説明

耐腐食性に優れたリフレクタを有する車両用灯具

【課題】基材または基材の上に形成されたアンダーコートの表面にアルミニウム合金反射膜が形成された耐腐食性に優れたリフレクタを有する車両用灯具を提供する。
【解決手段】車両用灯具のリフレクタ1に形成されているアルミニウム合金反射膜6は、Mg:0.3〜10質量%、Ce:2〜10質量%を含有し、残部がAlおよび不可避不純物からなる組成を有するアルミニウム合金からなり、その最表面がAlおよびMgを含みCeを実質的に含まない酸化物からなるバリア膜8で構成されており、このアルミニウム合金反射膜6の上に保護膜が形成されていない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、耐腐食性に優れたリフレクタを有する車両用灯具(例えば、自動車の前照灯、標識灯など)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、車両用灯具(例えば、自動車の前照灯、標識灯など)の機能部分は、図3の断面図に示されるように、リフレクタ1、光源2およびレンズ3からなる基本構造を有している。そして、従来の車両用灯具におけるリフレクタ1は、図2の断面図に示されるように、基材4と、その基材4の上に形成されたアンダーコート5(このアンダーコート5はない場合もある)と、このアンダーコート5の上に形成されたアルミニウムまたはアルミニウム合金からなる反射膜6と、この反射膜6の上に形成された反射膜6を腐食から保護するための保護膜7とで形成されている。
前記基材4は一般にBMC(バルクモールディングコンパウンド)、PEI(ポリエーテルイミド)、PES(ポリエーテルスルホン)、PPS(ポリフェニレンスルフィド)、PPT/PET(ポリプロピレン・テレフタレート/ポリエチレン・テレフタレート)、PBT(ポリブチレン・テレフタレート)、PC(ポリカーボネート)、ABS(アクリルニトリル・ブタジエン・スチレン樹脂)、AAS(アクリルニトリル・アクリル酸エステル・スチレン樹脂)などの合成樹脂からなることが知られている。
また、前記アンダーコート5は、熱硬化型アクリル樹脂系塗料、UV硬化型アクリル樹脂系塗料、有機シロキサンのプラズマCVD膜などからなることも知られている。
さらに、前記反射膜6はJIS1050、JIS1070、JIS1080、JIS1085などの純度99.85質量%以上の純Al、またはFe:0.05〜0.15質量%、Cu:0.06〜0.15質量%、Ti:0.004〜0.04質量%を含有し、不純物としてSi,MgおよびMnがそれぞれ0.08質量%以下であり、残部がAlおよび不可避不純物からなる成分組成のアルミニウム合金で構成されている。さらに保護膜には有機シロキサンのプラズマCVD膜を使用することが知られている。
前記リフレクタ1を作製するには、まず、射出成型法などにより樹脂原料を成型して基材4を作製し、この基材4の表面に塗装を行ったのち熱硬化もしくはUV硬化しまたはプラズマCVD法にてアンダーコート5を形成し、このアンダーコート5の上に蒸着法またはスパッタリング法によりアルミニウムまたはアルミニウム合金からなる反射膜6を形成し、さらに、プラズマCVD法により保護膜7を形成して作製することも知られている(特許文献1参照)。
【特許文献1】特開平6−76609号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
近年、車両用灯具に対して一層のコスト削減と性能向上が求められている。かかる要求に対して、図1に示されるように、リフレクタ1における保護膜の形成を省略してコスト削減を図り、さらに光を吸収する保護膜をなくすることによりリフレクタの性能を一層向上させようとする試みがなされている。しかし、一般に、純AlまたはAl合金は両性金属であるために酸およびアルカリに対して非常に弱い。そのために従来のアルミニウムまたはアルミニウム合金膜を反射膜として使用し保護膜を成膜しない場合、短期間で反射率が低下するなどの問題点があった。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、前記従来のリフレクタにおけるアルミニウムまたはアルミニウム合金からなる反射膜がかかえるこれら問題点を解決すべく研究を行なった。その結果、
