説明

蛍光多重染色による蛋白定量法

【課題】より簡単に行うことができる蛋白質の定量方法を提供する。
【解決手段】試料中における定量の目的蛋白質及び対照蛋白質を、それぞれ異なる蛍光色素で標識した抗体を用いて染色し、染色された目的蛋白質及び対照蛋白質のそれぞれの総蛍光強度を測定し、前記測定された目的蛋白質の総蛍光強度と対照蛋白質の総蛍光強度との比を目的蛋白質の定量値とすることを含む、蛋白質定量方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛋白質定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の蛋白質定量方法としては、定量的逆転写PCR(qRT-PCR)や固相酵素免疫検定法(Enzyme-linked immunosorbent assay: ELISA)等が確立されている。
【0003】
しかし、これら従来の方法で蛋白質を定量するには、試料として、腫瘍組織等の生組織が相当量(例えば5mm四方角程度)必要であるなどの問題がある。生組織は手術等によって臨床的に入手する必要があるため、その入手は比較的困難な状況にある。このため、大学病院級の施設でなければ、生組織を扱うことが困難である。
【0004】
これに対して、生組織でなくホルマリン固定パラフィン包埋組織からLaser capture microdissection法を用いて癌細胞のみを単離し、qRT-PCRを行って、癌細胞中の蛋白質を定量することを報告した例がある(非特許文献1:Patrick G. J et al. Cancer Res 1995, D. Edler et al. Euro J of Cancer 1997)。ホルマリン固定パラフィン包埋組織は、生検組織の病理検査の際などに作製されるもので、通常の診療業務で汎用されている。このため、ホルマリン固定パラフィン包埋組織を用いて蛋白質の定量を行うことができるようになれば、生検組織の病理検査で用いたものをそのまま用いる、といったことができるようになる。しかし、上記qRT-PCRによる蛋白質の定量方法は、手技が煩雑で、臨床応用に至らないのが現状である。
【0005】
【非特許文献1】Patrick G. J et al. Cancer Res 1995, D. Edler et al. Euro J of Cancer 1997
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような状況の下、より簡単に行うことができる蛋白質の定量方法が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を行った。そして、試料中の蛋白質をより簡単に定量するためには、多重蛍光抗体法を用いて、試料中の定量を行いたい目的蛋白質の総蛍光強度と対照蛋白質の総蛍光強度の比から定量値を得れば良いこと等を見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1) 試料中における定量の目的蛋白質及び対照蛋白質を、それぞれ異なる蛍光色素で標識した抗体を用いて染色し、
染色された目的蛋白質及び対照蛋白質のそれぞれの総蛍光強度を測定し、
前記測定された目的蛋白質の総蛍光強度と対照蛋白質の総蛍光強度との比を目的蛋白質の定量値とすることを含む、蛋白質定量方法。
(2) 対照蛋白質が、ハウスキーピング遺伝子がコードする蛋白質である、(1)に記載の方法。
(3) ハウスキーピング遺伝子がコードする蛋白質がβ−アクチンである、(2)に記載の方法。
(4) 蛋白質の定量に用いる試料が、ホルマリン固定パラフィン包埋組織である、(1)〜(3)のいずれか1つに記載の方法。
(5) 目的蛋白質が、チミジル酸シンターゼ、ジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼ及びオロテートホスホリボシルトランスフェラーゼからなる群から選ばれる少なくとも1つである、(1)〜(4)のいずれか1つに記載の方法。
(6) それぞれ異なる蛍光色素が、フルオレセンイソチオシアネート、カルボキシメチルインドシアニン、テトラメチルローダミンイソチオシアネート、フィコエリスリン、緑色蛍光蛋白質、アレクサ(登録商標) 488、4',6-ジアミジン2'-フェニルインドール ジハイドロクロライド、テキサスレッド、Cy2、アレクサ(登録商標) 543、アレクサ(登録商標) 548、Cy5及びToTo3からなる群から選ばれる少なくとも2つである、(1)〜(5)のいずれか1つに記載の方法。
(7) 目的蛋白質の定量値が、試料中の目的細胞の目的蛋白質の定量値である、(1)〜(6)のいずれか1つに記載の方法。
(8) 試料中の目的細胞を、目的蛋白質及び対照蛋白質を標識する蛍光色素と異なる蛍光色素で識別標識する工程を含む、(7)に記載の方法。
(9) 目的細胞が癌細胞である、(7)又は(8)に記載の方法。
(10) 癌細胞の識別標識を、サイトケラチン、上皮細胞膜特異抗原、癌胎児抗原、ヘパトサイト、αフェトプロテイン、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、ヒト上皮細胞成長因子受容体2、甲状腺転写因子-1、前立腺特異抗原、CD10、サイログロブリン、P63、p53、Ki-67およびCyclin-D1からなる群から選ばれる少なくとも1つの蛋白質を蛍光色素で染色することにより行う、(9)に記載の方法。
(11) 目的細胞を識別標識する蛍光色素が、フルオレセンイソチオシアネート、カルボキシメチルインドシアニン、テトラメチルローダミンイソチオシアネート、フィコエリスリン、緑色蛍光蛋白質、アレクサ(登録商標) 488、4',6-ジアミジン2'-フェニルインドール ジハイドロクロライド、テキサスレッド、Cy2、アレクサ(登録商標) 543、アレクサ(登録商標) 548、Cy5及びToTo3からなる群から選ばれる少なくとも1つである、(8)〜(10)のいずれか1つに記載の方法。
(12) (1)〜(11)のいずれか1つに記載の方法で得られた蛋白質の定量値を指標として、抗癌剤感受性を予測する、抗癌剤感受性予測方法。
(13) (1)〜(11)のいずれか1つに記載の方法で得られた蛋白質の定量値を指標として、抗癌剤の効果を予測する、抗癌剤効果予測方法。
(14) チミジル酸シンターゼの定量値、ジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼの定量値及びオロテートホスホリボシルトランスフェラーゼの定量値から、「オロテートホスホリボシルトランスフェラーゼの定量値/ジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼの定量値」、「オロテートホスホリボシルトランスフェラーゼの定量値/チミジル酸シンターゼの定量値」、及び「オロテートホスホリボシルトランスフェラーゼの定量値/(ジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼの定量値+チミジル酸シンターゼの定量値)」からなる群から選択される少なくとも1つの比を求め、求めた定量値の比を指標として、抗癌剤感受性又は抗癌剤の効果を予測する、(12)又は(13)に記載の方法。
(15) 目的蛋白質に結合する一次抗体と、対照蛋白質に結合する一次抗体と、目的蛋白質と一次抗体との複合体に結合する二次抗体と、対照蛋白質と一次抗体との複合体に結合する二次抗体と、それぞれの二次抗体を区別して標識する蛍光色素とを含む、蛋白質定量用キット。
(16) さらに、目的細胞の所定の蛋白質に結合する一次抗体と、目的細胞の所定の蛋白質と一次抗体との複合体に結合する二次抗体と、当該二次抗体を他の二次抗体と区別して標識し、目的細胞を識別標識する蛍光色素とを含む、(15)に記載のキット。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、新規蛋白質定量方法が提供される。本発明の好ましい態様によれば、蛋白質の定量をより簡単に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明について詳しく説明するが、本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施し得る。
なお、本明細書において引用された全ての刊行物、例えば先行技術文献、及び公開公報、特許公報その他の特許文献は、その全体が参照として本明細書に組み入れられる。
【0011】
<概要>
本発明の蛋白質定量方法は、生体などから採取された組織又は体液等の試料に含まれる蛋白質を、多重蛍光抗体法を用いて定量するものである。本発明の方法は、試料中における定量の目的蛋白質及び対照蛋白質を、それぞれ異なる蛍光色素で標識した抗体を用いて染色し、染色された目的蛋白質及び対照蛋白質のそれぞれの総蛍光強度を測定し、前記測定された目的蛋白質の総蛍光強度と対照蛋白質の総蛍光強度との比を目的蛋白質の定量値とすることを含む。すなわち、本発明は、多重蛍光抗体法を用いて、試料中の定量の目的蛋白質の総蛍光強度と対照蛋白質の総蛍光強度の比から目的蛋白質を定量する方法である。本発明の好ましい態様では、蛋白質の定量をより簡単に行うことができる。
