説明

耐へたり性に優れた高強度銅合金材料とその製造方法

【課題】Beのような有害な元素を含まず、しかも、導電性ばね材料の用途に要求される十分な強度、耐へたり性および導電性を有する銅合金材料およびその製造方法を提供する。
【解決手段】質量で、5.0〜16.0%のAg、1.0〜5.0%のNiおよび0.2〜1.2%のSiを含有し、残部がCuおよび不可避的不純物からなるとともに、組織内にCuとAgとの共晶相(CuAg相)およびNiSi粒子を複合して含有する耐へたり性に優れた高強度銅合金材料、並びに、質量で、5.0〜16.0%のAg、1.0〜5.0%のNiおよび0.2〜1.2%のSiと、必要に応じて0.2〜1.0%のSnおよび/または0.3〜1.2%のZnを含有し、残部がCuおよび不可避的不純物からなる銅合金材料に、温度300〜600℃で1〜100時間の1次熱処理を施した後、加工率50%以上で冷間加工を行う前記高強度銅合金材料の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば光ピックアップ用サスペンションワイヤなどの導電性ばね製品の用途において、特に耐へたり性に優れた高強度かつ高導電性の銅合金材料とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
銅は、電気抵抗が小さく導電性に優れることから、電気・電子用材料として多用され、その用途は種々電線からコネクタ、端子、スイッチなどの各種部品に至るまで多岐にわたって用いられている。しかしながら、一方で、銅は、軟質であるため、ばね製品のように高強度が要求される用途には本来不向きである。
【0003】
そこで、高い導電性と高い強度が共に要求される導電性のばね製品、例えば、光ピックアップ用サスペンションワイヤなどの用途では、従来から高強度ステンレス鋼を芯材とし、その表面に銅をメッキもしくはクラッドした銅被覆材、あるいは、銅に他の元素を添加したリン青銅やベリリウム銅などの銅合金が使用されている。
【0004】
しかしながら、前者の銅被覆材は、芯材自体の強度によって高強度は維持できるものの、銅被覆した芯材からの剥離や銅の被覆状態の不均一により、品質特性にバラツキを生じやすいうえ、製造工程が複雑で品質の低下や製造コストの上昇が避けられないという問題があった。
【0005】
一方、後者の銅合金は、強度が大きいうえに導電性も比較的良好で、銅被覆材のような品質のバラツキといった問題も少ないことから広く用いられている。その特性として、例えばベリリウム銅では、引張強さが1400MPa程度と高く(純銅は約200MPa)、導電率も20%IACS程度と比較的良好であるが、Beは人体に有害であり、これを含む部品や装置を廃棄する場合には、別途処理工程を設けるなどの環境対策が必要となることから、最近ではその使用が制限されている。一方、前記リン青銅ではこのような問題はないものの、強度的にベリリウム銅には達しないことから、耐へたり性が求められる安定的なばね材としては満足し難いものである。
【0006】
このような事情から、ベリリウム銅に代わる高強度、高導電性で、かつ、有害な元素を含まない銅合金材料が要望されており、このような特性を有する銅合金材料としては、例えば、Niを2.0〜4.8重量%、Siを0.2〜1.4重量%、Mgを0.05〜1.5重量%含有する銅合金において、その中に存在する析出物乃至介在物を特定したもの(特許文献1)、あるいは、Cuに4〜32原子%のAgを配合して鋳込んだ後に、急冷し、次いで冷間加工を行ったもの(特許文献2)などが提案されている。
【特許文献1】特開平11−222641号公報
