説明

色覚補助装置、色覚補助方法及びプログラム

【課題】画像に含まれる広範囲の色を色覚異常者に弁別できるように変換でき、あるいは画像の色の変換を円滑に行え、あるいは元の色の特徴を反映した態様で色の変換ができるようにするための色覚補助装置等を提供する。
【解決手段】制御部1は、色空間内の可視色領域を分割して得られる数の色ゾーンを1個ずつ順次選択する。一方で制御部1は、映像入力部4に撮像させ、得られた映像データが表す画像のうち、現に選択されている色ゾーンに属する色を有する部分を特定して、この部分の色が、色覚異常者によりこの色と異なる色として識別されるような他の色へと変換されたものとなるように映像データを変換し、変換された映像データが表すカラー画像を、映像出力部5に表示させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、色覚補助装置、色覚補助方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
色覚異常のために互いに同一の色として知覚されてしまう色のペア(混同色)を色覚異常者が互いに異なる色として弁別できるようにする手法として、たとえば特許文献1に開示されているような、色覚異常者が視認する対象である画像の色の一部を変換する手法が行われている。また、色を変換する規則については、たとえば非特許文献1に開示されているものなどが考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−252356号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】K. Rasche, R. Geist, and J. Westall, Detail preserving reproduction of color images for monochromats and dichromats, IEEE Computer Graphics and Applications, vol. 25, No. 3, pp. 22-30, May/June 2005.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、画像全域について混同色を弁別可能とするために一挙に色の変換を行う場合、画面に含まれるすべての混同色を解消する必要がある上、変換により新たな混同色を生成してしまわないようにする必要もあり、このような条件を満たす変換結果を決定するための演算は膨大な量となる。このため、決定が困難になったり、変換の対象とする色の範囲を制限せざるを得なかったり、さらには、変換結果を決定する処理を行うプロセッサ等として演算能力が極めて高いものが必要となったり、動画を表示するときのように変換対象の画像が刻々変化する場合は演算がこの変化に追随できなくなったりする、といった問題が生じる。また、変換後の色は元の色と大きく異なったものとなり得るので、色覚異常者には、元の色の特徴が十分正しく伝達されにくい。
【0006】
本発明は、上述の問題点に鑑みてなされたもので、画像に含まれる広範囲の色を色覚異常者に弁別できるように変換でき、あるいは画像の色の変換を円滑に行え、あるいは元の色の特徴を反映した態様で色の変換ができるようにするための色覚補助装置、色覚補助方法及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明の第1の観点に係る色覚補助装置は、
色空間内で可視色が占める領域内で複数個の部分をなす複数の色ゾーンを1個ずつ順次選択する色ゾーン選択手段と、
カラー画像を表す映像データを取得する映像データ取得手段と、
前記映像データ取得手段が取得した映像データが表すカラー画像のうち、前記色ゾーン選択手段が現に選択している色ゾーンに属する色を有する部分を特定して、当該特定された部分の色が、色覚異常者により当該色と異なる色として識別される他の色へと変換されたものとなるように、前記映像データの変換を行う変換手段と、
変換された前記映像データが表すカラー画像を表示する映像表示手段と、
より構成される。
【0008】
前記映像データ取得手段は、外部の標的物を撮像することにより当該標的物のカラー画像を表す前記映像データを取得する処理を繰り返し行うものであってもよい。
この場合たとえば、前記色ゾーン選択手段は、前記映像データ取得手段が前記映像データを取得する毎に、当該取得に応答して、現に選択していた色ゾーンとは異なる色ゾーンを新たに選択するものであってもよく、前記変換手段は、前記色ゾーン選択手段が新たに色ゾーンを選択する毎に、当該選択に応答して、映像データ取得手段が取得した最新の映像データにつき前記変換を行うものであってもよい。
【0009】