【0012】
ここで、「試料」とは、蛋白質の定量に用いる材料のことを言う。また、「目的蛋白質」とは、本発明の方法により定量される蛋白質のことを言う。一方、「対照蛋白質」とは、試料中の目的蛋白質を定量するときに基準とする蛋白質のことを言う。
【0013】
また、「定量」とは、目的蛋白質の量を定めることを言う。本発明では、試料の目的蛋白質の量(総蛍光強度)を、試料の対照蛋白質の量(総蛍光強度)との比で定める。「比」は、例えば、目的蛋白質の量(総蛍光強度)/対照蛋白質の量(総蛍光強度)である。そして、その定めた比を「定量値」とする。
【0014】
また、「目的蛋白質及び対照蛋白質を、それぞれ異なる蛍光色素で標識した抗体を用いて染色する」とは、目的蛋白質と対照蛋白質を異なる蛍光色素で染色し、それぞれを識別できるようにすることを言う。「蛍光色素で染色する」とは、蛍光標識した抗体を直接又は間接的に、例えば一次抗体を介して蛋白質に結合させることなどを言う。また、「蛍光強度」とは、蛍光色素で染色した蛋白質を、蛍光顕微鏡で観察等したときに観測される蛍光の強さあるいは明るさを言う。そして、「総蛍光強度」とは、例えば、染色した試料を観察する画面を、区画し、各区画での蛍光強度を積算あるいは総計したものを言う。「区画」は、例えば、画像のドットである。総蛍光強度は、好ましくは、試料中の蛋白質の量にほぼ比例する。そして、「総蛍光強度を測定する」とは、総蛍光強度を数値化等することを意味する。
【0015】
<多重蛍光抗体法>
蛍光抗体法は、免疫蛍光法とも呼ばれ、蛍光標識した抗体を利用して試料中の抗原を識別できるようにする方法である。「識別」する方法としては、例えば、蛍光顕微鏡を用いる方法の他、Light cycler等の定量PCR装置を用いる方法や、フローサイトメトリー等がある。本発明では、より簡単に行うことができる蛍光顕微鏡を用いる方法で抗原を識別するのが好ましい。また、多重蛍光抗体法は、異なる蛍光色素で標識した2つ以上の抗体を用いることによって、同一試料で複数種類の抗原を染め分けて検出する方法である。多重蛍光抗体法としては、例えば、目的蛋白質と対照蛋白質を2つの異なる蛍光色素で染め分ける二重蛍光抗体法が挙げられる。多重蛍光抗体法は、検出結果が得られるまで要する時間は、おおよそ1〜2日程度である。
【0016】
蛍光抗体法には、直接法及び間接法がある。直接法は、抗原に対して特異的に結合する抗体を蛍光色素で標識して、抗原の可視化に用いる方法である。一方、間接法は、抗原に対して特異的に結合する抗体を一次抗体とし、一次抗体に結合する抗体を二次抗体とし、二次抗体を蛍光色素で標識して、抗原の可視化に用いる方法である。本発明の好ましい態様では、間接法を用いる。間接法には、一次抗体の反応が微弱な場合に、二次抗体により増幅され、検出感度が増すなどの利点がある。
本発明において、「抗原」は、目的蛋白質及び対照蛋白質である。
【0017】
染色は、例えば、次のようにして行う。
直接法では、試料が生組織などの場合は、先ず、試料をアセトンで固定し、リン酸緩衝液(PBS)(pH7.4、NaH2PO4・2H2O:9.0g、NaHPO4・12H2O:65.45g、NaCl:160g、精製水:20L)で洗浄する。また、試料がホルマリン固定パラフィン包埋ブロックの場合は、試料を適当な厚さ(例えば4μm前後)に薄切し、キシレンによる脱パラフィン(例えば5分X3(5分を3回))、脱水(例えば100%エタノール3分を2回、75%エタノール3分を2回)を行い、さらに、よく水洗(例えば5分)を行ったのち、各抗体に応じた抗原賦活を行う。次に蛍光色素で標識した抗体を目的蛋白質に結合させる。そして、試料を再びPBSで洗浄する。その後、別の蛍光色素で標識した抗体を対照蛋白質に結合させ、試料を再びPBSで洗浄する。最後に試料を封入し、総蛍光強度の測定に用いる。尚、このように先に目的蛋白質を染色し、その後、対照蛋白質を染色するのとは逆の順序で、先に対照蛋白質を染色し、その後、目的蛋白質を染色するようにしても良い。また、染色を2回に分けずに、2つの抗体を混合して、染色を1回で終わらせることもできる。
【0018】
間接法では、直接法と同様のサンプル調製を行った後、PBSで洗浄する。次に、一次抗体及び蛍光色素で標識した二次抗体を用いて、目的蛋白質及び対照蛋白質を例えば以下のように染色する。
先ず、一次抗体を目的蛋白質に結合させ、試料を再びPBSで洗浄する。次に、蛍光色素で標識した二次抗体を目的蛋白質と一次抗体との複合体に結合させる。そして、試料を再びPBSで洗浄する。その後は、目的蛋白質に施した処理と同様に、対照蛋白質に一次抗体及び別の蛍光色素で標識した二次抗体を結合させる。そして、試料を再びPBSで洗浄する。最後に試料を封入し、総蛍光強度の測定に用いる。
【0019】
尚、上記染色操作とは逆の順序で、先に対照蛋白質を染色し、その後、目的蛋白質を染色することもできる。また、2つの一次抗体を混合し、目的蛋白質及び対照蛋白質への一次抗体の結合を一回の操作で終わらせるようにしても良い。さらに、2つの二次抗体を混合し、目的蛋白質と一次抗体との複合体への二次抗体の結合及び対照蛋白質と一次抗体との複合体への二次抗体の結合を一回の操作で終わらせるようにすることも可能である。
上記間接法の場合、コントロールとして、二次抗体だけで染色したものを作製するようにしても良い。
【0020】
<蛍光色素>
抗体の標識に用いる蛍光色素は、励起光が照射されたときに蛍光を発し、抗体に結合できる色素であれば良く、特に限定されないが、例えば、フルオレセン イソチオシアネート(FITC)、カルボキシメチル インドシアニン(Cy3)、テトラメチルローダミン イソチオシアネート(TRITC)、フィコエリスリン(PE)、緑色蛍光蛋白質(GFP)、アレクサTM 488、4',6-ジアミジン2'-フェニルインドール ジハイドロクロライド(DAPI)、テキサスレッド、Cy2、アレクサTM 543、アレクサTM 548、Cy5、及びToTo3(Morecular Probes社)等が挙げられる。本発明は多重蛍光抗体法であるので、2つ以上の蛍光色素を組み合わせて用いる。例えば、二重蛍光抗体法であれば、目的蛋白質と対照蛋白質を染色するのに、FITCとCy3、FITCとTRITC、又はCy5とFITC等異なる色を発色する蛍光色素を組み合わせて用いることができる。
【0021】
<蛍光色素で標識した抗体>
蛍光色素で標識した抗体は、市販のものを用いても良いし、あるいは、自ら作製しても良い。市販のものとしては、例えば、Fluorescein isothiocyanate isomer 1 (FITC) conjugated Anti-rabbit immunoglobulin (IgG) (DakoCytomation, CA, USA)、Cy3 conjugated secondary antibody (anti-mouse IgG, CHEMICON International Inc)等がある。抗体に蛍光色素を結合する方法は、特に限定されないが、例えば、次のようにして行うことができる(免疫化学実験法、1992年、右田俊介他訳、西村書店)。先ず、抗体を炭酸緩衝液に溶解して透析し、抗体の濃度が所定濃度(例えば10〜20mg/ml)の溶液を作製する。次に、抗体1mgあたり所定量(例えば1mg)の蛍光色素を透析した溶液に加えて、所定温度(例えば4℃)で所定時間(例えば一晩)混和する。次に、混合液をゲルろ過カラムにかけて、PBSで溶出する。そして、蛍光色素で標識した抗体の分画を回収する。
【0022】
<抗体>
本発明で用いる抗体は、目的蛋白質、対照目的蛋白質、目的蛋白質と一次抗体との複合体、又は対照蛋白質と一次抗体との複合体(以下、目的蛋白質等)を認識し得る抗体であれば、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体の何れであってもよい。但し、特異性が高いモノクローナル抗体を用いることがより好ましい。抗体は、目的蛋白質、対照蛋白質、一次抗体等を抗原として用い、公知の抗体または抗血清の製造法に従って製造することができる。もちろん市販のものを使用することもできる。市販の抗体としては、DAKO社、Roche社、Chemicon international, Inc.、Novocastra及びSanta Cruz Biotechnology, Inc.等から販売されている抗体が挙げられる。DAKO社が販売する抗体としては、HER-2(Hercep Test), c-kit, cyclinD1, ER, PGR, E-cadherin, ChromograninA Thyroglobulin, Ki-67等がある。Santa Cruz Biotechnology, Incが販売する抗体としては、thymidylate synthase(TS) MGMT, h-MLH1 , HER-2, c-kit, ChromograninA, VEGFがある。Novocastraが販売する抗体としては、HER-2, c-kit, cyclinD1, ER, PGR, E-cadherin, ChromograninA , Thyroglobulin等がある。Roche社が販売する抗体としては、dihydropyrimidine dehydrogenase (DPD)等がある。Chemicon international, Inc.が販売する抗体としては、MGMT, c-kit等がある。抗体が市販され、免疫染色が確立されている蛋白質であれば本発明の方法を比較的簡単に適用することができる。
