説明

脳梗塞抑制剤

【課題】本発明は、実際の脳梗塞に沿う長時間にわたる虚血後の脳組織ネクローシスに対して有効であり、且つ副作用の少ない脳梗塞抑制剤を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明に係る脳梗塞の抑制剤は、抗HMGB1モノクローナル抗体を有効成分とすることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳虚血により引き起こされる脳梗塞を抑制するための薬剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
脳梗塞とは、脳血管における動脈硬化や、脳以外の血管でできた血栓が脳に運搬されることなどを原因として、脳血管が閉塞したり細くなることによって、脳の血流が不足して血流障害組織が壊死に陥る疾病をいう。いったん脳梗塞が生じると、壊死した脳組織は元通りにはならないため、たとえ生命を取り留めた場合でも、運動麻痺や感覚障害や言語障害のみならず痴呆症状が残る場合が多い。その一方で、近年、高血圧、心臓病、高脂血症、糖尿病などの生活習慣病といわれる疾病が増加しており、それに伴って脳梗塞の危険性が増している。我が国において、脳梗塞を中心とする脳血管障害は癌や虚血性心疾患に次いで死因の第3位を占めており、このことは欧米先進諸国でも同様である。従って、効果的な脳梗塞の処置手段が切望されている。
【0003】
ところが、これまでのところ真に有効な治療手段は未だ見出されていない。例えば、脳梗塞の原因となった血栓を溶解して血流を再開させるために、組織型プラスミノーゲンアクチベータなどの血栓溶解剤が使用されている。しかし、血流再開により生じるフリーラジカルを原因とする障害も脳梗塞の病態に深く関与しており、血栓溶解剤のみでは、脳組織の壊死に対する根本的な解決方法とはならない。
【0004】
また、脳組織障害の原因となるフリーラジカルから脳組織を保護するためのフリーラジカルスカベンジャーであるエダラボンが市販されている。しかし、当該薬剤には肝機能障害や腎機能障害等の副作用が見られ、特に、肝機能検査値異常など臨床検査値の異常変動は、投与患者の実に21.4%にも及ぶというデータもある。いかに致死的な疾患である脳梗塞に対する治療手段といえども、この様な高い副作用発生率には問題がある。
【0005】
その他、グルタミン酸受容体アンタゴニストやエストロゲン受容体関連薬、電位依存性カルシウムチャンネル阻害薬などの応用が検討されているが、これらの効果は十分とはいえない。
【0006】
薬剤以外の治療手段としては、低体温療法がある。しかし、その実施に要する費用が高額である上に、免疫力の低下による感染症や出血傾向などがあり、一般的な実施は困難である。
【0007】
ところで、HMG1(High Mobility Group box 1。以下、「HMGB1」という)は、げっ歯類からヒトまで95%以上のアミノ酸配列が等しいタンパク質である。このHMGB1は正常細胞にも存在するが、敗血症(全身性炎症反応症候群)において放出される菌体内毒素であるLPS(リポ多糖)による刺激によって血中濃度が上昇し、最終的な組織障害をもたらす。よって、特許文献1記載の技術では、炎症性サイトカインカスケードの活性化を特徴とする症状を治療するために、HMGアンタゴニストを投与している。また、この症状の一例として虚血再灌流障害が挙げられており、HMGアンタゴニストとしてHMGB1タンパク質と結合する抗体が例示されている。
【0008】
しかし特許文献1に記載されている虚血再灌流障害は、全身性炎症反応症候群に含まれる症状や疾患として例示されている約100種の疾患のうちの1つにしか過ぎず、また、いかなる臓器における障害であるかの記載はない。さらに当該文献の実施例では、TNFやLPS等による刺激によりHMGB1が誘導されることや、抗HMGB1抗体を投与することによりLPSによるマウスの死亡率が低減したこと、敗血症や多臓器不全(MOF)のヒトにおいて血清HMGB1レベルが上昇すること等が示されているが、抗HMGB1抗体が虚血再灌流障害に対する効果を示すことは、具体的に実証されていない。少なくとも、特許文献1の技術が対象としているのは全身性の炎症性疾患の治療であり、脳梗塞の抑制は志向されていない。
【特許文献1】特表2003−520763号公報(特許請求の範囲、段落[0008]、[0009]、実施例)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述した様に、これまでにも脳梗塞を治療や抑制するための薬剤は知られていたが、いずれも副作用や有効性などの点で問題があり、新規の作用機序を有する薬剤が切望されている。
