説明

繊維状タンパク質担持オスミウム触媒

【課題】酸化及び還元反応の両反応に適用でき、毒性が少なく取り扱いが容易で再利用可能なオスミウム触媒で、さらに詳しくは、還元反応に於いては、反応条件が比較的穏和で官能基選択性的な還元反応への使用が可能な繊維状タンパク質担持オスミウム触媒を提供する。
【解決手段】硫黄原子を含有するアミノ酸残基の重量がタンパク質重量の1%以下である繊維状タンパク質に、オスミウムが担持された、繊維状タンパク質担持オスミウム触媒、並びに硫黄原子を含有するアミノ酸残基の重量がタンパク質重量の1%以下である繊維状タンパク質に、オスミウムが担持された、繊維状タンパク質担持オスミウム触媒を用いた酸化及び還元方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化及び還元の両反応に適用できる繊維状タンパク質担持オスミウム触媒、並びに当該触媒を用いた酸化及び還元反応に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、例えば四酸化オスミウムに代表されるオスミウム触媒は、強力な酸化作用を有することから、有機合成反応に於いて優れた酸化剤或いは触媒として用いられてきた。しかし、四酸化オスミウムは、昇華性を有しており、その蒸気は極低濃度のものであっても、ヒトの呼吸器、粘膜等に悪影響を及ぼす等、非常に毒性の強いことでもよく知られている。このような毒性等の問題を解決するため、酸化オスミウムをポリスチレン等のオレフィン系高分子化合物を用いてマイクロカプセル化した触媒(例えば特許文献1)や、0価のオスミウムをウールに担持させた触媒(以下、ウール担持オスミウム触媒と略記する場合がある。)を反応系内で酸化させて使用するもの(例えば非特許文献1)等が知られ、これらの触媒は、毒性の少ない再利用可能な触媒である。
【0003】
一方、オスミウム触媒を還元反応に用いていることも知られており(例えば、特許文献2)、この公報には、0価のオスミウム−炭素を触媒として、水素雰囲気下、カルボニル基含有化合物を還元反応に付し、アルコール化合物を得る方法が記載されている。しかしながら、この公報記載のオスミウム触媒は粉末状であるため、再利用し難いという問題点があった。そこで、ウール担持オスミウム触媒を還元反応に使用することが考えられたが、当該触媒は、還元反応への適用は難しかった。
【0004】
そのため、毒性が少なく取り扱いが容易、且つ、再利用が可能で、官能基選択的な還元反応に使用できる新規なオスミウム触媒が望まれていた。
【0005】
【特許文献1】特開平11−314038号公報
【特許文献2】米国特許3557223号公報
【非特許文献1】Polym. Adv. Technol., 15, 221 (2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、酸化及び還元の両反応に適用可能で、毒性が少なく取り扱いが容易で再利用可能なオスミウム触媒を提供することを課題とする。さらに詳しくは、硫黄原子を含有するアミノ酸残基の重量がタンパク質重量の1%以下である繊維状タンパク質に、オスミウムを担持させることによって、酸化及び還元の両反応に適用でき、また、還元反応に於いては、反応条件が比較的穏和で官能基選択性に優れる、毒性が少なく取り扱いが容易で再利用可能な繊維状タンパク質担持オスミウム触媒を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、「硫黄原子を含有するアミノ酸残基の重量がタンパク質重量の1%以下である繊維状タンパク質に、オスミウムが担持された、繊維状タンパク質担持オスミウム触媒」、「硫黄原子を含有するアミノ酸残基の重量がタンパク質重量の1%以下である繊維状タンパク質に、オスミウムが担持された、繊維状タンパク質担持オスミウム含有触媒及び再酸化剤の存在下、アルケニル化合物を反応させることを特徴とする、アルケニル化合物の酸化方法」、並びに「硫黄原子を含有するアミノ酸残基の重量がタンパク質重量の1%以下である繊維状タンパク質に、オスミウムが担持された、繊維状タンパク質担持オスミウム含有触媒の存在下、二重結合及び/又は三重結合を有するカルボニル基含有化合物と水素ガスとを接触させることを特徴とする、カルボニル基含有化合物中のカルボニル基の還元方法」である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒は、オスミウム化合物と、硫黄原子を含有するアミノ酸残基の重量がタンパク質重量の1%以下である繊維状タンパク質とを、水、オスミウム化合物を還元し得る水溶性有機溶媒、これらの混合液又は還元剤を含む溶媒中で接触させることにより得られるものである。