説明

自動車電装・補機用転がり軸受

【課題】
水素脆性による転走面での剥離を効果的に防止できる自動車電装・補機用転がり軸受の提供を目的とする。
【解決手段】
自動車電装・補機用転がり軸受は、該転がり軸受に封入するグリース組成物が、基油に、増ちょう剤と添加剤とを配合してなり、該添加剤が少なくともモリブデン酸塩および有機酸塩を含み、上記モリブデン酸塩がモリブデン酸ナトリウム、モリブデン酸カリウムおよびモリブデン酸リチウムから選ばれた少なくとも一つのモリブデン酸塩であり、上記有機酸塩が炭素数 1 から炭素数 20 の有機酸のナトリウム塩であり、各成分の配合割合は、グリース組成物全体に対して、上記モリブデン酸塩が 0.01 〜 5 重量%、該モリブデン酸塩の添加量に対して、上記有機酸塩が 5 〜 70 重量%配合されてなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は自動車電装・補機用転がり軸受に関し、特にファンカップリング装置、オルタネータ、アイドラプーリ、カーエアコン用電磁クラッチ、電動ファンモータ等の自動車電装部品、補機用の転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の小型化、軽量化および静粛性向上の要求に伴ない、その電装部品や補機部品の小型化、軽量化およびエンジンルーム内の密閉化が図られているが、その一方、装置の性能自体には高出力、高効率化の要求が増大し、エンジンルーム内の電装補機においては、小型化に伴なって生じる出力の低下を高速回転させることで補う手法が採られている。
以下に、自動車電装・補機用転がり軸受の例として、ファンカップリング装置用転がり軸受、自動車用オルタネータ用転がり軸受およびアイドラプーリ用転がり軸受について概要を説明する。
【0003】
自動車用ファンカップリング装置は、内部に粘性流体を封入し、外周面に送風用のファンが取り付けられたハウジングを、軸受を介してエンジンに直結するロータに連結され、雰囲気温度に感応して増減する粘性流体の剪断抵抗を利用して、エンジンからの駆動トルク伝達量およびファンの回転数を制御することにより、エンジン温度に対応した最適な送風を行なう装置である。
このため、ファンカップリング装置用転がり軸受は、エンジン温度の変動に伴い回転数が 1000 rpm から 10000 rpm まで変動する回転ムラの他に、夏場の高速運転時には 180 ℃以上の高温下で、回転数 10000 rpm 以上の高速回転という極めて過酷な環境に耐えられる耐熱性、グリースシール性、耐久性が要求される。
【0004】
自動車用オルタネータは、エンジンの回転をベルトで受けて発電し、車両の電気負荷に電力を供給するとともに、バッテリーを充電する機能を有する。このためオルタネータ用転がり軸受は、 180 ℃以上の高温下で、回転数 10000 rpm 以上の高速回転という極めて過酷な環境に耐えられる耐熱性、グリースシール性、耐久性が要求される。
耐熱、耐久性が求められるシール部材の弾性体としてフッ化ビニリデン−テトラフルオロエチレン−プロピレンの3元共重合体、またはテトラフルオロエチレン−プロピレン2元共重合体を採用することにより、ウレア系グリースとの組み合わせにおいて、転がり軸受の耐久性を向上させる方法が知られている(特許文献1)。
【0005】
また、本出願人は、ファンカップリング装置用転がり軸受およびオルタネータ用転がり軸受として、ウレア化合物を含有するグリースを用い、このグリースを封止するためのシール部材に、少なくとも該グリースに接触するゴム成形体を有し、該ゴム成形体がテトラフルオロエチレンと、プロピレンと、水素原子の一部がフッ素原子で置換された炭素数2〜4の不飽和炭化水素からなる架橋用単量体とを含む共重合体からなる加硫可能なフッ素ゴム組成物の成形体を用いた転がり軸受に関して出願している(特願2004−7084および特願2004−67092)。
【0006】
自動車用アイドラプーリは、エンジンの回転を自動車の補機に伝える駆動ベルトのベルトテンショナーとして使用されるものであり、軸間距離が固定されているような場合のベルトにテンショナーとして張力を与えるためのプーリとしての機能と、ベルトの走行方向を変えるため、または障害物を避けるために用いてエンジン室内容積の減少を図るアイドラーとしての機能とを合わせもつものである。
