肉盛り部の硬さ評価方法および補強用ビード部の良否判定方法
【課題】肉盛り溶接で金属板に形成した肉盛り部の硬さを非破壊で簡便に評価することのできる方法を提供する。
【解決手段】補強用ビード部の良否判定方法は、金属板を構成要素とする車体構成部品に肉盛り溶接で形成した複数の補強用ビード部の寸法を取得する寸法取得工程と、複数の補強用ビード部の硬さを実測により評価する数値実測工程と、寸法取得工程で得た補強用ビード部の寸法と、数値実測工程で得た補強用ビード部の硬さの実測値との相関を取得する相関取得工程とを備え、相関取得工程で得た相関に基づき、補強用ビード部の硬さを評価する。
【解決手段】補強用ビード部の良否判定方法は、金属板を構成要素とする車体構成部品に肉盛り溶接で形成した複数の補強用ビード部の寸法を取得する寸法取得工程と、複数の補強用ビード部の硬さを実測により評価する数値実測工程と、寸法取得工程で得た補強用ビード部の寸法と、数値実測工程で得た補強用ビード部の硬さの実測値との相関を取得する相関取得工程とを備え、相関取得工程で得た相関に基づき、補強用ビード部の硬さを評価する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肉盛り溶接で金属板に形成した肉盛り部の硬さ評価方法、および、この肉盛り部を、金属板を構成要素とする車体構造部品に補強用ビード部として設けた場合における上記補強用ビード部の良否判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の安全性向上と軽量化による環境負荷低減を共に図るべく、ハイテン材や超ハイテン材と呼ばれる高強度鋼板の車体構造部品への適用が検討され始めている。しかしながら、この種の鋼板は一般的に高価であり、また、高剛性であるが故に加工性の面でも問題がある。そのため、高強度鋼板の適用は、未だ限られた範囲に留まっているのが現状である。
【0003】
そのため、例えば車体フレームを構成する鋼板製の車体構造部品にあっては、軽量化を図りつつもその高強度化を図るための鋼板への加工方法が検討、提案されている。ここで、例えば下記特許文献1には、上記車体構造部品としてのフレームの内面又は外面に、当該フレームの荷重入力方向に沿って肉盛り溶接を施し、これによりフレームの補強箇所に補強用ビード部としての肉盛り部を設けたフレーム構造およびこのフレーム構造の製造方法が開示されている。この加工方法によれば、フレーム構造に求められる強度特性等に応じて上記ビード部を形成すべき部位を設定することで部分的な補強が可能となり、また好適な溶接材料を選定することにより、大幅なフレーム重量の増加を招くことなく、フレーム構造に対して所要の強度特性等を付与することができる。しかも、一般的な溶接設備によって施工できるので汎用性も高い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−112260号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このように、目的に応じた肉盛り材(溶接材)を使用して金属板を構成要素とする車体構成部品に対して肉盛り溶接を施す場合には、上記肉盛り溶接が適正に施されたか否かを判定する必要がある。具体的には、肉盛り溶接後のフレーム構造の強度や剛性を実際に試験により評価する方法が考えられる。あるいは、肉盛り溶接により金属板に形成された補強用ビード部の硬さを実際に測定することでその補強効果の程度を評価する方法が考えられる。しかし、肉盛り溶接を施した金属板に対して強度試験を行う場合には、比較となる肉盛り溶接を施していない金属板に対しても強度試験を行う必要があるため、手間と無駄が増える。また、補強用ビード部の硬さ(例えばビッカース硬さ)を測定する場合には、原則、補強用ビード部を切断し、その切断面における硬さを適当な硬さ試験機で実測しなければならないため、測定作業に多大な工数を要する。しかも、何れの方法によっても、補強用ビード部に所定の荷重を付与して破壊することになるため、評価した部品は廃棄処分とする必要があり、これによっても無駄が増える。
【0006】
例えばショア硬さ試験であればその試験機も比較的小型であり、補強用ビード部を切断せずともその表面にダイヤモンド圧子を押圧するだけで測定できるようにも思われる。しかし、この種の部品(車体構成部品)は、軽量化と高強度化を両立するために中空状のフレーム構造を有するものが多く、また、その板厚も他の構造用板材に比べて薄い(数mm以下)。そのために、上記硬さ試験を行うと、フレームを構成する金属板が変形ないし振動してダイヤモンド圧子からの押圧力を吸収するため、硬さを精度よく測定できない問題があった。
【0007】
この種の問題は、何も補強用ビード部を設ける場合に限ったことではなく、他の金属板又は金属板を構成要素とする物品全般に対して、所定の物性改善のために肉盛り溶接で肉盛り部を形成する場合にも当てはまる。
【0008】
一方で、肉盛り部を補強用ビード部として設ける場合における補強用ビード部の良否は、上記ビード部の硬さだけでなく、その大きさや、母材(金属板)に対する溶込みの程度などによっても判定できると考えられる。しかし、これまでの評価方法は、硬さの評価を除けば、単に肉盛り溶接後のビード部を視認し、当該ビード部が途切れずに形成されているか、部分的に幅の狭い部分がないか等の定性的な評価に留まっており、この種のビード部が適正に形成されたか否かを定量的に評価・判定するための方法は存在しなかったのが実情である。
【0009】
以上の事情に鑑み、本明細書では、肉盛り溶接で金属板に形成した肉盛り部の硬さを非破壊で簡便に評価することのできる方法を提供することを、解決すべき第1の技術的課題とする。
【0010】
また、以上の事情に鑑み、本明細書では、金属板を構成要素とする車体構成部品に肉盛り溶接で形成した補強用ビード部の良否判定を定量的かつ簡便に行うことのできる方法を提供することを、解決すべき第2の技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、前記第1の技術的課題の解決を図るためになされたものである。すなわち、本発明の第1の側面に係る肉盛り部の硬さ評価方法は、肉盛り溶接で金属板に形成した複数の肉盛り部の寸法を取得する寸法取得工程と、複数の肉盛り部の硬さを実測する硬さ実測工程と、寸法取得工程で得た肉盛り部の寸法と、硬さ実測工程で得た肉盛り部の硬さの実測値との相関を取得する相関取得工程とを備え、相関取得工程で得た相関に基づき、肉盛り部の硬さを評価する点をもって特徴付けられる。
【0012】
この種の肉盛り溶接に用いられる肉盛り材(溶接材)は、母材となる金属板に対して所定の物性向上を目的として使用されることから、通常、母材とは異なる材料からなる。そのため、上記肉盛り材が例えば所定の合金成分を含む場合、金属板への溶込みが進むにつれて、溶接部における合金成分が母材によって薄められる現象、いわゆる希釈を生じる。この希釈の程度(希釈率)と硬さとの間に相関があることは知られているが、溶込み量は、肉盛り部だけでなく金属板に溶け込んだ部分の大きさを知る必要があることから、どうしても破壊検査に頼らざるを得ない問題があった。ここで、硬さは、一般に、材料の構造(金属であればその結晶構造)により決定されるものであるところ、本発明者らは鋭意検討の結果、外部からその定量的な大きさを把握し易い肉盛り部の寸法に着目し、後述する肉盛り部の寸法測定結果と、硬さ測定結果とから、この寸法と硬さとの間に所定の相関を見出すに至った。
【0013】
本発明に係る硬さ評価方法は上記知見に基づき創出されたものであり、予め所定の金属板と肉盛り材を用いた場合に形成された肉盛り部の寸法、および硬さを実測により求めて、これらの相関を取得しておく工程を備えることを特徴とする。これにより、上記相関の取得に用いた肉盛り部と同一又は同種の金属板および肉盛り材で形成される肉盛り部の寸法を測定等により取得さえすれば、肉盛り部の硬さを管理(制御)することができる。よって、従来のように硬さ試験を行って硬さを実測しなくても、肉盛り部の品質管理を容易に行うことが可能となる。
【0014】
ここで、肉盛り部の寸法と硬さ実測値との相関に関し、本発明者らの更なる鋭意検討の結果、後述する図12に示すように、特に肉盛り部の幅寸法(本明細書では、肉盛り部の溶接進行方向に直交する向きの寸法を指す。)と硬さ実測値との間に高い相関があることが分かった。そのため、寸法取得工程で肉盛り部の幅寸法を取得し、この取得した幅寸法と硬さの実測値との相関を求めておけば、その後に形成した同種の肉盛り部の幅寸法を取得するだけで、硬さを非破壊かつ高精度に評価することが可能となる。詳述すると、肉盛り部の高さ(本明細書では、肉盛り部を設けていないと仮定した場合の金属板の肉盛り部側の表面から、この表面と垂直に交わる線と肉盛り部の外表面とが交差する点までの距離を指すものとする。)と硬さとの間にも一定の相関は見られたが、その範囲が狭いことや、僅かな測定誤差が大きな違いとなって現れやすい。これに対して、幅寸法であれば、比較的広い範囲にわたって高い相関を示し、またその測定スケールも比較的大きいので、測定誤差も少ない。そのため、肉盛り部の硬さを精度よく評価することが可能となる。
