説明

荷電粒子ビーム軌道補正器及び荷電粒子ビーム装置

【課題】本発明は荷電粒子ビームにおける軌道補正法に係わり、従来の収差補正システムの問題を解決し低コストで高精度かつ高分解能の荷電粒子ビーム用収束光学系を提供する。
【解決手段】電磁界をそのビーム軌道軸の中心方向に集中させる分布を作り、ビーム軌道を斜入射させてレンズ作用を利用して曲線軌道とし、その結果、電子レンズの球面収差に代表される外側で大きな非線形の作用を打ち消す。具体的には軸上に電極を置き電圧を印加すれば、容易に電界集中が発生する。またビーム入射軸や結像位置は通常のレンズ・偏向器で操作することで実現できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、荷電粒子ビーム光学系における軌道補正器、及びそれを備えた電子顕微鏡等の荷電粒子ビーム装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電子を収束させて走査し、試料面からの信号電子を検出して画像表示装置に可視化する走査型電子顕微鏡(SEM)、試料を透過した発散電子を電子レンズで結像する透過型電子顕微鏡、電子ビームを試料面上に成形照射してパターン形成する電子ビーム露光機、集束イオンビームを照射して試料を加工するFIB装置などの荷電粒子ビーム装置は、広範なナノテクノロジー分野で重要な役割を果たしている。これらの荷電粒子ビームの収束には、制御性や加工性の良さから、一般に回転対称な電極又は磁極で構成された電子レンズが用いられる。
【0003】
このような電子レンズ系で問題となるのが、電子光学的な収差である。例えば回転対称な磁界型レンズは、磁極に近い軸外側で磁場強度を増して収束作用が大きくなり、凸レンズとして機能する。更にその高次の摂動成分である収差により、ある点から発した荷電粒子ビームがレンズへの入射条件に依存して分散し、一点に収束しない現象が発生する。そのため、理想的な点光源であっても、その放射角分布や中心軌道軸に依存して、結像点に有限の広がり、いわゆるビームぼけを発生してしまう。このように収差は、収束荷電粒子ビームによる試料観察での分解能劣化や、微細加工での重大な精度劣化要因となる。
【0004】
摂動収差論によれば、軸上におけるビーム軌道ずれ量δは、その入射角αの3乗に比例する球面収差と加速エネルギーVに対する偏差DVに比例する色収差が発生し、
δ=Csα+CcΔV/V+・・・ (1)
と表せることが知られている。ここでCsは球面収差係数、Ccは色収差係数と呼ばれる。その他の寄与は、軸外で発生する。ここでαに依存したビーム電流分布やエネルギー分散が発生すると、上式に従いビームぼけが発生する。一般に荷電粒子ビーム装置では、その信号量や加工速度を上げるためには大電流が必要であり、光源より発した荷電粒子ビームを広く取り込む必要がある。その結果、収束レンズ内の軌道分布が広がり、収差量の増加とトレードオフの条件となり、原理的な性能を規定する。
【0005】
この収差を補正する方法として、規則的に分割された電磁極を多数段配置して、その発散と収束を制御する多極子収差補正系(非特許文献1)、微小なレンズアレイを配列して荷電粒子ビームを分離して軌道補正するマルチビーム方式(特許文献1)等が提案されている。また、大電流でのある程度の収差の抑止と、特にビーム内のクーロン斥力や散乱による空間電荷効果の低減を目的に、輪帯状の制限絞りを軸上に置く輪帯照明法がある。(特許文献2)すなわち荷電粒子ビームの輝度を上げると、軸上すなわち電流密度の高い最大輝度軸の電子は空間電荷への寄与も大きくなる。そのため軸上を中心に円形に荷電粒子ビームを取り込むのではなく、軸対称なリング状の絞りで周辺電子を取り込み、電子源の輝度を上げて実効的にビーム電流の取り込み量を増大させる考え方である。更に軸上に電極を置き、荷電ビームを輪帯上に制限して、入射させるアニュラーレンズ方式(特許文献3)も検討されてきた。
【0006】
【特許文献1】特開2006−80155号公報
【特許文献2】特開2000−12454号公報
【特許文献3】米国特許3100260号公報
【非特許文献1】H. R ose Nucl. Instrym. Meth. A 519,12
