場合:T≦1250+1.1487×A−7.838×ln(t0/t)−10.135×ln(d0/d)…(1)
d0≧200の場合:T≦1219+1.1487×A−7.838×ln(t0/t)−10.135×ln(d0/d)…(2)
A=L/Vav×1000[msec]、Vav=(V0+V0×ρ)/2[mm/sec]、
ρ=(t0×(d0−t0))/(t×(d−t))、
t0:被押出素材の肉厚[mm]、d:押出管の外径[mm]、t:その肉厚[mm]、
L:ダイスアプローチ部の押出方向の長さ[mm]、V0:ラム速度[mm/sec]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱間押出製管法による継目無管の製造方法に関し、特に、高温での変形能が低い被押出素材を用いる場合に適した継目無管の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化対策が推進される中で大容量の発電プラントが求められており、高能率の超々臨界圧発電ボイラの開発が盛んに行われている。また、石油の枯渇問題の進展に伴い、石油や天然ガスの採掘環境がますます苛酷になっている。これらの発電ボイラ、または油井やガス井には、高強度で、しかも耐食性、耐応力腐食割れ性などに優れた継目無管が用いられ、その材質は、近年の使用要請の高度化に対応し高Cr、高Ni化の傾向にある。
【0003】
高Cr、高Niの材料は加工性が悪く、この難加工性材の製管法として、速い加工で被加工材の温度低下が少なく、高い加工度を実現できる熱間押出製管法を採用した継目無管の需要が増加している。特に、ガラス潤滑を特徴とするユジーンセジュルネ法は、難加工材の継目無管の製造に適している。
【0004】
図1は、ユジーンセジュルネ法による継目無管の熱間押出製管法を説明するための断面図である。同図に示すように、ユジーンセジュルネ製管法では、軸心に貫通孔が形成された中空の被押出素材(以下、「ビレット」ともいう)8を加熱し、所定温度に加熱されたビレット8をコンテナ6内に収容した後、ビレット8の軸心にマンドレルバー3を挿入した状態で、図示しないラムの駆動に伴うステムの移動(図1中で白抜き矢印の方向への移動)により、ダミーブロック7を介してビレット8を押出し、継目無管である押出管を製造する。
【0005】
このとき、コンテナ6の前端には、ダイホルダ4およびダイバッカー5で保持されたダイス2が配置されており、ビレット8は、ダイス2の内面とマンドレルバー3の外面とで形成される環状隙間からステムの移動方向に押し出され、所望の外径と肉厚を有する押出管となる。
【0006】
ユジーンセジュルネ法では、潤滑剤としてガラスが用いられ、ビレット8をコンテナ6内に収容する前に、加熱されたビレット8の外表面および内表面に粉末ガラスを散布し、溶融ガラスの皮膜を形成する。このガラス皮膜により、ビレット8とコンテナ6およびマンドレルバー3との潤滑が行われる。
【0007】
これと合わせ、ビレット8とダイス2の間に、粉末ガラスをガラス繊維や水ガラスと混合させて環状に成形したガラスディスク1を装着する。このガラスディスク1は、押出加工の過程でビレット8が保有する熱により徐々に溶融し、ビレット8とダイス2との潤滑を担う。
【0008】
このような熱間押出製管法において、押出加工時のビレット温度は、ビレットの加熱温度、工具(コンテナやマンドレルバーやダイス)への伝熱などによる放熱、および塑性加工に伴う発熱に支配される。ビレットの放熱が著しい場合、ビレット温度が低下し変形抵抗が増大するため、製管設備への負荷が過大になって押出不能に陥り、操業面および歩留面で支障が生じることがある。この事態を回避するためにビレットの加熱温度を高くし過ぎると、高温域に存在する延性低下領域に起因して押出管に疵が発生し、製品不良により歩留の悪化を招く。特に、押出管のトップ部(押出の先頭になる部分)の外表面には、横切れ疵と称される横方向の疵が発生し易い。
【0009】
一般に、高Cr、高Niの材料は、変形抵抗が高く、しかも、高温延性の良好な温度(高温引張試験で絞りが90%以上を呈する温度)が低く、その温度域の範囲も狭いことから、高温での変形能が低い。このため、高Cr、高Niの材料を被押出素材として用いた熱間押出では、押出不能による操業面および歩留面での支障や、押出管の疵による歩留の悪化が顕著になる。従って、高温での変形能が低いビレットを用いて高品質の押出管を製造するには、高温域での延性低下温度を把握し、また加工発熱も考慮する必要がある。
