説明

航空管制業務支援システム、航空機の位置を予測する方法及びコンピュータプログラム

【課題】航空交通管制において、管制空域での航空機の位置情報及び管制官の判断を学習データとして構築した予測モデルを用いて将来の位置を予測し、航空機の運航に異常が発見された場合に管制官に通知することにより、より安全で効率的な航空機の運航に対する信頼性を向上させる。
【解決手段】管制空域において、レーダー情報の観測記録より構築した予測モデルによる経路予測を行う(S316)。経路予測により、運航中の航空機の将来の位置の予測を行う。予測値と観測値に閾値を越える乖離が発見された場合、航空機の軌道が通常とは異なるものとなっていると判断し、管制官に通報する(S322)。個々で用いる閾値は、空域の航空機密度によって変化させるほか、管制官の判断によっても変更可能なものとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、航空管制業務支援システム、航空機の位置を予測する方法及びコンピュータプログラムに関し、より詳細には、飛行中の航空機の運航を地上から監視・制御する航空管制業務支援システム、航空機の位置を予測する方法及びコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来の航空交通管制では、レーダーから得られる航空機の位置情報を管制卓の表示画面に出力し、管制官はその情報及び飛行計画情報処理システム(FDP)から出力される飛行計画(フライトプラン)の情報を使用して、航空交通管制業務を行っている。この方法では、航空交通管制を運営するにあたって、航空機の運航に関する管制官の知識・経験と努力が必要である。
【0003】
そこで、円滑に航空交通管制を運営するため、航空機の位置を予測する技術として、カルマンフィルタを利用した航空機の経路予測技術が開発されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
【特許文献1】特表平10−501059号公報
【特許文献2】特開平9−189761号公報
【非特許文献1】上坂吉則、「ニューロコンピューティングの数学的基礎」、近代科学社、1993年11月
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来技術では、航空機の現在位置と、飛行計画という限られた情報のみから管制官が経験知に基づき飛行機の将来の位置を予測している。このため、交通量の多い場合などは、管制官の業務における負担が多大なものとなっているという問題があった。
【0006】
また、これまで考えられている航空機の経路予測技術は、ルールベースすなわち言語的知識をベースとしたものであり、システムの有効性という観点からは効果が疑問視される。従来の経路予測技術では、空港周辺などで複雑な動きをとる航空機の予測が困難であるなど、予測可能な範囲は限定的なものとなっているという問題があった。
【0007】
また、力学モデルを使用して航空機を追尾する技術が知られているが(例えば、特許文献2参照)、学習機能がないために誤りを直ちに修正することができないという問題があった。
【0008】
本発明はこのような問題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、航空交通管制において航空機の経路を効果的に予測し、異常な運航がみられる場合に警告することができる航空管制業務支援システム、航空機の位置を予測する方法及びコンピュータプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
航空交通管制業務を支援するシステムは、管制官が経験、すなわち非言語的に知識を獲得しているのと同様に、非言語的な学習を行うことのできる構造をもつことにより、真に有用なものを構築することができると考えられる。
【0010】
本発明は、管制官の航空交通管制業務を支援するために、非言語的な知識を獲得することのできる構造をもつ予測モデルを構築する。そして、この予測モデルを使用することにより、管制空域内における航空機の位置を予測し、また航空機の運航が異常な状態である場合に、異常を通知する機能を有するシステムを提供する。
【0011】
本発明では、管制空域において、レーダー情報の観測記録より構築した予測モデルによる経路予測を行う。経路予測により、運航中の航空機の将来の位置の予測を行う。予測値と観測値に閾値を越える乖離が発見された場合、航空機の軌道が通常とは異なっていると判断し、管制官に通報する。個々の経路予測で用いる閾値は、管制官の判断によって変更可能であり、また空域の航空機密度によっても変更可能である。