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
多極子系やマルチビーム方式は極めて高精度の機械加工、配置、電源、調整法が必要となり、技術的な困難さやコスト的な課題が大きく、まだ一部の電子顕微鏡等に適用されているのみである。また、輪帯照明方法でも一定量の収差を軽減し、電流増加も期待できるが、収差によって制限された軸外軌道を取り込むため、特に空間電荷効果の支配的でない領域ではあまり取得電流量を増加できない課題があった。更にアニュラーレンズ方式は、単純である程度の軌道補正は可能であるが、高次電界歪や寄生収差の影響や調整困難等の技術的な問題があった。このように荷電粒子ビームの収束には収差量の低減が必要であり、従来からの重要課題であった。
【0008】
より具体的に述べると、回転対称形の磁位φは軸上の磁位Φで下記の通りにテイラー展開される。
φ(r,z)= Φ(z)-(1/4)φ(z)''r2+(1/64)φ(z)''''r+・・・ (2)
但し(r,z,θ)は回転対称軸を基準とした極座標系である。ここで磁位の微分値すなわち磁場Bが非線形となる第3項以上が収差項、特に離軸量rに比例した第3項は3次球面収差となる。
【0009】
アニュラー電極として、同軸の無限遠円筒電極の内外形寸法をa、bとすると、電界Eは解析的に解けて、
E(r)=V/rlog(a/b) (3)
となる。すなわち(3)式は中心軸に向かって、電位微分すなわち電界Eは1/rに比例して急速に増加する。また、近軸になるほど(2)式の高次項に相当する影響が増加し、rに対して相互に逆の比例関係になる。従って、これらがうまく打ち消せれば、回転対称の磁界レンズに同軸配置したアニュラー電極で、収差補正が可能となる。
【0010】
しかしながら、従来の同軸アニュラー電極では(2)式で軸上電極近傍で非常に強い偏向電場が形成されるため電界歪が大きく、ビーム入射角が限定されてしまう。またビームに近接して輪帯状制限絞りや軸上電極を懸架する支持部が必要となり、コンタミネーションによる帯電を含めて、軌道の不安定化や高次寄生収差の原因となる懸念がある。これらが、前述の調整困難の原因でもある。
【0011】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、従来の収差補正システムの問題を解決し、低コストで高精度かつ高分解能の荷電粒子ビーム用収束光学系を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、回転対称な多段の同軸補正電極内にビーム軌道を曲線状に形成する。すなわち、荷電粒子ビームを回転対称軸に結像して斜交差させ、そのビーム軌道に沿って、回転対称な軸上および軸外電極を多段化して分離配置し、これにより電極端等から発する集中電界歪を緩和し、外部に配した磁極レンズの作用と重畳してバランスさせ、その総合の収差を打ち消す。ここで光学系の対称性理論から回転方向軌道は軸上に無収差結像し、離軸方向(径方向)軌道の収差のみ解析すればよいことになる。
【0013】
(1)より具体的には、本発明による荷電粒子ビーム軌道補正器は、照射レンズからの荷電粒子ビームの出射軸と斜交する直線軸上に配置された軸上電極と、軸上電極を取り囲むように回転対称に配置された軸外電極と、を含む補正電極群と、軸上電極と前記軸外電極の間に電界を発生する磁界レンズと、を備える。そして、荷電粒子ビームを直線軸と斜交差して入射させ、軸上電極と軸外電極との間に電圧を印加して電界歪みを緩和し、磁界レンズの作用により収差を補正するようにしている。また、荷電粒子ビームの出射軸と直線軸との交差点に照射レンズの結像点を一致させる。
【0014】
例えば、軸外電極が、複数の軸外電極を含む軸外電極群として構成され、複数の軸外電極のうち所定の軸外電極に対する電圧入力値に比例する電圧値が他の軸外電極に対して入力されるようにしてもよい。
【0015】
さらに、磁界レンズは、補正電極の軸上電極が配置された直線軸と同軸に回転対象となるように重畳して配置されるようにしてもよい。また、磁界レンズへの入力値の比例関数として補正電極の入力値が制御されるようにしてもよい。
【0016】
