説明

虹彩組織由来の神経幹細胞から網膜神経細胞を生産する方法

【課題】再生医療に有効利用できる可能性を有する虹彩色素上皮細胞から、遺伝子導入を必要とせず網膜神経細胞を分化誘導することによって網膜神経細胞を生産する方法を提供する。
【解決手段】本発明の網膜神経細胞の生産方法は、眼球から単離され、かつ遺伝子導入がされていない虹彩色素上皮細胞を無血清培地上で接着培養し、網膜神経細胞への分化を誘導する工程からなり、上記虹彩色素上皮細胞は眼球から単離された後に、浮遊凝集塊培養方法によって選択的に培養されたものであることを特徴としている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳類や鳥類の虹彩組織由来の神経幹細胞から分化誘導によって網膜神経細胞を生産する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、脳、脊髄における神経幹細胞の存在が認められ、またES細胞が特定の中枢神経系細胞へ分化することが報告されており、中枢神経系再生医療への期待が高まっている。また、神経幹細胞の分離および選択的培養方法として、neurosphere法(浮遊凝集塊培養法)が確立されている。さらに、上記浮遊凝集塊培養法によって神経幹細胞が形成するsphere(凝集塊)を、接着培養法にて培養することによって、神経幹細胞を神経系細胞に分化誘導する神経幹細胞の分化誘導法も報告されている。
【0003】
また、脳、脊髄由来の神経幹細胞またはES細胞を生体内へ移植することにより、その移植した細胞が環境に適応して特異的な神経細胞へと分化することが報告されている(非特許文献1:Nature 414、112-117、review、2001年:参照)。
【0004】
ところで、哺乳動物においては、網膜神経細胞が一旦変性すると、再生することができず、機能の低下を招く。その上、網膜変性疾患などで視細胞が変性すると、失明に至る場合もある。現在、このような難病については有効な治療法は存在しない。そこで、上述のような神経幹細胞の分化誘導を利用して網膜神経細胞を生産することができれば、極めて有効な再生医療が実現することになる。
【0005】
上記の網膜神経細胞の分化誘導に用いられる神経幹細胞として、これまでに、毛様体上皮細胞と網膜色素上皮細胞を用いたものが報告されている。網膜色素上皮細胞および毛様体上皮細胞はともに、神経板に由来するものであり、網膜色素上皮細胞は、複数の細胞層から構築された網膜の最も外側の細胞層である受容器層を被っている。毛様体上皮は、虹彩と網膜との中間的位置に存在する組織である。
【0006】
例えば、非特許文献2:Science 287、2032-2035頁、2000年:には、毛様体上皮細胞を浮遊凝集塊培養法により培養することによってsphere(凝集塊)を形成し、さらにその凝集塊を接着培養法によって培養することで、分化を誘導する方法が報告されている。非特許文献3:Biochem. and Biophys. Res. Commun. 270、517-521頁、2000年:にも、毛様体上皮細胞から網膜神経細胞を分化誘導できる可能性が報告されている。
【0007】
また、非特許文献4:Brain Res. 677(2)、300-310、1995年:には、胎児期の限られた時期ではあるものの、哺乳動物の網膜色素上皮細胞が、神経細胞への分化転換能を有することが培養下の実験によって報告されている。なお、非特許文献5:DNA Cell Biol 12(8)、667-673頁、1993年:にも、網膜色素上皮細胞から網膜神経細胞を分化誘導できる可能性が報告されている。
【0008】
脳、脊髄由来の神経幹細胞やES細胞を再生医療へ応用しようとする場合、細胞移植による免疫拒絶の問題、倫理的問題、移植材料である移植細胞源の受容と供給のアンバランスなどといった多くの問題が生じる。そこで、移植対象となる個体自身に由来する細胞を中枢神経系再生のための材料として用いることが可能となれば、自家移植が可能となり、上述の問題を解決することができる。
【0009】
しかしながら、医療への応用を考えた場合、患者本人の毛様体上皮細胞を得ることは非常に困難であるため、毛様体上皮細胞を中枢神経系再生のための材料として用いることは現実的ではない。
【0010】
また、非特許文献4では、比較的未分化な細胞が各組織に多く存在する哺乳類の胎児期の限られた時期の網膜色素上皮細胞のみが、神経細胞への分化転換能を有していることが記載されている。つまり、哺乳動物成体の各組織においては、比較的に未分化な細胞が存在することは稀であり、網膜色素上皮細胞についても、成体においては高度に分化しているため、細胞の分離・培養は困難である。よって、現在のところ、哺乳動物成体の網膜色素上皮細胞を中枢神経系再生のための材料として用いることは不可能である。
【0011】
また、非特許文献6:Biochem. and Biophys. Res. Commun. 297、177-184頁、2002年:には、ES細胞から網膜神経細胞を産生する方法について報告されているが、その効率は極めて低い。
【0012】
このような事情から、中枢神経系再生のための材料としての利用可能性が期待されている細胞の一つに、眼球の虹彩色素上皮細胞がある。虹彩色素上皮細胞とは、光量に応じて瞳孔を開いたり、狭めたりして網膜に届く光量を調節するための組織である虹彩を構築している細胞の一種である。虹彩色素上皮細胞の発生起源は、網膜色素上皮細胞および毛様体上皮細胞と同様に神経板に由来する。この虹彩色素上皮細胞は、患者本人からその細胞の一部を採取することが充分に可能であるため、自家移植可能な再生材料として有効利用できると考えられている。
【0013】
なお、虹彩色素上皮細胞は、組織が少なく細胞数も少なく、該虹彩色素上皮細胞の単離培養は困難とされてきたが、本願発明者は以前、ニワトリの雛の虹彩色素上皮細胞を単離培養することに成功したことを報告している(非特許文献7:Experimental Cell Res. 245、245-251頁、1998年:)。上記非特許文献7には、培養条件下の実験により、ニワトリの雛の虹彩色素上皮細胞がレンズへの分化転換能を有することが示されている。
【0014】
さらに、本願発明者は、上記非特許文献7の方法に改変を加えることによって、哺乳動物(マウス、ラット、ヒト胎児)の虹彩細胞の単離培養を可能とした(非特許文献8:Nature Neuroscience 4(12)、1163頁、2001年:参照)。
【0015】
上記非特許文献8においては、成体ラットの虹彩組織を単離し、初代培養したところ、一部の細胞が神経マーカーを発現することが確認されたが、特異に分化した神経マーカーは検出されなかった。そこで、網膜の視細胞を得るために、培養した虹彩細胞に、視細胞の発生時期に重要な働きをすることが示唆されているCrx遺伝子を強制発現させると、培養した虹彩細胞は、光受容機能に必須のロドプシンタンパク質を産生することが確認された。
【0016】
上記非特許文献8では、特異的遺伝子であるCrx遺伝子を強制発現させた場合についてのみ、視細胞への分化が誘導されている。しかしながら、医療への応用を考えた場合、遺伝子の強制発現による分化の誘導は、DNA損傷などの危険を伴うため、好ましくない。
【0017】
したがって、虹彩組織に由来する神経幹細胞(虹彩色素上皮細胞)から網膜神経細胞を分化誘導することによって、再生医療に有効に利用できる網膜神経細胞を生産する方法は確立されていないのが現状である。
【0018】
虹彩色素上皮細胞は、上述のように、患者本人からその細胞の一部を採取することが可能であるので、もし、虹彩色素上皮細胞から分化誘導された網膜神経細胞が得られれば、患者自身の細胞を用いた再生医療が実現することになる。そして、現在有効な治療法が存在しない網膜変性疾患のための治療方法の確立に重要な貢献をもたらすものと期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【非特許文献1】Nature 414、112-117、review、2001年
【非特許文献2】Science 287、2032-2035頁、2000年
【非特許文献3】Biochem. and Biophys. Res. Commun. 270、517-521頁、2000年
【非特許文献4】Brain Res. 677(2)、300-310、1995年
【非特許文献5】DNA Cell Biol 12(8)、667-673頁、1993年
【非特許文献6】Biochem. and Biophys. Res. Commun. 297、177-184頁、2002年
【非特許文献7】Experimental Cell Res. 245、245-251頁、1998年
【非特許文献8】Nature Neuroscience 4(12)、1163頁、2001年:参照