【0010】
押出管の品質確保を図る手法として、例えば、特許文献1および2には、コンテナの温度に基づく条件式を規定し、押出管の温度が一定となるように押出を行う金属材料の押出方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2002−192222号公報
【特許文献2】特開2005−219123号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
前記特許文献1、2に開示の押出方法において、時々刻々と変化するコンテナ温度を管理するのは現実的に困難であり、被加工材の材質毎に物性値を把握しなければ条件式を定めることもできないという不都合がある。
【0013】
また、上述した高Cr、高Niの材料を被押出素材として用いた押出は、ラム速度が50mm/sec以上、ビレット加熱温度が1000℃以上である。一方、前記特許文献1、2に開示の押出は、アルミニウムおよびその合金を対象とし、ラム速度が10mm/sec以下、ビレット温度が600℃程度に過ぎない。すなわち、高Cr、高Niの材料を被押出素材として用いた押出は、前記特許文献1、2に開示の押出と比較して、押出条件が大きく相違し、著しく過酷な条件下で行われる。
【0014】
さらに、上述した高Cr、高Niの材料を熱間押出する際、管外表面の横切れ疵の発生要因として、ユジーンセジュルネ法に特有の潤滑ガラスが影響しかねない。潤滑ガラスは、これと接するビレットおよび工具に比べ、熱伝導率が二桁も小さいため、潤滑ガラスの存否によりビレット温度が変動する可能性があるからである。一方、前記特許文献1、2に開示の押出方法では、潤滑剤に関して一切考慮されていない。このため、前記特許文献1、2に開示の押出方法は、管トップ部の外表面で横切れ疵を防止する技術となり得ない。
【0015】
本発明は、上記の問題に鑑みてなされたものであり、高Cr、高Niの材料のように高温での変形能が低いビレットを用いて熱間押出を行う場合であっても、管トップ部の外表面における横切れ疵の発生を防止することができる継目無管の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記目的を達成するため、押出加工時の被押出素材の変形挙動および温度分布を調査し、鋭意検討を重ねた。そして、管トップ部の外表面における横切れ疵の発生が、被押出素材とダイスとの間に設けた固形潤滑ガラスの断熱作用と、被押出素材自身の加工発熱により、押出初期に押出管の表面温度が加熱温度よりも上昇するのが原因であることを究明した。すなわち、高温での変形能が低い材料を熱間押出するに際し、被押出素材の外径に応じて、加工発熱量を定量的に予測し、被押出素材の加熱温度を調整することにより、押出管の表面温度を過剰に上昇させることなく、横切れ疵を防止できることを知見した。
【0017】
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は、下記の継目無管の製造方法にある。すなわち、中空の被押出素材を加熱した後、被押出素材とダイスの間に固形潤滑ガラスを設けて熱間押出する際、被押出素材を、その外径d0[mm]に応じて、下記(1)式または(2)式の関係を満足する加熱温度T[℃]に加熱して熱間押出することを特徴とする継目無管の製造方法である。
0<200の場合:
T≦1250+1.1487×A−7.838×ln(t0/t)−10.135×ln(d0/d) ・・・(1)
0≧200の場合:
T≦1219+1.1487×A−7.838×ln(t0/t)−10.135×ln(d0/d) ・・・(2)
【0018】
但し、上記(1)式および(2)式中のAは、下記(3)式により求められる。
A=L/Vav×1000 ・・・(3)
上記(3)式中のVavは、下記(4)式により求められる。
av=(V0+V0×ρ)/2 ・・・(4)
上記(4)式中のρは、下記(5)式により求められる。
ρ=(t0×(d0−t0)×π)/(t×(d−t)×π) ・・・(5)
