説明

船舶

【課題】バラスト水を使用しないか、あるいは、使用するバラスト水を低減することができる船舶を提供する。
【解決手段】満載時に、船体を平行に保ち、かつ、空載時に、前記船体の幅方向における一方を水中側とし、他方を水上側として傾斜させて走行する船舶100であって、前記船体を、予め設定された範囲の所定角度に傾斜させる船体傾斜手段10と、前記船体の船尾に設けられ、前記船舶を推進して走行させる推進器20と、を備え、推進器20は、船舶100の走行時に前記船体が傾斜した際に、推進器20を構成する翼21の一部または全部が、水面下に埋没する位置に設けられていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石油タンカー、LNGタンカー等のタンカーや、貨物船等の資源や貨物を運搬する船舶に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶においては、貨物等を搭載しない空載状態で走行する際に、浮力が上昇することで適度な喫水を確保できなくなると、推進器のプロペラや舵に十分な喫水がなくなり、推進や操縦ができなくなる。そのため、加重のための質量物として、海水を船体内に取り入れて、船舶のトリムや喫水を変えて推進性能を確保している。この船体内に取り入れた海水をバラスト水という。
【0003】
バラスト水は、海水を利用するため、バラスト水中には、種々の微生物類(水生生物)が含まれている。この微生物類には、微小な生物(バクテリア等の微生物やプランクトン等の浮遊生物等)に加えて、魚類等の卵や幼生等も含まれる。
【0004】
このバラスト水は、空載時にポンプでバラスト水を吸い込んでバラストタンク内に積載(取水)し、貨物を積み込む港(水域)において積荷の積載量に合わせて排出(排水)されるため、海水の移動を引き起こす。バラスト水による海水移動は、年間、世界で120億トンにも達する。
【0005】
バラスト水とともに移動した微生物類が新たな環境に定着すれば、その水域の生態系や水産業等の経済活動に影響を与えることが懸念される。また、バラスト水とともに移動した一部の病原菌は、人体の健康に直接影響を与えることも懸念される。そこで、海洋の生物汚染問題に対処するため、国際海事機関(International Maritime Organization:IMO)において、バラスト水に含まれる微生物類の管理に関するバラスト水規制条約が制定され、世界30カ国において批准されている。バラスト水規制条約では、2009年度以降に建造する船舶には、バラスト水処理装置の搭載が義務づけられ、バラスト水の取水時または排水時に微生物類を除去または死滅させることが求められている。
【0006】
そこで、近年においては、このようなバラスト水処理装置やバラスト水処理システムについて、種々の改良がなされている。例えば、特許文献1には、バラスト水である海水に塩素殺菌剤を供給する塩素殺菌剤供給装置と、バラスト水を海に排水する際に、該バラスト水に塩素還元剤を供給する塩素還元剤供給装置と、塩素還元剤が供給されたバラスト水の溶存酸素濃度を計測する溶存酸素濃度計と、塩素還元剤が供給されたバラスト水に空気を供給する空気供給手段と、前記溶存酸素濃度計により計測された溶存酸素濃度が所定値未満である場合に塩素還元剤が供給されたバラスト水に空気を供給するように前記空気供給手段を制御する空気供給制御手段と、を備えたバラスト水処理装置が開示されている。また、特許文献2には、バラスト水の水質をモニタリングするモニタリング装置と、前記モニタリング装置のモニタリング結果に基づいて前記水処理装置の運転条件をコントロールする制御装置と、を備えたバラスト水処理システムが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−39680号公報(段落0018〜0039)
【特許文献2】特開2009−112978号公報(段落0030〜0037)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、従来の船舶においては、多量のバラスト水を使用し、また、水中微生物は、生命力が強いことから、従来のバラスト水処理装置やバラスト水処理システムを用いても、全ての微生物を除去するには、多大なコストやシステムが必要となるという問題がある。
【0009】