【0010】
そこで、本発明が解決すべき課題は、実際の脳梗塞に相当する長時間にわたる虚血後の脳組織ネクローシスに対しても有効であり、且つ副作用の少ない脳梗塞抑制剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、脳梗塞の抑制に有効な薬剤につき種々検討を進めた。その結果、抗HMGB1モノクローナル抗体が、過去に報告されているいかなる薬剤よりも優れた効果を有することを見出して、本発明を完成した。
【0012】
即ち、本発明の脳梗塞抑制剤は、抗HMGB1モノクローナル抗体を有効成分とすることを特徴とする。
【0013】
上記脳梗塞抑制剤は、1時間以上の長時間虚血による脳梗塞を抑制するために用いることが好ましい。十分間程度の短時間虚血は脳神経細胞のアポトーシスを引き起こすのに対して、長時間虚血は脳神経細胞のネクローシスの原因となる。本発明の脳梗塞抑制剤は、特に長時間虚血によるネクローシスの抑制に効果を発揮する。
【0014】
上記脳梗塞抑制剤は、虚血再灌流中または虚血再灌流後に投与することが好ましい。本発明の脳梗塞抑制剤は、虚血再灌流による脳組織のネクローシスを抑制することに優れた効果を発揮する。
【0015】
上記脳梗塞抑制剤は、複数回投与し、また、虚血再灌流中または虚血再灌流直後と、その後6〜12時間ごとに投与することが好ましい。或いは、虚血再灌流中または虚血再灌流後において持続的に投与してもよい。虚血再灌流後においても抗HMGB1モノクローナル抗体の脳内濃度を保ち、ネクローシスを抑制するためである。また、抗HMGB1モノクローナル抗体の投与量としては、後述する実験結果より、1回当たり0.2〜5mg/kgが好適である。
【発明の効果】
【0016】
本発明の脳梗塞抑制剤は、脳血栓や脳塞栓等による長時間にわたる虚血を原因とする脳組織ネクローシスを、効果的に抑制することができる。また、現在使用されている抗体薬剤を考慮すれば、重篤な副作用を生じる可能性は極めて少ないと考えられる。従って、本発明の脳梗塞抑制剤は、これまで特に有効な処置手段のなかった脳梗塞を抑制できるものとして、極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の脳梗塞抑制剤は、抗HMGB1モノクローナル抗体を有効成分の1つとする。抗HMGB1モノクローナル抗体は、原則として組織障害因子の1つであるHMGB1のみに結合して無毒化し、脳神経細胞のネクローシスを抑制する。その一方で、他の化合物等には作用しない。よって、副作用が生じる可能性はないか、極めて少ないと考えられる。
【0018】
抗HMGB1モノクローナル抗体の調製は、常法に従えばよい。例えば、市販のHMGB1を用いてマウスやラット等を免疫し、その抗体産生細胞や脾細胞と骨髄腫細胞とを融合させてハイブリドーマを得る。このハイブリドーマをクローニングし、HMGB1へ特異的に反応する抗体を産生しているクローンをスクリーニングする。このクローンを培養し、分泌されるモノクローナル抗体を精製すればよい。
【0019】
本発明に係る脳梗塞抑制剤の剤形や投与形態は特に問わないが、脳虚血に対する緊急性を考慮すれば、注射剤として静脈内投与することが好ましい。その場合、溶媒としては、pHを調整した生理食塩水やグルコース水溶液など、血漿の等張液を用いることができる。また、抗体を塩類等と共に凍結乾燥した場合には、純水、蒸留水、滅菌水等も使用できる。その濃度も通常の抗体製剤のものとすればよく、1〜5mg/mL程度とすることができる。但し、注射剤の浸透圧は、血漿と同等にする必要がある。
【0020】
脳梗塞は、一般的に、脳血栓や脳塞栓等による虚血により生じ、肉眼でわかる程度の大きさの形態的障害(ネクローシス)を伴う。一方、一時的な脳血流の低下や小さな血栓等によるごく短時間(例えば、数分から十数分間)の虚血によるアポトーシスでは、数日後、虚血に弱い部位で神経細胞のみの脱落が生じる。このアポトーシスにより症状が生じたとしても、脳梗塞の場合よりもはるかに軽度で生命を脅かすに至らない。しかも、これらネクローシスとアポトーシスの発生メカニズムは明らかに異なる。そこで本発明の脳梗塞抑制剤は、長時間虚血による脳梗塞をターゲットにしている。
【0021】