このため、アイドラプーリ用転がり軸受は、 180 ℃以上の高温下で、回転数 10000 rpm 以上の高速回転という極めて過酷な環境に耐えられる耐熱性、グリースシール性、耐久性が要求される。
高温、高速回転で使用される転がり軸受に好適なグリース組成物として、基油に対する酸化防止能を有する融点 80 ℃以上のアミド系ワックスをグリース組成物に 0.5 〜 10 重量%配合し、かつ 40 ℃における動粘度が 20 〜 150 mm2/s の基油を用い、グリース組成物の増ちょう剤がウレア系増ちょう剤であリ、グリース組成物全体に対して 5 〜30 重量%配合されたグリース組成物が知られている(特許文献2)。
【0007】
ところが、使用条件が過酷になることで、転がり軸受の転走面に白色組織変化を伴った特異的な剥離が早期に生じ、問題になっている。
この特異的な剥離は、通常の金属疲労により生じる転走面内部からの剥離と異なり、転走面表面の比較的浅いところから生じる破壊現象で、水素が原因の水素脆性と考えられている。
このような早期に発生する白色組織変化を伴った特異な剥離現象を防ぐ方法として、例えばグリース組成物に不動態化剤を添加する方法が知られている(特許文献3)。
しかしながら、近年の自動車電装・補機に用いられる転がり軸受の使用条件の過酷化に伴い、不動態化剤を添加する方法では充分な対策ができなくなってきている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−65578号公報
【特許文献2】特開2003−105366号公報
【特許文献3】特開平3−210394号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、水素脆性による転走面での剥離を効果的に防止できる自動車電装・補機用転がり軸受の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受は、180 ℃以上の高温、回転数 10000 rpm 以上の高速回転で、かつ、急加減速を伴う使用環境下において、エンジン出力で回転駆動される回転軸を静止部材に回転自在に支持する自動車電装・補機用転がり軸受であって、上記転がり軸受は、内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する複数の転動体と、この転動体の周囲にグリース組成物を封止するためのシール部材を上記内輪および外輪の軸方向両端開口部に設けてなり、上記グリース組成物は、基油に、増ちょう剤と添加剤とを配合してなるグリース組成物であって、上記添加剤は少なくともモリブデン酸塩および有機酸塩を含むことを特徴とする。
また、上記モリブデン酸塩がモリブデン酸ナトリウム、モリブデン酸カリウムおよびモリブデン酸リチウムから選ばれた少なくとも一つのモリブデン酸塩であることを特徴とする。
また、上記有機酸塩が炭素数 1 から炭素数 20 の有機酸のナトリウム塩であることを特徴とする。特に有機酸が、安息香酸、セバシン酸、またはコハク酸であることを特徴とする。
各成分の配合割合は、グリース組成物全体に対して、上記モリブデン酸塩が 0.01 〜 5 重量%、該モリブデン酸塩の添加量に対して、上記有機酸塩が 5 〜 70 重量%配合されてなることを特徴とする。
また、上記増ちょう剤がウレア系増ちょう剤であることを特徴とする。
【0011】
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受は、エンジン出力で回転駆動される回転軸を静止部材に回転自在に支持する自動車電装・補機用転がり軸受であって、前記転がり軸受に封入されるグリース組成物が、軸受部における摩擦摩耗面または摩耗により露出した鉄系金属新生面において酸化鉄とともにモリブデン化合物を含有する膜を形成できるモリブデン酸塩と該膜の形成を促進する有機酸塩とを含有することを特徴とする。
また、上記自動車電装・補機用転がり軸受は、上記内輪および上記外輪の転走面において、水素脆性による剥離の発生を防止できることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
