説明

膜式水門

【課題】従来の膜式水門と比べて優れた膜式水門を提供する。
【解決手段】流水や船舶の水路を横切る方向に設けられた一対の支持柱と、前記一対の支持柱に固定され前記一対の支持柱により支えられて展張される膜構造体と、前記一対の支持柱の上部に両端がそれぞれ固定される頂部圧縮梁、及び、前記一対の支持柱の下部に両端がそれぞれ固定される底部圧縮梁のいずれか一方又は両方を備え、平水時において、前記一対の支持柱間の略中央における前記膜構造体の撓みδ0が0であるように前記膜構造体が展張されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流水や船舶の水路に設けられる水門に関する。対象となる水門は高潮、津波、高水(本川から支川への逆流)、波浪(静穏化)、流木流入(港内等への)等に対応するものであり、また、陸閘門も含まれる。
【背景技術】
【0002】
高潮や津波などに対応する為の大型水門が数多く設置されている。既設大型水門のほとんどは鋼製の水門扉を用いている。
これに対して、下記先行技術文献に記載されているように、膜構造体を用いた膜式水門が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003−13431公報「防潮・防波堤」 海側と川側の境界で、川の両側の防波堤にそれぞれ杭基礎を設け、同両側の杭基礎間には、各杭基礎に端部を係止され、深さ方向で水面上に一部を突出して全水深に亘って延びると共に幅方向で前記両側の杭基礎間に亘って延び、前記両側の防波堤で入口を規制された水路を開閉する遮蔽体を設けたものである。前記遮蔽体は、水深方向に所定間隔を有して配置され川幅に亘って延びた複数のケーブルワイヤーと、同ケーブルワイヤーの長手方向に所定間隔を有して係止され水深方向に亘って延びた複数の梁部材と、同ケーブルワイヤー及び梁部材により川側から係止された膜部材とよりなる膜構造体である。あるいは、前記遮蔽体は、複数の膜部材を水深方向に延びるヒンジにより連結し、同ヒンジにより蛇腹状に屈伸する膜構造体である。あるいは、前記遮蔽体は、複数の鋼製トラスを水深方向に延びるヒンジにより連結し、海側に膜部材を係止した膜構造体である。あるいは、前記遮蔽体は、水深方向及び川幅方向に複数の鋼製箱を連結した複数の鋼製箱型構造体を水深方向に延びるヒンジにより連結したものである。
【特許文献2】特開2004−176452公報「防潮・防波堤の展張方法」 膜構造体を用いた膜式水門において、水路中央部に位置し水深方向及び長手方向に畳まれた状態の膜構造物の両端を水路の両岸に展張させ、次いで深さ方向に展張することで、防潮・防波堤を展張する。
【特許文献3】特開2005−350903公報「膜式防潮体」 両端部を支柱に支持された防水膜を仕切膜の最下部に地面に接して設置し、該防水膜により前記貯水部内から外部に漏洩する水の通流を遮断する。ケーブル繰出装置及びテンショナーによりケーブルの張力を調整し該ケーブルを介して仕切膜の下端部と地面との間の水の流れを遮断し、ケーブル繰出装置によって張力ケーブルの繰り出し量を変化させて仕切膜の上端部を上下動せしめる。
【特許文献4】特開2006−265946公報「膜式堤防」 防水膜1と複数本の補強用繊維ロープ2からなる膜構造体5を必要に応じて展張することで防潮・防波堤11の開口部12を閉鎖し得るようにした膜式堤防において、膜構造体5による開口部閉鎖時の水圧作用下で膜構造体5をアーチ状に展張・支持し得る展張手段を設けると共に、該展張手段として、複数本の補強用繊維ロープ2のうち少なくとも最上段の繊維ロープ2に沿って設けられた当該繊維ロープ2より長さが短い形状補助用繊維ロープ3と、該形状補助用繊維ロープ3の端部に連結された引張りばね4と、を有する。
【特許文献5】特開2006−299804公報「防潮・防波堤」 水路の両側にそれぞれ基礎を設け、同両側の基礎間には、各基礎に端部を係止され、深さ方向全水深に亘って伸びると共に幅方向で前記両側の基礎間に亘って延びる膜構造物を設け、前記膜構造物の水路方向一側の水底には、前記膜構造物の下部を支持する段構造物を設ける。あるいは、水路の水底は、前記膜構造物が水路方向一側から他側に水圧を受けた場合の該膜構造物の下縁形状に合わせた形状とされている。
【特許文献6】特開2009−191609公報「膜式堤防」 膜式堤防において、膜構造体による開口部閉鎖時の水圧作用下で膜構造体をアーチ状に展張・支持し得る展張手段を設けると共に、前記展張手段として、膜構造体の膜端部を定着させる定着機構を堤防の開口縁部に設け、前記定着機構は、膜構造体の膜端部を堤防の開口縁部側に押圧する押圧体と、該押圧体を昇降させるべく堤防の開口縁部側に支持部材を介して支持された昇降手段と、該昇降手段の下降の際に押圧体を堤防の開口縁部側に付勢すべく当該押圧体と堤防の開口縁部側に設けられた支持部材との間に設けられた楔機構と、を有する。
【特許文献7】特許第3913047号公報「防潮ダム」 水平方向に伸張する面体と、潮位差の水圧に基づいて水平方向に張力を受ける前記面体の両側部位を水平方向に引張して支持する両側の支持体と、前記支持体に配置された昇降機構と、を具備し、前記面体は、前記水圧の方向に膨らんでアーチ面を形成するアーチ形成面体と、前記アーチ形成面体に横方向に接合する複数の横方向軸索線とを有し、前記昇降機構は、前記複数の横方向軸索線のそれぞれの端部を鉛直方向に昇降させる。
【特許文献8】特許第3917924号公報「防潮・防波堤」 水路を間に挟む一対の係止基礎と、これら係止基礎間に架設される膜構造物とを備え、前記膜構造物が、前記水路を閉じる際に、前記各係止基礎間に架設されるケーブルと、該ケーブルによって補強され、前記水路を閉じる膜体とを備え、前記ケーブルが、前記各係止基礎のうちの何れか一方、もしくは両方と着脱可能で、かつ浮力を備えた連結体を備えることを特徴とする防潮・防波堤。
【特許文献9】特許第3958151号公報「防潮・防波堤」 膜構造体により形成された防潮・防波堤において、前記膜構造体は、水路の幅方向に亘って設けられて水深方向に間隔を隔てて複数設けられたワイヤと、これらワイヤによって支持された膜体とを備え、前記各ワイヤのうち、水深方向中間部のワイヤが最も長く、他のワイヤは上昇及び下降するに従い短くなる。また、前記ワイヤのうち、水深方向中間部のワイヤの両端は、他のワイヤの両端よりも、前記水路に沿って膜が膨らむ方向寄りに固定されている。
【特許文献10】特許第3958177号公報「防潮・防波堤」 水路の両側にそれぞれアンカレイジを設け、同両側のアンカレイジ間には、各アンカレイジに端部を係止され、深さ方向全水深に亘って伸びると共に幅方向で前記両側のアンカレイジ間に亘って延びる膜構造物1を設ける。前記膜構造物1は、長手方向に亘って設けられた中空のチューブケーブル6を備える。
【特許文献11】特許第3958178号公報「防潮・防波堤」 水路を間に挟む一対の係止基礎と、これら係止基礎間に架設されるとともに前記水路を閉じる膜体を備えた膜構造物と、該膜構造物を上に載せて前記係止基礎間を行き来して、該膜構造物を前記係止基礎間に展開する浮体とを備え、前記各係止基礎が、前記浮体を収容する凹部と、該凹部内に前記浮体を連結する連結手段とを備える。
【特許文献12】特許第3958179号公報「防潮・防波堤」 海側と港側とをつなぐ水路を間に挟む一対の係止基礎と、これら係止基礎間に架設される膜構造物とを備え、前記膜構造物が、前記各係止基礎間に設けられて前記水路を閉じる際に、前記各係止基礎のうちの何れか一方もしくは両方に設けられた第1連結部に対して連結される第2連結部を備え、前記第1連結部が、海側から来る波浪に対して港側を向いて開口し、連結時の前記第2連結部を波浪より覆う凹所を有する。
【特許文献13】特許第3958181号公報「防潮・防波堤」 水路を間に挟む一対の係止基礎と、これら係止基礎間に架設されて前記水路を閉じる膜体と、前記膜体に固定されて、前記水路に浮かぶ浮体とを備え、前記浮体を一方向に回転させて、該浮体に前記膜体を巻き付け、他方に回転させて、前記膜体を送り出す回転手段を備える。
【特許文献14】特許第3993498号公報「防潮・防波堤」 水路を間に挟む一対の係止基礎と、これら係止基礎間に架設される膜構造物とを備え、前記膜構造物が、前記水路を閉じる膜体と、該膜体の両側縁に設けられた連結体とを備え、前記各係止基礎が、前記連結体を受け入れる開口を有するとともに、上下方向に延在するガイド溝を備え、前記ガイド溝には、前記膜体を補強するケーブルを収納するケーブル溝が設けられ、前記各係止基礎が、前記膜体の両側縁に対向する対向面と、該対向面に対して前記膜体の両側縁を押し付ける圧接手段とを備える。
【特許文献15】特許第4031694号公報「防潮・防波堤」 水路を間に挟む一対の係止基礎と、これら係止基礎間に架設される膜構造物とを備え、前記各係止基礎が、上下方向に延在するガイド溝を備え、前記膜構造物が、前記水路を閉じる膜体と、水圧を受ける複数のケーブルワイヤと、該ケーブルワイヤの両側に設けられて前記各ガイド溝内を上下方向に転動する回転連結体とを備え、前記膜構造物を引き上げる昇降装置をさらに備え、前記昇降装置が、前記膜構造物の下端に連結された索条体と、該索条体の巻き上げ及び巻き戻しを行う牽引手段とを備える。あるいは、昇降装置が、前記膜構造物の両側に設けられたピストンと、前記各係止基礎側に設けられた、前記ピストンを昇降させるシリンダと、前記シリンダ内に液体を注入排出するポンプとを備える。
【特許文献16】特許第4119857号公報「陸上設置型膜式堤防」 膜式堤防において、前記膜構造体による開口部閉鎖時の水圧作用下で、膜構造体をアーチ状に展張・支持し得る展張手段を設け、前記展張手段は、外部保管されて取り出された膜構造体の左,右両側縁部から導出された索条端部をそれぞれ係止すべく開口部の左,右両縁部に設けられたフック部材と、前記膜構造体の左,右両側縁部と前記開口部の左,右両縁部間にそれぞれ設けられたファスナー機構と、を有する。あるいは、前記展張手段は、膜構造体の左,右両側縁部をそれぞれ係止して基端部においてそれぞれ地面格納部と開口縁部との間で起倒自在に支持された左右一対の支柱と、前記支柱を起倒させるワイヤ巻取り装置と、を有する。
【特許文献17】特許第4138464号公報「防潮・防波堤」 水路の両側にそれぞれ基礎を設け、同両側の基礎間には、各基礎に端部を係止され、深さ方向全水深に亘って伸びると共に幅方向で前記両側の基礎間に亘って延びる膜構造物を設け、該膜構造物は、膜体と、膜体の長手方向に亘って設けられたケーブルと、前記膜体の一側面の端部に該膜体の端部から長手方向に延びる補助膜部材を備え、前記膜体と前記補助膜部材とを合わせた長さが前記ケーブルよりも長手方向に長く、前記ケーブル両端が前記基礎に固定され、前記補助膜部材が水圧により基礎に押し付けられた場合には水漏れが防止され、逆に、補助膜部材が基礎から離脱して隙間が生じた場合には水を逃がす。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記先行技術文献に記載された膜式水門の膜構造体は、水平方向にケーブルを配置し、そのケーブルをいろいろな方法で一体化して一枚の幕に仕上げたものであり、この構造により必要な水密機能を確保している。前記膜構造体によれば、高強度のケーブル内のフープテンションで水圧に直接抵抗することができる。膜式水門は、低コストで建設できる。フープテンションとは、円筒状の構造物に圧力が作用したときに、円筒面に発生する円周方向の引張力をいう。
