説明

色素増感太陽電池に用いる負極の製造方法

【課題】生産性と変換効率が向上した色素増感型太陽電池の製造に適した負極を製造する方法を提供する。
【解決手段】電極基板3の表面に半導体多孔質層1を形成する工程と、半導体多孔質層1に色素1aを吸着させる色素吸着処理工程とを含む色素増感太陽電池に用いる負極10の製造方法において、半導体多孔質層1が形成された電極基板3を、色素1aを含む色素溶液25中に、色素溶液25が流動される条件下に保持せしめることにより、色素吸着処理工程での色素1aの吸着処理を行うことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、色素増感太陽電池に使用される負極の製造方法に関するものであり、より詳細には、表面に色素増感半導体多孔質層を備えている負極の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、地球規模の環境問題や化石エネルギー資源枯渇問題などの観点から太陽光発電に対する期待が大きく、単結晶及び多結晶シリコン光電変換素子が太陽電池として実用化されている。しかし、この種の太陽電池は、高価格であること、シリコン原料の供給問題などを有しており、シリコン以外の材料を用いた太陽電池の実用化が望まれている。
【0003】
上記のような見地から、最近では、シリコン以外の材料を用いた太陽電池として、色素増感型太陽電池が注目されている。この色素増感型太陽電池は、色素が担持された半導体多孔質層(即ち、色素増感半導体多孔質層)が電極基板上に設けられている負極と、対向電極(正極)と、該負極と対向電極との間に設けられた電解質層とからなっており、大きく分けて、負極側から光を照射して発電を行うタイプのものと対向電極(正極)側から光を照射するタイプのものに分類される。
【0004】
負極側から光を照射するタイプの色素増感型太陽電池では、色素増感半導体多孔質層が透明基板上に設けられたITO等の透明導電膜上に形成された構造を有しており、このタイプのものは、古くから知られている。
一方、対向電極(正極側)から光を照射するタイプの色素増感型太陽電池は、最近になって提案されたものであり、例えば特許文献1、特許文献2にも記載されているように、色素増感半導体多孔質層が金属基板上に形成されており、光が照射される側の正極として、透明基板上に透明導電膜を形成したものが知られている。
【0005】
これらの色素増感型太陽電池では、負極側或いは正極側から可視光を照射すると、半導体多孔質層に担持されている色素が励起され、基底状態から励起状態へと遷移し、励起された色素の電子は、半導体多孔質層の伝導帯へ注入され、外部回路を通って正極側に移動する。正極に移動した電子は、電解質中のイオンによって運ばれ、色素に戻る。このような過程の繰り返しにより電気エネルギーが取り出されるわけである。このような色素増感型太陽電池の発電メカニズムは、pn接合型光電変換素子と異なり、光の捕捉と電子伝導が別々の場所で行われ、植物の光電変換プロセスに非常に似たものとなっている。
【0006】
上記のように、負極側或いは正極側から光を照射する何れのタイプの色素増感型太陽電池も、その原理は全く同じであるが、特に正極側から光を照射するタイプのものは、負極側から光を照射するものではないため、色素を担持している半導体多孔質層を、直接、低抵抗の金属板上に設けることができ、従って、負極側から光を照射するタイプのものに比して変換効率が高い等の利点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2001−273937
【特許文献2】特開2008−53164
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、負電極側或いは正極側の何れから光を照射して発電を行った場合にも、その変換効率は未だ満足し得るものではなく、さらに変換効率を高めることが求められている。
【0009】
従って、本発明の目的は、生産性向上のために色素吸着時間を大幅に短縮させ、かつ変換効率を一層向上させることが可能な色素増感型太陽電池用の負極の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、色素増感型太陽電池の変換効率について研究した結果、その負極に形成されている半導体多孔質層に色素を担持させる際、攪拌状態の色素溶液に半導体多孔質層を支持している電極基板を保持せしめることにより、半導体多孔質層中に十分な量の色素が均一に担持され、このような負極を用いて形成された色素増感型太陽電池は、色素吸着時間を大幅に短縮でき、かつ高い変換効率を示すことを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
