説明

蛍光性温度及び/又はpH応答性ポリマー及び蛍光共鳴エネルギー移動を用いた蛍光発生成分を有する物質等の測定方法

【課題】 ポリマーの周囲環境、具体的には温度やpHを変化させることにより、繰返して、且つ、異なる条件下においても蛍光測定が行える新たな蛍光性温度及び/又はpH応答性ポリマーと、その新たな用途を提供すること。
【解決手段】(1)温度及び/又はpHにより水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーであって、蛍光物質が結合されてなるポリマー。
(2)温度及び/又はpHの変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーであって、蛍光物質が結合されてなるポリマーを、水系溶媒中で蛍光発生成分を有する物質の近傍に存在させて、蛍光発生成分とポリマー中の蛍光物質との間で蛍光共鳴エネルギー移動を生じさせ、その結果として発生した蛍光の強度を測定する工程を含む、蛍光発生成分を有する物質又はその周囲環境の変化の測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光性温度応答性及び/又はpH応答性ポリマー及びこれを用いた温度測定方法に関する。特に、温度やpHといった周囲環境の変化によって蛍光強度が変化したり、特定の立体構造の存在によって蛍光強度の変化のパターンが変化するポリマーに関する。また、本発明は、蛍光共鳴エネルギー移動を利用した蛍光発生成分を有する物質又はその周囲環境の変化の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
すべての生命活動は、蛋白質を中心とした生体分子の相互作用によって担われている。即ち、細胞内においては、特定の生体分子が他の物質と相互作用を行い、これによって反応が進行している。従って、蛋白質間相互作用、あるいは蛋白質と他の分子との相互作用を研究し、解明することは、生物の発生・分化・増殖などの生体反応や薬理機構の解明といった領域、さらにはバイオセンサー・新薬の開発といった領域への展開も期待できる。
【0003】
上記のような研究には、生体内の状況や物質の変化を可視化する技術の開発が必須である。実際、そのような可視化の技術を伴う研究が盛んになされている。一例を挙げると、理化学研究所の宮脇敦史らのグループによる、増殖期にある細胞と休止期にある細胞との識別技術がある(非特許文献1)。宮脇らは、増殖期と休止期とで、細胞内には異なる蛋白質が増えることに着目し、その異なる蛋白質のそれぞれに別々の色調を示す蛍光物質を結合させ、蛍光の色によって細胞が何れの時期にあるかを見分けられるようにした。
【0004】
また、小林久隆らの米国国立衛生研究所と東京大学との研究チームは、新たな蛍光物質を開発した(非特許文献2)。これらの蛍光物質は、従来のものと比べて強く発光する。従って、これらの蛍光物質を癌細胞に取り込ませたり癌細胞の表面に結合させることにより、小さな癌が発見できるようになると期待されている。
【0005】
上記のように、高感度での測定では、蛍光が利用されている。そのような蛍光の利用技術の一つとして、蛍光共鳴エネルギー移動(Fluorescence Resonance Energy Transfer: FRET)も知られている。FRETは、蛍光成分を有する物質、例えば蛋白質の空間パターンや時間的変動など、生理現象のより本質的な理解に有用な情報を提供し得ると考えられる。
【0006】
ところで、従来の蛍光物質は、一度蛍光を発すると、その状態における測定ができるのみであった。一方、インテリジェント・マテリアルと呼ばれ、環境の変化(光、熱、pH、電気的刺激等)を感知しそれに対応して自身の機能をコントロールするような刺激感受性ポリマーが知られており、中でも、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)(Poly-N-isopropylacrylamide;PNIPAAm)は、温度応答性材料として有用である。PNIPAAmは、水素結合性部位をもっている。そのため、水中において、環境温度が低い場合にはポリマー鎖のまわりに水分子が強く付着し、その結果PNIPAAmが水に溶解する。しかし、温度を上げると水素結合が切断されポリマーは裸となり、水と相分離し、不溶性となって沈殿する。このような温度応答性を蛍光物質に付与すれば、蛍光物質に新たな用途が加わると考えられる。
【0007】
特許文献1には、温度応答性ポリマーの分子中に蛍光物質であるベンゾクロメノン化合物を結合させること、より具体的には、ベンゾクロメノン化合物が結合されてなる温度応答性ポリマーを含む蛍光試薬等が開示されている。特許文献1によると、ベンゾクロメノンイル基を有するこのポリマーの蛍光波長は極性溶媒中で460nm以上であり、従って、測定系に共存する芳香環による影響を受けにくいという特性を有するとのことである(段落番号[0033])。また、特許文献1は、このような蛍光試薬の用途として、当該試薬を含む溶液中の環境変化又は当該化合物で標識化した分子の変化の追跡を挙げている(段落番号[0033])。
【0008】
さらに、特許文献2には、温度応答性を有する蛍光性温度プローブであって、二つ以上のセグメント鎖から構成されるブロックポリマーやグラフトポリマーが開示されている。しかし、特許文献2には、温度の変化に応じて発明に係るプローブの蛍光強度がどのように変化したかについて、実験結果が全く示されておらず、当該プローブのセンサー機能についても、センシングに使用できる可能性が示されているにすぎない。すなわち、特許文献2は、具体的にどのようなポリマー合成したら、どのような条件でどのようなプローブとして使用できるかに関し、具体的な記載を欠くものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−238467
【特許文献2】特開2006−162512
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Sakaue−Sawano A.,et al.,Cell,132,487−498(2008)
【非特許文献2】Urano Y.,et al.,Nat.Med.,15,104−109(2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、ポリマーの周囲環境、具体的には温度やpHが変化することにより蛍光強度に変化が生じる蛍光性温度応答性及び/又はpH応答性ポリマーを提供することにある。
【0012】
また、本発明の他の目的は、蛍光性温度応答性及び/又はpH応答性ポリマーを用い、蛍光共鳴エネルギー移動の原理を利用して蛍光発生成分を有する物質等を測定する方法を提供することにある。ここで、蛍光発生成分とは、例えば芳香環を有する化合物であり、本発明の方法は、測定系に共存する芳香環を積極的に利用しようとするものである。
【0013】
本発明のさらに他の目的は、特定の蛍光性温度応答性ポリマーを用い、水系溶媒の温度を測定する方法を提供することと、特定の蛍光性pH応答性ポリマーを用い、水系溶媒のpHを測定する方法を提供することにある。
【0014】
本発明のさらに他の目的は、光学異性体を有するモノマー成分を含む蛍光性温度応答性及び/又はpH応答性ポリマーを用い、これと共存する測定対象の三次元高次構造、又は、当該測定対象の有無を判定する方法を提供することにある。
【0015】
本発明のさらに他の目的は、上記の蛍光性温度応答性及び/又はpH応答性ポリマーを含む蛍光プローブを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討し、下記の本発明を完成させた。
即ち、第一の発明は、温度及び/又はpHの変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーであって、蛍光物質が結合されてなるポリマー(以下において、「蛍光性温度及び/又はpH応答性ポリマー」ということがある)に関する。第一の発明のポリマーには、温度変化とpH変化の中、温度変化によってのみ蛍光強度が変化する蛍光性温度応答性ポリマー、pH変化によってのみ蛍光強度が変化する蛍光性pH応答性ポリマー、及び温度変化によってもpH変化によっても蛍光強度が変化する蛍光性温度及びpH応答性ポリマーのいずれもが包含される。また、蛍光物質の結合部位として、そのポリマー分子の末端(例えば、直鎖状ポリマーの場合は、片末端又は両末端、グラフトポリマーの場合には、主鎖の片末端、両末端、側鎖の末端)と中間(主鎖や側鎖の末端以外の個所)とが挙げられる。従って、第一の発明のポリマーには、温度及び/又はpHの変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーであって、その分子の末端及び/又は中間に蛍光物質が結合されてなるポリマーが包含される。
【0017】
上記蛍光物質には、親水性環境下においてより強い蛍光を発する物質(例えばフルオレセイン系蛍光物質やクマリン系蛍光物質)と、疎水性環境下においてより強い蛍光を発する物質(例えばダンシル系蛍光物質)とがある。
【0018】
上記ポリマーの一例として、その主鎖がポリエチレンであるものが挙げられる。また、ポリマーの構成モノマーの少なくとも一部が光学異性体を有するアミノ酸誘導体であるものが挙げられる。
【0019】
上記ポリマーの例として、(i)ポリマーの構成モノマーの少なくとも一部として、アルキルアクリルアミドを含み、少なくとも分子の中間に蛍光物質が結合されてなるポリマー、(ii)ポリマーの構成モノマーの少なくとも一部として、アルキルアクリルアミドを含み、少なくとも分子の片末端に蛍光物質が結合されてなるポリマー、(iii)ポリマーの構成モノマーの少なくとも一部として、アクリロイル基含有アミノ酸誘導体を含み、少なくとも分子の中間に蛍光物質が結合されてなるポリマー、(iv)ポリマーの構成モノマーの少なくとも一部として、アクリロイル基含有アミノ酸誘導体を含み、少なくとも分子の片末端に蛍光物質が結合されてなるポリマー、及び(v)上記(iii)及び(iv)のポリマーであって、アクリロイル基含有アミノ酸誘導体のアミノ酸が光学異性体を有するものであるポリマー等が挙げられる。
【0020】
また、上記ポリマーの具体例としては、構成モノマーとしてアルキルアクリルアミド及びo−アクリル酸エステル基を有するフルオレセイン系蛍光物質とを含み、少なくとも分子の中間にフルオレセイン系蛍光物質が結合されてなるポリマーや、構成モノマーとしてアルキルアクリルアミドを含み、少なくとも分子の片末端にフルオレセイン系蛍光物質が結合されてなるポリマーが挙げられる。o−アクリル酸エステル基を有するフルオレセイン系蛍光物質の代わりに、ダンシル アミノエチルアクリルアミド等のアクリルアミド基を有するダンシル系蛍光物質を使用してなるポリマーや、7−(4−トリフルオロメチル)クマリン アクリルアミド等のアクリルアミド基を有するクマリン系蛍光物質を使用してなるポリマーも、上記ポリマーの具体例である。
【0021】
第一の発明のポリマーには、少なくともpHの変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーであって、ポリマーの構成モノマーの少なくとも一部として、イオン性基を有する化合物を含むポリマーや、少なくともpHの変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーであって、特定のpH環境下でより強い蛍光を発する蛍光物質が結合されてなるポリマーも包含される。
【0022】
第二の発明は、温度及び/又はpHの変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーであって、蛍光物質が結合されてなるポリマーを、水系溶媒中で蛍光発生成分を有する物質の近傍に存在させて、蛍光発生成分とポリマー中の蛍光物質との間で蛍光共鳴エネルギー移動を生じさせ、その結果として発生した蛍光の強度を測定する工程を含む、蛍光発生成分を有する物質又はその周囲環境の変化の測定方法に関する。蛍光物質の結合部位としては、そのポリマー分子の末端及び/又は中間が挙げられる。
【0023】
蛍光発生成分を有する物質の例として、蛋白質、オリゴペプチド、ポリペプチドが挙げられる。
【0024】
温度及び/又はpHの変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーであって、蛍光物質が結合されてなるポリマーとして、第一の発明のポリマーを使用することが好ましい。ここで、第一の発明のポリマーには、温度の変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマー、pHの変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマー、温度の変化でもpHの変化でも、水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーのいずれもが包含される。
【0025】
第三の発明は、第一の発明のポリマーであって、少なくとも温度の変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーに、水系溶媒中で励起エネルギーを与え、蛍光の発光の程度によって水系溶媒の温度を測定する工程を含む、温度の測定方法に関する。
【0026】
第四の発明は、第一の発明のポリマーであって、少なくともpHの変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーに、水系溶媒中で励起エネルギーを与え、蛍光の発光の程度によって水系溶媒のpHを測定する工程を含む、pHの測定方法に関する。
【0027】
第五の発明は、測定対象を含有するか又は含有することが予想される水系溶媒(x)中において、及び、測定対象を含有しない水系溶媒(y)中で、第一の発明のポリマーであってポリマーの構成モノマーの少なくとも一部として光学異性体を有するアミノ酸誘導体を含むポリマーに由来する蛍光を温度及び/又はpHを変化させながらを測定し、水系溶媒(x)での測定結果を水系溶媒(y)での測定結果を比較することにより、水系溶媒(x)中における測定対象の三次元高次構造、又は、水系溶媒(x)中に測定対象が存在するか否かを判定する、判定方法に関する。
【0028】
第六の発明は、第一の発明のポリマーであってその少なくとも片末端には蛍光物質が結合されていないポリマーと、蛋白質、リン脂質、低分子生理活性及び担体からなる群から選択されるいずれかが結合されてなる、蛍光プローブに関する。
【発明の効果】
【0029】
本発明により、ポリマーの周囲環境、具体的には温度やpHを変化させることにより、繰返して、且つ、異なる条件下においても蛍光測定が行える、新たな蛍光性温度及び/又はpH応答性ポリマーが提供される。このポリマーは、単独で、又は、蛋白質、リン脂質、低分子生理活性、担体等に結合させた状態で、蛍光温度センサー、蛍光pHセンター、蛍光プローブとしての利用が可能である。また、イメージング・プローブや診断用プローブとして、臨床検査や疾病の診断領域での利用も可能である。すなわち、本発明により、生体内分子の動的挙動の解明に有用な、バイオイメージングのための新たな分子ラベルが提供される。
【0030】
また、本発明により、蛍光共鳴エネルギー移動を用いた蛍光発生成分を有する物質等の測定方法が提供される。本発明によれば、蛋白質間相互作用等に基づく生体内における変化を、蛍光強度に基づいて、リアルタイムで知ることができるようになる。
【0031】
さらに、本発明により、蛍光性温度応答性ポリマーを用いる、水系溶媒の温度を測定する方法と、蛍光性pH応答性ポリマーを用いる、水系溶媒のpHを測定する方法が提供される。本発明によれば、微小空間における温度やpH等の環境変化を測定、感知することが可能となる。
【0032】
本発明に係るポリマーであって、その構成モノマーの少なくとも一部として光学異性体を有するアミノ酸誘導体を含むものを使用すると、水系溶媒中において、ある測定対象(蛋白質、オリゴ−又はポリペプチド、低分子生理活性物質等)が存在するか否か、又は、その測定対象の三次元高次構造を判定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】図1は、4−アミノフルオレセイン接合ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)の製造工程を示す図である。
【図2】図2は、(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体の製造工程を示す図である。
【図3】図3は、蛍光共鳴エネルギー移動を説明するための模式図である。
【図4】図4は、実施例1(2)で合成したポリマーの水溶液中における温度と透過率との関係を示すグラフである。
【図5】図5は、実施例1(2)で合成した蛍光性ポリマーの水溶液中における、温度毎の蛍光スペクトルを示す。
【図6】図6は、実施例1(2)で合成した蛍光性ポリマーの水溶液中における温度と蛍光強度との関係を示すグラフである。
【図7】図7は、BSA、実施例1(2)で合成した蛍光性ポリマー及びそれらが共存する場合の、それらの水溶液中における蛍光スペクトルを示す。