自動車電装・補機用転がり軸受に封入するグリース組成物は、基油と増ちょう剤とからなるグリースにモリブデン酸塩および有機酸塩を配合してなるので、自動車や産業機械に使用される軸受で見られる水素脆性による特異な剥離の発生を抑制することができ、自動車電装・補機用転がり軸受の長寿命化が図れる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】深溝玉軸受の断面図である。
【図2】ファンカップリング装置の構造の断面図である。
【図3】オルタネータの構造の断面図である。
【図4】アイドラプーリの構造の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
エンジン出力で回転駆動される回転軸を静止部材に回転自在に支持する自動車電装・補機用転がり軸受の一例を図1に示す。図1はグリース組成物が封入されている深溝玉軸受の断面図である。
深溝玉軸受1は、外周面に内輪転走面2aを有する内輪2と内周面に外輪転走面3aを有する外輪3とが同心に配置され、内輪転走面2aと外輪転走面3aとの間に複数個の転動体4が配置される。この複数個の転動体4を保持する保持器5および外輪3等に固定されるシール部材6が内輪2および外輪3の軸方向両端開口部8a、8bにそれぞれ設けられている。少なくとも転動体4の周囲にグリース組成物7が封入される。
【0015】
自動車電装・補機の一例を図2に示す。図2はファンカップリング装置の構造の断面図である。ファンカップリング装置は、冷却用ファン9を支持するケース10内にシリコーンオイル等の粘性流体が充填されたオイル室11とドライブディスク18が組込まれた撹拌室12とを設け、両室11、12間に設けられた仕切板13にポート14を形成し、そのポート14を開閉するスプリング15の端部を上記仕切板13に固定している。
また、ケース10の前面にバイメタル16を取付け、そのバイメタル16にスプリング15のピストン17を設けている。バイメタル16はラジエータを通過した空気の温度が設定温度、例えば 60 ℃以下の場合、扁平の状態となり、ピストン17はスプリング15を押圧し、スプリング15はポート14を閉じる。また、上記空気の温度が設定温度をこえると、バイメタル16は図2(b)に示すように、外方向にわん曲し、ピストン17はスプリング15の押圧を解除し、スプリング15は弾性変形してポート14を開放する。
上記の構成からなるファンカップリング装置の運転状態において、ラジエータを通過した空気の温度がバイメタル16の設定温度より低い場合、ポート14はスプリング15によって閉じられているため、オイル室11内の粘性流体は撹拌室12内に流れず、その撹拌室12内の粘性流体は、ドライブディスク18の回転により仕切板13に設けた流通穴19からオイル室11内に送られる。
このため、撹拌室12内の粘性流体の量はわずかになり、ドライブディスク18の回転による剪断抵抗は小さくなるので、ケース10への伝達トルクは減少し、ファン9は低速回転する。
ラジエータを通過した空気の温度がバイメタル16の設定温度をこえると、図2(b)に示すように、バイメタル16は外方向にわん曲し、ピストン17はスプリング15の押圧を解除する。このとき、スプリング15は仕切板13から離れる方向に弾性変形するため、ポート14は開放し、オイル室11内の粘性流体はポート14から撹拌室12内に流れる。
このため、ドライブディスク18の回転による粘性流体の剪断抵抗が大きくなり、ケース10への回転トルクが増大し、転がり軸受に支持されているファン9が高速回転する。
ファンカップリング装置は温度の変化に応じてファン9の回転速度が変化するため、ウォーミングアップを早めると共に、冷却水の過冷却を防止し、エンジンを効果的に冷却することができる。エンジン温度が低いとファン9はドライブ軸20と切り離されているに等しく、高温の場合は連結されているに等しい。このように、転がり軸受1は低温から高温まで広い温度範囲および広い回転範囲で使用される。
【0016】