ここで、上記(1)式〜(5)式中の各記号は、下記の諸量を意味する。
0:被押出素材の外径[mm]、
0:被押出素材の肉厚[mm]、
d:押出管の外径[mm]、
t:押出管の肉厚[mm]、
A:ダイス通過時間[msec(ミリセカンド)]、
L:ダイスにおけるアプローチ部の入口端からベアリング部の入口端までの押出方向の長さ[mm]、
av:被押出素材の平均押出速度[mm/sec]、
0:ラム速度[mm/sec]、
ρ:押出比
【0019】
上記の製造方法は、前記被押出素材として、質量%で、Cr:15〜35%およびNi:3〜50%を含有する材料を適用することが好ましい。
【0020】
また、上記の製造方法では、前記固形潤滑ガラスの平均厚みが6mm以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明の継目無管の製造方法によれば、高Cr、高Niの材料のように高温での変形能が低い被押出素材を用いて熱間押出を行うに際し、被押出素材の外径に応じ、加工発熱量を見込んだ条件式を満足する加熱温度に被押出素材を加熱することにより、押出初期の押出管の表面温度を過剰に上昇させることなく、高温延性の良好な温度に確保することができ、押出される管トップ部の外表面における横切れ疵を防止することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】ユジーンセジュルネ法による継目無管の熱間押出製管法を説明するための断面図である。
【図2】ユジーンセジュルネ製管法における被押出素材の変形挙動を模式的に示す図であり、同図(a)は押出開始直前の状態を示し、同図(b)は押出初期の状態を示す。
【図3】ガラスディスクの平均厚みが押出管の外面疵に及ぼす影響を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の製造方法は、上記の通り、中空の被押出素材を加熱した後、被押出素材とダイスの間に固形潤滑ガラスを設けて熱間押出する際、被押出素材を、その外径d0[mm]に応じて、前記(1)式または(2)式の関係を満足する加熱温度T[℃]に加熱して熱間押出する継目無管の製造方法である。以下に、本発明の製造方法を上記のように規定した理由および好ましい態様について説明する。
【0024】
1.被押出素材の加熱温度
管トップ部の外表面における横切れ疵の発生要因を究明するため、二次元FEM解析を用いて、ユジーンセジュルネ製管法による被押出素材の変形挙動、およびこれに基づく押出加工時の被押出素材の温度分布を調査した。FEM解析では、被押出素材として、高温での変形能が低い材料例としてオーステナイト系ステンレス鋼(JIS規格のSUS347H)を採用し、被押出素材の外径とその肉厚、被押出素材の加熱温度、およびラム速度の各条件を種々変更して解析を行った。
【0025】
1−1.被押出素材の変形挙動
図2は、ユジーンセジュルネ製管法における被押出素材の変形挙動を模式的に示す図であり、同図(a)は押出開始直前の状態を示し、同図(b)は押出初期の状態を示す。同図(b)には、被押出素材(ビレット)の押出方向を白抜き矢印で示している。
【0026】
図2(a)に示すように、加熱されてコンテナ6内に収容されたビレット8は、マンドレルバー3が挿入され、アップセットされた状態となる。この状態からラムを駆動させ、これに伴うステムの移動により、ビレット8は、ダミーブロックを介して後端面を押圧され、押出が開始される。押出が開始されると、ビレット8は、ダイス2に向けて押し込まれるが、その際に、外表面がガラス皮膜を介在してコンテナ6の内面に接触するまで変形するとともに、内表面がガラス皮膜を介在してマンドレルバー3の外面に接触するまで変形する。
【0027】
このとき、ビレット8の前端の外周部には予め面取りが施されており、その面取り部は、コンテナ6の内面と接触しない。すなわち、ビレット8は、図2(a)中の符号「X」で示す面取りの起点よりも前端側ではコンテナ6と接触することなく、面取り起点Xの後端側である外表面がコンテナ6の内面と接触する。これと同時に、ビレット8の前端面は、固形潤滑ガラスであるガラスディスク1を介在してダイス2と接触する。
【0028】
引き続きステムを移動させると、図2(b)に示すように、ビレット8は、ガラスディスク1を介在させた状態で、ダイス2の内面とマンドレルバー3の外面との環状隙間に前端部から押し込まれる。
