説明

蛍光体及びその製造方法、並びに発光装置

【課題】青色乃至紫外光を光源とする白色LED等の発光装置の高輝度化を実現できるEu付活β型サイアロンからなる蛍光体を提供する。
【解決手段】一般式:Si6−zAl8−zで示され、Euを含有するβ型サイアロンを主成分とする蛍光体であって、電子スピン共鳴スペクトルによる計測における25℃でのg=2.00±0.02の吸収に対応するスピン密度が2.0×1017個/g以下であることを特徴とする蛍光体。なお、上述の蛍光体において、β型サイアロンの格子定数aが0.7608〜0.7620nm、格子定数cが0.2908〜0.2920nmの範囲にあり、Eu含有量が0.1〜3質量%であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、青色発光ダイオード(青色LED)又は紫外発光ダイオード(紫外LED)を用いた白色発光ダイオード(白色LED)等を初めとするいろいろな発光装置に利用可能な蛍光体とその製造方法、それを用いた発光装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、青色から紫色の短波長の可視光を発光する半導体発光素子と蛍光体とを組み合わせることにより、半導体発光素子の発光と蛍光体により波長変換された光との混色により白色光を得る白色LEDが開示されている。
【0003】
一方、蛍光体としては、母体材料にケイ酸塩、リン酸塩、アルミン酸塩、硫化物を用い発光中心に遷移金属もしくは希土類金属を用いたものが広く知られている。
【0004】
白色LEDの高出力化に伴い、蛍光体の耐熱性、耐久性に対する要求が益々高まっている。しかし、上述の従来公知の蛍光体を使用した場合、使用環境温度上昇に伴う蛍光体の輝度の低下や、長時間青色光や紫外線の励起源に曝されることによる蛍光体の劣化に原因して、白色LEDとしての輝度低下や色ズレが発生するという問題が生じている。
【0005】
温度上昇に伴う輝度低下が小さく、耐久性に優れた蛍光体として、最近、結晶構造が安定である窒化物や酸窒化物の蛍光体が注目されている。
【0006】
窒化物、酸窒化物蛍光体として、窒化ケイ素の固溶体であるサイアロンが代表的である。窒化ケイ素と同様にサイアロンには、α型、β型の二種類の結晶系が存在する。特定の希土類元素を付活させたα型サイアロンは、有用な蛍光特性を有することが知られており、白色LED等への適用が検討されている(特許文献2〜4、非特許文献1参照)。
【0007】
また、希土類元素を付活させたβ型サイアロンも、同様の蛍光特性を有することが見いだされている(特許文献5参照)。
【0008】
β型サイアロンは、β型窒化ケイ素の固溶体であり、β型窒化ケイ素結晶のSi位置にAlが、N位置にOが置換固溶したものである。単位胞(単位格子)に2式量の原子があるので、一般式として、Si6−zAl8−zが用いられる。ここで、組成zは0〜4.2であり、固溶範囲は非常に広く、また(Si、Al)/(N、O)のモル比は、3/4を維持する必要がある。β型窒化ケイ素の結晶構造はP6またはP6/mの対称性を持ち、理想原子位置を持つ構造として定義される(特許文献5参照)。また、一般的に原料としては、窒化ケイ素の他に、酸化ケイ素と窒化アルミニウムとを、或いは酸化アルミニウムと窒化アルミニウムとを加えて加熱することでβ型サイアロンが得られる。
【0009】
β型サイアロンの結晶構造内にEu2+を含有させると、紫外から青色の光で励起され、520〜550nmの緑色発光を示す蛍光体となり、白色LED等の発光装置の緑色発光成分として使用でき、Eu付活β型サイアロンとして知られている。このEu付活β型サイアロンは、Eu2+で付活される蛍光体の中でも、発光スペクトルは非常にシャープであり、特に青、緑、赤の狭帯域発光が要求される液晶ディスプレイパネルのバックライト光源の緑色発光成分に好適な蛍光体である。
【0010】
【特許文献1】特許第2927279号公報
【特許文献2】特許第3668770号公報
【特許文献3】特許第3726131号公報
【特許文献4】特開2003−124527公報
【特許文献5】特開2005−255895公報
【非特許文献1】J. W. J. van Krebel, “On new rare−earth doped M−Si−Al−O−N materials”, TU Eindhoven, The Netherlands,pp145−161(1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、従来のEu付活β型サイアロンを主成分とする蛍光体は、発光効率が低く、実用に供することに難がある。
【0012】
本発明は、上述の課題に鑑み、高発光効率を実現できるEu付活β型サイアロンを主成分とする蛍光体を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明によれば、一般式:Si6−zAl8−zで示され、Euを含有するβ型サイアロンを主成分とする蛍光体であって、電子スピン共鳴スペクトルによる計測における25℃でのg=2.00±0.02の吸収に対応するスピン密度が2.0×1017個/g以下である蛍光体が提供される。
【0014】
このような構成の蛍光体は、紫外線から可視光の幅広い波長域で励起され、高効率で520nm以上550nm以下の範囲内を主波長として緑色発光するため、緑色の蛍光体として優れている。そのため、単独もしくは他の蛍光体と組み合わせて種々の発光素子、特に紫外LEDや青色LEDを光源とする白色LEDに好適に使用できる。
【0015】
また、本発明によれば、上述の蛍光体と発光光源とを備える、発光装置が提供される。
【0016】
このような構成の発光装置は、上述のようなβ型サイアロンを主成分とする蛍光体を用いているので、β型サイアロンの有する熱的にも化学的にも安定である特徴を反映して、高温で使用しても輝度低下が小さく、また長寿命という特徴を有している。
【0017】
また、本発明によれば、Euを含有するβ型サイアロンを生成させる第一の工程と、窒素雰囲気中1450℃以上1650℃以下の温度範囲で1時間以上熱処理することにより結晶欠陥密度を低減する第二の工程とを含む蛍光体の製造方法が提供される。
【0018】