即ち、本発明によれば、電極基板の表面に半導体多孔質層を形成する工程と、該半導体多孔質層に色素を吸着させる色素吸着処理工程とを含む色素増感太陽電池に用いる負極の製造方法において、
前記半導体多孔質層が形成された前記電極基板を、前記色素を含む色素溶液中に、該色素溶液が流動される条件下に保持せしめることにより、前記色素吸着処理工程での色素の吸着処理を行うことを特徴とする負極の製造方法が提供される。
【0012】
本発明の製造方法においては、
(1)前記色素溶液の流動を、少なくとも該色素溶液中に浸漬されている前記電極基板を移動せしめて、該色素溶液を振とうさせることにより行うこと、
(2)前記電極基板の移動を、該基板の面方向に対して交差する方向に該電極基板を揺動させることにより行うこと、
(3)前記吸着処理を80℃以下の温度で行うこと、
が好適である。
【発明の効果】
【0013】
本発明においては、電極基板上に設けられている半導体多孔質層に色素を担持するために、従来と同様、この半導体多孔質層を支持している電極基板を色素溶液中に浸漬するのであるが、従来では、静置された色素溶液に電極基板が浸漬保持されていたのに対して、本発明では、色素溶液が流動される条件下に電極基板を保持していることが顕著な特徴である。
【0014】
即ち、上記のようにして色素を半導体多孔質層に担持させることにより、十分な量の色素が半導体多孔質層の内部まで深く且つ均一に浸透することとなる。従って、このような負極を用いて構成された色素増感型太陽電池は、電子発生量が増大し、高い変換効率を示し、また内部抵抗(曲率因子、Fill Factor)の点でも優れたものとなる。また、本発明では、色素溶液を静置して色素を担持していた場合に比して、著しく短時間で十分な量の色素を半導体多孔質層に担持せしめることが可能となる。
例えば、後述する実施例の実験結果から理解されるように、静置された色素溶液内に電極基板を浸漬した場合には、安定な変換効率が得られるまでに4時間以上、場合によっては10時間以上もかかるが(例えば特許文献2の実施例では18時間かけている)、本発明では、僅か30分程度の処理時間で有効量の色素を半導体多孔質層に担持することができる。
従って、本発明では、著しく短時間で色素が担持された半導体多孔質層(色素増感半導体多孔質層)を製造することができ、生産性の点でも極めて優れている。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の製造方法により製造された負極を用いて形成された色素増感型太陽電池の概略構造を示す図である。
【図2】従来採用されている担持方法の原理を示す説明図である。
【図3】本発明で採用されている色素の担持方法の原理を説明するための説明図である。
【図4】実施例1及び比較例1で得られた負極を用いて製造された色素増感太陽電池について、色素を担持するための処理時間(吸着時間)と変換効率との関係を示す線図である。
【図5】実施例1で得られた負極(処理時間20分及び4時間)と比較例1で得られた負極(処理時間4時間)とを用いて製造された色素増感太陽電池について、電圧(V)と電流(I)との関係を示す線図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<負極の製造>
既に述べたように、色素増感型太陽電池は、図1に示されているように、色素1aが担持された半導体多孔質層1(即ち、色素増感半導体多孔質層)が電極基板3上に設けられている負極10と、対向電極20(正極)とを備えており、この負極10と対向電極20との間に電解質層30が設けられた構造を有しており、電解質層30の周囲は封止材33により封止された構造となっている。
本発明では、この負極10を、以下に述べるように、電極基板3の表面に半導体多孔質層1を形成し(半導体多孔質層形成工程)、次いで、この半導体多孔質層1に色素1aを吸着せしめること(色素吸着処理工程)により製造する。
【0017】
1.半導体多孔質層形成工程;
電極板3上に形成される半導体多孔質層1は、色素増感型太陽電池において従来から使用されている酸化物半導体微粒子からなるものであり、具体的には、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、ストロンチウム、タンタル、クロム、モリブデン、タングステンなどの金属の酸化物、或いはこれら金属を含有する複合酸化物、例えばSrTiO、CaTiOなどのペロブスカイト型酸化物などからなり、入手の容易さやコスト及び半導体特性の観点から、酸化チタン微粒子が最も好適である。
【0018】
