説明

膨隆液組成物および内視鏡装置

【課題】内視鏡手術によって、注入後における漏洩し難い膨隆液を、粘膜下に容易に注入して、手術を簡便にし、粘膜切除術の信頼性を向上する。
【解決手段】ヒトの体温より低い温度でゾル状態となり、ヒトの体温以上の温度でゲル状態となる温度感応性ポリマーを含む膨隆液組成物を提供する。
本発明によれば、粘膜下に注入する際には、ヒトの体温より低い状態に維持しておくことでゾル状態となるので、細径のカテーテル15を用いても容易に供給することができ、粘膜下に注入された後には、ヒトの体温によってゲル状態となって粘性が増大し、穿刺部や切開時の隙間から容易に漏れ出ないように保持される。これにより、手術を簡便にし、粘膜切除術の信頼性を向上することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内視鏡手術において粘膜下に注入される膨隆液組成物およびこれを注入するための内視鏡装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、内視鏡手術用粘膜下膨隆液としては、生理食塩水、グルコースあるいはヒアルロン酸ナトリウム等を含むものが知られている(例えば、特許文献1〜5参照。)。生理食塩水は粘性が低く、注入後に注射針の穿刺部や切開時の一刀目で生じた隙間等から容易に漏れだしてしまう不都合がある。一方、グルコースやヒアルロン酸ナトリウムを含む膨隆液はある程度の粘性を有しているので、穿刺部や切開時の隙間から容易に漏れだしてしまうような不都合はない。
【0003】
【特許文献1】特開2001−192336号公報
【特許文献2】特開2002−557421号公報
【特許文献3】特開2007−130508号公報
【特許文献4】特開2007−14799号公報
【特許文献5】特開2007−1989号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、粘膜下への膨隆液の注入作業を内視鏡装置を用いて行う場合、鉗子チャネルを介して挿入部の先端まで導入した細径のカテーテルの先端から膨隆液を吐出させる必要があるため、グルコースやヒアルロン酸ナトリウムを含む膨隆液のような粘性の高い液体を供給する作業は困難である。すなわち、鉗子チャネルを介して導入されるカテーテルの内径寸法は小さいため、粘性の高い膨隆液を管摩擦に抗してカテーテルの先端から吐出させるには、カテーテルの基端側において高い圧力をかける必要があり、手術が煩雑になるという不都合がある。
【0005】
本発明は上述した事情に鑑みてなされたものであって、内視鏡手術によって、注入後における漏洩し難い膨隆液を、粘膜下に容易に注入して、手術を簡便にし、粘膜切除術の信頼性を向上することができる膨隆液組成物および内視鏡装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、本発明は以下の手段を提供する。
本発明は、ヒトの体温より低い温度でゾル状態となり、ヒトの体温以上の温度でゲル状態となる温度感応性ポリマーを含む膨隆液組成物を提供する。
本発明によれば、粘膜下に注入する際には、ヒトの体温より低い状態に維持しておくことでゾル状態となるので、細径のカテーテルを用いても容易に供給することができ、粘膜下に注入された後には、ヒトの体温によってゲル状態となって粘性が増大し、穿刺部や切開時の隙間から容易に漏れ出ないように保持される。これにより、手術を簡便にし、粘膜切除術の信頼性を向上することができる。
【0007】
上記発明においては、30℃以下の温度でゾル状態となり、30℃より高い温度でゲル状態となることが好ましい。
また、上記発明においては、前記温度感応性ポリマーが、L−乳酸またはD−乳酸および/またはグリコール酸および/またはポリエーテルを含む共重合体であり、5〜50重量%含まれていることとしてもよい。
【0008】
また、上記発明においては、前記温度感応性ポリマーが、前記共重合体の末端にコレステロール基を導入した結合対ポリマーであることが好ましい。
このようにすることで、架橋点の物理的安定性を高めることができるという利点がある。
