説明

腫瘍の検出方法

【課題】従来法に比較してより適切に腫瘍の悪性度を判定し、予後診断を行う方法及び試薬を提供する。
【解決手段】サバイビン及びEGFRをマーカーとして用いて腫瘍を検出する方法であって、組織におけるサバイビン及びEGFRの転写又は発現の程度を指標に腫瘍の存在を検出する方法及び腫瘍の悪性度を判定する方法、及び腫瘍組織検体中のサバイビン及びEGFRを免疫組織化学染色又は免疫細胞化学染色し、次いで全観察細胞数に対するサバイビン陽性細胞数及びEGFR陽性細胞数の比率を測定し、その値から腫瘍の悪性度を判定することを特徴とする腫瘍の悪性度を判定する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリオーマ等の腫瘍の検出方法、並びに腫瘍の検出に使用することのできる診断キットに関する。
【背景技術】
【0002】
腫瘍の1種であるグリオーマ(神経膠腫)は、本来は神経細胞の間にあって色々な意味で神経細胞を支持しているグリア細胞が腫瘍化したもので、脳に発生する悪性腫瘍のうち、原発性脳腫瘍の約1/3を占める。グリオーマのうち、最も悪性度の低いWHOグレードIは、小児の小脳に発生するびまん性星状細胞腫で、この腫瘍だけはあまり周囲の脳に浸潤しないので、手術のみで治癒することも可能である。WHOグレードII以上のグリオーマは手術だけでは再発することが多く、手術後に放射線や抗癌剤による化学療法、免疫療法などが行われる。特にWHOグレードVIのグリオーマは、脳腫瘍の中でも最も悪性度の高い腫瘍のひとつで、膠芽腫(こうがしゅ)と呼ばれる。膠芽腫は、現在なお治療が困難な疾患であり、手術だけでは大半が数ヶ月以内に再発するため、術後の放射線療法や化学療法は必須である。悪性グリオーマの診断は従来WHOの基準に従って悪性度を示す4つのグレード(グレードIからVI)に分類されており、その予後はこのグレードにしたがっているとされている。グリオーマの悪性度の判定は、患者の血管撮影、MRI、CT、病理診断などの検査をし、様々な角度より総合的に判定しており、この判定結果は患者の治療法を決めるための指標の一つとされている。しかし、悪性度と患者の予後が一致しないケースや同じグレードであっても患者の予後にばらつきが認められていた。
【0003】
従来検査の欠点を補うべく、グリオーマ患者の脳組織中に発現するサバイビンと呼ばれるタンパク質(アポトーシス抑制因子)の発現を指標にグリオーマの予後診断を行う方法が開発されていた(特許文献1を参照)。
【0004】
【特許文献1】特開2004-138522号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、従来法に比較してより適切にグリオーマ等の腫瘍の悪性度を判定し、予後診断を行う方法及び試薬の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
従来、グリオーマ患者の脳組織中に発現するサバイビンの発現のみを指標としてグリオーマの診断を行っていたが、グリオーマの悪性度を明確に判定し、予後を正確に診断することはできなかった。とくにサバイビン発現量が低いにも関わらず、予後悪性となる患者が散見された。本発明者等は、グリオーマとサバイビン及びEGFレセプター(EGFR)の発現との関係を解析することで、サバイビンのみだけではなく、EGFRの発現と組み合わせて診断を行うことで、グリオーマ等の腫瘍の悪性度を詳細に分類し、予後を正確に診断し得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] サバイビン及びEGFRをマーカーとして用いて腫瘍を検出する方法。
[2] 組織におけるサバイビン及びEGFRの転写又は発現の程度を指標に腫瘍の存在を検出する方法であって、組織におけるサバイビン及びEGFRの転写又は発現を測定し、サバイビン及びEGFRの転写量又は発現量が正常組織と比較して大きい場合に腫瘍が存在すると判定する、[1]の腫瘍を検出する方法。
【0008】
