説明

膜電極接合体および燃料電池

【課題】 アノード触媒層に含まれるPtRu系触媒から溶出するRuによる汚染を抑えて、電池性能の低下を抑制できる燃料電池用膜電極接合体、および該膜電極接合体を有する燃料電池システムを提供する。
【解決手段】 アノード触媒層、カソード触媒層、および前記アノード触媒層と前記カソード触媒層との間に配されたプロトン導電膜を有する燃料電池用膜電極接合体であって、アノード触媒層に特定のPtRu系触媒を含み、少なくとも前記アノード触媒層に、Ruイオンに配位してキレートを形成する配位子を有する錯化剤を含有する燃料電池用膜電極接合体と、前記燃料電池用膜電極接合体を有する燃料電池システムにより、前記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高出力と同時に高耐久性を有する燃料電池用膜電極接合体および燃料電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
昨今の原油高に加え、中国、インドなどの急速な経済発展により、化石燃料の枯渇と二酸化炭素の排出が世界的な問題となっている。このため、現在、脱石油化に向け、燃料電池を始め、リチウムイオン電池、バイオ燃料、太陽電池などの研究開発が活発に行われている。ナフィオン(登録商標)を代表とするプロトン導電膜を使用する燃料電池には、メタノールをアノード極燃料とする直接メタノール型燃料電池(Direct Methanol Fuel Cell:DMFC)と、水素ガスをアノード極燃料とする固体高分子型燃料電池(Polymer Electrolyte Fuel Cell:PEFC)とがある。
【0003】
メタノールをアノード極燃料とするDMFCは、理論的体積エネルギー密度がリチウムイオン電池の約10倍と高く、発電システムも簡便で小型化が可能なことから、施設の非常用電源や、軍事、業務用の携帯機器の非常電源、ノートパソコンや携帯音楽プレーヤー、携帯電話などの充電器として期待が持たれている。
【0004】
DMFCは、燃料にメタノールを使用し、アノード触媒層/プロトン導電膜/カソード触媒層から構成される膜電極接合体を、導電性のガス拡散層で挟み、アノード極およびカソード極に設けた集電板により外部回路と繋いだ電池システムである。DMFCのアノード触媒層側に液体燃料であるメタノールを供給すると、下記式(1)に示す化学反応により、メタノールが酸化されて二酸化炭素(CO)に変化し、プロトン(H)と電子(e)とが発生する。
CHOH + 1/2O → CO + 4H + 4e (1)
【0005】
この反応によって発生したプロトンと電子とは、カソード触媒層に供給される酸素ガスと下記式(2)の反応により、水(HO)を生成する。
+ 4H + 4e → 2H (2)
【0006】
従って、電池全体として下記式(3)の反応が進行し、この際に発生する電子を外部回路で取り出して、電気エネルギーを得ることができる。
CHOH + 3/2O → CO + 2HO (3)
【0007】
DMFCのアノード触媒には、Pt(白金)が使用されていたが、Pt単体をアノード触媒に用いると、下記式(4)に示すように、メタノール酸化反応中間体である一酸化炭素(CO)がPt触媒表面に化学吸着し、Pt触媒が被毒して失活する問題があった。
Pt + CHOH → Pt−CO + 4H + 4e (4)
【0008】
この問題を解決するため、現在では、DMFCおよびPEFCのアノード触媒には、PtRu(白金−ルテニウム)からなる触媒が一般的に使用されている。Ru(ルテニウム)は親水性が高く、下記式(5)に示されるように水と反応して、Ru−OHを生成する。
Ru + HO → Ru−OH + H + e (5)
【0009】
生成したRu−OHは下記式(6)に従い、Pt表面に吸着したCOを速やかにCOに酸化する。
Pt−CO + Ru−OH
→ CO + H + e+ Pt + Ru (6)
【0010】
しかしながら、PtRu触媒の反応機構については未だ不明な点が多く、このような合金系の触媒を大量に使用しても、メタノールの酸化反応は遅く、高い出力を得ることは困難である。DMFCの理論電圧は1.21Vであるが、前記のPtRu触媒を使用した場合でもメタノール酸化反応の活性化エネルギーは大きく、その酸化反応の過電圧が大きいために、実効電圧は理論電圧を大きく下回っている。
【0011】
ところで、DMFCでは、前述のアノード極での反応抵抗の大きさに加え、Ru溶出の問題がある。DMFCのアノード側では、発電中に最大0.6Vの電位がかかる。PtRu触媒を構成するPtの標準酸化還元電位は1.2Vであるが、Ruの標準酸化還元電位は0.46Vである。このため、0.6Vの電位が印加されるアノード極では、Ruがアノード触媒層から優先的に溶出する。Ruが溶出すれば、PtRu触媒の機能が失われるだけでなく、アノード触媒層、プロトン導電膜およびカソード触媒層を汚染し、電池性能を著しく低下させる原因となる。従って、DMFCでは、PtRu触媒の高活性化に加え、Ruの溶出抑制、または溶出したRuによる汚染を防止できる電極構造が望まれている。
【0012】
