説明

脳組織の損傷の細胞療法

幹細胞の馴化方法および脳組織の損傷を治療するための該馴化細胞の使用が開示される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願
本願は、2009年3月21日に出願された米国仮特許出願第61/180,243号に対して優先権を主張するものであり、この内容は参考で全体を本明細書中に引用される。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
脳組織の損傷は、外傷または疾患(例えば、神経変性疾患及び脳血管疾患)のいずれかにより生じるが、長期障害の主な原因である。その多能性により、胚性幹細胞(ES細胞)が脳組織の損傷の治療にかなり有望である。しかしながら、道徳的配慮やロジスティックな考えが、幹細胞を使用するのを妨げている。非ES多能性細胞の使用が開発された。にもかかわらず、このような細胞は、神経可塑性(neuroplasiticity)が限られている。ゆえに、これらの神経可塑性を改善する方法の必要性がある。
【発明の概要】
【0003】
発明の要約
本発明は、少なくとも一部は、低酸素プレコンディショニング(hypoxia preconditioning)(HP)をもちることにより、非ES多能性細胞の神経可塑性及び分化能を改善できるという予想できない知見に基づくものである。このように改善された細胞は、脳組織の損傷を治療するのに使用できる。
【0004】
したがって、本発明の一態様は、脳組織の損傷を有する患者の神経学的な行動機能の改善方法を特徴とする。本方法は、脳組織の損傷を受けた患者を同定し、および前記患者に有効量の多能性細胞を含む組成物を投与することを有する。前記多能性細胞は、ES細胞、造血幹細胞(HSC)、または骨髄系幹細胞等の適当な幹細胞でありうる。一実施形態では、多能性細胞は、CD34細胞等のCD34細胞であり、臍帯血から得られる。本方法は、低酸素条件下で細胞を培養した後、細胞のEpac1レベルを評価することをさらに有する。本組成物は、脳内に投与される。一実施形態では、本方法は、非侵襲的手法によって患者への治療効果を評価する段階をさらに有する。
【0005】
多能性細胞は、低酸素条件下で細胞を培養することを有する方法によって調製される。低酸素条件(HP)とは、細胞の亜致死性ストレス(sub-lethal stress)を誘導し、様々な内因性栄養シグナル(endogenous trophic signal)を活性化し、さらに後に起こる致死性損傷(lethal insult)に対する強い保護(robust protection)を誘導する条件を意味する。低酸素条件は、細胞を短期間低酸素にさらすまたは細胞を特定の化学剤と共に一定期間インキュベートすることによってもたらされうる。例えば、12〜48時間、60〜600mM デスフェリオキサミン(DFX)を含む培地に細胞をおくことによって、細胞を低酸素条件下で培養できる。他の形態では、16〜36時間、100〜450mM デスフェリオキサミン(DFX)を含む培地に細胞をおくことによって、細胞を低酸素条件下で培養できる。さらに他の実施形態では、20〜24時間、200〜350mM デスフェリオキサミン(DFX)を含む培地に細胞をおくことによって、細胞を低酸素条件下で培養できる。または、細胞を、12〜48時間、CoClを含む培地でインキュベートしてもよい。CoClの濃度は、10〜500μMの範囲でありうる。好ましい実施形態では、CoClの濃度は約1μMである。
【0006】
また、一定期間、酸素レベルを正常な細胞培養条件より低くした条件下で行うことによって、細胞を低酸素条件下で培養してもよい。例えば、6〜48時間、0.5〜3%Oを含む、12〜36時間、0.8〜1.5%Oを含む、または23〜25時間、0.9〜1.1%Oを含む環境(例えば、インキュベーター)に細胞をおくことによって、細胞を低酸素条件下で培養してもよい。
【0007】
他の態様では、本発明は、患者の組織における血管形成の向上方法を特徴とする。本方法は、有効量の多能性細胞を含む組成物を上記の必要のある患者の組織に投与することを有する。前記多能性細胞は、上記と同様にして調製される。一例では、本方法を用いることにより、脳組織の損傷を有する患者の脳の血管形成を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図面の簡単な説明
【図1A−1】ウェスタンブロットの結果を示す写真および図である。
【図1A−2】ウェスタンブロットの結果を示す写真および図である。
【図2A】処置および神経学的な行動測定プロトコルを示す説明図(A)ならびに処置の結果を示す図および写真(2B〜2G)である。
【図2B】処置および神経学的な行動測定プロトコルを示す説明図(A)ならびに処置の結果を示す図および写真(2B〜2G)である。
【図2C】処置および神経学的な行動測定プロトコルを示す説明図(A)ならびに処置の結果を示す図および写真(2B〜2G)である。
【図2D】処置および神経学的な行動測定プロトコルを示す説明図(A)ならびに処置の結果を示す図および写真(2B〜2G)である。
【図2E】処置および神経学的な行動測定プロトコルを示す説明図(A)ならびに処置の結果を示す図および写真(2B〜2G)である。
【図2F】処置および神経学的な行動測定プロトコルを示す説明図(A)ならびに処置の結果を示す図および写真(2B〜2G)である。
【図2G−1】処置および神経学的な行動測定プロトコルを示す説明図(A)ならびに処置の結果を示す図および写真(2B〜2G)である。
【図2G−2】処置および神経学的な行動測定プロトコルを示す説明図(A)ならびに処置の結果を示す図および写真(2B〜2G)である。
【図3A−1】脳の幹細胞の生着によって引き起こされる血管形成を示す写真および図である。
【図3A−2】脳の幹細胞の生着によって引き起こされる血管形成を示す写真および図である。
【図3B】脳の幹細胞の生着によって引き起こされる血管形成を示す写真および図である。
【図3C】脳の幹細胞の生着によって引き起こされる血管形成を示す写真および図である。
【図3D】脳の幹細胞の生着によって引き起こされる血管形成を示す写真および図である。
【図3E】脳の幹細胞の生着によって引き起こされる血管形成を示す写真および図である。
【図3F】脳の幹細胞の生着によって引き起こされる血管形成を示す写真および図である。
【図3G−1】脳の幹細胞の生着によって引き起こされる血管形成を示す写真および図である。
【図3G−2】脳の幹細胞の生着によって引き起こされる血管形成を示す写真および図である。
【図4A−1】脳の幹細胞の生着によるEpac 1またはMMP2発現における効果を示す写真および図である。
【図4A−2】脳の幹細胞の生着によるEpac 1またはMMP2発現における効果を示す写真および図である。
【図4B−1】脳の幹細胞の生着によるEpac 1またはMMP2発現における効果を示す写真および図である。
【図4B−2】脳の幹細胞の生着によるEpac 1またはMMP2発現における効果を示す写真および図である。
【図4B−3】脳の幹細胞の生着によるEpac 1またはMMP2発現における効果を示す写真および図である。
【図4C−1】脳の幹細胞の生着によるEpac 1またはMMP2発現における効果を示す写真および図である。
【図4C−2】脳の幹細胞の生着によるEpac 1またはMMP2発現における効果を示す写真および図である。
【図4D−1】脳の幹細胞の生着によるEpac 1またはMMP2発現における効果を示す写真および図である。
【図4D−2】脳の幹細胞の生着によるEpac 1またはMMP2発現における効果を示す写真および図である。
【図4E−1】脳の幹細胞の生着によるEpac 1またはMMP2発現における効果を示す写真および図である。
【図4E−2】脳の幹細胞の生着によるEpac 1またはMMP2発現における効果を示す写真および図である。
【図4F】脳の幹細胞の生着によるEpac 1またはMMP2発現における効果を示す写真および図である。
【図5A−1】脳の幹細胞の生着によって引き起こされる神経発生を示す写真および図である。
【図5A−2】脳の幹細胞の生着によって引き起こされる神経発生を示す写真および図である。
【図5A−3】脳の幹細胞の生着によって引き起こされる神経発生を示す写真および図である。
【図5B−1】脳の幹細胞の生着によって引き起こされる神経発生を示す写真および図である。
【図5B−2】脳の幹細胞の生着によって引き起こされる神経発生を示す写真および図である。
【図5B−3】脳の幹細胞の生着によって引き起こされる神経発生を示す写真および図である。
【図5C−1】脳の幹細胞の生着によって引き起こされる神経発生を示す写真および図である。
【図5C−2】脳の幹細胞の生着によって引き起こされる神経発生を示す写真および図である。
【0009】
発明の詳細な説明
ES細胞を用いて脳の神経細胞またはグリア細胞を再生し、これにより脳組織の損傷を治療できることは指摘されてきた。しかしながら、道徳的配慮やロジスティックな考えが、ES細胞を使用するのを妨げてきた。骨髄由来の間充織幹細胞(MSC)やヒト臍帯血(hUCB)等の、非ES多能性細胞が有望な代替物となる。しかしながら、これらの代替物は、加齢により細胞数および増殖/分化能が顕著に減退するため必ずしも使用できない。
【0010】
ヒトの臍帯血は、その原始性及び集めやすさから、多機能性幹細胞採取に有望な候補であるようにみえ、脳の再生に適用される細胞療法の興味深い代替品でありうる。特に、CD34に関する選択による集団、造血系、内皮細胞系、及び神経系由来の前駆細胞(progenitors)で発現する表面分子は、hUCBリッチであり、より多くの初期前駆細胞を含むものであった。しかしながら、ほとんどの人が内因性NSCの運命を調節する造血幹細胞(HSC)を調査しなかった。また、宿主の脳のミクロ環境が移植された幹細胞にとって「有毒」であるため、多くの移植細胞は移植後すぐに死んでしまう(Wei et al., 2005, Neurobiol Dis 19:183-193)。幾つものストラテジーが移植細胞の生着を促進し、移植療法の治療の可能性を上げるために開発された(Wei et al., 2005, Neurobiol Dis 19:183-193; Chen et al., 2002, J Neurol Sci 199:17-24; and Park et al., 2003, Neurosci Lett 353:91-94)が、各アプローチに関連して多くの制限が依然として存在し、現時点では、ほとんどが臨床的に実現不可能である。
【0011】
