説明

蛍光分析装置および蛍光分析方法

【課題】従来とは異なる方式によりFCCSにおけるクロストークを低減する蛍光分析装置および蛍光分析方法を提供する。
【解決手段】蛍光分析装置は、お互いに異なる変調周波数で強度変調したレーザ光を合成して試料に一定時間照射し、レーザ光の照射を受けた第1の蛍光物質が発する第1の蛍光の蛍光信号を出力し、レーザ光の照射を受けた第2の蛍光物質が発する第2の蛍光の蛍光信号を出力する。当該装置は、第1の蛍光の蛍光信号を変調信号とミキシングすることにより第1の蛍光の強度の時系列データを算出し、第2の蛍光の蛍光信号を変調信号とミキシングすることにより第2の蛍光の強度の時系列データを算出する。更に、当該装置は、第1の蛍光の蛍光強度の時系列データと第2の蛍光の蛍光強度の時系列データとの間で相互相関関数を算出することにより、第1の測定対象物と第2の測定対象物の結合の程度を判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、第1の測定対象物および第2の測定対象物を含む試料にレーザ光を照射することにより、前記第1の測定対象物および前記第2の測定対象物の発する蛍光を分析する蛍光分析装置および蛍光分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、医療、創薬、食品産業におけるポストゲノム関連技術として、タンパク質の機能解析が重要となっている。特に、細胞の作用を解析するために、生細胞における生体物質であるタンパク質と、他のタンパク質や低分子化合物との間の相互作用(結合、分離)の研究が必要である。
このようなタンパク質の他のタンパク質や低分子化合物との間の相互作用について、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)現象を利用して解析することが最近行われている。すなわち、数ナノメータの領域での分子間相互作用を蛍光を用いて検出する。このようなFRET現象を利用した検出は、主に顕微鏡システムを用いて行われる。
【0003】
例えば、C末端標識タンパク質を用いて、タンパク質−分子間相互作用を簡便、迅速かつ高感度に測定する方法が知られている(特許文献1)。具体的には、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を起こす組み合わせの一方の蛍光物質でC末端が標識されたタンパク質と、FRETを起こす組み合わせの他方の蛍光物質で標識された分子とを溶液中で接触させて、C末端標識タンパク質と標識された分子との相互作用に基づく、二つの蛍光物質のFRETによる蛍光値を測定する。
【0004】
また、ストークスシフトの小さい蛍光分子を利用して、ホモFRET(蛍光共鳴エネルギー転移)に基づいた蛍光指示薬を提供するために、分析物質が結合又は作用して指示薬の立体構造を変化させる標的配列のN末端側とC末端側に実質的に同一の蛍光特性を有する蛍光分子成分を結合させた蛍光指示薬が知られている(特許文献2)。
【0005】
また、蛍光相互相関分光法(FCCS:Fluorescence Cross-Correlation Spectroscopy)において、異なる蛍光分子で別々にラベル化された2つの測定対象分子に関するFCCSのクロストーク成分を低減する方法が知られている(非特許文献1)。当該方法は、具体的には、異なる蛍光分子でラベル化された2つの測定対象分子に対して2つのレーザ光で照射するとき、2つのレーザ光の照射を交互に切り替えることにより行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−53416号公報
【特許文献2】特開2004−187544号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】“Cross-talk-free Fluorescence Cross-Correlation Spectroscopy by the Switching Method”,Yasuo Takahashi et al., CELL STRUCTURE AND FUNCTION 33, p.143-150,2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、上記特許文献1,2では、いずれもFRETにおけるドナー蛍光分子からアクセプタ蛍光分子へのエネルギー移動を検出するために、蛍光強度を計測し、エネルギーを奪われたドナー蛍光分子の蛍光強度の減少と、エネルギーの移動を受けたアクセプタ蛍光分子の蛍光強度の増加を計測し、分子間の相互作用の有無を判定することを前提としている。このため、上記特許文献1,2では、分子間の相互作用は定性的な評価しかできない。
一方、ドナー蛍光分子がレーザ光の照射を受けて吸収したエネルギーに対する、ドナー蛍光分子からアクセプタ蛍光分子へ移動したエネルギーの割合を表すFRET効率を分子間相互作用の強さの評価に用いる場合、FRET効率はドナー蛍光分子およびアクセプタ蛍光分子の濃度に応じて変動するため、分子間相互作用の強さの定量的評価に用いることはできない。
【0009】
一方、分子相互間相互作用を検出する方法として用いるFCCS法では、上記非特許文献1の方法を用いて、FCCSのクロストーク成分を低減することができる。これにより、蛍光の相互相関関数を用いて、分子間相互作用の強さの評価を行うことができるが、定量的評価に用いることはできない。
【0010】
そこで、本発明は、従来とは異なる方式によりFCCSにおけるクロストークを低減する蛍光分析装置および蛍光分析方法を提供し、これに加えて、測定対象物間の分子間相互作用を定量的に評価することができる蛍光分析装置および蛍光分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一態様は、第1の測定対象物および第2の測定対象物を含む試料にレーザ光を照射することにより、前記第1の測定対象物および前記第2の測定対象物から発する蛍光を分析する蛍光分析装置である。当該装置は、
前記第1の測定対象物中の第1の蛍光物質を励起する波長を有し、第1の変調周波数で強度変調された第1のレーザ光と、前記第2の測定対象物中の第2の蛍光物質を励起する波長を有し、第2の変調周波数で強度変調された第2のレーザ光とを合成したレーザ光を前記試料に照射するために一定時間出射するレーザ光出射部と、
