説明

耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法

【課題】熱延温度域でα+γの2相となるフェライト系ステンレス鋼において耐リジング性を改善する。
【解決手段】質量%で、C:0.001〜0.30%、Si:0.01〜1.00%、Mn:0.01〜2.00%、P:0.050%以下、S:0.020%以下、Cr:11.0〜22.0%、N:0.001〜0.10%を含有し、下記(3)式で定義するApが下記(2)式を満たし、かつ、Sn量が下記(1)式を満たし、残部がFe及び不可避的不純物からなり、金属組織がフェライト単相であることを特徴とする耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。0.060≦Sn≦0.634−0.0082Ap(1) 10≦Ap≦70(2) Ap=420C+470N+23Ni+9Cu+7Mn−11.5(Cr+Si)−12Mo−52Al−47Nb−49Ti+189(3) Sn、C、N、Ni、Cu、Mn、Cr、Si、Mo、Al、Nb、及び、Tiは、各元素の含有量。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法に関するものである。本発明によれば、優れた耐リジング性を有するフェライト系ステンレス鋼板を提供することができるので、従来必要であった研磨工程等を省略でき、地球環境保全に貢献し得るものである。
【背景技術】
【0002】
SUS430に代表されるフェライト系ステンレス鋼は、家電や厨房品等に広く使用されている。ステンレス鋼は、その優れた耐食性に最大の特徴があり、そのため、表面処理を施すことなく、金属地のまま製品化される場合が多い。
【0003】
フェライト系ステンレス鋼を成形した場合、その表面に、リジングという表面欠陥が発生する場合がある。鋼表面にリジングが発生すると、表面美観が劣化するし、また、それを除去するための研磨が必要となったりする。SUS430のように、熱間圧延温度域でα+γの2相となる鋼種において耐リジング性を改善する手法として、例えば、特許文献1〜4に開示の手法が知られている。
【0004】
特許文献1には、鋼中のAl量とN量を規定し、熱間圧延途中に曲げ加工を施し、その後の再結晶により結晶方位を変化させる手法が開示されている。特許文献2には、熱間仕上げ圧延時の圧下率を規定する手法が示されている。
【0005】
特許文献3には、1パス当りの圧下率を40%以上として、大きな歪を与えて、フェライトバンドを分断する手法が開示されている。特許文献4には、成分組成より計算されるオーステナイト相率に調整し、加熱温度、仕上げ圧延速度及び温度等を規定する手法が開示されている。
【0006】
しかし、特許文献1、2、及び、4に開示の手法では、鋼種によっては、必ずしも、耐リジング性が向上しない場合がある。また、特許文献3に開示の手法においては、圧延時に焼きつき疵が発生する場合がある。この場合、生産性が低下する。以上のように、熱間圧延温度域でα+γの2相となる鋼種において、耐リジング性を改善する手法は確立していないのが現状である。
【0007】
一方、近年、微量のSnを添加して、低Crフェライト系ステンレス鋼の耐食性や高温強度を改善する検討がなされている。特許文献5には、Sn含有量が0.060%未満のフェライト系ステンレス鋼が開示されている。特許文献6には、Hv300以上の高硬度を特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼が開示されている。特許文献7には、Snを添加して高温強度を改善したフェライト系ステンレス鋼が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭62−136525号公報
【特許文献2】特開昭63−69921号公報
【特許文献3】特開平05−179358号公報
【特許文献4】特開平06−081036号公報
【特許文献5】特開平11−092872号公報
【特許文献6】特開2010−215995号公報
【特許文献7】特開2000−169943号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記現状に鑑み、SUS430にように、熱間圧延温度域でα+γの2相となるフェライト系ステンレス鋼において、耐リジング性を改善することを課題とし、該課題を解決する耐リジング性が優れたフェライト系ステンレス鋼板と、その製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、フェライト系ステンレス鋼の耐リジング性に及ぼす成分組成と製造条件の関係、特にSnの含有量との関係を詳細に検討した。その結果、本発明者らは、熱間圧延温度域でα+γの2相組織となるフェライト系ステンレス鋼において、Snを適量添加すると、製造性(熱間加工性)を損なうことなく、耐リジング性を改善できることを見出した。