また、本発明によれば、Euを含有するβ型サイアロンを生成させる第一の工程と、真空中1200℃以上1550℃以下の温度範囲で熱処理し、更に酸処理することにより結晶欠陥密度を低減する第二の工程とを含む蛍光体の製造方法が提供される。
【0019】
また、本発明によれば、Euを含有するβ型サイアロンを生成させる第一の工程と、窒素分圧が10kPa以下の窒素以外のガスを主成分とする不活性雰囲気中1300℃以上1600℃以下の温度範囲で熱処理し、更に酸処理することにより結晶欠陥密度を低減する第二の工程とを含む蛍光体の製造方法が提供される。
【0020】
上述のいずれの蛍光体の製造方法によっても、従来公知の生成方法によって得られるEu付活β型サイアロンについて、簡単な熱処理または酸処理を施すのみで、上述のような発光特性に優れる蛍光体を再現性良く製造できる。
【発明の効果】
【0021】
本発明の蛍光体は、高発光効率を実現できるEu付活β型サイアロンを主成分とする蛍光体である。また、本発明の蛍光体の製造方法は、上述のような発光特性に優れる蛍光体を再現性良く製造できる。また、本発明の発光装置は、上述のような高発光効率を実現できる蛍光体を用いているので、発光装置の高輝度化を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】比較例1及び実施例2における蛍光体粉末の535nmの蛍光強度を測定した時の励起スペクトル及び波長455nmの外部励起光による発光スペクトルを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態について、発明の経緯も含めて詳細に説明する。
<発明の経緯>
既に説明したように、従来のEu付活β型サイアロンを主成分とする蛍光体は、発光効率が低く、それを用いた白色LED等の発光装置は十分な輝度を得ることができず、実用に供することに難がある。
【0024】
本実施形態の蛍光体は、上述の課題に鑑み、青色LEDや紫外LEDから発する青色乃至紫外光を光源とする白色LED等の発光装置の高輝度化を実現できるEu付活β型サイアロンからなる蛍光体を提供することを目的として開発されたものである。
【0025】
すなわち、本実施形態の蛍光体の主成分は、一般式:Si6−zAl8−z(zは0〜4.2)で示されるβ型サイアロンをホスト結晶に、発光中心としてEu2+を含有させたものである。蛍光は発光中心となるイオンの電子遷移により起こるので、ホスト結晶自体の光吸収を極力少なくすることが発光効率を高める上で重要である。
【0026】
本発明者は、Eu付活β型サイアロンにおけるホスト結晶自体の影響を調べる目的で、Euを添加していないβ型サイアロンの光吸収特性と対比した結果、Eu付活β型サイアロンにおいては紫外から可視光の幅広い波長域に渡って入射光の1〜3割程度が吸収され、これが発光効率を大きく低下させる原因であるとの知見を得た。
【0027】
更に、本発明者は、幅広い波長域に渡る吸収因子として、結晶欠陥に由来する不対電子に着目し、その状態を調べるために、電子スピン共鳴(ESR;Electron Spin Resonance)法を適用した。ここで、ESRとは、不対電子のエネルギー準位が磁場中でゼーマン効果により分裂し、この不対電子がエネルギー準位の分裂幅と同じエネルギーの電磁波を吸収する現象をいう。また、ESR法により得られた吸収スペクトルの吸収強度、吸収波長から存在する不対電子存在数(スピン密度)やその状態などに関する情報が得られる。
【0028】
そして、本発明者は、Eu付活β型サイアロンについてESR法で検討を行い、結晶欠陥に由来して存在する不対電子が励起光及びEu2+に基づく蛍光発光を吸収し、しかもその吸収が発光を伴わないことが発光効率を低下させていることを見出した。そして、この構造欠陥に由来する不対電子存在量を低減させるために、Eu付活β型サイアロンからなる蛍光体に関し合成方法等を種々検討した結果、一度高温で合成したβ型サイアロンを合成温度よりも低い温度で熱処理する、場合によっては更に酸処理することにより、不対電子存在数が減少し、発光効率を著しく向上できるとの知見を得て、本実施形態の蛍光体に至ったものである。
【0029】
<蛍光体>
本実施形態の蛍光体は、一般式:Si6−zAl8−zで示されるβ型サイアロンをホスト結晶に、発光中心としてEu2+が含有されているものを主成分としている。
【0030】
Eu2+の4f軌道と5d軌道間の電子遷移により吸収と発光が起こる。発光色は、Eu2+周囲の結晶場の状態に左右され、β型サイアロンをホスト結晶とした場合、520〜550nmを主波長とする緑色発光を呈する。この蛍光体においては、発光中心の4f電子が効率よく励起され、熱に変わることなく発光していることが重要であるが、それ以外にも発光とは無関係な領域、例えば、ホスト結晶自体が発光を伴わない光吸収を極力しないことが蛍光体の発光効率を高める上で重要である。
【0031】
本発明の蛍光体は、電子スピン共鳴スペクトルによる計測における室温(25℃)でのg=2.00±0.02の吸収に対応するスピン密度が2.0×1017個/g以下であることが本質的である。この特性を満足するとき、上述のホスト結晶自体が発光を伴わない光吸収を極力しないという条件が満足され、その結果として、発光特性に優れた蛍光体となる。
【0032】
尚、スピン密度については、ESRで測定されたスピン数を、測定に供した試料質量で割って求めた単位質量当たりの値をいう。g=2近傍のスピン数は結晶欠陥と密接な関係がある。特に、Eu2+を添加したβ型サイアロンを主成分とする蛍光体では、Eu2+がβ型サイアロン結晶へ入り込むことで欠陥密度を増加させ、発光効率の低下を引き起こす不対電子存在量が増加しやすい。特に、スピン密度が2.0×1017個/gを越えると発光効率が著しく低下し、実用上好ましくない。
【0033】
β型サイアロンの格子定数に関しては、主としてSi−N結合のAl−O結合への置換数、つまりz値に支配される。本実施形態の蛍光体では、β型サイアロンの格子定数aが0.7608nm以上0.7620nm以下、格子定数cが0.2908nm以上0.2920nm以下の範囲にあることが好ましい。β型サイアロンの結晶格子サイズが大きいほど、Euが含有されやすく、特に格子定数a、cが上述の範囲内の場合には、十分な輝度を得るために必要な量のEuを含有させることが容易になるため好ましい。
【0034】