さらに、上記補正器は、軸上電極の一端と軸外電極とが固定される支持体をさらに備える。このとき、軸上電極は、短小の棒状電極あるいは周辺に接地シールド電極を設置して概略点状電極として構成される。そして、支持体は、棒状電極の一端が固定された部分の周囲に前記荷電粒子ビームの入射範囲を制限する輪帯状の開口を有するようにしてもよい。
【0017】
また、軸外電極は周方向に複数の部分電極に分割され、各部分電極に独立に電圧が印加されるようにしてもよい。
【0018】
上記補正器は、さらに、軸外電極の回転対称軸の中心より径方向および回転方向に対して開口寸法が異なる可動制限絞りを備える。
【0019】
上記補正器は、さらに、入射する前記荷電粒子ビームの回転対称軸の中心より径方向および回転方向への収束を補正するための入射非点補正器と、補正電極から出射する荷電粒子ビームの形状を復元する出射非点補正器と、を備えるようにしてもよい。
【0020】
(2)本発明による荷電粒子ビーム装置は、荷電粒子ビームを発生する荷電粒子源と、荷電粒子ビームを集束するための照射レンズと、荷電粒子ビームの軌道を修正して収差を補正するための荷電粒子ビーム軌道補正器であって、上述の特徴を有する補正器と、軌道修正された荷電粒子ビームを試料に照射するための照射偏向器と、試料からの反射電子信号を検知して表示装置に画像表示する画像生成処理部と、を備える。
【0021】
ここで、照射偏向器は、荷電粒子ビームの入射方向を補正する。
【0022】
また、照射偏向器は、さらに、補正電極の上部構造を走査する機能を有し、画像生成処理部は、補正電極の上部構造からの反射電子信号を検知し、補正電極の上部構造の画像を生成し、これを画像表示装置に表示する。
【0023】
荷電粒子ビーム装置は、さらに、照射偏向器入力の比例関数として補正電極の入力電圧値を制御する制御部を備える。
【0024】
また、荷電粒子ビーム装置は、さらに、照射偏向器に対する複数の入力値に対して出射ビームの形状歪を計測し、歪量を多項式関数として近似し、その多項式から歪量が最小となる照射偏向器の入力値を算定して照射偏向器を制御する制御部を備える。
【0025】
さらなる本発明の特徴は、以下本発明を実施するための最良の形態および添付図面によって明らかになるものである。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、電源を含め極めてコンパクトかつ低コストに、汎用性が高い収差補正法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、添付図面を参照して本発明の実施形態について説明する。ただし、本実施形態は本発明を実現するための一例に過ぎず、本発明の技術的範囲を限定するものではないことに注意すべきである。また、以下では荷電粒子が電子の場合について説明するが、本発明の補正器は荷電粒子がイオンの場合にも適用できる。なお、各図において共通の構成については同一の参照番号が付されている。
【0028】
<球面収差補正の概念(原理)>
まず、図1及び2を参照して球面収差補正の概念について説明する。図1及び2は中心軸から半平面の電極、磁界レンズで計算したエネルギー300eVの電子軌道を示す。図1は軸上の点状補正電極とビーム軌道にほぼ沿った軸外電極からなる補正電極を用いて、収束条件を調整した例である。ここで軸上電極には接地電極を兼ねた支持体を置き、軸外電極はビーム軌道に沿ってそれぞれ遠ざけて配置して、電極近傍の電界歪の影響を抑止している。支持体は、中心の電極近傍の電気力線をいわば吸収し、点電荷場から双極子場に緩和するシールド作用を有している。更に、複数の軸上電極で、相互の電界緩和による歪低減も可能である。
【0029】
一方、図2は補正電極を使わずに、従来型の磁界レンズを励磁200ATで収束させたビーム軌道を示している。両者を比較すると、図2でA点より発したビームは、磁界レンズの球面収差で軸方向に△Zだけ広がっているが、図1では△Z〜0で収束していることが分かる。
【0030】
このようなビームを斜入射させる回転対称型の補正器群を、単体又は複数組合わせることで、電子光学収差の打ち消しや、更に試料面から引き出される電子の収束・発散を助長して、検出器への入射条件の調整や信号分離に応用することが可能となる。
