説明

能動型振動騒音制御装置

【課題】車速が変化して、振動騒音の周波数特性が変化しても、この変化に追従して振動騒音を低減することを可能とする能動型振動騒音制御装置を提供する。
【解決手段】車速Vsが変化して、振動騒音NSの周波数特性(ピーク周波数)が変化しても、車速Vsに応じて、車速Vsと基準信号Xの周波数fcとの対応関係を示す車速・周波数対応テーブル100を参照して、適応ノッチフィルタ52で利用される基準信号Xの周波数fcを切り替えるように構成したので、振動騒音NSの周波数特性(ピーク周波数)の変化に追従して振動騒音NSを低減することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、路面入力に基づく振動騒音を打消音(振動騒音打消音)により打ち消す能動型振動騒音制御装置に関し、特に、車両等に搭載して好適な能動型振動騒音制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の走行時に路面から受ける車輪の振動がサスペンションを介して車体に伝わり、車室内に振動騒音(ロードノイズ)が発生する。この振動騒音を、マイクロフォンが配置される受聴点(評価点)において、前記振動騒音と逆位相の振動騒音打消音により打ち消す能動型振動騒音制御装置が提案されている(特許文献1)。
【0003】
特許文献1に係る技術では、固定周波数のロードノイズ、いわゆるドラミングノイズに係る振動騒音を前記受聴点で打ち消すために、マイクロフォンで得た振動騒音と振動騒音打消音との干渉信号である誤差信号中、前記固定周波数のみの誤差信号を、適応ノッチフィルタをその固定周波数の帯域通過フィルタ(BPF)として利用することで抽出し、抽出した誤差信号を制御信号とし、該制御信号の位相及びゲイン(振幅)を調整した補正制御信号をスピーカに供給し、スピーカから前記振動騒音打消音を出力するフィードバック型の能動型振動騒音制御装置として構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−45954号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に係る技術は、演算処理量がきわめて少なく、低コストに能動型振動騒音制御装置を構築することができる。
【0006】
しかしながら、特許文献1に係る能動型振動騒音制御装置では、特定の或る一定の車速下では、きわめて良好に振動騒音を低減することができるが、車速が変化した場合には、前記受聴点での振動騒音が増加する現象が発生するという不具合を見出した。
【0007】
そこで、この現象を解明するために、以下に説明する各種の測定・シミュレーション乃至考察を行った。
【0008】
図7Aは、車両が能動型振動騒音制御を行っていない、いわゆる非制御時に、マイクロフォンで得られる振動騒音の周波数特性を示している。破線で示す特性は、或る車速Vs1での周波数特性202を示し、実線で示す特性は、或る車速Vs1とは異なる他の車速Vs2での周波数特性204を示す。他の車速Vs2での周波数特性204では、或る車速Vs1での周波数特性202に比較して、振幅の最大値である0[dB]点が周波数70[Hz]から周波数67[Hz]程度に変化(低下)していることが理解される。すなわち、ピーク周波数が変化していることが理解される。
【0009】
図7Bは、比較例に係る周波数固定の帯域通過フィルタとして機能している上記の適応ノッチフィルタの通過特性(周波数特性)206を示す。この通過特性206は、或る車速Vs1での固定周波数70[Hz]による通過特性であるので、能動型振動騒音制御を行っていないとき、いわゆる非制御時であっても、能動型振動騒音制御を行っている制御時であっても、ピーク周波数70[Hz]にピーク値を有する同じ特性になっている。
【0010】
図7Cは、比較例に係る適応ノッチフィルタの出力である制御信号の周波数特性(信号スペクトラム)を示している。破線で示す特性は、或る車速Vs1での周波数特性208を示し、実線で示す特性は、他の車速V2での周波数特性210を示す。或る車速Vs1での周波数特性208上のピーク値を0[dB]としたとき、他の車速Vs2では、ピーク値が−4[dB]と低下し、かつ周波数帯域も低周波側に偏っていることが分かった。