それぞれの前記色ゾーンは、たとえば、前記色空間内で可視色が占める領域内の線であって同一の当該線上にある2点に相当する2色が色覚異常者には互いに同一の色として知覚されるという関係にある複数本の線をそれぞれ当該色ゾーン内外の境界において分割するような位置を、当該色空間内で占めるものであればよい。
【0010】
前記色ゾーンは、前記色空間内で可視色が占める領域が、色覚異常者が正常色覚者と同様に知覚できる色としてあらかじめ特定された色の集合が前記色空間内でなす面である色知覚面と当該色知覚面に平行な面とからなる面群によって分割されることにより得られる、前記複数個の部分をなすものであってもよい。
【0011】
前記変換手段は、前記映像データ取得手段が取得した映像データが表すカラー画像の前記特定された部分の色が、当該部分の色と実質的に等しい明度を有する他の色へと変換されたものとなるように、前記映像データの変換を行うものであってもよい。
【0012】
あるいは、前記変換手段は、前記映像データ取得手段が取得した映像データが表すカラー画像の前記特定された部分の色が、当該部分の色と実質的に等しい色度を有する他の色へと変換されたものとなるように、前記映像データの変換を行うものであってもよい。
【0013】
また、本発明の第2の観点に係る色覚補助方法は、
色空間内で可視色が占める領域内で複数個の部分をなす複数の色ゾーンを1個ずつ順次選択する色ゾーン選択ステップと、
カラー画像を表す映像データを取得する映像データ取得ステップと、
前記映像データ取得ステップで取得した映像データが表すカラー画像のうち、前記色ゾーン選択手段が現に選択している色ゾーンに属する色を有する部分を特定して、当該特定された部分の色が、色覚異常者により当該色と異なる色として識別される他の色へと変換されたものとなるように、前記映像データの変換を行う変換ステップと、
変換された前記映像データが表すカラー画像を表示する映像表示ステップと、
より構成される。
【0014】
また、本発明の第3の観点に係るプログラムは、
カラー画像を表示する表示装置を備えたコンピュータを、
色空間内で可視色が占める領域内で複数個の部分をなす複数の色ゾーンを1個ずつ順次選択する色ゾーン選択手段、
カラー画像を表す映像データを取得する映像データ取得手段、
前記映像データ取得手段が取得した映像データが表すカラー画像のうち、前記色ゾーン選択手段が現に選択している色ゾーンに属する色を有する部分を特定して、当該特定された部分の色が、色覚異常者により当該色と異なる色として識別される他の色へと変換されたものとなるように、前記映像データの変換を行う変換手段、
変換された前記映像データが表すカラー画像を表示する映像表示手段、
として機能させる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、画像に含まれる広範囲の色を色覚異常者に弁別できるように変換でき、あるいは画像の色の変換を円滑に行え、あるいは元の色の特徴を反映した態様で色の変換ができるようにするための色覚補助装置、色覚補助方法及びプログラムが実現される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施の形態に係る色覚補助ツールの構成を示す図である。
【図2】図1の色覚補助ツールが実行する処理を示すフローチャートである。
【図3】LMS空間内で色ゾーンが占める範囲を示す図である。
【図4】CIELUV表色系のu’v’色度図上で色ゾーンが占める範囲を示す図である。
【図5】CIELUV表色系のu’v’色度図上で色ゾーンが占める範囲の他の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態を、色覚補助ツールを例として、図面を参照しつつ説明する。
この色覚補助ツールは、たとえば図1に示すように、制御部1と、主記憶部2と、外部記憶部3と、映像入力部4と、映像出力部5と、タイマー6とより構成されている。主記憶部2、外部記憶部3、映像入力部4、映像出力部5及びタイマー6は、いずれも制御部1に接続されている。
【0018】
制御部1は、たとえばCPU(Central Processing Unit)、GPU(Graphics Processing Unit )等のプロセッサより構成されており、たとえば、外部記憶部3が記憶するプログラムを読み出して実行することにより、後述する処理を行う。
【0019】
主記憶部2は、たとえばRAM(Random Access Memory)等のメモリより構成されており、制御部1のワークエリアとなる記憶領域を提供する。
【0020】
外部記憶部3は、たとえばハードディスク装置等の記憶装置より構成されており、たとえば上述のプログラムを記憶する。外部記憶部3は、制御部1が供給する指示に従って、自己の記憶領域に格納されているこれらのプログラムを読み出して制御部1に供給し、また、制御部1が供給する指示に従って、当該記憶領域に、制御部1より供給されたデータを記憶する。
