説明

縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシド及びその製造方法

【課題】 高い電子受容能を持つと共に高平面性のπ共役骨格を持つ縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシドを提供する。
【解決手段】 本発明の縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシドは、式(1a)又は(1b)で表される縮環ポリチオフェンに含まれる少なくとも1つの硫黄がジオキシドに酸化されているものである。ここで、式(1a)及び式(1b)において、Rは水素、トリアルキルシリル基、炭素数1〜18のアルキル基,炭素数1〜18のアルキル基であって全部又は一部の水素がフッ素に置換されたフルオロアルキル基などから選ばれた1種であり、nは整数である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシド及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機薄膜トランジスタ(FET)や有機電界発光素子(EL素子)などの有機エレクトロニクスの分野において、多くのp型電荷輸送特性を示す材料が知られている。一方、優れたn型電荷輸送性材料は依然限られているのが現状であり、現在、全世界をあげて新物質の探索が行われている。このような材料の分子設計では、有効な分子間相互作用を考慮した高平面性π共役骨格を持ち、且つ高い電子受容能を持つ材料をいかに作るかが重要となる。電子受容能を向上させる構造修飾としては、π共役骨格にフッ素などの電子吸引基を導入するのが一般的であったが、近年、隣り合うチオフェンに含まれる炭素同士を結合した鎖状のオリゴチオフェンでは、いくつかのチオフェン骨格を部分的にチオフェンジオキシドに変換すると電子受容能が向上することが報告されている(非特許文献1参照)。
【非特許文献1】Advanced Materials, Vol10, No.7, pp551-554(1998)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、優れたn型電荷輸送性材料の分子設計では、高い電子受容能を持つことに加えて高平面性のπ共役骨格を構築することが重要であるが、非特許文献1では、各チオフェン環はC−C単結合で連結されているためねじれた構造を採ることが可能であり、高平面性のπ共役骨格とはならない。このため、高い電子受容能を持つと共に高平面性のπ共役骨格を持つn型電荷輸送性材料の開発が望まれている。
【0004】
本発明は、このような課題に鑑みなされたものであり、高い電子受容能を持つと共に高平面性のπ共役骨格を持つ縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシドを提供することを目的の一つとする。また、そのようなS,S−ジオキシドを効率よく製造する方法を提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは上述した課題を解決するために鋭意研究した結果、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明の縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシドは、式(1a)又は(1b)で表される縮環ポリチオフェンに含まれる少なくとも1つの硫黄がジオキシドに酸化されているものである。ここで、式(1a)及び式(1b)において、Rは水素、トリアルキルシリル基、炭素数1〜18のアルキル基、炭素数1〜18のアルキル基であって全部又は一部の水素がフッ素に置換されたフルオロアルキル基、アルコキシ基、アルキルチオ基、アリールオキシ基、アリールチオ基、アリールアルキル基、アリールアルコキシ基、アリールアルキルチオ基、アルケニル基、アルキニル基、アリル基、アミノ基、N−アルキルアミド基、アルカンカルボキサミド基、,アゾ基、カルボキシル基、アシル基、アルコキシカルボニル基、ホルミル基、ニトロ基、シアノ基、ボリル基、ホスフィノ基、シリルオキシ基、アリールスルホニルオキシ基、アルキルスルホニルオキシ基、ハロゲン原子、アリール基、オリゴアリール基、1価の複素環基、または1価のオリゴ複素環基であり、nは整数である。
【化1】