半導体多孔質層1の形成は、上述した酸化物半導体微粒子、バインダー剤及び必要により多孔質化促進剤を有機溶媒中に分散させたペーストを使用し、かかるペーストを、電極基板3の表面に塗布し、焼成することにより形成される。
【0019】
上記のペーストの形成に用いる酸化物半導体微粒子は、多孔質化の点で、その粒径が5〜500nm、特に5〜350nmの範囲にあるのがよい。
【0020】
また、バインダー剤は、酸化物半導体を構成する金属のアルコキシドからなり、焼成に際して、酸化物半導体微粒子と共にゲル化を生じせしめ、半導体微粒子同士を結合させて多孔質化せしめるものである。
【0021】
かかるバインダー剤において、金属アルコキシドとしては、容易にゲル化を生じることから炭素数が4以下の低級アルコールのアルコキシドであることが好ましく、特にイソプロポキシドであることが好適であり、最も好適には、テトラチタンイソプロポキシドなどのチタンイソプロポキシドである。また、かかる金属アルコキシドは、その少なくとも一部が、炭素数4以下の低級アルコール(アルコキシドを形成しているアルコール以外のもの)、グリコールエーテル及びβ−ジケトンの少なくとも1種で変性されていてよい。例えば、上記の低級アルコール及びグリコールエーテルは、金属アルコキシド(或いは該アルコキシドのゲル化体)を形成しているアルコキシル基との置換により変性せしめるものである。また、β−ジケトンは、金属アルコキシドを形成している金属(例えばチタン)とキレートを形成することにより変性せしめるものである。
【0022】
上記の変性化剤の中では、グリコールエーテル及びβ−ジケトンが好ましく、最も好ましいものはβ−ジケトン、例えばアセチルアセトンである。即ち、これらの変性化剤は、焼成に際して酸化物半導体微粒子を伴うゲル化を促進させると同時に大きな細孔の形成にも寄与するからである。
【0023】
上記のバインダー剤は、酸化物半導体微粒子100重量部当り、金属アルコキシド換算で5乃至60重量部、特に10乃至50重量部の量で使用するのが好ましい。また、変性化剤の内、グリコールエーテル及びβ−ジケトン(特にβ−ジケトン)は、チタンイソプロポキシド100重量部当り、0.01乃至30重量部、特に0.05乃至10重量部の量で使用するのが好ましい。尚、変性化剤の内、炭素数4以下の低級アルコールは、後述する有機溶媒として使用されるものである。
【0024】
また、必要により使用される多孔質化促進剤は、形成される半導体多孔質層中の細孔の割合を高め、これにより、後述する色素吸着処理工程での色素1aの吸着量を増大することができるというものである。
【0025】
このような多孔質化促進剤としては、炭素数が5以上のアルコール、例えばペンタノール、ヘキサノール、ヘプタノール、オクタノール、ノナノール、デカノール、ドデカノールであり、これらは、単独或いは2種以上の組み合わせで使用することができ、特に好適に使用されるものは、デカノール及びドデカノールである。即ち、これらの多孔質化促進剤は、適度な揮発性を有していると同時に、分子が比較的大きい。このため、ペーストの焼成によって揮散するときに、ゲル化体中に大きな細孔を形成し、これにより、サイズの大きな細孔を多数有する半導体多孔質層1を形成することができ、色素1aの吸着量を増大することができる。
【0026】
上記のような多孔質化促進剤は、酸化物半導体微粒子100重量部当り、10重量部以下、特に0.01乃至50重量部、最も好ましくは0.5乃至10重量部の量で使用するのがよい。この量が多すぎると、多孔質化が促進しすぎてしまい、半導体多孔質層1が脆くなってしまい、実用化が困難となってしまうからである。
【0027】
また、上述した酸化物半導体微粒子、バインダー剤及び必要により使用される多孔質化促進剤を分散させる有機溶媒としては、易揮発性であれば特に制限なく使用することができるが、一般的には、炭素数が4以下の低級アルコール、例えばメタノール、エタノール、イソプロパノール、n−ブタノール、sec−ブタノール、t−ブタノールなどが好適であり、これらの有機溶媒は、単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせた混合溶媒の形で使用することもできる。
【0028】
有機溶媒量は、ペーストが適度なコーティング性を示す程度の量で使用すればよく、一般的には、ペーストの固形分濃度が、10乃至50重量%、特に15乃至40重量%の範囲となる程度の量で使用するのがよい。溶媒量が多すぎると、ペーストが低粘性となり、垂れ等により安定な厚みのコーティング層を形成することが困難となり、また、溶媒量が少ないと、高粘性となり作業性が低下してしまうからである。
【0029】