[3] 腫瘍組織におけるサバイビン及びEGFRの転写又は発現の程度を指標に腫瘍の悪性度を判定する方法であって、腫瘍組織におけるサバイビン及びEGFRの転写又は発現を測定し、サバイビン及びEGFRの転写量又は発現量が正常組織と比較して大きい場合に腫瘍の悪性度が高いと判定する、腫瘍の悪性度を判定する方法。
【0009】
[4] 腫瘍組織検体中のサバイビン及びEGFRを免疫組織化学染色又は免疫細胞化学染色し、次いで全観察細胞数に対するサバイビン陽性細胞数及びEGFR陽性細胞数の比率を測定し、その値から腫瘍の悪性度を判定することを特徴とする[3]の腫瘍の悪性度を判定する方法。
【0010】
[5] 腫瘍がグリオーマであり、組織が脳組織である[1]から[4]のいずれかの方法。
[6] サバイビン及びEGFRをマーカーとして用い腫瘍を検出するための腫瘍診断キット。
[7] 少なくとも抗サバイビン抗体及び抗EGFR抗体を含む、サバイビン及びEGFRをマーカーとして用い腫瘍を検出するための[6]の腫瘍診断キット。
[8] 腫瘍がグリオーマである[6]又は[7]の腫瘍診断キット。
【発明の効果】
【0011】
サバイビン・インデックス及びEGFR・インデックスを併用してグリオーマ等の腫瘍の診断を行うことで、適切な予後診断が可能となり、適切な治療方法や治療方針を立てることが可能となった。適切な予後診断により、根治療法からターミナルまで患者一人一人に合った治療法の選択が可能となる。すなわち、必要十分な放射線療法、化学療法、遺伝子治療、さらには身体的苦痛や精神的苦痛の適切な軽減処置などを選択することができるようになり、腫瘍患者のQOL(Quality of Life)の維持向上を図ることができる。更に、EGFRの発現量が高く、サバイビンの発現がまだ低い患者についてEGFRの発現量を抑制できれば、効果的な腫瘍の治療を行うことができる可能性が示唆される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の方法においては、サバイビン及びEGFレセプター(EGFR)をマーカーとして用いて、腫瘍を検出する。ここで、検出とは、腫瘍が存在するかどうかを判定すること、患者が腫瘍に罹患しているかどうか判定すること、腫瘍の悪性度を判定すること、腫瘍に罹患した患者の予後を診断すること等を含む。本発明において、腫瘍の検出という場合、腫瘍の悪性度判定及び腫瘍の予後診断が含まれ、腫瘍の悪性度判定という場合、腫瘍の予後診断が含まれる。
【0013】
サバイビンは、バキュロウィルス由来のアポトーシス阻害タンパク質に含まれる、アポトーシス阻害ドメインと相同性のあるアミノ酸配列を含む蛋白の一つとして同定されているものである。その作用は活性型Caspase-3に結合し、そのタンパク質分解活性を阻害することである。また、サバイビンを欠損した細胞は増殖が阻害されることが知られており、細胞の増殖に必須の蛋白であると考えられる。このサバイビンは、生体内では多くのヒト癌細胞やリンパ腫で発現しており、癌細胞の増殖に関与していると考えられている。
【0014】
EGFR(上皮増殖因子受容体)は、上皮増殖因子(EGF)の生理作用を細胞内へ伝達する糖タンパク質であり、ほとんどすべての組織細胞に見出される。食道、肺等の扁平上皮癌ではEGFRの発現が増大することが知られている。しかし、グリオーマの予後判定にEGFRの測定が有効であるかは見解が分かれている。
【0015】
本発明において、対象となる腫瘍は限定されず、いかなる腫瘍も対象となり得る。良性腫瘍、悪性腫瘍のいずれも対象となるが、特に悪性腫瘍に対して有効である。悪性腫瘍を発生臓器別に分類すると、脳・神経腫瘍、膀胱癌、皮膚癌、胃癌、肺癌、肝癌、リンパ腫・白血病、結腸癌、膵癌、肛門・直腸癌、食道癌、子宮癌、乳癌、骨・骨肉腫、平滑筋腫、横紋筋腫、その他の癌に分類される。上記のとおり、対象となる腫瘍は特に限定されず、前記の腫瘍、癌、いずれも含まれるが、特に脳組織におけるグリオーマに対して有効である。これらの腫瘍の検出、悪性度判定、予後診断のためにはそれぞれの腫瘍が生じる組織におけるサバイビン及びEGFRの転写又は発現を測定すればよい。