【0011】
さらに、図8Aは、比較例に係る振動騒音制御を行っている場合の感度の周波数特性、いわゆる感度関数212を示している。この感度関数212は、振動騒音制御時のシミュレーションによるものであり、振幅一定の振動騒音の周波数を20[Hz]から100[Hz]まで掃引させたときに、マイクロフォンの受聴点で得られる振動騒音の応答量、いわゆる感度[dB]を示している。感度関数212では、周波数70[Hz]で−8[dB]と最も低下し、その前後の周波数で0[dB]に対して若干の増減があることが分かる。
【0012】
さらにまた、図8Bは、この感度関数212の特性を有する比較例に係る能動型振動騒音制御装置での振動騒音制御時にマイクロフォンで得られる振動騒音の周波数特性を示している。破線で示す特性は、或る車速Vs1での周波数特性214を示し、実線で示す特性は、他の車速Vs2での周波数特性216を示している。或る車速Vs1での制御時の周波数特性214では、非制御時の周波数特性202(図7A参照)に比較して、ピーク値の周波数で−5[dB]程度、振動騒音が低減されているが、他の車速Vs2での制御時の周波数特性216では、非制御時の周波数特性204(図7A参照)に比較してピーク値の周波数で−3[dB]までしか振動騒音が低下されておらず、しかも周波数67[Hz]程度に顕著なピーク値が発生しているので、いわゆるマスキング効果によりその音が選択的に聞こえ、周波数67[Hz]の騒音の感じ方が大きくなることが分かった。
【0013】
この発明は前記の課題及前記の測定・シミュレーション乃至考察を考慮してなされたものであり、車速が変化して、振動騒音の周波数特性が変化しても、この変化に追従して振動騒音を低減することを可能とする能動型振動騒音制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
この発明に係る能動型振動騒音制御装置は、振動騒音に対し、相殺信号に基づく前記振動騒音の打消音を出力する振動騒音打消部と、前記振動騒音と前記打消音との干渉による残留騒音を誤差信号として検出する誤差信号検出部と、前記誤差信号が入力され、前記相殺信号を生成する能動型振動騒音制御部と、からなる能動型振動騒音制御装置であって、前記能動型振動騒音制御部は、所定周波数の基準信号を生成する基準信号生成部と、前記基準信号が入力され、制御信号を出力する適応ノッチフィルタと、前記基準信号の周波数に応じた位相又は振幅の調整値を格納し、前記制御信号の位相又は振幅を調整することで前記相殺信号を生成する位相振幅調整部と、前記誤差信号から前記調整前の制御信号を減算して補正誤差信号を生成する補正誤差信号生成部と、前記基準信号と前記補正誤差信号とに基づいて、前記補正誤差信号が最小となるように前記適応ノッチフィルタのフィルタ係数を逐次更新するフィルタ係数更新部と、当該能動型振動騒音制御装置が搭載された車両の車速を検出する車速検出部と、前記車速と前記基準信号の周波数との対応特性を格納し、前記車速に応じて前記対応特性を参照して前記基準信号の周波数を切り替える周波数切替部と、を備えることを特徴とする。
【0015】
この発明によれば、車速が変化して、振動騒音の周波数特性が変化しても、車速に応じて、車速と基準信号の周波数との対応特性を参照して、適応ノッチフィルタで利用される基準信号の周波数を切り替えるように構成したので、車速の変化に伴う振動騒音の周波数特性の変化に追従して振動騒音を低減することができる。
【0016】
ここで、前記対応特性は、前記車速が増加するにつれて、前記基準信号の周波数が減少する領域を有する特性を持つようにすることが好ましい。振動騒音は、路面入力が、車輪及びサスペンションを介して車室に伝達して発生し、伝達する際にサスペンションの共振周波数で振動騒音が大きくなると考えられるが、このサスペンションの共振周波数が、車速に応じて低下することが一因と考えられる。
【0017】
なお、前記周波数切替部が前記基準信号の周波数を切り替えたことに応じて、前記位相振幅調整部の位相又は振幅の調整値を切り替える位相振幅切替部をさらに備えることが好ましい。すなわち、切り替えた周波数で制御信号の位相と振幅を調整して相殺信号を生成するように構成されるので、車速の変化に伴う振動騒音の周波数特性の変化に的確に追従して振動騒音を低減することができる。
