説明

色素安定剤

【課題】食品としての安全性が確立され安価に調達容易なデンプンを原料として、色素化合物の退色を抑制し、添加後の食品の味に大きな影響を与えないするデンプン由来の色素安定剤を提供する。
【解決手段】主に天然物由来の色素の発色安定化に好適な色素安定剤であって、ワキシーコーンスターチを主体としたデンプンに超音波を照射する加工を施して分散した微分散デンプンを有効成分とし、当該微分散デンプンを水溶化した液体、もしくは当該微分散デンプンを粉体として得た色素安定剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、色素安定剤に関し、特に天然物由来色素の発色を安定化させるデンプンから調製された色素安定剤に関する。
【背景技術】
【0002】
食品において、その色彩は味や風味と並んで極めて重要な要素であり、特に形状、色彩等の外観の善し悪しが需要者の選択の尺度となる。この点、青果類、魚介類、畜肉類等の生鮮食品は言うに及ばず、加工食品においても同様である。すなわち、食品の美的な外観を需要者に訴求する上で色彩は重要な位置を占めており、その善し悪しが売れ行きを大きく左右する。
【0003】
食品の色合い、色彩は、含有される各種の色素化合物の影響により構成される。一般的に食品に添加される各種の色素化合物は経時変化に加え、調理、加工時の加熱や殺菌、酸性やアルカリ性等の加工上の諸条件により、容易に当該化合物分子は分解等により退色が進んでしまう。このようなことから、食品製造に際し、色彩の退色に細心の注意を払った上で加工される。
【0004】
また、食品の退色は、その加工時だけではなく流通時にも生じることが知られている。この場合、流通過程の温度管理の不徹底による温度上昇、日光曝露等の事故的な要因ばかりでなく、商品として陳列棚に載せられた後の店内照明による退色もある。例えば、漬物等の加工食品は、食材そのものの新鮮さを強調するため、透明フィルムの容器で包装される。そのため、こういった食品は常に光線透過の影響を受けることから、食品の退色への有効な対策が求められている。特に、天然物由来色素では退色の影響を受けやすい。
【0005】
そこで、色彩の退色を見越して予め退色防止効果のある成分を食品に添加する提案が成されている。例えば、クチナシ黄色色素の退色防止剤としてクロロゲン酸を代表とするポリフェノール類を添加する手法(特許文献1参照)、ナス漬け物について、シクロデキストリンを含有した浸漬液を用いることにより色調を安定化させる手法(特許文献2参照)が提唱されている。また、アントシアニン系色素に対して、その0.1〜5.0倍量のグリシルリチンまたはその塩を添加する手法(特許文献3参照)、さらには、ニゲロオリゴ糖を有効成分として用いた退色防止剤が報告されている(特許文献4参照)。
【0006】
しかしながら、特許文献1にあっては、純度の低いクロロゲン酸は植物抽出物特有の苦味や雑味を有しており、それらの除去には溶媒抽出等の煩雑な工程を要する。特許文献2について、シクロデキストリンは食品成分として安定性の付与に有効であることは周知である。しかし、水への溶解性が低いという難点がある。次に特許文献3については、グリシルリチンは砂糖の200倍もの甘味を呈するため、使用量いかんによっては、食品全体の味覚の調和を損ないやすい欠点がある。さらに、特許文献4のニゲロオリゴ糖は、特殊な微生物の産生する糖転移酵素により生成される。ゆえに、製造が煩雑化し、経費の面で割高となる。
【特許文献1】特許第2904974号公報
【特許文献2】特許第2981223号公報
【特許文献3】特開平9−263707号公報
【特許文献4】特許第3364442号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