【0016】
本発明の方法においては、組織におけるサバイビン及びEGFRの転写若しくは発現のいずれか又は両方を検出することにより、調べた組織における腫瘍を検出することができる。サバイビン及びEGFRの転写はサバイビンをコードするmRNA及びEGFRをコードするmRNAを測定することにより検出することができ、サバイビン及びEGFRの発現はサバイビン蛋白及びEGFR蛋白を測定することにより検出することができる。
【0017】
サバイビン及びEGFRの転写を検出する場合、組織又は細胞を生体試料として採取し、該試料中に含まれるサバイビンをコードするmRNA及びEGFRをコードするmRNAを測定すればよい。mRNAの測定のためには、組織の一部を採取し、材料として用いる。例えば、対象が脳組織のグリオーマである場合、開頭手術等により外科的に摘出した脳組織の一部を採取し、材料として用いる。mRNAの測定は採取した組織又は細胞からmRNAを抽出して行うことができ、さらに、組織切片標本を作製するか、又は採取した細胞をスライドガラス上に固定し、in situ ハイブリダイゼーション法により染色して行ってもよい。あるいは、抽出したmRNAをノーザンブロット法やRT-PCR等の公知のRNA測定法により測定すればよい。mRNAの抽出は公知の方法、例えば、新生化学実験講座2 核酸I 分離精製 東京化学同人 1991年7月10日や分子生物学実験プロトコールI 丸善株式会社 平成9年6月30日の記載に従って行うことができる。in situ ハイブリダイゼーションは、例えば分子生物学実験プロトコールIII 丸善株式会社 平成9年8月30日の記載に従って行うことができる。この際、サバイビンをコードするmRNA及びEGFRをコードするmRNAを特異的に測定するために、サバイビンをコードするmRNA及びEGFRをコードするmRNAの部分配列に相補的な部分配列からなるプローブ又はプライマーを用いる。サバイビン及びEGFRの塩基配列は公知であり(例えば、サバイビンはGenBank アクセッション番号U75285で登録されており、EGFRはNM_005228で登録されている)、公知の塩基配列情報に基づいて、プローブ又はプライマーを設計することができる。サバイビン遺伝子の塩基配列を配列番号1に、サバイビンのアミノ酸配列を配列番号2に、EGFR遺伝子の塩基配列を配列番号3に、EGFRのアミノ酸配列を配列番号4に表わす。上記プライマー又はプローブは、サバイビン遺伝子又はEGFR遺伝子の断片であり、塩基の数は5〜50、好ましくは10〜30、さらに好ましくは15〜25である。
【0018】
サバイビン及びEGFRの発現を検出する場合、組織又は細胞を生体試料として採取し、該試料中に含まれるサバイビン及びEGFRを測定すればよい。組織又は細胞は上記のようにして採取すればよい。この際、組織又は細胞からタンパク質を抽出し、該抽出物中のサバイビン及びEGFRを測定することができ、さらに、免疫組織化学又は免疫細胞化学の手法により免疫染色を行うことにより測定することもできる。
【0019】
抽出したタンパク質の測定は、ELISA、ラジオイムノアッセイ、ウエスタンブロッティング等の公知の免疫測定法(イムノアッセイ)を用いればよい。
【0020】
免疫組織化学又は免疫細胞化学の手法による測定は、採取した組織の切片標本を作製するか、採取した組織の細胞をスライドガラス上に固定して行う。組織は必要により適宜固定して用いる。固定には中性ホルマリン、10%ホルマリン、アセトン、メタノール等を含有する緩衝液等の固定液を使用することができる。固定液の組成や固定法は、例えば、「改訂版 酵素抗体法」、編集 渡辺慶一、中根一穂 学際企画株式会社出版等に記載の公知の方法で行うことができる。固定後の組織は、必要によりパラフィン中に包埋し、ミクロトーム等の薄切装置で1〜5μm程度の厚さのパラフィン切片標本を作製する。パラフィン切片標本は、測定時にキシレンやエタノール処理等によりパラフィンを除去し、生理食塩水又は緩衝液に浸して親水化すればよい。また、パラフィン切片に代えて、凍結切片を用いることもできる。