【特許文献2】特開2000−199042号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、前者はその強度(引張強さ)が700〜1000MPa程度に留まるものあり、導電性ばね用の材料としては到底満足できるものではなかった。また、後者の特許文献2についても、前者の特許文献1より高い強度(引張強さ)のものが示され、用途として、種々ケーブルや巻線、その他シャフト用補強材などの用途を示しているが、特にばね用製品では、単に強度が大きいだけでは不十分であって、例えば弾性特性や疲労特性、耐へたり性など種々特性を備えることが必要であり、特に耐へたり性については、ばね製品における寿命の面から重要であるものの、同文献はこの点について何ら示唆していない。
【0008】
このように、近年、ベリリウム銅に代わる安全性の高い導電性ばね用の銅合金材料として、強度および導電性とともに、特に耐へたり性に優れたものが要望されているが、未だそのような要求に応え得るものは得られていない。そこで、本発明はこのような従来技術の課題に対処すべく鋭意研究の結果、特許文献2による銅銀合金にさらに所定量のNi、Siを複合添加することで、組織内にCuとAgとの共晶相粒子およびNiとSiとのNiSi相粒子を複合して含有することが有効との結論に至り本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、Beのような有害な元素を含まず、しかも、導電性ばね材料の用途に要求される十分な強度、耐へたり性および導電性を有する銅合金材料およびその製造方法の提供を目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的を達成するため、本願の請求項1に記載の発明は、質量で、5.0〜16.0%のAg、1.0〜5.0%のNiおよび0.2〜1.2%のSiを含有し、残部がCuおよび不可避的不純物からなるとともに、組織内にCuとAgとの共晶相(CuAg相)およびNiSi粒子を複合して含有することを特徴とする耐へたり性に優れた高強度銅合金材料である。
【0011】
請求項2に記載の発明は、請求項1記載の銅合金材料において、前記合金組成は、さらに0.2〜1.0質量%のSnおよび/または0.3〜1.2質量%のZnを含有することを特徴とするものである。
【0012】
請求項3に記載の発明は、請求項1または2記載の銅合金材料において、前記Ag、NiおよびSiの含有量をそれぞれa(質量%)、b(質量%)およびc(質量%)とするとき、2.5≦(1/4a+b)/c≦40の関係にあることを特徴とするものである。
【0013】
請求項4に記載の発明は、請求項3記載の銅合金材料において、0.2%耐力が900MPa以上で、かつ、導電率が25%IACS以上であることを特徴とするものである。
【0014】
請求項5に記載の発明は、請求項1乃至4のいずれか1項記載の銅合金材料において、ばね用途に用いられるものであることを特徴とするものである。
【0015】
また、請求項6に記載の発明は、質量で、5.0〜16.0%のAg、1.0〜5.0%のNiおよび0.2〜1.2%のSiと、必要に応じて0.2〜1.0%のSnおよび/または0.3〜1.2%のZnを含有し、残部がCuおよび不可避的不純物からなる銅合金材料に、温度300〜600℃で1〜100時間の1次熱処理を施した後、加工率50%以上で冷間加工を行うことを特徴とする耐へたり性に優れた高強度銅合金材料の製造方法である。
【0016】
上記組成の銅合金材料に1次熱処理を施すことで、材料組織内にCuとAgとの共晶相(CuAg相)およびNiSi相粒子とが複合化した形で形成される。そして加工率50%以上で冷間加工を行うことで、組織が繊維化され、高い強度と耐へたり性が得られる。
【0017】
請求項7に記載の発明は、請求項6記載の銅合金材料の製造方法において、前記冷間加工後に、前記1次熱処理温度以下の温度で所定時間熱処理する2次熱処理を施すことを特徴とするものである。
【0018】
このような2次熱処理は、銅合金材料がばねとしての製品形状に成形された後に施されることが望ましい。2次熱処理を行うことで、さらにNiSi相粒子が析出し、耐へたり性が向上することとなる。
【0019】