発明者らは、前記の先行技術にあるシクロデキストリン等の糖鎖化合物の安定化機能を調査しつつ、そのもととなるデンプンについても鋭意研究を重ねた。デンプンは低廉に入手可能であり、保存性に優れ、しかも安全面においては周知である。この結果、発明者らは、超音波照射を伴ったデンプン糊化物の適度な分散物が色素成分の安定化に寄与することを発見した。
【0008】
本発明は前記の点に鑑みなされたものであり、食品としての安全性が確立され安価に調達容易なデンプンを原料として、色素化合物の退色を抑制するデンプン由来の色素安定剤を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、請求項1の発明は、超音波加工による微分散デンプンを有効成分とすることを特徴とする色素安定剤に係る。
【0010】
請求項2の発明は、前記微分散デンプンを水溶化した液体からなる請求項1に記載の色素安定剤に係る。
【0011】
請求項3の発明は、前記微分散デンプンが粉体からなる請求項1又は2に記載の色素安定剤に係る。
【0012】
請求項4の発明は、前記微分散デンプンがワキシーコーンスターチを主体とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の色素安定剤に係る。
【発明の効果】
【0013】
請求項1の発明に係る色素安定剤によると、超音波加工による微分散デンプンを有効成分とするため、食品としての安全性が確立され安価に調達容易なデンプンを原料として色素化合物の退色を抑制するデンプン由来の色素安定剤を得ることができる。特に、デンプン自体には味がないため、添加後に食品の味覚に与える影響は少ない。
【0014】
請求項2の発明に係る色素安定剤によると、請求項1の発明において、前記微分散デンプンを水溶化した液体からなるため、デンプンの糊化物を得る製造工程を利用可能となり、比較的安価に製造することができる。
【0015】
請求項3の発明に係る色素安定剤によると、請求項1又は2の発明において、前記微分散デンプンが粉体からなるため、色素安定剤としての防腐や保存、取り扱いやすさが向上する。
【0016】
請求項4の発明に係る色素安定剤によると、請求項1ないし3のいずれか1項の発明において、前記微分散デンプンがワキシーコーンスターチを主体とするため、アミロペクチン含有量が極めて高いことから糊化時の安定性に優れ、容易に色素安定化性能を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下添付の図面に基づきこの発明の好適な実施形態を説明する。
図1は第1実施形態の色素安定剤の概略工程図、図2は第2実施形態の色素安定剤の概略工程図である。
【0018】
色素化合物の退色の主な要因は、経時変化に伴う色素化合物(特にはその分子)の分解、構造変化である。この経時変化に加え、加工や保存時の加熱、水素イオン濃度の変化による色素化合物分子の分解、構造変化、陳列時の光線曝露(可視光線、紫外線等の電磁波)に伴い、食品内の溶存酸素、その他の酸素供与種から生じる酸素ラジカル種の攻撃を受けることによる色素化合物分子の分解、構造変化は促進する。そのため、加熱、水素イオン濃度の変化、及び活性酸素の影響から色素化合物分子を保護することができれば、発色に有効な量の色素化合物分子をより温存可能となり、製造時の色合いを維持できるものと考えられる。
【0019】
そこで、発明者らは、デンプンの諸物性を鋭意研究するうちに、請求項1に規定するように、食品の着色、発色目的に添加される色素化合物に作用することにより、その退色抑制を可能とした超音波加工を伴って微分散したデンプンを有効成分とする安定剤を得るに至った。
【0020】
色素の安定化の対象となる色素化合物は、主に天然物由来の色素が該当する。大別すると、カロテノイド系(アトナー色素、クチナシ色素、パプリカ色素等)、アントシアニン系(赤キャベツ色素、ぶどう果皮色素等)、フラボノイド系(ベニバナ色素等)、ベタシアニン系(赤ビート色素等)、アザフィロン系(ベニコウジ色素等)、フィコシアニン系(スピルリナ色素等)の各種色素が例示される。当然ながら、これら以外の天然物由来の色素にも適用可能である。また、発色作用を有する有機化合物、レーキ等の合成色素を含めてもよい。