【図8】図8は、BSA、BSA凝集体、実施例1(2)で合成した蛍光性ポリマー、BSAと蛍光性ポリマーとが共存する場合、及びBSA凝集体と蛍光性ポリマーとが共存する場合の、それらの水溶液中における蛍光スペクトルを示す。
【図9】図9は、実施例3(3)において合成したポリマーの水溶液中における温度と透過率との関係を示すグラフである。
【図10】図10は、実施例3(3)において合成したポリマーの水溶液中における温度と蛍光強度との関係を示すグラフである。
【図11】図11は、実施例3(3)において合成したポリマーの水溶液の25℃(左)と35℃(右)における蛍光を示す写真である。
【図12】図12は、実施例3(2)で合成した蛍光性ポリマーの水溶液の25乃至36℃における蛍光スペクトルを示すグラフである。
【図13】図13は、実施例3(2)で合成した蛍光性ポリマーの酸性水性溶液の25乃至36℃における蛍光スペクトルを示すグラフである。
【図14】図14は、実施例3(2)で合成した蛍光性ポリマーの中性水性溶液の25乃至36℃における蛍光スペクトルを示すグラフである。
【図15】図15は、実施例3(2)で合成した蛍光性ポリマーの塩基性水性溶液の25乃至36℃における蛍光スペクトルを示すグラフである。
【図16】図16は、実施例3(2)で合成した蛍光性ポリマーの水溶液中におけるpHと蛍光強度との関係を示すグラフである。
【図17】図17は、実施例3(2)で合成した蛍光性ポリマーのH−NMRのチャートである。
【図18】図18は、実施例3(2)で合成した蛍光性ポリマーのH−NMRのチャートである。
【図19】図19は、(N−イソプロピルアクリルアミド/ダンシル アミノエチルアクリルアミド)共重合体を合成するための反応スキームを示す図である。
【図20】図20は、実施例4(3)において合成したポリマーの水溶液中における温度と透過率との関係を示すグラフである。
【図21】図21は、実施例4(3)において合成したポリマーの水溶液中における温度と蛍光強度との関係を示すグラフである。
【図22】図22は、実施例4(3)において合成したポリマーの水溶液の25℃と35℃における蛍光を示す写真である。
【図23】図23は、実施例4(3)で合成した蛍光性ポリマーの水溶液の25乃至36℃における蛍光スペクトルを示すグラフである。
【図24】図24は、実施例4(3)で合成した蛍光性ポリマーのH−NMRのチャートである。
【図25】図25は、(N−イソプロピルアクリルアミド/7−(4−トリフルオロメチル)クマリン アクリルアミド)共重合体を合成するための反応スキームを示す図である。
【図26】図26は、実施例5(3)で合成した蛍光性ポリマーの水溶液中における温度と透過率との関係を示すグラフである。
【図27】図27は、実施例5(3)において合成したポリマーの水溶液中における温度と蛍光強度との関係を示すグラフである。
【図28】図28は、実施例5(3)において合成したポリマーの水溶液の25℃と35℃における蛍光を示す写真である。
【図29】図29は、実施例5(3)で合成した蛍光性ポリマーの水溶液の25乃至36℃における蛍光スペクトルを示すグラフである。
【図30】図30は、実施例5(3)で合成した蛍光性ポリマーのH−NMRのチャートである。
【図31】図31は、イムノグロブリンG接合(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体を合成するための反応スキームを示す図である。
【図32】図32は、実施例6(3)で合成した蛍光性ポリマーの水溶液中における温度と透過率との関係を示すグラフである。
【図33】図33は、実施例6(3)において合成したポリマーの水溶液中における温度と蛍光強度との関係を示すグラフである。
【図34】図34は、実施例6(3)において合成したポリマーの200乃至600nmにおける吸収スペクトルを示すグラフである。
【図35】図35は、イムノグロブリンGの200乃至600nmにおける吸収スペクトルを示すグラフである。
【図36】図36は、(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体の200乃至600nmにおける吸収スペクトルを示すグラフである。
【図37】図37は、(N−アクリロイル−プロリンメチルエステル)重合体を合成するための反応スキームを示す図である。
【図38】図38は、(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体[「FL−」と表記]と4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体[「FL+」と表記]の、水溶液中における温度と透過率との関係を示すグラフである。
【図39】図39は、(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体と(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体の円二色性スペクトルを示すチャートである。
【図40】図40は、(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体と(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体の紫外部吸収スペクトルを示すチャートである。
【図41】図41は、4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−プロリンメチルエステル)重合体を合成するための反応スキームを示す図である。
【図42】図42は、実施例7(5)で合成した蛍光性ポリマー[4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体]の水溶液中における温度と蛍光強度との関係を示すグラフである。
【図43】図43は、実施例7(5)で合成した蛍光性ポリマー[4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体]の水溶液の15乃至25℃における蛍光スペクトルを示すグラフである。
【図44】図44は、(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体[「FL−」と表記]と4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体[「FL+」と表記]の、水溶液中における温度と透過率との関係を示すグラフである。
【図45】図45は、実施例8(5)で合成した蛍光性ポリマー[4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体]の水溶液中における温度と蛍光強度との関係を示すグラフである。
【図46】図46は、実施例8(5)で合成した蛍光性ポリマー[4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体]の水溶液の15乃至25℃における蛍光スペクトルを示すグラフである。
【図47】図47は、実施例8(5)で合成した蛍光性ポリマー[4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体]の水溶液中における温度と透過率との関係を、アミド結合型L−プロリンポリマーの共存下と非共存下において測定した結果を示すグラフである。
【図48】図48は、実施例7(5)で合成した蛍光性ポリマー[4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体]の水溶液中における温度と透過率との関係を、アミド結合型L−プロリンポリマーの共存下と非共存下において測定した結果を示すグラフである。
【図49】図49は、実施例8(5)で合成した蛍光性ポリマー[4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体]の水溶液中における温度と蛍光強度との関係を、アミド結合型L−プロリンポリマーの共存下と非共存下において測定した結果を示すグラフである。
【図50】図50は、実施例7(5)で合成した蛍光性ポリマー[4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体]の水溶液中における温度と蛍光強度との関係を、アミド結合型L−プロリンポリマーの共存下と非共存下において測定した結果を示すグラフである。
【図51】図51は、リン脂質接合(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体を合成するための反応スキームを示す図である。
【図52】図52は、(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体が細胞内に取り込まれた状態を示す写真である。
【図53】図53は、リン脂質接合(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体が細胞内に取り込まれた状態を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下に、本発明を、その実施のための最良の形態に基づいて説明する。先ず、第一の発明について説明する。
【0035】
第一の発明のポリマーは、それ自体が温度及び/又はpHの変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーであって、蛍光物質が結合されてなるものである。
【0036】
ここで、「水系溶媒」には、水の他、各種緩衝液等の無機塩水溶液や、30容量%程度までの量で有機溶媒を含有する水を主成分とする液体も包含される。水を主成分とし、当該溶液中で、温度及び/又はpHの変化に伴う第一の発明のポリマーの蛍光強度の変化を測定できる限り、「水系溶媒」である。
【0037】
第一の発明のポリマーの例としては、(1)アクリルアミド系モノマーの重合又は共重合体の片末端又は両末端に蛍光物質が結合されてなるもの、(2)アクリルアミド系モノマーとアクリル酸エステル基やアリル(allyl)基等のエチレン性不飽和基を有する蛍光物質とが共重合されてなるもの(これは、分子の中間に蛍光物質が結合されてなるポリマーである)、(3)アクリルアミド系モノマーとエチレン性不飽和基を有する蛍光物質とが共重合されてなり且つその片末端又は両末端に蛍光物質が結合されてなるもの(これは、分子の中間と末端とに蛍光物質が結合されてなるポリマーである)、(4)アクリロイル基含有モノマーの重合又は共重合体の片末端又は両末端に蛍光物質が結合されてなるもの、(5)アクリロイル基含有モノマーとエチレン性不飽和基を有する蛍光物質とが共重合されてなるもの(これは、分子の中間に蛍光物質が結合されてなるポリマーである)、(6)アクリロイル基含有モノマーとエチレン性不飽和基を有する蛍光物質とが共重合されてなり且つその片末端又は両末端に蛍光物質が結合されてなるもの(これは、分子の中間と末端とに蛍光物質が結合されてなるポリマーである)、(7)アクリルアミド系モノマーと、エチレン性不飽和基とイオン性基とを有するモノマーとの共重合体の片末端又は両末端に蛍光物質が結合されてなるもの、(8)アクリルアミド系モノマーと、エチレン性不飽和基とイオン性基とを有するモノマーと、エチレン性不飽和基を有する蛍光物質とが共重合されてなるもの(これは、分子の中間に蛍光物質が結合されてなるポリマーである)、(9)アクリルアミド系モノマーと、エチレン性不飽和基とイオン性基とを有するモノマーと、エチレン性不飽和基を有する蛍光物質とが共重合されてなり且つその片末端又は両末端に蛍光物質が結合されてなるもの(これは、分子の中間と末端とに蛍光物質が結合されてなるポリマーである)、(10)アクリロイル基含有モノマーと、エチレン性不飽和基とイオン性基とを有するモノマーとの共重合体の片末端又は両末端に蛍光物質が結合されてなるもの、(11)アクリロイル基含有モノマーと、エチレン性不飽和基とイオン性基とを有するモノマーと、エチレン性不飽和基を有する蛍光物質とが共重合されてなるもの(これは、分子の中間に蛍光物質が結合されてなるポリマーである)、及び(12)アクリロイル基含有モノマーと、エチレン性不飽和基とイオン性基とを有するモノマーと、エチレン性不飽和基を有する蛍光物質とが共重合されてなり且つその片末端又は両末端に蛍光物質が結合されてなるもの(これは、分子の中間と末端とに蛍光物質が結合されてなるポリマーである)が挙げられる。
【0038】
主鎖をポリエチレンとするために使用される主たる構成モノマーの例として、アクリルアミド、メタクリルアミド(以下、まとめて「(メタ)アクリルアミド」ということがある)、アクリルアミド誘導体(例えばアルキル(メタ)アクリルアミド)等の(メタ)アクリルアミド系モノマー類、アクリロイル基又はメタクリロイル基含有化合物(以下、まとめて「(メタ)アクリロイル基含有化合物」ということがある)等が挙げられる。
【0039】
上記ポリマーの製造に使用される(メタ)アクリルアミド系モノマーの例としては、N−n−プロピル(メタ)アクリルアミド、N−イソプロピル(メタ)アクリルアミド、N,N−ジエチル(メタ)アクリルアミド、N−プロピル(メタ)アクリルアミド及び(メタ)アクリロイルピロリジンが挙げられる。上記ポリマーの製造に際しては、これらの(メタ)アクリルアミド系モノマーの中のいずれか一種、或いは二種以上が使用されることが好ましい。また、これらの(メタ)アクリルアミド系モノマーに加えて、コモノマーとして、メチルアクリレート、エチルアクリレート等のアルキル(炭素数:1乃至20程度、好ましくは1乃至3程度)アクリレートやメチルメタクリレート、エチルメタクリレート等のアルキル(炭素数:1乃至20程度、好ましくは1乃至3程度)メタクリレート、アクリル酸、メタクリル酸、ビニルビロリドン、アクリルアミド、ジメチルアクリルアミド、スチレン等を使用してもよい。なお、アルキルアクリレートやアルキルメタクリレート(以下、まとめて「アルキル(メタ)アクリレート」ということがある)をコモノマーとして使用する場合には、その量は、アクリルアミド系モノマーとアルキル(メタ)アクリレートとの合計の5乃至60%程度が好ましい。
【0040】
(メタ)アクリロイル基含有化合物であるモノマーの具体例としては、N−(メタ)アクリロイルプロリンのアルキル(炭素数:1乃至20程度、好ましくは1乃至3程度)エステル等の(メタ)アクリロイル基含有アミノ酸誘導体、(メタ)アクリロイルピリジン等が挙げられる。上記ポリマーの製造に際しては、これらの(メタ)アクリロイル基含有化合物の中のいずれか一種、或いは二種以上が使用されることが好ましい。また、これらの(メタ)アクリロイル基含有化合物とともに、上記コモノマーを使用してもよい。
【0041】
本発明に係るポリマーの構成モノマーの少なくとも一部として、例えばN−アクリロイルプロリンのメチルエステルのような光学異性体を有する化合物、より具体的には光学活性アミノ酸誘導体を使用することができる。光学活性アミノ酸誘導体は、ポリマー主鎖の構成モノマーの全て(但し、蛍光物質に由来する部分を除く)であってもよいし、一部であってもよい。また、構成モノマーとして、光学活性アミノ酸誘導体の一方の光学異性体のみを使用してもよいし、光学異性体二種を、例えばブロック子ポリマーとなるように使用してもよい。
【0042】
例えば、後記する実施例7及び8では、各々、光学異性体の一方のみをポリマー主鎖の構成モノマーの全てとして使用して、本発明のポリマーを合成している。また、Journal of Chromatography A、1106(2006)、152−158ページに記載されている、N−イソプロピルアクリルアミドとN−アクリロイルプロリンのメチルエステルとの共重合体も、これに蛍光物質を結合させることで、本発明のポリマーとして使用することができる。
【0043】
主鎖の構成モノマーとして、イオン性基を有するモノマーを使用すると、本発明に係るポリマーが、pHの変化により水系溶媒中での親和性が変化するものとなる。そのようなイオン性基を有するモノマーの例として、イオン性基であるカルボキシル基を有し且つエチレン性不飽和基を有するアクリル酸やメタクリル酸が挙げられる。カルゴキシル基以外のイオン性基の例としては、アンモニウム基、スルホニウム基、テトラメチルアンモニウム基、スルホン酸基等が挙げられる。
【0044】
本発明に係るポリマーをpH応答性にするためには、主鎖の構成モノマーの0.1乃至30モル%程度、好ましくは0.5乃至20モル%程度、さらに好ましくは1乃至10モル%程度を、イオン性基を有するモノマーとすることが好ましい。また、イオン性基を有するモノマーとして、一般的には、カチオン性基を有する化合物とアニオン性基を有する化合物の中、いずれかのみを使用する。
【0045】
上記ポリマーの製造に使用される蛍光物質は、例えば、フルオレセイン、フルオレセインイソチオシアナート、4−アミノフルオレセイン、ジクロロフルオレセイン、スルホンフルオレセイン、N−ヒドロキシスクシンイミドフルオレセイン、オレゴングリーン、トーキョーグリーン、カルボキシフルオレセイン、カルボキシフルオレセインジアセテート等のフルオレセイン系化合物や、これらのフルオレセイン系化合物に、ポリマーの末端への結合又は主鎖構成モノマーとの共重合に適する基が導入されてなるものである。フルオレセイン系蛍光物質は、本発明に係るポリマーが親水性環境下にあるときに、より強い蛍光を発する。