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであって、再生医療に有効利用できる可能性を有する虹彩色素上皮細胞から、遺伝子導入を必要とせず網膜神経細胞を分化誘導することによって網膜神経細胞を生産する方法を提供すること目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本願発明者は、上記課題について鋭意検討した結果、胚性網膜幹細胞と虹彩色素上皮細胞とを共培養するか、あるいは、虹彩色素上皮細胞を培地上で接着培養することによって、遺伝子導入を行うことなく虹彩色素上皮細胞から網膜神経細胞への分化が誘導されることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0022】
本発明にかかる網膜神経細胞の生産方法は、眼球から単離され、かつ遺伝子導入がされていない虹彩色素上皮細胞を無血清培地上で接着培養し、網膜神経細胞への分化を誘導する工程からなり、上記虹彩色素上皮細胞は眼球から単離された後に、浮遊凝集塊培養方法によって選択的に培養されたものであることを特徴としている。
【0023】
上記虹彩色素上皮細胞は、鳥類由来または哺乳類由来であってもよい。
【0024】
また上記虹彩色素上皮細胞は、胎児から成体に至るまでのいずれの鳥類由来、または胎児から成体に至るまでのいずれの哺乳類由来であってもよい。
【0025】
また上記接着培養における培養開始時の上記無血清培地には、FGF2、FGF9、CNTFのうちの少なくとも一つが、1〜100ng/mlの濃度で含まれていてもよい。
【0026】
また、培養開始時の上記虹彩色素上皮細胞の無血清培地上の細胞密度は、1×10個/cm以下であってもよい。
【0027】
本発明の網膜神経細胞の生産方法は、胚性網膜幹細胞と虹彩色素上皮細胞とを共培養し、虹彩色素上皮細胞から網膜神経細胞を分化誘導することを特徴としている。
【0028】
本発明の網膜神経細胞の生産方法によれば、上記虹彩色素上皮細胞を胚性網膜幹細胞と共培養することによって、従来技術(非特許文献8参照)のように遺伝子の導入を行うことなく、網膜神経細胞へ分化誘導することができる。そのため、本発明の生産方法によって得られた網膜神経細胞を再生医療の材料として使用する場合にも、DNA損傷などといった危険を伴うことがなく、再生医療に有効利用できる可能性を有している。
【0029】
また、上記虹彩色素上皮細胞は、上述のように、患者本人からその細胞の一部を採取することが可能であるので、患者由来の虹彩色素上皮細胞から本発明の生産方法によって網膜神経細胞を得ることができ、患者自身の細胞を用いた再生医療が実現することになる。これによって、免疫拒絶の問題、倫理的問題、移植材料である移植細胞源の受容と供給のアンバランスなどといった再生医療の問題点を克服することができる。そして、現在有効な治療法が存在しない網膜変性疾患のための治療方法の確立に貢献するものと期待される。
【0030】
また、本発明の網膜神経細胞の生産方法は、上記の生産方法において、上記虹彩色素上皮細胞は、哺乳類由来であることを特徴としている。
【0031】
上記の方法によれば、従来有効な分化誘導方法見出されていなかった哺乳類の網膜神経細胞を生産することができる。そして、本方法を医療やバイオテクノロジーなどの分野に幅広く利用することができる。
【0032】
また、本発明の網膜神経細胞の生産方法は、上記の生産方法において、上記胚性網膜幹細胞は、鳥類由来であることを特徴としている。
【0033】
上記の方法によれば、虹彩色素上皮細胞に関して鳥類細胞と哺乳類細胞は、同様の因子に応答する性質を有しているため、哺乳類の虹彩色素上皮細胞から網膜神経細胞を生産する場合に、分化誘導を良好に行うことができる。また、鳥類の胚性網膜幹細胞は、哺乳類のそれと比べて、単離が容易で、比較的多くの量が得られるため、利用しやすいという利点も有している。
【0034】
また、本発明の網膜神経細胞の生産方法は、上記の生産方法において、上記虹彩色素上皮細胞は、眼球から単離された後に、浮遊凝集塊培養方法によって選択的に培養されたものであることを特徴としている。
【0035】
上記の方法によれば、浮遊凝集塊培養方法によって、単離された虹彩色素上皮細胞を選択的に培養し、神経幹細胞が形成する凝集塊(sphere)と非常に類似した凝集塊を得ることができる。したがって、上記虹彩色素上皮細胞を分化誘導による網膜神経細胞の生産に好適に用いることができる。
【0036】
なお、上記虹彩色素上皮細胞の凝集塊は、後述するように、従来公知の成長因子などを添加した培地にて培養することにより神経細胞への分化を誘導することができる。すなわち、上記虹彩色素上皮細胞は、比較的未分化な状態であると言える。また、上記虹彩色素上皮細胞は、「虹彩組織由来の神経幹細胞」と言い換えることもできる。
【0037】
また、本発明の網膜神経細胞の生産方法は、上記の生産方法において、上記虹彩色素上皮細胞は、眼球から虹彩組織を摘出する虹彩組織摘出工程と、摘出した上記虹彩組織から虹彩色素上皮を分離する虹彩色素上皮分離工程とにより単離されることを特徴としている。
【0038】
上記の方法によれば、虹彩色素上皮細胞を確実に単離することができ、網膜神経細胞の分化誘導に有効に利用することができる。
【0039】
また、本発明の網膜神経細胞は、上記の何れかの生産方法によって得られるものである。
【0040】
上記の網膜神経細胞は、患者本人からその細胞の一部を採取することが可能な虹彩色素上皮細胞から生産されたものであるため、患者自身の細胞を用いた再生医療の実現を可能とするものである。そして、免疫拒絶の問題、倫理的問題、移植材料である移植細胞源の受容と供給のアンバランスなどといった再生医療の問題点を克服することができる。
【0041】
また、上記の網膜神経細胞は、遺伝子の導入を行うことなく分化誘導されたものであるため、DNA損傷などの危険性がなく、医療面に用いる場合に安全性を確保することができる。
【0042】
さらに、本発明のもう一つの網膜神経細胞の生産方法は、眼球から虹彩色素上皮細胞を単離する工程と、上記虹彩色素上皮細胞を無血清培地上で接着培養し、網膜神経細胞への分化を誘導する工程とからなることを特徴とした、接着培養を用いた生産方法である。
【0043】
本発明の網膜神経細胞の生産方法によれば、上記虹彩色素上皮細胞を無血清倍地上で接着培養することによって、従来技術(非特許文献8参照)のように遺伝子の導入を行うことなく、網膜神経細胞へ分化誘導することができる。そのため、本発明の生産方法によって得られた網膜神経細胞を再生医療の材料として使用する場合にも、DNA損傷などといった危険を伴うことがなく、再生医療に有効利用できる可能性を有している。
【0044】
また、上記虹彩色素上皮細胞は、上述のように、患者本人からその細胞の一部を採取することが可能であるので、患者由来の虹彩色素上皮細胞から本発明の生産方法によって網膜神経細胞を得ることができ、患者自身の細胞を用いた再生医療が実現することになる。そして、免疫拒絶の問題、倫理的問題、移植材料である移植細胞源の受容と供給のアンバランスなどといった再生医療の問題点を克服することができる。それゆえ、本方法は、現在有効な治療法が存在しない網膜変性疾患のための治療方法の確立に貢献するものと期待される。
【0045】
また、上記の接着培養を用いた生産方法において、上記虹彩色素上皮細胞は、鳥類または哺乳類由来であることを特徴としている。
【0046】
上記の方法によれば、後述の実施例にも示すように、網膜視細胞、双極細胞、ミュラーグリア細胞などといった各種の網膜神経細胞を得ることができる。
【0047】
また、本発明の網膜神経細胞の生産方法は、上記の接着培養を用いた生産方法において、上記接着培養における培養開始時の上記無血清培地には、FGF2、FGF9、CNTFのうちの少なくとも一つが、1〜100ng/mlの濃度で含まれることを特徴としている。
【0048】
上記の方法によれば、上記無血清培地上に上述の因子が1〜100ng/mlの濃度で含まれることによって、より確実に網膜神経細胞への分化を誘導することができ、網膜神経細胞の生産性を向上させることができる。なお、本発明においては、上記の各因子が複数含まれていても構わない。この場合も、各因子の濃度は、1〜100ng/mlであることが好ましい。
【0049】
また、本発明の網膜神経細胞の生産方法は、上記の接着培養を用いた生産方法において、培養開始時の上記虹彩色素上皮細胞の無血清培地上の細胞密度(1cm当たりの細胞数)は、1×10個/cm以下であることを特徴としている。
【0050】
上記の方法によれば、培養開始時の上記虹彩色素上皮細胞の無血清培地上の細胞密度が、1×10個/cm以下であることによって、より確実に網膜神経細胞への分化を誘導することができ、網膜神経細胞の生産性を一層向上させることができる。
【0051】
さらに、本発明の網膜神経細胞の生産方法は、眼球から虹彩色素上皮細胞を単離する工程と、上記虹彩色素上皮細胞を、FGF2および/またはFGF9を含む培地上に植え付けて接着培養を開始する工程と、上記接着培養を開始する工程の後に、上記培地からFGF2および/またはFGF9を除去するとともに、上記培地にCNTFを添加して、上記虹彩色素上皮細胞を接着培養し、網膜神経細胞への分化を誘導する工程とからなることを特徴とした、接着培養を用いたもう一つの生産方法である。