電極基板3上へのペーストの塗布は、ナイフコーティング、ロールコーティング等の公知の手段によって行うことができ、その塗布量は、焼成後に所定厚み(通常、1乃至15μm、特に3乃至10μm)の半導体多孔質層1が形成される程度の量とする。また、塗布後の焼成は、通常、600℃以下、特に250乃至500℃の温度で、5分乃至1時間程度行われる。この温度が必要以上に高く、或いは必要以上に長時間行うと、酸化物半導体層29が緻密になってしまうので注意を要する。かかる焼成により、上記バインダー成分のゲル化(脱水縮合)により形成された酸化物半導体のゲル(例えばTiOゲル)が半導体微粒子同士を接合し、且つ多孔質化促進剤の揮散により、多孔質化された半導体層1が形成されることとなる。
【0030】
尚、上記のようにして形成される半導体多孔質層1を保持している電極基板3としては、最終的に製造される色素増感型太陽電池のタイプに応じて、適宜のものが使用される。
【0031】
例えば、負極10側から光を照射して発電を行うタイプのものでは、この電極基板3としては、透明電極、具体的には、透明基板の表面に透明導電膜を形成したものが使用され、この透明導電膜上に、前述した酸化物半導体微粒子を含むペーストが塗布され、次いで焼成することにより半導体多孔質層1が形成される。
【0032】
この場合において、透明基板としては、透明なガラス板や透明樹脂フィルム乃至シートが使用される。透明樹脂フィルム乃至シートとしては、透明である限り任意のものが使用されるが、例えば、低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ1−ブテン、ポリ4−メチル−1−ペンテン、或いはエチレン、プロピレン、1−ブテン、4−メチル−1−ペンテン等のα−オレフィン同士のランダム乃至ブロック共重合体等のポリオレフィン系樹脂;エチレン−酢酸ビニル共重合体、エチレン−ビニルアルコール共重合体、エチレン−塩化ビニル共重合体等のエチレン−ビニル化合物共重合体樹脂;ポリスチレン、アクリロニトリル−スチレン共重合体、ABS、α−メチルスチレン−スチレン共重合体等のスチレン系樹脂;ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、塩化ビニル−塩化ビニリデン共重合体、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリアクリル酸メチル、ポリメタクリル酸メチル等のビニル系樹脂;ナイロン6、ナイロン6−6、ナイロン6−10、ナイロン11、ナイロン12等のポリアミド樹脂;ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等のポリエステル樹脂;ポリカーボネート;ポリフェニレンオキサイド;カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロースなどのセルロース誘導体;酸化澱粉、エーテル化澱粉、デキストリンなどの澱粉;及びこれらの混合物からなる樹脂;などからなるものを用いることができる。一般的には、強度や耐熱性等の見地から、ポリエチレンテレフタレートフィルムが好適に使用される。また、透明基板の厚みや大きさは、特に制限されず、最終的に使用される色素増感型太陽電池の用途に応じて適宜決定される。
【0033】
上記の透明基板の表面に形成される透明導電膜としては、酸化インジウム−酸化錫合金からなる膜(ITO膜)、酸化錫にフッ素をドープした膜(FTO膜)などが代表的であるが、電子還元性が高く、特にカソードとして望ましい特性を有していることから、ITO膜が好適である。これらは蒸着により上記の透明基板上に形成され、その厚みは、通常、5乃至7μm程度である。
【0034】
また、対向電極20(正極)側から光を照射して発電を行うタイプのものでは、負極10に透光性は要求されず、従って、上記の半導体多孔質層1が表面に形成される電極基板3としては、金属基板が使用される。
【0035】
かかる金属基板としては、低電気抵抗の金属材料から形成されたものであれば特に制限されないが、一般的には、6×10−6Ω・m以下の比抵抗を有する金属乃至合金、例えばアルミニウム、鉄(スチール)、銅などが使用される。また、金属基板の厚みは特に制限されず、適度な機械的強度が保持される程度の厚みを有していればよい。また、生産性を考慮しないのであれば、金属基板は、例えば蒸着等により、樹脂フィルム等に形成されていてもよい。勿論、この樹脂フィルム等の基材は透明である必要はない。
【0036】
