説明

菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の容器充填方法

【課題】菌体懸濁液及び/又は菌体処理物を保存貯槽から容器に充填する際、酵素触媒の発泡性の低減及び固定化菌体の崩れ低減に寄与しながら、同時に、容器充填後の酵素触媒の保存中の活性低下を抑制することが可能な充填方法を提供する。
【解決手段】菌体懸濁液及び/又は菌体処理物を保存貯槽から容器に充填する方法において、保存貯槽から充填容器までの配管の先端ノズル出口における吐出線速度を3m/秒以下の範囲で充填する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の容器充填方法に関し、詳しくは、工業的に有用な酵素を生産する微生物の菌体懸濁液及び/又は菌体処理物を容器に効率的に充填する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体触媒を利用して基質化合物から目的化合物を製造する方法は、その穏和な反応条件、目的化合物への高選択率、高収率の他、軽装な製造プロセス等の利点から、近年、多くの化合物の製造に用いられている。特に、菌体触媒を用いた場合、酵素の活性が安定化すること、酵素反応終了後の触媒の分離除去が容易であること等の理由から、微生物の生産する酵素は、化学変換反応の触媒として多くの場面で使用されている。とりわけ、ニトリル基及びアミド基の水和または加水分解能を有するニトリルヒドラターゼ、ニトリラーゼ、アミダーゼ等の利用は、化学工業上重要なアミド、カルボン酸等の安価な製造を可能にしている。
【0003】
近年の工業プロセス分野における生体触媒利用の広まりから、単なる酵素反応の反応様式だけではなく、生体触媒の生産方法、酵素の保存方法等、様々な周辺技術についても改良・提案がなされている。例えば、水性媒体中、休止菌体懸濁液を菌体触媒としてニトリル化合物から目的化合物のアミド水溶液を反応終了液として得た後に凝集剤を添加して菌体触媒を分離する方法(特許文献1)、アクリル酸水溶液で洗浄したニトリルヒドラターゼを有する微生物を使用することにより、保存安定性の高く、高品質なアクリルアミドを製造する方法(特許文献2)、加熱殺菌処理に供するニトリルヒドラターゼを含有する微生物含有液のpHを6〜8に調整しながら通気・攪拌する菌体含有液体の保存方法(特許文献3)、ニトリルヒドラターゼである酵素触媒を一定温度にした後に凍結保存する酵素触媒の充填方法(特許文献4)等が公知技術として知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−261320号公報
【特許文献2】特開2002−281994号公報
【特許文献3】特許第4205332号公報
【特許文献4】特許第4053761号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来より、菌体懸濁液及び菌体破砕酵素等の菌体処理物が発泡し易いものであること及び長期保存中に活性低下を引き起こし易いものであることは当業者にとっては公知である(例えば特許文献3参照)。また、固定化菌体等の菌体処理物は、組成や取り扱い条件によっては固定化菌体が崩れを起こし易いものであることも公知である(例えば特許文献2)。
【0006】
従って、非常に発泡し易い菌体懸濁液及び/又は菌体処理物であっても、保存貯槽から容器に充填する際には、発泡性を低減することで容器容積当りの充填率を向上させ且つ容器充填後の酵素触媒の保存中の活性低下を抑制することが必須課題となっていた。また、非常に崩れを起こし易い固定化菌体等の菌体処理物であっても、保存貯槽から容器に充填する際には、固定化菌体の崩れを低減することで酵素触媒を反応に使用した際に、酵素反応液中で分離困難な微細ゲルの混入を低減させ且つ容器充填後の酵素触媒の保存中の活性低下を抑制することが必須課題となっていた。
【0007】
