説明

蛍光染料分解剤

【課題】 安全性が高く、蛍光染料の分解力に優れた蛍光染料分解剤および蛍光染料の分解方法。
【解決手段】 マンガンペルオキシターゼを有効成分とし、蛍光染料を分解する蛍光染料分解剤を提供する。また、蛍光染料を含む溶液中でグルコースオキシダーゼおよびグルコースを反応させ、過酸化水素を生成する工程と、上記溶液にマンガンペルオキシターゼおよび2価のマンガンイオンを添加し、溶液中の蛍光染料と反応させて蛍光染料を分解する工程と、を備える蛍光染料の分解方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光染料分解剤に関する。特に、環境、食品環境分野に於いて使用される蛍光染料分解剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、再生紙から漏出する蛍光染料に対する問題が顕在化しつつある。古紙パルプ(再生パルプ)は、いわゆる白版紙や上質紙、再生紙、新聞用紙などの古紙を原料としており、古紙パルプの多くは再度、白版紙などに再利用される。そのため、古紙パルプから得られる再生紙を白く見せるために再生パルプの製造工程において蛍光染料が使用されている。しかしながら、蛍光染料は有害物質に化学構造が似ており、発ガン性の疑いも持たれているため、蛍光染料を含む再生紙の安全性が疑われている。特に、食品分野では、蛍光染料を含む再生紙を食品用の包装用紙などの用途に用いることは禁じられている。食品衛生法によれば、食品に接触する可能性のある紙からは蛍光染料が検出されてはならないことになっている。
【0003】
したがって、食品包装用紙などは再生パルプではなくバージンパルプが使われることが多い。しかし、コスト的な問題もあり、菓子箱や宅配ピザの敷き紙、ファーストフード店で使われるフライドポテトを入れる紙箱などには一部古紙パルプが使われているのが実状である。
【0004】
上述の理由から、古紙パルプ中の蛍光染料を取り除く方法の開発が望まれている。蛍光染料を取り除く方法として、従来では、古紙パルプを直接アルカリや酸で再処理し蛍光染料を分解する方法、蛍光染料の漏出を防ぐために紙の表面に薬剤を塗工する、フィルムを張るなどの方法(特許文献1)などが行われている。また、塩素系の蛍光染料分解剤も用いられている(特許文献2〜5)。
【0005】
【特許文献1】特開2003−128033号公報
【特許文献2】特開昭62−97993号公報
【特許文献3】特許第2116449号公報
【特許文献4】特許第698365号公報
【特許文献5】特許第3118087号公報
【特許文献6】特開2002−27971号公報
【特許文献7】特表平11−508136号公報
【特許文献8】特開2002−69881号公報
【特許文献9】特開2002−18480号公報
【非特許文献1】リグニン分解酵素系によるパルプ繊維の改質−MnP処理がDIPパルプ繊維に及ぼす影響(特種製紙株式会社;土川ら)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、古紙パルプを直接アルカリや酸で処理し蛍光染料を分解する場合、処理の過程で古紙パルプの分解も生じるため、古紙パルプの収率が悪化するという問題点があった。また、紙の表面に薬剤を塗工する、フィルムを張るなどの方法は、いずれもコストが上昇するという問題があった。また、塩素系の蛍光染料分解剤は、蛍光染料の分解能力に優れてはいるが、非常に毒性が強いという問題点があった。この薬品の取り扱いには操業者であっても習熟を要し、取り扱いに厳重な注意が必要である。さらに、塩素系の蛍光染料分解剤は排水処理にも問題が残る。すなわち、未反応の薬品が残っている排水を排水処理設備に供給した場合、活性汚泥処理槽中の微生物が死滅する可能性があり、その結果、排水処理を行うことができなくなる。