【0021】
図1の概略工程図を用い、請求項2の発明に規定する第1実施形態の色素安定剤に関して説明する。色素安定剤は安価であり調達容易なデンプンを出発原料とする。デンプンは、いったん水等の水分に分散後、加熱等により適度にデンプン結晶中に水分子が入り込んだ状態、すなわち糊化される(S11)。次に、糊化したデンプン溶液に対して超音波が照射される。この物理的なエネルギーが加わることにより、複数デンプン分子の絡み合いの解消、すなわち分散が促進する(S12)。こうして、超音波照射により適度に分散したデンプン分子の液状物(微分散デンプンの水溶化物)が得られる。これは、第1実施形態の色素安定剤(P1)である。
【0022】
図1の概略工程図に示した糊化(S11)において、デンプン糊化時の粘度は、デンプンの種類、添加水分量、色素安定化性能を始め、設備面等より好適に勘案される。たいてい、デンプンは0.2〜40Pa・sの粘度範囲内に調製される。特に、工程間の流動性等が考慮されるため、デンプンは0.2〜4Pa・sの粘度範囲内に調製されることが好ましい。
【0023】
デンプンを溶解する場合、作業効率の面から温水、熱水が用いられる。加えて、製品となる色素安定剤の添加用途に合わせて、水以外に塩水、糖蜜水、調味料を溶解させた溶液、スープ(ブイヨン)、出汁、たれ、つゆ等にデンプンを溶解させて、呈味のデンプン糊化物とすることも可能である。この場合、添加対象となる食材の水分希釈が回避される。
【0024】
超音波照射(S12)において、照射する超音波は、20kHz〜1MHzの一般的な周波数であり、超音波発振器の出力も100〜2000Wの適宜である。周波数や出力は、照射対象となるデンプンの種類、濃度、糊化の性状、並びに所望する最終的な粘度等により総合的に規定される。
【0025】
超音波照射に用いる処理槽、超音波振動子、超音波発振器等は、生産規模や処理能力等を勘案して適切に選択される。デンプン糊化物に対する超音波照射は、逐次回分式あるいは連続式のいずれであっても良い。
【0026】
続いて図2の概略工程図を用い、請求項3の発明に規定する第2実施形態の色素安定剤に関して説明する。第1実施形態の場合と同様に、デンプンは、いったん水等の水分に分散後、加熱等により適度にデンプン結晶中に水分子が入り込んだ状態、すなわち糊化される(S21)。次に、糊化したデンプン溶液に対して超音波が照射され、物理的なエネルギーが加わり絡み合ったデンプン分子の解きほぐし(分散)が促進する(S22)。超音波照射により水等に分散されたデンプン分子の液状物(デンプン分散物)が乾燥され、乾燥物に加工される(S23)。こうして、超音波照射により適度に低分子量化したデンプン分子の粉状物(微分散デンプンの粉体)が得られる。この乾燥物が第2実施形態の色素安定剤(P2)である。溶解・糊化(S21)、超音波照射(S22)は、第1実施形態の色素安定剤(P1)にて詳述した装置、手法と同様であるため、その説明を省略する。
【0027】
乾燥(S23)においては、凍結乾燥、真空ドラムドライヤによる乾燥、噴霧乾燥(スプレードライ)等が用いられる。乾燥することにより、防腐や保存、取り扱いやすさ等の利便性が向上する。デンプン由来の色素安定剤は、もとより呈味や風味維持が所望されていないため、量産性に優れた噴霧乾燥が用いられる。乾燥物の形状は、粉末状あるいはフレークのような不定形状等、限定されない。なお、食品添加時の拡散性能の観点から、粉末状であることが好ましく、必要に応じて粒径の分級が行われる。
【0028】
第2実施形態の原料デンプンの糊化に際し、水以外の塩水や調味料液を用いるならば、呈味を有するデンプン分散物の乾燥品が得られる。このような乾燥物は、食品添加用途として、食材の味を薄めることがなくなり、食品全体としての味のバランスを保つ上で好ましい。ただし、調味料液にデンプン分子を分散させている場合、風味の減退を避けるため、真空ドラムドライヤ等を用いることが好ましい。