【0015】
また、本発明は、前記第2の技術的課題の解決を図るためになされたものである。すなわち、本発明の第2の側面に係る補強用ビード部の良否判定方法は、金属板を構成要素とする車体構成部品に肉盛り溶接で形成した複数の補強用ビード部の寸法を取得する寸法取得工程と、複数の補強用ビード部の機械的特性に関連する数値を実測により評価する数値実測工程と、寸法取得工程で得た補強用ビード部の寸法と、数値実測工程で得た補強用ビード部の機械的特性に関連する数値の実測結果との相関を取得する相関取得工程とを備え、相関取得工程で得た相関に基づき、補強用ビード部の機械的特性を評価する点をもって特徴付けられる。
【0016】
従来の肉盛溶接は、上記特許文献1のような場合を除き、例えば耐摩耗性や耐腐食性の向上などを目的として、対象となる母材の表面に肉盛り部(溶接部)を被覆するように形成するのが通常であったために、その立体的な形状に関しては考慮されることはなかった。これに対して、肉盛り溶接による肉盛り部を金属板の補強用ビード部として用いることを考えた場合には、その形状や大きさが重要となる。本発明はこの点に着目してなされたものであり、上記のように補強用ビード部の寸法と機械的特性に関連する数値を実測した結果との間に新たに見出した相関を利用して非破壊で補強用ビード部の機械的特性を評価する方法である。そのため、補強用ビード部の寸法、例えばその高さ寸法や幅寸法などを測定するだけで、補強用ビード部の機械的特性を定量的に評価でき、これにより補強用ビード部の良否を簡便かつ高精度に判定することができる。
【0017】
ここで、定量的に評価可能な機械的特性としては、強度や剛性などが挙げられ、これら特性に関連する数値として補強用ビード部の硬さが挙げられる。また、これら補強用ビード部を設ける車体構成部品には曲げに対する耐性(曲げ強度や曲げ剛性)が要求されることから、これら曲げ強度や曲げ剛性に関連する数値として、金属板の補強用ビード部を設けた部位の断面係数又は断面二次モーメントなどを挙げることができる。断面係数や断面二次モーメントは、補強用ビード部を設けた部位の断面形状や断面積から求めることができる。
【0018】
ここで、例えば補強用ビード部の断面係数又は断面二次モーメントを測定、評価しようとすると、補強用ビード部を切断して行う必要が生じ、上記と同様の問題が生じる。この点、例えば、補強用ビード部の所定の寸法と、補強用ビード部又は金属板との溶込み部の断面形状や断面積との間に一定の相関を見出すことができれば、例えばビード部の高さ寸法や幅寸法を測定するだけで、補強用ビード部を設けた部位の断面係数や断面二次モーメントの大きさを評価することができる。これにより、例えば上述した硬さにより求めた引張り強度やヤング率とから、補強用ビード部を設けた車体構成部品の曲げ強度や曲げ剛性を精度よく評価することも可能となる。
【0019】
また、上記高さ寸法や幅寸法と、溶接部における溶込み深さ(例えば後述する図1の符号dで示す寸法)との相関が分かっていれば、断面ハット状部材のように切断しないと溶け落ちの有無を判定できないような形状を有する車体構成部品であっても、補強用ビード部の例えば幅寸法や高さ寸法を取得するだけで、容易に金属板下面からの突出高さ(溶込み深さから金属板の厚み寸法を減じた値)を評価でき、これにより溶け落ちの有無を容易に判定することができる。
【0020】
また、補強用ビード部の強度や剛性を評価するために、これら強度や剛性に関連する数値として上記ビード部の硬さを評価する場合には、例えば数値実測工程で、補強用ビード部の硬さを機械的特性に関連する数値として実測すると共に、相関取得工程で、補強用ビード部の寸法と硬さの実測値との相関を取得するようにしてもよい。
【0021】
このように既述の硬さ評価方法の一部を利用することで、補強用ビード部の硬さであっても、非破壊で簡便にかつ高精度に評価することができる。また、この場合も、補強用ビード部の幅寸法と硬さとの間に高い相関が見られることを利用することで、補強用ビード部の幅寸法を測定等で取得するだけで、非破壊で簡便にかつ高精度に補強用ビード部の硬さを評価することができる。
【発明の効果】
【0022】
以上のように、本発明に係る肉盛り部の硬さ評価方法によれば、肉盛り溶接で金属板に形成した肉盛り部の硬さを非破壊で簡便に評価することができる。
【0023】
また、本発明に係る補強用ビード部の良否判定方法によれば、金属板を構成要素とする車体構成部品に肉盛り溶接で形成した補強用ビード部の良否判定を定量的かつ簡便に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の一実施形態に係る肉盛り部の断面図である。
【図2】実施例1に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の幅寸法と、溶接時の電流値との関係を示すグラフである。
【図3】実施例2に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の幅寸法と、溶接時の電流値との関係を示すグラフである。
【図4】実施例1に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の高さ寸法と、溶接時の電流値との関係を示すグラフである。
【図5】実施例2に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の高さ寸法と、溶接時の電流値との関係を示すグラフである。
【図6】実施例1に係る溶接材を用い、かつ電流値を異ならせて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の断面積と溶込み部の断面積をそれぞれ示すグラフである。
【図7】実施例2に係る溶接材を用い、かつ電流値を異ならせて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の断面積と溶込み部の断面積をそれぞれ示すグラフである。
【図8】実施例1に係る溶接材を用い、かつ電流値を異ならせて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の希釈率とビッカース硬さとの関係を示すグラフである。
【図9】実施例2に係る溶接材を用い、かつ電流値を異ならせて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の希釈率とビッカース硬さとの関係を示すグラフである。
【図10】実施例1に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部のビッカース硬さと、溶接時の電流値との関係を示すグラフである。
【図11】実施例2に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部のビッカース硬さと、溶接時の電流値との関係を示すグラフである。
【図12】実施例1に係る溶接材を用いて、板厚が1.0mmの鋼板に肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部のビッカース硬さと、肉盛り部の幅寸法との関係、および高さ寸法との関係を示すグラフである。
【図13】実施例1に係る溶接材を用いて、板厚が1.2mmの鋼板に肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部のビッカース硬さと、肉盛り部の幅寸法との関係、および高さ寸法との関係を示すグラフである。
【図14】実施例1に係る溶接材を用いて、板厚が1.4mmの鋼板に肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部のビッカース硬さと、肉盛り部の幅寸法との関係、および高さ寸法との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に係る肉盛り部の硬さ評価方法、および補強用ビード部の良否判定方法の一実施形態を説明する。この実施形態では、金属板を構成要素とする車体構成部品に肉盛り溶接で補強用ビード部を形成した場合における当該補強用ビード部の硬さを評価し、これにより当該ビード部の良否判定を行う場合を例にとって説明する。すなわち、本発明に係る肉盛り部の硬さ評価方法を利用した補強用ビード部の良否判定方法の一例を下記に説明する。
【0026】
