荷電粒子ビーム照射システム
【課題】 照射野形成電磁石で荷電粒子ビームを走査可能な範囲を活用して、より大きな照射野を形成することができる荷電粒子ビーム照射システムを提供する。
【解決手段】 本発明の荷電粒子ビーム照射システムは、加速器で加速された荷電粒子ビーム30を照射野形成電磁石13,14により走査させながら照射野を形成する荷電粒子ビーム照射システムにおいて、荷電粒子ビーム30をリサージュ図形に沿って走査しながら照射して照射野を形成することを特徴とする。
【解決手段】 本発明の荷電粒子ビーム照射システムは、加速器で加速された荷電粒子ビーム30を照射野形成電磁石13,14により走査させながら照射野を形成する荷電粒子ビーム照射システムにおいて、荷電粒子ビーム30をリサージュ図形に沿って走査しながら照射して照射野を形成することを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療用の荷電粒子ビーム照射システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、放射線を利用した腫瘍の治療装置として、ガンマ線やX線等の光子線を用い装置が広く知られている。さらに近年では、陽子線、あるいは炭素イオン等の粒子線をシンクロトロン等で加速して用いる荷電粒子ビーム照射システムが注目されている。これは、光子線と粒子線とでは、腫瘍の治療に用いる場合以下の相違点があることによる。
【0003】
まず、図1に模式的に示すように、光子線は物体の表面近くで最大の線量を与えその後減衰するのに対し、粒子線はある深さに大量の線量を与え、その前後に与える線量は少ないという特徴がある。従って、粒子線を腫瘍の治療に用いれば、その線量が最大になる位置を腫瘍にあわせて照射することにより、腫瘍に大量の線量を与え、かつ正常組織への線量を最小限に抑えることができるという利点がある。
【0004】
また、腫瘍の細胞はDNA合成期と細胞分裂期を繰り返しながら増殖していく。光子線は腫瘍のDNA合成期では治療効果が低いのに比べ、粒子線では分裂期とDNA合成期とでさほど治療効果は変わらない。さらに、腫瘍の細胞内部では酸素濃度が正常細胞より低いが、このような低酸素濃度の環境下では、電子線による腫瘍の治療効果は低下するのに対し、粒子線では治療効果に顕著な差は無い。
以上の理由から、腫瘍の治療により有効な装置として、陽子線、あるいは炭素イオン等の粒子線を利用した荷電粒子ビーム照射システムが注目されている。
【0005】
このような荷電粒子ビーム照射システムは、腫瘍を含む標的には必要かつ一様な線量を照射し、さらに、腫瘍の周囲の正常組織への線量は最小限にできるものでなければならない。ここで、荷電粒子ビーム照射システムから照射される荷電粒子ビーム(以下、単に「ビーム」と記すことがある)の直径は1cm程度であるのに対し、標的の大きさは20cm程度の場合もある。従って、荷電粒子ビームが照射される領域を標的の形状に合わせて拡大し、かつ一様な線量の照射野(一様照射野)を形成する必要がある。
【0006】
このような荷電粒子ビームの照射方法として、ワブラー法が知られている。ワブラー法とは、2基の照射野形成電磁石(ワブラー電磁石と呼ばれることもある)に位相が90°ずれた同一周波数の交流励磁電流を流して磁場を発生させ、この磁場により荷電粒子ビームを円軌道に沿って高速で走査させる方法である。これにより、核子当り(原子核を構成する陽子及び中性子1個当り)、数100MeV/核子に加速された荷電粒子ビームで、直径10〜20cm程度の一様照射野を形成することができる。これに加えて、荷電粒子ビームをタンタル、鉛等からなる散乱体に通過させて、ビームを正規分布状に拡大する事も行なわれている。
【0007】
ところで、前記したように荷電粒子ビームによる治療の有効性は認められているものの、荷電粒子ビーム照射システム、特に炭素等の重粒子を使用する荷電粒子ビーム照射システムは非常に高価であることがその普及の妨げになっている。低価格化を図る手段として、装置を小型化することが有効である。そこで、荷電粒子ビーム照射システムを小型化する方法の一つとして、照射ポート長(照射野形成電磁石から標的までの距離)を短縮することが検討されている。
【0008】
照射ポート長を短くするには散乱体をさらに厚くして照射野をさらに拡大することが考えられる。しかし、散乱体を厚くし過ぎると荷電粒子ビームの散乱体でのエネルギロスが大きくなるため、残飛程(荷電粒子ビームが患者等の内部に到達可能な深さ)が大きく減少するという問題が生じる。
照射野を拡大する別の方法として、荷電粒子ビームのビーム径は拡大せずに、照射野を塗りつぶすようにして走査することが考えられる。この方法によれば、荷電粒子ビームのエネルギロスを生じることはなく、照射ポート長を短縮して荷電粒子ビーム照射システムの小型化を図る上で重要な技術といえる。
このため、非特許文献1には、照射野の半径の半分程度の散乱半径を有する小さなビーム径の荷電粒子ビームを、照射野形成電磁石によって標的上の半径が大きな第1の円軌道に沿って所定回数回転させ、次にこの荷電粒子ビームを第1の円軌道よりも半径が小さい第2の円軌道に沿って再度所定回数回転させる荷電粒子ビーム照射システムが紹介されている。
【非特許文献1】Timothy R.Renner、"Wobbler Facility for biological experiments"、Medical Physics、14巻、1987年、p825−834
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、非特許文献1に示された照射方法は、形成する照射野を円形に限定しているため、照射野形成電磁石で荷電粒子ビームを走査可能な範囲が十分に活用されていない。また、常に荷電粒子ビームを照射するため、標的が全くない部分にも荷電粒子ビームが照射されることになり、荷電粒子の利用効率が低くなるという問題がある。また、荷電粒子ビームで一様照射野を形成するには、前記した水平・垂直2基の照射野形成電磁石を完全に同期させる必要があり、厳密な制御が要求される。
【0010】
本発明は、前記課題に鑑み、照射野形成電磁石で荷電粒子ビームを走査可能な範囲を活用して、より大きな照射野を形成することができる荷電粒子ビーム照射システムを提供することを目的とする。また、制御が比較的容易な荷電粒子ビーム照射システムを提供することを目的とする。さらに、荷電粒子の利用効率を高めることができる荷電粒子ビーム照射システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決した請求項1に記載の荷電粒子ビーム照射システムは、加速器で加速された荷電粒子ビームを照射野形成電磁石により走査させながら照射野を形成する荷電粒子ビーム照射システムにおいて、荷電粒子ビームをリサージュ図形に沿って走査しながら照射して照射野を形成することを特徴とする構成とした。
【0012】
リサージュ図形とは、互いに垂直な方向の単振動を合成した2次元運動が描く図形をいう。単振動は正弦波または余弦波、あるいは三角波によって発生させることができる。そして、互いに垂直な方向X,Yの単振動の周波数や位相の違いによって、図2(a)、図3に示したように種々の図形が得られる。図2(a)は、
(1) X=Asinωt
(2) Y=Bsin(ω't+δ)
で表される正弦波においてA=B、ω:ω'=7:1、δ=π/2とした場合のリサージュ図形である。なお、A,Bは任意の定数であり、ω、ω'は単位時間当たりの周波数、δは位相差、tは時間を表す。 但し、図2(b)に示したように周波数ωとω'とが同一で従来技術と同様に円しか描かない場合は、本発明から除かれる。
図3は三角波を用いた場合の例であり、互いに垂直なX,Y方向の振幅を異なる値にして外形がほぼ長方形の図形を描いた例である。
【0013】
請求項1に記載の発明では、荷電粒子ビームの照射野を、照射野形成電磁石を用いてリサージュ図形に沿って形成する。照射野形成電磁石は、荷電粒子ビームを互いに直交するX方向とY方向とに、従来のワブラー法で描かれる円の直径に相当する長さで走査させることができる。このため、図2(a)と図2(b)との比較で分かるように、リサージュ図形を用いれば従来のワブラー法で描かれる円に外接する四角形の範囲まで照射野を広げることができるので、照射野形成電磁石で荷電粒子ビームを走査可能な範囲を全て活用して、より大きな照射野を形成する荷電粒子ビーム照射システムを提供することができる。また、より大きな照射野を形成することが可能になれば、照射ポートを短縮して荷電粒子ビーム照射システムの小型を図ることができる。
