膜生成方法
【課題】基板である鉄鋼材料の表面に、下地膜を準備することなく、大面積を有する表面への成膜が容易に可能な生産性や費用効果が高い電気めっき法を用いることにより、鉄鋼材料の表面上に、結晶c軸の高い配向性を有する磁性膜を生成する方法を提供する。
【解決手段】鉄鋼材料の表面上に結晶c軸配向性を持つ磁性膜を電気めっきで作製する膜生成方法であって、めっき液はpHが5〜9のCo2+イオンを含む溶液であり、該めっき液中で前記鉄鋼材料に電流密度0.5〜100mA/cm2で電気めっきをすることを特徴とする膜生成方法である。
【解決手段】鉄鋼材料の表面上に結晶c軸配向性を持つ磁性膜を電気めっきで作製する膜生成方法であって、めっき液はpHが5〜9のCo2+イオンを含む溶液であり、該めっき液中で前記鉄鋼材料に電流密度0.5〜100mA/cm2で電気めっきをすることを特徴とする膜生成方法である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄鋼材料の表面上に結晶c軸方位が配向した磁性膜の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
結晶c軸方位が配向した磁性膜の生成方法は、記憶容量が向上する垂直磁気記録の分野で盛んに研究開発が行われている。しかしながら、膜生成で使用される基板は、機能上、ガラス、銅合金、アルミナ、ポリイミド等の非磁性材料である。また、磁性膜の基板に対する結晶c軸配向性、即ち、垂直磁気異方性を高めるためには、非特許文献1等で報告されているように、Ni-P系等の下地膜を、スパッタ法、蒸着法、めっき法等で予め作製する必要があった。
【0003】
一方、鉄鋼材料に代表される鉄系の材料表面を基板にした例としては、特許文献1において、表面外観に優れた亜鉛めっき鋼板の製造方法が報告されている。この技術は、亜鉛の結晶配向を均一化することにより、外観性を良くすることを目的とし、めっき初期段階において、電気めっき条件を制御して作製した下地めっき膜の必要性を提案したものであり、鉄鋼材料を基板にする場合においても、下地膜が結晶配向性向上に重要であることを述べている。しかしながら、特許文献1の技術は、外観性を高めることのみが目的であり、亜鉛めっき膜に磁性膜として機能はない。
【0004】
また、鉄鋼材料の一つである電磁鋼板表面に、金属あるいは合金めっきを施す方法が、特許文献2〜4において開示されている。特許文献2は、線状溝に磁性金属や合金をめっき法を用いて堆積し、鋼板の磁気特性を向上させることを提案している。しかしながら、めっき金属あるいは合金の配向性については、全く触れておらず、溝を磁性金属で埋めることのみを目的とした提案となっている。また、特許文献3が提案している鋼板表面上への金属あるいは合金めっきは、中間焼鈍時に発生するスケール量の低減や鋼内Si、Alのスケール中への拡散防止を目的としたものであり、この提案も、めっき膜の配向性については全く触れていない。また、特許文献4においても、めっき法を用いて鋼板表面への金属被覆処理を施す提案がなされているが、この技術が金属皮膜に求めている特性は、線膨張係数の大きさであり、磁性の有無やめっき膜の結晶配向性とは全く関係のない。
【0005】
一方、特許文献6では、電磁鋼板の基板上に単結晶膜を生成させる方法が開示されている。しかしながら、その方法は、分子線エピタキシャル結晶法を利用したものであり、鉄鋼材料のように大面積上への成膜には不向きであり、生産性や費用効果共に問題のある方法である。
【0006】
以上のように、鉄鋼材料の表面上に結晶c軸が配向性した磁性膜を、生産性に優れた電気めっき法を用いて製造する技術に関する詳細な報告はなかった。近年、特許文献6において、電磁鋼板の表面に加工した溝部分に、結晶c軸が配向性した磁性膜、即ち、高磁気異方性膜を積層することにより、一方向性電磁鋼板の鉄損が低減される技術の報告が行われている。しかしながら、これまで、特許文献6の鋼板製造に必要な、電磁鋼板表面への結晶c軸が配向した磁性膜の作製方法について、下地膜を作製する製造プロセスなしに、生産性や費用効果が高い電気めっき法を用いて製造する方法の詳細な開示がこれまでなかった。
【0007】
【特許文献1】特開平7-27881号公報
【特許文献2】特開平5-186827号公報
【特許文献3】特開平7-188759号公報
【特許文献4】特開平7-173641号公報
【特許文献5】特開2004-63834号公報
【特許文献6】特開2005-327772号公報
【非特許文献1】金属表面技術: vol.37, p.17 (1986)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記従来技術の現状を踏まえ、本発明は、基板である鉄鋼材料の表面に、下地膜を準備することなく、大面積を有する表面への成膜が容易に可能な生産性や費用効果が高い電気めっき法を用いることにより、鉄鋼材料の表面上に、結晶c軸の高い配向性を有する磁性膜を生成する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記課題を解決するものであり、その発明の要旨は以下の通りである。
(1) 鉄鋼材料の表面上に、結晶c軸配向性を持つ磁性膜を電気めっきで作製する膜生成方法であって、めっき液はpHが5〜9のCo2+イオンを含む溶液であり、該めっき液中で前記鉄鋼材料に電流密度0.5〜100mA/cm2で電気めっきをすることを特徴とする膜生成方法。
(2) 前記めっき液のCo2+イオンの濃度が0.5〜5mol/Lである(1)に記載の膜生成方法。
(3) 前記鉄鋼材料の表面を腐食性の溶液で洗浄した後、前記電気めっきをする(1)又は(2)に記載の膜生成方法。
(4) 前記鉄鋼材料の表面は、凹部を有し、該凹部底面上に結晶c軸配向性を持つ磁性膜を生成することを特徴とする(1)〜(3)の何れか1項に記載の膜生成方法。
(5) 前記鉄鋼材料が一方向性電磁鋼板である(1)〜(4)の何れか1項に記載の膜生成方法。
