螺旋型ポリアセチレン、及び該螺旋型ポリアセチレンを用いたデバイス
【課題】 高い剛直性を有する螺旋型ポリアセチレンを提供する。
【解決手段】 主鎖が螺旋構造を有する螺旋型ポリアセチレンであって、前記主鎖を構成する炭素2重結合と、前記炭素2重結合の片方の炭素原子に結合した芳香族性の5員環または6員環からなる側鎖とを有し、前記5員環または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子に結合した2個の原子が、前記5員環または6員環を構成するそれぞれ5個または6個の原子のいずれかのみと結合し、かつ前記5員環または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子から最遠位の原子の少なくとも1つが炭素である螺旋型ポリアセチレン。
【解決手段】 主鎖が螺旋構造を有する螺旋型ポリアセチレンであって、前記主鎖を構成する炭素2重結合と、前記炭素2重結合の片方の炭素原子に結合した芳香族性の5員環または6員環からなる側鎖とを有し、前記5員環または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子に結合した2個の原子が、前記5員環または6員環を構成するそれぞれ5個または6個の原子のいずれかのみと結合し、かつ前記5員環または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子から最遠位の原子の少なくとも1つが炭素である螺旋型ポリアセチレン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、螺旋型ポリアセチレンに関し、特に電子デバイスや光学デバイスなどに応用できる導電性高分子材料に用いられる新規な螺旋型ポリアセチレンに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、有機材料を用いたトランジスタや発光素子等の有機電子デバイスが注目を浴びている。その中で、共役高分子を用いた有機電子デバイスは、溶液からの作製が可能であるものが多く、そのため、低コストで作製できるものが多い。さらに、塗布プロセスの採用により、大面積化が容易であるといったメリットがある。
【0003】
また、共役高分子を用いた有機電子デバイスには、高分子の集合体ではなく、1本の高分子を利用した単分子デバイスとしての応用の可能性もある。
【0004】
共役高分子の一例として、螺旋型ポリアセチレン及びその製造方法が、特許文献1に開示されている。特許文献1では、二重結合に基づいたπ電子による螺旋共役構造を有し、様々な官能基を端部に有するフェニル基が結合したポリアセチレン及びその擬ヘキサゴナル状構造の集合体が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−115628号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような螺旋型ポリアセチレンをデバイス応用する際には、その材料が高い剛直性を有することが望ましい場合がある。高い剛直性を有するものを電子デバイスとして応用する場合には、例えば孤立単分子1本でソース・ドレイン電極間を橋渡しする単分子素子の形成の可能性が期待される。また、高い剛直性に起因して、1本の高分子内で規則的な螺旋構造が形成され、キャリアの伝導が構造の乱れなどの影響を受けにくくなり、よりよい電気伝導特性を有することが期待される。
【0007】
本発明は、この様な背景技術に鑑みてなされたものであり、高い剛直性を有する螺旋型ポリアセチレン、及びそれを用いたデバイスを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る螺旋型ポリアセチレンは、主鎖が螺旋構造を有する螺旋型ポリアセチレンであって、前記主鎖を構成する炭素2重結合と、前記炭素2重結合の片方の炭素原子に結合した芳香族性の5員環または6員環からなる側鎖とを有し、前記5員環または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子に結合した2個の原子が、前記5員環または6員環を構成するそれぞれ5個または6個の原子のいずれかのみと結合し、かつ前記5員環または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子から最遠位の原子の少なくとも1つが炭素であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、高い剛直性を有する螺旋型ポリアセチレン、及びそれを用いたデバイスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】螺旋型ポリアセチレン及びその幾何異性体の説明図である。
【図2】螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてピリミジンを用いた時の分子動力学計算結果を示す図である。
【図3】螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてベンゼンを用いた時の分子動力学計算結果を示す図である。
【図4】螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてピリミジンを用いた時の分子動力学計算結果を示す図である。
【図5】二面角を説明する図である。
【図6】ポリアセチレンの主鎖(平面型)とベンゼン側鎖及びピリミジン側鎖との相互作用に対応するポテンシャルエネルギーの説明図である。
【図7】ポリアセチレンの主鎖が平面型かららせん構造に対応する非平面型に変化した場合のポテンシャルエネルギーの説明図である。
【図8】螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてチアゾールを用いた時の分子動力学計算結果を示す図である。
【図9】螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてオキサゾールを用いた時の分子動力学計算結果を示す図である。
【図10】トランス型、及び、螺旋型ポリアセチレンにおける伝導サイトの配置と、トランスファー積分の比較を示す図である。
【図11】螺旋型ポリアセチレンにおいて、トランスファー積分のサイト毎の時間変動幅を示す図である。
【図12】(a)ピリミジン側鎖HPA、及び、(b)従来型POOPAにおける固有状態の空間分布とそのエネルギーを示す図である。
【図13】(a)ピリミジン側鎖HPA、及び、(b)従来型POOPAの状態密度の計算結果を示す図である。
【図14】(a)ピリミジン側鎖HPA、及び、(b)従来型POOPAにおける、波束の空間分布の時間変化を示す図である。
【図15】螺旋型ポリアセチレンにおける拡散係数の時間変化を示す図である。
【図16】従来型POOPAにおいて、第2、第3近接項の影響を見積もるために、一部のトランスファー積分の寄与を0にした場合の拡散係数の計算結果を示す図である。
【図17】従来型POOPAにおいて、第2、第3近接項の影響を見積もるために、一部のトランスファー積分の寄与を0にした場合の移動度の比較結果を示す図である。
【図18】螺旋型ポリアセチレンを用いたデバイスを説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0012】
本発明に係る螺旋型ポリアセチレンは、主鎖が螺旋構造を有する螺旋型ポリアセチレンであって、前記主鎖を構成する炭素2重結合と、前記炭素2重結合の片方の炭素原子に結合した芳香族性の5員環または6員環からなる側鎖とを有する。本発明の特徴は、前記5員環または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子に結合した2個の原子が、前記5員環または6員環を構成するそれぞれ5個または6個の原子のいずれかのみと結合している。また、前記5員環または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子から最遠位の原子の少なくとも1つが炭素であることを特徴とする。
【0013】
前記5員環または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子に結合した2個の原子が、窒素、酸素、硫黄から選ばれた同じかまたは異なる2個の原子からなることが好ましい。
【0014】
前記芳香族性の6員環がピリミジン環であり、主鎖の炭素原子と直結した炭素原子に2個の窒素原子が結合していることが好ましい。
【0015】
前記芳香族性の5員環がオキサゾール環またはチアゾール環であることが好ましい。
【0016】
前記側鎖が、前記芳香族性の5員環または6員環に他の芳香族環が結合を共有して配位した複素芳香族環であることが好ましい。
【0017】
以下に、本発明の実施形態として、本発明の螺旋型ポリアセチレンの化学式、その構造を説明し、この螺旋型ポリアセチレンが高い剛直性を有することを示す。
【0018】
ここで螺旋型ポリアセチレンを簡単に説明する。図1は、螺旋型ポリアセチレン及びその幾何異性体の説明図である。螺旋型ポリアセチレンとは、主鎖の炭素骨格が、C−C単結合とC=C二重結合が交互に配置した構造:−C=C−C=C−C=C−になっており、それが図1(a)に示すような、螺旋構造を有するポリアセチレンを意味する。ポリアセチレンには、幾何異性体として、他にトランス−トランソイド、シス−トランソイド、トランス−シソイドがある。図1(b)から(d)には、これらの構造もあわせて図示する。同様の表記を用いると、螺旋型は一般に、シス−シソイドとも呼ばれる。一般に量子化学計算よると、置換されていないポリアセチレン、すなわち主鎖の炭素にそれぞれ水素が1個ずつ結合したポリアセチレンは、トランスートランソイド型が最もエネルギーが低いことが知られている。一方、上記水素をある程度大きい官能基で置換した場合には、側鎖間、あるいは側鎖と主鎖間の立体障害により幾何異性体間の安定性の順が変化し、螺旋型ポリアセチレンがより安定となる場合がある。また、用いる触媒や助触媒、モノマー等の性質に起因して、合成過程において、螺旋型ポリアセチレンが優先的に形成される場合がある。これは、例えば螺旋型ポリアセチレンよりもエネルギー的に安定なポリアセチレンが存在した場合でも、始状態からその系へ至る反応経路における活性化エネルギーが大きく、一方で、始状態から準安定状態である螺旋型ポリアセチレンに至る反応経路での活性化エネルギーが相対的に低い場合に起こりうる。
【0019】
本発明において、炭素、水素、窒素、酸素、硫黄と表示されているものは、それぞれの原子を表すものとする。
【0020】
次に、本発明の螺旋型ポリアセチレンについて説明する。
【0021】
本発明の螺旋型ポリアセチレンの一例として、螺旋型ポリアセチレンにピリミジンが配位したポリマーを以下の化学式(1)に示す。ピリミジンはベンゼンのメタ位の2組の炭素−水素対を2個の窒素で置き換えた芳香族分子である。ピリミジンの構造異性体として、1つめの窒素に対し、2つ目の窒素がオルト位の場合はピリダジン、パラ位の場合はピラジンとよばれる。本発明では、ピリダジン、ピラジンは対象とせず、ピリミジンを側鎖として使用し、かつメタ位の関係にある2個の窒素の間の炭素原子を主鎖に結合させた螺旋型ポリアセチレンである。この螺旋型ポリアセチレンは高い剛直性を有する。この場合、2個の窒素に結合する、環の外側に張り出した水素はない。そのため、主鎖の炭素原子に直結した水素と窒素間に反発は生じない。
【0022】
【化1】
【0023】
次に、このポリマーの安定性をシミュレーションに基づき調べた結果を示す。
【0024】
図2は、螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてピリミジンを用いた時の、分子動力学計算結果を示す図であり、主鎖と結合するピリミジン内の炭素原子の両隣りが窒素となるように結合させている。図2には、螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてピリミジンを上述の配置で側鎖として結合させた場合の、分子動力学計算結果を示す。分子動力学の計算には、アクセルリス社のマテリアルスタジオ4.4における分子動力学計算ソフトであるフォーサイトを用いた。また、力場はユニバーサル力場を使用した。また、電荷はQEq法を用いて決定した値を使用した。図2には、分子動力学(以下、MDと記載)計算前と、温度:300K,時間:200psecのMD計算を行った後、分子力学計算を用いて構造最適化を行った結果を示す。ここでMD計算前の状態としては、置換基のない螺旋型ポリアセチレンの安定構造に対し、ピリミジン環の面が螺旋軸と直交するように水素をピリミジンで置換したものを初期状態として与えている。この例では、主鎖のC=C結合が32個の場合、すなわち32量体において、両端を除く30個のC=C結合の片方の炭素原子にそれぞれ1個ずつ、合計30個のピリミジンを側鎖として結合させている。上記ソフトで分子力学計算により安定構造を求めた状態を分子動力学計算の初期構造として与えた。
【0025】
図2より、MD後でも、ポリマーの主鎖はMD前の構造とほぼ同じらせん構造となっており、剛直性が高い状態を保っていることがわかる。
【0026】
図3は、螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてベンゼンを用いた時の、分子動力学計算結果を示す図である。ここで図2との比較のため、図3において、従来例の基本構造であるポリフェニルアセチレン、すなわち、外側に置換基を持たないフェニル基が主鎖の炭素に結合した螺旋型ポリアセチレンに対して、同様の計算を行った結果を示す。この結果を図2の結果と比較すると、従来例の基本構造であるポリフェニルアセチレンよりも本発明のピリミジン側鎖の螺旋型ポリアセチレンの方が高い剛直性を有することが分かる。