また、前述した半導体多孔質層1は、金属基板からなる電極基板3上に直接形成することもできるが、一般に、金属基板の表面に耐腐食性導電層を形成し、このような耐腐食性導電層上に、前述した酸化物半導体微粒子を含むペーストを塗布し、次いで焼成することにより半導体多孔質層1を形成することが好適であり、このような耐腐食性導電層を設けることは、整流障壁や耐久性の点で顕著な効果をもたらす。即ち、この耐腐食性導電層は、例えば電解質層30に対して耐腐食性を有する金属(例えばニッケルやチタン)から形成されるものであり、かかる層を設けることにより、金属基板(電極基板3)の電解質による腐食を防止し、腐食による性能低下を回避し、耐久性を向上させることができる。また、このような耐腐食性を有する金属は、金属基板と比較すると抵抗が高く、このため、逆電流(逆電子移動量)を阻止し、有効な整流障壁となり、この結果、変換効率を高め、変換効率のバラツキを回避し、安定性した電池性能を確保することもできる。このような耐腐食性導電層は、メッキ法により容易に形成することができるが、クラッド法により、金属基板と圧延一体化して形成することもできる。また、化成処理によって耐腐食性導電層を形成することもできる。化成処理は、基本的には、水溶液から化学反応によって金属表面に皮膜を析出させるものであるが、このような反応型に対して、最近では、所定の組成のコーティング液を塗布し、加熱乾燥することにより不溶化した皮膜を形成する塗布型と呼ばれる方法も開発されており、何れの化成処理によっても耐腐食性導電層を形成することができる。
【0037】
上述した耐腐食性導電層の厚みは、適度な耐腐食性や整流障壁性(逆電流防止性)が確保される限り、可及的に薄いことが望ましく、その種類によっても異なるが、一般的には、1,000nm以下、特に5〜500nm、最も好ましくは5乃至100nmの範囲にあることが好適である。
【0038】
2.色素吸着処理工程;
上記のようにして電極基板3の表面に半導体多孔質層1を形成した後、この半導体多孔質層1に色素1aを吸着せしめて担持する。
【0039】
半導体多孔質層1への色素1aの吸着処理は、少なくとも色素1aの溶液が攪拌される条件下で、該色素溶液中に半導体多孔質層1が形成されている電極基板3を浸漬保持し、次いで色素溶液の溶媒を除去することにより、表面に増感色素1aが形成された半導体多孔質層1が得られ、これを負極10として使用することができる。
【0040】
用いる色素1aは、カルボキシレート基、シアノ基、ホスフェート基、オキシム基、ジオキシム基、ヒドロキシキノリン基、サリチレート基、α−ケト−エノール基などの結合基を有するそれ自体公知のものが使用され、前述した特許文献等に記載されているもの、例えばルテニウム錯体、オスミウム錯体、鉄錯体などを何ら制限なく使用することができる。特に幅広い吸収帯を有するなどの点で、ルテニウム−トリス(2,2’−ビスピリジル−4,4’−ジカルボキシラート)、ルテニウム−シス−ジアクア−ビス(2,2’−ビスピリジル−4,4’−ジカルボキシラート)などのルテニウム系錯体が好適である。このような増感色素の色素溶液は、溶媒としてエタノールやブタノールなどのアルコール系有機溶媒を用いて調製され、その色素濃度は、通常、3×10−4乃至5×10−4mol/l程度とするのがよい。
【0041】
ところで、本発明においては、半導体多孔質層1が形成されている電極基板3を色素溶液中に浸漬して色素溶液中の色素を半導体多孔質層1に吸着せしめる際、少なくとも色素溶液を流動させることが必要であり、これにより、従来に比して、著しく短時間でしかも高い変換効率を確保し得るに十分な量の色素1aを半導体多孔質層1に均一に担持させることが可能となるのである。
【0042】
この原理を説明するために、図2及び図3を参照されたい。図2中の(a)及び図3中の(a)では、電極基板3上の半導体多孔質層1は省略されている。
【0043】
例えば、従来採用されている手段では、半導体多孔質層1が形成されている電極基板3を、色素溶液25が収容されている容器27内に浸漬し、この状態で図2(a)に示されているように静置される。この状態に電極基板3を保持することにより、半導体多孔質層1に色素1aが吸着されて担持されることとなる(図2(b)参照)。
しかるに、かかる方法では、色素溶液25中の色素濃度が均一でなく、また色素溶液25が流動していないため、色素溶液25の一部の部分が半導体多孔質層1と接触するに過ぎないため、この処理に著しく長時間を要するばかりか、半導体多孔質層1の内部まで深く色素1aが浸透せず、その上部に集中的に色素1aが担持されてしまい、十分な量の色素1aを半導体多孔質層1に担持させることができず、また色素1aの吸着にバラツキをも生じてしまい、高い変換効率を得ることが困難となっているのである。
【0044】
