説明

自己消化酵母エキスの製造方法

【課題】 酵母原料の予備処理や自己消化促進剤などを使用せずに簡便に自己消化を有効に誘発できる方法であって、酵素分解法よりも菌体成分をさらに分解でき、低コストかつ高収率で、遊離アミノ酸やペプチドを豊富に含有する酵母エキスを得る製造方法を提供すること。
【解決手段】 酵母菌体スラリーに、無機酸を、菌体乾物100kg当たりHイオンとして10〜60molを添加して、酵母を自己消化させることを特徴とする自己消化酵母エキスの製造方法;及び酵母菌体スラリーに、無機酸を添加し、pHを1.2以上3未満に調整して酵母を自己消化させることを特徴とする自己消化酵母エキスの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は低コストかつ高収率で、うま味およびコク味が強く、風味良好な酵母エキスを得ることができる自己消化酵母エキスの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
酵母エキスには遊離アミノ酸、ペプチド、糖質、有機酸、更に核酸系呈味成分が豊富に含まれているため、うま味やコク味などの呈味力が強い。そして、味の質がビーフなどの畜肉エキスに類似していること、天然酵母から調製され、天然系調味料に属することなどの由で、近来、天然・健康志向の高まる加工食品業界において幅広く利用されている。
酵母エキスの製造方法としては、塩酸を用いて菌体全体を加水分解する酸分解法、菌体スラリーのpHや温度などの条件を生育に不適当な特定範囲内に設定することで自己消化を誘発せしめる自己消化法、微生物や動植物由来の外来酵素等を添加し、酵母菌体成分を分解せしめる酵素分解法、及びこれらの方法を組み合わせた各種方法等が知られている。
【0003】
上述の製造方法のうち、自己消化法は、酵母菌体自身の酵素を利用して菌体内成分を分解する方法である。この方法で調製された酵母エキスには遊離アミノ酸やペプチドの含量が多く、旨味が強く重厚なコク味がある。そして酵母に含まれた各種天然物成分があまり破壊されていないこと、製造コストも酵素分解法より安くなることなどの利点があるので、現在この方法が広く利用されている。しかしながら、通常の生酵母菌体、特に培養して得られた新鮮な菌体はそのままでは自己消化されにくいため、特定の条件で原料酵母を前処理したり、各種自己消化促進剤を添加したりして自己消化を誘発させる必要がある。例えば、超高圧の静水圧処理、超音波処理や高圧ホモジナイザー処理等の機械的刺激を与える方法(例えば、特許文献1〜3参照)、酵母菌体スラリーに食塩、酢酸エチル、脂肪酸エステル、有機酸、有機溶媒、キチン・キトサンなど、いずれかの一種類を自己消化促進剤として添加して自己消化を誘発させる方法(例えば、特許文献4〜9参照)、などが公表されている。
【0004】
一方、酵素分解法は外来の各種酵素を添加して菌体成分を分解せしめる方法である。この方法では添加された酵素の種類、濃度によって、原料からのエキス収率が高いという利点があるほか、人為的にエキス成分のコントロールも可能である。しかし、酵母菌体は不溶性の主としてβ‐1,3‐グルカンのマトリックス構造より成る機械的に強固な細胞壁とそのすぐ内側に存在している細胞膜で覆われているため、外部からプロテアーゼなどの酵素を作用させても容易には菌体内部にまで浸透できない。その解決策として、予め酵母菌体を高温加熱変性して酵素分解を受けやすくしてから、更に細胞壁分解酵素、プロテアーゼなどを順次に作用させる必要がある(特許文献10参照)。
【特許文献1】特開平2−255059号公報
【特許文献2】特公昭50−25539号公報
【特許文献3】特開平9−56361号公報
【特許文献4】特公昭54−13496号公報
【特許文献5】特公昭54−14176号公報
【特許文献6】特開昭55−34096号公報
【特許文献7】特開昭59−109152号公報