(イ)純度99.99質量%以上の高純度Alに純度:99.9質量%以上のMg:0.3〜10質量%を添加し、さらに純度:99.9質量%以上のCe:2〜10質量%を添加し、これを溶解し鋳造し熱間加工し機械加工することにより得られたMg:0.3〜10質量%、Ce:2〜10質量%を含有し、残部がAlおよび不可避不純物からなる組成を有するAl−Mg−Ce系のAl合金製ターゲットを作製し、このターゲットを用いてスパッタリングすることにより得られたアルミニウム合金反射膜は、図1に示されるように、その最表面にバリア膜8が形成され、それによって酸およびアルカリに対する耐腐食性が向上し、この最表面にバリア膜8を有するアルミニウム合金反射膜6をリフレクタ1における反射膜として使用すると、長期にわたって反射率が低下することは無い、
(ロ)このアルミニウム合金反射膜6の最表面に形成されるバリア膜8にはCeが実質的に含まれておらず、AlおよびMgを含む酸化物で構成されている、などの研究結果が得られたのである。
【0005】
この発明は、かかる研究結果に基づいて成されたものであって、
(1)基材または基材の上に形成されたアンダーコートの表面にアルミニウム合金反射膜が形成されたリフレクタを有する車両用灯具であって、
前記アルミニウム合金反射膜は、Mg:0.3〜10質量%、Ce:2〜10質量%を含有し、残部がAlおよび不可避不純物からなる組成を有するアルミニウム合金からなり、その最表面がAlおよびMgを含みCeを実質的に含まない酸化物からなるバリア膜で構成されている耐腐食性に優れたリフレクタを有する車両用灯具、に特徴を有するものである。
【0006】
前記アルミニウム合金反射膜はその最表面がAlおよびMgを含みCeを実質的に含まない酸化物からなるバリア膜で構成されているので耐腐食性に優れており、このアルミニウム合金反射膜の最表面の上に保護膜を形成しなくても長期間反射率が劣化することはなく、このアルミニウム合金反射膜を使用すると保護膜レスのリフレクタを有するリフレクタを具備した車両用灯具を作製することができる。したがって、この発明は、
(2)前記リフレクタにおけるアルミニウム合金反射膜の最表面は外部に露出しており、アルミニウム合金反射膜の最表面の上に保護膜が形成されていない前記(1)記載の耐腐食性に優れた車両用灯具、に特徴を有するものである。
【0007】
この発明の車両用灯具に具備されているリフレクタは、図1に示されるように、基材1の表面に直接または基材1の上に形成されたアンダーコート5の表面にアルミニウム合金反射膜6を形成することにより作製する。このアルミニウム合金反射膜6は、Mg:0.3〜10質量%、Ce:2〜10質量%を含有し、残部がAlおよび不可避不純物からなる組成を有するアルミニウム合金からなり、その最表面がAlおよびMgを含みCeを実質的に含まない酸化物からなるバリア膜で構成されている。
このアルミニウム合金反射膜はスパッタリングにより成膜することができるが、この時使用するスパッタリングターゲットは、原料として純度:99.99質量%以上の高純度Alおよびいずれも純度:99.9質量%以上のMgおよびCeを用意し、まず、高純度Alを高真空または不活性ガス雰囲気中で溶解して不純物が可及的に少ない高純度Al溶湯を作製し、得られた高純度Al溶湯にMgを所定の含有量となるように添加し、さらにCeを添加し、その後、真空または不活性ガス雰囲気中で鋳造してインゴットを作製し、これらインゴットを熱間加工したのち機械加工することにより製造することができる。
このようにして作製したスパッタリングターゲットを用いてアルミニウム合金反射膜を形成するには、スパッタリングターゲットを直流マグネトロンスパッタ装置に装着し、真空排気装置にて直流マグネトロンスパッタ装置内を排気した後、不活性ガスを導入し、続いて直流電源にてターゲットに直流スパッタ電力を印加して基板と前記ターゲットの間にプラズマを発生させことにより形成し、次いで樹脂基板が変形しない程度の温度で短時間の大気中熱処理を施すことにより形成する。このようにして形成したアルミニウム合金反射膜の最表面にはAlおよびMgを含みCeを実質的に含まない酸化物からなるバリア膜が形成される。
【0008】