【0007】
式(1a)及び(1b)で表される縮環ポリチオフェンはp型電荷輸送特性を示すが、これらを酸化した本発明の縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシドはn型電荷輸送特性を示し、高い電子受容能を持つ。ここで、縮環ポリチオフェンとそのS,S−ジオキシドとのHOMO−LUMOのエネルギーレベルを比較した一例を図1に示す。この図1は、p型の縮環ポリチオフェンを酸化することによりHOMO−LUMOのエネルギーレベルが低下してn型に変わることを示している。また、式(1a)及び(1b)で表される縮環ポリチオフェンはX線構造解析の結果から高平面性を有するπ共役電子系化合物といえるが、これらを酸化した本発明の縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシドも基本骨格は同じであるため高平面性を有するπ共役電子系化合物といえる。したがって、本発明の縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシドは、FETやEL素子などの有機エレクトロニクス材料として有用なものである。
【0008】
本発明の縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシドにおいて、Rは水素、トリアルキルシリル基、炭素数1〜18のアルキル基、炭素数1〜18のアルキル基であって全部又は一部の水素がフッ素に置換されたフルオロアルキル基、アルコキシ基、アルキルチオ基、アリールオキシ基、アリールチオ基、アリールアルキル基、アリールアルコキシ基、アリールアルキルチオ基、アルケニル基、アルキニル基、アリル基、アミノ基、N−アルキルアミド基、アルカンカルボキサミド基、アゾ基、カルボキシル基、アシル基、アルコキシカルボニル基、ホルミル基、ニトロ基、シアノ基、ボリル基、ホスフィノ基、シリルオキシ基、アリールスルホニルオキシ基、アルキルスルホニルオキシ基、ハロゲン原子、アリール基、オリゴアリール基、1価の複素環基、または1価のオリゴ複素環基である。このうち、トリアルキルシリル基としては、3つのアルキル基がすべて同じであってもよいしすべて異なっていてもよいし1つだけ異なっていてもよく、例えばトリメチルシリル(TMS)基、トリイソプロピルシリル(TIPS)基、トリ−tert−ブチルシリル(TTBS)基、tert−ブチルジメチルシリル(TBDMS)基などが挙げられる。また、炭素数1〜18のアルキル基としては、直鎖でもよいし分岐を有していてもよく、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ヘキシル基、オクチル基、ドデシル基などが挙げられる。また、このような炭素数1〜18のアルキル基で全部又は一部の水素がフッ素で置換されたものとしては、全部の水素をフッ素に置換したペルフルオロアルキル基や、末端の水素のみをフッ素で置換したアルキル基などが挙げられる。なお、トリアルキルシリル基のアルキルとして、前出の炭素数1〜18のアルキル基を使用してもよい。
【0009】
本発明の縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシドにおいて、Rはトリアルキルシリル基、炭素数が1〜18のアルキル基、炭素数が1〜18のアルキル基で全部又は一部の水素がフッ素で置換されたものであることが好ましい。こうすれば、有機溶媒への溶解度が高くなる。有機溶媒への溶解度が高くなると、カラムクロマトグラフィーなどによる精製操作が可能となり、純度を十分高くすることが可能となる。また、化合物の純度が性能に大きく影響するといわれているFETやEL素子へ適用することが容易になる。更に、FETやEL素子などへ適用する際には縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシドを有機溶媒に溶かして成膜化することも考えられるが、そのような成膜化にも適している。
【0010】
本発明の縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシドの一例を式(2)〜(5)に示す。なお、各式におけるRは前出のとおり。
【化2】