【0029】
これまでに述べた色素安定剤の原料となるデンプンは、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、ライムギ、コメ、サツマイモ(甘藷デンプン)、ジャガイモ(馬鈴薯デンプン)、エンドウ、緑豆、タピオカ等に由来する。発明者らは、糊化後に沈澱や固化等を生じないデンプンほど、良好な色素の色素安定性能を発現することを見出した。デンプンの糊化後の安定性はアミロペクチン含量に相関があると考えられており、アミロペクチン量が高いほど糊化後に沈澱や固化を生じにくい。このことから、請求項4の発明に規定するように、デンプン分解物は、ワキシーコーンスターチを主原料とすることが最良である。このワキシーコーンスターチのデンプンは、ほぼ全量アミロペクチンから構成される。
【0030】
デンプン由来の色素安定剤の製造において、作業の簡便さから通常1種類の原料デンプン(主にワキシーコーンスターチのみ)を適度に制御しながら超音波照射することにより得られる。これに加えて、原料デンプンを別々に超音波照射して分散し、予め異なるデンプン分散物同士を事後的に所望の割合で混合して色素安定剤を調製することもできる。むろん、原料デンプンの超音波照射に当たり、単一種類のデンプンを異なる照射量毎に調製して事後混合する方法や、複数種類のデンプンを異なる照射量毎に調製して事後混合する方法等、適宜に選択できる。例えば、原料デンプンを調達するに当たり、原料の収穫地、収穫時期、収穫年等の環境要因による品質の変動がありうる。そこで、事後的にデンプン分散物同士を混ぜ合わせることにより、色素安定剤としての極力品質を安定させることができる。
【0031】
超音波照射を経た微分散デンプンによる色素安定化に関する作用機構の詳細は現時点で不明である。ただし、後述の実施例に開示するとおり、デンプンを溶解糊化して超音波を照射した微分散デンプンによって、色素成分の安定化作用は認められる。
【0032】
そこで、本発明のデンプンの微分散物からなる色素安定剤にあっては、食品、飲料、医薬品、化粧品等に添加された色素成分による発色の安定化に有利に作用するものと考えられる。本発明の色素安定剤は既述のとおりデンプンを原料とするため、極めて安価に調達可能であり、食品として古くから利用されている。ゆえに、色素安定剤としての経済性並びに安全性において優れている。また、デンプンは添加した後に食品の味覚に影響を与えることがほとんどないため、食品添加用途としても都合がよい。特に、デンプンの微分散度は照射する超音波の時間、周波数等により定量的に制御可能であることから、目的とする色素に対応したデンプンの微分散物を造り分けることも容易である。さらには、野菜、果物の搾汁液に添加して、その発色を安定化させる用途にも適用可能である。むろん、本発明の微分散デンプンと既存の色素安定剤とを併用することも可能である。
【実施例】
【0033】
[微分散デンプンの調製]
原料デンプンとしてワキシーコーンスターチ(日本食品化工株式会社製:ワキシスターチ)を用い、これに水を加え、ミニクッカー(ノリタケエンジニアリング株式会社製)により10%濃度の糊化液とした。次に、超音波分散機GSD1200CVP(株式会社ギンセン製)を用い、周波数20kHz、出力1200Wの条件の下、約50℃の液温を維持しながらデンプン糊化液に超音波照射し、粘度が約0.3Pa・sになるまで微分散化した。得られた液状物を乾燥機内に入れて100℃の熱風を当てながら乾燥して微分散デンプン粉末(各表中、微分散デンプンとした。)を得た(図2の工程図参照)。
【0034】
粘度の測定は、日本薬局方の一般試験法における粘度測定法に準拠し、粘度分析装置(東機産業株式会社製:TVB−10M)を用い、50℃における粘度(Pa・s)として測定した。なお、上記の粘度の選択に際し、出願人が以前に出願した超音波照射により微分散化したデンプンの乳化安定剤の知見を参考とした。