【0014】
また、従来のワブラー法では、荷電粒子ビームの照射を開始するときに、前記した水平・垂直2基の照射野形成電磁石における周波数ωを厳密に同一に制御しなければ、一様照射野を形成することはできない。本発明では、リサージュ図形に沿って荷電粒子ビームを走査するので、前記した水平・垂直2基の照射野形成電磁石における周波数ωの設定に多少の誤差があっても、照射野全体に荷電粒子ビームを走査することができるので、従来法と比較して容易な制御で一様照射野が得られる荷電粒子ビーム照射システムを提供することができる。
【0015】
請求項2に記載の荷電粒子ビーム照射システムは、照射野の一部領域に対する荷電粒子ビームの照射を停止することを特徴とする構成とした。
【0016】
請求項2に記載の発明によれば、照射野の一部領域に対する荷電粒子ビームの照射を停止するので、照射野内の標的以外の部分を走査するとき、荷電粒子ビームの照射を停止することによって荷電粒子を加速器の内部にとどめておくことが可能となり、荷電粒子の利用効率を高めることができる。
【0017】
請求項3に記載の荷電粒子ビーム照射システムは、荷電粒子ビームのビーム径を拡大させる散乱体を備えることを特徴とする構成とした。
【0018】
請求項3に記載の発明によれば、荷電粒子ビーム照射システムは荷電粒子ビームのビーム径を拡大させる散乱体を備えているので、さらに大きな照射野を形成することが可能になる。また、さらに大きな照射野を形成することができれば、照射ポート長をさらに短くすることが可能になり、荷電粒子ビーム照射システムの小型化に資することができる。
【発明の効果】
【0019】
このような荷電粒子ビーム照射システムによれば、照射野形成電磁石でより大きな照射野を形成することにより装置の小型化が可能で、また制御が比較的容易な荷電粒子ビーム照射システムを提供することが可能になる。
また、照射野の一部領域に対する荷電粒子ビームの照射を停止する場合には、荷電粒子の利用効率の高い荷電粒子ビーム照射システムを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
次に、本発明の実施形態について、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。図4は、荷電粒子ビーム照射システム1全体の構成の模式図であり、図5は荷電粒子ビーム30を標的Tに向けて照射する照射装置5の部分を模式的に表した図である。なお、本実施形態では、荷電粒子ビーム照射システム1から標的Tである患者の腫瘍部に向けて炭素イオンC6+の荷電粒子ビーム30を照射する場合を想定して説明する。
【0021】
図4に示すように、本実施形態の荷電粒子ビーム照射システム1は、イオンを生成するイオン源2、初段の加速を行う線形加速器3、環状のシンクロトロン4、ならびに治療用の照射装置5を含んで構成され、これら装置は図示しない制御装置で制御され、荷電粒子ビーム30を治療に必要なエネルギーまで加速して標的Tに照射する。なお、荷電粒子ビーム30の輸送管は、イオン源2から照射装置5に至るまで高真空に保たれている。
【0022】
イオン源2にはPIG(Penning Ionization Gauge)型イオン源、あるいはECR(Electron Cyclotron Resonance)を利用してプラズマイオンを発生させるECR型イオン源等、公知のイオン源を用いることができる。炭素イオンC6+の重粒子を生成させる場合は、まずCO2等の希薄なガスに電子ビームを当て、炭素分子から電子をたたき出すことにより共有結合を切り、炭素原子または電子が1個剥がれたC1+を生成させる。これにより、電子とイオンが混在するプラズマが形成される。この炭素原子または1価イオンに、引き続き電子ビームを当てC2+からC3+、C4+へと次第に多価イオンに変化させてゆく。
【0023】
前記プラズマにスリット付の負電極(−20kV程度)を近づけると、C4+イオンはプラズマから引き出され、線形加速器3で加速される。加速によりエネルギーが6MeV/核子になった時点で、C4+をストリッパ6に通過させる。これによりC4+に残っている2つの電子が剥ぎとられて炭素原子核だけのC6+となる。
線形加速器3で6MeV/核子まで加速されたC6+は、負の高電圧が印加されているインフレクタ7(入射チャンネル)によりシンクロトロン4の周回軌道に入射される。
【0024】
シンクロトロン4は、加速高周波の周期を粒子回転周期に同期させることによりC6+等の荷電粒子を高エネルギーまで加速する装置であり、請求項にいう「加速器」に相当するものである。主要機器として、前記インフレクタ7と、荷電粒子ビーム30を周回軌道に保つための偏向電磁石8と、周回軌道上における荷電粒子ビーム30の広がりを収束させる作用を有する四極電磁石9と、荷電粒子ビーム30の加速を行う高周波加速空洞10と、荷電粒子ビーム30をシンクロトロン4から治療室へ向け出射するデフレクタ11、さらに荷電粒子ビーム30を出射するときに用いる六極電磁石12とを備え、図4に示すように環状に構成されている。
【0025】
ここで、荷電粒子ビーム30の広がりを収束させる四極電磁石9は、図6に示すように、直行する2本の軸線上の内の1本に沿って2基の電磁石のN極を対向させ、他方の軸線上には2基の電磁石のS極を対向させる構成となっている。そして、直行する2本の軸線の交点が、荷電粒子ビーム30の周回軌道の中心と一致するように、これら4基の電磁石が配設されている。このため、荷電粒子ビーム30は図6に示すような磁場に置かれ、図6においてhで示した方向にあっては、軌道を少し外れた荷電粒子ビーム30には四極電磁石9の中心に近づける方向にローレンツ力が作用する。一方、図6においてvで示した方向では、逆に荷電粒子ビーム30を四極電磁石9の中心から遠ざける方向に力が作用する。そこで2つの四極電磁石9、9を90°ずらして組み合わせることにより(図4参照)、荷電粒子ビーム30を収束させるようになっている。
【0026】
シンクロトロン4ではC6+を加速する前に、6MeVのC6+の回転周波数の整数倍に相当する周波数の高周波(例えば1MHz)によりバンチング(C6+の高密度集合体化)を行った後、加速に移行する。
C6+はシンクロトロン4により1周回ごとに約1kV/核子で加速されてゆくので、エネルギーが上昇しても軌道が一定となるように磁束密度を増加させると共に、ビーム回転速度の上昇に伴って加速高周波の周波数も増加させる。磁束密度と周波数との関係は高精度に制御する必要がある。C6+は約80万回加速(周回)された後、最大エネルギーに達する。ちなみに、この間は約0.5秒である。
【0027】
荷電粒子が最大エネルギーに達した後、シンクロトロン4に蓄積されて周回している多数の荷電粒子の一部を、デフレクタ11を通じて治療室の照射装置5へ向けて出射する。荷電粒子の出射は、シンクロトロン4内の周回軌道におけるベータトロン振動の共鳴を利用して行なう。
【0028】
ベータトロン振動の共鳴とは次のような現象である。シンクロトロン4において、荷電粒子は左右又は上下に振動しながら周回している。この振動をベータトロン振動と言い、ベータトロン振動の周回軌道一周あたりの振動数をチューンと呼ぶ。チューンは偏向電磁石8や四極電磁石9などにより制御することができる。荷電粒子をシンクロトロン4の周回軌道に蓄えておくときはチューンを一定に保っておく。
【0029】
荷電粒子の出射を行なうときは、チューンを変更すると同時に、周回軌道上に設けた共鳴発生用の六極電磁石12を励磁して周回軌道の中心線から離れるに従い次第に強くなるような磁場勾配を作る。すると、ベータトロン振動しながら周回している荷電粒子のうち、ある境界以上の振幅を持つ荷電粒子の振幅が急激に増加する。この現象をベータトロン振動の共鳴といい、前記境界を安定限界と呼ぶ。一例を挙げると、荷電粒子が安定周回しているとき、チューンをn±1/4(荷電粒子は4回転で元の位置に戻る)とし、荷電粒子を出射するときはチューンをn±1/3(荷電粒子は3回転で元の位置に戻る)に近付けてゆく。
【0030】
共鳴の安定限界のベータトロン振動振幅の大きさは、上記の例ではn±1/3からの偏差に依存し、この偏差が小さい程小さくなる。これを利用して、チューンを徐々にn±1/4からn±1/3に近付け、すなわち安定限界の大きさを徐々に小さくし、周回中の荷電粒子のうちベータトロン振動振幅が大きな荷電粒子にまず共鳴を発生させ、その後振動振幅が小さな荷電粒子に順次共鳴を発生させる。