【0011】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、その要旨は以下の通りである。
【0012】
(1)質量%で、C:0.001〜0.30%、Si:0.01〜1.00%、Mn:0.01〜2.00%、P:0.050%以下未満、S:0.020%以下、Cr:11.0〜22.0%、N:0.001〜0.10%を含有し、下記(3)式で定義するApが下記(2)式を満たし、かつ、Sn含有量が下記(1)式を満たし、残部がFe及び不可避的不純物からなり、金属組織がフェライト単相であることを特徴とする耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
0.060≦Sn≦0.634−0.0082Ap ・・・(1)
10≦Ap≦70 ・・・(2)
Ap=420C+470N+23Ni+9Cu+7Mn−11.5(Cr+Si)
−12Mo−52Al−47Nb−49Ti+189 ・・・(3)
ここで、Sn、C、N、Ni、Cu、Mn、Cr、Si、Mo、Al、Nb、及び、Tiは、各元素の含有量である。
【0013】
(2)質量%で、C:0.001〜0.30%、Si:0.01〜1.00%、Mn:0.01〜2.00%、P:0.050%以下、S:0.020%以下、Cr:11.0〜22.0%、N:0.001〜0.10%を含有し、下記(3)式で定義するApが下記(2)式を満たし、かつ、Sn含有量が下記(1)式を満たし、残部がFe及び不可避的不純物からなり、金属組織がフェライト単相であり、リジング高さが6μm未満であることを特徴とする耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
リジング性を確保するには、1100℃以上の熱間圧延における総圧延率が15%以上となる熱間圧延が必要なことから、(2)の発明は、すなわち以下のようにも記載できる。
【0014】
(2’)質量%で、
C :0.001〜0.30%、Si:0.01〜1.00%、Mn:0.01〜2.00%、P :0.050%以下、S :0.020%以下、Cr:11.0〜22.0%、N :0.001〜0.10%を含有し、前記(式3)で定義するApが前記(式2)を満たし、かつ、Sn含有量が前記(式1)を満たし、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼を、1150〜1280℃に加熱し、1100℃以上の熱間圧延における総圧延率が15%以上となる熱間圧延を施して鋼板とし、その金属組織がフェライト単相であることを特徴とする耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【0015】
(3)さらに、質量%で、Al:0.0001〜1.0%、Nb:0.30%以下、Ti:0.30%以下のうち1種又は2種以上を含有することを特徴とする前記(1)又は(2)に記載の耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【0016】
(4)さらに、質量%で、Ni:1.0%以下、Cu:1.0%以下、Mo:1.0%以下%、V:1.0%以下、Co:0.5%以下、Zr:0.5%以下のうち1種又は2種以上を含有することを特徴とする前記(1)〜(3)に記載の耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【0017】
(5)さらに、質量%で、B:0.0050%以下、Mg:0.0050%以下、Ca:0.0050%以下、Y:0.1%以下、Hf:0.1%以下、REM:0.1%以下のうち1種又は2種以上を含有することを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれかに記載の耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【0018】
