説明

能動型振動制御装置

【目的】 自動車エンジン振動、騒音のような周期生の強い振動を、メモリを削減し、計算時間を短縮化した適応制御により、低減する。
【構成】 消したい振動の周期に合わせてDFTを行い、その振動数でのシステム伝達特性を求め、そのシステム伝達特性で制御出力を計算するIDFTの係数を補正して適応制御を行う。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、例えば自動車の車室内の振動(あるいは騒音)のように特にエンジンに同期したノイズが顕著な場合に左記ノイズを制御用振動源あるいは制御用音源を積極的に駆動して消去するのに用いる能動型振動制御装置に関するものである
【0002】
【従来の技術】近年、能動型振動制御装置は、周辺環境に適応しながら機械あるいは騒音等の振動を低減する制御装置として、自動車、航空機分野等で注目されている。
【0003】以下、図面を参照しながら、上述した従来の能動型振動制御装置の一例について説明する。
【0004】図3は、従来の能動型振動制御装置の概略図を示すものである。図3において、30は自動車のエンジン、31はFIRフィルタ係数メモリ、32はFIRフィルタ積和手段、33はアクチュエータ、34はシステム遅延、35はシステム伝達特性メモリ、36はシステム伝達特性積和手段、37は残留振動検出手段、38は係数修正手段、39は参照信号発生手段である。
【0005】以上のように構成された能動型振動制御装置について、以下その動作を説明する。
【0006】自動車のエンジン30は、燃料燃焼の際のエネルギーを回転運動に変える回転機器と考えられるが、燃焼からエネルギーを取り出す際の時間的不連続性、回転対象のアンバランスにより、周期性の強い振動、騒音が発生する。今、その振動が評価点にd(n)として伝達されるとする。
【0007】一方、エンジン30からは参照信号発生手段39により、上記周期性振動に相関の高い参照信号(インパルス信号列)X(n)を得ることができる。例えば、エンジンシャフトにN個の歯を切っておき、シャフト外に設けたホール素子によって歯の挙動を検知することによって、エンジンシャフト1回転につきN個のインパルス列を生成できる。
【0008】次にFIRフィルタ係数メモリ31を遅延時間とするFIRフィルタを構成し、FIRフィルタ積和手段32によって、参照信号発生手段39で得られた参照信号X(n)との積和を計算する。その積和の出力を制御出力としてアクチュエータ33に出力する。
【0009】さて、能動型振動制御装置は評価点でのエンジン振動d(n)を小さくするように、制御としてはd(n)と評価点での制御出力y(n)での差、残留振動e(n)を無くすように動作させるが、FIRフィルタ積和手段32の出力点から評価点までには、例えば、アクチュエータ33、システム遅延34による時間的な遅延や位相遅れが存在する。(例えばばねとダンパで構成されたアクチュエータは2次のローパスフィルタに近似できる)。そこで、上記システム伝達遅延を考慮しつつ、残留振動検出手段37で検出された誤差を最小とするように、係数修正手段38によりFIRフィルタ係数メモリ31の各係数の修正を行う。この修正アルゴリズムには例えば、Filterd-X LMS アルゴリズムがある。Filterd-XLMS アルゴリズムとは、離散的時刻nでのフィルタ係数をWk(n)(フィルタタップ数をmとして)、残留振動(誤差)をe(n)、FIRで表したシステム伝達特性をC(n)、過去m個の要素からなる時刻nでの参照信号ベクトルをX(n)、ステップサイズパラメータ(定数)をμとしたとき、数1でフィルタ係数を修正するアルゴリズムである。
【0010】
【数1】