本発明者らは、上記課題を鑑みて菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の容器充填方法について鋭意検討を行った結果、保存貯槽から容器に充填する際に、菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の発泡及び固定化菌体の崩れを発生する原因が、保存貯槽から充填容器までの配管の先端ノズル出口における酵素触媒流体の過剰な吐出線速度に起因していることを見出した。更に驚くべきことに、菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の発泡と固定化菌体の崩れを抑制し、充填性を向上させたところ、容器充填後の酵素触媒の保存中の活性低下も抑制できることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明者らは、菌体懸濁液及び/又は菌体処理物を保存貯槽から容器に充填する際、保存貯槽から充填容器までの配管の先端ノズル出口における吐出線速度を適切に選択するならば、酵素触媒の発泡性の低減及び固定化菌体の崩れ低減に寄与しながら、同時に、容器充填後の酵素触媒の保存中の活性低下を抑制することが可能となるという新規な事実を見出した。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記の知見に基づき完成されたものであり、その要旨は、菌体懸濁液及び/又は菌体処理物を保存貯槽から容器に充填する方法において、保存貯槽から充填容器までの配管の先端ノズル出口における吐出線速度を3m/秒以下の範囲で充填することを特徴とする菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の容器充填方法に存する。
【0010】
また、本発明の菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の容器充填方法は、前記菌体懸濁液及び/又は菌体処理物が、ニトリルヒドラターゼ、ニトリラーゼ、アミダーゼの群から選ばれる1種類以上の酵素活性を有することが好ましい。
【0011】
また、本発明の菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の容器充填方法は、前記菌体処理物が、固定化菌体のスラリーであることが好ましい。
【0012】
また、本発明の菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の容器充填方法は、前記充填容器の容量が1L以上2000L以下であることが好ましい。
【0013】
更には、本発明の菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の容器充填方法は、前記充填容器が貯蔵及び/又は搬出の用途に使用される容器であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の容器充填方法によれば、工業的に有用な酵素触媒を容器に充填する際、保存貯槽から充填容器までの配管の先端ノズル出口の吐出線速度を3m/秒以下の範囲で充填することにより、発泡性を低減することで、容器容積当りの充填率を向上させることができ、同時に、固定化菌体のゲルの崩れを抑制することで、酵素触媒を反応に使用した際に、容器充填後の酵素触媒の保存中の活性低下を抑制する菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の容器充填方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0016】
本発明で使用される菌体懸濁液及び/又は菌体処理物とは、ニトリル類をアミド類に変換する触媒活性(ニトリルヒドラターゼ活性)、ニトリル類をカルボン酸アンモニウム塩類に変換する触媒活性(ニトリラーゼ活性)、アミド類をカルボン酸アンモニウム塩類に変換する触媒活性(アミダーゼ活性)の群から選ばれる1種類以上の活性を有する微生物から調製されたものであれば、いずれであっても構わない。
【0017】