このようにして得られた触媒は、毒性が少なく取り扱いが容易で再利用可能なものであり、アルケニル化合物に於ける二重結合のジオールへの酸化に代表される酸化反応、並びに二重結合及び/又は三重結合を有するカルボニル基含有化合物中のカルボニル基の選択的還元反応の両反応に適用できる触媒である。特に還元反応に於いては、従来のウール担持オスミウム触媒は、反応自体が進行し難く、使用することは難しかったが、本発明の触媒は反応がスムーズに進行し、特異な官能基選択性を示すものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒に用いられる、硫黄原子を含有するアミノ酸残基の重量がタンパク質重量の1%以下である繊維状タンパク質であれば特に限定されないが、具体的には、例えば絹糸、絹フィブロイン等が好ましく挙げられ、中でも絹フィブロインがより好ましい。尚、ここで言う、硫黄原子を含有するアミノ酸残基の重量がタンパク質重量の1%以下である繊維状タンパク質とは、繊維状タンパク質を構成するアミノ酸残基であって、当該繊維状タンパク質の全重量のうち、例えばシスチン、メチオニン等の硫黄原子を含有するアミノ酸残基の重量が1%以下である、当該繊維状タンパク質を意味する。
【0010】
絹フィブロインとは、カイコ(Bombyx mori)に代表される絹糸虫から合成される繭の主要な繊維状タンパク質を意味する。当該絹フィブロインは、繊維業者から購入することも可能であるが、例えばカイコから得られた繭を炭酸ナトリウム、亜ジチオン酸ナトリウム及びエチレンジアミン四酢酸二カリウム塩(EDTA dipotassium salt dihydrate)を含む水溶液中で煮沸し、次いで水洗、乾燥することにより調製することができる。
【0011】
本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒に於けるオスミウム触媒は、主として0価のオスミウム触媒を意味するが、1価や2価等の低原子価のオスミウム触媒を完全に排除するものではない。尚、以下これらを0価のオスミウム触媒と称する。また、上記オスミウム触媒をより具体的に説明すると以下の如くである。0価のオスミウム触媒は、以下に述べる本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒を製造する際に用いられるオスミウム化合物を、水、オスミウム化合物を還元し得る水溶性有機溶媒、これらの混合液又は還元剤を含む溶媒(以下、本発明の触媒の製造方法に係る反応溶媒と略記する場合がある。)中で還元された際に生じるものを意味する。
【0012】
本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒を製造する際に用いられるオスミウム化合物としては、本発明の触媒の製造方法に係る反応溶媒中で還元され、0価のオスミウム触媒となるものであれば特に限定されないが、具体的には、例えば塩化オスミウム等のハロゲン化オスミウム、二酸化オスミウム、四酸化オスミウム、オスミウム酸(VI)カリウム、ヘキサクロロオスミウム酸カリウム等のオスミウムの無機酸塩等が好ましく挙げられ、中でも、四酸化オスミウムがより好ましい。尚、これらのオスミウム化合物は市販品として容易に入手することができる。
【0013】
硫黄原子を含有するアミノ酸残基の重量がタンパク質重量の1%以下である繊維状タンパク質へのオスミウム触媒の担持量は、使用される当該繊維状タンパク質に担持され得る量及び当該繊維状タンパク質担持オスミウム触媒の用途等を勘案して適宜設定すれば良いが、通常当該繊維状タンパク質1gに対して、0.5mg〜0.5g、好ましくは1mg〜0.2gとなるように設定される。このため、オスミウム化合物の使用量としては、オスミウム化合物の重量のうちのオスミウムの重量が、当該繊維状タンパク質1gに対して、上記した如き数値範囲となるように設定される。具体的には、例えば当該繊維状タンパク質1gに四酸化オスミウムを接触させる場合、オスミウムの担持量として、通常0.5mg〜0.5g、好ましくは1mg〜0.2gとなるように四酸化オスミウムの使用量が設定されるので、四酸化オスミウムの使用量は、使用した四酸化オスミウム中のオスミウムが全て担持されると仮定して、当該繊維状タンパク質1gに対して、通常0.67mg〜0.67g、好ましくは1.3mg〜0.27gとなる。
【0014】