【0023】
モノクローナル抗体産生細胞の作製
先ず、目的蛋白質等を、哺乳動物に対して投与により抗体産生が可能な部位にそれ自体あるいは担体、希釈剤とともに投与する。用いられる哺乳動物としては、例えば、サル、ウサギ、イヌ、モルモット、マウス、ラット、ヒツジ、ヤギが挙げられるが、マウスおよびラットが好ましく用いられる。モノクローナル抗体産生細胞の作製に際しては、抗原を免疫された温血動物、例えば、マウスから抗体価の認められた個体を選択し、脾臓またはリンパ節を採取し、それらに含まれる抗体産生細胞を骨髄腫細胞と融合させることにより、モノクローナル抗体産生ハイブリドーマを調製することができる(Nature, 256巻、495頁(1975年)等)。モノクローナル抗体産生ハイブリドーマのスクリーニングには公知の方法が使用できる。モノクローナル抗体の選別も、公知あるいはそれに準じる方法に従って行なうことができる。
【0024】
モノクローナル抗体の精製
モノクローナル抗体の分離精製は、通常のポリクローナル抗体の分離精製と同様に免疫グロブリンの分離精製法〔例、塩析法、アルコール沈殿法、等電点沈殿法、電気泳動法、イオン交換体(例、DEAE)による吸脱着法、超遠心法、ゲルろ過法、又は抗原結合固相、プロテインA若しくはプロテインGなどの活性吸着剤により抗体のみを採取し、結合を解離させて抗体を得る特異的精製法〕に従って行なうことができる。
【0025】
ポリクローナル抗体の作製
ポリクローナル抗体は、公知あるいはそれに準じる方法にしたがって製造することができる。例えば、免疫抗原(本発明のタンパク質等の抗原)とキャリアータンパク質との複合体を作製し、上記のモノクローナル抗体の製造法と同様に哺乳動物に免疫を行ない、該免疫動物から目的蛋白質等に対する抗体含有物を採取して、抗体の分離精製を行なうことにより製造できる。
【0026】
<総蛍光強度の測定方法>
総蛍光強度の測定方法は、試料の目的蛋白質と対照蛋白質のそれぞれの総蛍光強度を測定できる方法であれば良く、特に限定されないが、例えば、蛍光顕微鏡を用いる方法などが挙げられる。蛍光顕微鏡を用いる方法は、顕微鏡下において試料に励起光を入射し、フィルターなどにより励起光を除き、蛍光色素の発する蛍光を、肉眼、ビデオカメラ、CCDカメラなどで捕らえるなどして、総蛍光強度を測定する方法である。このような蛍光顕微鏡としては、例えば、共焦点レーザー顕微鏡あるいは波長分析共焦点レーザー顕微鏡を用いることが望ましい。例えば、共焦点レーザー顕微鏡あるいは波長分析共焦点レーザー顕微鏡をすでに所有しているのであれば、それを利用することができ、追加の設備投資が比較的少なくてすむという利点がある。本発明の好ましい態様では、蛍光を、高感度ビデオカメラ及び高感度CCDカメラなどを用いて捕らえて画像を取得し、取得した画像を、ソフトウエアなどを用いて解析することにより、総蛍光強度を測定する。
【0027】
より具体的には、例えば、高感度ビデオカメラ及び高感度CCDカメラなどで捕らえた画像の各ドットの蛍光強度を、ソフトウエアなどを用いて数値化し、数値化した各ドットの蛍光強度を、積算することにより総蛍光強度を測定することができる。
【0028】
画像を処理し、蛍光強度を測定するソフトウエア、及び数値化した蛍光強度を積算するソフトウエアは、特に限定されず、まとまって1つのソフトウエアを構成したものであっても良いし、別々のソフトウエアであっても良い。また、このようなソフトウエアとしては、市場に流通しているものを利用しても良いし、又は、自ら作製したもの若しくは他人に委託して作製させたものを利用しても良い。
【0029】
これらの市販のソフトウエアとしては、例えば、LSM 5 PASCAL(Carl Zeiss社)、LSM image Examiner(Carl Zeiss社)を挙げることができる。
【0030】
<試料>
蛋白質の定量に用いる試料としては、目的に応じて適宜選択すれば良く、特に限定されないが、例えば、生組織、ホルマリン固定パラフィン包埋組織などが挙げられる。試料の由来生物は、例えば、ヒトや、ヒト以外の哺乳動物、例えばウシ、サル、トリ、ネコ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ブタ、イヌ、ウサギ、ヒツジ並びにウマなどの非ヒト哺乳動物が挙げられる。また、その他の脊椎動物、無脊椎動物、ウイルス、細菌等を使用することもできる。試料とする組織としては、上皮組織、支持組織、筋組織、神経組織、培養細胞及びこれらの癌化した組織等が挙げられる。癌としては、脳腫瘍、舌癌、咽頭癌、肺癌、乳癌、食道癌、胃癌、膵臓癌、胆道癌、胆嚢癌、十二指腸癌、大腸癌、肝癌、子宮癌、卵巣癌、前立腺癌、腎癌、膀胱癌、横紋筋肉腫、線維肉腫、骨肉腫、軟骨肉腫、皮膚癌、及び各種白血病(例えば急性骨髄性白血病、急性リンパ性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病、成人型T細胞白血病、及び悪性リンパ腫)等が挙げられる。
【0031】
生組織は、外科手術、内視鏡下手術、経血管的手術及び内視鏡下生検、経皮的生検などによりヒトなどから採取することができる。本発明の好ましい態様では、生組織が微量(例えば、数個の細胞)であってもその生組織から精度良く蛋白質の定量を行うことができ、外科的手術標本に頼らずとも、内視鏡下生検標本で十分に施行可能である。内視鏡下生検の場合、生組織を採取する際に、侵襲が少なくてすみ、試料の作製にあたり、ヒトなどへの負担が少ないなどの利点がある。
【0032】
また、ホルマリン固定パラフィン包埋組織は、上記のように採取した生組織を、常法にしたがい、ホルマリン液で固定し、さらにパラフィンで包埋することなどで作製することができる。本発明の好ましい態様では、生検組織の病理検査の際などに作製されたホルマリン固定パラフィン包埋組織をそのまま蛋白質の定量方法に使用することができる。このようにすれば、蛋白質定量のために患者などから改めて組織を採取しなくてもすむので、患者などへの負担を軽減すること等ができる。また、ホルマリン固定パラフィン包埋組織は、医療機関などに数多く保管されているため、これらの組織を医療分野又は生命科学分野の研究材料として有効活用する道を開くことで、医療分野又は生命科学分野の研究が一層進むことも期待できる。
【0033】
<目的蛋白質及び対照蛋白質>
目的蛋白質及び対照蛋白質は、蛋白質定量の目的に応じて適宜選択すれば良く、特に限定されない。
蛋白質定量の目的としては、例えば、抗癌剤感受性を予測する目的、抗癌剤投与の副作用を予測する目的、癌などの予後因子を解析する目的及び病態診断目的などが挙げられる。本発明の好ましい態様によれば、抗癌剤感受性の予測等が可能であり、これにより、適切な抗癌剤選択による治療成績の向上が期待でき、無駄な抗癌剤投与が減り、患者への予後改善のみならず、医療費を削減することも可能である。
【0034】
抗癌剤感受性を予測する目的の場合には、例えば、癌細胞を含む組織を試料とし、また、抗癌剤感受性マーカーとなる蛋白質を目的蛋白質とし、さらに、組織中の細胞のハウスキーピング遺伝子がコードする蛋白質を対照蛋白質とする。例えば、S-1(大鵬薬品工業(株))などの5-FU系抗癌剤の感受性を予測する目的の場合には、目的蛋白質として、チミジル酸シンターゼ(TS)、ジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼ(DPD)、オロテートホスホリボシルトランスフェラーゼ(OPRT)などが挙げられる。また、パクリタキセル(タキソール)(ブリストル・マイヤーズ スクイブ社)、ドセタキセル(タキソテール)(サノフィ・アベンティス社)などのTaxan系抗癌剤の場合には、CHFRが挙げられる。また、シクロフォスファミド(エンドキサン)などのアルキル化系抗癌剤の場合には、hMLH-1、MGMTなどが挙げられる。現在、乳癌に対する抗癌剤ハーセプチンの感受性予測としてHER-2蛋白の免疫染色が臨床応用されているが、本法を応用することによりさらに詳細な感受性予測が可能となると考えられる。同様にGastrointestinal stromal tumor (GIST)に対する抗癌剤イマチニブ(グリベック) でのc-kitの免疫染色、肺非小細胞癌に対する抗癌剤ゲフィチニブ(イレッサ)でのEGF受容体等についても本法を応用することにより詳細な感受性予測ないしはさらなる研究の進展が期待できる。抗癌剤でなくても例えば乳癌のホルモン療法の効果の指標となるとされるエストロゲン、プロゲステロンレセプターにおいても本法を応用することで、「約何%の効果が期待できるか」といったデータの蓄積が可能となる。ハウスキーピング遺伝子がコードする蛋白質としては、β-アクチン(β-actin)及びGAPDHなどが挙げられる。
【0035】