【0029】
ダイス2の内面は、図2(a)に示すように、押出方向に沿って順に、逐次縮径するアプローチ部2aと、径が一定のベアリング部2bとを有しており、ビレット8は、アプローチ部2aとベアリング部2bを順に経ることにより所望の外径に形成され、押出管となる。このとき、アプローチ部2aの入口端からベアリング部2bの入口端までの押出方向の長さLの範囲において、ビレット8は急激に塑性変形し、歪速度が極めて高くなる。
【0030】
1−2.押出加工時の被押出素材の温度分布
上記の変形挙動に基づき、押出加工時の被押出素材の温度分布をFEM解析した結果、下記の知見を得た。
【0031】
押出の開始直後において、ビレットの外表面は、コンテナの内面との接触に伴う伝熱により放熱が促進し、温度低下が生じる。同様に、ビレットの内表面は、マンドレルバーの外面との接触に伴う伝熱で放熱が促進し、温度低下が大きくなる。すなわち、ビレットの外表面と内表面は、温度が低い状態になる。
【0032】
一方、ビレットの前端面は、これが接触するガラスディスクの断熱作用により、ダイスへの放熱が抑えられ、ビレットの外表面および内表面と比較して、温度低下が小さくなる。押出の開始直後ではガラスディスクの厚みが厚いことによる。また、ビレットの前端外周部の面取り部は、コンテナの内面と接触しないことから、放熱が促進することなく、しかも、厚いガラスディスクの断熱作用により、温度低下が小さくなる。すなわち、ビレットの前端面と面取り部は、温度が高い状態に維持される。
【0033】
そして、押出の進行に伴い、ビレットは、前端面、面取り部、および外表面が順次ダイスの内面に沿って移動するように押し込まれ、特にダイスのアプローチ部を経る過程で、急激な塑性流動により発熱する。この発熱度合いは、ビレットの前端面、面取り部、および外表面がダイスを経るいずれの場合でも変わりはない。
【0034】
このとき、ビレットの前端面および面取り部がダイスを経る場合は、その前過程で、ガラスディスクの断熱作用により表面温度が高い状態に維持されることから、押出管の表面温度は加工発熱が加わりさらに上昇し、加熱温度よりも高温になる。この場合、押出管の表面温度が、加工発熱した肉厚中心部の温度よりも高くなる。
【0035】
一方、ビレットの外表面がダイスを経る場合は、その前過程で、コンテナへの放熱により、さらに押出の進行に伴いガラスディスクが溶融して薄くなり、これを通じたダイスへの放熱により表面温度が低下することから、加工発熱が加わっても押出管の表面温度はさほど上昇することなく、加熱温度よりも低温になる。この場合、押出管の表面温度は、加工発熱した肉厚中心部の温度よりも低くなる。
【0036】
このような温度分布の状況から、ビレットの前端面および面取り部を含む部分、すなわちビレットにおける面取り起点X(図2(a)に図示)の前端側の部分(以下、「非定常部」ともいう)を押出す際、ガラスディスクの断熱作用とビレット自身の加工発熱により、押出管の表面温度が加熱温度よりも上昇し、高温域での延性低下温度に達し易いことが明らかである。これが管トップ部の外表面における横切れ疵の発生要因といえる。
【0037】
ここで、ビレットの外径d0が大きい場合は、ビレット自身の熱容量が大きくなるため、ビレットの温度低下が抑制され、その結果として、押出管表面の温度上昇の度合いが大きくなり易い。
【0038】
また、押出管表面の温度上昇の度合いは、加工度に依存する。加工度が高くなるのに伴って、加工発熱量が増加するからである。ここでいう加工度は、押出管の肉厚tに対するビレットの肉厚t0の比「t0/t」、押出管の外径dに対するビレットの外径d0の比「d0/d」、および押出管の平均断面積に対するビレットの平均断面積の比で表される押出比ρ「(t0×(d0−t0)×π)/(t×(d−t)×π)」が該当する。
【0039】
さらに、押出管表面の温度上昇の度合いは、ラム速度V0に依存する。ラム速度V0が高速になるのに伴って、ビレットの平均押出速度Vav「(V0+V0×ρ)/2」が速くなり、これに対応する歪速度の増加により加工発熱量が増加するからである。これは、ダイスにおけるアプローチ部の押出方向の長さLをビレットが通過する際の時間A「L/Vav×1000」に影響し、ラム速度V0が高速になるのに伴って、そのダイス通過時間Aが短くなり、加工発熱量が増加する。