【0007】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、安全性が高く、蛍光染料の分解力に優れた蛍光染料分解剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意研究した結果、マンガンペルオキシダーゼが蛍光染料を分解できることを見出した。さらに、本発明者は、マンガンペルオキシダーゼが優れた蛍光染料分解効果と高い安全性を有していることを見出した。かかる知見に基づき、本発明者は、安全性が高く、蛍光染料の分解力に優れた蛍光染料分解剤を提供することを可能とし、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、マンガンペルオキシターゼを有効成分とし、蛍光染料を分解する蛍光染料分解剤を提供する。
【0010】
本発明に用いられているマンガンペルオキシダーゼについては、既にいくつかの機能が報告されている。すなわち、トリクロロエチレンなどの難分解性ハロゲン化炭水化物の化合物を分解する作用(特許文献6)、酵素の活性を増強するための媒介物質と併用することで染料を分解する作用(特許文献7)、パルプ繊維中のリグニンを分解する作用(特許文献8)、排水中のダイオキシン類などの難分解性物質の分解(特許文献9)などである。またリグニン討論会(1999)においてはマンガンペルオキシダーゼを用いた古紙パルプの処理法が発表され、脱リグニンに基づく漂白が可能であること等が示されたが、その中では直接的な蛍光染料の分解については考察されていない(非特許文献1)。このように、いくつかの機能が明らかになっているが、マンガンペルオキシダーゼによる直接的な蛍光染料分解作用は今まで報告されておらず、蛍光染料分解作用は今回初めて見出された作用である。
【0011】
本発明に用いられているマンガンペルオキシダーゼは多くの微生物から分離されており、弱酸性の条件下で2価のマンガンイオンから3価のマンガンイオンを生成する。この3価のマンガンイオンはその酸化力を使って難分解性のフェノール性化合物や色素を分解することができる。酵素が直接フェノール性化合物や色素を分解するのではなく、分子量の小さいマンガンイオンが対象化合物を酸化するため、分子量の大きな酵素が進入しにくい繊維中や多くの化合物がゆるく結合するような比較的大きな粒子中にも3価のマンガンは進入することができる。そのため対象化合物の分解効率は非常に高い。
【0012】
したがって、本発明の蛍光染料分解剤は、反応溶液中の蛍光染料を効率よく分解することができる。また、マンガンペルオキシダーゼ自体は皮膚に接した場合でも腐食性は非常に低く、水にて洗い流すだけで良い。したがって、本発明の蛍光染料分解剤は、従来、蛍光染料の分解に用いられているアルカリ、酸および塩素系の蛍光分解剤に比べて、非常に安全性が高い。
【0013】
本発明に用いるマンガンペルオキシターゼは、食用担子菌に由来するマンガンペルオキシターゼであることが好ましい。
食用担子菌に由来するマンガンペルオキシターゼを有効成分とすることによって、より人体などへの安全性を高めることができる。
【0014】
本発明における蛍光染料は、ウンベリフェロンおよび/またはスチルベン系蛍光増白剤であることが好ましく、さらに、スチルベン系蛍光増白剤であることが好ましい。
本発明の蛍光染料分解剤は、ウンベリフェロンおよび/またはスチルベン系蛍光増白剤を効率的に分解することができる。また、30分間の反応で、ウンベリフェロンならば50%以上、スチルベン系蛍光増白剤ならば90%程度が分解されるため、本発明の蛍光染料分解剤は実用性にも優れている。
【0015】