また、別の方法としては、船底部を深くして、プロペラ水深を深い位置に配置することで、プロペラや舵の喫水を確保し、バラスト水を減少させることが考えられる。しかし、この方法では、満載時においても喫水が深くなるため、推進性能に支障をきたす恐れがあり、また、入港時に、港によっては、入港を行いにくくなるという問題がある。さらには、船体の幅が大きくなり、造波抵抗が増加するという問題がある。
【0010】
また、バージ等に推進力を発生させる主機(エンジン)を搭載し、推進器を喫水の変化する船体部と切り離して航海を行う方法も考えられる。しかし、外洋を走行する際の波浪の影響を受けやすく、推進性能に支障をきたす恐れがある。
【0011】
さらに、例えば、電気推進等のシステムを用い、推進器の深さを調節するという方法も考えられる。しかし、すべての船舶に対応させるには、その発生させる推進力に対応する構造とする必要があり、非常にコストがかかるという問題や、深さが変動する部位等における強度の確保が困難であるという問題がある。
【0012】
本発明はこのような背景のもとになされたものであり、バラスト水を使用しないか、あるいは、使用するバラスト水を低減することができる船舶を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するための手段として、本発明に係る船舶は、満載時に、船体を平行に保ち、かつ、空載時に、前記船体の幅方向における一方を水中側とし、他方を水上側として傾斜させて走行する船舶であって、前記船体を、予め設定された範囲の所定角度に傾斜させる船体傾斜手段と、前記船体の船尾に設けられ、前記船舶を推進して走行させる推進器と、を備え、前記推進器は、前記船舶の走行時に前記船体が傾斜した際に、前記推進器を構成する翼の一部または全部が、水面下に埋没する位置に設けられていることを特徴とする。
【0014】
このような構成によれば、貨物の満載時においては、船体を平行に保って走行し(直立走行)、貨物を積んでいない状態である空載時においては、船体傾斜手段により、船体を傾斜して走行する(傾斜走行)。そして、傾斜走行の際には、推進器を構成する翼(プロペラ)の一部または全部が、水面下に埋没(水没)することで、推進性能が確保される。
【0015】
本発明に係る船舶は、前記推進器が、前記船体の幅方向の中央に設けられていることを特徴とする。
このような構成によれば、推進器を、従来の船舶における通常の位置である幅方向の中央に配置することにより、船体が傾斜した際に、推進器を構成する翼の一部または全部が、水面下に埋没する。
【0016】
本発明に係る船舶は、前記推進器が、前記船体の幅方向の中央から、前記船体が傾斜して水面下に埋没する側に、所定距離ずれた位置に設けられていることが好ましい。
このような構成によれば、船体が傾斜した際に、推進器を構成する翼の一部または全部が、より水面下に埋没しやすくなる。
【0017】
本発明に係る船舶は、前記推進器が、前記船体の両舷側にそれぞれ設けられており、前記船舶の走行時に前記船体が傾斜した際に、前記船体が傾斜して水面下に埋没する側である一方の片舷側の推進器を構成する翼の一部または全部が、水面下に埋没する位置に設けられていることを特徴とする。
このような構成によれば、傾斜走行時に、船体における他方の片舷側の推進器を駆動させる必要がなく、使用するエネルギーを低減させることができる。
【0018】
また、推進器を船体の両舷側にそれぞれ設ける場合、前記船舶の走行時に前記船体が傾斜した際に、前記船体における他方の片舷側の推進器を構成する翼の全部が、水面下に埋没しない位置に設けられていることが好ましい。
このような構成によれば、傾斜走行時に、駆動していないプロペラに働く抵抗が減少する。
【0019】
本発明に係る船舶は、前記船体傾斜手段が、バラストタンクであり、当該バラストタンクは、前記船体内の片舷側に設けられ、バラスト水を収容することで、前記船体を予め設定された範囲の所定角度に傾斜させることを特徴とする。
このような構成によれば、バラストタンクを設けることで、傾斜角度の制御が容易となる。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る船舶によれば、空載状態での走行時に船体を所定角度傾斜させることで、船体を沈めるための付加質量を減少させることができる。そのため、船舶を軽量化することができ、推進抵抗の大幅な低減を図ることができる。これにより、運行時(走行時)のエネルギーを減少させることができ、輸送費を低減させることができる。