オスミウム化合物を還元し得る水溶性有機溶媒は、このような還元作用を有する水溶性有機溶媒であれば特に限定されないが、具体的には、例えばメタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、イソブチルアルコール、n−アミルアルコール、ベンジルアルコール等のモノアルコール類、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,3−プロパンジオール、1,2−ブタンジオール、1,3−ブタンジオール、1,4−ブタンジオール、1,2−ペンタンジオール、1,5−ペンタンジオール等のジオール類、グリセリン等のトリオール類等のアルコール系溶媒が好ましく挙げられ、中でもメタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、イソブチルアルコール、n−アミルアルコール、ベンジルアルコール等のモノアルコール類がより好ましく、その中でもメタノールがさらに好ましい。また、オスミウム化合物を還元し得る水溶性有機溶媒は、一種類のものを単独で用いても良いし、複数種のものを適宜組み合わせて用いても良い。
【0015】
本発明の触媒の製造方法に係る反応溶媒のうち、還元剤を含む溶媒は、例えば水素化ホウ素ナトリウム、水素化ホウ素カリウム等の水素化ホウ素塩、水素化アルミニウムリチウム等の水素化アルミニウム塩、チオ硫酸ナトリウム等のチオ硫酸塩、亜硫酸水素ナトリウム等の亜硫酸水素塩、蟻酸アンモニウム、蟻酸ジエチルアンモニウム等の蟻酸アンモニウム塩、次亜リン酸ナトリウム、次亜リン酸カリウム等の次亜リン酸塩、水素、エチレン、一酸化炭素等の還元性のガス、ヒドラジン等の還元剤を含有する、例えばメタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、イソブチルアルコール、t−ブタノール等のアルコール系溶媒、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル系溶媒、n−ヘキサン、ベンゼン、トルエン等の炭化水素系溶媒、水等の溶媒であって、上記還元剤と溶媒とが互いに反応し難い組み合わせのものを意味する。また、これら還元剤と溶媒は、一種類のものを単独で用いても良いし、複数種のものを適宜組み合わせて用いても良い。上記還元剤の使用量は、用いられるオスミウム化合物を還元し得る量であれば、特に限定されないが、具体的には、例えばオスミウム化合物1molに対して、1〜500molが好ましく挙げられ、中でも1〜50molがより好ましい。
【0016】
本発明に係る反応溶媒のうち、オスミウム化合物を還元し得る水溶性有機溶媒又は水とオスミウム化合物を還元し得る水溶性有機溶媒の混合液がより好ましく、中でもオスミウム化合物を還元し得る水溶性有機溶媒がさらに好ましく、その中でも一種類のオスミウム化合物を還元し得る水溶性有機溶媒を単独で用いることが特に好ましい。これら反応溶媒の使用量は、特に限定されないが、例えば硫黄原子を含有するアミノ酸残基の重量がタンパク質重量の1%以下である繊維状タンパク質1gに対して、通常0.5mL〜200mL、好ましくは1mL〜50mLである。
【0017】
本発明の触媒の製造方法に於ける反応温度は、本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒に影響を与えない温度であれば特に限定されないが、通常0〜100℃が挙げられる。
【0018】
本発明の触媒の製造方法に於ける反応時間は、通常2日間〜10日間、好ましくは60時間〜120時間である。
【0019】
本発明の触媒の製造方法を具体的に説明すると、以下の如くである。例えばオスミウム化合物を還元し得る水溶性有機溶媒にオスミウム化合物を上記した如き割合となるよう溶解させた溶液に、硫黄原子を含有するアミノ酸残基の重量がタンパク質重量の1%以下である繊維状タンパク質を上記した如き割合となるように浸し、上記した如き条件で静置する。すると、反応溶液は無色に変化し、繊維状タンパク質はオスミウムに由来する色(オスミウム色)に変化する。次いで、オスミウム色に変化した硫黄原子を含有するアミノ酸残基の重量がタンパク質重量の1%以下である繊維状タンパク質を濾取し、濾取した当該繊維状タンパク質を適当な洗浄溶媒、例えばメタノール等で洗浄し、適宜乾燥させることにより、目的とする本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒を調製することができる。
【0020】
本発明の製造方法により調製された本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒を洗浄する際に用いられる洗浄溶媒としては、通常この分野で用いられる洗浄溶媒であれば特に限定されないが、中でもオスミウム化合物を還元し得る水溶性有機溶媒が好ましく、その中でもメタノールがより好ましい。
【0021】