この実施形態に係る補強用ビード部の良否判定方法は、金属板を構成要素とする車体構成部品に肉盛り溶接で形成した複数の補強用ビード部の寸法を取得する寸法取得工程(P1)と、複数の補強用ビード部の機械的特性に関連する数値を実測により評価する数値実測工程(P2)と、寸法取得工程(P1)で得た補強用ビード部の寸法と、数値実測工程(P2)で得た補強用ビード部の機械的特性に関連する数値の実測結果との相関を取得する相関取得工程(P3)と、相関取得工程(P3)で得た相関に基づき、補強用ビード部の機械的特性を評価する特性評価工程(P4)とを備える。ここでは、数値実測工程(P2)で、補強用ビード部の硬さを機械的特性に関連する数値として実測すると共に、相関取得工程(P3)で、補強用ビード部の寸法と硬さの実測値との相関を取得することとする。以下、各工程を詳述する。
【0027】
(P1)寸法取得工程
まず、この工程に供給される部品につき詳述する。肉盛り溶接の対象となる部品は、図1に示すように、一部が鋼板1(金属板)で構成されたものであればよく、例えばセンターピラーやフロントピラー、フロントサイドメンバーなどの断面ハット状部材をはじめとして種々の鋼板1製の車体構成部品が溶接対象となり得る。また、その溶接部位についても特に限定されることなく、鋼板1製の壁部の表面、又は、図示は省略するが、2つの壁部を連結する角部の表面(外側又は内側)が溶接対象部位となり得る。また、使用する溶接材(肉盛り材)には、通常、肉盛り溶接に使用される溶接ワイヤ材をはじめとして、母材(鋼板1)の特性向上を目的として種々の溶接材が適用可能である。本実施形態では、母材(鋼板1)よりも硬さの高い溶接材を使用でき、例えばステンレス系の溶接ワイヤ材や、炭素配合量を多くした、いわゆるハイカーボン鋼ワイヤ材などが使用可能である。中でも、ハイカーボン鋼ワイヤ材は、通常の鋼ワイヤ材と比べて非常に炭素配合率が高い(0.4%C〜0.7%C)ため、溶接により、母材と溶接材との溶融部2に焼きが入る。あるいは、ワイヤ材中の炭素が合金成分として母材(鋼板1)に溶け込むことで、鋼板1が合金化される。これらの作用により、容易に溶融部2(鋼板1より盛り上がった部分が補強用ビード部3となり、鋼板1の表面より内側に溶け込んだ部分が溶融部2の溶込み部4となる)の硬度を高めることができる。ここで、上記の肉盛り溶接には、被覆アーク溶接、ミグ溶接、マグ溶接、ティグ溶接、サブマージアーク溶接、プラズマアーク溶接など種々のアーク溶接が使用できる。なお、上記の説明では、母材として鋼板1を例示したが、もちろん、鋼板1以外の金属板、例えばアルミニウム製やアルミニウム合金製の金属板なども母材として使用できる。また、アルミニウム系の金属板を母材に用いる場合、ワイヤ材として、アルミニウムと銅の複合ワイヤ材を好適な例として挙げることができる。
【0028】
上述のようにして、鋼板1に肉盛り溶接を施すことで得た肉盛り部としての補強用ビード部3の寸法を取得する。ここで、取得部位は、補強用ビード部3の外観形状に係る寸法がよく、例えば補強用ビード部3の幅寸法Wや、高さ寸法hを例示することができる(何れも図1を参照)。また、上記寸法の取得方法については任意であり、例えば、ノギスや形状限界ゲージを用いて直接的に補強用ビード部3の寸法を測定してもよく、位置センサーや変位センサーなどの非接触測定手段を用いて上記寸法を測定してもよい。あるいは、補強用ビード部3を撮像し、得られた補強用ビード部3の外観画像に適当な画像処理を施すことで上記寸法を取得するようにしてもよい。
【0029】
(P2)数値実測工程
次に、寸法を取得した複数の補強用ビード部3の硬さ、ここではビッカース硬さを実測により評価する。具体的には、図1に示す断面が露出するよう、補強用ビード部3をその長手方向に直交する向きに切断し、現れた切断面の補強用ビード部3ないし鋼板1への溶込み部4におけるビッカース硬さを所定の硬さ試験機にて実測する。これにより、取得した寸法と同数の硬さ数値を取得する。なお、取得する硬さとしては、ビッカース硬さの他、凡そ金属材料に対する硬さの評価指標として一般に用いられているものであれば、特に限定されることなく適用できる。
【0030】
(P3)相関取得工程
このように、寸法取得工程(P1)で補強用ビード部3の寸法を取得すると共に、数値実測工程(P2)で補強用ビード部3の硬さの実測値を取得した後、これらの実測値の相関を取得する。ここで、例えば補強用ビード部3の幅寸法Wを測定した場合、後述する図12のように、横軸にビッカース硬さ[Hv]、縦軸に幅寸法W[mm]をとることで、両者の間に高い相関が見られる。よって、この相関図から適当な近似直線を求めておくことで、当該相関を次工程となる特性評価工程(P4)に容易に利用することができる。
【0031】
(P4)特性評価工程
以上、(P1)から(P3)までの工程を経ることにより補強用ビード部3の寸法と硬さとの相関を得たら、実際に評価すべき補強用ビード部3の寸法を取得する。ここで、評価対象となる補強用ビード部3は、先の工程(P1)〜(P3)で使用した鋼板1および溶接材と同一又は同種のものを用いて同種の溶接法により形成されたものとする。また、本工程にて取得すべき寸法も寸法取得工程(P1)で取得した寸法と同じ部位とする。寸法の取得方法は先の工程(P1)と必ずしも同じでなくてよい。そして、当該補強用ビード部3の寸法(例えば幅寸法W)を取得したら、相関取得工程(P3)で取得した相関、具体的には近似1次直線の式に、本工程で取得した寸法を当てはめることで、当該寸法に対応する硬さ(ここではビッカース硬さ)が算出される。従って、後は、例えば公知となっている、硬さ(ビッカース硬さ)から強度(例えば引張り強度など)への変換表を用いることで、補強用ビード部3を設けた鋼板1、又はこの鋼板1を構成要素とする車体構成部品の強度や剛性の大きさを評価することができる。また、このようにして評価した機械的特性値を、車体構成部品ごとに定められた、各機械的特性(引張り強度やヤング率など)のしきい値と比較することで、補強用ビード部3の良否を判定することもできる。
【0032】
以上、本発明に係る補強用ビード部の良否判定方法の一実施形態を説明したが、この評価方法は、上記例示の形態に限定されることなく、本発明の範囲内において任意の形態を採り得ることはもちろんである。
【0033】
評価対象となる補強用ビード部3には、その補強部位によっては曲げ強度など断面形状や断面積に影響する機械的特性を評価の対象とする場合もあり得ることから、例えば硬さ実測工程(数値実測工程(P2))の際に、溶融部2(もしくは溶融部2を含めた鋼板1)の断面形状及び断面積からその断面係数又は断面二次モーメントを算出して、これら断面係数又は断面二次モーメントと補強用ビード部3の所定寸法との相関を求めるようにしてもよい。このようにして断面係数等と補強用ビード部3の所定寸法との相関が求まれば、例えば上述した硬さの評価結果とから、鋼板1の補強用ビード部3を設けた部位の曲げ強度や曲げ剛性を評価することも可能となる。また、このように硬さ以外の評価値でもって補強用ビード部3の機械的特性を評価できるのであれば、必ずしも補強用ビード部3の硬さを実測ないし評価する必要はない。
【0034】
また、上記実施形態では、実際に肉盛り部(補強用ビード部3)を作成して、作成した肉盛り部の幅寸法や硬さを切断により実測することでこれらの相関を取得していたが、必ずしも硬さ等を実測する必要はない。同一又は同種の鋼板1(金属板)および溶接材を用いた肉盛り部の寸法と硬さに関するデータベースがあれば、それを利用して相関を取得するようにしてもよい。
【0035】
また、上記以外の事項についても、本発明の技術的意義を没却しない限りにおいて他の具体的形態を採り得ることはもちろんである。
【実施例】
【0036】
本発明の効果を確認すべく、以下に示す試験ならびにその検討を行った。具体的には、溶接時の電流値を異ならせて肉盛り量を変化させた場合に得られた肉盛り部の幅寸法および高さ寸法を測定すると共に、肉盛り部の硬さを実測し、これらの相関の有無について検討を行った。
【0037】
まず、試験条件について説明する。試験片には、板厚が異なる3種類の鋼板(SPC590)を使用した。板厚はそれぞれ1.0mm、1.2mm、1.4mmである。この鋼板の中央にその長手方向寸法が60mmとなるように肉盛り溶接を行い、所定の肉盛り部を鋼板表面に形成した。溶接材には、ステンレス系の溶接ワイヤ材と、ハイカーボン鋼溶接ワイヤ材を使用した。以下、前者(ステンレス系溶接ワイヤ材)を用いて肉盛り溶接を施したものを実施例1、後者(ハイカーボン鋼溶接ワイヤ材)を用いて肉盛り溶接を施したものを実施例2とする。溶接法はショートアーク溶接(短絡アーク溶接)を使用した。また、50A、および60A、75A、90A…と60Aから15A刻みで徐々に電流値を上げていきながら、溶け落ちが生じるまで上記肉盛り溶接を行った。また、この際の電圧は(採用した電流値)×0.02+14[V]とした。以下は、固定条件である。
ワイヤ突き出し量:15mm
狙い角 :面直
溶接速度 :60cm/min
前進角 :0°
シールドガス :MAG(Ar80%+CO220%)
