説明

脳模型

【課題】断層画像撮像装置及び撮像データを高精度で調整することを可能とする脳模型を提供する。
【解決手段】頭蓋骨を模した形状のケース10と、ケース10内に19枚のスライス部材7が収容されている。スライス部材7は部材が存在しない空洞と、部材が存在する部材部分とを有する。ここで空洞は、標準的な脳の灰白質部分に相当し、部材部分は、同じく標準的な脳の白質部分または脳室部分に相当する。各スライス部材7は、ケース10内における高さ方向の収容位置が定まっている。従って、各スライス部材7は、それぞれの高さ方向の位置における白質及び灰白質の分布に応じて、空洞及び部材部分が分布するように構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトの脳模型に関し、特に医用画像装置の撮像に適用される各種実験用人体ファントムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、CT(Computed Tomography),MRI(Magnetic Resonance Imaging),SPECT(Single Photon Emission Computed Tomography)、PET(Positron Emission Tomography)などのヒトの断層画像撮像装置のテスト、及び撮像画像に基づく装置の調整(キャリブレーション)、あるいは、撮影した画像データの補正は、既知の対象物を撮像して得られた画像に基づいて行われている。この場合の撮像対象として、従来からよく用いられているのが図9及び図10に示すような脳模型(米国データスペクトラム社製のホフマン3D脳ファントム)である。
【0003】
従来の脳模型は、図9及び図10に示すように、円柱形状の容器110に、空洞123を有する脳短軸断面スライス部材120、120,・・・を重ねて組み立てた構成を有している。そして、円柱形状の容器110に所定の液体を注入し、空洞123が液体で満たされた状態で撮像が行われる。このとき、液体部分から返ってくる信号とスライス部材の部分から返ってくる信号との違いに基づいて断層画像が得られる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ここで、従来の脳模型で使用されているスライス部材120は、脳領域121の外側に脳外領域125を有している。従って、脳領域121内の空洞123に満たされた液体からの信号が、脳外領域125を構成する部材により劣化してしまうというような問題がある。
【0005】
また、従来の脳模型は西洋人の成人の脳を基に作成された脳模型であり、日本人被検者、あるいは小児被検者を撮像した画像に対して調整を行う場合には、従来の脳模型は必ずしも好ましくなかった。
【0006】
また、頭蓋骨の存在は脳核医学検査において、放射線の減衰や吸収を引き起こすが、従来の脳模型には頭蓋骨に相当する部材は附属されていない。そのため、実際の検査における吸収補正などの調整を行うことができず好ましくない。
【0007】
そこで、本発明の目的は、断層画像撮像装置、またはこの撮像装置で撮像した画像データを高精度で調整することを可能とする脳模型を提供することである。
【0008】
本発明の別の目的は、日本人被験者の断層画像を、高精度で撮像することを可能にするための脳模型を提供することである。
【0009】
本発明のさらに別の目的は、小児被験者の断層画像を、高精度で撮像することを可能にするための脳模型を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一実施態様に従う脳模型は、頭蓋骨を模した形状のケースと、前記ケース内に収容されていて、灰白質に相当する領域に空洞が設けられているケース内部材とを備える。
【0011】
好適な実施形態では、前記ケースには、液体注入口が設けられていて、前記液体注入口を閉じることで前記ケースを密閉可能である。そして、前記液体注入口から前記ケース内に液体が注入されると、前記空洞部分が注入された液体で満たされるようになっていてもよい。
【0012】
好適な実施形態では、前記空洞は、左右対称であってもよい。これにより、断層画像撮像装置でこの脳模型を撮像して得られた画像が左右対称となるので、断層画像撮像装置の調整が容易である。
【0013】
好適な実施形態では、前記ケース内部材は、複数のスライス部材が積層された構造になっていて、前記複数のスライス部材のそれぞれは、収容されている前記ケース内の位置における灰白室に相当する領域が空洞になっていてもよい。灰白室に相当する領域が空洞になった複数のスライス部材を積み重ねてケースに収容すればよいでの、脳模型の製造が容易である。