【特許文献8】特開昭57−68760号公報
【特許文献9】特開平2−42953号公報
【特許文献10】特公昭50−29028号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述の自己消化法の場合には、各種物理、化学的な処理工程を加えることで、製造工程が煩雑になり、製造コストが高くなることは避けられないほか、添加された添加剤によって添加物の表示も必要となり、より広い食品分野への使用が制限される場合がある。
【0006】
そして、酵母菌体内に含まれている蛋白質分解酵素は主に酸性プロテアーゼが中心であるので、自己消化のみの製造法では菌体成分が完全には分解されていないため、原料からのエキス収率はそれほど高く得られないという欠点もある。
また、酵素分解法の場合には、加熱によって菌体内に含まれている自己消化酵素がほぼ全て失活され、これら酵素の有効利用ができなくなる。原料からのエキス収率を上げるためにより多量の外来酵素の添加が必要となり、製造コストが高くなる。更に余分の加熱工程によって、得られる酵母エキスの色調が褐色化しやすく、商品としての価値が低下するという欠点もある。
【0007】
本発明は、上述の自己消化法及び酵素分解法にかかる各種の問題点を鑑みてなされたものであり、酵母原料の予備処理や自己消化促進剤などを使用せずに簡便に自己消化を有効に誘発できる方法であって、酵素分解法よりも菌体成分をさらに分解でき、低コストかつ高収率で、遊離アミノ酸やペプチドを豊富に含有する酵母エキスを製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討した結果、自己消化を有効に誘発させるために、酵母菌体スラリーに、無機酸を用いて菌体乾物重量当たりに一定量のH+イオンを添加して自己消化させることが効果的であることを見出した。また、酵母菌体スラリーを、無機酸を用いてpHを1.2以上3未満に調整して自己消化させることが効果的であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の第1の発明は、酵母菌体スラリーに、無機酸を、菌体乾物100kg当たりHイオンとして10〜60mol添加して、酵母を自己消化させることを特徴とする自己消化酵母エキスの製造方法である。
また、本発明の第2の発明は、酵母菌体スラリーに、無機酸を添加し、pHを1.2以上3未満に調整して、酵母を自己消化させることを特徴とする自己消化酵母エキスの製造方法である。
【発明の効果】
【0010】
以上説明したように、本発明の製造方法によると、従来よりも菌体成分をさらに分解することができ、低コスト高収率で酵母エキスを製造することができる。本発明の製造方法により得られた酵母エキスには遊離アミノ酸やペプチドの含量が高く、旨みとコク味が強く、食品工業、特に天然健康食品分野において広く使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明で用いられる酵母菌体は生酵母であり、食用酵母であるサッカロミセス属(Saccharomyces)、ハンセニュラ属(hansenula)、カンジダ属(Candida)酵母等が挙げられる。例えば清酒、パン製造に用いられるサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)の醸造酵母、パン酵母、酵母エキスの製造によく用いられるカンジダ・ユーテイリス(Candida utilis)の培養酵母、溶解パルプ製造時に副生する糖質を栄養源とするトルラ(torula)の培養酵母などが挙げられる。また、酵母エキス製造のために新たに培養された生酵母だけでなく、ビール、清酒等の醸造に排出された廃棄酵母も、本発明の酵母エキスの製造方法の原料として使用できる。
【0012】
