説明

血中コレステロール降下作用を有する物質のスクリーニング方法

【課題】本発明は、ある被検化合物が、上記のLXRの場合のような副作用を生じることなく血中コレステロールを特異的に減少させる能力を有するかどうかをスクリーニングする方法を開発することを課題とする。本発明はまた、上記のLXRの場合のような副作用を生じることなく血中コレステロールを特異的に減少させることができる化合物を、選抜する方法を開発することを課題とする。
【解決手段】本発明の発明者らは、ヘテロダイマーを形成して細胞表面に発現することによりコレステロールを胆汁中に排出する機能を担うことが知られているATP結合カセットタンパク質(ABC)のファミリーに属する分子、ABC G5およびABC G8が関与する血中コレステロール減少の機序を明らかにし、これにより上述した課題を解決することができることを示した結果、本発明を完成するに至った。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血中コレステロールを減少させる能力について、被検化合物をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血清中に存在する脂質の大部分はアポリポタンパク質と複合体を形成して、血清リポタンパク質として存在している。それらは密度の違いにより、カイロミクロン、VLDL(超低比重リポタンパク質)、LDL(低比重リポタンパク質)、HDL(高比重リポタンパク質)などに分類される。そして、血中のコレステロールは、主としてLDLコレステロールおよびHDLコレステロールの形で存在している。
【0003】
このうち、HDLコレステロールは末梢組織の余剰なコレステロールを引き抜き、肝臓へ転送する作用(いわゆる、コレステロール逆転送作用)を有し、抗動脈硬化作用のある脂質(いわゆる、善玉コレステロール)として広く認識されている。
【0004】
それに対して、血漿LDL量は、動脈硬化や冠動脈疾患などの発症頻度に関連していることが知られており、血中に過剰に存在するLDLコレステロールは、動脈壁に沈着して動脈硬化を引き起こすという問題があることが知られている。また血中LDLコレステロールレベルが高いほど、冠動脈硬化に起因する心疾患の危険性が高いことが疫学調査により明らかにされている。このようなことから、LDLコレステロールは、悪玉コレステロールとも呼ばれている。現代の成人病として、高コレステロール血症およびそれに起因する動脈硬化症は、重要な疾患の一つとされているが、その原因となっているのは、このLDLコレステロールである。
【0005】
LDLコレステロールは、主として食物中から摂取されるが、消化管から吸収されたLDLコレステロールは、門脈から肝臓へ至り、肝臓の細胞中に取り込まれる。ここで肝臓の細胞から胆汁中に輸送されると、消化管に排出され、体外へ排出される経路に至るが、一方、上述したように、LDLコレステロールが血液中に放出されると動脈硬化の原因となることが知られている。
【0006】
これまで、肝臓X受容体(LXR)核内受容体アゴニストを投与して、LXRを活性化することにより、血中コレステロール値が低下することが知られている(非特許文献1)。しかしながら、LXRは、活性化されることにより、確かに血中コレステロール値を低下させる作用を持っているものの、一方で、肝臓での中性脂肪合成を亢進し、血中中性脂肪レベルを増大させるという副作用を有することが知られている。
【0007】
また、肝臓細胞中のコレステロールが細胞外に放出される機構には、ATP結合カセットタンパク質(ATP Binding Cassette Protein;ABCタンパク質)が関与していることが知られている。特に、ABCトランスポーターのうち、ABC G5、ABC G8、ABC A1は胆汁へのコレステロールの排せつを促すという報告があり(非特許文献2;非特許文献3)、結果として血中コレステロール値を低下させることが知られている。また、ABC A1、ABC G1、ABC G5、ABC G8の発現が上昇すると、血中コレステロール値が低下することも知られている(非特許文献4)。
【0008】
ABC G5とABC G8の欠損症が知られており(高シストステロール症)、血中コレステロール値が上昇することが知られている(非特許文献5)。しかしながら、ABC G5とABC G8がどのような機序で活性を制御されているのか、そしてどのような機序で血中コレステロールを調節しているのか、についての正確な解析は報告されていない。
【0009】
【非特許文献1】Yu, L., et al., (2003)J. Biol. Chem., 278, 15565-15570
【非特許文献2】Plosch, T., et al., (2002)J. Biol. Chem., 277, 33870-33877
【非特許文献3】Yu, L., et al., (2002)J. Clin. Invest., 110, 671-680
【非特許文献4】Lee MH, et al., Nat Genet, 27: 79-83, 2001.