なお、特許文献1には、PEFCを構成するための膜電極接合体に、白金族元素のイオンに配位して錯体を形成する配位子を有する錯形成剤を含有させ、触媒層中の触媒から溶出した白金族元素のイオンを錯体とすることで、触媒からの溶出イオンによる膜電極接合体の構成層での金属析出を抑制する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】国際公開第08/32802号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は前記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、アノード触媒層に含まれるPtRu系触媒から溶出するRuによる汚染を抑えて、電池性能の低下を抑制できる燃料電池用膜電極接合体、および該膜電極接合体を有する燃料電池を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前記目的を達成し得た本発明の燃料電池用膜電極接合体(以下、単に「膜電極接合体」という場合がある。)は、アノード触媒層、カソード触媒層、および前記アノード触媒層と前記カソード触媒層との間に配されたプロトン導電膜を有する燃料電池用膜電極接合体であって、アノード触媒層が、下記(A)または(B)のPtRu系触媒を含んでおり、少なくともアノード触媒層に、Ruイオンに配位してキレートを形成する配位子を有する錯化剤を含有することを特徴とするものである。
【0016】
(A)構成元素にリン(P)を含有するPtRu系触媒。
【0017】
(B)金属状態のRuの組成が20at%(原子%)以上であり、かつ1mol/l濃度の硫酸と4mol/l濃度のメタノール水溶液とを体積比10:1で混合した溶液に浸漬し、50℃で24時間攪拌した後に、前記溶液の上澄みについて、誘導結合プラズマ分光法により求められるRuの溶出量が、PtRu1gあたり100mg未満であるPtRu系触媒。
【0018】
また、本発明の燃料電池は、本発明の膜電極接合体を有することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、アノード触媒層に含まれるPtRu系触媒から溶出するRuによる汚染を抑えることができ、耐久性が高く、かつ電池性能の低下を抑制できる燃料電池用膜電極接合体と、該燃料電池用膜電極接合体を有する燃料電池を提供できる。すなわち、本発明の燃料電池は、優れた電池性能を有している。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】PtRu系触媒における金属状態のRuの組成とRu溶出量との関係を示すグラフである。
【図2】実施例1〜5および比較例1の燃料電池システムの発電試験により得られた最大出力密度を示すグラフである。
【図3】実施例1〜5および比較例1の燃料電池システムの発電試験により得られた抵抗(セル抵抗)を示すグラフである。
【図4】実施例1および比較例1の燃料電池システムから取り出した膜電極接合体(実施例1および比較例1の膜電極接合体)の断面のエネルギー分散型X線分光装置による元素マッピング結果である。
【図5】実施例1〜5で錯化剤として使用したDL−酒石酸と、Ru塩化物イオンとの配位子置換反応による紫外可視吸収スペクトルの経時変化を示す図である。
【図6】実施例1〜5で錯化剤として使用したDL−酒石酸を添加しなかったRu塩化物イオンの紫外可視吸収スペクトルの経時変化を示す図である。
【図7】実施例1〜5で錯化剤として使用したDL−酒石酸と、Pt塩化物イオンとの配位子置換反応による紫外可視吸収スペクトルの経時変化を示す図である。
【図8】実施例1〜5で錯化剤として使用したDL−酒石酸を添加しなかったPt塩化物イオンの紫外可視吸収スペクトルの経時変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
膜電極接合体に係るアノード触媒層がPtRu系触媒を含む場合、前述の通り、触媒からRuが溶出すると、PtRu系触媒としての機能が失われるだけでなく、アノード触媒層、プロトン導電膜およびカソード触媒層を汚染する。特に、Ruが溶出して生成するRuイオンは、プロトン導電膜のプロトンとイオン交換し、前記導電膜の主機能であるプロトン導電性の低下を引き起こす。また、前記の溶出によって電極反応が阻害されることにより、電池性能が著しく低下する。
【0022】
従って、電池性能を維持するには、アノード触媒層中の触媒からRuが溶出しないようにするか、または、溶出したRuイオンによってアノード触媒層、プロトン導電膜およびカソード触媒層が汚染されないようにする必要がある。しかしながら、前述したRuの標準酸化還元電位の問題から、Ru溶出を完全に抑制することは、電気化学的に困難である。
【0023】
そこで、本発明の膜電極接合体では、少なくともアノード触媒層に、Ruイオンに配位してキレートを形成する配位子を有する錯化剤を含有させることとした。
【0024】
前記の錯化剤を含有しない膜電極接合体では、PtRu系触媒から溶出したRuイオンは水分子と配位結合する。水分子は電荷を持たないため、水分子が配位したRuアクア錯体は陽イオンとしての性質を持つ。この陽イオンは、燃料電池内の電位勾配により陰極側に移動し、この移動の過程でプロトン導電膜のプロトンとイオン交換する。これにより、プロトン導電膜のプロトン導電性が著しく低下し、膜抵抗増大によって電池性能が大きく劣化する。
【0025】
一方、本発明の膜電極接合体では、前記の通り、錯化剤を含有しているが、かかる錯化剤は、Ruイオンに配位してキレートを形成する配位子を有するものである。錯化剤は、2個以上の酸素原子または窒素原子を含有する多座配位子であることが好ましい。多座配位子はキレート配位子と呼ばれる。キレートは蟹の鋏を意味し、多座の配位で金属陽イオンを挟み込むように錯体を形成する。キレート配位子による錯体形成では、水分子などの単座配位子が配位したRu錯体と比較して、錯体の安定性が大きく高まる。従って、触媒から溶出したRuイオンの周囲にキレート配位子が存在すれば、最終的に安定性の高いキレート錯体が生成する。