自動車電装・補機のオルタネータの一例を図3に示す。図3はオルタネータの構造の断面図である。オルタネータは、静止部材であるハウジングを形成する一対のフレーム21aに、ロータ22を装着されたロータ回転軸23が、一対の玉軸受1で回転自在に支持されている。ロータ22にはロータコイル24が取り付けられ、ロータ22の外周に配置されたステータ25には、120°の位相で3巻のステータコイル26が取り付けられている。
ロータ回転軸23は、その先端に取り付けられたプーリ27にベルト(図示省略)で伝達される回転トルクで回転駆動されている。プーリ27は片持ち状態でロータ回転軸23に取り付けられており、ロータ回転軸23の高速回転に伴って振動も発生するため、特にプーリ27側を支持する玉軸受1は、苛酷な負荷を受ける。
【0017】
自動車の補機駆動ベルトのベルトテンショナーとして使用されるアイドラプーリの一例を図4に示す。図4はアイドラプーリの構造の断面図である。
このプーリは、鋼板プレス製のプーリ本体28と、プーリ本体28の内径に嵌合された単列の深溝玉軸受1とで構成される。プーリ本体28は、内径円筒部28a、内径円筒部28aの一端から外径側に延びたフランジ部28b、フランジ部28bから軸方向に延びた外径円筒部28c、内径円筒部28aの他端から内径側に延びた鍔部28dからなる環体である。内径円筒部28aの内径には、玉軸受1の外輪3が嵌合され、外径円筒部28cの外径にはエンジンによって駆動されるベルトと接触するプーリ周面28eが設けられている。このプーリ周面28eをベルトに接触させることにより、プーリがアイドラとしての役割を果たす。
【0018】
玉軸受1はプーリ本体28の内径円筒部28aの内径に嵌合された外輪3、図示されていない固定軸に嵌合される内輪2、内・外輪2、3の転走面2a、3a間に組み込まれた複数の転動体4、転動体4を円周等間隔に保持する保持器5、グリースを密封する一対のシール部材6で構成され、内輪2および外輪3はそれぞれ一体に形成されている。
【0019】
モリブデン酸塩および有機酸塩を配合することにより、摩擦摩耗面または摩耗により露出した金属新生面でモリブデン酸塩が分解・反応し、酸化鉄とともにモリブデン化合物被膜が軸受転走面に生成される。さらにモリブデン酸塩と有機酸塩とを併用することにより、モリブデン酸塩のみを配合した場合に比較して、酸化膜が厚く、モリブデン含有量が多いことが表面分析の結果分かった。よって、有機酸塩は、酸化鉄およびモリブデン化合物被膜の軸受転走面への生成を助長する作用があるものと考えられる。軸受転走面に生成した酸化鉄およびモリブデン化合物被膜は、グリースの分解による水素の発生を抑制して、水素ぜい性による特異な剥離を防止できる。
【0020】
本発明に使用できるモリブデン酸塩は、金属塩であることが好ましい。金属塩を構成する金属としては、ナトリウム、カリウム、リチウム、マグネシウム、カルシウム、銅、亜鉛、バリウム等が例示できる。
軸受部における摩擦摩耗面または摩耗により露出した鉄系金属新生面において反応して、酸化鉄とともにモリブデン化合物を含有する膜を形成しやすい金属としてはアルカリ金属であることから、本発明においては、モリブデン酸塩のアルカリ金属塩が好ましい。好適なアルカリ金属のモリブデン酸塩はモリブデン酸リチウム、モリブデン酸ナトリウムまたはモリブデン酸カリウムが挙げられ、これらは単独でも混合物としても使用できる。
【0021】
本発明に使用できる有機酸塩は、芳香族系有機酸、脂肪族系有機酸、または脂環族系有機酸等の塩であればいずれも使用できる。また、有機酸としては一塩基性、多塩基性有機酸を使用できる。これらの中で特に炭素数 1 から炭素数 20 を有する化学構造の有機酸がモリブデン化合物を含有する膜生成を助長するので好ましい。
【0022】
有機酸の具体例を例示すれば、蟻酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、カプロン酸、ヘプタン酸、カプリル酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ウンデシル酸、ラウリン酸、トリデシル酸、ミリスチン酸、ペンタデシル酸、パルミチン酸、マルガリン酸、ステアリン酸、ノナデシル酸、アラキン酸等の1価飽和脂肪酸、アクリル酸、クロトン酸、ウンデシレン酸、オレイン酸、ガドレイン酸等の1価不飽和脂肪酸、マロン酸、メチルマロン酸、コハク酸、メチルコハク酸、ジメチルマロン酸、エチルマロン酸、グルタル酸、アジピン酸、ジメチルコハク酸、ピメリン酸、テトラメチルコハク酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ブラシル酸等の2価飽和脂肪酸、フマル酸、マレイン酸、オレイン酸等の2価不飽和脂肪酸、酒石酸、クエン酸等の脂肪酸誘導体、安息香酸、フタル酸、トリメリット酸、ピロメリット酸等の芳香族有機酸が挙げられる。