次に、本発明の第1の発明の酵母エキスの製造方法を説明する。まず、上記の原料酵母菌体に適量の蒸留水を加え、酵母菌体スラリーを調製する。菌体スラリーの濃度は、10〜30g/ dl、さらに10〜18g/ dlであることが好ましい。この範囲内であると、自己消化をより進めることができるため好ましい。
【0013】
次いで、この菌体スラリーに、無機酸を用いて、Hイオンを菌体乾物100kg当たり10〜60mol、好ましくは15〜45mol添加して自己消化させる。Hイオンを添加するのは、酵母はHイオンを消費して自己消化の活性化を起こすからである。10〜60mol添加することにより、原料酵母菌体をより完全に分解でき、低コスト高収率で酵母エキスを製造することができる。
【0014】
本発明の製造方法においては、菌体スラリーにHイオンを添加するために、無機酸を用いる。本発明に使える無機酸は、食品製造用剤としての使用が認められた無機酸であれば特に限定されないが、例えば、塩酸、硫酸、リン酸等が好ましく、特に塩酸が好ましい。
無機酸を用いると、反応液に添加された後に完全に解離するので、計算通りのHイオン量を正確に添加することが可能である。これに対して、有機酸を用いる場合は、Hイオンの放出は反応液の成分組成や溶液のpH状態、特に有機酸自身のpK値(例えば、乳酸pK=3.76、クエン酸pKα1=3.01、リンゴ酸pKα1=3.36)など、さまざまな要因によって左右されるため、正しく計算し難い。また、添加された有機酸から解離してきたマイナスイオンが何らかの形で自己消化反応に悪影響を及ぼす恐れもあるため好ましくない。
【0015】
+イオン添加量は、菌体乾物100 kg当たり10〜60molの範囲であり、さらに15〜45molであることが好ましい。H+イオン添加量がこの範囲内であれば、高収率で酵母エキスを製造することができる。さらに、最適なH+イオン添加量は、原料酵母の種類や酵母の前処理状態等によって若干異なるが、通常、予め使用酵母原料に対して、そのH+イオン添加量と得られたエキス収率との関係を調べ、実験データより容易に決めることができる。本発明では後記試験例1〜試験例3に示すように、例えばサッカロミセス・セレビシエ属のパン酵母及び海洋酵母を原料とした場合の最適添加量は、菌体乾物100 kgあたりに約15〜45mol、特に約15〜30molの範囲内であった。
【0016】
本発明の製造方法において、H+イオンの添加は、菌体スラリーを撹拌しながら行うことが好ましい。H+イオンの添加を撹拌しながら行うことにより、局部的にpHの下がりすぎることによる菌体内酵素の変性を防ぎ、酵母菌体スラリー全体をより均一に自己消化することができる。
【0017】
このH+イオン添加の作用は、恐らくHイオンが酵母細胞壁のトンネルから細胞内部に入り込み、酵母菌体の生体としての正常秩序を乱すことによって自己消化を誘発させるのではないかと考えられる。従って、所定量のHイオンは、自己消化反応の活性化に不可欠な物質であると考えられる。
上記の所定量のHイオンを添加せず、ただ酵母スラリーを最適消化温度に長時間保持するなら、自己消化をほとんど誘発できない。例えば、新鮮なパン生酵母に蒸留水を添加して、菌体濃度約15g/ dlの酵母スラリーを調製したところ、この時点の酵母スラリーのpH は大体4.8〜5.2の微酸性範囲内にあるが、そのまま50℃において24時間自己消化させても、酵母原料からの窒素回収率(原料酵母の窒素総量に対するエキス化液中の窒素総量の比率)はわずか14%程度しか得られなかった。従って、所定量のHイオンを添加しなければエキス化することがほとんど不可能であることがわかった。
【0018】