【0021】
映像入力部4は、たとえばCCD(Charge Coupled Device)イメージセンサー等より構成される撮像装置を備えている。映像入力部4は、制御部1より供給される制御信号に応答して自己の視野内の被写体(標的物)のカラー画像を表す映像データを生成し(すなわち、この標的物を撮像し)、生成した映像データを制御部1に供給する。この映像データは、標的物を画素(あるいはその他、標的物の画像を、実質的に同一の色が占める微小な領域の集合へと細分化したもの)の集合として表すデータであるものとする。
【0022】
映像出力部5は、たとえば液晶ディスプレイ等より構成されており、制御部1が供給する信号により指示される内容を有するカラー画像を自己の表示画面上に表示する。
【0023】
タイマー6は、たとえば水晶発振器等より構成されており、一定時間毎に所定のクロック信号を発生して制御部1に供給する処理を継続的に行う。なお、制御部1を駆動するクロック信号を発生する回路等がタイマー6の機能を行ってもよい。
【0024】
次に、この色覚補助ツールの動作を説明する。図2は、この色覚補助ツールが実行する処理を示すフローチャートである。
【0025】
処理を開始すると、制御部1はまず、映像入力部4に、撮像を指示する制御信号を供給する。映像入力部4は、この制御信号に応答して、が自己の視野内の標的物をカラー撮像し、この標的物のカラー画像を画素の集合として表す映像データを制御部1に供給する。制御部1は、この映像データを取得して、たとえば主記憶部2の記憶領域に格納することによりこれを一時記憶し(図2、ステップS1)、ステップS2へと処理を移す。なお、後述するステップS5の処理をすでに経ていて、その結果として現に映像出力部5により表示されている画像データがある場合は、この画像データも、再びステップS5へと処理を移すまで引き続き一時記憶した状態を保つものとする。
【0026】
ステップS2で制御部1は、画素の色を変換する後述のステップS4の処理を、どの範囲の色を有する画素を対象として行うかを決定する。色の範囲の決定は、具体的には、たとえば以下説明する複数のブロックすなわち色ゾーンのうち1個を選択することによって行う。色ゾーンは、色を座標値により表すための2次元ないし3次元の空間(色空間)内で、正常色覚者が知覚できる色に相当する点全体が占める領域(以下では、可視色領域と呼ぶ)を、複数個に分割することによって(ないしは、複数個の部分を切り出すことによって)形成される各領域をいう。
【0027】
この点、この色覚補助ツールでは、図3に示すように、LMS空間内で可視色領域に相当する立体を、後述する色知覚面及びこれと平行で所定の間隔をおいて並ぶ十分多数の面からなる面群により切り分けることで形成される複数の区間のそれぞれが1個の色ゾーンであるものとして処理を行う。図3は、紙面に向かって手前側から順に「#1」〜「#6」まで合計6個の色ゾーンが設定されている場合を例示するものである。なお、LMS空間は、人間の網膜を構成する3種の錐体細胞であるL錐体、M錐体及びS錐体のそれぞれが受ける刺激の強度(それぞれ、L軸方向成分、M軸方向成分及びS軸方向成分とする)により色を表す3次元直交座標系からなる色空間である。
【0028】
色知覚面は、LMS空間上で、「黒」(すなわち、上記3種の錐体細胞がそれぞれ受ける刺激がすべて0である色)、「上記3種の錐体細胞がそれぞれ受ける刺激が互いに等しい色のうち、当該刺激が最大である色」及び「波長475nmの色」の3色に相当する3点を含む第1の平面と、これらの3色のうち「波長475nmの色」を「波長575nmの色」に置き換えた3色に相当する3点を含む第2の平面とからなる折れ平面である。なお、図3では、「黒」「上記3種の錐体細胞が受ける刺激が互いに等しい色のうち当該刺激が最大である色」「波長475nmの色」「波長575nmの色」の各色に相当する点にそれぞれ参照記号「K」「E」「α」「β」が付されている。
【0029】
一方、LMS空間内の可視色領域は、図示するように、たとえば、上述の「黒」に、「白」「青」「黄」「赤」「マゼンタ」「緑」及び「シアン」を加えた合計8色に相当する8個の点を頂点とする六面体として概ね表すことができる。なお、図3では、「白」「青」「黄」「赤」「マゼンタ」「緑」「シアン」の各色に相当する点にそれぞれ参照記号「W」「B」「Y」「R」「M」「G」「C」が付されている。
【0030】
ここで色ゾーンの望ましい区切られ方について説明すると、色ゾーンは、当該色ゾーンとその外部との境界が、複数のタイプの色覚異常について、可視色領域内にある混同色線(可視色領域内の直線又は曲線であって、この線上にあるいずれの2点に相当する2色も色覚異常者には互いに同一の色すなわち混同色として知覚される、という関係にある線)を分割している(たとえば混同色線が直線であるとすれば、1本の混同色線を2本の半直線と1本の線分とに分割する)ように設定されることが望ましい。また、それぞれのタイプの色覚異常につき混同色線は可視色領域内に多数存在していて1個の混同色線群をなすものであり、色ゾーンは、それぞれの混同色線群につき、当該混同色線群に含まれるなるべく多くの混同色線を分割していることが望ましい。