【非特許文献5】Berge KE, et al., Science, 290: 1771-1775, 2000.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記のLXRの場合のような副作用を生じることなく、血中コレステロールを特異的に減少させる能力を有する被検化合物をスクリーニングする方法を提供することを課題とする。本発明はまた、上記のLXRの場合のような副作用を生じることなく血中コレステロールを特異的に減少させることができる化合物を、選抜する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の発明者らは、鋭意研究を進めた結果、肝臓由来細胞中でヘテロダイマーを形成して細胞表面に発現することによりコレステロールを胆汁中に排出する機能を担うことが知られているATP結合カセットタンパク質(ABC)のファミリーに属する分子、ABC G5およびABC G8が関与する血中コレステロール減少の作用機序を明らかにし、これにより上述した課題を解決することができることを示した結果、本発明を完成するに至った。
【0012】
ABC G5とABC G8は、コレステロールの胆汁中への排出を促し(非特許文献2;非特許文献3)、結果として血中コレステロール値の低下を促進することが知られている。このような作用を発揮する際、ABC G5とABC G8はヘテロダイマーを形成し、肝臓の細胞表面に発現される。これまで、ABC G5とABC G8が同一のプロモータ(すなわち、Intergenic Promoter)により発現が活性化されることが知られていたが、これらがどのような分子の作用によって活性化されるかについての知見は全く存在していなかった。
【0013】
本発明の発明者らは、ABC G5とABC G8のIntergenic Promoter上に核内受容体HNF-4αとの結合部位が存在すること、HNF-4αがABC G5とABC G8のIntergenic Promoterに対して結合することができること、細胞内HNF-4αレベルを増加させることにより、ABC G5およびABC G8の発現レベルが同時にかつ同程度、特異的に増加されること、そして細胞内でABC G5とABC G8とが同時的に増加する結果として、肝臓から体外へのコレステロールの排出が亢進されること、を見いだした。
【0014】
本発明においてはさらに、肝臓細胞中のHNF-4αレベルが上昇するにつれて、血中コレステロール値が減少することが明らかになったことから、培養条件下において、上述した細胞の培養液中に被検化合物を添加することにより、前記細胞を前記被検化合物にて処理し、その後、細胞株中のHNF-4αレベルを測定し、被検化合物を用いた処理により生じたHNF-4αレベルの変化に基づいて、具体的には、HNF-4αレベルが上昇することに基づいて、前記被検化合物が血中コレステロールを減少させる能力を有することを判定することができる。
【0015】
したがって、本発明は、このような知見を利用することにより、血中コレステロールを減少させる能力(言い換えれば、肝臓から消化管へのコレステロールの排出を亢進する能力)について、被検化合物をスクリーニングする新規な方法を提供する。本発明のこのスクリーニング方法においては、以下の工程:
肝臓由来細胞株を前記被検化合物で処理して、前記細胞株中の核内受容体HNF-4αレベルを測定し;同じ細胞株を被検化合物により処理することなく、前記細胞株中の核内受容体HNF-4αレベルを測定し;前記被検化合物を用いた処理により、HNF-4αレベルの変化を調べ;そしてHNF-4αレベルを上昇させる被検化合物を選択する;ことにより、血中コレステロールを減少させる能力について、被検化合物をスクリーニングすることができる。
【0016】
ここで、肝臓由来細胞株として使用することができる細胞は、HNF-4αおよびABC G5とABC G8とを構成成分として有するコレステロール排出機構を有する細胞であればいずれの細胞であってもよく、例えば、HepG2、Caco2、Huh7、およびH4IIEからなる群から選択される細胞株が含まれる。好ましくは、本発明においては、ヒト肝臓癌由来の細胞株、HepG2を使用する。
【0017】
ここで、被検化合物を用いて処理した細胞内でのHNF-4αレベルは、HNF-4αの遺伝子発現を測定するか、HNF-4αタンパク質産生量を測定するか、または、またはABC G5、ABC G8プロモータールシフェラーゼ活性を測定することにより、測定することができる。
