説明

肝臓癌関連遺伝子、及び肝臓癌リスクの判定方法

【課題】患者から採取した血液を用いて、患者に負担の少ない、肝癌の早期発見、肝癌のリスクを検出し判定する方法、及びその検出に利用できる遺伝子マーカー、プローブ、プライマー並びに試薬キットの提供。
【解決手段】下記のメチル化された遺伝子又は遺伝子領域の全てを検出できるポリヌクレオチドからなる肝臓癌の罹患診断マーカー:(1)ヒトSALL3c遺伝子、(2)ヒトECEL1遺伝子、(3)特定な配列からなるポリヌクレオチド。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肝炎ウイルスその他の原因から生じる肝臓癌の罹患リスクの測定方法に関する。より詳細には、被験者から採血した血球成分又は血漿成分などのヒトゲノムDNAを含む試料から、肝臓癌リスクに影響を及ぼす遺伝子のメチル化の有無を検出することによる肝臓癌の遺伝的要因の有無を判定する方法、遺伝子マーカー又は診断キット、ならびに肝癌治療薬の候補物質を選定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
肝癌 というのは、肝内に発生する悪性腫瘍を称する名称であり、ここには転移に伴って肝細胞で原発性に発生する肝細胞癌と、肝外臓器で発生して肝内に転移された転移肝癌
に大きく分類することができる。国内でも1996年統計庁の癌死亡率に関する報告によれば、年間1万名程度が肝癌 で死亡し肝癌 死亡率は21.4%(1996)で胃癌の次に高い原因疾患であり、40〜50代では胃癌より高いと報告している。
【0003】
また、最近の報告では、肝臓癌死亡者数は、3.4万人であり、癌全体の死亡者数の約11%であるとの報告もある。肝癌の90%以上が肝炎ウィルスの感染者であり、肝癌の発症リスクを有するウィルス性肝炎患者数は全国で300万人ともいわれている。肝細胞癌は、原発性肝癌の95%を占め、肝疾患死亡者の7割に近い。肝細胞癌は、B型・C型肝炎を背景とした慢性肝炎・肝硬変を病因として、その症例数は年々増加している。C型肝炎においては、約7割が徐々に病状が進行し、肝硬変、肝癌に移行する。肝癌患者の約8割がC型肝炎に起因することが知られている。
【0004】
肝癌の治療方法としては、肝切除、局所療法、肝動脈塞栓療法や放射線療法がある。肝切除は、肝機能が手術に耐えることができれば有効であり、最も多く使用されているものである。局所療法は、皮膚の上から注射針等を腫瘍内に挿入して、アルコール等を注入して腫瘍を減少させるほか、局所的にマイクロ波やラジオ波で焼き切る。肝動脈塞栓療法は、癌細胞への肝動脈を閉塞させ、栄養供給源を絶ちことにより、腫瘍細胞を死滅させる。また、放射線療法は、病巣を標的に放射線を当てることにより、腫瘍細胞を死滅させる。しかし、現在のところ、外科的手術方法が最も有効な手段である。
【0005】
肝癌 は、早期に治療することにより、生存率が向上する可能性が高い。肝細胞癌の場合、早期肝細胞癌の5年生存率が45%であるのに対し、非早期肝細胞癌の5年生存率は11%であるという報告がある。また、臨床病期がI期の患者の5年生存率は91%であるが、II期では12%、III期では0%となる。従って、肝癌は早期発見が重要であり、簡便で精度良く診断できる診断薬等の開発が望まれている。また、肝癌に対する手術後の再発率のリスクも高く、この再発リスクの診断法も必要である。
【0006】
現在、肝臓の機能異常の検査としてAST(GOT)、ALT(GPT)およびγ-GTP(γ-グルタミルトランスペプチダーゼ)が汎用されている。これらの検査により、肝臓の機能異常が診断されるが、さらにウィルス検査により炎症、線維化および癌化への進行が診断されている。また、肝癌の検査法としては、画像診断と血中の腫瘍マーカーの利用が挙げられる。肝硬変や肝癌への進行部位を診断することができる画像診断には、腹部超音波検査、CT、MRIが用いられる。CT検査や超音波検査は、10mm以下の早期癌でも検出でき、精度は高い。しかし、保険認可、技術者のレベル、高度設備を必要として、頻繁な検査、いかなる医療機関でも検査できるという面では短所がある。他方で、肝細胞癌のマーカーとしては、α-フェトプロテイン(AFP)とprotein induced by vitamin K absence of
antagonist (PIVKA-2; Des-gamma- carboxyprothrombin)等がある。