本発明の製造方法に於ける乾燥は、通常この分野で行われる乾燥方法であれば特に限定されないが、減圧下で通常10〜100℃、中でも20〜50℃で乾燥することが好ましい。
【0022】
尚、上記した方法によりオスミウム触媒を繊維状タンパク質に担持させる際に、超音波処理を施すとより短時間で効率良く担持させることが可能となる。具体的には、例えばオスミウム化合物を還元し得る水溶性有機溶媒にオスミウム化合物を上記した如き割合となるよう溶解させた溶液に、硫黄原子を含有するアミノ酸残基の重量がタンパク質重量の1%以下である繊維状タンパク質を上記した如き割合となるように浸し、超音波照射下、通常0〜70℃、好ましくは20〜50℃で通常10分〜95時間、好ましくは1時間〜48時間、より好ましくは3時間〜36時間放置し、上記した如き条件で濾取、洗浄、乾燥させることにより、目的とする本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒を調製することができる。
【0023】
超音波処理を施す際に用いられる超音波としては、通常10kHz以上の振動数である音波を意味し、通常この分野で用いられる超音波発生装置から照射される音波であれば特に限定されないが、例えば20〜100kHzの振動数の音波が好ましく挙げられ、中でも30〜60kHzの振動数の音波がより好ましい。
【0024】
本発明のアルケニル化合物の酸化方法に用いられる触媒は、本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒を含んで成るものであり、その他適当な酸化触媒を含有していても良いが、本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒のみでも充分である。当該触媒を用いることにより、アルケニル化合物の二重結合部分をジオールへと容易に酸化することができる。
【0025】
本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒を用いたアルケニル化合物の酸化方法は、本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒及び再酸化剤の存在下、要すれば適当な反応溶媒中で反応させることにより容易に行うことができる。具体的には、アルケニル化合物、本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒及び再酸化剤を、要すれば適当な反応溶媒に加え、通常−78℃〜100℃、好ましくは−10℃〜50℃で通常0.5〜50時間、好ましくは2〜30時間攪拌、反応させ、その後常法により単離・精製を行うことにより目的のジオール化合物が得られる。また、本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒は、ろ過等により簡単に回収することができ、再び酸化反応等に使用することができる。
【0026】
本発明の酸化方法に於いて用いられるアルケニル化合物としては、四酸化オスミウム等の通常用いられる酸化触媒で酸化可能なアルケニル化合物であれば、何れの化合物でも用いることができる。
【0027】
本発明の酸化方法に於ける、本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒の使用量は、アルケニル化合物1molに対して、担持されたオスミウム量が通常0.0001〜1mol、好ましくは0.001〜0.5molより好ましくは0.005〜0.2molとなるように用いられる。
【0028】
本発明の酸化方法に於ける再酸化剤としては、通常この分野で用いられる金属を酸化し得る化合物であれば特に限定されないが、具体的には、例えばN−メチルモルホリン−N−オキシド(NMO)、ヘキサシアノ鉄酸(III)三カリウム[K3Fe(CN)6]、過酸化水素、過塩素酸、過ヨウ素酸、酸素、空気等が好ましく挙げられ、中でもN−メチルモルホリン−N−オキシド(NMO)、ヘキサシアノ鉄酸(III)三カリウム[K3Fe(CN)6]が、アルケニル化合物等の反応基質及び触媒として用いられる本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒の繊維状タンパク質に悪影響を与えず、取り扱いが容易なのでより好ましい。また、これらの再酸化剤は、夫々単独で又は複数種組み合わせて用いられる。これら再酸化剤の使用量としては、特に限定されないが、例えばアルケニル化合物1molに対して、通常1〜10mol、好ましくは1〜8mol、より好ましくは1.1〜5molである。アルケニル化合物1molに対して、再酸化剤が1mol未満である場合には、理論上酸化反応が進行し難くなり、一方、10molを超える場合には、経済的に好ましくない。