本明細書に記載されるように、低酸素状態のプレコンディショニング(hypoxia preconditioning)を用いることにより、非ES多能性細胞の神経可塑性及び分化能を向上できることは予想しえなかった。低酸素プレコンディショニング(hypoxic preconditioning)(HP)は、様々な内因性の栄養シグナルを活性化し、次に生じる致命的な損傷に対するゆるぎない保護を誘導する短期の低酸素状態によって誘導される亜致死性ストレスである(Kirino et al., 2002, J Cereb Blood Flow Metab 22:1283-1296およびGidday, 2006, Nat Rev Neurosci 7:437-448)。本明細書に記載されるように、HPは、虚血性障害に対する新規な治療ターゲットを同定するツールとなりうる。幾人かはHP−MSCを用いる治療の可能性を調べたが、ほとんど成功しなかった(Danet et al., 2003, J Clin Invest 112:126-135)。
【0012】
本明細書に記載されるように、HPがHIF−1α活性化を介してcAMP−1によって活性化される交換タンパク質(Exchange protein)(Epac1)の発現をアップレギュレートした後、Rap1−GTP活性を増加することを発見した。また、大脳HP−hUCB誘導性HSC(HP−hUCB34)(intracerebral HP-hUCB derived HSCs (HP-hUCB34) implantation)の移植がEpac1−Rap1シグナル伝達の活性化の分子メカニズムによって神経突起伸長及びMMP分泌を促進することにより脳虚血モデルで神経可塑性を促進することを見出した。
【0013】
Epac1は、小さいGTPase Rap1及びRap2のグアニンヌクレオチド交換因子である(Bos, 2006, Trends Biochem Sci 31:680-686)。Epac1活性化は、Rap1活性を促進して、β1−インテグリンが仲介する付着を促進し、マトリクスメタロプロテアーゼ(MMP2/9)分泌を増加させうる。近年、Epac1シグナル伝達は、軸索再生に関連することがわかった。Epac1の活性化は神経突起伸長を促進し、このことは脊髄組織の神経突起再生を促進する際のcAMP上昇と同様に効果的である。また、活性化Epac1はNGFと相乗的に作用して、PC−12ラットの褐色細胞腫細胞での神経突起伸張を促進することが示された。さらに、内皮前駆細胞(EPC)でのEpac1の活性化は虚血筋に存在する(homing to)EPCおよび後肢虚血モデルの新血管形成を向上しうる。
【0014】
Epac1の誘導のための刺激剤としての組織低酸素の寄与は知られていなかった。低酸素状態中の代謝調節により、間質細胞でのアデノシン濃度が内皮アデノシンレセプター(endothelial adenosine receptor)(AR)を活性化し、内皮細胞の増殖及び遊走を促進するレベルにまで上昇する。
【0015】
本発明は、HP条件下での、臍帯血幹細胞(hUCB)等の、幹細胞のコンディショニング(conditioning)に関する。予めこのようにコンディショニングされた幹細胞を用いることにより、脳組織の損傷を治療することができる。様々な幹細胞を本発明で使用できる。幹細胞の例としては、臍帯血細胞、造血幹細胞、胚性幹細胞、及び機能的に神経細胞またはグリア細胞に分化できる他の幹細胞が挙げられる。
【0016】
「幹細胞」ということばは、数多くの最終的な分化細胞型に分化できる細胞を意味する。幹細胞は、分化全能性であってもまたは多能性であってもよい。分化全能性幹細胞は、一般的に、いずれかの細胞型への発達能を有する。分化全能性幹細胞は、由来が胚性及び非胚性双方であってよい。多能性細胞は、一般的に、様々な異なる最終的な分化細胞型に分化できる細胞である。分化単能性幹細胞は1つの細胞型のみを生産するが、非幹細胞とは区別される自己再生特性を有する。これらの幹細胞は、以下に制限されないが、血液、神経、筋肉、皮膚、腸、骨、腎臓、肝臓、膵臓、胸腺等の、様々な組織または器官系由来であってもよい。本発明によると、幹細胞は、成人または新生児の組織または期間由来であってもよい。
【0017】
本発明に記載される細胞は実質的に純粋である。「幹細胞またはこれ由来の細胞(例えば、分化細胞)について使用される際の、「実質的に純粋である」ということばは、特定の細胞が調製時の細胞の実質的な部分または大多数(即ち、20%、30%、40%、50%、60%、70%、80%、90%、または95%超)を構成することを意味する。通常、細胞の実質的に純粋な集団は、調製時の細胞の少なくとも約70%、一般的には調製時の細胞の少なくとも約80%、特に調製時の細胞の少なくとも約90%(例えば、95%、97%、99%または100%)を構成する。
【0018】
好ましい実施形態では、臍帯血細胞が使用される。これらの幹細胞は、当該分野において既知の方法によって増やされ、さらに標準的な技術によって試験されうる。細胞の分化能を確認するために、当該分野において既知の方法によって、例えば、様々なコロニー形成単位を形成するように誘導されてもよい。
【0019】
このようにして確認された細胞は、自然分化(spontaneous differentiation)、老化、 形態学的変化、成長速度の増加、またはニューロンへの分化能の変化を示さずに、10、20、50、または100以上集団が倍増(population doublings)するように非分化培地でさらに増殖させてもよい。細胞を使用するまで標準的な方法によって貯蔵してもよい。
【0020】
本明細書では同じ意味に使用される、「増殖(proliferation)」及び「拡張(expansion)」ということばは、分裂によって同じ型の細胞の数が増加することを意味する。「分化」ということばは、細胞が特定の機能について特化する、例えば、細胞が初期細胞型とは異なる1以上の形態学的特性および/または機能を獲得する、発達過程を意味する。「分化」ということばは、分化系列決定(lineage commitment)過程及び終末分化(terminal differentiation)過程双方を含む。分化は、例えば、免疫組織化学または当業者に既知の他の方法を用いて、細胞系マーカー(lineage marker)の存在または不存在をモニターすることによって、評価してもよい。前駆細胞由来の分化した子孫細胞は、必ずしもそうである必要はないが、幹細胞の源組織と同じ胚葉または組織に関連してもよい。例えば、神経前駆細胞及び筋肉前駆細胞が造血細胞系列に分化してもよい。本明細書では同じ意味に使用される、「分化系列決定(lineage commitment)」及び「スペシフィケーション(specification)」は、幹細胞が特定の限定された範囲の分化した細胞型を形成するのに特化した(committed to)前駆細胞を生じさせる幹細胞が受けるプロセスを意味する。特化した前駆細胞(committed progenitor cell)は、自己再生または細胞分裂が可能である場合が多い。「終末分化(terminal differentiation)」とは、細胞の成熟した十分分化した細胞への最終分化を意味する。例えば、造血前駆細胞及び筋肉前駆細胞は、神経細胞またはグリア細胞系列に分化してもよく、その終末分化により成熟したニューロンまたはグリア細胞を生じさせる。一般的に、終末分化は、細胞周期からの離脱(withdrawal from the cell cycle)及び増殖の中断に関連する。本明細書中で使用される、「前駆細胞」ということばは、特定の細胞系列に特化し、一連の細胞分裂によってこの系列の細胞を生じさせる細胞を意味する。
【0021】
ES細胞と同様、馴化した(conditioned)hUCBは、神経細胞またはグリア細胞等の、様々な細胞に分化する可能性を有する。したがって、これらを用いることにより、脳組織の損傷を治療するために細胞を再生できる。下記実施例に示されるように、hUCBは、容易に単離し、維持し、インビトロで拡張し、さらに所定の技術的アプローチを用いて分化するよう誘導できる。加えて、マウスまたはラットに馴化した(conditioned)hUCBを移植した後には、有糸分裂により活性のある細胞(mitotically active cell)、奇形腫、または悪性腫瘍の兆候はない。上記細胞を、上記したような懸念なく、脳卒中(stroke)、頭部外傷、または神経変性の治療の際の移植に使用できる。これらの利点により、上記細胞は他の多能性細胞の代替物となりうる。このようにして馴化された細胞は、標準的な方法で貯蔵できるまたは上記必要のある患者の脳内に投与できる。
【0022】
脳組織の損傷を治療するまたは患者の上記疾患の症状を軽減する方法が本発明の範囲に含まれる。上記方法は、脳組織の損傷を患うまたは脳組織の損傷を発症させる危険性のある患者を同定することを含む。患者は、ヒトまたはネコ、イヌ、若しくはウマ等の、ヒト以外の哺乳動物であってもよい。脳組織の損傷の例としては、脳虚血(例えば、慢性の脳卒中)または神経変性疾患(例えば、パーキンソン病、アルツハイマー病、脊髄小脳疾患、またはハンチントン病)によって引き起こされるものがある。治療される患者は、目的とする症状または疾患を診断する標準的な技術によって同定されうる。治療方法は、治療の必要のある患者に有効量の上記HP馴化幹細胞(HP conditioned stem cell)を投与することを有する。
【0023】
上記細胞の治療効果は、標準的な方法(例えば、下記実施例で記載される方法)に従って評価できる。脳血管の血管形成を促進する際の有効性を確認するためには、コンピュータ断層撮影(CT)、ドップラー超音波イメージング(Doppler ultrasound imaging)(DUI)、磁気共鳴イメージング(MRI)、及び陽子磁気共鳴分光(H−MRS)等の、標準的な脳画像技術によって処置前後の患者を調べることができる。例えば、H−MRSは、脳の代謝活性に相関する生化学的情報を得る非侵襲性の手段である(Lu et al., 1997, Magn. Reson. Med. 37, 18-23)。この技術は、幹細胞を移植したまたは移植しない脳虚血にかかわりのある代謝変化を評価するのに使用できる。例えば、ニューロン完全性(neuronal integrity)のマーカーである、脳内のN−アセチルアスパラギン酸(NAA)濃度を研究するのに使用できる。ニューロンデブリ(neuronal debris)におけるNAA再分配及びトラッピング(trapping)は定量的なニューロンマーカーとしての使用を制限するが、脳虚血における脳内のNAA濃度の減少は、ニューロンの欠損または機能障害の指標と考えられうる (Demougeot et al., 2004, J. Neurochem. 90, 776-83)。したがって、H−MRSによって測定される、NAAレベルは、脳虚血後の幹細胞移植効果を追跡するための有用な指標である。