(6) 前記電磁鋼板の表面に、該表面に平行な底面を持つ溝を有する(5)に記載の膜生成方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によれば、工業的に容易に、鉄鋼材料の表面上に結晶c軸が高配向した磁性薄膜を作製することが可能となり、例えば、応用先として、電磁鋼板表面に加工した溝部分に結晶c軸が配向した高磁気異方性を持つ磁性膜を積層することにより、鉄損特性が優れた一方向性電磁鋼板の製造が可能となる等、本発明の産業上の利用価値は非常に高いものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に、本発明について詳細に説明する。
【0012】
まず、結晶c軸を持つ磁性物質の代表例としてコバルトを選び、鉄鋼材料の表面上にコバルトc軸配向膜を作製するため、鉄鋼表面に下地膜を生成してからコバルト配向膜の作製を試みた。成膜条件は、従来のCuやアルミナ等を基板としたときの配向性膜を作製する方法と同じであり、下地膜としては、無電解めっきでNi-P系の膜を施し、その下地膜上に、hcp構造のコバルト膜を基板表面のほぼ全面に成膜した。図1は、硫酸コバルトが約1mol/Lを含むめっき液を使い、浴温は常温、pHが5〜5.9、電流密度が7mA/cm2で電気めっきしたときの膜の広角X線回折図である。膜厚は、約20μmであった。図1から、hcp構造のコバルトの(110)や(100)のピークが鋭く出ているが、コバルトの結晶c軸が、基板表面に対して垂直に配向していることを示す(002)ピークは得ることができなかった。即ち、鉄鋼材料の表面上にhcp構造のコバルトc軸配向膜を作製するには、従来技術と同じ条件では、容易には達成されないことが分かった。
【0013】
本発明者らは、従来のCuやアルミを基板として最適化されためっき条件では、鉄鋼表面上にhcp構造のコバルトc軸配向膜を作製することはできないと考え、電気めっき条件、即ち、pH、電流密度等の様々な条件を変化させた実験や結晶構造解析等を鋭意行い、鉄鋼表面上に平滑に高配向性膜が電析する最適条件を見出した。また、従来配向性を高めるために必要であった下地膜は、製造工程を増やす要因でもあることから、本発明では、下地膜がない条件下での、コバルトc軸結晶方位が高配向する膜の条件を見出した。
【0014】
図2は、めっき液のpHと電流密度を変化させて、コバルト膜を基板表面のほぼ全面に成膜し、hcp構造のコバルト膜の、Co (100)のピーク強度に対するCo(002)のX線ピーク強度比を示す。めっき液は、1mol/Lの硫酸コバルト水溶液であり、浴温は常温とし、鋼板表面は、めっき開始前に、洗浄ための脱脂が行われている。電析は、膜厚が20μmになるまで行った。鋼板表面に対してコバルトのc軸が垂直配向している場合は、他のピークに比べて、(002)ピークが大きくなる。図2から、電流密度が0.5〜100mA/cm2 の範囲内では、pH5を超える当たりから(002)のピーク強度比大きくなる。また、このときの膜の断面観察から、Co結晶粒が基板に対して垂直に粒成長、即ち、配向していることを確認した。
【0015】
電流密度が100mA/cm2 を超えるところから十分な配向性が得られないのは、めっき速度が大きくなり、膜生成時に一方向に配向した粒が成長し辛くなるためである。以上のことから、本発明では、鉄鋼材料の表面上に結晶c軸配向性を持つ磁性膜を電気めっきで作製する場合には、電流値が0.5〜100mA/cm2 の範囲内で、pHの下限値は5であるとした。
【0016】
図2から、pH9でも、高配向性を持つことが分かる。pHをさらに上げて成膜することは可能だが、pH9を超えると、めっき液に沈殿物が生じ始め、膜の平滑性も悪くなる。以上のことから、本発明では、pHの上限値を9に設定した。図2から、電流密度が0.5〜100mA/cm2 の範囲内では、pH5〜pH9で配向性を示すことが分かる。
【0017】
pH5〜pH9の範囲内では、電流密度が0 mA/cm2超0.5mA/ cm2 未満でも、ピーク強度は得ることはできる。しかしながら、めっき速度が非常に遅くなる等の問題があり、工業生産に合わない。以上のことから、本発明では、電流値の下限を0.5mA/cm2 とした。
【0018】
本発明は、上記の実施形態により、鉄鋼材料の表面上に結晶c軸配向性を持つ膜を電気めっきで作製することができるが、これらの発明実施形態に加えて、さらに以下の条件を規定することにより、より高い結晶c軸配向性を持つ膜が得られる。
【0019】
図2の実験では、コバルト膜を20μmの厚みまで電析したが、本発明の成膜条件内であれば、結晶c軸配向性は、膜厚の大きさに影響されない。初期の電析膜の断面観察等から、膜厚がゼロを超える薄い場合でも、結晶c軸が配向した粒が生成していることを確認している。また、膜厚が今回の厚みを越えた場合も、膜の断面観察等から、結晶c軸が配向した粒が生成している。以上のことから、本発明の成膜条件内であれば、配向性は、膜厚の大きさにはあまり関係しないが、膜厚が厚くなると、基板との密着性の問題が生じることがある。また、工業的にも基板よりも厚い膜を付けることは、長時間成膜が必要になる等、費用効果の問題がある。したがって、電析膜厚は、基板の厚みよりも薄いことがより好ましい。
【0020】
図3は、電流密度を0.5〜100mA/cm2 、硫酸コバルト水溶液の濃度を0.5mol/Lから5mol/L変化させた条件下で生成した膜のCo (100)のピーク強度に対するCo(002)のX線ピーク強度比を示す。めっき液のpHは、本発明規定の5〜9の範囲内にあるように、アンモニア水溶液や硫酸水溶液等を用いて調整した。図3から、電流密度が本発明規定の0.5〜100mA/cm2の範囲内ではいずれも、硫酸コバルト水溶液の濃度が0.5mol/Lから5mol/L変化しても、pHによる強度比の違いはあるものの、安定してCo (100)のピーク強度に対するCo(002)のX線ピーク強度比が5以上得られる。本強度比が5以上から高配向性が得られているとした判断基準は、上述したように、本強度比が5の時点での膜の断面観察から、Co結晶粒が基板に対して垂直に粒成長、即ち、配向していることによる。