微生物種としては、バチルス(Bacillus)属、バクテリジューム(Bacteridium)属、ミクロコッカス(Micrococcus)属、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属、ノカルジア(Nocardia)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、ミクロバクテリウム(Microbacterium)属、ロドコッカス(Rhodococcus)属、ゴルドナ(Gordona)属、ビブリオ(Vibrio)属、ニトロソモナス(Nitrosomonas)属、ストレプトコッカス(Streptococcus)属、ラクトバチルス(Lactobacillus)属、アゾトバクター(Azotobacter)属、サッカロマイセス(Saccharomyces)属、エンドマイセス(Endomyces)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ペニシリウム(Penicillium)属、ムコール(Mucor)属、リゾパス(Rhizopus)属、アクロモバクター(Achromobacter)属又はシュードノカルディア(Pseudonocardia)属、フザリウム(Fusarium)属、アグロバクテリウム(Agrobacterium)属等に属する微生物を挙げることができる。
【0018】
また、前記微生物由来のニトリルヒドラターゼ、ニトリラーゼ、アミダーゼ等の目的遺伝子を取得し、常法により、該遺伝子をそのまま、または人為的に改良して任意の宿主に該遺伝子を導入した形質転換体を用いることもできる(Molecular Cloning 2nd Edition.Cold Spring Habor Laboratory Press.1989参照)。このような形質転換体としては、例えば、アクロモバクター(Achromobacter)属細菌のニトリルヒドラターゼで形質転換した大腸菌MT10770(FERMP−14756)(特開平8−266277号公報参照)、シュードノカルディア(Pseudonocardia)属細菌のニトリルヒドラターゼで形質転換した大腸菌MT10822(FERMBP−5785)(特開平9−275978号公報参照)、ロドコッカス・ロドクロウス(Rhodococcus rhodochrous)種のニトリルヒドラターゼ(特開平4−211379号公報参照)で形質転換した微生物等を挙げることができる。
【0019】
また、必要に応じて前記微生物は単独又は2種以上を組み合わせて使用することもできる。
【0020】
本発明で使用される菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の形態としては、前記微生物等を定法に従い培養した培養液、培養液から分離し必要に応じて洗浄された休止菌体懸濁液、休止菌体懸濁液を低温下、超音波又は金属製のビーズ等で破砕した菌体破砕液、休止菌体を担体(例えば、ポリアクリルアミドゲル、アルギン酸塩、カラギーナン等)に固定化した固定化菌体を水性媒体中に分散させた固定化菌体のスラリー等の形態を挙げることができる。
【0021】
本発明で使用される菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の調製は、例えば、炭素源(グルコース、フルクトース等の糖類)、窒素源(硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸アンモニウム等の無機窒素源、酵母エキス、ペプトン、肉エキス等の有機窒素源)および必要に応じて無機塩類、金属塩、ビタミン等を添加した培地中で、20〜40℃、pH5〜9で目的微生物を培養する。培養は、適宜、振盪培養または攪拌培養としてもよい。培養終了後、菌体を遠心分離機等で集菌し、リン酸緩衝液等で洗浄することで、菌体懸濁液を調製する。その菌体懸濁液にアクリルアミド等のモノマーを添加し、これを重合させることにより固定化菌体としてから固定化菌体を所望の形状・大きさに切断解砕後、緩衝液等の水性媒体中に分散させることで、固定化菌体のスラリーを調製する。
【0022】
本発明で使用される菌体処理物が固定化菌体のスラリーである場合の固定化用担体の調整で使用される単量体としては、例えば、N,N−ジメチルアクリルアミド、N,N−ジエチルアクリルアミド、N−メチル−N−エチルアクリルアミド等のN−置換アクリルアミド類、ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、ジメチルアミノプロピルメタクリルアミド、ジエチルアミノプロピルメタアクリルアミド、ジエチルアミノプロピルアクリルアミド及びこれらの4級塩等のジアルキルアミノアルキル(メタ)アクリルアミド類、メチレンビスアクリルアミド、メチレンビスメタクリルアミド、1,2−ヒドロキシエチレンビスアクリルアミド、1,3−ジ−アクリルアミドメチル−2−イミダゾリドン、ジアクリルアミドメチルエチレン尿素、1,2−ヒドロキシエチレンビスアクリルアミド、ジアクリルアミドメチルエーテル、ビスアクリルアミド酢酸等の(メタ)アクリルアミド誘導体、エチレングリコールジアクリレート、エチレングリコールジメタクリレート等の(メタ)アクリレート類、ヘキサヒドロ−1,3,5−トリアシル−S−トリアジン等を挙げることができる。