【0027】
次に、螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてピリミジンを用いた場合に、そのピリミジンの結合部位が剛直性に及ぼす影響を調べた結果を図4に示す。図4は、螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてピリミジンを用いた時の、分子動力学計算結果を示す図であり、図2の場合とは主鎖−ピリミジン間の結合状態が異なるピリミジン側鎖に対する結果である。この図に示す螺旋型ポリアセチレンはすべて、主鎖に直結したピリミジン環内の炭素原子の両隣りの原子のいずれかは水素と結合しており、本発明には該当しないポリアセチレンである。以下、図4のポリアセチレンが、図2に示す本発明のポリアセチレンに比べ、剛直性がそれほど高くないことを以下に示す。
【0028】
図4(a),(b)は、類似した構造であり、ピリミジン部が反転した場合の構造となっている。ここで、主鎖とピリミジン部の結合状態を説明するために、以下のように原子に番号をつける。まず、C(1),C(2)は主鎖の炭素原子で、両者間の結合は2重結合であるとする。C(3)はC(2)に結合したピリミジン環の炭素であるとする。N(4)はC(3)に結合したピリミジン環の窒素とする。C(1)=C(2)−C(3)−N(4)の「二面角」の大きさが、図4(a)の場合は、0°、図4(b)の場合は、150°に初期条件を設定した。
【0029】
ここで、「二面角」とは、通常分子軌道計算などで原子座標を指定する際に使われる「二面角」の定義と同じであり、図5を用いて「二面角」の説明をする。まず、図5(a)に示すように、4個の点A,B,C,Dがあったとして、3点A,B,Cを含む平面を考え、その平面上に3点を配置する。その平面に対し、点Dは手前側にあったとする。その場合、ベクトルBCの方向、すなわち、矢印1の方向からこれらの4個の原子を見て、このベクトルと直交する平面に投影させると、図5(b)の様な図が得られる。ここで、点A,B,C,Dを投影面に投影した点をそれぞれA’,B’,C’,D’とした。B’,C’は同じ点である。この投影面上で、線分B’A’と線分B’D’のなす角度を4点A,B,C,Dの二面角と定義する。図のようにB’A’からB’D’に右回りに回転させた角度を正方向の二面角として選ぶ。
【0030】
図4(c)の場合は、ピリミジン環の原子のうち、主鎖の炭素原子に結合した炭素原子の両隣りも炭素原子であり、共に水素と結合している。この場合、ピリミジン環のうち、主鎖に近い側は、図3に示す、ベンゼンが主鎖に結合している構造と類似した構造となっている。図3と図4(c)分子動力学計算結果を比較すると、共に剛直性が低い構造となっており、類似している。
【0031】
図2および図4を比較すると、螺旋型ポリアセチレン主鎖とピリミジン側鎖間の結合状態が本発明とは異なる場合(図4)、本発明における結果(図2)と比べ、剛直性が低くなる場合があることが分かる。
【0032】
以下、螺旋型ポリアセチレンの側鎖がベンゼンの場合とピリミジンの場合で、また、ピリミジンの結合部位に依存して、なぜ構造安定性に上述のような差が現れるのかを調べた結果を示す。
【0033】
図6は、ポリアセチレンの主鎖(平面型)とベンゼン側鎖、及び、ピリミジン側鎖との相互作用に対応するポテンシャルエネルギーの説明図である。図6には、ポリアセチレンの主鎖の一部を切り出し、平面状にし、そこに(a)ベンゼン、(b)ピリミジンを結合させ、ベンゼンあるいはピリミジンを回転させた場合のポテンシャルエネルギーを示す。この計算は、第一原理分子軌道計算ソフトであるガウシアンを用い、交換相関エネルギーとしては密度汎関数法であるB3LYP、基底関数は6−31G(d)を使用した。図6の横軸は、二面角C(1)=C(2)−C(5)−C(6)[またはN(6)]である。C(1)、C(2)は主鎖に属する炭素原子で、C(5)、C(6)[またはN(6)]は、側鎖のベンゼン環[またはピリミジン環]に属する炭素原子、または窒素原子である。
【0034】
ここで、二面角を変化させるとは、この分子モデルをC(2)とC(5)の間の結合を仮想的に切って生じる2個の領域を考え、内部構造はそれぞれ固定し、C(2)とC(5)の結合長は変化させず、主鎖側を固定し、C(2)−C(5)を回転軸としてベンゼン、またはピリミジンを回転させることを意味する。
【0035】
この図6より、(a)ベンゼンが結合した場合には、上記二面角が0°または180°でエネルギーが最も高くなっていることがわかる。一方、(b)ピリミジンが結合した場合には上記二面角が0°または180°でエネルギーが最も低くなっていることが分かる。前者においては、(a)の破線で囲った2か所の水素―水素が接近しており、この反発的相互作用と、主鎖(左側領域)C=C二重結合とベンゼン環が平面状に配置しπ共役を大きくしようとする相互作用(一般に二面角:0°または180°でエネルギーが低く、90°でエネルギーが高い)の競合の結果、前者の寄与が大きいため、図6に示すポテンシャルエネルギーが生じると解釈できる。一方、(b)ピリミジン側鎖の場合は、前者の水素間反発が存在しないため、主鎖とピリミジン環が同一平面にある場合に共役の寄与が大きくなり、エネルギーが最低となると理解できる。
【0036】
図7は、ポリアセチレンの主鎖が平面型かららせん構造に対応する非平面型と変化した場合に、主鎖とベンゼン側鎖との相互作用、及び、主鎖とピリミジン側鎖との相互作用に対応するポテンシャルエネルギーの説明図である。図7には、主鎖のC(1)=C(2)−C(3)=C(4)が非平面の場合の結果を示す。具体的には、主鎖の二面角C(1)=C(2)−C(3)=C(4)を0°、13°、26°、39°、52°と変化させた場合に、図6の場合と同様に側鎖を回転させ、ポテンシャル面を計算した結果を示す。この結果より、(a)ベンゼン側鎖の場合は、主鎖C(1)=C(2)−C(3)=C(4)の二面角が39°になり、主鎖(下側)―ベンゼン環の二面角C(1)=C(2)−C(5)−C(6)が35°になった場合(図7(a1))に最安定となることが分かる。この場合、ベンゼン環は主鎖が螺旋状になった場合の螺旋軸ベクトルと平行に近い場合に相当する。この状態を、ここでは便宜的に状態Aと呼ぶ。また、主鎖の二面角C(1)=C(2)−C(3)=C(4)が同じく39°の場合に主鎖(下側)―ベンゼン環の二面角が−40°の時(図7(a2))、準安定となることが分かる。この場合、ベンゼン環の面の法線ベクトルと螺旋軸ベクトルとはほぼ平行になる場合に相当する。この状態を、ここでは便宜的に状態Bと呼ぶ。状態Bは上下間のベンゼンの積層が起こりやすい状態、状態Aは上下間の積層が起こりにくい状態となっている。エネルギー的には、状態Bよりも状態Aが安定であるため、結果として、ベンゼン環間の積層が起こりにくく、構造不安定性が生じると考えられる。
【0037】
一方、図7(b)ピリミジン側鎖においては、主鎖の二面角C(1)=C(2)−C(3)=C(4)が39°付近で、主鎖(下側)―ピリミジン環の二面角が−5°から0°の場合、すなわち、ピリミジン環が主鎖のC=Cと直結し、両者がほぼ平面状となっている場合にエネルギーが最低となっていることがわかる。この場合、ピリミジン環が積層しやすくなり、その結果、構造が安定となると考えられる。以上、図2、図3に示す、ピリミジン側鎖、フェニル側鎖の螺旋型ポリアセチレンの構造安定性の違いの説明を行った。
【0038】
また、ピリミジン環が図4のように主鎖と結合した場合には、フェニル側鎖の場合と同様に、ピリミジン環の水素と主鎖の炭素に直結した水素が接近するため、剛直性が低下すると理解できる。
【0039】
以上説明した様に、図2のような配置を持つ、ピリミジン側鎖を有する螺旋型ポリアセチレンにおいて、剛直性が高くなることが判る。
【0040】
一般に分子エレクトロニクス素子などに応用する場合、側鎖に有用な機能を持った官能基を導入する場合が多い。そのため、それらを導入するためには、下記の化学式(2)に示すように、ピリミジン環にR1,R2,R3基を置換基として導入すればよい。
【0041】
【化2】
【0042】
置換基R1,R2,R3の例としては、素子の目的に応じ、アルキル鎖や、芳香環、エステル結合やアミド結合などを介して結合させた官能基などがあり、所望の機能に応じた所望の官能基を配位すればよい。R1,R2,R3のうち、R2は螺旋軸の外側方向に延びる個所であり、一般に最も有用な個所である。そのため、官能基R2を導入しやすいように、本発明では、R2と結合する環の原子(化学式(2)のX)、すなわち、主鎖と結合する6員環の原子(C1)から最遠位の6員環内の原子(X)を炭素とする。
【0043】
ここで、本発明において6員環における、ある原子からの最遠位の原子を以下のように定義する。下記の化学式(3)において、6員環における6個の原子がA(1)−A(2)−A(3)−A(4)−A(5)−A(6)−A(1)(左端と右端は同じ原子)のように環状に配置している場合に、A(1)からみて、A(2)またはA(6)は直接結合しているので、距離を1と定義する。A(1)からみてA(3)は、A(2)を間に挟み、計2個の結合分離れているので、距離を2と定義する。同様に、A(1)からみてA(5)は、A(6)を間に挟んでいるので、距離は2とする。A(1)からみてA(4)は、A(2),A(3)またはA(6),A(5)を間に挟んでいるので、距離は3とする。ある原子から環内を右回り、および左回りで、上で定義した距離を考えると、距離が異なる場合は、その小さい方の回り方向の距離を採用する。例えば、A(1)からみてA(3)は、A(2)を間に挟んでいるので、距離が2であり、また、A(6),A(5),A(4)を間に挟んでいるので、距離は4であるが、小さい方:距離2を採用する。
【0044】
【化3】
【0045】
本発明では、6員環において、ある原子から上で定義した距離が最も大きい原子を最遠位の原子と定義する。例えば、A(1)から最遠位の原子はA(4)、A(2)から最遠位の原子はA(5)となる。6員環が実際に熱運動したり、異種原子が結合したことにより実際の結合長に差異が生じたとしても、その物理的距離や直接的な距離(最短距離)は考慮せず、上述のように、直接つながった結合が何個分離れているかのみを考慮して最遠位を決める。
【0046】
以上では、螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてピリミジン環が結合した場合のポリマーの例を示したが、上記ピリミジン環に他の芳香環が配位した縮合環芳香族でも同様の良好な構造安定性を持つことが期待される。以下には、ベンゼンの替わりに、化学式(4)のナフタレン、化学式(5)のピレンを側鎖として配位させ、主鎖と結合する炭素に隣接する炭素―水素を窒素で置き換えた構造を持つポリマーの例を示す。この場合も、主鎖と直結した原子から、最遠位にある6員環内の原子は炭素となっている。
【0047】
【化4】
【0048】
【化5】
【0049】
以上、図2のように、側鎖において、主鎖に近い部位に水素の張り出しがないものを用いることにより、フェニル側鎖に比べ、剛直性を向上させることができる。フェニルを側鎖として使用する場合でも、アルキル鎖などの官能基を主鎖とは反対側に配置させ、隣接する官能基間にファンデルワールス力や静電気力に起因した引力的相互作用を作用させ、剛直性を向上させることは可能である。この場合、主鎖―フェニル基間の構造不安定的な相互作用と、フェニル基の外側にある官能基間の引力的相互作用が競合し、後者の寄与が大きくなった場合に、螺旋構造が安定となり、剛直性が向上する場合があると考えられる。一方、本発明では、図2の様な側鎖を選ぶと、それは本質的に剛直な性質を具備しており、ピリミジンなどの外側に構造安定化のための特別な官能基を用いる必要はなく、所望する機能をもつ官能基を用いることができる。そのことにより、分子設計の自由度が向上するという大きなメリットがある。
【0050】
次に、螺旋型ポリアセチレンの側鎖として6員環の替わりに5員環を用いた例を示す。ここでは、下記の化学式(6)は、螺旋型ポリアセチレンの側鎖として、5員環であるチアゾール環が結合したポリマーの例である。主鎖と直結した5員環の原子の両隣りが窒素と硫黄となるように配位させており、化学式(1)の場合と同様に、この2つの原子には環の外側に張り出した水素は結合していない。そのために、螺旋軸方向の、チアゾール環間の良好な積層が起こりやすく、高い剛直性を有すると期待される。
【0051】
【化6】
【0052】
その剛直性を調べるために、前述した場合と同様に分子動力学計算(300K,200psec)を行った。図8に分子動力学計算前後の構造を示す。図8は、螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてチアゾールを用いた時の、分子動力学計算結果を示す図であり、ここでは、主鎖と結合するチアゾール内の炭素原子の両隣りが窒素、及び、硫黄となるように結合させている。この計算結果より、上記ポリマーは良好な螺旋構造を保つことがわかった。
【0053】
また、チアゾールの替わりに、下記の化学式(7)のオキサゾールを用いたポリマーにおいても、図9に示す通り、同様に分子動力学計算MD(300K,200psec)を行った結果、良好な螺旋構造を保つことがわかった。図9は、螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてオキサゾールを用いた時の、分子動力学計算結果を示す図であり、ここでは、主鎖と結合するオキサゾール内の炭素原子の両隣りが窒素、及び、酸素となるように結合させている。従って、これらも、高い剛直性を持つポリマーとして期待される。