【0031】
近年はMEMS(Micro-Electro-Mechanical Systems)加工技術や機械加工技術が進み、微細な電子源や電子レンズの加工が可能となっている。電子光学的な相似則によれば、電界型は電圧及び電極を同一スケールで縮小すれば同じビーム軌道が得られることが知られている。従って、これらの微細加工技術を使って数10μm程度の電極を作製できれば、従来の制限絞りを本発明の補正器で置き換えるだけで、低い電圧電源でビーム軌道の微細な制御が可能となる。
【0032】
<補正光学系の具体的構成>
図3は、本発明の実施形態による補正光学系の概略構成を示す断面図である。図3に示されるように、磁界レンズ7内に同軸に支持体3を含めた軸上電極2と軸外電極4が、回転対称に配置されている。ここで支持体3内は接地電極5から懸架されてその一部となり、内部に絶縁部6を介して軸上電極2に電圧Voを印加部する構造となっている。各軸外電極4は接地電極5と絶縁され、上からn番目の軸外電極4に電圧Vnが印加される。このように軸上電極2と軸外電極4は多段分割や積層化により複数段とし、微小な組み合わせレンズ群の構成とすることも可能である。
【0033】
また、図3の補正光学系において、所望のビーム軌道を得るための電極配置や調整は以下の手順で実行される。まず第一の手順として、磁界レンズ7の形状と励磁を、挿入する電極配置を考慮して所望のビーム軌道となる条件にシミュレーションで決定する。第二の手順として、補正電極は電界歪を避けるため、計算したビーム軌道からなるべく遠ざけて配置する。例えば図3では、軸外電極4をビーム軌道に沿った凡そ回転対称な曲面に配置している。図3にはA点から入射したビーム1の内外の2軌道を示されているが、図2においても説明したとおり、磁界レンズ7のみでは、球面収差によりB点でクロスして軸上ではdZの広がりが発生する。続いて、第三の手順として、補正電極の電圧を調整してB’点に軌道を修正する。なお、修正軌道が所望の軸上結像点からずれる場合には、再度、磁界レンズ7の励磁調整と補正電極の調整処理を繰り返して軸上に結像するように制御するとよい。あらかじめ磁界レンズ7と電極間、または各電極間で電圧値を変化させた場合の相互の焦点補正電圧から、その比例関係、すなわち感度を求めておき、連動制御させれば調整の容易化や自動化も可能である。例えば、図3において、特定の補正電極(軸外電極4)への所定の電圧を印加した場合、他の軸外電極へは、当該特定の軸外電極へ入力した電圧に比例した電圧を印加するようにする。また、磁界レンズ7への入力値の比例関数として補正電極の入力値を制御するようにしてもよい。なお、以上の例では光学系が回転対称系であるため、シミュレーションによる推定も比較的容易である。
【0034】
図4は、図3に示す補正光学系を電子線ビームの入射方向から見た平面図で、ビーム導入経路の一方(図4では上方)にビーム1を入射させた場合を示している。接地電極5の中央に横断した横梁構造で、支持体3上部が懸架されている。この構造により、ビーム1を支持体、特に横梁からなるべく遠方となる横梁内を等角に分離した中央部を通すことで、電界歪やコンタミネーション等の悪影響を低減できる。また図4の破線に示す通り、ビーム導入経路の他方(図4では下方)にも同様にビーム1を透過させることもできる。すなわち、横梁分割数や開口面積によって円弧状に複数のビームの収束が可能である。更にビーム1から遠い図4の下側に梁構造で電極懸架し、その影響を低減することも可能である。別の電極懸架方式として軸上電極2の支持体3を含めて枠形状にして分離し、外部から挿入する構造とすれば、取替えや機械的軸調整も可能となる。
【0035】
本光学系の電極内部は完全に回転対称のため、高精度加工・組立てが比較的容易ではあるが、微細にビームを収束させる場合は、ビーム軌道、軸上電極と軸外電極間の相互の芯ずれや加工精度が厳しくなる。その対策として、ビーム軌道はアライナー偏向器を補正光学系の入射側に置くことで、軌道補正が可能である。また電極間の芯ずれ、即ち、軸上電極2と軸外電極4の中心がずれる場合があるが、このような電極間の芯ずれは、軸外電極を分割して多極子系とすることで実効的に補正が可能である。図5は回転方向に等分割した8極子8の平面図で、各電極電圧Dn(n=1,2,3,‥‥8)に等方的に同値を印加した場合に発生する円形等電位面を破線で示す。ここで、Dnを調整して破線の等電位面を、X軸方向に軸ずれした軸上電極2と軸が一致する実線の円形等電位面に移動できればよい。