【発明の効果】
【0018】
この発明によれば、車速に応じて、適応ノッチフィルタで利用される基準信号の周波数を切り替えるように構成したので、車速の変化に応じて変化する、振動騒音の周波数特性の変化に追従して振動騒音を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】この発明の一実施形態に係る、車両に搭載された能動型振動騒音制御装置の基本的かつ概略的な構成を示すブロック図である。
【図2】図1に示す能動型振動騒音制御装置中、基準信号生成部と制御信号生成部の詳細な構成を示すブロック図である。
【図3】車速と基準周波数の対応特性の説明図である。
【図4】この実施形態に係る能動型振動騒音制御装置の動作説明に供されるフローチャートである。
【図5】図5Aは、車両が能動型振動騒音制御を行っていない非制御時にマイクロフォンで得られる振動騒音の周波数特性図、図5Bは、車速の変化に応じた適応ノッチフィルタに係る帯域通過フィルタの周波数特性の変化を示す説明図、図5Cは、車速毎の制御信号の周波数特性の説明図である。
【図6】図6Aは、車速の変化に追従する感度関数の説明図、図6Bは、振動騒音制御時にマイクロフォンで得られる振動騒音の感度関数毎の周波数特性図である。
【図7】図7Aは、図5Aの再掲図、図7Bは比較例に係る周波数固定の適応ノッチフィルタに係る帯域通過フィルタの周波数特性図、図7Cは、図7Bの比較例に係る適応ノッチフィルタを利用した場合の、振動騒音周波数の変化前後の制御信号の周波数特性の説明図である。
【図8】図8Aは、比較例に係る感度関数の周波数特性図、図8Bは、図8Aの感度関数を利用した場合の周波数変化前後のマイクロフォンで得られる振動騒音の周波数特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、この発明の実施形態について図面を参照して説明する。
【0021】
図1は、この発明の一実施形態に係る、車両12に搭載された能動型振動騒音制御装置10の基本的かつ概略的な構成を示すブロック図である。
【0022】
図2は、図1に示す能動型振動騒音制御装置10中、基準信号生成部46と制御信号生成部36の詳細な構成を示すブロック図である。
【0023】
図1及び図2において、車両12は、能動型騒音制御装置{ANC(Adaptive Noise Control Apparatus)装置という。}14の他、車輪22に設けられた車速センサとしての車輪速センサ16と、キックパネル等に設けられたスピーカ18と、乗員の受聴点の近傍に設けられたマイクロフォン20とを備える。車輪速センサ16は、車輪22の1回転当たり所定パルス数の信号からなる車輪速信号SwをANC装置14に出力する。
【0024】
ANC装置14は、マイクロフォン20で検出される誤差信号eが最小となるように適応的に制御され、補正制御信号である相殺信号Scaを生成する。
【0025】
スピーカ18は、道路24からの路面入力26を原因として車室28内を伝達された振動騒音NSに対し、相殺信号Scaに基づく振動騒音打消音(単に打消し音ともいう。)CSを出力する。
【0026】
マイクロフォン20は、ANC装置14から出力される相殺信号Scaに基づいてスピーカ18により発生された振動騒音打消音CSと、道路24からの模式的に描いた路面入力26を原因として車室28内を伝達された振動騒音NSとの差に基づく誤差信号eを検出する。
【0027】
ANC装置14は、マイクロコンピュータ及びDSP等により構成され、CPUが各種入力に基づきROM等のメモリに記憶されているプログラムを実行することで各種の機能を実現する機能実現部(機能実現手段)としても動作する。
【0028】
この実施形態に係る能動型振動騒音制御装置10は、基本的には、ANC装置14と、スピーカ18と、マイクロフォン20と、車輪速センサ16(車速センサ)とから構成される。
【0029】