【0035】
[使用色素]
発色安定試験用に次の9種類の天然物由来色素を用い、加熱、紫外線、水素イオン濃度(一部)による影響を測定した。測定に際し、水溶液中の色素の濃度は0.1%に統一した。
・評価色素1: ベニバナ色素 (関東化学株式会社製)
・評価色素2: クチナシ色素 (関東化学株式会社製)
・評価色素3:スピルリナ色素 (関東化学株式会社製)
・評価色素4:ぶどう果皮色素 (関東化学株式会社製)
・評価色素5:ベニコウジ色素 (関東化学株式会社製)
・評価色素6: アトナー色素 (関東化学株式会社製)
・評価色素7: 赤ビート色素 (関東化学株式会社製)
・評価色素8:赤キャベツ色素 (関東化学株式会社製)
・評価色素9: パプリカ色素 (関東化学株式会社製)
【0036】
[対照群の設定]
本発明の微分散デンプン粉末の対照群として、既存の色素安定剤よりα−サイクロデキストリン(株式会社林原生物化学研究所製)、粉末水飴(フタムラスターチ株式会社製:粉末水飴HLD)を用いた。α−サイクロデキストリン、粉末水飴は、デンプンの加水分解物であり、微分散デンプンとの分解度の対照例として選択した。さらに、対比のため添加なし(上記の評価色素の水溶液のみ)も用意した。微分散デンプン粉末、α−サイクロデキストリン、粉末水飴の添加濃度は、いずれも0.1%とした。この添加濃度は一般的な食品添加用の色素濃度(上記の色素濃度参照)に相当し、通常使用されている色素安定剤の添加濃度に揃えたことによる。
【0037】
[極大吸収波長の特定]
上記9種類の評価色素とも0.1%濃度の水溶液に調整後、石英セル内(光路長10mm)に水と色素水溶液を添加し分光光度計(株式会社島津製作所製:UV−1700)に供した。水に対する色素水溶液の添加量については、極大吸収波長における吸光度値がおよそ1.0となるように、水3mLに対し色素水溶液100μLを目安に希釈、調整した。極大吸収波長の決定については、400〜1000nmのスペクトラムモード設定より各色素毎の極大吸収波長を探査し適宜データ処理を施した。得られた波長をその色素特有の極大吸収波長とした。
【0038】
各評価色素毎、以下のとおりの極大吸収波長である。
・評価色素1: ベニバナ色素 =400nm
・評価色素2: クチナシ色素 =440nm
・評価色素3:スピルリナ色素 =616nm
・評価色素4:ぶどう果皮色素 =528nm
・評価色素5:ベニコウジ色素 =420nm
・評価色素6: アトナー色素 =420nm
・評価色素7: 赤ビート色素 =520nm
・評価色素8:赤キャベツ色素 =536nm
・評価色素9: パプリカ色素 =528nm
【0039】
[処理前の評価]
上記9種類の評価色素の極大吸収波長を特定した後、各評価色素の極大吸収波長による添加なし(水のみに評価色素を溶解、濃度0.1%)の吸光度を測定した。次に、評価色素及び微分散デンプン粉末水溶液(共に濃度0.1%ずつ)、評価色素及びα−サイクロデキストリン(α−CD)水溶液(共に濃度0.1%ずつ)、評価色素及び粉末水飴水溶液(共に濃度0.1%ずつ)の水溶液を評価色素毎に調整し、9種類の評価色素について吸光度を測定した。これらの吸光度は処理前の評価とした。なお、吸光度(Abs)のままでは比較しづらいため、各評価色素についてそれぞれ添加なしを100とし、この添加なしの吸光度から実際の吸光度との乖離量により個々の色素安定剤を評価することとした(表1ないし表9における処理前の欄を参照)。
【0040】
[加熱影響評価]
上記9種類の評価色素について、添加なし(水のみに評価色素を溶解、濃度0.1%)、評価色素及び微分散デンプン粉末水溶液(共に濃度0.1%ずつ)、評価色素及びα−サイクロデキストリン水溶液(共に濃度0.1%ずつ)、評価色素及び粉末水飴水溶液(共に濃度0.1%ずつ)の各水溶液を10mLずつ試験管に分取し、15分間ほど沸騰湯浴中に置いた。煮沸直後、その色素特有の極大吸収波長の吸光度を測定し、各評価色素の添加なしからの変化を算出した(表1ないし表9における加熱処理の欄を参照)。