固定化後の担体強度の観点からは、メチレンビスアクリルアミド、メチレンビスメタクリルアミド、1,2−ヒドロキシエチレンビスアクリルアミド、1,3−ジ−アクリルアミドメチル−2−イミダゾリドン、ジアクリルアミドメチルエチレン尿素、1,2−ヒドロキシエチレンビスアクリルアミド等の使用が好ましい。
【0023】
本発明の固定化菌体のスラリーの調製は、例えば、菌体懸濁液に、単量体混合物を添加し、これに通常用いられている重合開始剤および促進剤、例えば、過硫酸カリウム、およびN,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミンを加え、pH5〜10、好ましくは6〜8、温度0〜50℃、好ましくは0〜35℃に15〜120分間保って重合、ゲル化させることにより行われる。
【0024】
本発明の菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の容器充填方法で、保存貯槽から容器に充填する際の流体温度は、流体の性状、酵素触媒活性に悪影響を与えない温度であれば、特に限定されないが、通常0〜40℃の範囲で実施される。温度が低すぎると流体が凍結することで、保存貯槽や配管内で閉塞を引き起こす。温度が高すぎると酵素触媒の活性低下を引き起こす。好ましくは1〜30℃の範囲で実施される。
【0025】
本発明の菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の容器充填方法で、保存貯槽から充填容器までの配管の配管内径は、菌体懸濁液及び/又は菌体処理物を容器充填した際に、菌体懸濁液の発泡が少ない範囲又は固定化菌体の崩れが少ない範囲で且つ容器充填後の保存中の触媒活性に悪影響を与えない範囲であれば特に限定されないが、通常、内径10〜100mmの範囲で実施される。内径が小さすぎると充填時間が長くなり、吐出線速度を速くした場合に菌体懸濁液の発泡性が高まることで容器容積当りの充填率が低下し、固定化菌体の崩れが増加するうえ、容器充填後の酵素触媒の保存中の活性低下を引き起こす。内径が大きすぎると充填量の入れ目の計量精度が低くなるうえ、菌体懸濁液の発泡性が高まることで容器容積当りの充填率の低下を引き起こす。
【0026】
本発明の菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の容器充填方法で、保存貯槽から充填容器までの配管の先端ノズル出口における吐出線速度は、菌体懸濁液及び/又は菌体処理物を充填した際に、菌体懸濁液の発泡が少ない範囲又は固定化菌体の崩れが少ない範囲であれば特に限定されないが、通常3m/秒以下の範囲で実施されるが、好ましくは0.2〜2m/秒である。吐出線速度が高すぎると菌体懸濁液の発泡と固定化菌体の崩れが発生し、容器充填後の酵素触媒の保存中の活性低下の原因となる。吐出線速度は低い程、菌体懸濁液の発泡と固定化菌体の崩れ、容器充填後の酵素触媒の保存中の活性低下を抑制できる傾向にあるが、吐出線速度が低すぎると充填時間が長くなり充填効率が低下する。
容器充填後の酵素触媒の保存中の活性低下は、菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の充填時における物理的な衝撃による影響で、菌体内酵素そのものがストレスを受けて損傷し易くなったものと考えられる。
【0027】
本発明の菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の容器充填方法で、菌体懸濁液及び/又は菌体処理物を充填する充填容器の容量は、容易に入手できる大きさのものであれば、特に限定されないが、通常、1L以上2000L以下のものが使用される。容器が大きすぎると充填後の容器総重量が増加することで搬出作業の負荷が大きくなる。容器が小さすぎると大量搬出の際には多数の充填容器が必要となる。搬出作業と容器充填本数の観点からは、50〜1000Lの容器が好ましい。