【0046】
なお、フルオレセイン系蛍光物質が結合されてなる本発明のポリマーは、主鎖を構成するモノマーとして上記したイオン性基が使用されていなくても、pHの変化に応じて蛍光強度に変化が生じる。これは、フルオレセインがpHの変化によってその化学構造を変え、それに伴って蛍光強度に大きな変化がもたらされるからである。
【0047】
上記ポリマーの製造に使用される蛍光物質の他の例としては、クマリン系化合物、ベンゾクロメノン化合物、スチルベン系化合物等や、これらの化合物に、ポリマーの末端への結合又は主鎖構成モノマーとの共重合に適する基が導入されてなるものである。クマリン系蛍光物質の具体例としては、7−(4−トリフルオロメチル)クマリンアクリルアミド等が挙げられる。ベンゾクロメノン系蛍光物質の具体例としては、2−(モルフォリン−4−イル)−ベンゾ[h]クロメン−4−オン等が挙げられる。スチルベン系蛍光物質の具体例としては、レスベラトロール等が挙げられる。
【0048】
フルオレセイン系蛍光物質やクマリン系蛍光物質は、本発明に係るポリマーが親水性環境下にあるときに、より強い蛍光を発する。ここで、「より強い蛍光」とは、蛍光強度の測定において、消光状態の蛍光強度の例えば2倍以上、好ましくは5倍以上、より好ましくは10倍以上の蛍光強度をいう。
【0049】
上記ポリマーの製造に使用される蛍光物質のさらに他の例としては、ダンシル アミノエチルアクリルアミド、 ダンシル クロリド、ダンシル エチレンジアミン等のダンシル系化合物であって、これらのダンシル系化合物に、ポリマーの末端への結合又は主鎖構成モノマーとの共重合に適する基が導入されてなるものである。ダンシル系蛍光物質は、本発明に係るポリマーが疎水性環境下にあるときに、より強い蛍光を発する。また、4−N,N−ジメチルアミノスルホニル−7−フルオロ−2,1,3−ベンゾキサジアゾール等のベンゾフラザン系蛍光物質も、疎水性でより強い蛍光を発する。
【0050】
主鎖構成モノマーの重合又は共重合体の末端に蛍光物質を結合させる場合には、ポリマーの末端に反応性の基を導入することもでき、そのような場合には、蛍光物質として、反応性の基が導入されてなるものを使用しなくともよい。また、(メタ)アクリルアミド系モノマーや(メタ)アクリロイル基含有化合物との共重合に適する基の例としては、アクリル酸エステル基やアリル(allyl)基等のエチレン性不飽和基を含む基が挙げられる。
【0051】
本発明のポリマーは、末端に蛍光物質が結合されてなる単独重合体であってもよいし、主鎖が蛍光物質以外のモノマー成分と蛍光物質とから構成される共重合体であってもよい。また、主鎖を構成する蛍光物質以外のモノマー成分も、一種類とは限らず、二種以上が使用されていてもよい。本発明のポリマーが共重合体である場合、それは、ランダム共重合体であっても、ブロック共重合体(グラフト共重合体等を包含する)であってもよい。特に共重合体とする場合には、モノマー成分のモル比により、また、ランダム共重合かブロック共重合かにより、そのポリマーが示す水系溶媒中での蛍光強度の変化挙動が変わり得る。従って、特に後記する第五の発明において使用する本発明のポリマーは、測定対象との関係を考慮し、分子設計をすることとなる。
【0052】
本発明のポリマーの分子量は、特に限定されないが、モノマーの重合度(n)で表して、10乃至1,000程度であることが好ましく、n=10乃至500程度であることがさらに好ましく、n=10乃至200程度であることが特に好ましい。蛍光物質の導入割合も、特に限定されないが、モノマー成分中の蛍光物質の割合が、0.001乃至20モル%であることが好ましく、0.01乃至10モル%であることが好ましい。なお、一般的には、ポリマーの重合度が大きくなる(分子量が大きくなる)に従い、蛍光物質の導入割合は小さくなる。
【0053】
次に、上記ポリマーの製造方法の例を説明する。先ず、片末端にフルオレセイン系蛍光物質が結合されてなるポリマーの製造方法の例を、図1を参照しながら説明する。
【0054】
図1に示すように、N−イソプロピルアクリルアミド(以下、「NIPAAm」ということがある)と、連鎖移動剤である3−メルカプトプロピオン酸(以下、「MPA」ということがある)とを、ラジカル開始剤である2,2´−アゾビス(イソブチロニトリル)(以下、「AIBN」ということがある)及び溶媒であるN,N−ジメチルホルムアミド(以下、「DMF」ということがある)の存在下で、約70℃にて反応させる。これにより、片末端に連鎖移動剤に由来する基を有するポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)(以下、「PNIPAAm」ということがある)が得られる。ポリマーの分子量は、NIPAAmとMPAとのモル比を調節することによって、所望の値となるように調節する。
【0055】
次いで、得られたPNIPAAmをN−ヒドロキシスクシンイミド(以下、「NHS」ということがある)と、N,N−ジシクロヘキシルカルボジイミド(以下、「DCC」ということがある)及び酢酸エチルの存在下で、約25℃にて反応させ、末端をスクシニル化(活性エステル化)させる。得られた末端スクシニル化ポリマーを、1,4−ジオキサンの存在下で、約25℃にて、フルオレセイン系蛍光物質である4−アミノフルオレセインと反応させる。このようにして、4−アミノフルオレセインが接合されたポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)が製造される。
【0056】
中間にフルオレセイン系蛍光物質が結合されてなるポリマーの製造方法の例を、図2を参照しながら説明する。N−イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)と、連鎖移動剤である3−メルカプトプロピオン酸(MPA)と、フルオレセイン系蛍光物質であるフルオレセイン o−アクリレートを、ラジカル開始剤である2,2´−アゾビス(イソブチロニトリル)(AIBN)及び溶媒であるN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)の存在下で、約70℃にて反応させる。これにより、ポリマー分子の中間にランダムにフルオレセイン系蛍光物質が結合されてなる(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体(以下、「P又はPoly(NIPAAm―co−Fluorescein o−acrylate)」ということがある)が得られる。ポリマーの分子量は、モノマー二種の合計とMPAとのモル比を調節することによって、所望の値となるように調節する。また、蛍光物質の結合割合は、N−イソプロピルアクリルアミドとフルオレセイン o−アクリレートとのモル比を調節することによって、所望の値となるように調節する。
【0057】
上記した図2に示された製造例では、ポリマー末端がカルボキシル基となっている。このカルボキシル基に何らかの化合物を反応させることにより、このポリマーの末端の親和性を調節し、このポリマーを、特定の物質に接近し易くさせたり、このカルボキシル基を、何らかの物質(例えば、リン脂質、蛋白質、担体等)に結合させることもできる。一例を挙げると、カルボキシル基をホスファチジルエタノールアミン等のアミノ基を有するリン脂質と結合させることができる。この場合、ポリマー末端のリン脂質部分が細胞膜のリン脂質部分に接近又は埋め込まれるようになる。また、上記ポリマー末端のカルボキシル基に、予め末端にアミノ基が導入されてなるイムノグロブリンを結合させることができる。この場合、ポリマー末端のイムノグロブリン部分が、例えば抗原抗体反応結合体部分に親和性を示すと考えられる。さらに、上記カルボキシル基で上記ポリマーを固体表面に結合させた場合には、このポリマーを、その蛍光を観察することに基づくセンサーとして使用することも可能であると考えられる。
【0058】
ところで、温度応答性ポリマーは、水素結合が切断されると水に不溶性となり、沈殿する。このような現象を下限臨界溶解現象といい、相転移が生じる温度を下限臨界溶解温度(Lower Critical Solution Temperature:LCST)と呼ぶ。この下限臨界溶解温度は、ポリマーを構成するモノマーの選択や、コモノマーの利用(種類や使用する割合)によって調節することができる。例えば、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)は32℃に下限臨界溶解温度を有するが、下限臨界温度を32℃超にするためには、N−イソプロピルアクリルアミドよりも親水性のモノマーであるアクリルアミド、メタクリル酸、アクリル酸、ジメチルアクリルアミド、ビニルピロリドンなどのコモノマーを共重合させるとよい。一方、下限臨界溶解温度を32℃未満にしたいときは、疎水性モノマーであるスチレン、アルキルメタクリレート、アルキルアクリレートなどのコモノマーと共重合させるとよい。なお、フルオレセイン系蛍光物質が結合されてなる本発明のポリマーは、LCSTよりも低温側でより強い蛍光を発し、LCST付近で急激に蛍光強度が低下する。
【0059】
中間にフルオレセイン系蛍光物質が結合されてなるポリマーを合成する場合には、フルオレセイン系蛍光物質の親和性の程度や、その導入割合によって、得られる蛍光性温度応答性ポリマーの下限臨界溶解温度が変化することを考慮する必要がある。
【0060】
次に、中間に蛍光物質であるダンシル アミノエチルアクリルアミドが結合されてなるポリマーの製造方法の例を、図19を参照しながら説明する。
【0061】
図19に示すように、N−イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)と、連鎖移動剤である3−メルカプトプロピオン酸(MPA)と、ダンシル アミノエチルアクリルアミドを、ラジカル開始剤である2,2´−アゾビス(イソブチロニトリル)(AIBN)及び溶媒であるN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)の存在下で、約70℃にて反応させる。これにより、ポリマー分子の中間にランダムに蛍光物質が結合されてなる(N−イソプロピルアクリルアミド/ダンシル アミノエチルアクリルアミド)共重合体(以下、「P又はPoly(NIPAAm―co−dansylaminoethylacrylamide)」ということがある)が得られる。ポリマーの分子量は、モノマー二種の合計とMPAとのモル比を調節することによって、所望の値となるように調節する。また、蛍光物質の結合割合は、N−イソプロピルアクリルアミドとダンシル アミノエチルアクリルアミドとのモル比を調節することによって、所望の値となるように調節する。
【0062】
上記した図19に示された製造例においても、ポリマー末端はカルボキシル基となっている。このカルボキシル基に何らかの化合物を反応させることにより、このポリマーの末端の親和性を調節し、このポリマーを、特定の物質に接近し易くさせたり、このカルボキシル基を、何らかの物質(例えばリン脂質、蛋白質、担体)に結合させることもできることは、図2に示された製造例の場合と同様である。
【0063】
ダンシル アミノエチルアクリルアミドが結合されてなる本発明のポリマーは、LCSTよりも低温側では蛍光強度が小さく、LCST付近で急激に蛍光強度が上昇する。
【0064】
次に、中間に蛍光物質である7−(4−トリフルオロメチル)クマリンアクリルアミドが結合されてなるポリマーの製造方法の例を、図25を参照しながら説明する。
【0065】
図25に示すように、N−イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)と、連鎖移動剤である3−メルカプトプロピオン酸(MPA)と、7−(4−トリフルオロメチル)クマリンアクリルアミドを、ラジカル開始剤である2,2´−アゾビス(イソブチロニトリル)(AIBN)及び溶媒であるN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)の存在下で、約70℃にて反応させる。これにより、ポリマー分子の中間にランダムに蛍光物質が結合されてなる(N−イソプロピルアクリルアミド/7−(4−トリフルオロメチル)クマリンアクリルアミド)共重合体(以下、「P又はPoly(NIPAAm―co−7−(4−trifluoromethyl)coumarinacrylamide)」ということがある)が得られる。ポリマーの分子量は、モノマー二種の合計とMPAとのモル比を調節することによって、所望の値となるように調節する。また、蛍光物質の結合割合は、N−イソプロピルアクリルアミドと7−(4−トリフルオロメチル)クマリンアクリルアミドのモル比を調節することによって、所望の値となるように調節する。
【0066】
上記した図25に示された製造例においても、ポリマー末端はカルボキシル基となっている。このカルボキシル基に何らかの化合物を反応させることにより、このポリマーの末端の親和性を調節し、このポリマーを、特定の物質に接近し易くさせたり、このカルボキシル基を、何らかの物質(例えばリン脂質、蛋白質、担体)に結合させることもできることは、図2に示された製造例の場合と同様である。
【0067】
7−(4−トリフルオロメチル)クマリンアクリルアミドが結合されてなる本発明のポリマーは、LCSTよりも低温側では蛍光強度が大きく、LCST付近で急激に蛍光強度が低下する。
【0068】
次に、片末端に蛍光物質である4−アミノフルオレセインが結合されてなるポリマーの製造方法の例を、図37及び図41を参照しながら説明する。
【0069】
図37に示すように、まずは、D−又はL−プロリンのメチルエステル化を行う。次いで、得られたD−又はL−プロリンのメチルエステルに塩化アクリロイルを反応させ、N−アクリロイルプロリンのメチルエステルを合成する。このN−アクリロイルプロリンのメチルエステルを、連鎖移動剤である3−メルカプトプロピオン酸(MPA)、ラジカル開始剤である2,2´−アゾビス(イソブチロニトリル)(AIBN)及び溶媒であるN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)の存在下で、約80℃にて反応させる。これにより、N−アクリロイルプロリンのメチルエステルの重合体(以下、「P又はPoly(N−A−Pro−OMe)」ということがある))が得られる。ポリマーの分子量は、モノマーとMPAとのモル比を調節することによって、所望の値となるように調節する。
【0070】
次いで、Poly(N−A−Pro−OMe)を、NHS、DCC及び酢酸エチルの存在下で反応させ、末端をスクシニル化(活性エステル化)させる。得られた末端スクシニル化ポリマーを、1,4−ジオキサンの存在下で、フルオレセイン系蛍光物質である4−アミノフルオレセインと反応させる。このようにして、4−アミノフルオレセインが片末端に結合されたポリ(N−アクリロイルプロリンのメチルエステル)が製造される。
【0071】
上記の例において、N−アクリロイルプロリンのメチルエステルの一部をN−イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)に変えることで、主鎖がN−アクリロイルプロリンのメチルエステル由来部分とN−イソプロピルアクリルアミド由来部分とのランダム共重合体であり、4−アミノフルオレセインが片末端に結合されたポリマーを得ることができる。
【0072】
以上説明した第一の発明に係るポリマーは、それが温度の変化により水系溶媒に対する親和性が変化するものである場合には、「蛍光性温度応答性ポリマー」と、また、それがpHの変化により水系溶媒に対する親和性が変化するものである場合には、「蛍光性pH応答性ポリマー」と呼称される。
【0073】
第一の発明に係るポリマーの製造に使用される連鎖移動剤の例としては、3−メルカプトプロピオン酸、2−メルカプトエタノール、及び2−メルカプトエチルアミンが挙げられる。連鎖移動剤は、これらに限定されず、チオール基を含有する各種化合物や四塩化炭素も使用可能である。また、連鎖移動剤に由来する末端部分に蛍光物質を結合させるために、蛍光物質に導入される基としては、アミノ基、カルボキシル基、オキシエチレン基等が挙げられる。
【0074】
次に、第二の発明について説明する。第二の発明は、蛍光発生成分を有する物質又はその周囲環境の変化の測定方法であって、任意の蛍光性且つ温度及び/又はpH応答性のポリマーを、水系溶媒中で蛍光発生成分を有する物質の近傍に存在させて、蛍光発生成分とポリマー中の蛍光物質との間で蛍光共鳴エネルギー移動を生じさせ、その結果として発生した蛍光の強度を測定する工程を含む方法に関する。
【0075】
第二の発明では、使用する蛍光性且つ温度及び/又はpH応答性ポリマーは、温度及び/又はpH応答性であり、且つ、蛍光物質が結合されてなるポリマーである限り、特に限定されないが、第一の発明のポリマーを使用することが好ましい。
【0076】