ここで、長時間虚血における「長時間」は特に制限されないが、少なくとも虚血により脳組織のネクローシスが直接引き起こされる程度の時間をいう。具体的な時間としては、虚血の原因や程度、或いは個人差等にもよるが、虚血の発生から実際に処置が行なわれるまでを考慮して、例えば1時間以上、更には1.5時間以上、特に2時間以上を挙げることができる。
【0022】
本発明に係る脳梗塞抑制剤の投与は、虚血前において予防的に行なうこともできるが、虚血中または虚血後とすることが好ましい。即ち、長時間虚血の発生後、血栓溶解剤の投与と共に或いは再灌流後に、本発明の脳梗塞抑制剤を投与する。
【0023】
本発明に係る脳梗塞抑制剤の投与時は特に制限されないが、好適には虚血再灌流中または虚血再灌流後に投与する。ここで「虚血再灌流中または虚血再灌流後」において、「虚血再灌流中」と「虚血再灌流後」は明確に区別されず、例えば血栓溶解剤の投与など虚血再灌流のための何らかの処置の直前または直後、当該処置と同時、或いは当該処置から所定時間後などを表す。少なくとも、虚血前の投与は「虚血再灌流中または虚血再灌流後」には含まれない。虚血前における投与は実質的に予防剤としての使用となり、突発的に発生しその発生時を特定できない脳梗塞の場合、虚血前投与は難しい。
【0024】
好適には、本発明の脳梗塞抑制剤は再灌流後に投与する。本発明に係る脳梗塞抑制剤の再灌流後投与によって、再灌流時の脳血流低下、再灌流障害の原因となるグルタミンの遊離や活性酸素の産生、白血球の血管内皮への接着、および神経終末電位依存性カルシウムチャンネルの活性化などを抑制し、脳虚血により生じる脳内炎症のごく初期段階を抑制できると考えられるからである。より好ましくは、再灌流の直後に投与する。ここでの「直後」は、厳密に再灌流の直後をいうものではなく、例えば血栓溶解剤の投与など虚血再灌流のために何らかの処置をしてから30分以内をいう。
【0025】
後述する実施例で示す通り、体重約300gのラットに対して1回当たり200μgの抗HMGB1モノクローナル抗体を投与した場合に、顕著な脳梗塞の抑制効果が得られた。斯かる結果から考えると、ヒトに対する投与量は、1回当たり抗HMGB1モノクローナル抗体を0.2〜5mg/kgとし得、より好適には0.2〜2mg/kgとする。但し、これら薬剤の投与量は、患者の年齢や性別、疾患の重篤度等によって適宜変更すべきである。
【0026】
また、本発明の脳梗塞抑制剤は、複数回にわたって或いは持続的に投与することが好ましい。脳血管の長時間にわたる閉塞では、血流が再開しても、好中球等による炎症細胞浸潤が深く関与する血管の再狭窄が起こることが多い。従って、脳梗塞の処置においては、この血管再狭窄や炎症反応を防ぐために、脳組織の抗HMGB1モノクローナル抗体濃度を長時間にわたって高く維持する必要があるからである。具体的には、虚血再灌流中または虚血再灌流直後とその後6〜12時間ごとに投与することが好ましい。また、持続的に投与する場合には、点滴等により1回分の投与量を1〜数時間かけて投与することが好ましい。
【0027】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例により制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0028】
実施例1 抗HMGB1モノクローナル抗体の調製
(a)ラットの免疫
市販のウシ胸腺由来HMGB1とHMGB2との混合物(和光純薬工業社製、コード番号:080−070741)1mg/mLを2mLガラス製注射筒にとり、別の2mLガラス製注射筒にとった等容量のフロイント完全アジュバンドと連結管を通じて徐々に混和することによって、エマルションとした。セボフルレンにより麻酔したラットの後肢足蹠に、得られたエマルションを0.1mLずつ、計0.2mL注射投与した。2週間後、頚静脈から試験採血し、抗体価の上昇を確認した。次いで、腫大した腸骨リンパ節を前記注射投与から5週間後に無菌的に取り出した。得られた2個のリンパ節から、約6×107個の細胞を回収することができた。
【0029】
(b)細胞融合とクローニング
上記腸骨リンパ節細胞とマウスミエローマSP2/O−Ag14(SP2)細胞を、ポリエチレングリコールを用いて融合させ、得られた融合細胞を96穴マイクロプレートに蒔いた。1週間後、最初のELISAスクリーニングを行ない、陽性ウェルについて、ウェスタンブロットにより二次スクリーニングを行なった。陽性を示すウェル細胞を24穴マイクロプレートに移し、細胞をほぼコンフルエントな状態(約2×105)に殖やしてから、0.5mLの凍結培地(GIT培地にウシ胎児血清を10%とジメチルスルホキシドを10%添加したもの)を用いて、液体窒素中で凍結保存した。この凍結保存細胞を解凍した後、96穴マイクロプレートでクローニングした。
