説明

耐食性に優れた鉄系焼結材料、該材料からなるシリンダー錠装置用固定ケース、およびそれらの製造方法

【課題】気孔を有する鉄系焼結材料の表面に密着性に優れかつ欠陥の無い電着塗装被膜を形成した耐食性に優れた鉄系焼結材料およびその製造方法、特に、耐食性に優れる鉄系焼結部品により構成したシリンダー錠装置用固定ケースおよびその製造方法を提供する。
【解決する手段】鉄系焼結材料の表面に、スチーム処理により酸化鉄層を形成して粗大な気孔を封孔するとともに、酸化鉄層が形成された表面を電着塗装被膜で被覆する。電着塗装として、カチオン電着塗装方式が好ましく、カチオン塗料としては、特に高い耐食性が要求される用途にはエポキシ系樹脂塗料とすることが好ましく、耐候性が要求される用途にはアクリル系樹脂塗料とすることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は各種機械要素や機構部品として用いられる鉄系焼結材料およびその製造方法、特に、耐食性に優れる鉄系焼結材およびその表面処理技術に係り、屋外に設置されて耐食性を要求されるシリンダー錠装置用固定ケースとして好適な鉄系焼結材料およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カチオン電着塗装により鉄系材料の表面に樹脂を被覆して耐食性に優れた機械要素などを製造する技術については、従来から種々の提案がなされている。また、特許文献1に開示されているように、鉄系金属粉の圧粉体を焼結した焼結部品本体の表面の空隙へカチオン電着塗装用の樹脂塗料を侵入させてコーティング層を設けることを特徴とする焼結部品などが知られている。
【0003】
しかしながら、10%以上の気孔を有する焼結材料に前記電着塗装を施すと、表面の粗大な気孔部にピンホール等の欠陥が発生し易く、屋外に設置されるシリンダー錠装置等の高い耐食性が要求される用途に適用する場合、耐食性が不充分である。
【0004】
【特許文献1】特開2004−190105号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、気孔を有する鉄系焼結材料の表面に、密着性に優れかつ欠陥の無い電着塗装被膜を形成した耐食性に優れた鉄系焼結材料およびその製造方法、特に、耐食性に優れた鉄系焼結部品により構成されたシリンダー錠装置用固定ケースおよびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、鉄系焼結材料の表面に、スチーム処理により酸化鉄層を形成して粗大な気孔を封孔するとともに、酸化鉄層が形成された表面を電着塗装被膜で被覆したことを特徴とする。
【0007】
電着塗装には、被塗装物を陽極とするアニオン電着塗装方式と、陰極とするカチオン電着塗装方式があるが、鉄系材料へのアニオン電着塗装には、被塗装物からの電気化学的な溶出等の問題があるため、カチオン電着塗装方式が好ましい。
【0008】
カチオン塗料としては、エポキシ系樹脂塗料、アクリル系樹脂塗料などが例示され、特に高い耐食性が要求される用途にはエポキシ系樹脂塗料が好ましく、耐候性が要求される用途にはアクリル系樹脂塗料が好ましい。
【発明の効果】
【0009】
鉄系焼結材料の表面にスチーム処理により酸化鉄層を形成して、それに電着塗装を施すと、焼結体表面の粗大な気孔が酸化鉄層により封孔されるため、ピンホール等の欠陥が無い被膜を形成することができる。また、酸化鉄層の多数のマイクロディンプルに塗料粒子が入り込むため、密着性に優れた被膜が形成できる。さらに、電着塗装被膜の下地として酸化鉄層を形成することにより、表面の耐食性を一層向上させることができる。
なお、スチーム処理は、高温(例えば、370〜580℃)のスチームを焼結体に噴射する処理であり、スチームは焼結体の表層部から内部に浸透して表層部および気孔内壁部に至り、これらの部分に酸化鉄(Fe)層が形成される。このスチーム処理はメッシュベルト炉や高気圧が維持できるポット型炉を利用することができるが、後者の方が多くの酸化物をより深い部分まで形成することができるので有効である。
【0010】
なお、電着塗装において、塗料粒子は電気泳動によって電極である被塗装物の表面に移動して析出する。そのため、被塗装物は導体である必要がある。また、表面に絶縁物があると未塗装部分が生じ、あるいは膜厚不良等の原因となるので好ましくない。
スチーム処理により形成される酸化鉄層はFe相であり、酸化物であるが、比較的電気をよく通す性質があるため、電気泳動による塗料粒子の移動と析出を阻害せず、良好な塗膜を形成できる。
【0011】
上記の方法で作製した鉄系焼結材料は耐食性に優れ各種機械要素や機構部品材料として用いられるが、特にシリンダー錠装置用固定ケースを作製することにより、屋外等の苛酷な環境で使用するために要求される高い耐食性が得られ好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に、実施例により本発明をさらに説明する。
【実施例1】
【0013】
鉄基合金粉末に、0.6質量%の黒鉛粉末および成形潤滑剤として0.8質量%のステアリン酸亜鉛粉末を混合した原料粉末を成形用金型に充填し、成形圧力400MPaで圧縮成形し、得られた圧粉体を分解アンモニアガス雰囲気中で焼結して鉄系焼結材料を得た。なお、前記鉄基合金粉末は、0.5質量%のNi、0.5質量%のMoおよび残部が鉄からなるアトマイズ鉄基合金粉末を使用した。
上記の鉄系焼結材料に530℃の雰囲気温度において、180分間スチーム処理を施し、図2に示すように、焼結体1の表面および少なくとも表層部の気孔2の内周面に酸化鉄層3を形成した。なお図1はスチーム処理前の状態を示す。
さらに、前記酸化鉄層を形成した焼結材料の表面にカチオン電着塗装によりエポキシ系樹脂を被覆した。このカチオン電着塗装の工程は、以下の通りである。
第一工程として鉄系焼結材料の脱脂と水洗を行い、第二工程としてリン酸亜鉛系の塗装下地用溶液で化成被膜処理を行い水洗を行った。次に第三工程としてカチオン電着塗装による鉄系焼結材料の表面へのエポキシ系塗料の付着と水洗を行った。さらに第四工程として190〜230℃で焼き付け乾燥を行った。
[比較例1]
【0014】
スチーム処理を施さないことを除き、実施例1と同じ製法で試料を作製した。
[比較例2]
【0015】
カチオン電着塗装を施さないことを除き、実施例1と同じ製法で試料を作製した。
【0016】
作製した試料につき、キャス試験(JIS H8502等)による耐食性評価を行った結果を表1に示す。試験時間は96時間の連続噴霧とした。なお、表1に示した試料No.1が実施例1、No.2が比較例1、No.3が比較例2に関するものである。比較例の試料には赤錆の発生が認められたのに対し、本発明の鉄系焼結材料には赤錆の発生が全く無く、優れた耐食性を示すことが確認された。
【0017】
【表1】