蛍光発生成分を有する物質の変化の測定とは、蛍光発生成分(例えば芳香環化合物)を有する物質(例えば蛋白質やペプチド)自体の変化、具体的には熱変性や立体構造の変化、凝集等が生じたか否かを、蛍光発生成分と蛍光性温度及び/又はpH応答性ポリマー中の蛍光物質との間で蛍光共鳴エネルギー移動が生じた結果として測定される蛍光を測定することで、認識することをいう。また、蛍光発生成分を有する物質の周囲環境の変化の測定とは、前記熱変性や立体構造の変化、凝集等が周囲環境の変化によって生じている場合に、その周囲環境の変化が引き起こした蛍光発生成分を有する物質(例えば蛋白質やペプチド)の変化を、前記蛍光共鳴エネルギー移動が生じた結果として測定される蛍光を測定することで、周囲環境の変化を認識することをいう。
【0077】
ここで、図3を参照しながら、蛍光共鳴エネルギー移動について説明する。ドナーとなる分子(本発明における「蛍光発生成分を有する物質」又は「蛍光発生成分」)の蛍光スペクトルと、アクセプターとなる分子(本発明における「蛍光性温度及び/又はpH応答性ポリマー中の蛍光物質」)の励起スペクトルに重なりがあり、これら二つの分子が約100nm以内、好ましくは10nm以内の距離に近づいた場合、ドナーを励起するとエネルギーがアクセプターに移動し、アクセプターとなる分子が励起される現象が生じる。これが、蛍光共鳴エネルギー移動である。従って、蛍光共鳴エネルギー移動を生じさせるためには、通常はドナーの励起波長で光を照射し、検出は、ドナーあるいはアクセプターの蛍光強度測定で行う。ドナーの蛍光強度は、二分子間の距離が近いとアクセプターに光が吸収されるために低くなり、距離が離れると高くなる。アクセプターの蛍光強度は、この逆となる。なお、前記したように、ドナーとなる分子の蛍光スペクトルとアクセプターとなる分子の励起スペクトルとに重なりがあることが必要であるので、好ましい例である、アクセプターである蛍光性温度及び/又はpH応答性ポリマー中の蛍光物質の発する蛍光強度を測定する場合には、変化の測定対象である蛍光発生成分を有する物質(蛋白質等)の蛍光スペクトルを考慮し、その蛍光波長よりも10乃至50nm程度長波長側に励起波長がある蛍光性温度及び/又はpH応答性ポリマーを使用することが好ましい。
【0078】
第二の発明では、水系溶媒中で、蛍光性温度及び/又はpH応答性ポリマーを蛋白質等の蛍光発生成分を有する物質の近傍に存在させて、蛍光発生成分からポリマー中の蛍光物質への蛍光共鳴エネルギー移動を生じさせる。例えば、蛋白質自体の発する蛍光強度が、バックグラウンド蛍光と区別できなかったり、蛋白質の変化に伴う蛍光強度の変化が小さいために、蛍光強度を測定してもその変化を認識することができない場合であっても、蛋白質中の蛍光発生成分(トリプトファン等の芳香環化合物)の励起波長で光を照射すると、エネルギーが蛍光性温度及び/又はpH応答性ポリマー中の蛍光物質へ移動し(蛍光共鳴エネルギー移動が生じ)、このとき、蛍光性温度応答性ポリマー中の蛍光物質が励起されて発光する蛍光の強度は大きいため、この蛍光性温度及び/又はpH応答性ポリマー中の蛍光物質が発する蛍光の強度を測定すれば、蛋白質等やその周囲環境の変化を認識することができる。なお、「水系溶媒」とは、水、各種の緩衝液等の水溶液、水とメタノールやエタノール等の極性溶媒との混合物であって、水を主成分とするもの等をいう。水系溶媒を使用すると、バックグラウンド蛍光の強度は、一般的には小さい傾向にある。
【0079】
さらに、第三の発明について説明する。第三の発明は、第一の発明のポリマー中、温度応答性を示すポリマーに、水系溶媒中で励起エネルギーを与え、蛍光の発光の程度によって水系溶媒の温度を測定する工程を含む、温度の測定方法である。
【0080】
蛍光性温度応答性ポリマーは、それぞれ特有の下限臨界溶解温度を有する。これらのポリマーは、下限臨界溶解温度未満では親水的環境下にあり、一方、下限臨界溶解温度を超えると疎水性環境下におかれる。すなわち、溶解性が急激に低下する。蛍光性温度応答性ポリマーの中、フルオレセイン系蛍光物質やクマリン系蛍光物質が結合されてなるものは、下限臨界溶解温度未満、すなわち親水的環境下において強い蛍光を発するが、この温度を超えると蛍光強度は著しく小さくなる。一方、ダンシル系蛍光物質が結合されてなるポリマーは、下限臨界溶解温度未満では蛍光が弱く、この温度を超えると蛍光強度は著しく大きくなる。第三の発明は、蛍光性温度応答性ポリマーのこの性質を利用するものである。即ち、蛍光性温度応答性ポリマーに由来する強い蛍光が発せられるか否かで、当該ポリマーが存在する水系環境の温度を特定するものである。
【0081】
蛍光性温度応答性ポリマーは、それぞれ特有の下限臨界溶解温度を有するので、測定したい温度に応じて、適する蛍光性温度応答性ポリマーを選択し、又は設計する。
【0082】
また、蛍光性温度応答性ポリマー中の蛍光物質は、それぞれ特有の励起波長及び蛍光波長を有するので、当該蛍光物質に応じた波長で、励起エネルギーを与える。
【0083】
さらに、第四の発明について説明する。第四の発明は、第一の発明のポリマー中、pH応答性を示すポリマーに、水系溶媒中で励起エネルギーを与え、蛍光の発光の程度によって水系溶媒のpHを測定する工程を含む、pHの測定方法である。
【0084】
蛍光性pH応答性ポリマーは、それぞれ特有の相転移pH(水系溶媒に対する溶解性が急激に変化するpH)を有する。蛍光性pH応答性ポリマーの中、フルオレセイン系蛍光物質やクマリン系蛍光物質が結合されてなるものは、親水的環境下(このとき、ポリマーは水系溶媒中に溶解している)において強い蛍光を発するが、疎水性環境下(このとき、ポリマーの水系溶媒に対する溶解度は低い)では蛍光強度は著しく小さくなる。一方、ダンシル系蛍光物質が結合されてなるポリマーは、親水的環境下では蛍光が弱く、疎水性環境下では蛍光強度は著しく大きくなる。第四の発明は、蛍光性pH応答性ポリマーのこの性質を利用するものである。即ち、蛍光性pH応答性ポリマーに由来する強い蛍光が発せられるか否かで、当該ポリマーが存在する水系環境のpHを特定するものである。
【0085】
蛍光性pH応答性ポリマーは、それぞれ特有の溶解性に著しい変化が生じる(すなわち相転移)pHを有するので、測定したいpHに応じて、適する蛍光性pH応答性ポリマーを選択し、又は設計する。
【0086】
また、蛍光性pH応答性ポリマー中の蛍光物質は、それぞれ特有の励起波長及び蛍光波長を有するので、当該蛍光物質に応じた波長で、励起エネルギーを与える。
【0087】
第五の発明について説明する。第五の発明では、第一の発明のポリマー中、ポリマーの構成モノマーの少なくとも一部が光学異性体を有するアミノ酸誘導体である蛍光性温度及び/又はpH応答性ポリマーを使用する。第五の発明では、測定対象を含有するか又は含有することが予想される水系溶媒(x)中において、及び、測定対象を含有しない水系溶媒(y)中で、上記ポリマーに由来する蛍光を温度及び/又はpHを変化させながらを測定し、水系溶媒(x)での測定結果を水系溶媒(y)での測定結果を比較することにより、水系溶媒(x)中における測定対象の三次元高次構造、又は、水系溶媒(x)中に測定対象が存在するか否かを判定する。
【0088】
ここで、「測定対象」とは、例えば、生体中に存在する蛋白質(プロテインA、G蛋白質等)、オリゴ−又はポリペプチド(アンギオテンシン、バソプレッシン等)、多糖類(N−アセチルグルコサミン等)、及び各種アミノ酸、ホルモン様物質、ステロイド類等の低分子生理活性物質等をいう。ポリマーの構成モノマーの少なくとも一部が光学異性体を有するアミノ酸誘導体である蛍光性温度及び/又はpH応答性ポリマーは、「測定対象」と共存することにより、そのポリマーの温度応答挙動及び/又はpH応答挙動に変化が生じ得る。そのような変化の有無に基づき、特定の「測定対象」が存在するか否か、あるいは、特定の「測定対象」がどのような三次元高次構造を取っているかを判定する。
【0089】
ここで、「測定対象」のモデル化合物としてL−プロリン重合体を用い、また、本発明のポリマーとして、その主鎖の構成モノマーとして光学活性を有するプロリンを含む蛍光性温度応答性ポリマー(L−プロリンのみを含むものとD−プロリンのみを含むもの)を使用して、測定対象が共存するか否かにより、本発明の蛍光性温度応答性ポリマーの温度と蛍光強度との関係が影響を受けるか否かを測定した実験(実施例9)について言及する。
【0090】
例えば図49に示すように、主鎖構成モノマーがL−プロリンを含有するモノマーであるポリマー単独(試料(a))での温度と蛍光強度との関係(I)を、L−プロリン重合体が共存する(試料(b))場合の温度と蛍光強度との関係(II)と比較すると、異なる傾向が示されていることがわかる。一方、図50に示すように、主鎖構成モノマーがD−プロリンを含有するモノマーであるポリマー単独(試料(c))での温度と蛍光強度との関係(I)を、L−プロイン重合体が共存する(試料(d))場合の温度と蛍光強度との関係(II)と比較すると、ほぼ同様の傾向が示されていることがわかる。このような相違に基づき、ある試料中に、あるいは例えば生体内のある個所に、「測定対象」が存在するか否か、また、存在する場合、その「測定対象」の三次元高次構造はどのようであるかを判定することができるのである。
【0091】
この実験では、「測定対象」のモデル化合物としてL−プロリン重合体を使用した。ここで、L−プロリン重合体とD−プロリン重合体とは、三次元高次構造が異なっていることが知られている。従って、上記実験は、「測定対象」をプロリン重合体とする場合には、その三次元高次構造(より具体的にはL−プロリン重合体であるかD−プロリン重合体でるか)を判定することになる。ここでは、「測定対象」のモデル化合物としてL−プロリン単独重合体を使用したが、たとえばポリヌクレオチド中のプロリンがL体であるかD体であるかの相違により、ポリヌクレオチド自体の三次元高次構造が異なるものとなる場合もあり、そのような場合には、本発明の方法により、ポリヌクレオチド(測定対象)の三次元高次構造を判定することができるのである。
【0092】
第六の発明は、蛍光プローブに関する。この蛍光プローブは、第一の発明のポリマー中、その少なくとも片末端には蛍光物質が結合されていないポリマーと、蛋白質、リン脂質、低分子生理活性及び担体からなる群から選択されるいずれかが結合されてなる。このような蛍光プローブは、例えば図31に示すように、第一の発明のポリマーの片末端にあるカルボキシル基に、アミノ基含有イムノグロブリンのアミノ基を反応させてアミド結合を生じさせることにより、製造することができる。また、図51に示すように、第一の発明のポリマーの片末端にあるカルボキシル基に、アミノ基含有リン脂質のアミノ基反応させてアミド結合を生じさせることにより、製造することができる。
【0093】
先に述べたように、第一の発明のポリマーの中、その末端がカルボキシル基となっているものは、このカルボキシル基に何らかの化合物を反応させることができる。その一例を、図31に基づいて説明する。この例では、Poly(NIPAAm−co−fluorescein o−acrylate)に、リン酸緩衝液(pH7.4)中においてアミノ基が導入されてなるイムノグロブリンを反応させることにより、イムノグロブリン接合Poly(NIPAAm−co−fluorescein o−acrylate)が得られる。また、図51に示された例では、Poly(NIPAAm−co−fluorescein o−acrylate)を活性エステルに変換し、その活性エステル化体を、1,4−ジオキサン中でアミノ基が導入されてなるリン脂質と反応させている。
【0094】
このような蛍光プローブは、例えば、このプローブを構成する蛋白質やリン脂質、あるいは低分子生理活性物質と親和性のある環境に移動して留まるため、バイオイメージングに利用することができる。また、担体を有する本発明の蛍光プローブの近傍には、そのポリマー部分に親和性を有する物質が留まり、その結果、蛍光プローブの温度又はpH応答性の挙動に変化が生じ得るので、その変化に基づき、蛍光プローブの近傍に留まった物質が何であるか、又はどのような三次元高次構造を取っているか等を、判定することができる。
【0095】
以下に、実施例により、本発明を具体的に説明する。
【実施例】
【0096】
実施例1:蛍光分子温度センサーの作製
(1)試薬
N−イソプロピルアクリルアミド(M.W.=113.16)
メタクリル酸ブチル(M.W.=142.2)
2,2´−アゾビスイソブチロニトリル(M.W.=164.21)
3−メルカプトプロピオン酸(M.W.=106.15)
N,N−ジメチルホルムアミド、脱水(M.W.=73.09)
フルオレセイン o−アクリレート(M.W.=386.35)
4−アミノフルオレセイン
液体窒素
アセトン,脱水(M.W.=58.08)
ジエチルエーテル(M.W.=74.12)
1,4−ジオキサン,脱水(M.W.=88.11)
酢酸エチル,脱水(M.W.=88.11)
N,N−ジシクロヘキシルカルボジイミド(M.W.=206.33)
N−ヒドロキシスクシイミド(M.W.=115.09)
HPLC用メタノール(M.W.=32.04)
Ekicrodisc(登録商標)13 CR(0.45μm PTFE)(Gelman Japan)
PTFEメンブランフィルター(PTFE, 3.0 μm, 90 mm)(ADVANTEC)
透析膜(Spectra/Por(登録商標)Biotech Regenerated Cellulose Dialysis Membranes MWCO:3,500)(Spectrum Laboratories)
HPLC用N,N−ジメチルホルムアミド(M.W.=73.09)
塩化リチウム(M.W.=42.39)
【0097】
(2)ポリマーの合成
(2−1)ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)の合成
精製N−イソプロピルアクリルアミド25.0gとラジカル開始剤の2,2´−アゾビスイソブチロニトリル0.145g、連鎖移動剤の3−メルカプトプロピオン酸0.656gを用い、N,N−ジメチルホルムアミド50mL中でのラジカル重合により、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)を得た(図1参照)。
【0098】
具体的には、次のようにして合成した。上記の原料及び溶媒を重合管に入れ、三方活栓を取り付け輪ゴムで固定した。そして、コックを閉じた状態で重合管を液体窒素中に入れ完全に凍結させ、次にコックを開いて真空ポンプを用いて脱気した。次に再びコックを閉じて重合管をメタノール中に入れ管内の試料を完全に溶解させた。この操作を3回繰り返した(凍結融解脱気法)。このように、充分脱気された試料で減圧状態になっている重合管を、室温に放置し、その後、70℃の振とう恒温槽に入れ、5時間ラジカル重合反応を行わせた。このようにして、片末端にカルボキシル基をもつポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)を合成した。反応後、重合管が室温になるまで放置し、溶媒(DMF)を40℃で減圧蒸留して濃縮し、残留物を氷冷したジエチルエーテルに滴下し、沈殿物としてポリマーを得た。得られたポリマーをPTFEメンブランフィルター濾取し、常温でデシケーター中で一晩減圧乾燥を行った。その乾燥物をアセトンに溶解させ、再び氷冷したジエチルエーテルに滴下して精製した。この操作をさらに2回繰り返し行った(再沈精製法)。
【0099】
(2−2)(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体の合成
精製N−イソプロピルアクリルアミド25.0gとラジカル開始剤の2,2´−アゾビスイソブチロニトリル0.145g、連鎖移動剤の3−メルカプトプロピオン酸0.656g、蛍光物質であるフルオレセイン o−アクリレート0.085gを用い、N,N−ジメチルホルムアミド50mL中でのラジカル重合により蛍光性温度応答性ポリマーである(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体を得た(図2参照)。N−イソプロピルアクリルアミド:N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレートは、10:1(モル比)であった。
【0100】
具体的には、次のようにして合成した。上記の原料及び溶媒を重合管に入れ、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)の合成と同様の操作を行い、片末端にカルボキシル基をもつ蛍光性温度応答性ポリマーを合成した。
【0101】
(2−3)4−アミノフルオレセイン接合ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)の合成
(2−1)で合成したポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)をスクシニル化した後、蛍光物質である4−アミノフルオレセイン(励起波長:490nm;蛍光波長:515nm)にスクシニル化ポリマーを結合させ、片末端に蛍光分子を持つ蛍光性温度応答性ポリマーである 4−アミノフルオレセイン接合ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド) を得た(図1参照)。
【0102】