【0018】
HNF-4α遺伝子の発現量は、被検化合物を用いて処理した細胞内でのHNF-4α遺伝子の発現産物であるmRNAの転写量を定量することにより測定することができる。例えば、HNF-4αレベルの測定をmRNA発現測定により行う場合、遺伝子発現測定には、例えば、ノザンブロッティング法、RT-PCR法やリアルタイムPCR法などの定量的PCR法、などからなる群から選択される当該技術分野において公知のmRNA定量的測定法を使用することができる。
【0019】
またHNF-4αレベルの測定をHNF-4αタンパク質生産量測定により行う場合、被検化合物を用いて処理した細胞内でのHNF-4αタンパク質量を定量することにより測定することができる。タンパク質生産量測定には、例えば、ELISA法、ウェスタンブロット法、免疫染色によるin situタンパク質量測定、その他HNF-4αタンパク質に対する抗体を使用する測定方法などの、当該技術分野において公知のタンパク質定量的測定法を使用することができる。
【0020】
本発明においてはまた、細胞株中のABC G5レベルおよびABC G8レベルが同時に等モル数で増加するにつれて、肝臓から体外へのコレステロール排出が亢進し、それに伴って血中グルコースが減少することから、細胞株中のABC G5レベルおよびABC G8レベルの変化を調べることにより、HNF-4αレベルの変化に基づく被検化合物の血中コレステロールを減少させる能力に関する判定を補強することができることを見いだした。したがって、本発明においては、前記被検化合物が、細胞株中のHNF-4αレベルを上昇させるかどうかを調べることに加えて、ATP結合カセットタンパク質(ABC)であるABC G5およびABC G8のレベルを同時活性化するかどうかを調べることをさらに含んでいてもよい。
【0021】
ここで、被検化合物により生じた細胞内ABC G5レベルおよびABC G8レベルの活性化は、ABC G5遺伝子およびABC G8遺伝子発現測定、またはABC G5タンパク質およびABC G8タンパク質産生量測定により行うことができる。したがって、ABC G5レベルおよびABC G8レベルの測定を遺伝子発現を測定することにより行う場合、ABC G5遺伝子およびABC G8遺伝子の発現産物であるmRNAの転写量を定量することにより、またタンパク質生産量を測定することにより行う場合、細胞内のABC G5タンパク質量およびABC G8タンパク質量を定量することにより、測定することができる。
【0022】
例えば、ABC G5レベルおよびABC G8レベルの測定を遺伝子発現測定により行う場合、遺伝子発現測定には、定量的PCR、ノザンブロッティングなどの当該技術分野において知られている方法を使用することができる。また、ABC G5レベルおよびABC G8レベルの測定をタンパク質生産量測定により行う場合、タンパク質生産量測定には、ウェスタンブロット法、ELISA法からなる群から選択される方法を使用することができる。
【0023】
本発明の別の一態様において、本発明のスクリーニング方法においては、以下の工程:ヒト以外の動物個体に対して前記被検化合物を投与してから、一定時間の経過後、前記動物個体から肝臓を採取して、肝臓細胞中の核内受容体HNF-4αレベルを測定し;非処置のヒト以外の動物個体の肝臓細胞中のHNF-4αレベルと対比し;前記被検化合物がHNF-4αレベルを上昇させるかどうかを調べる;ことを含む、血中コレステロールを減少させる能力について、被検化合物をスクリーニングする方法もまた、提供することができる。
【0024】
ここで、被検化合物を投与した動物個体の肝臓細胞内でのHNF-4αレベルは、HNF-4αの遺伝子発現を測定するか、HNF-4αタンパク質産生量を測定するか、またはABC G5、ABC G8プロモータールシフェラーゼ活性測定することにより、測定することができる。
【0025】
HNF-4α遺伝子の発現量は、被検化合物を投与した動物個体の肝臓細胞内でのHNF-4α遺伝子の発現産物であるmRNAの転写量を定量することにより測定することができる。例えば、当該HNF-4αレベルの測定をmRNA発現測定により行う場合、遺伝子発現測定には、前記動物個体の肝臓を採取し、そこから全mRNAを取得した後、その全mRNAを鋳型として、例えば、ノザンブロッティング法、RT-PCR法やリアルタイムPCR法などの定量的PCR法、などからなる群から選択される当該技術分野において公知のmRNA定量的測定法を使用することができる。