【0005】
しかしながら、上記先行技術文献記載の発明を、改めて現実のニーズに照らしてその効果を検証すると、未だに多数の技術的課題が存在する。例えば、下記(1)〜(3)について改善の余地がある。
【0006】
(1)課題1:水門の開閉を迅速に行うことができない。
流水や船舶の水路に設けられる水門や閘門は、その開閉を迅速に行う必要がある。
水門(閘門も含む、以下同じ)は、高潮、津波、高水(本川から支川への逆流)、波浪(静穏化)、流木流入(港内等への)等に対応するためのものである。しかしながら、例えば、津波発生の規模的、場所的、時間的予測技術は未完成であるし、高潮発生に関わる台風の成長・到達場所・到達時刻の予測技術は不十分である。津波や高潮の発生の予測が不完全である以上、津波や高潮による災害を防止して社会的損失を避けるためには、津波や高潮の発生を検知するシステムを整備し、これが実際にその発生を検知したら直ちに水門を閉じるという手段しか取り得ない。
【0007】
しかし、このやり方には、必要な措置を講じるまでに許された時間がごく僅かであるという問題がある。即ち、前記システムで高い確度の情報を得ることができ、それを通信手段で迅速に水門の管理者に伝達することができたとしても、発生状況によっては、津波や高潮は水門にすぐに到達することがある。一般的に、予測困難な自然現象に対応するための防災施設には、当該現象の発生を直前に受けたとしても、迅速に必要な措置を講じることができるものでなければならない。そこで、この種の防災施設は通信手段を備え、コンピュータにより迅速な設備操作を行うことができるようになっている。
【0008】
上記先行技術文献に記載された膜式水門について検討すると、「水門の開閉を迅速に行えること」という要請に充分に応えることができているとは言い難い。上述のように、水門は、その開閉をコンピュータ制御あるいはボタン操作により迅速に行われなければならないところ、上記先行技術文献に記載された膜式水門の膜構造体の展張・撤収・格納は短時間に行うことができず、上記要請に応えることができない。
【0009】
以下、上記先行技術文献に記載された膜式水門の膜構造体の展張・撤収・格納が短時間に行うことができない点について説明を加える。
【0010】
上記先行技術文献に記載された膜式水門の構造(全ての先行技術に共通する構造)は、図21に示すものである。図21は膜式水門の概略平面図であり、図中、符号Pは水路の両岸に設けられた一対の支持柱、符号Qは膜構造体(平水時の膜構造体の状態)、符号Rは支持柱Pを支持するためアンカーレッジ、符号Sは護岸である。アンカーレッジRは、膜構造体Qの張力をその基礎構造で受け止め、地盤に伝達する役割を持つ。このため、アンカーレッジRの基礎およびその地盤は強固なものでなければならない。Bは水路幅、Lは膜構造体Qの実長、δ0は膜構造体Qの平水時における径間中央の初期撓み、を示す。平水時とは、津波や高潮などが発生しておらず、膜構造体Qの両側で水位差が生じていない状態を指す(言い換えればΔh=0の場合である。Δhの意味については図4などを参照されたい)。
【0011】
同図において、平水時の膜構造体Qは港内へ膨らんだ状態を示している。これは説明の便宜上であって、平水時には他の形態も取り得る。なお、水位差があるときは、同図の符号Q'ように低水位の側へ膨らむ。δ0は、同図のように膜構造体Qが港内へ円弧状に膨らんだと仮定した場合(荷重が若干でも加わったときは円弧状になる)における、支持柱PとPを結ぶ直線と水路の中央に位置する膜構造体Qまでの水平距離(平面図における距離)である。言い換えれば、平面図における、支持柱PとPを結ぶ直線から、その垂直二等分線と膜構造体Qの交点までの距離である。なお、上記先行技術文献に記載された膜式水門では、δ0は高さによらずほぼ一定である。言い換えれば、膜構造体Qは鉛直断面内でほぼ直線形状である(図5参照、ただし図5は水位差がある場合を示している)。
【0012】
符号Q'は高潮時の膜構造体の状態を示す。高潮時は港外から港内へ圧力が加わるので膜構造体Qが延び、符号Q'は符号Qよりも港内側へ膨らんでいる。これに対し、特に断らない限り、符号Qは膜構造体そのものを指すが、符号Q'との対比及び形状の点について符号Qは平水時の膜構造体の状態を意味するものとする。
【0013】
図21において、平水時の符号Qは円弧状をなしているが、平水時においては膜構造体Qで区分された水路の港内と港外の圧力差は僅かであり、膜構造体Qに生じる張力は小さいため、実際はところどころたるみが生じて図21のような円弧状にならない。これは、次に述べるように、膜構造体Qの実長Lが水路幅Bよりも長いためである。これに対し、高潮時は膜構造体Qの符号Q'のようになり、たるみは生じない。
【0014】
上記特許文献5:特開2006−299804公報によれば、膜構造体Qの実長Lと水路幅Bの比L÷B、は105%〜125%であることが好ましいとしている。当該比率の場合に、膜構造体Qの歪み発生が小さく、そのテンションTも小さく抑えることができ、高い遮水性能を得ることができる、としている。
【0015】
上記特許文献5の上記記載の比L÷Bを膜構造体Qの平水時における径間中央の初期撓みδ0と水路幅Bの比δ0/Bに換算すると14%〜32%となる。すなわち、水路の中央部において、水路幅Bの14%〜32%程度のたるみが生じ得るし、他の箇所でもたるみが生じ得る。平水時においては膜構造体Qに加わる圧力は小さいから、その任意の箇所でたるみが生じるのである。したがって、上記先行技術文献に記載された膜式水門においては、平水時における膜構造体Qの形状は不確定である、という結論が導かれる。
【0016】
平水時において膜構造体Qの取り得る形状の例を、図22に示す。膜構造体Qは同図(a)(b)のように港外あるいは港内へ大きくはみ出すことがあるとともに、同図(c)のように蛇行したり、同図(d)のように一方の端に大きくはみ出すことがある。
【0017】
水門の展張・撤収・格納の操作は平水時に行われるが、上述のように上記先行技術文献の膜式水門の膜構造体Qの形状は不確定であり、膜構造体Qをそのまま引き上げたり、倒したりすることはできない。膜構造体Qのたるんだ部分が船舶や水路の構造物などに接触するおそれが生じるためである。図22の例からもわかるように、2つのアンカーレッジPを結ぶ直線(図22の点線)を中心として港内と港外側へそれぞれ概ね水路幅Bの3割に相当する領域(合計で水路幅Bの6割になる)において障害物があると、水門の展張・撤収・格納の際に膜構造体Qが当該障害物に接触することがある。これは、水門の展張・撤収・格納における大きな制約となってしまう。
【0018】
特許文献16:特許第4119857号公報には、膜構造体Qを両側から支える支柱を起倒自在に支持し、ウインチ等のワイヤ巻取り装置(展張手段)で互いに連動して起倒させるようにしたものが記載されているが、膜構造体Qにたるみがあると他の物体と接触するおそれがあるから、このやり方は実際には使用できない。膜構造体Qの形状が不確定であるという事実が、迅速な展張・撤収・格納の最大の障壁なのである。
【0019】
他に、上記先行技術においては、膜構造体Qを曳航船で牽引して展張・撤収・格納するやり方、膜構造体Qに多数のヒンジを設けて折り畳むようにして展張・撤収・格納するやり方、水路中央部に位置し水深方向及び長手方向に畳まれた状態の膜構造物の両端を水路の両岸に展張させ、次いで深さ方向に展張するやり方、膜構造体Qをワイヤで牽引して格納するやり方、が記載されているが、いずれも、膜構造体Qのたるみが他の物体と接触するおそれがあり、実用的ではない。
【0020】
要するに、上記先行技術において、水門の展張・撤収・格納を行う前には膜構造体Qのたるみの除去作用が必要になり、そのため、その展張・撤収・格納を短時間で行うことができない。したがって、上記先行技術文献の膜式水門は、「水門の開閉を迅速に行えること」という要請に応えることができない。
【0021】
(2)課題2:アンカーレッジに加わる荷重が大きくなり過ぎる。
上記先行技術文献に記載された膜式水門では、膜構造体Qに発生する張力はアンカーレッジRで吸収することになるが、我が国の港湾の海底は粘性土質が多いことを考えると、アンカーレッジ荷重が増大すると膜構造体Qに発生する張力をアンカーレッジRで吸収しきれなくなる事態が憂慮される。
【0022】
例えば、図21に示すように高潮時は膜構造体Qの形状は符号Q'のように通常よりも港内へ膨らむようになる。このとき、膜構造体Qに発生する張力はアンカーレッジRで吸収されなければならない。
【0023】
図23(a)は、アンカーレッジRに加わる力(アンカーレッジ反力)の説明図である。同図(b)は、比較例である、通常の鋼鉄製水門の構造様式である梁構造体のアンカーレッジ反力の説明図である。
【0024】
図23(a)において、Raはアンカーレッジ反力を示し、Δhは高潮時に構造体Qに作用する水位差を示し(矢印は水位差による圧力を示す)、Rは膜構造体Qの高潮時の曲率半径Rである。
【0025】
ここで、図23(a)のアンカーレッジ反力Raの大きさは以下の式で与えられる。
膜構造体のアンカーレッジ反力:Ra=Δh×R
【0026】
次に、図23(b)において、Raはアンカーレッジ反力を示し、Δhは高潮時に構造体Qに作用する水位差を示し、Bは水路幅を示す。
【0027】
ここで、図23(b)のアンカーレッジ反力Raの大きさは以下の式で与えられる。
梁構造体のアンカーレッジ反力:Ra=Δh×B÷2
【0028】
上記2つの式いずれにおいても、計算値は構造体の高さ1m当たりの値である。
【0029】
膜構造体Qの曲率半径Rは、水路幅Bの半分より小さくなることはないから、膜構造体のアンカーレッジ反力は、梁構造体のアンカーレッジ反力よりも常に大きくなる。膜構造体のアンカーレッジ反力が梁構造体のアンカーレッジ反力と比べてどの程度大きくなるかは、初期撓みδ0や水路幅Bなどにより変わるが、計算上、膜構造体の反力は梁構造体の反力よりも大きくなる(その2倍以上となり得る)ことが確認されている。すなわち、上記先行技術文献に記載された膜式水門のアンカーレッジは、通常の鋼鉄製水門の構造様式である梁構造体のアンカーレッジと比べてより大きな力に耐えるものでなければならない。その実現は困難であるし、あえて実現するためには大きなコストを要する。