具体的には、次のようにして合成した。モル比が、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド):N−ヒドロキシスクシンイミド:N,N−ジシクロヘキシルカルボジイミド=1:2.5:2.5となるように、これらの原料を秤量した。ナス型コルベンにポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)と酢酸エチルを入れて溶解させた後、N,N−ジシクロヘキシルカルボジイミドとN−ヒドロキシスクシンイミドを加えて溶解させた。次に4℃の氷冷中で2時間攪拌し、25℃の恒温槽で一晩攪拌した。溶液をろ過し、副生成物であるジシクロヘキシル尿素を取り除き、ろ液を氷冷したジエチルエーテルに滴下して精製し、生成物をろ取・減圧乾燥してスクシニル化ポリマーを得た。
【0103】
次に、このスクシニル化ポリマーをアミノプロピルシリカゲルに修飾する要領で、蛍光物質を修飾させた。具体的には、スクシニル化ポリマーを1,4−ジオキサンに溶解させ、4−アミノフルオレセインを加えて25℃の恒温槽で一晩振とうさせた。未結合の蛍光物質を取り除くため、1,4−ジオキサンを蒸発させ、乾固した試料を水に溶解させて5(w/v)%の水溶液に調製した。この溶液を生成セルロース透析膜に入れ、メタノール中で48時間透析を行った。透析後の溶液中の溶媒を蒸発させ、乾固した試料(4−アミノフルオレセイン接合ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)を回収し、−80℃で保存した。
【0104】
(3)分子量の測定
合成したポリマーの分子量は、GPC測定器によって決定した。検量線はポリスチレン標準液を用いることで得た。移動相には100mMLiCl−DMF溶液を使用し、サンプルは5mg/mL濃度にそれぞれ調製し、有機系0.45μmのフィルターに通して試料溶液とした。各ポリマーの平均分子量(Mw)と平均分子数(Mn)を、表1に示す。
【0105】
【表1】

【0106】
(4)透過率の測定
合成したポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)、(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体、4−アミノフルオレセイン接合ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)を、それぞれ水に溶解させ、0.5(w/v)%水溶液を調製し、測定波長500nmにおいて、各温度での透過率を測定した。結果を図4に示す。図4において、黒丸がポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)、四角が(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体、三角が4−アミノフルオレセイン接合ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)である。
【0107】
また、透過率が50%を示すときの温度を、下限臨界溶解温度(LCST)と定義した。なお、測定装置や測定条件は、次のとおりであった。
【0108】
(装置)
Spectrophotometer:V−630(日立製)
付属品名 :ETC−717、PT−31(日本分光製)
(測定条件)
バンド幅 :1.5nm
レスポンス :Medium
測定波長 :500nm
光源切換 :340nm
【0109】
(5)蛍光強度の測定
合成した蛍光性ポリマーが蛍光分子温度センサーとしての機能を有するか否かを確認するために、温度変化と蛍光強度との関係を測定した。(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体と、4−アミノフルオレセイン接合ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)のそれぞれにつき、100mM水溶液を調製し、励起波長490nmで励起を行い、各温度の最大蛍光強度を測定した。結果を図5に示す。また、最大蛍光波長515nmにおける蛍光強度と温度との関係をプロットしたグラフを、図6に示す。図5及び6において、(A)が(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体、(B)が4−アミノフルオレセイン接合ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)である。
【0110】
(装置)
蛍光光度計 :Fluorescence Spectrophotometer F-3000(日立製)
循環恒温水槽 :PT−31(日本分光製)
(測定条件)
励起波長 :280nm
スキャンスピード:60nm/分
スリット幅 :励起・蛍光ともに3.0nm
【0111】
(6)結果と考察
上記した二つの蛍光性ポリマー、即ち(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体と4−アミノフルオレセイン接合ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)は、低温側、つまり、ポリマー鎖が親水的環境下にあるときに強い蛍光を発した(図5参照)。また、図6より、水溶液中でこれらの蛍光性ポリマーの蛍光強度は、6乃至9℃の温度上昇、特に相転移を生ずる(すなわち溶解性が変化する)温度付近で、鋭く減少することが明らかとなった。この親水的環境下でのみ強い蛍光を発する蛍光性ポリマーは、温度応答性も有し、温度低下を感知可能な蛍光性温度センサーであるといえる。従って、これらのポリマーは、蛋白質や細胞内などの微小環境における親水性の増加を検出する際に有効であると考えられた。図6から明らかなように、上記した二つの蛍光性ポリマーは、28乃至36℃の温度に適応するものであるが、この温度幅は、ポリマーを合成する際に疎水性モノマーあるいは親水性モノマーを共重合させることで自由に温度設定可能であるため、所望の特有の温度幅をもつ蛍光分子温度計を作製することが可能であると考えられる。
【0112】
実施例2: 蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)によるタンパク質凝集過程の可視化
蛍光プローブとして、実施例1で合成した(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体を、また、モデルタンパク質として牛血清アルブミン(以下、「BSA」ということがある)を用いて、蛍光共鳴エネルギー移動によるタンパク質凝集過程の可視化を試みた。
【0113】
(1)実験条件
(1−1)試薬
牛血清アルブミン(minimum 96% electrophoresis) SIGMA製
リン酸水素二ナトリウム(M.W.=141.96)
リン酸水素二ナトリウム・12水和物(M.W.=358.14)
リン酸(M.W.=98.00)
【0114】
(1−2)試料調製
(1−2−1)BSA凝集体の調製
先ず、16.7mMのリン酸緩衝液(pH6.2)を調製し、これに、BSAを0.1mg/mLの濃度となるように加えた。次いで、これを70℃にて120分間加熱した。
【0115】
(1−2−2)蛍光スペクトル測定用試料の調製
BSA及びBSA凝集体(以下、「BSA−agg」と略すことがある)は、その濃度が120μg/mLとなるように、16.7mMリン酸緩衝液(pH6.2)に加えた。(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体は、その濃度が100μMとなるように、16.7mMリン酸緩衝液(pH6.2)に加えた。
【0116】
このようにして、BSA試料、BSA−agg試料、蛍光性ポリマー試料を調製した。また、BSA試料と蛍光性ポリマー試料との1:1(容量)混合物と、BSA−agg試料と蛍光性ポリマー試料との1:1(容量)混合物も調製した。
【0117】
(1−3)蛍光スペクトル測定条件
(装置)
蛍光光度計 :Fluorescence Spectrophotometer F-3000(HITACHI)
循環恒温水槽 :PT−31(日本分光)
(測定条件)
励起波長 :280nm
スキャンスピード:60nm/分
スリット幅 :励起・蛍光ともに3.0nm
【0118】
(2)結果と考察
図7に示す蛍光スペクトルから明らかなように、蛍光性ポリマー溶液中にBSAを共存させたところ、BSAと蛍光性ポリマー中の蛍光物質との間でFRETが生じ、蛍光性ポリマー中の蛍光物質に由来する蛍光の強度の増加が認められた(図7中の矢印Bを参照のこと)。即ち、ドナーであるBSA中の蛍光成分(トリプトファン等)が放出する光がアクセプターである蛍光性ポリマー中の蛍光物質を励起したため、ドナーの蛍光強度が減少し(図7中の矢印Aを参照のこと)、アクセプターの蛍光強度が増加した。また、図8に示す蛍光スペクトルから明らかなように、BSAが凝集してBSA−aggになると、自然発光(図8中の矢印A)とFRET蛍光(蛍光性ポリマーが共存する場合;図8中の矢印B)のいずれにおいても、強度の低下が認められた。
【0119】
多くの蛋白質が示す自然発光(蛍光)の強度が凝集や変性によって変化するのは、蛋白質の高次構造が壊れることでアミノ酸の周辺環境(疎水性、pHなど)が変化するためであると考えられている。この実験結果より、BSAが変性すると、蛍光性ポリマー中の蛍光物質と相互作用をし難い構造となり、FRETが生じ難くなったことが示唆された。この時、自然蛍光強度の減少量(図8中の矢印A)と、FRET蛍光強度の減少量(図8中の矢印B)の比(B/A)を算出すると、約1.3の値であった。つまり、FRET現象を利用することで、自然蛍光測定よりも増幅して、BSAの変化を検出できることが示された。
【0120】
その変化を測定しようとする対象物質(蛋白質等)とFRETが生じ易くなるように、蛍光性温度応答性ポリマーの分子設計を行う(具体的には、合成に際して使用するコモノマーの種類及び量を検討する)ことで、FRET蛍光のより増幅度が大きい新たな機能性蛍光プローブの開発が可能である。そして、FRET現象を利用して、蛋白質等と他の分子との相互作用を可視化することが可能である。これにより、蛋白質等のより本質的な生理現象の理解に必要な情報が得られるようになる可能性がある。
【0121】
実施例3: (N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体[Poly(NIPAAm-co-fluorescein o-acrylate)の合成と、物性等の評価
(1)使用した試薬
N−イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm): 興人から恵与されたものをn−ヘキサンで再結晶したもの
2,2´−アゾビスイソブチロニトリル(AIBN): 和光純薬工業製
3−メルカプトプロピオン酸(MPA): 和光純薬工業製
フルオレセイン o−アクリレート: SIGMA-ALDRICH製
その他の試薬及び溶媒: 市販特級以上のもの
O: Mill-Q water purification systemから精製したもの
【0122】
(2)測定装置及び方法
(2−1)H−NMRスペクトルの測定
テトラメチルシランを内部標準物質とし、Joel JNM―ECP600核磁気共鳴装置(600MHz)を用いて測定した。
【0123】
(2−2)透過率の測定
紫外可視近赤外分光光度計(V−630、JASCO製、日本)に、ETC−717型水冷ペルチェ式恒温セルホルダ(JASCO製)及び電動式ペルチェ温度自動調節機(PT31、KRÜSS製、ドイツ)を装着したものを使用した。
【0124】
(2−3)蛍光強度及び蛍光スペクトルの測定
蛍光光度計I(Fluorescence Spectrophotometer F-3000、日立製)に電動式ペルチェ温度自動調節機(PT31、KRÜSS製、ドイツ)を装着したもの、又は、蛍光光度計II (Spectrofluorometer FP-6300、JASCO製) にETC−273T型水冷ペルチェ式恒温セルホルダ(JASCO製、日本)及び電動式ペルチェ温度自動調節機(PT31、KRÜSS製、ドイツ)を装着したものを使用した。
【0125】
(3)(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体の合成
重合管に、精製N−イソプロピルアクリルアミド25.0g(221mmol)のDMF溶液(50mL)、フルオレセイン o−アクリレート85mg(0.22mmol)、AIBN145mg(0.88mmol)及びMPA656mg(6.18mmol)を順次添加し、真空下で凍結融解を行った(−196℃)。重合管を室温に戻した後、70℃で5時間、重合反応に付した。反応停止後、反応溶液を氷冷ジエチルエーテル2Lに滴下し、再沈精製を行い、粗生成物を得た。この粗生成物をアセトンに溶解し、ジエチルエーテルで再沈精製を行った。この操作を3回繰り返し、目的ポリマーである(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体(16.2g、2.48mmol)を得た。この反応式は、図2を参照されたい。
【0126】
(4)(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体の 物性評価
(4―1)数平均分子量(Mn)の測定
数平均分子量(Mn)の測定数平均分子量(Mn)は、末端滴定法により算出した。具体的には、次のようにしてMnを求めた。
【0127】
ポリマー50mgを正確に秤量し、水(HO)20mLに溶かし、得られた溶液を氷冷した。この溶液を滴定試料として用いた。指示薬としてフェノールフタレインを1滴滴下し、0.01mol/L濃度の水酸化ナトリウム水溶液で滴定を行った。Mnは、以下の式から算出した。
【0128】
Mn=G/N・F・V
ここで、Gはポリマー重量(g)であり、Nは水酸化ナトリウム水溶液のモル濃度(mol/L)であり、fは水酸化ナトリウム水溶液のファクター値であり、Vは滴定に要した水酸化ナトリウム水溶液の量(L)である。
(3)で合成したポリマーの数平均分子量(Mn)は、6,533であった。
【0129】
(4−2)下限臨界溶解温度(Lower Critical Solution Temperature:LCST)の測定
下限臨界溶解温度は、ポリマー水溶液の透過率測定(測定波長:500nm)により算出した。具体的には、次のようにしてLCSTを求めた。
【0130】
5mg/mL濃度のポリマー水溶液を調製した。これを、0.1℃/分の温度勾配で昇温させつつ透過率を測定し、透過率が50%となる温度をLCSTとした。
【0131】
温度と透過率との関係を示すグラフを図9に示す。図9から明らかなように、(3)で合成したポリマーのLCSTは、30.5℃であった。N−イソプロピルアクリルアミド単独重合体のLCSTは32℃であり、疎水性官能基の導入により、LCSTが若干低下した。
【0132】
(4−3)蛍光強度の測定
温度と蛍光強度との関係は、5mg/mL濃度のポリマー水溶液を、0.1℃/分の温度勾配で昇温させつつ蛍光強度を測定して求めた。なお、蛍光強度は、励起波長490nm、蛍光波長515nm、スリット幅は励起、蛍光のいずれも3.0nmにて測定を行った。
【0133】
温度と蛍光強度との関係を示すグラフを図10に示す。図10から明らかなように、(3)で合成したポリマーの水溶液は、LCST付近で蛍光強度が大きく変化した。また、25℃及び35℃における蛍光を、図11に示す。フルオレセインは親水性環境下で強い蛍光を発することから、LCST以下の温度である25℃(左側)(親水性環境下)では強い蛍光が発せられたが、LCST超の温度である35℃(右側)(疎水性環境下)では、蛍光強度が小さかった。
【0134】
(4−4)蛍光スペクトルの測定
蛍光スペクトルは、5mg/mL濃度(0.5%)のポリマー水溶液、0.05%濃度のポリマーのクエン酸緩衝液溶液(pH4.0)、0.05%濃度のポリマーのリン酸緩衝液溶液(pH7.0)及び0.05%濃度のポリマーのホウ酸緩衝液溶液(pH9.0)について、測定した。
【0135】
各ポリマー溶液について、先ず25℃にて、励起波長490nm、スリット幅は励起、蛍光のいずれも5.0nm、スキャンスピードは60nm/分で測定を行った。次いで、ポリマー溶液の温度を1℃上昇させて、同様の測定を行った。これを36℃まで行った。
【0136】
結果を図12乃至図15に示す。いずれの図においても、最も蛍光強度が大きいスペクトルは、25℃で測定したものであり、最も蛍光強度が小さいスペクトルは、36℃で測定したものである。また、各温度におけるpHと蛍光強度との関係を図16に示す。
【0137】
フルオレセインのpKaは6.4であり、pH5乃至9の範囲でpH依存性の吸収と蛍光放出を起こす。以下に示すように、フルオレセインは、低pH(図13;pH4.0)では環状構造をとるが、高pH(図15;pH9.0)では開環構造をとる。後者では、分子構造が同一平面にあり、 全てが共鳴している状態になる。このため、励起状態から基底状態へ戻るとき、分子の回転構造などによってエネルギーが逃げることがなく、よって、前者よりも強い蛍光を発するのである。
【0138】
【化1】