【0014】
好適な実施形態では、前記ケース内には、少なくとも、大脳及び小脳に相当する領域が含まれていてもよい。これにより、断層画像撮像装置でこの脳模型を撮像して得られた画像の大脳部分と小脳部分を対比しながら調整できるので、断層画像撮像データの調整の精度を上げることができる。
【0015】
好適な実施形態では、前記ケース及び前記ケース内部材は、透明または半透明であってもよい。これにより、ケース内に液体を注入したときに、ケース内に気泡が残っているか否かを確認できる。
【0016】
好適な実施形態では、前記空洞の領域は、小児完全正常者の脳に基づいて定められていてもよい。
【0017】
好適な実施形態では、前記空洞の領域は、複数の部分領域に分割されていて、前記ケースには、各部分領域ごとに液体注入口が設けられていてもよい。これにより、各部分領域に濃度の異なった造影剤を注入できるため、この脳模型がより実際の脳に近い状態となる。そして、断層画像撮像装置でこの脳模型を撮像して得られた画像が、画像解析におけるテンプレートとしてより好適である。
【0018】
さらに好適な実施形態では、前記空洞は、大脳領域に対応する部分領域と、小脳領域に対応する部分領域とに分割されていてもよい。
【0019】
好適な実施形態では、前記ケースの一部分が着脱可能であってもよい。これにより、頭蓋骨の一部を切除するような手術を受けた後の状態をシミュレートすることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】脳模型1の正面図である。
【図2】脳模型1の平面図である。
【図3】脳模型1の側面図である。
【図4】脳模型1のA−A断面図である。
【図5】第3スライス部材703の平面図である。
【図6】第2の実施形態に係る脳模型を示す。
【図7】第3の実施形態に係る脳模型の正面図である。
【図8】第3の実施形態に係る脳模型の平面図である。
【図9】従来の脳模型を示す。
【図10】従来の脳模型を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施形態に係る脳模型について、図面を参照して説明する。まず、本実施形態に係る脳模型1の外観を、図1〜図3を用いて説明する。
【0022】
図1は、脳模型1の正面図である。
【0023】
本実施形態に係る脳模型は、人間の頭蓋骨に相当するケース10を有する。ケース10の正面(顔に相当する側)には、鼻を模した突起11が設けられている。本実施形態では、ケース10は、不透明な石膏で構成されたケース側面部13と、透明なアクリル板で構成されたケース頭頂部15とからなる。なお、本実施形態にようにケース10の一部を透明または半透明としてもよいし、側面部13も透明なアクリル板で構成して、ケース10全体を透明または半透明としてもよい。
【0024】
図2は脳模型1の頭頂部から見た平面図であり、図3は脳模型1の側面図である。
【0025】
脳模型1は、頭頂部15に液体注入口2、2を有する。液体注入口2,2を二つ設けたのは、一方から液体を注入したときに、他方から空気が抜けるようにするためである。従って、二つの液体注入口2、2は、それぞれ大きさを異なるようにしてもよい。
【0026】
液体注入口2,2には、図3に示すように、栓3,3をすることができる(図1,2では栓を省略)。例えば栓3,3に雄ネジ、液体注入口2,2に雌ネジを切り、両者が螺合するようにしてもよい。
【0027】
図4は、脳模型1のA−A断面図を示す。
【0028】
同図に示すように、ケース10内部には、透明または半透明のアクリル製の複数のスライス部材7が積層された状態で収容されている。本実施形態では、ケース10内に19枚のスライス部材7が収容され、頭頂部側から第1スライス、第2スライス、第3スライス、・・・とスライスNoが割り当てられていて、最も下が第19スライスとなる。各スライス部材7は、例えば、1mm〜5mm程度の厚さでよい。
【0029】
また、同図に示すように、本実施形態の脳模型1は、少なくとも、大脳領域21及び小脳領域22を包含している。さらに、視床に相当する領域が含まれていてもよい。
【0030】
ここで、ケース10及びスライス部材7の材質は、上述したもの以外でもよい。例えば、CT用及びMRI用には電磁波を遮蔽しない部材、SPECT及びPET用にはγ線を遮蔽しない部材であればよい。また、ケース10及びスライス部材7が透明または半透明であれば、ケース10内部に液体を注入したときに、内部に気泡が残っているか否かを確認しやすい。また、ケース10の部材は、モデルとなる人の実際の頭蓋骨密度と実質的に同じ密度を有する人工骨部材でもよい。
【0031】
図5は、スライス部材7の一例として、頭頂部から3つ目の第3スライス部材703の平面図を示す。