次に、この発明の車両用灯具のリフレクタを構成するアルミニウム合金反射膜の成分組成を前記の如く限定した理由を説明する。
【0009】
Mg:
Mg成分は、Alに固溶し、アルミニウム合金反射膜の表面に厚さが1.5〜3.5nm緻密で透明な不動態膜を形成することにより高反射率を維持したままアルカリに対する耐腐食性を向上させ、かつ孔食を抑制する成分であるが、Mgを0.3質量%未満含んでも所望の効果が得られず、一方、10質量%を越えて含有すると、高湿環境下における反射率が低下するようになるので好ましくない。したがって、この発明の車両用灯具のリフレクタを構成するアルミニウム合金反射膜に含まれるMg成分の含有量を0.3〜10質量%(一層好ましくは0.5〜5質量%)に定めた。
【0010】
Ce:
Ceは、熱湿環境下におけるアルミニウム合金反射膜の耐腐食性を一層向上させるとともにスパッタリングにより得られたアルミニウム合金反射膜の表面を一層滑らかにする効果があるので添加するが、その含有量を2質量%未満含んでも所望の効果が得られず、一方、10質量%を越えて含有すると、孔食が発生するようになるので好ましくない。したがって、Ceの含有量は2〜10質量%(一層好ましくは3〜7質量%)に定めた。
【発明の効果】
【0011】
この発明の車両用灯具に具備されているリフレクタを構成するアルミニウム合金反射膜は耐腐食性に優れているので、従来の車両用灯具に比べて、大気中に長期間暴露されても経時変化によるリフレクタの反射率の低下が少なく、長期にわたって使用でき、さらにアルミニウム合金反射膜の上に被覆する保護膜の形成を省略して保護膜レスのリフレクタとすることができるのでリフレクタのコストを削減することができ、したがって、車両用灯具のコストを削減することができる。
この発明は、リフレクタを構成するアルミニウム合金反射膜の表面に保護膜を形成しないリフレクタを有する車両用灯具であることを特徴としているが、この発明は、アルミニウム合金反射膜の表面に保護膜を形成したリフレクタを有する車両用灯具をも含むものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
原料として、純度:99.99質量%以上の高純度Alを用意し、さらにいずれも純度:99.9質量%以上のMgおよびCeを用意した。
まず、先に用意した純度:99.99質量%以上の高純度Alを高周波真空溶解炉にて真空中で溶解したのち炉内圧力が大気圧となるまでArガスを充填し、先に用意したMgおよびCeをAl溶湯に添加し、その後、黒鉛製鋳型に鋳造することによりインゴットを作製した。得られたインゴットを430℃、2時間加熱した後、熱間圧延し、機械加工することにより直径:125mm、厚さ:5mmの寸法を有し、表1に示される成分組成を有するターゲットA〜Oを製造した。
【0013】
【表1】

【0014】
これら表1に示されるターゲットA〜Oをそれぞれ無酸素銅製のバッキングプレートにはんだ付けし、これを直流マグネトロンスパッタ装置に装着し、真空排気装置にて直流マグネトロンスパッタ装置内を1×10-4Paまで排気した後、Arガスを導入して1.0Paのスパッタガス圧とし、続いて直流電源にてターゲットに1000Wの直流スパッタ電力を印加し、前記ターゲットに対抗しかつ70mmの間隔を設けてターゲットと平行に配置した縦:110mm、横:60mm、厚さ:3mmのPC基板と前記ターゲットの間にプラズマを発生させスパッタリングし、次いで大気中で80℃、10分間保持の熱処理を施すことにより表2に示される成分組成を有する膜であって、その最表面にバリア層を有し、全体の厚さが100nmである本発明アルミニウム合金反射膜(以下、本発明反射膜という)1〜10、比較アルミニウム合金反射膜(以下、比較反射膜という)1〜4および従来アルミニウム合金反射膜(以下、従来反射膜という)1を形成した。これら反射膜の最表面層をXPS(X線光電子分光法)により分析した結果、最表面のバリア層には主成分のAl以外にはMgとOが存在するが、Ceはほとんど存在しないこと、Mgは最表面層中に濃化しており、膜内部より濃度が高いこと、最表面層中のAlは2p電子に起因するピークの化学シフトにより判断すると少なくとも一部は酸化物として存在すること、および最表面酸化物層は約1.5〜3.5nmの厚さを有することが判った。Mgの存在状態についてはピークシフトからは明確な判定をすることができなかったが、Al酸化物の表面からの深さ方向分布とほぼ同じ位置にMgが濃化して存在すること、Mg酸化物の標準生成自由エネルギーはAl酸化物よりも低いことが知られていることから、MgはAlとMgとの複合酸化物として存在する可能性が高いと考えられる。