【0040】
これらのことから、高温での変形能が低い材料を熱間押出するに際し、ビレットの外径に応じ、加工度およびダイス通過時間に基づいて加工発熱量を定量的に予測し、この加工発熱量を見込んでビレットの加熱温度を調整することにより、押出初期の非定常部での表面温度を過剰に上昇させることなく、高温延性の良好な温度に確保することができ、押出される管トップ部の外表面における横切れ疵を防止することが可能になる。
【0041】
以上の知見および後述する実施例の結果に基づいて加熱条件を定式化し、前記(1)式および(2)式で表される加熱温度の条件式を得た。
【0042】
前記(1)式および(2)式では、押出管表面の過剰な温度上昇を防止するため、ビレットの加熱温度の上限を規定しているが、その下限は、1100℃とするのが好ましい。加熱温度が低すぎると、表面温度が高温延性の良好な温度に到達することなく、変形能が低下し、表面疵が発生し易いからである。また、加熱温度の低下に伴って変形抵抗が高くなり、押出加工時に製管設備への負荷が増大するからである。
【0043】
2.固形潤滑ガラスの厚み
上述の通り、横切れ疵の発生要因が非定常部での表面温度の過剰な上昇にあるが、これはガラスディスクの断熱作用に起因する。そこで、ガラスディスク、すなわち被押出素材とダイスの間に設ける固形潤滑ガラスについて、その好ましい厚みを検討する。
【0044】
被押出素材として、外径が178[mm]、内径が66[mm]で、下記表1に代表組成を示すオーステナイト系ステンレス鋼(JIS規格のSUS347H)を用い、これを1200[℃]に加熱した後、ガラスディスクの平均厚み、およびラム速度を種々変更した条件で熱間押出を行い、外径が76.8[mm]、内径が63[mm]の押出管を製造する試験を実施した。この試験では、ガラスディスクの平均厚みを0〜10[mm]の範囲で変更し、ラム速度を100、150および200[mm/sec]とし、各条件で100本ずつ押出管を製造した。ガラスディスクの平均厚みが0[mm]とは、ガラスディスクを装着しないことを意味する。
【0045】
【表1】

【0046】
各条件の押出試験で得られた押出管それぞれに対して、外表面の全域を目視観察し、外面疵の発生状況を調査した。
【0047】
図3は、ガラスディスクの平均厚みが押出管の外面疵に及ぼす影響を説明する図である。同図中の「■」印は、押出の初期からガラスディスクがないことに起因してダイスが焼付き、押出管の全長にわたり表面疵が発生したことを示す。「●」印は、押出の中期以降でガラス潤滑が不足したことに起因して焼付きが生じ、押出管の中間部からボトム部までに表面疵が発生し、その本数が当該条件での試験本数(100本)の5%以上であったことを示す。「○」印は、押出管の全長にわたり表面疵が認められなかったことを示す。
【0048】
図3から、ラム速度の大きさに関係なく、ガラスディスク(固形潤滑ガラス)は、押出中にダイスの焼付きを防止する潤滑剤として不可欠であり、その平均厚みによってはダイスに焼付きが生じたり、押出管の表面疵が発生することがわかる。押出管の全長にわたり表面疵を防止するには、固形潤滑ガラスは平均厚みが6mm以上であることが好ましい。
【0049】
上限は特に規定しないが、70mmとするのが好ましい。固形潤滑ガラスの平均厚みが70mmもあれば潤滑剤の量を十分に確保することができ、これより厚くしてもその効果が飽和し、コストアップを招くだけである。
【0050】
3.被押出素材の組成
以下の記述において、成分含有量の「%」は「質量%」を意味する。
【0051】
3−1.適用対象材(Cr:15〜35%およびNi:3〜50%を含有)
本発明の製造方法では、上記組成を有する被押出素材を対象とするのが好ましい。上記組成を有する被押出素材は、高温での変形能が低いため、それを用いて熱間押出を行った場合、押出初期の非定常部において、押出管の外表面温度が上昇することに起因し、外表面に横切れ疵が発生し易いからである。
【0052】
3−2.適用材の例示
本発明の製造方法は、上記組成を満たす被押出素材として、高温での変形能が低いオーステナイト系合金や二相ステンレス鋼を用いるのが好ましい。
【0053】