【0030】
上記先行技術文献に記載された膜式水門では、膜構造体のアンカーレッジ反力が大きくなることに加えて、その反力方向が水路と交差していることがさらに条件を厳しくしている。
【0031】
(3)課題3:漏水の問題
(3a)課題3a:膜構造体上部の変形により漏水する。
上記先行技術文献に記載された膜式水門では、膜構造体Qの実長Lが水路幅Bよりも長いため、膜構造体Qの中央部が両端部に対して捩れることがある。このことにより膜構造体Qの頂部が垂れ下がり、ここから越波・越流が発生して漏水する可能性がある。
(3b)課題3b:膜構造体下部の変形により漏水する。
特許文献9:特許第3958151号公報の段落0004には、「上記従来の防潮・防波堤では、張力を分散させるため、水路幅に対して膜構造体1(ケーブルワイヤー10b)を長くしている。しかし、膜構造体1の長さをL、水路幅をBとおくとき、L/Bが大きいと、膜構造体1が立った姿勢で保つことが困難となり、ねじれが発生しやすくなる。ねじれが発生すると、潮が膜構造体1の上または下を乗り越えてしまうという問題があった。」と記載されている。要するに「L/Bが1より大きい」ために「ねじれ」が発生し、「潮が膜構造体1の上または下を乗り越える」というのである。
「潮が膜構造体1の上を乗り越える」というのは、上記課題3aと同じことである。
これに対し、「潮が膜構造体1の下を乗り越える」ということは、膜構造体が水底から浮かび上がり、膜構造体の下端と水底の間に隙間が生じるということを意味するが、これが「L/Bが1より大きい」ことに起因するとは理解できない。なぜなら、膜構造体は、水中にあっても重力を受けており、「L/Bが1より大きい」ためにたるみが生じ、全体として水底に近づくことはあっても、水底から浮かび上がることはないからである。したがって、特許文献9における課題の認識は誤っていると思われる。
特許文献9は、潮・波の乗り越えの防止を目的としその対策を開示しているが、その原因は「L/Bが1より大きい」ためとしている。それが誤りである可能性がある以上、そこで開示している解決手段では、「潮が膜構造体1の下を乗り越える」ことを解決できないと思われる。
詳しくは後述するが、発明者は、膜構造体下部の変形(浮かび上がり)は、鉛直方向断面で見た場合、膜構造体に加わる水圧は一様ではなく(深いほど高い)、このため膜構造体の弾性変形が下部ほど大きく、いわば下側が膨らむようになり、このことにより生じる浮力により膜構造体下部が上昇するためであることを発見した。
【0032】
津波の襲来の際に、防潮水門の漏水量が許容値を超えれば、寄せ波時に後背地に浸水が発生し、引き波時に港内船舶が座礁・転覆する可能性がある。高潮時に漏水量が許容値を超えれば、港内水位の異常上昇から後背地に浸水が発生する可能性がある。水門の過大な漏水はこのような問題を引き起こすので、水門の漏水量は少ない方が良く、しかも一定限度に抑えられなければならない。上記先行技術文献に記載された膜式水門は、このような要請に応えることができない。
【0033】
本発明は上記課題1〜3を解決するためになされたものである。
【0034】
すなわち、水門の展伸・撤収・収納を迅速化でき、その開閉をコンピュータ制御あるいはボタン操作により迅速に行うことができるようにすることで「課題1:水門の開閉を迅速に行うことができない」を解決し、アンカーレッジに加わる荷重を低減することで「課題2:アンカーレッジに加わる荷重が大きくなり過ぎる」を解決し、膜構造体の変形を適切に管理することで「課題3:漏水の問題」を解決する、ことを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0035】
この発明に係る膜式水門は、流水や船舶の水路を横切る方向に設けられた一対の支持柱と、前記一対の支持柱に固定され前記一対の支持柱により支えられて展張される膜構造体と、前記一対の支持柱の上部に両側がそれぞれ固定される頂部圧縮梁、及び、前記一対の支持柱の下部に両側がそれぞれ固定される底部圧縮梁のいずれか一方又は両方を備え、
少なくとも、水位差の生じていない状態である平水時において、前記一対の支持柱間の略中央における前記膜構造体の初期撓みδ0が0であるように前記膜構造体が展張され
少なくとも、津波や高潮などの水位差の生じている状態において、前記頂部圧縮梁及び/又は前記底部圧縮梁は、前記膜構造体から前記一対の支持柱に入った張力の一部を受けてこれをその内部で相殺する、ものである。
【0036】
膜構造体の実長を水路幅と実質的に同じとし、膜構造体の平水時における径間中央の初期撓みδ0を実質的にゼロとすることで、膜構造体のたわみをなくすことができるので、水門の展伸・撤収・収納を迅速化でき、「課題1:水門の開閉を迅速に行うことができない」を解決できるとともに、膜構造体上部の変形をなくすことができるのでそこからの漏水がなくなり、「課題3a:膜構造体上部の変形により漏水する」を解決することができる。
【0037】
課題1及び課題3aを解決する手段である、平水時に行われる膜構造体の展張において初期撓みδ0を0とすることを「δ0=0展張」と命名する。「δ0=0展張」によれば、膜構造体が展張・撤収・格納操作される平水時に於ける膜構造体の形状が確定するので、ボタン操作による膜構造体操作が可能になる。δ0=0は、撓みが実質的にゼロであることを意味する。
【0038】
その両端部が、膜構造体の支持柱に剛接された圧縮梁を設けることで、膜構造体のたわみをなくすことができるので、水門の展伸・撤収・収納を迅速化でき、「課題1:水門の開閉を迅速に行うことができない」を解決できるとともに、膜構造体に発生する張力を圧縮梁で吸収するようになるので「課題2:アンカーレッジに加わる荷重が大きくなり過ぎる」を解決することができる。
【0039】
課題1及び課題2を解決する手段である、その両端部が、膜構造体の支持柱に剛接された圧縮梁を設けることを「圧縮梁構造」と命名する。「圧縮梁構造」によれば、膜構造体から支持柱に入った張力の径間方向分力の一部が圧縮梁(下記の頂部圧縮梁及び/又は底部圧縮梁)の内部で相殺されるので、アンカーレッジの荷重が軽減される。
【0040】
圧縮梁構造には、頂部に圧縮梁構造を設ける「頂部圧縮梁構造」と、底部に圧縮梁を設ける「底部圧縮梁構造」と、頂部圧縮梁構造と底部圧縮梁構造に加えて、頂部圧縮梁と底部圧縮梁を支持柱に剛接して形成した「枠組み圧縮梁構造」とがある。これら3種の圧縮梁構造によれば、膜構造体から支持柱に入った張力の径間方向分力が頂部圧縮梁と底部圧縮梁の内部で相殺されるので、アンカーレッジの荷重は梁構造体である通常の鋼製水門と同じレベルになる。
「頂部圧縮梁構造」に、さらに底部圧縮梁を設けるようにしてもよく、このような構成も説明の便宜上「頂部圧縮梁構造」に含むものとする。例えば、図1では、底部圧縮梁が回転支承を介して支持柱に接続され、剛接されてはいないので、図1の構造は「頂部圧縮梁構造」である。図1の構造では、回転支承を通して所定の力が伝達され、それが底部圧縮梁の内部で相殺されるので、「枠組み圧縮梁構造」と類似の作用を果たす。なお、「頂部圧縮梁構造」に、底部圧縮梁を設けない構造、及び、底部圧縮梁を設けるがこれが「頂部圧縮梁構造」に連結されていない構造も含むことは言うまでもない。
上記「頂部圧縮梁構造」と同様に、「底部圧縮梁構造」に、さらに頂部圧縮梁を設けるようにしてもよく、このような構成も説明の便宜上「底部圧縮梁構造」に含むものとする。
【0041】
上述のように「δ0=0展張」により、「課題1:水門の開閉を迅速に行うことができない」を解決することができた。ところで、一般に、δ0/Bを減少させることで膜張力は増加するので、膜構造体の膜張力は「δ0=0展張」により上昇する。このことは膜構造体の強度を増す必要があることを意味し重量やコストの増加につながるので、膜張力はなるべく小さい方がよい。そこで、展張・撤収・格納は平水時に行われ、高潮や津波が襲来したときには行われることがないこと、及び、高潮や津波時において特に膜張力が上昇する点に着目し、水位差が一定以上になる高潮や津波時においては「δ0=0展張」を止め、δ0/B>0とすることで膜張力が上昇しても膜構造体が耐えられるようにする。例えば、(膜張力の上昇)≦(膜張力の減少)となるようにδ0/Bを増加させる。この手段を「δ0巻き込み」と命名する。例えば、膜構造体の一端を固定し、他端を反力トルク機構の持つ回転部に連結する。膜構造体の両端を回転部に連結するようにしてもよい。
【0042】
前記膜式水門において、前記一対の支持柱の少なくとも一方に、前記膜構造体を巻き込む巻き込み機構を備え、
前記巻き込み機構は、前記平水時において、前記δ0が0であるように前記膜構造体を巻き込み、前記水位差の生じている状態において、前記膜構造体の膜張力の上昇に対応して前記膜構造体を繰り出す、ようにする。
【0043】
前記膜式水門において、前記巻き込み機構は、反力トルクを発生する反力トルク機構であり、
前記反力トルクは、前記δ0が0になるまで前記膜構造体を巻き込むように定められ、
前記水位差の生じている状態において、前記膜構造体の張力が増加してこれが前記反力トルク機構の前記反力トルクに打ち勝ち、前記反力トルク機構に巻き取られていた前記膜構造体が繰り出される。
【0044】
「δ0巻き込み」によれば、平水時に反力トルクで膜構造体が巻き取られてδ0=0展張を実現でき、「δ0=0展張」による効果を奏するとともに、高潮時などには膜構造体の張力により膜構造体が引き出されてδ0≠0の状態になり、膜構造体の張力上昇を回避するとともに底部上昇(詳細は後述)を緩和できる。底部上昇が緩和されれば、発明の実施の形態5や6などの、底部上昇の回避策の実現が容易になる。
【0045】
膜構造体上部の変形による漏水を防止するために、さらに、前記膜構造体の上部を前記頂部圧縮梁から吊るための懸垂装置を備えるようにしてもよい。
前記巻き込み機構は、前記膜構造体の繰り出し量が予め定められた上限を超えないように制御するストッパを備えるようにしてもよい。
【0046】
膜式水門においては、「膜構造体の浮かび上がりによる下部の隙間からの漏水」という課題3bが生じる(詳細は後述)が、当該課題は、支持柱を支える石柱上の戸溝面を、支持柱が倒れる方向に傾斜させることにより解決することができる。膜構造体に加わる力の方向を下方へ向け、この鉛直成分で浮力を相殺することにより、膜構造体に加わる力の合力の方向を、水平または下方向に変えることができる。合力が水平または下方向にあれば膜構造体底部の上昇は起こらない。この手段を「傾斜戸溝式」と命名する。
【0047】
前記膜式水門において、前記一対の支持柱をそれぞれ支える一対の石柱を備え、
前記一対の石柱には、前記一対の支持柱を支えるための溝であって、上部から下部に向かうにつれて狭くなっている傾斜戸溝がそれぞれ設けられ、