【0052】
上記の接着培養を用いたもう一つの生産方法によれば、上述の接着培養を用いた生産方法によって得られる効果に加えて、より早く網膜神経細胞への分化を誘導することができる。
【0053】
上記の接着培養を用いたもう一つの生産方法では、上記接着培養を開始する工程において、上記培地を無血清培地とした場合、上記網膜神経細胞への分化を誘導する工程において、上記培地に血清をさらに添加してもよい。
【0054】
また、本発明の網膜神経細胞は、上記の接着培養を用いた生産方法のうちの何れかの方法によって得られるものである。
【0055】
上記の網膜神経細胞は、患者本人からその細胞の一部を採取することが可能な虹彩色素上皮細胞から生産されたものであるため、患者自身の細胞を用いた再生医療の実現を可能とするものである。それゆえ、免疫拒絶の問題、倫理的問題、移植材料である移植細胞源の受容と供給のアンバランスなどといった再生医療の問題点を克服することができる。
【0056】
また、上記の網膜神経細胞は、遺伝子の導入を行うことなく分化誘導されたものであるため、DNA損傷などの危険性がなく、医療面に用いる場合に安全性を確保することができる。
【発明の効果】
【0057】
本発明の方法によれば、従来有効な分化誘導方法見出されていなかった哺乳類の網膜神経細胞を生産することができる。哺乳類には、ヒトをはじめとして利用価値の高い動物種が多く存在するため、哺乳類の網膜神経細胞を生産することができる本方法は、医療やバイオテクノロジー等の分野の発展に貢献することが期待される。
【0058】
本発明のさらに他の目的、特徴、および優れた点は、以下に示す記載によって十分分かるであろう。また、本発明の利点は、次の説明によって明白になるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明にかかる網膜神経細胞の生産方法の実施の一形態を示す概略工程図である。
【図2】図1に示す網膜神経細胞の生産方法の共培養工程において使用される共培養システムを示す模式図である。
【図3】本発明にかかる網膜神経細胞の生産方法の実施の他の形態を示す概略工程図である。
【図4】図4(a)は、マウスの虹彩色素上皮細胞由来のロドプシン陽性細胞を示す模式図である。矢印を付した箇所が、本実施例で抗体染色されたロドプシンである。図4(b)は、マウスの虹彩色素上皮細胞由来のビメンチン陽性細胞を示す模式図である。白色の領域が、本実施例で抗体染色されたビメンチンである。
【図5】図5(a)は、ヒヨコの虹彩色素上皮細胞由来のロドプシン陽性細胞を示す模式図である。白色の領域が、本実施例で抗体染色されたロドプシンである。図5(b)は、ヒヨコの虹彩色素上皮細胞由来のヨードプシン陽性細胞を示す模式図である。白色の領域が、本実施例で抗体染色されたヨードプシンである。図5(c)は、ヒヨコの虹彩色素上皮細胞由来のPKC陽性細胞を示す模式図である。白色の領域が、本実施例で抗体染色されたPKCである。
【図6】図6は、マウスの虹彩色素上皮細胞由来の凝集塊(sphere)を示す模式図である。
【図7】図7(a)は、ヒヨコの虹彩色素上皮細胞由来のロドプシン陽性細胞を示す模式図である。白色の領域が、本実施例で抗体染色されたロドプシンである。図7(b)は、ヒヨコの虹彩色素上皮細胞由来のヨードプシン陽性細胞を示す模式図である。白色の領域が、本実施例で抗体染色されたヨードプシンである。図7(c)は、ヒヨコの虹彩色素上皮細胞由来のHPC−1陽性細胞を示す模式図である。白色の領域が、本実施例で抗体染色されたHPC−1である。
【発明を実施するための形態】
【0060】
〔実施の形態1〕
本発明の実施の形態1について図1、図2、図4(a)、図4(b)に基づいて説明すれば、以下の通りである。なお、本発明はこの記載に限定されるものではない。
【0061】
本実施の形態1では、胚性網膜幹細胞と虹彩色素上皮細胞とを共培養し、虹彩色素上皮細胞から網膜神経細胞を分化誘導することによって網膜神経細胞を生産する方法について説明する。
【0062】
本実施の形態にかかる網膜神経細胞の生産方法の概略工程を図1に示す。本実施の形態の網膜神経細胞の生産方法は、図1に示すように、大きく分けて3つの工程からなる。第1の工程は、動物の眼球から虹彩色素上皮細胞を単離する虹彩色素上皮細胞単離工程(S1)であり、第2の工程は、単離した虹彩色素上皮細胞を浮遊凝集塊培養方法により選択的に培養する選択的培養工程(S2)であり、第3の工程は、選択培養された上記虹彩色素上皮細胞と、胚性網膜幹細胞とを共培養する共培養工程(S3)である。
【0063】
つまり、本実施の形態にかかる網膜神経細胞の生産方法では、虹彩色素上皮細胞単離工程(S1)と、それに引き続いて実施される虹彩色素上皮細胞の選択的培養工程(S2)とによって得られた虹彩色素上皮細胞と、胚性網膜幹細胞とを共培養する共培養工程(S3)を実施することによって、虹彩色素上皮細胞が網膜神経細胞へと分化し、その結果、網膜神経細胞を獲得することができる。なお、上記選択的培養工程(S2)によって培養された虹彩色素上皮細胞は、比較的未分化な状態であり、種々の神経細胞へ分化する可能性を有しているため、「虹彩組織由来の神経幹細胞」と呼ぶこともできる。
【0064】
また、本実施の形態では、網膜神経細胞の生産に用いられる虹彩色素上皮細胞を、哺乳類の眼球から単離した後に、上述のように浮遊凝集塊培養方法によって選択的に培養する。これによれば、脳や脊髄由来の神経幹細胞が形成する凝集塊(sphere)と非常に類似した凝集塊を得ることができ、神経細胞の分化誘導に有効に利用することができる。
【0065】
ここで、本方法に用いられる胚性網膜幹細胞について説明する。
【0066】
胚性網膜幹細胞とは、参考文献1(Turner DL & Cepko , Nature (1987年)328:131-136頁)において証明されたものであり、分化後に網膜神経細胞となる未分化の細胞のことである。この胚性網膜幹細胞は、従来公知の方法によって、胚の網膜組織から単離することができる。この単離については、例えば、参考文献2(Akagi T. et. al., Neurosci Lett., 2003 May 8, 341(3): 213-216頁)に記載の方法によって実施することができる。
【0067】
この胚性網膜幹細胞を採取する動物種については、特に限定されないが、哺乳類由来の虹彩色素上皮細胞を用いて網膜神経細胞を生産する場合には、哺乳類あるいは鳥類の網膜組織から採取し、単離することが好ましい。さらに、発生中の卵から採取できるため単離が比較的容易かつ安価であり、比較的多くの量が得られるという点から、鳥類由来の胚性網膜幹細胞を用いることがより好ましく、鳥類の中でも、ニワトリ由来の胚性網膜幹細胞を用いることがさらに好ましい。
【0068】
また、本実施の形態の網膜神経細胞の生産方法に用いられる虹彩色素上皮細胞を採取する動物種も、特に限定はされないが、従来有効な網膜神経細胞の分化誘導方法が見出されていない哺乳類に本生産方法を適用することが望まれているため、上記虹彩色素上皮細胞は哺乳類由来であることが好ましい。そして、実験動物としての利用価値があることから、マウス、ラット、ハムスター、ハツカネズミなどのげっ歯類、あるいは、臨床面での応用を考慮した場合には、視覚機能がより発達した動物(フェレットやサルなど)やヒト由来の虹彩色素上皮細胞を用いることがより好ましい。
【0069】
次に、上記虹彩色素上皮細胞を単離・培養する方法、すなわち、虹彩色素上皮細胞単離工程(S1)および選択的培養工程(S2)について、より詳細に説明する。
【0070】
虹彩色素上皮細胞の単離・培養は、図1に示すように、眼球から虹彩色素上皮細胞を単離する虹彩色素上皮細胞単離工程(ステップ1、以下ステップをSと略す)と、単離した虹彩色素上皮細胞を浮遊凝集塊培養方法により選択的に培養する選択的培養工程(S2)とを少なくとも含む方法によって実施することができる。この方法によれば、脳、脊髄に由来する神経幹細胞が形成する凝集塊(sphere)と非常に類似した凝集塊を得ることができる。
【0071】
ここで、虹彩色素上皮細胞を単離する哺乳類は、胎児から成体に至るまでどの時期の個体であってもよい。すなわち、本実施の形態に係る網膜神経細胞の生産方法には、その材料として哺乳類胎児由来の虹彩色素上皮細胞を用いることができるだけでなく、哺乳類成体由来の虹彩色素上皮細胞を用いることもできる。
【0072】
S1の虹彩色素上皮細胞単離工程は、虹彩色素上皮細胞を単離できればよく、その具体的な手法等については特に限定されない。一般的には、従来公知の方法を利用して、哺乳類の眼球から虹彩組織を摘出し、摘出した虹彩組織から虹彩色素上皮細胞を単離すればよい。哺乳類の眼球から虹彩組織を摘出する方法としては、上記非特許文献8に記載の方法を用いることが好ましい。