【0007】
しかし、AFPとPIVKA-2の陽性率は、3−4割程度と低いのが欠点である。AFPは、20ng/ml以上の数値を示したときに、肝細胞癌が判定される。しかし、慢性肝炎や活動期の肝硬変等のような非肝癌 患者でも上昇するため、軽度〜中等度の症例での鑑別は困難とされている。そこで、AFP-L3分画という肝細胞癌に、より特異性のある腫瘍マーカーが使用される場合もある。一方、PIVKA-2は、肝細胞癌に特異性の高い腫瘍マーカーで、他の疾患では上昇することが少ない。ただし、アルコール性肝障害や薬物投与時(例えばワーファリンや抗結核剤などの抗生物質)、ビタミン欠乏時等においては、肝細胞癌でなくても高値を示す。
【0008】
現状の診断 の現場においてはAFPおよびAFP-L3分画ならびにPIVKA-2の併用により肝癌
の診断 がなされている。血中マーカーを利用した肝癌 の診断 において、肝癌 の診断
率の向上、すなわち特異度および感度の上昇を実現した有効な診断マーカーの必要性が求められている。
【0009】
従って、新たな方法の開発が望まれており、その候補として、癌関連遺伝子のP16遺伝子の異常なメチル化を指標とすることなどが挙げられる。(非特許文献1)。また、肝癌に重篤化しつつあるC型肝炎を判定するための、C型肝炎患者における被検試料中のGPC3濃度を測定する診断方法が提示されている(特許文献1)。
【非特許文献1】Wong IHN et al,Detection of aberrant p16 methylation in the plasma and serum of liver cancerpatients. Cancer Res., 59, 71-73, 1999.
【特許文献1】特開2007−192557 C型肝炎患者の肝疾患の重篤化をモニターする方法および肝癌の診断方法
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、従来の肝癌マーカーは、また、AFPとPIVKA-2 は、早期癌に対する反応性が低い、PIVKA-2は、数百万円の診断機器を必要とし、2−3種類の癌マーカー併用なので手間がかかる、また、腫瘍の種類まで判断できないなどとの欠点がある。そこで、本発明が解決しようとする課題は、簡便な遺伝子マーカーを提供して、早期癌に対する反応性も高く、肝腫瘍の感度も高く、また、肝癌切除後の再発率のリスク判定を提供するものである。また、メチル化された肝癌マーカー遺伝子を標的とした医薬候補物を探索する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った。その結果、肝癌感受性遺伝子として、ヒトSALL3c遺伝子、ヒトECEL1遺伝子、ヒトFOXC1遺伝子、ヒトNRG3遺伝子、ヒトKCNIP2遺伝子、配列番号6(NT_037622.5、1393863〜1395863)又は配列番号7(NT_022135.15、7774305〜7776805)に存在するメチル化されたこれら遺伝子又は遺伝子領域であることを見出した。すなわち、これら遺伝子又は遺伝子領域のメチル化の有無、またはその頻度により肝癌の検出ができることを見出した。本発明では、これら遺伝子又は遺伝子領域がメチル化されている、また、メチル化の頻度が高いことを指標にして、肝癌を検出できることを実証して、本発明を完成させた。さらに、この発明から、これらの遺伝子のメチル化を抑制又は阻害をする医薬候補物が、肝癌治療薬となる可能性が高いので、医薬候補物の探索方法としても有効である。
【0012】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
【0013】
ヒトSALL3c遺伝子、ヒトECEL1遺伝子、ヒトFOXC1遺伝子、ヒトNRG3遺伝子、又はヒトKCNIP2遺伝子のいずれかの1又は2以上の遺伝子のメチル化の有無、又はその頻度を検出することにより、肝臓癌を検出する方法である。
【0014】
配列番号6(NT_037622.5、1393863〜1395863)又は配列番号7(NT_022135.15、7774305〜7776805)に示されたいずれか又は両方の遺伝子領域のメチル化の有無、又はその頻度を検出することにより、肝臓癌を検出する方法である。
【0015】