【0024】
また、投与前後に動物から得られたサンプル(例えば、脳脊髄液)中の栄養因子または細胞死に関連するタンパク質(例えば、Epac1またはMMP2)の発現レベルを測定することで、有効性を確認できる。発現レベルは、mRNAレベルまたはタンパク質レベルのいずれかで測定できる。組織サンプルまたは体液中のmRNAレベルの測定方法は当該分野において既知である。mRNAレベルを測定するためには、細胞を溶解し、精製したまたは精製しない、溶解物中のmRNAのレベルを、例えば、(検出可能なように標識された遺伝子に特異的なDNAまたはRNAプローブを用いる)ハイブリダイゼーションアッセイ及び(適当な遺伝子に特異的なプライマーを用いる)定量的なまたは半定量的なRT−PCRによって、測定できる。または、定量的なまたは半定量的なin situハイブリダイゼーションアッセイを、検出可能なように(例えば、蛍光または酵素で)標識されたDNAまたはRNAプローブを用いて組織切片または未溶解の細胞懸濁液について行ってもよい。別のmRNAの定量方法としては、アレイを用いた技術に加えて、RNA保護アッセイ(RNA protection assay)(RPA)法および遺伝子発現の連続分析(serial analysis of gene expression)(SAGE)法がある。
【0025】
組織サンプルまたは体液中のタンパク質レベルの測定方法は当該分野において既知である。標的タンパク質に特異的に結合する抗体(例えば、モノクローナル抗体またはポリクローナル抗体)を用いる場合がある。このようなアッセイでは、抗体自体またはそれに結合する二次抗体が検出可能なように標識されてもよい。または、抗体がビオチンに共役していてもよい。その存在を、検出可能なように標識されたアビジン(ビオチンに結合するポリペプチド)によって測定できる。これらのアプローチの組み合わせ(「多層サンドイッチ」アッセイを含む)を用いることにより、方法の感度を上げることができる。タンパク質測定アッセイ(例えば、ELISAまたはウェスタンブロット)を体液または細胞の溶解物に適用してもよく、また、他の方法(例えば、免疫組織学的方法または蛍光フローサイトメトリー(fluorescence flow cytometry))を組織切片または未溶解の細胞懸濁液に適用してもよい。適当な標識としては、放射性核種(例えば、125I、131I、35S、H、または32P)、酵素(例えば、アルカリホスファターゼ、西洋ワサビペルオキシダーゼ、ルシフェラーゼ、またはβ−ガラクトシダーゼ)、蛍光/発光剤(例えば、フルオレセイン、ローダミン、フィコエリトリン、GFP、BFP、及びQuantum Dot Corporation, Palo Alto, CAによって供給されるQdotTMナノ粒子)がある。他の適用できる方法としては、定量的免疫沈降(quantitative immunoprecipitation)または補体結合アッセイがある。
【0026】
上記アッセイから得られた結果に基づいて、適当な投与量範囲及び投与経路を決定できる。必要な投与量は、投与経路の選択;製剤の性質;患者の病気の性質;患者の大きさ、体重、表面積、年齢、及び性;他の薬剤を投与しているか;ならびに主治医の判断によって異なる。様々な投与経路の異なる有効性を考慮して、投与量を変化させる必要がある。当該分野ではよく理解されるように、最適化のための標準的な経験的な方法(standard empirical routines)を用いて、変動を調節できる。通常、1×10〜1×10個(例えば、1×10〜5×10個、およびより好ましくは5×10〜2×10個)の細胞を投与する。特定の損傷の部位及び性質によっては、複数部位を使用してもよい。下記実施例では、ラットの虚血モデルで細胞を投与するためのおおよその方向性(approximate coordinates)を記載する。他の種での他の疾患に対する方向性(coordinates)は比較のための組織に基づいて適宜決定できる。
【0027】
異種の及び自家のhUCB双方を使用できる。前者の場合では、宿主反応を防止するまたは最小限にするために、HLAの適合を行うべきである。後者の場合には、自家hUCBを患者から増やし(enrich)、精製し、後に使用するために貯蔵する。
【0028】
本発明はまた、神経変性疾患の治療方法を特徴とする。本方法は、神経変性疾患を患っているまたは神経変性疾患を発症する危険性のある患者を同定し、この患者に有効量の多能性動物細胞を投与することを含み、これは上記と同様にしてなされる。神経変性疾患の例としては、パーキンソン病、アルツハイマー病、脊髄小脳疾患、またはハンチントン病がある。上記方法全てにおいて、細胞を、1×10〜1×10個/回、好ましくは1×10〜5×10個/回、またはより好ましくは5×10〜2×10個/回で、患者に(大脳内に)投与する。宿主反応を最小限にするまたは防止するために、細胞は患者に対して自家であることが好ましい。
【0029】
「治療(treating)」ということばは、脳組織の損傷またはこのような損傷を引き起こす疾患を患っているまたは発症する危険のある、患者に、上記損傷/疾患、上記損傷/疾患の症状、上記損傷/疾患に続発する病状、または上記損傷/疾患になりやすい素因を治療する(cure)、軽減する(alleviate)、和らげる(relieve)、矯正する(remedy)、または改善する(ameliorate)ことを目的として、組成物(例えば、細胞組成物)を投与することを意味する。治療方法は、単独でまたは他の薬剤若しくは治療法と組み合わせて行われうる。
【0030】
上記方法は、細胞の移植前に、細胞の移植と同時に、または細胞の移植後に、最小限の免疫抑制レジメで患者に投与することをさらに有してもよい。様々なタイプの免疫抑制レジメが使用できる。例としては、免疫抑制薬の投与、トレンラス(tolerance)を誘導する細胞集団、および/または免疫抑制のための照射(immunosuppressive irradiation)がある。移植に適当な免疫抑制レジメの選択及び投与のためのガイドラインは当該分野において既知である(例えば、Kirkpatrick et al., 1992. JAMA. 268, 2952; Higgins et al., 1996. Lancet 348, 1208; Suthanthiran et al., 1996. New Engl. J. Med. 331, 365; Midthun et al., 1997. Mayo Clin Proc. 72, 175; Morrison et al., 1994. Am J. Med. 97, 14; Hanto 1995. Annu Rev Med. 46, 381; Senderowicz et al., 1997. Ann Intern Med. 126, 882; Vincenti et al., 1998. New Engl. J. Med. 338, 161; Dantal et al. 1998. Lancet 351, 623)。
【0031】
適当な免疫抑制薬の例としては、CTLA4−Ig、抗CD40抗体、抗CD40リガンド抗体、抗B7抗体、抗CD3抗体(例えば、抗ヒトCD3抗体OKT3)、メトトレキサート(MTX)、プレドニゾン、メチルプレドニゾロン、アザチオプリン、シクロスポリンA(CsA)、タクロリムス、シクロホスファミド及びフルダラビン、ミコフェノール酸モフェチル、ダクリズマブ(daclizumab)(ヒト化(IgG1 Fc)抗IL2Rα鎖(CD25)抗体)、毒素(例えば、コレラA鎖、または緑膿菌毒素)に共役した抗Tリンパ球抗体、および哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(protein mammalian-target-of-rapamycin)(mTOR)の活性を阻害できる薬剤がある。
【0032】
本発明は、上記細胞または活性剤/化合物を含む薬剤組成物を提供する。一例では、本発明は、上記多能性細胞(例えば、CD34細胞または臍帯血から得られる多能性細胞)および低酸素剤(hypoxia agent)(例えば、デスフェリオキサミン(DFX)及びCoCl)を有する組成物を特徴とする。薬剤組成物は、治療上有効な量の細胞または活性剤/化合物、及び必要であれば他の活性物質を、製薬上許容できる担体と混合することによって調製できる。担体は、投与経路によって、異なる形態を有しうる。
【0033】
上記薬剤組成物は、公知の医薬品賦形剤及び調製方法を用いて調製できる。すべての賦形剤は、溶剤、造粒剤、湿潤剤、及びバインダーと混合しうる。本明細書に使用される、「有効量」または「治療上有効な量」ということばは、特定の疾患の少なくとも一つの症状またはパラメーターを測定可能な程度に改善する量を意味する。上記細胞の治療上有効な量は、当該分野において既知な方法によって測定できる。疾患を治療するための有効量は、当業者に既知の経験的方法によって容易に決定できる。患者に投与される正確な量は、疾患の状態及び重篤度ならびに患者の体調によって異なるであろう。症状またはパラメーターの測定可能な改善は、当業者によって決定可能であるまたは医者に患者から報告されうる。上記疾患の症状またはパラメーターの臨床学的または統計学的に有意な軽減または改善は本発明の範囲に含まれることは理解されるであろう。臨床学的に有意な軽減または改善とは、患者および/または医者に認識できることを意味する。
【0034】
「製薬上許容できる」という表現は、生理学的に許容でき、一般的にヒトに投与される際に望ましくない反応を引き起こさないような組成物の分子的実体や他の成分を意味する。好ましくは、「製薬上許容できる」ということばは、連邦政府若しくは州政府の監督官庁によって認可されるまたは哺乳動物、及び特にヒトに使用される際に米国薬局方若しくは他の通常認められる薬局方に列挙されることを意味する。製薬上許容できる塩、エステル、アミド、及びプロドラッグは、合法的な医学的な判断(sound medical judgment)内で、過度の毒性、炎症、アレルギー反応等を引き起こさずに患者の組織に接触させて使用するのに適し、理にかなった損益比に見合い、使用目的に対して効果的である塩(例えば、カルボン酸塩、アミノ酸付加塩)、エステル、アミド、及びプロドラッグを意味する。
【0035】
上記薬剤組成物に使用される担体とは、化合物を一緒に投与する希釈剤、賦形剤、またはベヒクルを意味する。このような医薬担体は、水及び油等の、滅菌液体であってもよい。水または水性容積、生理食塩水、ならびに含水デキストロース及びグリセロール溶液が担体として、特に注射溶液に好ましく使用される。適当な医薬担体は、"Remington's Pharmaceutical Sciences" by E. W. Martin, 18th Editionに記載される。