また、バラスト水を使用しないか、あるいは、使用する場合でも低減することができるため、バラスト水の処理費や、処理時間を無くすか、低減させることができ、コストダウンを図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明に係る船舶を構成する主要部を模式的に示す斜視図である。
【図2】(a)は、本発明に係る船舶を構成する主要部を模式的に示す全体構成図、(b)は、バラストタンクの位置を説明するための模式図であり、船舶の上方から見た場合の模式図、(c)は、バラストタンクの位置を説明するための模式図であり、船尾方向から見た場合の模式図である。
【図3】(a)〜(d)は、水面に対する推進器の位置関係を説明するための模式図である。
【図4】(a)、(b)は、舵の配置について説明するための模式図である。
【図5】船舶の傾斜について、実際の数値を用いて説明する際の船体幅、バラストタンクの配置および喫水について示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
次に、本発明に係る船舶について、図面を参照して詳細に説明する。
≪船舶≫
図1、2に示すように、本発明に係る船舶100は、満載時に、船体を平行に保ち、かつ、空載時に、船体の幅方向における一方を水中側とし、他方を水上側として傾斜(すなわち、横方向(幅方向)に傾斜)させて走行するものであり、船体傾斜手段10と、推進器20と、を主に備える。なお、本発明の船舶100は、石油タンカー、LNGタンカー等のタンカーや、貨物船等、資源や貨物を運搬する船舶を想定したものである。
以下、各構成について説明する。
なお、船舶100の大きさや形状は、船舶100の種類に応じて様々であるが、最大のバラスト水を必要とするのがタンカーであることから、ここでは、一例として、石油タンカー、LNGタンカー等のタンカーの場合について説明する。
【0023】
<船体>
タンカー100の船体としては、20万トンの排水量を持ち、船体の長さ(全長)300m、船体の幅50m、空載時の喫水5.1m、満載時の喫水17mの箱型の船型を想定する。また、船体を構成する鋼材質量は、4万トン程度、推進器20(主機(エンジン)および補機(プロペラ))の質量は、4千トン程度である。なお、Full Load時での現状の船型は、最適に近いものに進化しており、前記の形状が主に用いられている。
【0024】
図2(a)〜(c)に示すように、タンカー100は、船体前方より順に、船首部F、船体中央部Cおよび船尾部Rに分類される。
船首部Fは、タンカー100の航行方向(走行方向)前方に位置する部分であり、船首側倉庫等が設けられている。船首部Fの後方に配置された船体中央部Cには、複数(図2(a)では3基)の運輸用タンク1が船体軸線に沿って配列されている。また、船体中央部Cには、運輸用タンク1の下部周辺に形成される空間を利用して、ここでは、船体傾斜手段10としてのバラストタンク10が船体の片舷側に設けられている。
【0025】
船体中央部Cの後方となる船尾部Rには、例えば、図2(a)に示すように、居住区2、機関室3、舵取機室4、ボイド5等が設けられている。そして、船尾部Rの船尾には、タンカー100を走行させるための推進器20(プロペラ21)や、舵6等が設けられている。
【0026】
居住区2は、船尾部Rの上部前方に配置された空間部分であり、タンカー100の操舵室や乗員居室等が設けられている。
機関室3は、居住区2の下方に配置された空間部分であり、例えば、プロペラ21の駆動源となるエンジンやタンカー100内で使用する電力の発電設備等、各種の機械設備が設置されている。
舵取機室4は、機関室3の後方上部に配置された空間部分であり、タンカー100の舵6を駆動させるための機械設備(舵取装置)等が設置されている。
ボイド5は、舵取機室4の前方下部に形成された空間部分であり、必要に応じてアフト・ピーク・タンク(aft peak tank)等の設置空間として利用される。
【0027】
[船体傾斜手段]
船体傾斜手段10は、船体を予め設定された範囲の所定角度に傾斜させる手段である。