【0032】
第3スライス部材703は、同図に示すように、部材が存在しない空洞71と、部材が存在する部材部分72とを有する。ここで、空洞71は、標準的な脳の灰白質部分に相当し、部材部分72は、同じく標準的な脳の白質部分または脳室部分に相当する。これは、第3スライス部材703以外の他のスライス部材7であっても同様に、灰白質部分が空洞になっている。なお、破線73は、上段のスライス部材(すなわち、第2スライス部材)の輪郭を示す。
【0033】
ここで、各スライス部材7は、それぞれのスライスNoに応じて、ケース10内における高さ方向の収容位置が定まっている。従って、各スライス部材7は、それぞれの高さ方向の位置における白質及び灰白質の分布に応じて、空洞71及び部材部分72が分布するように構成されている。
【0034】
さらに、各スライス部材7は、ケース10内で、隣り合うスライス部材7との間に隙間が生じないように、密着した状態で積み重ねられている。また、各スライス部材7とケース10内面との間の隙間もアクリル、石膏など所定の部材で埋めてある。そして、各スライス部材7が有する空洞71は、互いに連通するようになっている。さらに、各スライス部材の空洞71が連通して形成された空間である全体空洞は、液体注入口2、2とも連通している。従って、液体注入口2,2から液体が注入されると、ケース10内のケース内部材の全体空洞、つまり脳内の灰白質に相当する領域が液体で満たされるようになる。
【0035】
なお、本実施形態では、ケース10内に形成される全体空洞は、スライス部材を積み重ねて形成しているが、このように構成することは、必ずしも必須ではない。
【0036】
また、第2の実施形態として、ケース10内の全体空洞は、複数に分割されていてもよい。つまり、各スライス部材7の空洞71がすべて一つに連通するのではなく、一部の空洞71が連通して部分空洞を形成し、部分空洞同士は互いに独立としてもよい。どのような単位に部分空洞を構成するかは任意である。
【0037】
例えば、図6に示すように、大脳領域の空洞75と小脳領域の空洞76とをそれぞれ独立に構成してもよい。これは、小児の脳では成人と比較して小脳部分の脳血流量が多いことが知られているので、大脳と小脳とで濃度の異なる造影剤をそれぞれの部分空洞に注入することで実際の小児脳により近づけることができるからである。
【0038】
このとき、同図に示すように、それぞれの空洞75,76に液体を注入するための液体注入口2および栓3を、それぞれ別々に設ける。液体注入口2および栓3を設ける位置は、任意の位置でよい。例えば、ケース10の上面でもよいし、側面ないしは底面でもよい。また、一つの空洞について2つ設けられている液体注入口2のうち、一方を上方に設け、他方を下方に設けてもよい。
【0039】
上述した実施形態に係る脳模型1において、全体空洞または部分空洞となる領域を決定するための標準脳としては、あらゆるタイプの脳を採用することができる。例えば、様々な人種(倭人、西洋人など)の標準脳でもよいし、小児、成人または老人の標準脳であってもよい。
【0040】
さらに、第3の実施形態として、ケース10の一部が取り外し可能であっても良い。例えば、第3の実施形態は、図7及び図8に示すように、ケース10が、少なくとも一つ以上の着脱可能なピース52、52,・・・を備えている。そして、いずれかのピース52、52,・・・を取り除いた状態で、内部に液体を注入して使用することができる。
【0041】
上述した実施形態に係る脳模型は、例えば、以下のようにしてCT,MRI,SPECT、PETなどの断層画像の撮像装置の調整に用いることができる。
【0042】
まず、撮像を行う前に、それぞれ撮像装置に応じた所定の液体試薬を液体注入口2,2からケース10内へ注入する。このとき、ケース10内に気泡が残らないようにすることが好ましい。そして、ケース10内の空洞全体が液体試薬で満たされた状態のときに、本実施形態に係る脳模型を撮像対象として撮像を行う。
【0043】
従来の脳模型は、上述のように脳外の領域に模型を構成する部材が存在するが、本実施形態の脳模型1では、頭蓋骨に相当するケース10を備えているので、それが存在しない。この結果、脳外領域の部材による影響を完全に排除した調整用画像を撮像できる。この結果、高精度の補正が可能となる。
【0044】
また、実際の撮像画像において、大脳の血流変化を定量化する場合は小脳の血流と対比して行われる。従って、小脳部分の画像と大脳部分の画像との相対関係を正確に調整することは重要である。本実施形態の脳模型1は、大脳領域及び小脳領域を含んでいるので、調整用画像には双方の領域が含まれる。この結果、この調整用画像を用いることにより、小脳部分の画像と大脳部分の画像とを対比させて、正確に調整することができる。