【0139】
(4−5)フルオレセイン 0−アクリレート導入量の測定
フルオレセイン 0−アクリレート導入量は、H−NMRにより算出した。(3)で合成したポリマーの重クロロホルム溶液を調製し、それをH−NMRに付した。
【0140】
結果を図17及び図18に示す。これらの図(チャート)において、7.7ppmのシングレットのピークは、フルオレセイン 0−アクリレートの芳香族プロトン(2H)に由来し、4.0ppmのシングレットのピークは、NIPAAmのC2位のメチンプロトン(1H)に由来することから、それぞれの積分値をもとに、フルオレセイン 0−アクリレート導入量を算出した。フルオレセイン 0−アクリレート導入量は、0.08質量%であった。
【0141】
実施例4: (N−イソプロピルアクリルアミド/ダンシル アミノエチルアクリルアミド)共重合体[Poly(NIPAAm-co-dansyl aminoethylacrylamide)]の合成と、物性等の評価
(1)使用した試薬
実施例3(1)と同様である。なお、塩化ダンシルは、東京化成工業製を使用した。
【0142】
(2)測定装置及び方法
実施例3(2)と同様である。
【0143】
(3)(N−イソプロピルアクリルアミド/ダンシル アミノエチルアクリルアミド)共重合体の合成
反応式は、図19に示すとおりである。
【0144】
(3−1)ダンシルエチレンジアミンの合成
氷冷下、塩化ダンシル(dansylchloride)400mg(1.48mmol)の塩化メチレン(CH2Cl2)溶液(12mL)に、1,2−エチレンジアミン890mg(14.8mmol)を滴下した。得られた混合物を5分間攪拌した後、室温に戻して1時間攪拌し、反応させた。得られた反応溶液を、2M塩酸を用いて酸性にし、次いで塩化メチレン20mLで2回抽出した。水相に5M水酸化ナトリウム水溶液を添加してアルカリ性にした後、塩化メチレン20mLで2回抽出した。次いで、有機相(塩化メチレン溶液)を硫酸ナトリウムで乾燥させ、ろ過し、 溶媒を減圧留去した。得られた粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー[移動層:クロロホルム−メタノール(10:1, v/v)]で精製し、目的のダンシルエチレンジアミン(240.8mg、0.818mmol)を得た。
【0145】
(3−2)ダンシルアミノエチルアクリルアミドの合成
氷冷下、ダンシルエチレンジアミン(240.8mg、0.818mmol)のTHF溶液(30mL)に、アクリロイルクロリド79μL(0.982mmol)を加え、さらにトリエチルアミン136μL(0.982mmol)を滴下した。反応終了を確認した後、溶媒を留去し、残渣に塩化メチレン及び水を加えて分液抽出した。有機相を硫酸ナトリウムで乾燥させ、ろ過し、溶媒を減圧留去した。得られた粗生成物をシリカゲルクロマトグラフィー[移動相:ジエチルエーテル−塩化メチレン(1:4, v/v)]で精製し、目的のダンシルアミノエチルアクリルアミド(164mg、0.472mmol)を得た。
【0146】
(3−3)(N−イソプロピルアクリルアミド/ダンシルアミノエチルアクリルアミド)共重合体の合成
重合管に、精製N−イソプロピルアクリルアミド10.0g(88.4mmol)のDMF溶液(20mL)に、ダンシルアミノエチルアクリルアミド30.8mg(0.088mmol)、AIBN58mg(0.353mmol)及びMPA263mg(2.48mmol)を順次添加し、真空下で凍結融解を行った(−196℃)。重合管を室温に戻した後、70℃で5時間、重合反応に付した。反応停止後、反応溶液を氷冷ジエチルエーテルに滴下し、再沈精製を行い、粗生成物を得た。この粗生成物をアセトンに溶解し、ジエチルエーテルで再沈精製を行った。この操作を3回繰り返し、目的ポリマーである(N−イソプロピルアクリルアミド/ダンシルアミノエチルアクリルアミド)共重合体(7.00g、1.11mmol)を得た。
【0147】
(4)(N−イソプロピルアクリルアミド/ダンシルアミノエチルアクリルアミド)共重合体の物性評価
(4―1)数平均分子量(Mn)の測定
実施例3(4−1)と同様の方法で、数平均分子量を求めた。(3)で合成したポリマーの数平均分子量(Mn)は、6,335であった。
【0148】
(4−2)下限臨界溶解温度(LCST)の測定
実施例3(4−2)と同様の方法で、LCSTを求めた。温度と透過率との関係を示すグラフを図20に示す。図20から明らかなように(3)で合成したポリマーのLCSTは、31.1℃であった。N−イソプロピルアクリルアミド単独重合体のLCSTは32℃であり、疎水性度の高いジメチルナフタレン・ユニットの導入により、LCSTが若干低下した。
【0149】
(4−3)蛍光強度の測定
温度と蛍光強度との関係は、5mg/mL濃度のポリマー水溶液を、0.1℃/分の温度勾配で昇温させつつ蛍光強度を測定して求めた。なお、蛍光強度は、励起波長335nm、蛍光波長526nm、スリット幅は励起、蛍光のいずれも3.0nmにて測定を行った。
【0150】
温度と蛍光強度との関係を示すグラフを図21に示す。図21から明らかなように、(3)で合成したポリマーの水溶液の蛍光強度には、LCST付近で変曲点が見られた。LCST以下の温度(親水性環境下)での蛍光強度は、LCST以上の温度における蛍光強度と比較して小さい傾向にあった。また、LCST以上の温度では、蛍光強度は一旦下降した後、再び上昇した。塩化ダンシル自体が疎水性環境下で強い蛍光を発することから、LCST以下の温度 (親水性環境下) では蛍光強度は弱く、LCST以上(疎水性環境下)では蛍光強度が強くなった。
【0151】
また、25℃及び35℃における蛍光を、図22に示す。ダンシルアミノエチルアクリルアミドは疎水性環境下で強い蛍光を発することから、LCST以下の温度(親水性環境下)では蛍光が弱いが、LCSTを超える(疎水性環境下)と、蛍光強度が大きくなった。なお、さらに温度を上昇させると、極大蛍光波長は低波長領域へとシフトする。
【0152】
(4−4)蛍光スペクトルの測定
蛍光スペクトルは、5mg/mL濃度(0.5%)のポリマー水溶液について、測定した。先ず25℃にて、励起波長335nm、スリット幅は励起、蛍光のいずれも5.0nm、スキャンスピードは60nm/分で測定を行った。次いで、ポリマー溶液の温度を1℃上昇させて、同様の測定を行った。これを36℃まで行った。
【0153】
結果を図23に示す。最も蛍光強度が大きいスペクトルは、36℃で測定したものであり、最も蛍光強度が小さいスペクトルは、25℃で測定したものである。
【0154】
(4−5)ダンシルアミノエチルアクリルアミド導入量の測定
ダンシルアミノエチルアクリルアミド導入量は、H−NMRにより算出した。(3)で合成したポリマーの重クロロホルム溶液を調製し、それをH−NMRに付した。
【0155】
結果を図24に示す。この図(チャート)において、3.97ppmのシングレットのピークは、N−イソプロピルアミノ基のメチルプロトン(1H)に由来し、1.12ppmのシングレットのピークは、N−イソプロピルアミノ基のメチル基の水素(6H)に由来する。
【0156】
実施例5: (N−イソプロピルアクリルアミド/7−(4−トリフルオロメチル)クマリン アクリルアミド)共重合体[Poly(NIPAAm-co-7-(4-trifluoromethyl)coumarin acrylamide)]の合成と、物性等の評価
(1)使用した試薬
実施例3(1)と同様である。なお、7−(4−トリフルオロメチル)クマリンアクリルアミドは、SIGMA−ALDRICH製を使用した。
【0157】
(2)測定装置及び方法
実施例3(2)と同様である。
【0158】
(3)(N−イソプロピルアクリルアミド/7−(4−トリフルオロメチル)クマリンアクリルアミド)共重合体の合成
反応式は、図25に示すとおりである。
【0159】
重合管に、精製N−イソプロピルアクリルアミド25.0g(221mmol)のDMF溶液(50mL)、7−(4−トリフルオロメチル)クマリンアクリルアミド62.6mg(0.22mmol)、AIBN145mg(0.88mmol)及びMPA656mg(6.18mmol)を順次添加し、真空下で凍結融解を行った(−196℃)。重合管を室温に戻した後、70℃で5時間、重合反応に付した。反応停止後、反応溶液を氷冷ジエチルエーテルに滴下し、再沈精製を行い、粗生成物を得た。この粗生成物をアセトンに溶解し、ジエチルエーテルで再沈精製を行った。この操作を3回繰り返し、目的ポリマーである(N−イソプロピルアクリルアミド/7−(4−トリフルオロメチル)クマリンアクリルアミド)共重合体(18.8g、3.40mmol)を得た。
【0160】
(4)(N−イソプロピルアクリルアミド/7−(4−トリフルオロメチル)クマリンアクリルアミド)共重合体の物性評価
(4―1)数平均分子量(Mn)の測定
実施例3(4−1)と同様の方法で、数平均分子量を求めた。(3)で合成したポリマーの数平均分子量(Mn)は、5,535であった。
【0161】
(4−2)下限臨界溶解温度(LCST)の測定
実施例3(4−2)と同様の方法で、LCSTを求めた。温度と透過率との関係を示すグラフを図26に示す。図26から明らかなように(3)で合成したポリマーのLCSTは、31.4℃であった。N−イソプロピルアクリルアミド単独重合体のLCSTは32℃であり、疎水性官能基の導入により、LCSTが若干低下した。
【0162】
(4−3)蛍光強度の測定
温度と蛍光強度との関係は、5mg/mL濃度のポリマー水溶液を、0.1℃/分の温度勾配で昇温させつつ蛍光強度を測定して求めた。なお、蛍光強度は、励起波長376nm、蛍光波長460nm、スリット幅は励起、蛍光のいずれも3.0nmにて測定を行った。
【0163】
温度と蛍光強度との関係を示すグラフを図27に示す。図27から明らかなように、(3)で合成したポリマーの水溶液は、LCST付近で蛍光強度が大きく変化した。また、25℃及び35℃における蛍光を、図28に示す。クマリンは、フルオレセイン同様、親水性環境下で強い蛍光を発することから、LCST以下の温度である25℃(左側)(親水性環境下)では強い蛍光が発せられたが、LCST超の温度である35℃(右側)(疎水性環境下)では、蛍光強度が小さかった。
【0164】
(4−4)蛍光スペクトルの測定
蛍光スペクトルは、5mg/mL濃度(0.5%)のポリマー水溶液について、測定した。先ず25℃にて、励起波長376nm、スリット幅は励起、蛍光のいずれも2.5nm、スキャンスピードは100nm/分で測定を行った。次いで、ポリマー溶液の温度を1℃上昇させて、同様の測定を行った。これを36℃まで行った。
【0165】
結果を図29に示す。最も蛍光強度が大きいスペクトルは、25℃で測定したものであり、最も蛍光強度が小さいスペクトルは、36℃で測定したものである。
【0166】
(4−5)7−(4−トリフルオロメチル)クマリンアクリルアミド導入量の測定
7−(4−トリフルオロメチル)クマリンアクリルアミド導入量は、H−NMRにより算出した。(3)で合成したポリマーの重クロロホルム溶液を調製し、それをH−NMRに付した。
【0167】
結果を図30に示す。この図(チャート)において、3.99ppmのシングレットのピークは、N−イソプロピルアミノ基のメチルプロトン(1H)に由来し、1.12ppmのシングレットのピークは、N−イソプロピルアミノ基のメチル基の水素(6H)に由来する。
【0168】
実施例6: イムノグロブリンG接合(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体[Poly(NIPAAm-co-fluorescein o-acrylate) conjugated IgG]の合成と、物性等の評価
(1)使用した試薬
実施例3(1)と同様である。イムノグロブリンGは、SIGMA−ALDRICH製を使用した。
【0169】
(2)測定装置及び方法
実施例3(2)と同様である。なお、吸収スペクトルの測定は、紫外可視近赤外分光光度計(V−630、JASCO製、日本)に、ETC−717型水冷ペルチェ式恒温セルホルダ(JASCO製)及び電動式ペルチェ温度自動調節機(PT31、KRÜSS製、ドイツ)を装着したものを使用した。
【0170】
(3)イムノグロブリンG接合(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体の合成
反応式は、図31に示すとおりである。
【0171】
IgG50mgを溶解したリン酸緩衝液(pH7.4)7mLに、(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体216mgのDMF溶液(620mL)を、30分毎に5回に分けて添加した。得られた混合物を、4℃にて1時間撹拌した。次いで、4℃にて24時間、反応液を透析した。このようにして、分子量が20,000以下の物質を除去した。その後、ゲルろ過を行い、得られたイムノグロブリンG接合(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体を精製した。
【0172】
(4)イムノグロブリンG接合(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体の物性評価
(4−1)下限臨界溶解温度(LCST)の測定
LCSTは、5mg/mL濃度のポリマー水溶液の代わりに、5mg/mL濃度のポリマーのリン酸緩衝液(pH7.4)溶液を使用したこと以外は、実施例3(4−2)と同様の方法で求めた。
【0173】
温度と透過率との関係を示すグラフを図32に示す。図32から明らかなように(3)で合成したポリマーのLCSTは、29.0℃であった。このように、IgG接合前(30.5℃)と比べて、LCSTは若干低下した。
【0174】
(4−2)蛍光強度の測定
温度と蛍光強度との関係は、5mg/mL濃度のポリマー水溶液を、0.1℃/分の温度勾配で昇温させつつ蛍光強度を測定して求めた。なお、蛍光強度は、励起波長490nm、蛍光波長515nm、スリット幅は励起、蛍光のいずれも3.0nmにて測定を行った。
【0175】
温度と蛍光強度との関係を示すグラフを図33に示す。図33から明らかなように、(3)で合成したポリマーの水溶液は、LCST付近で蛍光強度が大きく変化した。
【0176】
(4−3)IgG接合の確認
(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体に確かにIgGが接合していることを確認するため、紫外可視近赤外分光光度計(日立スペクトロフォトメータU−3000)にて、イムノグロブリンG接合(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体、イムノグロブリンG及び(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体の吸収スペクトルを測定した。
【0177】
結果を図34乃至図36に示す。イムノグロブリンG接合(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体の吸収スペクトル(図34)には、イムノグロブリンGに含まれるトリプトファンの吸収(280nm、図35参照)と、(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体の吸収(495nm、図36参照)が観測された。すなわち、合成されたポリマーは、イムノグロブリンG接合(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体であった。
【0178】
実施例7: 蛍光性プロリンポリマー[4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体;Poly(N-acryloyl-D-proline methylester) containing a 4-aminofluorescein]の合成と、物性等の評価
(1)使用した試薬
D−プロリン: 和光純薬工業製
N,N´−ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC): 関東化学工業製
N−ヒドロキシスクシンイミド(NHS): Merck製
塩化チオニル: 東京化成工業製
塩化アクリロイル(acryloyl chloride): 東京化成工業製
4−アミノフルオレセイン: 東京化成工業製
シリカゲル(クロマトグラフィー用): Silica gel 60(70−230メッシュ)、Merck製
その他の試薬及び溶媒: 市販特級以上のもの
O: Mill-Q water purification systemから精製したもの
【0179】
(2)測定装置及び方法
(2−1)H−NMRスペクトルの測定
テトラメチルシランを内部標準物質とし、Joel JNM―ECP600核磁気共鳴装置(600MHz)を用いて測定した。
【0180】
(2−2)円二色性(CD)スペクトルの測定
JASCO CD−1595を用いて測定した。
【0181】
(2−3)透過率の測定
紫外可視近赤外分光光度計(V−630、JASCO製、日本)に、ETC−717型水冷ペルチェ式恒温セルホルダ(JASCO製)及び電動式ペルチェ温度自動調節機(PT31、KRÜSS製、ドイツ)を装着したものを使用した。