【0029】
本発明の酸化方法に於いて、適宜用いられる反応溶媒は、用いられるアルケニル化合物及び再酸化剤を溶解し得るものであれば特に限定されないが、用いられるアルケニル化合物に応じてジオール化合物の生成率が高いものを適宜選択すればよい。具体的には、例えばメタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、イソブチルアルコール、t−ブタノール等のアルコール系溶媒、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル系溶媒、アセトン、2−ブタノン等のケトン系溶媒、酢酸エチル等のエステル系溶媒、アセトニトリル等のニトリル系溶媒、ジクロロメタン、クロロホルム等のハロゲン系溶媒、n−ヘキサン、ベンゼン、トルエン等の炭化水素系溶媒、水等が挙げられ、中でもメタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、イソブチルアルコール、t−ブタノール等のアルコール系溶媒、テトラヒドロフラン、アセトン、酢酸エチル、アセトニトリル、水が好ましく、その中でもメタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、t−ブタノール、アセトン、アセトニトリル、水がより好ましい。また、本発明の酸化方法に於ける、上記反応溶媒は、夫々単独で又は複数種組み合わせて用いられ、これら反応溶媒の使用量としては、特に限定されないが、例えばアルケニル化合物1mmolに対して、通常1〜100mL、好ましくは1〜50mL、より好ましくは1〜10mLである。
【0030】
本発明の酸化方法に於ける目的物であるジオール化合物の単離・精製方法としては、通常この分野で行われる方法であれば、特に限定されず、例えば反応溶液をろ過して本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒を取り除いた後、要すれば抽出操作を行い、次いで目的とするジオール化合物を単離すれば良く、単離方法は、得られるジオール化合物の物性によって再結晶、カラムクロマトグラフィー等の方法を適宜選択し行えば良い。また、ここで、取り除いた本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒は、適用な溶媒で洗浄した後、再利用することができる。
【0031】
本発明の二重結合及び/又は三重結合を有するカルボニル基含有化合物の還元方法に用いられる触媒は、本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒を含んで成るものであり、その他適当な還元化触媒を含有していても良いが、本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒のみでも充分である。当該触媒を用いることにより、上記カルボニル基含有化合物中のカルボニル基を、特異的にアルコールへ還元することができる。
【0032】
本発明のカルボニル基含有化合物の還元方法は、本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒の存在下、二重結合及び/又は三重結合を有するカルボニル基含有化合物と水素ガスとを、要すれば適当な反応溶媒中で接触させることにより実施される。具体的には、上記カルボニル基含有化合物と本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒とを、適当な反応溶媒を用い、水素雰囲気下、通常0〜200℃、好ましくは0〜100℃、通常1〜20atm、好ましくは1〜15atmで通常1〜48時間、好ましくは1〜30時間攪拌、反応させ、その後常法により、単離・精製を行うことにより目的のアルコール化合物が得られる。また、本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒は、ろ過等により簡単に回収することができ、再び還元反応等に使用することができる。
【0033】
本発明の還元方法に於いて用いられる二重結合及び/又は三重結合を有するカルボニル基含有化合物としては、当該化合物の構造中に二重結合及び/又は三重結合を有し且つカルボニル基を有する化合物が挙げられ、中でも二重結合又は三重結合を有し且つカルボニル基を有する化合物が好ましく、その中でも二重結合を有し且つカルボニル基を有する化合物がより好ましい。また、当該化合物中のカルボニル基としては、アルデヒド構造、ケトン構造、エステル構造、アミド構造等の中のカルボニル基が挙げられるが、中でもアルデヒド構造、ケトン構造中のカルボニル基が好ましく、その中でもアルデヒド構造中のカルボニル基がより好ましい。