【0026】
更に、本発明に係る錯化剤は、水溶液中では陰イオンであるため、Ru陽イオンに配位した場合、錯体全体の電荷は、中性またはマイナスとなる。このため、水分子が配位した陽イオンと比較して、燃料電池内の電位勾配によってカソード側に移動する原動力となるプラス電荷を持たないことから、Ruの溶出後の移動が抑止される。
【0027】
このように、本発明の膜電極接合体では、錯化剤による錯体形成により、PtRu系触媒から溶出したRuイオンが、その場でトラップされる。本発明に係るPtRu系触媒のうち、前記(A)の触媒は、Ruの溶出が生じやすいが(詳しくは、後述する。)、膜電極接合体がアノード触媒として前記(A)の触媒を有する場合でも、錯化剤による前記の作用によって、Ruの溶出によって生成したRuイオンによるアノード触媒層、プロトン導電膜およびカソード触媒層の汚染を防ぐことができる。
【0028】
他方、本発明に係るPtRu系触媒のうち、前記(B)の触媒は、Ruの溶出が高度に抑制されている。よって、膜電極接合体がアノード触媒として前記(B)の触媒を有する場合には、膜電極接合体内においてRuイオンが生成し難く、また、Ruイオンが生成しても、錯化剤による前記の作用によって、アノード触媒層、プロトン導電膜およびカソード触媒層の汚染を防ぐことができる。
【0029】
以上のように、本発明の膜電極接合体は、アノード触媒層に係るPtRu系触媒のRu溶出に起因するアノード触媒層、プロトン導電膜およびカソード触媒層の汚染を抑制できることから、耐久性が高く、また、燃料電池の電池性能の低下を抑制できる。
【0030】
なお、錯化剤は、Ruイオンのみならず、触媒から溶出して生成する虞のあるPtイオンをトラップする作用も有しており、かかるPtイオンによって生じ得る場合のプロトン導電膜などの汚染による電池性能の低下も抑制することができる。
【0031】
本発明に係る錯化剤としては、例えば、酢酸、クエン酸、コハク酸、酒石酸、リンゴ酸、マレイン酸、ニトリロ三酢酸、シュウ酸、アセチルアセトン、エチレンジアミン四酢酸およびこれらの塩などが挙げられ、これらのうちの1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸などのヒドロキシカルボン酸が好ましく、酸解離定数pKaが低く、電解質にスルホン基を含む低pH領域においても、配位子置換反応が進みやすいことから、酒石酸が特に好ましい。
【0032】
なお、本発明の膜電極接合体では、錯化剤を少なくともアノード触媒層に含有するが、カソード触媒層や、プロトン導電膜と触媒層(アノード触媒層および/またはカソード触媒層)との界面にも、錯化剤を含有していてもよく、これらの錯化剤も、Ru溶出に起因するアノード触媒層、プロトン導電膜およびカソード触媒層の汚染抑制に寄与し得る。
【0033】
錯化剤の含有量は、安定なキレート錯体を形成する観点から、膜電極接合体内に存在するPtとRuとの合計モル数に対して、0.01倍以上であることが好ましく、0.1倍以上であることがより好ましい。ただし、錯化剤の含有量が多すぎると、錯化剤の添加による効果が飽和するばかりか、アノード触媒層、プロトン導電膜およびカソード触媒層の導電性や、カソード触媒層のガス拡散性が低下して、錯化剤の添加による電池性能の向上効果が小さくなる虞がある。よって、錯化剤の含有量は、膜電極接合体内に存在するPtとRuとの合計モル数に対して、5.0倍以下であることが好ましく、3倍以下であることがより好ましい。
【0034】
本発明の膜電極接合体に係るアノード触媒層が含む触媒は、前記(A)または(B)のPtRu系触媒である。なお、前記(A)のPtRu系触媒、前記(B)のPtRu系触媒のいずれにおいても、触媒全体におけるPtとRuとの比率(金属状態のPtと金属状態のRuとの比率)が、原子比で、好ましくは、Pt:Ru=40:60〜60:40である。
【0035】
そして、前記(A)のPtRu系触媒は、水溶液中で液相還元反応により合成されるものであり、Ruの酸化が進んでいて、金属状態のRuの比率が低くなっている。
【0036】
前記(A)のPtRu系触媒は、例えば単極セルでのメタノール酸化活性は優れているが、通常の燃料電池に用いて評価すると、電池性能が大きく向上しない。それは、PtRu系触媒中のRuは、金属状態でいるよりも酸化された状態の方がより溶出しやすいため、前記の通り、前記(A)のPtRu系触媒から多量のRuが溶出することによる。
【0037】
しかし、本発明の膜電極接合体を用いた燃料電池(本発明の燃料電池)では、前記の通り、Ruイオンに配位してキレートを形成する配位子を有する錯化剤の作用によって、触媒から生成したRuイオンによる汚染を防止できる。よって、本発明によれば、Ruイオンの溶出が生じやすい前記(A)のPtRu系触媒を用いても、優れた電池性能の燃料電池システムを構成できる。
【0038】
一方、前記(B)のPtRu系触媒は、金属状態のRuの組成が20at%以上であり、かつ1mol/l濃度の硫酸と4mol/l濃度のメタノール水溶液とを体積比10:1で混合した溶液に浸漬し、50℃で24時間攪拌した後に、前記溶液の上澄みについて、誘導結合プラズマ分光法(ICP)により求められるRuの溶出量(以下、単に「Ruの溶出量」という)が、PtRu1gあたり100mg未満である。
【0039】
すなわち、前記(B)のPtRu系触媒は、Ruの酸化が進んでいない。このようなPtRu系触媒は、燃料電池内においてRuが溶出し難く、Ruイオンの生成による汚染が生じ難い。
【0040】