【0031】
共鳴により振幅が増幅された荷電粒子は、負の高電圧が印加されたデフレクタ11に飛び込み、治療室の照射装置5へ向けて出射される。このようにして、シンクロトロン4から照射装置5へ向けて徐々に荷電粒子ビームを出射させることができる。
あるいは、特許第2596292号のように、不規則な時間変化信号をビームに印加する高周波印加装置を用いて、シンクロトロン4から照射装置5へ向けて徐々に荷電粒子ビームを出射させてもよい。
【0032】
次に、照射装置5の構造について図5を参照しながら説明する。図5に示すように、照射装置5は、シンクロトロン4から出射されてきたC6+等の荷電粒子ビーム30を標的Tの方向に向けるための照射用偏向電磁石20、荷電粒子ビーム30を標的Tに対して走査して照射野を形成するためのX方向の照射野形成電磁石13、およびY方向の照射野形成電磁石14を備え、さらに、標的Tの形状に応じた照射野を形成するために、リッジフィルタ15、レンジシフタ16、コリメータ17、ボーラス18を含んで構成されている。なお、本実施形態では図5において紙面に平行で、かつ荷電粒子ビーム30の進行方向と直交する方向をX方向、紙面に垂直な方向をY方向として説明する。
【0033】
照射用偏向電磁石20は、シンクロトロン4からほぼ水平方向に出射されてきた荷電粒子ビーム30を、標的Tに向けて垂直方向に偏向させるためのものであり、これにより患者をベッドに横たえたままの状態で標的T(腫瘍部)に荷電粒子ビーム30を照射することができる。
【0034】
照射用偏向電磁石20の下流に設けられた照射野形成電磁石13、14は、荷電粒子ビーム30をX方向に走査する磁場を発生するX方向の照射野形成電磁石13と、X方向に直交するY方向に走査する磁場を発生するY方向の照射野形成電磁石14とで構成されている。照射野形成電磁石13、14は、交流電源(図示せず)に接続され、また、荷電粒子ビーム照射システム1全体を制御する制御装置(図示せず)によって制御されている。
【0035】
前記制御装置により制御された交流励磁電流を照射野形成電磁石13、14に流して、荷電粒子ビーム30に周期的に強度が変化し、かつ位相が90°ずれた磁場を発生させることによって、荷電粒子ビーム30をX方向とY方向に走査させながら、標的Tに向けて荷電粒子ビーム30を照射する。このように荷電粒子ビーム30を走査することにより、直径1cm程度の荷電粒子ビーム30を、より広い範囲に照射することが可能になる。
【0036】
照射野形成電磁石13、14の下流にあるリッジフィルタ15は、アルミ板等をリッジ(峰)状に切削加工した部材を図5のように複数枚組み合わせたものである。リッジフィルタ15は、峰状のアルミ板等の厚み分布の違いを利用して荷電粒子ビーム30の飛程距離に分布を生じさせて、標的Tの深度方向に対して荷電粒子ビーム30の分布を広げる機能を有する。
【0037】
リッジフィルタ15の下流にあるレンジシフタ16は、厚さの異なる複数のエネルギー吸収板により標的T内部への到達深度を一様に短縮するものである。これにより、標的Tよりも深い所にある正常組織まで荷電粒子ビーム30が達することが防止される。
レンジシフタ16の下流にあるコリメータ17は、標的Tの断面形状に対応した開口部を有する。これにより、荷電粒子ビーム30の一部を遮断して、標的Tの形状に適合した照射野を形成することができる。
【0038】
コリメータ17の下流にあるボーラス18は、標的Tの深さ方向の奥の部分の形状に倣った形状の凹部を有する装置である。これにより、荷電粒子ビーム30の標的T内部への到達深度を標的Tの奥の部分の形状に合わせることができ、標的Tの奥の部分で隣接する正常組織にまで荷電粒子ビーム30が照射されることを防止できる。
【0039】
なお、リッジフィルタ15、レンジシフタ16、コリメータ17、ボーラス18の配列順序は本実施形態に限定されるものではない。
また、タンタル、鉛等からなる散乱体19を設けて、荷電粒子ビーム30を拡径することにより、さらに大きな一様照射野を形成することができる。散乱体19は例えば、照射用偏向電磁石20と照射野形成電磁石13との間、あるいは照射野形成電磁石13の下流に設けることができる。散乱体19の厚みは残飛程を考慮して決定することが好ましい。
【0040】
次に、リサージュ図形による一様照射野の形成について説明する。本実施形態では、照射野形成電磁石13、14に、位相がずれた正弦波の磁場を発生させて荷電粒子ビーム30をリサージュ図形に沿って走査させる場合を例に説明する。
先ず荷電粒子ビーム照射システム1の制御部により、前記したようにベータトロン振動を利用して、荷電粒子ビーム30をシンクロトロン4から照射装置5へ出射する。
【0041】
荷電粒子ビーム照射システム1の制御部は、荷電粒子ビーム30の出射に同期して、照射野形成電磁石13に前記(1)式のX=Asinωtで経時変化する磁場を発生させる交流励磁電流を流し、照射野形成電磁石14には前記(2)式のY=Bsin(ω't+δ)で経時変化する磁場を発生させる交流励磁電流を流す。ここで、A,Bは任意の定数であり、ω、ω'は単位時間当たりの周波数でありそれぞれ異なる定数、δは位相差であって定数、tは時間である。
【0042】
本実施形態では、リサージュ図形を描くことができる限り、前記した(1)式、(2)式の周波数ω、ω'および位相差δを任意に選ぶことができる。また、リサージュ図形を描くようにして荷電粒子ビーム30を走査することで大きな一様照射野を形成することを目的としているので、照射野内に荷電粒子ビーム30の軌跡(以下単に軌跡と記す)ができるだけ広い範囲に分布していることが好ましい。従って、例えば図7に示したリサージュ図形の例の内、周波数比がω:ω'=7:6、δ=0の場合のように、その外郭がほぼ四角形となるリサージュ図形となるように周波数ω、ω'および位相差δを選択することが好ましい。また、図7の周波数比ω:ω'=7:6、δ=π/6のときのように、軌跡の間隔が異なっていてもよい。
【0043】
荷電粒子ビーム30のビーム径は1cm程度であるのに対し、最長径20cm程度の照射野が必要とされる場合もある。広い範囲にわたり一様照射野を形成するには、隣り合う軌跡の間隔が密なほうがよい。軌跡の間隔が密なリサージュ図形を得やすい条件としては、周波数比ω:ω'の一方が整数のみで、他方が小数を含む数であり、かつω:ω'の比が単純な整数比とならない組合せが挙げられる。このような組合せは無限にあり、例えば、δ=0におけるω:ω'=1:1.3、11:11.1等がある。設定した周波数ω、ω'および位相差δにより、どのようなリサージュ図形が描かれるかは、シミュレーションで確認しておくことができる。
また、散乱体19を用いる場合は、ビーム径が拡大されるので、散乱体19を用いない場合より軌跡の間隔を大きくすることができる。
【0044】
荷電粒子ビーム30をリサージュ図形に沿って走査することにより一様照射野を形成する場合、荷電粒子ビーム30の周縁部が重なり合うようにして照射することが好ましい。前記したように、荷電粒子ビーム30の線量は、ビームの中心にピークのある正規分布となっている。一般に、正規分布した線量を有する荷電粒子ビームスポットにおける標準偏差1σに相当する半径の円が互いに接するようにして照射することが、一様照射野を形成する上で好ましい。
【0045】
リサージュ図形では、軌跡の間隔が一定ではないため標準偏差1σに相当する半径の円が重なりあう場合もある。このようなときでも、リサージュ図形によれば照射野の領域内に繰り返し照射することができるので、照射野内の照射線量が積算されて平均化される結果、一様照射野を形成することができる。
図8は、荷電粒子ビーム30の標準偏差1σに相当する半径の円が重なるようにしてリサージュ図形に沿って照射野を形成する様子を模式的に示した図である。このような照射を行うためには、隣り合う軌跡間の距離が、前記した「標準偏差1σに相当する半径」よりも小さくなるように周波数ω、ω'および位相差δを選択することが好ましい。
【0046】
リサージュ図形に沿ってビームを走査して形成する一様照射野のシミュレーション結果を図9、図10に示す。図9はω:ω'=1:5.912、δ=π/7の条件で正方形の一様照射野を形成した場合、図10は長方形の一様照射野を形成した場合の図である。図9、図10のx、yは照射野の座標軸であり、縦軸(Fluence)は照射線量を示し、前記正規分布を有する荷電粒子ビーム30をリサージュ図形に沿って照射したときの、照射野における照射線量の分布を示す図である。図9、図10より、照射野の中央付近に照射線量がほぼ一様な領域が形成されており、放射線治療で要求される照射線量の公差(2.0〜2.5%以内)の基準に合う一様照射野が形成されることがわかる。