Eu含有量は0.1質量%以上3質量%以下の範囲であることが好ましい。本発明者の検討によれば、Eu含有量が上述の範囲内であれば発光輝度が十分に得ることができる。
【0035】
蛍光発光の観点からは、蛍光体が、β型サイアロン結晶相を高純度で極力多く含んでいること、できればβ型サイアロン結晶相の単相から構成されていることが望ましいが、若干量の不可避的な非晶質相及び他の結晶相を含む混合物であっても、特性が低下しない範囲であれば含んでいても構わない。
【0036】
本実施形態の蛍光体を製造する場合、遊離したシリコンが非常に悪影響を及ぼすこと、β型サイアロン及びその原料となる窒化ケイ素は高温では熱力学的に不安定であり、分解してシリコンを生成しやすくなることに留意する必要がある。そこで、製造を行う際には、通常、製造雰囲気の窒素分圧を高めることにより、分解を抑制している。
【0037】
シリコンは、紫外〜可視光の幅広い波長の光を吸収し熱に変換するため、蛍光体中に微量でも存在すると蛍光発光を著しく阻害する。本発明者の検討結果によれば、粉末X線回折法で評価した際に、シリコンの(111)面の回折線強度がβ型サイアロンの(101)面の回折線強度に対して1%以下であることが好ましい。
【0038】
シリコン以外のβ型サイアロンと異なる結晶相については、それらの回折線強度がβ型サイアロンの(101)面の回折線強度に対して、いずれも10%以下であることが好ましい。
【0039】
本実施形態の蛍光体は、レーザー回折散乱法によって測定した粒子径分布で、体積基準の積算分率における50%径(D50)が6μm以上であり、かつ10%径(D10)が4μm以上であることが好ましい。数μm以下の粒子は、結晶欠陥等の影響により、蛍光体自体の発光強度が低いだけでなく、可視光の波長に近いため、このような小さい粒子の含有量が少ない蛍光体を用いてLEDを組み立てると、蛍光体を含む層内で光を強く散乱することを抑制でき、LEDの発光効率(光の取り出し効率)が向上するためである。
【0040】
また、本実施形態の蛍光体は、D50が30μm以下であることが好ましい。D50を30μm以下に調整することにより、LEDを封止する樹脂への均一混合が容易になるとともに、LEDの色度バラツキや照射面の色むらの原因を減少できるので、好ましい。
【0041】
一般的にβ型サイアロンは、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム又は酸化ケイ素からなる混合粉末を高温の窒素雰囲気中で加熱して反応させることにより得られる。昇温の過程で、構成成分の一部が液相を形成し、それを介して、物質が移動することにより、βサイアロン固溶体が生成する。その為に、合成後のβ型サイアロンは、複数の一次粒子(単結晶粒子)が焼結した複雑な形状の二次粒子を形成している。従って、蛍光体を上述の粒度範囲内とするためには、粉砕や分級処理が必要となる。
【0042】
更に、本実施形態の蛍光体では、上述の粒径に加えて、蛍光体粉末の比表面積が0.5m/g以下であることが好ましい。小さな一次粒子が多数個焼結して形成される粒子よりも、同じ粒径であれば、単結晶粒子から構成される粒子、若しくは少数の比較的大きな一次粒子から形成される粒子の方が発光効率が高いためである。加えて、蛍光体粒子表面が平滑なほど、粒子表面での光散乱が抑制され、励起光を粒内に取り込む効率が上がるだけでなく、LEDに組み立てる際、蛍光体粒子と封止樹脂の界面の密着性が高いためである。一次粒子サイズ及び粒子表面平滑性は、比表面積と大きな相関があり、この様な観点から、比表面積が上述の範囲にあることが好ましい。
【0043】
<蛍光体の製造方法>
次に、本発明の蛍光体を得る方法について例示する。
まず、第一工程は、Euを含有するβ型サイアロンを生成させる工程である。これには、従来公知の製造方法が適用できるが、その具体例としては、次に例示する方法がある。即ち、Euを含有するβサイアロンの構成元素であるSi、Al、N、O、Euを主成分として含有し、他は不可避的不純物を含む混合組成物が得られるように、いろいろな原料を混合し、得られた混合組成物を窒素雰囲気中で加熱し、Euを含有するβサイアロンを合成する方法である。
【0044】
上述の加熱の温度については、Euを含有するβ型サイアロンの所望する組成により異なるので、一概に規定できないが、一般的には1820℃以上2200℃以下の温度範囲で、安定して緑色の蛍光体が得られる。加熱温度が1820℃以上であればEuがβ型サイアロン結晶中に入り込むことができ、十分な輝度を有する蛍光体が得られる。また、加熱温度が2200℃以下であれば、非常に高い窒素圧力をかけてβ型サイアロンの分解を抑制する必要がなく、その為に特殊な装置を必要とすることもないので工業的に好ましい。
【0045】
原料としては、公知のものを用いることができ、例えば窒化ケイ素(Si)と窒化アルミニウム(AlN)と酸化ケイ素(SiO)及び/又は酸化アルミニウム(Al)と、更にはEuの金属、酸化物、炭酸塩、窒化物又は酸窒化物から選ばれるEu化合物を用いることができる。これらを用いて反応後に所定のβ型サイアロン組成になるように配合する。
【0046】
上述した出発原料を混合する場合、乾式混合する方法、原料各成分と実質的に反応しない不活性溶媒中で湿式混合した後に溶媒を除去する方法などを採用することができる。混合装置としては、V型混合機、ロッキングミキサー、ボールミル、振動ミル等が好適に使用される。
【0047】
上述の原料混合粉末を、必要に応じて乾燥後、少なくとも当該原料が接する面が窒化ホウ素からなる坩堝等の容器内に充填し、窒素雰囲気中で加熱することにより、原料粉末内の固溶反応を促進させ、β型サイアロンを得る。原料混合粉末の容器内への充填は、固溶反応中の粒子間の焼結を抑制する観点から、できるだけ嵩高くすることが好ましい。具体的には、原料混合粉末の合成容器へ、嵩密度が0.8g/cm以下となる様に充填することが好ましい。
【0048】
合成物は粒状又は塊状となる。これを解砕、粉砕及び/又は分級操作を組み合わせて所定のサイズの粉末にする。LED用の蛍光体として好適に使用するためには、上述の通り、所定のD50、D10にする必要があるが、最終的な粒度調整は、後述の結晶欠陥除去工程で行うことが好ましく、ここでは、D50が約30μm以下になる様に処理すれば良い。
【0049】