なお、図1に、PtRu系触媒における金属状態のRuの組成と、Ru溶出量との関係を表すグラフを示している。グラフの横軸の「金属状態Ru」の単位「%」は、「at%」である。図1から明らかなように、PtRu系触媒中の金属状態のRuの組成が大きくなるほど、Ruの溶出量が減少する。
【0041】
そして、前記(B)のPtRu系触媒からRuが溶出し、Ruイオンが生成しても、本発明の膜電極接合体を用いた燃料電池(本発明の燃料電池)では、前記の通り、Ruイオンに配位してキレートを形成する配位子を有する錯化剤の作用によって、前記Ruイオンによる汚染を防止できる。よって、前記(B)のPtRu系触媒を用いた本発明の膜電極接合体によれば、触媒からのRuの溶出による汚染を高度に抑制した燃料電池を構成することができる。
【0042】
なお、前記(B)のPtRu系触媒の金属状態のRuの組成は、X線光電子分光(XPS)装置(X線源:Alモノクロ、分解能:Pass energy 40、走査速度:20eV/min)で、280eV付近のRu3dスペクトルの波形分離から算出した値である。
【0043】
前記(B)のPtRu系触媒における前記のRuの溶出量は、より具体的には、PtRu系触媒約0.1gを、濃度が1mol/lの硫酸100mlと、濃度が4mol/lのメタノール水溶液10mlとの混合溶液に浸漬し、50℃で24時間攪拌した後に、前記溶液の上澄み中のRu量をICPで定量することにより求められる。
【0044】
前記(A)のPtRu系触媒は、下記(1)〜(3)のステップを有する触媒製造法により製造することができ、前記(B)のPtRu系触媒は、下記(1)〜(4)のステップを有する触媒製造法により製造することができる。
【0045】
PtRu系触媒製造法の(1)のステップでは、担体材料、Pt供給源、Ru供給源、錯化剤および還元剤を水中に添加して溶液を調製する(なお、前記溶液において、一部の原材料は溶解せずに分散している)。
【0046】
Pt供給源(以下、「Pt前駆体」という。)には、特に安価であることから、六塩化白金酸(HPtCl)が好ましく用いられる。また、六塩化白金酸塩(KPtCl)、四塩化白金酸(HPtCl)、四塩化白金酸塩(KPtCl)などもPt前駆体として用いることができる。これらのPt前駆体は、1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0047】
Ru供給源(以下、「Ru前駆体」という。)には、特に安価であることから、塩化ルテニウム(RuCl)が好ましく用いられる。また、硝酸ルテニウム[Ru(NO]などもRu前駆体として用いることができる。これらのRu前駆体は、1種のみを用いてもよく、複数種を併用してもよい。
【0048】
前記の通り、PtRu系触媒では、Pt原子とRu原子とが十分に混合し、Pt原子とRu原子とが隣接した原子配列が必要である。水系の化学還元合成法において、この原子混合の障害となるのが、PtイオンとRuイオンとの間に存在する還元電位差である。よって、本製造法では、(1)のステップで調製する溶液に錯化剤を添加し、前記の還元電位差を減少させている。
【0049】
なお、錯化剤としては、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸、酒石酸、マレイン酸、ニトリロ三酢酸、およびこれらの塩などが好ましい。錯化剤には、これらのうちの1種のみを使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0050】
溶液に添加した錯化剤は、溶液中のPtイオンとRuイオンに塩素イオンなどが配位した錯体と配位子置換し、新たな錯体に変化する。なお、前記錯化剤は二個以上の酸素原子を含有する多座配位子であり、キレート錯体を形成する。このキレート錯体形成により、錯体の安定度が増加してPtイオンとRuイオンとの還元電位が低下する。このとき、Ruキレート錯体よりもPtキレート錯体の方が、安定化の度合い(還元電位の減少の絶対値)が大きい。その結果、両キレート錯体間の還元電位差が、元の塩素イオンなどが配位した錯体に比べて減少する。この還元電位差の減少により、Ptの優先的還元が抑制され、Pt原子とRu原子とが十分に混合近接した触媒構造を得ることができる。従って、Pt原子近傍にRu原子を配置させることが可能となって、RuによるPtのCO被毒を抑制する作用が効果的に機能し、高いメタノール酸化活性を有するPtRu系触媒を得ることができる。
【0051】
溶液に添加する錯化剤の量は、より安定なPtキレート錯体およびRuキレート錯体を形成する観点から、溶液中の貴金属イオン(PtイオンおよびRuイオン)の合計モル数に対して、0.01倍以上とすることが好ましい。ただし、溶液に添加する錯化剤の量が多すぎると、キレート効果による錯体の安定度が高まりすぎて、PtイオンおよびRuイオンの還元効率が低下する虞がある。よって、溶液に添加する錯化剤の量は、溶液中の貴金属イオンの合計モル数に対して、4.0倍以下とすることが好ましい。
【0052】
(1)のステップで使用する担体材料としては、例えば、比表面積が20〜1000m/g程度のカーボンが好ましく、具体的には、カーボンブラック、アセチレンブラック、カーボンナノチューブなどが好適である。
【0053】
担体材料の使用量は、触媒層が厚くなることによる電池性能の低下を抑制する観点から、触媒貴金属の量が30質量%以上となるような量とすることが好ましく、また、触媒粒子の分散性が悪化し、粗大化することによる性能低下を抑制する観点から、触媒貴金属の量が80質量%以下となるような量とすることが好ましい。