オーステナイト系のステンレス鋼やNi−Cr−Fe合金などのオーステナイト系合金としては、主要組成としてCr:15〜30%、およびNi:6〜50%を含有する、JISで規定されるSUS304H、SUS309、SUS310、SUS316H、SUS321H、SUS347H、NCF800、NCF825、およびそれらの相当合金を例示できる。その他にも、ASTMで規定されるA213−TP347H UNS S34709、A213 UNS S30432、A213−TP310HCbN UNS S31042、B622 UNS NO8535、およびそれらの相当合金を例示できる。
【0054】
より具体的には、オーステナイト系合金は、C:0.2%以下、Si:2.0%以下、Mn:0.1〜3.0%、Cr:15〜30%およびNi:6〜50%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる材料である。この合金は、必要に応じ、Feの一部に代えて、Mo:5%以下、W:10%以下、Cu:5%以下、N:0.3%以下、V:1.0%以下、Nb:1.5%以下、Ti:0.5%以下、Ca:0.2%以下、Mg:0.2%以下、Al:0.2%以下、B:0.2%以下および希土類元素:0.2%以下の中から選んだ1種以上を含有してもよい。
【0055】
また、二相ステンレス鋼としては、主要組成としてCr:20〜35%、およびNi:3〜10%を含有する、JISで規定されるSUS329J1、SUS329J3L、SUS329J4L、およびそれらの相当合金を例示できる。その他にも、ASTMで規定されるA789 UNS S31260、S31803、S39274、およびそれらの相当合金を例示できる。
【0056】
より具体的には、二相ステンレス鋼は、C:0.03%以下、Si:1%以下、Mn:0.1〜2%、Cr:20〜35%、Ni:3〜10%およびN:0.15〜0.60%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる材料である。このステンレス鋼は、必要に応じ、Feの一部に代えて、Mo:4%以下、W:6%以下、Cu:3%以下、Ca:0.2%以下、Mg:0.2%以下、Al:0.2%以下、B:0.2%以下および希土類元素:0.2%以下の中から選んだ1種以上を含有してもよい。
【0057】
3−3.具体的な組成と限定理由
オーステナイト系合金、例えばJIS規格のSUS347Hは、一般的な炭素鋼S45Cと比較して、同一温度での変形抵抗が1.5倍以上と高く、押出加工に伴う発熱量が高くなり、押出初期の非定常部において管外表面の温度が高くなり易い。このような特性から、本発明の製造方法では、被押出素材としてオーステナイト系合金を適用するのが、より好ましい。
【0058】
上述の通り、本発明で適用できるオーステナイト系合金の具体的な組成を例示したが、以下では、その各成分の作用効果と含有量の限定理由について説明する。
【0059】
C:0.2%以下
Cは、強度およびクリープ強度を確保するのに有効な元素である。その効果を得るためには0.01%以上の含有が好ましい。しかし、その含有量が0.2%を超えると、固溶化処理状態で未固溶の炭化物が残存して、高温強度の向上に寄与しなくなるばかりでなく、靭性等の機械的性質に悪影響を及ぼす。従って、C含有量は0.2%以下とする。なお、熱間加工性低下および靭性劣化を防止するためには、その含有量を0.12%以下とするのが望ましい。
【0060】
Si:2.0%以下
Siは、脱酸剤として用いられる元素であり、しかも耐水蒸気酸化性を向上させるのに有効な元素であるので、0.1%以上含有させるのが好ましい。一方、含有量が多くなると溶接性または熱間加工性が劣化するため、2.0%以下とする。Siの望ましい含有量は0.8%以下である。
【0061】
Mn:0.1〜3.0%
Mnは、Siと同様に脱酸剤として有効な元素である。また、Mnは、不純物として含有されるSに起因する熱間加工性の劣化を抑止する作用がある。脱酸効果および熱間加工性の改善を図るために、Mnは0.1%以上含有させる。ただし、過度の含有は脆化を招くため、含有量の上限は3.0%とする。より望ましい上限は2.0%である。
【0062】
Cr:15〜30%