具体的な処理の例としては、合成物を目開き45μm程度の篩分級処理し、篩を通過した粉末を次工程に回す方法、或いは合成物をボールミルや振動ミル、ジェットミル等の一般的な粉砕機を使用して所定の粒度に粉砕する方法が挙げられる。後者の方法において、過度の粉砕は、光を散乱しやすい微粒子を生成するだけでなく、粒子表面に結晶欠陥を生成し、発光効率の低下を引き起こす。本発明者らの検討によれば、粉砕処理を行わず篩分級のみによる処理及びジェットミル粉砕機によるD50が約6μm以上となる程度の解砕処理により得られた粉末が最終的に高い発光効率を示した。
【0050】
上述の例示の方法により合成した、Euを含有するβ型サイアロンを含む蛍光体に対して、結晶欠陥を低減し、ESRスペクトル法による計測でg=2.00±0.02のスピン密度を減少させる第二の工程を以下に示す。
【0051】
第二の工程では、その好ましい第一の実施態様として、上述の第一の工程で合成した蛍光体粉末を窒素雰囲気中、1450℃以上1650℃以下の温度範囲で熱処理を行う。1450℃以上の温度で、物質の拡散が起こり易く、結晶欠陥低減効果が大きくなるし、1650℃以下での処理により、粒子間の焼結が進行して二次粒子が粗大化したり、結晶欠陥濃度が増加することも防止したりできるので、好ましい。熱処理時間は上述の温度範囲に少なくとも1時間以上保持することが好ましい。1時間以上とすることで、十分な結晶欠陥低減効果が得られる。
【0052】
本発明者らの検討によれば、窒素雰囲気の圧力はできるだけ大気圧近傍にすることにより、効果的に結晶欠陥濃度を低下させることができ、1気圧以上3気圧以下が好ましい。
【0053】
結晶欠陥を低減する第二の工程として、好ましい第二の実施態様として、以下の方法も有用である。
【0054】
即ち、第一工程で得たEuを含有するβ型サイアロンを含有する蛍光体を、真空中1200℃以上1550℃以下で熱処理し、更に酸処理する。
【0055】
この工程での熱処理により、ESRスペクトル法で計測されるg=2.00±0.02の不対電子量が大幅に低減される。しかし、この条件では、β型サイアロンの部分的分解によりSiが生成する。Siは紫外〜可視の幅広い波長域の光を吸収するため、蛍光体中に存在すると輝度を大幅に低下させてしまう。そこで、酸処理により、β型サイアロン分解により生成したSiを溶解除去することにより、輝度の高い蛍光体が得られる。
【0056】
真空中での加熱処理により、結晶欠陥密度が減少する理由は、次の通りと考える。即ち、β型サイアロンは高温、低圧下では熱力学的に不安定であり、Si、N、AlN及びそのポリタイプに分解するが、結晶欠陥濃度が高いほど分解しやすい。従って、熱処理の温度及び真空度を調整し、結晶欠陥濃度が高い部分のみを選択的に分解させることができ、これによって結晶欠陥密度が減少したと考えられる。
【0057】
適切な熱処理温度は、真空度により異なるが、1200℃以上1550℃以下の温度範囲が好ましい。1200℃以上でβ型サイアロンの分解が進行すると共に結晶欠陥密度が減少する。1550℃以下でβ型サイアロンの急激な分解が抑制できる。
【0058】
結晶欠陥を低減する第二の工程として、好ましい第三の実施態様として、以下の方法も有用である。
【0059】
即ち、第一工程で得たEuを含有するβ型サイアロンを含有する蛍光体を、窒素分圧が10kPa以下の窒素以外のガスを主成分とする不活性雰囲気中1300℃以上1600℃以下で熱処理し、更に酸処理する。
【0060】
この工程での効果は、上述の真空中での加熱処理と全く同じものであり、加熱処理雰囲気中の窒素分圧を下げ、結晶欠陥濃度が高く、不安定な窒化物又は酸窒化物相を分解させるものである。
【0061】
本発明者らの検討によれば、加熱後のSi量が1wt%以上30wt%以下の範囲内になるように熱処理条件を調整することが結晶欠陥密度を低減するのに肝要である。
【0062】
β型サイアロンの熱分解により生成したSiの除去は、酸やアルカリによる溶解除去など公知の技術を採用することができる。中でも、フッ化水素酸と硝酸の混合物による溶解処理は、速やかにSiを除去できるとともに、βサイアロン合成の際に副生しやすいAlNポリタイプを除去できることから好ましい。
【0063】
尚、第一工程での熱処理と第二工程での熱処理は、上述の第一工程における加熱後の冷却時に連続して行っても構わないが、所定の粒度まで調整した後に、熱処理を行った方が効果的である。これは、焼成時に形成させる結晶欠陥だけではなく、解砕や粉砕時に形成させる結晶欠陥も取り除くことができるからである。尚、第二工程における加熱処理では、粒子間の焼結は全く進行せず、熱処理前と粒度がほとんど変わらず、熱処理後に再度、粒度調整等を行う必要がない。
【0064】
<発光装置>
本実施形態のβ型サイアロンを主成分とする蛍光体は、発光光源と蛍光体とを備える発光装置に使用され、特に350nm以上500nm以下の波長を含有している紫外光や可視光を励起源として照射することにより、520nm以上550nm以下の範囲の波長にピークを持つ発光特性を有するので、紫外LED又は青色LEDと、必要に応じて、更に赤色蛍光体及び/又は青色蛍光体と組み合わせることによって、容易に白色光が得られる。
【0065】
また、β型サイアロンは高温での輝度低下が少ないので、これを用いた発光装置はその輝度低下及び色度ズレが小さく、高温にさらしても劣化せず、更に、耐熱性に優れており酸化雰囲気及び水分環境下における長期間の安定性にも優れているので、これらを反映して当該発光装置が高輝度で長寿命になるという特徴を有する。
【0066】
本実施形態の発光装置は、少なくとも一つの発光光源と本実施形態のβ型サイアロンを主成分とする蛍光体とを用いて構成される。本実施形態の発光装置としては、LED、蛍光体ランプなどが含まれ、例えば、特開平5−152609号公報、特開平7−99345号公報、特許第2927279号公報などに記載されている公知の方法により、本実施形態の蛍光体を用いてLEDを製造することが出来る。この場合において、発光光源は350nm以上500nm以下の波長の光を発する紫外LED又は青色LED、特に好ましくは440nm以上480nm以下の波長の光を発する青色LEDを用いることが好ましく、これらの発光素子としては、GaNやInGaNなどの窒化物半導体からなるものがあり、組成を調整することにより所定の波長の光を発する発光光源となりうる。
【0067】