合成した前記レーザ光の照射を受けた前記第1の蛍光物質の発する第1の蛍光を第1の受光素子で受光して第1の蛍光信号を出力し、さらに、合成した前記レーザ光の照射を受けた前記第2の蛍光物質の発する第2の蛍光を第2の受光素子で受光して第2の蛍光信号を出力する受光部と、
前記第1の蛍光信号を前記第1の変調周波数の変調信号とミキシングすることにより前記第1の蛍光の強度を表す第1の蛍光強度の成分を含む第1の処理信号を生成し、前記第2の蛍光信号を前記第1の変調周波数の変調信号とミキシングすることにより前記第2の蛍光の強度を表す第2の蛍光強度を含む第2の処理信号を生成し、前記第1の処理信号と前記第2の処理信号から前記第1の蛍光強度と前記第2の蛍光強度の前記一定時間の時系列データを算出するデータ処理部と、
前記第1の蛍光強度の時系列データと前記第2の蛍光強度の時系列データとの間で相互相関関数を算出することにより、前記第1の測定対象物と前記第2の測定対象物の結合の程度を判定する分析部と、を有する。
【0012】
その際、前記分析部は、前記相互相関関数の値が高いほど前記結合の程度は高いと判定する、ことが好ましい。
【0013】
また、前記第1の測定対象物と前記第2の測定対象物とが結合したとき、前記第1の蛍光物質から前記第2の蛍光物質へのエネルギー移動が生じ、移動したエネルギーにより前記第2の蛍光物質が蛍光を発するように、前記第1の蛍光物質と前記第2の蛍光物質は選択される。この場合、前記第1の処理信号は、前記第1の蛍光の前記変調信号に対する位相遅れの情報を含み、前記分析部は、前記第1の処理信号から算出される前記位相遅れの情報を用いて前記第1の蛍光の蛍光緩和時間を求め、前記第1の蛍光強度の時系列データの自己相関関数を算出することにより、前記第1の蛍光物質の前記試料中の濃度を算出し、さらに、前記第2の蛍光強度の時系列データの自己相関関数を算出することにより、前記第2の蛍光物質の前記試料中の濃度を算出し、前記第1の蛍光の前記蛍光緩和時間と、前記第1の蛍光物質の前記試料中の濃度と、前記第2の蛍光物質の前記試料中の濃度とを用いて、前記第1の蛍光物質と前記第2の蛍光物質との間の結合における解離定数を算出する、ことが好ましい。
【0014】
この場合、前記分析部は、前記第1の蛍光物質に対する前記第2の蛍光物質の濃度を変化させることにより得られる前記第1の蛍光物質の発する蛍光緩和時間の最小値と最大値を予め記録保持し、前記解離定数を算出するとき前記最小値と前記最大値を用いる、ことが好ましい。
【0015】
さらに、当該装置は、前記試料と前記受光部との間の光路上には、前記第1の蛍光および前記第2の蛍光を前記第1の受光素子および前記第2の受光素子の前面で集束させるレンズ系と、前記第1の蛍光及び前記第2の蛍光の集束位置に設けたピンホールと、を有する、ことが好ましい。
【0016】
また、前記データ処理部は、前記第2の蛍光信号を前記第1の変調周波数の変調信号とミキシングして得られるミキシング信号から、前記第2変調周波数と前記第1の変調周波数との差分の周波数成分を抽出することにより、前記第2の処理信号を生成する、ことが好ましい。
【0017】
さらに本発明の別の一態様は、第1の測定対象物および第2の測定対象物を含む試料にレーザ光を照射することにより、前記第1の測定対象物および前記第2の測定対象物から発する蛍光を分析する蛍光分析方法である。当該方法は、
前記第1の測定対象物中の第1の蛍光物質を励起する波長を有し、第1の変調周波数で強度変調された第1のレーザ光と、前記第2の測定対象物中の第2の蛍光物質を励起する波長を有し、第2の変調周波数で強度変調された第2のレーザ光とを合成したレーザ光を前記試料に一定時間照射し、
合成した前記レーザ光の照射を受けた前記第1の蛍光物質の発する第1の蛍光を第1の受光素子で受光して第1の蛍光信号を出力し、さらに、合成した前記レーザ光の照射を受けた前記第2の蛍光物質の発する第2の蛍光を第2の受光素子で受光して第2の蛍光信号を出力し、
前記第1の蛍光信号を前記第1の変調周波数の変調信号とミキシングすることにより前記第1の蛍光の強度を表す第1の蛍光強度の成分を含む第1の処理信号を生成し、前記第2の蛍光信号を前記変調信号とミキシングすることにより前記第2の蛍光の強度を表す第2の蛍光強度の成分を含む第2の処理信号を生成し、
前記第1の処理信号と前記第2の処理信号から前記第1の蛍光強度と前記第2の蛍光強度の前記一定時間の時系列データを算出し、
前記第1の蛍光強度の時系列データと前記第2の蛍光強度の時系列データとの間で相互相関関数を算出することにより、前記第1の測定対象物と前記第2の測定対象物の結合の程度を判定する、ステップを有する。
【0018】
その際、前記結合の程度の判定では、前記相互相関関数の値が高いほど前記結合の程度は高いと判定する、ことが好ましい。
【0019】
また、前記第1の測定対象物と前記第2の測定対象物とが結合したとき、前記第1の蛍光物質から、前記第2の蛍光物質へのエネルギー移動が生じ、移動したエネルギーにより前記第2の蛍光物質が蛍光を発するように、前記第1の蛍光物質と前記第2の蛍光物質は選択される。この場合、前記第1の処理信号は、前記第1の蛍光の前記変調信号に対する位相遅れの情報を含む。前記第1の処理信号および前記第2の処理信号を生成するとき、前記第1の処理信号を用いて前記第1の蛍光の蛍光緩和時間を求める。また、前記第1の蛍光強度の時系列データの自己相関関数を算出することにより、前記第1の蛍光物質の前記試料中の濃度を算出し、さらに、前記第2の蛍光強度の時系列データの自己相関関数を算出することにより、前記第2の蛍光物質の前記試料中の濃度を算出する。前記第1の蛍光の前記蛍光緩和時間と、前記第1の蛍光物質の前記試料中の濃度と、前記第2の蛍光物質の前記試料中の濃度とを用いて、前記第1の蛍光物質と前記第2の蛍光物質との間の結合における解離定数を算出する、ことが好ましい。
【0020】
前記第1の蛍光物質に対する前記第2の蛍光物質の濃度を変化させることにより得られる前記第1の蛍光物質の発する蛍光緩和時間の最小値と最大値を予め記録保持し、前記解離定数を算出するとき前記最小値と前記最大値を用いる、ことが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
本実施形態の蛍光分析装置および蛍光分析方法によれば、従来とは異なる方式によりFCCSにおけるクロストークを低減することができ、これに加えて、測定対象物間の分子間相互作用を定量的に評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本実施形態の蛍光分析装置の概略構成図である。