前記一対の支持柱は、前記水位差の生じている状態において、前記傾斜戸溝により水位の低い方へ向かって倒れる、ようにする。
【0048】
前記水位差の生じている状態において前記一対の支柱の倒れる角度は、前記水位差により前記膜構造体に作用する力の鉛直成分と前記膜構造体に加わる浮力とが相殺するように定める。
【0049】
「傾斜戸溝式」によれば、膜構造体の作用水圧力が水平方向よりも下方向に変化するので膜構造体の底部の上昇が起こり難くなる。合力が水平または下方向であれば底部上昇は起こらないので、底部止水が容易になる。
【0050】
上述のように膜式水門においては、「膜構造体の浮かび上がりによる下部の隙間からの漏水」という課題3bが生じるが、当該課題は、膜構造体の水平方向構成材の剛性を膜構造体の底部から上部に向けて減少させることにより解決することができる。このように剛性を調整することで、高潮時などにおいて膜構造体が前屈みに膨らむので、その部分の重力で浮力を相殺することにより、膜構造体に加わる力の合力の方向を、水平または下方向に変えることができる。合力が水平または下方向にあれば膜構造体底部の上昇は起こらない。この手段を「膜剛性調整方式」と命名する。
【0051】
前記膜式水門において、前記膜構造体の剛性を上部から下部に向かって増加させることにより、前記水位差の生じている状態において、前記膜構造体の中間部分の断面が膨らむようにする。
【0052】
前記膜構造体は、その剛性を支える要素として水平方向に延びる複数のケーブルを備え、前記複数のケーブルの剛性を、上部から下部に向かって増加させる。
【0053】
「膜剛性調整方式」によれば、膜構造体の垂直中央断面の変位は前屈みとなり、作用水圧力は下方向に向きを変えるので、膜構造体の底部の上昇が起こり難くなる。合力が水平または下方向であれば底部上昇は起こらないので、底部止水が容易になる。
また、前記巻き込み機構に関して、前記膜構造体の底部から上部にかけての少なくとも一部分について、前記巻き込み機構を構成する回転部の半径を前記膜構造体の底部から上部にかけて増すことにより、前記δ0が、前記膜構造体の上部に向かって増加するようにしてもよい。なお、増加範囲は必ずしも最上部まで到達する必要はない。この手段を「δ0調整」と命名する。これによれば、前記膜構造体の垂直中央断面の変位は前屈みとなり、作用水圧は下向きになるので、「膜剛性調整方式」と同様の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】発明の実施の形態1に係る膜式水門の正面図(図1(a))及び平面図(図1(b))である。
【図2】発明の実施の形態1に係る膜式水門のA−A断面図である。図2(a)は膜構造体の起立状態を示し、図2(b)は倒伏状態を示す。
【図3】発明の実施の形態1に係る膜構造体の底部を水底に密着させるための底部水密装置の説明図である。
【図4】発明の実施の形態1に係る膜式水門における、水位差があるときの膜構造体の断面形状を示す。
【図5】先行技術文献に記載された膜式水門における、水位差があるときの膜構造体の断面形状を示す(比較例)。
【図6】発明の実施の形態2(底部格納方式)に係る膜式水門の正面図(図2(a))及び平面図(図2(b))である。
【図7】発明の実施の形態2(底部格納方式)に係る膜式水門のA−A断面図である。図7(a)は膜構造体の展開状態を示し、図7(b)は収納状態を示す。
【図8】発明の実施の形態3(上部格納方式)に係る膜式水門のA−A断面図である。図8(a)は膜構造体の展開状態を示し、図8(b)は収納状態を示す。
【図9】発明の実施の形態3(側部格納方式)に係る膜式水門の平面図(図9(a)(c))と正面図(図9(b)(d))である。図9(a)(b)は膜構造体の展開状態を示し、図9(c)(d)は収納状態を示す。
【図10】発明の実施の形態3(スイング方式)に係る膜式水門の平面図である。実線が膜構造体の展開状態を示し、点線が収納状態を示す。
【図11】図11(a)は膜式水門の膜構造体における、初期撓み率δ0/Bと張力減少率を示すグラフである。図11(b)は張力と繰り出し量の関係の説明図である。
【図12】発明の実施の形態4(δ0巻き込み方式)に係る膜式水門の正面図(図12(a))及び平面図(図12(b))である。
【図13】発明の実施の形態4(δ0巻き込み方式)に係る膜式水門のB−B断面図である。この図は膜構造体の展開状態を示す。
【図14】発明の実施の形態4(δ0巻き込み方式)に係る膜式水門の回転部の必要回転角度とδ0/Bの関係を示す計算例である。
【図15】発明の実施の形態5(傾斜戸溝方式)に係る膜式水門の部分正面図(図15(a))及びB−B断面図(図15(b))である。これらの図は膜構造体の展開状態を示す。
【図16】発明の実施の形態5に係る傾斜戸溝の説明図である。
【図17】発明の実施の形態6(膜剛性調整方式)に係る膜構造体3の説明図である。図17(a)は膜構造体(ケーブル)の高さ方向の剛性の変化を示す模式図であり、図17(b)は膜構造体の断面図を示す。
【図18】発明の実施の形態6(膜剛性調整方式)に係る膜式水門における、水位差があるときの膜構造体の断面形状を示す。
【図19】発明の実施の形態8の説明図である。
【図20】発明の実施の形態に係る膜式水門に閘門を併設した構成の一例を示す図である。
【図21】先行技術文献に記載された膜式水門の構造(全ての先行技術に共通する構造)を示す平面図である。
【図22】先行技術文献に記載された膜式水門の膜構造体の平水時の状態の説明図である。
【図23】図23(a)は、先行技術文献に記載された膜式水門のアンカーレッジに加わる力(アンカーレッジ反力)の説明図、図23(b)は、梁構造体のアンカーレッジに加わる力(アンカーレッジ反力)の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0055】
発明の実施の形態1.
発明の実施の形態1について、図1及び図2を参照して説明する。
図1(a)は、発明の実施の形態1に係る膜式水門の正面図、図1(b)は、同じく平面図である。図2は、図1のA−A矢視断面図である。図2(a)は、膜構造体3を起立させた状態(膜構造体3が概ね鉛直方向に広がり、水路の水流を遮っている状態)を示し、図2(b)は、膜構造体3を倒伏させた状態(膜構造体3が水底で概ね水平方向へ広がり、水路の水流を遮っていない状態)を示す。
【0056】
図1及び図2において、膜式水門を構成する要素を示し、水路、その底や堤防、護岸Sなどの表示は省略している。
【0057】
符号2は、水路の両側に設けられた一対の支持柱である。一対の支持柱2、2は、それぞれ鉛直に設けられている。
【0058】
符号3は、一対の支持柱2と2の間に展張された膜構造体である。膜構造体3の水路両側の両端(鉛直に位置する端)は支持柱2、2にしっかりと固定されている。これに対し、膜構造体3の上下端(水平に位置する端)は、頂部圧縮梁11と底部圧縮梁12のいずれにも固定されていない。図1によれば、頂部圧縮梁11と膜構造体3の上端の間には、隙間Xが存在している。膜構造体3の下端は底部圧縮梁12に接触しているが、固定されているわけではない。
【0059】
発明の実施の形態に係る膜式水門では、膜構造体3の実長を水路幅と実質的に同じとしている点で、従来技術とは大きく異なる(従来技術では、(膜構造体の実長)>(水路幅)であり、その比L÷Bは105%〜125%であった)。膜構造体3の実長を水路幅と実質的に同じにするとは、膜構造体3の平水時における径間中央の初期撓みδ0を実質的にゼロとするように、膜構造体3の実長を選択することを意味する(前記「δ0=0展張」)。「δ0=0展張」により膜構造体3のたわみをなくし、平水時に於ける膜構造体3の形状が確定する。
【0060】
膜構造体の実長、水路幅の意義、初期撓みδ0については、図21及びその説明を参照されたい。
【0061】
符号3'は高潮時の膜構造体の状態を示す。高潮時は港外から港内へ圧力が加わるので膜構造体3が延び、符号3'は符号3よりも港内側へ膨らんでいる。これに対し、特に断らない限り、符号3は膜構造体そのものを指すが、符号3'との対比及び形状の点について符号3は平水時の膜構造体の状態を意味するものとする。平水時とは津波や高潮が生じていない通常の水路の状態を意味する。
【0062】
符号11は、その両端が支持柱2、2の上端にそれぞれ剛接された頂部圧縮梁である。頂部圧縮梁11は水平に設けられている。膜構造体3を起立した状態において、頂部圧縮梁11は水面よりも上に位置する。
【0063】
符号12は、水路の水底に埋設された底部圧縮梁である。底部圧縮梁12の上面は、水底に露出している。支持柱2、2の下端は、回転支承13、13を介してそれぞれ底部圧縮梁12に剛接されている。回転支承13を備えない場合は直接剛接してよい。なお、底部圧縮梁12が、頂部圧縮梁11と同様の形状であれば、その両端を支持柱2、2の下端にそれぞれ剛接するようにしてもよい。
【0064】
圧縮梁とは、圧縮に耐性を有する梁のことである。梁とは、水平方向に架けられる部材のことである。本明細書において、圧縮梁は、水平方向の圧縮力に対して耐性を有する部材、例えば、鋼鉄などの金属、コンクリートなどの部材を意味する。
【0065】
なお、頂部圧縮梁11又は底部圧縮梁12のいずれか一方を備えなくてもよい。頂部圧縮梁11又は底部圧縮梁12のいずれか一方で膜構造体3の張力に耐え、「δ0=0展張」が可能であればよい。
【0066】
符号13は、支持柱2、2の一対の回転支承である。回転支承13、13は、それぞれ底部圧縮梁12の上面に設けられている。回転支承13、13の底面は、いずれも底部圧縮梁12に剛接されており、回転支承13、13の回転軸側の部材は支持柱2、2に剛接されている。これにより、支持柱2、2と頂部圧縮梁11による構造は、回動自在に支持される。図1の構造は、頂部圧縮梁11を支持柱2,2に剛接して形成した「頂部圧縮梁構造」に相当する。図1では、底部圧縮梁が回転支承を介して支持柱に接続され、剛接されてはいないので、「頂部圧縮梁構造」であるが、回転支承13,13を通して一定の力が伝達され、それが底部圧縮梁12の内部で相殺される。
【0067】
符号14は、支持柱2を倒伏状態から起立状態へ引き上げるための駆動設備である。駆動設備14は、例えば、石柱15の上面に設けられたウインチであり、それで巻き上げられるロープあるいは鎖の端は支持柱2の上部に結びつけられている。
【0068】
符号15は、一対の石柱である。石柱15,15は、水路の両岸に設けられた水門の構成要素である。石柱15,15は護岸Sにつながっている。
【0069】
なお、図2の符号Tは水底(海底)を示す。
【0070】