ここで、ANC装置14は、所定周波数fcの基準信号X(Rx、Ix)(Rx:実部基準信号cos2πfct、Ix:虚部基準信号sin2πfct)を生成する基準信号生成部46(実部基準信号生成部42と虚部基準信号生成部44とからなる。)と、基準信号X(Rx,Ix)と誤差信号eとが入力され、制御信号Scを出力するSAN(Single Adaptive Notch)型適応フィルタである適応ノッチフィルタ52等を備える制御信号生成部36と、基準信号Xの周波数fcに応じた位相又は振幅の調整値が設定され、制御信号Scの位相又は振幅を調整することで相殺信号Scaを生成する位相振幅調整部54とを備える。
【0030】
位相振幅調整部54に設定される調整値は、基準信号Xの周波数fcに応じた位相及び振幅として、位相振幅切替部50に、周波数・位相振幅テーブル{周波数fcに対する位相遅延量θd・振幅(ゲイン)Gdの特性}51として格納されている。なお、位相遅延量θd及び振幅(ゲイン)Gdの各量の値については後述する。
【0031】
制御信号生成部36は、図1及び図2に示すように、実部フィルタ係数Rwと虚部フィルタ係数Iwがそれぞれ設定される適応ノッチフィルタ57、58と、減算部(合成部)59とから構成される適応ノッチフィルタ52の他、誤差信号eから前記調整前の制御信号Scを減算して補正誤差信号eaを生成する補正誤差信号生成部としての減算部62と、基準信号X(Rx,Ix)と補正誤差信号eaとに基づいて、補正誤差信号eaが最小となるように適応ノッチフィルタ52のフィルタ係数W(Rw,Iw)を逐次更新するフィルタ係数更新部72と、を備える。
【0032】
フィルタ係数更新部72は、適応ノッチフィルタ57の実部フィルタ係数Rwをサンプリング時間ts毎に逐次更新する、乗算部112と、ステップサイズパラメータμを付与するステップサイズパラメータ付与部114と、からなる実部フィルタ係数更新部72rと、適応ノッチフィルタ58の虚部フィルタ係数Iwを逐次更新する、乗算部116と、ステップサイズパラメータ「−μ」を付与するステップサイズパラメータ付与部118と、からなる虚部フィルタ係数更新部72iと、から構成される。
【0033】
ANC装置14は、さらに、当該能動型振動騒音制御装置10が搭載された車両12の車速Vsと、基準信号Xの周波数fcとの車速・周波数対応テーブル(対応特性)100(後述する。)を格納し、車速Vsに応じて車速・周波数対応テーブル100を参照して基準信号Xの周波数fcを切り替える指令を周波数設定部94に付与する周波数切替部92と、車輪速信号Swから前記車速Vsを算出する車速検出部40を備える。
【0034】
位相振幅調整部54は、特許文献1に記載されたものと同様に、移相器として動作するNサンプル時間遅延を有する遅延器(不図示)と、これに直列に接続される振幅調整器(ゲイン調整器)(不図示)とを備え(接続順序は、逆でもよい)、制御信号生成部36を構成する適応ノッチフィルタ52から供給される制御信号Scに対して前記遅延器により所定の位相遅延量θdを与えるとともに前記振幅調整器により振幅(ゲイン)Gdを調整し相殺信号Scaとして出力する。
【0035】
位相振幅調整部54に設定される位相遅延量θdと振幅(ゲイン)Gdとは、各周波数fcに対して、位相振幅切替部50の周波数・位相振幅テーブル51に予め格納されている。
【0036】
位相遅延量θdは、特許文献1と同様に、マイクロフォン20の位置する点である受聴点において、周波数fc毎に、打消音CSと振動騒音NSとの位相差がπ[rad]=180[゜]の位相差(逆相)を有していることが必要であることを考慮して決定する。この場合、周波数fcの正弦波のスピーカ18からマイクロフォン20までの車室28内空間の位相遅延量をθsmとし、マイクロフォン20から位相振幅調整部54の入力までの位相遅延量をθmdとし、位相振幅調整部54の出力からスピーカ18までの位相遅延量をθdsとすると、位相振幅調整部54での位相遅延量θdは、次の(1)式を満足する値になる。
θd=π[rad]−(θmd+θds+θsm) …(1)
【0037】
振幅(ゲイン)Gdについては、周波数fc毎に、正弦波のスピーカ18から車室28の空間を経てマイクロフォン20に至る経路での打消音CSの減衰量を補償する値に設定すればよい。振幅(ゲイン)Gdは、振動騒音NSの目標低減量に応じて決定してもよい。