【0009】
また、本発明は、体内に挿入される挿入部に、粘膜下に注入される上記いずれかの膨隆液組成物からなる膨隆液を挿入部先端に供給するためのカテーテルを挿入するチャネルを備え、該チャネルに、内部のカテーテルをヒトの体温より低い温度に維持する低温維持手段が設けられている内視鏡装置を提供する。
【0010】
本発明によれば、膨隆液を粘膜下に注入する際には、チャネルに設けられた低温維持手段により、チャネル内のカテーテルをヒトの体温より低い温度に維持しておくことで、膨隆液をゾル状態とし、細径のカテーテルを用いても、体内に挿入された挿入部の先端まで容易に供給することができる。カテーテルの先端から吐出されて、粘膜下に注入された後の膨隆液は、ヒトの体温によってゲル状態となって粘性が増大し、穿刺部や切開時の隙間から容易に漏れ出ないように保持される。これにより、手術を簡便にし、粘膜切除術の信頼性を向上することができる。
【0011】
上記発明においては、前記低温維持手段が、前記チャネルを取り囲むように配置された断熱材であってもよい。
また、上記発明においては、前記低温維持手段が、多孔質部材であってもよい。
多孔質部材に備えられる多数の気孔によって断熱効果を高め、チャネル内に配されている状態での膨隆液をヒトの体温より低い温度に維持しておくことができる。
【0012】
また、上記発明においては、前記低温維持手段が、前記チャネルの周囲を取り囲むように配置された空洞部と、該空洞部内に配置される液体または気体とを備えていてもよい。
このようにすることで、液体または気体を冷却した状態で空洞部内に封入あるいは流動させることにより、チャネル内に配されるカテーテルの温度を低温状態に維持することができる。
【0013】
また、上記発明においては、前記低温維持手段が、前記チャネルに設けられ、該チャネル内の温度を計測する温度センサと、該温度センサにより検出されたチャネル内の温度に基づいて前記空洞部内の前記液体または気体の温度を調節する温度調節手段とを備えていてもよい。
このようにすることで、温度センサにより検出されたチャネル内の温度が所定の閾値より高くなったときに、温度調節手段を作動させて空洞部内の液体または気体の温度を冷却することにより、チャネル内の温度がヒトの体温以上とならないように、より確実に低温状態を維持することができる。
【0014】
また、上記発明においては、前記温度センサにより検出された温度を表示する表示部を備えていてもよい。
また、上記発明においては、前記温度センサにより検出された温度が所定の閾値を越えたことを報知する報知部を備えていてもよい。
このようにすることで、表示部あるいは報知部により、チャネル内の温度状況を外部に表示あるいは報知することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、内視鏡手術によって、注入後における漏洩し難い膨隆液を、粘膜下に容易に注入して、手術を簡便にし、粘膜切除術の信頼性を向上することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の一実施形態に係る膨隆液組成物および内視鏡装置1について、図1および図2を参照して以下に説明する。
本実施形態に係る膨隆液組成物は、ヒトの体温より低い温度でゾル状態となり、ヒトの体温以上の温度でゲル状態となる温度感応性ポリマーを含んでいる。温度感応性ポリマーは、例えば、L−乳酸またはD−乳酸および/またはグリコール酸および/またはポリエーテルを含む共重合体であり、共重合体の末端にコレステロール基が導入された結合対ポリマーであって、膨隆液組成物内に5〜50重量%含まれている。これにより、この傍流液組成物からなる膨隆液は、30℃以下の温度ではゾル状態、37℃ではゲル状態となる。
【0017】
本実施形態に係る内視鏡装置1は、図1に示されるように、患者の体腔等の体内に挿入される細長い挿入部2を備えている。挿入部2の先端部には体外の操作部3において操作されることにより作動させられる湾曲部4が設けられており、先端の方向を変化させることができるようになっている。
【0018】