これに対して、本発明においても、半導体多孔質層1が形成されている電極基板3を、容器27内に充填されている色素溶液25に浸漬するのであるが、本発明では、図3(a)に示されているように、色素溶液25が流動されている状態で電極基板3が保持され、これにより、半導体多孔質層1に色素1aが吸着されて担持されることとなる(図3(b)参照)。
【0045】
即ち、本発明では、少なくとも攪拌下にある色素溶液25中に電極基板3が浸漬されて保持されるため、色素溶液25が流動状態にあり、従って、色素溶液25中の色素濃度が均一となっているばかりか、色素溶液25の全体が半導体多孔質層1と接触するようになる。この結果、著しく短時間で十分な量の色素1aが半導体多孔質層1に吸着されるばかりか、半導体多孔質層1の内部まで深く色素1aが浸透し、半導体多孔質層1の全体にわたって均一に色素1aを吸着させることができ、得られた負極10を用いて電池を構成したとき、高い変換効率を得ることが可能となるのである。
【0046】
本発明において、半導体多孔質層1に吸着される色素1aの量が従来法に比して増大することは、後述する実施例でも評価されているように、色素1aが吸着担持された半導体多孔質層1をアルコール等の溶媒で洗浄し、洗浄液の色を観察することにより容易に確認することができる。例えば、本発明では、洗浄液の色が色素によって濃い色を呈するのに対して、従来法の場合では、洗浄液の色は極めて薄い。また、得られた負極10を用いて電池を組み立て、その変換効率を測定することによっても確認することができる。
【0047】
本発明において、電極基板3が浸漬されている色素溶液25の流動は、種々の手段で行うことができ、例えば、攪拌羽根や超音波振動などにより色素溶液25を直接攪拌する手段を採用することができるが、好適には、半導体多孔質層3を保持している電極基板3自体を移動する手段を採用するのがよい。電極基板3を移動させる場合には、この移動により色素溶液25が流動し、攪拌されるばかりか、色素溶液25のみを攪拌する場合に比して、半導体多孔質層1の奥深くまで、色素溶液25を浸透させることができるからである。
【0048】
また、色素溶液25中での電極基板3の移動は、色素溶液25を収容している容器27自体を移動することにより容易に行うことができる。また、移動方向は特に制限されないが、電極基板3の面方向(半導体多孔質層1の面方向と同じ)に対して交差する方向に、電極基板3(容器33)を揺動することにより行うことが最も容易であり、且つ色素溶液3を半導体多孔質層1の内部に深く浸透させる上で有利である。図3には、このような手段で色素溶液25を流動している状態が示されている。
さらに、上記の揺動は、所謂振とう或いは振動であるが、その周期(1分間当りの振とう回数)や振幅(傾斜角θ)などは、色素溶液25の容量や電極基板3に形成されている半導体多孔質層1の面積や厚みなどによって適宜決定すればよく、処理時間は、また、一般に、5分乃至1時間程度と極めて短時間でよい。
【0049】
尚、本発明において、上記のような手段による色素溶液25の流動は、これが過度に激しくなると、半導体多孔質1と電極基板3との界面にクラックなどが発生することがある。このような不都合を防止するために、攪拌は適度なものとすることがよく、特に攪拌による色素溶液25の温度上昇が抑制されるように、色素溶液25の温度が80℃以下に保持されるように流動を行うのがよい。例えば、超音波振動により攪拌を行う場合には、半導体多孔質1と電極基板3との間に大きな剪断応力が発生する傾向があるため、その出力を低出力とし、色素溶液25の温度上昇を極力抑制することが必要である。
【0050】
上記のようにして、吸着処理を行った後は、電極基板3を取り出し、乾燥することにより、色素1aが担持された半導体多孔質層1が電極基板3上に設けられた負極10を得ることができる。
【0051】
<色素増感型太陽電池の製造>
上述した方法により製造された負極10は、対向基板20と組み合わせ、図1に示されている構造を有している色素増感型太陽電池として使用に供される。
【0052】
即ち、図1に示されているように、負極10と対向電極20との間に電解質層30を配置し、その周囲を電解質層30が漏洩しないように封止材33で封止することにより、最終目的である色素増感型太陽電池を得ることができる。
【0053】
尚、かかる太陽電池において、負極10側から光を照射する場合には、負極10の電極基板3として、透明基板上に透明導電膜が形成された透明電極が使用され、この透明導電膜上に、前述した色素1aで増感された半導体多孔質層1が形成された構造となっている。このときの対向電極20としては、金属基板が使用される。
また、対向基板20側から光を照射する場合には、負極10の電極基板3として、金属基板が使用され、この金属基板上に、適宜、耐腐食性導電層を介して色素1aで増感された半導体多孔質層1が形成された構造となっている。このときの対向電極20としては、透明電極基板が使用されることとなる。