Crは、高温強度、耐酸化性および耐食性を確保するために必要な元素であり、その効果を十分に発揮させるためには、15%以上含有させる必要がある。しかし、過剰に含有させると靭性および熱間加工性が劣化するため、上限は30%とする。
【0063】
Ni:6〜50%
Niは、オーステナイト組織を安定化させ、かつクリープ強度の向上に必要な元素であり、6%以上の含有が必要である。しかし、多量の含有は効果が飽和し、コストの増大を招くため、上限は50%とする。好ましい上限は35%、より好ましい上限は25%である。なお、より高温、長時間での組織の安定性を確保したい場合は、Niを15%以上含有させるのが好ましい。
【0064】
以下、必要に応じて含有させることができる元素およびその組成について説明する。
【0065】
Mo:5%以下、W:10%以下、Cu:5%以下
Mo、WおよびCuは、合金の高温強度を高める元素である。その効果を必要とする場合は、いずれか一種を0.1%以上含有させるのが好ましい。また、多量の含有では溶接性や加工性を損なうため、MoおよびCuの上限はそれぞれ5%、Wの上限は10%とする。
【0066】
N:0.3%以下
Nは、合金の固溶強化に寄与し、また他の元素と結合して析出強化作用により合金を強化する効果がある。その効果を必要とする場合には、0.005%以上含有させるのが好ましい。しかし、その含有量が0.3%を超えると延性および溶接性が劣化する場合がある。
【0067】
V:1.0%以下、Nb:1.5%以下、Ti:0.5%以下
V、NbおよびTiは、いずれも炭素および窒素と結合して炭窒化物を形成し、析出強化に寄与する。従って、その効果を必要とする場合は、これらの1種以上を0.01%以上含有させるのが好ましい。一方、これらの含有量が過多になると合金の加工性が損なわれるので、Vは1.0%、Nbは1.5%、Tiは0.5%をそれぞれ上限とする。
【0068】
Ca:0.2%以下、Mg:0.2%以下、Al:0.2%以下、B:0.2%以下、希土類元素:0.2%以下
【0069】
Ca、Mg、Al、Bおよび希土類元素は、いずれも強度、加工性および耐水蒸気酸化性を向上させる効果がある。これらの効果を必要とする場合には、これらの元素から選択される1種以上をそれぞれ0.0001%以上含有させるのが好ましい。一方、これらの元素の含有量それぞれが0.2%を超えると加工性または溶接性が損なわれる。なお、希土類元素とは、ランタノイドの15元素にYおよびScを加えた17元素の総称であり、これらの元素のうちの1種または2種以上を含有させることができる。希土類元素の含有量は、これらの元素の合計含有量を意味する。
【0070】
上述の通り、本発明の製造方法で被押出素材として適用されるオーステナイト系ステンレス鋼は、上記の必須元素、場合によってはさらに上記の任意元素を含有し、残部がFeおよび不純物からなる。ここで、不純物とは、材料を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0071】
本発明の製造方法で用いる中空の被押出素材は、工業的に慣用される製造設備および製造方法により製造することができる。例えば、溶製には、電気炉、アルゴン−酸素混合ガス底吹き脱炭炉(AOD炉)や真空脱炭炉(VOD炉)などを利用することができる。溶製された溶湯は、造塊法によりインゴットに鋳造後ビレットとしてもよいし、また、連続鋳造法により棒状のビレットに鋳造してもよい。
【0072】
これらのビレットの軸心にガイドホールを機械加工し、場合によってはさらに穿孔プレスでその内径を拡げるエクスパンション穿孔を行い、得られた中空ビレットを被押出素材として用い、ユジーンセジュルネ法の熱間押出製管法により継目無管を製造することができる。そして、熱間押出により得られた押出管には、溶体化熱処理を行った後、冷間圧延や冷間引抜などの冷間加工を施して冷間継目無管としてもよい。
【実施例】
【0073】
本発明の製造方法の効果を確認するため、ユジーンセジュルネ製管法による熱間押出試験を行った。試験では、前記表1に代表組成を示すオーステナイト系ステンレス鋼(JIS規格のSUS347H)のビレットを用い、平均厚みが6〜12mmのガラスディスクを使用して熱間押出を行い、得られた押出管のトップ部の外表面を目視観察して、横切れ疵の発生状況を調査した。表2に、ビレットおよび押出管の諸寸法、ビレットの加熱温度をはじめとする試験条件、および横切れ疵評価の結果を示す。
