説明

舌側に擦接面を有する人工前歯および人工歯セット並びに義歯

【課題】食物を摺り潰すことができる人工前歯を提供する。
【解決手段】人工上顎前歯1の舌側面に、近心遠心方向から見て弓形に凹んだ擦接面5を形成する隆起3を設け、対峙する人工下顎前歯2の唇側面に、擦接面5に当接し、上下顎の滑走運動によって擦接面5上を滑動する擦動面6を形成する隆起4を設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工前歯および人工歯セット並びに義歯に関する。
【背景技術】
【0002】
自然歯において、前歯は食物を噛み切る機能を有し、臼歯は食物を噛み砕いたり摺り潰したりする機能を有する。前歯は、咬頭嵌合位に咬合した状態(臼歯を噛み締めた状態)において、上顎歯が下顎歯よりも2〜3mm唇側に位置し、互いに当接しないようになっている。前歯で食物を噛み切る場合、上顎前歯の切端と下顎前歯の切端とが当接するように、下顎を前方にずらして噛み合わせる。
【0003】
従来、人工歯は、自然歯の機能を再現することを目標に製作されているが、義歯に排列された状態おいて自然歯と同様の十分な咀嚼能力を発揮することは非常に難しい。そこで、人工歯に自然歯にはない咀嚼機能を付加することで、総合的な咀嚼能力を天然歯に近づけることが検討されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、上顎切歯の舌側、切端から約3mm上方に水平面からなるプラットフォームを形成し、臼歯が咬頭嵌合位に咬合した状態で、このプラットフォームに下顎切歯の切端を当接させ、食物を噛み切る機能を付加した発明が記載されている。この発明では、臼歯を咬合し、食物を噛み砕いて摺り潰す際に、前歯によって食物を噛み切ることもできる。しかしながら、臼歯で食物を摺り潰す際には、前歯に食物を噛み切る機能を発揮させるよりも、摺り潰す機能を発揮させられる方が好ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開7−67890号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前記問題点に鑑みて、本発明は、食物を摺り潰すことができる人工前歯および人工歯セット、並びに、そのような人工前歯を用いた義歯を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するために、本発明による人工前歯は、舌側面に、対峙する歯と擦接可能な擦接面を形成する隆起を設けたものとする。
【0008】
この構成によれば、人工前歯に形成した擦接面に対峙する歯を擦接させることで、食物を摺り潰すことができる。
【0009】
また、本発明の人工歯において、前記隆起は、擦接面で擦り潰した食物を擦接面の外側に逃がして、さらなる擦り潰しを行うことができるように、切端から歯頚部に向かう方向に延伸する溝を有することが好ましい。
【0010】
また、本発明の人工歯において、前記擦接面は、自然な咬合動作によって食物を摺り潰すことができるように、近心遠心方向から見て弓形に凹んでいることが好ましく、臼歯の滑走運動によって食物を摺り潰すことができるように、臼歯の滑走運動に倣う形状を含むことがより好ましい。
【0011】
また、通常の咬合では、上顎前歯が下顎前歯の唇側に位置するので、本発明の人工歯は、上顎前歯であることが好ましい。
【0012】
また、本発明による人工歯セットは、前記人工前歯のいずれかを含む複数の人工歯からなるものとし、前記擦接面を有する前記人工前歯に対峙する人工前歯に、唇側面に、前記擦接面と擦接して食物を摺り潰す咬頭の機能を果たす擦動面を形成する隆起を設けることが好ましい。また、隆起によって形成した擦動面を擦接面に当接させることで、切端が前記擦接面に当接して摩耗しないようにすることができる。
【0013】
また、本発明の人工歯セットにおいて、天然歯の歯列と同様に、前記擦接面を有する前記人工前歯に複数の人工前歯が対峙してもよく、その場合、前記対峙する複数の人工前歯のそれぞれに、前記擦動面を形成する前記隆起を設けてもよい。
【0014】
また、本発明による義歯は、前記人工歯セットのいずれかを義歯床に排列してなるものとし、臼歯によって食物を摺り潰す運動によって、擦接面で食物を摺り潰すことができるように、前記擦設面が、咬頭嵌合位において、対峙する前記人工歯の唇側面と当接することが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、人工前歯の舌側面に、対峙する歯の唇側面と擦接可能な擦接面を設けたので、臼歯を噛み合わせる際に、前歯によって食物を摺り潰すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の1つの実施形態の相対峙する人工上顎中切歯および人工下顎中切歯の側面図である。