【0034】
本発明の還元方法に於ける、本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒の使用量は、二重結合及び/又は三重結合を有するカルボニル基含有化合物1molに対して、担持されたオスミウム量が通常0.0001〜2mol、好ましくは0.001〜1mol、より好ましくは0.002〜0.5molとなるように用いられる。
【0035】
本発明の還元方法に於いて、二重結合及び/又は三重結合を有するカルボニル基含有化合物と本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒との反応の際に、要すれば用いられる反応溶媒は、用いられる二重結合及び/又は三重結合を有するカルボニル基含有化合物を溶解し得るものであれば特に限定されないが、用いられる上記カルボニル基含有化合物に応じて、カルボニル基がアルコールに還元された化合物の生成率が高いものを適宜選択すれば良い。具体的には、例えばメタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、イソブチルアルコール、t−ブタノール等のアルコール系溶媒、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル系溶媒、n−ヘキサン、ベンゼン、トルエン等の炭化水素系溶媒、水等が挙げられ、中でもメタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、イソブチルアルコール、t−ブタノール等のアルコール系溶媒が好ましく、その中でもイソプロパノール、t−ブタノールがより好ましい。また、上記カルボニル基含有化合物が酸性化合物である場合には、炭酸カリウム、炭酸カルシウム等の弱アルカリ性化合物(或いはその水溶液)、又はピリジン等の有機塩基を添加することが好ましく、これら弱アルカリ性化合物等を添加する場合、上記反応溶媒は、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、イソブチルアルコール、t−ブタノール等のアルコール系溶媒を用いることが好ましい。弱アルカリ性化合物等を添加する場合、その量は、上記カルボニル基含有化合物1molに対して0.0001〜1mol加えるのが好ましく、有機塩基を添加する場合、その量は上記カルボニル基含有化合物1molに対して0.001〜1mol加えるのが好ましい。また、本発明の還元方法に於ける、上記反応溶媒は、夫々単独で又は複数種組み合わせて用いられ、これら反応溶媒の使用量としては、特に限定されないが、例えば上記カルボニル基含有化合物1mmolに対して、通常0.1〜100mL、好ましくは0.1〜50mL、より好ましくは0.2〜10mLである。
【0036】
本発明の還元方法に於いて、水素雰囲気下にする際に用いられる水素ガスの圧力は、通常1〜20atm、好ましくは1〜15atmであれば良く、常圧を超える圧力とするには、反応を封管、オートクレーブ中で行えば良い。
【0037】
本発明の還元方法に於ける単離・精製方法としては、通常この分野で行われる方法であれば、特に限定されず、例えば反応溶液をろ過して本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒を取り除いた後、ろ液から目的とするアルコール化合物を単離すれば良く、単離方法は、得られるアルコール化合物の物性によって再結晶、カラムクロマトグラフィー等の方法を適宜選択し行えば良い。また、ろ過で取り除いた本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒は、適用な溶媒で洗浄した後、再利用することができる。
【実施例】
【0038】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの例によって何ら限定されるものではない。
【0039】
実施例1 本発明の触媒の製造方法に係る反応溶媒としてメタノールを用いた本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒の調製
絹フィブロイン5gを、四酸化オスミウム0.5g(1.97mmol)を含有するメタノール溶液(200mL)に浸し、室温で3日間静置した。その後、黒色に変化した絹フィブロインを濾取し、メタノールで洗浄後、減圧下40℃で24時間乾燥させて5wt%の絹フィブロイン担持オスミウム触媒5.26gを得た。尚、ここで言うwt%とは、絹フィブロインYgに担持されたオスミウム触媒の量をZgとすると、下記の式で求められるものである(以下同じ)。