【0030】
(c)抗体の精製
回転培養装置(Vivascience社製)により上記陽性細胞を2週間大量培養し、濃度2〜3mg/mLの抗体液を得た。この抗体液をアフィニティゲル(インビトロジェン社製、MEP−HyperCel)と中性pH下で混和し、抗HMGB1抗体をゲルへ特異的に結合させた。特異的にゲルに結合した抗体を、グリシン−塩酸バッファー(pH4)により溶出した。溶出液を限外濾過装置により濃縮した後、セファロースCL6Bゲル濾過カラム(直径2cm×長さ97cm)によって、さらに精製した。
【0031】
実施例2
上記実施例1で調製した抗HMGB1モノクローナル抗体の中和活性を試験した。
【0032】
先ず、健常人の末梢血から常法により1×106/mLの末梢血単核球を調製し、10%ウシ胎児血清を含む動物細胞培養用基礎培地(シグマ社製、RPMI1640)で24時間培養した。次いで、和光純薬社製のウシ胸腺由来HMGB1/2混合物から精製したウシHMGB1を0.001〜10μg/mLの濃度で培地に添加し、単球を刺激した。HMGB1の添加から24時間後に細胞を回収し、HMGB1により単球上に発現したICAM−1(intercellular adhesion molecule-1)の発現量を蛍光抗体法(FACS法)で定量した。結果を図1(A)に示す。図1(A)中、「**」はHMGB1を添加しない場合に比してt−テストによりp<0.01で有意差があった場合を示す。当該結果より、10μg/mLのHMGB1により単球上のICAM−1の発現が有意に上昇することが分かった。
【0033】
次に、上記手順において10μg/mLのHMGB1添加と同時に0〜100μg/mLの抗HMGB1モノクローナル抗体を添加し、上記と同様に蛍光抗体法を用いてICAM−1の発現量を定量した。結果を図1(B)に示す。図1(B)中、「#」は抗体を添加しない場合に比してt−テストによりp<0.05で有意であった場合を示し、「##」はp<0.01で有意であった場合を示す。また、一番右の白抜きカラムは、HMGB1を添加しなかった場合の結果である。当該結果より、実施例1で調製した抗HMGB1モノクローナル抗体は、1μg/mL以上の濃度でHMGB1を有意に不活性化することが実証された。
【0034】
実施例3
15匹のウィスター系雄性ラット(体重:約300g)を、抗HMGB1モノクローナル抗体投与群7匹と非投与群(対照群)8匹に分けた。これらラットを、2%ハロタンおよび50%笑気の混合ガスにより麻酔し、呼吸は自発呼吸とした。次いで、仰向けにしたラットの頸部を正中切開し、右総頚動脈を露出させた。ヘパリン(100単位)を腹腔内投与した後、総頚動脈の内頚と外頚の分枝部からシリコンコーティングした4・0ナイロン糸を右内頚動脈に挿入することによって、右中大脳動脈の基始部を2時間閉塞した。ナイロン糸の先端は、分岐部から18mmの位置に置いた。切開部を縫合した後、麻酔から回復させた。術中、電子式温度計を直腸に挿入し、ランプにより直腸温を37.0±0.1℃に維持した。麻酔から回復した後には、全てのラットで対側肢に麻痺が認められた。
【0035】
血流を再開する5分前に、ラットを再度麻酔した。皮膚縫合を開いた後、ナイロン糸を5mm抜去することによって、中大脳動脈閉塞から2時間後に脳における血流を再開させた。抗体投与群には、再灌流時に抗HMGB1モノクローナル抗体200μg(リン酸緩衝NaCl液0.2〜0.4mLへ溶解したもの)を尾静脈から投与した。さらに6時間後、同量の抗体を投与した。また、対照群には同量のラットIgGを投与した。
【0036】
血流再開から24時間経過した後、ペントバルビタールナトリウムを腹腔内投与することにより麻酔した。その後、ヘパリンを加えた生理食塩水で脳を灌流し、断頭した。速やかに脳を摘出し、生理食塩水ですすいだ。視交叉と乳頭体尾側端との間で脳を2mmの厚さで冠状にスライスし、これらの脳スライスを37℃の2%塩化トリフェニルテトラゾリウムのリン酸緩衝液(0.1mol/L、pH7.4)溶液中、30分間インキュベートした。その結果、生存細胞に存在する脱水素酵素の作用により塩化トリフェニルテトラゾリウムは還元され、組織が暗赤色に染色された。一方、梗塞部位における死滅組織は染色されなかった。これらの脳スライスを、リン酸緩衝ホルマリン中で一晩保存した。脳の冠状断染色の結果を図1に示す。図1において左側は対照群、右側は抗HMGB1モノクローナル抗体投与群のそれぞれ3匹の典型例であり、横方向に並べられた3断面は同一個体由来のものであり、3断面の左側が前方の断面である。その後、抗体投与実験に関与しなかった第三者的な実験者が、コンピュータを用いて線条体領域と大脳皮質領域における梗塞部位の大きさ(単位:mm3)を測定した。また、得られた脳梗塞部位の大きさをt−テスト(unpaired)で検定した。各値の平均値を表1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