【0047】
このように、リサージュ図形を用いれば、従来のワブラー法で描かれる円に外接する四角形の範囲まで荷電粒子ビーム30を照射できるので、より大きな一様照射野を形成することが可能となる。また、散乱体19を用いれば、さらに大きな一様照射野を形成することができる。
また、従来よりも大きな一様照射野を形成することが可能になれば、照射ポート長(照射野形成電磁石から標的までの距離)を短縮できるので、荷電粒子ビーム照射システム1の小型化が可能になる。これにより、荷電粒子ビーム照射システム1の建設コストを引き下げることができ、粒子線治療の普及を図ることができる。
【0048】
なお、照射野におけるビームの走査速度が不均一な場合には、照射野に与えられる線量も不均一となる。正弦波によるリサージュ図形に沿って荷電粒子ビーム30を照射する場合、ビームの走査速度は必ずしも一定ではない。しかし、位相の異なる2つの正弦波を用いてビームを走査させる場合には、照射野の外縁部(正弦波が大きく曲がる部分に相当する)を除き、ビームの走査速度はほぼ一定であるため、照射野の殆どの領域で一様照射野を形成することができる。三角波によりリサージュ図形を描かせるときも同様に、一様照射野を容易に形成することができる。
【0049】
次に、制御の容易性について、従来のワブラー法と比較して説明する。
従来のワブラー法で荷電粒子ビーム30の軌跡を図2(b)に示したような円にするには、前記(1)式、(2)式において周波数比ω:ω'=1:1で、かつ初期位相が完全に一致した状態に制御した交流励磁電流を照射野形成電磁石13、14に流す必要がある。この制御が不良となった例として、初期の位相(δ=π/2)はずれていないが、交流励磁電流の周波数がずれて、周波数比がω:ω'=1:0.99となった場合の軌跡を図11(a)に示す。また、初期の位相もπ/6ずれて2/3πとなり、周波数比ω:ω'=1:0.99となった場合の軌跡を図11(b)に示す。なお、図11(a)、図11(b)は交流励磁電流を20サイクル流した場合に描かれる軌跡である。
【0050】
図11(a)と図2(b)との比較から分かるように、交流励磁電流の周波数がずれると、初期の位相が同一でも軌跡は本来の円軌道からずれ、円に外接する正方形の隅に照射線量が不足する部分が生じる。また、図11(b)に示すように、初期位相がずれた場合は、円の中心付近に照射されない部分が生じる。
この例からも分かるように、従来のワブラー法で一様照射野を形成するには、照射野形成電磁石13、14の交流励磁電流の周波数と位相を厳密に制御しなければならない。
【0051】
これに対し、リサージュ図形で制御不良が生じた例として、図7の周波数比ω:ω'=7:6の場合において、周波数がずれたときの軌跡を図12に示す。図12(a)は、交流励磁電流の周波数比がω:ω'=7:5.99となり、初期位相はδ=0で同一の場合、図12(b)はω:ω'=7:5.99で初期位相がπ/6となった場合の軌跡を示す。なお、図12(a)、図12(b)は交流励磁電流を20サイクル流した場合に描かれる軌跡である。
【0052】
リサージュ図形の場合も、交流励磁電流の周波数比がずれると、図7との比較で分かるように、軌跡はずれる。しかし、図12(a)、図12(b)に示すように、リサージュ図形の場合は初期位相の異同にかかわらず、交流励磁電流の周波数比がずれた場合でも正方形の照射野のほぼ全領域にビームが照射されるので、一様照射野を形成することができる。従って、従来のワブラー法のように交流励磁電流を厳密に制御する必要は無く、制御が容易になる。
【0053】
さらに、本実施形態では一時的に荷電粒子ビーム30の照射を停止すること、あるいは長方形の一様照射野を形成することにより、ビームの利用効率を向上させることができる。
例えば、標的Tの断面形状(投影形状)が細長いひょうたん型の場合には、大きな一様照射野を形成しても、一様照射野の内、前記したコリメータ17(図5参照)で荷電粒子ビーム30が遮蔽される領域に照射されたビームは全く利用されない。この場合、シンクロトロン4から照射装置5への荷電粒子ビーム30の出射を一時中断し、荷電粒子ビーム30の照射野の一部領域に対する照射を停止することでビームの利用効率を向上させることができる。
【0054】
シンクロトロン4から照射装置5への荷電粒子ビーム30の出射の一時停止は、荷電粒子ビーム照射システム1全体の制御装置を用いて行なうことができる。例えば、標的の断面形状に応じて荷電粒子ビーム30の出射を一時停止すべき範囲をXY座標値等で予め前記制御装置に記憶させておき、荷電粒子ビーム30をリサージュ図形に沿って走査中にビームの軌跡が前記範囲に入るとき、六極電磁石12への励磁電流の供給とデフレクタ11への負の高電位の印加とを停止する制御を行なうことによって、荷電粒子ビーム30の出射を一時中断することができる。これにより、荷電粒子ビーム30を、シンクロトロン4内部の周回軌道にとどめておくことが可能となり、荷電粒子の利用効率を高めることができる。
【0055】
あるいは、前記(1)式、(2)式におけるA:Bの比率を変更することにより、長方形の一様照射野を形成して、荷電粒子の利用効率を高めることができる。例えば、標的Tの形状によっては正方形の一様照射野は必要ない場合がある。このようなとき、長方形の一様照射野を形成することで、荷電粒子の利用効率を向上させることができる。前記したA:Bの比率の変更は、荷電粒子ビーム照射システム1全体の制御装置を用いて行なうことができる。なお、前記した照射野の一部領域に対する荷電粒子ビーム30の照射の停止と組み合わせて、さらに荷電粒子の利用効率を向上させることもできる。
【0056】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は前記実施形態には限定されない。例えば、本実施形態では、粒子線として、炭素イオンを取り上げたが、これに限るものでは無く、陽子線等の他の粒子線を用いる荷電粒子ビーム照射システムにも適用することができる。また、粒子線をシンクロトロンで加速する場合を例に説明したが、粒子線の加速をサイクロトロンで行なうこともできる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】光子線と粒子線の相対線量を比較した図である。
【図2】(a)は、正弦波によるリサージュ図形の例を示す図であり、(b)は従来のワブラー法の円を示す図である。
【図3】三角波により描かれるリサージュ図形である。
【図4】荷電粒子ビーム照射システム全体の構成図である。
【図5】照射装置の構成を表す模式図である。
【図6】四極電磁石の平面図である。
【図7】リサージュ図形の例を示す図である。
【図8】リサージュ図形に沿って荷電粒子ビームを照射する様子を表す図である。
【図9】正方形の一様照射野を形成した場合の照射線量の積算値を示す図である。
【図10】長方形の一様照射野を形成した場合の照射線量の積算値を示す図である。
【図11】従来のワブラー法で交流励磁電流の制御不良が生じたときの軌跡を示す図で、(a)は、初期の位相が同じで周波数がずれた場合を示す図、(b)は初期の位相も周波数もずれた場合を示す図である。
【図12】リサージュ図形で交流励磁電流の制御不良が生じたときの軌跡を示す図で、(a)は、初期の位相が同じで周波数がずれた場合を示す図、(b)は初期の位相も周波数もずれた場合を示す図である。
【符号の説明】
【0058】
1 荷電粒子ビーム照射システム
4 加速器(シンクロトロン)
13 X方向の照射野形成電磁石
14 Y方向の照射野形成電磁石
19 散乱体
30 荷電粒子ビーム
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療用の荷電粒子ビーム照射システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、放射線を利用した腫瘍の治療装置として、ガンマ線やX線等の光子線を用い装置が広く知られている。さらに近年では、陽子線、あるいは炭素イオン等の粒子線をシンクロトロン等で加速して用いる荷電粒子ビーム照射システムが注目されている。これは、光子線と粒子線とでは、腫瘍の治療に用いる場合以下の相違点があることによる。
【0003】