【0038】
上記のようにして形成した肉盛り部を、例えば図1に示す断面が現れるように切断し、各切断面における肉盛り部の幅寸法、高さ寸法、断面積、および鋼板への溶込み部の断面積を測定した。また、各切断面における溶融部のビッカース硬さを複数箇所にわたって測定し、その平均値を各切断面における肉盛部のビッカース硬さとして求めた。切断面の数は2とした(後述する図8、図9のN1,N2に対応)。
【0039】
まず、肉盛り溶接の結果を下記の表1に示す。同表中、「○」は、肉盛り部の外観及び断面の目視の結果、当該肉盛り部が良好に形成されていることを、「×」は、肉盛り部の一部に溶け落ちが生じていることを、「−」は肉盛り溶接を実施していないことをそれぞれ意味している。なお、表1には示していないが、溶接時の電流値を45Aとした場合、肉盛り部が鋼板上に安定して形成できなかったため、50Aを電流下限としている。この表1から分かるように、何れの溶接ワイヤ材を用いた場合でも、溶け落ちが生じる電流値は板厚に関係なくほとんど同じであった。
【表1】
【0040】
図2は、実施例1に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の幅寸法と、溶接時の電流値との関係を示している。また、図3は、実施例2に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の幅寸法と、溶接時の電流値との関係を示している。これらの図を見ると分かるように、肉盛り部の幅寸法は、溶接時の電流値が大きくなるにつれて増加している。また、実施例1と2とで、肉盛り部の幅寸法はそれほど大きく変わらないことから、少なくとも補強用ビード部のための溶接材を用いる場合であれば、溶接材の違いが肉盛り部の幅寸法にそれほど影響を与えないことが分かる。また、板厚の違いによる影響を見ると、板厚が大きくなるにつれて溶融した金属(溶接材)が漏れ拡がらなくなり、幅寸法が板厚の小さい物に比べて小さくなっていることが分かる。これは、板厚が増すほど熱容量が増加することが理由と考えられる。
【0041】
図4は、実施例1に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の高さ寸法と、溶接時の電流値との関係を示している。また、図5は、実施例2に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の高さ寸法と、溶接時の電流値との関係を示している。これらの図を見ると分かるように、肉盛り部の高さ寸法は、多くの場合、所定の電流値までは溶接時の電流値が大きくなるにつれて増加し、その後、減少する傾向にあることが分かった。ここで、図示は省略するが、各電流値における肉盛り部および溶込み部の断面写真を見ると、高さ寸法が増加から減少に転じる時点の電流値は、溶込み部が鋼板の下面(肉盛り部と反対側の端面)よりもさらに下方に突出し始めた時点にほぼ一致している。また、図4および図5から、原則、板厚が大きくなるほど、高さ寸法が増加から減少に転じる時点の電流値が大きくなっていることも分かる。これらのことから、溶融部が重力により鋼板の下面よりも下方に垂れ始めるとその分肉盛り部となる部分の高さが減少したものと考えられる。なお、図示は省略するが、溶込み部の深さ(溶込み量)についてもその板厚が増加するにつれて減少する傾向が見られた。
【0042】
図6は、実施例1に係る溶接材を用い、かつ電流値を異ならせて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の断面積と溶込み部の断面積をそれぞれ示している。また、図7は、実施例2に係る溶接材を用い、かつ電流値を異ならせて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の断面積と溶込み部の断面積をそれぞれ示している。ここでいう「肉盛り部の断面積」と「溶込み部の断面積」は、それぞれ図1中の符号3で示すハッチング部の面積、および同図中の符号4で示すハッチング部の面積に相当する。また、この「肉盛り部の断面積」を「溶込み部の断面積」で除した値が、上述の希釈率に相当する。その上で、図6と図7を比較すると、実施例2に係る溶接材(ハイカーボン鋼溶接ワイヤ材)を用いた場合、実施例1に係る溶接材(ステンレス系)を用いた場合と比べて、比較的低電流時に希釈率が高くなる傾向が見られた。これはハイカーボン鋼溶接ワイヤ材のほうが鋼板への初期溶込み量が多いことに起因していると考えられる。また、図示しない断面写真や図4、図5の結果を併せて見ると、溶込み部が鋼板の下面よりも下方に突出し始めると、希釈率は50%程度で推移し、溶接材による希釈率の差はほとんど無くなることが分かる。
【0043】
図8は、実施例1に係る溶接材を用い、かつ電流値を異ならせて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の希釈率とビッカース硬さとの関係を示している。図9は、実施例2に係る溶接材を用い、かつ電流値を異ならせて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の希釈率とビッカース硬さとの関係を示している。まず、図8に示すように、ステンレス系の溶接ワイヤ材を用いた場合(実施例1の場合)、硬さのばらつきが比較的小さく、安定した硬さが得られていることが分かる。また、その一方で、希釈率が40%に達するまでは、希釈率と硬さとの間に一定の負の相関が見られるが、希釈率が40%を超えると、急激に硬さが低下する傾向が見て取れる。次に、図9を見ると、ハイカーボン鋼溶接ワイヤ材を用いた場合(実施例2の場合)、実施例1と比べて、低電流時には硬さが非常に高い値を示していることが分かる。しかし、切断面によって硬さにばらつきがみられることから、ハイカーボンによる焼入れ硬化の作用が電流値によっては(特に電流値が小さい場合には)均一に生じていないものと考えられる。ただし、全体的には、ステンレス鋼溶接ワイヤ材のように、途中で硬さが急激に低下することはなく、溶け落ちまでの間、一定の負の相関を保っていることが分かる。
【0044】
図10は、実施例1に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部のビッカース硬さと、溶接時の電流値との関係を示している。また、図11は、実施例2に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部のビッカース硬さと、溶接時の電流値との関係を示している。このように、硬さと電流値との関係を見ると、何れの溶接材を用いた場合においても、非常に高い負の相関が見られた。また、板厚が異なっていても、電流値が同じであれば、硬さは近い値をとることが分かった。
【0045】
図12〜図14は、何れも実施例1に係る溶接材を用いて、互いに板厚の異なる鋼板に肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部のビッカース硬さと、肉盛り部の幅寸法との関係、および高さ寸法との関係を示している。これらは、図2と図4、および図10の結果、すなわち、肉盛り部の各寸法と電流値との間には非常に高い正の相関(比例関係)が見られると共に、ビッカース硬さと電流値との間も非常に高い負の相関(逆比例関係)が見られることに鑑みて作成されたもので、肉盛り部の外部から取得(測定)可能な寸法と、当該肉盛り部のビッカース硬さとの間に相関が存在することが分かる。また、特に、肉盛り部の幅寸法とビッカース硬さとの間に高い負の相関が存在することが分かる。この傾向(相関)は、図12〜図14を見る限り、板厚tに関係なく見られる。
【符号の説明】
【0046】
1 鋼板
2 溶融部
3 補強用ビード部(肉盛り部)
4 溶込み部
w 幅寸法(補強用ビード部)
h 高さ寸法(補強用ビード部)
t 板厚(鋼板)
【技術分野】
【0001】
本発明は、肉盛り溶接で金属板に形成した肉盛り部の硬さ評価方法、および、この肉盛り部を、金属板を構成要素とする車体構造部品に補強用ビード部として設けた場合における上記補強用ビード部の良否判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の安全性向上と軽量化による環境負荷低減を共に図るべく、ハイテン材や超ハイテン材と呼ばれる高強度鋼板の車体構造部品への適用が検討され始めている。しかしながら、この種の鋼板は一般的に高価であり、また、高剛性であるが故に加工性の面でも問題がある。そのため、高強度鋼板の適用は、未だ限られた範囲に留まっているのが現状である。
【0003】