【0011】(例えば、信学会応用音響研究会資料EA90−2 アクティブ・ノイズコントロール・チェアの実現 浜田晴夫他を参照のこと)
上記数1を実現するために、あらかじめシステム同定によりFIRフィルタ積和手段32の出力点から評価点までの伝達特性を知っておく必要があるが、その特性を十分含むことができるタップ数PのFIRフィルタを生成し、システム伝達特性メモリ35に蓄える。次にシステム伝達特性積和手段36により、上記システム伝達特性と参照信号X(n)との調和を計算する。
【0012】以上の方法によって、システム伝達遅延があっても評価点においてエンジン振動を低減できる能動型振動制御装置を構成できる。
【0013】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、上記のような構成では、自動車エンジン回転数の変動に制御系が追従する柔軟な制御を実現するために、参照信号を誤差なく取り込んで制御計算するようFIRフィルタの1遅延時間を小さくとらなければならず、そのためにFIRフィルタのタップ数が増加してしまう。特にシステム伝達特性メモリに構成されるシステム伝達特性は低い周波数にまで対応しようとするとタップ数が増加してしまう。(例えば、0.1secのインパルス応答をfs=1000HzでFIRフィルタに実現しようとすると、100tapのタップが必要となる)。
【0014】すると、積和計算に時間がかかり、制御帯域を広げにくい、計算負荷が大きい、そしてメモリ量も多くなるという問題点があった。
【0015】あるいは、フィルタの遅延時間を参照信号のインパルス周期に合わせて周期性信号のみを効率よく落とす構成も考えられるが、この場合、あらかじめとっておいたシステム伝達特性を表すFIRフィルタ(1遅延時間はシステム同定時のサンプリングで決まる)からサンプリング変換して現在のエンジン振動の周波数に対応したシステム伝達特性フィルタを計算しなければならないが、この間引き処理に時間がかかり、やはり計算時間の増大につながる。
【0016】本発明は上記課題を鑑み、計算負荷が小さく、かつ効率良くエンジン振動を低減できる能動型振動制御装置を提供するものである。
【0017】
【課題を解決するための手段】上記問題点を解決するために本発明の能動型振動制御装置はエンジン振動が周期性が高いことに着目し、対象とする振動の周波数成分及びその高調波成分だけについてFFTによりシステム伝達特性を取り出し、そのまま周波数領域でフィルタの誤差修正して、最後にIDFTして出力計算して制御出力を得る構成とする。
【0018】
【作用】本発明は上記の構成によって、制御系の構成を簡単にし、かつ、計算時間も少なく、能動的に評価点での振動を低減できる。
【0019】
【実施例】以下本発明請求項1の一実施例の能動型振動制御装置について、図面を参照しながら説明する。
【0020】図1は、本発明の請求項1の発明の実施例における能動型振動制御装置の概略図を示すものである。図1において、0は自動車のエンジン、1はIDFT(逆離散的フーリエ変換)係数メモリ、2はIDFT計算手段、3はアクチュエータ、4はシステム遅延、5はシステム伝達特性メモリ、6はDFT(離散的フーリエ変換)計算手段、7は残留振動検出手段、8は係数修正手段、9は参照信号発生手段、10は参照正弦波生成手段、11は測定窓計算手段である。
【0021】次に、能動型振動制御装置の動作について、以下図1を用いて説明する。自動車のエンジン0は、燃料燃焼の際のエネルギーを回転運動に変える回転機器と考えられるが、燃焼からエネルギーを取り出す際の時間的不連続性、回転対象のアンバランスにより、周期性の強い振動、騒音が発生する。今、その振動が評価点にd(n)として伝達されたとする。
【0022】一方、エンジン0からは参照信号発生手段9により、上記周期性振動に相関の高い参照信号(インパルス信号列)Xnを得ることができる。例えば、エンジンシャフトにN個の歯を切っておき、シャフト外に設けたホール素子によって歯の挙動を検知することによって、エンジンシャフト1回転につきN個のインパルス列を生成できる。
【0023】参照正弦波生成手段10は上記参照信号のインパルス列をトリガとして、正弦波、余弦波を出力する。周期は消したい振動の周波数に対応させる。今、エンジン振動に同期した振動を消したいのであるから、その周期は上記インパルス列の個数として、N,N/2,N/3,…,N/k(kは整数)となる。尚、説明のために以下、上記消したい振動を順に1次、2次、3次、k次とする。
【0024】IDFT係数メモリ1には、上記次数の振動数に対応する正弦波sin、cosの係数値が入っている。そこで、IDFT計算手段2によって、数2のように参照正弦波とその係数の積和を計算して、制御出力を得る。ちょうどこれはIDFT(Invert Discrete Fourier Transform すなわち逆離散的フーリエ変換)に相当するので、上記IDFT計算手段2を使うことができる。上記積和の出力を制御出力としてアクチュエータ43に出力する。数2を見て明らかなように本発明の能動型振動制御装置では1つの周波数の振動あたりタップは2個でよい。
【0025】
【数2】