船体傾斜手段10は、例えば、船体の片舷側が加重されるように、この片舷側の質量を大きくすることで、船体を所定角度傾斜させる。なお、船体は、空載状態で、船体傾斜手段により、船体の幅方向における一方を水中側とし、他方を水上側として傾斜するように重心配置を取るように設計する。
【0028】
傾斜させる角度は、船体の重心配置や、各機材の配置等を考慮したうえで、加重するための質量の大きさ等から、予め設定すればよい。この傾斜角度の範囲は、8〜20度程度が好ましい。傾斜角度を8度以上とすることで、プロペラ21位置での喫水を適度に確保しやすくなり、プロペラ21の水面下への埋没により、推進性能がより向上する。一方、傾斜角度を20度以下とすることで、付加質量を減らすことができると共に、走行時のバランスがより良好となり、操縦性、走行性がよくなる。なお、好ましくは、10〜16度程度である。
【0029】
船体の片舷側を加重するには、例えば、船体内の片舷側の所定のスペースに機材等を配置したり、片舷側の船底に加重用タンクを設け、砂・砂利・水・油等を収容する等したりして、質量を付加することで行えばよい。ただし、船体の設計および建造時に、船体の傾斜を計算して船体を製造すれば、この付加する質量は最小にすることができる。
【0030】
また、船体傾斜手段10としては、バラストタンク10を用いることができる。すなわち、バラストタンク10を、船体内の片舷側に設け、バラスト水を収容することで、船体を予め設定された範囲の所定角度に傾斜させることができる。
バラスト水の収容量を調整することで、傾斜角度の制御を行うことができるため、バラストタンク10を設けることで、傾斜角度の制御が容易となる。また、タンカー100では、バラスト水を2万トン程度収容することで、空載状態でも、16度程度の傾斜を確保することができる。
【0031】
ここで、従来のタンカーでは、バラスト水は排水量の40%に達する。すなわち、排水量が20万トンであれば、バラスト水は8万トンとなる。本発明のタンカー100では、バラスト水を2万トン程度とすることで、従来のタンカーの1/4程度となり、タンカー100を軽量化することができ、推進抵抗の大幅な低減を図ることができる。そのため、運行時(走行時)のエネルギーを減少させることができ、輸送費の低減が可能となる。また、単純な比例計算でも、バラスト水の処理費は1/4、処理時間も1/4となり、多くの経済的なメリットを有する。
【0032】
タンカー100の片舷側におけるバラストタンク10の位置は、船体の設計や、所望の傾斜角度等を考慮して適宜変更すればよい。例えば、図2(a)〜(c)では、船体の上部、かつ船体中央部Cの後方側に位置している。しかしながら、船体の底部や、船体中央部Cの中央に配置されていても構わない。また、バラストタンク10のサイズは、例えば、前記したタンカー100の船体のサイズでは、バラスト水を2〜3万トン程度収容できるものであればよい。
【0033】
また、タンカー100には、バラスト水に含まれる種々の微生物類を除去または死滅させるバラスト水処理装置(図示省略)が設けられている。バラスト水処理装置は、バラスト水に含まれる微生物類を除去または死滅させた状態で排水できるように、バラスト水の取水時または排水時に処理して、取水港周辺に生息する微生物類が他の海域に排水されて生態系に影響を及ぼすことを防止するための装置である。
前記したように、本発明の船舶(タンカー)100では、収容するバラスト水を低減させることができるため、バラスト水の処理費や処理時間を大幅に減少させることができる。
【0034】
バラストタンク10におけるバラスト水の取水時には、バラストポンプ(図示省略)を運転することにより取水口(図示省略)よりバラスト水が吸入され、吸入されたバラスト水は、配管を通ってバラストポンプ内に流入する。このバラスト水はバラストポンプにより加圧送水され、配管を通ってバラスト水処理装置へ供給される。バラスト水処理装置に供給されたバラスト水は、バラスト水内に含まれる微生物類を除去または死滅させる処理を受けた後、配管を通ってバラストタンク10に収容される。バラスト水の排水時には、バラストポンプを運転することにより、バラストタンク10内のバラスト水が吸入され、吸入されたバラスト水は、配管を通ってバラストポンプ内に流入する。このバラスト水はバラストポンプにより加圧送水され、配管を通って排水口より船外へ排水される。なお、排水時にバラスト水の処理を行ってもよい。
【0035】