ヒトSALL3c遺伝子、ヒトECEL1遺伝子、ヒトFOXC1遺伝子、ヒトNRG3遺伝子、ヒトKCNIP2遺伝子、配列番号6(NT_037622.5、1393863〜1395863)又は配列番号7(NT_022135.15、7774305〜7776805)に示された遺伝子又は遺伝子領域の発現量を検出することにより、肝臓癌を検出する方法である。ここで、発現量は、これらの遺伝子であってメチル化されたものの発現量の検出、または、メチル化の有無に関わり無く、これらの遺伝子の発現量を検出などが含まれる。
【0016】
また、肝臓癌を検出するために、ヒトSALL3c遺伝子、ヒトECEL1遺伝子、ヒトFOXC1遺伝子、ヒトNRG3遺伝子、ヒトKCNIP2遺伝子、配列番号6(NT_037622.5、1393863〜1395863)又は配列番号7(NT_022135.15、7774305〜7776805)に示された遺伝子メチル化の有無、又はその頻度を検出する方法である。ここで、試験サンプルとして、被験者の血漿成分又は血球成分のいずれか若しくは両方を用いることが挙げられる。
【0017】
下記の7からなる群から選択されるメチル化された遺伝子又は遺伝子領域の少なくとも1つを検出できるポリヌクレオチドからなる肝臓癌の罹患診断マーカーである。(1)ヒトSALL3c遺伝子、(2)ヒトECEL1遺伝子、(3)ヒトFOXC1遺伝子、(4)ヒトNRG3遺伝子、(5)ヒトKCNIP2遺伝子、(6)配列番号6(NT_037622.5、1393863〜1395863)、または、(7)配列番号7(NT_022135.15、7774305〜7776805)に記載の遺伝子領域。このポリヌクレオチドからなる肝臓癌の罹患診断マーカーには、これらのメチル化された遺伝子が個別に同定できるプライマーなどが挙げられる。
【0018】
下記のメチル化された遺伝子又は遺伝子領域の全てを検出できるポリヌクレオチドからなる肝臓癌の罹患診断マーカーである。(1)ヒトSALL3c遺伝子、(2)ヒトECEL1遺伝子、(3)配列番号6(NT_037622.5、1393863〜1395863)に記載の遺伝子領域。本発明は、本発明者が見出した上記の7つの遺伝子又は遺伝子領域のうち、特に肝癌の検出率が高い3つのメチル化された遺伝子を検出することで、より感受性の高いマーカーや特異性の高いマーカーとなる。ここで、これらの遺伝子は、固体表面にこれらのポリヌクレオチドを結合されたマイクロアレイとしてもよい。
【0019】
前記罹患診断マーカーからなる肝癌の手術後の再発リスクを判定できる判定キットである。
【0020】
配列番号1で示されるヒトSALL3c遺伝子のオリゴヌクレオチドである。このSALL3c遺伝子は、SALL3遺伝子の新規オルターネートースプライスフォームとして、財団法人癌研究会に所属する本発明者らが、見出したものである。
【0021】
肝癌治療薬の候補物質を選定する方法であって,試験物質の存在下および非存在下において哺乳動物細胞を培養し,それぞれの細胞におけるヒトSALL3c遺伝子、ヒトECEL1遺伝子、ヒトFOXC1遺伝子、ヒトNRG3遺伝子、ヒトKCNIP2遺伝子、配列番号6又は配列番号7のメチル化の頻度を測定し,メチル化を抑制する効果を有する試験物質を肝癌治療薬の候補物質として選定する,の各工程を含む方法である。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、低コストで肝癌の検出、特に早期の肝癌の検出や肝癌に対する手術後の再発リスクの検出等ができる、非常に簡便であり且つ信頼性の高い新規検出法を提供することができる。肝臓癌の早期発見は、癌死率を減少される最も有効な方法であり、早期診断の診断マーカーや方法が期待される。また、上記検出方法に用い得るオリゴヌクレオチド、マイクロアレイ及び診断キットを提供することもできる。また、これらの遺伝子のメチル化を指標として、これらのメチル化を抑制又は阻害する医薬候補物の探索をすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明を詳細に説明する。なお、実施形態は下記に限定されるものではない。
本発明は、肝癌、特に早期の肝癌、手術後の癌の再発を検出するための方法であり、本方法は、ヒトSALL3c遺伝子、ヒトECEL1遺伝子、ヒトFOXC1遺伝子、ヒトNRG3遺伝子、ヒトKCNIP2遺伝子、配列番号6(NT_037622.5、1393863〜1395863)又は配列番号7(NT_022135.15、7774305〜7776805)に示された遺伝子のメチル化やその頻度が高いことが、肝癌に対する特異性の高い指標であることを見出し、これらの遺伝子のメチル化、及びメチル化されたこれらの遺伝子若しくは遺伝子領域に着目したものである。