【0182】
(2−4)蛍光強度及び蛍光スペクトルの測定
蛍光光度計(Fluorescence Spectrophotometer F-3000、日立製)に電動式ペルチェ温度自動調節機(PT31、KRÜSS製、ドイツ)を装着したものを使用した。
【0183】
(3)(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体の合成
プロリンから(N−アクリロイルプロリンメチルエステル)重合体の合成までの反応式は、図37に示すとおりである。
【0184】
(3−1)D−プロリンメチルエステル塩酸塩の合成
D−プロリン9.7g(84.2mmol)をメタノール150mLに溶解させ、メタノール溶液を調製した。氷冷下、このメタノール溶液に塩化チオニル(thionyl chloride)7.5mL(104.4mmol)を滴下し、得られた溶液を攪拌した。この溶液(反応液)を室温に戻し、8時間加熱還流した。その後、溶媒を留去し、無色油状物10.6g(64.0mmol)を得た。
【0185】
(3−2)D−プロリンメチルエステルの合成
D−プロリンメチルエステル塩酸塩10.6g(64.0mmol)を水50mLに溶解させ、水溶液を調製した。氷冷下、この水溶液に10%水酸化ナトリウム水溶液30mLを滴下し、溶液をpH10に調整した。得られた溶液(反応液)から、クロロホルム及び飽和炭酸ナトリウム水溶液で分液抽出した。有機相を無水炭酸ナトリウムで乾燥し、 溶媒を留去し、淡黄色油状物6.2g(48.0mmol)を得た。
【0186】
(3−3)N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステルの合成
窒素気流下、D−プロリンメチルエステル6.2g(47.7mmol)を塩化メチレン200mLに溶解させ、塩化メチレン溶液を調製した。この溶液に、塩化アクリロイル4.2mL(52.5mmol)及びトリエチルアミン7.9mL(57.2mmol)を−20℃にて順次滴下し、得られた溶液を攪拌した。反応終了後、反応液から水及び塩化メチレンで分液抽出した。有機相を無水炭酸ナトリウムで乾燥し、 溶媒を留去した。得られた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(25×3.5cm i.d., クロロホルム−アセトン(4:1, v/v))に付して、黄色油状物9.5g(51.6mmol)を得た。
【0187】
(3−4)(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体の合成
重合管内にて、N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル9.5mg(51.6mmol)をDMF30mLに溶解させ、得られたDMF溶液に、MPA156.1mg(1.47mmol)及びAIBN23.3mg(0.20mmol)を順次添加し、真空下で凍結融解を行った(−196℃)。重合管を室温に戻した後、70℃で5時間、重合反応に付した。反応終了後、反応溶液を氷冷ジエチルエーテルに滴下し、再沈精製を行い、粗生成物を得た。この粗生成物をアセトンに溶解し、ジエチルエーテルで再沈精製を行った。このようにして、目的ポリマーである(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体(4.0g)を得た。
【0188】
(4)(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体の物性評価
(4−1)数平均分子量(Mn)の測定
実施例3(4−1)と同様の方法で、数平均分子量を求めた。(3)で合成したポリマーの数平均分子量(Mn)は、2,067であった。
【0189】
(4−2)下限臨界溶解温度(LCST)の測定
実施例3(4−2)と同様の方法で、LCSTを求めた。温度と透過率との関係を示すグラフを図38に示す。図38から明らかなように、(3)で合成したポリマーのLCSTは、22.0℃であった。
【0190】
(4−3)円二色性スペクトルの測定
図39から明らかなように、(3)で合成したポリマー(「Poly(N−A−D−Pro−OMe)と表記」では、負のコットン効果が観察された。
【0191】
(4−4)紫外部吸収スペクトルの測定
(3)で合成したポリマーの紫外部吸収スペクトルは、図40に示すとおりであった。
【0192】
(5)4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体の合成
図41に、(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体から4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体までの反応式を示す。なお、図41では、D体とL体とを区別していない。
【0193】
(5−1)(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体の活性エステル化(スクシニル化)
(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体2g(0.3mmol)を酢酸エチル25mLに溶解させた。得られた溶液に、DCC171.9mg(0.8mmol)及びNHS95.9mg(0.8mmol)を順次添加した。得られた溶液を4℃にて2時間撹拌し、次いで25℃で一昼夜撹拌した。反応終了後、溶液をろ過して副生成物を除去した。ろ液を氷冷ジエチルエーテル中に滴下し、再沈精製を行い、目的のスクシニル化ポリマー(1.2g)を得た。
【0194】
(5−2)4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体の合成
スクシニル化された(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体1.2g(0.2mmol)を1,4−ジオキサン50mLに溶解させた。得られた溶液に4−アミノフルオレセイン171mg(0.5mmol)を添加し、一昼夜室温で撹拌した。反応終了後、溶媒を留去し、粗生成物1.5gを得た。粗生成物を、5w/v%濃度となるようにメタノールに溶解させ、再生セルロース膜 (MWCO 3500)を用い、得られた溶液を48時間透析した。このようにして、目的化合物である4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体(0.9g、0.1mmol)を得た。
【0195】
(6)4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体の物性評価
(6−1)下限臨界溶解温度(LCST)の測定
実施例3(4−2)と同様の方法で、LCSTを求めた。温度と透過率との関係を示すグラフを図38に示す。図38から明らかなように、(5)で合成したポリマーのLCSTは、17.7℃であった。この値は、蛍光分子導入前のもの((3)で合成したもの)と比べて低下していた。
【0196】
(6−2)蛍光強度の測定
温度と蛍光強度との関係は、5mg/mL濃度のポリマー水溶液を、0.1℃/分の温度勾配で昇温させつつ蛍光強度を測定して求めた。なお、蛍光強度は、励起波長490nm、蛍光波長515nm、スリット幅は励起、蛍光のいずれも5.0nmにて測定を行った。
【0197】
温度と蛍光強度との関係を示すグラフを図42に示す。図42から明らかなように、(5)で合成したポリマーの水溶液は、LCST付近で蛍光強度が大きく変化した。LCST以下の温度では、ポリマー鎖が伸張し、親水性蛍光分子であるフルオレセインが強く応答したものと考えられる。
【0198】
(6−3)蛍光スペクトルの測定
蛍光スペクトルは、5mg/mL濃度(0.5%)のポリマー水溶液について、測定した。先ず15℃にて、励起波長490nm、スリット幅は励起、蛍光のいずれも5.0nm、スキャンスピードは60nm/分で測定を行った。次いで、ポリマー溶液の温度を1℃上昇させて、同様の測定を行った。これを25℃まで行った。
【0199】
結果を図43に示す。最も蛍光強度が大きいスペクトルは、15℃で測定したものであり、最も蛍光強度が小さいスペクトルは、25℃で測定したものである。
【0200】
実施例8: 蛍光性プロリンポリマー[4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体;Poly(N-acryloyl-L-proline methylester) containing a 4-aminofluorescein]の合成と、物性等の評価
(1)使用した試薬
L−プロリン: 和光純薬工業製
N,N´−ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC): 関東化学工業製
N−ヒドロキシスクシンイミド(NHS): Merck製
塩化チオニル: 東京化成工業製
塩化アクリロイル(acryloyl chloride): 東京化成工業製
4−アミノフルオレセイン: 東京化成工業製
シリカゲル(クロマトグラフィー用): Silica gel 60(70−230メッシュ)、Merck製
その他の試薬及び溶媒: 市販特級以上のもの
O: Mill-Q water purification systemから精製したもの
【0201】
(2)測定装置及び方法
実施例7(2)と同様であった。
【0202】
(3)(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体の合成
プロリンから(N−アクリロイルプロリンメチルエステル)重合体の合成までの反応式は、図37に示すとおりである。
【0203】
(3−1)L−プロリンメチルエステル塩酸塩の合成
D−プロリンの代わりにL−プロリンを用いたこと以外は、実施例7(3)(3−1)と同様に合成を行った。
【0204】
(3−2)L−プロリンメチルエステルの合成
D−プロリンメチルエステル塩酸塩の代わりにL−プロリンメチルエステル塩酸塩を用いたこと以外は、実施例7(3)(3−2)と同様に合成を行った。
【0205】
(3−3)N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステルの合成
D−プロリンメチルエステルの代わりにL−プロリンメチルエステルを用いたこと以外は、実施例7(3)(3−3)と同様に合成を行った。
【0206】
(3−4)(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体の合成
重合管内にて、N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル12.3mg(67.1mmol)をDMF25mLに溶解させ、得られたDMF溶液に、MPA199mg(1.9mmol)及びAIBN44mg(0.27mmol)を順次添加し、真空下で凍結融解を行った(−196℃)。重合管を室温に戻した後、70℃で5時間、重合反応に付した。反応終了後、反応溶液を氷冷ジエチルエーテルに滴下し、再沈精製を行い、粗生成物を得た。この粗生成物をアセトンに溶解し、ジエチルエーテルで再沈精製を行った。このようにして、目的ポリマーである(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体(8.7g、2.2mmol)を得た。
【0207】
(4)(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体の物性評価
(4−1)数平均分子量(Mn)の測定
実施例3(4−1)と同様の方法で、数平均分子量を求めた。(3)で合成したポリマーの数平均分子量(Mn)は、6,748であった。
【0208】
(4−2)下限臨界溶解温度(LCST)の測定
実施例3(4−2)と同様の方法で、LCSTを求めた。温度と透過率との関係を示すグラフを図44に示す。図44から明らかなように、(3)で合成したポリマーのLCSTは、21.0℃であった。
【0209】
(4−3)円二色性スペクトルの測定
図39から明らかなように、(3)で合成したポリマー(「Poly(N−A−L−Pro−OMe)と表記」では、正のコットン効果が観察された。
【0210】
(4−4)紫外部吸収スペクトルの測定
(3)で合成したポリマーの紫外部吸収スペクトルは、図40に示すとおりであった。
【0211】
(5)4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体の合成
図41に、(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体から4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体までの反応式を示す。なお、図41では、D体とL体とを区別していない。
【0212】
(5−1)(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体の活性エステル化(スクシニル化)
(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体2g(0.5mmol)を酢酸エチル25mLに溶解させた。得られた溶液に、DCC258mg(1.3mmol)及びNHS144mg(1.3mmol)を順次添加した。得られた溶液を4℃にて2時間撹拌し、次いで25℃で一昼夜撹拌した。反応終了後、溶液をろ過して副生成物を除去した。ろ液を氷冷ジエチルエーテル中に滴下し、再沈精製を行い、目的のスクシニル化ポリマー(0.6g)を得た。
【0213】
(5−2)4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体の合成
スクシニル化された(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体0.6gを1,4−ジオキサン30mLに溶解させた。得られた溶液に4−アミノフルオレセイン75mg(0.2mmol)を添加し、一昼夜室温で撹拌した。反応終了後、溶媒を留去し、粗生成物を得た。粗生成物を、5w/v%濃度となるようにメタノールに溶解させ、再生セルロース膜 (MWCO 3500)を用い、得られた溶液を48時間透析した。このようにして、目的化合物である4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体(0.5g、0.1mmol)を得た。
【0214】
(6)4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体の物性評価
(6−1)下限臨界溶解温度(LCST)の測定
実施例3(4−2)と同様の方法で、LCSTを求めた。温度と透過率との関係を示すグラフを図44に示す。図44から明らかなように、(5)で合成したポリマーのLCSTは、18.7℃であった。この値は、蛍光分子導入前のもの((3)で合成したもの)と比べて低下していた。
【0215】
(6−2)蛍光強度の測定
温度と蛍光強度との関係は、5mg/mL濃度のポリマー水溶液を、0.1℃/分の温度勾配で昇温させつつ蛍光強度を測定して求めた。なお、蛍光強度は、励起波長490nm、蛍光波長515nm、スリット幅は励起、蛍光のいずれも3.0nmにて測定を行った。
【0216】
温度と蛍光強度との関係を示すグラフを図45に示す。図45から明らかなように、(5)で合成したポリマーの水溶液は、LCST付近で蛍光強度が大きく変化した。LCST以下の温度では、ポリマー鎖が伸張し、親水性蛍光分子であるフルオレセインが強く応答したものと考えられる。
【0217】
(6−3)蛍光スペクトルの測定
蛍光スペクトルは、5mg/mL濃度(0.5%)のポリマー水溶液について、測定した。先ず15℃にて、励起波長490nm、スリット幅は励起、蛍光のいずれも5.0nm、スキャンスピードは60nm/分で測定を行った。次いで、ポリマー溶液の温度を1℃上昇させて、同様の測定を行った。これを25℃まで行った。
【0218】
結果を図46に示す。最も蛍光強度が大きいスペクトルは、15℃で測定したものであり、最も蛍光強度が小さいスペクトルは、25℃で測定したものである。
【0219】
実施例9: 実施例7及び8で合成した蛍光性プロリンポリマーと、アミド結合型L−プロリンポリマー[Poly(L-proline)]との相互作用の検討
(1)使用した試薬
アミド結合型L−プロリンポリマー[Poly(L-proline)]: SIGMA製
その他の試薬は、実施例7(2)及び8(2)と同様であった。
【0220】
(2)測定装置及び方法
実施例7(2)と同様であった。
【0221】
(3)試料の調製
実施例7及び8で合成した蛍光性プロリンポリマーの各々につき、0.5w/v%水溶液を調製した。また、アミド結合型L−プロリンポリマーについても、0.5w/v%水溶液を調製した。これら3種の水溶液を用い、以下の4種類の試料を調製した。
【0222】
(a)4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体の0.25w/v%水溶液