wt%=Z/(Y+Z)×100
【0040】
実施例2 本発明の触媒の製造方法に係る反応溶媒として水を用いた本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒の調製
絹フィブロイン5gを、四酸化オスミウム0.5g(1.97mmol)を含有する水溶液(200mL)に浸し、室温で3日間静置した。その後、金色に変化した絹フィブロインを濾取し、メタノールで洗浄後、減圧下40℃で24時間乾燥させて5wt%の絹フィブロイン担持オスミウム触媒5.26gを得た。
【0041】
比較例1 反応溶媒としてアセトンを用いた本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒の調製
絹フィブロイン5gを、四酸化オスミウム0.5g(1.97mmol)を含有するアセトン溶液(200mL)に浸し、室温で3日間静置した。しかしながら、絹フィブロインには、オスミウムが吸着されず、絹フィブロイン担持オスミウム触媒は得られなかった。
【0042】
比較例2 反応溶媒としてt−ブタノールを用いた本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒の調製
絹フィブロイン5gを、四酸化オスミウム0.5g(1.97mmol)を含有するt−ブタノール溶液(200mL)に浸し、室温で3日間静置した。しかしながら、絹フィブロインには、オスミウムが吸着されず、絹フィブロイン担持オスミウム触媒は得られなかった。
【0043】
実施例1及び2並びに比較例1及び2の結果から、アセトン、t−ブタノール等のオスミウム化合物を還元し得ない又は還元能が弱い溶媒では、本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒を調製することができず、逆にメタノール等のオスミウム化合物の還元能が高い水溶性有機溶媒では、ほぼ定量的に繊維状タンパク質にオスミウムが担持され、オスミウム担持率の高い本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒が調製できることが判った。
【0044】
実施例3 本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒を用いた酸化反応
スチレン1g(9.6mmol)及びN−メチルモルホリン−N−オキシド1.95g(14.4mmol)を含有する水:アセトン:アセトニトリル=1:1:1の溶液(30mL)に、5wt%の絹フィブロイン担持オスミウム触媒0.5g(オスミウムとして0.13mmol)を加え、室温で5時間攪拌して、反応させた。得られた溶液をろ過して、絹フィブロイン担持オスミウム触媒を除いた後、ろ液を減圧下で濃縮し、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製することにより、1−フェニルエタン−1,2−ジオール1.20g(収率90.4%)を得た。また、反応終了後にろ過して回収した絹フィブロイン担持オスミウム触媒をメタノールで洗浄して、再び、スチレン1g(9.6mmol)に対して、上記と同様の方法により酸化反応を行ったところ、1−フェニルエタン−1,2−ジオール1.18g(収率88.8%)を得た。
【0045】
実施例3の結果から明らかなように、絹フィブロイン担持オスミウム触媒を酸化反応に用いた場合、アルケニル化合物の二重結合部分がジオール化された化合物が収率良く得られることが判り、また、一度反応に用いた絹フィブロイン担持オスミウム触媒を回収して再利用しても、良好な収率で反応が進行することが判った。これにより、本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒は、再利用可能な酸化触媒として利用できることが判った。
【0046】
実施例4 本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒を用いた不斉酸化反応
スチレン0.5(4.8mmol)及びヘキサシアノ鉄酸(III)三カリウム[K3Fe(CN)6]4.74g(14.4mmol)を含有するt−ブタノール:水=1:1の溶液(30mL)に、5wt%の絹フィブロイン担持オスミウム触媒0.5g(オスミウムとして0.13mmol)を加え、0℃で24時間攪拌して、反応させた。得られた溶液をろ過後、ろ液を酢酸エチルで抽出し、有機層を合わせて10%チオ硫酸ナトリウム水溶液、飽和食塩水で順次洗浄した。さらに、有機層を無水硫酸マグネシウムで乾燥し、ろ過後、ろ液を減圧下で濃縮し、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーによって精製することにより、1−フェニルエタン−1,2−ジオール0.067g(収率10.1%)を得た。尚、本実施例では大部分の原料が回収されたので、今回の条件では反応が充分には進行していないと考えられた。
