説明

血液凝固をアッセイするための方法及び装置

本発明は、凝固活性をアッセイするための装置を提供する。前記装置では、血流の注入口及びベッセルに2つ以上の物質のパッチが含まれる。前記物質は、血流において凝固経路を開始させることができる。本発明は、凝固経路を開始させることができる物質のある区域及び凝固伝播がモニターされる区域を含む凝固伝播を測定するための装置も提供する。凝固活性のアッセイ方法、血液凝固経路の完全性のアッセイ方法、血液凝固経路の完全性に対する物質の効果のアッセイ方法、凝固伝播のモニター方法、及び1つのベッセルから別のベッセルへの凝固伝播を防ぐ方法も提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2006年1月31日出願の米国仮出願第60/763574号に対する優先権を主張するものである。
【0002】
政府の利益
本発明は、NSFにより授与されたグラント番号CHE0349034、ONR PECASEにより授与されたグラント番号N00014−03−1−0482、及びYIP(Young Investigators Program)により授与されたグラント番号N000140610630の下に米国政府の支援により行われた。米国は本発明に一定の権利を有する可能性がある。
【0003】
本発明は、血液凝固をアッセイするための方法及びデバイスの分野に関する。
【背景技術】
【0004】
止血は、出血が停止される過程のことである。止血は、血液凝固を制御する複雑な生化学的ネットワークの結果である。このネットワークの主機能の1つは、血管損傷の部位で血液凝固を開始し局在化することである。このネットワークが正しく機能できない場合、出血多量を引き起こし大出血をもたらすことがあり、又は逆に、広範囲の凝血塊伝播を起こして血栓症を、その後に心臓麻痺及び脳卒中をもたらすことがある。したがって、正しい位置で血液凝固形成を開始し、局在化した凝固応答を維持することは、このネットワークの機能には不可欠である。しかし、この応答を調節する機序は大部分は特徴付けられないままであり、米国においては、異常な血液凝固に付随する疾患が依然として第1位の死因となっている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
血液凝固の異常を診断するために実施する実験は、インビボで存在する関連する時空間的パラメータを含む方がよい。これらのパラメータには、i)血管表面上及び血管損傷領域に存在する分子を含有する不均一表面、ii)血管の幾何学を再現するチャネル、及びiii)インビボで観察される血流に類似の血流等がある。これらのパラメータを組み入れた臨床実験を行えば、血液凝固に付随する疾患がより正確に診断されると考えられ、これらの疾患に関連する死亡数を減少させる可能性がある。しかし、血液凝固に付随する疾患を診断するために使われる現在の臨床実験には、これらの時空間的パラメータは含まれていない。これらの方法には、i)活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)検査、ii)プロトロンビン時間(PT)検査、及びiii)血小板凝集測定等がある。時空間的パラメータがなければ、これらの臨床試験をしても誤診を招くか、診断さえ下せない可能性がある。したがって、血液凝固に付随する疾患を診断するための新たな臨床的方法が必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は凝固活性をアッセイするための装置を提供する。一実施形態では、装置には、血液流体の注入口、注入口と流体連通しているベッセル、及びベッセル内の少なくとも2つのパッチが含まれる。パッチにはそれぞれ、被検者の血液流体と接触させると凝固経路を開始させることができる刺激物質が含まれる。1つのパッチの刺激物質は、もう1つのパッチの刺激物質とは異なり、又は前記1つのパッチの刺激物質の濃度は第2のパッチとは異なり、又は1つのパッチはもう1つのパッチとは異なる表面積を有し、又は1つのパッチはもう1つのパッチとは異なる形状を有し、又は1つのパッチはもう1つのパッチとは異なるサイズを有する。
【0007】
装置は複数のパッチを含んでいてよい。その例では、1組のパッチ間の距離は別の組のパッチ間の距離とは異なっている。
【0008】
装置は、第1の組のパッチは第1の位置にあり第2の組のパッチは第2の位置にあり、前記第1の組のパッチの数は第2の組のパッチの数とは異なっているベッセルの表面と結合した複数のパッチを含んでいてよい。刺激物質は、組織因子、第II因子、第XII因子、第X因子、ガラス、ガラス様物質、カオリン、デキストラン硫酸、細菌、及び細菌成分の群から選択される少なくとも1個の凝固刺激物を含んでいてよい。
【0009】
装置は、ビーズを含んでいてよく、パッチは前記ビーズと結合している。装置は、ビーズであるパッチを含んでいてよい。パッチも不活性物質を含んでいてよい。
【0010】
装置のベッセルは、互いに流体連通している2本の交差するマイクロチャネルを含んでいてよい。
【0011】