抗癌剤投与の副作用を予測する目的の場合には、抗癌剤の副作用に関連する蛋白質を目的蛋白質とし、組織中の細胞のハウスキーピング遺伝子がコードする蛋白質を対照蛋白質とする。この場合、目的蛋白質として、例えば、NF-kB転写因子、iNOS一酸化窒素誘導酵素、COX-2(シクロオキシゲナーゼ)、PGE2(プロスタグランディン)、IGF(インシュリン様成長因子)およびVEGF(血管内皮増殖因子)などが挙げられる。また、これらの因子の測定は、治療の中途でも内視鏡下生検標本により再測定可能であり、抗癌剤治療を続行するか中断するかの判断の指標として使用することができる。ハウスキーピング遺伝子がコードする蛋白質としては、β-アクチン及びGAPDHなどが挙げられる。
【0036】
癌などの予後を予測する目的の場合には、予後因子のマーカーとなる蛋白質を目的蛋白質とし、組織中の細胞のハウスキーピング遺伝子がコードする蛋白質を対照蛋白質とする。この場合、予後因子のマーカーとなる蛋白質として、p53、Ki-67、上皮増殖因子受容体(EGFR)、血管形成誘導因子(VEGF)、Cyclin family、p21、pRB、 Matrix metalloproteinase family、E-カドヘリン、及びβ-カテニン等の多数の蛋白質が挙げられる。また、ハウスキーピング遺伝子がコードする蛋白質としては、β-アクチン及びGAPDHなどが挙げられる。
【0037】
病態診断目的の場合は、診断のKey protein(主に分泌蛋白)を、目的蛋白質とし、組織中の細胞のハウスキーピング遺伝子がコードする蛋白質を対照蛋白質とする。この場合、診断のKey proteinとして、CEA、AFP、クロモグラニンA、シナプトフィジン等が挙げられ、甲状腺においては甲状腺ホルモン、サイログロブリン、甲状腺刺激ホルモン、カルシトニン等が挙げられる。副腎においては、ACTHやステロイドホルモン、消化管については、ソマトスタチンやガストリン、膵においては、アミラーゼ、グルカゴン、インスリン、トリプシン等が挙げられる。他に卵巣や精巣において性ホルモンの定量も可能である。このようにどの組織でどの程度のホルモンが分泌されているかという検討が可能となり、病態解析や、診断におおきな役割を果たすことが期待できる。ハウスキーピング遺伝子がコードする蛋白質としては、β-アクチン及びGAPDHなどが挙げられる。
【0038】
<抗癌剤感受性予測方法及び抗癌剤効果予測方法>
また、本発明の別の態様によれば、本発明の蛋白質定量方法で得られた蛋白質の定量値を指標として、抗癌剤感受性を予測する、抗癌剤感受性予測方法が提供される。また、本発明の蛋白質定量方法で得られた蛋白質の定量値を指標として、抗癌剤の効果を予測する、抗癌剤効果予測方法が提供される。
【0039】
ある癌細胞にある抗癌剤を作用させたときに、癌細胞が死滅すると、その癌細胞はその抗癌剤に対して感受性を有するということができる。ある抗癌剤に対してこのように感受性を有する癌細胞にその抗癌剤を作用させた場合に、その癌細胞中での発現量が増える蛋白質、発現量が減る蛋白質、あるいは発現量が所定の範囲内に維持される蛋白質がある。これらの蛋白質は、癌細胞がその抗癌剤に対して感受性があるかどうかを予測する指標となる。また、抗癌剤の中には、その抗癌剤を癌細胞に作用させる前に、癌細胞中のある蛋白質の発現量が少ない場合、多い場合、あるいは所定範囲内の発現量である場合に、その癌細胞のその抗癌剤に対しての感受性の有無を予測することができるものがある。従って、抗癌剤を癌細胞に作用させた後に、あるいは抗癌剤を癌細胞に作用させる前に、これらの蛋白質の癌細胞中での発現量を定量し、得られた蛋白質の定量値を指標とすることで、抗癌剤の感受性を予測すること、あるいは抗癌剤の効果を予測することができる。
具体的には、抗癌剤感受性及び抗癌剤効果は、得られた蛋白質の定量値を指標として、例えば、次のように予測する。すなわち、ある抗癌剤に対して感受性を有する癌細胞にその抗癌剤を作用させた場合に癌細胞中での発現量が減るような蛋白質を指標とするとき、あるいは、ある抗癌剤を癌細胞に作用させる前に、その抗癌剤に対しての感受性があればその癌細胞中での発現量が少ない蛋白質を指標とするときは、その蛋白質の定量値が所定の基準値以下であるとき、被検細胞は抗癌剤に対して感受性が高い、あるいは、抗癌剤の効果が期待できる、と予想することができる。一方、ある抗癌剤に対して感受性を有する癌細胞にその抗癌剤を作用させた場合に癌細胞中での発現量が増えるような蛋白質を指標とするとき、あるいは、ある抗癌剤を癌細胞に作用させる前にその抗癌剤に対しての感受性があればその癌細胞中での発現量が多い蛋白質を指標とするときには、その蛋白質の定量値が所定の基準値以上であるとき、被検細胞は抗癌剤に対して感受性が高い、あるいは、抗癌剤の効果が期待できる、と予想することができる。さらに、ある抗癌剤に対して感受性を有する癌細胞にその抗癌剤を作用させた場合に癌細胞中での発現量が所定の範囲内になるような蛋白質を指標とするとき、あるいは、ある抗癌剤を癌細胞に作用させる前にその抗癌剤に対しての感受性があればその癌細胞中での発現量が所定の範囲内である蛋白質を指標とするときには、その蛋白質の定量値が所定の基準値の範囲内であるとき、被検細胞は抗癌剤に対して感受性が高い、あるいは、抗癌剤の効果が期待できる、と予想することができる。
【0040】
特に、試料から、2つ以上の蛋白質の定量値を算出し、算出した蛋白質の定量値から、比を求め、求めた定量値の比を指標として、抗癌剤感受性及び抗癌剤効果を予測するのが好ましい。すなわち、ある抗癌剤に対して感受性を有する癌細胞にその抗癌剤を作用させた場合に小さくなるような比を指標とするとき、あるいは、ある抗癌剤を作用させる前に癌細胞がその抗癌剤に対して感受性を有するのであれば小さくなるような比を指標とするときは、求めた定量値の比が所定の基準値以下であるとき、被検細胞は抗癌剤に対して感受性が高い、あるいは、抗癌剤の効果が期待できる、と予想することができる。一方、ある抗癌剤に対して感受性を有する癌細胞にその抗癌剤を作用させた場合に大きくなるような比を指標とするとき、あるいは、ある抗癌剤を作用させる前に癌細胞がその抗癌剤に対して感受性を有するのであれば大きくなるような比を指標とするときは、求めた定量値の比が所定の基準値以上であるとき、被検細胞は抗癌剤に対して感受性が高い、あるいは、抗癌剤の効果が期待できる、と予想することができる。さらには、ある抗癌剤に対して感受性を有する癌細胞にその抗癌剤を作用させた場合に所定の範囲内になるような比を指標とするとき、あるいは、ある抗癌剤を作用させる前に癌細胞がその抗癌剤に対して感受性を有するのであれば所定の範囲内になるような比を指標とするときは、求めた定量値の比が所定の基準値の範囲内であるときに、被検細胞は抗癌剤に対して感受性が高い、あるいは、抗癌剤の効果が期待できる、と予想することができる。
例えば、日本で最も汎用され、高い奏功率が報告されているS-1を初めとする5-FU系抗癌剤の胃癌における効果予測に関しては、チミジル酸シンターゼの定量値、ジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼの定量値及びオロテートホスホリボシルトランスフェラーゼの定量値から、「オロテートホスホリボシルトランスフェラーゼの定量値/ジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼの定量値(OPRT/DPD比)」、「オロテートホスホリボシルトランスフェラーゼの定量値/チミジル酸シンターゼの定量値(OPRT/TS比)」、及び「オロテートホスホリボシルトランスフェラーゼの定量値/(ジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼの定量値+チミジル酸シンターゼの定量値)(OPRT/( DPD +TS)比)」からなる群から選択される少なくとも1つの比を求め、求めた定量値の比を指標として、抗癌剤の感受性又は抗癌剤の効果を予測する。
【0041】
所定の基準値は、各臓器などの癌において実験研究を行い、データを蓄積することで、設定することができる。例えば、5-FU系抗癌剤の胃癌における効果予測に関して本発明者が行った研究では、OPRT/DPD比が1以上、あるいはOPRT/TS比が1以上で抗癌剤の効果(PR(有効)以上の効果)が期待できる。そして、特に、OPRT/(TS+DPD)比が、最も有用であり、OPRT/(DPD +TS)比が0.5以上で抗癌剤の効果(PR(有効)以上の効果)が期待できる。
【0042】
このように、抗癌剤感受性又は抗癌剤効果を予測することで、適切な抗癌剤選択による治療成績の向上が期待でき、無駄な抗癌剤投与が減り、患者への予後改善のみならず、医療費を削減することも可能である
【0043】
<顕微組織分離法>
癌化した組織の試料中には、癌細胞の他、膠原線維や他の細胞が含まれている。このような試料を用いて癌細胞のみについて蛋白質の定量を行うことを目的とする場合には、生検組織であれば、癌細胞、膠原線維および他の細胞等が組織内でほつれているので、癌細胞のみを蛍光顕微鏡等で比較的容易に見分けることができる。ところが、湿潤部や転移部等の組織では、癌細胞に膠原線維や他の細胞が複雑に絡んでいて、癌細胞のみを顕微鏡等で見分けることが難しい場合がある。