【0054】
(1)のステップで使用する還元剤としては、次亜燐酸、次亜燐酸塩、水素化ホウ素ナトリウム、ホルマリン、ヒドラジンなどを使用することができる。これらの還元剤の中でも、次亜燐酸、次亜燐酸塩がより好ましい。次亜燐酸および次亜燐酸塩は、還元剤であると同時にリン(P)供給源にもなるが、PtRu系触媒がPを含有することで、微粒子化する。PtRu系触媒の微粒子化により、触媒の比表面積が増加するため、触媒活性が向上する。
【0055】
還元剤の使用量は、PtおよびRuを還元できる最小量論比を満たしていればよいが、多すぎると、溶液中で析出還元が起こり、浴が分解することで還元できなくなる虞があることから、PtとRuとの合計モル数に対して10倍以下とすることが好ましい。
【0056】
なお、(1)のステップにおいては、Pt前駆体とRu前駆体とを含む溶液中に錯化剤を添加した後、一定時間以上経過させることが好ましい。Pt前駆体に例えば六塩化白金酸を使用する場合、このPt前駆体は塩素イオンが配位した錯体であるが、これを含有する溶液中に錯化剤を添加しても、塩素イオン配位子との配位子置換反応が遅いことが分かっている。前記の通り、Pt原子とRu原子とが十分に混合した高活性のPtRu系触媒を得るためには、前記錯化剤の添加によって安定なキレート錯体を形成させ、PtイオンとRuイオンとの間に存在する還元電位差を減少させる必要がある。よって、Pt前駆体が六塩化白金酸のような塩化物の場合、溶液中に錯化剤を添加した後、塩素イオンとこれら錯化剤とを十分に置換させるため、一定時間以上経過させることが推奨される。これにより、置換反応速度が遅い場合でも、配位子置換反応を十分に進行させて、安定な錯体を形成することができる。その結果、PtイオンとRuイオンとの間に存在する還元電位差を減少させ、Pt原子とRu原子とが十分に混合し隣接したPtRu系触媒を合成することができる。
【0057】
Pt前駆体とRu前駆体とを含む溶液中に錯化剤を添加した後に経過させる時間は、1時間以上が好ましく、12時間以上がより好ましく、24時間以上が更に好ましい。
【0058】
PtRu系触媒製造法の(2)のステップでは、(1)のステップで調製した溶液を加熱して、PtおよびRuを担体表面に還元析出させ、PtRu系触媒を担体に担持させる。なお、前記溶液の加熱温度は、還元剤の能力を十分に発揮させるために、60℃以上とすることが好ましく、80℃以上とすることがより好ましく、また、90℃以下とすることが好ましい。
【0059】
(2)のステップにおいて、前記溶液のpHは適当な値に調整される。Ru3+イオンと水酸イオンの溶解度積は1×10−38〔mol/l〕と極めて小さく、溶液のpHをアルカリ側に設定した場合、Ru(OH)の沈殿が生成する。しかし、本製造法では、前記溶液にキレートを形成する錯化剤を添加しているため、錯体が安定化する。よって、本製造法では、前記溶液のpHがアルカリ側の領域であっても、水酸化物の生成を抑え、安定した合成系を構築できる。勿論、本製造法では、前記溶液のpHが、水酸化物の沈殿が生成しない酸性側の領域であっても、PtRu系触媒の合成を行うことができる。
【0060】
なお、(2)のステップで溶液を加熱する時間は、例えば、1時間以上とすることが好ましく、また、生産性向上の観点から10時間以下とすることが好ましい。
【0061】
PtRu系触媒製造法の(3)のステップでは、(2)のステップで合成したPtRu系触媒を洗浄し、乾燥する。まず、(2)のステップを経て得られた溶液から、担体に担持されたPtRu系触媒を、濾過などによって取り出し、例えば、水(イオン交換水など)を用いて洗浄し、洗浄後のPtRu系触媒を乾燥する。乾燥は、例えば、オーブンなどを用いればよく、また、乾燥条件は、好ましくは100℃以下(より好ましくは70〜80℃程度)で、乾燥するまで(具体的は、12〜24時間程度)とすればよい。
【0062】
前記(1)〜(3)のステップを経て、前記(A)のPtRu系触媒[担体に担持された前記(A)のPtRu系触媒)]を得ることができる。
【0063】
例えば、PtRu系触媒の前記製造法における前記(1)のステップにおいて、溶液に添加する還元剤に次亜燐酸や次亜燐酸塩を用い、更に前記(2)および(3)のステップを経て得られるPtRu系触媒は、PtRuP触媒となり、Pの作用によって微粒子化する。触媒の粒子径は、小さい方が、その表面積が大きくなることから、触媒のメタノール酸化活性をより向上する。よって、前記(A)のPtRu系触媒は、このような手法によってPを含有させる。
【0064】
なお、前記(A)のPtRu系触媒におけるPの量は、触媒粒子の微粒子化効果をより良好に確保する観点から、0.1質量%以上であることが好ましく、また、触媒表面をPが覆うことによる反応表面積の減少を抑制する観点から、2質量%以下であることが好ましい。
【0065】
また、前記(A)のPtRu系触媒の粒径は、平均粒子径で、2〜3nmであることが好ましい。
【0066】
なお、前記の通り、前記(A)のPtRu系触媒は、Ruの酸化が進行している。そこで、前記(1)〜(3)のステップに加えて、PtRu系触媒(担体に担持されたPtRu系触媒)を、少なくとも水素ガスを含む雰囲気中で、50〜250℃で加熱還元処理する(4)のステップを設けることで、酸化の進んだRuを還元して、前記(B)のPtRu系触媒を得ることができる。
【0067】
還元処理には多くの手法があるが、本製造法に係る(4)のステップでは、簡便でコスト的に有利である水素ガスによる還元法を採用する。還元処理に使用する水素ガスは、純水素ガスでもよく、窒素、アルゴンなどの不活性ガスで希釈した混合水素ガスであってもよい。