【0028】
本発明の菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の容器充填方法で、菌体懸濁液及び/又は菌体処理物を充填する容器の材質は、一般的に充填容器に使用される材質であれば、特に限定されないが、鋼製、ガラス製、高分子材料等を挙げることができる。
【0029】
前記充填容器の鋼製材質としては、例えば、鉄、鉄−クロム−ニッケル合金であるステンレス鋼、炭素鋼等を挙げることができる。また、必要に応じて鋼製材質表面を高分子材料で被覆しても良い。
【0030】
前記充填容器の高分子材料としては、例えば、硬質ポリ塩化ビニル、塩素化ポリ塩化ビニル、ポリビニリデンフルオライド、ポリテトラフルオロエチレン等のハロゲン系含有樹脂、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリカーボネート、アクリル系樹脂、アクリロニトリルブタジエンスチレン樹脂等を挙げることができる。また、必要に応じて、これらの樹脂の成形性、熱安定性、耐候性を向上させるため、例えば、安定剤、加工補助剤、酸化防止剤、帯電防止剤、紫外線吸収剤、光安定剤、滑剤、充填剤、難燃剤、顔料、染料等を配合しても良い。
【実施例】
【0031】
以下、本発明を実施例及び比較例により具体的に説明するが、その趣旨の範囲において、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0032】
[実施例1]
(1)菌体懸濁液の調製:
ニトリルヒドラターゼ活性を有するロドコッカス・ロドクロス(Rhodococcusrhodochrous)J−1株(FERM BP−1478)を、グルコース2質量%、尿素1質量%、ペプトン0.5質量%、酵母エキス0.3質量%、塩化コバルト0.05質量%を含む培地(pH7.0)により好気的に培養した。培養終了後、培養菌体を遠心分離により回収し、これを50mMリン酸緩衝液(pH7.0)で洗浄した。洗浄した菌体に上記緩衝液を添加し菌体懸濁液(乾燥菌体換算10質量%)を得た。
【0033】
(2)固定化菌体スラリーの調製:
氷冷した菌体懸濁液(乾燥菌体換算10質量%)21.0kgに50mMのリン酸カリウム緩衝液(pH7.0、以下同じ)4.8kg、N,N−ジエチルアクリルアミド、ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、メチレンビスアクリルアミドを各々、92,3,5質量%になるように調製した単量体混合液3.0kgを加え、氷水中で均一な懸濁液とした。これに10質量%N,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミン、及び10質量%過硫酸アンモニウム水溶液を0.6kgずつ加え、35℃以下に1時間保って重合、ゲル化させた。こうして得られたブッロク状の固定化菌体を1辺3mmの立方体状に切断解砕後、0.5質量%硫酸ナトリウム水溶液120kg中に分散させることで固定化菌体スラリー150kgを得た。
【0034】
(3)菌体懸濁液の保存貯槽から容器への充填:
底部に閉止用バルブ付の内径35mmの配管、攪拌機を備えた50L容量のステンレス製保存貯槽に前記(1)記載の菌体懸濁液(乾燥菌体換算10質量%)50Lを入れて50rpmで攪拌を開始した。攪拌下、50L容量の円筒型ポリエチレン製容器に配管先端ノズル出口の吐出線速度が0.7m/秒となる様に底部バルブの開度を調整してから容器が満たされるまで26℃にて充填を行った。充填完了直後の液の深さと泡の深さを計測することで容器容積当りの充填率を計測した。結果を表1に記載した。充填直前の貯槽中の菌体懸濁液、充填直後の菌体懸濁液、及び充填後5℃で2ケ月間保存した菌体懸濁液について、0.9Mアクリロニトリル水溶液1.0mlと50mMリン酸緩衝液(pH7.0)0.8mlの混合液に純水で希釈した各菌体懸濁液を添加して10℃で所定時間反応後、1Mリン酸0.2mlを添加して遠心除菌(15000rpm、5分)してから反応を停止させた後、液体クロマトグラフィーで生成したアクリルアミドの量を分析することにより、単位時間、乾燥菌体単位重量当たりのニトリルヒドラターゼ活性の測定を行った。充填直前の貯槽中の菌体懸濁液のニトリルヒドラターゼ活性の値を1.00として相対活性値で記載した。結果を表2に記載した。