【図2】図1の人工上顎中切歯の斜視図である。
【図3】図1の人工下顎中切歯の斜視図である。
【図4】図1の人工中切歯の、上下臼歯の咬頭が当接し合う状態での位置関係を示す図である。
【図5】図1の人工中切歯の、咬頭嵌合位に咬合した状態での位置関係を示す図である。
【図6】図1の人工中切歯を含む人工歯セットの舌側面を示す図である。
【図7】図6の人工歯セットの唇側面を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
これより、本発明の実施形態について、図面を参照しながら説明する。図1に、本発明の1つの実施形態の上下に相対峙する人工上顎中切歯1および人工下顎中切歯2を近心側から(正中から真横を)見た図を示し、図2に、人工上顎中切歯1の舌側面の形状を、図3に、人工下顎中切歯2の唇側面の形状を示す。
【0018】
人工上顎中切歯1は、舌側面に、図1に二点鎖線で示した天然歯の形状と比べて明確に突出した隆起3が設けられている。また、人工下顎中切歯2は、唇側面に、天然歯よりも突出した隆起4が設けられている。尚、図2および3には、隆起3,4の形状を分かりやすくするために、そのエッジを明確に図示しているが、隆起3,4は、角のない滑らかな曲面によって構成されることが好ましい。
【0019】
人工上顎中切歯1の隆起3および人工下顎中切歯2の隆起4は、それぞれ、上顎と下顎とが咬合する運動によって、互いに擦接し合う擦接面5および擦動面6を形成している。図1に示すように、人工上顎中切歯1の擦接面5は、近心遠心方向から見て、弓形に凹んだ形状をしており、人工下顎中切歯2の擦動面6は、近心遠心方向から見て、弓形に膨らんだ形状をしている。また、擦接面5,6は、それぞれ、人工中切歯1,2の切端7,8から離して形成されている。
【0020】
さらに、人工上顎中切歯1の隆起3は、切端7から歯頚部9に向かって延伸し、切端7側において擦接面5に開口する2本の溝10を有している。本実施形態においては、天然の中切歯の舌側面に、切端から歯頚部に向かって延伸する2本の浅い凹みが存在することから、これに倣って隆起3に2本の溝10を形成しているが、溝10を1本にしても、3本以上にしてもよい。また、溝10の近心延伸方向の幅は、1〜2mmとすることが好ましく、1.2〜1.5mmとすることがより好ましい。溝10は、隆起3の溝10によって形成される接端7から歯頚部9に向かう方向に延伸する複数の凸状の部分が、略等ピッチ且つ等しい幅で人工上顎中切歯3の舌側面に均等に分散する結果となるように形成することが好ましい。
【0021】
図4および図5に、人工中切歯1,2の位置関係を、上顎大臼歯11,12と下顎大臼歯13,14の位置関係とともに示す。尚、人工上顎中切歯1と上顎大臼歯11,12、および、人工下顎中切歯2と下顎大臼歯13,14の相対位置は、人工中切歯1,2をそれぞれ義歯床に固定することによって決定される。
【0022】
図4に示すように、上顎大臼歯11,12の咬頭に下顎大臼歯13,14の咬頭が当接する位置において、人工上顎中切歯1の擦接面5の切端7側の端部に人工下顎中切歯2の擦動面6が当接する。さらに、上顎大臼歯11,12と下顎大臼歯13,14とを滑動させて、図5に示すように、上顎と下顎とを咬頭嵌合位(中心嵌合位)に咬合させると、人工上顎中切歯1の擦接面5の歯頚部9側の端部に、人工下顎中切歯2の擦動面6が当接する。つまり、擦動面6は、臼歯11,12,13,14の滑走運動の軌跡に倣う形状に形成されており、この上下顎の滑走動作によって、擦動面6が擦接面5上を滑動するようになっている。
【0023】
また、擦動面6が擦接面5上を滑らかに滑動するためには、擦接面5と擦動面6との接触面積が大きくなりすぎないようにすることが重要である。このため本実施形態では、擦動面6の曲率が、擦接面5の曲率よりも小さくなっている。
【0024】
人工上顎中切歯1の擦接面5と人工下顎中切歯2の擦動面6とが擦動することで、擦接面5と擦動面6との間に挟まれた食物を摺り潰すことができる。さらに、擦接面5と擦動面6との間で摺り潰された食物は、人工上顎中切歯1の溝10に押し出され、歯頚部9の方向に擦接面5から逃げることで、擦接面5と擦動面6との間に残る食物をさらに細かく摺り潰すことができる。
【0025】
また、咬頭嵌合位において、人工下顎中切歯2の擦動面6は、人工上顎中切歯1の擦接面5の溝10が開口している側の端部に当接する。これにより、溝10の底部が、人工下顎中切歯2の唇側において開口し、口腔内と唇側を連通させる空気通路を形成して、義歯の装着者に息苦しさを感じさせないようにできる。
【0026】