【0054】
また、負極10と対向電極20との間の電解質層30は、公知の太陽電池と同様、リチウムイオン等の陽イオンや塩素イオン等の陰イオンを含む種々の電解質溶液により形成される。また、この電解質層30中には、酸化型構造及び還元型構造を可逆的にとり得るような酸化還元対を存在させることが好ましく、このような酸化還元対としては、例えばヨウ素−ヨウ素化合物、臭素−臭素化合物、キノン−ヒドロキノンなどを挙げることができる。このような電解質層30は、その周囲が封止材により封止され、電極間からの液の漏洩が防止されることとなるわけである。一般に、このような電解質層30の厚みは、最終的に形成される電池の大きさによっても異なるが、10μm以下程度である。
【0055】
尚、電解質層30の周囲を封止するための封止材33としては、ヒートシール可能な各種の熱可塑性樹脂乃至熱可塑性エラストマー、例えば、低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ1−ブテン、ポリ4−メチル−1−ペンテン、或いはエチレン、プロピレン、1−ブテン、4−メチル−1−ペンテン等のα−オレフィン同士のランダム乃至ブロック共重合体等のポリオレフィン系樹脂;エチレン−酢酸ビニル共重合体、エチレン−ビニルアルコール共重合体、エチレン−塩化ビニル共重合体等のエチレン−ビニル化合物共重合体樹脂;ポリスチレン、アクリロニトリル−スチレン共重合体、ABS、α−メチルスチレン−スチレン共重合体等のスチレン系樹脂;ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、塩化ビニル−塩化ビニリデン共重合体、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリアクリル酸メチル、ポリメタクリル酸メチル等のビニル系樹脂;ナイロン6、ナイロン6−6、ナイロン6−10、ナイロン11、ナイロン12等のポリアミド樹脂;ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート等のポリエステル樹脂;ポリカーボネート;ポリフェニレンオキサイド;カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロースなどのセルロース誘導体;酸化澱粉、エーテル化澱粉、デキストリンなどの澱粉;及びこれらの混合物からなる樹脂;などが使用される。
【0056】
即ち、封止材33は、上記の熱可塑性樹脂等を用いての押出成形、射出成形等によって、封止領域Yに対応する幅のリング形状に成形することにより得られ、この封止材33を、互いに対抗して配置された負極10と対向電極20との間に挟んだ状態でヒートシール(加熱圧着)することにより、両電極10,20が接合され、次いで、この封止材33に注入管を挿入し、該注入管を介して、両電極10,20の間の空間内に、電解質層30を形成する電解質溶液を注入することにより、図1に示す構造の色素増感太陽電池を得ることができる。
【0057】
尚、リング状に成形された封止材33をヒートシールするにあたっては、封止材33と負極10或いは対向電極20の接合面に、予め接着剤樹脂、例えば無水マレイン等の不飽和カルボン酸でグラフト変性された不飽和カルボン酸変性オレフィン系樹脂などを塗布し、かかる接着剤樹脂を介してのヒートシールにより封止材33を接合することができる。
【0058】
上述した本発明は、特に対向電極20側から光を照射するタイプの色素増感型太陽電池に使用される負極10の製造に極めて好適である。即ち、このような負極10は、既に述べた通り、低抵抗の金属基板が電極基板3として使用され、この電極基板3上に色素1aで増感された半導体多孔質層1が形成される。このため、対向電極20側から光が照射されて発電が行われるタイプの太陽電池は、透明導電膜のような高抵抗膜を介することなく、低抵抗の金属基板上に半導体多孔質層1が存在しているため、高い変換効率を得る上で有利であり、また、セルを大面積化した場合にも、小面積時と殆ど変わらないFF(効率因子)や変換効率を得ることができるという利点がある。しかるに、本発明の製造方法では、著しく短時間で且つ従来に比して多くの量の色素1aを半導体多孔質層1に担持させることができ、高い変換効率を得る上で極めて有利である。このため、本発明にしたがって負極10を製造することにより、対向電極20側から光が照射されて発電が行われるタイプの太陽電池の利点を十分に発揮させることが可能となるからである。
【実施例】
【0059】
以下に、図面に示す実施例に基づいてこの発明を説明する。なお、この実施例によってこの発明が限定されるものではない。