ここで、1次熱処理は、もっぱらCuAg相の析出を主眼とし、NiSi相粒子の析出は副次的であるのに対し、2次熱処理は、NiSi相粒子の析出を主眼としている。CuAg相は冷間加工性に優れ、析出後に冷間加工を施すことで繊維化し高い強度が得られる。一方、NiSi相粒子は金属間化合物であり、塑性加工性に乏しく、過度に析出させると加工性に悪影響を与える反面、NiSi相粒子が多く析出することで塑性変形が生じにくくなり、耐へたり性が向上する。そこで、1次熱処理では冷間加工の初期の段階で比較的高い温度で熱処理を行い、CuAg相を多く析出させる。その後、冷間加工を行い、ばねとしての製品形状に成形された後に、比較的低い温度で2次熱処理を行い、NiSi相粒子の析出を図り、加工性と耐へたり性の両立を図っている。2次熱処理の温度が高すぎると再結晶が起こり、CuAg相による繊維強化の効果が失われてしまうこととなる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、環境上の問題がなく、しかも、CuAg相粒子とNiSi相粒子とを複合生成させた微細粒子によって、高強度で高導電性を有し、また、耐へたり性を改善した銅合金材料を得ることができ、また、これを用いて、耐へたり性に優れ、長寿命の導電性ばね材料を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態について説明するが、各構成元素の含有量の単位「%」は「質量%」を示す。
【0022】
本発明の銅合金材料は、Cuに、5.0〜16.0%のAgを含有させることにより、CuとAgの共晶相を晶出させて、良好な導電性を維持しつつ強度を増大させ、さらに、1.0〜5.0%のNiおよび0.2〜1.2%のSiを含有させることによって、Cu母材中にさらにNiとSiの化合物粒子(NiSi相)を析出させ、これらの共晶相とNiSi粒子との複合生成によって、導電性の低下を抑制しながら、強度のいっそうの増大を図るとともに、前記ばね用として用いる場合における耐へたり性の向上を図るものである。
【0023】
ここで「へたり性」とは、例えば「ばね技術研究会会報」p.2828(2001年10月発行)にも説明されているように、「弾性限度内の低い応力下において、塑性歪みが発生する現象」で、一般的には「弾性領域で、歪みを繰り返して与えたり、長時間歪みを与えたままにすると、実際に加えられた歪みより大きい歪みが加えられたときと同じ挙動を示し、除荷しても戻らない歪みが生じる現象」をいう。
【0024】
そして、その測定は、例えば所定形状を有する試験線材に、その線材の弾性領域内での応力を負荷して所定時間放置した後に開放したときの歪みについて、応力負荷前と応力除去後の形状乃至寸法変化の比率で示されるものであって、本願発明では、負荷応力として対象線材またはその成形品の0.2%耐力値の40%に相当する応力を3分間負荷した後、除荷した時の残留歪み量として[(L−L)/L]×100の計算式から求めることができる。なお、この場合、線材がトーションばねのような曲げ応力が加わる状態で使用されるものでは、前記40%相当応力を加え、除荷した後の線材の弦長比について前記式から求められる。
【0025】
また、圧縮コイルばねなどの成形品の場合についても、例えば以下の要領でへたり率を求めることができる。すなわち、そのばねについて、予め応力負荷した応力−歪み線図を求め、その線図のなかで0.2%耐力に相当する応力の40%を加えた状態で所定時間放置し、除荷した時の自由長(L)と当初自由長(L)との変化を前記式に入れて求めるものである。これらの関係から明らかなように、値の小さいほど耐へたり性に優れていることを意味する。前記用途光ピックアップ用ばねやその他精密機器用ばねに用いるものでは、より好ましい耐へたり性は1.2%以下である。
【0026】
したがって、本発明では、こうした現象を改善するためには、線の高強度化とともに弾性限度内での変形挙動に耐え得る形態にするのが有効との判断から、前記CuAg共晶相およびNiSi化合物を複合して生成させることとした、また、そのなかで、これら共晶相および化合物がその長手方向に沿って連続的に点在配置した分布状態乃至繊維状に引き伸ばされた状態で複合させることで、たわみ応力などに対して大きな抵抗を有するものとなる。