【0026】
またHNF-4αレベルの測定をHNF-4αタンパク質生産量測定により行う場合、被検化合物を投与した動物個体の肝臓細胞内でのHNF-4αタンパク質量を定量することにより測定することができる。タンパク質生産量測定には、前記動物個体の肝臓を採取し、そこから膜画分サンプルを取得し、可溶化した後、例えば、ELISA法、ウェスタンブロット法、免疫染色によるin situタンパク質量測定、その他HNF-4αタンパク質に対する抗体を使用する測定方法などの、当該技術分野において公知のタンパク質定量的測定法を使用することができる。
【0027】
前述したように、細胞株中のABC G5レベルおよびABC G8レベルの変化を調べることにより、HNF-4αレベルの変化に基づく被検化合物の血中コレステロールを減少させる能力に関する判定を補強することができる。したがって、本発明のこの態様においても、前記被検化合物が、動物個体中の肝臓においてHNF-4αレベルを上昇させるかどうかを調べることに加えて、ABC G5およびABC G8のレベルを活性化するかどうかを調べることをさらに含んでいてもよい。
【0028】
ここで、被検化合物により生じた細胞内ABC G5レベルおよびABC G8レベルの活性化は、ABC G5遺伝子およびABC G8遺伝子発現測定、またはABC G5タンパク質およびABC G8タンパク質産生量測定により行うことができる。それぞれの測定方法については、前述したとおりである。
【発明の効果】
【0029】
HNF-4αレベルの上昇を通じてABC G5とABC G8との活性を亢進することにより、血中コレステロールの体外への排出を促進する機構は、生体のコレステロール排出の主要な機構であることから、本発明により、被検化合物がHNF-4αレベルを上昇させる能力を有するかどうか、もしくはABC G5とABC G8の活性の亢進を通じてコレステロールの体外への排出を促進する能力を有するかどうかを確認することにより、より副作用が少ない、血中コレステロール値を低下させるための化合物をスクリーニングする方法を提供することができる。
【発明の実施の形態】
【0030】
RT-PCRによるHNF-4αの検出
肝臓由来細胞株HepG2細胞を、10%ウシ胎児血清を添加したEagleの最小必須培地(Minimum essential medium (Eagle);GIBCO)中で37℃にて培養し、この培養液にさらに被検化合物を添加することにより、HepG2細胞を前記被検化合物により処理する。このようにしてHepG2細胞を前記被検化合物の存在下にて1〜3日間培養した後、細胞を回収し、当該細胞中の核内受容体HNF-4α遺伝子発現レベルを全mRNAを用いたRT-PCR法により測定する。
【0031】
一方、被検化合物により処理することなく培養を行うこと以外は、同じ細胞株を同一条件下にて培養し、被検化合物により処理していない細胞中のHNF-4α遺伝子発現レベルを、全mRNAを用いたRT-PCR法により測定する。
【0032】
RT-PCRによりHNF-4α遺伝子の発現量を定量する際には、フォワードプライマーとしてagctgctggt cctggtcgag tggg(SEQ ID NO: 4)、リバースプライマーとしてcagtgccgag ggacgatgta gtcat(SEQ ID NO: 5)をそれぞれを使用する。
【0033】
このようにして得られた被検化合物処理細胞由来のHNF-4α遺伝子発現レベルの値と、被検化合物非処理細胞由来のHNF-4α遺伝子発現レベルの値とを比較し、被検化合物処理により、HNF-4α遺伝子発現レベルの値がどのように変化したかを明らかにする。
【0034】
本願発明においては、HNF-4α遺伝子発現レベルが上昇することにより、ABC G5およびABC G8の発現が亢進し、結果として肝臓細胞中コレステロールの体外排出が促進され、ひいては血中コレステロール値が低下することから、HNF-4α遺伝子発現レベルを上昇させることができる被検化合物を、血中コレステロール値を低下させるものとして選択する。
【0035】
RT-PCRによるABC G5およびABC G8の検出