【0036】
図5の対称性から明らかなように、
=D=Dx,D=D=aDx,
=D=−aDx,D=D=−Dx (3)
となる補正電圧Dxを電圧加算すればよい。但し補正係数aは電極形状に依存する。ここでY軸方向にも軸ずれがある一般の場合には、DxをDyに置き換えて(3)式の関係を90度回転して加算すればよい。
【0037】
また何らかの影響により発生する非点も
=D=Ds,D=D=−Ds,
=D=Dt,D=D=−Dt (4)
と交互に反転した電圧Ds、Dtを加算すれば補正可能である。磁場型コイルを8極子で配列しても補正可能である。その他、高次の非点も更なる多極子化で補正が可能である。
【0038】
<球面収差及び色収差を同時に低減させる電子レンズ系の構成>
通常の電子レンズ系では、入射する電子のエネルギー分散が色収差、すなわち収束感度の差となりビームぼけを増大する。例えば一般の電子レンズは、高エネルギーで収束角が小さく、その感度に相当する色収差が発生する。
【0039】
一方、同軸電界型補正器は発散・収束条件に応じて偏向方向が変化し、同軸補正電極を含む系は原理的に色収差係数も正負の値をとりうる。一般に光学の分野での色収差補正は、正負すなわち凹凸レンズの組み合わせが必要となる。図3の実施例の構成でも、補正電極を発散レンズとして磁界レンズ7の磁場に重畳して用いれば、そのエネルギー差による軌道変化、すなわち色収差を修正することができる。しかしながら、図3の例では補正電極で近軸側のビーム軌道がより上側で結像している。従って、そのまま発散レンズで用いると、近軸側で軌道が外側に湾曲して、そのままでは球面収差が増加することを示している。
【0040】
以上の議論から、図6は、球面収差および色収差を同時に低減させるために、2段の組合わせレンズ系に補正器を発散条件で使用した例を示している。入射レンズ10は物点Aから発した電子ビーム1を、補正電極すなわち軸上電極2と軸外電極4への入射角を調整する。ここでは、ビーム1を平行入射、補正電極も平行とし、ビーム1の近軸側と軸外側の2軌道を示す。軸上電極2及び軸外電極4でビーム1軌道を発散方向となるように設定すると、対物レンズ11から見て、それぞれAiとAoから発したような軌道となる。従って、レンズ公式から対物レンズ11の結像側で近軸側軌道は対物レンズ11側に、軸外軌道は対物レンズ11から遠方に移動して、球面収差とは逆傾向となり、B点に収束させることが可能となる。また、色収差については電界型補正器の発散作用と、対物レンズ11の収束作用を利用して打ち消すことができる。さらに、2段の入射レンズ10と対物レンズ11は補正器と重ならない構成が可能であり、静電レンズも使用可能である。ここで図6では、ビーム1の入射角制御が重要で有り、入射レンズ10の物点位置に軌道補正用の照射偏向器9の中心を置くことで、物点位置を動かさずに調整可能となる。
【0041】
なお、球面収差を補正するだけなら軸上電極2及び軸外電極4が対物レンズ11と重なってる構成(図3参照)を用いても良いが、色収差も同時に補正するには、図6に示されるように、これらは重ならないのが好ましい。
【0042】
<多機能光学系の構成>
近年、複数方向からの傾斜観察による3次元観察等、荷電ビーム光学系の多様化ニーズが高まっている。図7及び8は、本発明の電界型補正器を、偏向収差補正系と組み合わせた多機能な電子光学系の例を示す概略図である。
【0043】
(1)本発明の実施形態によれば、図7に示す2方向のビーム照射系が可能である。図7では電子源12から発したビーム1を照射レンズ13により、補正電極軸上に結像させる。結像位置や角度は、2段の照射偏向器9により調整する。対物レンズ(磁界レンズ)11は補正前の曲線状の基本軌道を作り、おおむね斜入射したビームを所望の位置に結像する。更に対物レンズ11(磁界レンズ)内の支持体3で懸架された軸上電極2と軸外電極4の作用で、電極下方の軸上に補正軌道が結像する。
【0044】