そして、積載時(満載時)には、片舷側に配置した機材を移動させたり、加重用タンクに収容した砂・砂利・水・油等除去したり、バラストタンク10を用いる場合には、バラスト水を排水したりして、片舷側に付加した質量を除くことで、船体を平行(すなわち、従来のタンカーが走行する状態であり、船体の横方向(幅方向)にバランスがとれた状態ということ)に保てばよい。なお、積載時であっても、積載量に応じて、傾斜角度を調整してもよい。
【0036】
このように、船体傾斜手段10により船体を所定角度傾斜させることで、船体を沈めるための付加質量を減少させることができ、かつ適度な喫水を確保することができる。そのため、バラスト水を使用する必要がなく、あるいは、バラスト水を使用する場合であっても、少量に抑えることができる。また、船体を横に傾斜させることにより、船体の縦強度が増加する。さらに、水線面が増加するため、GMが増加し、その増加した分、安全性と復元性は、直立時(平行時)より増加する。
【0037】
ここで、従来の船舶では、帆船を除いては、横方向に傾斜して走行することはない。本発明は、空載時の走行は、船体を横方向に傾斜させるものであるため、操船に関する艤装や、乗組員の住居には配慮が必要となる。これには、居住区2および操船装置の配置の工夫で、対処することができる。例えば、予め傾いたスペースを別に設けたり、傾斜を考えた機材レイアウトにしたり、居住区2そのもの、あるいは居住区2の一部を、油圧等のシステムを用いて機械的に傾斜させ、船体の傾斜時には直立させる装置を設けたりすればよい。だたし、帆船で航海をしていた時代には、船体が傾斜して走行するのが一般的であったことから、本発明の船舶(タンカー)100で通常採用される傾斜角度の範囲であれば、乗組員の慣れにより問題が解決される場合もある。
【0038】
<推進器>
推進器20は、船体の船尾に設けられ、船舶(タンカー)100を推進して走行させるものである。
図3(a)〜(d)に示すように、推進器20は、船舶(タンカー)100の空載時の走行時に船体が傾斜した際に、推進器20を構成する翼(プロペラ)21の一部または全部が、水面下に埋没する位置に設けられている。
本発明では、船体を傾斜させるため、推進器20のプロペラ21位置での喫水を適度に確保し、プロペラ21を水面下に埋没させる必要がある。そのため、プロペラ21の位置を考慮して推進器20を配置する必要がある。推進器20の配置としては、例えば、以下の第1〜第4の形態が挙げられる。
【0039】
[第1の形態]
図3(a)に示すように、推進器20の配置についての第1の形態は、1つの推進器20aが、船体の幅方向の中央、すなわち、従来の船舶における通常の位置に設けられている。この位置に推進器20aが設けられている場合、タンカー100は、空載時における直立走行(図3(a)左図)では、喫水が5.1mとなるため、推進器20の配置によっては、直径10mのプロペラ21aであれば、半分程度水没する。そのため、推進器20aの推進性能が悪い。一方、船体を予め設定された所定角度に傾斜させた傾斜走行(図3(a)右図)では、プロペラ21aの大部分が水面下に収まるため、プロペラ21aの推進効率が良くなり、推進性能を向上させることができる。なお、タンカー100では、船体の傾斜角度が16度となれば、プロペラ21aの大部分が水面下に収まる。
【0040】
船体の高さ方向における推進器20aの配置は、特に限定されるものではなく、傾斜角度、推進効率および主機(エンジン)の配置等の観点から、適宜調整すればよい。また、プロペラ21aの大きさについても、特に限定されるものではなく、傾斜角度、推進効率等の観点から、適宜、調整すればよい。
【0041】
[第2の形態]
図3(b)に示すように、推進器20の配置についての第2の形態は、1つの推進器20aが、船体の幅方向の中央から、船体が傾斜して水面下に埋没する側に、所定距離ずれた位置に設けられている(Offset配置)。
この位置に推進器20aが設けられている場合、タンカー100は、空載時における直立走行(図3(b)左図)では、前記したように、推進器20aの推進性能が悪い。しかし、このような配置にすれば、幅方向の中央に配置された場合に比べ、船体を予め設定された所定角度に傾斜させた傾斜走行時(図3(b)右図)に、プロペラ21aがより多く水面下に埋没するため、プロペラ21aの推進効率が良くなり、推進性能がより向上する。なお、Offsetしたプロペラ21aは、プロペラ21aの回転による旋回流効果により、満載時であっても船型を工夫すれば、推進効率が向上することが知られている。