【0024】
本発明における、特定遺伝子のメチル化 を測定することにより肝癌を検出する方法は,次のようにして行うことができる。まず、本発明の肝癌の検出方法は、被験者から血清、血漿や血球成分を採取する。被験試料の具体的な例は、間質液、血管外液、脳脊髄液、滑液、唾液、または、肝組織などが挙げられる。手術後の試料は、手術後3日から7日経過後のものが望ましい。組織試料には,手術あるいは内視鏡により摘出した組織またはその一部,生検標本,臓器洗浄液などが含まれる。また、これらの試料中からDNAを抽出する方法は、当該技術分野においてよく知られており,例えば,フェノール・クロロホルムによる抽出を用いることができる。あるいは市販のDNA抽出試薬を用いてもよい。その際、GFX Genomic Blood DNA Purification Kit等の市販のゲノムDNA抽出キットや装置を用いてもよい。また、試料中からDNAを抽出する処理を経ることなく、直接、PCR等で特定遺伝子の検出を行ったりしてもよい。また、本発明の検出法では、血液サンプルは数ml、または、癌切除術時の組織の10mg程度あれば十分であり、患者・被験者への侵襲も極めて小さく、負担の少ない検出法である。
【0025】
DNAのメチル化(Methylation)とは、DNAの塩基であるシトシン(C)がメチル化(CH3が付く)されていることをいう。このメチル化はCpGというCとGが連続した場所に多くみられ,CpGの80%ぼどがメチル化されている。ゲノム上でCpGが高密度に存在する場所をCpGアイランド(Island)といい、遺伝子発現の調節、癌、インプリンティング等に関係しているとされている。一般的にCpGアイランドのシトシンはあまりメチル化されておらず、それ以外の部分のCpGはメチル化されている。また、DNA複製時に生じる一方のDNA鎖のみがメチル化されたCpG部位は、メチル基転移酵素の働きにより、両方のDNA鎖がメチル化された状態に戻される。従って、DNA複製後も、メチル化されたCpG部位はメチル化されたまま、メチル化のないCpG部位はそのまま保存され、ゲノム上のマークとして働くことが知られている。メチル化の生物的な意義としては、特に、CpGアイランドが遺伝子5'領域にある場合、その遺伝子の発現スイッチとして働くことが知られる。普通の遺伝子の場合、遺伝子5'領域CpGアイランドはメチル化されておらず、発現可能な状態になっている。たとえば、がんでは、普通はメチル化されていないはずのがん抑制遺伝子5'領域CpGアイランドが異常にメチル化され、発現が抑制されていることがあり、近年、重要な発がん機構として認知されている。
【0026】
ヌクレオチドは核酸を意味する。また、ポリヌクレオチドは、ヌクレオチドが複数結合
したものであり、DNA及びRNAを含むものであり、いわゆるプライマー、プローブ、及びオ
リゴマー断片と同意味である。
【0027】
DNAのメチル化 の程度や頻度を測定するためには,COBRA(Combined bisulfite restriction analysis)法や重亜硫酸塩シークエンシング法等を用いることができる。これらの方法は,DNAを重亜硫酸塩等の非メチル化 シトシン修飾試薬で処理すると,メチル化 されていないシトシンはウラシルに変換されるが,メチル化されているシトシンはウラシルに変換されない,という原理に基づくものである。また、DNAのメチル化
を高感度にかつ半定量的に解析する技術としてMethylight法がある。Methylight法では、メチル化特異的配列を認識するようなプライマーとTaqMan Probeを組み合わせてリアルタイムPCR法によりメチル化の検出を行う。さらに、メチル化された遺伝子配列を特異的に切断する制限酵素(Dnp1など)を用いる方法などが挙げられる。
【0028】
<遺伝子配列情報>
本発明の方法において利用できる遺伝子の情報を、下記の表1に列挙する(配列番号1〜7)。
表1では、本発明で利用される遺伝子配列番号、遺伝子名称、アクセッション番号を記載する。