【0015】
このようにして形成した厚さ:100nmを有する本発明反射膜1〜10、比較反射膜1〜4および従来反射膜1について、下記の試験を行った。
(a)Al合金反射膜の初期反射率試験
作製した直後の本発明反射膜1〜10、比較反射膜1〜4および従来反射膜1の各反射率を分光光度計により波長:550nmにて測定し、その結果を表2に示した。
【0016】
(b)耐湿性試験
本発明反射膜1〜10、比較反射膜1〜4および従来反射膜1をそれぞれ温度:50℃、相対湿度:95%の恒温恒湿槽に100時間保持したのち取出して反射率を分光光度計により波長:550nmにて測定し、その結果を表2に示した。さらに保持後の膜の外観を目視観察し孔食発生の有無を調べ、その結果を表2に示した。
【0017】
(c)耐アルカリ試験
本発明反射膜1〜10、比較反射膜1〜4および従来反射膜1の膜上に1質量%KOH水溶液をスポイトで滴下し、滴下後3分間経過後にKOH水溶液を洗浄し、滴下部分を目視観察してKOH水溶液による膜の溶け出しの結果を表2に示した。
【0018】
【表2】

【0019】
表1〜2に示される結果から、この発明の本発明ターゲット1〜10を用いてスパッタリングを行うことにより得られた本発明反射膜1〜10は、従来ターゲット1を用いてスパッタリングを行うことにより得られた従来反射膜1に比べて、初期反射率に大差が無いが、本発明反射膜1〜10は従来反射膜1に比べて耐湿性試験後の反射率の低下が少なく、耐湿性試験後に白濁することがなく、KOH水溶液に対する耐腐食性に優れていることがわかる。しかし、この発明の範囲から外れてMg、Ceおよび不可避不純物を含む比較ターゲット1〜4を用いて作製した反射膜は、耐湿性試験後の反射率が低下し膜が白濁化したり、孔食が発生したり、KOH水溶液に溶出しやすくなるなどの好ましくない特性が現れることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】この発明の車両用灯具に具備されるリフレクタの一部断面図である。
【図2】従来の車両用灯具に具備されるリフレクタの一部断面図である。
【図3】車両用灯具の断面図である。
【符号の説明】
【0021】
1 リフレクタ、2 光源、3 レンズ、4 基材、5 アンダーコート、6 アルミニウムまたはアルミニウム合金膜からなる反射膜、7 保護膜、8 バリア膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材または基材の上に形成されたアンダーコートの表面にアルミニウム合金反射膜が形成されたリフレクタを有する車両用灯具であって、
前記リフレクタにおけるアルミニウム合金反射膜は、Mg:0.3〜10質量%、Ce:2〜10質量%を含有し、残部がAlおよび不可避不純物からなる組成を有するアルミニウム合金からなり、その最表面がAlおよびMgを含みCeを実質的に含まない酸化物からなるバリア膜で構成されていることを特徴とする耐腐食性に優れたリフレクタを有する車両用灯具。
【請求項2】
前記リフレクタにおけるアルミニウム合金反射膜の最表面は外部に露出しており、前記アルミニウム合金反射膜の最表面の上に保護膜が形成されていないことを特徴とする請求項1記載の耐腐食性に優れたリフレクタを有する車両用灯具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−21020(P2009−21020A)
【公開日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−180737(P2007−180737)
【出願日】平成19年7月10日(2007.7.10)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【出願人】(000001133)株式会社小糸製作所 (1,575)
【Fターム(参考)】