(6)前記(1)〜(5)のいずれかに記載の耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板の製造方法において、(i)前記(1)〜(5)のいずれかに記載の成分組成の鋼を1150〜1280℃に加熱し、該鋼に、1100℃以上の熱間圧延における総圧延率が15%以上となる熱間圧延を施して、熱延板とし、(ii)上記熱延板を巻き取った後、該熱延板に、焼鈍を施し、又は、焼鈍を施さずに、冷間圧延を施し、次いで、焼鈍することを特徴とする耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】Ap及びSn量と、耐リジング性及び熱延板における耳割れの有無との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に、本発明を詳細に説明する。
本発明の耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板(以下「本発明鋼板」ということがある。)は、質量%で、C:0.001〜0.30%、Si:0.01〜1.00%、Mn:0.01〜2.00%、P:0.050%未満、S:0.010%以下、Cr:11.0〜18.0%、N:0.0010〜0.10%を含有し、(3)式で定義するApが(2)式を満たし、かつ、Sn含有量が(1)式を満たし、残部がFe及び不可避的不純物からなり、金属組織がフェライト単相であることを特徴とする。
【0022】
0.060≦Sn≦0.634−0.0082Ap ・・・(1)
10≦Ap≦70 ・・・(2)
Ap=420C+470N+23Ni+9Cu+7Mn−11.5(Cr+Si)
−12Mo−52Al−47Nb−49Ti+189 ・・・(3)
ここで、Sn、C、N、Ni、Cu、Mn、Cr、Si、Mo、Al、Nb、及び、Tiは、各元素の含有量(質量%)である。
【0023】
Apは、上記元素の含有量(質量%)から算出されるγ相率であり、1100℃に加熱した時に生成するオーステナイト量の最大値を示す指標である。元素の係数は、γ相の生成に寄与する程度を、実験的に定めたものである。なお、鋼中に存在しない元素は0%として、上記(3)式を計算する。
【0024】
まず、本発明の基礎となる知見を得るに至った試験とその結果について説明する。
本発明者らは、SUS430を基本成分とし、成分組成を変更して数十水準のステンレス鋼を溶製して鋳造し、鋳片に、熱延条件を変えて熱間圧延を施して熱延板とした。さらに、熱延板に、焼鈍を施し、又は、焼鈍を施さずに冷間圧延を施し、次いで、焼鈍を施して製品板とした。
【0025】
製品板より、JIS5号引張試験片を採取し、圧延方向に平行に、15%の引張歪を付与し、引張歪を付与した後の板面における凹凸高さを測定して、耐リジング性を評価した。凹凸高さが6μm未満の場合を、耐リジング性が良好であると定義した。試験結果より、下記知見を得るに至った。
【0026】
(w)Snを添加した鋼種の耐リジング性が、Sn無添加鋼種の耐リジング性に比べ、劇的に向上する場合がある。この耐リジング性向上効果は、熱間圧延温度域で、組織がα+γの2相組織となる場合に顕著である。
【0027】
(x)Sn添加による耐リジング性向上効果を得るためには、熱延前の鋼片加熱条件が重要である。特に、熱延初期の温度が低すぎると耐リジング性は向上せず、一方、熱延初期の温度が高すぎると、熱延時に、鋼板表面に疵が発生する。それ故、熱延前の鋼片加熱温度には適正範囲が存在する。
【0028】
(y)さらに、熱延初期の圧延条件も耐リジング性に大きく影響する。具体的には、熱延開始から1100℃に至るまでの総圧下率が高い時に、耐リジング性向上効果が顕著である。
【0029】
(z)Sn添加量が多すぎると、熱間圧延時に耳割れが生じ、熱延板の製造自体が困難になる。
【0030】
SUS430を基本鋼とし、Sn量を変化させて、上記(3)式で定義するApを調整した鋼材を1200℃に加熱し、1100℃以上での総圧下率を15%以上として熱延板を製造し、耳割れの有無を調査した。
【0031】
また、熱延板に、約820℃で6時間以上の熱処理を施して再結晶をさせた後、冷間圧延を施し、さらに、再結晶焼鈍を施した。得られた鋼板から、JIS5号引張試験片を採取し、圧延方向に平行に15%の引張歪を付与し、引張歪を付与した後の鋼板表面において凹凸高さを測定した。
【0032】
図1に、Ap及びSn量と、耐リジング性及び熱延板における耳割れの有無との関係を示す。図中の符号は、下記の通りである。
×:熱間圧延時に耳割れが発生
△:熱間圧延時に耳割れは発生せず、耐リジング性は不良
○:熱間圧延時に耳割れは発生せず、耐リジング性は良好