【図2】本実施形態の蛍光分析装置のレーザ光出射部の構成図である。
【図3】本実施形態の蛍光分析装置のデータ処理部を説明する図である。
【図4】本実施形態の蛍光分析装置のデータ処理部の構成図である。
【図5】本実施形態の蛍光分析装置の分析部の構成図である。
【図6】(a),(b)は、試料中の測定対象分子の挙動と蛍光強度と相互相関関数を説明する図である。
【図7】(a)〜(c)は、試料中の測定対象分子の挙動と自己相関関数を説明する図である。
【図8】本実施形態の蛍光分析方法のフローの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の蛍光分析装置および蛍光分析方法を、本実施形態に基づいて詳細に説明する。
【0024】
(蛍光分析装置の概要)
図1は、本実施形態の蛍光分析装置(以降、装置という)10の概略構成図である。
装置10は、第1の測定対象分子および第2の測定対象分子を含む試料12にレーザ光を照射することにより、第1の測定対象分子および第2の測定対象分子を標識化した蛍光分子が発する蛍光を分析する。蛍光の分析では、第1の測定対象分子と第2の測定対象分子が結合する程度を判定するとともに、第1の測定対象分子および第2の測定対象分子を標識化した蛍光分子間の結合における解離定数KdをFRETが生じた蛍光の測定結果から算出する。解離定数Kdは、第1の測定対象分子と第2の測定対象分子に標識として用いる蛍光分子の濃度に依存しない値であり、標識に用いた蛍光分子間の結合の程度を定量的に表しているので、分子間相互作用の強さとして好適に用いることができる。
なお、第1の測定対象分子と第2の測定対象分子の標識として用いる蛍光分子は、第1の測定対象分子と第2の測定対象分子が分子結合をして離間距離が数nm以下になるとき、FRET(Fluorescence Resonance Energy Transfer)を起こし、移動したエネルギーにより蛍光を発するように選択された蛍光分子である。FRETが発生するには、FRETによるエネルギーを提供するドナー蛍光分子となる蛍光分子の蛍光放射波長帯域が、FRETによるエネルギーの提供を受けるアクセプタ蛍光分子となる蛍光分子のエネルギー吸収の波長帯域とが一部分で重なっていること、および、両蛍光分子の配向(双極子モーメントの向き)が適切であることが条件である。したがって、本実施形態で用いるドナー蛍光分子およびアクセプタ蛍光分子として、上記条件を備えるものが選択される。以降では、第1の測定対象分子を標識するための第1の蛍光分子をドナー蛍光分子とし、第2の測定対象分子を標識するための第2の蛍光分子をアクセプタ蛍光分子とする。
【0025】
装置10は、ドナー蛍光分子で標識された第1の測定対象分子とアクセプタ蛍光分子で標識された第2の測定対象分子を含む試料12をプレパラート14に載せて、ドナー蛍光分子を励起するレーザ光とアクセプタ蛍光分子を励起するレーザ光を合成したレーザ光を用いて試料12を照射する。このとき、ドナー蛍光分子を励起するレーザ光は、第1の変調周波数で強度変調され、アクセプタ蛍光分子を励起するレーザ光は、第2の変調周波数で変調される。
装置10は、試料12の発する蛍光を、ドナー蛍光分子の蛍光波長帯域とアクセプタ蛍光分子の蛍光波長帯域に分けて受光し、ドナー蛍光信号とアクセプタ蛍光信号を出力する。
装置10は、ドナー蛍光信号およびアクセプタ蛍光信号をいずれも第1の変調周波数の変調信号を用いて検波することにより、ドナー蛍光分子の蛍光強度の時系列データと蛍光緩和時間を求め、アクセプタ蛍光分子の蛍光強度の時系列データを求める。更に装置10は、ドナー蛍光分子の蛍光強度の時系列データとアクセプタ蛍光分子の蛍光強度の時系列データとの相互相関関数を求め、求めた相互相関関数を用いて、第1の測定対象分子と第2の測定対象分子の結合の程度を判定する。
さらに、装置10は、求めたドナー蛍光分子が発する蛍光の蛍光緩和時間と、ドナー蛍光分子の蛍光強度の時系列データから算出されるドナー蛍光分子の試料12中の濃度と、アクセプタ蛍光分子の蛍光強度の時系列データから算出されるアクセプタ蛍光分子の試料12中の濃度と、を用いて、ドナー蛍光分子とアクセプタ蛍光分子との間の結合における解離定数Kdを求める。
【0026】
(蛍光分析装置)
装置10は、図1に示すように、レーザ光出射部16と、受光部18と、データ処理部20と、分析部24と、を主に有する。この他に、装置10は、ダイクロイックミラー26,27と、対物レンズ28と、フィルター30,32と、ピンホール34,36を、レーザ光及び蛍光の光路上に光学素子として有する。
【0027】
レーザ光出射部16は、第1の測定対象分子中のドナー蛍光分子を励起する波長を有し、第1の変調周波数f1で強度変調されたレーザ光L1と、第2の測定対象分子中のアクセプタ蛍光分子を励起する波長を有し、第2の変調周波数f2(=f1+Δf)で強度変調されたレーザ光L2を合成したレーザ光を一定時間出射する。図2は、レーザ光出射部16のブロック構成図である。
レーザ光出射部16は、レーザ光源38a,38bと、レーザドライバ40a,40bと、発振回路42と、ミラー44と、ダイクロイックミラー46と、を有する。レーザ光源38aは、可視光のレーザ光L1、例えば445nmの波長のレーザ光を出射する半導体レーザ光源であり、ドナー蛍光分子を励起する。レーザ光源38bは、可視光のレーザ光L2、例えば473nmの波長のレーザ光を出射する半導体レーザ光源であり、アクセプタ蛍光分子を励起する。
【0028】
レーザドライバ40a,40bは、レーザ光L1,L2の出射および強度を制御する駆動信号を生成し、レーザ光源38a,38bに提供する。
発振回路42は、発振器を有し、変調周波数f1の変調信号および変調周波数f2の変調信号をレーザドライバ40a,40bに提供する。発振回路42は、変調周波数f1の変調信号と、変調周波数f2の変調信号を別々に生成するために発振器を2つ備える。
レーザ光源38a,38bのレーザ光L1,L2は、変調周波数f1の変調信号および変調周波数f2の変調信号に基づいて制御されるので、レーザ光L1,L2はそれぞれ、変調周波数f1,f2で強度変調される。ダイクロイックミラー46は、波長に応じて反射、透過特性が変化し、レーザ光L1を透過し、レーザ光L2を反射する素子である。
レーザ光L2は、レーザ光源16bから出射したのち、ミラー44で反射され、さらに、ダイクロイックミラー46で反射され、ダイクロイックミラー46を透過したレーザ光L1と合成されて、1つのレーザ光Lとなってレーザ光出射部16から出射する。
【0029】