【0073】
S2の選択的培養工程は、哺乳類の眼球から単離した虹彩色素上皮細胞のみを選択的に培養できればよく、その具体的な手法等については特に限定されない。一般的には、従来公知の方法を利用して、哺乳類の眼球から単離した虹彩色素上皮細胞のみを選択的に培養すればよい。
【0074】
上記虹彩色素上皮細胞単離工程(S1)には、プロセス1(以下、プロセスをPと略す)として虹彩組織摘出工程、および、P2として虹彩色素上皮分離工程が少なくとも含まれる。
【0075】
また、上記虹彩組織摘出工程(P1)は、図1に示すように、P3として、哺乳類の眼球から虹彩組織のみを切除する虹彩組織切除段階を、P4として、切除した虹彩組織を酵素処理する酵素処理段階を、P5として、酵素処理した虹彩組織を回復させる虹彩組織回復処理段階をさらに含んでいる。
【0076】
また、上記選択的培養工程(S2)には、P6として、上記虹彩色素上皮細胞単離工程(S1)において単離された虹彩色素上皮細胞を凝集している状態からここの細胞に解離するための細胞解離段階と、P7として、単離した虹彩色素上皮細胞のみを選択的に培養する細胞培養段階とが少なくとも含まれる。
【0077】
以下、上記虹彩組織摘出工程(P1)の各段階P3〜P5について詳細に説明する。まず、P3の虹彩組織切除段階は、哺乳類の眼球から虹彩組織のみを切除できればよく、その具体的な手法等については特に限定されない。一般的には、従来公知の手法を利用して、哺乳類の眼球から虹彩組織のみを切除すればよい。例えば、P3の虹彩組織切除段階は、市販のマイクロ鋏を用いて実施することができる。
【0078】
P4の酵素処理段階は、虹彩組織から虹彩色素上皮を分離しやすくするために虹彩組織を酵素処理するものであり、その具体的な手法等については特に限定されることなく、一般的には、従来公知の手法を利用して実施すればよい。
【0079】
例えば、P4の酵素処理段階は、虹彩組織を市販のディスパーゼを含むディスパーゼ溶液中にて15〜40分間反応させた後、市販のEDTA(エチレンジアミン四酢酸)を含むEDTA溶液中にて20〜30分間反応させることによって実施することができる。なお、P4の酵素処理段階に用いられる酵素および試薬は、特に限定されることなく、虹彩組織から虹彩色素上皮を分離しやすくするように虹彩組織を処理することが可能な従来公知の酵素および試薬を用いることができる。
【0080】
P5の虹彩組織回復処理段階は、酵素処理によって衰弱した虹彩組織を回復させるものであり、その具体的な手法等については特に限定されることなく、従来公知の手法を利用して実施すればよい。
【0081】
例えば、P5の虹彩組織回復処理段階は、酵素処理段階の反応後、虹彩組織を市販のウシ胎児血清を含む培養液中にて、30〜60分間反応させることによって、実施することができる。なお、P5の虹彩組織回復処理段階に用いられる血清を含む培養液および試薬は、特に限定されるものではなく、衰弱した虹彩組織が回復することが可能な従来公知の血清を含む培養液および試薬を用いることができる。
【0082】
また、上記の虹彩組織摘出工程(P1)においては、P4の酵素処理段階およびP5の虹彩組織回復処理段階の反応時間が特に重要である。P4の酵素処理段階の虹彩組織のディスパーゼ溶液による反応時間、およびEDTA溶液による反応時間、ならびにP5の虹彩組織回復処理段階のウシ胎児血清を含む培養液による反応時間を調節することによって、ニワトリだけでなく、マウス、ラット、ヒトなどといった哺乳類の眼球から虹彩色素上皮を分離することができる。
【0083】
以下、各動物に対する上記の各条件を具体的に記載する。
【0084】
マウスの眼球から虹彩色素上皮を単離する場合は、虹彩組織を25〜37℃の上記ディスパーゼ溶液1000U/mlによって15〜40分間反応させ、室温下にて上記EDTA溶液0.05〜0.1%によって16〜40分間反応させ、ウシ胎児血清を8〜10%含む培養液によって30〜120分間反応させることが好ましい。
【0085】
また、生後10日のマウスの眼球から虹彩色素上皮を単離する場合は、虹彩組織を37℃の上記ディスパーゼ溶液1000U/mlによって16分間反応させ、室温下にて上記EDTA溶液0.05%によって20分間反応させ、ウシ胎児血清を8%含む培養液によって90分間反応させることが特に好ましい。
【0086】
また、生後12日のマウスの眼球から虹彩色素上皮を単離する場合は、虹彩組織を37℃の上記ディスパーゼ溶液1000U/mlによって20分間反応させ、室温下にて上記EDTA溶液0.05%によって25分間反応させ、ウシ胎児血清を8%含む培養液によって60分間反応させることが特に好ましい。
【0087】
また、生後2ヶ月のマウスの眼球から虹彩色素上皮を単離する場合は、虹彩組織を37℃の上記ディスパーゼ溶液1000U/mlによって30分間反応させ、室温下にて上記EDTA溶液0.05%によって40分間反応させ、ウシ胎児血清を8%含む培養液によって30分間反応させることが特に好ましい。
【0088】
ラットの眼球から虹彩色素上皮を単離する場合は、虹彩組織を37℃の上記ディスパーゼ溶液1000U/mlによって15〜40分間反応させ、室温下にて上記EDTA溶液0.05%によって15〜60分間反応させ、ウシ胎児血清を8〜10%含む培養液によって30〜120分間反応させることが好ましい。
【0089】
ヒト胎児の眼球から虹彩色素上皮を単離する場合は、虹彩組織を25〜37℃の上記ディスパーゼ溶液500〜1000U/mlによって15〜30分間反応させ、室温下にて上記EDTA溶液0.05〜0.1%によって15〜40分間反応させ、ウシ胎児血清を8〜10%含む培養液によって10〜60分間反応させることが好ましい。
【0090】
また、生後19週のヒト胎児の眼球から虹彩色素上皮を単離する場合は、虹彩組織を37℃の上記ディスパーゼ溶液1000U/mlによって30分間反応させ、室温下にて上記EDTA溶液0.05%によって30分間反応させ、ウシ胎児血清を8%含む培養液によって60分間反応させることが特に好ましい。
【0091】
なお、上記培養液としては、例えば、invitrogen社製「DMEM培地」を用いて、市販のウシ胎児血清を適量添加したものを用いればよい。
【0092】
P2の虹彩色素上皮分離工程は、虹彩組織摘出工程(P1)にて摘出した虹彩基質と虹彩色素上皮とから構築される虹彩組織から、虹彩色素上皮のみを分離できればよく、その具体的な手法等については特に限定されない。一般的には、従来公知の手法を利用して、虹彩組織から虹彩色素上皮のみを分離すればよい。
【0093】
例えば、P2の虹彩色素上皮分離工程は、回復させた虹彩組織から、市販のマイクロピンセットを用いて、虹彩色素上皮のみをはがして回収することによって実施してもよい。
【0094】
続いて、上記選択的培養工程(S2)の各段階P6およびP7について詳細に説明する。まず、P6の細胞解離段階は、単離された虹彩色素上皮のシート状の細胞を個々の細胞に解離できればよく、その具体的な手法等については特に限定されない。一般的には、従来公知の手法を利用して、単離された虹彩色素上皮のシート状の細胞を個々の細胞に解離すればよい。
【0095】
例えば、P6の細胞解離段階は、市販のトリプシン溶液を用いて、単離された虹彩色素上皮のシート状の細胞を個々の細胞に解離する。また、例えば、P6の細胞解離段階は、トリプシン溶液を用いずに、市販のマイクロピペットを用いたピペッティング操作により、単離された虹彩色素上皮のシート状の細胞を個々の細胞に解離することもできる。
【0096】
なお、P6の細胞解離段階に用いられる試薬および器具は、特に限定されるものではなく、単離された虹彩色素上皮細胞を凝集している状態から個々の細胞に解離することが可能な従来公知の試薬および器具を用いることができる。
【0097】
P7の細胞培養段階は、単離した虹彩色素上皮細胞のみを選択的に培養することができればよく、その具体的な手法等については特に限定されない。一般的には、従来公知の手法を利用して、単離した虹彩色素上皮細胞のみを選択的に培養すればよい。好ましくは、Science 1992:225;1707-1710(参考文献3)に記載のneurosphere法(浮遊凝集塊培養法)を利用して、哺乳類の眼球から単離した虹彩色素上皮細胞のみを選択的に培養する。
【0098】
例えば、P7の細胞培養段階は、市販の無血清培地に市販のN2サプリメントを加えたものを浮遊凝集塊培養用の培養液として使用する。P6の細胞解離段階にて解離された虹彩色素上皮細胞を、浮遊凝集塊培養用の培養液中にて、市販のシェイカーを用いて回転を加えながら培養する。これによって、脳、脊髄由来の神経幹細胞が形成する凝集塊(sphere)と非常に類似した凝集塊を得ることができる。
【0099】
なお、P7の上記細胞培養段階に用いられる培養液および試薬は、特に限定されるものではなく、脳、脊髄由来の神経幹細胞が形成する凝集塊(sphere)と非常に類似した凝集塊を得ることが可能な従来公知の培養液および試薬を用いることができる。