【0035】
(4)固定化菌体スラリーの保存貯槽から容器への充填:
底部に閉止用バルブ付の内径44mmの配管、攪拌機を備えた50L容量のステンレス製保存貯槽に前記(2)記載の固定化菌体スラリー50kgを入れて50rpmで攪拌を開始した。攪拌下、50L容量の円筒型ポリエチレン製容器に配管先端ノズル出口の吐出線速度が0.7m/秒となる様に底部バルブの開度を調整してから容器が満たされるまで26℃にて充填を行った。充填完了直後、容器内の固定化菌体スラリー1Lをサンプリングし、目開き1.7mmの篩に開けてろ液中に残った微細ゲルをろ紙で捕集して微細ゲルの重量を測定することにより、固定化菌体の崩れの程度を計測した。結果を表1に記載した。充填直前の貯槽中の固定化菌体スラリー、充填直後の固定化菌体スラリー、及び充填後5℃で2ケ月間保存した固定化菌体スラリーについて、0.5Mアクリロニトリルを含む25mMリン酸緩衝液(pH7.0)200mlの混合液に固定化菌体を添加して10℃で所定時間反応後、0.45μmのメンブレンフィルターにて反応液をろ過して反応を停止させた後、液体クロマトグラフィーで生成したアクリルアミドの量を分析することにより、単位時間、固定化菌体単位重量当たりのニトリルヒドラターゼ活性の測定を行った。充填直前の貯槽中の固定化菌体のニトリルヒドラターゼ活性の値を1.00として相対活性値で記載した。結果を表2に記載した。
【0036】
[実施例2]
(1)菌体懸濁液の保存貯槽から容器への充填:
実施例1(3)記載の保存貯槽に実施例1(1)記載の菌体懸濁液(乾燥菌体換算10質量%)50Lを入れて圧縮空気で保存貯槽の内圧を微陽圧にした状態で50rpmで攪拌を開始した。配管先端ノズル出口の吐出線速度が3m/秒で、実施例1(3)と同様の充填を行った。充填完了直後の液の深さと泡の深さを計測することで容器容積当りの充填率を計測した。結果を表1に記載した。実施例1と同様にニトリルヒドラターゼ活性の測定を行った。結果を表2に記載した。
【0037】
(2)固定化菌体スラリーの保存貯槽から容器への充填:
実施例1(4)記載の保存貯槽に実施例1(2)記載の固定化菌体スラリー50kgを入れて圧縮空気で保存貯槽の内圧を微陽圧にした状態で50rpmで攪拌を開始した。配管先端ノズル出口の吐出線速度が3m/秒で、実施例1(4)と同様の充填を行った。充填完了直後、実施例1(4)と同様の固定化菌体の崩れの程度を計測した。結果を表1に記載した。実施例1と同様にニトリルヒドラターゼ活性の測定を行った。結果を表2に記載した。
【0038】
[実施例3]
(1)菌体懸濁液の調製:
ニトリラーゼ活性を有するゴルドナ・テラエ(Gordonaterrae)MA−1株(FERM BP−4535)を、グルコース3質量%、グルタミン酸ナトリウム1.5質量%、酵母エキス0.8質量%、硫酸ナトリウム0.3質量%、塩化マグネシウム0.04質量%、塩化カルシウム40質量ppm、硫酸マンガン30質量ppm、塩化鉄6質量ppm、硫酸亜鉛3質量ppm、o−アミノベンゾニトリル0.03質量%を含む培地(pH7.5)により好気的に培養した。培養終了後、培養菌体を遠心分離により回収し、これを100mMリン酸緩衝液(pH8.0)で洗浄した。洗浄した菌体に上記緩衝液を添加し菌体懸濁液(乾燥菌体換算10質量%)を得た。
【0039】
(2)菌体懸濁液の保存貯槽から容器への充填:
実施例1(3)記載の保存貯槽に実施例3(1)記載の菌体懸濁液(乾燥菌体換算10質量%)50Lを入れて50rpmで攪拌を開始した。配管先端ノズル出口の吐出線速度が0.2m/秒で、実施例1(3)と同様の充填を行った。充填完了直後の液の深さと泡の深さを計測することで容器容積当りの充填率を計測した。結果を表1に記載した。充填直前の貯槽中の菌体懸濁液、充填直後の菌体懸濁液、及び充填後5℃で2ケ月間保存した菌体懸濁液について、20mMマンデロニトリル、100mM亜硫酸ナトリウムを含む50mMリン酸緩衝液(pH8.2)1.8mlの混合液に純水で希釈した各菌体懸濁液を添加して30℃で所定時間反応後、2Mリン酸0.2mlを添加して遠心除菌(15000rpm、5分)してから反応を停止させた後、液体クロマトグラフィーで生成したマンデル酸の量を分析することにより、単位時間、乾燥菌体単位重量当たりのニトリラーゼ活性の測定を行った。充填直前の貯槽中の菌体懸濁液のニトリラーゼ活性の値を1.00として相対活性値で記載した。結果を表2に記載した。