【0036】
上記細胞は、輸液または注射(例えば、静脈内、髄腔内、筋肉内、管腔内、気管内、腹腔内、または皮下)、経口で、経皮的に、または他の既知の方法により個体に投与されうる。投与は、2週間毎に1回、1週間に1回、またはそれ以上であってもよいが、頻度は病気または疾患の維持段階中は減らしてもよい。
【0037】
下記特定の実施例は、単に詳細に説明するものであり、いずれにしても残りの開示部分を限定するものではないと解される。さらに詳述せずとも、当業者は、本明細書の記載に基づいて、本発明の十分利用できると考えられる。本明細書に列挙されるすべての公報は、全体を参考で本明細書中に引用される。さらに、下記で提案されるメカニズムは、本発明の範囲を限定するものではない。
【0038】
材料および方法
CD34 hUCB(hUCB34)の精製及び選択
単核細胞(MNC)を、従来記載される(Kekarainen et al., 2006, BMC Cell Biol 7:30)のと同様にして、新鮮なまたは凍結保存した全ヒト臍帯血(hUCB)(Stemcyte, USA)から調製した。このMNC層をFicoll-Histopaque(Sigma, USA)遠心法(Asahara et al., 1997, Science 275:964-967)を用いて集め、PBSにおける1mM EDTAで2回洗浄した。CD34 MNCを、製造社の指示に従って電磁ビーズ分離法(magnetic bead separation method)(MACS; Miltenyi Biotec, Gladbach, Germany)によって、2×10個のMNCから分離した。簡潔にいうと、MNCを300μL PBS及び5mM EDTA中に懸濁した。これらの細胞を、CD34に対するハプテン共役mAb(hapten-conjugated mAb)(Miltenyi Biotec, Gladbach, Germany)で、さらにはマイクロビーズに連結した抗ハプテンAbで標識し、4℃で15分間、10個細胞あたり100μl ビーズの割合でビーズと共にインキュベートした。ビーズ陽性細胞(CD34 MNC)を、磁場にセットした陽性選択カラム(positive-selection-column)で増やした(enriched)。MACS選択細胞(MACS-sorted cell)のフィコエリトリン(PE)(Becton Dickinson, USA)で標識された抗体CD34抗体(Miltenyi Biotec, Gladbach, Germany)を用いたFACS分析から、94%±1.7%の選択細胞がCD34に陽性であることが示された(データ示さず)。次に、細胞を、1μg/mLのビスベンズイミド(Hoechst 33342; Sigma, USA)で標識し、5% CO/95%空気及び抗生物質の加湿雰囲気中で37℃で培地(StemSpanTM SFEM and Cytokine Cocktail, StemCell Technologies)中で72時間培養し、次の移植用に調製した。
【0039】
低酸素プレコンディショニング(hypoxia preconditioning)(HP)方法および表現型分析
hUCB34細胞(1×10/mL)を、従来記載される(Ivanovic et al., 2000, Br J Haematol 108:424-429)のと同様にして、正常酸素(20% O)または低酸素(1% O)条件で5% CO−加湿インキュベーター中で37℃でStemSpan SFEM培地(StemCell Technologies, Vancouver, Canada)で培養した。低酸素培養物は、Nレベルを調節するためにOプローブを備えた2−ガスインキュベーター(two-gas incubator)(Jouan, Winchester, Virginia, USA)で培養した。細胞数及び生存率をトリパンブルー色素排除アッセイ(trypan blue exclusion assay)を用いて評価した。フローサイトメトリーでは、細胞を抗ヒトCD34(Miltenyi Biotec, Gladbach, Germany)とインキュベートした後、FACSCalibur flow cytometer(Becton, Dickinson and Co.)で分析した。化学的低酸素状態を作製するために、HIF−1αのユビキチン化に必須なプロリル残基の水酸化を阻害することにより低酸素条件を模倣する60〜600mMのデスフェリオキサミン(DFX, Sigma-Aldrich, MO)を含む培地中で処理した(Schioppa et al., 2003, J Exp Med 198:1391-1402)。
【0040】
Rap1活性アッセイ
Rap1活性化アッセイを、製造社の指示に従って市販のRap1−活性アッセイキット(Rap1-activity Assay Kit)(Upstate)を用いて行った(Goichberg et al., 2006, Blood 107:870-879)。簡単にいうと、hUCB34を、上記と同様の短期間低酸素状態で処理した。次に、細胞を、Rap1活性化溶解バッファー(Rap1 activation lysis buffer)中で溶解した。溶解物を遠心して清澄化し、細胞溶解物の一部を全Rap1含量の分析用に用意し、500μLの溶解物をグルタチオンビーズ(Upstate)に予め連結されたRalGDSのGST−標識RBD(GST-tagged RBD)とインキュベートして、GTP結合形態のRap1を特異的に破壊した(pull down)。サンプルを緩やかに回転しながら4℃で45分間インキュベートした。ビーズを溶解バッファーで3回洗浄した。Rap1を抗Rap1抗体(Upstate)によるウェスタンブロットを用いて検出した。
【0041】
クロマチン免疫沈降(ChIP)アッセイ
HIF−1aタンパク質のEpac1プロモーター(Zanata et al., 2002, Embo J 21:3307-3316)への結合を示すために、ChIPアッセイを、若干調節した製造社のプロトコルを用いて市販のキット(Upstate Biotechnology)で行った。従来記載される(Ponnusamy et al., 2008, J Biol Chem 283:27514-27524)のと同様にして、UCB34を4時間空気または1%O中で成長、インキュベートし、ホルムアルデヒドを最終濃度1%になるように培地に添加した後、37℃で20分間インキュベートした。DNA−タンパク質複合体を、サケ精子DNAが連結したタンパク質Aアガロースビーズで単離し、1%SDS、及び0.1M NaHCOで溶出した。65℃で5時間インキュベートすることによって、架橋を逆転した(reverse)。タンパク質をプロテインキナーゼKを用いて除去し、DNAをフェノール/クロロホルムで抽出し、再溶解し、Epac1プロモータープライマー、センス:59−attcagcagatatagggcag−39;及びアンチセンス:59−acagtcagctctcattaatg−39(reverse)を用いてPCR増幅した。
【0042】
電気泳動移動度シフトアッセイ(Electrophoretic mobility shift assay)(EMSA)
EMSAを用いたHIF−1α DNAの結合活性の詳細な評価プロトコルはすでに記載されている(Yin et al., 2000, Biochem Biophys Res Commun 279:30-34)。核抽出物を市販のキット(Pierce)を用いて調製した。Epac1遺伝子プロモーターの低酸素状態−応答エレメント(hypoxia- response element)(HRE)に対応するオリゴヌクレオチドプローブ
【0043】
【化1】

【0044】
を使用した(Zanata et al., 2002, Embo J 21:3307-3316)。このオリゴヌクレオチドは、製造社の指示のもとLight-Shift Chemiluminiscent EMSA Kit (Pierce)を用いてラジオアイソトープ以外のもので標識した(non-radioisotope label)。簡単にいうと、結合反応を、結合バッファー(10mM Tris−HCl、20mM NaCl、1mM DTT、1mM EDTA、及び5% グリセロール、pH 7.6)、0.1ngの標識プローブ(>10,000cpm)、30μgの核タンパク質、及び1μgのpoly(dI−dC)を含む反応混合物20mL中で行った。室温で20分間インキュベートした後、この混合物について、低イオン強度条件下で2〜4時間、180Vで非変性6%ポリアクリルアミドゲルでゲル電気泳動を行った。ゲルを真空乾燥し、オートラジオグラフィーを行った。スーパーシフトアッセイ(supershift assay)では、1μgの抗HIF−1α抗体(Novus Biologicals)を、標識抗体を添加する1時間前にサンプルに添加した。
【0045】
大脳hUCB34移植を受けた実験動物
実験ラット及びマウスを3群に分けた(図2A):HPによるhUCB34の大脳移植(HP−hUCB34)、HPを使用しないhUCB34の大脳移植(hUCB34)、およびベヒクル−コントロール群。すべての移植は、7日目に行った。HP−hUCB34群は、20〜24時間1% O低酸素条件で処置した。脳虚血が、0日目に実験ラット毎で誘導された。脳虚血から7日目に、上記2つの大脳hUCB34移植群の実験ラットの硬膜(dura)から3.0〜5.0mm(マウスでは、2.0〜3.0mm)下の3皮質領域に、26または30ゲージのハミルトンシリンジを介して、3〜5μL PBSにおけるビスベンズイミドで標識した約2×10個細胞のhUCB34の懸濁液を定位で(stereotaxically)注射した。これらの部位に対するおおよその方向性(approximate coordinates)は、l.0〜2.0mm(マウスでは、0〜1.0mm)の前頭からブレグマ(anterior to the bregma)および3.5〜4.0mm(マウスでは、2.0〜2.5mm)の側頭から正中部(lateral to the midline)、0.5〜l.5mm(マウスでは、0〜1.0mm)の後頭からブレグマ(posterior to the bregma)および4.0〜4.5mm(マウスでは、2.0〜3.5mm)の側頭から正中部(lateral to the midline)、ならびに3.0〜4.0mm(マウスでは、1.5〜2.5mm)の後頭からブレグマ(posterior to the bregma)および4.5〜5.0mm(マウスでは、2.0〜3.0mm)の側頭から正中部であった。各注射してから5分間、針を定位置に留置して、注射溶液の漏れを防止するために、骨ろう片を頭蓋欠損部に塗った。ベヒクル−コントロール群のラットには、生理食塩水を定位で(stereotaxically)処置した。従来記載される(Zhao et al., 2004, Cell Transplant 13:113-122)のと同様にして、シクロスポリンA(CsA, 10 mg/kg, ip, Novartis)注射液を、毎日各実験ラットに投与し、等容積のCsAまたは生理食塩水を、移植群及び生理食塩水コントロール群に、それぞれ、注射した。移植したHP−hUCB34でのEpac1活性化を阻害するために、従来記載される(Muller et al., Nature 410:50-56 and Aandahl et al., 2002, J Immunol 169:802-808)のと同様にして、細胞を、さらに2〜3時間、10μg/mLブレフェルジンA(BFA, Sigma-Aldrich)と共にインキュベートした。加えて、従来記載される(Lee et al., 2006, J Neurosci 26:3491-3495)のと同様にして、100mg/kgの広い、クラスに特異的なメタロプロテイナーゼ阻害剤(broad, class-specific metalloproteinase)(GM6001; Chemicon)を、8日間連続して、腹腔内に注射した。