【0100】
以上のような方法で得られた虹彩色素上皮細胞由来の凝集塊が、胚性網膜幹細胞との共培養に用いられる。
【0101】
次に、上述の胚性網膜幹細胞および選択的培養工程(S2)によって選択培養された虹彩色素上皮細胞とを共培養する共培養工程(S3)ついて説明する。
【0102】
上記共培養工程(S3)は、例えば、参考文献4(Semin Cell Dev Biol (1998)、9(3)、257-262、review)に記載された方法に従って実施することができる。すなわち、例えばニワトリなどの鳥類由来の胚性網膜幹細胞を巻き込む際に、哺乳類の眼球より上述の方法によって単離し解離した虹彩色素上皮細胞(虹彩組織由来の神経幹細胞)をともに巻き込むことによって、胚性網膜細胞と虹彩色素上皮細胞とを共培養する。これによって、哺乳類由来の虹彩色素上皮細胞から網膜神経細胞を分化誘導することができる。
【0103】
具体的には、例えば、マウスの眼球から虹彩組織を単離し、虹彩色素上皮細胞を培養する場合、その単離および培養は、上述の手順(すなわち、虹彩色素上皮細胞単離工程(S1)、選択的培養工程(S2))に従って行えばよい。その後、培養日数3〜6日後に、ディスパーゼ、トリプシン混合液で細胞を解離する。さらに、解離した虹彩色素上皮細胞を鳥類由来の胚性網膜幹細胞と同時に共培養システム(参考文献4参照)に投入し、旋回培養を行うことによって、虹彩色素上皮細胞から分化した網膜神経細胞を得ることができる。
【0104】
図2には、本実施の形態において使用される共培養システムの模式図を示す。本共培養システムは、図2に示すように、培養皿1と、その内部に配置され例えば矢印A方向に旋回可能なインナーウエル2とを主な構成要素としている。そして、上記共培養工程(S3)においては、培養皿1の底の部分に、鳥類由来の網膜色素上皮細胞5を敷き、インナーウエル2の内部に鳥類由来の胚性網膜幹細胞3と哺乳類由来の虹彩色素上皮細胞3とを注入し、旋回培養を行う。
【0105】
なお、この旋回培養では、培養温度36.5〜37.5℃、培養日数10〜30日、旋回の回転数50〜70rpmで行うことが好ましい。
【0106】
上述のような培養条件で共培養された細胞は、例えば、網膜神経細胞に特異的形質であるマーカータンパク質の検出を各特異的抗体による染色を行うことによって、網膜神経細胞への分化が誘導され、その結果網膜神経細胞が生産されたか否かを確認することができる。
【0107】
上記マーカータンパク質としては、例えば、光受容機能を発揮するための極めて特異的なタンパク質であるロドプシンあるいはヨードプシンを挙げることができる。ロドプシンは、網膜神経細胞の一種である網膜視細胞が光受容機能を発揮するために必要なタンパク質であり、網膜視細胞を形成するロッドにおいて特異的に発現するものである。ヨードプシンもまた、網膜視細胞が光受容機能を発揮するために必要なタンパク質であり、網膜視細胞を形成するコーンにおいて特異的に発現するものである。また、他のマーカータンパク質として、網膜神経細胞の一つであるミュラーグリア細胞を検出するビメンチンなども利用することができる。
【0108】
上記の共培養された細胞から、ロドプシン(あるいはヨードプシン)が検出されていれば(図4(a)参照)、当該培養細胞が網膜神経細胞(より具体的には、網膜視細胞)に分化誘導されたことを確認することができる。また、上記の共培養された細胞から、ビメンチンが検出されていれば(図4(b)参照)、当該培養細胞が網膜神経細胞(より具体的には、ミュラーグリア細胞)に分化誘導されたことを確認することができる。
【0109】
本実施の形態にかかる方法によれば、後述の実施例にも示されるように、哺乳類の虹彩色素上皮細胞から網膜神経細胞を確実に分化誘導し、網膜神経細胞を生産することができる。
【0110】
なお、本実施の形態では、網膜色素上皮細胞および胚性網膜幹細胞は鳥類由来のものを用い、虹彩色素上皮細胞については哺乳類由来のものを用いて共培養を行う例を示したが、本発明はこれに限定されるものではない。すなわち、例えば、全て哺乳類由来の細胞を用いて共培養を行い、虹彩色素上皮細胞から網膜神経細胞の分化誘導を行ってもよい。
【0111】
以上のような方法によれば、虹彩色素上皮細胞から網膜神経細胞を分化誘導することによって、網膜神経細胞を生産することができる。それゆえ、本方法は、網膜疾患患者自身の虹彩組織の一部を採取して、その虹彩組織から網膜神経細胞を生産するという極めて有効な再生医療に利用できる可能性を有している。
【0112】
〔実施の形態2〕
本発明の実施の形態2について図3、図5(a)〜図5(c)に基づいて説明すれば、以下の通りである。なお、本発明はこの記載に限定されるものではない。
【0113】
本実施の形態2では、眼球から虹彩色素上皮細胞を単離する工程と、上記虹彩色素上皮細胞を無血清培地上で接着培養し、網膜神経細胞への分化を誘導する工程とを含んでなる網膜神経細胞の生産方法について説明する。
【0114】
本実施の形態に係る網膜神経細胞の生産方法は、図3に示すように、主として、眼球から虹彩色素上皮細胞を単離する虹彩色素上皮細胞単離工程(S11)と、虹彩色素上皮細胞を接着培養する接着培養工程(S13)とを含んで構成されている。
【0115】
虹彩色素上皮細胞単離工程(S11)については、上述の実施の形態1で説明した虹彩色素上皮細胞単離工程(S1:図1参照)と同様の手法で実施することができるため、本実施の形態2では、その説明を省略する。
【0116】
さらに、本実施の形態に係る網膜神経細胞の生産方法では、上記虹彩色素上皮細胞単離工程(S11)と接着培養工程(S13)との間に、上述の実施の形態1で説明した選択的培養工程(S2:図1参照)に相当する選択的培養工程(S12)が含まれている。上記選択的培養工程(S12)についても、実施の形態1における選択的培養工程(S2)と同様の手法で実施することができるため、本実施の形態2では、その説明を省略する。
【0117】
そして、上記選択的培養工程(S12)において、虹彩組織由来の神経幹細胞(すなわち、虹彩色素上皮細胞)が選択的に培養され、続いて行われる接着培養工程(S13)において、培養された虹彩色素上皮細胞が網膜神経細胞へ分化誘導される。
【0118】
なお、上記選択的培養工程(S12)によって培養された虹彩色素上皮細胞は、比較的未分化な状態であり、種々の神経細胞へ分化する可能性を有している。ここで、上述の種々の神経系細胞とは、ニューロン(神経細胞)、および非神経細胞であるグリア細胞を含むものとする。上記グリア細胞は、ニューロンの特徴のひとつである能動的な電気的応答を示さないが、ニューロンの支持、または栄養をニューロンに供給するなどニューロンに対して様々な機能を担う細胞である。上記グリア細胞は、その機能や特徴によって、脊椎動物においては、アストログリア(アストロサイト)、ミクログリア(ミクログリア細胞)、オリゴデンドログリア(オリゴデンドロサイト)、シュワン細胞の4種類に分類される。
【0119】
そして、本実施の形態にかかる網膜神経細胞の生産方法は、上記接着培養工程(S13)によって、虹彩色素上皮細胞から上述のニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトが分化誘導され、さらに、その中の一部が網膜神経細胞に分化誘導されるというものである。
【0120】
本実施の形態2において分化誘導に用いられる虹彩色素上皮細胞を採取する動物種は、特に限定はされないが、例えば、ニワトリ(ヒヨコを含む)、ウズラなどの鳥類、あるいは、マウス、ラット、ヒトなどの哺乳類を挙げることができる。鳥類または哺乳類由来の虹彩色素上皮細胞を用いて、本実施の形態2にかかる生産方法によって網膜神経細胞の生産を行えば、後述の実施例にも示すように、網膜視細胞、双極細胞、ミュラーグリア細胞などといった各種の網膜神経細胞を得ることができる。
【0121】
特に、哺乳類の網膜神経細胞については、現状では、有効な分化誘導方法が見出されていないため、哺乳類由来の虹彩色素上皮細胞を用いて網膜神経細胞を誘導することができる本実施の形態にかかる方法は、網膜神経細胞の再生医療などにおいて高い利用可能性を有していると言える。
【0122】
また、実施の形態1では、哺乳類の虹彩色素上皮細胞の単離・培養に、上述の虹彩色素上皮細胞単離工程および選択的培養工程からなる方法を用いているが、鳥類の虹彩色素上皮細胞の単離・培養についても、それと同様にして実施することができる。
【0123】
なお、眼球から虹彩色素上皮細胞を単離する場合に、虹彩色素上皮細胞単離工程(S11)において、実施の形態1で説明したように、虹彩組織摘出工程(P1:図1参照)で酵素処理および虹彩組織回復処理を実施する。
【0124】
ここで、上記の酵素処理および虹彩組織回復処理における各条件は、鳥類の眼球から虹彩色素上皮を単離する場合は、虹彩組織を36.5〜37.5℃のディスパーゼ溶液1000U/mlによって10〜40分間反応させ、室温下にて上記EDTA溶液0.05〜0.1%によって20〜50分間反応させることが好ましい。