さらに、図6および図7に、人工中切歯1,2を含む人工歯セットの舌側面および唇側面を示す。図示するように、この人工歯セットは、人工中切歯1,2と左右の対をなす人工中切歯15,16並びに人工上顎側切歯17,19および人工下顎側切歯18,20からなる人工切歯セットである。
【0027】
人工上顎切歯15,17,19には、それぞれ、人工上顎中切歯1と同様の擦接面5を形成する隆起3が設けられ、人工下顎切歯16,18,20には、それぞれ、人工下顎中切歯2と同様の擦動面6を形成する隆起4が設けられている。
【0028】
人工上顎中切歯1,15には、人工下顎中切歯2,16だけでなく、部分的に、人工下顎側切歯18,20が対峙しており、人工上顎中切歯1,15の擦接面5には、人工下顎側切歯18,20の擦動面6も擦接する。
【0029】
また、上顎中切歯の幅は6〜10mm程度であるので、人工上顎中切歯1,15の隆起3には、2本の溝10が形成されており、上顎側切歯の幅は6〜8mm程度であるので、人工上顎側切歯17,19の隆起3には、1本の溝10が形成されている。
【0030】
本発明による人工歯セットは、さらに、人工上顎側切歯17,19に対峙する人工下顎犬歯を含んでもよく、人工下顎犬歯の唇側面に、人工上顎側切歯17,19の擦接面5に擦接する擦動面を形成する隆起を設けてもよい。当然ながら、本発明の人工歯セットは、上顎犬歯や臼歯を含んでもよい。また、本発明の人工前歯は、近心遠心方向に隣接する人工歯と連結された連結歯であってもよい。
【0031】
また、上記実施形態では、人工下顎前歯2,16,18,20の唇側面に、人工上顎前歯1,15,17,19の舌側面に形成した擦接面5に擦接する擦動面6を形成する隆起4を設けているが、人工上顎前歯1,15,17,19の擦接面5が、天然の下顎前歯、または、天然歯を模した形状の人工下顎前歯の唇側面の切端近傍部に擦接するようにしてもよい。
【0032】
本発明では、通常の咬合状態において、上顎前歯の舌側に下顎前歯が位置するため、上顎前歯の舌側面に、対峙する下顎前歯の唇側面と擦接可能な擦接面を形成する隆起を設けることが好ましいが、反対咬合を行う場合は、下顎前歯の舌側面に、対峙する上顎前歯の唇側面と擦接可能な擦接面を形成する隆起を設けてもよい。
【0033】
但し、擦接面に対峙する歯の切端を擦接させると切端を損耗し易くなるので、対峙する歯が擦接面に当接する部分は、接端から少し離れた部分であることが好ましい。同様に、擦接面も、切端から離れた位置に形成することが望ましい。
【符号の説明】
【0034】
1…人工上顎中切歯
2…人工下顎中切歯
3,4…隆起
5…擦接面
6…擦動面
7,8…接端
9…歯頚部
10…溝

【特許請求の範囲】
【請求項1】
舌側面に、対峙する歯と擦接可能な擦接面を形成する隆起を設けたことを特徴とする人工前歯。
【請求項2】
前記隆起は、切端から歯頚部に向かう方向に延伸する溝を有することを特徴とする請求項1に記載の人工前歯。
【請求項3】
前記擦接面は、近心遠心方向から見て弓形に凹んでいることを特徴とする請求項1または2に記載の人工前歯。
【請求項4】
前記擦接面は、臼歯の滑走運動に倣う形状を含むことを特徴とする請求項3に記載の人工前歯。
【請求項5】
前記人工歯が上顎前歯であることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の人工前歯。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の人工前歯を含む複数の人工歯からなることを特徴とする人工歯セット。
【請求項7】
前記擦接面を有する前記人工前歯に対峙する人工前歯は、唇側面に、前記擦接面と擦接する擦動面を形成する隆起を設けたことを特徴とする請求項5に記載の人工歯セット。
【請求項8】
前記擦接面を有する前記人工前歯に複数の人工前歯が対峙し、前記対峙する複数の人工前歯のそれぞれに、前記擦動面を形成する前記隆起を設けたことを特徴とする請求項6に記載の人工歯セット。
【請求項9】
請求項6から8のいずれかに記載の人工歯セットを義歯床に排列してなることを特徴とする義歯。
【請求項10】
前記擦接面は、咬頭嵌合位において、対峙する前記人工歯の唇側面と当接することを特徴とする請求項9に記載の義歯。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2010−162331(P2010−162331A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−234295(P2009−234295)
【出願日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【特許番号】特許第4486698号(P4486698)
【特許公報発行日】平成22年6月23日(2010.6.23)
【出願人】(390011143)株式会社松風 (125)
【Fターム(参考)】