【0054】
【化7】
【0055】
これらのポリマーを分子エレクトロニクス素子の材料として応用する場合、5員環の外側にさまざまな置換基を結合させてもよい。その場合、下記の化学式(8)に示す様に、置換基R1,R2を導入することになる。
【0056】
【化8】
【0057】
化学式(8)において、S(硫黄)は、O(酸素)に置き換えてもよい。
【0058】
このような置換基R1,R2の結合が可能になるのは、化学式(8)中のX1,X2のうち少なくとも片方が炭素である必要がある。すなわち、主鎖と結合する5員環の原子(C1)から最遠位の5員環内の原子(X1、X2)の少なくとも片方が炭素である場合に可能となる。
【0059】
ここで、本発明において5員環における、ある原子からの最遠位の原子を以下のように定義する。下記の化学式(9)において、5員環における5個の原子がB(1)−B(2)−B(3)−B(4)−B(5)−B(1)(左端と右端は同じ原子)のように環状に配置している場合に、B(1)からみて、B(2)またはB(5)は直接結合しているので、距離を1と定義する。さらに、B(1)からみてB(3)は、B(2)を間に挟み、計2個の結合分離れているので、距離を2と定義する。同様に、B(1)からみてB(4)は、B(5)を間に挟んでいるので、距離は2となる。ある原子から環内を右回り、および左回りで、上で定義した距離を考えると、距離が異なる場合は、その小さい方を採用する。例えば、B(1)からみてB(3)は、B(2)を間に挟んでいるので、距離が2であり、また、B(5),B(4)を間に挟んでいるので、距離は3であるが、小さい方:距離2を採用する。本発明では、6員環の場合と同様に5員環においても、ある原子から、距離が最も大きい、5員環内の原子を最遠位と定義する。例えば、B(1)から最遠位の原子はB(3)、及び、B(4)、B(2)から最遠位の原子はB(4),およびB(5)となる。5員環が実際に熱運動したり、異種原子が結合したことにより実際の結合長に差異が生じたとしても、その物理的距離や直接的な距離(最短距離)は考慮せず、上述のように、直接つながった結合が何個分離れているかのみを考慮して最遠位を決める。
【0060】
【化9】
【0061】
同様の効果が期待されるポリマーとして、以下の化学式(10)から(12)に示すような側鎖を持つ螺旋型ポリアセチレンがある。
【0062】
【化10】
【0063】
【化11】
【0064】
【化12】
【0065】
これらの化学式において、5員環の原子のうち、主鎖に結合した原子の両隣りはすべて窒素であり、5員環の外側に張り出す水素を伴っていない。また、置換基R1,R2の例としては、素子の目的に応じ、アルキル鎖や、芳香環、エステル結合やアミド結合などを介して結合させた官能基などがあり、所望の機能に応じた所望の官能基を配位すればよい。
【0066】
また、以下の化学式(13)に示す様に、5員環に他の芳香環が配位した縮合環芳香族でもよい。この場合も、主鎖と直結した原子から、最遠位にある5員環内の2個の原子は炭素となっている。
【0067】
【化13】
【0068】
本発明の螺旋型ポリアセチレンの作製方法として特に限定されるものはないが、例えば以下の方法で作製できる。螺旋型ポリアセチレンは、溶媒中で置換アセチレンの立体規則性重合触媒、例えばロジウム等の遷移金属錯体を用いて、置換アセチレンを重合させることで得られる。
【0069】
溶媒としては特に限定されるものはなく、置換アセチレンが溶解する溶媒であればよい。例えばクロロホルムやトルエンなどの有機溶媒が挙げられる。
【0070】
置換アセチレンの立体規則性重合触媒としては特に限定されるものはないが、一価のロジウムに環状のジオレフィン化合物が配位した錯体が挙げられる。より具体的にはロジウム(ノルボルナジエン)化合物、ロジウム(シクロオクタジエン)化合物等が挙げられる。
【0071】
本発明の螺旋型ポリアセチレンによれば、側鎖の5員環、または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子に結合した2個の原子が5員環、または6員環内の原子とのみ結合するため、これらの2個の原子に結合する、外側にはみ出した水素等の原子は存在しない。その結果、主鎖のポリアセチレン骨格を構成する炭素原子に直結した水素原子との反発は生じず、主鎖のC=C二重結合と5員環、または6員環は、平面に近い構造となり、安定化する。その結果、ポリアセチレンの螺旋軸方向において、5員環、または6員環の良好な積層が生じ、良好な螺旋構造が形成され、結果として螺旋型ポリアセチレンの剛直性を高めることができる。
【0072】
さらに、本発明の螺旋型ポリアセチレンによれば、芳香族性の環が6員環の場合、主鎖の炭素原子と直結した6員環の原子から最遠位の原子を炭素とすることにより、6員環の主鎖とは反対側に機能を持った官能基を結合させることが可能となる。一方、芳香族性の環が5員環の場合、主鎖の炭素原子と直結した5員環の原子から最遠位の2個の原子の片方、または双方を炭素とすることにより、5員環の主鎖とは反対側に機能を持った官能基を結合させることが可能となる。
【0073】
次に、螺旋型ポリアセチレンを用いたデバイスに関する説明を行う。これまで述べた螺旋型ポリアセチレンは高い剛直性を有しており、その結果として高い伝導性を有することを理論計算を利用して示す。
【0074】
但し、ここで用いた解析手法は特殊な方法ではなく、一般的な方法であり、基本的な解析手法は文献
H.Ishii,N.Kobayashi and K.Hirose.Phys.Rev.B 76,205432(2007).
にて述べられているものを用いている。
【0075】
まず、伝導性の大小を左右する要因として、有用なパラメータである、トランスファー積分がある。ここで、本発明で用いるトランスファー積分を定義し、その計算方法を簡単に説明する。トランスファー積分は、<φ1|H|φ2>により計算する。
【0076】
Hは系のハミルトニアンである。また、波動関数φ1、φ2はそれぞれ1番目の分子の注目する分子軌道、2番目の分子の注目する分子軌道であり、ここでは1つのサイトは、1個のC=C(実際は、エチレン型分子)が形成するπ軌道とし、キャリアとしてホールを考えるため、波動関数φ1、φ2はエチレン分子のHOMO(最高占有軌道)とした。これらは、第一原理量子化学計算により決定した。
【0077】
実際のソフトとしては、本発明ではガウシアン社のソフト:Gaussian(B3LYP/6−31+G(d))を用いた。
【0078】
各分子軌道φ1、φ2は原子軌道(基底)ψa、ψbの重ね合わせで、次式のように記述する。
φ1=Σa C1aψa , φ2=Σb C2bψb
係数:C1a, C2b及び、Fock行列要素:<ψ1a|H|ψ2b>はGaussianの出力として得ることができる。
【0079】
ここで、Hは対象とする2つの軌道を生成する分子を共有する系のハミルトニアンである。従って、トランスファー積分は Σa Σb C1aC2b<ψa|H|ψb> により計算可能となる。
【0080】
原子の座標が決定できれば、毎回量子化学計算を用いて所望のトランスファー積分を直接計算できるが、計算すべきトランスファー積分が莫大な個数ある場合には、例えば、上記トランスファー積分を典型的な場合に計算して、エチレンの重心間の距離と面の法線同士がなす角度をパラメータとして、経験式を構築し、トランスファー積分を経験的に得ることも可能である。角度依存性に関しては、文献
J.C.Slater and G.F.Koster.Phys.Rev.94,1498(1954).
が参考になる。
【0081】
上で定義したトランスファー積分の値が、トランス型ポリアセチレン(トランス−トランソイド)、及び、螺旋型ポリアセチレン(シス―シソイド)でどうなるかを調べた結果を図10に示す。
【0082】
ここでは、側鎖がないポリアセチレンの例を示している。第1、第2、第3近接項はそれぞれ、主鎖:−C=C−C=C−C=C−C=C−において、C=Cが何個分近接した配置にあるかを表している。図10(a)トランス型の場合は、伝導サイトC=Cが1次元的に並んでおり、第1、第2、第3近接項間の距離の比は、およそ1:2:3となっている。
【0083】
一方、図10(b)螺旋型の場合は、主鎖上での長さの比は1:2:3になるが、実空間上の直線距離では、およそ1:1.4:1.5となる。(これは、量子化学計算による構造最適化結果に基づく。計算ソフトと計算条件はGaussian,B3LYP/6−31+G(d)を使用した。)すなわち、螺旋型ポリアセチレンでは、第2、第3近接項があまり大きく離れていない。
【0084】
図10(c)には、トランス型、及び、螺旋型ポリアセチレンのトランスファー積分を比較している。この図より、第1近接項は、トランス型が螺旋型よりも大きく、一方、第2、第3近接項は、トランス型がほぼゼロなのに対し、螺旋型は0.5eVと大きな値を有している。これが螺旋型ポリアセチレンの特徴の1つとなっている。
【0085】
次に電気伝導性の計算に関し、説明を行う。
【0086】
カーボン系材料の電気伝導性を理論的に調べた文献として、上でも記した、
H.Ishii,N.Kobayashi and K.Hirose.Phys.Rev.B 76,205432(2007).がある。
【0087】
この文献には、時間発展波束法を用いてカーボンナノチューブ(CNT)の電気伝導を解析した結果が述べられている。この時間発展波束法は、数マイクロメートルの大きさを持つ系において、初期波束を与え、量子力学に基づくハミルトニアンに対する時間依存シュレディンガー方程式を解き、波束の時間発展を計算し、拡散係数などの物理量を得る方法である。CNT以外にも、主鎖が数十万個のC=Cを含むような大規模の螺旋型ポリアセチレンの構造を反映した電気伝導特性を調べることが可能である。
【0088】
本発明では、この手法を用いて、上で述べた剛直な螺旋型ポリアセチレンが高い電気伝導性を有することを示す。まず、図2で示した分子動力学計算を、主鎖のC=C数が1000個の系で実施し、そこから得られた第1近接サイト間トランスファー積分の計算結果を図11(a)に示す。この場合の材料は、ポリ(2−エチニルピリミジン)である。
【0089】
ここで、比較のために、従来型で、典型的な螺旋型ポリアセチレンである、ポリオクチルオキシフェニルアセチレン(POOPA)
【0090】
【化14】
【0091】
に対しても同様にトランスファー積分の計算を行った結果を図11(b)に示す。このPOOPAは、特開2008−084980において実施例に記載されている。
【0092】
図11には、トランスファー積分を計算結果を示している。
【0093】
図11(a)、図11(b)の横軸は、サイト番号である。但し、サイト番号は、以下の通り定義する。前述の通り、本計算例では、主鎖に1000個のC=C数をもつ螺旋型ポリアセチレンを計算対象としており、C=Cの番号を端を1番とし、順に1000番まで付けた番号をサイト番号とする。縦軸は第1近接サイト間トランスファー積分である。
【0094】
具体的には、温度300Kで200psecの分子動力学計算後、10fsec毎の各原子座標からトランスファー積分を計算し、100回分、すなわち1000fsec分のトランスファー積分をサイト毎にプロットしており、この結果からトランスファー積分がどのような範囲を変化しているかがわかる。
【0095】
図11(b)のPOOPAの場合は、トランスファー積分の変化する範囲がサイト毎に異なり、ばらつきがあるのに対し、図11(a)のピリミジン側鎖HPAにおいては、トランスファー積分が変化する範囲はサイトにあまり依存せず、POOPAに比べ、ばらつきが小さいことがわかる。
【0096】
今回拡散係数の解析を行う対象となるエネルギー領域は、螺旋型ポリアセチレンにホールが注入された場合のエネルギー領域である。ここで、それを求める方法の説明を行う。以下に用いた、計算対象とすべきエネルギー領域を求める手法は、公知の手法である。
【0097】
図12には、時刻0において、伝導サイトを400個有する系で、対角化を行い、HPAのHOMOバンド最上部付近の固有状態を求めた結果を示す。縦軸は、その固有状態のエネルギーを表し、横軸は、波動関数の重心の位置μ、及び、幅Δをもとめる。具体的には、ある波動関数がψ(x)で与えられた場合、
μ=∫x|ψ(x)|2 dx
Δ2=∫(x−μ)2|ψ(x)|2 dx
により、重心の位置μ、及び、幅Δを求める。
【0098】
図12では、μ−Δ≦x≦μ+Δの範囲を線分で示している。図12(a)はピリミジン側鎖HPAで、図12(b)は従来型のPOOPAの結果である。2.6eVより上には状態は存在していなかった。また、2〜2.5eV付近では、波動関数の空間分布は狭く、他状態とのエネルギー差は大きいため、波動関数が局在している様子がわかる。
【0099】
図13は、状態密度の計算結果である。ここで状態密度とは、あるエネルギーの範囲にどれだけの状態があるかを示す物理量である。図13(a)はピリミジン側鎖HPAで、図13(b)は従来型のPOOPAの結果である。
【0100】
状態密度の計算方法は、上のIshiiらの文献と同じ方法(リカージョン法)を用いた。この結果より、拡散係数を調べる対象とするエネルギー領域は0.4eVから2.6eVの範囲内とした。2.6eV以上にも状態密度のピークの裾部が存在しているが、これは、リカージョン法のエネルギーのボケとして用いている幅0.05eVの影響である。ここでは、Ishiiらの文献値と同じ値を使用した。
【0101】