【0021】
染色は、酵素、蛍光物質、放射性同位元素等で標識した抗サイバビン抗体及び抗EGFR抗体を用いてもよいし、抗サイバビン抗体及び抗EGFR抗体を切片標本中のサイバビン及びEGFRに結合させた後に、抗サイバビン抗体及び抗EGFR抗体に結合する2次抗体であって酵素、蛍光物質、放射性同位元素等で標識した2次抗体を用いてもよい。
【0022】
抗サイバビン抗体及び抗EGFR抗体は公知の手法によりモノクローナル抗体又はポリクローナル抗体として作製すればよい。また、市販の抗サイバビン抗体及び抗EGFR抗体を用いることもできる。抗体の標識は公知の方法により行うことができる。
【0023】
抗体の標識に用いる酵素として、例えば西洋ワサビペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ等が挙げられ、蛍光物質として、例えばフルオレセイン、ローダミン等が挙げられる。また、公知のビオチン-アビジン複合体を利用して染色してもよい。
【0024】
免疫細胞化学は採取した細胞をホルマリン等を用いてスライドガラス上に固定し、免疫組織化学の手法と同様の方法で細胞中のサイバビン及びEGFRを可視化すればよい。免疫組織化学又は免疫細胞化学において、染色は顕微鏡や肉眼で判断することもできるし、適当な光学的測定装置を用いてもよい。免疫組織化学による染色は、例えば分子生物学実験プロトコールIII 丸善株式会社 平成9年8月30日刊行の記載に従って行うことができる。免疫組織染色及び免疫細胞染色方法には、ABC(Avidin Biotin Complex)法、直接標識酵素抗体法、LSAB(Labelled Strept Avidin Biotin)法、SABC(Strept Avidin Biotin Complex)法、Envision(DAKO社製)やMAX-PO(ニチレイ社製)等を利用したポリマー法等が挙げられるが、本発明はいずれの方法で行うこともできる。
【0025】
例えば、ABC法またはSABC法は以下のようにして行う。
組織上に存在するサバイビン及びEGFRをそれぞれ抗サバイビン抗体及び抗EGFR抗体により捕捉し、サバイビン/一次抗体複合体及びEGFR/一次抗体複合体を生成させる。次いで、組織を洗浄後、この一次抗体に対する抗体(一般には、一次抗体を得た動物のイムノグロブリンに対する抗体)にビオチンを標識した二次抗体を加え、サバイビン/一次抗体複合体及びEGFR/一次抗体複合体と結合させ、サバイビン/一次抗体複合体/ビオチン標識二次抗体及びEGFR/一次抗体複合体/ビオチン標識二次抗体からなる三重複合体を生成させる。ついで、ビオチンと共有結合できるアビジンまたはストレプトアビジンを結合した西洋ワサビペルオキシダーゼをこの三重複合体と反応させ、その複合体に発色剤を加えてこれを酵素的に発色させる。この発色量によりサバイビン及びEGFRの量を測定する。
【0026】
上記のように、組織又は細胞におけるサバイビン及びEGFRの転写又は発現を検出し、サバイビン及びEGFRの転写量又は発現量が増加している場合、腫瘍に罹患していると判定することができる。例えば、組織又は細胞の抽出物中のサバイビン及びEGFRのmRNA又はタンパク質を測定する場合、あらかじめ腫瘍に罹患していない正常人の単位重量組織又は単位細胞数当りのサバイビン及びEGFRのmRNA又はタンパク質を測定し、正常人の値よりサバイビン及びEGFRのmRNA又はタンパク質レベルが有意に高い場合、腫瘍に罹患していると判定し得る。
【0027】
サバイビン及びEGFRの転写又は発現の検出は、腫瘍に罹患した患者の腫瘍が悪性か良性かの鑑別に利用することができる。予後の診断、特に生存日数の予測に利用することもできる。この場合、サバイビン及びEGFRの転写量又は発現量が正常組織に比較して有意に増加している場合、生存率の短い悪性の腫瘍であると判定することができ、また予後が不良であると判定することができる。さらに、組織を用いたin situ ハイブリダイゼーション又は免疫組織化学の手法によれば、組織のどの部分が正常でどの部分が腫瘍かを鑑別することもできる。