そのため、例えば車体フレームを構成する鋼板製の車体構造部品にあっては、軽量化を図りつつもその高強度化を図るための鋼板への加工方法が検討、提案されている。ここで、例えば下記特許文献1には、上記車体構造部品としてのフレームの内面又は外面に、当該フレームの荷重入力方向に沿って肉盛り溶接を施し、これによりフレームの補強箇所に補強用ビード部としての肉盛り部を設けたフレーム構造およびこのフレーム構造の製造方法が開示されている。この加工方法によれば、フレーム構造に求められる強度特性等に応じて上記ビード部を形成すべき部位を設定することで部分的な補強が可能となり、また好適な溶接材料を選定することにより、大幅なフレーム重量の増加を招くことなく、フレーム構造に対して所要の強度特性等を付与することができる。しかも、一般的な溶接設備によって施工できるので汎用性も高い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−112260号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このように、目的に応じた肉盛り材(溶接材)を使用して金属板を構成要素とする車体構成部品に対して肉盛り溶接を施す場合には、上記肉盛り溶接が適正に施されたか否かを判定する必要がある。具体的には、肉盛り溶接後のフレーム構造の強度や剛性を実際に試験により評価する方法が考えられる。あるいは、肉盛り溶接により金属板に形成された補強用ビード部の硬さを実際に測定することでその補強効果の程度を評価する方法が考えられる。しかし、肉盛り溶接を施した金属板に対して強度試験を行う場合には、比較となる肉盛り溶接を施していない金属板に対しても強度試験を行う必要があるため、手間と無駄が増える。また、補強用ビード部の硬さ(例えばビッカース硬さ)を測定する場合には、原則、補強用ビード部を切断し、その切断面における硬さを適当な硬さ試験機で実測しなければならないため、測定作業に多大な工数を要する。しかも、何れの方法によっても、補強用ビード部に所定の荷重を付与して破壊することになるため、評価した部品は廃棄処分とする必要があり、これによっても無駄が増える。
【0006】
例えばショア硬さ試験であればその試験機も比較的小型であり、補強用ビード部を切断せずともその表面にダイヤモンド圧子を押圧するだけで測定できるようにも思われる。しかし、この種の部品(車体構成部品)は、軽量化と高強度化を両立するために中空状のフレーム構造を有するものが多く、また、その板厚も他の構造用板材に比べて薄い(数mm以下)。そのために、上記硬さ試験を行うと、フレームを構成する金属板が変形ないし振動してダイヤモンド圧子からの押圧力を吸収するため、硬さを精度よく測定できない問題があった。
【0007】
この種の問題は、何も補強用ビード部を設ける場合に限ったことではなく、他の金属板又は金属板を構成要素とする物品全般に対して、所定の物性改善のために肉盛り溶接で肉盛り部を形成する場合にも当てはまる。
【0008】
一方で、肉盛り部を補強用ビード部として設ける場合における補強用ビード部の良否は、上記ビード部の硬さだけでなく、その大きさや、母材(金属板)に対する溶込みの程度などによっても判定できると考えられる。しかし、これまでの評価方法は、硬さの評価を除けば、単に肉盛り溶接後のビード部を視認し、当該ビード部が途切れずに形成されているか、部分的に幅の狭い部分がないか等の定性的な評価に留まっており、この種のビード部が適正に形成されたか否かを定量的に評価・判定するための方法は存在しなかったのが実情である。
【0009】
以上の事情に鑑み、本明細書では、肉盛り溶接で金属板に形成した肉盛り部の硬さを非破壊で簡便に評価することのできる方法を提供することを、解決すべき第1の技術的課題とする。
【0010】
また、以上の事情に鑑み、本明細書では、金属板を構成要素とする車体構成部品に肉盛り溶接で形成した補強用ビード部の良否判定を定量的かつ簡便に行うことのできる方法を提供することを、解決すべき第2の技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、前記第1の技術的課題の解決を図るためになされたものである。すなわち、本発明の第1の側面に係る肉盛り部の硬さ評価方法は、肉盛り溶接で金属板に形成した複数の肉盛り部の寸法を取得する寸法取得工程と、複数の肉盛り部の硬さを実測する硬さ実測工程と、寸法取得工程で得た肉盛り部の寸法と、硬さ実測工程で得た肉盛り部の硬さの実測値との相関を取得する相関取得工程とを備え、相関取得工程で得た相関に基づき、肉盛り部の硬さを評価する点をもって特徴付けられる。
【0012】
この種の肉盛り溶接に用いられる肉盛り材(溶接材)は、母材となる金属板に対して所定の物性向上を目的として使用されることから、通常、母材とは異なる材料からなる。そのため、上記肉盛り材が例えば所定の合金成分を含む場合、金属板への溶込みが進むにつれて、溶接部における合金成分が母材によって薄められる現象、いわゆる希釈を生じる。この希釈の程度(希釈率)と硬さとの間に相関があることは知られているが、溶込み量は、肉盛り部だけでなく金属板に溶け込んだ部分の大きさを知る必要があることから、どうしても破壊検査に頼らざるを得ない問題があった。ここで、硬さは、一般に、材料の構造(金属であればその結晶構造)により決定されるものであるところ、本発明者らは鋭意検討の結果、外部からその定量的な大きさを把握し易い肉盛り部の寸法に着目し、後述する肉盛り部の寸法測定結果と、硬さ測定結果とから、この寸法と硬さとの間に所定の相関を見出すに至った。
【0013】
本発明に係る硬さ評価方法は上記知見に基づき創出されたものであり、予め所定の金属板と肉盛り材を用いた場合に形成された肉盛り部の寸法、および硬さを実測により求めて、これらの相関を取得しておく工程を備えることを特徴とする。これにより、上記相関の取得に用いた肉盛り部と同一又は同種の金属板および肉盛り材で形成される肉盛り部の寸法を測定等により取得さえすれば、肉盛り部の硬さを管理(制御)することができる。よって、従来のように硬さ試験を行って硬さを実測しなくても、肉盛り部の品質管理を容易に行うことが可能となる。
【0014】
ここで、肉盛り部の寸法と硬さ実測値との相関に関し、本発明者らの更なる鋭意検討の結果、後述する図12に示すように、特に肉盛り部の幅寸法(本明細書では、肉盛り部の溶接進行方向に直交する向きの寸法を指す。)と硬さ実測値との間に高い相関があることが分かった。そのため、寸法取得工程で肉盛り部の幅寸法を取得し、この取得した幅寸法と硬さの実測値との相関を求めておけば、その後に形成した同種の肉盛り部の幅寸法を取得するだけで、硬さを非破壊かつ高精度に評価することが可能となる。詳述すると、肉盛り部の高さ(本明細書では、肉盛り部を設けていないと仮定した場合の金属板の肉盛り部側の表面から、この表面と垂直に交わる線と肉盛り部の外表面とが交差する点までの距離を指すものとする。)と硬さとの間にも一定の相関は見られたが、その範囲が狭いことや、僅かな測定誤差が大きな違いとなって現れやすい。これに対して、幅寸法であれば、比較的広い範囲にわたって高い相関を示し、またその測定スケールも比較的大きいので、測定誤差も少ない。そのため、肉盛り部の硬さを精度よく評価することが可能となる。
【0015】
また、本発明は、前記第2の技術的課題の解決を図るためになされたものである。すなわち、本発明の第2の側面に係る補強用ビード部の良否判定方法は、金属板を構成要素とする車体構成部品に肉盛り溶接で形成した複数の補強用ビード部の寸法を取得する寸法取得工程と、複数の補強用ビード部の機械的特性に関連する数値を実測により評価する数値実測工程と、寸法取得工程で得た補強用ビード部の寸法と、数値実測工程で得た補強用ビード部の機械的特性に関連する数値の実測結果との相関を取得する相関取得工程とを備え、相関取得工程で得た相関に基づき、補強用ビード部の機械的特性を評価する点をもって特徴付けられる。
【0016】
従来の肉盛溶接は、上記特許文献1のような場合を除き、例えば耐摩耗性や耐腐食性の向上などを目的として、対象となる母材の表面に肉盛り部(溶接部)を被覆するように形成するのが通常であったために、その立体的な形状に関しては考慮されることはなかった。これに対して、肉盛り溶接による肉盛り部を金属板の補強用ビード部として用いることを考えた場合には、その形状や大きさが重要となる。本発明はこの点に着目してなされたものであり、上記のように補強用ビード部の寸法と機械的特性に関連する数値を実測した結果との間に新たに見出した相関を利用して非破壊で補強用ビード部の機械的特性を評価する方法である。そのため、補強用ビード部の寸法、例えばその高さ寸法や幅寸法などを測定するだけで、補強用ビード部の機械的特性を定量的に評価でき、これにより補強用ビード部の良否を簡便かつ高精度に判定することができる。
【0017】
ここで、定量的に評価可能な機械的特性としては、強度や剛性などが挙げられ、これら特性に関連する数値として補強用ビード部の硬さが挙げられる。また、これら補強用ビード部を設ける車体構成部品には曲げに対する耐性(曲げ強度や曲げ剛性)が要求されることから、これら曲げ強度や曲げ剛性に関連する数値として、金属板の補強用ビード部を設けた部位の断面係数又は断面二次モーメントなどを挙げることができる。断面係数や断面二次モーメントは、補強用ビード部を設けた部位の断面形状や断面積から求めることができる。