図11に対応するトランスファー積分をハミルトニアンのパラメータとして有する系のあるサイトに、時刻0に波束を置き、その波束の空間分布の時間変化を計算した結果を図14に示す。
【0102】
詳細には、x軸を螺旋の中心を貫く軸として選び、x座標を0.025μm毎に区切り、その範囲の波動関数の振幅の自乗和を求め、見やすくするために、前記自乗和に200を掛けた値を各時刻の値に足して図示している。
【0103】
図14(a)はピリミジン側鎖HPA,図14(b)は従来型POOPAにおける計算結果である。双方とも、時間の経過とともに波束が広がっている様子がわかる。また、本発明のピリミジン側鎖HPAの方が、従来型のPOOPAよりも拡散が速い様子がわかる。
【0104】
拡散係数を調べた結果を図15に示す。図15(a)は、ピリミジン側鎖HPAにおける結果であり、図15(b)は従来例であるPOOPAにおける結果である。
【0105】
ここで、あるサイトに時刻0に波束を置き、その波束の幅の増加の割合をエネルギー毎に見積もったものが拡散係数であり、通常、拡散伝導領域では一定値となり、その値が一般に用いられている拡散係数に一致する。この図の計算では、700000サイトを持つHPAに適用を行っているが、そのトランスファー積分を700000サイト分計算するのは計算負荷が大きすぎるので、図11で示すトランスファー積分の値を空間的に繰り返し配置することにより与えている。
【0106】
トランスファー積分を繰り返すときは、同じ位相を用いて単純に繰り返すと人工的な速い拡散が起こる場合があることがわかっており、トランスファー積分を割り当てる場合に位相を変化させて繰り返すことにより、異常な拡散を含まない情報を得ることができる。また、上で述べたとおり、0.4eVから2.6eVのエネルギー領域で拡散係数を求めている。
【0107】
図15(b)従来型のPOOPAの場合、拡散係数が約1nm2/fsecでほぼ飽和していることがわかる。一方、本発明のピリミジン側鎖HPAにおいては、拡散係数が10nm2/fsec以上となっている。この値は、従来例であるPOOPAの場合の10倍以上となっており、図11に示すように、高い剛直性に起因してトランスファー積分のばらつきが小さく、その結果として拡散係数が従来例の10倍となったと考えられる。
【0108】
アインシュタインの関係式によると、温度が一定の場合、移動度と拡散係数は比例する。すなわち、移動度も従来例の10倍以上となることをシミュレーションにより示すことができた。
【0109】
また、上で螺旋型ポリアセチレンにおけるトランスファー積分のうち、第1近接項だけでなく、第2、第3近接項がある程度大きいことを図10の説明の際に記した。それが電気伝導にどのような影響を及ぼすかをここで簡単に述べる。
【0110】
ここでは、例として、従来型のPOOPAを対象とした計算例を示す。
【0111】
第2、第3近接サイト間トランスファー積分の影響を調べるために、具体的には、第1、第2、第3近接サイト間トランスファー積分のうちの一部を0とした場合に、拡散係数がどう変わるかを調べた。その結果を、図16に示す。
【0112】
この図16では、(a)「1+2+3」は、第1、第2、第3近接サイト間トランスファー積分がすべて含まれている場合の計算結果であり、図15(b)の場合と同じ結果である。また、図16(g)「1+2」は第1、第2近接サイト間トランスファー積分値は、そのまま用い、第3近接項は値をすべて強制的に0とした場合に波束発展をさせた場合の拡散係数の計算結果である。このような値のON/OFFを様々な組み合わせで行った結果を図16に示している。ここに示す、どの場合も時間が十分に経過した場合に広がりパラメータはほぼ一定値となっており、これらの値を拡散領域における拡散係数とみなすことができる。さらに、上で求めた拡散係数(D)を、アインシュタインの関係式に適用すると移動度μ
【0113】
【数1】
【0114】
を計算できる。ここで、k:ボルツマン定数、T:絶対温度、e:電気素量である。
【0115】
図17に、移動度の計算結果を示す。図16では、エネルギー毎に拡散係数を計算しているが、時間が十分経過した後では、エネルギーによる拡散係数の違いはあまり大きくないので、ここでは平均的な値を用いた。
【0116】
この図17より、第1近接項のみ、あるいは、第2近接項のみ、第3近接項のみの場合の移動度はかなり小さいことがわかる。これらの場合は、伝導する経路が1個のみしか存在せず、トランスファー積分の揺らぎによりある個所のトランスファー積分が小さくなった場合、そこを通じた伝導が抑制され、局在が起こりやすくなることを意味していると考えられる。次に、「1+2」の場合の移動度は、「1」の場合の移動度と「2」の場合の移動度との和よりも大きくなっていることがわかる。これは、経路が複数ある場合、片方が揺らぎによりトランスファー積分の値が小さくなっても、他経路を経由した伝導が可能となることにより、移動度が大きくなっていると解釈できる。さらに、「1+2」の場合よりも「1+2+3」の場合の方が移動度がさらに大きくなっている。このように、特徴的な螺旋構造に起因して、トランスファー積分の第2、第3近接項が大きくなり、その結果、局在が抑制されるという興味深い特徴を螺旋型ポリアセチレンは有している。
【0117】
この例では、従来型のPOOPAを対象として調べたが、ピリミジン側鎖HPAも同様な螺旋構造を有しており、トランスファー積分の第2、第3近接項は大きく、やはり局在が抑制されるとの結果を有する。
【実施例】
【0118】
(実施例1)
本発明の実施例1として、6員環の側鎖を持つ剛直な螺旋型ポリアセチレンについて説明する。ここでは、ポリ(2−エチニルピリミジン)の作製方法を述べる。
【0119】
2−エチニルピリミジンは2−ブロモピリミジン(CAS番号4595−60−2)から既知の方法(参考文献E.T.Sabourin,J.Org.Chem,Vol.48,No.25,1983)を用いて作製する。
【0120】
減圧及び窒素置換後密閉した試験管にロジウム(ノルボルナジエン)塩化物二量体23mgとクロロホルム8ml、トリエチルアミン0.1mlを入れ、30℃で15分攪拌する。その後、2−エチニルピリミジン0.52gとクロロホルム2mlの混合溶液を注入することにより重合反応を開始させる。反応は30℃で1時間行い、重合が充分進行した後、得られたポリマーをメタノールで洗浄、濾過し、24時間真空乾燥することで目的とする化学式(1)で表されるポリ(2−エチニルピリミジン)が得られる。
【0121】
この様に作製したポリ(2−エチニルピリミジン)は、高い剛直性を持つ螺旋型ポリアセチレンである。
【0122】
(実施例2)
本発明の実施例2として、5員環の側鎖を持つ剛直な螺旋型ポリアセチレンについて説明する。例として、チアゾールを側鎖に持つ化学式(6)で表される螺旋型ポリアセチレンの作製方法を簡単に述べる。
【0123】
実施例1の2−ブロモピリミジンに替えて、2−ブロモチアゾール(CAS番号3034−53−5)を用い、実施例1と同様な操作を行うことにより目的とするポリ(2−ブロモチアゾール)を作製することができる。
【0124】
この様に作製したポリ(2−ブロモチアゾール)は、高い剛直性を持つ螺旋型ポリアセチレンである。
【0125】
(実施例3)
本発明の実施例3として、6員環の側鎖を持つ剛直な螺旋型ポリアセチレンを用いたデバイスについて説明する。ここでは、ポリ(2−エチニルピリミジン)を用いたデバイス、及び、その作製方法の説明を行う。
【0126】
本実施例によるデバイス構成を図18に示す。本実施例によるデバイスは表面に膜厚300nmの熱酸化膜を有したハイドープのSi基板に形成される。電子ビーム露光を用いたリソグラフィー、及びリフトオフにより、膜厚30nm,幅1μm、ギャップ間隔300nmのPt電極を形成する。一方、実施例1により得られたポリ(2−エチニルピリミジン)1.0mgをクロロホルム1.0mlに溶解させ、1.0g/lの溶液を作成する。この溶液を上記電極にスピンコート法で塗布し、薄膜状のポリ(2−エチニルピリミジン)を形成することによりデバイスを形成する。この際、ポリ(2−エチニルピリミジン)と前記電極の間で電荷の授受が可能となる。本デバイスでは2つのPt電極がソース、ドレイン電極として働き、Si基板がゲート電極として動作し、ここへの電圧印加によりソース、ドレイン電極間に流れる電流を制御する。
【0127】
この実施例では、ゲート電極を有する電界効果型トランジスタデバイスの例を示したが、剛直な螺旋型ポリアセチレンを導線として使用する場合、制御電極は不要である。しかし別途制御電極を設けたデバイスとすることも可能である。
【0128】
また、この実施例では、ポリ(2−エチニルピリミジン)に接した電極間に電圧を印加し、ポリ(2−エチニルピリミジン)に電流を流す例を示したが、それ以外に、ポリ(2−エチニルピリミジン)、より一般的には、螺旋型ポリアセチレンにおいて発生した電子、あるいはホール、あるいは双方の電荷を電極側に流すデバイスとして用いることもできる。具体的な応用例としては、太陽電池や光センサー、ガスセンサーなどに応用することもできる。
【0129】
さらには、電極と螺旋型ポリアセチレンの間に直接的な電荷の授受を起こさなくても、電極と螺旋型ポリアセチレンの間に絶縁領域を導入し、電極の電圧の影響が螺旋型ポリアセチレンに生じたり、逆に、螺旋型ポリアセチレンの内部で発生した電圧を電極で検知し、センサーとして動作させることも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0130】
本発明の螺旋型ポリアセチレンは、高い剛直性を有するので、有機材料を用いたトランジスタや発光素子、受光素子等の有機電子デバイス等に利用することができる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、螺旋型ポリアセチレンに関し、特に電子デバイスや光学デバイスなどに応用できる導電性高分子材料に用いられる新規な螺旋型ポリアセチレンに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、有機材料を用いたトランジスタや発光素子等の有機電子デバイスが注目を浴びている。その中で、共役高分子を用いた有機電子デバイスは、溶液からの作製が可能であるものが多く、そのため、低コストで作製できるものが多い。さらに、塗布プロセスの採用により、大面積化が容易であるといったメリットがある。
【0003】
また、共役高分子を用いた有機電子デバイスには、高分子の集合体ではなく、1本の高分子を利用した単分子デバイスとしての応用の可能性もある。
【0004】
共役高分子の一例として、螺旋型ポリアセチレン及びその製造方法が、特許文献1に開示されている。特許文献1では、二重結合に基づいたπ電子による螺旋共役構造を有し、様々な官能基を端部に有するフェニル基が結合したポリアセチレン及びその擬ヘキサゴナル状構造の集合体が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−115628号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような螺旋型ポリアセチレンをデバイス応用する際には、その材料が高い剛直性を有することが望ましい場合がある。高い剛直性を有するものを電子デバイスとして応用する場合には、例えば孤立単分子1本でソース・ドレイン電極間を橋渡しする単分子素子の形成の可能性が期待される。また、高い剛直性に起因して、1本の高分子内で規則的な螺旋構造が形成され、キャリアの伝導が構造の乱れなどの影響を受けにくくなり、よりよい電気伝導特性を有することが期待される。
【0007】
本発明は、この様な背景技術に鑑みてなされたものであり、高い剛直性を有する螺旋型ポリアセチレン、及びそれを用いたデバイスを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る螺旋型ポリアセチレンは、主鎖が螺旋構造を有する螺旋型ポリアセチレンであって、前記主鎖を構成する炭素2重結合と、前記炭素2重結合の片方の炭素原子に結合した芳香族性の5員環または6員環からなる側鎖とを有し、前記5員環または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子に結合した2個の原子が、前記5員環または6員環を構成するそれぞれ5個または6個の原子のいずれかのみと結合し、かつ前記5員環または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子から最遠位の原子の少なくとも1つが炭素であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、高い剛直性を有する螺旋型ポリアセチレン、及びそれを用いたデバイスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】螺旋型ポリアセチレン及びその幾何異性体の説明図である。
【図2】螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてピリミジンを用いた時の分子動力学計算結果を示す図である。
【図3】螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてベンゼンを用いた時の分子動力学計算結果を示す図である。
【図4】螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてピリミジンを用いた時の分子動力学計算結果を示す図である。
【図5】二面角を説明する図である。
【図6】ポリアセチレンの主鎖(平面型)とベンゼン側鎖及びピリミジン側鎖との相互作用に対応するポテンシャルエネルギーの説明図である。