このような関係をとるように色ゾーンが画定され、そのうえで色ゾーン毎に画素の色を変換する後述の処理が行われれば、上記複数のタイプの色覚異常により生じる混同色は、これらのタイプのうちいずれのタイプの色覚異常者にとっても、互いに異なる色として知覚され得るものとなる。
【0031】
一方、この色覚補助ツールが採用する図3の色ゾーンの区切り方について述べると、まず、上記の「波長475nmの色」及び「波長575nmの色」はいずれも、1型の色覚異常者(すなわち、L錐体に異常があるタイプの色覚異常者)、及び2型の色覚異常者(すなわち、M錐体に異常があるタイプの色覚異常者)のいずれでも正常に知覚できる色であることが知られている(この点は、たとえば、H. Brettel, F. Vienot, and J. D. Mollon, Computerized simulation of color appearance for dichromats, J. Opt. Soc. Am. A, vol. 14, no. 10, pp. 2647-2655, Oct. 1997 に開示されている)。そして同様に、色知覚面上の点により表される色は、1型及び2型のいずれの色覚異常者でも正常に知覚できるものとされている。一方、色知覚面上にない点により表される色は、これらの色覚異常者には、この点を色知覚面上に投射した点(1型の色覚異常者であればL軸方向に沿って投射した点、2型の色覚異常者であればM軸方向に沿って投射した点)に相当する色として知覚される。
【0032】
LMS空間内における1型、2型の色覚異常者の混同色線群はそれぞれL軸またはM軸に平行な直線の集合であり、一方で色知覚面はL軸またはM軸のいずれにも平行ではないから、色知覚面上または色知覚面に平行な面上の直線はこれらのいずれの混同色線群にも属することがない。従って、図3の色ゾーンはそれぞれ、1型及び2型の色覚異常について、可視色領域内にある混同色線を分割するように設定されているといえる。
また、図3に示す色ゾーンの区切り方を用いた場合、映像入力部4が標的物を昼間の屋外で撮像した場合と室内など暗い環境で撮像した場合とで、標的物の同一部分に対応する画素が互いに異なる色ゾーンに属してしまうという事態が起きにくい。
【0033】
なお、LMS空間内の色知覚面及びこれと平行な面からなる面群は、CIELUV表色系のu’v’色度図上では、たとえば図4に示すように、ある1点を通り、隣接するもの同士が所定の角度(図4では「Δθ」として表す角度)をとる複数の直線からなる直線群として近似的に表現される(ただしこの場合、波長475nmの色は「青」に、波長575nmの色は「黄」に、「上記3種の錐体細胞がそれぞれ受ける刺激が互いに等しい色のうち、当該刺激が最大である色」は「白」に、それぞれ同視されるものとし、色知覚面はLMS空間上では平面と同視されるものとする)。そして色ゾーンは、可視色領域の色の色度を表すu’v’色度図上のスペクトル軌跡に囲まれた領域(図4において参照記号「V」を付した図形)がこれらの直線のうち隣接する2本により切り取られて形成される楔形の区間として表現される。なお、図4は、可視色領域の赤色側(紙面に向かって右側)から順に「#1」〜「#7」まで合計6個の色ゾーンが設定されている場合を例示するものである。
色を表すパラメーターを用いて制御部1が演算を行う際に、当該パラメーターとしていかなる座標系の座標値を用いるかは任意であり、たとえば演算を効率化、高速化する見地から適宜のものを用い得る。従って、図3に示すようなLMS空間内の3次元直交座標系における座標値をパラメーターとしてもよいし、図4に示すようなCIELUV表色系のu’v’色度図や、CIEXYZ表色系のxy色度図の2次元直交座標系における座標値をパラメーターとしてもよい。
【0034】
また、制御部1は、ステップS2の処理を行うのが2回目以降である場合、直近の前回のステップS2の処理で選択した色ゾーンとは異なる色ゾーンを選択するものとする。
より具体的には、色ゾーンの総数がn個(nは自然数)であるとし、さらに、たとえば図3に示すように、各色ゾーンに1番からn番までの順番付けがあらかじめなされているものとして(図3の例ではn=6であり、1番〜6番がそれぞれ色ゾーン#1〜#6である)、たとえば1回目のステップS2の処理では1番の色ゾーンを選択し、直近の前回のステップS2の処理でk番(kは(n−1)以下の自然数)の色ゾーンを選択していた場合は(k+1)番の色ゾーンを選択し、前回にn番を選択していた場合は1番を選択する、というように、n個の色ゾーンをn回で一巡するよう順次に選択するものとすればよい。