このような場合、例えば、試料中の癌細胞等の目的細胞を、顕微組織分離法を用いて識別できるようにした上で、癌細胞等の目的細胞のみについて蛋白質の定量値を求めるようにすることが好ましい。顕微組織分離法を用いる場合、目的蛋白質及び対照蛋白質を染色した後に顕微組織分離法を施し、目的細胞を識別できるようしても良いし、目的蛋白質及び対照蛋白質を染色する前に顕微組織分離法を施し、目的細胞を識別できるようにしても良いし、あるいは、目的蛋白質及び対照蛋白質の染色と同時に顕微組織分離法を施し、目的細胞を識別できるようしても良い。「顕微組織分離法(microdissection)」は、顕微鏡下などでの組織観察において例えば癌細胞といった目的細胞のみを組織から区別できるようにする方法である。「顕微組織分離法」には、例えば、針等を用いる方法、Laser capture microdissection法および蛍光組織分離法等が含まれる。「針等を用いる方法」は、針等を用いて目的細胞を他の組織から引き裂くなどして試料中の目的細胞を分離する方法である。また、「Laser capture microdissection法」は、レーザーで組織を打ち抜き試料中の目的細胞を分離する方法である。
【0044】
本発明の好ましい態様では、顕微組織分離法として、蛍光組織分離法が用いられる。「蛍光組織分離法(Fluorescential microdissection)」は、試料中の目的細胞を蛍光色素で識別標識することで、試料中の目的細胞を組織から区別できるようにする方法である。本発明の好ましい態様では、試料中の目的細胞の所定の蛋白質を蛍光色素で染色する。そして、膠原線維や他の細胞が複雑に絡んでいる癌細胞や、低分化の癌細胞など、試料中で見分けることが難しい癌細胞を、蛍光組織分離法により組織から比較的容易に区別することができる。ここで「所定の蛋白質」とは、好ましくは目的細胞に特異的に発現する蛋白質である。目的細胞が癌細胞の場合、所定の蛋白質は、例えば、癌細胞に特異的に発現するサイトケラチン、上皮細胞膜特異抗原、癌胎児抗原、ヘパトサイト、αフェトプロテイン、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、ヒト上皮細胞成長因子受容体2、甲状腺転写因子-1、前立腺特異抗原、CD10、サイログロブリン、P63、p53、Ki-67およびCyclin-D1等である。ここで、サイトケラチンは、上皮細胞にある中間径フィラメントであり、上皮細胞由来の癌細胞を染色するのに適した蛋白質である。サイトケラチンにはCK 1〜CK20を含む20種類以上のサブタイプがある。臓器によって発現するサイトケラチンのタイプは異なるので、癌細胞が発症した臓器に応じて、各癌細胞の識別標識に適したタイプのサイトケラチンを染色するようにすれば良い。もちろん、複数のタイプのサイトケラチンを、CK AE1、CK AE3、およびCAM5.2等の数種類の抗体のカクテルを用いて染色するようにしても良い。上皮細胞膜特異抗原(Endothelial cell Membrane specific Antigen: EMA)も上皮細胞由来の癌細胞を染色するのに適した蛋白質である。癌胎児抗原(Carcinoembryonic antigen: CEA)は腺癌細胞を染色するのに適した蛋白質である。ヘパトサイト(Hepatocyte)およびαフェトプロテイン(alpha- fetoprotein: AFP)は肝癌細胞を染色するのに適した蛋白質である。エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体およびヒト上皮細胞成長因子受容体2(Human Epidermal growth factor Receptor 2: HER2)は乳癌細胞を染色するのに適した蛋白質である。甲状腺転写因子-1(Thyroid Transcription Factor-1: TTF-1)は肺癌細胞を染色するのに適した蛋白質である。前立腺特異抗原(Prostate-Specific Antigen: PSA)は前立腺癌細胞を染色するのに適した蛋白質である。CD10は腎癌細胞を染色するのに適した蛋白質である。サイログロブリン(Thyroglobulin)は甲状腺癌細胞を染色するのに適した蛋白質である。P63は扁平上皮癌細胞を染色するのに適した蛋白質である。上記したサイトケラチン、上皮細胞膜特異抗原、癌胎児抗原、ヘパトサイト、αフェトプロテイン、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、ヒト上皮細胞成長因子受容体2、甲状腺転写因子-1、前立腺特異抗原、CD10、サイログロブリンおよびP63は、各臓器における癌細胞に特異的に発現する蛋白質であり、転移性の癌細胞を識別標識するために適した蛋白質である。また、癌の悪性度を分別するために用いられているp53、Ki-67およびCyclin-D1等の蛋白質も、癌細胞を識別標識するに使用することができる蛋白質である。本発明の好ましい態様では、これらの蛋白質の少なくとも1つを蛍光色素で標識する。尚、本発明では、目的細胞を識別標識するために蛍光色素で染色する蛋白質は、上記例示した蛋白質に限定されず、癌細胞の由来細胞や生物学的特性等を考慮して適宜選択するようにすれば良い。目的細胞を識別標識するために蛍光色素で染色する蛋白質の具体例は、例えば、病理と臨床2007 Vol. 25臨時増刊号「診断に役立つ免疫組織化学」p325-p367「抗体index」等にも記載されている。
本発明において、目的細胞の所定の蛋白質を標識する蛍光色素は、目的蛋白質及び対照蛋白質を標識する蛍光色素と異なるもの、より好ましくは発色する色が異なるものである。蛍光色素としては、例えば、フルオレセン イソチオシアネート(FITC)、カルボキシメチル インドシアニン(Cy3)、テトラメチルローダミン イソチオシアネート(TRITC)、フィコエリスリン(PE)、緑色蛍光蛋白質(GFP)、アレクサTM 488、4',6-ジアミジン2'-フェニルインドール ジハイドロクロライド(DAPI)、テキサスレッド、Cy2、アレクサTM 543、アレクサTM 548、Cy5、及びToTo3 (Morecular Probes社)等が挙げられる。本発明のさらに好ましい態様では、これらの蛍光色素のうち、目的蛋白質及び対照蛋白質を標識するのに用いる蛍光色素と異なる少なくとも1つの蛍光色素を、目的細胞の所定の蛋白質を標識するのに用いる。
【0045】
尚、目的細胞の染色は、前述した抗体と同様の抗体を用いて、前述した方法と同様の方法で行うことができる。目的細胞の染色に用いる抗体は、例えば、目的細胞を識別標識するための蛋白質を認識し得る抗体や、当該蛋白質と一次抗体との複合体を認識し得る抗体である。
より具体的には、蛍光組織分離法で試料中から目的細胞を識別するには、例えば、上皮細胞由来の癌細胞に特異的に発現しているサイトケラチンをCy5(青)で標識する。この標識により、蛍光顕微鏡下での観察では目的細胞の癌細胞のみが青く光ることになる。そして、例えば目的蛋白質をFITC(緑)で、β-アクチン等の対照蛋白質をCy3(赤)で標識する。すなわち、3つの異なる色素を用いる三重蛍光抗体法を用いて、試料を染色する。そして、青く光る癌細胞のみを前述したソフトと同様の画像解析ソフトを用いて抜き出し、蛍光強度の解析を行うことで、癌細胞のみについて蛋白質の定量を行うことができる。
目的細胞の染色は、目的蛋白質と対照蛋白質の染色の前に行うようにしても良いし、目的細胞と対照蛋白質の染色の後に行うようにしても良いし、あるいは、目的細胞と対象蛋白質の染色と同時に行うようにしても良い。
【0046】
<蛋白質定量用キット>
本発明の別の態様によれば、蛋白質定量用キットが提供される。キットには、目的蛋白質に結合する一次抗体と、対照蛋白質に結合する一次抗体と、目的蛋白質と一次抗体との複合体に結合する二次抗体と、対照蛋白質と一次抗体との複合体に結合する二次抗体と、それぞれの二次抗体を区別して標識する蛍光色素とを含む。
本発明の好ましい態様によれば、キットには、さらに、目的細胞の所定の蛋白質に結合する一次抗体と、目的細胞の所定の蛋白質と一次抗体との複合体に結合する二次抗体と、当該二次抗体を他の二次抗体と区別して標識し、目的細胞を識別標識する蛍光色素とが含まれる。
キットには、必要に応じて、補助剤、専用容器、その他の必要なアクセサリー、及び説明書などが含まれて良い。
本発明のキットを用いることにより、より簡単に試料中の蛋白質を定量することができる。
【0047】
以下、実施例を示して本発明をより詳細に説明する。但し、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0048】
本実施例では、5-FU系抗癌剤S-1(大鵬薬品工業(株))の感受性を予測する目的で、チミジル酸シンターゼ(TS)、ジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼ(DPD)及びオロテートホスホリボシルトランスフェラーゼ(OPRT)の定量を行った。
【0049】
<S-1代謝経路>
S-1は、テガフール(FT)、ギメラシル(CDHP)及びオテラシルカリウム(Oxo)の三成分系の経口抗癌剤である。dUMPをdTMPに変換してDNAを合成する際に必要な酵素としてTSがあるが、S-1は、このTSの活性を阻害し、癌細胞におけるDNAの合成を阻害することで、抗腫瘍効果を示す。