【0028】
上記のようにして測定されたサバイビン及びEGFR量から、腫瘍の検出・診断が可能であるが、より正確に腫瘍の悪性度を識別し、又は腫瘍の予後を判定するためには、組織切片の単位体積若しくは面積当り、又は単位細胞数当りのサバイビン及びEGFRの転写又は発現を測定すればよい。例えば全観察細胞数に対するサバイビン陽性細胞数及びEGFR陽性細胞の比率を測定してサバイビン・インデックス(%)及びEGFR・インデックス(%)を算出し、この値から腫瘍の悪性度又は腫瘍の予後を判定するのが好ましい。具体的に顕微鏡を用いて細胞数を観察する場合、サバイビン・インデックス(%)、EGFR・インデックス(%)は下記式により算出される。
サバイビン・インデックス(%)=100×(顕微鏡観察における1視野中のサバイビン陽性細胞数)/(顕微鏡観察における1視野中の総細胞数)
EGFR・インデックス(%)=100×(顕微鏡観察における1視野中のEGFR陽性細胞数)/(顕微鏡観察における1視野中の総細胞数)
【0029】
本発明の方法において、サバイビン・インデックスが50%未満の場合にサバイビン・インデックス低とし、サバイビン・インデックスが50%以上の場合にサバイビン・インデックス高とする。また、EGFR・インデックスが50%未満の場合にEGFRインデックス低とし、EGFR・インデックスが50%以上の場合にEGFR高とする。サバイビン・インデックス及びEGFR・インデックスが高である場合に、生存率が長く予後の良好な低悪性度の腫瘍であると判定され、サバイビン・インデックス及びEGFR・インデックスが低である場合に、生存率の短い高悪性度の腫瘍が存在すると判定される。また、サバイビン・インデックス及びEGFR・インデックスを指標にグリオーマのWHOグレード等の腫瘍の悪性度を評価することもできる。サバイビン・インデックス及びEGFR・インデックスとグレードの関係は、各グレードにおける両インデックスを解析することにより、明確になり、グレード判定におけるカットオフ値を定めることもできる。
【0030】
上記のように、サバイビン・インデックス及びEGFR・インデックスを指標として、腫瘍の予後の診断を行うことができ、根治療法からターミナルケアまで患者一人一人に合った適切な治療を選択することができ、患者のQOL(Quality of Life)の維持向上につながる。
【0031】
さらに、EGFR・インデックスが高であるが、サバイビン・インデックスが低である腫瘍患者の生存率は高く予後が比較的良好である。従って、EGFR・インデックスが高であり、サバイビン・インデックスが低である場合は、EGFR又はその下流シグナルを抑制することで効果的な腫瘍の治療を施すことができると判定することができる。
【0032】
本発明は、さらにサバイビン及びEGFRをマーカーとして用いグリオーマ等の腫瘍を検出するための検出試薬、腫瘍の悪性度を判定するための検出試薬、及び腫瘍の予後を診断するための検出試薬及びキットをも包含する。該試薬及びキットは、少なくともサバイビン及びEGFR遺伝子断片をプローブ又はプライマーとして含む試薬及びキットであり、あるいは少なくとも抗サバイビン抗体及び抗EGFR抗体を含む試薬及びキットである。該試薬及びキットはさらに抗サバイビン抗体及び抗EGFR抗体に結合する標識抗体を含んでいてもよい。
【実施例】
【0033】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0034】
患者データの収集
1996年から2005年までの日本医科大学付属病院及び武蔵小杉病院のグリオーマ患者のうち、詳細な病歴が明らかな99名を選択した。各症例は診断前3ヶ月以内に発症し、以前にグリオーマと診断されていないものを選択していることから、全て原発と分類される。全患者に対して、手術による悪性腫瘍の切除、化学療法及び放射線療法を試みている。患者の術時の年齢は8から82歳で、平均は54歳であった。男性は55名、女性は44名、観察期間に99名中78名が亡くなった。生存日数は最初の開頭術から死亡するまでの日数とし、最長2000日まで観察した。その中央値は383日(55週)である。術中に切除した組織はパラフィン包埋後、ミクロトームで4μm厚の切片とし、ヘマトキシリン・エオジン染色した。染色した標本は、少なくとも2名以上の病理学者か脳外科医が観察し、世界保健機構(WHO)のガイドラインに沿って病理診断と悪性度(グレード)の決定を行った。その結果を表1に示す。表には病理診断の結果毎に症例数、その平均年齢、性別、生存日数の中央値を示した。