まず、図1に模式的に示すように、光子線は物体の表面近くで最大の線量を与えその後減衰するのに対し、粒子線はある深さに大量の線量を与え、その前後に与える線量は少ないという特徴がある。従って、粒子線を腫瘍の治療に用いれば、その線量が最大になる位置を腫瘍にあわせて照射することにより、腫瘍に大量の線量を与え、かつ正常組織への線量を最小限に抑えることができるという利点がある。
【0004】
また、腫瘍の細胞はDNA合成期と細胞分裂期を繰り返しながら増殖していく。光子線は腫瘍のDNA合成期では治療効果が低いのに比べ、粒子線では分裂期とDNA合成期とでさほど治療効果は変わらない。さらに、腫瘍の細胞内部では酸素濃度が正常細胞より低いが、このような低酸素濃度の環境下では、電子線による腫瘍の治療効果は低下するのに対し、粒子線では治療効果に顕著な差は無い。
以上の理由から、腫瘍の治療により有効な装置として、陽子線、あるいは炭素イオン等の粒子線を利用した荷電粒子ビーム照射システムが注目されている。
【0005】
このような荷電粒子ビーム照射システムは、腫瘍を含む標的には必要かつ一様な線量を照射し、さらに、腫瘍の周囲の正常組織への線量は最小限にできるものでなければならない。ここで、荷電粒子ビーム照射システムから照射される荷電粒子ビーム(以下、単に「ビーム」と記すことがある)の直径は1cm程度であるのに対し、標的の大きさは20cm程度の場合もある。従って、荷電粒子ビームが照射される領域を標的の形状に合わせて拡大し、かつ一様な線量の照射野(一様照射野)を形成する必要がある。
【0006】
このような荷電粒子ビームの照射方法として、ワブラー法が知られている。ワブラー法とは、2基の照射野形成電磁石(ワブラー電磁石と呼ばれることもある)に位相が90°ずれた同一周波数の交流励磁電流を流して磁場を発生させ、この磁場により荷電粒子ビームを円軌道に沿って高速で走査させる方法である。これにより、核子当り(原子核を構成する陽子及び中性子1個当り)、数100MeV/核子に加速された荷電粒子ビームで、直径10〜20cm程度の一様照射野を形成することができる。これに加えて、荷電粒子ビームをタンタル、鉛等からなる散乱体に通過させて、ビームを正規分布状に拡大する事も行なわれている。
【0007】
ところで、前記したように荷電粒子ビームによる治療の有効性は認められているものの、荷電粒子ビーム照射システム、特に炭素等の重粒子を使用する荷電粒子ビーム照射システムは非常に高価であることがその普及の妨げになっている。低価格化を図る手段として、装置を小型化することが有効である。そこで、荷電粒子ビーム照射システムを小型化する方法の一つとして、照射ポート長(照射野形成電磁石から標的までの距離)を短縮することが検討されている。
【0008】
照射ポート長を短くするには散乱体をさらに厚くして照射野をさらに拡大することが考えられる。しかし、散乱体を厚くし過ぎると荷電粒子ビームの散乱体でのエネルギロスが大きくなるため、残飛程(荷電粒子ビームが患者等の内部に到達可能な深さ)が大きく減少するという問題が生じる。
照射野を拡大する別の方法として、荷電粒子ビームのビーム径は拡大せずに、照射野を塗りつぶすようにして走査することが考えられる。この方法によれば、荷電粒子ビームのエネルギロスを生じることはなく、照射ポート長を短縮して荷電粒子ビーム照射システムの小型化を図る上で重要な技術といえる。
このため、非特許文献1には、照射野の半径の半分程度の散乱半径を有する小さなビーム径の荷電粒子ビームを、照射野形成電磁石によって標的上の半径が大きな第1の円軌道に沿って所定回数回転させ、次にこの荷電粒子ビームを第1の円軌道よりも半径が小さい第2の円軌道に沿って再度所定回数回転させる荷電粒子ビーム照射システムが紹介されている。
【非特許文献1】Timothy R.Renner、"Wobbler Facility for biological experiments"、Medical Physics、14巻、1987年、p825−834
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、非特許文献1に示された照射方法は、形成する照射野を円形に限定しているため、照射野形成電磁石で荷電粒子ビームを走査可能な範囲が十分に活用されていない。また、常に荷電粒子ビームを照射するため、標的が全くない部分にも荷電粒子ビームが照射されることになり、荷電粒子の利用効率が低くなるという問題がある。また、荷電粒子ビームで一様照射野を形成するには、前記した水平・垂直2基の照射野形成電磁石を完全に同期させる必要があり、厳密な制御が要求される。
【0010】
本発明は、前記課題に鑑み、照射野形成電磁石で荷電粒子ビームを走査可能な範囲を活用して、より大きな照射野を形成することができる荷電粒子ビーム照射システムを提供することを目的とする。また、制御が比較的容易な荷電粒子ビーム照射システムを提供することを目的とする。さらに、荷電粒子の利用効率を高めることができる荷電粒子ビーム照射システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決した請求項1に記載の荷電粒子ビーム照射システムは、加速器で加速された荷電粒子ビームを照射野形成電磁石により走査させながら照射野を形成する荷電粒子ビーム照射システムにおいて、荷電粒子ビームをリサージュ図形に沿って走査しながら照射して照射野を形成することを特徴とする構成とした。
【0012】
リサージュ図形とは、互いに垂直な方向の単振動を合成した2次元運動が描く図形をいう。単振動は正弦波または余弦波、あるいは三角波によって発生させることができる。そして、互いに垂直な方向X,Yの単振動の周波数や位相の違いによって、図2(a)、図3に示したように種々の図形が得られる。図2(a)は、
(1) X=Asinωt
(2) Y=Bsin(ω't+δ)
で表される正弦波においてA=B、ω:ω'=7:1、δ=π/2とした場合のリサージュ図形である。なお、A,Bは任意の定数であり、ω、ω'は単位時間当たりの周波数、δは位相差、tは時間を表す。 但し、図2(b)に示したように周波数ωとω'とが同一で従来技術と同様に円しか描かない場合は、本発明から除かれる。
図3は三角波を用いた場合の例であり、互いに垂直なX,Y方向の振幅を異なる値にして外形がほぼ長方形の図形を描いた例である。
【0013】
請求項1に記載の発明では、荷電粒子ビームの照射野を、照射野形成電磁石を用いてリサージュ図形に沿って形成する。照射野形成電磁石は、荷電粒子ビームを互いに直交するX方向とY方向とに、従来のワブラー法で描かれる円の直径に相当する長さで走査させることができる。このため、図2(a)と図2(b)との比較で分かるように、リサージュ図形を用いれば従来のワブラー法で描かれる円に外接する四角形の範囲まで照射野を広げることができるので、照射野形成電磁石で荷電粒子ビームを走査可能な範囲を全て活用して、より大きな照射野を形成する荷電粒子ビーム照射システムを提供することができる。また、より大きな照射野を形成することが可能になれば、照射ポートを短縮して荷電粒子ビーム照射システムの小型を図ることができる。
【0014】
また、従来のワブラー法では、荷電粒子ビームの照射を開始するときに、前記した水平・垂直2基の照射野形成電磁石における周波数ωを厳密に同一に制御しなければ、一様照射野を形成することはできない。本発明では、リサージュ図形に沿って荷電粒子ビームを走査するので、前記した水平・垂直2基の照射野形成電磁石における周波数ωの設定に多少の誤差があっても、照射野全体に荷電粒子ビームを走査することができるので、従来法と比較して容易な制御で一様照射野が得られる荷電粒子ビーム照射システムを提供することができる。
【0015】
請求項2に記載の荷電粒子ビーム照射システムは、照射野の一部領域に対する荷電粒子ビームの照射を停止することを特徴とする構成とした。
【0016】
請求項2に記載の発明によれば、照射野の一部領域に対する荷電粒子ビームの照射を停止するので、照射野内の標的以外の部分を走査するとき、荷電粒子ビームの照射を停止することによって荷電粒子を加速器の内部にとどめておくことが可能となり、荷電粒子の利用効率を高めることができる。
【0017】
請求項3に記載の荷電粒子ビーム照射システムは、荷電粒子ビームのビーム径を拡大させる散乱体を備えることを特徴とする構成とした。
【0018】
請求項3に記載の発明によれば、荷電粒子ビーム照射システムは荷電粒子ビームのビーム径を拡大させる散乱体を備えているので、さらに大きな照射野を形成することが可能になる。また、さらに大きな照射野を形成することができれば、照射ポート長をさらに短くすることが可能になり、荷電粒子ビーム照射システムの小型化に資することができる。