S-1の代謝経路を図1に示す(Takeuchi H et al. J Clin Oncol 16(8), 1998)。
FTは、体内で徐々に5-FUに変換され、さらに癌細胞内でOPRTによりリン酸化され、5-フルオロヌクレオチド(FdUMP等)に変換される。そして、FdUMPがDNA合成に必要なTSなどと複合体を形成することにより、癌細胞内のTSが枯渇し、癌細胞のDNAの合成が阻害される。
また、CDHPは、癌細胞内の5-FUを不活化し、分解するジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼ(DPD)を選択的に阻害することによって、FTから変換される5-FUの濃度を上昇させる。
尚、Oxoは経口投与により主として消化管組織に分布して、OPRTを選択的に阻害し、5-FUからFUMPへの変換を阻害する。これにより、消化管障害を軽減できると考えられている。
よって、(a)TS活性が低い場合、(b)DPD活性が低い場合、又は(c)OPRT活性が高い場合には、S-1に対する感受性が高いと判断できる。一方、(a)TS活性が高い場合、(b)DPD活性が高い場合、又は(c)OPRT活性が低い場合には、S-1に対する感受性が低いと判断できる。
【0050】
<試料>
胃癌患者の治療開始前に内視鏡下で採取した胃癌組織の生検ホルマリン固定パラフィン包埋標本(ホルマリン固定パラフィン包埋ブロック)を試料として用いた。尚、「治療開始前」とは、S-1あるいは他の抗癌剤投与を含むあらゆる治療の開始前のことを指す。
生検ホルマリン固定パラフィン包埋標本に対応する胃癌患者は、生検後、化学療法が行われ、その治療効果が確認されている。すなわち、治療として、ネオアジュバント化学療法(NA Chemotherapy:NAC)を行い、その後、一部の患者は切除術を行った。ネオアジュバント化学療法では、一部の患者はS-1のみ投与し、また、他の一部の患者はS-1とCDDP(ランダ注:日本化薬株式会社)を投与し、また、残りの患者はS-1とTax(パクリタキセル;タキソール、ブリストル製薬株式会社)を投与した。
生検ホルマリン固定パラフィン包埋標本に対応する胃癌患者を、化学療法による治療効果で、Complete Response (CR:著効)、Partial Response (PR:有効)、No Change (NC:不変)及びProgressive Disease(PD:進行)の4群に分類した(表1)。また、さらに、胃癌患者を、有効症例群(Responder(CR+PR))及び無効症例群(Non-responder(NC+PD))の2群に分類した(表2)。分類は、日本癌治療学会の基準に基づく。
【0051】
具体的には、CR, PR, NC及びPDの意味は、次の通りである。
CR:測定可能病変、評価可能病変および腫瘍による二次的病変が、すべて消失し、新病変の出現がない状態が4週間以上持続したもの。
PR:二方向測定可能病変の縮小率が50%以上であるとともに、評価可能病変および腫瘍による二次的病変が憎悪せず、かつ新病変の出現しない状態が少なくとも4週間以上持続した場合、又は一方向測定可能病変において、それぞれの算定式で求めた縮小率が30%以上であり、評価可能病変および腫瘍による二次的病変が憎悪せず、かつ新病変の出現しない状態が少なくとも4週間以上持続した場合。
NC:二方向測定可能病変の縮小率が50%未満、一方向測定可能病変においては縮小率が30%未満であるか、またはそれぞれの25%以内の増大にとどまり、腫瘍による二次的病変が憎悪せず、かつ新しい病変が出現しない状態が少なくとも4週間以上持続した場合。
PD:測定可能病変の積または径の和が25%以上の増大、または他病変の憎悪、新病変の出現がある場合。
【0052】
下記表1及び表2に示したように、化学療法による治療効果で分けた各群には、年齢、性別、化学療法のレジメン、組織型で各群間に有意差がない。すなわち、表1及び表2は、今回の実施例に用いた症例が、統計学的に作為的に選んだ集団ではないことを示す。統計学的解析はStudentのt検定およびカイ2乗検定を用いた。
【0053】
【表1】

【0054】
【表2】

【0055】
<染色及び蛍光強度の測定>
先ず、ホルマリン固定パラフィン包埋組織を次のように処理した。
標本は4μmの厚さで薄切、50℃で伸展し、37℃で2時間ベイク(保温)し、コーティングスライドガラスに固定した。この時、高温で長時間のベイク(保温)はしなかった。次にキシレンによる脱パラフィン(5分X3)、及び脱水(100%エタノール3分、2回、75%エタノール3分、2回)を行った。その後よく水洗(5分)した。そして、次の抗原賦活処理をTSのみで行った。すなわち、10mM, pH6.0クエン酸bufferを用い、マイクロウェーブで10分処理し、その後2時間室温に放置し、十分冷却させた。それから、PBSにて洗浄し、5%スキムミルク10分にて非特異的反応のブロッキングを行った後、1次抗体として大鵬薬品工業より供与された、TS(抗ウサギ、100倍希釈)、DPD(抗ウサギ、100倍希釈)、OPRT(抗ウサギ、500倍希釈)ポリクローナル抗体を用い、室温で2時間反応させた。次に、PBSで再び組織を洗浄した後、それぞれ2次抗体としてFITC標識の2次抗体(抗ウサギ、ダコ)を100倍希釈で30分反応させた。このようにして、先ず、目的蛋白質のTS、DPD及びOPRTをそれぞれの試料で染色した。次に、対照蛋白質のβ-actinを染色した。先ず、1次抗体として抗β-actin抗体(Mouse, monoclonal, SIGMA, Saint Louis, USA)を500倍希釈したものを用いて、2時間反応させた。その後、Cy3標識抗体 (抗マウス:Chemicon)を、室温で30分反応させた。その後、水洗、封入した。
【0056】
ここで、図2は、上記のような二重蛍光抗体法により、中分化腺癌のTSとβ-アクチンを染色した画像写真である。(a)は、β-アクチンの染色像であり、(b)は、TSの染色像である。また、(c)は、(a)と(b)を合わせた画像である。TSは、FITCを用いて、β-アクチンはCy3を用いてそれぞれ可視化した。図2に示したように、TSは、緑色に、β-アクチンは赤色に染まって見える。
【0057】
次に、蛍光強度を次のようにして測定した。先ず、Laser Scanning Microscope LSM5 Pascal (Carl Zeiss Microimaging : Jena Germany)を用い、Absolute FrequencyのCH1をCy3(β-actin)、Absolute FrequencyのCH2をFITC(目的蛋白質)に設定し、400倍の倍率で可能な限り癌細胞のみで、間質や血球が入らないように二重蛍光免疫染色の画像を取得した。次に、付属の画像解析ソフトウエア(LSM image Examiner)を用い、蛍光強度を測定した。この際、すべての画像取得条件が同一になるように、LSMの設定にはReuse機能を使用した。また、全ての画像のバックグラウンドのZERO基準点を同一することで定量値にアーチファクトがかからない様留意した。図3は、この時の解析画面の写真である。
【0058】
二重蛍光抗体法により可視化した中分化腺癌の画像は、8bitの画像であり、蛍光強度は0から256階調で示される(図3中のb(Intensity))。また、画像のドット数は、512X512である。β-アクチンの蛍光強度の分布を図3中のa1(Absolute FrequencyのCH1)に、TSの蛍光強度の分布を図3中のa2(Absolute FrequencyのCH2)に示した。β-アクチン(対照蛋白質)の総蛍光強度は、Σa1xb (0x0 + 1x0 + 2x0 + 3x33 + 4x6853 + …….)で計算して求めた。同様にTSの総蛍光強度はΣa2xb (0x0 + 1x0 + 2x0 + 3x16416 + 4x17064 + …….)で計算して求めた。TS(目的蛋白質)の定量値は、TSの総蛍光強度をβ-アクチンの総蛍光強度で割った値となる。
このようにして、TS、DPD及びOPRTのそれぞれについて、定量値を求めた。
【0059】
<結果>
測定結果を、図4〜図9に示す。図4〜図9において、有意差の検定は、Studentのt検定、Kruskal-Wallisの検定によって行った。そして図4〜図9中、「*」は、p<0.05を、「**」は、p<0.01を示す。
図4は、TSの定量値の平均値を、Complete Response (CR)、Partial Response (PR)、No Change (NC)及びProgressive Disease(PD)の4群で比較したグラフである。また、図5は、DPDの定量値の平均値を、CR、PR、NC及びPDの4群で比較したグラフである。さらに図6は、OPRTの定量値の平均値を、CR、PR、NC及びPDの4群で比較したグラフである。図4〜図6に示したように、多重蛍光染色法により、TS、DPD及びOPRTの定量値を求めることができることが分かる。これらの定量値は、理論値と同じような傾向にある。すなわち、CR及びPRにおいて、NC及びPD と比較してTS及びDPDの活性が低く、ORPDの活性が高いという傾向が見られた。