【0012】
本発明の第1の側面によれば、本発明に係る航空管制業務支援システムは、航空機の位置情報を蓄積した蓄積手段と、前記蓄積手段に蓄積された前記位置情報を学習データとして入力するニューラルネットワークを用いて前記航空機の将来の位置を予測するための学習機能を有する予測モデルを構築する構築手段と、前記航空機の新たな位置情報を取得する取得手段と、前記取得手段により取得された新たな位置情報と前記構築手段により構築された予測モデルとに基づき前記航空機の将来の位置を予測する予測手段とを備える。
【0013】
ここで、前記予測手段により予測された前記航空機の将来の位置を表示する表示制御手段を更に備えたものとすることができる。
【0014】
また、前記取得手段により取得された新たな位置情報と、前記予測手段により予測された前記新たな位置情報を取得した時点における前記航空機の位置との間の距離を計算する計算手段と、前記距離計算手段により計算された距離が所定の閾値を越える航空機の情報を通知する通知手段とを更に備えたものとすることができる。
【0015】
ここで、前記通知手段により通知した比較結果の評価に関する情報の入力を受ける入力手段を更に備え、前記通知手段は、以前の通知に応答して前記入力手段から入力を受けた評価に関する情報に基づいて前記比較手段による比較結果を通知するものとすることができる。
【0016】
ここで、前記閾値を、前記入力手段により入力された評価に関する情報に応じて変化させる閾値制御手段を更に備えたものとすることができる。
【0017】
ここで、前記取得手段により取得された新たな位置情報に基づき管制対象の空域における航空機の密度を計算する計算手段と、前記閾値制御手段により制御された閾値を記憶する手段とを更に備え、前記閾値制御手段は前記計算手段により計算された航空機の密度と前記制御された閾値との関係に基づいて前記閾値を更に変化させるものとすることができる。
【0018】
また、前記取得手段により取得された新たな位置情報に基づき管制対象の空域における航空機の密度を計算する航空機密度計算手段と、前記航空機密度計算手段により計算された航空機の密度に応じて前記閾値を変化させる閾値制御手段とを更に備えたものとすることができる。
【0019】
本発明の第2の側面によれば、本発明に係る航空機の位置を予測する方法は、航空機の位置情報を蓄積したコンピュータの処理装置が、蓄積された前記位置情報を学習データとして入力するニューラルネットワークを用いて前記航空機の将来の位置を予測するための学習機能を有する予測モデルを構築するステップと、前記航空機の新たな位置情報を取得するステップと、取得された前記新たな位置情報と構築された前記予測モデルとに基づき前記航空機の将来の位置を予測するステップとを備える。
【0020】
本発明の第3の側面によれば、本発明に係るコンピュータを、航空機の位置情報を蓄積した蓄積手段、前記蓄積手段に蓄積された前記位置情報を学習データとして入力するニューラルネットワークを用いて前記航空機の将来の位置を予測するための学習機能を有する予測モデルを構築する構築手段、前記航空機の新たな位置情報を取得する取得手段、及び前記取得手段により取得された新たな位置情報と前記構築手段により構築された予測モデルとに基づき前記航空機の将来の位置を予測する予測手段として機能させる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、航空管制空域の時間変化を視覚的に把握することができ、空域監視にかかる管制官の負担を軽減することが可能となる。
【0022】
従って、適切で有効な管制指示により、航空機の安全間隔の確保を可能にすることができ、航空機の安全かつ円滑な運航を支援することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、図面を参照し、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0024】
図1は、本発明に係る航空管制業務支援システムを適用した全体システムの構成を示すブロック図である。この全体システム100は、従来から知られているレーダー情報処理システム106、飛行計画情報処理システム114及び管制卓108に、航空管制業務支援システム116を付加して構成される。
【0025】
レーダー情報処理システム106は、航空機の便名や位置情報を含むレーダー情報を処理するコンピュータシステムである。ここで、位置情報は、航空機の高度、緯度、経度、速度ベクトル等を含む。