また、図1の符号Ftは膜構造体3による張力を示す。張力Ftは、支持柱2に対してこれと膜構造体3の接点における膜構造体3の接線方向に加わる力である。張力Ftは、本来、膜構造体3の支持柱2の接合点に加わるが、図面を見やすくするためにそこから離れた位置に記載している。実際に力の加わる箇所については、図23(a)も参照されたい。符号F1は張力Ftの水路幅方向の分力(圧縮梁11,12に加わる力)であり、符号F2は張力Ftの水位差方向(水の流れる方向、船の通行する方向)の分力である。
【0071】
なお、図中には右側の張力のみを示し、左側の張力の表示を省略している。図1(b)の平面図から理解できるように本膜式水門の形状は左右対称であり、膜構造体3の中央を通る水位差方向(膜構造体3,圧縮梁11,12に直交する方向)の直線に対して張力Ftは左右対称に現れる。分力F1、F2についても同じである。
【0072】
図1の膜式水門は、「頂部圧縮梁構造」であり、膜構造体3は初期撓みδ0=0で展張されている。その結果、膜構造体3の平水時における形状が確定するので、その展張・撤収を、従来の鋼製水門扉の如くボタン操作が可能である。支持柱2、2、頂部圧縮梁11及び膜構造体3からなる構造系は、従来の鋼製水門扉の如く、回転支承13の軸を中心に運動することが可能となる。即ち、駆動設備14で支持柱2、2が起立すると膜構造体3は展張され、支持柱2、2が海底に倒伏すると膜構造体3は撤収され、海底面に格納状態となる。
【0073】
また、高潮時に膜構造体3から支持柱2、2に作用する張力Ftの水路幅方向の分力F1は、支持柱2、2の剪断剛性により頂部圧縮梁11と回転支承13に伝達され、回転支承13に入った分力は底部圧縮梁12に伝達される。頂部圧縮梁11と底部圧縮梁12には水路の両岸から大きさが等しく、方向が反対の2つの分力F1(分力の一つは図示せず)が伝達されるので、水路幅方向の分力はバランスし、水路幅方向の分力と直交する水位差方向分力F2のみが残る。水位差方向分力は石柱15に入るが、その大きさは、図23(b)の梁構造体のアンカーレッジ反力Raに等しいので、膜式水門においても、梁構造レベルのアンカーレッジ荷重を実現したことになる。即ち、δ0=0展張、頂部圧縮梁、および、底部圧縮梁の採用により課題1(膜構造体の操作)および課題2(アンカーレッジの荷重)を解決することができた。
【0074】
すなわち、δ0=0展張により、展張・撤収・格納操作される平水時に於ける膜構造体3の形状が確定するので、ボタン操作による膜構造体操作が可能になる、圧縮梁11,12を設けることで、膜構造体から支持柱に入った張力の径間方向分力の一部又は全部が頂部圧縮梁及び/又は底部圧縮梁の内部で相殺され、アンカーレッジの荷重が軽減される。
【0075】
δ0=0展張を実現するためには圧縮梁は必須である。δ0=0の状態において、膜構造体3の曲率半径R(図23及びその説明参照)は大きくなり、これに伴い膜構造体のアンカーレッジ反力Raが大きくなる。これに対抗するためのアンカーレッジの荷重も大きくなるが、我が国の港湾の海底は粘性土質が多いことを考えると、膜構造体3に発生する張力をアンカーレッジRで吸収しきれなくなる。必要なアンカーレッジを用意できないのであれば、圧縮梁を備えない膜式水門(例えば先行技術記載のようなもの)においてδ0=0展張を実現することはできない。
【0076】
図2(a)は膜構造体3の起立状態(展張状態)を示す。駆動設備14は、そのロープで支持柱2を引き寄せ、石柱15に接するように起こしている。この状態で、膜構造体3はほぼ鉛直に立っている。
【0077】
図2(b)は膜構造体3の倒伏状態(撤収乃至格納状態)を示す。支持柱2と圧縮梁11を含む膜構造体3の重心が海側に位置している場合は、駆動設備14がそのロープを伸ばす(ゆるめる)ことで、膜構造体3は図2(a)の状態から、徐々に図2(b)の状態に移行する。なお、例えば、膜構造体3を海側へ引っ張る駆動機構を設けるようにすれば、重心の位置によらず、倒伏状態(撤収乃至格納状態)に移行させることができる。
【0078】
尚、駆動装置14はワイヤーロープ巻き取り式、油圧駆動式、浮力タンク式等様々な方法が考えられる。また、平水時における膜構造体の形状的安定度を増す目的でδ0=0展張において若干の初期張力を与えるようにしてもよい。
【0079】
漏水防止の点からは、膜構造体3の下部が水底Tに密着していることが好ましい(剛接はされていない)。このための底部水密装置の一例を図3に示す。
【0080】
同図の左図は膜構造体3の底部断面を示し、膜構造体3の底部に遮水シートを介してヒンジ付きの綱製アームが、一対、取り付けられ、そのアームの先端に止水ゴムが取り付けられる。同図の右図は膜構造体が水底に倒伏した時の綱製アームの変形状態を示す。水底に凹凸がある場合、膜構造体底部に若干の上昇がある場合などはこの様な底部水密装置で漏水を減らすことができる。
【0081】
次に、「課題3:漏水の問題」に関連して、膜式水門の漏水傾向について検討を加える。
【0082】
以下の例は、変形量を厳密な二次元計算と幾何学的考察から近似的に求めた例であるが、相対的関係は再現されていて、充分実用に耐えるものと考えられる。
【0083】
図4は、発明の実施の形態に係る膜式水門の膜構造体の変形と作用力の説明図である。同図は、水路の中央を通る鉛直面で切断したときの膜式水門の断面図を示している。図面左側が港内であり、右側が港外である。同図において、同一又は相当部分については、図1及び図2と同一符号を付している。
【0084】
同図において、符号Fhは膜構造体3に加わる水平方向の力(水平力、膜構造体3に直交する方向に力が加わる)、符号Fbは膜構造体3に加わる垂直方向の浮力、符号Fgはそれらの合力、符号αは高さ位置ごとの川側と海側の水位差を示す(言い換えれば、水位差αは高さによる圧力の変化を示す)。また、逆三角形の記号は水面の位置を示す。
【0085】
図4は、δ0=0展張、つまり平水時においてδ0/B=0%である膜構造体3の水位差Δh=5.5mにおける変形形状を示す。
【0086】
水位差Δhは川側と海側のレベルの差であり、この差に応じて圧力が生じる。水平力Fhは膜構造体3の高さ位置に応じて変化し、図中の水位差αと同様に変化する。すなわち、より低い川側の水位の高さで水平力Fhは最大となり、より高い海側の水位の高さ(符号Yの位置)で水平力Fhは最小(=0)となる。この間において、水平力Fhは線形に変化する。このため、膜構造体3の下端は最も大きく外側(川側)へ膨らみ、図1(b)の符号3'のようになるが、位置が高くなるにつれ膨らみは少なくなる。そして、より高い海側の水位の高さ(符号Yの位置)で膨らみはゼロ(水圧差Δhによる頂部の弾性変位量は0)、つまり平水時と同じくδ0/B=0%となる。言い換えれば、水位差Δhが存在しても、膜構造体3の上端はピンと張った状態のままであり垂れ下がることはないから、「課題3a:膜構造体上部の変形により漏水する」を解決することができた。
【0087】
ところで、膜構造体3は水中にあるから、水による浮力Fbを受けている。浮力は、重力とは反対方向に働く力であり、図4の上側に向いている。膜構造体3には水平力Fhとともに浮力Fbが作用するので、その合力Fは上向き成分を持つことになる。したがって、膜構造体3は全体として浮かび上がろうとする。
【0088】
浮力Fbは、図4の斜線で示した領域に存する膜構造体3'について作用する。浮力は水圧によって生じるものである。斜線の領域では膜構造体3'に対して水位差に基づく水圧が鉛直上方向にも加わるが、膜構造体3'の上側には水が存在しないため当該鉛直方向への水圧は相殺されない。このため、上側に向く力(浮力)が発生することになる。このことからわかるように、膜構造体3'が下方で膨らんでいること(水位差によって膨らみが同じでないこと)から浮力が発生している。仮に、膜構造体3の断面が鉛直方向に直線上に伸びている場合には水位差に基づく水圧の鉛直成分はゼロとなって、浮力は生じない。このことから、斜線の領域の面積が大きいほど浮力が大きくなると考えられる(図4を図5と比較されたい)。
【0089】
これに対して、膜構造体3の端部辺に作用する支持反力は、合力Fと釣り合う為に下向き成分が必要である。図4の符号Zのように膜構造体3の底部が上昇することで膜構造体3内の水平強度を受け持つ部材(ケーブル、ワイヤ、繊維など)が傾斜し、これにより下向き成分が発生する。その量は下部ほど大きくなる。
【0090】
以上のように、合力Fと膜構造体3の支持反力が釣り合うが、その結果、符号Zの箇所で膜構造体3と水底Tの間に隙間が生じることになる。発明の実施の形態に係る膜式水門によれば、膜構造体上部の変形により漏水することはないが、膜構造体3の浮かび上がりによる下部の隙間からの漏水があり得る。
【0091】
なお、水位差Δhがゼロであれば、膜構造体3の底部は垂れ下がって図4の符号Z'の位置にあり、浮力は重力と釣り合い打ち消されるので、膜構造体3の下端が浮かび上がることはない。
【0092】
参考までに、先行技術に記載された膜式水門の膜構造体の変形と作用力について説明する。図5はその説明図である。
【0093】
同図は、水路の中央を通る鉛直面で切断したときの膜式水門の断面図を示している。図面左側が港内であり、右側が港外である。同図において、同一又は相当部分については、図21と同一符号を付している。F、Fb,Fhなどの符号は、図4のものと同じである。
【0094】
図5は、δ0/B=10%の時の水位差Δh=5.5mによる変形形状を示す。δ0=7.5mである。膜構造体3には水平力Fhと浮力Fbが作用し、その合力は上向きとなり、底部は上昇するが、その量は、図4に比較して小さい。
【0095】
水圧差Δhによる頂部の弾性変位量は0であるが、δ0/B=10%であるので垂れ下がりの発生が予想される(符号Yの位置)。ここから漏水が発生する。
【0096】
図4と図5の比較から、膜構造体3の底部上昇と頂部垂れ下がりの量はδ0/Bの値に大きく支配され、δ0/Bが大きい程底部上昇量が減少し、頂部垂れ下がり量が増加する傾向にあることが予見できる。膜構造体3の底部上昇は、その伸縮性(エラスティック)に起因している。したがって、本発明の実施の形態、先行技術のいずれの膜式水門においても発生しうるが、δ0=0展張の場合にはその傾向は著しい。
【0097】
発明の実施の形態1によれば、「課題3a:膜構造体上部の変形により漏水する」を解決することができた。他方、課題3b:膜構造体の浮かび上がりによる下部の隙間からの漏水があり得るが、この課題の解決手段については後述する。
なお、発明の実施の形態に係る膜式水門を、波浪を遮断することで港内を静穏化するための手段、あるいは、河川の表層の流れを遮断することで流木などを押しとどめるいわゆる流木対策の手段として用いる場合には川底の漏水は何ら支障ないから(図4のようになっても構わない)、課題3bは問題とならない。この場合は、課題3aを解決できれば充分である。
【0098】
発明の実施の形態2.