本発明は、血液凝固をアッセイする方法を提供する。前記方法は、被検者の血液流体を、それぞれが被検者の血液流体と接触すると凝固経路を開始させることができる刺激物質を含んでいる少なくとも2つのパッチに接触させることを含む。1つのパッチの刺激物質は、もう1つのパッチの刺激物質と異なっている、又は前記1つのパッチの刺激物質の濃度が第2のパッチとは異なっている、又は1つのパッチはもう1つのパッチと異なる表面積を有している、又は1つのパッチはもう1つのパッチと異なる形状を有し、又は1つのパッチはもう1つのパッチと異なるサイズを有している。前記方法は、どのパッチが被検者の血液流体の凝固を開始させるかを判定することを含む。
【0012】
前記方法を実施すると、刺激物質は健常者の血液流体に凝固経路を開始させることができる可能性がある。接触は、少なくとも最大のパッチが健常者の血液流体に凝固経路を開始させるのに十分な時間維持される。前記方法は、サイズが異なる場合もある第1及び第2パッチで実施することができる、又は第1及び第2パッチの刺激物質が異なっていてもよい。同様に、第1及び第2パッチの刺激物質の濃度が異なっていてもよい。
【0013】
前記方法は、パッチが表面に結合しており、第1と第2のパッチ間の距離が第2と第3のパッチ間の距離とは異なる第3及び第4パッチに被検者の血液流体を接触させることも含んでいてよい。
【0014】
前記方法は、互いに独立してビーズに結合しているパッチで実施してよい。各ビーズのサイズ又は形状のいずれかは異なっていてよい。さらに、前記方法は、凝固経路が血小板凝集経路である場合に実施してよい。
【0015】
被検者の血液流体をパッチに接触させることは、まず第1の量の血液流体を第1の濃度のビーズに接触させ、次に第2の量の血液流体を第2の濃度のビーズに接触させることを含んでいてよく、各ビーズは独立して、刺激物質及び不活性物質を含むパッチと結合している。一定分量の血液流体が、サイズを増していくビーズで滴定されてよい。前記血液流体は、連続する流れとしてパッチに接触させてよい。代わりに、血液流体は非混和流体により隔てられたプラグとしてパッチに接触させてよい。同様に、ベッセルはマイクロ流体チャネルであってよい。
【0016】
どのパッチが凝固を開始させるかの判定は、光学的に観測することを含んでいてよい。この判定は、散乱光の測定を含んでいてよい。
【0017】
前記方法は、全血及び血漿からなる群から選択される血液流体で実施してよい。
【0018】
前記方法は、血液流体をパッチに接触させる前に、まず、過剰量の凝固因子を血液流体に添加することを含んでいてよい。前記方法は、血液流体をパッチに接触させる前に、被検物質を血液流体に添加することを含んでいてよい。前記方法は、血液凝固の伝播速度をモニターすることを含んでいてよい。前記方法は、血液流体をパッチに接触させる前に、異なる被検者の血液流体を血液流体に添加することも含んでいてよい。
【0019】
本発明は、凝血塊伝播を測定するための装置を提供する。前記装置は、刺激物質を含む1つの区域、及び第1の区域と流体連通していて凝血塊の伝播をモニターするのに適した別の区域を含む。血液流体が第1の区域に置かれると、凝血塊が形成され第2の区域に伝播する。
【0020】
前記装置は、刺激物質を含むパッチを含んでいてよい。前記装置は、第1及び第2の区域を含むマイクロチャネルを含んでいてよい。代わりに、前記装置は、それぞれのマイクロチャネルが第1及び第2の区域を含む、複数の平行なマイクロチャネルを含んでいてよい。
【0021】
前記装置は、第2の区域が第1の組のマイクロチャネルの交差部位にある、少なくとも1組の交差するマイクロチャネルを含んでいてよい。前記装置は、第2の区域が前記交差部位の1つにあり、前記2つの交差部位のサイズが異なっている、複数のマイクロチャネル及びマイクロチャネルの少なくとも2つの交差部位を含んでいてよい。
【0022】
本発明は、血液流体を装置の第1の区域に接触させ、前記第1の区域が刺激物質を含む段階と、前記装置の第2の区域で凝血塊伝播をモニターし、前記第2の区域が前記第1の区域と連通している段階を含む、凝血塊伝播をモニターする方法を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明の原理に対する理解を促進するために、ここである好ましいその実施形態に言及し、特定の言語を使ってそれを説明することにする。にもかかわらず、それによって本発明の範囲を限定することを意図するものではないことが理解されるであろう。本明細書に記載する本発明の原理のいかなる改変、さらなる修正及び適用も、本発明が関係する分野の当業者には普通に思い浮かぶと考えられるように、企図されている。
【0024】