【0026】
レーダー情報処理システム106は、レーダー情報RDP(Rader Data Processing System:航空路レーダー情報処理システム)、ARTS(Automated Radar Terminal System:ターミナルレーダー情報処理システム)、TRAD(Terminal Radar Alphanumeric Display System:ターミナルレーダーアルファニューメリック表示システム)、及びODP(Oceanic Air Traffic Data Processing System:洋上管制表示システム)から構成される。
【0027】
RDPは、レーダー情報及びFDP(Flight Data Processing System:飛行計画情報処理システム)からの飛行計画情報を照合することにより、航空機の追尾を行って管制卓108のレーダー表示画面上に航空機の便名、飛行高度等管制に必要な飛行情報を英数字で表示するシステムである。
【0028】
ARTSは、ASR(Airport Surveillance Radar:空港監視レーダー)/SSR(Secondary Surveillance Radar:二次監視レーダー)のレーダー情報に含まれる航空機の運航に関する情報を電子計算機で処理し、航空機の追尾を行うとともに、FDPからの飛行計画情報とレーダー情報とを照合することにより、レーダー表示画面上に航空機の便名、飛行高度、対地速度等管制に必要な飛行情報を英数字で表示するシステムである。
【0029】
TRADは、空港監視レーダーから入力されるレーダー情報をコンピュータで処理し、従来のレーダー表示の上に、飛行計画情報を基に各航空機の便名、現在高度及び管制席シンボル等の情報を英数字により重畳表示するシステムである。
【0030】
ODPは、洋上空域を飛行する航空機、または飛行予定の航空機について、飛行計画と航空機とのデータリンク通信及びHF通信で得た情報から航空機の位置を算出し、現在の位置や高度、航空機相互の間隔、運航情報などをディスプレイ上に表示するシステムであり、洋上の航空交通管制に用いる。また、精度を向上させるため人工衛星を経由して入手したADS(Airport Dependent Surveillance)データ及びCPDLC(Controller Pilot Datalink Communications)情報に基づいた航空機の運航状況を表示し、管制指示や判断の支援を行う。
【0031】
飛行計画情報処理システム114は、事前に提出される計器飛行を行う航空機(IFR機)の飛行計画情報を処理するコンピュータシステムである。ここで、飛行計画情報は、便名、出発空港及び到着空港(以下、「発着空港」という)、コールサイン及び巡航高度等を含む。
【0032】
飛行計画情報処理システム114は、CADIN(Common Aeronautical Data Interchange Network:航空交通情報システム)、FDP及び飛行計画情報データベースを含む。
【0033】
CADINは、DTAX(Domestic Telecommunication Automatic Exchange and Aeronautical Data Processing System)、AFTAX(Aeronautical Fixed Telecommunication Automatic Exchange and Aeronautical Data Processing System)、各空港等に設置されたデータ端末等及びこれらで形成された情報通信ネットワークの総称であり、AFTN(Aeronautical Fixed Telecommunications Network)、管制情報処理システム、気象庁、防衛庁及び航空会社等のシステムとも連接し航空機の運航に必要な各種情報の処理中継を行っている。
【0034】
FDPは、管制官への配布用に飛行計画情報等を自動的に印刷するほか、RDP、ARTS等の他システムに対し飛行計画情報を提供する。
【0035】
飛行計画情報データベースは飛行計画情報を格納する。
【0036】
従来のシステムでは、航空機102に関し運航前に提出された運航票(飛行計画)に基づいて作成された飛行計画情報が飛行計画情報処理システム114に入力される。飛行計画情報処理システム114は入力された飛行計画情報をレーダー情報処理システム106に渡す。レーダー情報処理システム106は、入力されたレーダー情報と、飛行計画情報処理システム114から受け取った飛行計画情報とを処理して、上述した種々の情報を管制卓108に表示し、これにより管制官に情報が提供される。