【0033】
図1より、Sn添加量が高く、Ap(鋼中のγ相率)が高い場合には、熱延で耳割れが生じ易いことが解る。また、図1より、Sn量が上記(1)式を満たし、かつ、Ap(γ相率)が上記(2)式を満たすと、優れた耐リジング性が得られることが解る。
【0034】
次に、本発明鋼板の成分組成を限定する理由について説明する。以下、成分組成に係る%は、質量%を意味する。
【0035】
C:Cは、オーステナイト生成元素である。多量の添加は、γ相率の増加、さらには、熱間加工性の劣化につながるので、上限を0.30%とする。ただし、過度の低減は、精錬コストの増加につながるので、下限を0.001%とする。精錬コスト及び製造性を考慮した場合、0.01〜0.10%が好ましい。より好ましくは0.02〜0.07%である。
【0036】
Si:Siは、脱酸に有効であり、また、耐酸化性の向上に有効な元素である。添加効果を得るため、0.01%以上を添加するが、多量の添加は加工性の低下を招くので、上限を1.00%とする。加工性と製造性の両立を図る点で、0.10〜0.60%が好ましい。より好ましくは0.12〜0.45%である。
【0037】
Mn:Mnは、硫化物を形成して耐食性を低下させる元素である。そのため、上限を2.00%とする。ただし、過度の低減は、精錬コストの増加につながるので、下限を0.01%とする。製造性を考慮すると、下限を0.08%、さらには0.12%とすることが好ましく、上限を1.60%、さらには0.60%とすることが好ましい。さらに好ましくは、0.15〜0.50%である。
【0038】
P:Pは、製造性や溶接性を劣化させる元素である。そのため少ない方がよく、上限を0.05%未満とする。過度の低減は、原料等のコスト増につながるので、下限を0.005%とする。好ましくは製造コストを考慮して0.01〜0.04%である。より好ましくは、0.01〜0.03%である。
【0039】
S:Sは、熱間加工性や耐銹性を劣化させる元素である。そのため少ない方がよく、上限を0.02%とする。好ましくは、0.010%である。過度の低減は、精錬コスト等の製造コスト増につながるので、下限を0.0001%とする。好ましくは0.0002〜0.01%とする。より好ましくは0.0003〜0.005%、さらに好ましくは0.0005〜0.005%である。
【0040】
Cr:Crは、ステンレス鋼の主要元素であり、耐食性を向上させる元素である。添加効果を得るため、11.0%以上を添加する。ただし、多量の添加は、製造性の劣化を招くので、上限を22.0%である。好ましくは18.0%とする。SUS430レベルの耐食性を得ることを考慮すると、13.0〜16.0%が好ましい。より好ましくは13.5〜16.0%であり、さらに好ましくは14.5〜16.0%である。
【0041】
N:Nは、Cと同様に、オーステナイト生成元素である。多量の添加はγ相率の増加、さらには、熱間加工性の劣化につながるので、上限を0.10%とする。ただし、過度の低減は、精錬コストの増加につながるので、下限を0.001%とする。精錬コスト及び製造性を考慮すると、0.01〜0.05%が好ましい。
【0042】
Sn:Snは、本発明鋼において耐リジング性の向上のために必須の元素である。
耐リジング性向上効果を得るため、0.060%以上を添加する。経済性及び製造安定性を考慮すると、0.100%超が好ましく、より好ましくは0.150%超である。
【0043】
Sn量が多いほど、耐リジング性は向上するが、多量の添加は、熱間加工性の劣化を招く。本発明者らは、前述したように、耐リジング性に関してSnの添加量とAp(鋼中のγ相率)との間に強い関係があることを見出した(図1)。図1から、Sn添加量が高く、Ap(鋼中のγ相率)が高い場合には、熱延で耳割れが生じ易いことが解る。また、図1より、Sn量が上記((式1)を満たし、かつ、Ap(γ相率)が上記(式2)を満たすと、優れた耐リジング性が得られることが解る。これらの知見から、Snの上限を、図1に示す試験結果から得られる下記(1’)式で規定する。
Sn≦0.63−0.0082Ap ・・・(1’)
【0044】
即ち、Snの上限は、オーステナイトポテンシャル:Ap(γ相率)により変化する。Sn>0.63−0.0082Apであると、鋼の熱間加工性が劣化し、熱延時、耳割れが顕著に発生する。
【0045】
Al、Nb、Ti:Al、Nb、及び、Tiは、加工性の向上に有効な元素である。このうちAlはSiと同様に脱酸に有効で、耐銹性を高める元素でもある。必要に応じて、1種又は2種以上を添加するが、添加効果を得るため、Alは0.0001%以上、好ましくは0.003%以上を添加する。