【0038】
図3は、周波数切替部92に格納されている車速Vs[km/h]と周波数fc[Hz]の対応特性(Vs,fc対応テーブル:車速・周波数対応テーブル)100の測定例を示している。車速・周波数(Vs,fc)対応テーブル100は、車種毎に傾きは異なるが、車速Vsが増加するにつれて基準信号Xを生成するための周波数fcが減少する特性になっている。例えば、車速VsがVs=40[km/s]で、周波数fcがfc=70[Hz]、車速VsがVs=60[km/s]に増加したとき、周波数fcがfc=67[Hz]に減少する特性になることが分かった。
【0039】
この実施形態に係る能動型振動騒音制御装置10は、基本的には以上のように構成されるものであり、次に、能動型振動騒音制御装置10の動作について、図4のフローチャートを参照して説明する。
【0040】
ステップS1にて、マイクロフォン20は、ロードノイズに係る振動騒音NSと打消音CSとの差に基づく誤差信号eを生成し、ANC装置14の制御信号生成部36を構成する減算部62の被減数入力端子に送る。
【0041】
ステップS2にて、車輪速センサ16からの車輪速信号Swに基づき車速検出部40で車速Vsを生成し、周波数切替部92に送出する。
【0042】
ステップS3にて、周波数切替部92は、図3に示した車速・周波数対応テーブル100を参照し、車速Vsに応じた周波数fcに更新する。例えば、車速VsがVs=40[km/h]で対象周波数fcがfc=70[Hz]であったのを、車速VsがVs=60[km/h]とより高車速になった場合には、対象周波数fcをより低い周波数であるfc=67[Hz]に更新する。
【0043】
次いで、ステップS4にて、基準信号生成部46は、実部基準信号生成部42により、更新された周波数fcの実部基準信号Rx(Rx=cos2π・fc・t)に更新するとともに、虚部基準信号生成部44により、更新された周波数fcの虚部基準信号Ix(Ix=sin2π・fc・t)に更新する。
【0044】
次に、ステップS5にて、適応ノッチフィルタ52(適応フィルタ57、58及び減算部59)により次の(2)式に示す制御信号Scを生成する。
Sc=Rw・Rx−Iw・Ix …(2)
【0045】
次に、ステップS6にて、減算部62により残差信号としての、次の(3)式に示す補正誤差信号eaを生成する。
ea=e−Sc …(3)
【0046】
さらに、ステップS7にて、フィルタ係数更新部72を構成する実部フィルタ係数更新部72rと虚部フィルタ係数更新部72iは、(4)式及び(5)式に示す公知の適応更新演算式により実部フィルタ係数Rwと虚部フィルタ係数Iwとを、サンプリング時間ts毎に補正誤差信号ea=e−Scが最小となるように適応アルゴリズム演算、例えば最小二乗法(LMS)を用いて更新する。
Rwn+1←Rw+μ・Rx・(e−Sc) …(4)
Iwn+1←Iw−μ・Ix・(e−Sc) …(5)
【0047】
次いで、ステップS8にて、位相振幅切替部50は、更新後の周波数fcに基づき、周波数・位相振幅テーブル51から当該周波数fcでの位相遅延量θdと振幅Gdを読み出し、位相振幅調整部54に設定する。
【0048】
次いで、ステップS9にて、位相振幅調整部54は、(2)式中の基準信号X(Rx,Ix)を、位相遅延量θdと振幅Gdで調整した、次の(6)、(7)式に示す修正基準信号Xfb(Rxfb,Ixfb)を生成する。すなわち、制御信号Sc=Rw・Rx−Iw・Ix中、実部基準信号Rxが実部基準信号Rxfbに修正(調整)され、虚部基準信号Ixが虚部基準信号Ixfbに修正(調整)される。
Rxfb=Gd・cos(2π・fc・t+θd) …(6)
Ixfb=Gd・sin(2π・fc・t+θd) …(7)
【0049】
そして、ステップS10にて、位相振幅調整部54で、(2)式に(6)式及び(7)式を代入した次の(8)式に示す相殺信号Scaが生成される。
Sca=Rw・Rxfb−Iw・Ixfb …(8)
【0050】
車速Vsの変化に応じて、周波数fcが変更された修正基準信号Xfb(Rxfb,Ixfb)を利用した相殺信号Scaが生成されるので、相殺信号Scaに基づきスピーカ18から出力される打消音CSによりピーク値の周波数fcが遷移した振動騒音NSを好適に相殺することができる。