【0037】
航空管制業務支援システム116は、レーダー情報処理システム106及び飛行計画情報処理システム114からの出力を受け取って、この情報に基づき以下の処理を行い、その結果を管制卓108に出力するものである。
【0038】
図2は、航空管制業務支援システム116の機能構成の一例を示すブロック図である。
【0039】
航空管制業務支援システム116は、入力装置202、学習用データ蓄積部204、位置情報抽出部206、予測モデル構築部210、予測モデル蓄積部212、経路予測部213、比較部214、通知部218、表示制御部222及びレーダー情報取得部224を含む。
【0040】
入力装置202はキーボードやマウスなどのポインティングデバイスにより構成され、ユーザからの入力を受けるものである。
【0041】
学習用データ蓄積部204には運航記録が格納されている。運航記録は、レーダー情報に含まれる航空機の位置情報を時系列で記録したものである。
【0042】
位置情報抽出部206では学習用データ蓄積部204に格納された位置情報の抽出が行われる。
【0043】
予測モデル構築部210では位置情報抽出部206により抽出された位置情報に基づき航空機の将来の位置の予測モデルが構築される。
【0044】
予測モデル蓄積部212には、予測モデル構築部210により構築された航空機の将来の位置の予測モデルが蓄積される。
【0045】
経路予測部213では、予測モデル及び予測対象となる航空機の最新の位置情報に基づいて、将来の位置が予測される。
【0046】
比較部214では、航空機の将来の予測位置と、実際の航空機の航跡とが比較され、予測モデルが示す航空機の位置と実際の航空機の位置との間に所定の閾値を越える乖離があるかどうかが判断される。比較部214には、飛行計画情報支援システム116の通知結果の評価に関する情報が保持される。
【0047】
表示制御部222は予測モデル構築部210により構築された予測モデルが示す航空機の位置を管制卓108の画面に表示するものである。
【0048】
通知部218は、比較部214による比較結果を表示制御部222を介して管制官に通知するものある。例えば、通知部218は、比較の結果上記予測モデルが示す位置と飛行計画情報が示す位置との間に所定の閾値を越える乖離がある航空機を異常航空機として表示制御部220を介して管制官に通知する。
【0049】
本発明は、上述した機能ブロックの各機能を実現するコンピュータプログラムを記憶した記憶媒体から、コンピュータシステムに当該コンピュータプログラムを提供することにより実現することができる。コンピュータシステムのCPU等の処理装置は、当該記録媒体に格納されたコンピュータプログラムを読み出して実行する。この場合、記憶媒体から読み出されたコンピュータプログラムのコード自体によっても本発明の機能が実現される。また、コンピュータシステムが読み出したプログラムコードの指示に基づき、コンピュータシステム上で稼動するオペレーティングシステムなどが実際の処理の一部または全部を行うことによって上記機能を実現することとしても良い。
【0050】
上記の記録媒体としては、例えばフレキシブルディスク、ハードディスク、光ディスク、光磁気ディスク、CD−ROM、CD−R、CD−R/W、DVD、不揮発性のメモリカード、ROMなどを用いることができる。
【0051】
次に、図3の流れ図を参照し、本実施形態に係る航空管制業務支援システムにより実施される処理の手順について説明する。
【0052】
レーダー情報処理システム106には運航中の航空機のレーダー情報が10秒間隔で入力される(S302)。レーダー情報は、航空機の位置情報を含んでいる。
【0053】
航空管制業務支援システム116は、レーダー情報処理システム106に蓄積されたレーダー情報を1分おきに抽出する。次いでレーダー情報の便名を基にして飛行計画データベースを参照し、対応する飛行計画情報を取り出す。
【0054】
次いで、取り出した飛行計画情報に含まれた発着空港別にレーダー情報を振り分けて学習用データ蓄積部204に記憶する(S304)。
【0055】
位置情報抽出部206は所定のタイミングで学習用データ蓄積部204に蓄積された位置情報を抽出する(S306)。ここで、構築しようとする予測モデル毎に、発着空港ペアの対象時間帯における学習用データが抽出される。予測モデル構築部210はこの情報を使用して予測モデルを構築し(S308)、予測モデル蓄積部212に蓄積する(S310)。このようにして、学習用データを使用することにより学習機能を有する予測モデルが構築される。