上述の発光装置において、本実施形態の蛍光体を単独で使用する方法以外に、他の発光特性を持つ蛍光体と併用することによって、所望の色を発する発光装置を構成することもできる。特に青色LEDを励起源とした場合、本実施形態の蛍光体と575nm以上590nm以下の領域に発光ピークを有する黄色蛍光体とを組み合わせる時に、幅広い色温度の白色発光が可能となる。この様な蛍光体としては、例えばEuが固溶したα型サイアロン等が挙げられる。
【0068】
また、更に、発光波長のピークが600nm以上700nm以下である赤色の蛍光体、例えば、CaAlSiN:Eu等と組み合わせることにより、演色性や色再現性の向上が達成され、各種室内外照明等に好適な演色性に富み、液晶表示装置のバックライト光源等に好適な色再現性を有し、しかも高温特性に優れた白色光源を提供できる。
【0069】
<作用効果>
以下、本実施形態の作用効果について再度まとめて説明する。
【0070】
本実施形態の蛍光体は、一般式:Si6−zAl8−zで示され、Euを含有するβ型サイアロンを主成分とする蛍光体であって、電子スピン共鳴スペクトルによる計測における25℃でのg=2.00±0.02の吸収に対応するスピン密度が2.0×1017個/g以下であることを特徴とする蛍光体である。
【0071】
このような構成の蛍光体は、紫外線から可視光の幅広い波長域で励起され、高効率で520nm以上550nm以下の範囲内を主波長として緑色発光するため、緑色の蛍光体として優れている。そのため、単独もしくは他の蛍光体と組み合わせて種々の発光素子、特に紫外LEDや青色LEDを光源とする白色LEDに好適に使用できる。
【0072】
また、上述の蛍光体は、好ましくは、主成分のβ型サイアロンの格子定数aが0.7608nm以上0.7620nm以下、格子定数cが0.2908nm以上0.2920nm以下の範囲にあり、Eu含有量が0.1質量%以上3質量%以下である。
【0073】
このようにβ型サイアロンの結晶格子サイズが大きいほど、Euが含有されやすく、特に格子定数a、cが上述の範囲内の場合には、十分な輝度を得るために必要な量のEuを含有させることが容易になるため好ましい。また、Eu含有量が上述の範囲内であれば発光輝度が十分に得ることができる。
【0074】
また、上述の蛍光体は、粉末X線回折法で評価した際に、シリコンの(111)面の回折線強度がβ型サイアロンの(101)面の回折線強度に対して1%以下であること、また、シリコン及びβ型サイアロン以外の回折線強度が、β型サイアロンの(101)面の回折線強度に対して、いずれも10%以下であることが好ましい。
【0075】
シリコンは、紫外〜可視光の幅広い波長の光を吸収し熱に変換するため、蛍光体中に微量でも存在すると蛍光発光を著しく阻害する。逆に言えば、シリコンの(111)面の回折線強度が上述の範囲内であれば、蛍光発光の輝度が向上する。また、シリコン及びβ型サイアロン以外の回折線強度が上述の範囲内であれば、シリコン以外の不純物が少ないと言うことなので、同様に蛍光発光の輝度が向上する。
【0076】
また、上述の蛍光体は、レーザー回折散乱法によって測定した粒子径分布で、積算分率における50%径(D50)が6μm以上30μm以下であり、かつ10%径(D10)が4μm以上であり、かつ比表面積が0.5m/g以下であることが好ましい。
【0077】
このような小さい粒子の含有量が少ない蛍光体を用いてLEDを組み立てると、蛍光体を含む層内で光を強く散乱することを抑制でき、LEDの発光効率(光の取り出し効率)が向上するためである。また、D50を30μm以下に調整することにより、LEDを封止する樹脂への均一混合が容易になるとともに、LEDの色度バラツキや照射面の色むらの原因を減少できるからである。
【0078】
また、本実施形態の発光装置は、上述の蛍光体と発光光源とを備える。
【0079】
このような構成の発光装置は、上述のようなβ型サイアロンを主成分とする蛍光体を用いているので、β型サイアロンの有する熱的にも化学的にも安定である特徴を反映して、高温で使用しても輝度低下が小さく、また長寿命という特徴を有している。
【0080】
また、上述の発光装置は、好ましくは、上述の蛍光体に加えて発光波長のピークが600nm以上700nm以下である別の蛍光体を含んでもよく、上述の発光光源として紫外線又は可視光を放射し得る発光光源を用いてもよい。
【0081】
このように、β型サイアロンを主成分とする蛍光体の場合には、波長440nm以上480nm以下の可視光を発することのできる青色LEDや、波長350nm以上410nm以下の紫外光を発することのできる紫外LEDを発光光源に用いたり、このような発光光源の光とβ型サイアロンを主成分とする蛍光体及び必要に応じて赤色や青色の蛍光体とを組み合わせたりすることにより白色光を容易に提供できる。そのため、このような発光装置は、例えば、液晶装置等の表示装置のバックライトや各種室内外の照明装置等、多様な用途に適用可能である。
【0082】
また、本実施形態の蛍光体の製造方法は、Euを含有するβ型サイアロンを生成させる第一の工程と、窒素雰囲気中1450℃以上1650℃以下の温度範囲で1時間以上熱処理することにより結晶欠陥密度を低減する第二の工程とを含んでもよい。
【0083】
また、本実施形態の蛍光体の製造方法は、Euを含有するβ型サイアロンを生成させる第一の工程と、真空中1200℃以上1550℃以下の温度範囲で熱処理し更に酸処理することにより結晶欠陥密度を低減する第二の工程とを含んでもよい。
【0084】
また、本実施形態の蛍光体の製造方法は、Euを含有するβ型サイアロンを生成させる第一の工程と、窒素分圧が10kPa以下の窒素以外のガスを主成分とする不活性雰囲気中1300℃以上1600℃以下の温度範囲で熱処理し、更に酸処理することにより結晶欠陥密度を低減する第二の工程とを含んでもよい。
【0085】
上述のいずれの蛍光体の製造方法によっても、従来公知の生成方法によって得られるEu付活β型サイアロンについて、簡単な熱処理または酸処理を施すのみで、上述のような発光特性に優れる蛍光体を再現性良く製造できる。
【0086】
以上、本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上述以外の様々な構成を採用することもできる。
【実施例】
【0087】
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて説明する。