上述したHepG2細胞を上述した条件で培養し、当該細胞中のABC G5およびABC G8の遺伝子発現レベルを全mRNAを用いたRT-PCR法により測定する。一方、被検化合物非処理細胞から得た全mRNAを使用して、ABC G5およびABC G8の遺伝子発現レベルをRT-PCR法により測定する。
【0036】
RT-PCRによりABC G5およびABC G8の遺伝子の発現量を定量する際には、ABC G5遺伝子については、フォワードプライマーとしてtggatccaac acctctatgc taaa(SEQ ID NO: 6)、リバースプライマーとしてggcaggtttt ctcgatgaac tg(SEQ ID NO: 7)をそれぞれを使用し、ABC G8遺伝子については、フォワードプライマーとしてtgcccacctt ccacatgtc(SEQ ID NO: 8)、リバースプライマーとしてatgaagccgg cagtaaggta ga(SEQ ID NO: 9)をそれぞれを使用する。
【0037】
このようにして得られた被検化合物処理細胞由来のABC G5およびABC G8の遺伝子発現レベルの値と、被検化合物非処理細胞由来のABC G5およびABC G8の遺伝子発現レベルの値とを比較し、被検化合物処理により、ABC G5およびABC G8の遺伝子発現レベルの値がどのように変化したかを明らかにする。
【0038】
本願発明においては、HNF-4αレベルが上昇することにより、ABC G5およびABC G8遺伝子の発現が亢進し、結果として肝臓細胞中コレステロールの体外排出が促進され、ひいては血中コレステロール値が低下することから、ABC G5およびABC G8の遺伝子発現レベルを上昇させることができる被検化合物を、血中コレステロール値を低下させるものとして選択する。
【0039】
ウェスタンブロットによるHNF-4αの検出
上述したHepG2細胞を上述した条件で培養し、当該細胞中からHNF-4αを含む核抽出物サンプルを得て、当該サンプル中のHNF-4αタンパク質の発現レベルを、抗HNF-4α抗体(ペルセウスプロテオミクス)を使用したウェスタンブロット法により測定する。一方、被検化合物非処理細胞から得た核抽出物サンプルについても同様にHNF-4αタンパク質の発現レベルをウェスタンブロット法により測定する。
【0040】
このようにして得られた被検化合物処理細胞由来のHNF-4αタンパク質の発現レベルの値と、被検化合物非処理細胞由来のHNF-4αタンパク質の発現レベルの値とを比較し、被検化合物処理により、HNF-4αタンパク質の発現レベルの値がどのように変化したかを明らかにする。
【0041】
本願発明においては、HNF-4α発現レベルが上昇することにより、結果として血中コレステロール値が低下することから、HNF-4αタンパク質の発現レベルを上昇させることができる被検化合物を、血中コレステロール値を低下させるものとして選択する。
【0042】
ウェスタンブロットによるABC G5およびABC G8の検出
上述したHepG2細胞を上述した条件で培養し、当該細胞中からABC G5およびABC G8を含む細胞膜画分サンプルを得て、当該サンプル中のABC G5およびABC G8タンパク質の発現レベルを、抗ABC G5抗体および抗ABC G8抗体(京都大学 植田教授より供与)を使用したウェスタンブロット法により測定する。一方、被検化合物非処理細胞から得た細胞膜画分サンプルについても同様にABC G5およびABC G8タンパク質の発現レベルをウェスタンブロット法により測定する。
【0043】
このようにして得られた被検化合物処理細胞由来のABC G5およびABC G8タンパク質の発現レベルの値と、被検化合物非処理細胞由来のABC G5およびABC G8タンパク質の発現レベルの値とを比較し、被検化合物処理により、ABC G5およびABC G8タンパク質の発現レベルの値がどのように変化したかを明らかにする。
【0044】
本願発明においては、ABC G5およびABC G8発現レベルが上昇することにより、結果として血中コレステロール値が低下することから、ABC G5およびABC G8タンパク質の発現レベルを上昇させることができる被検化合物を、血中コレステロール値を低下させるものとして選択する。
【実施例】
【0045】
実施例1:HNF-4αとABC G5およびABC G8との関係