【0046】
多量の添加は、加工性向上効果の飽和、また、鋼材の硬質化を招くので、Alは1.0%以下、好ましくは0.5%以下、さらに好ましくは0.20%以下とし、Nbは0.30%以下、好ましくは0.10%以下とし、Tiは0.30%以下、好ましくは0.10%以下とする。一方、Nb、Tiは、添加効果を得るために好ましくは、Nbは0.03%以上を添加するとよく、Tiは0.03%以上を添加すると良い。好ましくはそれぞれ0.04%以上とすると良い。好適範囲は、Al:0.001〜0.5%、より好ましくは0.005〜0.20%、さらに好ましくは0.010〜0.15%、Nb:0.05〜0.08%、Ti:0.05〜0.08%である。
【0047】
Ni、Cu、Mo、V、Zr、Co:Ni、Cu、Mo、V、ZrおよびCoは、耐食性の向上に有効な元素である。多量の添加は、合金コストの上昇や加工性を劣化させるので、上限は、Ni、Cu、Mo及びVのいずれも、1.0%、好ましくは0.30%とする。ZrおよびCoは、上限を0.5%とする。1種又は2種以上を添加するが、必要に応じて、Ni、Cu、Mo及びVのいずれも、0.01%以上を添加すると良い。ZrおよびCoも同様に、0.01%以上添加するとよい。耐食性向上効果を安定的に得るためには、Ni、Cu、Mo、V、ZrおよびCoのいずれも、0.05%超〜0.25%が好ましく、より好ましくは0.1〜0.25%である。
【0048】
B、Mg、Ca:B、Mg、及び、Caは、凝固組織を微細化し、耐リジング性を向上させる元素である。必要に応じて、1種又は2種以上を添加するが、添加効果を得るため、Bは0.0003%以上を添加し、Mgは0.0001%以上を添加し、Caは0.0003%以上を添加するとよい。添加効果の観点から、それぞれの下限を、好ましくは0.0005%、より好ましくは0.0007%、さらに好ましくは0.0008%とするとよい。
【0049】
ただし、多量の添加は、製造性及び耐食性の劣化を招くので、上限を、Bは0.0050%、好ましくは0.0025%とし、Mgは0.0050%、好ましくは0.0030%とし、Caは0.0050%、好ましくは0.0030%とする。好適範囲は、B:0.0007〜0.0020%、Mg:0.0005〜0.0020%、Ca:0.0008〜0.0020%である。
【0050】
その他、Y、Hf、REM:Y、Hf、及びREMは、熱間加工性や鋼の清浄度を高め、耐銹性や熱間加工性を著しく向上させる元素である。過度の添加は、合金コストの上昇と製造性の低下に繋がるので、いずれも、上限を0.1%とする。好ましくは、添加効果、経済性、及び、製造性を考慮して、1種又は2種以上の合計で0.001〜0.05%とする。添加する場合、必要に応じて、いずれも0.001%以上添加すると良い。
【0051】
本発明鋼板の金属組織はフェライト単相である。オーステナイト相やマルテンサイト相等の他の相を含有しない。炭化物や窒化物等の析出物が混在しても、耐リジング性や熱間加工性には大きく影響しないので、これらの析出物は、本発明鋼板の特性を損なわない範囲で存在していてもよい。
【0052】
Sn量の上限を規定する式“0.63−0.0082Ap”におけるApは、上記(2)式:10≦Ap≦70を満たす必要がある(図1、参照)。
【0053】
Apが10未満であると、Snを添加しても、耐リジング性は向上しない。Apが大きいほど、耐リジング性は良好となるが、70を超えると、熱間加工性が著しく劣化するので、70を上限とする。安定的に本発明鋼板を製造することを考慮すると、Apは、20〜50が好ましい。
【0054】
次に、本発明鋼板の製造方法について説明する。
本発明鋼板の製造方法は、
(i)所要の成分組成の鋼を1150〜1280℃に加熱し、該鋼に、1100℃以上の熱間圧延における総圧延率が15%以上となる熱間圧延を施して、熱延板とし、
(ii)上記熱延板を巻き取った後、該熱延板に、焼鈍を施し、又は、焼鈍を施さずに、冷間圧延を施し、次いで、焼鈍する
ことを特徴とする。
【0055】
ここで、本発明鋼板の製造方法において、製造条件を限定する理由を説明する。
フェライト系ステンレス鋼の鋳片を熱間圧延する際、熱間圧延前に、鋳片を1150〜1280℃に加熱する。加熱温度が1150℃未満であると、1100℃以上の熱間圧延において、15%以上の総圧延率を確保することが難しくなり、また、熱間圧延中に、熱延板に耳割れが発生する。一方、加熱温度が1280℃を超えると、鋳片表層の結晶粒が成長し、熱間圧延時、熱延板に疵が発生することがある。