【0035】
ここで図2の説明に戻ると、色ゾーンを選択した後、制御部1は、一時記憶されている映像データを書き換える(ステップS3〜S4)。具体的には、当該映像データが表す各画素のうちから、選択された色ゾーンに属する色を有する画素を特定し(ステップS3)、特定された画素の色が、元の色(変換前の色)と実質的に等しい明度を有する他の色へと変換された色となるように、一時記憶されている映像データを書き換える処理を行う(ステップS4)。
【0036】
より具体的には、ステップS4で制御部1は、たとえば変換後の画素の色が、「当該画素の元の色に相当するLMS空間内の点を含み、かつ当該点を含んだ混同色線に垂直な面と、当該点を含む、明度が互いに等しい色に相当する点の集合より構成される面(明度一定面)との交線に沿って、LMS空間内で当該点から所定の距離だけ移動した点に相当する色」となるように、映像データの書き換えによる画素の色の変換を行う(この手法を、以下では「明度一定法」と呼ぶ)。
明度一定法で変換を行うことにより、変換の対象となる画素の色は、元の色と等しい明度で、かつ、元の色と共通の混同色線上にない点に相当する色へと変換される。明度一定面はLMS空間上ではS軸にほぼ平行な面となることが知られており、一方で1型の色覚異常についての混同色線はL軸に平行になり、2型の色覚異常についての混同色線はM軸に平行になることが知られている。従って、変換前の色に相当する点からの移動方向はS軸に平行な方向となる。このため、制御部1がLMS空間の座標値をパラメーターとして演算を行う場合、明度一定法によれば、変換対象の色を表すパラメーターはそのS軸方向成分のみが変化することになり、このことをを利用するなどして演算を簡略化することができるという利点がある。
なお、ステップS3〜S4の処理を行う際も、色を表すパラメーターとして制御部1がいかなる座標系の座標値を用いるかは任意であり、たとえば演算を効率化、高速化する見地から適宜のものを用い得る。従って、制御部1は、LMS空間やCIELUV空間における座標値のほか、他の色空間における座標値をパラメーターとしてもよい。
【0037】
一時記憶されている映像データを書き換えると、制御部1は、書き換え後の当該映像データが表す画像を表示するよう指示する信号を、継続して映像出力部5に供給する。映像出力部5は、この信号が供給されている間、この信号を取得してこの信号が表す画像を表示する(ステップS5)。また、前回のステップS5の処理で映像出力部5による表示の対象とされた映像データが一時記憶されている場合、ステップS5で制御部1は、この古い映像データを消去する。
【0038】
一方、制御部1は、ステップS5で映像出力部5に画像を表示させる処理を開始すると、たとえば、タイマー6が供給するクロック信号を繰り返し参照して、ステップS5の処理開始から所定の時間(たとえば、1/15[秒])が経過したか否かを判別する処理を行い(ステップS6)、経過していないと判別するとステップS6の処理を再び行い、経過したと判別すると、処理をステップS1に戻す。
【0039】
以上説明した処理を行う結果、この色覚補助ツールは、標的物を撮像し、得られた映像データについて、1型または2型の色覚異常者にとって混同色となる色の組み合わせを、これらの色覚異常者が互いに異なる色として識別できるような色の組み合わせへと変換した上で、この映像データが表す画像を表示する。
【0040】
この色覚補助ツールでは、映像データが表す画像内の色の変換は色ゾーン毎に時分割的に行われる。その際、当該色ゾーンに属さない色として画像内にどのような色があるかを特定する処理や、画像内の混同色の特定ないし有無の判別の処理はいずれも要しない。
このため、この色覚補助ツールは、画像内のすべての混同色を一挙に変換する手法による場合に比べて処理を高速に行える。すなわち、画像内のすべての混同色を一挙に変換する場合とは異なり、変換後の色のペアとして決定すべきペアの数が膨大になって決定が困難になったり、変換の対象とする色の範囲を制限せざるを得なかったりする、といった問題は生じにくい。また、この色覚補助ツールが色の変換を行うために必要な演算の能力は、1個の色ゾーンについての演算を視覚上許容できる時間内に完了できる程度のものであればよく、映像データが表す画像内のすべての混同色を当該時間内に一挙に変換できるほどの能力は要しない。
このように高速な色変換処理が実現できるため、この色覚補助ツールでは、映像データを繰り返し撮像してそのたびに色を変換して表示する上述の処理を行うことにより、動画の色を変換して表示する動作をリアルタイムに行うことも容易に可能となる。
【0041】