また、本発明は、蛍光染料を含む溶液中でグルコースオキシダーゼおよびグルコースを反応させ、過酸化水素を生成する工程と、上記溶液にマンガンペルオキシターゼおよび2価のマンガンイオンを添加し、溶液中の蛍光染料と反応させて蛍光染料を分解する工程と、を備える蛍光染料の分解方法を提供する。本発明に用いるマンガンペルオキシターゼは、食用担子菌に由来するマンガンペルオキシターゼであることが好ましい。本発明における蛍光染料は、ウンベリフェロンおよび/またはスチルベン系蛍光増白剤であることが好ましく、さらに、スチルベン系蛍光増白剤であることが好ましい。
【0016】
本発明の蛍光染料の分解方法によれば、溶液中の蛍光染料を効率よく分解することができる。また、本発明の蛍光染料の分解方法は安全性が高い。したがって、本発明の蛍光染料の分解方法はパルプの製造に適用することができ、蛍光染料を含む排水の排水処理に利用することができ、また、環境浄化作用を有する。マンガンペルオキシダーゼ自体は、活性汚泥中の微生物に悪影響を与えることはなく、通常の排水のラインで使用しても何ら問題はない。したがって、本発明の蛍光染料の分解方法はコスト面、設備面においても優れている。
【0017】
さらに、本発明は、蛍光染料を含有する古紙を原料に用いる再生パルプの製造方法において、上記本発明の蛍光染料の分解方法を行い、パルプ中の蛍光染料を分解する再生パルプの製造方法を提供する。加えて、上記再生パルプの製造方法によって得られる再生パルプを提供する。また、再生パルプは食品用包装紙として用いられることが好ましい。
【0018】
本発明の再生パルプの製造方法によれば、再生パルプの原料である古紙中に含まれる蛍光染料を分解することができるため、効率的かつ安全に蛍光染料が分解された再生パルプを製造することができる。また、蛍光染料が効率的に低減された再生パルプを提供することができる。蛍光染料が効率的に低減されているため、再生紙からの蛍光染料の漏洩を低減することができ、安全性が高く、食品用包装紙としての用途に適した再生パルプを提供することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、安全性が高く、優れた効果をもつ蛍光染料分解剤および蛍光染料の分解方法が提供される。また、蛍光染料が低減された再生パルプおよびその製造方法を提供することができる。本発明は、環境浄化・排水処理においても有効であり、蛍光増白剤を使用する洗剤工場の排水、その他、蛍光染料を含有する排水であれば、いかなる排水の蛍光染料の分解に使用することができる。コスト面、設備面においても優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の構成および好適な実施形態について詳述するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0021】
まず、本実施形態における蛍光染料分解剤を説明する。本実施形態における蛍光染料分解剤は、マンガンペルオキシダーゼを有効成分として含有する。
【0022】
マンガンペルオキシダーゼとは、2価のマンガンイオンを3価のマンガンイオンに酸化する酵素である。本発明で使用するマンガンペルオキシダーゼは活性の発現に過酸化水素を必要とし、酵素は弱酸性領域で最大活性を発揮する。活性の更なる発現のために脂肪酸やTween80のような界面活性剤を反応系に含んでも良い。マンガンペルオキシダーゼは担子菌に属する白色腐朽菌や褐色腐朽菌などの微生物から得られるものであればどのようなものであっても構わない。中でも、食用担子菌が、安全上の理由から好ましい。また白色腐朽菌や褐色腐朽菌のゲノム中に存在するマンガンペルオキシダーゼ遺伝子を別の宿主に導入し、高発現させ、マンガンペルオキシダーゼを大量に入手することも可能である。具体的には、マンガンペルオキシダーゼをコードするmRNAよりcDNAを調製し、そのcDNAを大量発現プロモーターの下流に接続することで、マンガンペルオキシダーゼの大量発現コンストラクトを調製する。このコンストラクトをピヒア・パストリス(Pichia pastoris)などの酵母に導入し、大量のマンガンペルオキシダーゼを調製する方法がある。上記のようなマンガンペルオキシダーゼを得ることができれば、その製法は特に限定されない。また、本実施形態における蛍光染料分解剤は、マンガンペルオキシダーゼの他に、2価のマンガンイオン、過酸化水素または過酸化水素の供給源、緩衝液などを備えていてもよく、反応開始直前に調製するように、複数の反応剤(好ましくは、反応液)からなっていてもよい。