ここで、偏向回路17により照射偏向器9に重畳した偏向信号で、2次元に補正電極入射面を走査し、検出器14で検知した反射電子信号を信号処理回路18を介して、その走査画像を画像表示装置19に偏向信号と同期して構築し、その位置情報から軸調整することができる。この状態で、同様に照射偏向器9に重畳した微小偏向で、やはり試料面を2次元走査し、検出器14で検知した反射電子信号から、その走査画像を構築することができる。すなわちこれらの走査画像から得られる補正器上部像の開口部分のずれ量や、試料面の画像歪を最小にすることで軸調整が容易にできる。
【0045】
照射偏向器9の調整は、いずれかの電極の焦点感度を求めておき、その電極と連動制御させることで、画像のぼけを改善し調整もより容易にできる。すなわち照射偏向器9の出力に応じて補正電極への入射位置が変わり、厳密には収束条件からずれてしまう。この場合は照射偏向器9への入力信号に応じて、焦点ずれ量とその補正電極の補正量の比例関係を求めておき、補正電極にフィードバックすることで、動的補正も可能である。微小偏向の範囲であれば、あらかじめ照射偏向器9への複数入力値に対して試料面上の走査画像歪量やぼけ量を求め、摂動多項式関数として最小二乗法で近似することも可能であり、その極小値を設定することで入射条件の最適化が可能となる。
【0046】
荷電粒子光学によれば、磁界型の対物レンズ11はその励磁量に応じて、軸外を通るビーム1の焦点位置と回転・収束方向にビーム偏向される特性がある。そのため補正電極もその配置に応じて、固有の焦点と位置ずれが発生してしまう。3次元的に焦点位置(x,y,z)を考えると、例えば、図3における4個の軸外電極のうち3個の軸外電極(補正器)の作用量(dx,dy,dz)を加算連動させる。
【0047】
dx+dx+dx=x
dy+dy+dy=y (5)
dz+dz+dz=z
そして、(5)式により、磁界中の補正電極だけで、ある程度の動的焦点補正を行いながら2次元(x,y)走査も可能となることがわかる。
【0048】
図7の構成で、ビーム1の軸外電極4内の回転方向成分は対称性から無収差で収束するため、離軸すなわち径方向の分散が問題となる。従ってあらかじめ軸外電極群4内で径方向に軌道を収束させれば、より高い補正効果が得られる。例えば図5に示す8極子8で対向する電極に同値の正負電圧を印加すれば非点補正器となり、中を通るビームに収束・発散作用を与えることができる。図7では具体的に補正器前段にこの入射非点補正器15を置き、おおむね径方向に収束、その直交方向すなわち回転方向に発散する軌道をとる。また後段に出射非点補正器16を置き、ビームに入射側と逆作用させて復元する。これにより収差補正効果を高めることが可能である。
【0049】
なお、検出器14を補正光学系の上部に設置することにより、補正電極付近の画像を取得することができるので、補正光学系のどこにビーム1を誘導すれば良いか分かるようになる。
【0050】
(2)本発明の実施形態によれば、図8に示す複数系統の電子軌道の混合と同時補正も可能である。図8では例示のためスケールを無視して示している。例えば、図8中央の補正電極の寸法は図2の作用感度の高さから非常に小さいことが期待される。
【0051】
図8では第一の電子源12および第二電子源20から発したビームを第一の照射レンズ13および第二照射レンズ21により、補正電極軸上に結像させる。結像の位置ずれや角度ずれは、それぞれ第一の照射偏向器9および第二照射偏向器22により調整する。やはり磁界レンズ7内の支持体3で懸架された軸上電極2と軸外電極4の作用で、電極下方の軸上に結像する。この状態で、図8で垂直入射ビーム24と傾斜入射ビーム25が対物偏向器26と対物レンズ11で、試料面等に結像することができる。すなわち異なる起源のビーム混合が可能となる。
【0052】
図8では、軸外電極4をよりビーム近傍に設置し、その軸外電極4の形状を最適化して軌道を制御している。すなわち、軸外電極4のフリンジ部分は高次歪も発生するが、電極に対して入射角を押さえて電極長も長くし、その制御性を利用する考え方である。すなわち、図7とは逆に複数の軸上電極群2で、軸上近傍か発する電界を制御し、軌道の制御を行う。更に、図8で傾斜入射ビーム25は対物レンズ11の軸外を通るため、大きな偏向収差が発生するが、図5に示した多極子を配置してその分布を調整すれば、やはり大幅な低減が可能である。