【図7】ポリアセチレンの主鎖が平面型かららせん構造に対応する非平面型に変化した場合のポテンシャルエネルギーの説明図である。
【図8】螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてチアゾールを用いた時の分子動力学計算結果を示す図である。
【図9】螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてオキサゾールを用いた時の分子動力学計算結果を示す図である。
【図10】トランス型、及び、螺旋型ポリアセチレンにおける伝導サイトの配置と、トランスファー積分の比較を示す図である。
【図11】螺旋型ポリアセチレンにおいて、トランスファー積分のサイト毎の時間変動幅を示す図である。
【図12】(a)ピリミジン側鎖HPA、及び、(b)従来型POOPAにおける固有状態の空間分布とそのエネルギーを示す図である。
【図13】(a)ピリミジン側鎖HPA、及び、(b)従来型POOPAの状態密度の計算結果を示す図である。
【図14】(a)ピリミジン側鎖HPA、及び、(b)従来型POOPAにおける、波束の空間分布の時間変化を示す図である。
【図15】螺旋型ポリアセチレンにおける拡散係数の時間変化を示す図である。
【図16】従来型POOPAにおいて、第2、第3近接項の影響を見積もるために、一部のトランスファー積分の寄与を0にした場合の拡散係数の計算結果を示す図である。
【図17】従来型POOPAにおいて、第2、第3近接項の影響を見積もるために、一部のトランスファー積分の寄与を0にした場合の移動度の比較結果を示す図である。
【図18】螺旋型ポリアセチレンを用いたデバイスを説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0012】
本発明に係る螺旋型ポリアセチレンは、主鎖が螺旋構造を有する螺旋型ポリアセチレンであって、前記主鎖を構成する炭素2重結合と、前記炭素2重結合の片方の炭素原子に結合した芳香族性の5員環または6員環からなる側鎖とを有する。本発明の特徴は、前記5員環または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子に結合した2個の原子が、前記5員環または6員環を構成するそれぞれ5個または6個の原子のいずれかのみと結合している。また、前記5員環または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子から最遠位の原子の少なくとも1つが炭素であることを特徴とする。
【0013】
前記5員環または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子に結合した2個の原子が、窒素、酸素、硫黄から選ばれた同じかまたは異なる2個の原子からなることが好ましい。
【0014】
前記芳香族性の6員環がピリミジン環であり、主鎖の炭素原子と直結した炭素原子に2個の窒素原子が結合していることが好ましい。
【0015】
前記芳香族性の5員環がオキサゾール環またはチアゾール環であることが好ましい。
【0016】
前記側鎖が、前記芳香族性の5員環または6員環に他の芳香族環が結合を共有して配位した複素芳香族環であることが好ましい。
【0017】
以下に、本発明の実施形態として、本発明の螺旋型ポリアセチレンの化学式、その構造を説明し、この螺旋型ポリアセチレンが高い剛直性を有することを示す。
【0018】
ここで螺旋型ポリアセチレンを簡単に説明する。図1は、螺旋型ポリアセチレン及びその幾何異性体の説明図である。螺旋型ポリアセチレンとは、主鎖の炭素骨格が、C−C単結合とC=C二重結合が交互に配置した構造:−C=C−C=C−C=C−になっており、それが図1(a)に示すような、螺旋構造を有するポリアセチレンを意味する。ポリアセチレンには、幾何異性体として、他にトランス−トランソイド、シス−トランソイド、トランス−シソイドがある。図1(b)から(d)には、これらの構造もあわせて図示する。同様の表記を用いると、螺旋型は一般に、シス−シソイドとも呼ばれる。一般に量子化学計算よると、置換されていないポリアセチレン、すなわち主鎖の炭素にそれぞれ水素が1個ずつ結合したポリアセチレンは、トランスートランソイド型が最もエネルギーが低いことが知られている。一方、上記水素をある程度大きい官能基で置換した場合には、側鎖間、あるいは側鎖と主鎖間の立体障害により幾何異性体間の安定性の順が変化し、螺旋型ポリアセチレンがより安定となる場合がある。また、用いる触媒や助触媒、モノマー等の性質に起因して、合成過程において、螺旋型ポリアセチレンが優先的に形成される場合がある。これは、例えば螺旋型ポリアセチレンよりもエネルギー的に安定なポリアセチレンが存在した場合でも、始状態からその系へ至る反応経路における活性化エネルギーが大きく、一方で、始状態から準安定状態である螺旋型ポリアセチレンに至る反応経路での活性化エネルギーが相対的に低い場合に起こりうる。
【0019】
本発明において、炭素、水素、窒素、酸素、硫黄と表示されているものは、それぞれの原子を表すものとする。
【0020】
次に、本発明の螺旋型ポリアセチレンについて説明する。
【0021】
本発明の螺旋型ポリアセチレンの一例として、螺旋型ポリアセチレンにピリミジンが配位したポリマーを以下の化学式(1)に示す。ピリミジンはベンゼンのメタ位の2組の炭素−水素対を2個の窒素で置き換えた芳香族分子である。ピリミジンの構造異性体として、1つめの窒素に対し、2つ目の窒素がオルト位の場合はピリダジン、パラ位の場合はピラジンとよばれる。本発明では、ピリダジン、ピラジンは対象とせず、ピリミジンを側鎖として使用し、かつメタ位の関係にある2個の窒素の間の炭素原子を主鎖に結合させた螺旋型ポリアセチレンである。この螺旋型ポリアセチレンは高い剛直性を有する。この場合、2個の窒素に結合する、環の外側に張り出した水素はない。そのため、主鎖の炭素原子に直結した水素と窒素間に反発は生じない。
【0022】
【化1】
【0023】
次に、このポリマーの安定性をシミュレーションに基づき調べた結果を示す。
【0024】
図2は、螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてピリミジンを用いた時の、分子動力学計算結果を示す図であり、主鎖と結合するピリミジン内の炭素原子の両隣りが窒素となるように結合させている。図2には、螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてピリミジンを上述の配置で側鎖として結合させた場合の、分子動力学計算結果を示す。分子動力学の計算には、アクセルリス社のマテリアルスタジオ4.4における分子動力学計算ソフトであるフォーサイトを用いた。また、力場はユニバーサル力場を使用した。また、電荷はQEq法を用いて決定した値を使用した。図2には、分子動力学(以下、MDと記載)計算前と、温度:300K,時間:200psecのMD計算を行った後、分子力学計算を用いて構造最適化を行った結果を示す。ここでMD計算前の状態としては、置換基のない螺旋型ポリアセチレンの安定構造に対し、ピリミジン環の面が螺旋軸と直交するように水素をピリミジンで置換したものを初期状態として与えている。この例では、主鎖のC=C結合が32個の場合、すなわち32量体において、両端を除く30個のC=C結合の片方の炭素原子にそれぞれ1個ずつ、合計30個のピリミジンを側鎖として結合させている。上記ソフトで分子力学計算により安定構造を求めた状態を分子動力学計算の初期構造として与えた。
【0025】
図2より、MD後でも、ポリマーの主鎖はMD前の構造とほぼ同じらせん構造となっており、剛直性が高い状態を保っていることがわかる。
【0026】
図3は、螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてベンゼンを用いた時の、分子動力学計算結果を示す図である。ここで図2との比較のため、図3において、従来例の基本構造であるポリフェニルアセチレン、すなわち、外側に置換基を持たないフェニル基が主鎖の炭素に結合した螺旋型ポリアセチレンに対して、同様の計算を行った結果を示す。この結果を図2の結果と比較すると、従来例の基本構造であるポリフェニルアセチレンよりも本発明のピリミジン側鎖の螺旋型ポリアセチレンの方が高い剛直性を有することが分かる。
【0027】
次に、螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてピリミジンを用いた場合に、そのピリミジンの結合部位が剛直性に及ぼす影響を調べた結果を図4に示す。図4は、螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてピリミジンを用いた時の、分子動力学計算結果を示す図であり、図2の場合とは主鎖−ピリミジン間の結合状態が異なるピリミジン側鎖に対する結果である。この図に示す螺旋型ポリアセチレンはすべて、主鎖に直結したピリミジン環内の炭素原子の両隣りの原子のいずれかは水素と結合しており、本発明には該当しないポリアセチレンである。以下、図4のポリアセチレンが、図2に示す本発明のポリアセチレンに比べ、剛直性がそれほど高くないことを以下に示す。
【0028】
図4(a),(b)は、類似した構造であり、ピリミジン部が反転した場合の構造となっている。ここで、主鎖とピリミジン部の結合状態を説明するために、以下のように原子に番号をつける。まず、C(1),C(2)は主鎖の炭素原子で、両者間の結合は2重結合であるとする。C(3)はC(2)に結合したピリミジン環の炭素であるとする。N(4)はC(3)に結合したピリミジン環の窒素とする。C(1)=C(2)−C(3)−N(4)の「二面角」の大きさが、図4(a)の場合は、0°、図4(b)の場合は、150°に初期条件を設定した。
【0029】
ここで、「二面角」とは、通常分子軌道計算などで原子座標を指定する際に使われる「二面角」の定義と同じであり、図5を用いて「二面角」の説明をする。まず、図5(a)に示すように、4個の点A,B,C,Dがあったとして、3点A,B,Cを含む平面を考え、その平面上に3点を配置する。その平面に対し、点Dは手前側にあったとする。その場合、ベクトルBCの方向、すなわち、矢印1の方向からこれらの4個の原子を見て、このベクトルと直交する平面に投影させると、図5(b)の様な図が得られる。ここで、点A,B,C,Dを投影面に投影した点をそれぞれA’,B’,C’,D’とした。B’,C’は同じ点である。この投影面上で、線分B’A’と線分B’D’のなす角度を4点A,B,C,Dの二面角と定義する。図のようにB’A’からB’D’に右回りに回転させた角度を正方向の二面角として選ぶ。
【0030】
図4(c)の場合は、ピリミジン環の原子のうち、主鎖の炭素原子に結合した炭素原子の両隣りも炭素原子であり、共に水素と結合している。この場合、ピリミジン環のうち、主鎖に近い側は、図3に示す、ベンゼンが主鎖に結合している構造と類似した構造となっている。図3と図4(c)分子動力学計算結果を比較すると、共に剛直性が低い構造となっており、類似している。
【0031】
図2および図4を比較すると、螺旋型ポリアセチレン主鎖とピリミジン側鎖間の結合状態が本発明とは異なる場合(図4)、本発明における結果(図2)と比べ、剛直性が低くなる場合があることが分かる。
【0032】
以下、螺旋型ポリアセチレンの側鎖がベンゼンの場合とピリミジンの場合で、また、ピリミジンの結合部位に依存して、なぜ構造安定性に上述のような差が現れるのかを調べた結果を示す。
【0033】
図6は、ポリアセチレンの主鎖(平面型)とベンゼン側鎖、及び、ピリミジン側鎖との相互作用に対応するポテンシャルエネルギーの説明図である。図6には、ポリアセチレンの主鎖の一部を切り出し、平面状にし、そこに(a)ベンゼン、(b)ピリミジンを結合させ、ベンゼンあるいはピリミジンを回転させた場合のポテンシャルエネルギーを示す。この計算は、第一原理分子軌道計算ソフトであるガウシアンを用い、交換相関エネルギーとしては密度汎関数法であるB3LYP、基底関数は6−31G(d)を使用した。図6の横軸は、二面角C(1)=C(2)−C(5)−C(6)[またはN(6)]である。C(1)、C(2)は主鎖に属する炭素原子で、C(5)、C(6)[またはN(6)]は、側鎖のベンゼン環[またはピリミジン環]に属する炭素原子、または窒素原子である。
【0034】
ここで、二面角を変化させるとは、この分子モデルをC(2)とC(5)の間の結合を仮想的に切って生じる2個の領域を考え、内部構造はそれぞれ固定し、C(2)とC(5)の結合長は変化させず、主鎖側を固定し、C(2)−C(5)を回転軸としてベンゼン、またはピリミジンを回転させることを意味する。
【0035】
この図6より、(a)ベンゼンが結合した場合には、上記二面角が0°または180°でエネルギーが最も高くなっていることがわかる。一方、(b)ピリミジンが結合した場合には上記二面角が0°または180°でエネルギーが最も低くなっていることが分かる。前者においては、(a)の破線で囲った2か所の水素―水素が接近しており、この反発的相互作用と、主鎖(左側領域)C=C二重結合とベンゼン環が平面状に配置しπ共役を大きくしようとする相互作用(一般に二面角:0°または180°でエネルギーが低く、90°でエネルギーが高い)の競合の結果、前者の寄与が大きいため、図6に示すポテンシャルエネルギーが生じると解釈できる。一方、(b)ピリミジン側鎖の場合は、前者の水素間反発が存在しないため、主鎖とピリミジン環が同一平面にある場合に共役の寄与が大きくなり、エネルギーが最低となると理解できる。
【0036】