【0045】
さらに、上記実施形態の脳模型は、全体空洞が左右対称の構造になっているので、調整用画像を用いて調整するときに、左右対称に調整を行えばよいので、調整が容易である。
【0046】
また、第3の実施形態の脳模型は、特に以下のような場合に有効である。すなわち、小児では頭蓋骨縫合線の早期癒合により、頭蓋内圧が亢進し、そのための神経症状などが出現する症例が知られている。そのような、症例に対して脳内の減圧を目的として、部分的に頭蓋骨を切除する頭蓋骨形成術が施行される。この頭蓋骨形成の術前、及び術後には、脳血流SPECT検査が行われる。第3の実施形態に係る脳模型では、ピース52を一つ取り除くことにより、この頭蓋骨形成術後の状態と対応する状態を作り出すことができる。従って、この脳模型で術後の頭蓋骨の欠損の状態をシミュレーションすることができ、SPECT撮像装置でこの状態の脳模型を撮像したデータを用いて、頭蓋骨の欠損影響を除去するために必要な補正をすることができる。
【0047】
さらに、成人では正常ボランティアを募ることにより、正常データベースを作製することが可能であり、現在行われている。しかし、放射能被曝を伴う画像検査に正常な小児ボランティアを募ることは倫理的にできない。本実施形態の脳模型1をもちいて、全国の核医学検査を施行する施設において、小児標準脳としてファントム実験を施行することで、これまで困難であった各施設間でのデータの調整を行うことが可能となり、各施設の希少な小児データの互換性が得られデータ比較が飛躍的に容易となる。ひいては小児医療に多大に貢献することができる。
【0048】
上述した本発明の実施形態は、本発明の説明のための例示であり、本発明の範囲をそれらの実施形態にのみ限定する趣旨ではない。当業者は、本発明の要旨を逸脱することなしに、他の様々な態様で本発明を実施することができる。
【符号の説明】
【0049】
1 脳模型
2 液体注入口
3,3 栓
7 スライス部材
10 ケース
13 ケース側面部
15 ケース頭頂部
21 大脳領域
22 小脳領域
71 空洞
72 部材部分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
頭蓋骨を模した形状のケースと、
前記ケース内に収容されていて、灰白質に相当する領域に空洞が設けられているケース内部材とを備える脳模型。
【請求項2】
前記ケースには、液体注入口が設けられていて、
前記液体注入口を閉じることで前記ケースを密閉可能であり、
前記液体注入口から前記ケース内に液体が注入されると、前記空洞領域が注入された液体で満たされるようになっていることを特徴とする請求項1記載の脳模型。
【請求項3】
前記空洞は、左右対称であることを特徴とする請求項1記載の脳模型。
【請求項4】
前記ケース内部材は、複数のスライス部材が積層された構造になっていて、
前記複数のスライス部材のそれぞれは、収容されている前記ケース内の位置における灰白室に相当する領域が空洞になっていることを特徴とする請求項1記載の脳模型。
【請求項5】
前記ケース内には、少なくとも、大脳及び小脳に相当する領域が含まれていることを特徴とする請求項1記載の脳模型。
【請求項6】
前記ケース及び前記ケース内部材は、透明または半透明であることを特徴とする請求項1記載の脳模型。
【請求項7】
前記空洞の領域は、小児完全正常者の脳に基づいて定められていることを特徴とする請求項1記載の脳模型。
【請求項8】
前記空洞の領域は、複数の部分領域に分割されていて、
前記ケースには、各部分領域ごとに液体注入口が設けられていることを特徴とする請求項2記載の脳模型。
【請求項9】
前記空洞の領域は、大脳領域に対応する部分領域と、小脳領域に対応する部分領域とに分割されていることを特徴とする請求項8記載の脳模型。
【請求項10】
前記ケースの一部分が着脱可能である請求項1記載の脳模型。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−92068(P2010−92068A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−282409(P2009−282409)
【出願日】平成21年12月14日(2009.12.14)
【分割の表示】特願2006−318881(P2006−318881)の分割
【原出願日】平成18年11月27日(2006.11.27)
【出願人】(000149837)富士フイルムRIファーマ株式会社 (54)
【出願人】(504145308)国立大学法人 琉球大学 (100)
【Fターム(参考)】