【0056】
予測モデルの構築は、発着空港別、座標成分別に行う。発着空港別に記憶と予測モデルの構築を行うのは、航空機のルートがおおむね発着空港ペア(たとえば羽田−福岡間)毎に決まっているためである。
【0057】
経路予測部213は、レーダー情報から位置情報を抽出するタイミングで、将来の運航経路を予測したい航空機の位置情報を取得する(S312)。また、運航経路を予測したい航空機と同じ発着空港の予測モデルを予測モデル蓄積部212より入手する(S314)。予測モデル蓄積部212から読み出す予測モデルは後述するように複数個とする。そして、取得した最新の位置情報及び予測モデルを用いて運航中の航空機の将来の位置を予測する(S316)。ステップS316では、複数の予測モデルにより経路予測を行うため、予測位置は複数の点として与えられる。この予測結果を含む球体を予測範囲とする。予測範囲は、実際の航跡と比較するために一定期間保持される。
【0058】
ステップS318で、予測モデルによる予測結果から導き出される予測範囲を表示制御部222から管制卓108に出力する。
【0059】
一方、比較部214は、レーダー情報から位置情報を抽出するタイミングで、将来の運航経路を予測したい航空機の位置情報を取得する。また、経路予測部213が過去に予測した航空機の予測範囲の情報のうちから、最新の位置情報を取得した時点における航空機の予測範囲の情報を取得する。そして、取得した予測範囲と、実際の航空機の位置情報とを比較する(S322)。比較の結果、実際の航空機の位置と予測範囲との乖離が所定値(以下、「乖離許容範囲」という)以上である場合は、異常運航を行う航空機と判断し、表示制御部222から管制卓108にその旨を出力することにより管制官に警告を行う(S324)。
【0060】
次に、予測モデルの構築方法について具体的に説明する。
【0061】
航空管制業務支援システム116は、レーダー情報中の位置情報を学習データとして、将来の航空機の位置予測を行うために、ニューラルネットワーク理論を使用した予測モデルを作成する。予測モデルは、発着空港別に作成する。
【0062】
図4は、予測モデルを作成するタイミング及び時間間隔の一例を示す。航空管制業務支援システムは、12時間おきに12時間モデルを作成し、また24時間おきに72時間モデルを作成し、予測モデル蓄積部212に蓄積する。
【0063】
12時間モデルは、毎日0時及び12時に、直近12時間分のデータを学習データとする。72時間モデルは、毎日0時に、直近3日間(72時間分)のデータを学習データとする。
【0064】
ニューラルネットワークを用いた予測モデルの構造の例を図5に示す。位置情報を予測するためには、3次元座標(x,y,z)の3つの成分について、それぞれ1つずつのモデルを用意する。予測モデルにより将来の3次元座標が予測されるが、座標のx、y、zの各成分に対してそれぞれ個別にモデルを用意する。
【0065】
次に、図5を参照し、ニューラルネットワークを用いてt=1分後の航空機の位置を予測する方法について説明する。図5に示す例では、データセットは3次元座標(x,y,z)の成分を含む。学習用データとして、現時点のデータセットt-1(x,y,z)、現時点から1分前のデータセットt‐2(x,y,z)、現時点から2分前のデータセットt−3(x,y,z)、現時点から3分前のデータセットt−4(x,y,z)という4組のデータセットが抽出される。このデータセットは、各成分のデータ(d(t−1,x)、d(t−1,y)、d(t−1,z)、・・・、d(t−4,z))に分解される。ここでd(t−n,i)は現時点からn−1分前のi成分のデータを示す。このようにして、現時点の過去の4時点分の同一航空機の位置情報(すなわち、現時点0分前から3分前のデータ)をニューラルネットワークモデルの入力層に入力する。次いで、隠れ層(1)では入力層のデータを用いてデータh1(1)、h1(2)、・・・、h1(k)を作成する。次いで、隠れ層(2)では入力層のデータを用いてデータh2(1)、h2(2)、・・・、h2(l)を作成する。このようにして、1分後の位置データd(t,x)、d(t,y)、d(t,z)を予測対象として出力層に出力する。このようなニューラルネットワークモデルにおける演算処理については、例えば非特許文献1に記載されている。例えば図6に示すように入力層(d層)と隠れ層(1)のh1に着目した場合、h1(1)は、パラメータw(1)、w(2)、w(3)、・・・w(n)で重み付けした入力層のデータの線形結合により表現される。従って、h1(i)は、式(1)で示すことができる。