【0018】
ここで、例えば補強用ビード部の断面係数又は断面二次モーメントを測定、評価しようとすると、補強用ビード部を切断して行う必要が生じ、上記と同様の問題が生じる。この点、例えば、補強用ビード部の所定の寸法と、補強用ビード部又は金属板との溶込み部の断面形状や断面積との間に一定の相関を見出すことができれば、例えばビード部の高さ寸法や幅寸法を測定するだけで、補強用ビード部を設けた部位の断面係数や断面二次モーメントの大きさを評価することができる。これにより、例えば上述した硬さにより求めた引張り強度やヤング率とから、補強用ビード部を設けた車体構成部品の曲げ強度や曲げ剛性を精度よく評価することも可能となる。
【0019】
また、上記高さ寸法や幅寸法と、溶接部における溶込み深さ(例えば後述する図1の符号dで示す寸法)との相関が分かっていれば、断面ハット状部材のように切断しないと溶け落ちの有無を判定できないような形状を有する車体構成部品であっても、補強用ビード部の例えば幅寸法や高さ寸法を取得するだけで、容易に金属板下面からの突出高さ(溶込み深さから金属板の厚み寸法を減じた値)を評価でき、これにより溶け落ちの有無を容易に判定することができる。
【0020】
また、補強用ビード部の強度や剛性を評価するために、これら強度や剛性に関連する数値として上記ビード部の硬さを評価する場合には、例えば数値実測工程で、補強用ビード部の硬さを機械的特性に関連する数値として実測すると共に、相関取得工程で、補強用ビード部の寸法と硬さの実測値との相関を取得するようにしてもよい。
【0021】
このように既述の硬さ評価方法の一部を利用することで、補強用ビード部の硬さであっても、非破壊で簡便にかつ高精度に評価することができる。また、この場合も、補強用ビード部の幅寸法と硬さとの間に高い相関が見られることを利用することで、補強用ビード部の幅寸法を測定等で取得するだけで、非破壊で簡便にかつ高精度に補強用ビード部の硬さを評価することができる。
【発明の効果】
【0022】
以上のように、本発明に係る肉盛り部の硬さ評価方法によれば、肉盛り溶接で金属板に形成した肉盛り部の硬さを非破壊で簡便に評価することができる。
【0023】
また、本発明に係る補強用ビード部の良否判定方法によれば、金属板を構成要素とする車体構成部品に肉盛り溶接で形成した補強用ビード部の良否判定を定量的かつ簡便に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の一実施形態に係る肉盛り部の断面図である。
【図2】実施例1に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の幅寸法と、溶接時の電流値との関係を示すグラフである。
【図3】実施例2に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の幅寸法と、溶接時の電流値との関係を示すグラフである。
【図4】実施例1に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の高さ寸法と、溶接時の電流値との関係を示すグラフである。
【図5】実施例2に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の高さ寸法と、溶接時の電流値との関係を示すグラフである。
【図6】実施例1に係る溶接材を用い、かつ電流値を異ならせて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の断面積と溶込み部の断面積をそれぞれ示すグラフである。
【図7】実施例2に係る溶接材を用い、かつ電流値を異ならせて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の断面積と溶込み部の断面積をそれぞれ示すグラフである。
【図8】実施例1に係る溶接材を用い、かつ電流値を異ならせて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の希釈率とビッカース硬さとの関係を示すグラフである。
【図9】実施例2に係る溶接材を用い、かつ電流値を異ならせて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の希釈率とビッカース硬さとの関係を示すグラフである。
【図10】実施例1に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部のビッカース硬さと、溶接時の電流値との関係を示すグラフである。
【図11】実施例2に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部のビッカース硬さと、溶接時の電流値との関係を示すグラフである。
【図12】実施例1に係る溶接材を用いて、板厚が1.0mmの鋼板に肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部のビッカース硬さと、肉盛り部の幅寸法との関係、および高さ寸法との関係を示すグラフである。
【図13】実施例1に係る溶接材を用いて、板厚が1.2mmの鋼板に肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部のビッカース硬さと、肉盛り部の幅寸法との関係、および高さ寸法との関係を示すグラフである。
【図14】実施例1に係る溶接材を用いて、板厚が1.4mmの鋼板に肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部のビッカース硬さと、肉盛り部の幅寸法との関係、および高さ寸法との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に係る肉盛り部の硬さ評価方法、および補強用ビード部の良否判定方法の一実施形態を説明する。この実施形態では、金属板を構成要素とする車体構成部品に肉盛り溶接で補強用ビード部を形成した場合における当該補強用ビード部の硬さを評価し、これにより当該ビード部の良否判定を行う場合を例にとって説明する。すなわち、本発明に係る肉盛り部の硬さ評価方法を利用した補強用ビード部の良否判定方法の一例を下記に説明する。
【0026】
この実施形態に係る補強用ビード部の良否判定方法は、金属板を構成要素とする車体構成部品に肉盛り溶接で形成した複数の補強用ビード部の寸法を取得する寸法取得工程(P1)と、複数の補強用ビード部の機械的特性に関連する数値を実測により評価する数値実測工程(P2)と、寸法取得工程(P1)で得た補強用ビード部の寸法と、数値実測工程(P2)で得た補強用ビード部の機械的特性に関連する数値の実測結果との相関を取得する相関取得工程(P3)と、相関取得工程(P3)で得た相関に基づき、補強用ビード部の機械的特性を評価する特性評価工程(P4)とを備える。ここでは、数値実測工程(P2)で、補強用ビード部の硬さを機械的特性に関連する数値として実測すると共に、相関取得工程(P3)で、補強用ビード部の寸法と硬さの実測値との相関を取得することとする。以下、各工程を詳述する。
【0027】
(P1)寸法取得工程
まず、この工程に供給される部品につき詳述する。肉盛り溶接の対象となる部品は、図1に示すように、一部が鋼板1(金属板)で構成されたものであればよく、例えばセンターピラーやフロントピラー、フロントサイドメンバーなどの断面ハット状部材をはじめとして種々の鋼板1製の車体構成部品が溶接対象となり得る。また、その溶接部位についても特に限定されることなく、鋼板1製の壁部の表面、又は、図示は省略するが、2つの壁部を連結する角部の表面(外側又は内側)が溶接対象部位となり得る。また、使用する溶接材(肉盛り材)には、通常、肉盛り溶接に使用される溶接ワイヤ材をはじめとして、母材(鋼板1)の特性向上を目的として種々の溶接材が適用可能である。本実施形態では、母材(鋼板1)よりも硬さの高い溶接材を使用でき、例えばステンレス系の溶接ワイヤ材や、炭素配合量を多くした、いわゆるハイカーボン鋼ワイヤ材などが使用可能である。中でも、ハイカーボン鋼ワイヤ材は、通常の鋼ワイヤ材と比べて非常に炭素配合率が高い(0.4%C〜0.7%C)ため、溶接により、母材と溶接材との溶融部2に焼きが入る。あるいは、ワイヤ材中の炭素が合金成分として母材(鋼板1)に溶け込むことで、鋼板1が合金化される。これらの作用により、容易に溶融部2(鋼板1より盛り上がった部分が補強用ビード部3となり、鋼板1の表面より内側に溶け込んだ部分が溶融部2の溶込み部4となる)の硬度を高めることができる。ここで、上記の肉盛り溶接には、被覆アーク溶接、ミグ溶接、マグ溶接、ティグ溶接、サブマージアーク溶接、プラズマアーク溶接など種々のアーク溶接が使用できる。なお、上記の説明では、母材として鋼板1を例示したが、もちろん、鋼板1以外の金属板、例えばアルミニウム製やアルミニウム合金製の金属板なども母材として使用できる。また、アルミニウム系の金属板を母材に用いる場合、ワイヤ材として、アルミニウムと銅の複合ワイヤ材を好適な例として挙げることができる。