【0027】
こうした析出物の発生を図る観点から、本発明では各元素の含有量を前述の範囲にするものとした。すなわち、Ag含有量が5.0%に満たないと、強度が不十分となり、16.0%を超えると、強度が高くなりすぎ冷間加工(伸線加工)が困難になる。好ましいAg含有量は8.0〜14.0%の範囲であり、より好ましくは9.5〜12.0%の範囲である。また、Ni含有量が1.0%に満たないと、上記共晶相の形成が少なくなり、強度を十分に向上させることができない。また、5.0%を超えると、強度は高くなるものの冷間加工が困難になる。好ましいNi含有量は1.5〜3.2%の範囲である。
【0028】
さらに、Siは、Niとの金属間化合物、NiSiを生成させるものであるため、Ni含有量が決まると最適なSi含有量も決まってくる。すなわち、Si含有量が0.2%に満たないと、NiSiの析出量が少なくなり、強度を十分に向上させることができない。また、1.2%を超えると、強度は変わらず、導電性が低下する。好ましいSi含有量は0.3〜0.8%の範囲である。
【0029】
また、本発明においては、Ag、NiおよびSiの含有量をそれぞれa(%)、b(%)およびc(%)としたとき、2.5≦(1/4a+b)/c≦40となるようにすることが好ましい。これは、Ag、NiおよびSiの各含有量のバランスをとることにより、冷間加工や析出処理などを行う場合に、加工硬化、析出硬化を促進して、強度を増大させることができ、かつ、良好な導電性も維持することができるという知見に基づくものである。
【0030】
すなわち、図1は、Ag、NiおよびSiのそれぞれの含有量を前述した範囲で種々変化させ、[(1/4a+b)/c]値(A値)と、強度(耐力、引張強さ)および導電率の関係を調べた結果を示したもので、[(1/4a+b)/c]値と強度は正の比例関係にあり、また、[(1/4a+b)/c]値と導電率は負の比例関係にあり、[(1/4a+b)/c]値を特定することにより、安定した特性が得られることを示している。[(1/4a+b)/c]値が2.5未満では、強度を十分に増大させることができず、一方、[(1/4a+b)/c]値が40を超えると、十分な耐へたり性が得られないこととなる。より好ましくは、8.0≦(1/4a+b)/c≦14.0とする。
【0031】
本発明の銅合金には、耐へたり性をさらに向上させるため、必要に応じてSnおよび/またはZnを含有させることができる。その含有量は、Snが0.2〜1.0%、Znが0.3〜1.2%の範囲が好ましい。Snが0.2%未満では、添加による効果が得られず、1.0%を超えると加工性が低下する。また、Znが0.3%未満では、添加による効果が得られず、1.2%を超えるとSnの場合と同様に加工性が低下する。
【0032】
また、本発明の銅合金には、例えば合計3%以下の不可避的不純物が含まれていてもよい。不可避的不純物としては、Mg、Mn、Cr、Co、Ti、Al、Sb、As、Pb、Bi、O、P、S、Se、Teなどが挙げられる。
【0033】
本発明の銅合金は、0.2%耐力が900MPa以上であり、導電率が25%IACS以上であることが好ましく、0.2%耐力が900MPa未満では、ばね用材料としての強度が十分でなく、また、導電率が25%IACS未満では、導電材料としたときの損失が大きくなる。より好ましくは、0.2%耐力が1000〜1500MPa程度で、導電率が30%IACS以上である。
【0034】
ここで、0.2%耐力は、JIS Z 2241「金属材料引張試験法」に準拠して引張試験を行った場合の、0.2%の永久歪みを生ずるときの応力をいい、また、導電率は、JIS C 3002に準拠して、20℃の恒温槽中での4端子法(試料長さ100mm)により測定することができる。特に耐力は硬質線材において、弾性特性が向上してより大きな応力に耐えることができ、用途の拡大を図ることができる。