【0053】
図8の構成でも、やはり図7と同じく、あらかじめ軸外電極4内で径方向に軌道を収束させれば、より高い補正効果が得られる。図8では入射側に可動式の制限絞り23(径方向と回転方向でしぼりの形を変えている)を置き、おおむね各ビームの径方向軌道を制限し、その直交方向すなわち回転方向軌道を多く取る円弧状開口とする。これにより収差補正効果を高めることが可能である。図8で複数の荷電粒子を切り替えたい場合は、補正電極上部の制限絞り23で、第一照射偏向器9および第二照射偏向器22で、個別にビームブランキングが可能である。
【0054】
<まとめ>
本発明による荷電粒子ビーム軌道補正器は、従来の収差補正器に比べ、非常にシンプルでコンパクトのため、実装やコストの観点からも走査型電子顕微鏡及び透過型電子顕微鏡等への汎用性は極めて高い。また、構造が単純でありMEMS技術等で微細化しやすい特徴があり、近年注目されているマルチビームシステム等への搭載もより容易である。
【0055】
また、本実施形態によれば、補正器と磁界レンズを重畳させた構成が可能であるので、従来の多段型多極子補正系に比べて光学系全長が短縮でき、外乱の影響を受けにくくなる。さらに、周囲に磁場シールド等の設置も容易であり、対振動性・対ノイズ性・真空的にも優れ、高信頼のシステム構築が可能である(図6乃至8の構成を参照)。
【0056】
また、本実施形態(図6乃至8)によれば、多極子電極を用いる必要もなくなるので、電極数を多段型多極子補正系に比べほぼ一桁減らせ、対応する電源数も大幅削減できる点もコスト的に大きな利点となる。
【0057】
さらに、輪帯照明法で問題となる輝度中心のビームが排除されないため、得られるビーム電流も大きく、軸調整も容易となる。安定度の観点からも、ビーム入射範囲を限定するため、直接補正電極等に照射されず、コンタミネーション付着が少ない利点もある。
【0058】
補正システムそのものは全体が回転対称系であり、軌道電磁界解析や軌道計算が容易である。更に製造上の利点として、機械加工や組み立て精度も出しやすく、補正感度が高いため小型化でき、構成電極数すなわち電源数も少なくコストダウンも容易である。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明の原理を説明するための図である。
【図2】補正電極を用いずにビーム軌道を補正する場合(従来に相当)の欠点を説明するための図である。
【図3】本発明の実施形態による電界型補正器の例を示す断面図である。
【図4】図3の電界型補正器の上面図である。
【図5】多極子による補正例を示す図。
【図6】本実施形態による、発散条件を用いて色及び球面収差補正例を示す図である。
【図7】補正器を3次元観察SEMに適用した例を示す図である。
【図8】補正器をマルチビーム構成に適用した例を示す図である。
【符号の説明】
【0060】
1…ビーム、2…軸上電極群、3…支持体、4…軸外電極群、5…接地電極、6…絶縁部、7…磁界レンズ、8…多極子、9…照射偏向器、10…入射レンズ、11…対物レンズ、12…電子源、13…照射レンズ、14…検出器、15…入射非点補正器、16…出射非点補正器、17…偏向回路、18…信号処理回路、19…画像表示装置、20…第二電子源、21…第二照射レンズ、22…第二照射偏向器、23…制限絞り、24…垂直入射ビーム、25…傾斜入射ビーム、26…対物偏向器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子ビームの軌道を修正して収差を補正するための荷電粒子ビーム軌道補正器であって、
照射レンズからの荷電粒子ビームの出射軸と斜交する直線軸上に配置された軸上電極と、前記軸上電極を取り囲むように回転対称に配置された軸外電極と、を含む補正電極群と、
前記軸上電極と前記軸外電極の間に電界を発生する磁界レンズと、を備え、
前記荷電粒子ビームを前記直線軸と斜交差して入射させ、前記軸上電極と前記軸外電極との間に電圧を印加して電界歪みを緩和し、前記磁界レンズの作用により前記収差を補正することを特徴とする荷電粒子ビーム軌道補正器。