発明の実施の形態2(底部収納方式)について、図6及び図7を参照して説明する。
図6(a)は、発明の実施の形態2に係る膜式水門の正面図、図6(b)は、同じく平面図である。図7は、図7のA−A矢視断面図である。図7(a)は、膜構造体3を引き出して起立させた状態(膜構造体3が概ね鉛直方向に広がり、水路の水流を遮っている状態)を示し、図7(b)は、膜構造体3を下方へ収納した状態(膜構造体3が水底下に引き込まれ、水路の水流を遮っていない状態)を示す。
【0099】
図6及び図7において、膜式水門を構成する要素を示し、水路、その底や堤防、護岸Sなどの表示は省略している。
【0100】
図6及び図7において、図1及び図2と同一又は相当部分については同一符号を付し、その説明は省略する(以下、特に断らない限り、同様である)。
【0101】
符号16は、海底に設けられた底部格納スペースである。底部格納スペース16は概ね直方体の形状をしており、その幅、奥行き及び高さは、支持柱2と2、頂部圧縮梁11、底部圧縮梁12からなる枠組み圧縮梁と膜構造体3からなる構造系を収納するに充分な大きさである(例えば、前記構造系よりも少しだけ大きい)。なお、図面を見やすくするために、底部格納スペース16は実線で示してある(底部圧縮梁12も同様)。
【0102】
石柱15には、支持柱2が嵌り込む溝(支持柱が摺動という点で一種の戸溝と言える)βが設けられている。溝は上下(鉛直)方向に長く延びており、支持柱2をその中で上下に移動可能に保持するとともに、前後(川側、海側)へは動かないように保持している。石柱15の溝βは、底部格納スペース16と連通している。溝βと底部格納スペース16の内面はほぼ同じ平面上になるように配置されており、その接続面は段差がないように滑らかに接続している。このため、図示しない駆動機構により、前記構造系は溝βと底部格納スペース16の間を問題なく上下することができる。図示しない駆動機構は、例えばウインチのようなものである。
【0103】
発明の実施の形態2では、底部圧縮梁12を支持柱2、2と同一系材料で形成し、回転支承13を介さずに、支持柱2に剛接している。これにより、図6及び図7に示す支持柱2と2、頂部圧縮梁11、底部圧縮梁12からなる枠組み圧縮梁が形成される。
【0104】
支持柱2と2、頂部圧縮梁11、底部圧縮梁12からなる枠組み圧縮梁と膜構造体3からなる構造系はδ0=0展張により、課題1と課題2を解決している。発明の実施の形態1における構造系の運動方向が回転支承13の軸周りであるのに対し、発明の実施の形態2における運動方向は上下方向であり、膜体構造3は底部格納スペース16に撤収されてそこに格納される、点で相違する。即ち、支持柱2、頂部圧縮梁11、底部圧縮梁12からなる枠組み圧縮梁により膜構造体3の上下方向運動を可能とした例である。
【0105】
前記構造系の展張(図7(a)の状態)及び撤収(同図(b)の状態)は、ウインチなどの機械式設備により行うやり方、前記構造系自体に浮力を持たせこれを利用するやり方、などが考えられる。後者の場合、支持柱2と2、頂部圧縮梁11、底部圧縮梁12を中空構造にしておき、撤収時はそこに水などの流体を満たして沈むようにし、展張時はそこから流体を排除して浮かび上がるようにすることが考えられる。
【0106】
発明の実施の形態3.
他の収納方式について説明を加える。
【0107】
(1)上部格納方式
図8は、この方式の説明図である。図8(a)は展張状態(図7(a)に相当)、図8(b)は撤収状態(図7(b)に相当)を示す。
【0108】
上部格納方式は、支持柱2、頂部圧縮梁11、底部圧縮梁12からなる枠組み圧縮梁と膜構造体3からなる構造系が、水路の上部に引き上げられることにより、撤収状態となるものである。図示していないが、前記構造系を収納し保持するための格納容器(図7の底部格納スペース16に相当するもの、上部格納スペース)及び格納機構を備える。
【0109】
図8において、図7と同一又は相当部分については同一符号を付し、その説明は省略する。
【0110】
図示しない駆動機構により、前記構造系は溝βと上部格納スペースの間を問題なく上下することができる。図示しない駆動機構は、例えばウインチのようなものである。
【0111】
発明の実施の形態3の(1)でも、底部圧縮梁12を支持柱2、2と同一系材料で形成し、回転支承13を介さずに、支持柱2に剛接している。これにより、支持柱2と2、頂部圧縮梁11、底部圧縮梁12からなる枠組み圧縮梁が形成される。
【0112】
支持柱2と2、頂部圧縮梁11、底部圧縮梁12からなる枠組み圧縮梁と膜構造体3からなる構造系はδ0=0展張により、課題1と課題2を解決している。
【0113】
前記構造系の展張(図8(a)の状態)及び撤収(同図(b)の状態)は、ウインチなどの機械式設備により行うやり方が考えられる。
【0114】
(2)側部格納方式
図9は、この方式の説明図である。図9(a)は展張状態の平面図、同図(b)は展張状態の正面図、同図(c)は撤収状態の平面図、同図(d)は撤収状態の正面図を示す。
【0115】
同図において、符号17は支持柱2、頂部圧縮梁11、底部圧縮梁12からなる枠組み圧縮梁である。符号γは護岸Sに設けられた格納スペースである。格納スペースγは、護岸Sの内部に設けられている(一方の側面に沿うものでもよい)。格納スペースγは枠組み圧縮梁17の延長上にあり、枠組み圧縮梁17は直線運動することで容易に格納スペースγ内に移動することができる。このため、図示しない駆動機構により、枠組み圧縮梁17は格納スペースγと水路の間を問題なく上下することができる。図示しない駆動機構は、例えばウインチのようなものである。
【0116】
(3)スイング方式
図10は、この方式の説明図である。図9は平面図を示す。実線が展張状態を示し、点線が撤収状態を示す。
【0117】
同図において、符号Hは枠組み圧縮梁17と護岸Sの接点のいずれか一方に設けられたヒンジ機構である。スイング方式では、枠組み圧縮梁17と膜構造体3からなる構造系が、ヒンジ機構Hの垂直軸を中心に回転運動する。図示しないが、枠組み圧縮梁17を回転させるための回転駆動機構が設けられている。
【0118】
展張状態においては、ヒンジ機構Hの設けられていない枠組み圧縮梁17の端が、護岸Sに接している。ヒンジ機構Hを中心に枠組み圧縮梁17が回転することで枠組み圧縮梁17の端は護岸Sを離れていき、水路の前方または後方にある格納位置に枠組み圧縮梁17が収納される(点線の状態)。
【0119】
発明の実施の形態4.
図11(a)は、初期撓みδ0に対する水路幅B6の比率δ0/B、と膜構造体3に発生する張力の関係を示す計算例である。膜構造体3の規模、剛性、作用水位差等により計算結果は若干異なるが、δ0/Bの増加に伴い張力が急激に減少する傾向に変わりがない。この事実は、上記「δ0=0展張」が膜張力上昇の原因となることを意味している。
【0120】
上述のように「δ0=0展張」により、展張・撤収・格納操作される平水時に於ける膜構造体3の形状が確定するので、ボタン操作による膜構造体3の操作が可能になり、「課題1:水門の開閉を迅速に行うことができない」を解決することができた。他方、図11(a)に示すように膜張力は上昇する。膜張力が上昇するとこれに耐えるように膜構造体3の強度を高める必要があるが、このことは重量やコストの増加につながる。したがって、可能であれば、膜張力はなるべく小さい方がよい。
【0121】
ここで、展張・撤収・格納は平水時に行われ、高潮や津波が襲来したときには行われることがないこと、及び、高潮や津波時において特に膜張力が上昇する点に着目する。平水時において「δ0=0展張」を行える程度に膜構造体3の強度を設計しておく。高潮や津波時においては「δ0=0展張」を止め、δ0≠0とすることで膜張力が上昇しても膜構造体3が耐えられるようにすることができる。高潮や津波時における膜張力の上昇に合わせて、δ0/Bを増加させることで図11(a)に示すように張力を減少させ、膜張力の上昇を相殺するのである。言い換えれば、(膜張力の上昇)≦(膜張力の減少)となるように、δ0/Bを増加させるのである。
【0122】
具体的には、膜構造体3を回転部に予め巻き取っておき、膜構造体3の膜張力の上昇に対応して膜構造体3を繰り出すようにする(言い換えれば、膜構造体3が引っ張り出される)。例えば、図11(b)に示すように、ある一定x以上の張力が加わったときに、所定の量yを繰り出すようにする。この量yは、例えば、後に示す回転部の30度の回転に相当する。横軸は膜構造体3の張力、縦軸は膜構造体3の繰り出し量を示すが、膜構造体3の繰り出し量の増加に伴い、δ0/Bは増加する。
【0123】
δ0/Bの増加は、例えばトルクヒンジを用いて自動的におこなうやり方、張力の測定結果に応じてδ0/Bの増加量を計算し、その分だけ自動又は手動で膜構造体3を伸ばすやり方のいずれでも対応可能である。
【0124】
この方式を「δ0巻き込み」と命名する。発明の実施の形態4はこの方式に関するものである。
【0125】
発明の実施の形態4について、図12及び図13を参照して説明する。
【0126】
図12(a)は、発明の実施の形態4に係る膜式水門の正面図、図12(b)は、同じく平面図である。図13は、図12のA−A矢視断面図である。
【0127】
図12(a)は、膜構造体3を引き出して起立させた状態(膜構造体3が概ね鉛直方向に広がり、水路の水流を遮っている状態)を示している。膜構造体3が水底下に引き込まれ、水路の水流を遮っていない状態の図示は省略した。
【0128】
図12及び図13において、膜式水門を構成する要素を示し、水路、その底や堤防、護岸Sなどの表示は省略している。
【0129】
図12及び図13は、展伸・撤収の点において、発明の実施の形態2の底部収納方式を採用したものであるが、これには限定されず、上部格納方式・側部格納方式・スイング方式などの方式を採用することができる。
【0130】
図12及び図13に係る膜式水門の膜構造体3の実長は水路幅より大きい。ただし、膜構造体は支持柱2'の回転部20の作用により、「δ0=0展張」が可能である。すなわち、回転部20が許される張力の範囲内で強く膜構造体3を引っ張ることでδ0=0となり、この状態から張力を弱めて(引っ張る方向とは反対側へ回転部20を回転させることにより)膜構造体3を展伸させることでδ0≠0となる。δ0/Bが最大どの程度になるかは膜構造体3の実長により決まる。実長が長ければ長いほどδ0/Bの上限は大きくなる。他方、δ0/Bの下限はゼロである。したがって、要求されるδ0/Bの最大値に合わせて膜構造体3の実長を定めることができる。