【0051】
[実施形態の効果]
この実施形態に係る能動型振動騒音制御装置10は、振動騒音NSに対し、相殺信号Scaに基づく振動騒音NSの打消音CSを出力する振動騒音打消部としてのスピーカ18と、振動騒音NSと打消音CSとの干渉による残留騒音を誤差信号eとして検出する誤差信号検出部としてのマイクロフォン20と、誤差信号eが入力され、相殺信号Scaを生成する能動型振動騒音制御部としてのANC装置14と、からなる。
【0052】
ここで、ANC装置14は、所定周波数fcの基準信号Xを生成する基準信号生成部46と、基準信号Xが入力され、制御信号Scを出力する適応ノッチフィルタ52と、基準信号Xの周波数fcに応じた位相又は振幅の調整値(θd,Gd:fc)を格納し、制御信号Scの位相又は振幅を調整することで前記相殺信号Scaを生成する位相振幅調整部54と、誤差信号eから調整前の制御信号Scを減算して補正誤差信号ea(ea=e−Sc)を生成する補正誤差信号生成部としての減算部62と、基準信号Xと補正誤差信号eaとに基づいて、補正誤差信号eaが最小となるように適応ノッチフィルタ52のフィルタ係数W(Rw,Iw)を逐次更新するフィルタ係数更新部72と、当該能動型振動騒音制御装置10が搭載された車両12の車速Vsを検出する車速検出部40と、検出された車速Vsと基準信号Xの周波数fcとの対応特性を示す車速・周波数対応テーブル100を格納し、車速Vsに応じて車速・周波数対応テーブル100を参照して基準信号Xの周波数fcを切り替える周波数切替部58と、を備える。
【0053】
この実施形態によれば、車速Vsが変化して、振動騒音NSの周波数特性が変化しても、車速Vsに応じて、車速Vsと基準信号Xの周波数fcとの車速・周波数対応テーブル100を参照して、適応ノッチフィルタ52で利用される基準信号Xの周波数fcを切り替えるように構成したので、振動騒音NSの周波数特性の変化に追従して振動騒音NSを低減することができる。
【0054】
ここで、車速・周波数対応テーブル100は、車速Vsが増加するにつれて、基準信号Xの周波数fcが減少する領域を有する特性を持つようになっている。振動騒音NSは、路面入力26が、車輪22及びサスペンションを介して車室28に伝達して発生し、伝達する際にサスペンションの共振周波数で振動騒音NSが大きくなると考えられるが、このサスペンションの共振周波数が、車速Vsに応じて低下することが一因と考えられる。
【0055】
なお、周波数切替部92が基準信号Xの周波数fcを切り替えたことに応じて、位相振幅調整部54の位相遅延量θd又は振幅Gdの調整値を切り替える周波数・位相振幅テーブル51を備える位相振幅切替部50を設けているので、構成が簡易にできる。この場合、切り替えた周波数fcで制御信号Scの位相と振幅を調整して相殺信号Scaを生成するように構成されるので、車速Vsの変化に伴う振動騒音NSの周波数特性の変化に的確に追従して振動騒音NSを低減することができる。
【0056】
図5A、図5B、図5C、図6A、及び図6Bは、この実施形態に係る効果を説明する図であり、図5Aは、図7Aの、車両が能動型振動騒音制御を行っていない、いわゆる非制御時に、マイクロフォン20の設置位置における振動騒音NSの周波数特性を再掲した図であり、図5A中、破線で示す特性は、車速Vs1=40[km/h]での周波数特性202を示し、実線で示す特性は、車速Vs2=60[km/h]での周波数特性204を示している。車速Vs2での周波数特性204では、車速Vs1(Vs1<Vs2)での周波数特性202に比較して、振幅の最大値である0[dB]点が周波数70[Hz]から周波数67[Hz]程度にピーク周波数が低い方に変化(遷移)していることが理解される。
【0057】
図5Bでは、車速Vs1から車速Vs2に変化したときの適応ノッチフィルタ52の帯域通過フィルタとしての周波数特性が周波数特性206から周波数特性206Aに変化し、ピーク周波数(中心周波数)が、基準信号Xの周波数fcの変化に応じて周波数70[Hz]から周波数67[Hz]に変化していることが理解される。