また、画素の色の変換は、以上説明した例では明度一定法により(すなわち、変換の前と後とで明度が変化しないような態様で)行われる。従って色覚異常者にも、当該画素の明度の情報は変化を受けることなく伝達される。この結果、変換前の画像が正常色覚者に対して与える印象が大きく損なわれることなく異常色覚者にも共有され、変換後の画像は正常色覚者から見ても自然な画像となる。
【0042】
なお、この色覚補助ツールの構成は上述のものに限られない。
たとえば、色ゾーンの設定の態様は上述のものに限られない。色ゾーンは、可視色領域内で複数の混同色線をそれぞれ分割するような位置を占める部分として設定されているものである限り任意である。色ゾーンの内外の境界は必ずしも折れ平面である必要はなく、たとえば平面、曲面、直線、曲線、折れ直線あるいはこれらの組み合わせからなっていてもよい。
また、複数の色ゾーン同士は色空間内で互いに一部重複していても差し支えない。従って、たとえば図5に示すように、CIELUV表色系のu’v’色度図上で表現された場合の各色ゾーンが、u’v’色度図上のスペクトル軌跡を切り取る直線群の交差点を中心として所定の角度ずつ、隣接するもの同士で互いに重なり合うように設定されていてもよいし、その際に3個以上の色ゾーンが重なり合う結果となっても差し支えない。
【0043】
また、色ゾーンは、必ずしも複数のタイプの色覚異常についての混同色線を分割するように設定されていなくてもよいし、1型及び2型以外の色覚異常(たとえば、S錐体に異常があるタイプの色覚異常である3型の色覚異常や、後天性の色覚異常など)についての混同色線を分割するように設定されていてもよい。
【0044】
また、画素の色の変換は、必ずしも明度一定法により行われる必要はない。従ってたとえば、ステップS4で制御部1は、変換後の画素の色が、「当該画素の元の色に相当するCIELUV空間またはCIELAB空間内の点を含む明度一定面に垂直な方向に沿って、CIELUV空間またはCIELAB空間内で当該点から所定の距離だけ移動した点に相当する色」となるように画素の色の変換を行ってもよい(この手法を、以下では「色度一定法」と呼ぶ)。
【0045】
色度一定法で変換を行うことにより、変換の対象となる画素の色は、元の色と等しい色度で、かつ、元の色と共通の混同色線上にない点に相当する色へと変換される。色度一定法では、変換前後で画素の色度が変化しないから、たとえば赤い花の画像が青い花の画像に変換されるといった現象は起きない。このため、変換前の画像が正常色覚者に対して与える印象が大きく損なわれることなく異常色覚者に共有されるという点や、変換後の画像が正常色覚者から見ても自然な画像となるという点では、明度一定法より優れている面もある。
なお、色度一定法でステップS3〜S4の処理を行う際も、色を表すパラメーターとして制御部1がいかなる座標系の座標値を用いるかが任意である点は、上述した明度一定法の場合と同様である。
【0046】
また、制御部1が映像入力部4に撮像をさせる処理(ステップS1)を行うタイミング、色ゾーンの選択を変える処理(ステップS2)を行うタイミング、及び画素の色を変換する処理(ステップS3〜S4)を行うタイミングの設定はいずれも任意である。
従って、制御部1は、必ずしも撮像が行われる毎に色ゾーンの選択を変える必要はなく、たとえば、撮像が行われる毎に画素の色を変換する処理を行うものとする一方、色ゾーンを変える処理の方は、撮像のタイミングや画素の色を変換する処理の開始のタイミングに同期させることなく自動的に行うものとしてもよい。一定時間で可視色領域の全域を色変換の対象としてカバーするように色ゾーンの自動的変更を行うこととすれば、たとえばユーザが、色を弁別すべき標的物をあらかじめ把握していなくても、一定時間内で当該標的物をいわば「浮き上がらせる」(発見できる状態にする)ことができる。
【0047】
また、制御部1は、1個の色ゾーンについて画素の色を変換する処理を行うたびに映像入力部4に新たな画像の撮像を指示する必要はなく、1回の撮像で得られた映像データに対し、回ごとに異なる色ゾーンを対象としてステップS3〜S4の処理を複数回施してもよい。
この場合、当該映像データの書き換えは、たとえば、選択された色ゾーンに属する色を有する画素として特定された画素の色が変換される一方、直近の前回のステップS4で色を変換された画素については元の色に戻すようにして行えばよい。画素を元の色に戻す処理は、たとえば、書き換えを1回も施されていない映像データ(未変換データ)を、初回のステップS4の処理を開始するまでに主記憶部2あるいは外部記憶部3の記憶領域にあらかじめ格納しておき、この未変換データを参照することにより行えばよい。
【0048】
また、制御部1は、映像出力部5に、現在どの色ゾーンに該当する色の画素が色が変換されて表示されているかを識別する情報(たとえば、当該色ゾーンの順位や、当該色ゾーンが色空間内で占める位置を示す数値など)を表示させるようにしてもよい。