【発明の効果】
【0019】
このような荷電粒子ビーム照射システムによれば、照射野形成電磁石でより大きな照射野を形成することにより装置の小型化が可能で、また制御が比較的容易な荷電粒子ビーム照射システムを提供することが可能になる。
また、照射野の一部領域に対する荷電粒子ビームの照射を停止する場合には、荷電粒子の利用効率の高い荷電粒子ビーム照射システムを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
次に、本発明の実施形態について、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。図4は、荷電粒子ビーム照射システム1全体の構成の模式図であり、図5は荷電粒子ビーム30を標的Tに向けて照射する照射装置5の部分を模式的に表した図である。なお、本実施形態では、荷電粒子ビーム照射システム1から標的Tである患者の腫瘍部に向けて炭素イオンC6+の荷電粒子ビーム30を照射する場合を想定して説明する。
【0021】
図4に示すように、本実施形態の荷電粒子ビーム照射システム1は、イオンを生成するイオン源2、初段の加速を行う線形加速器3、環状のシンクロトロン4、ならびに治療用の照射装置5を含んで構成され、これら装置は図示しない制御装置で制御され、荷電粒子ビーム30を治療に必要なエネルギーまで加速して標的Tに照射する。なお、荷電粒子ビーム30の輸送管は、イオン源2から照射装置5に至るまで高真空に保たれている。
【0022】
イオン源2にはPIG(Penning Ionization Gauge)型イオン源、あるいはECR(Electron Cyclotron Resonance)を利用してプラズマイオンを発生させるECR型イオン源等、公知のイオン源を用いることができる。炭素イオンC6+の重粒子を生成させる場合は、まずCO2等の希薄なガスに電子ビームを当て、炭素分子から電子をたたき出すことにより共有結合を切り、炭素原子または電子が1個剥がれたC1+を生成させる。これにより、電子とイオンが混在するプラズマが形成される。この炭素原子または1価イオンに、引き続き電子ビームを当てC2+からC3+、C4+へと次第に多価イオンに変化させてゆく。
【0023】
前記プラズマにスリット付の負電極(−20kV程度)を近づけると、C4+イオンはプラズマから引き出され、線形加速器3で加速される。加速によりエネルギーが6MeV/核子になった時点で、C4+をストリッパ6に通過させる。これによりC4+に残っている2つの電子が剥ぎとられて炭素原子核だけのC6+となる。
線形加速器3で6MeV/核子まで加速されたC6+は、負の高電圧が印加されているインフレクタ7(入射チャンネル)によりシンクロトロン4の周回軌道に入射される。
【0024】
シンクロトロン4は、加速高周波の周期を粒子回転周期に同期させることによりC6+等の荷電粒子を高エネルギーまで加速する装置であり、請求項にいう「加速器」に相当するものである。主要機器として、前記インフレクタ7と、荷電粒子ビーム30を周回軌道に保つための偏向電磁石8と、周回軌道上における荷電粒子ビーム30の広がりを収束させる作用を有する四極電磁石9と、荷電粒子ビーム30の加速を行う高周波加速空洞10と、荷電粒子ビーム30をシンクロトロン4から治療室へ向け出射するデフレクタ11、さらに荷電粒子ビーム30を出射するときに用いる六極電磁石12とを備え、図4に示すように環状に構成されている。
【0025】
ここで、荷電粒子ビーム30の広がりを収束させる四極電磁石9は、図6に示すように、直行する2本の軸線上の内の1本に沿って2基の電磁石のN極を対向させ、他方の軸線上には2基の電磁石のS極を対向させる構成となっている。そして、直行する2本の軸線の交点が、荷電粒子ビーム30の周回軌道の中心と一致するように、これら4基の電磁石が配設されている。このため、荷電粒子ビーム30は図6に示すような磁場に置かれ、図6においてhで示した方向にあっては、軌道を少し外れた荷電粒子ビーム30には四極電磁石9の中心に近づける方向にローレンツ力が作用する。一方、図6においてvで示した方向では、逆に荷電粒子ビーム30を四極電磁石9の中心から遠ざける方向に力が作用する。そこで2つの四極電磁石9、9を90°ずらして組み合わせることにより(図4参照)、荷電粒子ビーム30を収束させるようになっている。
【0026】
シンクロトロン4ではC6+を加速する前に、6MeVのC6+の回転周波数の整数倍に相当する周波数の高周波(例えば1MHz)によりバンチング(C6+の高密度集合体化)を行った後、加速に移行する。
C6+はシンクロトロン4により1周回ごとに約1kV/核子で加速されてゆくので、エネルギーが上昇しても軌道が一定となるように磁束密度を増加させると共に、ビーム回転速度の上昇に伴って加速高周波の周波数も増加させる。磁束密度と周波数との関係は高精度に制御する必要がある。C6+は約80万回加速(周回)された後、最大エネルギーに達する。ちなみに、この間は約0.5秒である。
【0027】
荷電粒子が最大エネルギーに達した後、シンクロトロン4に蓄積されて周回している多数の荷電粒子の一部を、デフレクタ11を通じて治療室の照射装置5へ向けて出射する。荷電粒子の出射は、シンクロトロン4内の周回軌道におけるベータトロン振動の共鳴を利用して行なう。
【0028】
ベータトロン振動の共鳴とは次のような現象である。シンクロトロン4において、荷電粒子は左右又は上下に振動しながら周回している。この振動をベータトロン振動と言い、ベータトロン振動の周回軌道一周あたりの振動数をチューンと呼ぶ。チューンは偏向電磁石8や四極電磁石9などにより制御することができる。荷電粒子をシンクロトロン4の周回軌道に蓄えておくときはチューンを一定に保っておく。
【0029】
荷電粒子の出射を行なうときは、チューンを変更すると同時に、周回軌道上に設けた共鳴発生用の六極電磁石12を励磁して周回軌道の中心線から離れるに従い次第に強くなるような磁場勾配を作る。すると、ベータトロン振動しながら周回している荷電粒子のうち、ある境界以上の振幅を持つ荷電粒子の振幅が急激に増加する。この現象をベータトロン振動の共鳴といい、前記境界を安定限界と呼ぶ。一例を挙げると、荷電粒子が安定周回しているとき、チューンをn±1/4(荷電粒子は4回転で元の位置に戻る)とし、荷電粒子を出射するときはチューンをn±1/3(荷電粒子は3回転で元の位置に戻る)に近付けてゆく。
【0030】
共鳴の安定限界のベータトロン振動振幅の大きさは、上記の例ではn±1/3からの偏差に依存し、この偏差が小さい程小さくなる。これを利用して、チューンを徐々にn±1/4からn±1/3に近付け、すなわち安定限界の大きさを徐々に小さくし、周回中の荷電粒子のうちベータトロン振動振幅が大きな荷電粒子にまず共鳴を発生させ、その後振動振幅が小さな荷電粒子に順次共鳴を発生させる。
【0031】
共鳴により振幅が増幅された荷電粒子は、負の高電圧が印加されたデフレクタ11に飛び込み、治療室の照射装置5へ向けて出射される。このようにして、シンクロトロン4から照射装置5へ向けて徐々に荷電粒子ビームを出射させることができる。
あるいは、特許第2596292号のように、不規則な時間変化信号をビームに印加する高周波印加装置を用いて、シンクロトロン4から照射装置5へ向けて徐々に荷電粒子ビームを出射させてもよい。
【0032】
次に、照射装置5の構造について図5を参照しながら説明する。図5に示すように、照射装置5は、シンクロトロン4から出射されてきたC6+等の荷電粒子ビーム30を標的Tの方向に向けるための照射用偏向電磁石20、荷電粒子ビーム30を標的Tに対して走査して照射野を形成するためのX方向の照射野形成電磁石13、およびY方向の照射野形成電磁石14を備え、さらに、標的Tの形状に応じた照射野を形成するために、リッジフィルタ15、レンジシフタ16、コリメータ17、ボーラス18を含んで構成されている。なお、本実施形態では図5において紙面に平行で、かつ荷電粒子ビーム30の進行方向と直交する方向をX方向、紙面に垂直な方向をY方向として説明する。
【0033】
照射用偏向電磁石20は、シンクロトロン4からほぼ水平方向に出射されてきた荷電粒子ビーム30を、標的Tに向けて垂直方向に偏向させるためのものであり、これにより患者をベッドに横たえたままの状態で標的T(腫瘍部)に荷電粒子ビーム30を照射することができる。
【0034】