【0023】
有機酸はその金属塩であることが好ましく、金属塩の中でもナトリウム塩が好ましい。好ましい有機酸の金属塩としては、安息香酸ナトリウム、セバシン酸一ナトリウム塩、セバシン酸二ナトリウム塩、コハク酸一ナトリウム塩、コハク酸二ナトリウム塩が挙げられる。
【0024】
本発明に使用できる基油は、スピンドル油、冷凍機油、タービン油、マシン油、ダイナモ油等の鉱油、高精製度鉱油、流動パラフィン、フィッシャー・トロプシュ法により合成されたGTL油、ポリブテン、ポリαオレフィン、アルキルナフタレン、脂環式化合物等の炭化水素系合成油、または、天然油脂、ポリオールエステル油、リン酸エステル油、ポリマーエステル油、芳香族エステル油、炭酸エステル油、ジエステル油、ポリグリコール油、シリコーン油、ポリフェニルエーテル油、アルキルジフェニルエーテル油、アルキルベンゼン油、フッ素化油等の非炭化水素系合成油等を使用できる。
【0025】
本発明に使用できる増ちょう剤としては、ベントン、シリカゲル、フッ素化合物、リチウム石けん、リチウムコンプレックス石けん、力ルシウム石けん、カルシウムコンプレックス石けん、アルミニウム石けん、アルミニウムコンプレックス石けん等の石けん類、ジウレア化合物、ポリウレア化合物等のウレア系化合物が挙げられる。耐熱性、コスト等を考慮するとウレア系化合物が望ましい。
【0026】
ウレア系化合物は、例えば、ジウレア化合物、ポリウレア化合物が挙げられる。ジウレア化合物は、例えば、ジイソシアネートとモノアミンの反応で得られる。ジイソシアネートとしては、フェニレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、ジフェニルジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、オクタデカンジイソシアネート、デカンジイソシアネート、ヘキサンジイソシアネー卜等が挙げられ、モノアミンとしては、オクチルアミン、ドデシルアミン、ヘキサデシルアミン、ステアリルアミン、オレイルアミン、アニリン、p−トルイジン、シクロヘキシルアミン等が挙げられる。ポリウレア化合物は、例えば、ジイソシアネートとモノアミン、ジアミンとの反応で得られる。ジイソシアネート、モノアミンとしては、ジウレア化合物の生成に用いられるものと同様のものが挙げられ、ジアミンとしては、エチレンジアミン、プロパンジアミン、ブタンジアミン、ヘキサンジアミン、オクタンジアミン、フェニレンジアミン、トリレンジアミン、キシレンジアミン、ジアミノジフェニルメタン等が挙げられる。
【0027】
ウレア化合物は、イソシアネート化合物とアミン化合物を反応させることにより得られる。反応性のある遊離基を残さないため、イソシアネート化合物のイソシアネート基とアミン化合物のアミノ基とは略当量となるように配合することが好ましい。
基油にウレア化合物を配合して各種配合剤を配合するためのベースグリースが得られる。ベースグリースは、基油中でイソシアネート化合物とアミン化合物とを反応させて作製する。
【0028】
ベースグリースに対する増ちょう剤の配合割合は、ベースグリース全体に対して増ちょう剤が 1 〜 40 重量%、好ましくは 3 〜 25 重量%配合される。増ちょう剤の含有量が 1 重量%未満では、増ちょう効果が少なくなり、グリース化が困難となり、 40 重量%をこえると得られたベースグリースが硬くなりすぎ、所期の効果が得られ難くなる。
【0029】
モリブデン酸塩および有機酸塩の配合割合は、上記ベースグリースと各種配合剤から構成されるグリース組成物全体に対して、上記モリブデン酸塩が 0.01 〜 5 重量%、該モリブデン酸塩の添加量に対して、上記有機酸塩が 5 〜 70 重量%配合される。モリブデン酸塩および有機酸塩の配合割合が上記配合範囲未満だと水素脆性による転走面での剥離を効果的に防止できない。また上記範囲をこえても剥離防止効果がそれ以上に向上しない。