【0023】
次に、本実施形態における蛍光染料の分解方法を説明する。本実施形態における蛍光染料の分解方法は、蛍光染料を含む溶液中でグルコースオキシダーゼおよびグルコースを反応させ、過酸化水素を生成する工程(過酸化水素生成工程)と、上記溶液にマンガンペルオキシターゼおよび2価のマンガンイオンを添加し、溶液中の蛍光染料と反応させて蛍光染料を分解する工程(蛍光染料分解工程)と、を備える。本実施形態で使用するマンガンペルオキシダーゼは、上記の蛍光染料分解剤であってよい。
【0024】
マンガンペルオキシダーゼを使用する際は過酸化水素を必要とするため過酸化水素の添加系についても考慮する必要がある。(1)過酸化水素を直接反応系に添加する場合、(2)グルコースオキシダーゼを用い、グルコースを基質として過酸化水素を発生させる場合、の2通りの方法が挙げられる。特に、本実施形態の過酸化水素生成工程においては、(2)の方法が、継続的に過酸化水素を反応系に供給することができ、マンガンペルオキシダーゼの活性を維持するうえで好ましい。過酸化水素の反応系での濃度は1mM以下が好ましく、更に好ましくは0.05mM以上0.5mM以下である。過酸化水素の反応系での濃度が、1mMよりも大きい場合、マンガンペルオキシダーゼの活性が低下したり、活性そのものが失われたりする場合もある。また、過酸化水素の反応系での濃度が、0.05mM未満である場合、反応に関与する過酸化水素量が不十分となり、反応が効率的に進まない可能性がある。(1)の添加方法では、過酸化水素の濃度を均一にすることや一定量または一定範囲内に保つことが難しい場合があり、その場合、マンガンペルオキシダーゼの活性が低下したり、活性そのものが失われたりすることもある。
【0025】
次の蛍光染料分解工程において、マンガンペルオキシダーゼを使用するときの条件は、温度は、30℃〜70℃、好ましくは37℃〜60℃、更に好ましくは45℃〜55℃である。反応pHは、pH3.0〜6.9、好ましくはpH4.0〜6.0、更に好ましくはpH4.5〜5.5である。蛍光染料分解に際し、使用されるマンガンペルオキシダーゼは適当量の添加であれば全く問題はないが、経済性を考慮した場合、反応系における酵素力価は0.01U/mlから100U/ml、好ましくは0.05U/mlから5U/ml、更に好ましくは0.05U/mlから2U/mlの範囲である。
【0026】
蛍光染料の分解に際して、パルプ繊維中の蛍光染料の分解効率を上げるために、公知のリグニン分解酵素である、リグニンペルオキシダーゼやラッカーゼといった酵素との併用も可能である。また、多糖分解酵素であるキシラナーゼやアミラーゼといった酵素との併用も可能である。
【0027】
蛍光染料とは、色素が蛍光物質である染料をいい、蛍光剤とも言う。特に、蛍光による増白効果を狙って古紙パルプや衣料用洗剤に添加される蛍光染料を蛍光増白剤と言う。蛍光染料の中には、有害物質に化学構造が似ているものがあり発ガン性の疑いも持たれているため、蛍光染料の安全性が疑われている。また、蛍光染料は一般に極めて分解性が悪く、環境中で完全に分解されるには2ヶ月以上かかるとも言われている。つまり、再生パルプ製造時の排水に混じって河川に放流されて残留し、環境汚染の元凶となっている。
【0028】
マンガンペルオキシダーゼは蛍光染料の中でも(1)ウンベリフェロンのようなクマリン系蛍光染料、(2)スチルベン系の蛍光増白剤、の2種の分解特性に優れていることを、本発明者は見出した。現在、古紙や洗剤などに使用される蛍光増白剤はスチルベン系の化合物が多く、マンガンペルオキシダーゼはこの蛍光増白剤を効率的に分解することができる。