【0068】
還元処理温度は、水素ガスによる還元作用を十分に発揮させる観点から、50℃以上とする。ただし、還元処理温度が高すぎると、PtRu系触媒の焼結が進行して粒径が増大し、触媒の表面積が減少してメタノール酸化活性が低下する虞がある。よって、還元処理温度は、150℃以下とする。
【0069】
このようにして得られる前記(B)のPtRu系触媒は、前記(A)のPtRu系触媒と同じ方法で求められる平均粒子径が、3nm以上5nm以下であることが好ましい。
【0070】
前記の通り、前記(1)のステップにおいて、溶液に添加する還元剤に次亜燐酸や次亜燐酸塩を用い、更に前記(2)および(3)のステップを経て得られるPtRu系触媒[前記(A)のPtRu系触媒]は、その平均粒子径が2.0〜3.0nm程度と微細になる。このようなPtRu系触媒を前記(4)のステップで加熱還元処理して前記(B)のPtRu系触媒とすると、PtRu系触媒粒子が焼結して、その粒径が増大する。
【0071】
しかし、前記(4)のステップ後の触媒粒子径が増大しすぎると、粒子の表面積が小さくなって、メタノール酸化活性が小さくなる虞がある。よって、前記(B)のPtRu系触媒の平均粒子径は、5nm以下であることが好ましい。
【0072】
その一方で、触媒粒子の粒径が小さすぎる場合、前記(4)のステップにおいて水素還元処理温度が低すぎることが考えられ、Ruの還元が十分に進行していない虞がある。よって、前記(B)のPtRu系触媒の平均粒子径は、3nm以上であることが好ましい。
【0073】
なお、前記(B)のPtRu系触媒の平均粒子径は、前記の通り、前記(1)のステップにおいて、還元剤にP含有化合物である次亜燐酸や次亜燐酸塩を用い、更に前記(4)のステップにおける還元処理時の加熱温度を、50〜150℃とすることで、前記の値に調整することができる。
【0074】
よって、前記(B)のPtRu系触媒も、前記(A)のPtRu系触媒と同様に、更にPを含有していることが好ましい。なお、前記(B)のPtRu系触媒におけるPの量は、触媒粒子の微粒子化効果をより良好に確保する観点から、0.1質量%以上であることが好ましく、また、触媒表面をPが覆うことによる反応表面積の減少を抑制する観点から、2質量%以下であることが好ましい。
【0075】
本発明の膜電極接合体は、アノード触媒層が、前記(A)または(B)のPtRu系触媒を含んでおり、アノード触媒層、カソード触媒層またはプロトン導電膜界面に、Ruイオンに配位してキレートを形成する配位子を有する錯化剤を有していればよく、その他の構成および構造については、特に制限はなく、従来から知られている燃料電池(直接メタノール型燃料電池、水素を燃料とする固体高分子型燃料電池など)の膜電極接合体に採用されている構成および構造を適用することができる。
【0076】
なお、本発明の膜電極接合体で使用されるプロトン導電膜としては、0.1S/cm程度のイオン伝導性と、1.0meq/g程度のイオン交換容量とを有しているものが適している。
【0077】
また、本発明の燃料電池は、本発明の膜電極接合体を有していればよく、その他の構成および構造については、特に制限はなく、従来から知られている燃料電池(直接メタノール型燃料電池、水素を燃料とする固体高分子型燃料電池など)に採用されている構成および構造を適用することができる。
【0078】
本発明の燃料電池は、アノード触媒から溶出するRuによる汚染が良好に抑制されており、高い電池性能を有している。
【実施例】
【0079】
以下、実施例に基づいて本発明を詳細に述べる。ただし、下記実施例は、本発明を制限するものではない。
【0080】
実施例1
アノード触媒層用のPtRuP触媒を、次の方法により合成した。六塩化白金酸六水和物:1.69mmolに、錯化剤として酒石酸:1.13mmolを添加し、イオン交換水を加えて全体を300mlに調整した後、室温で攪拌して水溶液を調製した。その後、前記の水溶液に塩化ルテニウム(III):1.69mmolを添加し、更に、カーボン単体であるケッチェンブラックEC粉末を0.5g加え、分散させた。その後、担体を分散させた前記の溶液に、還元剤である次亜燐酸を3.4mmol加え、更に、2規定の水酸化ナトリウム水溶液を滴下して、溶液のpHを2に調整した。
【0081】
次に、浴温度90℃で前記溶液を攪拌し、PtRuP触媒をカーボン担体表面に還元析出させた。
【0082】
反応終了後の前記溶液から、担体に担持されたPtRuP触媒を濾過により取り出し、洗浄した後、80℃のオーブンで乾燥させて、アノード触媒層用のPtRuP触媒を得た。
【0083】
次に、担持率(担体と触媒との合計100質量%中の触媒量)50質量%のカーボン担持Pt触媒:1.0gに、純水:1.0gおよびイオン伝導性ポリマー分散液(Aldrich社製「Nafion(登録商標)」):20.0gを加え、カソード触媒層形成用のペーストを調製した。このペーストを、ハイドロカーボン系プロトン導電膜の片面に、金属Pt量が2.0mg/cmとなるようにスプレー塗布し、乾燥させた。
【0084】
次に、前記のようにして製造したアノード触媒層用の、担持率50質量%のカーボン担持PtRuP触媒:1.0gに、純水:1.0g、イオン伝導性ポリマー分散液(Aldrich社製「Nafion(登録商標)」):20.0g、および錯化剤であるDL−酒石酸:0.1gを添加し、アノード触媒層形成用のペーストを調製した。片面にカソード触媒層形成用ペーストを塗布し乾燥させた前記のプロトン導電膜の、カソード触媒層形成用ペーストを塗布した面とは反対側の表面に、前記のアノード触媒層形成用ペーストを、金属PtRu量が1.5mg/cmとなるようにスプレー塗布し、乾燥させた。その後、前記のプロトン導電膜を、120℃、5MPaの圧力で2分間ホットプレスし、プロトン導電膜の片面にアノード触媒層を有し、他面にカソード触媒層を有する膜電極接合体を得た。