【0030】
また、モリブデン酸塩および有機酸塩の混合配合剤とともに、必要に応じて公知のグリース用添加剤を含有させることができる。この添加剤として、例えば、有機亜鉛化合物、アミン系、フェノール系、イオウ系等の酸化防止剤、ベンゾトリアゾールなどの金属不活性剤、ポリメタクリレート、ポリスチレン等の粘度指数向上剤、二硫化モリブデン、グラファイト等の固体潤滑剤、金属スルホネート、多価アルコールエステルなどの防錆剤、有機モリブデンなどの摩擦低減剤、エステル、アルコールなどの油性剤、リン系などの摩耗防止剤等が挙げられる。これらを単独または 2 種類以上組み合せて添加できる。
【0031】
本発明に使用できるグリース組成物は、水素脆性による特異な剥離の発生を抑制することができるので、グリース封入軸受の寿命を向上させることができる。このため、玉軸受、円筒ころ軸受、円すいころ軸受、自動調心ころ軸受、針状ころ軸受、スラスト円筒ころ軸受、スラスト円すいころ軸受、スラスト針状ころ軸受、スラスト自動調心ころ軸受等の封入グリースとして使用できる。
【実施例】
【0032】
実施例1〜実施例13
表1および表2に示した基油の半量に、4,4−ジフェニルメタンジイソシアナート(MDI)を表1および表2に示す割合で溶解し、残りの半量の基油に4,4−ジフェニルメタンジイソシアナートの2倍当量となるモノアミンを溶解した。それぞれの配合割合および種類は表1および表2の通りである。
4,4−ジフェニルメタンジイソシアナートを溶解した溶液を撹拌しながらモノアミンを溶解した溶液を加えた後、100 〜 120 ℃で 30 分間撹拌を続けて反応させて、ジウレア化合物を基油中に生成させた。
これにモリブデン酸塩、有機酸塩および酸化防止剤を表1および表2に示す配合割合で加えてさらに 100 〜 120 ℃で 10 分間撹拌した。その後冷却し、三本ロールで均質化し、グリース組成物を得た。
【0033】
表1および表2において、基油として用いたアルキルジフェニルエーテル油は松村石油社製商品名のLB100を、合成炭化水素油は新日鉄化学社商品名のシンフルード601を、ポリオールエステルは花王社商品名のカオルーブ268をそれぞれ用いた。また鉱油は動粘度 30.7 mm2/s( 40 ℃)のパラフィン系鉱油を用いた。
酸化防止剤はアルキル化ジフェニルアミンを用いた。
【0034】
得られたグリース組成物の高温高速試験、急加減速試験、日本工業規格による混和ちょう度測定を行なった。試験方法および試験条件を以下に示す。また、結果を表1および表2に示す。
【0035】
高温高速試験
転がり軸受(6204)に各実施例で得られたグリース組成物をそれぞれ 1.8 g 封入し、軸受外輪外径部温度 180 ℃、ラジアル荷重 67 N 、アキシャル荷重 67 N の下で、 10000 rpm の回転数で回転させ、焼きつきに至るまでの時間を測定した。
【0036】
急加減速試験
電装補機の一例であるオルタネータの回転軸を支持する内輸回転の転がり軸受において、急加減速試験を行なった。急加減速試験条件は、回転軸先端に取り付けたプーリに対する負荷荷重を 3234 N 、回転速度は 0 〜 18000 rpm で運転条件を設定した。そして、軸受内に異常剥離が発生し、振動検出器の振動が設定値以上になって発電機が停止する時間を計測した。
【0037】
比較例1〜比較例6
実施例1に準じる方法で、表2に示す配合割合で、増ちょう剤、基油を選択してベースグリ一スを調整し、さらに添加剤を配合してグリース組成物を得た。得られたグリース組成物を実施例1と同様の試験を行なって評価した。結果を表2に示す。
【0038】
【表1】

【表2】

【0039】
表1および表2に示すように、各実施例は転走面で生じる白色組織変化を伴った特異的な剥離を効果的に防止できるので、高温高速試験および急加減速試験に優れている。各実施例の急加減速試験は全て 300 時間以上を示した。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受は、転がり軸受に封入するグリース組成物が、転がり軸受の転走面で生じる白色組織変化を伴った特異的な剥離を効果的に防止でき軸受寿命に優れるのでカーエアコン用電磁クラッチ、電動ファンモータ等の自動車電装部品、補機等の転がり軸受、モータ用軸受に利用できる。