レーザ光出射部16から試料12に至るレーザ光Lの光路上には、図1に示すように、ダイクロイックミラー26と、対物レンズ28とが設けられる。試料12から蛍光が受光部18(18a,18b)で受光されるまでの光路上には、対物レンズ28と、ダイクロイックミラー26,27と、フィルター30,32と、ピンホール34,36とが設けられる。すなわち、レーザ光Lおよび蛍光は、ダイクロイックミラー26と試料12との間の光路上をお互いに逆方向に進む。
【0030】
対物レンズ28は、レーザ光Lを試料12中の一点に集束させるために用いられる。レーザ光Lを集束させるのは、後述するようにFCS(Fluorescence Correlation Spectroscopy)やFCCS(Fluorescence Cross-Correlation Spectroscopy)を用いて蛍光の分析を行うためである。集束したレーザ光Lのサイズは、例えば、直径0.4μm程度である。また、レーザ光Lによる蛍光の計測可能な奥行き方向の長さLを1〜2μm程度(焦点深度の上限を1μm)とする。すなわち、装置10は、第1の測定対象分子および第2の測定対象分子の揺らぎ運動に基く蛍光強度の時系列データの変動を用いて、第1の測定対象分子および第2の測定対象分子の結合の程度や解離定数Kdを算出するために、レーザ光Lにおける蛍光の測定範囲を極めて狭くする。
また、対物レンズ28を通過した蛍光は、ダイクロイックミラー26を透過し、さらにダイクロイックミラー27で蛍光の波長に応じて蛍光は透過あるいは反射され、ピンホール32,36で集束するように設けられている。すなわち、装置10は共焦点光学系を有する。このため、蛍光は高いSN比で受光される。
ダイクロイックミラー26は、レーザ光Lを反射し、試料12から発する蛍光を透過するように、波長に対する反射及び透過特性が設定されている。ダイクロイックミラー27は、ダイクロイックミラー26を透過した蛍光のうち、ドナー蛍光分子が発するドナー蛍光を透過し、アクセプタ蛍光分子が発する蛍光を反射するように、波長に応じた反射及び透過特性が設定されている。
フィルター30は、ドナー蛍光分子が発するドナー蛍光を受光部18aで受光できるように透過し、フィルター32は、アクセプタ蛍光分子が発する蛍光を受光部18aで受光できるように透過する。すなわち、フィルター30,32は、ドナー蛍光分子およびアクセプタ蛍光分子が発する蛍光を分離する。
【0031】
受光部18a,18bは、ドナー蛍光分子が発する蛍光と、アクセプタ蛍光分子が発する蛍光をそれぞれ別々に受光する受光素子を有する。受光素子には、例えば、光電子増倍管あるいはアバランシェフォトダイオードが用いられる。
受光部18aは、ドナー蛍光分子が発する蛍光を受光することにより、ドナー蛍光信号を出力し、受光部18bは、アクセプタ蛍光分子が発する蛍光を受光することにより、アクセプタ蛍光信号を出力する。
【0032】
データ処理部20は、図3に示すように、受光部18aから出力されたドナー蛍光信号を処理するドナーデータ処理部20aと受光部18bから出力されたアクセプタ蛍光信号を処理するアクセプタデータ処理部20bと、を有する。データ処理部20は、ハードウェアで構成された回路と、ソフトウェアで構成されたソフトウェアモジュールとを有する。すなわち、データ処理部20の一部は、CPU等のプロセッサと、RAMやROM等のメモリと、を有し、メモリに記憶されたプログラムをプロセッサが起動することにより、ソフトウェアモジュールが生成される。例えば、後述するFFT変換部60a,62a(60b,62b)と、位相遅れ算出部64a(64b)と、蛍光強度算出部66a(66b)と、がソフトウェアモジュールに対応する。
ドナーデータ処理部20a,アクセプタデータ処理部20bのそれぞれは、同じ構成および機能を有し、受光部18から出力されたドナー蛍光信号、アクセプタ蛍光信号と、レーザ光出射部16で生成された変調周波数f1の変調信号とを用いて、ドナー蛍光、アクセプタ蛍光の変調信号に対する位相遅れ角度を算出し、さらに、ドナー蛍光分子、アクセプタ蛍光分子が発する蛍光の蛍光強度の時系列データを算出する。
従って、以降では、ドナーデータ処理部20aを中心に説明する。「( )」は、アクセプタ処理部20bに関する符号及び内容を示す。
ドナーデータ処理部20a(20b)は、ドナー蛍光信号(アクセプタ蛍光信号)を変調周波数f1の変調信号とミキシングするミキサ50a(50b)と、発振回路42から出力された変調信号の位相を90度シフトする90度移相器54a(54b)と、AD変換器56a,58a(56b,58b)と、FFT変換部60a,62a(60b,62b)と、位相遅れ算出部64a(64b)と、蛍光強度算出部66a(66b)と、を有する。
【0033】
ミキサ50a(50b)は、ドナー蛍光信号(アクセプタ蛍光信号)と、90度移相器54a(54b)により位相が90度シフトした変調周波数f1の変調信号とミキシングする。
ミキサ52a(52b)は、ドナー蛍光信号(アクセプタ蛍光信号)と変調周波数f1の変調信号とミキシングする。
AD変換器56a(56b)は、ミキサ50a(50b)で得られた処理信号をデジタルデータに変換し、さらに、FFT変換部60a(60b)は、デジタルデータをFFT処理し、ミキシングされた信号のDC成分の時系列データと、周波数Δfにおける時系列データを抽出する。周波数Δfは、第1の変調周波数f1と第2の変調周波数f2(=f1+Δf)の差分周波数である。
また、AD変換器58a(58b)は、ミキサ52a(52b)で得られた処理信号をデジタルデータに変換し、さらに、FFT変換部62a(62b)は、デジタルデータをFFT処理し、ミキシングされた信号のDC成分の時系列データと、周波数Δfにおける時系列データを抽出する。
【0034】
位相遅れ算出部64a(64b)は、FFT変換部60a(60b)で抽出されたDC成分の時系列データとFFT変換部62a(62b)で抽出されたDC成分の時系列データとを用いて、ドナー蛍光信号(アクセプタ蛍光信号)の、第1の変調周波数f1の変調信号に対する位相の遅れを算出する。具体的には、位相遅れ算出部64a(64b)は、FFT変換部60a(60b)で抽出されたDC成分の時系列データを、各時間毎にFFT変換部62a(62b)で抽出されたDC成分の時系列データで割り算し、その結果をtanの逆変換を行うことにより、DC成分における位相遅れ角度を算出する。位相遅れ算出部64a(64b)は、同様に、周波数Δf成分における位相遅れ角度も算出する。