よって、治療開始前の患者から採取した癌細胞を試料として、試料中に含まれるTS、DPDまたはOPRTの定量を行った場合に、(a)TSの量が少ない場合、(b)DPDの量が少ない場合、又は(c)OPRTの量が多い場合には、S-1に対する感受性又はS-1の効果が高いと判断できる。このような患者は、S-1を投与することで、将来、CR又はPRに分類されるようになることが期待できる。一方、(a)TSの量が多い場合、(b)DPDの量が多い場合、又は(c)OPRTの量が少ない場合には、S-1に対する感受性又はS-1の効果が低いと判断できる。このような患者は、S-1を投与したとしても、将来、NC又はPDに分類されるようになる可能性があるため、S-1を投与せず、別の抗癌剤の投与を考慮すべきであると考えられる。
尚、試料中に含まれるTS、DPDまたはOPRTの量が多いか少ないかを定める基準値は、上記のような実験を行いデータを蓄積することで設定することができる。
【0060】
さらに、図7は、求めた定量値に基づき、OPRT/DPD、OPRT/TS及びOPRT/(DPD+TS)の平均値をCR、PR、NC及びPDの4群で比較したグラフである。S-1に対する感受性が低い場合には、(a)OPRT/DPDが小さいこと、(b) OPRT/TSが小さいこと、又は(c) OPRT/(DPD+TS)が小さいことが予想される。一方、S-1に対する感受性が高い場合には、(a)OPRT/DPDが大きいこと、(b) OPRT/TSが大きいこと、又は(c) OPRT/(DPD+TS)が大きいことが予想される。また、S-1にはDPD阻害剤が含有されているため、OPRT/DPDよりOPRT/TSのほうが治療効果とより強く相関し、3つの蛋白の作用機序を考慮したOPRT/(TS+DPD)の値が最も治療効果と相関することが予想される。図7を見ると、OPRT/DPD、OPRT/TS及びOPRT/(DPD+TS)を用いることで、症例数が少なくても、有効症例群(Responder)と無効症例群(Non-Responder)の間で有意差が現れることが判る。
よって、治療開始前の患者から採取した癌細胞を試料として、TS、DPD及びOPRTの定量を行い、OPRT/DPD、OPRT/TS及びOPRT/(DPD+TS)の比を求めた場合に、(a)OPRT/DPDが大きい場合、(b) OPRT/TSが大きい場合、又は(c) OPRT/(DPD+TS)が大きい場合には、S-1に対する感受性又はS-1の効果が高いと判断できる。このような患者は、S-1を投与することで、将来、CR又はPRに分類されるようになることが期待できる。一方、(a)OPRT/DPDが小さい場合、(b) OPRT/TSが小さい場合、又は(c) OPRT/(DPD+TS)が小さい場合には、S-1に対する感受性又はS-1の効果が低いと判断できる。このような患者は、S-1を投与したとしても、将来、NC又はPDに分類されるようになる可能性があるため、S-1を投与せず、別の抗癌剤の投与を考慮すべきであると考えられる。
尚、OPRT/DPD、OPRT/TS及びOPRT/(DPD+TS)の比が大きいか小さいかを定める基準値は、上記のような実験を行いデータを蓄積することで設定することができる。この場合、基準値は、例えば、OPRT/DPD比が1、OPRT/TS比が1、OPRT/(DPD+TS)比が0.5である。
【0061】
また、図8は、TS、DPD及びOPRTの定量値の平均値を、有効症例群(Responder (CR+PR))及び無効症例群(Non-Responder (NC +PD))の2群で比較したグラフである。2群比較すると、有効症例群において、無効症例群と比較してTS及びDPDの活性が低く、ORPDの活性が高いという理論通りの結果となったことが判る。
また、図9は、OPRT/DPD、OPRT/TS及びOPRT/(DPD+TS)の平均値を有効症例群 (CR+PR)及び無効症例群(NC +PD)の2群で比較したグラフである。図9に示したように、有効症例群と無効症例群の間で強い有意差が認められた。すなわち、有効症例群において、予想通り、(a)OPRT/DPDが大きいこと、(b) OPRT/TSが大きいこと、及び(c) OPRT/(DPD+TS)が大きいことが確認できた。特に、(c) OPRT/(DPD+TS)において、より一層強い有意差が認められた。しかもOPRT/DPDよりOPRT/TSのほうが治療効果とより強く相関し、3つの蛋白の作用機序を考慮したOPRT/(TS+DPD)の値が最も治療効果と相関するという予想通りの結果を示した。
【0062】
これらのことは、本発明の多重蛍光抗体法を用いた蛋白質定量方法が、発現蛋白質を的確かつ簡単に定量することができる方法であることに加え、本発明の方法を用いて求めた定量値を用いることで、抗癌剤の効果の予測等が可能であることを示す。抗癌剤の効果の予測が可能となれば、無駄な抗癌剤の投与が減り、患者の予後を改善できるだけでなく、多額の医療費を削減することができる。例えば、5-FU系抗癌剤の奏功率は報告によりばらつきがあるものの胃癌においては単剤で14.3〜44.6%程度と報告されている(日本臨床 増刊号4, 2001, 「胃癌の診断と治療」 p393-397)。しかも抗癌剤は一般の薬に比較しかなり高額である。この奏功率を感受性予測により、例えば70-80%程度まで高めることで、日本全体では巨額の医療費を削減することができる。
【実施例2】
【0063】
<蛍光組織分離法>
(1) 胃癌患者の治療開始前に内視鏡下で採取した胃粘膜組織の生検ホルマリン固定パラフィン包埋標本(ホルマリン固定パラフィン包埋ブロック)を試料として用いた。そして、サイトケラチンをCy5で染色したことを除いて、実施例1と同様の方法で、目的蛋白質であるOPRTをFITCで、またβ-アクチンをCy3で染色した。具体的には、次のように染色を行った。先ず、実施例1と同様の方法で、目的蛋白質であるOPRTをFITCで、またβ-アクチンをCy3で染色した。この時、水洗後の封入は行わなかった。次に、OPRTとβ-アクチンを染色した標本を、クエン酸バッファで5分間マイクロウェーブ処理した。このマイクロウェーブ処理した標本を、1次抗体として抗サイトケラチン抗体(ニチレイ社製のヒストファイン抗ケラチン/サイトケラチンモノクローナル抗体)を室温で1時間反応させた。その後、Cy5標識抗体 (抗マウス:Chemicon)を100倍希釈したものを用いて、30分反応させた。そして最後に、標本を水洗、封入した。すなわち、上記染色は、Cy5、FITCおよびCy3の3つの蛍光色素を用いた三重蛍光染色である。尚、ここでは、本発明者らは、癌組織ではなく、パイロットとして、正常胃粘膜腺管を染色した。
【0064】
図10は、蛍光抗体法で試料中の正常胃粘膜腺管を染色した様子を示す画像写真である。(a)は、目的蛋白質の染色像であり、(b)は、β-アクチンの染色像である。また、(c)は、サイトケラチンの染色像であり、(d)は、(a)と(b)と(c)を合わせた画像である。図10に示したように、目的蛋白質は緑色に、β-アクチンは赤色に、さらに、サイトケラチンは青色に染まって見える。サイトケラチンは、上皮細胞に特異的に発現する蛋白質であるので、サイトケラチンを染色することで、図10に示すように、生検組織中に含まれる上皮細胞を識別標識することができる。
【0065】
図10では正常な腺管上皮細胞が識別標識されているが、上皮細胞に特異的に発現するサイトケラチンを染色することで、上皮細胞由来である癌細胞を炎症細胞や間質の細胞と視覚的に分離する(見分ける)こともできる。よって、図10の画像の青色に染まった細胞が、正常な腺管上皮細胞ではなく上皮細胞由来の癌細胞であると仮定した場合には、青色に染まった癌細胞のみを画像解析ソフトを用いて抜き出し、抜き出した癌細胞のみについて実施例1と同様の蛍光強度の解析を行うことで、癌細胞のみについて目的蛋白質の定量を行うことができる。この方法によれば、確実に癌細胞を選択できるのみならず、簡便で、低コストである。また、本実施例では共焦点レーザー顕微鏡を用いたので、試料の重なりを無視できるという利点もある。
【0066】
(2) 胃癌患者の治療開始前に内視鏡下で採取した炎症細胞湿潤を伴った胃癌組織の生検ホルマリン固定パラフィン包埋標本(ホルマリン固定パラフィン包埋ブロック)を試料として用いた。そして、上述の実施例2の(1)に記載した方法で、目的蛋白質であるOPRTをFITCで、またβ-アクチンをCy3で、さらにサイトケラチンをCy5で染色した。尚、ここでは、本発明者らは、癌組織を染色した。
【0067】
図11は、三重蛍光抗体法で試料中の中分化腺癌組織を染色した様子を示す画像写真である。図11を見ると、Cy5(青色)で識別標識した細胞が上皮細胞由来の癌細胞であることがわかる。また、癌細胞のみがCy5(青色)で染色されているため、癌細胞を炎症細胞や間質の細胞と視覚的に分離する(見分ける)ことができた。そこで、画像解析ソフトを用いて、青の蛍光を基に癌細胞の識別を行った。図12は、癌細胞を識別標識した後の画像写真である。図12中、(a)は、目的蛋白質の染色像であり、(b)は、β-アクチンの染色像である。また、(c)は、サイトケラチンの染色像であり、(d)は、(a)と(b)と(c)を合わせた画像である。図12に示したように、癌細胞中で、目的蛋白質は緑色に、β-アクチンは赤色に染まって見える。