【0041】
[紫外線影響評価]
上記9種類の評価色素について、添加なし(水のみに評価色素を溶解、濃度0.1%)、評価色素及び微分散デンプン粉末水溶液(共に濃度0.1%ずつ)、評価色素及びα−サイクロデキストリン水溶液(共に濃度0.1%ずつ)、評価色素及び粉末水飴水溶液(共に濃度0.1%ずつ)の各水溶液について、それぞれ10mLずつ分取し、透明ポリエチレン樹脂袋(120mm×200mm、厚さ0.03mm)内に注入し袋の開口部をヒートシールにより密閉した。
【0042】
紫外線照射の光源には15Wの殺菌灯(三菱電機株式会社製:GL15)を用い、この殺菌灯の直下55cmに各水溶液を内包する透明ポリエチレン樹脂袋を薄く広げて静置した。殺菌灯を30分間、または60分間点灯して樹脂袋に紫外線を照射した。紫外線30分照射後、樹脂袋を開封してその色素特有の極大吸収波長の吸光度を測定し、各評価色素の添加なしからの変化を算出した。また、紫外線60分照射後、樹脂袋を開封してその色素特有の極大吸収波長の吸光度を測定し、各評価色素の添加なしからの変化を算出した(表1ないし表9における紫外線照射の欄を参照)。
【0043】
[水素イオン濃度影響評価]
水素イオン濃度による影響の評価においては、評価色素を水に溶解する代わりにpH4.0に調整した10mM酢酸緩衝液、評価色素をpH6.0に調整した10mMリン酸緩衝液、評価色素をpH8.0に調整した10mMリン酸緩衝液にそれぞれ溶解した。そして、添加なし(pH4.0,pH6.0,pH8.0の各緩衝液に評価色素のみを溶解、濃度0.1%)の吸光度、評価色素及び微分散デンプン粉末水溶液(pH4.0,pH6.0,pH8.0の緩衝液に両者を溶解、いずれも共に濃度0.1%ずつ)、評価色素及びα−サイクロデキストリン(α−CD)水溶液(pH4.0,pH6.0,pH8.0の緩衝液に両者を溶解、いずれも共に濃度0.1%ずつ)、評価色素及び粉末水飴水溶液(pH4.0,pH6.0,pH8.0の緩衝液に両者を溶解、いずれも共に濃度0.1%ずつ)の水溶液を調整した。
【0044】
水素イオン濃度の影響評価は、評価色素1(ベニバナ色素),評価色素2(クチナシ色素),評価色素3(スピルリナ色素),評価色素4(ぶどう果皮色素),評価色素7(赤ビート色素)の色素について行い、添加、混合直後の極大吸収波長の吸光度を測定した。特に、評価色素7(赤ビート色素)の色素については、添加、混合直後に加えて、前述の加熱影響評価、紫外線影響評価も同様の方法により測定した(表10参照)。
【0045】
上記の処理前の評価、加熱影響評価、紫外線影響評価における吸光度の測定に当たり、極大吸収波長の探査と同様のセルを用い、同様の希釈濃度(水3mLに対し色素水溶液100μLを目安に希釈、調整)とした。また、水素イオン濃度影響評価においても、極大吸収波長の探査と同様のセルを用い、同様の希釈濃度とした。
【0046】
【表1】

【0047】
【表2】

【0048】
【表3】

【0049】
【表4】

【0050】
【表5】

【0051】
【表6】

【0052】
【表7】

【0053】
【表8】

【0054】
【表9】

【0055】
【表10】

【0056】
[色素安定性の結果・考察]
各表に示すとおり、超音波照射を受けて微分散化したデンプンについては、加熱や、紫外線照射を経たとしても、色素の安定性が確保されていることから、概ね色素安定性能を発現しているものと認められる。厳密には各色素毎の性能上の差異は認められるものの、既存の色素安定剤であるα−サイクロデキストリンとの代替は十分可能である。また、水素イオン濃度の条件を酸性、弱酸性、アルカリ性と変化させた場合であっても、微分散デンプンには変動は見られず、ほぼ一定である。従って、広汎な食品添加用途にも対応可能である。