このような表示を行うことにより、画像を視認するだけでは得にくい情報を得ることができる。たとえば、ある色ゾーンについて色の変換中に、色覚異常者であるユーザーがある色を弁別可能になったとして、その色が混同色のうちのどの色であるのか(より具体的にいえば、たとえばある色ゾーンについて色を変換して画像を表示した結果ユーザーがその画像内で花の形を新たに視認できるようになったとして、その花が何色であるか、等)を、上記情報に基づいて把握することも容易になる。
【0049】
また、この色覚補助ツールは、ユーザー入力部を備えていてもよい。このユーザー入力部は制御部1に接続されていて、タッチパッド等からなっており、ユーザーの操作に従ったデータを制御部1に供給するものであるとする。
この場合、この色覚補助ツールは、ユーザー入力部がユーザーの操作に従って色ゾーンを指定するデータを制御部1に供給したとき、このデータに応答して、このデータにより指定される色ゾーンに属する色の画素を変換の対象としてステップS3〜S5の処理を行うものとしてもよい。
このように、ユーザーによる色ゾーンの指定を受け付け、指定された色ゾーンについて色の変換を行うようにすれば、たとえば、色覚異常者であるユーザーが色の弁別を特に困難だと感じた色ゾーンについて重点的に色の変換を行ったり、あるいは、ユーザーがいまだ弁別できていない標的物を探索するために、そのような標的物が有していると予想される色が属する色ゾーンをユーザーが指定してこの色覚補助ツールに色の変換を行わせる、といったインターラクティブな使い方も可能になる。
【0050】
なお、上述のユーザー入力部及び映像出力部5は、たとえば画像を自己の表示画面上に透過表示し、この表示画面上が押圧されたとき、押圧された部分の位置を示すデータを制御部1に供給するタッチパッド等から構成されていてもよい。この場合、この色覚補助ツールは、画像を表示中のこの表示画面上の一部分をユーザーが押圧し、当該一部分の位置を示すデータが制御部1に供給されたとき、このデータに応答して、ユーザーが押圧した当該一部分に表示されている画素の色を示す情報(たとえば、その色の名前やその色を示すパラメーターなど)をこの表示画面に表示させるようにしてもよい。
【0051】
また、この色覚補助ツールは、上述した各情報を文字として表示する代わりに(あるいは、文字で表示するとともに)、当該情報を音声として読み上げるようにしてもよい。この場合、この色覚補助ツールは、たとえば、制御部1が供給する指示に応答して音声合成を行うための公知の音声合成装置を備えていればよい。
【0052】
また、映像入力部4は必ずしも標的物を撮像することにより映像データを取得するものである必要はなく、たとえば既存の映像データを外部から取得するものであってもよい。この場合、映像入力部4は、たとえば、外部の記録媒体(たとえばフラッシュメモリ、CD−ROM(Compact Disc-Read Only Memory)、DVD(Digital Versatile Disc)など)から映像データを読み込むための記録媒体ドライブ装置、あるいはUSB(Universal Serial Bus)等のインターフェース回路を備えていればよい。あるいは、テレビジョン信号を受信して復調することにより画像データを取得するテレビジョン受信回路を備えていてもよい(ないしは、テレビジョン受信機に本実施の形態に係る色覚補助ツールが内蔵され、当該テレビジョン受信機が映像入力部4及び映像出力部5の機能を行ってもよい)。また、制御部1を構成するプロセッサが映像入力部4の機能を行うものとしてもよい。また、電子ブックリーダやデジタル教科書など、データを保持しこのデータをカラー映像として表示する任意のデータ閲覧装置にこの色覚補助ツールが内蔵され、当該データ閲覧装置が映像入力部4及び映像出力部5の機能を行ってもよい。
【0053】
以上、本実施の形態に係る色覚補助ツールを説明したが、この色覚補助ツールは、通常のコンピュータシステムを用いても実現することができる。
例えば、制御部1が行う上述の処理を実行させるためのプログラムを、CD−ROM、DVDあるいはその他のコンピュータ読み取り可能な記録媒体に格納して配布し、このプログラムを、液晶ディスプレイ等の表示装置を備えるコンピュータにインストールすることにより、上述の色覚補助ツールを構成することができる。
【0054】
また、プログラムをインターネット等の通信ネットワーク上の所定のサーバ装置が有するディスク装置等に格納しておき、例えば、搬送波に重畳させて、コンピュータにダウンロード等するようにしてもよい。更に、通信ネットワークを介してプログラムを転送しながら起動実行することによっても、上述の処理を達成することができる。
また、上述の機能を、OS(Operating System)が分担して実現する場合又はOSとアプリケーションとの協働により実現する場合等には、OS以外の部分のみを媒体に格納して配布してもよく、また、コンピュータにダウンロード等してもよい。