【0046】
神経学的行動の測定
行動評価は、脳虚血の3日前に行った。本試験では、(a)従来記載したのと同様の体の非対称、(b)従来記載したのと同様の自発運動、および(c)従来記載したのを修飾した(Shyu et al., 2008, J Clin Invest 118:2482-2495)のと同様のGrip Strength Meter (TSE-Systems, Germany)を用いて握力を測定した。
【0047】
18F]フルオロ−2−デオキシグルコースポジトロン放射トモグラフィー([18F]fluoro-2-deoxyglucose positron emission tomography)(FDG−PET)試験
脳組織の代謝活性を評価するために、実験ラットについて、従来記載される(Carmichael et al., 2004, Stroke 35:758-763)のと同様にして、[18F]フルオロ−2−デオキシグルコース(FDG)のマイクロPETスキャニング(microPET scanning)を用いて試験し、相対的な代謝活性を測定した。簡単にいうと、自動化18F−FDG合成システム(Nihonkokan)を用いて従来記載される(Hamacher et al., 1986, J Nucl Med 27:235-238)のと同様にして、18F−FDGを合成した。高分解能小動物用PET(high-resolution small-animal PET)(microPET Rodent R4, Concorde Microsystems Inc.)を用いてデータを集めた。システムパラメーターは、Visnyei et al.. (Carmichael et al., 2004, Stroke 35:758-763)に記載される。各処理してから1週間後、抱水クロラール(0.4g/kg,ip)で動物に麻酔をかけ、特製の定位固定頭部保持具(customized stereotactic head holder)に固定し、マイクロPETスキャナー(microPET scanner)中に置いた。次に、動物に、0.5mLの生理食塩水に溶解した18F−FDG(200〜250μCi/ラット)を1回静注で投与した。データの収集を注射と同時に開始し、3−D取得プロトコル(3-D acquisition protocol)を用いて1ベッド位置で60分間継続した。マイクロPETから集めた画像データを、IDL ver. 5.5 (Research Systems)及びASIPro ver. 3.2 (Concorde Microsystems)ソフトウェアで表示、分析した。損傷のない側の目視検査によって評価した際に、線条体及び皮質測定用の冠状断面はブレグマから0〜+1mmの脳領域を表わし、また、視床測定用の冠状断面はブレグマから−2〜−3mmの領域を表した。線条体及び皮質の問題となっている領域(ROI)における相対的な代謝活性は、修飾を加えた従来記載される(Carmichael et al., 2004, Stroke 35:758-763)のと同様の欠損率(%)(percentage deficit)として表した。
【0048】
hUCB34の移植により誘導される血管形成の評価
従来記載される(Morris et al., 1999, Brain Res Brain Res Protoc 4:185-191)のと同様にして、蛍光血漿マーカー(fluorescent plasma marker)(FITC-dextran, Sigma, USA) をラットの静脈に投与し、蛍光顕微鏡(Carl Zeiss, Axiovert 200M, Germany)で観察することによって、脳微小循環を分析した。加えて、脳血管密度を定量化するために、実験ラットに抱水クロラールで麻酔をかけ、4% パラホルムアルデヒドで潅流した。組織切片(6μm)を、Cy−3(1:500, Jackson Immunoresearch, PA, USA)と共役したCD−31(1:100, BD-Pharmingen, USA)に対する特異的な抗体で染色した。従来記載される(Taguchi et al., 2004, J Clin Invest 114:330-338)のと同様にして、血管の数を測定した。
【0049】
脳血流(CBF)の測定
従来記載される(Park et al., 2005, J Neurosci 25:1769-1777).のと同様にして、実験ラットを定位固定フレームに置き、麻酔状態(抱水クロラール)で、レーザドップラー流量計(laser doppler flowmeter) (LDF monitor, Moor Instrutments, Axminster, U.K.)を使用して、基線局所大脳皮質血流(baseline local cortical blood flow)(bCBF)を脳虚血後にモニターした。簡単にいうと、CBF値を、bCGFと比較した場合の増加率(%)として算出した。
【0050】
In situ zymography (ISZ)および免疫組織化学
ゼラチナーゼ活性を局在化させるために、FITCで標識したゼラチンを用いて、in situ zymographyを脳切片で行った。従来記載される(Amantea et al., 2008, Neuroscience 152:8-17)のと同様にして、虚血脳(様々な時点:移植してから3日、7日、14日及び28日)を固定せずに素早く除去し、ドライアイスで凍結した。クリオスタット切片作製(1切片あたり20μm)後、試料を、製造社の指示に従って蛍光標識ゼラチン(Invitrogen)中で37℃で一晩インキュベートした。この技術を用いて、基質がタンパク分解して、緑色蛍光の非ブロック化(unblocking)が起こった。ISZをNeu−N及びEpac1のニューロンに特異的なマーカーに関する免疫組織化学と組み合わせた後、他の別の切片を2%パラホルムアルデヒドで固定し、Cy3(1:500; Jackson Immunoresearch)と共役した. Neu−N(1:200, Chemicon)及びEpac1(1:400, Santa Cruz)の抗体を用いて二重標識した(Amantea et al., 2008, Neuroscience 152:8-17)。
【0051】
ウェスタンブロットアッセイ
また、右頭葉及び線条体領域におけるタンパク質発現を、従来記載される(Shyu et al., 2005, J Neurosci 25:8967-8977)のと同様にして、ウェスタンブロット分析を用いてhUCB34−処置及びコントロール動物で試験した、簡単にいうと、実験動物の首を脳虚血から3日目に切り落とした。虚血性脳皮質のサンプルを梗塞脳の周辺領域(周縁領域(penumbric region))及び線条体から採取した。ウェスタンブロット分析をこれらのサンプルで行った。次に、虚血脳組織をホモジネートし320mM スクロース、5mM HEPES、1μg/mL ロイペプチン、及び1μg/mL アプロチニンを含むバッファー中で溶解した。溶解物を13,000gで15分間遠心した。得られたペレットを、サンプルバッファー(62.5mM Tris−HCl、10% グリセロール、2% SDS、0.1% ブロモフェノールブルー、及び50mM DTT)中に再懸濁し、SDS−ポリアクリルアミドゲル(4〜12%)電気泳動を行った。次に、ゲルをHybond-P nylon膜に移した。この後、Bcl−2(希釈率 1:200; Santa Cruz, USA)、Bcl−xL(希釈率 1:200; Transduction Laboratories, USA)、Bax(希釈率 1:200; Santa Cruz, USA)、Bad(希釈率 1:200; Transduction Laboratories, USA)、MMP2(1:200, Abcam)、Epac1(1:400, Santa Cruz)、CXCR4(1:200, R&D System)及びβ−アクチン(希釈率 1:2000, Santa Cruz, USA)の適当に希釈した抗体と共にインキュベートした。膜ブロッキング、一次及び二次抗体インキュベーション、ならびに化学発光反応を、製造社の指示に従って各抗体について個々に行った。各バンドの強度をKodak Digital Science 1D Image Analysis System (Eastman Kodak, Rochester, NY)を用いて測定した。内部コントロール(internal control)と比較したウェスタンブロットのバンド強度の割合を算出した。結果は、調製物について割合±SEMの平均値として表した。
【0052】
ゲルzymography(Gel zymography)(GZ)
等量のタンパク質を含む脳抽出物及び細胞溶解物を、ゼラチンを含む10%SDS−ポリアクリルアミドゲル(Bio-Rad, CA)にのせた。電気泳動後、ゲルを5% Triton−100で洗浄した後、MMPアッセイバッファー(Bio-Rad)でインキュベートした。バンドをクマシーブリリアントブルーで可視化し、30%メタノール及び10%酢酸で脱染した。
【0053】
インビボでの神経突起再生(neurite regeneration)の評価