【化3】

【化4】

【化5】

【0011】
本発明の縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシドは、前出の式(1a)又は(1b)で表される縮環ポリチオフェンを過酸化物と反応させて該縮環ポリチオフェンに含まれる少なくとも1つの硫黄をジオキシドに酸化することにより製造することができる。ここで、過酸化物としては、特に限定されるものではないが、例えば、m−CPBA、過酸化ベンゾイル、過酸化水素水、過酢酸などがあげられる。用いる過酸化物のモル数は、縮環ポリチオフェンに含まれる硫黄をいくつジオキシドに酸化するかによって決定すればよく、例えば1つの硫黄をジオキシドに酸化する場合には過酸化物を約2モル使用すればよい。また、縮環ポリチオフェンに含まれる硫黄を段階的に1つずつジオキシドに酸化してもよいし、一度に複数の硫黄をジオキシドに酸化してもよい。なお、反応溶媒、反応温度、反応時間などの反応条件は、使用する反応基質や試薬等に応じて適宜設定すればよい。
【0012】
次に、本発明の縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシドを用いて有機薄膜トランジスタを作製する方法の一例を説明する。まず、シリコン酸化膜を絶縁層とするn型シリコン基板を、純水にて希釈した中性洗剤にて超音波洗浄を行い、その後、純水中、超音波洗浄にて洗剤除去を行う。その後、紫外線−オゾン洗浄器にて紫外線照射洗浄を行う。このようにして洗浄した基板上に本発明のS,S−ジオキシドの薄膜を真空蒸着法で作成する。S,S−ジオキシドは、精製操作を数回繰り返した高純度のものを使用することが好ましい。真空蒸着条件は、基板を蒸着用ボートの上方に固定し、基板温度を−100〜−150℃に調整し、真空度を10−6Torrオーダーにまで減圧する。その後毎分数nm〜数10nmの速度で所望の厚さ(例えば50nm)となるように真空蒸着を行う。続いて、ソース電極およびドレイン電極として金電極を真空蒸着する。さらに、N−メチル−3,4,9,10−テトラカルボン酸ジイミドを、毎分数nmの速度で所望の厚さ(例えば50nm)となるように真空蒸着を行う。このようにして有機薄膜トランジスタを作製することができるが、これ以外の方法により作製しても構わない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明を実施するための最良の形態を、実施例を用いて以下に説明する。
【実施例】
【0014】
[実施例1,2]
2−エチニル−3−ブロモチオフェンを出発原料として、ヨウ化銅を触媒とする酸化カップリング、および、続くリチウムジイソプロピルアミドとトリイソプロピルシリルクロリドとの反応により、1,4−ビス[3−ブロモ−5−(トリイソプロピルシリル)チエニル]−1,3−ブタジエンを得た。さらに、これをジリチオ化した後、硫黄と反応させ、続いて銅による脱硫反応により化合物1を合成した。この化合物1(100mg,0.161mmol)のジクロロメタン(10ml)溶液にm−CPBA(2mol.amt.)を加え、表1の各実施例1,2に記載した反応条件下で撹拌した。その溶液を飽和NaHCO水溶液、HO、NaCl水溶液で順に洗浄し、ジクロロメタンで抽出した後、有機層をMgSOにより乾燥、ろ過し、溶媒留去を行った。フラッシュカラムクロマトグラフィー(SiO/CHCl:Hexane=1:2)による精製で、下記化6の化合物2のS,S−ジオキシド(R=0.5)および化合物3のS,S−ジオキシド(R=0.23)を得た。各実施例1,2の結果を表1に示す。
【0015】
化合物2のスペクトルデータは以下のとおり。1H-NMR;δ 7.39 (2H, s, arom), 1.56-1.35 (6H, m, CH), 1.18-1.15 (36H, d, CH3). EI-MS; m/e = 652 [M+].
【0016】
化合物3のスペクトルデータは以下のとおり。1H-NMR;δ 7.43, 7.33 (2H, s, arom), 1.43-1.31 (6H, m, CH), 1.17-1.16 (18H, d, CH3), 1.14-1.13 (18H, d, CH3). EI-MS; m/e = 652 [M+].
【化6】

【0017】
[実施例3〜5]
化合物1(100mg,0.161mmol)のジクロロメタン(10ml)溶液にm−CPBA(144mg,0.644mmol)を加え、表1の各実施例3〜5に記載した反応条件下で撹拌した。その溶液を飽和NaHCO水溶液、H0、NaCl水溶液で洗浄し、ジクロロメタンで抽出した。MgSOにより乾燥、ろ過、溶媒留去を行った。フラッシュカラムクロマトグラフィー(SiO/CHCl:Hexane=1:2)、さらに分取用GPC(CHCl)による精製で、下記化7の化合物2,3,4,5を得た。各実施例3〜5の結果を表1に示す。
【0018】
化合物4のスペクトルデータは以下のとおり。1H-NMR;δ 7.34 (2H, s, arom), 1.41-1.26 (6H, m, CH), 1.14-1.12 (36H, d, CH3). EI-MS; m/e = 684 [M+].
【0019】
化合物5のスペクトルデータは以下のとおり。1H-NMR;δ 7.34, 7.21 (2H, s, arom), 1.41-1.26 (6H, m, CH), 1.23-1.20 (18H, d, CH3), 1.15-1.13(18H, d, CH3). EI-MS; m/e = 684 [M+]. Anal. Calcd for C30H44O4S5Si2: C, 52.59;H, 6.47. Found: C, 52.81; H, 6.48.
【化7】

【0020】
[実施例6]
化合物3(100mg,0.153mmol)のジクロロメタン(10ml)溶液にm−CPBA(2.6mol.amt.)を加え、室温で80時間撹拌させた。その溶液を飽和NaHCO水溶液、HO、NaCl水溶液で洗浄し、ジクロロメタンで抽出した。MgSOで乾燥、ろ過、溶媒留去を行った。分取用TLC(CHCl:hexane=1:1)を用い、下記化8に示す化合物4,5を得た。各実施例の結果を表1に示す。
【化8】