【0028】
上述のようにして、鋼板1に肉盛り溶接を施すことで得た肉盛り部としての補強用ビード部3の寸法を取得する。ここで、取得部位は、補強用ビード部3の外観形状に係る寸法がよく、例えば補強用ビード部3の幅寸法Wや、高さ寸法hを例示することができる(何れも図1を参照)。また、上記寸法の取得方法については任意であり、例えば、ノギスや形状限界ゲージを用いて直接的に補強用ビード部3の寸法を測定してもよく、位置センサーや変位センサーなどの非接触測定手段を用いて上記寸法を測定してもよい。あるいは、補強用ビード部3を撮像し、得られた補強用ビード部3の外観画像に適当な画像処理を施すことで上記寸法を取得するようにしてもよい。
【0029】
(P2)数値実測工程
次に、寸法を取得した複数の補強用ビード部3の硬さ、ここではビッカース硬さを実測により評価する。具体的には、図1に示す断面が露出するよう、補強用ビード部3をその長手方向に直交する向きに切断し、現れた切断面の補強用ビード部3ないし鋼板1への溶込み部4におけるビッカース硬さを所定の硬さ試験機にて実測する。これにより、取得した寸法と同数の硬さ数値を取得する。なお、取得する硬さとしては、ビッカース硬さの他、凡そ金属材料に対する硬さの評価指標として一般に用いられているものであれば、特に限定されることなく適用できる。
【0030】
(P3)相関取得工程
このように、寸法取得工程(P1)で補強用ビード部3の寸法を取得すると共に、数値実測工程(P2)で補強用ビード部3の硬さの実測値を取得した後、これらの実測値の相関を取得する。ここで、例えば補強用ビード部3の幅寸法Wを測定した場合、後述する図12のように、横軸にビッカース硬さ[Hv]、縦軸に幅寸法W[mm]をとることで、両者の間に高い相関が見られる。よって、この相関図から適当な近似直線を求めておくことで、当該相関を次工程となる特性評価工程(P4)に容易に利用することができる。
【0031】
(P4)特性評価工程
以上、(P1)から(P3)までの工程を経ることにより補強用ビード部3の寸法と硬さとの相関を得たら、実際に評価すべき補強用ビード部3の寸法を取得する。ここで、評価対象となる補強用ビード部3は、先の工程(P1)〜(P3)で使用した鋼板1および溶接材と同一又は同種のものを用いて同種の溶接法により形成されたものとする。また、本工程にて取得すべき寸法も寸法取得工程(P1)で取得した寸法と同じ部位とする。寸法の取得方法は先の工程(P1)と必ずしも同じでなくてよい。そして、当該補強用ビード部3の寸法(例えば幅寸法W)を取得したら、相関取得工程(P3)で取得した相関、具体的には近似1次直線の式に、本工程で取得した寸法を当てはめることで、当該寸法に対応する硬さ(ここではビッカース硬さ)が算出される。従って、後は、例えば公知となっている、硬さ(ビッカース硬さ)から強度(例えば引張り強度など)への変換表を用いることで、補強用ビード部3を設けた鋼板1、又はこの鋼板1を構成要素とする車体構成部品の強度や剛性の大きさを評価することができる。また、このようにして評価した機械的特性値を、車体構成部品ごとに定められた、各機械的特性(引張り強度やヤング率など)のしきい値と比較することで、補強用ビード部3の良否を判定することもできる。
【0032】
以上、本発明に係る補強用ビード部の良否判定方法の一実施形態を説明したが、この評価方法は、上記例示の形態に限定されることなく、本発明の範囲内において任意の形態を採り得ることはもちろんである。
【0033】
評価対象となる補強用ビード部3には、その補強部位によっては曲げ強度など断面形状や断面積に影響する機械的特性を評価の対象とする場合もあり得ることから、例えば硬さ実測工程(数値実測工程(P2))の際に、溶融部2(もしくは溶融部2を含めた鋼板1)の断面形状及び断面積からその断面係数又は断面二次モーメントを算出して、これら断面係数又は断面二次モーメントと補強用ビード部3の所定寸法との相関を求めるようにしてもよい。このようにして断面係数等と補強用ビード部3の所定寸法との相関が求まれば、例えば上述した硬さの評価結果とから、鋼板1の補強用ビード部3を設けた部位の曲げ強度や曲げ剛性を評価することも可能となる。また、このように硬さ以外の評価値でもって補強用ビード部3の機械的特性を評価できるのであれば、必ずしも補強用ビード部3の硬さを実測ないし評価する必要はない。
【0034】
また、上記実施形態では、実際に肉盛り部(補強用ビード部3)を作成して、作成した肉盛り部の幅寸法や硬さを切断により実測することでこれらの相関を取得していたが、必ずしも硬さ等を実測する必要はない。同一又は同種の鋼板1(金属板)および溶接材を用いた肉盛り部の寸法と硬さに関するデータベースがあれば、それを利用して相関を取得するようにしてもよい。
【0035】
また、上記以外の事項についても、本発明の技術的意義を没却しない限りにおいて他の具体的形態を採り得ることはもちろんである。
【実施例】
【0036】
本発明の効果を確認すべく、以下に示す試験ならびにその検討を行った。具体的には、溶接時の電流値を異ならせて肉盛り量を変化させた場合に得られた肉盛り部の幅寸法および高さ寸法を測定すると共に、肉盛り部の硬さを実測し、これらの相関の有無について検討を行った。
【0037】
まず、試験条件について説明する。試験片には、板厚が異なる3種類の鋼板(SPC590)を使用した。板厚はそれぞれ1.0mm、1.2mm、1.4mmである。この鋼板の中央にその長手方向寸法が60mmとなるように肉盛り溶接を行い、所定の肉盛り部を鋼板表面に形成した。溶接材には、ステンレス系の溶接ワイヤ材と、ハイカーボン鋼溶接ワイヤ材を使用した。以下、前者(ステンレス系溶接ワイヤ材)を用いて肉盛り溶接を施したものを実施例1、後者(ハイカーボン鋼溶接ワイヤ材)を用いて肉盛り溶接を施したものを実施例2とする。溶接法はショートアーク溶接(短絡アーク溶接)を使用した。また、50A、および60A、75A、90A…と60Aから15A刻みで徐々に電流値を上げていきながら、溶け落ちが生じるまで上記肉盛り溶接を行った。また、この際の電圧は(採用した電流値)×0.02+14[V]とした。以下は、固定条件である。
ワイヤ突き出し量:15mm
狙い角 :面直
溶接速度 :60cm/min
前進角 :0°
シールドガス :MAG(Ar80%+CO220%)
【0038】
上記のようにして形成した肉盛り部を、例えば図1に示す断面が現れるように切断し、各切断面における肉盛り部の幅寸法、高さ寸法、断面積、および鋼板への溶込み部の断面積を測定した。また、各切断面における溶融部のビッカース硬さを複数箇所にわたって測定し、その平均値を各切断面における肉盛部のビッカース硬さとして求めた。切断面の数は2とした(後述する図8、図9のN1,N2に対応)。
【0039】
まず、肉盛り溶接の結果を下記の表1に示す。同表中、「○」は、肉盛り部の外観及び断面の目視の結果、当該肉盛り部が良好に形成されていることを、「×」は、肉盛り部の一部に溶け落ちが生じていることを、「−」は肉盛り溶接を実施していないことをそれぞれ意味している。なお、表1には示していないが、溶接時の電流値を45Aとした場合、肉盛り部が鋼板上に安定して形成できなかったため、50Aを電流下限としている。この表1から分かるように、何れの溶接ワイヤ材を用いた場合でも、溶け落ちが生じる電流値は板厚に関係なくほとんど同じであった。
【表1】
【0040】
図2は、実施例1に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の幅寸法と、溶接時の電流値との関係を示している。また、図3は、実施例2に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の幅寸法と、溶接時の電流値との関係を示している。これらの図を見ると分かるように、肉盛り部の幅寸法は、溶接時の電流値が大きくなるにつれて増加している。また、実施例1と2とで、肉盛り部の幅寸法はそれほど大きく変わらないことから、少なくとも補強用ビード部のための溶接材を用いる場合であれば、溶接材の違いが肉盛り部の幅寸法にそれほど影響を与えないことが分かる。また、板厚の違いによる影響を見ると、板厚が大きくなるにつれて溶融した金属(溶接材)が漏れ拡がらなくなり、幅寸法が板厚の小さい物に比べて小さくなっていることが分かる。これは、板厚が増すほど熱容量が増加することが理由と考えられる。
【0041】