図7は、ポリアセチレンの主鎖が平面型かららせん構造に対応する非平面型と変化した場合に、主鎖とベンゼン側鎖との相互作用、及び、主鎖とピリミジン側鎖との相互作用に対応するポテンシャルエネルギーの説明図である。図7には、主鎖のC(1)=C(2)−C(3)=C(4)が非平面の場合の結果を示す。具体的には、主鎖の二面角C(1)=C(2)−C(3)=C(4)を0°、13°、26°、39°、52°と変化させた場合に、図6の場合と同様に側鎖を回転させ、ポテンシャル面を計算した結果を示す。この結果より、(a)ベンゼン側鎖の場合は、主鎖C(1)=C(2)−C(3)=C(4)の二面角が39°になり、主鎖(下側)―ベンゼン環の二面角C(1)=C(2)−C(5)−C(6)が35°になった場合(図7(a1))に最安定となることが分かる。この場合、ベンゼン環は主鎖が螺旋状になった場合の螺旋軸ベクトルと平行に近い場合に相当する。この状態を、ここでは便宜的に状態Aと呼ぶ。また、主鎖の二面角C(1)=C(2)−C(3)=C(4)が同じく39°の場合に主鎖(下側)―ベンゼン環の二面角が−40°の時(図7(a2))、準安定となることが分かる。この場合、ベンゼン環の面の法線ベクトルと螺旋軸ベクトルとはほぼ平行になる場合に相当する。この状態を、ここでは便宜的に状態Bと呼ぶ。状態Bは上下間のベンゼンの積層が起こりやすい状態、状態Aは上下間の積層が起こりにくい状態となっている。エネルギー的には、状態Bよりも状態Aが安定であるため、結果として、ベンゼン環間の積層が起こりにくく、構造不安定性が生じると考えられる。
【0037】
一方、図7(b)ピリミジン側鎖においては、主鎖の二面角C(1)=C(2)−C(3)=C(4)が39°付近で、主鎖(下側)―ピリミジン環の二面角が−5°から0°の場合、すなわち、ピリミジン環が主鎖のC=Cと直結し、両者がほぼ平面状となっている場合にエネルギーが最低となっていることがわかる。この場合、ピリミジン環が積層しやすくなり、その結果、構造が安定となると考えられる。以上、図2、図3に示す、ピリミジン側鎖、フェニル側鎖の螺旋型ポリアセチレンの構造安定性の違いの説明を行った。
【0038】
また、ピリミジン環が図4のように主鎖と結合した場合には、フェニル側鎖の場合と同様に、ピリミジン環の水素と主鎖の炭素に直結した水素が接近するため、剛直性が低下すると理解できる。
【0039】
以上説明した様に、図2のような配置を持つ、ピリミジン側鎖を有する螺旋型ポリアセチレンにおいて、剛直性が高くなることが判る。
【0040】
一般に分子エレクトロニクス素子などに応用する場合、側鎖に有用な機能を持った官能基を導入する場合が多い。そのため、それらを導入するためには、下記の化学式(2)に示すように、ピリミジン環にR1,R2,R3基を置換基として導入すればよい。
【0041】
【化2】
【0042】
置換基R1,R2,R3の例としては、素子の目的に応じ、アルキル鎖や、芳香環、エステル結合やアミド結合などを介して結合させた官能基などがあり、所望の機能に応じた所望の官能基を配位すればよい。R1,R2,R3のうち、R2は螺旋軸の外側方向に延びる個所であり、一般に最も有用な個所である。そのため、官能基R2を導入しやすいように、本発明では、R2と結合する環の原子(化学式(2)のX)、すなわち、主鎖と結合する6員環の原子(C1)から最遠位の6員環内の原子(X)を炭素とする。
【0043】
ここで、本発明において6員環における、ある原子からの最遠位の原子を以下のように定義する。下記の化学式(3)において、6員環における6個の原子がA(1)−A(2)−A(3)−A(4)−A(5)−A(6)−A(1)(左端と右端は同じ原子)のように環状に配置している場合に、A(1)からみて、A(2)またはA(6)は直接結合しているので、距離を1と定義する。A(1)からみてA(3)は、A(2)を間に挟み、計2個の結合分離れているので、距離を2と定義する。同様に、A(1)からみてA(5)は、A(6)を間に挟んでいるので、距離は2とする。A(1)からみてA(4)は、A(2),A(3)またはA(6),A(5)を間に挟んでいるので、距離は3とする。ある原子から環内を右回り、および左回りで、上で定義した距離を考えると、距離が異なる場合は、その小さい方の回り方向の距離を採用する。例えば、A(1)からみてA(3)は、A(2)を間に挟んでいるので、距離が2であり、また、A(6),A(5),A(4)を間に挟んでいるので、距離は4であるが、小さい方:距離2を採用する。
【0044】
【化3】
【0045】
本発明では、6員環において、ある原子から上で定義した距離が最も大きい原子を最遠位の原子と定義する。例えば、A(1)から最遠位の原子はA(4)、A(2)から最遠位の原子はA(5)となる。6員環が実際に熱運動したり、異種原子が結合したことにより実際の結合長に差異が生じたとしても、その物理的距離や直接的な距離(最短距離)は考慮せず、上述のように、直接つながった結合が何個分離れているかのみを考慮して最遠位を決める。
【0046】
以上では、螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてピリミジン環が結合した場合のポリマーの例を示したが、上記ピリミジン環に他の芳香環が配位した縮合環芳香族でも同様の良好な構造安定性を持つことが期待される。以下には、ベンゼンの替わりに、化学式(4)のナフタレン、化学式(5)のピレンを側鎖として配位させ、主鎖と結合する炭素に隣接する炭素―水素を窒素で置き換えた構造を持つポリマーの例を示す。この場合も、主鎖と直結した原子から、最遠位にある6員環内の原子は炭素となっている。
【0047】
【化4】
【0048】
【化5】
【0049】
以上、図2のように、側鎖において、主鎖に近い部位に水素の張り出しがないものを用いることにより、フェニル側鎖に比べ、剛直性を向上させることができる。フェニルを側鎖として使用する場合でも、アルキル鎖などの官能基を主鎖とは反対側に配置させ、隣接する官能基間にファンデルワールス力や静電気力に起因した引力的相互作用を作用させ、剛直性を向上させることは可能である。この場合、主鎖―フェニル基間の構造不安定的な相互作用と、フェニル基の外側にある官能基間の引力的相互作用が競合し、後者の寄与が大きくなった場合に、螺旋構造が安定となり、剛直性が向上する場合があると考えられる。一方、本発明では、図2の様な側鎖を選ぶと、それは本質的に剛直な性質を具備しており、ピリミジンなどの外側に構造安定化のための特別な官能基を用いる必要はなく、所望する機能をもつ官能基を用いることができる。そのことにより、分子設計の自由度が向上するという大きなメリットがある。
【0050】
次に、螺旋型ポリアセチレンの側鎖として6員環の替わりに5員環を用いた例を示す。ここでは、下記の化学式(6)は、螺旋型ポリアセチレンの側鎖として、5員環であるチアゾール環が結合したポリマーの例である。主鎖と直結した5員環の原子の両隣りが窒素と硫黄となるように配位させており、化学式(1)の場合と同様に、この2つの原子には環の外側に張り出した水素は結合していない。そのために、螺旋軸方向の、チアゾール環間の良好な積層が起こりやすく、高い剛直性を有すると期待される。
【0051】
【化6】
【0052】
その剛直性を調べるために、前述した場合と同様に分子動力学計算(300K,200psec)を行った。図8に分子動力学計算前後の構造を示す。図8は、螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてチアゾールを用いた時の、分子動力学計算結果を示す図であり、ここでは、主鎖と結合するチアゾール内の炭素原子の両隣りが窒素、及び、硫黄となるように結合させている。この計算結果より、上記ポリマーは良好な螺旋構造を保つことがわかった。
【0053】
また、チアゾールの替わりに、下記の化学式(7)のオキサゾールを用いたポリマーにおいても、図9に示す通り、同様に分子動力学計算MD(300K,200psec)を行った結果、良好な螺旋構造を保つことがわかった。図9は、螺旋型ポリアセチレンの側鎖としてオキサゾールを用いた時の、分子動力学計算結果を示す図であり、ここでは、主鎖と結合するオキサゾール内の炭素原子の両隣りが窒素、及び、酸素となるように結合させている。従って、これらも、高い剛直性を持つポリマーとして期待される。
【0054】
【化7】
【0055】
これらのポリマーを分子エレクトロニクス素子の材料として応用する場合、5員環の外側にさまざまな置換基を結合させてもよい。その場合、下記の化学式(8)に示す様に、置換基R1,R2を導入することになる。
【0056】
【化8】
【0057】
化学式(8)において、S(硫黄)は、O(酸素)に置き換えてもよい。
【0058】
このような置換基R1,R2の結合が可能になるのは、化学式(8)中のX1,X2のうち少なくとも片方が炭素である必要がある。すなわち、主鎖と結合する5員環の原子(C1)から最遠位の5員環内の原子(X1、X2)の少なくとも片方が炭素である場合に可能となる。
【0059】
ここで、本発明において5員環における、ある原子からの最遠位の原子を以下のように定義する。下記の化学式(9)において、5員環における5個の原子がB(1)−B(2)−B(3)−B(4)−B(5)−B(1)(左端と右端は同じ原子)のように環状に配置している場合に、B(1)からみて、B(2)またはB(5)は直接結合しているので、距離を1と定義する。さらに、B(1)からみてB(3)は、B(2)を間に挟み、計2個の結合分離れているので、距離を2と定義する。同様に、B(1)からみてB(4)は、B(5)を間に挟んでいるので、距離は2となる。ある原子から環内を右回り、および左回りで、上で定義した距離を考えると、距離が異なる場合は、その小さい方を採用する。例えば、B(1)からみてB(3)は、B(2)を間に挟んでいるので、距離が2であり、また、B(5),B(4)を間に挟んでいるので、距離は3であるが、小さい方:距離2を採用する。本発明では、6員環の場合と同様に5員環においても、ある原子から、距離が最も大きい、5員環内の原子を最遠位と定義する。例えば、B(1)から最遠位の原子はB(3)、及び、B(4)、B(2)から最遠位の原子はB(4),およびB(5)となる。5員環が実際に熱運動したり、異種原子が結合したことにより実際の結合長に差異が生じたとしても、その物理的距離や直接的な距離(最短距離)は考慮せず、上述のように、直接つながった結合が何個分離れているかのみを考慮して最遠位を決める。
【0060】
【化9】
【0061】
同様の効果が期待されるポリマーとして、以下の化学式(10)から(12)に示すような側鎖を持つ螺旋型ポリアセチレンがある。
【0062】
【化10】
【0063】
【化11】
【0064】
【化12】
【0065】
これらの化学式において、5員環の原子のうち、主鎖に結合した原子の両隣りはすべて窒素であり、5員環の外側に張り出す水素を伴っていない。また、置換基R1,R2の例としては、素子の目的に応じ、アルキル鎖や、芳香環、エステル結合やアミド結合などを介して結合させた官能基などがあり、所望の機能に応じた所望の官能基を配位すればよい。
【0066】
また、以下の化学式(13)に示す様に、5員環に他の芳香環が配位した縮合環芳香族でもよい。この場合も、主鎖と直結した原子から、最遠位にある5員環内の2個の原子は炭素となっている。
【0067】
【化13】
【0068】
本発明の螺旋型ポリアセチレンの作製方法として特に限定されるものはないが、例えば以下の方法で作製できる。螺旋型ポリアセチレンは、溶媒中で置換アセチレンの立体規則性重合触媒、例えばロジウム等の遷移金属錯体を用いて、置換アセチレンを重合させることで得られる。
【0069】
溶媒としては特に限定されるものはなく、置換アセチレンが溶解する溶媒であればよい。例えばクロロホルムやトルエンなどの有機溶媒が挙げられる。
【0070】
置換アセチレンの立体規則性重合触媒としては特に限定されるものはないが、一価のロジウムに環状のジオレフィン化合物が配位した錯体が挙げられる。より具体的にはロジウム(ノルボルナジエン)化合物、ロジウム(シクロオクタジエン)化合物等が挙げられる。
【0071】
本発明の螺旋型ポリアセチレンによれば、側鎖の5員環、または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子に結合した2個の原子が5員環、または6員環内の原子とのみ結合するため、これらの2個の原子に結合する、外側にはみ出した水素等の原子は存在しない。その結果、主鎖のポリアセチレン骨格を構成する炭素原子に直結した水素原子との反発は生じず、主鎖のC=C二重結合と5員環、または6員環は、平面に近い構造となり、安定化する。その結果、ポリアセチレンの螺旋軸方向において、5員環、または6員環の良好な積層が生じ、良好な螺旋構造が形成され、結果として螺旋型ポリアセチレンの剛直性を高めることができる。
【0072】
さらに、本発明の螺旋型ポリアセチレンによれば、芳香族性の環が6員環の場合、主鎖の炭素原子と直結した6員環の原子から最遠位の原子を炭素とすることにより、6員環の主鎖とは反対側に機能を持った官能基を結合させることが可能となる。一方、芳香族性の環が5員環の場合、主鎖の炭素原子と直結した5員環の原子から最遠位の2個の原子の片方、または双方を炭素とすることにより、5員環の主鎖とは反対側に機能を持った官能基を結合させることが可能となる。
【0073】
次に、螺旋型ポリアセチレンを用いたデバイスに関する説明を行う。これまで述べた螺旋型ポリアセチレンは高い剛直性を有しており、その結果として高い伝導性を有することを理論計算を利用して示す。
【0074】
但し、ここで用いた解析手法は特殊な方法ではなく、一般的な方法であり、基本的な解析手法は文献
H.Ishii,N.Kobayashi and K.Hirose.Phys.Rev.B 76,205432(2007).