【0085】
実施例2
アノード触媒層形成用ペーストの調製に際し、錯化剤であるDL−酒石酸の量を0.5gに変更した以外は、実施例1と同様にして膜電極接合体を作製した。
【0086】
実施例3
アノード触媒層形成用ペーストの調製に際し、錯化剤であるDL−酒石酸の量を1.5gに変更した以外は、実施例1と同様にして膜電極接合体を作製した。
【0087】
実施例4
アノード触媒層形成用ペーストの調製に際し、錯化剤であるDL−酒石酸の量を2.5gに変更した以外は、実施例1と同様にして膜電極接合体を作製した。
【0088】
実施例5
実施例1と同様にして得られたPtRuP触媒を、Hガスを3%含むArガス中で、150℃で3時間還元処理し、XPSにより求められる金属状態のRuの組成が34at%で、Ru溶出量がPtRu1gあたり60mgのPtRuP触媒を得た。このPtRuP触媒を用いた以外は、実施例1と同様にして膜電極接合体を作製した。
【0089】
比較例1
アノード触媒層形成用ペーストの調製に際し、錯化剤であるDL−酒石酸を添加しなかった以外は、実施例1と同様にして膜電極接合体を作製した。
【0090】
実施例1〜5および比較例1の膜電極接合体を燃料電池に組み込み、DMFCを作製した。燃料電池は、燃料と空気の流路を有するカーボンセパレーターの間に、実施例1〜5および比較例1の膜電極接合体を、多孔質カーボンの拡散層を介して挟み込むことで作製した。
【0091】
<DMFCの発電試験>
実施例1〜5および比較例1の膜電極接合体を組み込んだDMFC(実施例1〜5および比較例1、2のDMFC)に、アノード燃料として濃度4mol/lのメタノール水溶液を0.5ml/minの速度で、また、カソード燃料として空気を500ml/minの速度で、それぞれ供給し、60℃で、電流密度0〜500mA/cmの条件で発電試験を行い、このときの最大出力密度とセル抵抗とを測定した。
【0092】
実施例1〜5および比較例1のDMFCについて、前記の発電試験により得られた最大出力密度の、比較例1のDMFCにおける最大出力密度を1とした場合の相対値を、図2に示す。なお、図2では、アノード触媒層形成時に添加した錯化剤量(すなわち、アノード触媒層中の錯化剤量)を横軸に、最大出力密度の相対値を縦軸に、それぞれ示している。
【0093】
図2から明らかなように、アノード触媒層に錯化剤としてDL−酒石酸を含有させた膜電極接合体を用いた実施例1〜5のDMFCは、錯化剤を含有させていない膜電極接合体を用いた比較例1のDMFCに比べ、出力密度が最大で1.45倍に向上している。これは、アノード触媒層から溶出したRuイオンが、DL−酒石酸とキレート錯体を形成してアノード触媒層内でトラップされ、プロトン導電膜およびカソード触媒層への移動が抑制されたためと考えられる。
【0094】
また、前記の発電試験により得られたDMFCの発電時における抵抗の、比較例1のDMFCの抵抗を1とした場合の相対値を図3に示す。図3では、各実施例、比較例のDMFCの抵抗を縦軸に示している。
【0095】
図3から明らかなように、アノード触媒層に錯化剤を含有させていない膜電極接合体を用いた比較例1のDMFCの抵抗を1.0とした場合、錯化剤であるDL−酒石酸をアノード触媒層に含有させた膜電極接合体を用いた実施例1〜5のDMFCでは、抵抗が約0.6に抑えられている。これは、アノード触媒層から溶出したRuイオンが、DL−酒石酸とキレート錯体を形成してアノード触媒層内でトラップされ、プロトン導電膜およびカソード触媒層への移動が抑制されて、プロトン導電膜の伝導抵抗の増大が抑えられたためと考えられる。
【0096】
<膜電極接合体断面のSEM−EDXによる評価>
実施例1および比較例1のDMFCについて、繰り返し発電を行い、その後に、各DMFC内部の膜電極接合体の断面を、走査型電子顕微鏡に付属のエネルギー分散型X線分光装置(SEM−EDX)で評価した。これらの結果を図4に示す。
【0097】
SEM−EDXの評価では、Ruイオンの移動を確認するために、アノード触媒層、プロトン導電膜およびカソード触媒層に存在するRu元素をマッピングした。実施例および比較例では、アノード触媒としてPtRuP触媒、カソード触媒としてPt触媒を使用しており、本来、Ruはアノード触媒層のみで検出される元素である。しかし、アノード触媒層に錯化剤を含有させていない比較例1の膜電極接合体では、カソード触媒層でRuが24.1原子%検出された。一方、錯化剤であるDL−酒石酸をアノード触媒層に含有させた実施例1の膜電極接合体では、カソード触媒層で検出されたRu量は約1.6原子%であり、その量は比較例1の膜電極接合体に比べて約1/15に低減した。これは、アノード触媒層から溶出したRuイオンが、DL−酒石酸とキレート錯体を形成してアノード触媒層内でトラップされたためである。このように、SEM−EDXによる膜電極接合体のRuマッピングによって本発明の効果が確認された。また、実施例2〜5の膜電極接合体では、図3に示した抵抗の値から、実施例1の膜電極接合体と同様の結果が得られるものと推測される。
【0098】
<DL−酒石酸の配位子置換反応の評価>