【0088】
(比較例1)
Eu含有βサイアロンの合成
宇部興産社製α型窒化ケイ素粉末(「SN−E10」グレード、酸素含有量1.2質量%、β相含有量4.5質量%)95.5質量%、トクヤマ社製窒化アルミニウム粉末(「F」グレード、酸素含有量0.9質量%)3.3質量%、大明化学社製酸化アルミニウム粉末(「TM−DAR」グレード)0.4質量%、信越化学工業社製酸化ユーロピウム粉末(「RU」グレード)0.8質量%を配合し、原料混合物1kgを得た。
【0089】
上述の原料混合物をロッキングミキサー(愛知電機社製「RM−10」)を用いて60分間乾式で混合し、更に目開き150μmのステンレス製篩を全通させ、蛍光体合成用の原料粉末を得た。尚、原料粉末を100mlのメスシリンダーに充填し、粉末の質量をかさ体積で割ることによってかさ密度を測定したところ、0.4g/cmであった。
【0090】
原料粉末を内寸で直径10cm×高さ10cmの蓋付きの円筒型窒化ホウ素製容器(電気化学工業社製、「N−1」グレード)に160g充填し、カーボンヒーターの電気炉で0.9MPaの加圧窒素雰囲気中、1950℃で12時間の加熱処理を行った。得られた生成物は、緩く凝集した塊状であり、清浄なゴム手袋を着用した人手で軽くほぐすことができた。こうして、軽度の解砕を行った後、目開き45μmの篩を通した。これらの操作によって、150gの合成粉末を得た。
【0091】
上述で得られた合成粉末50mgをESR試料管に入れ、室温でESR測定を行った。測定には、日本電子社製「JES−FE2XG型ESR測定装置」を使用した。また、測定条件は、以下の通りであった。
磁場掃引範囲:3200〜3400gauss(320〜340mT)、
磁場変調:100kHz、5gauss、
照射マイクロ波:10mW、9.25GHz、
掃引時間:240秒、
データポイント数:2048ポイント、
標準試料:MgOにMn2+を熱拡散させたものを試料と同時に測定した。
【0092】
ESRスペクトルは、電磁波の吸収スペクトルの凹凸を鋭敏に観測するため、通常、一次微分曲線として観測される。その吸収強度がスピン数に比例するので、ESR吸収スペクトルを2回積分して微分曲線を積分曲線に直し、標準試料との面積比から定量した。
【0093】
標準試料のスピン数は、スピン数が既知である1,1−ジフェニル−2−ピクリルヒドラジル((CNNC(NO、以下「DPPH」と略記する。)の1.0×10−5mol/Lベンゼン溶液0.5mL(3.0×1015spins)についてESR測定を行い、標準試料とDPPH溶液のピーク面積比から求めた。
【0094】
比較例1のg=2.00±0.02の吸収に対するスピン密度は、3.0×1017個/gであった。
【0095】
比較例1の合成粉末に対して、CuのKα線を用いた粉末X線回折測定(XRD)を行い、結晶相の同定及びβ型サイアロンの格子定数測定を行った結果、結晶相としてβ型サイアロンと第二相として、2θ=33〜38°付近に複数の微小な回折線が観察された。その中で最も高い回折線強度はβ型サイアロンの(101)面の回折線強度に対して、1%以下であった。格子定数は、a=0.7612nm、c=0.2912nmであった。ICP発光分光分析法により求めたEu含有量は、0.60質量%で、レーザー散乱法による粒度分布測定から得られた平均粒径は19μmであった。
【0096】
次に、分光蛍光光度計(日立ハイテクノロジーズ社製、「F4500」)を用いて、励起・蛍光スペクトルの測定を行った。図1に、比較例1で得られた蛍光体粉末の励起・蛍光スペクトル測定結果を示す。比較例1の蛍光体は、紫外〜青色の幅広い波長で励起され、ピーク波長が540nmで、半値幅が54nmの比較的シャープな蛍光スペクトルを示した。450nm励起の場合の蛍光スペクトルから求めたCIE色度は、x=0.337、y=0.635の緑色であった。次に、比較例1の蛍光体に対して積分球を用いて全光束発光スペクトル測定を行った(参考文献:照明学会誌、第83巻 第2号 平成11年 p87−93、NBS標準蛍光体の量子効率の測定、大久保和明他著)。励起光には、分光したキセノンランプ光源を使用した。波長405nmの近紫外光で励起した場合の、光吸収率、内部量子効率、発光効率はそれぞれ84%、42%、34%であり、波長450nmの青色光で励起した場合は、それぞれ82%、39%、28%であった。
【0097】
(実施例1)
直径60mm×高さ40mmの蓋付きの円筒型窒化ホウ素製容器(電気化学工業社製「N−1」グレード)に比較例1で合成した粉末20g充填し、カーボンヒーターの電気炉で大気圧窒素雰囲気中、1600℃で8時間の加熱処理を行った。得られた粉末は、焼結に伴う収縮はなく、加熱前とほとんど同じ性状である、目開き45μmの篩を全て通過した。
【0098】
(比較例2)
条件が9気圧のNガス圧雰囲気中、1950℃で8時間とする以外は実施例1と全く同じ加熱処理を行った。得られた粉末は、粒子間の焼結に伴う収縮が若干見られ、目開き45μmの篩の通過率も約60%であった。
【0099】
(比較例3)
条件が1Paの真空中、1400℃で8時間とする以外は実施例1と全く同じ加熱処理を行った。得られた粉末の色は処理前の緑色から茶色みがかった緑色へと変化した。得られた粉末は、焼結等に伴う収縮はなく、目開き45μmの篩を全て通過した。XRD測定の結果、微量のSiが検出された。
【0100】
(実施例2)
比較例3で得られた粉末を50%フッ化水素酸と70%硝酸の1:1混酸中で処理した。処理中に懸濁液は茶色っぽい緑色から鮮やかな緑色に変化した。その後、水洗及び乾燥して蛍光体粉末を得た。図1に、実施例2で得られた蛍光体粉末の励起・蛍光スペクトル測定結果を示す。
【0101】
(実施例3)
条件が大気圧アルゴン雰囲気中、1450℃で8時間とする以外は実施例1と全く同じ加熱処理を行った。得られた粉末の色は処理前の緑色から深緑色へ変化した。得られた粉末は、焼結等に伴う収縮はなく、目開き45μmの篩を全て通過した。
【0102】
こうして得られた粉末を50%フッ化水素酸と70%硝酸の1:1混酸中で処理した。処理中に懸濁液は深緑色から鮮やかな緑色に変化した。その後、酸処理した粉末を水洗及び乾燥して蛍光体粉末を得た。
【0103】
(比較例4)
酸化ユーロピウム粉末を含まない原料配合とした以外は、比較例1と全く同じ条件でβ型サイアロンを主成分とする粉末を合成した。