なお、本発明の第1の製造方法においては、通常の酸処理の方法と異なり、必ずしもHイオン添加後の反応液のpH調節を行う必要がない。例えば、後記試験例1及び試験例2に示されるように、パン酵母及び海洋酵母のスラリーにそれぞれ菌体乾物100 kgあたりに15〜45mol範囲内のH+イオンを添加すると、反応液のpHはHイオン添加直後に3.0以下に大きく低下したが、その後加温とともにじりじりと上昇しつつ、5時間後の反応液のpHはパン酵母と海洋酵母ともにHイオン添加直前の溶液のpHより±0.5程度の範囲内に上昇し、ほぼHイオン添加前のpH状態に戻ってきた。この事実は自己消化を誘発するには、酵母に一定量のH+イオンを吸い込ませる必要があることを示唆した。なお、上記範囲内のH+イオン量を添加した場合、反応5時間目のそれぞれエキス中の窒素溶出率はまだ低かったが、そのまま同温度に保持し続ければ、24時間目の反応液のpHは5時間目時点のpHと大差がないものの、窒素溶出率は大きく増加し、それぞれ50%以上に上昇してきた。この時点で得られたエキスの旨みとコク味も強くなった。
【0019】
酵母を自己消化させる際に、無機酸の添加前又は添加後に菌体酵母スラリーを40〜60℃に加温することが好ましい。40〜60℃に加温することにより、自己消化を効率的に進めることができる。さらに、加温される温度は、前記範囲内の最適な自己消化温度であることが好ましい。ここに言う最適な自己消化温度とは、原料酵母の種類や酵母の前処理状態によって若干異なるが、通常、自己消化の反応温度と最終的に得られたエキス収率との関係を予め調べ、実験データより容易に決められる。本発明の製造方法では、例えばサッカロミセス・セレビシエ属のパン酵母、海洋酵母を原料として使用する場合の自己消化最適温度は約50〜55℃である。
【0020】
なお、無機酸の添加前に加熱する場合、Hイオンの添加量は、菌体乾物100kg当たり15〜30molであることが特に好ましい。15〜30molであれば、きわめて高い収率で酵母エキスを製造することができる。
また、無機酸の添加後に加熱する場合は、添加後速やかに、好ましくは2時間以内、より好ましくは1時間以内、特に好ましくは30分以内に、所定の温度まで昇温させる。所定量のHイオン添加直後の菌体スラリーのpHはおおよそ1.2〜3.0であるが、これを直ちに加温すればpHは上昇して比較的速やかに5付近に達する。このため自己消化に関する酵素の変性が少なく、自己消化の効率が高い。これに対し、直ちに加温しないと、長期間低pHを維持される結果、自己消化に関する酵素が変性していまい、自己消化の効率が悪くなり易い。
従って、工場等で実製造を行う場合には、加温に比較的長時間を要することを考慮すると、菌体酵母スラリーを加温してから無機酸を添加することが好ましい。
【0021】
次に、本発明の第2の発明の製造方法を説明する。まず、上述の第1の発明と同様に、酵母菌体スラリーを調製する。次いで、無機酸を添加してpHを1.2以上3未満に調整して自己消化させる。pHを1.2以上3未満に調整することにより、酵母菌体をより高効率で分解することができる。
第2の発明においても、第1の発明の場合と同様に、無機酸の添加前又は添加後に菌体酵母スラリーを40〜60℃に加温することが好ましい。40〜60℃に加温することにより、自己消化を効率的に進めることができる。さらに、加温される温度は、前記範囲内の最適な自己消化温度であることが好ましい。また、工場等で実製造を行う場合には、加温に比較的長時間を要することを考慮すると、菌体酵母スラリーを加温してから無機酸を添加することが好ましい。
【0022】
本発明の第1の製造方法または第2の製造方法によれば、外来酵素を追加せずに自己消化のみで行う場合でも高収率の酵母エキスを調製することが可能である。この場合は、上述の所定量のH+イオンを添加した後、そのまま攪拌しながら同温度において更に5〜24時間保持すると、高収率の酵母エキスを得ることができる。
【0023】
発明の第1の発明または第2の発明の製造方法においては、上述の自己消化を行った後、さらに、中性またはアルカリ性の酵素を1種類または2種類以上添加して酵素反応させて、酵母菌体をさらに分解せしめることが好ましい。自己消化と併せて外来酵素を追加することにより、原料酵母からのエキス収率及びエキス化液中の遊離アミノ酸とペプチドの含量を更に大きく増加させることができる。