【0026】ただしSはi=1,…kの和を示し、jはn mod Niでサイクリックに繰り返す。また、Niはi次の振動の1周期に相当するタップ数である。
【0027】さて、能動型振動制御装置は評価点でのエンジン振動d(n)を小さくするように、制御としてはd(n)と評価点での制御出力y(n)での差、残留振動e(n)を無くすように動作させるが、IDFT計算手段2の出力点から評価点までには、例えば、アクチュエータ3、システム遅延4による時間的な遅延や位相遅れが存在する。(例えばばねとダンパで構成されたアクチュエータは2次のローパスフィルタに近似できる)。そこで、上記システム伝達遅延を考慮しつつ、残留振動検出手段7で検出された誤差を最小とするように、係数修正手段8によりIDFT係数メモリ1の各係数の修正を行う。この修正アルゴリズムには例えば、請求項3の係数修正手段を使うことができるが、このアルゴリズムについては後で述べる。
【0028】上記係数修正を実現するためには、あらかじめシステム同定によりIDFT計算手段2の出力点から評価点までの伝達特性を知っておく必要があるが、その特性を十分含められるタップ数PのFIRフィルタを生成し、システム伝達特性メモリ5に蓄えておく。次に上記時間軸でのシステム伝達特性(インパルス応答)をDFT計算手段6によりDFTして、ωiの周波数でのシステム伝達特性を求め、そのシステム伝達特性を用いて係数修正手段8によって係数修正が行われることになる。
【0029】尚、具体的構成法は請求項2の発明の実施例で詳説するが、測定窓計算手段11では消したい振動の最低次数、例えば1次振動とすると1次振動周期を窓(時間幅)として出力する。DFT計算手段6では、上記時間窓で、消したい最大次数をkとして2k+1タップ以上のDFTを行うことによって、1、2、…k次に相当するシステム伝達特性を得ることができる。時間窓で時間軸上でのインパルス応答を切って残りの特性を省略することが制御誤差の要因となり得るが、通常システムの伝達特性を得るには1周期ないし2周期のデータで現実的には十分であることが多いので上記方法をとることができる。さて、上記DFTのタップ数は消したい振動の個数、システム伝達特性にもよるが一般に3次程度までで良いのなら、8から16タップで十分であることが多い。そこでDFTとしてFFT(Fast Fourier Transform すなわち離散的フーリエ変換)を用い、以上の方法を例えばDSP(Digital Signal Processor)を用いて処理するならば、ほばリアルタイムで上記計算を実施できる。
【0030】以上の方法によって、エンジン回転数に応じて対象とする振動成分のシステム伝達遅延を簡単に求められて、かつ比較的少ない制御タップ数(制御したい振動の数*2)の制御系が実現できるため、評価点におけるエンジン振動を高回転数にいたるまで低減できる能動型振動制御装置を構成できる。
【0031】次に、本発明請求項2の発明の実施例の測定窓計算手段について、図面を参照しながら説明する。
【0032】図2は、本発明の請求項2の発明の実施例における測定窓計算手段の説明図を示すものである。図2R>2において、(a)はシステム伝達特性を求めた測定窓でFFTのためにサンプリングした様子を示した図、(b)は(a)のDFT結果、(c)はあらかじめメモリに蓄えられているシステム伝達特性(d)は1次振動、(e)は2次振動、(f)はk次振動の例を図にしたものである。
【0033】本発明の測定窓計算手段は、消去したい振動の振動周期、あるいは複数の次数成分を消したい場合には最も低い次数の振動周期の整数倍をDFTの測定窓とする。今、消したい振動がエンジン振動に相関のある周期的な振動で、図2の(d)から(f)で表される1次からk次までのk個の振動とする。このとき、一番低い次数、すなわち、一番周期が長いのは(d)の1次の振動である。そこで(c)のあらかじめメモリに蓄えられているシステム伝達特性(インパルス応答)を、例えば、(a)のように1次振動の周期を窓として切り出し、DFTのタップ数で分割(サンプリング)する。これをDFTしたものが(b)であるが、この第2タップ目の成分が1次振動のシステム伝達特性を、第3タップ目の成分が2次振動のシステム伝達特性を、第k+1タップ目の成分がk次振動のシステム伝達特性をそれぞれ示すこととなり、既に説明した請求項1の発明の能動型振動制御装置の係数修正に使われることとなる。このように、本発明の測定窓計算手段は、最も低い次元の振動周期の整数倍をDFTの測定窓として出力するもので、DFTした後にうまく対象としている振動、1次からk次までのすべてのシステム伝達特性が効率よく得られるものである。尚、一般にインパルス応答は高周波数の特性ほど応答の前段階に含まれているので、対象としている振動の1周期から2周期分の時間内にその伝達特性に関する情報が入っていると考えてよい。つまり、出力としては最も低い次数の振動周期の整数倍の時間幅としているが、その整数は1〜2で普通は十分である。
【0034】次に、本発明請求項3の発明の実施例の係数修正手段について説明する。消したい振動の周波数をfi(ただし、fi=i/Ns/Ts,i=1,…,k,NsはIDFTのサンプル数、TsはIDFTする入力のサンプリング周期)、fiに相当する角振動の数をωiとし、fiの時刻tのCOS成分の係数をWi1(t)、SIN成分の係数をWi2(t)とする。また、前記周波数fjでのシステム伝達特性のCOS成分をCi1、SIN成分をCi2と、さらに評価点での残留誤差(振動あるいは騒音)をe(t)とするとき、IDFT後の出力z(t)は、
【0035】
【数3】