図4は、実施例1に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の高さ寸法と、溶接時の電流値との関係を示している。また、図5は、実施例2に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の高さ寸法と、溶接時の電流値との関係を示している。これらの図を見ると分かるように、肉盛り部の高さ寸法は、多くの場合、所定の電流値までは溶接時の電流値が大きくなるにつれて増加し、その後、減少する傾向にあることが分かった。ここで、図示は省略するが、各電流値における肉盛り部および溶込み部の断面写真を見ると、高さ寸法が増加から減少に転じる時点の電流値は、溶込み部が鋼板の下面(肉盛り部と反対側の端面)よりもさらに下方に突出し始めた時点にほぼ一致している。また、図4および図5から、原則、板厚が大きくなるほど、高さ寸法が増加から減少に転じる時点の電流値が大きくなっていることも分かる。これらのことから、溶融部が重力により鋼板の下面よりも下方に垂れ始めるとその分肉盛り部となる部分の高さが減少したものと考えられる。なお、図示は省略するが、溶込み部の深さ(溶込み量)についてもその板厚が増加するにつれて減少する傾向が見られた。
【0042】
図6は、実施例1に係る溶接材を用い、かつ電流値を異ならせて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の断面積と溶込み部の断面積をそれぞれ示している。また、図7は、実施例2に係る溶接材を用い、かつ電流値を異ならせて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の断面積と溶込み部の断面積をそれぞれ示している。ここでいう「肉盛り部の断面積」と「溶込み部の断面積」は、それぞれ図1中の符号3で示すハッチング部の面積、および同図中の符号4で示すハッチング部の面積に相当する。また、この「肉盛り部の断面積」を「溶込み部の断面積」で除した値が、上述の希釈率に相当する。その上で、図6と図7を比較すると、実施例2に係る溶接材(ハイカーボン鋼溶接ワイヤ材)を用いた場合、実施例1に係る溶接材(ステンレス系)を用いた場合と比べて、比較的低電流時に希釈率が高くなる傾向が見られた。これはハイカーボン鋼溶接ワイヤ材のほうが鋼板への初期溶込み量が多いことに起因していると考えられる。また、図示しない断面写真や図4、図5の結果を併せて見ると、溶込み部が鋼板の下面よりも下方に突出し始めると、希釈率は50%程度で推移し、溶接材による希釈率の差はほとんど無くなることが分かる。
【0043】
図8は、実施例1に係る溶接材を用い、かつ電流値を異ならせて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の希釈率とビッカース硬さとの関係を示している。図9は、実施例2に係る溶接材を用い、かつ電流値を異ならせて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部の希釈率とビッカース硬さとの関係を示している。まず、図8に示すように、ステンレス系の溶接ワイヤ材を用いた場合(実施例1の場合)、硬さのばらつきが比較的小さく、安定した硬さが得られていることが分かる。また、その一方で、希釈率が40%に達するまでは、希釈率と硬さとの間に一定の負の相関が見られるが、希釈率が40%を超えると、急激に硬さが低下する傾向が見て取れる。次に、図9を見ると、ハイカーボン鋼溶接ワイヤ材を用いた場合(実施例2の場合)、実施例1と比べて、低電流時には硬さが非常に高い値を示していることが分かる。しかし、切断面によって硬さにばらつきがみられることから、ハイカーボンによる焼入れ硬化の作用が電流値によっては(特に電流値が小さい場合には)均一に生じていないものと考えられる。ただし、全体的には、ステンレス鋼溶接ワイヤ材のように、途中で硬さが急激に低下することはなく、溶け落ちまでの間、一定の負の相関を保っていることが分かる。
【0044】
図10は、実施例1に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部のビッカース硬さと、溶接時の電流値との関係を示している。また、図11は、実施例2に係る溶接材を用いて肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部のビッカース硬さと、溶接時の電流値との関係を示している。このように、硬さと電流値との関係を見ると、何れの溶接材を用いた場合においても、非常に高い負の相関が見られた。また、板厚が異なっていても、電流値が同じであれば、硬さは近い値をとることが分かった。
【0045】
図12〜図14は、何れも実施例1に係る溶接材を用いて、互いに板厚の異なる鋼板に肉盛り溶接を行った場合に得られた肉盛り部のビッカース硬さと、肉盛り部の幅寸法との関係、および高さ寸法との関係を示している。これらは、図2と図4、および図10の結果、すなわち、肉盛り部の各寸法と電流値との間には非常に高い正の相関(比例関係)が見られると共に、ビッカース硬さと電流値との間も非常に高い負の相関(逆比例関係)が見られることに鑑みて作成されたもので、肉盛り部の外部から取得(測定)可能な寸法と、当該肉盛り部のビッカース硬さとの間に相関が存在することが分かる。また、特に、肉盛り部の幅寸法とビッカース硬さとの間に高い負の相関が存在することが分かる。この傾向(相関)は、図12〜図14を見る限り、板厚tに関係なく見られる。
【符号の説明】
【0046】
1 鋼板
2 溶融部
3 補強用ビード部(肉盛り部)
4 溶込み部
w 幅寸法(補強用ビード部)
h 高さ寸法(補強用ビード部)
t 板厚(鋼板)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
肉盛り溶接で金属板に形成した複数の肉盛り部の寸法を取得する寸法取得工程と、
前記複数の肉盛り部の硬さを実測する硬さ実測工程と、
前記寸法取得工程で得た前記肉盛り部の寸法と、前記硬さ実測工程で得た前記肉盛り部の硬さの実測値との相関を取得する相関取得工程とを備え、
前記相関取得工程で得た前記相関に基づき、前記肉盛り部の硬さを評価することを特徴とする肉盛り部の硬さ評価方法。
【請求項2】
前記寸法取得工程において、前記肉盛り部の幅寸法を取得する請求項1に記載の肉盛り部の硬さ評価方法。
【請求項3】
金属板を構成要素とする車体構成部品に肉盛り溶接で形成した複数の補強用ビード部の寸法を取得する寸法取得工程と、
前記複数の補強用ビード部の機械的特性に関連する数値を実測により評価する数値実測工程と、
前記寸法取得工程で得た前記補強用ビード部の寸法と、前記数値実測工程で得た前記補強用ビード部の機械的特性に関連する数値の実測結果との相関を取得する相関取得工程とを備え、
前記相関取得工程で得た前記相関に基づき、前記補強用ビード部の機械的特性を評価することを特徴とする補強用ビード部の良否判定方法。
【請求項1】
肉盛り溶接で金属板に形成した複数の肉盛り部の寸法を取得する寸法取得工程と、
前記複数の肉盛り部の硬さを実測する硬さ実測工程と、
前記寸法取得工程で得た前記肉盛り部の寸法と、前記硬さ実測工程で得た前記肉盛り部の硬さの実測値との相関を取得する相関取得工程とを備え、
前記相関取得工程で得た前記相関に基づき、前記肉盛り部の硬さを評価することを特徴とする肉盛り部の硬さ評価方法。
【請求項2】
前記寸法取得工程において、前記肉盛り部の幅寸法を取得する請求項1に記載の肉盛り部の硬さ評価方法。
【請求項3】
金属板を構成要素とする車体構成部品に肉盛り溶接で形成した複数の補強用ビード部の寸法を取得する寸法取得工程と、
前記複数の補強用ビード部の機械的特性に関連する数値を実測により評価する数値実測工程と、
前記寸法取得工程で得た前記補強用ビード部の寸法と、前記数値実測工程で得た前記補強用ビード部の機械的特性に関連する数値の実測結果との相関を取得する相関取得工程とを備え、
前記相関取得工程で得た前記相関に基づき、前記補強用ビード部の機械的特性を評価することを特徴とする補強用ビード部の良否判定方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2011−131224(P2011−131224A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−290866(P2009−290866)
【出願日】平成21年12月22日(2009.12.22)
【出願人】(000002967)ダイハツ工業株式会社 (2,560)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年12月22日(2009.12.22)
【出願人】(000002967)ダイハツ工業株式会社 (2,560)
【Fターム(参考)】
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