【0042】
Offsetする位置は、特に限定されるものではないが、傾斜角度、推進効率および主機(エンジン)の配置等の観点から、適宜調整すればよい。一例としては、船体幅が50mであれば、ずらす距離は5〜10mである。また、プロペラ21aの大きさについても、特に限定されるものではなく、傾斜角度、推進効率等の観点から、適宜、調整すればよい。
【0043】
[第3の形態]
図3(c)に示すように、推進器20の配置についての第3の形態は、推進器20b,20cが、船体の両舷側にそれぞれ設けられており、船舶(タンカー)100の走行時に船体が傾斜した際に、船体が傾斜して水面下に埋没する側である一方の片舷側の推進器20cを構成する翼(プロペラ)21cの一部または全部が、水面下に埋没する位置に設けられている。
すなわち、2つのプロペラ推進装置が船尾部後端の左右に配置されている。これは、2軸の推進器20b,20cと、これに対応するそれぞれの主機(エンジン)を有し、積載時(満載時)には2軸運転として、それぞれの推進器20b,20cを駆動させて走行し、空載時の傾斜走行時には1軸運転として、船体が水没する側の推進器20cのみを駆動させて走行することで、効率のよい運転を行う。
【0044】
この位置に推進器20b,20cが設けられている場合、タンカー100は、空載時における直立走行(図3(c)左図)では、推進器20b,20cの配置によっては、プロペラ21b,21cは、2/3程度水没する。そのため、推進器20b,20cのそれぞれの推進性能が悪い。一方、船体を予め設定された所定角度に傾斜させた傾斜走行(図3(c)右図)では、プロペラ21cが水面下に収まるため、プロペラ21cの推進効率が良くなり、推進器20cの推進性能を向上させることができる。なお、傾斜走行時には、タンカー100の排水量が少なくなった分、必要とする推進力は小さくなり、使用するエネルギーも少なくて済む。また、推進器20bを駆動させる必要がなく、使用するエネルギーを低減させることができる。
【0045】
推進器20b,20cの配置は、特に限定されるものではなく、傾斜角度、推進効率および主機(エンジン)の配置の観点から、適宜調整すればよい。また、プロペラ21b,21cの大きさについても、特に限定されるものではなく、傾斜角度、推進効率等の観点から、適宜、調整すればよい。
【0046】
ここで、船舶(タンカー)100の走行時に船体が傾斜した際に、船体における他方の片舷側の推進器20bを構成する翼(プロペラ)21bの全部が、水面下に埋没しない位置に設けられていることが好ましい。このような形態にするために、以下の第4の形態とすることが好ましい。
【0047】
[第4の形態]
図3(d)に示すように、推進器20の配置についての第4の形態は、船体における他方の片舷側の推進器20bが、船体の高さ方向において、一方の片舷側の推進器20cよりも、所定距離高く、かつ、他方の片舷側の推進器20bを構成する翼(プロペラ)21bの全部が、船体が傾斜した際に水面下に埋没しない位置に設けられている。
すなわち、2つのプロペラ推進装置が船尾部後端の左右に配置されており、船体における他方の片舷側の推進器20bを、船体が傾斜して水没する側である一方の片舷側の推進器20cに比べて、高さ方向において上側にずらして配置されている。
【0048】
この位置に推進器20b,20cが設けられている場合、タンカー100は、空載時における直立走行(図3(d)左図)では、推進器20b,20cの配置によっては、プロペラ21cは、2/3程度水没するが、プロペラ21bはほとんど水没しない。そのため、タンカー100の推進性能が悪い。一方、船体を予め設定された所定角度に傾斜させた傾斜走行(図3(d)右図)では、プロペラ21cが水面下に収まるため、プロペラ21cの推進効率が良くなり、推進器20cの推進性能を向上させることができる。さらに、プロペラ21bの全部が、水面下に埋没しないため、傾斜走行時に、駆動していないプロペラ21bに働く抵抗を減少させることができる。
【0049】