【0029】
マンガンペルオキシダーゼを有効成分とする蛍光染料分解剤は、塩素系蛍光染料分解剤と比較して非常に安全である。マンガンペルオキシダーゼ自体は皮膚に接した場合でも腐食性は非常に低く、水にて洗い流すだけで良い。一方の塩素系蛍光染料分解剤は皮膚に接触した場合、炎症、糜爛といった症状を起こし、医師の処置を受ける必要があることもある。
【0030】
本発明のマンガンペルオキシダーゼを有効成分とする蛍光染料分解剤を用いる場合、マンガンペルオキシダーゼを含む酵素液を直接反応系に添加しても良いが、マンガンペルオキシダーゼを担体に固定化し、過酸化水素と反応させて生成する3価のマンガンイオンのみを分解剤として使っても良い。
【0031】
本願のマンガンペルオキシダーゼを有効成分とする蛍光染料分解剤は、蛍光染料の存在する古紙パルプ、古紙パルプの排水、蛍光増白剤を使用する洗剤工場の排水、その他、蛍光染料を含有する排水であれば、いかなる排水の蛍光染料の分解に使用することができる。マンガンペルオキシダーゼ自体は、活性汚泥中の微生物に悪影響を与えることはなく、通常の排水のラインで使用しても何ら問題はない。
【0032】
最後に、本実施形態における再生パルプの製造方法を説明する。本実施形態における再生パルプの製造方法は、蛍光染料を含有する古紙を原料に用いる再生パルプの製造方法において、上記の蛍光染料の分解方法を行い、パルプ中の蛍光染料を分解する再生パルプの製造方法である。
【0033】
従来の再生パルプの製造方法は、一般的には、古紙を離解してパルプ懸濁液を得る離解工程と、パルプ懸濁液中の異物を分離する粗選・精選工程と、印刷インキを分離する脱墨工程と、再生パルプの色を白くする漂白工程とを経て再生パルプ化が行われている。
【0034】
本実施形態における再生パルプの製造方法においては、従来の漂白工程の代わりに上述した蛍光染料の分解方法を行う。これによって、再生パルプの原料である古紙中に含まれる蛍光染料を効率的かつ安全に分解することができる。したがって、含有される蛍光染料が低減された再生パルプを得ることができる。蛍光染料が効率的に低減されているため、再生紙からの蛍光染料の漏洩を低減することができ、安全性が高く、食品用包装紙としての用途に適した再生パルプを提供することができる。
【実施例】
【0035】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0036】
まず、本実施例のマンガンペルオキシダーゼの調製例、ならびに、酵素活性および蛍光染料分解活性の測定例を示す。次に、本実施例の蛍光染料分解剤を用いた蛍光染料の分解能を検査した実施例を示し、最後に、本実施例の蛍光染料分解剤の安全性を検査した実施例を示す。
【0037】
<調製例1:白色腐朽菌の培養>
使用菌株として、白色腐朽菌Phanerochaete sordida(ATCC90872)を用いた。白色腐朽菌の培養液から白色腐朽菌由来のマンガンペルオキシダーゼを含む酵素液を調製した。
【0038】
白色腐朽菌の培養方法は、以下の通りである。まず、白色腐朽菌の種菌をポテトデキストロース寒天培地上で30℃、3日間前培養した。次に、前培養の後に集菌し、ミキサーでホモジナイズした菌体を本培養の液体培地に接種して本培養を行った。本培養の液体培地は、10g/l グルコース、0.22g/l(1.2mM) 酒石酸アンモニウム、1.64g/l(20mM) 酢酸ナトリウム、1.0g/l Tween80、および微量金属塩を含む液体培地(pH4.5)であり、500ml三角フラスコに対し、200mlの液体培地を用いた。本培養は以下の条件で行った。菌体の接種後、30℃、150rpmで振とう培養した。培養3日目に、終濃度が1.25g/lとなるようにベラトリルアルコールを添加した。その後、フラスコのヘッドスペース内を毎日1時間ほど酸素ガスで置換しながら、引き続き、30℃、150rpmで振とう培養を行った。最終的に7日間培養した。