【0035】
【表1】

【0036】
グリオーマ組織の免疫染色
抗サバイビン抗血清は、文献(Uematzu M他、 J Neurooncol 2005;72:231-238)記載の方法で調製した。増殖細胞で高発現することから腫瘍マーカーとして検討されてきたKi-67に対する抗体(クローンK-2)とグリオーマ発症機序との関連が報告されているEGFレセプター(EGFR)に対する抗体(クローン3C6)はベンタナ社(アリゾナ、USA)から購入した。ミクロトームで4μm厚としたグリオーマの組織切片をスライドに貼り付け、それぞれの抗血清と抗体で染色した。染色には全自動染色装置NexES染色システム(ベンタナ社)を用いた。染色条件は、脱パラフィン後に変性バッファー(CC1、ベンタナ社)で1時間処理後、それぞれの抗血清又は抗体で37℃、32分間反応し、ビオチン化二次抗体で37℃、10分間、アビジン結合ペルオキシダーゼでさらに10分間反応後、3’, 3-ジアミノベンジディンで発色した。対比染色にはマイヤーヘマトキシリンを用い、脱水後にソフトマウント(WAKO社、東京)でマウントした。抗サバイビン抗血清による染色像を図1に示す。サバイビン抗体を用いて染色した場合、正常細胞は染色されず、グリオーマ細胞は茶色に染色される。この茶色に染色された細胞をサバイビン陽性細胞とした。図中のバーは50μmである。また、抗EGFR抗体による染色像を図2に示す。EGFR抗体を用いて染色した場合、正常細胞は染色されず、EGFRが多く発現している細胞は茶色に染色される。この茶色に染色された細胞をEGFR陽性細胞とした。バーは50μmである。1視野について5視野をランダムに選択し、各視野200個の細胞について抗体によって染色された陽性細胞数をカウントし、インデックスを求めた。
【0037】
免疫染色したグリオーマ組織標本の評価
染色した組織は顕微鏡下で観察した。1標本について5視野をランダムに選択し、各視野200個の細胞について抗体によって染色された陽性細胞数をカウントした。抗サバイビン抗血清陽性細胞率(サバイビン・インデックス)が0から50%未満の場合をサバイビン・インデックス低とし、50%以上をサバイビン・インデックス高とした。抗Ki-67抗血清陽性細胞率(Ki-67・インデックス)が0から10%未満の場合をKi-67・インデックス低とし、10%以上をKi-67・インデックス高とした。抗EGFR抗血清陽性細胞率(EGFRサバイビン・インデックス)が0から50%未満の場合をEGFR・インデックス低とし、50%以上をEGFR・インデックス高とした。以上の結果を表2に示す。同じグレード内でもそれぞれのインデックスについて高となる割合が異なっており、別々の病態を示していることがわかる。
【0038】
【表2】

【0039】
サバイビン・インデックスによる予後診断
各要因と生存日数間で、Mantel-CoxのLogrankテストにより解析した結果を表3に示す。年齢、グレード、サバイビン・インデックス、Ki-67・インデックス、EGFR・インデックスのいずれについても有意であった。特にサバイビンとKi-67の両インデックスについては、P<0.0001と極めて有意であった。この時のKaplan-Meier生存曲線を図3Aに示す。サバイビン・インデックスの高低指標に2群に分けてMantel-CoxのLogrankテストによる解析を行った結果、発現が低いものは明らかに生存率が高かった。サバイビン・インデックス高の患者生存日数は中央値で322日、サバイビン・インデックス低の患者で1084日(P < 0.0001)と、サバイビン・インデックスが低い患者の予後は顕著に良好であった。