【0074】
【表2】

【0075】
同表において、「計算温度」とは、前記(1)式または(2)式の右辺により計算される被押出素材の加熱温度の上限値を表わす。また、「横切れ疵評価」の欄の「○」印は、管トップ部の外表面に横切れ疵が観察されなかったことを表し、「×」印は、横切れ疵が観察されたことを表す。
【0076】
試験番号1〜12は、ビレットの外径d0が200[mm]未満であるため、本発明で規定する前記(1)式で加熱温度の上限を判断する試験である。これらのうち、試験番号1〜3、7、8、10および11では、いずれも、加熱温度Tが上記(1)式の関係を満足し、管トップ部の外表面に横切れ疵が発生せず、良好な外面品質の押出管が得られた。一方、試験番号4〜6、9および12のいずれも、加熱温度Tが上記(1)式の関係を満足しておらず、横切れ疵が発生した。
【0077】
試験番号13〜21は、ビレットの外径d0が200[mm]以上であるため、本発明で規定する前記(2)式で加熱温度の上限を判断する試験である。これらのうち、試験番号13、14、16および19では、いずれも、加熱温度Tが上記(2)式の関係を満足し、管トップ部の外表面に横切れ疵が発生しなかった。一方、試験番号15、17、18、20および21のいずれも、加熱温度Tが上記(2)式の関係を満足しておらず、横切れ疵が発生した。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明の継目無管の製造方法によれば、高温での変形能が低いビレットを用いて熱間押出を行うに際し、ビレットの外径に応じ、加工発熱量を見込んだ条件式を満足する加熱温度にビレットを加熱することにより、押出初期の押出管の表面温度を過剰に上昇させることなく、押出される管トップ部の外表面における横切れ疵を防止することができる。従って、本発明の製造方法は、外面品質の良好な高Cr、高Niの押出管を製造できる技術として極めて有用である。
【符号の説明】
【0079】
1:ガラスディスク(固形潤滑ガラス)、 2:ダイス、
2a:アプローチ部、 2b:ベアリング部、 3:マンドレルバー、
4:ダイホルダ、 5:ダイバッカー、 6:コンテナ、
7:ダミーブロック、 8:ビレット(被押出素材)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
中空の被押出素材を加熱した後、被押出素材とダイスの間に固形潤滑ガラスを設けて熱間押出する際、被押出素材を、その外径d0[mm]に応じて、下記(1)式または(2)式の関係を満足する加熱温度T[℃]に加熱して熱間押出することを特徴とする継目無管の製造方法。
0<200の場合:
T≦1250+1.1487×A−7.838×ln(t0/t)−10.135×ln(d0/d) ・・・(1)
0≧200の場合:
T≦1219+1.1487×A−7.838×ln(t0/t)−10.135×ln(d0/d) ・・・(2)
但し、上記(1)式および(2)式は、下記(3)式〜(5)式により求められる
A=L/Vav×1000 ・・・(3)
av=(V0+V0×ρ)/2 ・・・(4)
ρ=(t0×(d0−t0)×π)/(t×(d−t)×π) ・・・(5)
ここで、d0:被押出素材の外径[mm]、t0:被押出素材の肉厚[mm]、
d:押出管の外径[mm]、t:押出管の肉厚[mm]、
A:ダイス通過時間[msec(ミリセカンド)]、
L:ダイスにおけるアプローチ部の入口端からベアリング部の入口端までの
押出方向の長さ[mm]、
av:被押出素材の平均押出速度[mm/sec]、
0:ラム速度[mm/sec]、ρ:押出比
【請求項2】
前記被押出素材が、質量%で、Cr:15〜35%およびNi:3〜50%を含有する材料であることを特徴とする請求項1に記載の継目無管の製造方法。
【請求項3】
前記固形潤滑ガラスの平均厚みが6mm以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の継目無管の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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