【0039】
そして、得られた白色腐朽菌の培養液から、以下の方法で白色腐朽菌由来のマンガンペルオキシダーゼを含む酵素液を調製した。ろ紙にて菌体を除去した後、ポアサイズ0.2μmのメンブレンフィルターでろ過したろ液を回収し、これを酵素液1とした。
培養最終日の培養液から得られた酵素液1のマンガンペルオキシダーゼ酵素活性は、2.5U/mlであった。酵素活性の測定法には、次に述べる方法を用いた。
【0040】
<マンガンペルオキシダーゼ酵素活性の測定方法>
酵素活性の測定に用いる反応液は、以下の組成とした。1.0mM 2,6−ジメトキシフェノール、1.0mM 硫酸マンガン(II)、50mM マロン酸ナトリウム緩衝液(pH4.5)、0.2mM 過酸化水素水。反応開始前に、セル中に過酸化酸素以外の反応液と酵素液100μlとを混合し、37℃にて5分間保温した。そして、終濃度0.2mMとなるように過酸化水素水を添加して混合液の終量を1mlとし、37℃にて反応を開始した。生成したMn(III)−マロン酸錯体による2,6−ジメトキシフェノールの酸化に基づく469nmの吸光度変化を測定した。モル吸光係数は49.6mM−1cm−1として酵素活性を算出した。マンガンペルオキシダーゼの酵素活性1ユニット〔U〕は、1分間に2,6−ジメトキシフェノール酸化物が1μmol生成される値として定義した。
【0041】
<調製例2:遺伝子組み換えによるマンガンペルオキシダーゼの大量調製>
(1)マンガンペルオキシダーゼ遺伝子のクローニング
白色腐朽担子菌Phanerochaete chrysosporium(ATCC24725)のマンガンペルオキシダーゼcDNAを以下の手法によりクローニングした。菌体の培養には、基質としてCF11(コットン由来セルロースファイバー)を用い、基質濃度は2%、窒素源として尿素を0.06%、リン酸水素アンモニウムを0.026%添加した。前述の本培養の液体培地に植菌後、37℃、150rpmにて4日間振とう培養し、培養後、グラスフィルターにて菌体を濾別回収した。得られた菌体は液体窒素にて凍結粉砕し、これをmRNA抽出のための材料として供した。まず、E.Z.N.A.(商標)FungalRNA抽出キット(Omega Bio−Tek製)を用いて全RNAを抽出した。次に、Oligotex(商標)−dt30<Super>mRNA Purification kit(タカラバイオ製)を用いてmRNAを精製した。得られたmRNAからcDNAへの逆転写反応は、ReverTra Ace(東洋紡製)およびoligo(dT)30プライマーを用いて行った。得られたcDNAを鋳型として、マンガンペルオキシダーゼ5遺伝子の特異的プライマーを用いてPCRを行い、マンガンペルオキシダーゼの全長cDNAをクローニングした。マンガンペルオキシダーゼ5の遺伝子特異的プライマーは、Phanerochaete chrysosporiumのゲノム情報を元に設計した。特異的プライマーの配列は以下の通りである。Foward:5’−CGACAGACAG GGCTGCCGTG TGCG−3’(配列番号1)、および、Reverse:5’−TCAAGCCGGG CCGTCGAA−3’(配列番号2)。
【0042】
(2)マンガンペルオキシダーゼ発現コンストラクトの構築
得られたcDNAをEcoRIおよびNotI(タカラバイオ製)を用いて制限酵素処理し、ライゲーションキットとしてDNA ligationKit(タカラバイオ製)を用い、ピヒア・パストリス(Pichia pastoris)発現用ベクターであるpPICZαA(Invitrogen社製)にライゲーションした。そしてこの反応液を用い、コンピテントセルJMI09(タカラバイオ製)に形質転換してクローニングし、マンガンペルオキシダーゼ発現コンストラクト(MnP5/pPICZαA)を得た。