挿入部2の先端には、体内において照明光を照射し、反射して戻る光や、体内において発生した蛍光等を取得するための観察光学系(図示略)が設けられている。
図中、符号5は光源、符号6は、観察光学系により取得された戻り光を処理して画像を生成し、モニタ7に表示する画像処理部である。
【0019】
また、挿入部2には、長手方向に沿って、体外に配置される基端側から先端まで貫通する鉗子チャネル8が設けられている。
鉗子チャネル8の周囲には、図2に示されるように空洞部9が設けられている。
空洞部9は、半径方向に延びる多数の柱状のスペーサ10によって、挿入部2が湾曲させられても、空洞部9が潰れないように保持されている。スペーサ10の形態は、円柱状、球状、凹凸状、多角柱状、ブラシ状等任意の形態のものを採用することにしてもよい。
【0020】
空洞部9には冷却液循環装置11が接続されている。また、鉗子チャネル8には、長手方向に間隔をあけて複数の温度センサ12が配置されている。温度センサ12は、制御部13に接続され、制御部13は冷却液循環装置11に接続されている。制御部13は、温度センサ12により検出された温度が所定の閾値を越えたか否かを判定し、越えた場合には冷却液循環装置11を作動させて、空洞部9内に冷却された冷却液を循環させるようになっている。
【0021】
また、制御部13には、温度センサ12により検出された温度を表示するモニタ7、温度センサ12により検出された温度が所定の閾値を越えた場合にこれを報知する報知部14が接続されている。報知部14は、例えば、ランプの点灯、ブザーや音声、あるいは振動、あるいはこれらの組み合わせによって、内部の温度が所定の温度を超えたことを外部に報知するようになっている。
【0022】
このように構成された本実施形態に係る膨隆液組成物および内視鏡装置1の作用について説明する。
本実施形態に係る内視鏡装置1を用いて粘膜切除術を行うには、挿入部2を患者の体内に挿入し、その先端面を切除すべき患部に対向させた状態に配置する。この状態で、鉗子チャネル8の基端側から先端に穿刺針15aを備えたカテーテル15を挿入し、患部の粘膜下に穿刺する。
【0023】
この状態で、制御部13が冷却液循環装置11を作動させ、鉗子チャネル8の周囲に設けられた空洞部9内にヒトの体温より低い温度、例えば、30℃に冷却された冷却液を供給する。これにより、鉗子チャネル8に設けられた全ての温度センサ12により検出される温度が所定の閾値、例えば、35℃以下となると、制御部13は、冷却液循環装置11の作動を停止し、モニタ7により温度を表示し、報知部14による報知を停止する。
【0024】
医師は、モニタ7における温度表示および報知部14による報知がないことを確認し、例えば、30℃に冷却された状態の本実施形態に係る膨隆液組成物からなる膨隆液をカテーテル15の基端側から注入する。膨隆液の注入は、例えば、シリンジあるいはポンプ等(図示略)によって行う。
【0025】
カテーテル15に注入された膨隆液は、カテーテル15を介して挿入部2の先端まで供給され、穿刺針15aを介して粘膜下に注入される。
この場合において、本実施形態に係る膨隆液は、30℃以下で粘性の低いゾル状態となっているので、鉗子チャネル8に挿入されるような細径のカテーテル15であっても、基端側のシリンジ等の操作によって容易にカテーテル15の先端から吐出させることができる。
【0026】
そして、粘膜下に注入された後には、膨隆液は、患者の体温によって、約37℃となるので、粘性の高いゲル状態となる。その結果、粘膜下に注入された状態の膨隆液は、穿刺部や切開時の隙間から容易に漏れ出ないように粘膜下に保持される。
その後、患部周辺の粘膜を全周にわたって切開し、粘膜下層を剥離させることにより、癌細胞等の患部を粘膜とともに切除することができる。
【0027】
このように、本実施形態に係る膨隆液組成物および内視鏡装置1によれば、注入時にはゾル状態を維持して簡易に注入作業を行うことができ、注入後は、粘性を増大させて漏洩しにくくすることができる。
粘膜下から穿刺部や切開時の隙間を介して膨隆液が漏れないので、切開作業中に膨隆液を補充する必要がなく、穿刺回数を低減して、手術を簡便にすることができるとともに、穿孔形成等の合併症の発生を防止して、粘膜切除術の信頼性を向上することができるという利点がある。