【0036】上記z(t)は、システムCの特性を通過して評価点での出力y(t)となるから
【0037】
【数4】


【0038】残留誤差e(t)は、外乱d(t)と上記y(t)との差であるから
【0039】
【数5】


【0040】誤差の自乗をεとすると
【0041】
【数6】


【0042】数6より、ε(t)は各タップの2次形式となっているので、フィルタ係数に関してある極小かつ最小の点が存在する。最急降下法により各タップをε(t)を最小とする解へ収束させることを考える。勾配ベクトルは、
【0043】
【数7】


【0044】数7より各タップを勾配ベクトルで更新する式を求める。離散的な時刻nで表して、
【0045】
【数8】


【0046】よって、数8により、離散的時刻の更新と共にに各タップを更新していくことにより、各fiの振動成分を低減するタップ値に収束させることができる。これをi=1,…,kまで、すなわち2*K個のタップ更新を行えば、請求項1の係数更新手段として使うことができる。
【0047】
【発明の効果】以上のように本発明は、消したい振動について制御系の係数更新に用いるシステム伝達特性をDFTを用いて簡単に求め、かつ、上記係数からIDFTにより制御出力を得るため、従来の適応フィルタを用いた制御より、計算時間短縮、タップ減少によるメモリ量削減の効果がある。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の請求項1の発明の実施例における能動型振動制御装置の概略図
【図2】本発明の請求項2の発明の実施例における測定窓計算手段の説明図
【図3】従来の能動型振動制御装置の概略図
【符号の説明】
0 自動車のエンジン
1 IDFT係数メモリ
2 IDFT計算手段
3 アクチュエータ
4 システム遅延
5 システム伝達特性メモリ
6 DFT計算手段
7 残留振動検出手段
8 係数修正手段
9 参照信号発生手段
10 参照正弦波生成手段
11 測定窓計算手段
30 自動車のエンジン
31 FIRフィルタ係数メモリ
32 FIRフィルタ積和手段
33 アクチュエータ
34 システム遅延
35 システム伝達特性メモリ
36 システム伝達特性積和手段
37 残留振動検出手段
38 係数修正手段
39 参照信号発生手段
40 参照正弦波生成手段
41 測定窓計算手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】 評価点において振動あるいは騒音を消去するためのアクチュエータ(制御用振動源あるいは制御用音源)と、前記評価点での残留振動を検出する手段と、前記アクチュエータの駆動出力を計算するIDFT(逆離散的フーリエ変換)計算手段と、前記IDFTの入力係数からなる係数メモリと、後に示すDFTの結果からアクチュエータ駆動出力から評価点までのシステム伝達特性を鑑みながら評価点での残留振動を無くすように前記係数メモリを修正する係数修正手段と、前記システム伝達特性をあらかじめ時間軸上の応答(インパルス応答)として記憶しておくシステム伝達特性メモリと、前記システム伝達特性メモリのデータをDFT(離散的フーリエ変換)して周波数軸上での応答を計算するDFT計算手段と、前記DFTの測定窓を消去目標の主要振動の振動数から決定する測定窓決定手段とを備えたことを特徴とする能動型振動制御装置。
【請求項2】 消去目標の振動の振動周期、あるいは複数の次数成分を消する場合には最も低い次数の振動周期の整数倍をDFTの測定窓とする測定窓決定手段を備えたことを特徴とする請求項1記載の能動型振動制御装置。
【請求項3】 消去目標の振動は1次からk次までとし、IDFT計算手段の入力となる周波数をfi(ただし、fi=i/Ns/Ts、i=1,…,k,NsはIDFTのサンプル数、TsはIDFTする入力のサンプリング周期)、fiの時刻nのCOS成分の係数をWi1(n)、SIN成分の係数をWi2(n)、前記周波数fiでのシステム伝達特性のCOS成分をCil、SIN成分をCi2、評価点での残留誤差(振動あるいは騒音)をe(n)とするとき、係数Wi1(n)、Wi2(n)を(数8)とする係数修正手段を備えたことを特徴とする請求項1記載の能動型振動制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開平7−133842
【公開日】平成7年(1995)5月23日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平5−278263
【出願日】平成5年(1993)11月8日
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)