【0104】
(比較例5)
比較例2で得られた粉末を実施例1と全く同じ条件で加熱処理を行い、粉末を得た。
【0105】
これまでに得られた実施例1〜3及び比較例1〜5の粉末のESRスペクトル計測における室温でのg=2.00±0.02の吸収に対するスピン密度、XRD測定結果、ICP発光分光分析法により求めたEu含有量、粒度分布計により測定した平均粒径を表1に、分光蛍光光度計により測定した蛍光特性を表2に、量子効率測定結果を表3に示す。
【0106】
【表1】

【0107】
【表2】

【0108】
【表3】

【0109】
従来の方法で合成した蛍光体(比較例1)に対して、合成温度よりも350℃低い温度でさらに加熱処理を行う(実施例1)と、結晶相、結晶格子サイズ、Eu含有量及び粒子サイズと形態が変わることなく、スピン密度が減少した。そして、格子欠陥に由来するスピン密度の減少に伴い、内部量子効率が向上し、発光効率が向上した。
【0110】
比較例1の蛍光体を合成時と同じ1950℃で加熱処理を行う(比較例2)と、結晶相、結晶格子サイズ、Eu含有量には明確な変化はないが、粒成長と粒子間の焼結(二次粒子の粗大化)が進行した。この加熱処理では、スピン密度はほとんど変化がなく、発光効率の向上も見られなかった。
【0111】
比較例1の蛍光体を真空中、1400℃で加熱処理を行う(比較例3)と、β型サイアロンの部分的分解により、微量のSiが生成する。このSiは幅広い波長の可視光を吸収する(発光を伴わない)ため、発光効率は著しく低い。しかし、この加熱処理により、スピン密度は減少しており、さらに酸処理によりSiを溶解除去する(実施例2)と、比較例1の蛍光体に比べ、著しく内部量子効率が増加し、発光効率が向上した。その際に、図1に示す様に発光色や発光スペクトル形状に変化は見られなかった。
【0112】
比較例1の蛍光体を大気圧アルゴン雰囲気中、1450℃で加熱処理を行った場合、比較例3と同様に微量のSiが生成したが、このSiをさらに酸処理により溶解除去した結果(実施例3)、実施例2と同様に、著しく内部量子効率が増加し、発光効率が向上した。真空中とアルゴン雰囲気中の加熱処理は同様の挙動を示している。つまり、両者共通の点として、窒素分圧が低い条件下での加熱処理が特性向上に有効である。
【0113】
比較例4のEuを含まない合成粉末は、同一条件で合成した比較例1よりもスピン密度が低く、Euのβ型サイアロンへの固溶自体が新たな結晶欠陥を形成していることを示している。しかし、この場合、スピン密度自体は低いが、発光中心となるEu2+が存在しないために蛍光発光しない。また、このようにEuが存在しない場合でも、さらに真空加熱処理を行うとスピン密度が減少しており(比較例5)、Euの固溶とは無関係の結晶欠陥の低減にもこの様な処理は有効である。
【0114】
図1の励起・蛍光スペクトルより、β型サイアロンを主成分とする蛍光体によれば、350〜500nmの波長の光を発する紫外LED又は青色LEDを励起光として、強度の強い緑色発光させることができる。このため、上述の実施例の蛍光体の励起光源として、青色又は紫外光発光ダイオードを用い、上述の実施例の蛍光体に加えて他色発光する別の蛍光体を組み合わせて用いることで、発光特性の良好な白色LEDを実現できる。
【0115】
(実施例4)
実施例2で得た蛍光体とCa0.66Eu0.04Si9.9Al2.10.715.3の組成を持つCa−α型サイアロン:Eu蛍光体(発光ピーク波長:585nm、450nm励起での発光効率:60%)をそれぞれシランカップリング剤(信越シリコーン社製「KBE402」)で処理した。このシランカップリング処理された二種類の蛍光体を種々の比率で適量、エポキシ樹脂(サンユレック社製「NLD−SL−2101」)に混練し、発光波長450nmの青色LED素子の上にポッティングし、真空脱気、加熱硬化し、実施例4の表面実装型LED(発光装置)を作製した。
【0116】
(比較例6)
また、実施例4の発光装置における実施例2の蛍光体の代わりに、比較例1の蛍光体を用いて比較例6の白色光の発光装置を作製した。
【0117】
実施例4及び比較例6の発光装置を同一通電条件で発光させ、輝度計により同一条件下での中心照度及び色度(CIE1931)を測定した。色度座標(x、y)が(0.31、0.32)の白色発光装置で中心照度を比較すると、実施例4の発光装置は、比較例6の発光装置に対して1.5倍の明るさであった。
【0118】
(実施例5)
実施例2で得た蛍光体とCa0.992Eu0.008AlSiNの組成を持つ赤色蛍光体(発光ピーク波長:650nm、450nm励起での発光効率:70%)を使用し、実施例4と同様の方法により、色度座標(x、y)が(0.31、0.32)の実施例5の白色発光装置を作製した。実施例5の発光装置は、実施例4や比較例6の発光装置に比較して、演色性が優れていた。
【0119】
(実施例6〜8)
宇部興産社製α型窒化ケイ素粉末(「SN−E10」グレード、酸素含有量1.2質量%、β相含有量4.5質量%)95.4質量%、トクヤマ社製窒化アルミニウム粉末(「E」グレード、酸素含有量0.8質量%)3.0質量%、大明化学社製酸化アルミニウム粉末(「TM−DAR」グレード)0.7質量%、信越化学工業社製酸化ユーロピウム粉末(「RU」グレード)0.8質量%を配合し、原料混合物1kgを得た。
【0120】
前記原料混合物をV型混合機を用いて30分間乾式で混合し、更に目開き150μmの篩を全通させ、内寸で直径16cm×高さ16cmの蓋付きの円筒型窒化ホウ素製容器(電気化学工業社製、「N−1」グレード)に900g充填し、カーボンヒーターの電気炉で0.9MPaの加圧窒素雰囲気中、2000℃で15時間の加熱処理を行った。得られた生成物は、緩く凝集した塊状であり、清浄なゴム手袋を着用した人手で軽くほぐすことができた。こうして、軽度の解砕を行った粉末は、目開き150μmの篩を全通させることができた。これらの操作によって、約880gの合成粉末を得た。
【0121】
そして、上述の合成粉末を超音速ジェット粉砕機(日本ニューマチック工業社製、PJM−80SP)により解砕して、実施例6〜8の粉砕粉末を得た。この粉砕機は、粉砕室への試料供給速度と粉砕エアー圧力により粉砕粉末の粒径を制御することができる。粉砕条件及び粉砕粉末の粒度分布を表4に示す。
【0122】