【0068】
そこで、実施例1と同様のソフトを用い、CH1-T1をFITC(目的蛋白質)、CH1-T2をCy3(β-actin)、Ch1-T3をCy5、に設定し、400倍の倍率で蛍光免疫染色の画像を取得した。次に、実施例1と同様にして、蛍光強度を測定した。図13は、この時の解析画面の写真である。
【0069】
図13に示す解析画面が得られることから明らかなように、顕微組織分離法により分離した癌細胞の画像からも目的蛋白質と対照蛋白質の蛍光強度の計算が可能であることが分かる。すなわち、癌細胞中のサイトケラチンをCy5で染色して、試料中の癌細胞を識別標識することで、識別標識した癌細胞中の目的蛋白質の定量値を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】S-1の代謝経路を示す図である。
【図2】二重蛍光抗体法により中分化腺癌のTSとβ-アクチンを染色した画像写真である。
【図3】データ解析の様子を示す画像写真である。
【図4】TSの定量値を、Complete Response (CR:著効)、Partial Response (PR:有効)、No Change (NC:不変)及びProgressive Disease(PD:進行)の4群で比較したグラフである。
【図5】DPDの定量値の平均値を、CR、PR、NC及びPDの4群で比較したグラフである。
【図6】OPRTの定量値の平均値を、CR、PR、NC及びPDの4群で比較したグラフである。
【図7】OPRT/DPD、OPRT/TS及びOPRT/(DPD+TS)の平均値をCR、PR、NC及びPDの4群で比較したグラフである。
【図8】TS、DPD及びOPRTの定量値の平均値を、有効症例群(Responder (CR+PR))及び無効症例群(Non-Responder (NC +PD))の2群で比較したグラフである。
【図9】OPRT/DPD、OPRT/TS及びOPRT/(DPD+TS)の平均値を有効症例群(Responder (CR+PR))及び無効症例群(Non-Responder (NC +PD))の2群で比較したグラフである。
【図10】蛍光抗体法により正常胃粘膜の腺管上皮細胞のOPRTとβ-アクチンとサイトケラチンとを染色した画像写真である。
【図11】蛍光抗体法により胃腺癌細胞のOPRTとβ-アクチンとサイトケラチンとを染色した画像写真である。
【図12】図11の画像から、蛍光組織分離法により癌細胞のみを分離した様子を示す画像写真である。
【図13】図12の画像を用いたデータ解析の様子を示す画像写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中における定量の目的蛋白質及び対照蛋白質を、それぞれ異なる蛍光色素で標識した抗体を用いて染色し、
染色された目的蛋白質及び対照蛋白質のそれぞれの総蛍光強度を測定し、
前記測定された目的蛋白質の総蛍光強度と対照蛋白質の総蛍光強度との比を目的蛋白質の定量値とすることを含む、蛋白質定量方法。
【請求項2】
対照蛋白質が、ハウスキーピング遺伝子がコードする蛋白質である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ハウスキーピング遺伝子がコードする蛋白質がβ−アクチンである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
蛋白質の定量に用いる試料が、ホルマリン固定パラフィン包埋組織である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
目的蛋白質が、チミジル酸シンターゼ、ジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼ及びオロテートホスホリボシルトランスフェラーゼからなる群から選ばれる少なくとも1つである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
それぞれ異なる蛍光色素が、フルオレセンイソチオシアネート、カルボキシメチルインドシアニン、テトラメチルローダミンイソチオシアネート、フィコエリスリン、緑色蛍光蛋白質、アレクサ(登録商標) 488、4',6-ジアミジン2'-フェニルインドール ジハイドロクロライド、テキサスレッド、Cy2、アレクサ(登録商標) 543、アレクサ(登録商標) 548、Cy5及びToTo3からなる群から選ばれる少なくとも2つである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
目的蛋白質の定量値が、試料中の目的細胞の目的蛋白質の定量値である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
試料中の目的細胞を、目的蛋白質及び対照蛋白質を標識する蛍光色素と異なる蛍光色素で識別標識する工程を含む、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
目的細胞が癌細胞である、請求項7又は8に記載の方法。
【請求項10】
癌細胞の識別標識を、サイトケラチン、上皮細胞膜特異抗原、癌胎児抗原、ヘパトサイト、αフェトプロテイン、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、ヒト上皮細胞成長因子受容体2、甲状腺転写因子-1、前立腺特異抗原、CD10、サイログロブリン、P63、p53、Ki-67およびCyclin-D1からなる群から選ばれる少なくとも1つの蛋白質を蛍光色素で染色することにより行う、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
目的細胞を識別標識する蛍光色素が、フルオレセンイソチオシアネート、カルボキシメチルインドシアニン、テトラメチルローダミンイソチオシアネート、フィコエリスリン、緑色蛍光蛋白質、アレクサ(登録商標) 488、4',6-ジアミジン2'-フェニルインドール ジハイドロクロライド、テキサスレッド、Cy2、アレクサ(登録商標) 543、アレクサ(登録商標) 548、Cy5及びToTo3からなる群から選ばれる少なくとも1つである、請求項8〜10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか1項に記載の方法で得られた定量値を指標として、抗癌剤感受性を予測する、抗癌剤感受性予測方法。
【請求項13】
請求項1〜11のいずれか1項に記載の方法で得られた蛋白質の定量値を指標として、抗癌剤の効果を予測する、抗癌剤効果予測方法。
【請求項14】
チミジル酸シンターゼの定量値、ジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼの定量値及びオロテートホスホリボシルトランスフェラーゼの定量値から、「オロテートホスホリボシルトランスフェラーゼの定量値/ジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼの定量値」、「オロテートホスホリボシルトランスフェラーゼの定量値/チミジル酸シンターゼの定量値」、及び「オロテートホスホリボシルトランスフェラーゼの定量値/(ジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼの定量値+チミジル酸シンターゼの定量値)」からなる群から選択される少なくとも1つの比を求め、求めた定量値の比を指標として、抗癌剤感受性又は抗癌剤の効果を予測する、請求項12又は13に記載の方法。
【請求項15】
目的蛋白質に結合する一次抗体と、対照蛋白質に結合する一次抗体と、目的蛋白質と一次抗体との複合体に結合する二次抗体と、対照蛋白質と一次抗体との複合体に結合する二次抗体と、それぞれの二次抗体を区別して標識する蛍光色素とを含む、蛋白質定量用キット。
【請求項16】
さらに、目的細胞の所定の蛋白質に結合する一次抗体と、目的細胞の所定の蛋白質と一次抗体との複合体に結合する二次抗体と、当該二次抗体を他の二次抗体と区別して標識し、目的細胞を識別標識する蛍光色素とを含む、請求項15に記載のキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2008−268167(P2008−268167A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−161817(P2007−161817)
【出願日】平成19年6月19日(2007.6.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年2月5日 社団法人 日本病理学会発行の「日本病理学会会誌 第96巻 第1号 第96回 日本病理学会総会」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年3月10日 日本外科学会事務所発行の「日本外科学会雑誌 第108巻臨時増刊号(2)2007年 第107回日本外科学会定期学術集会 抄録集」に発表
【出願人】(504209655)国立大学法人佐賀大学 (176)
【出願人】(000207827)大鵬薬品工業株式会社 (52)
【Fターム(参考)】