【0058】
図5Cでは、破線で示す特性は、車速Vs1での制御信号Scの周波数特性(信号スペクトラム)208を示し、実線で示す特性は、車速Vs2での制御信号Scの周波数特性210Aを示す。車速Vs2での制御信号Scの周波数特性210Aでは、比較例に係る図7Cに示した周波数特性210に対して、ピーク値の減衰がゼロ値となっていることが理解される。
【0059】
さらに、図6Aは、車速Vs1から車速Vs2への変化に対して、感度関数が感度関数212から感度関数212Aに変化に追従していることが理解される。
【0060】
図6Bは、感度関数212、感度関数212Aの特性を有する能動型振動騒音制御装置10での振動騒音制御時にマイクロフォン20で得られる振動騒音の周波数特性を示している。破線で示す特性は、車速Vs1での周波数特性214を示し、実線で示す特性は、車速Vs2での周波数特性216Aを示している。車速Vs1から車速Vs2に変化しても、振動騒音の低減量は−5[dB]程度と同程度になっており、騒音の感じ方が、車速Vsが変化しても同等に抑制することができる。
【0061】
なお、この発明は、上述の実施形態に限らず、この明細書の記載内容に基づき、種々の構成を採り得ることはもちろんである。
【符号の説明】
【0062】
10…能動型振動騒音制御装置 12…車両
14…ANC装置 16…車輪速センサ
18…スピーカ 20…マイクロフォン
22…車輪 24…道路
26…路面入力 28…車室
36…制御信号生成部 46…基準信号生成部
50…位相振幅切替部 51…周波数・位相振幅テーブル
52、57、58…適応ノッチフィルタ 54…位相振幅調整部
92…周波数切替部 100…車速・周波数対応テーブル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
振動騒音に対し、相殺信号に基づく前記振動騒音の打消音を出力する振動騒音打消部と、
前記振動騒音と前記打消音との干渉による残留騒音を誤差信号として検出する誤差信号検出部と、
前記誤差信号が入力され、前記相殺信号を生成する能動型振動騒音制御部と、
からなる能動型振動騒音制御装置であって、
前記能動型振動騒音制御部は、
所定周波数の基準信号を生成する基準信号生成部と、
前記基準信号が入力され、制御信号を出力する適応ノッチフィルタと、
前記基準信号の周波数に応じた位相又は振幅の調整値を格納し、前記制御信号の位相又は振幅を調整することで前記相殺信号を生成する位相振幅調整部と、
前記誤差信号から前記調整前の制御信号を減算して補正誤差信号を生成する補正誤差信号生成部と、
前記基準信号と前記補正誤差信号とに基づいて、前記補正誤差信号が最小となるように前記適応ノッチフィルタのフィルタ係数を逐次更新するフィルタ係数更新部と、
当該能動型振動騒音制御装置が搭載された車両の車速を検出する車速検出部と、
前記車速と前記基準信号の周波数との対応特性を格納し、前記車速に応じて前記対応特性を参照して前記基準信号の周波数を切り替える周波数切替部と、
を備えることを特徴とする能動型振動騒音制御装置。
【請求項2】
請求項1記載の能動型振動騒音制御装置において、
前記対応特性は、前記車速が増加するにつれて、前記基準信号の周波数が減少する領域を有する特性を持つ
ことを特徴とする能動型振動騒音制御装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の能動型振動騒音制御装置において、
前記周波数切替部が前記基準信号の周波数を切り替えたことに応じて、前記位相振幅調整部の位相又は振幅の調整値を切り替える位相振幅切替部をさらに備える
ことを特徴とする能動型振動騒音制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−112139(P2013−112139A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−259685(P2011−259685)
【出願日】平成23年11月29日(2011.11.29)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】