脳組織サンプルを免疫染色して、神経突起伸長を測定した。神経突起再生の測定は、従来記載される(Cafferty et al., 2004, J Neurosci 24:4432-4443)のと同様にして行った。簡単にいうと、各実験ラットの脳組織サンプルを固定し、β−チューブリン(1:400; Sigma)に対する特異的な抗体で免疫染色した。定量化分析のために、細胞体直径(cell body diameter)が2倍以上大きなプロセスによるニューロン(neurons with processes)を神経突起を有する細胞としてカウントした。各ニューロンのうち最も長い神経突起の長さをデジタル画像から測定し、画像分析ソフトウェア(SigmaScan 4.01.003)を用いて定量化した。
【0054】
形質転換およびノックアウトマウス系
Nestin-EGFP形質転換マウスは、Dr. Docherty (Bernardo et al., 2006, Mol Cell Endocrinol 253:14-21)から寄贈された。MMP9欠損マウス(MMP9−/−)は、Jackson Laboratory (Bar Harbor, USA)から購入した。MMP2(MMP2−/−)ホモ接合性欠損マウスは、RIKEN Brain Science Institute製のヘテロ接合体を交配することによって得た。中国医科大学病院の動物研究に関する倫理委員会(Ethical Committee for animal research at China Medical University Hospital)は、すべての動物実験を精査して、認可した。
【0055】
脳組織の免疫組織化学的評価
従来記載される(Shyu et al., 2004, Circulation 110:1847-1854)のと同様にして、動物に抱水クロラール(0.4g/kg、ip)で麻酔をかけ、生理食塩水を経心腔的潅流(transcardial perfusion)した後、4%パラホルムアルデヒドに浸漬しながら潅流することによって、脳を固定した。FITC(1:500; Jackson Immunoresearch)またはCy3(1:500; Jackson Immunoresearch)と共役した、Epac1(1:400, Santa Cruz)、MMP2(1:50, Abcam)、GFAP(1:400; Sigma)、MAP−2(1:200; BM)、Neu−N(1:200; Chemicon)、及びvWF(1:400; Sigma)に対する特異的な抗体を用いた二重免疫蛍光技術(double immunofluorescence technique)は、従来報告されている。組織切片をCarl Zeiss LSM510レーザー−スキャニング共焦点顕微鏡(laser-scanning confocal microscope)で分析した。
【0056】
GFP神経幹細胞(GFP NSC)の分離
3日齢の新生形質転換Nestin-EGFP-C57BL/6マウスの脳を取り出した。髄膜を除いた後、従来記載される(Wachs et al., 2003, Lab Invest 83:949-962)のと同様にして、側脳室の側壁の海馬及び脳室下層(subventricular layer)を無菌的に単離し、分離した。次に、細胞を、B27(Gibco BRL, Germany)、2mM L−グルタミン(PAN, Germany)、100U/mL ペニシリン/0.1mg/L ストレプトマイシン(Gibco, Germany)を添加したNeurobasal(NB)培地(Gibco BRL, Germany)に再懸濁した。培養物を維持、拡張するために、NB/B27を、2μg/mL ヘパリン(Sigma, Germany)、20ng/mL FGF−2(R&D Systems, Germany)及び20ng/mL EGF(R&D Systems, Germany)と共にさらに添加した。培養物を5% CO2の加湿インキュベーターで37℃で維持した。4〜6代継代したGFPNSC培養物を本研究を通じて使用した。
【0057】
CD34細胞とGFP NSCとの共培養(Co-culture)
GFP NSC(1×10)をトリプシン処理を用いて集め、CD34細胞との共培養のために6ウェル組織培養プレートの各ウェルに分割した(subdivide)。1×10細胞/mLからの範囲の免疫選択したCD34細胞を、6ウェルの組織培養プレートで、50ng/mL 幹細胞因子(stem cell factor)(SCF; Kirin Brewery, Tokyo, Japan)、50ng/mLのflt3−リガンド(flt3-ligand) (FL; R&D systems, Minneapolis, MN, USA)、50ng/mM インターロイキン−3 (IL-3; R&D systems, Minneapolis, MN, USA)、及び25ng/mL インターロイキン−6(IL-6; R&D systems, Minneapolis, MN, USA)の飽和量の組み換えヒトトロンボポエチン(rhTPO; Kirin Brewery, Tokyo, Japan)、ならびにDMEMを含む、10% FBS、2ミリモル/L L−グルタミン、1X ITS−S(Life Technologies, San Francisco, CA, USA)を含む混合物2mL中に再懸濁した。1mLの新鮮な培地を、計8日間、2日毎に各ウェルに添加した。
【0058】
免疫細胞化学的分析
従来記載される(Cafferty et al., 2004, J Neurosci 24:4432-4443)のと同様にして、細胞培養物をPBSで洗浄し、4% パラホルムアルデヒドで室温で30分間固定した。PBSで洗浄した後、固定した培養細胞をブロック溶液(blocking solution) (PBS中、10g/L BSA、0.03% Triton X−100、及び4% 血清)で30分間処理した。細胞を、3時間、グリア細胞繊維性酸性タンパク質(GFAP, 1:300; Chemicon)、ストロマ細胞由来因子1(SDF-1, 1:200; Chemokine)、CXCレセプタータイプ4(CXCR4, 1:200; Chemokine)、MMP9(1:200, Abcam)、βIII−チューブリン(Tuj-1, 1:200; Chemicon)、微小管結合タンパク質−2(MAP-2, 1:300; Chemicon)及び神経細胞核抗原(neuronal nuclear antigen)(Neu-N, 1:50; Chemicon)を含む、一次抗体と共に、さらに1時間、FITCと共役した二次抗体と共に、4℃で一晩インキュベートした後、PBSで3回リンスした。最後に、スライドをDAPIで素早く(lightly)対比染色した後、標本にした(mount)。
【0059】
インビトロでの神経突起再生の評価
β−チューブリン免疫染色では、細胞培養物をPBSで洗浄し、4% パラホルムアルデヒドで室温で30分間固定した。PBSで洗浄した後、固定した培養細胞をブロック溶液(blocking solution) (PBS中、10g/L BSA、0.03% Triton X−100、及び4% 血清)で30分間処理した。細胞を、3時間、β−チューブリン(1:200; Chemicon)に対する抗体と共に、さらに1時間、FITCと共役した二次抗体と共に、4℃で一晩インキュベートした後、PBSで3回リンスした。最後に、スライドをDAPIで素早く(lightly)対比染色し、水で洗浄した後、標本にした(mount)。従来記載されるのを修飾して(Cafferty et al., 2004, J Neurosci 24:4432-4443)、神経突起を有する細胞の数及び神経突起の長さを評価した。簡単にいうと、各処理群の細胞をOGD後播種し、固定し、β−チューブリンについて免疫染色した。定量化のために、神経突起を有するニューロンを、細胞体の長さの2倍以上大きいプロセスを有するものとして規定した。各ニューロンの最も長い神経突起の長さをデジタル画像から測定し、SigmaScan画像分析プログラム(SigmaScan imaging analysis program)(SigmaScan 4.01.003)を用いて定量した。すべての測定データは、3連の実験から算出した。
【0060】
統計分析
本研究のすべての測定を盲目的に行った。結果は、平均±SEMとして表す。行動スコア(behavioral score)を正規性のために評価した。Student’s t-testを用いて、コントロール及び処置群との平均差を評価した。正規分布のないデータは、one-way ANOVA によって分析した。P<0.05の値は有意差ありとみなした。
【0061】
結果
HPはhUCB34細胞の優先的効果を促進する
ウェスタンブロットから、HP−hUCB34におけるEpac1の発現の向上が20〜24時間の低酸素条件でタンパク質レベルで確認されたことが示された(図1A−1〜1A−2)。DFXで処理したHP−hUCB34は、低酸素または正常酸素条件のいずれにおいても、コントロール細胞に比して非常により高いレベルのEpac1を達成した(図1A)。我々はまた、HP−及びDFX−で処理したhUCB34における低酸素誘導因子−1α(Hypoxia-inducible factor-1α)(HIF−1α)のタンパク質レベルの増加を検出した(図1A−1〜1A−2)。短期間の低酸素状態でのHP−hUCB34は、活性GTP−結合形態のRap1を増加し、刺激の15分後に最大に到達した。これらのデータから、HP−hUCB34は機能性Epac1を発現し、低酸素状態はHP−hUCB34でRap1−GTP活性を活性化できることが示される。
【0062】
HIF−1α及びEpac1プロモーター間の相互作用に関する直接的な証拠を得るために、我々は、クロマチン免疫沈降(ChIP)アッセイを使用して、Epac1プロモーターへのHIF−1αのリクルート(recruitment)を測定した。HIF−1α及びEpac1プロモーター間の相互作用が正常酸素条件では観察されなかったが、Epac1プロモーターへのHIF−1αのリクルート(recruitment)が低酸素条件では4時間後に明らかに検出された。
【0063】
大脳のHP−hUCB34移植は、脳虚血後の神経学的な行動を改善する