【符号の説明】
【0041】
1 グリース封入軸受
2 内輪
3 外輪
4 転動体
5 保持器
6 シール部材
7 グリース組成物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
180 ℃以上の高温、回転数 10000 rpm 以上の高速回転で、かつ、急加減速を伴う使用環境下において、エンジン出力で回転駆動される回転軸を静止部材に回転自在に支持する自動車電装・補機用転がり軸受であって、前記転がり軸受は、内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する複数の転動体と、この転動体の周囲にグリース組成物を封止するためのシール部材を前記内輪および外輪の軸方向両端開口部に設けてなり、前記グリース組成物は、基油に、増ちょう剤と添加剤とを配合してなるグリース組成物であって、前記添加剤は少なくともモリブデン酸塩および有機酸塩を含むことを特徴とする自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項2】
前記モリブデン酸塩がモリブデン酸ナトリウム、モリブデン酸カリウムおよびモリブデン酸リチウムから選ばれた少なくとも一つのモリブデン酸塩であることを特徴とする請求項1記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項3】
前記有機酸塩が炭素数 1 から炭素数 20 の有機酸のナトリウム塩であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項4】
前記有機酸が、安息香酸、セバシン酸、またはコハク酸であることを特徴とする請求項3記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項5】
グリース組成物全体に対して、前記モリブデン酸塩が 0.01 〜 5 重量%、該モリブデン酸塩の添加量に対して、前記有機酸塩が 5 〜 70 重量%配合されてなることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項6】
前記増ちょう剤がウレア系増ちょう剤であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一項記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項7】
前記モリブデン酸塩は、前記自動車電装・補機用転がり軸受の軸受部における摩擦摩耗面または摩耗により露出した鉄系金属新生面において酸化鉄とともにモリブデン化合物を含有する膜を形成でき、前記有機酸塩は前記膜の形成を促進するものであることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか一項記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項8】
前記自動車電装・補機用転がり軸受は、前記内輪および前記外輪の転走面において、水素脆性による剥離の発生を防止できることを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれか一項記載の自動車電装・補機用転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−299897(P2009−299897A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−171488(P2009−171488)
【出願日】平成21年7月22日(2009.7.22)
【分割の表示】特願2004−128899(P2004−128899)の分割
【原出願日】平成16年4月23日(2004.4.23)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】