【請求項2】
前記荷電粒子ビームの出射軸と前記直線軸との交差点に前記照射レンズの結像点を一致させることを特徴とする請求項1に記載の荷電粒子ビーム軌道補正器。
【請求項3】
前記軸外電極は、複数の軸外電極を含む軸外電極群として構成され、
さらに、前記複数の軸外電極のうち所定の軸外電極に対する電圧入力値に比例する電圧値が他の軸外電極に対して入力されることを特徴とする請求項1に記載の荷電粒子ビーム軌道補正器。
【請求項4】
前記磁界レンズは、前記補正電極の前記軸上電極が配置された前記直線軸と同軸に回転対象となるように重畳して配置されることを特徴とする請求項1に記載の荷電粒子ビーム軌道補正器。
【請求項5】
前記磁界レンズへの入力値の比例関数として前記補正電極の入力値が制御されることを特徴とする請求項1に記載の荷電粒子ビーム軌道補正器。
【請求項6】
さらに、前記軸上電極の一端と前記軸外電極とが固定される支持体を備え、
前記軸上電極は、短小の棒状電極あるいは周辺に接地シールド電極を設置して概略点状電極として構成され、
前記支持体は、前記棒状電極の一端が固定された部分の周囲に前記荷電粒子ビームの入射範囲を制限する輪帯状の開口を有することを特徴とする請求項1に記載の荷電粒子ビーム軌道補正器。
【請求項7】
前記軸外電極は周方向に複数の部分電極に分割され、各部分電極に独立に電圧が印加されることを特徴とする請求項1に記載の荷電粒子ビーム軌道補正器。
【請求項8】
さらに、前記軸外電極の回転対称軸の中心より径方向および回転方向に対して開口寸法が異なる可動制限絞りを備えることを特徴とする請求項1に記載の荷電粒子ビーム軌道補正器。
【請求項9】
さらに、入射する前記荷電粒子ビームの回転対称軸の中心より径方向および回転方向への収束を補正するための入射非点補正器と、
前記補正電極から出射する荷電粒子ビームの形状を復元する出射非点補正器と、
を備えることを特徴とする請求項1に記載の荷電粒子ビーム軌道補正器。
【請求項10】
荷電粒子ビームを試料に照射して試料画像を取得するための荷電粒子ビーム装置であって、
前記荷電粒子ビームを発生する荷電粒子源と、
前記荷電粒子ビームを集束するための照射レンズと、
前記荷電粒子ビームの軌道を修正して収差を補正するための荷電粒子ビーム軌道補正器と、
前記軌道修正された荷電粒子ビームを前記試料に照射するための照射偏向器と、
前記試料からの反射電子信号を検知して表示装置に画像表示する画像生成処理部と、を備え、
前記荷電粒子ビーム軌道補正器は、
前記照射レンズからの荷電粒子ビームの出射軸と斜交する直線軸上に配置された軸上電極と、前記軸上電極を取り囲むように回転対称に配置された軸外電極と、を含む補正電極群と、
前記軸上電極と前記軸外電極の間に電界を発生する磁界レンズと、を含み、
前記荷電粒子ビームを前記直線軸と斜交差して入射させ、前記軸上電極と前記軸外電極との間に電圧を印加して電界歪みを緩和し、前記磁界レンズの作用により前記収差を補正することを特徴とする荷電粒子ビーム装置。
【請求項11】
前記照射偏向器は、前記荷電粒子ビームの入射方向を補正することを特徴とする請求項10に記載の荷電粒子ビーム装置。
【請求項12】
前記照射偏向器は、さらに、前記補正電極の上部構造を走査する機能を有し、
前記画像生成処理部は、前記補正電極の上部構造からの反射電子信号を検知し、前記補正電極の上部構造の画像を生成し、これを前記画像表示装置に表示することを特徴とする請求項10に記載の荷電粒子ビーム装置。
【請求項13】
さらに、前記照射偏向器入力の比例関数として前記補正電極の入力電圧値を制御する制御部を備えることを特徴とする請求項10に記載の荷電粒子ビーム装置。
【請求項14】
さらに、前記照射偏向器に対する複数の入力値に対して出射ビームの形状歪を計測し、歪量を多項式関数として近似し、その多項式から歪量が最小となる前記照射偏向器の入力値を算定して前記照射偏向器を制御する制御部を備えることを特徴とする請求項10に記載の荷電粒子ビーム装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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