神経学的な行動測定プロトコルを用いて、HP−hUCB34−(n=10)及びhUCB34−処置ラット(n=10)、ならびにコントロールラット(n=10)におけるMCAライゲーション前後の神経機能を評価した(図2A)。行動測定スコアをすべてベースラインスコアに対して正規化した。脳虚血はアンバランスな運動活動を引き起こすので、すべての実験ラットは、顕著な体の非対称性を発症し、脳虚血してから1日目に反対側から虚血脳の側に回転する。hUCB34を磁気ビーズ分離法(magnetic bead separation method)(MACS)によって単離した。単離したhUCB34の純度は、FACS分析によって確認した場合、90%以上であることが分かった(データ示さず)。処置してから14〜28日後、大脳のHP−hUCB34移植により処置されたラットは、hUCB34−処置およびコントロールラットに比べて体の非対称性が有意に低減した(図2B)。すべての動物で脳虚血前後で、自発運動を調べた。垂直運動(vertical activity)、垂直運動時間、及び垂直運動数は、hUCB34−処置及びコントロールラットに比べてHP−hUCB34移植を受けたラットで脳虚血後14〜28日で有意に向上した(図2C、D及びE)。さらに、処置前および2処置をそれぞれ行ってから28日目にすべての実験ラットの前肢の力を調べて、握力の測定を行った。結果から、hUCB34−処置及びコントロールラットに比べてHP−hUCB34群で握力比がより高くなっていることが分かった(図2F)。これに対して、HP−hUCB34移植後にMMP阻害剤(GM6001)を腹腔内注射された実験ラット(n=8)の神経学的な行動測定では、ほとんど回復が認められず。これは脳虚血後のベヒクルコントロールラットの測定結果と同様であった(図2B〜F)。加えて、虚血ラットでブレフェルジンAをインキュベートしたHP−hUCB34移植後の神経機能障害改善の度合いは、Epac1活性化を阻害することによってコントロールグループ(n=8)と同程度にまでダウンレギュレートされた(図2B〜F)。
【0064】
グルコース代謝活性はHP−hUCB34で処置された脳卒中ラット(stroke rat)で促進される
大脳のHP−hUCB34移植がグルコース代謝活性を促進するかどうかを確認するために、各実験ラットを18FDG−PETによって調べた。グルコース代謝を、各処置から1週間後にFDG microPETによって測定した。microPET画像でのFDGの取り込みから、HP−hUCB34−処置群の右皮質にわたってFDGの取り込みが著しく増加することが示された(図2G−1〜2G−2)。(非脳卒中半球(non-stroke hemisphere)に対する)右半球における相対的なグルコース代謝活性の半定量的な測定から、hUCB34−処置(n=8)及びコントロールラット(n=8)に比べてHP−hUCB34−処置ラット(n=8)で有意な促進が認められた。
【0065】
大脳のHP−hUCB34移植はインビボで細胞の生着および神経分化を促進する
体外移植されたHP−hUCB34が虚血脳に生着し、実験ラットの虚血脳でニューロン、及びグリア細胞に分化するかどうかを決定するために、Laser-Scaning Confocal Microscopeを用いた免疫蛍光共局在化(immunoflourescent colocalization)研究を行った。ビスベンズイミドで標識された移植HP−hUCB34は虚血脳に良好に生着した(図3A−1及び3A−2)。共局在化研究から、ビスベンズイミド標識細胞によっては、HP−hUCB34−処置虚血ラット脳の周縁部(penumbra)でMAP−2、Neu−N、及びGFAP(図3B〜D)に対する抗体と共局在化することが示された。また、HP−hUCB34−処置ラットでの分化率(おおよそ5.5%MAP−2、おおよそ4%Neu−N及びおおよそ9.5% GFAP)(n=8)は、hUCB34−処置ラット(おおよそ3%MAP−2、おおよそ2%Neu−N及びおおよそ5%GFAP)(n=8)に比べてより高かった。加えて、HP−hUCB34−処置ラットにおける生着細胞数は、GM6001(n=8)の注射及びブレフェルジンA−前処置(n=8)によって減少した(図3A−2)。
【0066】
大脳HP−hUCB34移植は、血管形成を誘導して、脳血流(rCBF)を促進する
HP−hUCB34が血管形成を誘導するかどうかを決定するために、二重免疫蛍光染色(double immunofluorescent staining)、FITCデキストラン潅流(FITC-dextran perfusion)研究、および血管密度(blood vessel density)アッセイを、HP−hUCB34−処置、hUCB34−処置およびベヒクル−コントロール処置ラットの脳スライスで行った。結果から、幾つかの移植HP−hUCB34(ビスベンズイミド−標識)は虚血脳の周縁領域の血管周囲及び内皮領域(図3E)周辺で血管表現型(vascular phenotype)(vWF細胞)を示すことが示された。目視検査から、HP−hUCB34(n=8)による処置はhUCB34処置(n=8)及びコントロール(n=8)に比べてFITC−デキストランによる脳微小血管潅流を有意に促進することが示された(図3F)。CD31の免疫染色によって調べられた血管密度の定量測定(図3F)から、HP−hUCB34で処置された虚血ラット(n=6)は、hUCB34で処置された虚血ラット(n=8)またはコントロールラット(n=8)に比べて周縁領域で有意により多くの血管新生(neovasculature)を示すことが分かった(図3F)。
【0067】
血管密度の増加が虚血脳の機能性CBFを促進するかどうかを確認するために、実験ラットを脳虚血後に麻酔下でレーザードップラー流量計(LDF)によってモニターした。脳虚血の1週間で、hUCB34−処置ラット(n=8)及びコントロールラット(n=8)に比べてHP−hUCB34−処置ラット(n=8)の中脳動脈皮質(middle cerebral artery cortex)でのCBFが有意に増加した(図3G−1及び3G−2)。
【0068】
大脳HP−hUCB34移植は、抗アポトーシスタンパク質(apoptotic protein)、Epac1、及びMMP2の発現を向上することによって神経組織を救出する
HP−hUCB34移植の塑性効果の基礎にある分子メカニズムを調べるために、我々は、アポトーシス関連タンパク質の発現を調べた。ウェスタンブロットから、hUCB34−処置(n=6)及びコントロールラット(n=6)に比べて移植してから3日目にHP−hUCB34−処置ラット(n=6)でBcl−2等の抗アポトーシスタンパク質の発現が有意にアップレギュレートしたことが示された(図4A−1及び4A−2)。
【0069】
HP−hUCB34移植が脳虚血ラットでEpac1、及びMMP2発現をアップレギュレートするかどうかを調べるために、我々は、in situザイモ電気泳動(in situ zymography)(ISZ)、ゲル電気泳動(gel zymography)(GZ)、免疫組織学(IHC)及びウェスタンブロット分析を使用した。ISZから、活性ゼラチナーゼがHP−hUCB34移植後の、全脳、特に周囲移植領域(peri-implanted region)にわたって存在することが示された(図4B−1〜4B−3)。ISZでのゼラチナーゼ活性の増加から、HP−hUCB34移植後のEpac1との共局在化が示された(図4B−2及び4B−3)。移植してから7日目に、ISZとIHC分析との組み合わせから、hUCB34−処置ラット(n=6)に比べて、HP−hUCB34−処置ラット(n=6)の脳切片で、ゼラチナーゼ−Neu−N−ビスベンズイミド共発現細胞がより多く存在することが示された(図4C−1及び4C−2)。GZから、ゼラチナーゼ活性(MMP2)が、移植してから7日目に、hUCB34−処置ラット(n=6)に比べてHP−hUCB34−処置ラット(n=6)で有意に増加することが示された(図4D−1及び4D−2)。ウェスタンブロットタンパク質発現プロフィールから、hUCB34−処置(S)(n=6)またはベヒクル−コントロールラット(Cv)(n=6)に比べてHP−hUCB34移植ラット(n=6)で3〜7日後にEpac1、及びMMP2の有意な促進が示された(図4E−1及び4E−2)。HP−hUCB34移植は活性GTP−結合形態のRap1を増加し、移植してから3日後に最大になった。IHC研究では、3D共局在化から、HP−hUCB34移植が移植してから7日目に生着細胞のEpac1、及びMMP2の共発現を促進することが示された(図4F)。
【0070】
大脳HP−hUCB34移植は神経発生を促進して、インビボでの神経突起の再生を促進する
移植されたHP−hUCB34が実験ラットの虚血脳でEpac1活性化で調節されたニューロン及びグリア細胞に分化するかどうかを決定するために、Laser-Scaning Confocal Microscope を用いた免疫蛍光共局在化研究を行った。3次元の共局在化研究において、結果から、ビスベンズイミド標識細胞によっては、HP−hUCB34−及びhUCB34−処置虚血ラット脳の周縁部でEpac1細胞と、さらにはMAP−2、Neu−NまたはGFAP細胞のいずれかと共局在化することが示された(図5A−1〜5A−3)。
【0071】
幹細胞移植及びコントロール群での神経突起形成を測定して、HP−hUCB34またはhUCB34の移植が神経突起伸長を刺激するかを確認した。大脳HP−hUCB34移植は、hUCB34−処置及びコントロールラットに比べて軸索再生を有意に促進した(図5B−1)。有意に長い神経突起が脳虚血してから28日目にhUCB34−処置(n=8)及びコントロールラット(n=8)に比べてHP−hUCB34処置ラット(n=8)の周縁域で伸長した。さらに、HP−hUCB34処置ラット(n=8)は、hUCB34−処置(n=8)及びコントロールラット(n=8)に比べて脳虚血してから28日目に周縁域及び線条体でより多くの神経突起を有するニューロンを有していた(図5B−3)。しかしながら、ブレフェルジンAをインキュベートしたHP−hUCB34の移植(n=8)は、脳虚血ラットで神経突起の再生を促進しなかった(図5B−1〜5B−3)。さらに、HP−hUCB34及びhUCB34移植は、脳虚血後に正常な同腹子マウス(n=8)のと比較してMMP2−/−マウス(n=8、それぞれ)の神経突起変性を有意に改善した(図5C−1及び5C−2)。
【0072】
上記結果から、CD34で免疫選択された(CD34-immunosorted)ヒチト臍帯血造血幹細胞のHP(HP−hUCB34)は、HIF−1α誘導によりcAMPによって活性化された交換タンパク質(exchange protein activated by cAMP)(Epac1)を活性化できることが示された。HPによるEpac1活性化はRap1 GTPase−活性化タンパク質(Rap1 GTPase-activating protein)(Rap1−GTP)の発現の測定によって示された。HP−hUCB34における活性化Epac1−Rapシグナル伝達は、神経障害及びグルコース代謝活性を向上することによって神経可塑性を促進し、幹細胞移植脳虚血モデルに存在する神経前駆細胞(NPC)を促進した。加えて、Epac1−Rap1カスケードによるHP−hUCB34のMMP2の活性の増加はまた、幹細胞を移植した脳卒中ラットで血管形成及び神経突起再生を促進した。要約すると、hUCB34におけるHPによるEpac1−Rap1シグナル伝達の活性化はさらにMMP2活性を調節し、これによりHP−hUCB34−移植脳虚血モデルで神経可塑性ニッチ(neuroplastic nich)が提供された。