【0131】
符号2'は、図12の左側の支持柱2と対になる支持柱2'である。支持柱2'は、膜構造体3の巻き込み・展伸機能を備える点で、支持柱2とは相違する。左側の支持柱2にも巻き込み・展伸機能を設けるようにしてもよい。
【0132】
符号19は、支持柱2'の上端及び下端にそれぞれ位置するの一対の固定部である。固定部19,19は回転部20の軸受のようなものであり、いわば回転支承である。図13の例では、下側の固定部19は底部圧縮梁12の内部に埋め込まれているが、これには限定されない(下側の固定部19が底部圧縮梁12と一体となることで、水底と膜構造体3の下端との隙間をなくすことができるというメリットがある)。上側の固定部19は頂部圧縮梁11に取り付けられている。支持柱2、2'(固定部19,19及び回転部20を含む)、頂部圧縮梁11、底部圧縮梁12は枠組み圧縮梁を構成する。
【0133】
符号20は、固定部19と19の間に位置し、そこに膜構造体3の端末(一端)が固定されている回転部である。回転部20は、家屋の門扉や船舶のハッチカバーの固定に用いられるトルクヒンジ(反力トルクが発生する蝶番)と同じ機能を持つ。トルクは回転モーメントで、距離(半径)が決まると作用する力が決まる。本実施例においてトルクが一定であるとすれば、回転部20の半径は一定で膜構造体3の厚みが無視できるとして、作用する力(膜構造体3の張力)は一定である。平水時において、膜式水門の膜構造体3の張力は0であるが(δ0/B=0の場合も同じ)、高潮時などにおいて膜構造体3の張力が増加すると、これが回転部20のトルクに打ち勝つので、回転部20が回転する。したがって、図11(b)に示すようにδ0/Bが増加する。すると、図11(a)に示すように膜構造体3の張力が減少する。なお、図11(b)の例では、一定以上の張力が加わると回転部20が回転し、膜構造体3の繰り出し量が増加するが、これには上限yがある。高潮等の場合、これによる張力の増加は、図11(b)の閾値xを超えることが多いと思われ、そのような場合のほとんどで上限yの繰り出しが行われると考えられる。なお、後述の回転部(巻き込み機構)20に、膜構造体3の繰り出し量が予め定められた上限を超えないように制御するストッパを設けるようにしてもよい(発明の実施の形態7参照)。
しかし、発明の実施の形態4はこれに限定されない。
また、トルクヒンジによらず、例えば、張力計、コンピュータ、モータによる制御系を構成し、張力に基づきコンピュータで回転部20を所定角度回転させるようにしてもよい。
【0134】
符号21は、膜構造体3の上縁を吊る懸垂装置で、その上端は頂部圧縮梁11に固定されている。懸垂装置21は、図1の隙間Xに設けられたものである。懸垂装置21は、膜構造体3の頂部垂れ下がりを防止するものである。膜構造体3の形状(特にその上端の形状)を安定させることもできる。
【0135】
発明の実施の形態4に係る膜式水門の動作について説明を加える。
【0136】
平水時には、回転部20はその反力トルクで膜構造体3の余剰長さ(水路幅Bつまり支持柱2と2'の距離を超える膜構造体3の長さ)を巻き取ってδ0=0の状態を保っている。
【0137】
高潮や津波の襲来時には、膜構造体3の張力が増加して回転部20に作用するトルクがその反力トルクに勝ち、回転部20に巻き取られていた膜構造体3の端部が引き出されてL>Bの状態となる。図11(b)に示すように、引き出し量には上限xを設けてもよい(そのための構成については発明の実施の形態7参照)。
【0138】
発明の実施の形態4に係る膜式水門は、上記のように動作するので、膜構造体3は、平水時にδ0=0展張の状態にあって形状が確定するのでボタン操作が可能であり、高潮時にはδ0/B>0の状態にあるので膜張力が上昇することはない。
【0139】
また、発明の実施の形態1で図4及び図5を参照して説明した、膜張力上昇と共に現れる筈の膜構造体3の底部上昇も同じ理由で減少する。しかるに、水圧差Δhによる頂部の弾性変位量が0で、且つ、δ0/B≠0であるから頂部垂れ下がりの発生が予想される。そこで、懸垂装置21で垂れ下がりを強制的に防止するとよい。
【0140】
なお、回転部20の反力トルク機構で発生する反力トルクの大きさは、膜構造体3の端部引き出しによる回転部20の回転に伴い若干増すが、膜張力の上昇を相殺できた角度で回転を停止させ、膜張力を、回転部20を含む枠組み圧縮梁に転嫁するようにしてもよい。
【0141】
図14は、回転部20の必要回転角度とδ0/Bの関係を示す計算例である。水門の設置条件により計算結果は異なるが大差はない。例えば、δ0/B=10%、14%、25%に対して必要回転角度は約30度、60度、180度である(計算条件は後述)。回転部20が必要とする最小トルクは平水時に膜構造体3が巻き込める程度でよく、又、回転角度も限定される。従って、反力トルク機構は動力を必要とせず、家屋の門扉や船舶のハッチカバーの固定に用いられるトルクヒンジの様に、エネルギー回収能力を備えた単純な機構で実現できる。また、懸垂装置21はスプリング、綱鎖、ロープ、又はこれらの組み合わせ等、その形態と機能は種々あり得る。
なお、上記計算例は図1の構造に基づくものである。図1は、定量的な計算に基づき、本発明の実施の形態に係る膜式水門がその効果を適切に発揮できるように設計されたものを示しており、図1において、各部の長さ・幅等は正しいプロポーションを反映している。例えば、図1において、支持柱2、2の直径はいずれも3.7mであり、径間Bは75mである(径間Bと支持柱2、2の直径の比は、20:1程度である)。上記数値例は、図1のプロポーションに基づくものである。
本発明の実施の形態のトルクヒンジには、非常に大きな力(単位長さ(m)当たり何トンもの力)が加わるため、膜構造体を幾重にも巻き取るといった機構を実現することは非常に困難である。したがって、実際上は90度程度の回転がせいぜいである。回転角度が小さいほど、本発明の実施の形態に係るトルクヒンジの実現は容易になるから、トルクヒンジを用いる場合、トルクヒンジが30度程度回転し、このときδ0/B=10%となることが好ましい。δ0/B=10%であっても、図11によれば張力は半分になるから、その効果は大きい。
トルクヒンジの回転角度の上限が、例えば30度になるようにストッパを設けるようにしてもよい(発明の実施の形態7参照)。
【0142】
発明の実施の形態4によれば、平水時に反力トルクで膜構造体が巻き取られてδ0=0展張が実現することにより、膜構造体の張力上昇を抑制することができ、膜構造体の必要強度が低下しコストダウンを実現することができる。しかも、「課題1:水門の開閉を迅速に行うことができない」及び「課題2:アンカーレッジに加わる荷重が大きくなり過ぎる」を解決することができた。
【0143】
また、懸垂装置を設けることにより、「課題3a:膜構造体上部の変形により漏水する」を解決することができた。
【0144】
発明の実施の形態5.
図15(a)は、発明の実施の形態5に係る膜式水門の正面図(部分図)、図15(b)は、図15のB−B矢視断面図である。
【0145】
図15は、膜構造体3を引き出して起立させた状態(膜構造体3が概ね鉛直方向に広がり、水路の水流を遮っている状態)を示している。膜構造体3が水底下に引き込まれ、水路の水流を遮っていない状態の図示は省略した。
【0146】
図15において、膜式水門を構成する要素を示し、水路、その底や堤防、護岸Sなどの表示は省略している。
【0147】
図15は、展伸・撤収の点において、発明の実施の形態2の底部収納方式を採用したものであるが、これには限定されず、上部格納方式・側部格納方式・スイング方式などの方式を採用することができる。
【0148】
符号22は、石柱15の中に設けられた傾斜戸溝である。傾斜戸溝22は、川側と海側のそれぞれについて設けられている(なお、一方からの圧力のみを考慮する場合はそれに対応する一方側、例えば、高潮のみを考慮するのであれば川側のみに傾斜戸溝22を設ければよい)。図15(b)の断面図からわかるように、傾斜戸溝22の断面は、それを構成する直線に直交する法線が下側(水底T)側を向くようになっている。したがって、高潮などにより大きな水圧を受けると、膜構造体3は水位の高い方から力を受け、水位の低い方へ倒れるようになる。支持柱2は傾斜戸溝22にもたれかかるようになってこれに接するようになる。したがって、膜構造体3の法線は下側を向くようになる。
【0149】
図15(b)において、戸溝が垂直である場合の膜構造体3に作用する水平力(図4の水平力Fhと同じもの)を点線矢印で表すと、傾斜戸溝22の作用で支持柱2が傾斜している時の水平力Fh'は実線矢印のように下方向を向く。この水平力Fh'の鉛直成分は、図4の浮力Fbと打ち消しあう。したがって、図4の合力Fgの鉛直上側の成分を減少させること、水平力Fh'の鉛直成分を浮力Fbと同じにして鉛直上側の成分をゼロにすること、水平力Fh'の鉛直成分をもっと大きくして合力Fgを下(水底)へ向けること、が可能である。これにより、「δ0=0展張」を実現しつつ「課題3b:膜構造体の浮かび上がりによる下部の隙間からの漏水」を解決することができる。
【0150】
図16は、戸溝(溝)β及びそこに設けられた傾斜戸溝22の説明図(B−B断面図)である。なお、傾斜戸溝は符号βと符号22を合わせたものを指すが、ここでは説明の便宜上、両者を区別している。
【0151】
戸溝βは、図7に示したものと同じものである。なお、展伸・撤収の点において、発明の実施の形態5は底部収納方式に限定されないのは前述したとおりである。
【0152】
傾斜戸溝22は、膜構造体3に加わる力に下方向のベクトルを持たせるためのものである。
【0153】
傾斜戸溝22が存在するため、戸溝の上部開口幅fは、下部開口幅eよりも大きい(f>e)。その傾斜角をθとすると、膜構造体3に加わる力は、傾斜戸溝22が存在しない場合と比べて、θだけ下を向く。θを、図4の合力Fgの向き(−θ)と同じ大きさで符号を反対とすることで、合力Fgの上向き成分を打ち消すことができる。すなわち、θの大きさを、図4の合力Fgの水平線に対する角度と同じにする。言い換えれば、水位差により膜構造体3に作用する力Fh'の鉛直成分が、浮力Fbと相殺するようにすればよい。
【0154】
発明の実施の形態6.