【0066】
【数1】

【0067】
h1(1)がある値を超えると、h1(1)は第2の隠れ層h2へと信号を送る。h1とh2の間もパラメータで連結されている。
【0068】
モデルの初期段階では、各パラメータと、h1、h2の各セルのしきい値はランダムに設定されている。この状態で入力しても、出力層には出鱈目な数字しか出力されない。そこで、学習用データセット(予め出力結果がわかっている過去のデータセット)を使用して、全ての学習用データセットで出力層からの出力と、実際の結果との誤差が小さくなるように、各セル間のパラメータとしきい値を調整する。
【0069】
図3のステップS304で蓄積される学習用データとは、この「あるデータセットが入力されたときの出力の正解」、つまり問題と回答とがセットになっているものである。例えば10時00分、10時01分、10時02分、10時03分の4つのデータを使って10時04分の位置を予測する場合、問題は10時00分から10時03分のデータ、回答は10時04分のデータとなる。
【0070】
この学習用データの問題と回答は、時間や天候によっても変わることが考えられるため、図4で示すように、異なる学習用データを使って異なるモデルを作成し、誤差が小さくなるものを選択する。
【0071】
なお、図5に示す例ではループをもたないニューラルネットワーク構造による例を示したが、学習効率を向上させるために、ループをもつニューラルネットワークモデルを用いてもよい。
【0072】
次に、航空機の将来の予測範囲を決定する方法についてより詳細に説明する。経路予測部213は、管制卓に表示される航空機(予測対象航空機)の出発空港、到着空港の情報より、対応する以下の4つの予測モデルを選定する。
(1) 一番最後に作成された12時間モデル。例えば、予測時の時間が15時であれば、同日の0時から12時の位置情報を学習データとして作成されたモデル。
(2) 前日の同時間を含む時間帯の位置情報を学習データとして作成された12時間モデル。
(3) 7日前の同時間を含む時間帯の位置情報を学習データとして作成された12時間モデル。
(4) 前年の同日及び前後2日間の位置情報を学習データとして作成された72時間モデル。
【0073】
そして、各予測モデルの4点を外包する最小の球体を予測範囲とする。
【0074】
例えば、(1)のモデルのみを使用すると、予測が同日のデータのみに依ることとなり、曜日によって異なる経路をもつ路線が合った場合や、昼間、夜間による経路の違い等を考慮することができなくなる。そこで、予測を行う時間帯に対して、前日の同時間帯や、同一曜日のデータを活用し、それらから最大公約数的に結果を求める。このように複数の予測モデルを使用することで、天候、時間変動、曜日変動、季節変動を考慮した予測範囲の確定を行うことができる。
【0075】
図7は、このようにして求められた予測範囲を表示した画面の例を示す。図中黒い□印は便名XXX021の航空機の実際の位置を示し、この□印から左上に伸びる短い線分により進行方向が示されている。また、太線で描かれた円の内径は予測範囲を、外径は乖離許容範囲を示す。
【0076】
次に、図8を参照し、異常な運航を判断する処理について説明する。
【0077】
予測から1分後には、異常な運航の判断を行うことができる。通常の運航形態とは異なる運航を行う異常運航機を判断するために、予測範囲と実際の位置とのずれを許容する範囲(乖離許容範囲)が設定される。これにより、実際の航空機の位置が予測範囲から外れても乖離許容範囲内にあれば通常の運航と判断し、あるいは実際の航空機の位置が予測範囲内にあっても乖離許容範囲から外れていれば異常な運航と判断する。
【0078】
この球と実際の位置との距離をlとし、乖離許容範囲δを比較する。初期値として、乖離許容範囲δは予測範囲の球の半径とする。
【0079】
図8(a)に示すようにl≦δの場合は、通常の運航と判定する。一方、図8(b)に示すようにl>δの場合は異常な運航と判断する。
【0080】
図9は、警告を表示した画面の例を示す。図中白い□印は便名XXX021の航空機の実際の位置を示し、この□印から上方に伸びる短い線分により進行方向が示されている。また、太線で描かれた円の内径は予測範囲を、外形は乖離許容範囲を示す。□印が黒から白に変わり、また□印を細線の円で囲むことにより、異常運航を示している。
【0081】
なお、異常運航を表す警告は管制卓に備えられた音声出力装置(不図示)から警告音を出力することにより行うとしても良い。
【0082】