なお、参考実験として、膜電極接合体でのRuトラップ剤として効果が認められた錯化剤であるDL−酒石酸について、その配位子置換反応を紫外可視(UV−vis)吸収スペクトルにより調べた。遷移金属錯体における錯形成の活性化エネルギーは、金属イオンd軌道の分裂エネルギーに相当する。従って、配位子置換反応による錯体構造の変化は、d軌道の分裂エネルギーを反映するUV−vis吸収スペクトルの測定によって確認することができる。
【0099】
具体的には、PtRu系触媒の前駆体である六塩化白金酸を含有する水溶液、および塩化ルテニウムを含有する水溶液中に、DL−酒石酸を添加し、200〜800nmの波長域でUV−vis吸収スペクトルを測定して、配位子置換反応を評価した。
【0100】
液温60℃、濃度8.4×10−4mol/lの塩化ルテニウム水溶液に、錯化剤であるDL−酒石酸を1.68×10−4mol/lの濃度で添加した場合の、UV−vis吸収スペクトルの経時変化を図5に示す。また、液温60℃、濃度8.4×10−4mol/lの塩化ルテニウム水溶液に、DL−酒石酸を添加しなかった場合の、UV−vis吸収スペクトルの経時変化を図6に示す。
【0101】
DL−酒石酸を添加していない塩化ルテニウム水溶液のUV−vis吸収スペクトルでは、波長250nm、300nm、470nmおよび570nmに吸収ピークが存在している(図6)。ところが、DL−酒石酸を添加した塩化ルテニウム水溶液のUV−vis吸収スペクトル(図5)では、時間の経過に従って吸収ピーク位置が、波長250nm、300nm、360nmおよび500nmに変化していることが分かる。一方、DL−酒石酸を添加していない塩化ルテニウム水溶液のUV−vis吸収スペクトル(図6)では、時間が経過しても、吸収ピーク位置はほぼ変化しない。
【0102】
Ptイオンについても、液温60℃、濃度8.4×10−4mol/lの六塩化白金酸水溶液に、錯化剤であるDL−酒石酸を1.68×10−4mol/lの濃度で添加した場合の、UV−vis吸収スペクトルの経時変化を調べた。その結果を図7に示す。また、液温60℃、濃度8.4×10−4mol/lの六塩化白金酸水溶液に、DL−酒石酸を添加しなかった場合の、UV−vis吸収スペクトルの経時変化を図8に示す。
【0103】
DL−酒石酸を添加していない六塩化白金酸水溶液のUV−vis吸収スペクトルでは、波長250nm、270nmおよび300nmに吸収ピークが存在している(図8)。ところが、DL−酒石酸を添加した六塩化白金酸水溶液のUV−vis吸収スペクトル(図7)では、時間の経過に従って吸収ピークが、波長250nmの単独吸収ピークに変化していることが分かる。一方、DL−酒石酸を添加していない六塩化白金酸水溶液のUV−vis吸収スペクトル(図8)では、時間が経過しても、吸収ピーク位置はほぼ変化しない。
【0104】
このように、錯化剤としてDL−酒石酸を添加した際に観測されるUV−vis吸収スペクトルの経時変化は、配位子置換反応による新たなキレート錯体の形成を示している。従って、前記の参考実験により、元々RuとPtに配位していた塩化物イオンが、実施例で使用したDL−酒石酸と配位子置換反応を起こし、新たなキレート錯体を形成することが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0105】
本発明の膜電極接合体は、直接メタノール型燃料電池の膜電極接合体として有用である。また、本発明の膜電極接合体は、水素をアノード燃料とする固体高分子型燃料電池においても使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アノード触媒層、カソード触媒層、および前記アノード触媒層と前記カソード触媒層との間に配されたプロトン導電膜を有する燃料電池用膜電極接合体であって、
前記アノード触媒層は、構成元素にリンを含有するPtRu系触媒を含んでおり、
少なくとも前記アノード触媒層に、Ruイオンに配位してキレートを形成する配位子を有する錯化剤を含有することを特徴とする燃料電池用膜電極接合体。
【請求項2】
アノード触媒層、カソード触媒層、および前記アノード触媒層と前記カソード触媒層との間に配されたプロトン導電膜を有する燃料電池用膜電極接合体であって、
前記アノード触媒層は、金属状態のRuの組成が20at%以上であり、かつ1mol/l濃度の硫酸と4mol/l濃度のメタノール水溶液とを体積比10:1で混合した溶液に浸漬し、50℃で24時間攪拌した後に、前記溶液の上澄みについて、誘導結合プラズマ分光法により求められるRuの溶出量が、PtRu1gあたり100mg未満であるPtRu系触媒を含んでおり、
少なくとも前記アノード触媒層に、Ruイオンに配位してキレートを形成する配位子を有する錯化剤を含有することを特徴とする燃料電池用膜電極接合体。
【請求項3】
錯化剤の含有量が、膜電極接合体内に存在するPtとRuとの合計モル数に対して、0.01〜5.0倍である請求項1または2に記載の燃料電池用膜電極接合体。
【請求項4】
錯化剤は、ヒドロキシカルボン酸である請求項1〜3のいずれかに記載の燃料電池用膜電極接合体。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の燃料電池用膜電極接合体を有することを特徴とする燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−44243(P2011−44243A)
【公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−189830(P2009−189830)
【出願日】平成21年8月19日(2009.8.19)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】