【実施例2】
【0018】
図3に示すようなシリンダー錠装置用の固定ケース本体4用の成形体を、銅粉末1.5質量%、黒鉛粉末0.8質量%、ステアリン酸亜鉛粉末0.75質量%および残部の鉄粉末からなる混合粉末を、粉末成形用金型を用いて600MPaの成形圧力で圧縮成形して作製した。
固定ケースの前面部の防護板5用の成形体を、Cr、Mo、WおよびVを含有する鉄基合金粉末、鉄−リン合金粉末および鉄粉末を、全体組成が、Cr:4.0質量%、Mo:0.5質量%、W:0.5質量%、V:0.3質量%、P:0.5質量%およびFe:残部となるように混合し、この混合粉末に黒鉛粉末1.5質量%、ステアリン酸亜鉛粉末0.75質量%を添加混合した粉末を、粉末成形用金型を用いて600MPaの成形圧力で圧縮成形して作製した。
固定ケース本体4用の成形体には防護板5を接合する面に環状の凹部6を設けた。前記凹部6に防護板用の成形体を嵌合し、防護板を上側にしてセラミックス板に載置し、分解アンモニアガス雰囲気中、1140℃で焼結すると同時に接合した。接合した焼結素材を図4に示すような形状に切削加工した。
加工した素材に530℃の雰囲気温度において180分間スチーム処理を施した後、さらにカチオン電着塗装によりエポキシ系樹脂を被覆した。このカチオン電着は、実施例1と同様の処理を施した。
上記の方法で作製した固定ケース4を用い、図5に示す構造のシリンダー錠装置7を組み立てた。
【0019】
上記シリンダー錠装置につき、キャス試験による耐食性評価を行った。この耐食性評価の結果、本発明のシリンダー錠装置用固定ケースを用いたシリンダー錠装置には、赤錆の発生が全く無く、本発明のシリンダー錠装置用固定ケースを用いることにより、優れた耐食性を示すシリンダー錠装置が得られることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明は、気孔を有する鉄系焼結材料の表面に密着性に優れかつ欠陥の無い電着塗装被膜を形成した耐食性に優れた鉄系焼結材料およびその製造方法、特に、耐食性に優れた鉄系焼結部品により構成されるシリンダー錠装置用固定ケースおよびその製造方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】スチーム処理前の焼結体断面の拡大模式図。
【図2】スチーム処理により酸化鉄層を形成した焼結体断面の拡大模式図。
【図3】シリンダー錠装置用固定ケースの切削加工前の縦断面図。
【図4】シリンダー錠装置用固定ケースの切削加工後の縦断面図。
【図5】本発明のシリンダー錠装置用固定ケースを用いたシリンダー錠の縦断面図。
【符号の説明】
【0022】
1 焼結体
2 気孔
3 酸化鉄層
4 固定ケース
5 防護板
6 環状凹部
7 シリンダー錠装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面をスチーム処理による被膜で封孔し、前記表面を更に電着塗装被膜で被覆したことを特徴とする鉄系焼結材料。
【請求項2】
前記電着塗装がカチオン電着塗装であることを特徴とする請求項1に記載の鉄系焼結材料。
【請求項3】
前記カチオン電着塗装に用いる塗料がエポキシ系樹脂塗料であることを特徴とする請求項2に記載の鉄系焼結材料。
【請求項4】
前記カチオン電着塗装に用いる塗料がアクリル系樹脂塗料であることを特徴とする請求項2に記載の鉄系焼結材料。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の鉄系焼結材料により構成されることを特徴とするシリンダー錠装置用固定ケース。
【請求項6】
表面をスチーム処理による被膜で封孔し、次いで前記表面を電着塗装被膜で被覆することを特徴とする鉄系焼結材料の製造方法。
【請求項7】
前記電着塗装がカチオン電着塗装であることを特徴とする請求項6に記載の鉄系焼結材料の製造方法。
【請求項8】
前記カチオン塗料をエポキシ系樹脂塗料とすることを特徴とする請求項7に記載の鉄系焼結材料の製造方法。
【請求項9】
前記カチオン塗料をアクリル系樹脂塗料とすることを特徴とする請求項7に記載の鉄系焼結材料の製造方法。
【請求項10】
請求項6から9の何れかに記載の製造方法により作製される鉄系焼結材料により構成することを特徴とするシリンダー錠装置用固定ケースの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−74114(P2009−74114A)
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−241958(P2007−241958)
【出願日】平成19年9月19日(2007.9.19)
【出願人】(000233572)日立粉末冶金株式会社 (272)
【Fターム(参考)】