このとき、予後が比較的良好ではあるが予後に大きなばらつきのでるグレードII,IIIのみに限定して、生存曲線を求めた(図3B)。サバイビン・インデックスの高低指標に2群に分けてMantel-CoxのLogrankテストによる解析を行った結果、発現が低いものは明らかに生存率が高かった。やはり、サバイビン・インデックスが低い患者の予後は顕著に良好であり、P = 0.0004であった。グレードIVのみについて同様に生存曲線を求めた(図3C)。この場合もP = 0.0207と有意にサバイビン・インデックスが低い患者の予後は良好であった。一方、Ki-67・インデックスで同じくグレードII、IIIについて生存曲線を求めた時はP = 0.0002であったが、グレードIVのみについて解析した場合はP = 0.2681と有意差は無かった。この結果は、Ki-67・インデックスよりもサバイビン・インデックスの信頼性が高いことを示している。
【0040】
サバイビン・インデックスと他の変数との関連
Fisherの直接確率計算法又はχ2検定を用いて、サバイビン・インデックスと他の変数との相関を調べた結果を表4に示す。サバイビン・インデクッスと性別あるいはEGFR・インデクッスとの間に統計学的関連は認められなかった。一方、サバイビン・インデックスと年齢あるいはグレードとの間には相関が認められた(P = 0.0017及び0.0002)。これは、高齢で悪性度の高い患者ほどサバイビンの発現が高いことを意味している。また、Ki-67・インデクッスとの間ではP = 0.0002と、高い相関を示した。これは、どちらのインデックスも細胞増殖が盛んなほど高くなるという同じ傾向を示すことによるものと考えられる。
【0041】
サバイビン・インデックスとEGFR・インデックスの組合せによる予後判定
サバイビン・インデックスとEGFR・インデックスとの相関はP = 0.0573と低いことから、両インデックスはグリオーマの異なる病態を表している可能性が高い。しかしながら、EGFR・インデックス単独では、高と低で生存日数の中央値が404日と702日、P = 0.0800(表3)と予後の判定には明確な基準とはならない。そこで、サバイビン・インデックスの高と低のグループについてそれぞれをEGFR・インデックスで分類し、生存曲線を調べた(図4)。サバイビン・インデックスが低いと診断されたものと高いと診断されたものそれぞれについて、さらにEGFR・インデックスにより分類し、生存曲線を求めた。サバイビン・インデックスが低いものの中でも、EGFR・インデックスが低いものは生存率がより高く、その発現が高いものは生存率が低かった。すなわち、サバイビン・インデックスの高いグループではEGFR・インデックスの高低は生存日数に関係しないが、サバイビン・インデックスの低いグループではEGFR・インデックスが高と低で生存日数の中央値が795日と1509日、P < 0.0001と予後に大きな差があった。特にサバイビン・インデックスもEGFR・インデックスも低いグループには全32名の患者が含まれるが、その内8名は最も悪性度の高いグレードIVに分類されていた。その染色像を図5に示す。ヘマトキシリン・エオジン染色像はグレードIVであることを示しているが、抗サバイビン抗血清でも抗EGFR抗体でも染色されなかった。バーは50μmである。通常の病理検査(A:ヘマトキシリン・エオシン染色)でグレードIVと診断されると、通常1年未満で死亡するが、サバイビン・インデックスとEGFR・インデックスがいずれも低い(B:抗サバイビン抗血清による染色、C:抗EGFR抗体による染色)と診断された患者は、2000日まで予後を観察したところ、1例において2000日以上生存し、もう1例でも1933日生存した。明らかに、通常のグリオーマIV患者の予測される予後とは大きく異なる。
【0042】
以上の結果はサバイビン・インデックスとEGFR・インデックスを組み合わせることで、予後をより正確に診断できることを示している。
【0043】
【表3】