【0021】
ここで、めっき液としては、硫酸コバルト水溶液を使用しているが、本発明では、塩化コバルト水溶液等、Co2+イオンを含む溶液であればいずれでも良い。Co2+イオン濃度が0mol/L超0.5mol/L 未満でも、配向性のある成膜は可能であるが、めっき速度を高めたり、安定した成膜には、Co2+イオン濃度が0.5mol/L以上であることがより好ましい。また、Co2+イオン濃度が5mol/L以上の場合でも、溶解する限りにおいては、配向性のある成膜は可能であるが、薬品を大量に消費する必要等、原料費用面の問題がある。以上のことから、本発明では、めっき液のCo2+イオンを含む水溶液の濃度が0.5〜5mol/Lであれば、対イオンとなるアニオン種は特に問わない。
【0022】
上述では、鋼板表面は、めっき開始前に、洗浄ための脱脂のみを行っている。図4、図5は、めっき液は硫酸コバルト水溶液1mol/L、pH6.3であり、電流密度は5mA/cm2の条件下で、めっき開始前に鋼板表面を腐食液で洗浄した場合としない場合の、それぞれのX線回折図を示す。即ち、図4は、めっき開始前に、腐食液による洗浄処理を行った結果であり、図5は、脱脂のみを行った結果である。使用した腐食液による洗浄は、FeCl3水溶液と硫酸、塩酸から構成される酸洗水溶液を組み合わせたものであるが、HNO3水溶液と該酸洗水溶液との組み合わせ等、表面をエッチングや洗浄するものであれば、この限りではない。エッチングでは、FeCl3水溶液使用時は、濃度340〜380g/L、温度38〜50℃とし、10〜15分程度の浸漬エッチングである。また、HNO3水溶液使用時は、濃度30%、温度40〜50℃とし、1〜3分程度の浸漬エッチングである。エッチングでは、鋼板の全表面を均一に溶解させ、20μm程度削ることにし、前記の濃度、温度、時間を設定した。したがって、表面を削る深さにより、濃度、温度、時間は、任意に可変であり、この限りではない。それぞれの腐食液で洗浄した方は、図4に見られるように、鋼板表面に垂直な配向性を示す(002)、(004)ピークが鋭く存在する。一方、腐食液での洗浄がない脱脂のみの方は、図5に見られるように、(002)、(004)以外のピークも混合する。めっき開始前に腐食液で洗浄した方が、結晶粒はc軸配向し易い。以上のことから、本発明の別形態では、鉄鋼材料の表面を腐食液で洗浄した後に、電気めっきすれば、より結晶c軸配向性の高い膜が得られ、より好ましい。
【0023】
磁性膜の磁気的な結晶配向性を高めるために、図6に示すように、鋼板表面に凹状の溝を作り、凹底面へのコバルトめっきによる成膜がより好ましい。鋼板表面に凹状の溝を作るには、表面にエッチング液やめっき液に耐え得るレジスト膜、樹脂、テープ等の保護膜で全面を覆い、図7に示す溝の幅のみの膜が剥離する処理を行う。剥離処理としては、フォトリソグラフィーによるパターンニング法、レーザ照射により皮膜を除去する方法、切断機等の機械的に皮膜を除去する方法等、いずれの方法でも良い。パターンニング後は、上述で説明したエッチング液に浸漬することにより、皮膜が覆っていない部分が侵食され、凹状の溝が形成される。なお、表面のエッチング方法は、上述で説明した溶液以外、例えば、フッ酸等でもよく、鋼材を溶かすものであればこの限りではない。また、上述のエッチング液を用いて、電解エッチングによるものでも良い。このとき、電解エッチング液は、上述のエッチング液以外、例えば、NaCl等、の電解により、鋼材を腐食させる溶液であれば、この限りではない。また、エッチングは、上述のウエットエッチングに限らず、イオンミリング等、反応性のイオンやガスを利用したドライエッチングでも良い。
【0024】
なお、凹状の溝形状は、図6の概念図のような矩形や台形形状でもいずれでも良い。また、溝幅や溝深さは、エッチング加工やめっきができるサイズであれば特に限定しないが、大面積を有する鉄鋼材料表面にエッチングやめっきを行う工業生産的、費用的な観点からは、溝幅が10μm〜200μm、溝深さが0μmを超える範囲から40μmまでであることがより好ましい。
【0025】
磁性膜の磁気的な結晶配向性を高めるには、上述した方法により鋼板表面に凹状の溝を形成後、凹状の底面に対して垂直方向に、本発明のめっき条件に従い、コバルトの結晶c軸が配向するめっきを行うことがより好ましい。このとき、めっき電析は、凹状の溝を埋めるように行い、めっき後は、表面を覆っているレジスト膜等の保護膜を除去する。
【0026】
鉄鋼材料の中でも一方向性電磁鋼板は、鋼板表面を主に鉄立方晶の(110)面を持つ粗大粒から構成されている。したがって、他の鉄鋼材料よりも、基板表面の結晶構造に乱れが少なく、コバルトの結晶c軸配向性がより高まる。以上のことから、鉄鋼材料の中でも、一方向性電磁鋼板を基板表面とすることがより好ましい。また、表面に(110)面を持つ粗大粒から成り立つ一方向性電磁鋼板に対して、表面に凹状の溝を形成し、凹状の底面からコバルト結晶c軸が面に垂直に配向する膜を生成する場合、表面が(110)面であることから、凹状の底面もこの表面に平行であれば、(110)面の乱れが少ない底面となり、配向膜の成膜がより好ましくなる。
【0027】
上述では、結晶c軸を持つ磁性物質の代表例としてコバルトを選び、めっきによりコバルト結晶c軸を基盤面に垂直に高配向した磁性膜の成膜方法を示した。しかしながら、コバルトは高価であることから、合金化等により、素材の低価格化も必要になる。本発明は、コバルト一元系に限らず、結晶c軸を持ち磁性物質である多元系のコバルト合金であればいずれでも良い。例えば、Fe-Co系合金、Ni-Co系合金、Mn-Co系合金、Cr-Co系合金、Cu-Co系合金、Nd-Co系合金、Sm-Co系合金、Y-Co系合金、Ce-Co系合金、Fe-Ni-Co系合金、Fe-Co-Cr系合金、等が挙げられるが、この限りではない。
【実施例】
【0028】
(実施例1)