【0060】
(実施例1)
半導体多孔質層1は、スクリーン印刷機(ニューロング精密株式会社製、型式:LS―34TV)を用いて酸化チタンペーストを約10mm×60mmの寸法でアルミ基板3上に印刷し、約130℃で乾燥させた。これを膜厚が約12μm程度になるまで数回繰り返した後、酸化チタン焼成用オーブン(ネムス株式会社製)を用いて約400℃で30分間保持して半導体多孔質層1をアルミ基板3上に焼成することで、負極10を得た。
【0061】
図3に示すように、色素溶液25の入った容器27に半導体多孔質層1が形成されたアルミ基板を浸漬し、容器27全体を室温下で10分から60分までは10分間隔で、60分から240分までは60分間隔で振とう(振とう数30rpm、傾斜角θ:±7度)させ、負極10を構成する半導体多孔質層1に光増感色素1aを吸着させた。これにアセトニトリルを用いて半導体多孔質層1を繰り返し洗浄した後、暗所で乾燥させた。
【0062】
対向電極20は、フッ素ドープ酸化スズ薄膜付きガラス(日本板硝子株式会社製、厚み4mm)基板表面に、スパッタ装置(株式会社アルバック社製)を用いて白金(図示せず)をスパッタしたものを用いた。これには約φ1mmの電解液注入口(図示せず)が加工してある。
【0063】
半導体多孔質層1の外周部に、厚さ50μmの封止材33を配置して、負極10と対向電極3とを熱プレスによって貼り合わせた。
【0064】
その後、電解液注入口(図示せず)より電解液を注入することで、電解質層30を形成した。最後に、電解液注入口(図示せず)を封止材33とガラス片(図示せず)とを熱プレスシールすることで、図1に示すような色素増感太陽電池を得た。
【0065】
得られた太陽電池を、ソーラーシミュレータ(山下電装社製)を用いて変換効率を測定した。その結果、図4に示すように、色素吸着時間が20分から240分まではほぼ同等の変換効率であり、短絡電流Jsc=8.8mA/cm、開放電圧VOC=0.71V、フィルファクターFF=66%、変換効率=4.1%を得た(図5)。
【0066】
(比較例1)
図2に示すように、色素吸着時に振とうさせずに60分から240分まで60分間隔で静置して浸漬させた以外は、実施例1と同様にして色素増感太陽電池を得た。
【0067】
得られた太陽電池を、ソーラーシミュレータ(山下電装社製)を用いて変換効率を測定した。その結果、図4に示すように、色素吸着時間を短くするほど変換効率が低下し、色素吸着時間が240分の場合は、短絡電流Jsc=8.6mA/cm、開放電圧VOC=0.67V、フィルファクターFF=56%、変換効率=3.3%を得た(図5)。
【符号の説明】
【0068】
1:半導体多孔質層
1a:色素
3:電極基板
10:負極
20:対向電極
30:電解質層
33:封止材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電極基板の表面に半導体多孔質層を形成する工程と、該半導体多孔質層に色素を吸着させる色素吸着処理工程とを含む色素増感太陽電池に用いる負極の製造方法において、
前記半導体多孔質層が形成された前記電極基板を、前記色素を含む色素溶液中に、該色素溶液が流動される条件下に保持せしめることにより、前記色素吸着処理工程での色素の吸着処理を行うことを特徴とする負極の製造方法。
【請求項2】
前記色素溶液の流動を、少なくとも該色素溶液中に浸漬されている前記電極基板を移動せしめて、該色素溶液を振とうさせることにより行う請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記電極基板の移動を、該基板の面方向に対して交差する方向に該電極基板を揺動させることにより行う請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記吸着処理を80℃以下の温度で行う請求項1乃至3の何れかに記載の製造方法。

【図1】
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【図4】
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【図5】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−210672(P2011−210672A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−79313(P2010−79313)
【出願日】平成22年3月30日(2010.3.30)
【出願人】(000003768)東洋製罐株式会社 (1,150)
【Fターム(参考)】