酵素反応を行う場合、あらかじめ上述の所定量のH+イオンを添加し加温すること、または所定のpHに調整し加温することにより自己消化を誘発させ、次いで酵素反応を行う。あらかじめ自己消化がある程度に進められることによって、菌体細胞が崩壊し、菌体たんぱく質が容易に外来酵素により作用されやすくなり、菌体スラリーを加熱変性せずにそのまま少量の外来酵素を追加するだけで、高収率で酵母エキスを製造できる。
この場合の自己消化の工程は2〜6時間程度内でよいが、その後、菌体スラリーのpHを追加される酵素の最適pH に再調整し、所定の中性或いはアルカリ性酵素の1種類、或いは2種類以上を組み合わせて添加し、同温度、或は酵素の最適反応温度において更に2〜18時間酵素反応させることが好ましい。この場合は菌体内に含まれている酵素も働き続け、これらの酵素と外来酵素の総合作用で菌体はさらに分解される。なお、外来酵素の添加量は酵素の力価にもよるが、おおむね菌体乾物の0.1〜1.0%範囲内であればよい。
【0024】
添加する酵素は動物、植物、微生物由来に関わらず、食品用で異臭のないもの、そして酵母エキスの収率を更に上げられるものであれば本発明に使われる。例えば、天野エンザイム(株)のプロテアーゼP、プロテアーゼA、プロテアーゼS、プロテアーゼN、ウマミザイムG、パンクレアチンF、パパインW-40、ペプチダーゼRなど、科研製薬(株)のアクチナーゼAS、三共(株)のコクラーゼP、エイチビィアイ(株)のオリエンターゼ90A、オリエンターゼ10NL、オリエンターゼ22BF、ヌクレイシンなど、ノボザイムズ・ジャパン(株)のアルカラーゼ2.4L FG、フレーバーザイム、ニュートラーゼ0.8Lなどが挙げられる。
上記酵素はペプチダーゼを含んでいるプロテアーゼであれば、1種類のみで添加すればよいが、エンド型のみの酵素なら、ペプチダーゼ等エキソ型の酵素と2種類以上を組み合わせて添加する方が好ましい。
本発明の製造方法において、自己消化を行った後、あるいはさらに所定時間に酵素分解した後、通常エキス製造工程と同じように、酵母スラリーを95℃に15〜30分間程度で加熱失活させ、更に遠心分離、減圧濃縮を通じて、高収率で酵母エキスを製造することができる。また、使用目的に応じて、粉末状及びペースト状のものにも加工できる。
【0025】
(実施例)
以下、試験例及び実施例を用いて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例等に限定されるものではない。
(試験例1)
500ml容のビーカ8個にそれぞれ市販パン酵母フレーク150g(オリエンタル酵母工業(株)製品、水分68.7%)及び蒸留水200 mlを加え、乾燥菌体濃度約13.4%の菌体スラリー各350gを調製した。これらのビーカを50℃の恒温水槽に入れ、菌体スラリーの温度が50℃まで上昇した時点で、攪拌しながら各ビーカに所定のH+イオン量(本試験では2N塩酸溶液を用いて所定のH+イオン量を算出した)を、それぞれの菌体スラリーに1回で全量添加した。その後、攪拌しながら同温度において24時間自己消化させた。なお、反応中の窒素回収率を調べるために、5時間目及び24時間目の時点でそれぞれの反応液から液100gを取り出して、加熱失活、遠心分離してエキス86gを調製し、窒素回収率(TN回収率(%);原料酵母の窒素総量に対するエキス化液中の窒素総量の比率)、分解率(試料中の可溶化窒素総量に対する遊離アミノ態窒素の比率(%))及びエキス中の遊離アミノ酸溶出総量(全自動アミノ酸分析機によって測定されたエキス中の各遊離アミノ酸含量の総和))の分析に供した。さらに、H+イオンを添加した後の各反応液のpH変化を調べるため、反応時間ごとのpH値も測定した。
結果を表1および表2に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】