鉄鋼材料として、質量%でSiが約3%含有し、残部はFeとその他の不純物の組成から成る、厚さが0.23mmの一方向性電磁鋼板を用意した。鋼板は、絶縁皮膜が塗布前の表面状態であり、その表面に幅約100μm、深さ約20μmの凹状の溝を圧延方向に5mmピッチで作製し、溝部分に本発明が提供する方法で、コバルトのc軸配向性めっきを行った。なお、本実施例では、上述の成分の電磁鋼板を選んだが、磁性材料として機能する金属あるいは合金系の材料であれば、この限りではない。
【0029】
まず、溝作製には、ポリイミド樹脂やレジスト液を塗布し、圧延方向に垂直に幅約100μmの樹脂部分を剥離するパターニングをレーザ照射法やフォトリソグラフィーを用いて行い、100μm幅の線部分のみエッチングされるようにした。エッチングでは、FeCl3水溶液を使用した。濃度は340〜380g/L、温度38〜50℃とし、10〜15分程度の浸漬エッチングを行い、約20μmの深さを持つ凹状の溝を形成した。また、Coめっき開始前には、硫酸、塩酸からなる酸洗水溶液を用いて、さらに5〜10分程度浸漬して酸洗後、凹状の溝へのCo電気めっきを開始した。本発明に従い、めっき液として、硫酸コバルトを1mol/L、pHを6.3に調整した。浴温は常温とし、電流密度は5mA/cm2であり、2時間の成膜を行った。このとき、断面観察等から、コバルトの析出膜厚は、溝深さと同程度の約20μmであった。
【0030】
図8、図9は、コバルト粒が凹状の溝底面に対してc軸に配向していることを示す膜断面のEBSP(Electron Back Scattering Pattern)法による結晶方位解析結果である。図8の粒構造図から、コバルト結晶粒は、溝底面に垂直に成長し、図9の極点図から、コバルト(002)が溝底面に垂直配向していることが確認された。
【0031】
以上のように、本発明で成膜した電磁鋼板の鉄損値の測定を行った。具体的には、磁気測定装置を用いて、周波数50Hzで励磁し、最大磁束密度が1.7Tになる時の鉄損値(W17/50)を測定した。
【0032】
表1に、比較材として、表面未処理の試料(プレーン)、表面に凹状の溝のみを加工した試料、コバルト結晶膜のc軸が凹状溝底面に対して垂直に配向膜した試料についての鉄損値(W17/50)をそれぞれ示す。
【0033】
【表1】
【0034】
本発明の方法により配向めっきした試料は、他の試料に比べて鉄損値が大きく減少した。これは、溝部分のコバルトc軸配向膜が、生成されたことにより、鉄損値が改善したことを示唆し、本発明による膜生成方法の有効性を示した。
【0035】
(実施例2)
実施例1で記載した鋼板表面に凹状の溝を加工した鋼板試料を作製し、凹状の溝底面に対して垂直配向めっきを行った。めっき液の硫酸コバルト濃度、pH、電流密度、腐食液による洗浄の有無それぞれを変化させて、凹状溝へのコバルトc軸配向膜を製造した。なお、膜の配向性をX線を用いて調べるため、凹状の溝を加工していない鋼板も用意し、各めっき条件での配向性も同時に調べた。表2に結果を示す。
【0036】
【表2】
【0037】
試料No.1、No.2は、めっき濃度、pH、電流密度が本発明方法を満足しており、X線回折図の結果からも、コバルトの結晶c軸が十分良く配向している。また、FeCl3と酸洗を組み合わせた、腐食液による洗浄をめっき前に加えた試料No.3は、c軸配向性を示す(002)や(004)のピークが他のピークに比べて更に強くなり、より良いc軸配向性を示した。一方、本発明の条件からは外れた、試料No.4は、コバルトの結晶c軸が配向しなかった。試料No.1、No.2については、周波数50Hzで励磁し最大磁束密度が1.7Tになる時の鉄損値(W17/50)も、比較例に比べて鉄損が低下し、No.3は、より鉄損が低下した。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】鉄鋼材料の表面にNi-P系の下地膜を付けてめっきした膜のX線回折図。
【図2】めっき膜のコバルト(002)/(100)のX線ピーク強度比とpHおよび電流密度の関係を示すグラフ。
【図3】めっき膜のコバルト(002)/(100)の強度比と濃度および電流密度の関係を示すグラフ。
【図4】めっき前に鋼板を腐食液で洗浄した場合のコバルトc軸配向膜のX線回折図。
【図5】めっき前に鋼板を腐食液で洗浄しない場合のコバルトc軸配向膜のX線回折図。
【図6】鋼板表面の凹状の溝を示す概念図。
【図7】鋼板表面に凹状の溝を作成するためのレジスト膜のパターンニングを示す概念図。
【図8】溝部分にめっき積層した膜断面のEBP測定による粒構造図。
【図9】溝部分にめっき積層した膜断面のEBP測定による極点図。
【図10】実施例2の試料No.1で成膜したコバルトc軸配向膜のX線回折図。
【図11】実施例2の試料No.2で成膜したコバルトc軸配向膜のX線回折図。
【図12】実施例2の試料No.3で成膜したコバルトc軸配向膜のX線回折図。
【図13】実施例2の試料No.4で成膜したコバルト膜のX線回折図。
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄鋼材料の表面上に結晶c軸方位が配向した磁性膜の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
結晶c軸方位が配向した磁性膜の生成方法は、記憶容量が向上する垂直磁気記録の分野で盛んに研究開発が行われている。しかしながら、膜生成で使用される基板は、機能上、ガラス、銅合金、アルミナ、ポリイミド等の非磁性材料である。また、磁性膜の基板に対する結晶c軸配向性、即ち、垂直磁気異方性を高めるためには、非特許文献1等で報告されているように、Ni-P系等の下地膜を、スパッタ法、蒸着法、めっき法等で予め作製する必要があった。
【0003】
一方、鉄鋼材料に代表される鉄系の材料表面を基板にした例としては、特許文献1において、表面外観に優れた亜鉛めっき鋼板の製造方法が報告されている。この技術は、亜鉛の結晶配向を均一化することにより、外観性を良くすることを目的とし、めっき初期段階において、電気めっき条件を制御して作製した下地めっき膜の必要性を提案したものであり、鉄鋼材料を基板にする場合においても、下地膜が結晶配向性向上に重要であることを述べている。しかしながら、特許文献1の技術は、外観性を高めることのみが目的であり、亜鉛めっき膜に磁性膜として機能はない。