【0125】
また、ニワトリの雛の眼球から虹彩色素上皮を単離する場合は、虹彩組織を36.5〜37.5℃のディスパーゼ溶液1000U/mlによって30分間反応させ、室温下にて上記EDTA溶液0.05〜0.1%によって20〜40分間反応させ、ウシ胎児血清を5〜10%含む培養液によって5〜10分間反応させることがより好ましい。
【0126】
次に、上記虹彩色素上皮細胞を接着培養する接着培養工程(S13)について具体的に説明する。
【0127】
上記接着培養工程(S13)は、無血清培地上で虹彩色素上皮細胞を接着培養するというものである。上記接着培養には、従来公知の接着培養法を用いればよく、例えば、上記参考文献3に記載の接着培養法を利用してもよい。この接着培養工程(S13)に用いられる培地は、無血清培地であること以外は特に限定されることはなく、虹彩色素上皮細胞由来の神経幹細胞を神経系細胞に分化誘導することが可能な従来公知の培地を用いることができる。
【0128】
例えば、上記接着培養用の培地としては、DMEM/F12培地、DMEM培地、EMEM培地(全てinvitrogen社製)などを使用することができる。
【0129】
また、上記接着培養工程(S13)に用いられる培養皿および添加する因子は、特に限定されるものではなく、虹彩色素上皮細胞由来の神経幹細胞を神経系細胞に分化誘導することが可能な従来公知の培養皿および因子を用いることができる。
【0130】
また、上記接着培養用の培養開始時の無血清培地には、FGF2(fibroblast growth factor 2:繊維芽細胞成長因子)、FGF9(fibroblast growth factor 9:繊維芽細胞成長因子)、CNTF(毛様体神経節神経栄養因子)のうちの少なくとも一つの因子が、1〜100ng/mlの濃度で含まれることが好ましく、10〜40ng/mlの濃度で含まれることがさらに好ましい。
【0131】
そして、培養から2〜5日経過後に、これらの因子のうちのFGF2、FGF9については、添加を停止することが好ましい。すなわち、培養開始から遅くとも5日が経過するまでには、FGF2およびFGF9を含まない無血清培地を使用することが好ましい。CNTFについては、培養開始時から終了時まで継続的に添加することが好ましい。これによって、培養開始から約2週間で網膜神経細胞への分化を確実に誘導することができる。また、上記無血清培地には、市販のN2サプリメントがさらに添加されることが好ましい。
【0132】
なお、接着培養工程(S13)に用いられる無血清培地に添加する成長因子としては、上記のものに限定されることなく、それ以外に例えば、FGF2,9以外のFGF-family群、EGF(epidermal growth factor:上皮成長因子)、BDNF(brain derived nutritional factor:脳由来神経栄養因子)、EGF(epidermal growth factor:上皮成長因子)、NT-3(neurotrophin-3:ニューロトロフィン-3)、NT-4(neurotrophin-4:ニューロトロフィン-4)、RA(retinoic acid:ビタミンA)、PDGF(platelet derived growth factor:血小板由来成長因子)、T3(triiodothyronine:トリヨードチロニン)などが挙げられる。
【0133】
また、上記接着培養用の培養皿としては、ラミニン(laminin)、コラーゲン(collagen)などの細胞外基質成分がコートされた培養皿、またはポリDリジンコートの培養皿が好ましいが、特にこれに限定されるものではない。
【0134】
また、上記接着培養を開始する際の上記無血清培地上へ植え付ける虹彩色素上皮細胞の細胞密度(1cm当たりの細胞数)は、1×10個/cm以下であることが好ましい。これによれば、網膜神経細胞への分化をより効率良く誘導することができる。なお、網膜神経細胞への分化をさらに効率良く誘導するためには、上記虹彩色素上皮細胞の細胞密度を1×10〜5×10個/cmとすればよい。
【0135】
なお、上記接着培養工程(S13)における上記以外の各培養条件は、従来公知の神経幹細胞の培養条件にしたがって実施すればよい。
【0136】
上述のような培養条件で接着培養された細胞は、従来公知の一般的神経マーカーを用いて神経細胞の検出を行うことで、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトといった各種神経細胞への分化が誘導されているかを確認することができる。なお、ニューロンの検出には、マーカーとしてチューブリンやニューロフィラメントなどを、アストロサイトの検出には、マーカーとしてGFAPなどを、オリゴデンドロサイトの検出には、マーカーとしてO4などを使用すればよい。
【0137】
そして、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトを検出した後、例えば、網膜神経細胞に特異的形質であるマーカータンパク質の検出を各特異的抗体による染色を行うことによって、網膜神経細胞への分化が誘導され、その結果網膜神経細胞が生産されたか否かを確認することができる。また、上記マーカータンパク質の抗体染色以外に、細胞からRNAを抽出し、RT−PCR法などによりマーカー遺伝子の発現を確認することによっても、網膜神経細胞が生産されたか否かを確認することができる。
【0138】
上記マーカータンパク質としては、例えば、実施の形態1で説明したロドプシンおよびヨードプシンを挙げることができる。これらのタンパク質は、網膜神経細胞の一種である網膜視細胞において特異的に発現している。また、網膜視細胞以外の網膜神経細胞としては、例えば、双極細胞、ミュラーグリア細胞、アマクリン細胞などが挙げられる。これらに特異的なマーカータンパク質として、双極細胞に関してはPKC(フォスフォキナーゼ)を、ミュラーグリア細胞に関してはビメンチンを、アマクリン細胞に関してはHPC−1を利用することができる。
【0139】
上記の接着培養された細胞から、ロドプシンおよびヨードプシンが検出されれば(図5(a)、図5(b)参照)、当該培養細胞が網膜視細胞に誘導されたことを確認することができる。また、上記の接着培養された細胞から、PKC(フォスフォキナーゼ)が検出されれば(図5(c)参照)、当該培養細胞が双極細胞に誘導されたことを確認することができビメンチンが検出されれば、当該培養細胞がミュラーグリア細胞に誘導されたことを確認することができ、HPC−1が検出されれば、当該培養細胞がアマクリン細胞に誘導されたことを確認することができる。
【0140】
以上のような方法によれば、虹彩色素上皮細胞から網膜神経細胞を分化誘導することによって、網膜神経細胞を生産することができる。それゆえ、本方法は、網膜疾患患者自身の虹彩組織の一部を採取して、その虹彩組織から網膜神経細胞を生産するという極めて有効な再生医療に利用できる可能性を有している。
【0141】
〔実施の形態3〕
本発明の実施の形態3について以下に説明する。なお、本発明はこの記載に限定されるものではない。
【0142】
本実施の形態3では、眼球から虹彩色素上皮細胞を単離する工程と、上記虹彩色素上皮細胞を、FGF2および/またはFGF9を含む培地上で接着培養を開始する工程と、上記接着培養を開始する工程の後に、上記培地からFGF2および/またはFGF9を除去するとともに、上記培地にCNTFを添加して、上記虹彩色素上皮細胞を接着培養し、網膜神経細胞への分化を誘導する工程とを含んでなる網膜神経細胞の生産方法について説明する。
【0143】
本実施の形態に係る網膜神経細胞の生産方法は、実施の形態2と同様に、主として、眼球から虹彩色素上皮細胞を単離する虹彩色素上皮細胞単離工程(S11)と、虹彩色素上皮細胞を接着培養する接着培養工程(S13)とを含んで構成されている。また、本実施の形態3の網膜神経細胞の生産方法には、実施の形態2と同様に、上記虹彩色素上皮細胞単離工程(S11)と接着培養工程(S13)との間に、選択的培養工程(S12)が含まれている(図3参照)。
【0144】
そして、本実施の形態3の網膜神経細胞の生産方法においては、上記接着培養工程(S13)が、上記虹彩色素上皮細胞を、FGF2および/またはFGF9を含む培地上で接着培養を開始する工程と、上記接着培養を開始する工程の後に、上記培地からFGF2および/またはFGF9を除去するとともに、上記培地にCNTFを添加して、上記虹彩色素上皮細胞を接着培養し、網膜神経細胞への分化を誘導する工程とからなる。
【0145】
なお、本実施の形態3の網膜神経細胞の生産方法では、接着培養工程(S13)において使用する培地およびその培地への各因子の添加方法が、実施の形態2とは異なる。従って、本実施の形態3では、上述の接着培養工程(S13)以外の手法については、実施の形態2と同様の手法で実施することができるため、ここではその説明を省略する。
【0146】