【0057】
この結果を踏まえ、発明者らは、微分散デンプンの色素安定性発現についておおよそ次の機構を想定する。
【0058】
一般的に糊化したデンプンにおいては、膨潤することによりデンプン結晶を構成する糖鎖間に水分子が侵入し、水分子が抱きかかえられたネットワーク状の高分子構造を形成している。そのため、デンプン糊に見られる特有の付着性や弾力性を発現している。糊化したデンプンに対し超音波が照射された場合、前記のネットワーク状の高分子構造が適度に分解される。デンプンに対する超音波照射による物理的な処理は、酵素処理と異なり分解を促進し過ぎない。
【0059】
超音波照射を経た微分散デンプンは溶液中においてデンプンの構造をある程度維持している高分子である。発明者らの以前の知見から、数平均分子量はだいたい400000〜600000である。これは、デンプンを分解して得られるサイクロデキストリンや水飴等と比較して圧倒的に巨大な分子である。そのため、デンプン特有のらせん状の直鎖や分岐の高次構造が適度に保存されている。
【0060】
色素成分のもととなる色素化合物分子の多くは、炭素の二重結合や炭素環(芳香環、複素環等も含む)に見られる複雑な構造骨格を有する。この構造特性により、固有の波長が吸収されて特有の発色が得られる。例えば、テルペン化合物の各種カロテン類、アスタキサンチン類、アトナー色素のビキシン、赤ビート色素のベタニン等は疎水性の構造部位を有していることから、比較的反応性に富み、酸素ラジカル種等の攻撃を受けやすい。そのため、色素化合物分子の多くは、加熱による分解等の影響を受けやすく、同時に保存時の光線曝露においても分解、別種分子への変化が生じやすい。また、各種の塩を形成している色素化合物分子にあっては、水素イオン濃度の変化に伴い活性部位が変化し、発色の変化、さらには退色を引き起こす。このため、分子内の反応性部位の保護も必要となる。
【0061】
上記のとおり、微分散デンプンは高次らせん状構造を適度に維持していることから、色素化合物分子は微分散デンプンにより包摂されて保護され、温度変化からの衝撃、食品水分中に生じた酸素ラジカル種との接触、水素イオン濃度の影響が低減、緩和されるものと考える。
【0062】
なお、微分散デンプンを添加、混合しただけで10〜20%も数値が上昇した色素もある。このような色素増強効果に関して、色素分子が微分散デンプン内の高次らせん状構造に包摂されることにより、色素分子の立体構造に何らかの変化が生じ、より吸収が強まる構造に変化している可能性を予想する。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】第1実施形態の色素安定剤の概略工程図である。
【図2】第2実施形態の色素安定剤の概略工程図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超音波加工による微分散デンプンを有効成分とすることを特徴とする色素安定剤。
【請求項2】
前記微分散デンプンを水溶化した液体からなる請求項1に記載の色素安定剤。
【請求項3】
前記微分散デンプンが粉体からなる請求項1又は2に記載の色素安定剤。
【請求項4】
前記微分散デンプンがワキシーコーンスターチを主体とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の色素安定剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−163096(P2008−163096A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−351717(P2006−351717)
【出願日】平成18年12月27日(2006.12.27)
【出願人】(592184876)フタムラ化学株式会社 (60)
【出願人】(506157684)フタムラスターチ株式会社 (5)
【Fターム(参考)】