【0004】
また、鉄鋼材料の一つである電磁鋼板表面に、金属あるいは合金めっきを施す方法が、特許文献2〜4において開示されている。特許文献2は、線状溝に磁性金属や合金をめっき法を用いて堆積し、鋼板の磁気特性を向上させることを提案している。しかしながら、めっき金属あるいは合金の配向性については、全く触れておらず、溝を磁性金属で埋めることのみを目的とした提案となっている。また、特許文献3が提案している鋼板表面上への金属あるいは合金めっきは、中間焼鈍時に発生するスケール量の低減や鋼内Si、Alのスケール中への拡散防止を目的としたものであり、この提案も、めっき膜の配向性については全く触れていない。また、特許文献4においても、めっき法を用いて鋼板表面への金属被覆処理を施す提案がなされているが、この技術が金属皮膜に求めている特性は、線膨張係数の大きさであり、磁性の有無やめっき膜の結晶配向性とは全く関係のない。
【0005】
一方、特許文献6では、電磁鋼板の基板上に単結晶膜を生成させる方法が開示されている。しかしながら、その方法は、分子線エピタキシャル結晶法を利用したものであり、鉄鋼材料のように大面積上への成膜には不向きであり、生産性や費用効果共に問題のある方法である。
【0006】
以上のように、鉄鋼材料の表面上に結晶c軸が配向性した磁性膜を、生産性に優れた電気めっき法を用いて製造する技術に関する詳細な報告はなかった。近年、特許文献6において、電磁鋼板の表面に加工した溝部分に、結晶c軸が配向性した磁性膜、即ち、高磁気異方性膜を積層することにより、一方向性電磁鋼板の鉄損が低減される技術の報告が行われている。しかしながら、これまで、特許文献6の鋼板製造に必要な、電磁鋼板表面への結晶c軸が配向した磁性膜の作製方法について、下地膜を作製する製造プロセスなしに、生産性や費用効果が高い電気めっき法を用いて製造する方法の詳細な開示がこれまでなかった。
【0007】
【特許文献1】特開平7-27881号公報
【特許文献2】特開平5-186827号公報
【特許文献3】特開平7-188759号公報
【特許文献4】特開平7-173641号公報
【特許文献5】特開2004-63834号公報
【特許文献6】特開2005-327772号公報
【非特許文献1】金属表面技術: vol.37, p.17 (1986)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記従来技術の現状を踏まえ、本発明は、基板である鉄鋼材料の表面に、下地膜を準備することなく、大面積を有する表面への成膜が容易に可能な生産性や費用効果が高い電気めっき法を用いることにより、鉄鋼材料の表面上に、結晶c軸の高い配向性を有する磁性膜を生成する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記課題を解決するものであり、その発明の要旨は以下の通りである。
(1) 鉄鋼材料の表面上に、結晶c軸配向性を持つ磁性膜を電気めっきで作製する膜生成方法であって、めっき液はpHが5〜9のCo2+イオンを含む溶液であり、該めっき液中で前記鉄鋼材料に電流密度0.5〜100mA/cm2で電気めっきをすることを特徴とする膜生成方法。
(2) 前記めっき液のCo2+イオンの濃度が0.5〜5mol/Lである(1)に記載の膜生成方法。
(3) 前記鉄鋼材料の表面を腐食性の溶液で洗浄した後、前記電気めっきをする(1)又は(2)に記載の膜生成方法。
(4) 前記鉄鋼材料の表面は、凹部を有し、該凹部底面上に結晶c軸配向性を持つ磁性膜を生成することを特徴とする(1)〜(3)の何れか1項に記載の膜生成方法。
(5) 前記鉄鋼材料が一方向性電磁鋼板である(1)〜(4)の何れか1項に記載の膜生成方法。
(6) 前記電磁鋼板の表面に、該表面に平行な底面を持つ溝を有する(5)に記載の膜生成方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によれば、工業的に容易に、鉄鋼材料の表面上に結晶c軸が高配向した磁性薄膜を作製することが可能となり、例えば、応用先として、電磁鋼板表面に加工した溝部分に結晶c軸が配向した高磁気異方性を持つ磁性膜を積層することにより、鉄損特性が優れた一方向性電磁鋼板の製造が可能となる等、本発明の産業上の利用価値は非常に高いものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に、本発明について詳細に説明する。
【0012】
まず、結晶c軸を持つ磁性物質の代表例としてコバルトを選び、鉄鋼材料の表面上にコバルトc軸配向膜を作製するため、鉄鋼表面に下地膜を生成してからコバルト配向膜の作製を試みた。成膜条件は、従来のCuやアルミナ等を基板としたときの配向性膜を作製する方法と同じであり、下地膜としては、無電解めっきでNi-P系の膜を施し、その下地膜上に、hcp構造のコバルト膜を基板表面のほぼ全面に成膜した。図1は、硫酸コバルトが約1mol/Lを含むめっき液を使い、浴温は常温、pHが5〜5.9、電流密度が7mA/cm2で電気めっきしたときの膜の広角X線回折図である。膜厚は、約20μmであった。図1から、hcp構造のコバルトの(110)や(100)のピークが鋭く出ているが、コバルトの結晶c軸が、基板表面に対して垂直に配向していることを示す(002)ピークは得ることができなかった。即ち、鉄鋼材料の表面上にhcp構造のコバルトc軸配向膜を作製するには、従来技術と同じ条件では、容易には達成されないことが分かった。
【0013】
本発明者らは、従来のCuやアルミを基板として最適化されためっき条件では、鉄鋼表面上にhcp構造のコバルトc軸配向膜を作製することはできないと考え、電気めっき条件、即ち、pH、電流密度等の様々な条件を変化させた実験や結晶構造解析等を鋭意行い、鉄鋼表面上に平滑に高配向性膜が電析する最適条件を見出した。また、従来配向性を高めるために必要であった下地膜は、製造工程を増やす要因でもあることから、本発明では、下地膜がない条件下での、コバルトc軸結晶方位が高配向する膜の条件を見出した。