また、予測範囲と実際の位置の比較結果を表示する処理において予測範囲と実際の位置との誤差を示す情報を表示することとしても良い。
【0083】
また、図面の表から裏へ向かう軸方向のずれを示す場合は、その旨を示す情報を□印に近接して表示させることとしても良い。例えば、実際の位置が許容乖離範囲よりも高い場合には文字「H」、実際の位置が許容乖離範囲よりも低い場合には文字「L」と表示させることができる。
【0084】
(第2実施形態)
次に、図2及び図3を参照し、管制官の判定に基づき閾値を変更する実施形態について説明する。
【0085】
管制官は、ステップS324の処理により警告が与えられた場合、その警告の正しさを判断する。管制空域が異常であると告知された管制官は、その判定結果が誤りであると判断する場合、航空管制業務支援システム116にその判断が誤りであることを示す情報を入力装置202から入力することができる。この情報の入力により比較部214は乖離許容範囲δを上げて、予測範囲球の中心から現在位置までの距離の値に設定する。
【0086】
また、管制官はシステムから異常運航が通報されていない場合であっても、管制空域内が異常であると判断する場合には、航空管制業務支援システムに、管制空域が異常運航であることを示す情報を入力装置202から入力することができる。この情報の入力により比較部214は乖離許容範囲δの値を元の値より下げ、予測範囲球の中心から現在位置までの距離より小さい値に設定する。このようにして、予測モデルに更なる学習機能が付加される。
【0087】
(第3実施形態)
次に、管制官の判定をフィードバックする別の実施形態について説明する。
【0088】
管制官により不要な警告であるとの入力を受けた場合、比較部214はδ=lに設定する。また、当該警告時におけるレーダー情報から、管制するセクタ内の航空機密度ωを取得し、乖離許容範囲δの値と関連付けて記憶する。航空機密度は、レーダー情報により検知された航空機の数を、管制する空域の面積で除算することにより求めることができる。この処理を繰り返し、管制官の判断情報が2つ以上得られた場合、δをωの関数として求める。
【0089】
図10は、乖離許容範囲δの設定方法の一例を示す図である。初期状態では、閾値δは図10(a)に示すように一定である。複数の航空機密度に亘って記憶される乖離許容範囲δにより、ωの関数が図10(b)のような関数として求められた場合、以後この関数を用いて異常運航の判定を行う。
【0090】
即ち、図3のステップS322において、比較部214はレーダー情報から航空機密度ωを取得し、このωに対応する乖離許容範囲δを上記関数から求める。そして、実際の航空機の位置と乖離許容範囲δとを比較する。図10(b)に示すような関数が得られたとすると、管制対象空域の航空機の密度が低い場合には、航空機の実際の位置と予測位置との大きな乖離を許容し、航空機の密度が高い場合には、航空機の実際の位置と予測位置との乖離を厳しく判定することが可能となる。このようにして、予測モデルに更なる学習機能が付加される。
【0091】
以上説明した実施形態によれば、航空交通管制において、管制空域での航空機の位置情報及び管制官の判断を学習データとして構築した予測モデルを用いて将来の位置を予測し、航空機の運航に異常が発見された場合に管制官に通知することにより、より安全で効率的な航空機の運航に対する信頼性を向上させるシステムを提供することができる。
【0092】
以上述べた形態以外にも種々の変形が可能である。しかしながら、特許請求の範囲に記載された技術思想に基づくものである限り、その変形は本発明の技術範囲内となる。
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】本発明に係る航空管制業務支援システムを適用した全体システムの構成を示すブロック図である。
【図2】航空管制業務支援システムの機能構成の一例を示すブロック図である。
【図3】本実施形態に係る航空管制業務支援システムにより実施される処理の手順を示す流れ図である。
【図4】予測モデルを作成するタイミング及び時間間隔の一例を示す図である。
【図5】本発明の一実施形態に係るニューラルネットワークを用いた予測モデルの構造を示す図である。
【図6】ニューラルネットワークモデルにおける演算処理の例を示す図である。
【図7】本発明の一実施形態に係る予測範囲を表示する例を示す図である。
【図8】本発明の一実施形態に係る異常な運航を判定する処理を示す図である。
【図9】本発明の一実施形態に係る警告を表示する例を示す図である。
【図10】本発明の一実施形態に係る閾値δと航空機密度の関係を示す図である。
【符号の説明】