位相遅れ算出部64a(64b)は、時系列データを処理するので、算出される位相遅れ角度も時系列データとして得られる。この場合、位相遅れ算出部64a(64b)は、算出した位相遅れ角度の時系列データの平均値等を算出して、位相遅れ角度を求める。求めた位相遅れ角度は、分析部24に送られる。
【0035】
蛍光強度算出部66a(66b)は、FFT変換部60a(60b)で抽出されたDC成分、周波数Δfの時系列データとFFT変換部62a(62b)で抽出されたDC成分、周波数Δfの成分の時系列データとを用いて、ドナー蛍光(アクセプタ蛍光)の蛍光強度の時系列データを算出する。具体的には、FFT変換部60a(60b)で抽出されたDC成分の時系列データI(t)とFFT変換部62a(62b)で抽出されたDC成分の時系列データR(t)としたとき、蛍光強度算出部66a(66b)は、P(t)=(R(t)2+I(t)2(1/2)を算出する。蛍光強度算出部66a(66b)は、同様に、周波数Δf成分におけるP(t)も算出する。算出した蛍光強度の時系列データP(t)は、分析部24に送られる。
このように、ドナー蛍光分子とアクセプタ蛍光分子が励起されるレーザ光の変調周波数がお互いに異なるので、ドナー蛍光分子の発する蛍光と、アクセプタ蛍光分子の発する蛍光は異なる周波数で強度変調される。このため、ドナー蛍光分子の発する蛍光とアクセプタ蛍光分子の発する蛍光とが、ミキサ50a(50b),52a(52b)によるミキシング処理を用いて完全に分離され得る。
【0036】
図5は、分析部24の構成図である。
分析部24は、FCCS判定部70と、蛍光緩和時間算出部72と、蛍光分子濃度算出部74と、解離定数算出部76と、を有する。
FCCS判定部70は、ドナーデータ処理部20aで算出されたドナー蛍光分子の発する蛍光の蛍光強度の時系列データと、アクセプタデータ処理部20bで算出されたアクセプタ蛍光分子の発する蛍光の蛍光強度の時系列データとの間で相互相関関数を算出することにより、第1の測定対象分子と第2の測定対象分子の結合の程度を判定する。
【0037】
このとき、上述したように、データ処理部18において、ミキサ50a(50b),52a(52b)は、ドナー蛍光分子の発する蛍光とアクセプタ蛍光分子の発する蛍光とを、ミキシング処理を用いて完全に分離することができるので、ドナー蛍光分子の発する蛍光の蛍光強度がアクセプタ蛍光分子の発する蛍光の蛍光強度の時系列データに漏れ込むことはない。このため、相互相関関数を算出することにより、第1の測定対象分子と第2の測定対象分子の結合の程度を正確に判定することができる。
【0038】
図6(a)に示すように第1の測定対象分子と第2の測定対象分子が結合するとき、第1の測定対象分子と第2の測定対象分子は同じ揺らぎをするので、ドナー蛍光分子の発する蛍光の蛍光強度の時系列データとアクセプタ蛍光分子の発する蛍光の蛍光強度の時系列データとの相互相関関数を算出し、この算出結果から、第1の測定対象分子と第2の測定対象分子の結合の程度を判定することができる。
図6(b)に示すように、第1の測定対象分子と第2の測定対象分子が結合しないとき、第1の測定対象分子と第2の測定対象分子は同じように揺らがないので、上記相互相関関数では値が発生しない。したがって、FCCS判定部70では、相互相関関数の最大値となる値、あるいは、最大値を基準として一定の範囲(例えば最大値以下、最大値の90%以上の範囲)内における値の平均値を用いて、第1の測定対象分子と第2の測定対象分子の結合の程度を判定することができる。すなわち、FCCS判定部70は、上記相関関数の値が高いほど、結合の程度は高いと判定する。
【0039】
蛍光緩和時間算出部72は、位相遅れ算出部64aで求めたドナー蛍光分子が発する蛍光の位相遅れ角度を用いて、ドナー蛍光分子の発する蛍光の蛍光緩和時間を算出する。具体的には、ドナー蛍光分子の発する蛍光が1次緩和過程に近い挙動を示すことから、蛍光緩和時間算出部72は、蛍光緩和時間τdを、tan(θd)/(2πf1)(θdは位相遅れ角度)に従って算出する。
算出された蛍光緩和時間τdは解離定数算出部76に送られる。
なお、蛍光強度算出部66aで算出された周波数Δfの成分における蛍光強度及び位相遅れ角度の時系列データ、すなわち、アクセプタ蛍光分子を励起するレーザ光で励起されるドナー蛍光分子が発する蛍光の強度及び位相遅れ角度の時系列データは用いられない。同様に、蛍光強度算出部66bで算出されたDC成分における蛍光強度及び位相遅れ角度の時系列データ、すなわち、ドナー蛍光分子を励起するレーザ光で励起されるアクセプタ蛍光分子が発する蛍光の強度及び位相遅れ角度の時系列データは用いられない。
【0040】
蛍光分子濃度算出部74は、ドナー蛍光分子の発する蛍光の蛍光強度の時系列データの自己相関関数を算出することにより、ドナー蛍光分子の試料12中の濃度を算出し、さらに、アクセプタ蛍光分子の発する蛍光の蛍光強度の時系列データの自己相関関数を算出することにより、アクセプタ蛍光分子の試料12中の濃度を算出する。
図7(a)〜(c)は、レーザ光Lの集束位置における第1の測定対象分子あるいは第2の測定対象分子の分子運動による揺らぎによる蛍光強度の時系列データを説明する図である。
【0041】
上述したように、レーザ光Lは、対物レンズ28により小さく集束し、その集束により作られるレーザ光Lの計測範囲は、例えば数フェムトリットル程度の狭い範囲である。このため、レーザ光Lを照射する計測範囲には、第1の測定対象分子に付いたドナー蛍光分子あるいは第2の測定対象分子についたアクセプタ蛍光分子が数10個程度しか含まれず、ドナー蛍光分子およびアクセプタ蛍光分子の蛍光強度に時間的な揺らぎが生じる。例えば、図7(a)に示すように、ドナー蛍光分子あるいはアクセプタ蛍光分子が計測範囲Xから外に移動し、あるいは、計測範囲X内に進入する。このため、蛍光強度も、図7(b)に示すように変動する。
【0042】
したがって、このような蛍光強度の時系列データの自己相関関数は、図7(c)に示すように、ドナー蛍光分子を備える第1の測定対象分子あるいはアクセプタ蛍光分子を備える第2の測定対象分子の分子が小さい場合、揺らぎの速度は速くなるので、自己相関関数が一定の値を有する幅は狭くなる、すなわち自己相関関数の形状は実線から点線に、すなわち矢印A方向に変化する。一方、ドナー蛍光分子を備える第1の測定対象分子あるいはアクセプタ蛍光分子を備える第2の測定対象分子の分子数が多くなると、揺らぎは小さくなるので矢印B方向に自己相関関数の形状は変化する。図7(c)は、自己相関関数の理想的な形状を示しているが、実際に得られる自己相関関数においてもこの特徴は変わらない。