【0014】
図2は、めっき液のpHと電流密度を変化させて、コバルト膜を基板表面のほぼ全面に成膜し、hcp構造のコバルト膜の、Co (100)のピーク強度に対するCo(002)のX線ピーク強度比を示す。めっき液は、1mol/Lの硫酸コバルト水溶液であり、浴温は常温とし、鋼板表面は、めっき開始前に、洗浄ための脱脂が行われている。電析は、膜厚が20μmになるまで行った。鋼板表面に対してコバルトのc軸が垂直配向している場合は、他のピークに比べて、(002)ピークが大きくなる。図2から、電流密度が0.5〜100mA/cm2 の範囲内では、pH5を超える当たりから(002)のピーク強度比大きくなる。また、このときの膜の断面観察から、Co結晶粒が基板に対して垂直に粒成長、即ち、配向していることを確認した。
【0015】
電流密度が100mA/cm2 を超えるところから十分な配向性が得られないのは、めっき速度が大きくなり、膜生成時に一方向に配向した粒が成長し辛くなるためである。以上のことから、本発明では、鉄鋼材料の表面上に結晶c軸配向性を持つ磁性膜を電気めっきで作製する場合には、電流値が0.5〜100mA/cm2 の範囲内で、pHの下限値は5であるとした。
【0016】
図2から、pH9でも、高配向性を持つことが分かる。pHをさらに上げて成膜することは可能だが、pH9を超えると、めっき液に沈殿物が生じ始め、膜の平滑性も悪くなる。以上のことから、本発明では、pHの上限値を9に設定した。図2から、電流密度が0.5〜100mA/cm2 の範囲内では、pH5〜pH9で配向性を示すことが分かる。
【0017】
pH5〜pH9の範囲内では、電流密度が0 mA/cm2超0.5mA/ cm2 未満でも、ピーク強度は得ることはできる。しかしながら、めっき速度が非常に遅くなる等の問題があり、工業生産に合わない。以上のことから、本発明では、電流値の下限を0.5mA/cm2 とした。
【0018】
本発明は、上記の実施形態により、鉄鋼材料の表面上に結晶c軸配向性を持つ膜を電気めっきで作製することができるが、これらの発明実施形態に加えて、さらに以下の条件を規定することにより、より高い結晶c軸配向性を持つ膜が得られる。
【0019】
図2の実験では、コバルト膜を20μmの厚みまで電析したが、本発明の成膜条件内であれば、結晶c軸配向性は、膜厚の大きさに影響されない。初期の電析膜の断面観察等から、膜厚がゼロを超える薄い場合でも、結晶c軸が配向した粒が生成していることを確認している。また、膜厚が今回の厚みを越えた場合も、膜の断面観察等から、結晶c軸が配向した粒が生成している。以上のことから、本発明の成膜条件内であれば、配向性は、膜厚の大きさにはあまり関係しないが、膜厚が厚くなると、基板との密着性の問題が生じることがある。また、工業的にも基板よりも厚い膜を付けることは、長時間成膜が必要になる等、費用効果の問題がある。したがって、電析膜厚は、基板の厚みよりも薄いことがより好ましい。
【0020】
図3は、電流密度を0.5〜100mA/cm2 、硫酸コバルト水溶液の濃度を0.5mol/Lから5mol/L変化させた条件下で生成した膜のCo (100)のピーク強度に対するCo(002)のX線ピーク強度比を示す。めっき液のpHは、本発明規定の5〜9の範囲内にあるように、アンモニア水溶液や硫酸水溶液等を用いて調整した。図3から、電流密度が本発明規定の0.5〜100mA/cm2の範囲内ではいずれも、硫酸コバルト水溶液の濃度が0.5mol/Lから5mol/L変化しても、pHによる強度比の違いはあるものの、安定してCo (100)のピーク強度に対するCo(002)のX線ピーク強度比が5以上得られる。本強度比が5以上から高配向性が得られているとした判断基準は、上述したように、本強度比が5の時点での膜の断面観察から、Co結晶粒が基板に対して垂直に粒成長、即ち、配向していることによる。
【0021】
ここで、めっき液としては、硫酸コバルト水溶液を使用しているが、本発明では、塩化コバルト水溶液等、Co2+イオンを含む溶液であればいずれでも良い。Co2+イオン濃度が0mol/L超0.5mol/L 未満でも、配向性のある成膜は可能であるが、めっき速度を高めたり、安定した成膜には、Co2+イオン濃度が0.5mol/L以上であることがより好ましい。また、Co2+イオン濃度が5mol/L以上の場合でも、溶解する限りにおいては、配向性のある成膜は可能であるが、薬品を大量に消費する必要等、原料費用面の問題がある。以上のことから、本発明では、めっき液のCo2+イオンを含む水溶液の濃度が0.5〜5mol/Lであれば、対イオンとなるアニオン種は特に問わない。
【0022】
上述では、鋼板表面は、めっき開始前に、洗浄ための脱脂のみを行っている。図4、図5は、めっき液は硫酸コバルト水溶液1mol/L、pH6.3であり、電流密度は5mA/cm2の条件下で、めっき開始前に鋼板表面を腐食液で洗浄した場合としない場合の、それぞれのX線回折図を示す。即ち、図4は、めっき開始前に、腐食液による洗浄処理を行った結果であり、図5は、脱脂のみを行った結果である。使用した腐食液による洗浄は、FeCl3水溶液と硫酸、塩酸から構成される酸洗水溶液を組み合わせたものであるが、HNO3水溶液と該酸洗水溶液との組み合わせ等、表面をエッチングや洗浄するものであれば、この限りではない。エッチングでは、FeCl3水溶液使用時は、濃度340〜380g/L、温度38〜50℃とし、10〜15分程度の浸漬エッチングである。また、HNO3水溶液使用時は、濃度30%、温度40〜50℃とし、1〜3分程度の浸漬エッチングである。エッチングでは、鋼板の全表面を均一に溶解させ、20μm程度削ることにし、前記の濃度、温度、時間を設定した。したがって、表面を削る深さにより、濃度、温度、時間は、任意に可変であり、この限りではない。それぞれの腐食液で洗浄した方は、図4に見られるように、鋼板表面に垂直な配向性を示す(002)、(004)ピークが鋭く存在する。一方、腐食液での洗浄がない脱脂のみの方は、図5に見られるように、(002)、(004)以外のピークも混合する。めっき開始前に腐食液で洗浄した方が、結晶粒はc軸配向し易い。以上のことから、本発明の別形態では、鉄鋼材料の表面を腐食液で洗浄した後に、電気めっきすれば、より結晶c軸配向性の高い膜が得られ、より好ましい。