【0094】
100 全体システム
102 航空機
106 レーダー情報処理システム
114 飛行計画情報処理システム
108 管制卓
202 入力装置
204 学習用データ蓄積部
206 位置情報抽出部
210 予測モデル構築部
212 予測モデル蓄積部
213 経路予測部
214 比較部
218 通知部
222 表示制御部
224 レーダー情報取得部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
航空機の位置情報を蓄積した蓄積手段と、
前記蓄積手段に蓄積された前記位置情報を学習データとして入力するニューラルネットワークを用いて前記航空機の将来の位置を予測するための学習機能を有する予測モデルを構築する構築手段と、
前記航空機の新たな位置情報を取得する取得手段と、
前記取得手段により取得された新たな位置情報と前記構築手段により構築された予測モデルとに基づき前記航空機の将来の位置を予測する予測手段と
を備えたことを特徴とする航空管制業務支援システム。
【請求項2】
前記予測手段により予測された前記航空機の将来の位置を表示する表示制御手段を更に備えたことを特徴とする請求項1に記載の航空管制業務支援システム。
【請求項3】
前記取得手段により取得された新たな位置情報と、前記予測手段により予測された前記新たな位置情報を取得した時点における前記航空機の位置との間の距離を計算する計算手段と、
前記距離計算手段により計算された距離が所定の閾値を越える航空機の情報を通知する通知手段と
を更に備えたことを特徴とする請求項1または2に記載の航空管制業務支援システム。
【請求項4】
前記通知手段により通知した比較結果の評価に関する情報の入力を受ける入力手段を更に備え、前記通知手段は、以前の通知に応答して前記入力手段から入力を受けた評価に関する情報に基づいて前記比較手段による比較結果を通知することを特徴とする請求項3に記載の航空管制業務支援システム。
【請求項5】
前記閾値を、前記入力手段により入力された評価に関する情報に応じて変化させる閾値制御手段を更に備えたことを特徴とする請求項4に記載の航空管制業務支援システム。
【請求項6】
前記取得手段により取得された新たな位置情報に基づき管制対象の空域における航空機の密度を計算する航空機密度計算手段と、
前記閾値制御手段により制御された閾値を記憶する手段と
を更に備え、前記閾値制御手段は前記航空機密度計算手段により計算された航空機の密度と前記制御された閾値との関係に基づいて前記閾値を更に変化させることを特徴とする請求項5に記載の航空管制業務支援システム。
【請求項7】
前記取得手段により取得された新たな位置情報に基づき管制対象の空域における航空機の密度を計算する航空機密度計算手段と、
前記航空機密度計算手段により計算された航空機の密度に応じて前記閾値を変化させる閾値制御手段と
を更に備えたことを特徴とする請求項3に記載の航空管制業務支援システム。
【請求項8】
航空機の位置を予測する方法であって、航空機の位置情報を蓄積したコンピュータの処理装置が、
蓄積された前記位置情報を学習データとして入力するニューラルネットワークを用いて前記航空機の将来の位置を予測するための学習機能を有する予測モデルを構築するステップと、
前記航空機の新たな位置情報を取得するステップと、
取得された前記新たな位置情報と構築された前記予測モデルとに基づき前記航空機の将来の位置を予測するステップと
を備えたことを特徴とする方法。
【請求項9】
コンピュータを、
航空機の位置情報を蓄積した蓄積手段、
前記蓄積手段に蓄積された前記位置情報を学習データとして入力するニューラルネットワークを用いて前記航空機の将来の位置を予測するための学習機能を有する予測モデルを構築する構築手段、
前記航空機の新たな位置情報を取得する取得手段、及び
前記取得手段により取得された新たな位置情報と前記構築手段により構築された予測モデルとに基づき前記航空機の将来の位置を予測する予測手段として機能させることを特徴とするコンピュータプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−97454(P2008−97454A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−280473(P2006−280473)
【出願日】平成18年10月13日(2006.10.13)
【出願人】(501152352)独立行政法人電子航法研究所 (44)
【出願人】(500537730)株式会社シムテクノ総研 (1)
【Fターム(参考)】