推進器20b,20cの配置は、特に限定されるものではなく、傾斜角度、推進効率および主機(エンジン)の配置の観点から、適宜調整すればよい。なお、推進器20bを高さ方向にずらす距離は、一例としては、船体の高さが20mであれば、2〜10mである。また、プロペラ21b,21cの大きさについても、特に限定されるものではなく、傾斜角度、推進効率等の観点から、適宜、調整すればよい。
【0050】
ここで、推進器20の配置を前記のようにした場合、航路の制御等の操縦性の確保は、舵の配置を適宜変更することで達成することができる。すなわち、図4(a)、(b)に示すように、舵6は、推進器20を構成するプロペラ21の前方(船体の後方)に、推進器20の軸の延長線上に直交するように配置する。さらに、傾斜走行時に駆動させる推進器20の前方の舵6が、船体が傾斜した際に、水面に対して垂直となるように、配置する。なお、舵6は、走行時に水面に対して傾斜しても、流れに対する投影面積が確保できれば、機能する。しかしながら、舵6の形態は、これに限定されるものではなく、積載時(満載時)および空載時に喫水を確保でき、タンカー100が問題なく走行できるものあれば、どのような形態であってもよい。例えば、潜水艦の潜行舵や、魚雷の舵のように、船尾部の後端にX型に組み込まれたもの等を適宜変更したようなものでもよい。
【0051】
このように、空載時の傾斜走行の際には、船体傾斜手段10により、船体の片舷側が加重されるように、この片舷側の質量を大きくし、船体を所定角度傾斜させる。これにより、プロペラ21の一部または全部を水面下に埋没させ、プロペラ21位置での喫水を適度に確保する。そして、推進器20を駆動させて、タンカー100を走行させる。また、舵6を調整することで、航路の制御等を行う。満載時の直立走行時には、船体の片舷側に付加した質量を除き、船体を平行にして走行する。なお、満載時には、積荷による加重により、プロペラ21位置での喫水が適度に確保される。
【0052】
次に、図5を参照して、タンカー100の傾斜について、実際の数値を用いて説明する。
図5に示すように、船体幅をB、満載時の喫水をKG、空載時の喫水をd、船体の幅方向の中心から、バラストタンク10の中心までの距離をlとする。
そして、計算に用いるタンカー100は、排水量=20万トン、船体の鋼材質量(W)=4.00トン、船体の全長(L)=300m、B=50m、KG=17m、d=5.1m、l=15mとし、バラスト水(w)は、2万トン搭載するとする。
この数値を用い、以下の式により、tanθを算出する。
【0053】
tanθ=(w・l)/[(W+w)・GM]
ここで、
I=(1/12)・L・B
V=L・B・d
として、
BM=I/V=[(1/12)・L・B]/[L・B・d]=B/12d
GM=BM−(KG−KB)
となる。
なお、これらの数値を、表1に示す。
【0054】
【表1】

【0055】
なお、2万トンのバラスト水を収容したバラストタンク10の配置を調整し、例えば、l=22.5することで、16度程度の傾斜角度とすることも可能である。
【0056】
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明は前記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲において広く変更、改変して実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【0057】
例えば、バラストタンク10として、循環型のバラストタンク10を用いてもよい。
前記したように、本発明のタンカー100では、収容するバラスト水を低減させることができるため、バラスト水の処理費や処理時間を大幅に減少させることができるが、循環型のバラストタンク10を用いることで、さらなるコストダウンを図ることができる。
循環型のバラストタンク10としては、例えば、バラスト水採水口およびバラスト水排出口を有するものが挙げられ、このバラストタンク10を、船体の傾斜時にバラスト水採水口およびバラスト水排出口が水面下に位置するように、船体内の底部に設ける。そして、タンカー100が走行すると、バラスト水採水口から、タンカーの走行により、バラストタンク内に海水が流入する。次に、ある距離を走行した後、バラスト水を採取した海域と同じ海域で、バラスト水排出口から流入した海水を海水中に排出し、再び、バラスト水採水口から、海水を取り入れる。そして、海域毎にこれを繰り返す。
【0058】