【0028】
なお、本実施形態に係る内視鏡装置1においては、鉗子チャネル8の周囲に空洞部9を設けて内部に冷却液を循環させることとしたが、これに代えて、他の低温維持手段を採用することができる。
例えば、冷却液に代えて冷却空気を循環させることにしてもよいし、冷却液や冷却空気を循環させることなく閉じた空洞部9内に封入することにしてもよい。
【0029】
また、空洞部9を設けることによる断熱効果に代えて、図3に示されるように、空洞部9に熱伝導性の低い材料、例えば、ナイロン、4フッ化エチレン、ポリウレタンあるいはポリエチレン等の材料あるいは、多数の気孔を有する多孔質部材や網目構造によって空気層を形成する繊維からなる断熱材16を充填したり、繊維自体を中空糸によって構成したりすることにしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の一実施形態に係る内視鏡装置を示す全体構成図である。
【図2】図1の内視鏡装置における鉗子チャネルおよび低温維持手段を示す部分的な横断面図である。
【図3】図2の低温維持手段の変形例を示す横断面図である。
【符号の説明】
【0031】
1 内視鏡装置
2 挿入部
7 モニタ(表示部)
8 鉗子チャネル(チャネル)
9 空洞部(低温維持手段)
11 冷却液循環装置(低温維持手段:温度調節手段)
12 温度センサ
14 報知部
15 カテーテル
16 断熱材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトの体温より低い温度でゾル状態となり、ヒトの体温以上の温度でゲル状態となる温度感応性ポリマーを含む膨隆液組成物。
【請求項2】
30℃以下の温度でゾル状態となり、30℃より高い温度でゲル状態となる請求項1に記載の膨隆液組成物。
【請求項3】
前記温度感応性ポリマーが、L−乳酸またはD−乳酸および/またはグリコール酸および/またはポリエーテルを含む共重合体であり、5〜50重量%含まれている請求項1または請求項2に記載の膨隆液組成物。
【請求項4】
前記温度感応性ポリマーが、前記共重合体の末端にコレステロール基を導入した結合対ポリマーである請求項3に記載の膨隆液組成物。
【請求項5】
体内に挿入される挿入部に、粘膜下に注入される請求項1から請求項4のいずれかに記載の膨隆液組成物からなる膨隆液を挿入部先端に供給するためのカテーテルを挿入するチャネルを備え、該チャネルに、内部のカテーテルをヒトの体温より低い温度に維持する低温維持手段が設けられている内視鏡装置。
【請求項6】
前記低温維持手段が、前記チャネルを取り囲むように配置された断熱材である請求項5に記載の内視鏡装置。
【請求項7】
前記低温維持手段が、多孔質部材である請求項6に記載の内視鏡装置。
【請求項8】
前記低温維持手段が、前記チャネルの周囲を取り囲むように配置された空洞部と、該空洞部内に配置される液体または気体とを備える請求項5に記載の内視鏡装置。
【請求項9】
前記低温維持手段が、前記チャネルに設けられ、該チャネル内の温度を計測する温度センサと、該温度センサにより検出されたチャネル内の温度に基づいて前記空洞部内の前記液体または気体の温度を調節する温度調節手段とを備える請求項8に記載の内視鏡装置。
【請求項10】
前記温度センサにより検出された温度を表示する表示部を備える請求項9に記載の内視鏡装置。
【請求項11】
前記温度センサにより検出された温度が所定の閾値を越えたことを報知する報知部を備える請求項9に記載の内視鏡装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2010−46442(P2010−46442A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−215854(P2008−215854)
【出願日】平成20年8月25日(2008.8.25)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】