【0028】
以上の結果より、原料酵母としてパン酵母を用いた場合は、菌体乾物100kgあたりにH+イオンを15〜45mol添加すると原料からの窒素溶出率は50%以上であり、15〜30mol添加した場合に特に優れた結果が得られることがわかった。
【0029】
(試験例2)
原料パン酵母として海洋酵母の“三共イースト・M”(三共フーズ(株)製、水分67.1%)を使用した以外は、上記試験例1と全く同じ条件で海洋酵母エキスをそれぞれ8タイプ調製した。窒素回収率及びH+イオン添加後の各酵母スラリーpHの経時変化を表3及び表4に示す。
【0030】
【表3】

【0031】
【表4】

【0032】
以上の結果より、海洋酵母の場合は、菌体乾物100 kgあたりにH+イオンを10〜60mol添加すると、原料からの窒素溶出率は40%以上得られ、20〜45mol添加した場合に50%以上、さらに30mol添加した場合には60%以上得られることがわかった。
【0033】
(試験例3)
試験例2と同様に、海洋酵母スラリーを8タイプ調製した。これらの菌体スラリーを加熱する前に、それぞれ撹拌しながら試験例2と同じ量のHイオンを添加した。その後、それぞれの菌体スラリーを15分で50℃まで加温し、さらに同温度で24時間自己消化させた。その後、試験例2と同様に、加熱失活、遠心分離して、酵母エキスを調製した。窒素回収率及びHイオン添加後の各菌体スラリーのpHの経時変化を表5及び表6に示す。
【0034】
【表5】

【0035】
【表6】

【0036】
上記の試験例1、試験例2及び試験例3より、パン酵母及び海洋酵母の場合、菌体乾物100kgあたりにHイオン量(無機酸から解離したもの)を15〜45mol範囲内に添加した場合の窒素回収率が特に高いこと、また、これら範囲内のHイオンを添加した直後の反応液のpHはすべて1.2以上3.0未満に大きく低下したことがわかった。
【0037】
また、試験例1、試験例2では、特にHイオン添加量が菌体乾物100kg当たり15〜30molである場合に酵母エキスの製造効率が高いことがわかった。
また、試験例3では、試験例2と比べて酵母エキスの製造効率に大きな差異が見られなかった。試験例3では、菌体乾物100kg当たり20〜45mol添加した場合に、原料からの窒素溶出率が50%以上となることがわかった。
【0038】
(比較試験例1)
本比較試験例では、無機酸の替わりに有機酸を使用した場合について試験を行った。ただし、有機酸から解離してくるH+イオンの量を正確に計算し難いため、試験例1の15 mol 量のHイオン添加直後のpH 2.8と同じpHになるように有機酸を添加した。すなわち、乾燥菌体濃度約13.4%のパン酵母スラリー各350gを調製し、50℃まで加熱してから、それぞれ有機酸の乳酸、クエン酸、リンゴ酸及び酢酸を添加し、有機酸添加直後のpHを2.8に調節した。その後、そのまま50℃において24時間自己消化させた。得られたエキスを蒸留水で同じ450gに調製し、窒素回収率及び分解率の分析に供した。結果を表7に示す。
【0039】
【表7】

【0040】
以上の結果より、有機酸を使用する場合は、無機酸の場合と同程度のpH3.0以下に調節しても、無機酸の場合のような高い窒素回収率が得られないことがわかった。
【実施例1】
【0041】
市販パン酵母150gに蒸留水200gを加え、乾燥菌体濃度約13.4%の菌体スラリー350gを調製した。この菌体スラリーの温度を50℃まで加熱してから、2N塩酸4.7 mlを添加し(菌体乾物100 kgあたりのH+イオン添加量は約20 molである)、同温度に3時間保持して自己消化させた。次いで、溶液のpHを7.0に調節してから酵素プロテアーゼA(天野エンザイム(株)製)0.35gを添加し、50℃においてさらに15時間酵素分解させて、酵母エキスを調製した。
【実施例2】
【0042】