また、遺伝子配列情報は、いずれも全米バイオテクノロジー情報センター(NCBI)のウェブサイト(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)を用いて確認されるアクセッション番号により得ることができる。アクセッション番号の記載のない、SALL3Cは、財団法人癌研究会に所属する本発明者らが、SALL3(NM_171999)の新規のオルターネートスプライスフォームとして同定したものであり、遺伝子バンク(NCBI)に登録予定であるものである。このSALL3Cについては、配列番号1として遺伝子配列を示す。また、遺伝子名称がないものは、遺伝子配列情報は知られているものであるが、遺伝子機能が不明であり遺伝子名称のないものである。この遺伝子名称のないものは、本発明に利用される遺伝子領域位置を示した。
【表1】

【0029】
<本発明における遺伝子のメチル化の検出法>
以下に、本発明の検出法に用いる特定遺伝子のメチル化の検出法を例示する。
DNAのメチル化 を高感度にかつ半定量的に解析する技術としてMethylight法やビスルファイトシークエンス法がある。ビスルファイトシークエンス法では、一本鎖DNAを重亜硫酸(亜硫酸水素ナトリウム,
bisulfite)処理すると、スルホン化・加水脱アミノ化反応が起こる。引き続き、脱スルホン化すると、シトシンはウラシルに変換される。一方、メチル化シトシンでは、スルホン化の反応速度が非常に遅いため、ウラシルは変換されずにメチル化シトシンのままであるが、非メチル化シトシンはチミンに置換される(Frommer M, et al, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 891827-1831, (1992),Clark
SJ, et al. Nucleic Acids Res., 22, 2990 (1994))。この配列の違い(CとT)を利用してメチル化状態が解析できる。ビスルファイト処理を利用した、より具体的な実験法にはビスルファイトシークエンス法やcombined bisulfite restriction analysis(COBRA)法などの複数の実験法があり、解析目的に適応した実験法の選択が可能である。
【0030】
メチル化の検出に用いるDNAの処理は以下のように行った。まず、血球および血清からDNeasy Blood & Tissue kits (Qiagen)を用いてDNAを抽出した。続いて、血球や血清のDNAサンプルに対してバイサルファイト処理を行った。微量の血清DNAあるいは500 ngの血球あるいは組織から抽出したDNAを0.2 MのNaClで37℃10分処理して変性させる。続いて、亜硫酸水素ナトリウムを終濃度3 M、ハイドロキノンを終濃度0.5 mM加えて16時間反応させる。反応液はWizard DNA purification kitを用いて脱塩する。バイサルファイト処理は0.3 M NaOH中にて15分反応で終了する。修飾されたDNAはエタノール沈殿とそれに続く70%エタノールでの洗浄の後、20 μLの蒸留水に溶解させる。あるいは、Epi Tect
Bisulfite Kit (Qiagen)を用いた。
【0031】
次いで、本発明において、表1に示す遺伝子若しくは遺伝子領域のメチル化の有無、若しくはその頻度を検出するために、メチル化されたそれぞれの遺伝子を特異的に検出できるプライマーを準備した。本発明の実施例に用いた、それぞれの遺伝子を検出できるプライマーセット配列は表2に示した(5´から3´となるように示す)。続いて、Nested PCRは、プライマーF1・R1を1回目のPCRで利用して、プライマーF2・R2を2回目のPCRで利用した。Nested PCRは、外側のプライマーと内側のプライマーを使って2段階のPCRを行う方法であり、目的とする領域からの最初のPCR産物を鋳型にして、最初に使用したプライマー位置より、両側とも内側にプライマーを設定して行う方法である。プライマー配列は、表2に示すものに限定されず、これらの遺伝子のメチル化が特異的に検出若しくは同定できるプライマーであればいずれのものであってもよい。本発明において、肝臓癌の罹患診断マーカーとは、これらの特定遺伝子が増幅できるプライマーであってもよい。PCRにより遺伝子サンプルを増幅するには、Fidelityの高いDNAポリメラーゼ等を用いることが好ましい。プライマーは、対象とするメチル化された特定遺伝子を増幅できるように、表2に示す遺伝子配列情報の一部を利用して設計し合成する。増幅反応終了後は、増幅産物の検出を行い、メチル化の有無、若しくはその頻度を検出する。本発明においては、必ずしも上記の遺伝子の全長について測定・検出することはなく、個別の遺伝子が特定できれば、当該遺伝子の一部が測定・検出してもよい。