(b)4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体を0.25w/v%、アミド結合型L−プロリンポリマーを0.25w/v%含有する水溶液
(c)4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体の0.25w/v%水溶液
(d)4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体を0.25w/v%、アミド結合型L−プロリンポリマーを0.25w/v%含有する水溶液
【0223】
(4)下限臨界溶解温度(LCST)の測定
実施例3(4−2)と同様の方法で、LCSTを求めた。試料(a)及び(b)の温度と透過率との関係を示すグラフを図47に、試料(c)及び(d)の温度と透過率との関係を示すグラフを図48に示す。
【0224】
図47から明らかなように、4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体単独(試料(a))の場合のLCSTは21.0℃であったが、アミド結合型L−プロリンポリマーが共存する(試料(b))と、LCSTは19.7℃に低下した。
【0225】
一方、図48から明らかなように、4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体単独(試料(c))の場合のLCSTは20.1℃であり、アミド結合型L−プロリンポリマーが共存する(試料(d))のLCSTは19.9℃であった。すなわち、試料(c)と(d)では、LCSTの差が小さかった。
【0226】
以上の結果より、アミド結合型L−プロリンポリマー(モデルペプチド)に対し、4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)は、何らかの相互作用を示しており、その相互作用の程度は、4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)よりも大きいといえる。
【0227】
(5)蛍光強度の測定
温度と蛍光強度との関係は、試料(a)乃至(d)のそれぞれについて、0.1℃/分の温度勾配で昇温させつつ蛍光強度を測定して求めた。なお、蛍光強度は、励起波長490nm、蛍光波長515nm、スリット幅は励起、蛍光のいずれも5.0nmにて測定を行った。
【0228】
試料(a)及び(b)の温度と蛍光強度との関係を示すグラフを図49に、試料(c)及び(d)の温度と蛍光強度との関係を示すグラフを図50に示す。
【0229】
図49から明らかなように、4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)重合体単独(試料(a))の場合に比べ、アミド結合型L−プロリンポリマーが共存する(試料(b))と、LCST以下の温度において、蛍光強度が増大した。
【0230】
一方、図50から明らかなように、4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)重合体の場合には、単独(試料(c))でもアミド結合型L−プロリンポリマーが共存(試料(d))しても、蛍光強度はほぼ同じであった。
【0231】
以上の結果より、アミド結合型L−プロリンポリマー(モデルペプチド)に対し、4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−L−プロリンメチルエステル)は、何らかの相互作用を示しており、その相互作用の程度は、4−アミノフルオレセイン含有(N−アクリロイル−D−プロリンメチルエステル)よりも大きいといえる。
【0232】
実施例10: リン脂質接合(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体[Poly(NIPAAm-co-fluorescein o-acrylate) conjugated phospholipid]の合成
(1)使用した試薬
L−α−ホスファチジルエタノールアミン ジオレイル(DOPE)は、和光純薬工業性を使用した。その他の試薬及び溶媒は、いずれも市販特級以上のものを用いた。
【0233】
(2)リン脂質接合(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体の合成
反応式は、図51に示すとおりである。
【0234】
(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体(Mn=6,533)500mg(0.077mmol)を酢酸エチル (15mL) に溶解した。得られた溶液に、DCC39.5mg(0.191mmol)及びNHS22mg(0.191mmol)を順次添加した。得られた溶液を4℃にて2時間攪拌した。その後、室温に戻し、さらに一昼夜攪拌した。
【0235】
反応溶液をろ過し、ジシクロヘキシル尿素を除去した。ろ液を氷冷下にジエチルエーテルに滴下し、沈澱を生じさせた(再沈精製)。沈澱物をろ別し、ろ液を減圧乾燥した。このようにして、(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体のN−ヒドロキシスクシンイミド活性エステル化体を、白色固体として得た(358.2mg)。
【0236】
得られた活性エステル化体219.5mg(0.034mmol)を1,4−ジオキサン20mLに溶解させた。得られた溶液にL−α−ホスファチジルエタノールアミン ジオレイル(DOPE)25mg(0.034mmol)を添加した。得られた溶液を一昼夜撹拌した。
【0237】
反応溶液中の反応溶媒を減圧留去し、粗生成物を得た。その粗生成物をメタノールに溶解し、4℃にて透析(MWCO 3500)を行って精製した。このようにして、DOPE接合(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体を黄白色固体として得た(132mg)。
【0238】
実施例11: (N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体と、DOPE接合(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体の細胞取り込み実験
(1)使用した細胞及び培地
細胞: RAW細胞(Abelson leukemia virusで転換したマクロファージ様細胞)
培地: DMEM+10%FBS+100U/mLペニシリンG+100mg/mLストレプトマイシン
【0239】
(2)実験
細胞5×10cells/wellを、新鮮な培地で一晩培養した (チャンバー使用)。この培地に、蛍光ポリマー溶液A[(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体の10μg/mL溶液]25μL又は蛍光ポリマー溶液B[DOPE接合(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体の10μg/mL溶液]25μLを添加した。37℃、5%CO環境下で2時間インキュベートした。
【0240】
培地を除去し、DMEM500μLで細胞を1回洗浄した。次いで、HBSS(平衡塩溶液)500μLで細胞を2回洗浄した。
【0241】
細胞に4%パラホルムアルデヒド500μLを加え、その後、室温に30分間放置した(細胞の固定化)。
【0242】
ホルムアルデヒドを除去し、HBSS(平衡塩溶液)500μLで細胞を2回洗浄した。 カバーガラスをつけ、共焦点レーザー顕微鏡FV1000D(オリンパス製)にて細胞を観察し、細胞内部の写真を撮影した。
【0243】
(3)結果
細胞内の顕微鏡観察の結果を、図52及び図53に示す。図52から明らかなように、細胞内が緑色に染まっている。すなわち、(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体は、細胞膜を透過して細胞質に取り込まれたことがわかる。また、図53においても、細胞内が緑色に染まっている。すなわち、DOPE接合(N−イソプロピルアクリルアミド/フルオレセイン o−アクリレート)共重合体も、細胞膜を透過して細胞質に取り込まれたことがわかる。なお、図52及び図53に関し、グレースケースの写真では、上記緑色部分は、微細な白色の点として表れている。
【産業上の利用可能性】
【0244】
本発明は、生体内等において、微小空間における環境の状況(温度やpH等)の測定を可能にする。また、本発明は、微小空間に存在する物質の三次元高次構造の判定を可能にする。さらに、本発明は、バイオイメージングにも利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
温度及び/又はpHの変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーであって、蛍光物質が結合されてなる、ポリマー。
【請求項2】
蛍光物質が親水性環境下においてより強い蛍光を発する物質である、請求項1に記載のポリマー。
【請求項3】
蛍光物質がフルオレセイン系蛍光物質又はクマリン系蛍光物質である、請求項2に記載のポリマー。
【請求項4】
蛍光物質がフルオレセイン系蛍光物質である、請求項2に記載のポリマー。
【請求項5】
ポリマーの構成モノマーの少なくとも一部が光学異性体を有するアミノ酸誘導体である、請求項1乃至4のいずれか一項に記載のポリマー。
【請求項6】
少なくともpHの変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーであって、ポリマーの構成モノマーの少なくとも一部がイオン性基を有する化合物である、請求項1乃至5のいずれか一項に記載のポリマー。
【請求項7】
少なくともpHの変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーであって、特定のpH環境下でより強い蛍光を発する蛍光物質が結合されてなる、請求項1乃至6のいずれか一項に記載のポリマー。
【請求項8】
温度及び/又はpHの変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーであって、蛍光物質が結合されてなるポリマーを、水系溶媒中で蛍光発生成分を有する物質の近傍に存在させて、蛍光発生成分とポリマー中の蛍光物質との間で蛍光共鳴エネルギー移動を生じさせ、その結果として発生した蛍光の強度を測定する工程を含む、蛍光発生成分を有する物質又はその周囲環境の変化の測定方法。
【請求項9】
温度及び/又はpHの変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーが、温度の変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーである、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
蛍光発生成分を有する物質が、蛋白質或いはオリゴ−又はポリペプチドである、請求項8又は9に記載の方法。
【請求項11】
温度及び/又はpHの変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーであって、蛍光物質が結合されてなるポリマーが、請求項1乃至7のいずれか一項に記載のポリマーである、請求項8乃至10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
請求項1乃至7のいずれか一項に記載のポリマーであって、少なくとも温度の変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーに、水系溶媒中で励起エネルギーを与え、蛍光の発光の程度によって水系溶媒の温度を測定する工程を含む、温度の測定方法。
【請求項13】
請求項1乃至7のいずれか一項に記載のポリマーであって、少なくともpHの変化により水系溶媒に対する親和性が変化するポリマーに、水系溶媒中で励起エネルギーを与え、蛍光の発光の程度によって水系溶媒のpHを測定する工程を含む、pHの測定方法。
【請求項14】
測定対象を含有するか又は含有することが予想される水系溶媒(x)中において、及び、測定対象を含有しない水系溶媒(y)中で、請求項5に記載のポリマーに由来する蛍光を温度及び/又はpHを変化させながらを測定し、水系溶媒(x)での測定結果を水系溶媒(y)での測定結果を比較することにより、水系溶媒(x)中における測定対象の三次元高次構造、又は、水系溶媒(x)中に測定対象が存在するか否かを判定する、判定方法。
【請求項15】
請求項1乃至7のいずれか一項に記載のポリマーであって、その少なくとも片末端には蛍光物質が結合されていないポリマーと、蛋白質、リン脂質、低分子生理活性及び担体からなる群から選択されるいずれかが結合されてなる、蛍光プローブ。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図23】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図29】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【図35】
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【図36】
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【図37】
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【図38】
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【図39】
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【図40】
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【図41】
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【図42】
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【図43】
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【図44】
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【図45】
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【図46】
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【図47】
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【図48】
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【図49】
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【図50】
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【図51】
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【図3】
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【図11】
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【図17】
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【図18】
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【図22】
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【図24】
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【図28】
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【図30】
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【図52】
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【図53】
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【公開番号】特開2009−236906(P2009−236906A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−49996(P2009−49996)
【出願日】平成21年3月4日(2009.3.4)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】