にて述べられているものを用いている。
【0075】
まず、伝導性の大小を左右する要因として、有用なパラメータである、トランスファー積分がある。ここで、本発明で用いるトランスファー積分を定義し、その計算方法を簡単に説明する。トランスファー積分は、<φ1|H|φ2>により計算する。
【0076】
Hは系のハミルトニアンである。また、波動関数φ1、φ2はそれぞれ1番目の分子の注目する分子軌道、2番目の分子の注目する分子軌道であり、ここでは1つのサイトは、1個のC=C(実際は、エチレン型分子)が形成するπ軌道とし、キャリアとしてホールを考えるため、波動関数φ1、φ2はエチレン分子のHOMO(最高占有軌道)とした。これらは、第一原理量子化学計算により決定した。
【0077】
実際のソフトとしては、本発明ではガウシアン社のソフト:Gaussian(B3LYP/6−31+G(d))を用いた。
【0078】
各分子軌道φ1、φ2は原子軌道(基底)ψa、ψbの重ね合わせで、次式のように記述する。
φ1=Σa C1aψa , φ2=Σb C2bψb
係数:C1a, C2b及び、Fock行列要素:<ψ1a|H|ψ2b>はGaussianの出力として得ることができる。
【0079】
ここで、Hは対象とする2つの軌道を生成する分子を共有する系のハミルトニアンである。従って、トランスファー積分は Σa Σb C1aC2b<ψa|H|ψb> により計算可能となる。
【0080】
原子の座標が決定できれば、毎回量子化学計算を用いて所望のトランスファー積分を直接計算できるが、計算すべきトランスファー積分が莫大な個数ある場合には、例えば、上記トランスファー積分を典型的な場合に計算して、エチレンの重心間の距離と面の法線同士がなす角度をパラメータとして、経験式を構築し、トランスファー積分を経験的に得ることも可能である。角度依存性に関しては、文献
J.C.Slater and G.F.Koster.Phys.Rev.94,1498(1954).
が参考になる。
【0081】
上で定義したトランスファー積分の値が、トランス型ポリアセチレン(トランス−トランソイド)、及び、螺旋型ポリアセチレン(シス―シソイド)でどうなるかを調べた結果を図10に示す。
【0082】
ここでは、側鎖がないポリアセチレンの例を示している。第1、第2、第3近接項はそれぞれ、主鎖:−C=C−C=C−C=C−C=C−において、C=Cが何個分近接した配置にあるかを表している。図10(a)トランス型の場合は、伝導サイトC=Cが1次元的に並んでおり、第1、第2、第3近接項間の距離の比は、およそ1:2:3となっている。
【0083】
一方、図10(b)螺旋型の場合は、主鎖上での長さの比は1:2:3になるが、実空間上の直線距離では、およそ1:1.4:1.5となる。(これは、量子化学計算による構造最適化結果に基づく。計算ソフトと計算条件はGaussian,B3LYP/6−31+G(d)を使用した。)すなわち、螺旋型ポリアセチレンでは、第2、第3近接項があまり大きく離れていない。
【0084】
図10(c)には、トランス型、及び、螺旋型ポリアセチレンのトランスファー積分を比較している。この図より、第1近接項は、トランス型が螺旋型よりも大きく、一方、第2、第3近接項は、トランス型がほぼゼロなのに対し、螺旋型は0.5eVと大きな値を有している。これが螺旋型ポリアセチレンの特徴の1つとなっている。
【0085】
次に電気伝導性の計算に関し、説明を行う。
【0086】
カーボン系材料の電気伝導性を理論的に調べた文献として、上でも記した、
H.Ishii,N.Kobayashi and K.Hirose.Phys.Rev.B 76,205432(2007).がある。
【0087】
この文献には、時間発展波束法を用いてカーボンナノチューブ(CNT)の電気伝導を解析した結果が述べられている。この時間発展波束法は、数マイクロメートルの大きさを持つ系において、初期波束を与え、量子力学に基づくハミルトニアンに対する時間依存シュレディンガー方程式を解き、波束の時間発展を計算し、拡散係数などの物理量を得る方法である。CNT以外にも、主鎖が数十万個のC=Cを含むような大規模の螺旋型ポリアセチレンの構造を反映した電気伝導特性を調べることが可能である。
【0088】
本発明では、この手法を用いて、上で述べた剛直な螺旋型ポリアセチレンが高い電気伝導性を有することを示す。まず、図2で示した分子動力学計算を、主鎖のC=C数が1000個の系で実施し、そこから得られた第1近接サイト間トランスファー積分の計算結果を図11(a)に示す。この場合の材料は、ポリ(2−エチニルピリミジン)である。
【0089】
ここで、比較のために、従来型で、典型的な螺旋型ポリアセチレンである、ポリオクチルオキシフェニルアセチレン(POOPA)
【0090】
【化14】
【0091】
に対しても同様にトランスファー積分の計算を行った結果を図11(b)に示す。このPOOPAは、特開2008−084980において実施例に記載されている。
【0092】
図11には、トランスファー積分を計算結果を示している。
【0093】
図11(a)、図11(b)の横軸は、サイト番号である。但し、サイト番号は、以下の通り定義する。前述の通り、本計算例では、主鎖に1000個のC=C数をもつ螺旋型ポリアセチレンを計算対象としており、C=Cの番号を端を1番とし、順に1000番まで付けた番号をサイト番号とする。縦軸は第1近接サイト間トランスファー積分である。
【0094】
具体的には、温度300Kで200psecの分子動力学計算後、10fsec毎の各原子座標からトランスファー積分を計算し、100回分、すなわち1000fsec分のトランスファー積分をサイト毎にプロットしており、この結果からトランスファー積分がどのような範囲を変化しているかがわかる。
【0095】
図11(b)のPOOPAの場合は、トランスファー積分の変化する範囲がサイト毎に異なり、ばらつきがあるのに対し、図11(a)のピリミジン側鎖HPAにおいては、トランスファー積分が変化する範囲はサイトにあまり依存せず、POOPAに比べ、ばらつきが小さいことがわかる。
【0096】
今回拡散係数の解析を行う対象となるエネルギー領域は、螺旋型ポリアセチレンにホールが注入された場合のエネルギー領域である。ここで、それを求める方法の説明を行う。以下に用いた、計算対象とすべきエネルギー領域を求める手法は、公知の手法である。
【0097】
図12には、時刻0において、伝導サイトを400個有する系で、対角化を行い、HPAのHOMOバンド最上部付近の固有状態を求めた結果を示す。縦軸は、その固有状態のエネルギーを表し、横軸は、波動関数の重心の位置μ、及び、幅Δをもとめる。具体的には、ある波動関数がψ(x)で与えられた場合、
μ=∫x|ψ(x)|2 dx
Δ2=∫(x−μ)2|ψ(x)|2 dx
により、重心の位置μ、及び、幅Δを求める。
【0098】
図12では、μ−Δ≦x≦μ+Δの範囲を線分で示している。図12(a)はピリミジン側鎖HPAで、図12(b)は従来型のPOOPAの結果である。2.6eVより上には状態は存在していなかった。また、2〜2.5eV付近では、波動関数の空間分布は狭く、他状態とのエネルギー差は大きいため、波動関数が局在している様子がわかる。
【0099】
図13は、状態密度の計算結果である。ここで状態密度とは、あるエネルギーの範囲にどれだけの状態があるかを示す物理量である。図13(a)はピリミジン側鎖HPAで、図13(b)は従来型のPOOPAの結果である。
【0100】
状態密度の計算方法は、上のIshiiらの文献と同じ方法(リカージョン法)を用いた。この結果より、拡散係数を調べる対象とするエネルギー領域は0.4eVから2.6eVの範囲内とした。2.6eV以上にも状態密度のピークの裾部が存在しているが、これは、リカージョン法のエネルギーのボケとして用いている幅0.05eVの影響である。ここでは、Ishiiらの文献値と同じ値を使用した。
【0101】
図11に対応するトランスファー積分をハミルトニアンのパラメータとして有する系のあるサイトに、時刻0に波束を置き、その波束の空間分布の時間変化を計算した結果を図14に示す。
【0102】
詳細には、x軸を螺旋の中心を貫く軸として選び、x座標を0.025μm毎に区切り、その範囲の波動関数の振幅の自乗和を求め、見やすくするために、前記自乗和に200を掛けた値を各時刻の値に足して図示している。
【0103】
図14(a)はピリミジン側鎖HPA,図14(b)は従来型POOPAにおける計算結果である。双方とも、時間の経過とともに波束が広がっている様子がわかる。また、本発明のピリミジン側鎖HPAの方が、従来型のPOOPAよりも拡散が速い様子がわかる。
【0104】
拡散係数を調べた結果を図15に示す。図15(a)は、ピリミジン側鎖HPAにおける結果であり、図15(b)は従来例であるPOOPAにおける結果である。
【0105】
ここで、あるサイトに時刻0に波束を置き、その波束の幅の増加の割合をエネルギー毎に見積もったものが拡散係数であり、通常、拡散伝導領域では一定値となり、その値が一般に用いられている拡散係数に一致する。この図の計算では、700000サイトを持つHPAに適用を行っているが、そのトランスファー積分を700000サイト分計算するのは計算負荷が大きすぎるので、図11で示すトランスファー積分の値を空間的に繰り返し配置することにより与えている。
【0106】
トランスファー積分を繰り返すときは、同じ位相を用いて単純に繰り返すと人工的な速い拡散が起こる場合があることがわかっており、トランスファー積分を割り当てる場合に位相を変化させて繰り返すことにより、異常な拡散を含まない情報を得ることができる。また、上で述べたとおり、0.4eVから2.6eVのエネルギー領域で拡散係数を求めている。
【0107】
図15(b)従来型のPOOPAの場合、拡散係数が約1nm2/fsecでほぼ飽和していることがわかる。一方、本発明のピリミジン側鎖HPAにおいては、拡散係数が10nm2/fsec以上となっている。この値は、従来例であるPOOPAの場合の10倍以上となっており、図11に示すように、高い剛直性に起因してトランスファー積分のばらつきが小さく、その結果として拡散係数が従来例の10倍となったと考えられる。
【0108】
アインシュタインの関係式によると、温度が一定の場合、移動度と拡散係数は比例する。すなわち、移動度も従来例の10倍以上となることをシミュレーションにより示すことができた。
【0109】
また、上で螺旋型ポリアセチレンにおけるトランスファー積分のうち、第1近接項だけでなく、第2、第3近接項がある程度大きいことを図10の説明の際に記した。それが電気伝導にどのような影響を及ぼすかをここで簡単に述べる。
【0110】
ここでは、例として、従来型のPOOPAを対象とした計算例を示す。
【0111】
第2、第3近接サイト間トランスファー積分の影響を調べるために、具体的には、第1、第2、第3近接サイト間トランスファー積分のうちの一部を0とした場合に、拡散係数がどう変わるかを調べた。その結果を、図16に示す。
【0112】
この図16では、(a)「1+2+3」は、第1、第2、第3近接サイト間トランスファー積分がすべて含まれている場合の計算結果であり、図15(b)の場合と同じ結果である。また、図16(g)「1+2」は第1、第2近接サイト間トランスファー積分値は、そのまま用い、第3近接項は値をすべて強制的に0とした場合に波束発展をさせた場合の拡散係数の計算結果である。このような値のON/OFFを様々な組み合わせで行った結果を図16に示している。ここに示す、どの場合も時間が十分に経過した場合に広がりパラメータはほぼ一定値となっており、これらの値を拡散領域における拡散係数とみなすことができる。さらに、上で求めた拡散係数(D)を、アインシュタインの関係式に適用すると移動度μ