表中の値(単位:mm3)は、脳梗塞の大きさ(平均値±標準偏差)を示し、「*」は対応する対照群に対してp<0.05で有意であった場合を示し、「**」はp<0.01で有意であった場合を示す。
【0039】
当該結果によれば、対照群では大脳皮質領域から線条体領域にかけて脳梗塞が認められたが、抗体投与群では脳梗塞巣は全く認められなかった。以上の結果の通り、本発明の脳梗塞抑制剤は、極めて優れた脳梗塞の抑制作用を示すことが実証された。
【0040】
実施例4
17匹のウィスター系雄性ラットを、抗HMGB1モノクローナル抗体投与群8匹と非投与群(対照群)9匹に分け、上記実施例3と同様の方法により2時間の局所脳虚血を負荷した。抗HMGB1モノクローナル抗体投与群には、再灌流時(血流再開直後)と血流再開から6時間後および24時間後の計3回、抗HMGB1モノクローナル抗体を200μgずつ投与した。対照群には、同量のラットIgGを投与した。次いで、血流再開から48時間経過後に脳スライスを作成した。線条体領域と大脳皮質領域における梗塞部位の大きさの値の平均値を表2に示す。
【0041】
【表2】

【0042】
当該結果の通り、血流再開から48時間経過後においても抗HMGB1モノクローナル抗体を投与することにより脳梗塞を有意に抑制できることが実証された。但し、24時間経過後に比べて多少の脳梗塞が生じている。これは、時間経過により再灌流障害が進行する結果であるが、対照群では48時間後に重篤な脳梗塞が生じているのに対し、抗HMGB1モノクローナル抗体投与群では軽微な症状しか表れていない。以上の通り、本発明の脳梗塞抑制剤によれば、脳梗塞を顕著に抑制できることが実証された。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】抗HMGB1モノクローナル抗体のHMGB1不活性化作用を示す図である。図1(A)はHMGB1を添加したことによる単球上に発現したICAM−1量を示し、図1(B)は、HMGB1の添加と同時に抗HMGB1モノクローナル抗体を添加した場合のICAM−1量を示す。
【図2】抗HMGB1モノクローナル抗体の投与による脳梗塞の抑制効果を示す図である。2時間の脳虚血から24時間後において、対照群では矢印に示す箇所に脳梗塞が生じているが、抗HMGB1モノクローナル抗体投与群では脳梗塞が全く見られない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗HMGB1モノクローナル抗体を有効成分とすることを特徴とする脳梗塞抑制剤。
【請求項2】
1時間以上の長時間虚血による脳梗塞を抑制するためのものである請求項1に記載の脳梗塞抑制剤。
【請求項3】
虚血再灌流中または虚血再灌流後に投与するものである請求項1または2に記載の脳梗塞抑制剤。
【請求項4】
複数回投与するものである請求項1〜3のいずれかに記載の脳梗塞抑制剤。
【請求項5】
虚血再灌流中または虚血再灌流直後と、その後6〜12時間ごとに投与するものである請求項4に記載の脳梗塞抑制剤。
【請求項6】
抗HMGB1モノクローナル抗体を、1回当たり0.2〜5mg/kg投与するものである請求項4または5に記載の脳梗塞抑制剤。
【請求項7】
虚血再灌流中または虚血再灌流後、持続的に投与するものである請求項1〜3のいずれかに記載の脳梗塞抑制剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−119347(P2007−119347A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−308949(P2005−308949)
【出願日】平成17年10月24日(2005.10.24)
【特許番号】特許第3876325号(P3876325)
【特許公報発行日】平成19年1月31日(2007.1.31)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【出願人】(504147254)国立大学法人愛媛大学 (214)
【Fターム(参考)】