自己消化後にpHを5.5に調整し、酵素としてコクラーゼP(三共(株)製)0.35gを用いた他は、実施例1と同様にして酵母エキスを調製した。
【実施例3】
【0043】
自己消化後にpHを8.0に調整し、酵素としてプロテアーゼP3(天野エンザイム(株)製) 0.35gを用いた他は、実施例1と同様にして酵母エキスを調製した。
【0044】
(比較例1)
本比較例では、自己消化を行わずに酵素分解のみを行って酵母エキスを調製した。まず、市販パン酵母150gに蒸留水200gを加え、乾燥菌体濃度約13.4%の菌体スラリー350gを調製した。次いで、生酵母では酵素分解されにくいため、95℃にて15分間加熱し、菌体蛋白質を変性させた。そして、溶液のpHを7.0に調節し、酵素プロテアーゼA0.35gを添加し、50℃において18時間反応させて酵母エキスを調製した。
【0045】
(比較例2)
溶液のpHを5.5に調整し、酵素としてコクラーゼP0.35gを用いた他は、比較例1と同様にして酵母エキスを調製した。
【0046】
(比較例3)
溶液のpHを8.0に調整し、酵素としてプロテアーゼP3 0.35gを用いた他は、比較例1と同様にして酵母エキスを調製した。
上記の実施例1〜3および比較例1〜3の酵母エキスについて、窒素回収率及び分解率を表8に示す。
【0047】
【表8】

【0048】
また、実施例3と比較例3で得られた最終エキス化液中の遊離アミノ酸成分組成の比較を図1に示す。
以上の結果より、自己消化と酵素分解法の併用によって通常の酵素分解法より高い窒素回収率が得られたほか、エキス化液中の遊離アミノ酸含量も大きく増加したことがわかった。
【実施例4】
【0049】
市販海洋酵母“三共イースト・M”250g(三共フーズ(株)製、水分67.1%)に500 mlの蒸留水を添加し、乾燥菌体濃度約11.0%の菌体スラリー750gを調製した。これらの菌体スラリーの温度を50℃まで加熱してから、2N塩酸12.3 ml(乾燥菌体100 kgあたりにH+イオンの添加量は約30molである)を添加し、同50℃にて5時間自己消化させた。次いで、pH調節は行わず、そのまま同温度において更に19時間自己消化させた後、95℃で15分間加熱失活し、遠心分離した。上清液を取り出した後の残査に蒸留水150gを添加し洗浄してから、更に2回目の遠心分離をした。1回目と2回目の上清液を合わせて減圧濃縮し、Bx.40%の濃縮エキスを調製した。
【実施例5】
【0050】
市販海洋酵母“三共イースト・M”250g(三共フーズ(株)製、水分67.1%)に500 mlの蒸留水を添加し、乾燥菌体濃度約11.0%の菌体スラリー750gを調製した。これらの菌体スラリーの温度を50℃まで加熱してから、2N塩酸12.3 ml(乾燥菌体100 kgあたりにH+イオンの添加量は約30 molである)を添加し、同50℃にて5時間自己消化させた。次いで、液のpHを8.0に調節してから、酵素ウマミザイム(天野エンザイム(株)製)0.3gを添加した。その後、同50℃において更に19時間反応させた後、95℃に15分間加熱失活し、遠心分離した。上清液を取り出した後の残査に蒸留水150gを添加し洗浄してから、更に2回目の遠心分離をした。1回目と2回目の上清液を合わせて減圧濃縮し、Bx.40%の濃縮酵母エキスを調製した。
【実施例6】
【0051】
酵素として、プロテアーゼA0.3g及び補助酵素ペプチダーゼR(天野エンザイム(株)製)0.1gを用いたほかは、実施例5と同様にして、濃縮酵母エキスを調製した。
【実施例7】
【0052】
酵素として、プロテアーゼP3 0.3g及び補助酵素ペプチダーゼR0.1gを用いたほかは、実施例5と同様にして、濃縮酵母エキスを調製した。
【実施例8】
【0053】
酵素として、プロテアーゼN(天野エンザイム(株)製)0.3g及び補助酵素ペプチダーゼR0.1gを用いたほかは、実施例5と同様にして、濃縮酵母エキスを調製した。
【実施例9】
【0054】