本実施例は、HNF-4αとABC G5およびABC G8との関係を明らかにすることを目的として行った。具体的には、HNF-4αに対するsiRNA分子を動物個体に投与し、動物体内でのHNF-4αのレベルとABC G5およびABC G8のレベルとを調べることにより行った。
【0046】
本実施例においては、マウスHNF-4α遺伝子(GenBankアクセッション番号NM_008261;ヌクレオチド配列をSEQ ID NO: 1、アミノ酸配列をSEQ ID NO: 2として開示)のccgacaatgt gtggtagaca aの配列を標的とするRNAi(SEQ ID NO: 3)を、TransIT-QR Hydrodynamic Delivery Solution(Mirus)中に溶解して、5週齢のICRオスマウス(体重33〜33 g)に対して40μg/bodyとなるように、経尾静脈的に投与した。注射するRNAiの容量は、体重(g)/10+0.1 mLの計算式に基づいて算出し(例えば、30 gのマウスの場合、3.1 mL)、投与する動物ごとに溶液を調製した。
【0047】
マウスHNF-4α遺伝子のRNAi投与後24時間後に、投与したマウスを犠死せしめ、肝臓を採取する。この肝臓から、図1に示す手順に従って、肝臓の構成成分を分画した。具体的な手順は、以下の通りである。
【0048】
湿重量200 mgの肝臓を秤量し、ここに2 mLのバッファー1(0.25 Mスクロース、50 mM Tris-HCl pH 7.5、5 mM MgCl2、プロテアーゼ阻害剤(1 mM DTT、2 mg/mL ペプスタチンA(Sigma)、2 mg/mL ロイペプチン(Sigma)、2 mg/mLアプロチニン(Sigma)、87 ng/mL PMSF(Sigma)からなる混合物;最終濃度として))を添加し、Polytron(KINEMATIKA)を使用して、最高速にて15秒間×2回、ホモジナイズした。
【0049】
ホモジナイズの後、2 mLのホモジネートを取り出し、これにバッファー2(0.34 Mスクロース、50 mM Tris-HCl pH 7.5、5 mM MgCl2、および上述のプロテアーゼ阻害剤)を添加し、700 g×10分間の遠心分離を、4℃にて行った。遠心分離の結果、膜画分を含む上清部分と核画分を含むペレットとを得た。
【0050】
核画分を含むペレットに対して、500μLの核抽出バッファー(20 mM HEPES-KOH pH 7.5、25%グリセロール、1.5 mM MgCl2、420 mM KCl、0.2 mM EDTA、および上述のプロテアーゼ阻害剤)を添加し、核膜を破壊するため、37℃×3分間および液体窒素×3分間の凍結融解処理サイクルを3回繰り返し、15,300 rpm×10分(4℃)の超遠心処理にかけて、核抽出物を含む上清と、ペレットとに分離させた。
【0051】
一方、膜画分を含む上清部分を、90Tiローター(Beckman)を使用して、100,000 g×30分(4℃)の超遠心処理にかけて、細胞質を含む上清と、膜画分を含むペレットとに分離させた。ペレットは、1.5 mLの溶解バッファー(10 mM Tris-HCl pH 7.5、100 mM NaCl、1%SDS、および上述のプロテアーゼ阻害剤)を添加して、再懸濁し、膜画分とした。
【0052】
ここで、非処置動物個体由来の核抽出物とHNF-4αに対するRNAi処置を行った動物個体由来の核抽出物とを使用して、定量的PCR(reverse transcription real time polymerase chain reaction(qRT-PCR))の方法を用いて、HNF-4α、ABC G5、およびABC G8のそれぞれの比mRNAレベルについて測定した(図2)。qRT-PCRは、上述のようにして得られた核抽出物由来の全mRNAを鋳型として、20μLのPCRカクテル(ABI社、sybergreen mastermix)を加えることにより行った。HNF-4α、ABC G5、およびABC G8のそれぞれを増幅するために添加したプライマーは、HNF-4α、ABC G5、およびABC G8のそれぞれについて、以下の通りであった:
HNF-4α:
フォワード、agctgctggt cctggtcgag tggg(SEQ ID NO: 4);
リバース、cagtgccgag ggacgatgta gtcat(SEQ ID NO: 5);
ABC G5:
フォワード、tggatccaac acctctatgc taaa(SEQ ID NO: 6);