ここで、第1の測定対象分子に標識として取り付けられたドナー蛍光分子あるいは第2の測定対象分子に標識として取り付けられたアクセプタ蛍光分子の分子数は、蛍光強度の時系列データから求めた自己相関関数の一定の値をとるレベルY(図7(c)参照)から1を引き、その結果の逆数が、上記レーザ光Lの計測範囲内にある分子数である、ことが知られている。従って、この分子数を算出することにより、ひいては、試料12中のドナー蛍光分子の濃度の情報、アクセプタ蛍光分子の濃度の情報を算出することができる。自己相関関数から濃度の情報を算出する際、上記レベルYから1を引き、その結果の逆数に予め設定された定数を乗算することにより、濃度の情報が得られる。
すなわち、蛍光分子濃度算出部74は、ドナー蛍光分子の発する蛍光の蛍光強度の時系列データの自己相関関数から一定の値となるときの自己相関関数の値を算出し、この値から1を減算し、その結果の逆数を求めることにより、ドナー蛍光分子の濃度の情報を求める。同様に、蛍光分子濃度算出部74は、アクセプタ蛍光分子の発する蛍光の蛍光強度の時系列データについて、上記処理を行うことにより、アクセプタ蛍光分子の濃度の情報を求める。
こうして求められたドナー蛍光分子、アクセプタ蛍光分子の濃度の情報は、解離定数算出部76に送られる。
【0043】
解離定数算出部76は、蛍光緩和時間算出部72で求められたドナー蛍光分子の発する蛍光の蛍光緩和時間と、ドナー蛍光分子の試料12中の濃度の情報と、アクセプタ蛍光分子の試料12中の濃度の情報とを用いて、ドナー蛍光分子とアクセプタ蛍光分子の解離定数Kdを下記式(1)に沿って算出する。
【0044】
【数1】


ここで、αおよびΚFRETは、下記式(2),(3)に従って算出される。CDは求めたドナー蛍光分子の試料12中の濃度の情報であり、CAは求めたアクセプタ蛍光分子の試料12中の濃度の情報である。
【0045】
【数2】

【0046】
【数3】


ここで、τDは、蛍光緩和時間算出部72で求められたドナー蛍光分子の発する蛍光の蛍光緩和時間τdであり、τDは、アクセプタ蛍光分子がなくドナー蛍光分子単体で計測されたときの蛍光緩和時間である。また、τDは、ドナー蛍光分子に対するアクセプタ蛍光分子の濃度を変化させることにより得られるドナー蛍光分子の発する蛍光緩和時間の最大値でもある。τDminは、ドナー蛍光分子に対するアクセプタ蛍光分子の濃度を変化させることにより得られるドナー蛍光分子の発する蛍光緩和時間の最小値である。また、ωは2πf1である。τD及びτDminは、分析部24の図示されないメモリに予め記録保持されたものである。このようなτD及びτDminは、例えば、ドナー蛍光分子に対するアクセプタ蛍光分子の濃度を変化させることにより、ドナーの蛍光緩和時間の最大値及び最小値として求めることができる。
なお、τDminは、ドナー蛍光分子に対してアクセプタ蛍光分子の濃度は高く、ドナー蛍光分子のすべてがアクセプタ蛍光分子とFRETを通してエネルギー移動を行うときのドナー蛍光分子の発する蛍光の蛍光緩和時間である。
【0047】
(式(1),(3)の導出)
このような解離定数Kdの算出式は、以下のような考えに基く。
ドナー蛍光分子は、アクセプタ蛍光分子との間でFRETが発生せず、励起したエネルギーを放出して蛍光を発するドナー蛍光分子と、励起したエネルギーをアクセプタ蛍光分子との間でFRETを通して放出するドナー蛍光分子とを、(1−ΚFRET):ΚFRETの個数で含む。ここで、蛍光の発光過程およびFRETによるエネルギー移動の緩和過程が1次緩和過程に従うとしたとき、アクセプタ蛍光分子との間でFRETが生じずにエネルギーを放出して蛍光を発するドナー蛍光分子の速度定数をkDとし、アクセプタ蛍光分子との間でFRETが生じエネルギーを放出するドナー蛍光分子の速度定数を(kD+kt)とすることができる。ktは、FRETによるFRETによるエネルギー移動の速度定数である。
したがって、ドナー蛍光分子の発する蛍光およびエネルギー移動の伝達関数は、下記式(4)のように1次緩和過程のラプラス形式で表される。式(4)の右辺の第1項がFRET発生に基くエネルギー移動の緩和過程の項であり、第2項がFRETの発生しない蛍光の発光過程の項である。
【0048】
【数4】

【0049】
一方、上記式ΚFRETは、FRETが発生するドナー蛍光分子濃度をCDAとすると、
DA = ΚFRET・CD
と表すことができる。
また、解離定数Kdは、以下のように定義されるので、
d = CDfree・CAfree/CDA=(CD−CDA)・(CA−CDA)/CDA
合わされる。CDfree,CAfreeは、ドナー蛍光分子及びアクセプタ蛍光分子が結合しておらず、FRETが発生しないドナー蛍光分子及びアクセプタ蛍光分子の濃度を表す。したがって、上記解離定数Kdの式を書き改めることにより、上記式(1)を導出することができる。
【0050】
一方、上記式(4)中の速度定数kDを1/τD(τDはドナー蛍光分子単体の蛍光緩和時定数)と表し、速度定数(kD+kt)を1/τDminと表すことができるので、周波数応答の形式(s=jω、ω=2πf1)で下記式(5)のように表される。
【0051】
【数5】

【0052】
上記式(5)の周波数応答の位相遅れから求められる蛍光緩和時間が、蛍光緩和時間算出部72で求められるドナー蛍光分子の発する蛍光の蛍光緩和時間τ*Dに等しい。このため、この関係を用いて、上記式(3)を求めることができる。
すなわち、本実施形態は、ドナー蛍光分子の発する蛍光の発光過程とFRETによるエネルギー移動の過程を1次緩和過程で表し、かつ、蛍光強度の時系列データの自己相関関数から算出されるドナー蛍光分子及びアクセプタ蛍光分子の濃度を算出することにより、FRETの発生するときのドナー蛍光分子とアクセプタ蛍光分子の解離定数Kdを算出することができる。
なお、分析部24は、コンピュータのメモリに記憶されたプログラムを実行することにより生成されるソフトウェアモジュールが用いられて構成される。なお、データ処理部20および分析部24は、1つのコンピュータによって作られるソフトウェアモジュールと専用装置で構成することもできる。
【0053】
(蛍光分析方法)
図8は、本実施形態の蛍光分析法のフローを示す図である。
まず、レーザ光出射部16は、レーザ光L1とレーザ光L2とを合成したレーザ光Lを試料12に一定時間照射する(ステップS10)。このとき、レーザ光L1は、変調周波数f1で強度変調され、レーザ光L2は、変調周波数f2で強度変調されている。