【0035】
本発明の銅合金材料は、このような特性とともに、組織内に前記析出物を複合し、また、該析出物は硬質かつ微細であることから、分散強化または繊維強化特性を備えるものとなり、それによって耐へたり性を高めることができる。特に、これら析出物をその長手方向に沿って方向性を持って配置した場合により顕著となる。なお、このような析出物によって導電性は若干低下する場合があるものの、本発明ではなお25%IACS以上の導電性を有することから実質的な影響はない。
【0036】
上記のような銅合金材料は、次のような方法で製造することが好ましい。
【0037】
すなわち、質量で、5.0〜16.0%のAg、1.0〜5.0%のNiおよび0.2〜1.2%のSiと、必要に応じて0.2〜1.0%のSnおよび/または0.3〜1.2%のZnを含有し、残部がCuおよび不可避的不純物からなる銅合金材料に、温度300〜600℃で1〜100時間の1次熱処理を施すことで、組織内にCuとAgとの共晶相(CuAg相)およびNiSi相粒子とを複合形成させ、その後、加工率50%以上で冷間加工を行うものである。冷間加工は、最終形状に応じて、伸線、圧延またはその他の加工方法が採用される。
【0038】
前記1次熱処理によって、Cuマトリックス中に積極的にAgとCuからなる共晶相(CuAg相)を析出することを第一の特徴とする。このCuAg相は、母相Cuよりは硬質であるものの比較的延性を有し、その後の冷間加工によって、例えばその長手方向に沿って微細に伸びる繊維構造を有するものとする。なお、この場合、前記共晶相とともにNiSi粒子を析出させることができる。熱処理温度が300℃未満であるかもしくは熱処理時間が1時間に満たない場合は、前記析出が十分に行われず、逆に、熱処理温度が600℃を超えるかもしくは熱処理時間が100時間を越えると、CuAg相の固溶およびNiSi粒子の粗大化が生じる。この析出熱処理は、より好ましくは350〜450℃の温度で5〜20時間行う。
【0039】
CuAg相は、このような1次熱処理工程の後の冷間加工において、繊維状に引き伸ばされ、NiSi粒子の析出とともに銅合金材料の強度を向上させる。
【0040】
本発明においては、このような冷間加工の途中で少なくとも1回の中間熱処理工程を行ってもよい。その際の熱処理条件としては、例えば真空中またはアルゴンもしくは窒素雰囲気中で、300〜600℃の温度で1分〜1時間未満程度が好ましく、400〜580℃の温度で3〜30分がより好ましい。このような中間熱処理を施すことにより、高い加工度で加工することが可能となる。温度が300℃未満であるかもしくは時間が1分に満たないと加工性を十分に改善することができず、逆に、温度が600℃を超えるかもしくは時間が10時間を越えると、再結晶のために所定の強度が得られなくなる。
【0041】
このようにして得られた銅合金材料を、その後、所定の製品形状に切断乃至加工することにより導電性ばね成形品が得られる。導電性ばね成形品の製品形状は、特に限定されるものではなく、コイル状(コイルばね)であっても、直線状(直線ばね)であっても、また、板状(板ばね)であってもよい。本発明においては、所定の製品形状に切断乃至加工した後、前記1次熱処理より低い温度、好ましくは150〜400℃、より好ましくは200〜350℃の2次熱処理を施すことが好ましい。このような2次熱処理を行うことにより、導電性ばね材料として用いる際の耐へたり性をさらに改善することができる。これは、主としてNiSi粒子が析出したことによるものと推測される。2次熱処理温度が1次熱処理温度を超える温度条件では、再結晶が起こり、強度が低下することとなる。なお、この2次熱処理の時間は、熱処理温度に応じて耐へたり性の改善に必要な時間とされ、例えば大気中で、1分〜5時間、好ましくは3分〜1時間、より好ましくは5〜30分間行われる。
【0042】