【表4】

【0123】
前記粉砕粉末を実施例3と同様の大気圧アルゴン雰囲気中での加熱処理及びフッ化水素酸と硝酸の混酸による処理を行った。ESRスペクトル計測における室温でのg=2.00±0.02の吸収に対するスピン密度は、いずれも1×10−17個/g以下であり、XRD測定結果、いずれも結晶相はβ型サイアロン単相であり、格子定数aは7.610nmで、格子定数cは2.913nmであった。粒度分布計により測定した粒度分布及びガス吸着法により測定し、BET多点解析により求めたを表5に、波長450nmの青色光で励起した時の蛍光特性を表6に示す。
【0124】
【表5】

【0125】
【表6】

【0126】
実施例6の非常に弱い粉砕条件では、主として二次粒子が一次粒子にほぐれる程度であり、一次粒子の破壊はあまり進行しない。そのため、平均粒径は、未粉砕の蛍光体(例えば、実施例3)に比べ、小さいにも関わらず、同程度の発光特性を有する。粉砕条件を更に強化すると、蛍光体の粒子サイズが小さくなり、発光効率、特に光吸収率が低下した。
【0127】
(実施例9、10)
実施例6及び実施例8の蛍光体に対して、湿式沈降法による微粉除去処理を行った(それぞれ実施例9及び実施例10)。蛍光体粉末10gを分散剤として、ヘキサメタ燐酸ナトリウムを添加した蒸留水500ml中に十分に分散した後、内寸80mm、高さ140mmの容器に移し、実施例9では12分間、実施例10では80分間静置し、水面から90mmの上澄み液を除去した。再び、ヘキサメタりん酸水溶液を追加し、分散し、所定時間静置した後、上澄み液を除去するという操作を上澄み液が透明になるまで繰り返した。その後、沈殿物をろ過し、分散剤を除去するために十分に水洗し、乾燥を行い微粉除去した蛍光体粉末を得た。ICP発光分光分析法により求めたEu含有量、粒度分布計により測定した粒度分布及びガス吸着法により測定し、BET多点解析により求めた比表面積を表7に、波長450nmの青色光で励起した時の蛍光特性を表8に示す。
【0128】
【表7】

【0129】
【表8】

【0130】
表7および表8に示すように、蛍光体粉末中から微粉を除去することにより、発光特性が向上した。
【0131】
以上、本発明を実施例に基づいて説明した。この実施例はあくまで例示であり、種々の変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【産業上の利用可能性】
【0132】
本発明のβ型サイアロンを主成分とする蛍光体は、紫外から青色光の幅広い波長で励起され、高輝度の緑色発光を示すことから、青色又は紫外光を光源とする白色LEDの蛍光体として好適に使用できるものであり、照明器具、画像表示装置などに好適に使用できる。
【0133】
さらに、本発明の蛍光体は、高温での輝度低下が少なく、また耐熱性や耐湿性に優れることから、上述の照明器具や画像表示装置分野に適用すれば、使用環境温度の変化に対する輝度及び発光色の変化が小さく、長期間の安定性にも優れる特性を発揮できる。
【0134】
さらに、本発明の蛍光体の製造方法は、前記特徴を有する蛍光体を安定して提供できるので、産業上非常に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式:Si6−zAl8−zで示され、Euを含有するβ型サイアロンを主成分とする蛍光体であって、電子スピン共鳴スペクトルによる計測における25℃でのg=2.00±0.02の吸収に対応するスピン密度が2.0×1017個/g以下である、蛍光体。
【請求項2】
前記β型サイアロンの格子定数aが0.7608nm以上0.7620nm以下、格子定数cが0.2908nm以上0.2920nm以下の範囲にあり、Eu含有量が0.1質量%以上3質量%以下である、請求項1に記載の蛍光体。
【請求項3】
粉末X線回折法で評価した際に、シリコンの(111)面の回折線強度が前記β型サイアロンの(101)面の回折線強度に対して1%以下である、請求項1に記載の蛍光体。
【請求項4】
粉末X線回折法で評価した際に、前記β型サイアロン及びシリコン以外の回折線強度が、前記β型サイアロンの(101)面の回折線強度に対して、いずれも10%以下である、請求項1に記載の蛍光体。
【請求項5】
レーザー回折散乱法によって測定した粒子径分布で、積算分率における50%径(D50)が6μm以上30μm以下であり、かつ10%径(D10)が4μm以上であり、かつ比表面積が0.5m/g以下である、請求項1に記載の蛍光体。
【請求項6】
請求項1に記載の蛍光体と、発光光源とを備える、発光装置。
【請求項7】
前記蛍光体に加えて、更に、発光波長のピークが600nm以上700nm以下である別の蛍光体を含む、請求項6に記載の発光装置。
【請求項8】
前記発光光源として紫外線又は可視光を放射し得る発光光源を用いる、請求項6に記載の発光装置。
【請求項9】
Euを含有するβ型サイアロンを生成させる第一の工程と、窒素雰囲気中1450℃以上1650℃以下の温度範囲で1時間以上熱処理することにより結晶欠陥密度を低減する第二の工程とを含む、蛍光体の製造方法。
【請求項10】
Euを含有するβ型サイアロンを生成させる第一の工程と、真空中1200℃以上1550℃以下の温度範囲で熱処理し、更に酸処理することにより結晶欠陥密度を低減する第二の工程とを含む、蛍光体の製造方法。
【請求項11】
Euを含有するβ型サイアロンを生成させる第一の工程と、窒素分圧が10kPa以下の窒素以外のガスを主成分とする不活性雰囲気中1300℃以上1600℃以下の温度範囲で熱処理し、更に酸処理することにより結晶欠陥密度を低減する第二の工程とを含む、蛍光体の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−52127(P2012−52127A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−235680(P2011−235680)
【出願日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【分割の表示】特願2008−545403(P2008−545403)の分割
【原出願日】平成19年11月20日(2007.11.20)
【出願人】(000003296)電気化学工業株式会社 (1,539)
【Fターム(参考)】