【0047】
実施例4で得られたジオール化合物の不斉収率を確認したところ、23%eeであった。これは絹フィブロインの不斉環境により、不斉が発現したものと考えられ、本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒は、反応条件を検討することにより、不斉反応にも応用が期待できる触媒であることが示唆された。
【0048】
実施例5 本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒を用いた還元反応
trans−シンナムアルデヒド{(E)−3−フェニル−2−プロペンアルデヒド}0.1g(7.5mmol)を含有するイソプロパノール溶液(5mL)に、5wt%の絹フィブロイン担持オスミウム触媒0.1g(オスミウムとして0.026mmol)を加え、水素雰囲気下、オートクレーブ中10atm、80℃で24時間攪拌して、反応させた。得られた溶液をろ過後、ろ液を減圧下で濃縮することにより、trans−シンナムアルコール{(E)−3−フェニル−2−プロペンアルコール}と3−フェニルプロピルアルコールの混合物を得た。尚、反応の選択性は、H−NMRの積分比を比較することにより決定し、trans−シンナムアルコール:3−フェニルプロピルアルコール=7:3であった。
【0049】
実施例5の結果から、カルボニル基のみが還元された化合物:カルボニル基と二重結合部分の両方が還元された化合物の比率が7:3であった。このように本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒は、二重結合とカルボニル基を有する化合物のカルボニル基の選択的還元反応に適した触媒であった。
【0050】
以上のことから、本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒は、毒性等の少ない再利用可能な触媒であり、アルケニル化合物のジオール化合物への酸化反応及びカルボニル基含有化合物のアルコール化合物への還元反応の両反応に適用でき、さらに還元反応に於いては、反応条件が比較的穏和で、優れた官能基選択性を有するものであり、二重結合及び/又は三重結合を有するカルボニル基含有化合物のカルボニル基が選択的に還元された化合物を得るのに適した触媒である。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の繊維状タンパク質担持オスミウム触媒は、毒性が少なく取り扱いが容易で、且つ、再利用可能な触媒であることから工業的に有利なものであり、また、酸化及び還元反応の両反応に適用でき、還元反応に於いては、反応条件が比較的穏和で選択性に優れる触媒を提供するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫黄原子を含有するアミノ酸残基の重量がタンパク質重量の1%以下である繊維状タンパク質に、オスミウムが担持された、繊維状タンパク質担持オスミウム触媒。
【請求項2】
硫黄原子を含有するアミノ酸残基の重量がタンパク質重量の1%以下である繊維状タンパク質が絹フィブロインである請求項1に記載のオスミウム触媒。
【請求項3】
硫黄原子を含有するアミノ酸残基の重量がタンパク質重量の1%以下である繊維状タンパク質に、オスミウムが担持された、繊維状タンパク質担持オスミウム含有触媒及び再酸化剤の存在下、アルケニル化合物を反応させることを特徴とする、アルケニル化合物の酸化方法。
【請求項4】
硫黄原子を含有するアミノ酸残基の重量がタンパク質重量の1%以下である繊維状タンパク質に、オスミウムが担持された、繊維状タンパク質担持オスミウム含有触媒の存在下、二重結合及び/又は三重結合を有するカルボニル基含有化合物と水素ガスとを接触させることを特徴とする、カルボニル基含有化合物中のカルボニル基の還元方法。

【公開番号】特開2008−6349(P2008−6349A)
【公開日】平成20年1月17日(2008.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−177344(P2006−177344)
【出願日】平成18年6月27日(2006.6.27)
【出願人】(000252300)和光純薬工業株式会社 (105)
【Fターム(参考)】