【0044】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の方法及び試薬により悪性グリオーマ等の腫瘍の検出、悪性度判定及び予後診断が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】抗サバイビン抗血清によるグリオーマ組織の染色像を示す図である。
【図2】抗EGFR抗体によるグリオーマ組織の染色像を示す図である。
【図3A】サバイビン・インデックスで分類されたグリオーマ患者の生存曲線を示す図であり、グリオーマ組織全体(グレードII〜IV)について、サバイビン・インデックスの高低を指標に2群に分けて解析を行った結果を示す図である。
【図3B】サバイビン・インデックスで分類されたグリオーマ患者の生存曲線を示す図であり、グリオーマ組織(グレードII〜III)と診断されたグリオーマ組織について、サバイビン・インデックスの高低を指標に2群に分けて解析を行った結果を示す図である。
【図3C】サバイビン・インデックスで分類されたグリオーマ患者の生存曲線を示す図であり、グリオーマ組織(グレードIV)と診断されたグリオーマ組織について、サバイビン・インデックスの高低を指標に2群に分けて解析を行った結果を示す図である。
【図4】サバイビン・インデックスとEGFR・インデックスの組合せで分類されたグリオーマ患者の生存曲線を示す図である。
【図5】サバイビン・インデックスとEGFR・インデックスがいずれも低いグレードIVのグリオーマ組織染色像を示す図である。Aはヘマトキシリン・エオジン染色像であり、Bは抗サバイビン抗血清による染色像であり、Cは抗EGFR抗体による染色像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サバイビン及びEGFRをマーカーとして用いて腫瘍を検出する方法。
【請求項2】
組織におけるサバイビン及びEGFRの転写又は発現の程度を指標に腫瘍の存在を検出する方法であって、組織におけるサバイビン及びEGFRの転写又は発現を測定し、サバイビン及びEGFRの転写量又は発現量が正常組織と比較して大きい場合に腫瘍が存在すると判定する、請求項1記載の腫瘍を検出する方法。
【請求項3】
腫瘍組織におけるサバイビン及びEGFRの転写又は発現の程度を指標に腫瘍の悪性度を判定する方法であって、腫瘍組織におけるサバイビン及びEGFRの転写又は発現を測定し、サバイビン及びEGFRの転写量又は発現量が正常組織と比較して大きい場合に腫瘍の悪性度が高いと判定する、腫瘍の悪性度を判定する方法。
【請求項4】
腫瘍組織検体中のサバイビン及びEGFRを免疫組織化学染色又は免疫細胞化学染色し、次いで全観察細胞数に対するサバイビン陽性細胞数及びEGFR陽性細胞数の比率を測定し、その値から腫瘍の悪性度を判定することを特徴とする請求項3記載の腫瘍の悪性度を判定する方法。
【請求項5】
腫瘍がグリオーマであり、組織が脳組織である請求項1から4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
サバイビン及びEGFRをマーカーとして用い腫瘍を検出するための腫瘍診断キット。
【請求項7】
少なくとも抗サバイビン抗体及び抗EGFR抗体を含む、サバイビン及びEGFRをマーカーとして用い腫瘍を検出するための請求項6に記載の腫瘍診断キット。
【請求項8】
腫瘍がグリオーマである請求項6又は7に記載の腫瘍診断キット。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図3C】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−292424(P2008−292424A)
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−141012(P2007−141012)
【出願日】平成19年5月28日(2007.5.28)
【出願人】(803000034)学校法人日本医科大学 (37)
【Fターム(参考)】