本実施の形態3では、接着培養を開始する工程において用いる培地は、無血清培地であってもよいが、それに限定されることなく、血清を含むものであってもよい。上記接着培養用の培地としては、DMEM/F12培地、DMEM培地、EMEM培地(全てinvitrogen社製)などを使用することができる。また、ここで使用される血清としては、例えば、ウシ胎児血清(FCS)が挙げられる。上記血清は、培地中に1〜10%(W/V)で含まれることが好ましい。
【0147】
また、上記接着培養開始時の培地には、さらにFGF2および/またはFGF9が含まれている。このFGF2(あるいは、FGF9)の培地中の濃度は、10〜40ng/mlであることが好ましい。
【0148】
なお、上記の接着培養開始時の培地に添加する成長因子としては、上記のものに限定されることなく、それ以外に例えば、FGF2,9以外のFGF-family群、EGF、BDNF、EGF、NT-3、NT-4、RA、PDGF、T3などが挙げられる。
【0149】
また、上記接着培養用の培養皿としては、ラミニン(laminin)、コラーゲン(collagen)などの細胞外基質成分がコートされた培養皿、またはポリDリジンコートの培養皿が好ましいが、特にこれに限定されるものではない。
【0150】
また、上記接着培養を開始する際の上記無血清培地上へ植え付ける虹彩色素上皮細胞の細胞密度(1cm当たりの細胞数)は、1×10個/cm以下であることが好ましい。これによれば、網膜神経細胞への分化をより効率良く誘導することができる。
【0151】
そして、上記の接着培養を開始してから1〜3日経過後に、上記培地からFGF2および/またはFGF9を除去するとともに、上記培地に因子としてCNTFを添加する。当該培地上で上記虹彩色素上皮細胞の培養を継続することによって、網膜神経細胞への分化を誘導することができる。
【0152】
なお、上記接着培養を開始する工程において、無血清培地を用いた場合には、CNTFを培地へ添加すると同時に血清(例えば、FCS)を濃度1〜10%(W/V)となるように添加してもよい。
【0153】
なお、上記接着培養工程(S13)における上記以外の各培養条件は、実施の形態2における接着培養工程(S13)の培養条件と同様に実施すればよい。
【0154】
上述のような培養条件で接着培養された細胞は、実施の形態2と同様に、従来公知の一般的神経マーカーを用いて神経細胞の検出を行うことで、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトといった各種神経細胞への分化が誘導されているかを確認することができる。
【0155】
さらに、実施の形態2と同様に、例えば、網膜神経細胞に特異的形質であるマーカータンパク質の検出を各特異的抗体による染色を行うことによって、網膜神経細胞への分化が誘導され、その結果網膜神経細胞が生産されたか否かを確認することができる。また、上記マーカータンパク質の抗体染色以外に、細胞からRNAを抽出し、RT−PCR法などによりマーカー遺伝子の発現を確認することによっても、網膜神経細胞が生産されたか否かを確認することができる。
【0156】
以上のような方法によれば、虹彩色素上皮細胞から網膜神経細胞を分化誘導することによって、網膜神経細胞を生産することができる。さらに、本実施の形態3の方法によれば、網膜神経細胞をより早く分化誘導することができるため、実施の形態2の方法と比較してより短期間で網膜神経細胞を生産することができる。
【実施例】
【0157】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこの記載に限定されるものではない。
【0158】
(哺乳類からの虹彩色素上皮細胞の単離)
以下に示す哺乳類、生後10日、生後12日および生後2ヶ月のマウス(「C57BL6」SLC社またはクレア社から入手)、生後9〜12日目および生後3週令ならびに生後2ヶ月のラット(「DAラット」SLC社から入手)、生後19週のヒト胎児(倉敷成人病センター院長より提供、当センター倫理委員会承認済)から虹彩色素上皮細胞を摘出した。
【0159】
市販のマイクロ鋏を用いて上記の哺乳類の眼球から虹彩組織のみを切除した。該虹彩組織を37℃のディスパーゼ溶液(「ディスパーゼ(dispase)」合同清酒社製)1000U/mL中にて、15〜40分間反応させた後、室温下で0.05%EDTA(ethylenediaminetetraacetic acid:エチレンジアミン四酢酸)溶液中にて20〜30分間反応させた。反応後、上記虹彩組織をウシ胎児血清を8%含む培養液(「DMEM培地」invitrogen社製)中にて、30〜60分間反応させ、上記虹彩組織を回復させた。その後、市販のマイクロピンセットを用いて、虹彩色素上皮のみを上記虹彩組織からはがして回収することにより、虹彩基質と虹彩色素上皮とを分離した。
【0160】
生後10日のマウスにおいては、上記虹彩組織を37℃の上記1000U/mLのディスパーゼ溶液により16分間反応させ、室温下にて上記0.05%EDTA溶液により20分間反応させ、ウシ胎児血清を8%含む培養液により90分間反応させた。
【0161】
また、生後12日のマウスにおいては、上記虹彩組織を37℃の上記1000U/mLのディスパーゼ溶液により20分間反応させ、室温下にて上記0.05%EDTA溶液により25分間反応させ、ウシ胎児血清を8%含む培養液により60分間反応させた。
【0162】
また、生後2ヶ月のマウスにおいては、上記虹彩組織を37℃の上記1000U/mLのディスパーゼ溶液により30分間反応させ、室温下にて上記0.05%EDTA溶液により40分間反応させ、ウシ胎児血清を8%含む培養液により30分間反応させた。
【0163】
生後11日のラットにおいては、上記虹彩組織を上記1000U/mLのディスパーゼ溶液により20分間反応させ、上記0.05%EDTA溶液により25分間反応させ、ウシ胎児血清を8%含む培養液により90分間反応させた。
【0164】
生後19週のヒト胎児においては、上記虹彩組織を37℃の上記1000U/mLのディスパーゼ溶液により30分間反応させ、室温下にて上記0.05%EDTA溶液により30分間反応させ、ウシ胎児血清を8%含む培養液により60分間反応させた。
【0165】
(鳥類からの虹彩色素上皮細胞の単離)
以下に示す鳥類、生後1〜2日のヒヨコ(ニワトリの雛)(グローバルチック社(岐阜県)から入手)から虹彩色素上皮細胞を摘出した。摘出の基本的な方法は、上述の哺乳類の場合と同様にして行った。
【0166】
生後2日のヒヨコにおいては、上記虹彩組織を37℃の上記1000U/mLのディスパーゼ溶液により30分間反応させ、上記0.05%EDTA溶液により30分間反応させ、ウシ胎児血清を8%含む培養液により5分間反応させた。なお、ウシ胎児血清による反応処理については、省略してもよい。
【0167】
(浮遊凝集塊培養法)
上記単離した哺乳類あるいは鳥類の虹彩色素上皮組織は、市販のトリプシン溶液を用いて細胞に解離した。その後、該解離した虹彩色素上皮細胞を、上記参考文献3に記載のneurosphere法(浮遊凝集塊培養法)によって、選択的に培養した。浮遊凝集塊培養の培地には、無血清培地(「DMEM/F12培地」invitrogen社製)に、invitrogen社製のN2サプリメントを1/100量加えたものを使用した。トリプシン処理した上記虹彩色素上皮細胞を、上記の浮遊凝集塊培養液中にて、市販のシェイカーを用いて回転を加えながら培養することにより、脳または脊髄由来の神経幹細胞が形成する凝集塊(sphere)と非常に類似した凝集塊を得ることができた(図6参照)。
【0168】
(共培養による虹彩色素上皮細胞から網膜神経細胞への分化誘導)
参考文献4に記載された方法に従って、ニワトリの胚性網膜幹細胞を巻き込む際に、マウスの眼球より上述の方法によって単離し解離した虹彩色素上皮細胞(虹彩組織由来の神経幹細胞)を一緒に巻き込んだ。
【0169】
具体的には、マウス虹彩の単離、および、虹彩色素上皮細胞の培養は、上述の手順に従って行った。培養日数3〜6日後に、ディスパーゼ、トリプシン混合液で細胞を解離した。解離した虹彩色素上皮細胞をニワトリ胚性網膜幹細胞と同時にインナーウエル2内に巻き込み、旋回培養を行った(図2参照)。
【0170】
14日間の培養の後、培養細胞を採取した。
【0171】
続いて、上記培養細胞について、各網膜神経細胞に特異的なマーカータンパク質の抗体染色を行うことによって、網膜神経細胞への分化が誘導されているかを確認した。その結果、図4(a)、図4(b)に示すように、上記の培養細胞からは、光受容機能を発揮するための極めて特異的なタンパク質であるロドプシン(図4(a)において矢印を付して示す箇所)、およびミュラーグリア細胞に特異的なタンパク質であるビメンチン(図4(b)中の白色の領域)が検出された。ロドプシンは、網膜視細胞が光受容機能を発揮するために必要なタンパク質であり、網膜視細胞を形成するロッドにおいて特異的に発現するものである。
【0172】