【符号の説明】
【0055】
1 制御部
2 主記憶部
3 外部記憶部
4 映像入力部
5 映像出力部
6 タイマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
色空間内で可視色が占める領域内で複数個の部分をなす複数の色ゾーンを1個ずつ順次選択する色ゾーン選択手段と、
カラー画像を表す映像データを取得する映像データ取得手段と、
前記映像データ取得手段が取得した映像データが表すカラー画像のうち、前記色ゾーン選択手段が現に選択している色ゾーンに属する色を有する部分を特定して、当該特定された部分の色が、色覚異常者により当該色と異なる色として識別される他の色へと変換されたものとなるように、前記映像データの変換を行う変換手段と、
変換された前記映像データが表すカラー画像を表示する映像表示手段と、
より構成される色覚補助装置。
【請求項2】
前記映像データ取得手段は、外部の標的物を撮像することにより当該標的物のカラー画像を表す前記映像データを取得する処理を繰り返し行い、
前記色ゾーン選択手段は、前記映像データ取得手段が前記映像データを取得する毎に、当該取得に応答して、現に選択していた色ゾーンとは異なる色ゾーンを新たに選択し、
前記変換手段は、前記色ゾーン選択手段が新たに色ゾーンを選択する毎に、当該選択に応答して、映像データ取得手段が取得した最新の映像データにつき前記変換を行う、
請求項1に記載の色覚補助装置。
【請求項3】
それぞれの前記色ゾーンは、前記色空間内で可視色が占める領域内の線であって同一の当該線上にある2点に相当する2色が色覚異常者には互いに同一の色として知覚されるという関係にある複数本の線をそれぞれ当該色ゾーン内外の境界において分割するような位置を、当該色空間内で占めるものである、
請求項1又は2に記載の色覚補助装置。
【請求項4】
前記色ゾーンは、前記色空間内で可視色が占める領域が、色覚異常者が正常色覚者と同様に知覚できる色としてあらかじめ特定された色の集合が前記色空間内でなす面である色知覚面と当該色知覚面に平行な面とからなる面群によって分割されることにより得られる、前記複数個の部分をなすものである、
請求項1、2又は3に記載の色覚補助装置。
【請求項5】
前記変換手段は、前記映像データ取得手段が取得した映像データが表すカラー画像の前記特定された部分の色が、当該部分の色と実質的に等しい明度を有する他の色へと変換されたものとなるように、前記映像データの変換を行う、
請求項4に記載の色覚補助装置。
【請求項6】
前記変換手段は、前記映像データ取得手段が取得した映像データが表すカラー画像の前記特定された部分の色が、当該部分の色と実質的に等しい色度を有する他の色へと変換されたものとなるように、前記映像データの変換を行う、
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の色覚補助装置。
【請求項7】
色空間内で可視色が占める領域内で複数個の部分をなす複数の色ゾーンを1個ずつ順次選択する色ゾーン選択ステップと、
カラー画像を表す映像データを取得する映像データ取得ステップと、
前記映像データ取得ステップで取得した映像データが表すカラー画像のうち、前記色ゾーン選択手段が現に選択している色ゾーンに属する色を有する部分を特定して、当該特定された部分の色が、色覚異常者により当該色と異なる色として識別される他の色へと変換されたものとなるように、前記映像データの変換を行う変換ステップと、
変換された前記映像データが表すカラー画像を表示する映像表示ステップと、
より構成される色覚補助方法。
【請求項8】
カラー画像を表示する表示装置を備えたコンピュータを、
色空間内で可視色が占める領域内で複数個の部分をなす複数の色ゾーンを1個ずつ順次選択する色ゾーン選択手段、
カラー画像を表す映像データを取得する映像データ取得手段、
前記映像データ取得手段が取得した映像データが表すカラー画像のうち、前記色ゾーン選択手段が現に選択している色ゾーンに属する色を有する部分を特定して、当該特定された部分の色が、色覚異常者により当該色と異なる色として識別される他の色へと変換されたものとなるように、前記映像データの変換を行う変換手段、
変換された前記映像データが表すカラー画像を表示する映像表示手段、
として機能させるプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−99034(P2012−99034A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−248112(P2010−248112)
【出願日】平成22年11月5日(2010.11.5)
【出願人】(510294069)
【出願人】(510294070)
【Fターム(参考)】