照射用偏向電磁石20の下流に設けられた照射野形成電磁石13、14は、荷電粒子ビーム30をX方向に走査する磁場を発生するX方向の照射野形成電磁石13と、X方向に直交するY方向に走査する磁場を発生するY方向の照射野形成電磁石14とで構成されている。照射野形成電磁石13、14は、交流電源(図示せず)に接続され、また、荷電粒子ビーム照射システム1全体を制御する制御装置(図示せず)によって制御されている。
【0035】
前記制御装置により制御された交流励磁電流を照射野形成電磁石13、14に流して、荷電粒子ビーム30に周期的に強度が変化し、かつ位相が90°ずれた磁場を発生させることによって、荷電粒子ビーム30をX方向とY方向に走査させながら、標的Tに向けて荷電粒子ビーム30を照射する。このように荷電粒子ビーム30を走査することにより、直径1cm程度の荷電粒子ビーム30を、より広い範囲に照射することが可能になる。
【0036】
照射野形成電磁石13、14の下流にあるリッジフィルタ15は、アルミ板等をリッジ(峰)状に切削加工した部材を図5のように複数枚組み合わせたものである。リッジフィルタ15は、峰状のアルミ板等の厚み分布の違いを利用して荷電粒子ビーム30の飛程距離に分布を生じさせて、標的Tの深度方向に対して荷電粒子ビーム30の分布を広げる機能を有する。
【0037】
リッジフィルタ15の下流にあるレンジシフタ16は、厚さの異なる複数のエネルギー吸収板により標的T内部への到達深度を一様に短縮するものである。これにより、標的Tよりも深い所にある正常組織まで荷電粒子ビーム30が達することが防止される。
レンジシフタ16の下流にあるコリメータ17は、標的Tの断面形状に対応した開口部を有する。これにより、荷電粒子ビーム30の一部を遮断して、標的Tの形状に適合した照射野を形成することができる。
【0038】
コリメータ17の下流にあるボーラス18は、標的Tの深さ方向の奥の部分の形状に倣った形状の凹部を有する装置である。これにより、荷電粒子ビーム30の標的T内部への到達深度を標的Tの奥の部分の形状に合わせることができ、標的Tの奥の部分で隣接する正常組織にまで荷電粒子ビーム30が照射されることを防止できる。
【0039】
なお、リッジフィルタ15、レンジシフタ16、コリメータ17、ボーラス18の配列順序は本実施形態に限定されるものではない。
また、タンタル、鉛等からなる散乱体19を設けて、荷電粒子ビーム30を拡径することにより、さらに大きな一様照射野を形成することができる。散乱体19は例えば、照射用偏向電磁石20と照射野形成電磁石13との間、あるいは照射野形成電磁石13の下流に設けることができる。散乱体19の厚みは残飛程を考慮して決定することが好ましい。
【0040】
次に、リサージュ図形による一様照射野の形成について説明する。本実施形態では、照射野形成電磁石13、14に、位相がずれた正弦波の磁場を発生させて荷電粒子ビーム30をリサージュ図形に沿って走査させる場合を例に説明する。
先ず荷電粒子ビーム照射システム1の制御部により、前記したようにベータトロン振動を利用して、荷電粒子ビーム30をシンクロトロン4から照射装置5へ出射する。
【0041】
荷電粒子ビーム照射システム1の制御部は、荷電粒子ビーム30の出射に同期して、照射野形成電磁石13に前記(1)式のX=Asinωtで経時変化する磁場を発生させる交流励磁電流を流し、照射野形成電磁石14には前記(2)式のY=Bsin(ω't+δ)で経時変化する磁場を発生させる交流励磁電流を流す。ここで、A,Bは任意の定数であり、ω、ω'は単位時間当たりの周波数でありそれぞれ異なる定数、δは位相差であって定数、tは時間である。
【0042】
本実施形態では、リサージュ図形を描くことができる限り、前記した(1)式、(2)式の周波数ω、ω'および位相差δを任意に選ぶことができる。また、リサージュ図形を描くようにして荷電粒子ビーム30を走査することで大きな一様照射野を形成することを目的としているので、照射野内に荷電粒子ビーム30の軌跡(以下単に軌跡と記す)ができるだけ広い範囲に分布していることが好ましい。従って、例えば図7に示したリサージュ図形の例の内、周波数比がω:ω'=7:6、δ=0の場合のように、その外郭がほぼ四角形となるリサージュ図形となるように周波数ω、ω'および位相差δを選択することが好ましい。また、図7の周波数比ω:ω'=7:6、δ=π/6のときのように、軌跡の間隔が異なっていてもよい。
【0043】
荷電粒子ビーム30のビーム径は1cm程度であるのに対し、最長径20cm程度の照射野が必要とされる場合もある。広い範囲にわたり一様照射野を形成するには、隣り合う軌跡の間隔が密なほうがよい。軌跡の間隔が密なリサージュ図形を得やすい条件としては、周波数比ω:ω'の一方が整数のみで、他方が小数を含む数であり、かつω:ω'の比が単純な整数比とならない組合せが挙げられる。このような組合せは無限にあり、例えば、δ=0におけるω:ω'=1:1.3、11:11.1等がある。設定した周波数ω、ω'および位相差δにより、どのようなリサージュ図形が描かれるかは、シミュレーションで確認しておくことができる。
また、散乱体19を用いる場合は、ビーム径が拡大されるので、散乱体19を用いない場合より軌跡の間隔を大きくすることができる。
【0044】
荷電粒子ビーム30をリサージュ図形に沿って走査することにより一様照射野を形成する場合、荷電粒子ビーム30の周縁部が重なり合うようにして照射することが好ましい。前記したように、荷電粒子ビーム30の線量は、ビームの中心にピークのある正規分布となっている。一般に、正規分布した線量を有する荷電粒子ビームスポットにおける標準偏差1σに相当する半径の円が互いに接するようにして照射することが、一様照射野を形成する上で好ましい。
【0045】
リサージュ図形では、軌跡の間隔が一定ではないため標準偏差1σに相当する半径の円が重なりあう場合もある。このようなときでも、リサージュ図形によれば照射野の領域内に繰り返し照射することができるので、照射野内の照射線量が積算されて平均化される結果、一様照射野を形成することができる。
図8は、荷電粒子ビーム30の標準偏差1σに相当する半径の円が重なるようにしてリサージュ図形に沿って照射野を形成する様子を模式的に示した図である。このような照射を行うためには、隣り合う軌跡間の距離が、前記した「標準偏差1σに相当する半径」よりも小さくなるように周波数ω、ω'および位相差δを選択することが好ましい。
【0046】
リサージュ図形に沿ってビームを走査して形成する一様照射野のシミュレーション結果を図9、図10に示す。図9はω:ω'=1:5.912、δ=π/7の条件で正方形の一様照射野を形成した場合、図10は長方形の一様照射野を形成した場合の図である。図9、図10のx、yは照射野の座標軸であり、縦軸(Fluence)は照射線量を示し、前記正規分布を有する荷電粒子ビーム30をリサージュ図形に沿って照射したときの、照射野における照射線量の分布を示す図である。図9、図10より、照射野の中央付近に照射線量がほぼ一様な領域が形成されており、放射線治療で要求される照射線量の公差(2.0〜2.5%以内)の基準に合う一様照射野が形成されることがわかる。
【0047】
このように、リサージュ図形を用いれば、従来のワブラー法で描かれる円に外接する四角形の範囲まで荷電粒子ビーム30を照射できるので、より大きな一様照射野を形成することが可能となる。また、散乱体19を用いれば、さらに大きな一様照射野を形成することができる。
また、従来よりも大きな一様照射野を形成することが可能になれば、照射ポート長(照射野形成電磁石から標的までの距離)を短縮できるので、荷電粒子ビーム照射システム1の小型化が可能になる。これにより、荷電粒子ビーム照射システム1の建設コストを引き下げることができ、粒子線治療の普及を図ることができる。
【0048】
なお、照射野におけるビームの走査速度が不均一な場合には、照射野に与えられる線量も不均一となる。正弦波によるリサージュ図形に沿って荷電粒子ビーム30を照射する場合、ビームの走査速度は必ずしも一定ではない。しかし、位相の異なる2つの正弦波を用いてビームを走査させる場合には、照射野の外縁部(正弦波が大きく曲がる部分に相当する)を除き、ビームの走査速度はほぼ一定であるため、照射野の殆どの領域で一様照射野を形成することができる。三角波によりリサージュ図形を描かせるときも同様に、一様照射野を容易に形成することができる。
【0049】
次に、制御の容易性について、従来のワブラー法と比較して説明する。