本発明による銅合金材料は、高強度、高導電性で、かつ、耐へたり性に優れており、光ピックアップ用サスペンションワイヤ、LSI検査用導電性ばね材など、かかる特性が要求される各種電気・電子部品の精密導電性ばね材として有用である。
【実施例】
【0043】
次に、本発明の実施例を記載するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0044】
実施例
外周に水冷ジャケットを設けた黒鉛鋳型を有する水平連続鋳造機を用いて、表1に示すような種々の組成を有する線径9.5mmの鋳造ロッドを鋳造した。次いで、これらの鋳造ロッドに、表1に示した各種条件で熱処理および冷間加工を行い、線径0.7mmの銅合金線材を得た。
【0045】
すなわち、実施例1−1、1−2では、鋳造ロッドに450℃で10時間の1次熱処理を窒素雰囲気中で施した後、冷間加工した。冷間加工の途中、線径が3.0mmまで伸線されたところで、450℃で6分の中間熱処理をアルゴン雰囲気中で行った。
【0046】
実施例1−3、1−4、2−1、2−2、3−1および3−2では、鋳造ロッドに450℃で10時間の1次熱処理を施した後、冷間加工した。冷間加工の途中、線径が3.0mmまで伸線されたところで、550℃で6分の中間熱処理を行った。
【0047】
実施例4−1、4−2では、鋳造ロッドに熱処理を施すことなく冷間加工した。冷間加工の途中、線径が3.0mmまで伸線されたところで、500℃で6分の中間熱処理を行った。
【0048】
実施例4−3、4−4では、鋳造ロッドに350℃で10時間の1次熱処理を施した後、冷間加工した。冷間加工の途中、線径が3.0mmまで伸線されたところで、550℃で6分の中間熱処理を行った。
【0049】
実施例4−5、4−6では、鋳造ロッドに400℃で10時間の1次熱処理を施した後、冷間加工した。冷間加工の途中、線径が3.0mmまで伸線されたところで、550℃で6分の中間熱処理を行った。
【0050】
なお、これらの各実施例の1次熱処理を施したものについては、CuAg共晶相とともに少量のNiSi粒子が確認された。
【0051】
この後、得られた線径0.7mmの銅合金線材をコイル状に加工して圧縮コイルばね(コイル外径:7.70mm、コイル平均径:7.00mm、析出自由長(L):13.5mm、総巻数:6.5巻、有効巻数:4.5巻)を作製した。実施例1−2、1−4、2−2、3−2、4−2、4−4、4−6ではコイル状に加工後に、250℃で1時間の2次熱処理を行った。
【0052】
比較例1−1、1−2
10.0質量%のAgと残部がCuからなる銅合金を、実施例と同様の水平連続鋳造機を用いて、線径9.5mmの鋳造ロッドを鋳造し、次いで、この鋳造ロッドを冷間加工して、線径0.7mmの銅合金線材を得た。この後、得られた線径0.7mmの銅合金線材をコイル状に加工して実施例と同形状、同寸法の圧縮コイルばねを作製した。比較例1−2ではコイル状に加工後に、260℃で30分間の熱処理を行った。
【0053】
比較例2−1、2−2
2質量%のBeと残部がCuからなる線径0.7mmの銅合金線材を、コイル状に加工して実施例と同形状、同寸法の圧縮コイルばねを作製した。なお、比較例2−1ではコイル状に加工後に、260℃で30分間の熱処理を行った。また、比較例2−2ではコイル状に加工後に、300℃で1時間の熱処理を行った。
【0054】
比較例3−1、3−2
3.0質量%のAgと残部がCuからなる銅合金を、実施例と同様の水平連続鋳造機を用いて、線径9.5mmの鋳造ロッドを鋳造し、次いで、この鋳造ロッドを冷間加工して、線径0.7mmの銅合金線材を得た。この後、得られた線径0.7mmの銅合金線材をコイル状に加工して実施例と同形状、同寸法の圧縮コイルばねを作製した。比較例3−2ではコイル状に加工後に、260℃で30分間の熱処理を行った。
【0055】