リバース、ggcaggtttt ctcgatgaac tg(SEQ ID NO: 7);
ABC G8:
フォワード、tgcccacctt ccacatgtc(SEQ ID NO: 8);および
リバース、atgaagccgg cagtaaggta ga(SEQ ID NO: 9);
であった。PCR反応は、95℃にて2分間インキュベーションしてTaqを活性化した後、40サイクルの2-ステップPCRプロトコル:95℃にて15秒間(変性)その後60℃にて1.5分間(アニーリング/伸長)を、iCycler IQ(BioRad社)を用いて行い、増幅に伴ってプローブから発せられる蛍光をiCycler IQにより測定した。
【0053】
その結果、HNF-4α、ABC G5、およびABC G8のすべてで、mRNA量の低下が見られ、特にHNF-4αおよびABC G8では、ANOVA検定(p<0.05)を行ったところ、有意な差異が存在することが明らかになった(図2中)。このことから、ABC G5およびABC G8の活性は、HNF-4αの発現量によって調節されており、HNF-4αの発現レベルが減少すればABC G5およびABC G8の活性も低下し、逆にHNF-4αの発現レベルが上昇すればABC G5およびABC G8の活性も亢進される。
【0054】
実施例2:HNF-4αレベルとコレステロール値と関連性の解析
本実施例においては、HNF-4αレベルの変化と胆汁中に含まれるコレステロール値(すなわち体外に排出されるコレステロール)との関連性について解析した。
【0055】
本実施例においては、実施例2に記載のHNF-4αに対するRNAi分子(SEQ ID NO: 3)を、実施例1と同様に5週齢のICRオスマウス(体重33〜33 g)に対して40μg/bodyとなるように、経尾静脈的に投与した。
【0056】
前述したHNF-4αに対するRNAi分子の投与後24時間後に、投与したマウスを犠死せしめ、胆汁を採取した。
HNF-4αに対するRNAi処置を行った動物個体由来の胆汁と、対照動物の胆汁(すなわち、RNAi非処置動物個体由来の胆汁)との比較を、胆汁中に含まれるコレステロール量をコレステロールオキシダーゼフェノール(和光)の方法に従って測定することにより行った(図3)。
【0057】
その結果、HNF-4αに対するRNAi分子での処置を行った動物個体由来の胆汁中に含まれるコレステロール量は、対照としての非処置動物個体由来の胆汁中に含まれるコレステロール量と比較して、有意に少ないことが明らかになった(p<0.05)。この結果、HNF-4αの発現を抑制することにより、コレステロールの体外への排出が抑制させることができることが示唆された。
【0058】
実施例1および2の結果を総合すると、HNF-4αの発現レベルを減少させることにより、ABC G5およびABC G8の活性を低下させることを通じて、コレステロールの体外への排出を抑制し、その結果として血中コレステロール値が上昇することが示唆された。これは逆に、HNF-4αの発現レベルを上昇することにより、ABC G5およびABC G8の活性を亢進させることを通じて、コレステロールの体外への排出を促進し、その結果として血中コレステロール値が低下することが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の方法により、血中コレステロール値を低下させるための、より副作用が少ない化合物をスクリーニングする方法を提供することができる。より具体的には、被検化合物がHNF-4αレベルを上昇させる能力を有するかどうか、もしくは、ABC G5とABC G8の活性の亢進を通じてコレステロールの体外への排出を促進する能力を有するかどうかを確認することにより、より副作用が少ない、血中コレステロール値を低下させるための化合物をスクリーニングする方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】図1は、マウス個体から、肝臓組織の分画を行う際の手順を示す図である。
【図2】図2は、マウスに対してHNF-4αに対するRNAi処理を行うことにより、HNF-4αのmRNA量だけでなく、ABC G5のmRNA量およびABC G8のmRNA量が両方とも、非処置マウスと比較して減少することを示す図である。特に、HNF-4αおよびABC G8に関しては、非処置マウスと比較して有意に減少することが示された(p<0.05)。