【0073】
他の実施形態
本明細書中に開示されるすべての特徴は、いずれの組み合わせで組み合わせてもよい。本明細書中に開示される各特徴は、同じ、等価の、または同様の目的を果たす別の特徴で置換されてもよい。ゆえに、特記しない限り、開示される各特徴は、包括的な一連の等価のまたは同様の特徴の一例でしかない。上記説明から、当業者は、本発明の本質的な特徴を容易に確認でき、本発明の概念および範囲から逸脱することなく、本発明を様々に変更したり修飾したりして、様々な用法や疾患に適用できる。ゆえに、他の実施形態もまた、以下の特許請求の範囲に含まれる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脳組織の損傷を受けた患者を同定し、および
該患者に有効量の多能性細胞を含む組成物を投与することを有し、
該多能性細胞は低酸素条件下で細胞を培養することを有する方法によって調製される、
脳組織の損傷を有する患者の神経学的な行動機能の改善方法。
【請求項2】
該多能性細胞はCD34細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
該多能性細胞はCD34細胞であり、臍帯血から得られる、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
低酸素条件下で細胞を培養した後該細胞のEpac1レベルを評価することをさらに有する、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
該組成物は脳内に投与される、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
非侵襲的手法によって患者への治療効果を評価することをさらに有する、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
低酸素条件下で細胞を培養することは、12〜48時間、60〜600mM デスフェリオキサミン(DFX)を含む培地に細胞をおくことによって行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
低酸素条件下で細胞を培養することは、16〜36時間、100〜450mM デスフェリオキサミン(DFX)を含む培地に細胞をおくことによって行われる、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
低酸素条件下で細胞を培養することは、20〜24時間、200〜350mM デスフェリオキサミン(DFX)を含む培地に細胞をおくことによって行われる、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
低酸素条件下で細胞を培養することは、6〜48時間、0.5〜3%Oを含むインキュベーターに細胞をおくことによって行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
低酸素条件下で細胞を培養することは、12〜36時間、0.8〜1.5%Oを含むインキュベーターに細胞をおくことによって行われる、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
低酸素条件下で細胞を培養することは、23〜25時間、0.9〜1.1%Oを含むインキュベーターに細胞をおくことによって行われる、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
有効量の多能性細胞を含む組成物を血管形成を向上させる必要のある患者の組織に投与することを有し、該多能性細胞は低酸素条件下で細胞を培養することを有する方法によって調製される、患者の組織における血管形成の向上方法。
【請求項14】
該患者は脳組織の損傷を受けており、該組織は患者の脳である、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
低酸素条件下で細胞を培養することは、12〜48時間、10〜500μM CoClを含む培地に細胞をおくことによって行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項16】
低酸素条件下で細胞を培養することは、12〜48時間、約100μM CoClを含む培地に細胞をおくことによって行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項17】
一以上の多能性細胞および低酸素化剤(hypoxia agent)を含む組成物。
【請求項18】
該一以上の多能性細胞はCD34+細胞である、請求項17に記載の組成物。
【請求項19】
該一以上の多能性細胞は臍帯血から得られる、請求項18に記載の組成物。
【請求項20】
該低酸素化剤(hypoxia agent)はデスフェリオキサミンまたはCoClである、請求項19に記載の組成物。

【図1A−1】
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【図1A−2】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図2D】
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【図2E】
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【図2F】
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【図2G−1】
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【図2G−2】
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【図3A−1】
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【図3A−2】
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【図3B】
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【図3C】
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【図3D】
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【図3E】
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【図3F】
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【図3G−1】
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【図3G−2】
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【図4A−1】
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【図4A−2】
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【図4B−1】
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【図4B−2】
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【図4B−3】
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【図4C−1】
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【図4C−2】
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【図4D−1】
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【図4D−2】
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【図4E−1】
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【図4E−2】
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【図4F】
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【図5A−1】
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【図5A−2】
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【図5A−3】
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【図5B−1】
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【図5B−2】
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【図5B−3】
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【図5C−1】
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【図5C−2】
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【公表番号】特表2012−527480(P2012−527480A)
【公表日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−512051(P2012−512051)
【出願日】平成22年5月21日(2010.5.21)
【国際出願番号】PCT/US2010/035696
【国際公開番号】WO2010/135610
【国際公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【出願人】(511281718)ステムサイト インコーポレイテッド (1)
【Fターム(参考)】