【0023】
磁性膜の磁気的な結晶配向性を高めるために、図6に示すように、鋼板表面に凹状の溝を作り、凹底面へのコバルトめっきによる成膜がより好ましい。鋼板表面に凹状の溝を作るには、表面にエッチング液やめっき液に耐え得るレジスト膜、樹脂、テープ等の保護膜で全面を覆い、図7に示す溝の幅のみの膜が剥離する処理を行う。剥離処理としては、フォトリソグラフィーによるパターンニング法、レーザ照射により皮膜を除去する方法、切断機等の機械的に皮膜を除去する方法等、いずれの方法でも良い。パターンニング後は、上述で説明したエッチング液に浸漬することにより、皮膜が覆っていない部分が侵食され、凹状の溝が形成される。なお、表面のエッチング方法は、上述で説明した溶液以外、例えば、フッ酸等でもよく、鋼材を溶かすものであればこの限りではない。また、上述のエッチング液を用いて、電解エッチングによるものでも良い。このとき、電解エッチング液は、上述のエッチング液以外、例えば、NaCl等、の電解により、鋼材を腐食させる溶液であれば、この限りではない。また、エッチングは、上述のウエットエッチングに限らず、イオンミリング等、反応性のイオンやガスを利用したドライエッチングでも良い。
【0024】
なお、凹状の溝形状は、図6の概念図のような矩形や台形形状でもいずれでも良い。また、溝幅や溝深さは、エッチング加工やめっきができるサイズであれば特に限定しないが、大面積を有する鉄鋼材料表面にエッチングやめっきを行う工業生産的、費用的な観点からは、溝幅が10μm〜200μm、溝深さが0μmを超える範囲から40μmまでであることがより好ましい。
【0025】
磁性膜の磁気的な結晶配向性を高めるには、上述した方法により鋼板表面に凹状の溝を形成後、凹状の底面に対して垂直方向に、本発明のめっき条件に従い、コバルトの結晶c軸が配向するめっきを行うことがより好ましい。このとき、めっき電析は、凹状の溝を埋めるように行い、めっき後は、表面を覆っているレジスト膜等の保護膜を除去する。
【0026】
鉄鋼材料の中でも一方向性電磁鋼板は、鋼板表面を主に鉄立方晶の(110)面を持つ粗大粒から構成されている。したがって、他の鉄鋼材料よりも、基板表面の結晶構造に乱れが少なく、コバルトの結晶c軸配向性がより高まる。以上のことから、鉄鋼材料の中でも、一方向性電磁鋼板を基板表面とすることがより好ましい。また、表面に(110)面を持つ粗大粒から成り立つ一方向性電磁鋼板に対して、表面に凹状の溝を形成し、凹状の底面からコバルト結晶c軸が面に垂直に配向する膜を生成する場合、表面が(110)面であることから、凹状の底面もこの表面に平行であれば、(110)面の乱れが少ない底面となり、配向膜の成膜がより好ましくなる。
【0027】
上述では、結晶c軸を持つ磁性物質の代表例としてコバルトを選び、めっきによりコバルト結晶c軸を基盤面に垂直に高配向した磁性膜の成膜方法を示した。しかしながら、コバルトは高価であることから、合金化等により、素材の低価格化も必要になる。本発明は、コバルト一元系に限らず、結晶c軸を持ち磁性物質である多元系のコバルト合金であればいずれでも良い。例えば、Fe-Co系合金、Ni-Co系合金、Mn-Co系合金、Cr-Co系合金、Cu-Co系合金、Nd-Co系合金、Sm-Co系合金、Y-Co系合金、Ce-Co系合金、Fe-Ni-Co系合金、Fe-Co-Cr系合金、等が挙げられるが、この限りではない。
【実施例】
【0028】
(実施例1)
鉄鋼材料として、質量%でSiが約3%含有し、残部はFeとその他の不純物の組成から成る、厚さが0.23mmの一方向性電磁鋼板を用意した。鋼板は、絶縁皮膜が塗布前の表面状態であり、その表面に幅約100μm、深さ約20μmの凹状の溝を圧延方向に5mmピッチで作製し、溝部分に本発明が提供する方法で、コバルトのc軸配向性めっきを行った。なお、本実施例では、上述の成分の電磁鋼板を選んだが、磁性材料として機能する金属あるいは合金系の材料であれば、この限りではない。
【0029】
まず、溝作製には、ポリイミド樹脂やレジスト液を塗布し、圧延方向に垂直に幅約100μmの樹脂部分を剥離するパターニングをレーザ照射法やフォトリソグラフィーを用いて行い、100μm幅の線部分のみエッチングされるようにした。エッチングでは、FeCl3水溶液を使用した。濃度は340〜380g/L、温度38〜50℃とし、10〜15分程度の浸漬エッチングを行い、約20μmの深さを持つ凹状の溝を形成した。また、Coめっき開始前には、硫酸、塩酸からなる酸洗水溶液を用いて、さらに5〜10分程度浸漬して酸洗後、凹状の溝へのCo電気めっきを開始した。本発明に従い、めっき液として、硫酸コバルトを1mol/L、pHを6.3に調整した。浴温は常温とし、電流密度は5mA/cm2であり、2時間の成膜を行った。このとき、断面観察等から、コバルトの析出膜厚は、溝深さと同程度の約20μmであった。
【0030】
図8、図9は、コバルト粒が凹状の溝底面に対してc軸に配向していることを示す膜断面のEBSP(Electron Back Scattering Pattern)法による結晶方位解析結果である。図8の粒構造図から、コバルト結晶粒は、溝底面に垂直に成長し、図9の極点図から、コバルト(002)が溝底面に垂直配向していることが確認された。
【0031】
以上のように、本発明で成膜した電磁鋼板の鉄損値の測定を行った。具体的には、磁気測定装置を用いて、周波数50Hzで励磁し、最大磁束密度が1.7Tになる時の鉄損値(W17/50)を測定した。
【0032】