【0043】
(3)マンガンペルオキシダーゼタンパク質の発現
マンガンペルオキシダーゼ発現コンストラクトをBpu1102I(タカラバイオ製)で制限酵素処理し、得られた2本鎖直鎖DNAをエレクトロポレーション法にて、ピヒア・パストリスKM−71株に導入した。形質転換体の選抜は、抗生物質耐性(Zeocin耐性)を指標に行った。
【0044】
上述の形質転換体をYPG培地(25ug/ml Zeocin含有)にて培養し、菌体を回収した。次に、Hemin(1000μモル)および炭素源としてメタノール(1%)を含むYP培地を用いて27℃、150rpmにて振とう培養を3日間行った後に、菌体外液を5000rpmで20分間遠心分離して上清液を回収し、酵素液2とした。この酵素液のマンガンペルオキシダーゼ活性は1U/mlであった。
【0045】
<実施例1:ウンベリフェロンの分解>
調製例1および調製例2により得られた酵素液1および酵素液2を用いて蛍光染料の分解能を調べるための実験を行った。基質には蛍光染料ウンベリフェロンを用いた。
4−0−メチルウンベリフェロン(Sigma社製)を100μモル/lとなるように50mM マロン酸緩衝液(pH4.5)に溶解し、これを基質溶液とした。酵素ストック溶液には、酵素液1および2を酵素活性1U/mlに調製したものを用いた。酵素液の酵素力価の希釈調製には50mM マロン酸緩衝液(pH4.5)を用いた。
【0046】
実施例1の反応系は、最終的に200μlとなるように50mM マロン酸緩衝液(pH4.5)を用いて調製した。反応系中には、基質溶液(終濃度0.1mM)に加え、硫酸マンガンを終濃度0.5mM、過酸化水素を終濃度0.5mMとなるように添加した。また、酵素液は0.05U/mlとなるように反応系に添加した。対照実験用には、熱失活させた酵素液1を使用した。なお、反応は37℃にて実施した。
【0047】
蛍光強度の測定には、大日本住友製薬製のフルオロスキャン・アセントを使用し、励起波長355nm、測定波長450nmにて測定した。酵素添加後(反応開始後)、0min、15minおよび30minにおける蛍光強度を測定した。
【0048】
<結果>
実施例1の結果を表1に示す。表1は、マンガンペルオキシダーゼによる蛍光染料の分解に伴う蛍光強度の変化を示す。実施例1の結果から、マンガンペルオキシダーゼ酵素活性をもつ酵素液1および2は、4−0−メチルウンベリフェロン分解能を有することが明らかとなった。また、反応開始30min後には47%の4−0−メチルウンベリフェロンが分解されることが分かった。
【0049】
【表1】

【0050】
<実施例2:スチルベン系増白剤の分解>
基質にもちいる蛍光物質以外は、実施例1と同様にして、実施例2を行った。基質には、スチルベン系増白剤であるKayaphor NW(日本化薬製)を用い、反応系での基質濃度を0.001%とした。
【0051】
<結果>
実施例2の結果を表2に示す。表2は、マンガンペルオキシダーゼによる蛍光染料の分解に伴う蛍光強度の変化を示す。実施例2の結果から、マンガンペルオキシダーゼ酵素活性をもつ酵素液1および2は、Kayaphor NW分解能を有することが明らかとなった。また、反応開始30min後には90%のKayaphor NWが分解されることが分かった。
【0052】
【表2】

【0053】
実施例1および2の結果から、マンガンペルオキシダーゼは、蛍光染料および蛍光増白剤を分解できることが分かった。また本実施例の条件(反応時間30min)において、マンガンペルオキシダーゼは、ウンベリフェロンおよびスチルベン系増白剤をそれぞれ半分以下および90%分解することから、本実施例における酵素液1および酵素液2の反応系は、実用的かつ効率的であることが明らかとなった。特許文献9には、微生物によるダイオキシンの分解が開示されているが、この文献において、ダイオキシンを90%分解するのに1ヶ月を要している。このことから、マンガンペルオキシダーゼは、クマリン系蛍光染料およびスチルベン系増白剤の分解特性が著しく優れていることが分かる。したがって、マンガンペルオキシダーゼ処理することによって、蛍光染料、蛍光増白剤が存在する古紙パルプやパルプ製造時の排水を効率的かつ実用的に蛍光物質を分解することができる。