【表2】

【0032】
本発明の実施例における遺伝子増幅処理(PCR)は、以下のように行った。対象となる遺伝子試料は、増幅困難なテンプレートが多いため、パワフルなTth polymeraseを用い、バイサルファイト処理DNA2μLをテンプレートとした。第一段階のPCR処理では、そのPCR反応液は、Applied Biosystems社のGeneAmp XL PCR Kitを用い、表3にように調製した。
【表3】

第一段階のPCRの反応サイクルは、Denature
を94℃で30秒、Annealを 53ないしは54 ℃で30秒、Extensionを68℃で3分を1サイクルとして、40 cyclesの反応を行った。次いで、第2段階のPCR処理では、そのPCR反応液は、Applied
Biosystems社のGeneAmp XL PCR Kitを用い、表4にように調製した。テンプレートDNAは第一段階のPCR産物を1/500 (血清DNA) 、1/1000 (血球DNA)に蒸留水で希釈し、この1μLを用いた。第二段階のPCRの反応サイクルは、Denature を94℃で30秒、Anneal を53ないしは54 ℃で30秒、Extensionを 68℃で3分を1サイクルとして、40 cyclesの反応を行った。
【表4】

【0033】
<肝臓癌の罹患診断キット>
本発明において、肝臓癌の罹患診断キットとは、上記の個々の遺伝子を増幅できるプライマーの他に、本発明を実施するために必要な1種以上の成分を含むものである。例えば、本発明のキットは、酵素を保存若しくは供給するためのもの、PCR反応を実施するために必要な反応成分を含むことができる。そのような成分としては、限定されるものではないが、本発明のオリゴヌクレオチド、酵素緩衝液、dNTP、コントロール用試薬(例えば、組織サンプル、ポジティブ及びネガティブコントロール用標的オリゴヌクレオチドなど)、標識用又は検出用試薬、固相支持体、説明書などが挙げられる。
【0034】
<肝癌治療薬の候補物質を選定する方法>
肝癌治療薬の候補物質を選定する方法は、試験物質の存在下および非存在下において哺乳動物細胞を培養し,それぞれの細胞におけるヒトSALL3c遺伝子、ヒトECEL1遺伝子、ヒトFOXC1遺伝子、ヒトNRG3遺伝子、ヒトKCNIP2遺伝子、配列番号6(NT_037622.5、1393863〜1395863)又は配列番号7(NT_022135.15、7774305〜7776805)のメチル化 の頻度を測定し,メチル化 を抑制する効果を有する試験物質を肝癌治療薬の候補物質として選定する,の各工程を含む方法である。本発明において、前記の遺伝子若しくは遺伝子領域のメチル化が肝臓癌に関連するものであることから、このメチル化を阻害若しくは抑制できる薬物が同定されることで肝癌治療薬の候補物質となると見出したものである。ここで、哺乳動物の培養細胞を利用したのは、酵母や大腸菌などでは、メチル化が起こらないか、または、メチル化されても生理的な意義が異なるからである。
【0035】
以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0036】
<各種遺伝子マーカーの肝癌の各ステージに対する検出率>
表5は、肝癌を有する患者の癌を、高分化(早期癌)と中・低分化(進行癌)に分けて、それぞれの遺伝子マーカーが、早期癌を検出できる特性について試験した結果である。患者は、性別を男女問わず、肝癌を切除する手術を予定している者である。また、高分化又は中・低分化の分類は、肝癌の手術を担当する医師に所見に従ったものである。本発明における肝癌の検出率を評価するために、従来使用されている肝癌マーカーである、AFPとPIVKA-2の検出率も同様に試験した。
【0037】
表5の結果によると、従来から使用されているAFPマーカーは、いずれのステージの肝癌に対してもその検出率は低いものの、PIVKA-2マーカーは、高分化癌では70%と検出率が高く、中・低分化癌では検出率は低くなるが、44%の検出率を示した。本発明におけるメチル化されたSALL3C、ECEL1、NT_037622.5(1393863〜1395863)は、高分化癌に対する検出率が、それぞれ80%、70%、80%となり、PIVKA-2マーカーの検出率よりも高くその有効性が示されている。ここで、検出率の算出は、高分化癌、または中・低分化癌の患者において、それぞれの遺伝子マーカーが反応した人数とその割合(メチル化した個々の遺伝子が検出された群)を示している。また、実施例3の「どれか1つのマーカーが術前陽性、術後陰性になる」という治験や健常人では、いずれの遺伝子も陰性であることを鑑みると、中・低分化癌の検出も可能となっている。