【表1】

【0021】
ここで、化合物1と化合物4のサイクリックボルタンメトリーのグラフを図2に示し、化合物3のサイクリックボルタンメトリーのグラフを図3に示す。図2及び図3からわかるように、化合物1では0.63V(vs Fc/Fc+)に可逆な酸化波を示したのに対し、縮環ポリチオフェンの一つの硫黄がジオキシドに酸化された化合物3では0.95Vに酸化波、−1.86Vに還元波を示し、更に縮環ポリチオフェンの二つの硫黄が時オキシドに酸化された化合物4では−1.67Vに還元波を示した。このように、酸化が進むにつれて電子受容性が高くなることがわかった。
【0022】
なお、本発明は以上の実施例に何ら限定されるものではなく、本発明の技術的範囲に属する限り、種々の態様で実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】HOMO−LUMOのエネルギーレベルの説明図である。
【図2】化合物1,4のサイクリックボルタンメトリーのグラフである。
【図3】化合物3のサイクリックボルタンメトリーのグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1a)又は(1b)で表される縮環ポリチオフェンに含まれる少なくとも1つの硫黄がジオキシドに酸化されている、縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシド。
【化1】

(式(1a)及び式(1b)において、Rは水素、トリアルキルシリル基、炭素数1〜18のアルキル基、炭素数1〜18のアルキル基であって全部又は一部の水素がフッ素に置換されたフルオロアルキル基、アルコキシ基、アルキルチオ基、アリールオキシ基、アリールチオ基、アリールアルキル基、アリールアルコキシ基、アリールアルキルチオ基、アルケニル基、アルキニル基、アリル基、アミノ基、N−アルキルアミド基、アルカンカルボキサミド基、アゾ基、カルボキシル基、アシル基、アルコキシカルボニル基、ホルミル基、ニトロ基、シアノ基、ボリル基、ホスフィノ基、シリルオキシ基、アリールスルホニルオキシ基、アルキルスルホニルオキシ基、ハロゲン原子、アリール基、オリゴアリール基、1価の複素環基、または1価のオリゴ複素環基であり、nは整数である)
【請求項2】
式(1a)又は(1b)で表される縮環型ポリチオフェンに含まれる複数の硫黄がジオキシドに酸化され、該ジオキシドに酸化された硫黄を含むチオフェン同士は互いに隣接していない、請求項1に記載の縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシド。
【請求項3】
式(2)で表される、請求項1に記載の縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシド。
【化2】

【請求項4】
式(3)で表される、請求項1に記載の縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシド。
【化3】

【請求項5】
式(4)で表される、請求項2に記載の縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシド。
【化4】

【請求項6】
式(5)で表される、請求項2に記載の縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシド。
【化5】

【請求項7】
式(1a)又は(1b)で表される縮環ポリチオフェンを過酸化物と反応させることにより該縮環ポリチオフェンに含まれる少なくとも1つの硫黄をジオキシドに酸化する、縮環ポリチオフェン−S,S−ジオキシドの製造方法。
【化6】

(式(1a)及び式(1b)において、Rは水素、トリアルキルシリル基、炭素数1〜18のアルキル基、又は炭素数1〜18のアルキル基であって全部又は一部の水素がフッ素に置換されたフルオロアルキル基、アルコキシ基、アルキルチオ基、アリールオキシ基、アリールチオ基、アリールアルキル基、アリールアルコキシ基、アリールアルキルチオ基、アルケニル基、アルキニル基、アリル基、アミノ基、N−アルキルアミド基、アルカンカルボキサミド基、アゾ基、カルボキシル基、アシル基、アルコキシカルボニル基、ホルミル基、ニトロ基、シアノ基、ボリル基、ホスフィノ基、シリルオキシ基、アリールスルホニルオキシ基、アルキルスルホニルオキシ基、またはハロゲン原子、アリール基、オリゴアリール基、1価の複素環基、または1価のオリゴ複素環基であり、nは整数である)

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2006−248983(P2006−248983A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−67756(P2005−67756)
【出願日】平成17年3月10日(2005.3.10)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】