【0056】
本発明鋼板の製造方法においては、1100℃以上の熱間圧延における総圧延率を15%以上とする。このことにより、耐リジング性を顕著に改善することができ、この点が、本発明鋼板の製造方法における最大の特徴である。
【0057】
1100℃以上の熱間圧延において、総圧延率を15%以上とすることにより、製品板の耐リジング性を顕著に改善することができる理由は明確でないが、これまでの試験結果に基づけば、次のように考えられる。
【0058】
SUS430系において、1100℃はγ相率が最大となる温度である。1100℃より高温の領域で熱延板に歪を与えた後、熱延板の温度が1100℃まで低下する過程において、歪がγ相の生成核として作用し、γ相が微細に生成する。その際、γ/α粒界に濃化しているSnが、粒界からのγ相の生成を遅延させ、その結果、α粒内でのγ相の生成が促進される。
【0059】
このようにして微細に生成したγ相の存在により、その後の熱間圧延で、リジングの生成原因である粗大フェライト相が微細に分断される。従来、耐リジング性の改善に効果があると言われているα相の再結晶は、Sn添加によって抑制されている。
【0060】
熱間圧延後は、通常通り、熱延板を巻き取る。前述したように、熱間圧延の初期の段階(1100℃以上での熱延)において、耐リジング性に影響を及ぼす粗大フェライト粒を分断しているので、仕上げ圧延以降の工程の影響は小さい。したがって、巻取温度は、特に規定する必要がない。
【0061】
熱延板に、焼鈍を施してもよいし、施さなくてもよい。熱延板を焼鈍する場合、箱焼鈍でも、連続ラインによる焼鈍でもよい。いずれの焼鈍を施しても、耐リジング性向上効果は発現する。続いて、熱延板を冷間圧延し、焼鈍を施す。冷間圧延は、2回実施してもよいし、3回実施してもよい。最終焼鈍の後に、酸洗し、調質圧延を行ってもよい。
【実施例】
【0062】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0063】
(実施例1)
表1に成分組成を示すフェライト系ステンレス鋼を溶製した。鋼塊より、板厚70mmの鋼片を採取し、種々の条件にて熱間圧延に供し、板厚4.5mmまで圧延した。熱延板において耳割れの有無を調査した。また、熱延板を酸洗した後、表面疵の有無を目視にて調査した。
【0064】
得られた熱延板を、焼鈍し、又は、焼鈍しないで冷延に供し、次いで、焼鈍し、板厚1mmの製品板を製造した。最終焼鈍温度を調整し、いずれの製品板も、再結晶組織となるようにした。得られた製品板より、JIS5号引張試験片を採取し、圧延方向に15%引張歪を与えた。
【0065】
引張り後、粗度計を圧延方向と垂直方向に走査し、凹凸の高さを測定した。リジングの測定方法は下記である。サンプルは圧延方向に15%引張をした引張試験片である。引張試験片平行部中央について、圧延方向と垂直方向に接触式粗度計で走査し、凹凸プロファイルを得る。その際に測定長さを10mm、測定速度を0.3mm/s、カットオフを0.8mmに設定する。凹凸プロファイルより凸部と凸部の間に生じる凹部の深さ方向長さをリジング高さと定義し、それを測定した。リジングランクは、リジングの高さで区分し、AA:3μm未満、A:6μm未満、B:6μm以上20μm未満、C:20μm以上とした。通常の製法では、リジングランクはB〜Cである。
【0066】
熱延条件、耳割れの有無、熱延疵の有無、及び、リジングランクを表2−1及び表2−2(表2−1、表2−2を合わせて表2と呼ぶことがある。)に示す。発明例は、いずれも、耳割れ及び熱延疵の発生がなく、リジングランクは、AA又はAである。
【0067】
比較例3、29、及び、38は、本発明の成分組成及びApを有するが、本発明の製造条件から外れる製造条件で製造したフェライト系ステンレス鋼板に係る試験例である。熱間圧延前の加熱温度が、本発明の範囲の上限を外れている。これらの鋼板において、熱間加工性は良好であるが、熱延板で表面疵が発生し、耐リジング性がランクBであり、目標の特性が得られていない。
【0068】
比較例1、4、7、8、11、14、15、16、18、20、21、23、24、27、31、34、41、44、62、63、65、67、68、71、74、77及び78は、本発明の成分組成及びApを有するが、本発明の製造条件から外れる製造条件で製造したフェライト系ステンレス鋼板に係る試験例である。これらの鋼板において、熱間加工性は良好であるが、目標の耐リジング性が得られていない。