上記各実施例および各比較例で得られた圧縮コイルばねについて、へたり率(γ)を測定するとともに、同条件の処理を施した線材について02%耐力、引張強さおよび導電率を測定した。これらの結果を、冷間加工前に採取したサンプルについて測定した引張強さおよび導電率とともに表2に示す。なお、へたり率(γ)は、圧縮コイルばねに、ばね長さ12mm、8mmとする荷重を10回繰り返して負荷した後の自由長(L10)を測定し、次式より算出した。
γ(%)=[(L−L10)/L]×100
また、0.2%耐力および引張強さはJIS Z 2241に準拠し、導電率はJIS C 3002に準拠して測定した。
【0056】
【表1】

【0057】
【表2】

【0058】
表1および表2に示すように、実施例で得られた導電性ばねは、高強度、高導電性で、かつ、優れた耐へたり性を有するものである。比較例1−1、1−2のCu−Ag合金は導電率は70%IACS以上と良好であるものの、へたりが約3.9%、約1.8%と大きく、ばね材料としては必ずしも十分ではない。一方、本発明の実施例はいずれもへたりが小さい。特に、2次熱処理を施した実施例では、へたりは1%以下となっており、比較例2−1、2−2のベリリウム銅合金と同等の耐へたり性を有し、かつ、導電率においてはそれらに勝るものとなっている。
【0059】
これらの測定結果から、本発明の銅合金材料は、ばね成形用として十分な特性を有することが確認された。したがって、導電性ばね材料の用途、特に精密分野において使用されるものとして、有害物質を含むベリリウム銅合金の代替材料として十分な性能を持つものである。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】[(1/4a+b)/c]値と、強度および導電率との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量で、5.0〜16.0%のAg、1.0〜5.0%のNiおよび0.2〜1.2%のSiを含有し、残部がCuおよび不可避的不純物からなるとともに、組織内にCuとAgとの共晶相およびNiSi粒子を複合して含有することを特徴とする耐へたり性に優れた高強度銅合金材料。
【請求項2】
前記合金組成は、さらに0.2〜1.0質量%のSnおよび/または0.3〜1.2質量%のZnを含有することを特徴とする請求項1記載の高強度銅合金材料。
【請求項3】
前記Ag、NiおよびSiの含有量をそれぞれa(質量%)、b(質量%)およびc(質量%)とするとき、2.5≦(1/4a+b)/c≦40の関係にあることを特徴とする請求項1または2記載の高強度銅合金材料。
【請求項4】
0.2%耐力が900MPa以上で、かつ、導電率が25%IACS以上であることを特徴とする請求項3記載の高強度銅合金材料。
【請求項5】
ばね用途に用いられるものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載の高強度銅合金材料。
【請求項6】
質量で、5.0〜16.0%のAg、1.0〜5.0%のNiおよび0.2〜1.2%のSiと、必要に応じて0.2〜1.0%のSnおよび/または0.3〜1.2%のZnを含有し、残部がCuおよび不可避的不純物からなる銅合金材料に、温度300〜600℃で1〜100時間の1次熱処理を施した後、加工率50%以上で冷間加工を行うことを特徴とする耐へたり性に優れた高強度銅合金材料の製造方法。
【請求項7】
前記冷間加工後に、前記1次熱処理温度以下の温度で所定時間熱処理する2次熱処理を施すことを特徴とする請求項6記載の高強度銅合金材料の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−291271(P2006−291271A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−112190(P2005−112190)
【出願日】平成17年4月8日(2005.4.8)
【出願人】(306013120)昭和電線ケーブルシステム株式会社 (218)
【出願人】(000231556)日本精線株式会社 (47)
【Fターム(参考)】