上記の培養細胞において、ロドプシンが検出されたことから、該培養細胞は、網膜神経細胞(より具体的には、網膜視細胞)に分化誘導されたことが裏付けられた。また、上記の培養細胞において、ビメンチンが検出されたことから、該培養細胞は、網膜神経細胞(より具体的には、ミュラーグリア細胞)にも分化誘導されたことが裏付けられた。
【0173】
(接着培養による網膜神経細胞への分化誘導の実施例1)
本実施例1では、無血清培地上で虹彩色素上皮細胞を接着培養した場合の網膜神経細胞への分化誘導実験について説明する。
【0174】
上述の方法によって単離し解離したヒヨコの虹彩色素上皮細胞を、ラミニンコート皿に巻き込んだ。培養液として、DMEM/F12培地に、N2サプリメント、成長因子FGF2(20ng/ml)を添加したものを用いた。なお、このときの虹彩色素上皮細胞の細胞密度は、3.2×10個/cmであった。また、本実施例では、成長因子FGF2を用いたが、FGF2の代わりにFGF9を用いて実施しても構わない。
【0175】
培養開始から4〜5日以降は、FGF2の添加を停止し、さらに、2〜7日培養を継続したところ、神経細胞様に形態が変化することが確認された。
【0176】
約2週間の無血清培養の後、培養細胞を採取し、一般的神経マーカーであるチューブリン(あるいは、ニューロフィラメント)、GFAP、O4を用いて、神経細胞の検出行った。その結果、上記の各神経マーカーが検出されたため、上記培養細胞は、神経細胞(具体的には、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイト)へ分化誘導されたことが確認された。
【0177】
続いて、上記培養細胞について、各網膜神経細胞に特異的なマーカータンパク質の抗体染色を行うことによって、網膜神経細胞への分化が誘導されているかを確認した。その結果、図5(a)〜図5(c)に示すように、上記の培養細胞からは、ロドプシン(図5(a)中の白色の領域)、ヨードプシン(図5(b)中の白色の領域)、PKC(図5(c)中の白色の領域)がそれぞれ検出された。ロドプシンおよびヨードプシンは、網膜視細胞において特異的に発現するものである。また、PKCは双極細胞において特異的に発現するものである。
【0178】
上記の培養細胞において、ロドプシンおよびヨードプシン、PKCがそれぞれ検出されたことから、該培養細胞は、網膜神経系細胞である網膜視細胞、双極細胞にそれぞれ分化誘導されたことが裏付けられた。
【0179】
なお、本実施例においては、網膜神経細胞を検出するためのマーカーとしてロドプシンおよびヨードプシン、PKCを用いて行ったことから、網膜視細胞、双極細胞の誘導が確認されたが、上記培養細胞には他の網膜神経細胞も含まれている可能性がある。
【0180】
(接着培養による網膜神経細胞への分化誘導の実施例2)
本実施例2では、血清を含む培地上で虹彩色素上皮細胞を接着培養した場合の網膜神経細胞への分化誘導実験について説明する。
【0181】
上述の方法によって単離し解離したヒヨコの虹彩色素上皮細胞を、ラミニンコート皿に巻き込んだ。培養液として、DMEM/F12培地に、N2サプリメント、成長因子FGF2(20ng/ml)、および、ウシ胎児血清(FCS)(1%(W/V))を添加したものを用いた。なお、このときの虹彩色素上皮細胞の細胞密度は、3.2×10個/cmであった。また、本実施例では、成長因子FGF2を用いたが、FGF2の代わりにFGF9を用いて実施しても構わない。
【0182】
培養開始から1〜3日以降は、培地にFGF2の添加を停止するとともにCNTF(10〜30ng/ml)を添加し、さらに、2〜7日培養を継続したところ、神経細胞様に形態が変化することが確認された。
【0183】
約1週間の無血清培養の後、培養細胞を採取し、一般的神経マーカーであるチューブリン(あるいは、ニューロフィラメント)、GFAP、O4を用いて、神経細胞の検出行った。その結果、上記の各神経マーカーが検出されたため、上記培養細胞は、神経細胞(具体的には、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイト)へ分化誘導されたことが確認された。
【0184】
続いて、上記培養細胞について、各網膜神経細胞に特異的なマーカータンパク質の抗体染色を行うことによって、網膜神経細胞への分化が誘導されているかを確認した。その結果、図7(a)〜図7(c)に示すように、上記の培養細胞からは、ロドプシン(図7(a)中の白色の領域)、ヨードプシン(図7(b)中の白色の領域)、HPC−1(図7(c)中の白色の領域)がそれぞれ検出された。ロドプシンおよびヨードプシンは、網膜視細胞において特異的に発現するものである。また、HPC−1はアマクリン細胞において特異的に発現するものである。
【0185】
上記の培養細胞において、ロドプシンおよびヨードプシン、HPC−1がそれぞれ検出されたことから、該培養細胞は、網膜神経系細胞である網膜視細胞、アマクリン細胞にそれぞれ分化誘導されたことが裏付けられた。
【0186】
また、この実施例2では、幼若マウスの虹彩色素上皮細胞についても、上述の方法によって単離し解離した後、ヒヨコの場合と同様にして分化誘導実験を行った。この実験によって得られた培養細胞について、各網膜神経マーカー(PKC、HPC−1、ロドプシン)を用いて各種細胞の検出を行った。その結果を以下の表1に示す。
【0187】
【表1】

【0188】
表1に示すように、培養細胞において、PKC、HPC−1、ロドプシンが検出された。このことから、培養細胞は、網膜神経系細胞である、双極細胞、アマクリン細胞、網膜視細胞にそれぞれ分化誘導されたことが裏付けられた。
【0189】
尚、発明を実施するための最良の形態の項においてなした具体的な実施態様または実施例は、あくまでも、本発明の技術内容を明らかにするものであって、そのような具体例にのみ限定して狭義に解釈されるべきものではなく、本発明の精神と次に記載する特許請求の範囲内で、いろいろと変更して実施することができるものである。
【産業上の利用可能性】
【0190】
以上のように、本発明の方法によれば、従来有効な分化誘導方法見出されていなかった哺乳類の網膜神経細胞を生産することができる。哺乳類には、ヒトをはじめとして利用価値の高い動物種が多く存在するため、哺乳類の網膜神経細胞を生産することができる本方法は、医療やバイオテクノロジー等の分野の発展に貢献することが期待される。
【0191】
本発明の網膜神経細胞は、患者本人からその細胞の一部を採取することが可能な虹彩色素上皮細胞から生産されたものであるため、患者自身の細胞を用いた再生医療を実現することを可能とするものである。そして、免疫拒絶の問題、倫理的問題、移植材料である移植細胞源の受容と供給のアンバランスなどといった再生医療の問題点を克服することができ、現在有効な治療法が存在しない網膜変性疾患のための治療方法の確立に貢献するものと期待される。
【0192】
また、本発明の網膜神経細胞は、遺伝子の導入を行うことなく分化誘導されたものであるため、DNA損傷などの危険性がなく、医療面に用いる場合に安全性を確保することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
眼球から単離され、かつ遺伝子導入がされていない虹彩色素上皮細胞を無血清培地上で接着培養し、網膜神経細胞への分化を誘導する工程からなり、
上記虹彩色素上皮細胞は眼球から単離された後に、浮遊凝集塊培養方法によって選択的に培養されたものであることを特徴とする網膜神経細胞の生産方法。
【請求項2】
上記虹彩色素上皮細胞は、鳥類由来または哺乳類由来であることを特徴とする請求項1記載の網膜神経細胞の生産方法。
【請求項3】
上記虹彩色素上皮細胞は、胎児から成体に至るまでのいずれの鳥類由来、または胎児から成体に至るまでのいずれの哺乳類由来であってもよいことを特徴とする、請求項1に記載の網膜神経細胞の生産方法。
【請求項4】
上記接着培養における培養開始時の上記無血清培地には、FGF2、FGF9、CNTFのうちの少なくとも一つが、1〜100ng/mlの濃度で含まれることを特徴とする請求項1ないし3の何れか1項に記載の網膜神経細胞の生産方法。
【請求項5】
培養開始時の上記虹彩色素上皮細胞の無血清培地上の細胞密度は、1×10個/cm以下であることを特徴とする請求項1ないし4の何れか1項に記載の網膜神経細胞の生産方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−273473(P2009−273473A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−193612(P2009−193612)
【出願日】平成21年8月24日(2009.8.24)
【分割の表示】特願2005−506941(P2005−506941)の分割
【原出願日】平成16年6月11日(2004.6.11)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】