表1に、比較材として、表面未処理の試料(プレーン)、表面に凹状の溝のみを加工した試料、コバルト結晶膜のc軸が凹状溝底面に対して垂直に配向膜した試料についての鉄損値(W17/50)をそれぞれ示す。
【0033】
【表1】
【0034】
本発明の方法により配向めっきした試料は、他の試料に比べて鉄損値が大きく減少した。これは、溝部分のコバルトc軸配向膜が、生成されたことにより、鉄損値が改善したことを示唆し、本発明による膜生成方法の有効性を示した。
【0035】
(実施例2)
実施例1で記載した鋼板表面に凹状の溝を加工した鋼板試料を作製し、凹状の溝底面に対して垂直配向めっきを行った。めっき液の硫酸コバルト濃度、pH、電流密度、腐食液による洗浄の有無それぞれを変化させて、凹状溝へのコバルトc軸配向膜を製造した。なお、膜の配向性をX線を用いて調べるため、凹状の溝を加工していない鋼板も用意し、各めっき条件での配向性も同時に調べた。表2に結果を示す。
【0036】
【表2】
【0037】
試料No.1、No.2は、めっき濃度、pH、電流密度が本発明方法を満足しており、X線回折図の結果からも、コバルトの結晶c軸が十分良く配向している。また、FeCl3と酸洗を組み合わせた、腐食液による洗浄をめっき前に加えた試料No.3は、c軸配向性を示す(002)や(004)のピークが他のピークに比べて更に強くなり、より良いc軸配向性を示した。一方、本発明の条件からは外れた、試料No.4は、コバルトの結晶c軸が配向しなかった。試料No.1、No.2については、周波数50Hzで励磁し最大磁束密度が1.7Tになる時の鉄損値(W17/50)も、比較例に比べて鉄損が低下し、No.3は、より鉄損が低下した。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】鉄鋼材料の表面にNi-P系の下地膜を付けてめっきした膜のX線回折図。
【図2】めっき膜のコバルト(002)/(100)のX線ピーク強度比とpHおよび電流密度の関係を示すグラフ。
【図3】めっき膜のコバルト(002)/(100)の強度比と濃度および電流密度の関係を示すグラフ。
【図4】めっき前に鋼板を腐食液で洗浄した場合のコバルトc軸配向膜のX線回折図。
【図5】めっき前に鋼板を腐食液で洗浄しない場合のコバルトc軸配向膜のX線回折図。
【図6】鋼板表面の凹状の溝を示す概念図。
【図7】鋼板表面に凹状の溝を作成するためのレジスト膜のパターンニングを示す概念図。
【図8】溝部分にめっき積層した膜断面のEBP測定による粒構造図。
【図9】溝部分にめっき積層した膜断面のEBP測定による極点図。
【図10】実施例2の試料No.1で成膜したコバルトc軸配向膜のX線回折図。
【図11】実施例2の試料No.2で成膜したコバルトc軸配向膜のX線回折図。
【図12】実施例2の試料No.3で成膜したコバルトc軸配向膜のX線回折図。
【図13】実施例2の試料No.4で成膜したコバルト膜のX線回折図。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄鋼材料の表面上に、結晶c軸配向性を持つ磁性膜を電気めっきで作製する膜生成方法であって、めっき液はpHが5〜9のCo2+イオンを含む溶液であり、該めっき液中で前記鉄鋼材料に電流密度0.5〜100mA/cm2で電気めっきをすることを特徴とする膜生成方法。
【請求項2】
前記めっき液のCo2+イオンの濃度が0.5〜5mol/Lである請求項1に記載の膜生成方法。
【請求項3】
前記鉄鋼材料の表面を腐食性の溶液で洗浄した後、前記電気めっきをする請求項1又は2に記載の膜生成方法。
【請求項4】
前記鉄鋼材料の表面は、凹部を有し、該凹部底面上に結晶c軸配向性を持つ磁性膜を生成することを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の膜生成方法。
【請求項5】
前記鉄鋼材料が一方向性電磁鋼板である請求項1〜4の何れか1項に記載の膜生成方法。
【請求項6】
前記電磁鋼板の表面に、該表面に平行な底面を持つ溝を有する請求項5に記載の膜生成方法。
【請求項1】
鉄鋼材料の表面上に、結晶c軸配向性を持つ磁性膜を電気めっきで作製する膜生成方法であって、めっき液はpHが5〜9のCo2+イオンを含む溶液であり、該めっき液中で前記鉄鋼材料に電流密度0.5〜100mA/cm2で電気めっきをすることを特徴とする膜生成方法。
【請求項2】
前記めっき液のCo2+イオンの濃度が0.5〜5mol/Lである請求項1に記載の膜生成方法。
【請求項3】
前記鉄鋼材料の表面を腐食性の溶液で洗浄した後、前記電気めっきをする請求項1又は2に記載の膜生成方法。
【請求項4】
前記鉄鋼材料の表面は、凹部を有し、該凹部底面上に結晶c軸配向性を持つ磁性膜を生成することを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の膜生成方法。
【請求項5】
前記鉄鋼材料が一方向性電磁鋼板である請求項1〜4の何れか1項に記載の膜生成方法。
【請求項6】
前記電磁鋼板の表面に、該表面に平行な底面を持つ溝を有する請求項5に記載の膜生成方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図8】
【図9】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図8】
【図9】
【公開番号】特開2008−285713(P2008−285713A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−130688(P2007−130688)
【出願日】平成19年5月16日(2007.5.16)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年5月16日(2007.5.16)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】
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