次に、受光部18aはドナー蛍光分子の発する蛍光を受光し、受光部18bはアクセプタ蛍光分子の発する蛍光を受光する(ステップS20)。このとき、受光部18bでは、ドナー蛍光分子が発する蛍光の一部を漏れ込み光として受光する。すなわち、受光部18bの出力する受光信号は変調周波数f1の成分を含む。
【0054】
次に、データ処理部20は、ドナー蛍光信号を変調周波数f1の変調信号とミキシングすることによりDC成分にドナー蛍光分子の発する蛍光の強度の成分を含む第1の処理信号を生成し、アクセプタ蛍光信号を変調周波数f1の変調信号とミキシングすることにより周波数Δfにおいてアクセプタ蛍光分子の発する蛍光の強度の成分を含む第2の処理信号を生成する。
【0055】
さらに、データ処理部20は、生成した第1の処理信号を用いて、ドナー蛍光分子の発する蛍光の上記変調信号に対する位相遅れを算出する。また、データ処理部20は、第1の処理信号と第2の処理信号からFFT変換器60a,62a(60b,62b)を通してドナー蛍光分子の蛍光強度とアクセプタ蛍光分子の蛍光強度の時系列データを算出する(ステップS30)。
【0056】
この後、分析部24は、ステップS30で算出したドナー蛍光分子の蛍光強度の時系列データとアクセプタ蛍光分子の蛍光強度の時系列データとの間の相互相関関数を算出する。この算出結果により、分析部24は、ドナー蛍光分子を標識として付着した第1の測定対象分子とアクセプタ蛍光分子を標識として付着した第2の測定対象分子との間の結合の程度を判定する(ステップS40)。判定結果は、図示されないプリンタやディスプレイに出力される。判定では、相互相関関数の値が高いほど結合の程度は高いと判定される。分析部24は、また、データ処理部20で生成した第3の処理信号を用いてドナー蛍光分子の発する蛍光の蛍光緩和時間を求める。
【0057】
さらに、分析部24は、ステップS30で算出したドナー蛍光分子の蛍光強度の時系列データの自己相関関数を算出することにより、ドナー蛍光分子の試料12中の濃度を算出し、さらに、アクセプタ蛍光分子の蛍光強度の時系列データの自己相関関数を算出することにより、アクセプタ蛍光分子の試料12中の濃度を算出する。分析部24は、求めたドナー蛍光分子の蛍光緩和時間と、ドナー蛍光分子の試料12中の濃度と、アクセプタ蛍光分子の試料12中の濃度とを用いて、ドナー蛍光分子とアクセプタ蛍光分子との間の結合における解離定数Kdを上記式(1)〜(3)に従って算出する(ステップS50)。解離定数Kdが上記式(1)〜(3)に従って算出されるとき、τD,τDminが用いられる。このτD,τDminは、ドナー蛍光分子に対するアクセプタ蛍光分子の濃度を変化させることにより得られるドナー蛍光分子の発する蛍光緩和時間の最大値と最小値であり、分析部24の図示されないメモリに予め記録保持されたものである。
【0058】
以上のように、本実施形態では、データ処理部18のミキサは、ドナー蛍光分子の発する蛍光とアクセプタ蛍光分子の発する蛍光とを、ミキシング処理を用いて完全に分離することができるので、ドナー蛍光分子の発する蛍光の蛍光強度がアクセプタ蛍光分子の発する蛍光の蛍光強度の時系列データに漏れ込むことはない。このため、FCCSにおけるクロストークを低減することができ、その結果相互相関関数を用いて、第1の測定対象分子と第2の測定対象分子の結合の程度を正確に判定することができる。
【0059】
また、本実施形態の分析部24は、ドナー蛍光分子の発する蛍光の蛍光強度の時系列データからドナー蛍光分子の濃度を算出し、アクセプタ蛍光分子の発する蛍光の蛍光強度の時系列データからアクセプタ蛍光分子の濃度を算出することができるので、解離定数Kdを算出することができる。
【0060】
その際、ドナー蛍光分子に対するアクセプタ蛍光分子の濃度を変化させることにより得られるτD,τDminを予め記録保持するので、解離定数Kdを容易に算出することができる。
なお、本実施形態の蛍光分析方法では、解離定数Kdを算出するステップS50まで行うが、ステップS40の判定で終了することもできる。この場合、標識に用いる蛍光分子は、FRETが生じるドナー蛍光分子およびアクセプタ蛍光分子の組み合わせを用いなくてもよい。少なくとも異なる蛍光であることが識別できる蛍光分子を用いればよい。
また、本実施形態では、ドナー蛍光分子を標識とした第1の測定対象分子と、アクセプタ蛍光分子を標識とした第2の測定対象分子とが懸濁された溶液を試料12とすることができる他、試料12を生細胞や生体物質とし、試料12中の対象分子を測定対象とすることもできる。
【0061】
以上、本発明の蛍光分析装置及び蛍光分析方法について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されず、本発明の主旨を逸脱しない範囲において、種々の改良や変更をしてもよいのはもちろんである。
【符号の説明】
【0062】
10 蛍光分析装置
12 試料
14 プレパラート
16 レーザ光出射部
18,18a,18b 受光部
20 データ処理部
24 分析部
26,27,46 ダイクロイックミラー
28 対物レンズ
30,32 フィルター
34,36 ピンホール
38a,38b レーザ光源
40a,40b レーザドライバ
42 発振回路
44 ミラー
50a,50b ミキサ
54a,54b 90度移相器
56a,58a,56b,58b AD変換器
60a,62a,60b,62b FFT変換部
64a,64b 位相遅れ算出部
66a,66b 蛍光強度算出部
70 FCCS判定部
72 蛍光緩和時間算出部
74 蛍光分子濃度算出部
76 解離定数算出部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の測定対象物および第2の測定対象物を含む試料にレーザ光を照射することにより、前記第1の測定対象物および前記第2の測定対象物から発する蛍光を分析する蛍光分析装置であって、
前記第1の測定対象物中の第1の蛍光物質を励起する波長を有し、第1の変調周波数で強度変調された第1のレーザ光と、前記第2の測定対象物中の第2の蛍光物質を励起する波長を有し、第2の変調周波数で強度変調された第2のレーザ光とを合成したレーザ光を前記試料に照射するために一定時間出射するレーザ光出射部と、
合成した前記レーザ光の照射を受けた前記第1の蛍光物質の発する第1の蛍光を第1の受光素子で受光して第1の蛍光信号を出力し、さらに、合成した前記レーザ光の照射を受けた前記第2の蛍光物質の発する第2の蛍光を第2の受光素子で受光して第2の蛍光信号を出力する受光部と、