【0040】
[実施例4]
(1)菌体懸濁液の調製:
アミダーゼ活性を有するロドコッカス属(Rhodococcus sp.)EA4株(FERMP−12136)を、グルコース3質量%、グルタミン酸ナトリウム1.5質量%、酵母エキス0.8質量%、硫酸ナトリウム0.3質量%、塩化マグネシウム0.04質量%、塩化カルシウム40質量ppm、硫酸マンガン30質量ppm、塩化鉄6質量ppm、硫酸亜鉛3質量ppm、アセトアミド0.5質量%を含む培地(pH7.0)により好気的に培養した。培養終了後、培養菌体を遠心分離により回収し、これを100mMリン酸緩衝液(pH7.7)で洗浄した。洗浄した菌体に上記緩衝液を添加し菌体懸濁液(乾燥菌体換算10質量%)を得た。
【0041】
(2)菌体懸濁液の保存貯槽から容器への充填:
実施例1(3)記載の保存貯槽に実施例4(1)記載の菌体懸濁液(乾燥菌体換算10質量%)50Lを入れて50rpmで攪拌を開始した。配管先端ノズル出口の吐出線速度が0.2m/秒で、実施例1(3)と同様の充填を行った。充填完了直後の液の深さと泡の深さを計測することで容器容積当りの充填率を計測した。結果を表1に記載した。充填直前の貯槽中の菌体懸濁液、充填直後の菌体懸濁液、及び充填後5℃で2ケ月間保存した菌体懸濁液について、100mMグリシンアミドを含む50mMリン酸緩衝液(pH7.7)1.8mlの混合液に純水で希釈した各菌体懸濁液を添加して30℃で所定時間反応後、2Mリン酸0.2mlを添加して遠心除菌(15000rpm、5分)してから反応を停止させた後、液体クロマトグラフィーで生成したグリシンの量を分析することにより、単位時間、乾燥菌体単位重量当たりのアミダーゼ活性の測定を行った。充填直前の貯槽中の菌体懸濁液のアミダーゼ活性の値を1.00として相対活性値で記載した。結果を表2に記載した。
【0042】
[比較例1]
(1)菌体懸濁液の保存貯槽から容器への充填:
実施例1(3)記載の保存貯槽に実施例1(1)記載の菌体懸濁液(乾燥菌体換算10質量%)50Lを入れて圧縮空気で保存貯槽の内圧を微陽圧にした状態で50rpmで攪拌を開始した。配管先端ノズル出口の吐出線速度が10m/秒で、実施例1(3)と同様の充填を行った。充填完了直後の液の深さと泡の深さを計測することで容器容積当りの充填率を計測した。結果を表1に記載した。実施例1と同様にニトリルヒドラターゼ活性の測定を行った。結果を表2に記載した。
【0043】
(2)固定化菌体スラリーの保存貯槽から容器への充填:
実施例1(4)記載の保存貯槽に実施例1(2)記載の固定化菌体スラリー50kgを入れて圧縮空気で保存貯槽の内圧を微陽圧にした状態で50rpmで攪拌を開始した。配管先端ノズル出口の吐出線速度が10m/秒で、実施例1(4)と同様の充填を行った。充填完了直後、容器内の固定化菌体スラリー1Lをサンプリングし、目開き1.7mmの篩に開けてろ液中に残った微細ゲルをろ紙で捕集して微細ゲルの重量を測定することにより、固定化菌体の崩れの程度を計測した。結果を表1に記載した。実施例1と同様にニトリルヒドラターゼ活性の測定を行った。結果を表2に記載した。
【0044】
[比較例2]
(1)菌体懸濁液の保存貯槽から容器への充填:
実施例1(3)記載の保存貯槽に実施例3(1)記載の菌体懸濁液(乾燥菌体換算10質量%)50Lを入れて圧縮空気で保存貯槽の内圧を微陽圧にした状態で50rpmで攪拌を開始した。配管先端ノズル出口の吐出線速度が10m/秒で、実施例3(2)と同様の充填を行った。充填完了直後の液の深さと泡の深さを計測することで容器容積当りの充填率を計測した。結果を表1に記載した。実施例3と同様にニトリラーゼ活性の測定を行った。結果を表2に記載した。
【0045】
[比較例3]
(1)菌体懸濁液の保存貯槽から容器への充填:
実施例1(3)記載の保存貯槽に実施例4(1)記載の菌体懸濁液(乾燥菌体換算10質量%)50Lを入れて圧縮空気で保存貯槽の内圧を微陽圧にした状態で50rpmで攪拌を開始した。配管先端ノズル出口の吐出線速度が10m/秒で、実施例4(2)と同様の充填を行った。充填完了直後の液の深さと泡の深さを計測することで容器容積当りの充填率を計測した。結果を表1に記載した。実施例4と同様にアミダーゼ活性の測定を行った。結果を表2に記載した。
【0046】
【表1】

(*1)表1中、充填率は以下式により算出した値を表す。
充填率(%)=液の深さ(cm)/(液の深さ(cm)+泡の深さ(cm))×100
【0047】
【表2】

【0048】
表1及び表2に示すように、本発明の菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の容器充填方法である実施例1〜4では、保存貯槽配管の先端ノズル出口における吐出線速度を3m/秒以下の範囲で充填することによって、菌体懸濁液の発泡を抑制することができるので、容器容積当りの菌体懸濁液の充填率が向上でき、容器容積の90%以上の充填が可能であることが観察された。また、実施例1及び2では、充填後の固定化菌体スラリー中に微細ゲルは無いか又は極めて少ないことから固定化菌体スラリーの崩れが殆ど発生していないことが観察された。更に実施例1〜4では、酵素触媒を容器充填後、5℃で2ケ月間保存した後も0.9以上の高い触媒活性を維持していることが観察された。保存貯槽配管の先端ノズル出口における吐出線速度は、低い程、菌体懸濁液の発泡と固定化菌体スラリーの崩れ及び容器充填以降の酵素触媒の保存中の活性低下が抑制される傾向が観察された。
【0049】
一方、保存貯槽配管の先端ノズル出口における吐出線速度を大過剰にして充填を行った比較例1〜3では、菌体懸濁液の発泡性が高く、菌体懸濁液の充填率はいずれも90%に到達するものは観察されなかった。また、比較例1では、充填後の固定化菌体スラリー中の微細ゲルが増加していることから、固定化菌体の崩れの増加が観察され、充填後の酵素触媒を反応に使用した際に、酵素反応液中で分離困難な微細ゲルの混入が懸念された。更に比較例1〜3では、酵素触媒を容器充填した直後と容器充填後、5℃で2ケ月間保存した後において著しい酵素触媒の保存中の活性低下が観察された。活性低下の原因は、配管の先端ノズル出口における吐出線速度を大過剰にした為に、菌体懸濁液の物理的な損傷と固定化菌体の物理的な破砕を引き起こしたことで菌体内酵素そのものが損傷を受け易くなったことによるものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の容器充填方法によれば、工業的に有用な酵素触媒を容器に充填する際、保存貯槽から充填容器までの配管の先端ノズル出口の吐出線速度を3m/秒以下の範囲で充填することにより、酵素触媒の発泡性を低減することで、充填率を向上させ、固定化菌体のゲルの崩れを抑制することで、容器充填後の酵素触媒の保存中の活性低下を抑制する菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の容器充填方法を提供することができる。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
菌体懸濁液及び/又は菌体処理物を保存貯槽から容器に充填する方法において、保存貯槽から充填容器までの配管の先端ノズル出口における吐出線速度を3m/秒以下の範囲で充填することを特徴とする菌体懸濁液及び/又は菌体処理物の容器充填方法。
【請求項2】
前記菌体懸濁液及び/又は菌体処理物が、ニトリルヒドラターゼ、ニトリラーゼ、アミダーゼの群から選ばれる1種類以上の酵素活性を有する請求項1に記載の容器充填方法。
【請求項3】
前記菌体処理物が固定化菌体のスラリーである請求項1又は2に記載の容器充填方法。
【請求項4】
前記充填容器の容量が1L以上2000L以下である請求項1〜3の何れかに記載の容器充填方法。
【請求項5】
前記充填容器が貯蔵及び/又は搬出の用途に使用される容器である請求項1〜4の何れかに記載の容器充填方法。

【公開番号】特開2012−5399(P2012−5399A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−143047(P2010−143047)
【出願日】平成22年6月23日(2010.6.23)
【出願人】(301057923)ダイヤニトリックス株式会社 (127)
【Fターム(参考)】