従来のワブラー法で荷電粒子ビーム30の軌跡を図2(b)に示したような円にするには、前記(1)式、(2)式において周波数比ω:ω'=1:1で、かつ初期位相が完全に一致した状態に制御した交流励磁電流を照射野形成電磁石13、14に流す必要がある。この制御が不良となった例として、初期の位相(δ=π/2)はずれていないが、交流励磁電流の周波数がずれて、周波数比がω:ω'=1:0.99となった場合の軌跡を図11(a)に示す。また、初期の位相もπ/6ずれて2/3πとなり、周波数比ω:ω'=1:0.99となった場合の軌跡を図11(b)に示す。なお、図11(a)、図11(b)は交流励磁電流を20サイクル流した場合に描かれる軌跡である。
【0050】
図11(a)と図2(b)との比較から分かるように、交流励磁電流の周波数がずれると、初期の位相が同一でも軌跡は本来の円軌道からずれ、円に外接する正方形の隅に照射線量が不足する部分が生じる。また、図11(b)に示すように、初期位相がずれた場合は、円の中心付近に照射されない部分が生じる。
この例からも分かるように、従来のワブラー法で一様照射野を形成するには、照射野形成電磁石13、14の交流励磁電流の周波数と位相を厳密に制御しなければならない。
【0051】
これに対し、リサージュ図形で制御不良が生じた例として、図7の周波数比ω:ω'=7:6の場合において、周波数がずれたときの軌跡を図12に示す。図12(a)は、交流励磁電流の周波数比がω:ω'=7:5.99となり、初期位相はδ=0で同一の場合、図12(b)はω:ω'=7:5.99で初期位相がπ/6となった場合の軌跡を示す。なお、図12(a)、図12(b)は交流励磁電流を20サイクル流した場合に描かれる軌跡である。
【0052】
リサージュ図形の場合も、交流励磁電流の周波数比がずれると、図7との比較で分かるように、軌跡はずれる。しかし、図12(a)、図12(b)に示すように、リサージュ図形の場合は初期位相の異同にかかわらず、交流励磁電流の周波数比がずれた場合でも正方形の照射野のほぼ全領域にビームが照射されるので、一様照射野を形成することができる。従って、従来のワブラー法のように交流励磁電流を厳密に制御する必要は無く、制御が容易になる。
【0053】
さらに、本実施形態では一時的に荷電粒子ビーム30の照射を停止すること、あるいは長方形の一様照射野を形成することにより、ビームの利用効率を向上させることができる。
例えば、標的Tの断面形状(投影形状)が細長いひょうたん型の場合には、大きな一様照射野を形成しても、一様照射野の内、前記したコリメータ17(図5参照)で荷電粒子ビーム30が遮蔽される領域に照射されたビームは全く利用されない。この場合、シンクロトロン4から照射装置5への荷電粒子ビーム30の出射を一時中断し、荷電粒子ビーム30の照射野の一部領域に対する照射を停止することでビームの利用効率を向上させることができる。
【0054】
シンクロトロン4から照射装置5への荷電粒子ビーム30の出射の一時停止は、荷電粒子ビーム照射システム1全体の制御装置を用いて行なうことができる。例えば、標的の断面形状に応じて荷電粒子ビーム30の出射を一時停止すべき範囲をXY座標値等で予め前記制御装置に記憶させておき、荷電粒子ビーム30をリサージュ図形に沿って走査中にビームの軌跡が前記範囲に入るとき、六極電磁石12への励磁電流の供給とデフレクタ11への負の高電位の印加とを停止する制御を行なうことによって、荷電粒子ビーム30の出射を一時中断することができる。これにより、荷電粒子ビーム30を、シンクロトロン4内部の周回軌道にとどめておくことが可能となり、荷電粒子の利用効率を高めることができる。
【0055】
あるいは、前記(1)式、(2)式におけるA:Bの比率を変更することにより、長方形の一様照射野を形成して、荷電粒子の利用効率を高めることができる。例えば、標的Tの形状によっては正方形の一様照射野は必要ない場合がある。このようなとき、長方形の一様照射野を形成することで、荷電粒子の利用効率を向上させることができる。前記したA:Bの比率の変更は、荷電粒子ビーム照射システム1全体の制御装置を用いて行なうことができる。なお、前記した照射野の一部領域に対する荷電粒子ビーム30の照射の停止と組み合わせて、さらに荷電粒子の利用効率を向上させることもできる。
【0056】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は前記実施形態には限定されない。例えば、本実施形態では、粒子線として、炭素イオンを取り上げたが、これに限るものでは無く、陽子線等の他の粒子線を用いる荷電粒子ビーム照射システムにも適用することができる。また、粒子線をシンクロトロンで加速する場合を例に説明したが、粒子線の加速をサイクロトロンで行なうこともできる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】光子線と粒子線の相対線量を比較した図である。
【図2】(a)は、正弦波によるリサージュ図形の例を示す図であり、(b)は従来のワブラー法の円を示す図である。
【図3】三角波により描かれるリサージュ図形である。
【図4】荷電粒子ビーム照射システム全体の構成図である。
【図5】照射装置の構成を表す模式図である。
【図6】四極電磁石の平面図である。
【図7】リサージュ図形の例を示す図である。
【図8】リサージュ図形に沿って荷電粒子ビームを照射する様子を表す図である。
【図9】正方形の一様照射野を形成した場合の照射線量の積算値を示す図である。
【図10】長方形の一様照射野を形成した場合の照射線量の積算値を示す図である。
【図11】従来のワブラー法で交流励磁電流の制御不良が生じたときの軌跡を示す図で、(a)は、初期の位相が同じで周波数がずれた場合を示す図、(b)は初期の位相も周波数もずれた場合を示す図である。
【図12】リサージュ図形で交流励磁電流の制御不良が生じたときの軌跡を示す図で、(a)は、初期の位相が同じで周波数がずれた場合を示す図、(b)は初期の位相も周波数もずれた場合を示す図である。
【符号の説明】
【0058】
1 荷電粒子ビーム照射システム
4 加速器(シンクロトロン)
13 X方向の照射野形成電磁石
14 Y方向の照射野形成電磁石
19 散乱体
30 荷電粒子ビーム
【特許請求の範囲】
【請求項1】
加速器で加速された荷電粒子ビームを照射野形成電磁石により走査させながら照射野を形成する荷電粒子ビーム照射システムにおいて、
前記荷電粒子ビームをリサージュ図形に沿って走査しながら照射して前記照射野を形成することを特徴とする荷電粒子ビーム照射システム。
【請求項2】
前記照射野の一部領域に対する前記荷電粒子ビームの照射を停止することを特徴とする請求項1に記載の荷電粒子ビーム照射システム。
【請求項3】
前記荷電粒子ビームのビーム径を拡大させる散乱体を備えることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の荷電粒子ビーム照射システム。
【請求項1】
加速器で加速された荷電粒子ビームを照射野形成電磁石により走査させながら照射野を形成する荷電粒子ビーム照射システムにおいて、
前記荷電粒子ビームをリサージュ図形に沿って走査しながら照射して前記照射野を形成することを特徴とする荷電粒子ビーム照射システム。
【請求項2】
前記照射野の一部領域に対する前記荷電粒子ビームの照射を停止することを特徴とする請求項1に記載の荷電粒子ビーム照射システム。
【請求項3】
前記荷電粒子ビームのビーム径を拡大させる散乱体を備えることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の荷電粒子ビーム照射システム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2006−208200(P2006−208200A)
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−20843(P2005−20843)
【出願日】平成17年1月28日(2005.1.28)
【出願人】(301032942)独立行政法人放射線医学総合研究所 (149)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年1月28日(2005.1.28)
【出願人】(301032942)独立行政法人放射線医学総合研究所 (149)
【Fターム(参考)】
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