前記第1の蛍光信号を前記第1の変調周波数の変調信号とミキシングすることにより前記第1の蛍光の強度を表す第1の蛍光強度の成分を含む第1の処理信号を生成し、前記第2の蛍光信号を前記第1の変調周波数の変調信号とミキシングすることにより前記第2の蛍光の強度を表す第2の蛍光強度を含む第2の処理信号を生成し、前記第1の処理信号と前記第2の処理信号から前記第1の蛍光強度と前記第2の蛍光強度の前記一定時間の時系列データを算出するデータ処理部と、
前記第1の蛍光強度の時系列データと前記第2の蛍光強度の時系列データとの間で相互相関関数を算出することにより、前記第1の測定対象物と前記第2の測定対象物の結合の程度を判定する分析部と、を有することを特徴とする蛍光分析装置。
【請求項2】
前記分析部は、前記相互相関関数の値が高いほど前記結合の程度は高いと判定する、請求項1に記載の蛍光分析装置。
【請求項3】
前記第1の測定対象物と前記第2の測定対象物とが結合したとき、前記第1の蛍光物質から前記第2の蛍光物質へのエネルギー移動が生じ、移動したエネルギーにより前記第2の蛍光物質が蛍光を発するように、前記第1の蛍光物質と前記第2の蛍光物質は選択され、
前記第1の処理信号は、前記第1の蛍光の前記変調信号に対する位相遅れの情報を含み、
前記分析部は、前記第1の処理信号から算出される前記位相遅れの情報を用いて前記第1の蛍光の蛍光緩和時間を求め、前記第1の蛍光強度の時系列データの自己相関関数を算出することにより、前記第1の蛍光物質の前記試料中の濃度を算出し、さらに、前記第2の蛍光強度の時系列データの自己相関関数を算出することにより、前記第2の蛍光物質の前記試料中の濃度を算出し、前記第1の蛍光の前記蛍光緩和時間と、前記第1の蛍光物質の前記試料中の濃度と、前記第2の蛍光物質の前記試料中の濃度とを用いて、前記第1の蛍光物質と前記第2の蛍光物質との間の結合における解離定数を算出する、請求項1または2に記載の蛍光分析装置。
【請求項4】
前記分析部は、前記第1の蛍光物質に対する前記第2の蛍光物質の濃度を変化させることにより得られる前記第1の蛍光物質の発する蛍光緩和時間の最小値と最大値を予め記録保持し、前記解離定数を算出するとき前記最小値と前記最大値を用いる、請求項3に記載の蛍光分析装置。
【請求項5】
さらに、前記試料と前記受光部との間の光路上には、前記第1の蛍光および前記第2の蛍光を前記第1の受光素子および前記第2の受光素子の前面で集束させるレンズ系と、前記第1の蛍光及び前記第2の蛍光の集束位置に設けたピンホールと、を有する、請求項1〜4のいずれか1項に記載の蛍光分析装置。
【請求項6】
前記データ処理部は、前記第2の蛍光信号を前記第1の変調周波数の変調信号とミキシングして得られるミキシング信号から、前記第2変調周波数と前記第1の変調周波数との差分の周波数成分を抽出することにより、前記第2の処理信号を生成する、請求項1〜5のいずれか1項に記載の蛍光分析装置。
【請求項7】
第1の測定対象物および第2の測定対象物を含む試料にレーザ光を照射することにより、前記第1の測定対象物および前記第2の測定対象物から発する蛍光を分析する蛍光分析方法であって、
前記第1の測定対象物中の第1の蛍光物質を励起する波長を有し、第1の変調周波数で強度変調された第1のレーザ光と、前記第2の測定対象物中の第2の蛍光物質を励起する波長を有し、第2の変調周波数で強度変調された第2のレーザ光とを合成したレーザ光を前記試料に一定時間照射し、
合成した前記レーザ光の照射を受けた前記第1の蛍光物質の発する第1の蛍光を第1の受光素子で受光して第1の蛍光信号を出力し、さらに、合成した前記レーザ光の照射を受けた前記第2の蛍光物質の発する第2の蛍光を第2の受光素子で受光して第2の蛍光信号を出力し、
前記第1の蛍光信号を前記第1の変調周波数の変調信号とミキシングすることにより前記第1の蛍光の強度を表す第1の蛍光強度の成分を含む第1の処理信号を生成し、前記第2の蛍光信号を前記変調信号とミキシングすることにより前記第2の蛍光の強度を表す第2の蛍光強度の成分を含む第2の処理信号を生成し、
前記第1の処理信号と前記第2の処理信号から前記第1の蛍光強度と前記第2の蛍光強度の前記一定時間の時系列データを算出し、
前記第1の蛍光強度の時系列データと前記第2の蛍光強度の時系列データとの間で相互相関関数を算出することにより、前記第1の測定対象物と前記第2の測定対象物の結合の程度を判定する、ことを特徴とする蛍光分析方法。
【請求項8】
前記結合の程度の判定では、前記相互相関関数の値が高いほど前記結合の程度は高いと判定する、請求項7に記載の蛍光分析方法。
【請求項9】
前記第1の測定対象物と前記第2の測定対象物とが結合したとき、前記第1の蛍光物質から、前記第2の蛍光物質へのエネルギー移動が生じ、移動したエネルギーにより前記第2の蛍光物質が蛍光を発するように、前記第1の蛍光物質と前記第2の蛍光物質は選択され、
前記第1の処理信号は、前記第1の蛍光の前記変調信号に対する位相遅れの情報を含み、
前記第1の処理信号および前記第2の処理信号を生成するとき、前記第1の処理信号を用いて前記第1の蛍光の蛍光緩和時間を求め、前記第1の蛍光強度の時系列データの自己相関関数を算出することにより、前記第1の蛍光物質の前記試料中の濃度を算出し、さらに、前記第2の蛍光強度の時系列データの自己相関関数を算出することにより、前記第2の蛍光物質の前記試料中の濃度を算出し、前記第1の蛍光の前記蛍光緩和時間と、前記第1の蛍光物質の前記試料中の濃度と、前記第2の蛍光物質の前記試料中の濃度とを用いて、前記第1の蛍光物質と前記第2の蛍光物質との間の結合における解離定数を算出する、請求項7または8に記載の蛍光分析方法。
【請求項10】
前記第1の蛍光物質に対する前記第2の蛍光物質の濃度を変化させることにより得られる前記第1の蛍光物質の発する蛍光緩和時間の最小値と最大値を予め記録保持し、前記解離定数を算出するとき前記最小値と前記最大値を用いる、請求項9に記載の蛍光分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−173252(P2012−173252A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−38291(P2011−38291)
【出願日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【出願人】(000005902)三井造船株式会社 (1,723)
【Fターム(参考)】