酵素として、オリエンターゼ90N(エイチビィアイ(株)製)0.3g及び補助酵素ペプチダーゼR0.1gを用いたほかは、実施例5と同様にして、濃縮酵母エキスを調製した。
【実施例10】
【0055】
酵素として、ヌクレイシン(エイチビィアイ(株)製)0.3g及び補助酵素ペプチダーゼR0.1gを用いたほかは、実施例5と同様にして、濃縮酵母エキスを調製した。
【実施例11】
【0056】
酵素として、アクチナーゼ(科研製薬(株)製)0.3g及び補助酵素ペプチダーゼR0.1gを用いたほかは、実施例5と同様にして、濃縮酵母エキスを調製した。
【実施例12】
【0057】
酵素として、アルカラーゼ2.4L FG(ノボザイムズ・ジャパン(株)製)0.9g及び補助酵素ペプチダーゼR0.1gを用いたほかは、実施例5と同様にして、濃縮酵母エキスを調製した。
以上のように調製された実施例4〜12の酵母エキスについて、測定した窒素回収率を表9に示す。
【0058】
【表9】

【0059】
各実施例の結果より、本発明の所定量のH+イオンを添加することによって、自己消化を有効に誘発できること、更に少量の市販酵素を追加することによって、エキスの収率を更にアップでき、低コスト高収率で品質のよい酵母エキスを調製できることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】実施例3と比較例3とで得られた最終エキス化液中の遊離アミノ酸成分組成の比較を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵母菌体スラリーに、無機酸を、菌体乾物100kg当たりHイオンとして10〜60mol添加して、酵母を自己消化させることを特徴とする自己消化酵母エキスの製造方法。
【請求項2】
酵母菌体スラリーを40〜60℃にした後、無機酸を添加することを特徴とする請求項1記載の自己消化酵母エキスの製造方法。
【請求項3】
無機酸を添加した後の酵母菌体スラリーを40〜60℃にした後、自己消化させることを特徴とする請求項1記載の自己消化酵母エキスの製造方法。
【請求項4】
酵母菌体スラリーに、無機酸を添加し、pHを1.2以上3未満に調整して、酵母を自己消化させることを特徴とする自己消化酵母エキスの製造方法。
【請求項5】
酵母菌体スラリーを40〜60℃にした後、無機酸を添加することを特徴とする請求項4記載の自己消化酵母エキスの製造方法。
【請求項6】
無機酸を添加してpHを調整した後の酵母菌体スラリーを40〜60℃にした後、自己消化させることを特徴とする請求項4記載の自己消化酵母エキスの製造方法。
【請求項7】
前記酵母菌体スラリーの温度を、40〜60℃の範囲内の前記酵母菌体に対する自己消化最適温度にして自己消化させるものである請求項1〜6のいずれか1項記載の自己消化酵母エキスの製造方法。
【請求項8】
前記自己消化を行った後、さらに、中性またはアルカリ性の酵素を1種類または2種類以上添加して酵素反応させ、酵母菌体をさらに分解せしめることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項記載の自己消化酵母エキスの製造方法。
【請求項9】
菌体スラリーのpHを、添加する中性またはアルカリ性の酵素の最適pHに再調整してから、前記酵素を添加することを特徴とする請求項8記載の自己消化酵母エキスの製造方法。


【図1】
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【公開番号】特開2006−42674(P2006−42674A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−227761(P2004−227761)
【出願日】平成16年8月4日(2004.8.4)
【出願人】(505126610)株式会社ニチレイフーズ (71)
【Fターム(参考)】