【0069】
比較例7、15、21、34、44、62、65、68、71、74及び78は、熱間圧延前の加熱温度が本発明の範囲の下限を外れ、かつ、1100℃以上の熱間圧延における総圧延率が15%未満であり、耐リジング性のランクがC(比較例15、78はランクB)である。
【0070】
比較例1、4、8、11、14、16、18、20、23、24、27、31、41、63、67及び77は、熱間圧延前の加熱温度が本発明の範囲内であるが、1100℃以上の熱間圧延における総圧延率が15%未満であり、耐リジング性のランクがC(比較例77はランクB)である。比較例39、46〜54は、成分組成が本発明の成分組成から外れるので、製造条件が本発明の範囲内であっても、目標の耐リジング性が得られていない。
【0071】
比較例55〜60は、Apが本発明の範囲外であるので、製造条件が本発明の範囲内であっても、目標の耐リジング性が得られていない。
【産業上の利用可能性】
【0072】
前述したように、本発明によれば、耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を提供することができる。その結果、本発明は、従来必要であった研磨工程等を簡略化でき、地球環境保全に貢献し得るので、産業上の利用可能性が高いものである。
【0073】
【表1】

【0074】
【表2−1】

【0075】
【表2−2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.001〜0.30%、
Si:0.01〜1.00%、
Mn:0.01〜2.00%、
P :0.050%以下、
S :0.020%以下、
Cr:11.0〜22.0%、
N :0.001〜0.10%
を含有し、下記(式3)で定義するApが下記(式2)を満たし、かつ、Sn含有量が下記(式1)を満たし、残部がFe及び不可避的不純物からなり、金属組織がフェライト単相であることを特徴とする耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
0.060≦Sn≦0.634−0.0082Ap ・・・(式1)
10≦Ap≦70 ・・・(式2)
Ap=420C+470N+23Ni+9Cu+7Mn−11.5(Cr+Si)
−12Mo−52Al−47Nb−49Ti+189 ・・・(式3)
ここで、Sn、C、N、Ni、Cu、Mn、Cr、Si、Mo、Al、Nb、及び、Tiは、各元素の含有量である。
【請求項2】
前記フェライト系ステンレス鋼板のリジング高さが6μm未満であることを特徴とする請求項1に記載の耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
さらに、質量%で、
Al:0.0001〜1.0%、
Nb:0.30%以下、
Ti:0.30%以下
のうち1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
さらに、質量%で、
Ni:1.0%以下、
Cu:1.0%以下、
Mo:1.0%以下
V:1.0%以下
Co:0.5%以下
Zr:0.5%以下
のうち1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項5】
さらに、質量%で、
B :0.005%以下、
Mg:0.005%以下、
Ca:0.005%以下
Y:0.1%以下
Hf:0.1%以下
REM:0.1%以下のうち1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板の製造方法において、
(i)請求項1〜5のいずれか1項に記載の成分組成の鋼を1150〜1280℃に加熱し、該鋼に、1100℃以上の熱間圧延における総圧延率が15%以上となる熱間圧延を施して、熱延板とし、
(ii)上記熱延板を巻き取った後、該熱延板に、焼鈍を施し、又は、焼鈍を施さずに、冷間圧延を施し、次いで、焼鈍する
ことを特徴とする耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2013−53366(P2013−53366A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−135082(P2012−135082)
【出願日】平成24年6月14日(2012.6.14)
【出願人】(503378420)新日鐵住金ステンレス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】