発明の実施の形態6に係る膜構造体3について説明する。この膜構造体3の説明図を図17に示す。同図(a)は膜構造体3(ケーブルCA)の高さ方向の剛性の変化を示す模式図であり、同図(b)は膜構造体3の断面図を示す。膜構造体3はL0の高さをもつものとする。
【0155】
この膜構造体3は、水平方向に延びる多数の超高強度材料で形成したケーブルCAを備えるものであり、そのフープテンションで水圧差に耐える構造である。しかも、図17(a)の実線や点線で示されるように、水路中央の垂直断面において、ケーブルCAの剛性を底部から上部に向けて減少させている(言い換えれば、上部から底部に向けて増加させている)。ケーブルCAの延びで膜構造体3の垂直中央断面に変形が生じるが、図17(a)で示すように、その変形の程度には差が生じる。すなわち、剛性の高い底部での変形は小さく、剛性の低い上部での変形が大きくなる。剛性の変化は、図17の実線のような直線、点線のようなステップ状などが考えられる。指数関数や双曲線などの曲線でもよい。剛性を上部から底部に向けて増加させる程度は、図18に示すように、膜構造体3の中程の中間部分が膨らみ、全体として前屈みになるようにする。例えば、膜構造体3の下端付近、あるいは想定される水位差において下側の水面の近傍において、剛性を特に高めることが考えられる。
【0156】
このため、水位差が生じたとき、発明の実施の形態6に係る膜構造体3は図18のように変形する。なお、剛性に変化を持たせない場合は図4のように変化する。両者を比較されたい。
【0157】
図18は、発明の実施の形態6に係る膜式水門の膜構造体3の変形と作用力の説明図である。同図は、水路の中央を通る鉛直面で切断したときの膜式水門の断面図を示している。図面左側が港内であり、右側が港外である。同図において、同一又は相当部分については、図4と同一符号を付している。
【0158】
同図に示すように、ケーブルCAの剛性を垂直中央断面の底部から上部に向けて減少させるか上部から底部に向けて増加させることにより垂直中央断面の変位は前屈みとなる。膜構造体3の中央部が膨らむようになる。この部分(図18で斜線を付した部分、符号k)に存在する水の重さにより下降力Fkが生じる。下降力Fkは、浮力Fbと打ち消しあう。これにより、発明の実施の形態5と同様に、膜構造体3に作用する水平力の方向は下方向に向きを変える。合力が水平または下方向であれば底部上昇は起こらないので、底部止水が容易になる。膜構造体3の底部は図18の符号Z''の位置にあるが、この位置は図4の符号Zよりも低くなる。
【0159】
発明の実施の形態6によれば、膜構造体の作用水圧力が下方向に変化して膜構造体の底部の上昇が起こり難くなる。これにより、「課題3b:膜構造体の浮かび上がりによる下部の隙間からの漏水」を解決することができる。なお、発明の実施の形態6によれば、δ0≠0の場合も課題3bを解決することができる。
【0160】
発明の実施の形態7.
発明の実施の形態4の回転部(巻き込み機構)20に、膜構造体3の繰り出し量が予め定められた上限を超えないように制御するストッパを設けるようにしてもよい。例えば、回転部20の回転角度が所定値(例えば30度)になったときに、その回転を停止させる回転止め機構を設けるようにする。この種の機構は公知であるので、その具体的な構成に係る説明は省略する。
発明の実施の形態7に係る膜式水門によれば、膜構造体3の荷重が、図示しないストッパ、回転部20、固定部19、支持柱2を介して圧縮梁に伝達され、そこで相殺される。
発明の実施の形態7に係る膜式水門によれば、膜構造体に所定の水圧が加わるとすぐに膜構造体が繰り出され、ストッパでそれが停止される。ストッパで回転を止めることで膜構造体の張力を圧縮梁に伝達することができるのである。また、発明の実施の形態7に係る膜式水門は、発明の実施の形態4と同じ効果を奏する。
【0161】
発明の実施の形態8.
また、膜構造体3の水平方向構成材(例えばワイヤ)の径間中央(水路中央)における初期撓みδ0が、膜構造体3の底部から上部に向かって増加するようにしてもよい。
膜構造体3は水平方向に超高強度材料で形成した数多くのケーブルを配置し、そのフープテンションで水圧差に耐える構造である。初期撓みδ0により膜構造体3の垂直中央断面に形状変化が生じる。図19の符号20'のように、支持柱2の回転部20の半径を、膜構造体3の底部から上部に向かって増加するように設定することにより(あるいは、同図符号20''に示すように回転部20の水底寄りの一部について底部から上部に向かって増加するように設定してもよい)、膜構造体3の水平方向構成材の初期撓みδ0が膜構造体3の底部から上部に向けて増加する。δ0の量を垂直中央断面の底部から上部に向けて増加させることにより、垂直中央断面の変位は前屈みとなり、膜構造体3に作用する水平力は下方向に向きを変える(図18参照)。したがって、このようなδ0の調整は発明の実施の形態6と同様の効果を奏する。水位差分布は時間とともに変化するので、様々な水位差分布と膜剛性の変化の組み合わせにより膜構造体3の垂直中央断面の形状も様々となる。δ0調整の効果確認には、変形形状に作用する浮力及び加工力を適切に把握することが不可欠である。
なお、δ0調整の目的は下降力を増やすことにあり、δ0量の増加範囲は必ずしも膜頂部まで達する必要はない。例えば、底部においてδ0=0であり、膜構造体3の底部から中間高さである所定の高さ(例えば、全高の30%乃至50%のいずれかの高さ)までδ0が一定の割合kで増加していく。当該所定の高さでδ0=xになったとする。そこから、膜構造体3の頂部(上端)までδ0=xのままで一定である(あるいは一定の割合で減少させていってもよい。この場合、膜構造体3の頂部で再びδ0=0となるようにもできる)。このように膜構造体3の下側で選択的にδ0を増加させることで、発明の実施の形態6と同様の効果を奏するとともに、膜構造体3の頂部でのδ0を小さくでき、頂部からの漏水を抑制することができる。
【0162】
なお、本発明の実施の形態に係る膜式水門に、図20に示すように、船舶用の閘門を併設するようにしてもよい。この様な配置は緊急的船舶出入港ニーズから発想されるものであるが、活用次第で膜構造体の操作が可能な平水状態の長時間化が計れる。
【0163】
以上説明を加えてきた膜式水門に関し、その膜構造体について若干説明を加える。当該膜構造体は、水平方向に炭素繊維、アラミド繊維、ピアノ鋼線などの超高強度材料で形成したケーブルを配置し、そのケーブルを、高さ方向に化学繊維で編み上げたり、布に縫い込んだり/固定したり、ゴム/テフロン(登録商標)等でコーテイングする等、いろいろな方法で一体化して一枚の幕に仕上げたものであり、この構造により必要な水密機能を確保している。
【0164】
本発明は、以上の実施の形態に限定されることなく、特許請求の範囲に記載された発明の範囲内で、種々の変更が可能であり、それらも本発明の範囲内に包含されるものであることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0165】
2 支持柱
3 膜構造体
11 頂部圧縮梁
12 底部圧縮梁
13 回転支承
14 駆動設備
15 石柱
16 底部格納スペース
17 枠組み圧縮梁
19 固定部
20 回転部
21 懸垂装置
22 傾斜戸溝

【特許請求の範囲】
【請求項1】
流水や船舶の水路を横切る方向に設けられた一対の支持柱と、前記一対の支持柱に固定され前記一対の支持柱により支えられて展張される膜構造体と、前記一対の支持柱の上部に両側がそれぞれ固定される頂部圧縮梁と、前記膜構造体の上部を前記頂部圧縮梁から吊るための懸垂装置とを備え、
少なくとも、水位差の生じていない状態である平水時において、前記一対の支持柱間の略中央における前記膜構造体の初期撓みδ0が0であるように前記膜構造体が展張され、
少なくとも、津波や高潮などの水位差の生じている状態において、前記頂部圧縮梁は、前記膜構造体から前記一対の支持柱に入った張力の一部を受けてこれをその内部で相殺する、ことを特徴とする膜式水門。
【請求項2】
前記一対の支持柱の少なくとも一方に、前記膜構造体を巻き込む巻き込み機構を備え、
前記巻き込み機構は、前記平水時において、前記δ0が0であるように前記膜構造体を巻き込み、前記水位差の生じている状態において、前記膜構造体の膜張力の上昇に対応して前記膜構造体を繰り出す、ことを特徴とする請求項1記載の膜式水門。
【請求項3】
前記巻き込み機構は、反力トルクを発生する反力トルク機構であり、
前記反力トルクは、前記δ0が0になるまで前記膜構造体を巻き込むように定められ、
前記水位差の生じている状態において、前記膜構造体の張力が増加してこれが前記反力トルク機構の前記反力トルクに打ち勝ち、前記反力トルク機構に巻き取られていた前記膜構造体が繰り出される、ことを特徴とする請求項2記載の膜式水門。
【請求項4】
前記巻き込み機構は、前記膜構造体の繰り出し量が予め定められた上限を超えないように制御するストッパを備えることを特徴とする請求項2又は請求項3記載の膜式水門。
【請求項5】
前記一対の支持柱をそれぞれ支える一対の石柱を備え、
前記一対の石柱には、前記一対の支持柱を支えるための溝であって、上部から下部に向かうにつれて狭くなっている傾斜戸溝がそれぞれ設けられ、
前記一対の支持柱は、前記水位差の生じている状態において、前記傾斜戸溝により水位の低い方へ向かって倒れる、ことを特徴とする請求項1記載の膜式水門。
【請求項6】
前記水位差の生じている状態において前記一対の支柱の倒れる角度は、前記水位差により前記膜構造体に作用する力の鉛直成分と前記膜構造体に加わる浮力とが相殺するように定められている、ことを特徴とする請求項5記載の膜式水門。
【請求項7】
前記膜構造体の剛性を上部から下部に向かって増加させることにより、前記水位差の生じている状態において、前記膜構造体の中間部分の断面が膨らむようにする、ことを特徴とする請求項1記載の膜式水門。
【請求項8】
前記膜構造体は、その剛性を支える要素として水平方向に延びる複数のケーブルを備え、前記複数のケーブルの剛性を、上部から下部に向かって増加させることを特徴とする請求項7記載の膜式水門。
【請求項9】
前記膜構造体の底部から上部にかけての少なくとも一部分について、前記δ0が前記膜構造体の上部に向かって増加するようにしたことを特徴とする請求項2乃至請求項4いずれかに記載の膜式水門。
【請求項10】
前記一対の支持柱の下部に両側がそれぞれ固定される底部圧縮梁を備えることを特徴とする請求項1乃至請求項9いずれかに記載の膜式水門。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【公開番号】特開2011−202494(P2011−202494A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−158501(P2010−158501)
【出願日】平成22年7月13日(2010.7.13)
【分割の表示】特願2010−69005(P2010−69005)の分割
【原出願日】平成22年3月24日(2010.3.24)
【出願人】(592000886)八千代エンジニヤリング株式会社 (16)
【Fターム(参考)】