【表5】

【実施例2】
【0038】
<各種遺伝子マーカーの肝癌の脈管浸潤に対する検出率>
肝癌の脈管浸潤とは、癌細胞が門脈、肝静脈、肝動脈、胆管の周囲あるいはこれらの脈管内部に浸潤することである。画像検査あるいは切除標本の肉眼的な観察で診断できる肉眼的脈管浸潤と顕微鏡下で初めて診断できる顕微鏡的脈管浸潤がある。顕微鏡的脈管浸潤は治療後再発に対する最も強力な予後因子の一つとして知られているが、現在の技術ではその有無を手術前に診断することは困難である。表6の結果によると、従来から使用されているAFPマーカーとPIVKA-2マーカーは、肝癌の脈管浸潤の有無を区別するような結果は得られないことが示される。これに対して、本発明におけるメチル化されたECEL1、NT_037622.5(1393863〜1395863)は、脈管浸潤の有る肝癌に対して、それぞれ55%と85%の検出率を示し、他方で、脈管浸潤の無い肝癌に対して、それぞれ37%と54%の検出率であることから、これらの2つの遺伝子マーカーを利用することで、肝癌に対する脈管浸潤の有無を予想することができる。ここで、検出率の算出は、脈管浸潤有りの癌患者、または脈管浸潤無しの癌患者において、それぞれの遺伝子マーカーが反応した人数とその割合(メチル化した個々の遺伝子が検出された群)を示している。他方で、メチル化されたSALL3Cは、脈管浸潤の有る肝癌では45%の検出率であるが、脈管浸潤の無い肝癌では66%の検出率であるので、脈管浸潤の無い肝癌を検出できるものである。
【表6】

【実施例3】
【0039】
<肝癌の摘出手術前後での各種遺伝子マーカーの反応>
本発明において、特に、肝癌の検出率の高いメチル化されたSALL3C、ECEL1とNT_037622.5(1393863〜1395863)について、肝癌の摘出手術前後において、これら遺伝子マーカーの検出の有無を試験した。また、患者サンプル(試料)についても、血漿と血球に分類して評価した。(−/−)は、手術の前後において、両方とも検出されなかったものを示し、(+/+)は、手術の前後において、両方とも検出されたものを示す。他方で、(+/−)は、手術前には検出され、手術後には検出さなかったものを示し、(−/+)は、その反対の態様を示す。作業仮説としては、有効な罹患マーカであれば、手術前には検出され、手術後には検出さない(+/−)ものとなると想定される。他方で、その反対の態様(−/+)についてはその検出率は低く、また、肝癌の摘出手術をしたにも拘わらず、その前後で検出されるケース(+/+)も低いものと予想される。ただし、患者の体質等によっては、これらの罹患マーカが有効でない場合が考えられるので、(−/+)や(+/+)に比して、高い検出率を示すと予想される。
【0040】
次に、実際の試験により、手術前後の各遺伝子マーカーの検出率・非検出率を算出した(表7)。表7のなかで、(−)は、メチル化された遺伝子が検出されなかったもの(陰性)であり、(+)は、メチル化された遺伝子が検出されたもの(陽性)である。この結果から、手術前に検出され、手術後に検出されない、血球から抽出したメチル化SALL3C、ECEL1とNT_037622.5(1393863〜1395863)は、それぞれ、56%、42%と64%と高い(+/−)。これに対して、手術後にも、検出された遺伝子マーカーは、それぞれ、20%、36%、18%と癌摘出手術に反応した低い数値となっている(+/+)。さらに、手術前に検出されず、手術後に検出される遺伝子マーカーは、全て2%と低いものになっている。逆に、手術の前後を問わず、いずれも反応しない群(−/−)は、22%、20%と16%と低い数値を示している。このことは、肝癌患者において、メチル化SALL3C、ECEL1とNT_037622.5(1393863〜1395863)の遺伝子マーカーが、その遺伝的体質等により反応しない群も一定の割合であるが、反応する患者群においては、その手術前後での数値が理論的なものとなっており、信頼性の高いものであることが示される。また、同遺伝子マーカーは、反応しない患者群の平均19%(3遺伝子の平均)に比して、反応する患者群は、平均54%と高く、有効性の高い遺伝子マーカーであることが示される。なお、患者の試験サンプルは、血球成分から抽出したDNAが、より特異性や感受性の高いことが示された。