このように、循環型のバラストタンク10を使用することで、バラスト水を海域毎に入れ替えることができ、排水されるのは採水した海域の海水であるため、排水した海域に生物汚損を発生させることがない。また、バラスト水を処理する必要がないため、使用エネルギーも低減させることができる。
【0059】
また、船体を横方向(幅方向)に傾斜させると共に、縦方向(前後方向)に所定角度傾斜させる構成とし、船首を上げ、船尾を下げる(船尾トリム:Pitch Angle)ようにしてもよい。船体における付加質量の前後配分を調整すれば、推進器20を備える船尾を多く沈めることが可能であり、船尾トリムとすることができる。
船尾トリムとすることで、少ない横傾斜でも、推進器20のプロペラ21位置での喫水を適度に確保し、プロペラ21を水面下に埋没させることができる。
【0060】
なお、従来のタンカーでは、大きく船尾トリムさせないとプロペラが水没せず、推進性能が低下するため、大きな船尾トリムとする必要がある。しかし、大きな船尾トリムは、Flatな船首船底部が船体運動等により海面に出てしまうため、波による船首衝撃(バウスラミング)が発生しやすくなり、船首船底部を破損する危険性がある。本発明のタンカー100では、これほど大きな船尾トリムとしなくても、横傾斜をさせ、必要に応じてOffsetした推進器20を採用することで、プロペラ21位置での喫水を適度に確保することができ、バラスラミングの危険性を少なくすることができる。
【0061】
また、本実施形態では、一例として、石油タンカー、LNGタンカー等のタンカー100について説明したが、タンカーのサイズや、構造、設計により、船体傾斜手段10や、推進器20の構造、配置等を適宜変更して、最適な操縦性、走行性を有するようにすればよい。また、タンカーの他、貨物船等に適用する場合でも、適宜、船舶の構造等に合わせ、最適な構成を採用すればよいことは言うまでもない。
【符号の説明】
【0062】
10 船体傾斜手段(バラストタンク)
20 推進器
21 翼(プロペラ)
100 船舶(タンカー)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
満載時に、船体を平行に保ち、かつ、空載時に、前記船体の幅方向における一方を水中側とし、他方を水上側として傾斜させて走行する船舶であって、
前記船体を、予め設定された範囲の所定角度に傾斜させる船体傾斜手段と、
前記船体の船尾に設けられ、前記船舶を推進して走行させる推進器と、を備え、
前記推進器は、前記船舶の走行時に前記船体が傾斜した際に、前記推進器を構成する翼の一部または全部が、水面下に埋没する位置に設けられていることを特徴とする船舶。
【請求項2】
前記推進器が、前記船体の幅方向の中央に設けられていることを特徴とする請求項1に記載の船舶。
【請求項3】
前記推進器が、前記船体の幅方向の中央から、前記船体が傾斜して水面下に埋没する側に、所定距離ずれた位置に設けられていることを特徴とする請求項1に記載の船舶。
【請求項4】
前記推進器が、前記船体の両舷側にそれぞれ設けられており、前記船舶の走行時に前記船体が傾斜した際に、前記船体が傾斜して水面下に埋没する側である一方の片舷側の推進器を構成する翼の一部または全部が、水面下に埋没する位置に設けられていることを特徴とする請求項1に記載の船舶。
【請求項5】
前記船舶の走行時に前記船体が傾斜した際に、前記船体における他方の片舷側の推進器を構成する翼の全部が、水面下に埋没しない位置に設けられていることを特徴とする請求項4に記載の船舶。
【請求項6】
前記船体傾斜手段が、バラストタンクであり、当該バラストタンクは、前記船体内の片舷側に設けられ、バラスト水を収容することで、前記船体を予め設定された範囲の所定角度に傾斜させることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一項に記載の船舶。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−280339(P2010−280339A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−136705(P2009−136705)
【出願日】平成21年6月5日(2009.6.5)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)