【0054】
<安全性試験>
マンガンペルオキシダーゼの安全性を確認するため、以下の方法で「皮膚刺激性試験」および「急性経口毒性試験」を実施した。
【0055】
<皮膚刺激性試験>
調製例1および調製例2により得られた酵素液1および酵素液2(それぞれ1.0U/ml、100ul)を、各々、除毛後のC3Hマウス(オス、6週齢、各群10匹、日本チャールズリバー(株)製)の背中に連続塗布した(1回/日、約1ヶ月間)。塗布期間および塗布終了後の2週間、マウスの背中において、紅斑、浮腫、炎症などの異常は特に観察されなかった。また、対照群(水塗布群)と比較し、体重推移においても有意差(P<0.05)は認められなかった。
【0056】
酵素液1および酵素液2(それぞれ1.0U/ml)を、各々、除毛後のICR系マウス(オス、6週齢、各群10匹、日本チャールズリバー(株)製)に胃ゾンデを用いて経口投与した(投与量5g/マウス体重1kg)。投与してから2週間後まで、死亡例はなかった。また、体重推移においても対照群(水投与群)と比較して有意差(P<0.05)は認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明で得られるマンガンペルオキシダーゼを有効成分として含む蛍光染料分解剤は、安全性が高く、環境浄化、排水処理、パルプの製造分野に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マンガンペルオキシターゼを有効成分とし、蛍光染料を分解する蛍光染料分解剤。
【請求項2】
前記マンガンペルオキシターゼは食用担子菌に由来するマンガンペルオキシターゼである、請求項1に記載の蛍光染料分解剤。
【請求項3】
前記蛍光染料はスチルベン系蛍光増白剤である、請求項1または2に記載の蛍光染料分解剤。
【請求項4】
蛍光染料を含む溶液中でグルコースオキシダーゼおよびグルコースを反応させ、過酸化水素を生成する工程と、
前記溶液にマンガンペルオキシターゼおよび2価のマンガンイオンを添加し、溶液中の蛍光染料と反応させて蛍光染料を分解する工程と、
を備える蛍光染料の分解方法。
【請求項5】
前記マンガンペルオキシターゼは食用担子菌に由来するマンガンペルオキシターゼである、請求項4に記載の蛍光染料の分解方法。
【請求項6】
前記蛍光染料はスチルベン系蛍光増白剤である、請求項4または5に記載の蛍光染料の分解方法。
【請求項7】
蛍光染料を含有する古紙を原料に用いる再生パルプの製造方法において、
請求項4〜6のいずれか一項に記載の蛍光染料の分解方法を行い、パルプ中の蛍光染料を分解する再生パルプの製造方法。
【請求項8】
請求項7に記載の製造方法によって得られる再生パルプ。
【請求項9】
前記再生パルプは食品用包装紙として用いられる、請求項8に記載の再生パルプ。

【公開番号】特開2009−124976(P2009−124976A)
【公開日】平成21年6月11日(2009.6.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−302145(P2007−302145)
【出願日】平成19年11月21日(2007.11.21)
【出願人】(000214272)長瀬産業株式会社 (137)
【出願人】(000214250)ナガセケムテックス株式会社 (173)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】