【0113】
【数1】
【0114】
を計算できる。ここで、k:ボルツマン定数、T:絶対温度、e:電気素量である。
【0115】
図17に、移動度の計算結果を示す。図16では、エネルギー毎に拡散係数を計算しているが、時間が十分経過した後では、エネルギーによる拡散係数の違いはあまり大きくないので、ここでは平均的な値を用いた。
【0116】
この図17より、第1近接項のみ、あるいは、第2近接項のみ、第3近接項のみの場合の移動度はかなり小さいことがわかる。これらの場合は、伝導する経路が1個のみしか存在せず、トランスファー積分の揺らぎによりある個所のトランスファー積分が小さくなった場合、そこを通じた伝導が抑制され、局在が起こりやすくなることを意味していると考えられる。次に、「1+2」の場合の移動度は、「1」の場合の移動度と「2」の場合の移動度との和よりも大きくなっていることがわかる。これは、経路が複数ある場合、片方が揺らぎによりトランスファー積分の値が小さくなっても、他経路を経由した伝導が可能となることにより、移動度が大きくなっていると解釈できる。さらに、「1+2」の場合よりも「1+2+3」の場合の方が移動度がさらに大きくなっている。このように、特徴的な螺旋構造に起因して、トランスファー積分の第2、第3近接項が大きくなり、その結果、局在が抑制されるという興味深い特徴を螺旋型ポリアセチレンは有している。
【0117】
この例では、従来型のPOOPAを対象として調べたが、ピリミジン側鎖HPAも同様な螺旋構造を有しており、トランスファー積分の第2、第3近接項は大きく、やはり局在が抑制されるとの結果を有する。
【実施例】
【0118】
(実施例1)
本発明の実施例1として、6員環の側鎖を持つ剛直な螺旋型ポリアセチレンについて説明する。ここでは、ポリ(2−エチニルピリミジン)の作製方法を述べる。
【0119】
2−エチニルピリミジンは2−ブロモピリミジン(CAS番号4595−60−2)から既知の方法(参考文献E.T.Sabourin,J.Org.Chem,Vol.48,No.25,1983)を用いて作製する。
【0120】
減圧及び窒素置換後密閉した試験管にロジウム(ノルボルナジエン)塩化物二量体23mgとクロロホルム8ml、トリエチルアミン0.1mlを入れ、30℃で15分攪拌する。その後、2−エチニルピリミジン0.52gとクロロホルム2mlの混合溶液を注入することにより重合反応を開始させる。反応は30℃で1時間行い、重合が充分進行した後、得られたポリマーをメタノールで洗浄、濾過し、24時間真空乾燥することで目的とする化学式(1)で表されるポリ(2−エチニルピリミジン)が得られる。
【0121】
この様に作製したポリ(2−エチニルピリミジン)は、高い剛直性を持つ螺旋型ポリアセチレンである。
【0122】
(実施例2)
本発明の実施例2として、5員環の側鎖を持つ剛直な螺旋型ポリアセチレンについて説明する。例として、チアゾールを側鎖に持つ化学式(6)で表される螺旋型ポリアセチレンの作製方法を簡単に述べる。
【0123】
実施例1の2−ブロモピリミジンに替えて、2−ブロモチアゾール(CAS番号3034−53−5)を用い、実施例1と同様な操作を行うことにより目的とするポリ(2−ブロモチアゾール)を作製することができる。
【0124】
この様に作製したポリ(2−ブロモチアゾール)は、高い剛直性を持つ螺旋型ポリアセチレンである。
【0125】
(実施例3)
本発明の実施例3として、6員環の側鎖を持つ剛直な螺旋型ポリアセチレンを用いたデバイスについて説明する。ここでは、ポリ(2−エチニルピリミジン)を用いたデバイス、及び、その作製方法の説明を行う。
【0126】
本実施例によるデバイス構成を図18に示す。本実施例によるデバイスは表面に膜厚300nmの熱酸化膜を有したハイドープのSi基板に形成される。電子ビーム露光を用いたリソグラフィー、及びリフトオフにより、膜厚30nm,幅1μm、ギャップ間隔300nmのPt電極を形成する。一方、実施例1により得られたポリ(2−エチニルピリミジン)1.0mgをクロロホルム1.0mlに溶解させ、1.0g/lの溶液を作成する。この溶液を上記電極にスピンコート法で塗布し、薄膜状のポリ(2−エチニルピリミジン)を形成することによりデバイスを形成する。この際、ポリ(2−エチニルピリミジン)と前記電極の間で電荷の授受が可能となる。本デバイスでは2つのPt電極がソース、ドレイン電極として働き、Si基板がゲート電極として動作し、ここへの電圧印加によりソース、ドレイン電極間に流れる電流を制御する。
【0127】
この実施例では、ゲート電極を有する電界効果型トランジスタデバイスの例を示したが、剛直な螺旋型ポリアセチレンを導線として使用する場合、制御電極は不要である。しかし別途制御電極を設けたデバイスとすることも可能である。
【0128】
また、この実施例では、ポリ(2−エチニルピリミジン)に接した電極間に電圧を印加し、ポリ(2−エチニルピリミジン)に電流を流す例を示したが、それ以外に、ポリ(2−エチニルピリミジン)、より一般的には、螺旋型ポリアセチレンにおいて発生した電子、あるいはホール、あるいは双方の電荷を電極側に流すデバイスとして用いることもできる。具体的な応用例としては、太陽電池や光センサー、ガスセンサーなどに応用することもできる。
【0129】
さらには、電極と螺旋型ポリアセチレンの間に直接的な電荷の授受を起こさなくても、電極と螺旋型ポリアセチレンの間に絶縁領域を導入し、電極の電圧の影響が螺旋型ポリアセチレンに生じたり、逆に、螺旋型ポリアセチレンの内部で発生した電圧を電極で検知し、センサーとして動作させることも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0130】
本発明の螺旋型ポリアセチレンは、高い剛直性を有するので、有機材料を用いたトランジスタや発光素子、受光素子等の有機電子デバイス等に利用することができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
主鎖が螺旋構造を有する螺旋型ポリアセチレンであって、前記主鎖を構成する炭素2重結合と、前記炭素2重結合の片方の炭素原子に結合した芳香族性の5員環または6員環からなる側鎖とを有し、前記5員環または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子に結合した2個の原子が、前記5員環または6員環を構成するそれぞれ5個または6個の原子のいずれかのみと結合し、かつ前記5員環または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子から最遠位の原子の少なくとも1つが炭素であることを特徴とする螺旋型ポリアセチレン。
【請求項2】
前記5員環または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子に結合した2個の原子が、窒素、酸素、硫黄から選ばれた同じかまたは異なる2個の原子からなることを特徴とする請求項1記載の螺旋型ポリアセチレン。
【請求項3】
前記芳香族性の6員環がピリミジン環であり、主鎖の炭素原子と直結した炭素原子に2個の窒素原子が結合していることを特徴とする請求項1または2に記載の螺旋型ポリアセチレン。
【請求項4】
前記芳香族性の5員環がオキサゾール環またはチアゾール環であることを特徴とする請求項1または2に記載の螺旋型ポリアセチレン。
【請求項5】
前記側鎖が、前記芳香族性の5員環または6員環に他の芳香族環が結合を共有して配位した縮合芳香族環であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかの項に記載の螺旋型ポリアセチレン。
【請求項6】
請求項1から5に記載の螺旋型ポリアセチレンと、
前記螺旋型ポリアセチレンと電荷の授受を行うための電極、前記螺旋型ポリアセチレンに電圧を印加するための電極、または前記螺旋型ポリアセチレンに発生した電圧を検知するための電極のいずれかと、を備えたことを特徴とするデバイス。
【請求項7】
さらに制御電極を備えていることを特徴とする請求項6に記載のデバイス。
【請求項1】
主鎖が螺旋構造を有する螺旋型ポリアセチレンであって、前記主鎖を構成する炭素2重結合と、前記炭素2重結合の片方の炭素原子に結合した芳香族性の5員環または6員環からなる側鎖とを有し、前記5員環または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子に結合した2個の原子が、前記5員環または6員環を構成するそれぞれ5個または6個の原子のいずれかのみと結合し、かつ前記5員環または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子から最遠位の原子の少なくとも1つが炭素であることを特徴とする螺旋型ポリアセチレン。
【請求項2】
前記5員環または6員環を構成する原子のうち、主鎖の炭素原子と直結した原子に結合した2個の原子が、窒素、酸素、硫黄から選ばれた同じかまたは異なる2個の原子からなることを特徴とする請求項1記載の螺旋型ポリアセチレン。
【請求項3】
前記芳香族性の6員環がピリミジン環であり、主鎖の炭素原子と直結した炭素原子に2個の窒素原子が結合していることを特徴とする請求項1または2に記載の螺旋型ポリアセチレン。
【請求項4】
前記芳香族性の5員環がオキサゾール環またはチアゾール環であることを特徴とする請求項1または2に記載の螺旋型ポリアセチレン。
【請求項5】
前記側鎖が、前記芳香族性の5員環または6員環に他の芳香族環が結合を共有して配位した縮合芳香族環であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかの項に記載の螺旋型ポリアセチレン。
【請求項6】
請求項1から5に記載の螺旋型ポリアセチレンと、
前記螺旋型ポリアセチレンと電荷の授受を行うための電極、前記螺旋型ポリアセチレンに電圧を印加するための電極、または前記螺旋型ポリアセチレンに発生した電圧を検知するための電極のいずれかと、を備えたことを特徴とするデバイス。
【請求項7】
さらに制御電極を備えていることを特徴とする請求項6に記載のデバイス。
【図5】
【図13】
【図17】
【図18】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図14】
【図15】
【図16】
【図13】
【図17】
【図18】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2012−193354(P2012−193354A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−41785(P2012−41785)
【出願日】平成24年2月28日(2012.2.28)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年2月28日(2012.2.28)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]