【図3】図3は、マウスに対してHNF-4αに対するRNAi処理を行うことにより、胆汁中に含まれるコレステロール量が、非処置マウスと比較して有意に減少することを示す図である(p<0.05)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血中コレステロールを減少させる能力について、被検化合物をスクリーニングする方法であって、
肝臓由来細胞株を前記被検化合物で処理して、前記細胞株中の核内受容体HNF-4αレベルを測定し;
同じ細胞株を被検化合物により処理することなく、前記細胞株中の核内受容体HNF-4αレベルを測定し;
前記被検化合物を用いた処理により、HNF-4αレベルの変化を調べ;そして
HNF-4αレベルを上昇させる被検化合物を選択する;
ことを含む、前記方法。
【請求項2】
肝臓由来細胞株が、HepG2、Caco2、Huh7、およびH4IIEからなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
HNF-4αレベルの測定を、HNF-4α遺伝子発現測定またはHNF-4αタンパク質産生量測定により行う、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
遺伝子発現測定が、定量的PCRまたはノザンブロッティングにより行われる、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
タンパク質生産量測定が、ウェスタンブロット法、ELISA法、または免疫染色によるin situタンパク質量測定により行われる、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
前記被検化合物が、ATP結合カセットタンパク質(ABC)G5およびG8のレベルを同時不活性化するかどうかを調べることをさらに含む、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
ABC G5およびABC G8のレベルの不活性化を、ABC G5、ABC G8プロモータールシフェラーゼ活性を測定することにより行う、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
ヒト以外の動物個体に対して、HNF-4αレベルを上昇させるとして選択された被検化合物を投与し;
前記被検化合物を投与していない対照個体と比較して、血中コレステロールを減少させる能力を有するかどうかを測定する;
ことをさらに含む、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
血中コレステロールを減少させる能力について、被検化合物をスクリーニングする方法であって、
ヒト以外の動物個体に対して前記被検化合物を投与してから、一定時間の経過後、前記動物個体から肝臓を採取して、肝臓細胞中の核内受容体HNF-4αレベルを測定し;
非処置のヒト以外の動物個体の肝臓細胞中のHNF-4αレベルと対比し;
前記被検化合物がHNF-4αレベルを上昇させるかどうかを調べる;
ことを含む、前記方法。
【請求項10】
HNF-4αレベルの測定を、HNF-4α遺伝子発現測定またはHNF-4αタンパク質産生量測定、またはABC G5、ABC G8プロモータールシフェラーゼ活性測定からなる群から選択される方法により行う、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
遺伝子発現測定が、定量的PCRまたはノザンブロッティングからなる群から選択される方法により行われる、請求項9に記載の方法。
【請求項12】
タンパク質生産量測定が、ウェスタンブロット法、ELISA法、または免疫染色によるin situタンパク質量測定からなる群から選択される方法により行われる、請求項9に記載の方法。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2008−67662(P2008−67662A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−251087(P2006−251087)
【出願日】平成18年9月15日(2006.9.15)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】