【0041】
なお、各実施例において、HBsAg(B型肝炎の抗原)陰性、HCV Ab(C型肝炎の抗体)陰性が分かっている健常人5名(34歳男、34歳女、50歳男、63歳男、64歳女)の血清、血球について同様の方法でPCRを行い、本発明に係る7つの遺伝子、遺伝子領域についてメチル化が陰性であることを確認している。
【表7】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトSALL3c遺伝子、ヒトECEL1遺伝子、ヒトFOXC1遺伝子、ヒトNRG3遺伝子、又はヒトKCNIP2遺伝子のいずれかの1又は2以上の遺伝子のメチル化の有無、又はその頻度を検出することにより、肝臓癌を検出する方法。
【請求項2】
配列番号6(NT_037622.5、1393863〜1395863)又は配列番号7(NT_022135.15、7774305〜7776805)に示されたいずれか又は両方の遺伝子領域のメチル化の有無、又はその頻度を検出することにより、肝臓癌を検出する方法。
【請求項3】
ヒトSALL3c遺伝子、ヒトECEL1遺伝子、ヒトFOXC1遺伝子、ヒトNRG3遺伝子、ヒトKCNIP2遺伝子、配列番号6(NT_037622.5、1393863〜1395863)又は配列番号7(NT_022135.15、7774305〜7776805)に示された遺伝子の発現量を検出することにより、肝臓癌を検出する方法。
【請求項4】
肝臓癌を検出するために、ヒトSALL3c遺伝子、ヒトECEL1遺伝子、ヒトFOXC1遺伝子、ヒトNRG3遺伝子、ヒトKCNIP2遺伝子、配列番号6(NT_037622.5、1393863〜1395863)又は配列番号7(NT_022135.15、7774305〜7776805)に示された遺伝子メチル化の有無、又はその頻度を検出する方法。
【請求項5】
被験者の血漿成分又は血球成分のいすれか若しくは両方を試験サンプルとして用いる請求項1乃至4に記載の検出方法。
【請求項6】
下記の7からなる群から選択されるメチル化された遺伝子又は遺伝子領域の少なくとも1つを検出できるポリヌクレオチドからなる肝臓癌の罹患診断マーカー:
(1)ヒトSALL3c遺伝子。
(2)ヒトECEL1遺伝子。
(3)ヒトFOXC1遺伝子。
(4)ヒトNRG3遺伝子。
(5)ヒトKCNIP2遺伝子。
(6)配列番号6(NT_037622.5、1393863〜1395863)。
(7)配列番号7(NT_022135.15、7774305〜7776805)。
【請求項7】
下記のメチル化された遺伝子又は遺伝子領域の全てを検出できるポリヌクレオチドからなる肝臓癌の罹患診断マーカー:
(1)ヒトSALL3c遺伝子。
(2)ヒトECEL1遺伝子。
(3)配列番号6(NT_037622.5、1393863〜1395863)。
【請求項8】
請求項6又は7に記載の検出マーカーからなる肝癌の手術後の再発リスクを判定できる判定キット。
【請求項9】
配列番号1で示されるヒトSALL3c遺伝子のオリゴヌクレオチド。
【請求項10】
肝癌治療薬の候補物質を選定する方法であって,試験物質の存在下および非存在下において哺乳動物細胞を培養し,それぞれの細胞におけるヒトSALL3c遺伝子、ヒトECEL1遺伝子、ヒトFOXC1遺伝子、ヒトNRG3遺伝子、ヒトKCNIP2遺伝子、配列番号6(NT_037622.5、1393863〜1395863)又は配列番号7(NT_022135.15、7774305〜7776805)のメチル化 の頻度を測定し,メチル化 を抑制する効果を有する試験物質を肝癌治療薬の候補物質として選定する,の各工程を含む方法。

【公開番号】特開2009−106191(P2009−106191A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−281552(P2007−281552)
【出願日】平成19年10月30日(2007.10.30)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(000173588)財団法人癌研究会 (34)
【Fターム(参考)】