血液の凝固は、その間血液が固形の凝血塊を形成する複雑な過程である。血液凝固は、止血(損傷を受けた血管からの失血の休止)の重要な部分であり、それによって損傷を受けた血管壁はフィブリン塊に覆われ、出血を止め損傷を受けた血管の修復を支援する(Davie, 2003, J.Biol. Chem. 278: 50819-50832;Nemerson, 1988, Blood 71:1-8において概説されている)。手短に言えば、血管が損傷すると、血小板が内皮下組織の巨大分子に接着し、次に凝集して一次止血血栓を形成する。前記血小板は血漿凝固因子の局所的活性化を刺激し、血小板凝集体を補強するフィブリン塊が生成される。凝固カスケードでは、「接触活性化」経路(「内因性」経路としても知られる)及び組織因子経路(「外因性」経路としても知られる)によりフィブリンが形成される。創傷治療が生じると、前記血小板は凝集し、フィブリン塊は分解される。血小板凝集体及びフィブリン塊の形成を損傷部位に限定する機序は、血液の流動性を維持するために必要である。
【0025】
本発明は、表面上の血液流体の凝固時間を測定するために使うことのできる装置(「デバイス」とも呼ばれる)を提供する。前記装置は、ウェット若しくはドライエッチングなどの技術及び/又は従来のリソグラフィー技術又はソフトリソグラフィーなどのマイクロマシニング技術などの技術を使って製作又は製造することができる。本明細書で使用するように、用語「装置」は、微細加工デバイスと呼ばれ、知られ、又は分類される装置を含む。
【0026】
一例では、本発明に従った装置は、一辺約0.3cmから約15cm間の寸法、及び約1μmから約1cmの厚さを有していてよいが、前記装置の寸法はこれらの範囲外にあってもよい。前記装置は、種々の材料から作製することができるが、典型的には、高分子化合物、金属、ガラス、複合材料、又は他の比較的不活性な材料などの適切な材料で作製される。前記装置の表面は、滑らかでもパターン形成されてもよい。前記装置の側面が異なれば表面が異なっていてよい。
【0027】
一実施形態では、本発明の装置は、血液流体の注入口、前記注入口と流体連通しているベッセル、及び前記ベッセル中の少なくとも1個のパッチを含む。前記パッチは、被検者の血液流体などの試料に接触させると、凝固経路を開始させることができる凝固刺激物(「刺激物質」とも呼ばれる)を含む。前記パッチは、不活性物質も含んでいてよい。前記不活性物質は、前記刺激物質と混合させてもよい。
【0028】
装置の表面は、外因性凝固経路の活性化剤及び内因性凝固経路の活性化剤を含む血液凝固刺激物を含有することができる。
【0029】
例えば、表面は、組織因子(TF)などの外因性凝固経路を開始させることができる凝固刺激物を含むことができる。表面は、ガラス、ガラス様物質、カオリン、細菌成分、デキストラン硫酸、アミロイドβ、エラグ酸、及びその他の人工表面などの内因性凝固経路を開始させることができる凝固刺激物を含むことができる。
【0030】
前記凝固刺激物は、凝固を開始させることができるあらゆる表面である。凝固を開始させることがよく知られている表面には、負に帯電した表面(Gailani and Broze, 1991, Science 253: 909)及び結合凝固因子を有する表面(Mann, 1999, Thrombosis and Haemostasis 82: 165)がある。凝固を開始させることが知られている負に帯電した表面には、ガラス、デキストラン硫酸、及び細菌成分がある(Persson et al., 2003, J. Biological Chemistry 278: 31884)。表面に結合すると凝固を開始させることが知られている凝固因子には、組織因子、第XII因子、第X因子、及び第II因子がある(Kop et al., 1984, J. Biological Chemistry 259: 3993;Mann, 1999, Thrombosis and Haemostasis 82: 165)。さらに、多くの細胞が刺激物として機能することができる表面を提供する(Mann et al., 1990, Blood 76: 1)。
【0031】
装置は1種類の血液凝固刺激物を含有することができる。代わりに、装置は2種類以上の刺激物を含有することができる。表面上の各刺激物の濃度は変化することができる。例えば、凝固刺激物は、生理学的濃度、薬剤的関連濃度、生理学的濃度以上、又は生理学的濃度以下で使うことができる。2種類以上の刺激物は互いに混合することができる。その刺激物は溶液中にあってもよい。その刺激物はプラグ中にあってもよい。プラグを使う技術は、以下の米国特許及び特許出願、即ち、米国特許第7129091号B2、米国特許出願公開第2006/0003439号A1、米国特許出願公開第2006/0094119号A1、及び米国特許出願公開第2005/0087122号A1に記載されており、これらの特許文献は参照により本明細書に組み込まれているものとする。
【0032】
1つ又は複数の刺激物は他の物質、不活性物質、担体、薬剤、等と混合することができる。例えば、一好ましい実施形態では、再脂質付加TFは、1pmol/L〜1000pmol/L(5〜5000nmol/Lリン脂質小胞(PCPS)中)の濃度で使うことができる。PCPSは、例えば、ウシ脳由来の25%ホスファチジルセリン(PS)及び卵黄由来の75%ホスファチジルコリン(PC)で構成することができる。TFが小胞溶液中にある場合、小胞溶液中の好ましいTF濃度は、約0.10nM〜約1000nMである。代わりに、DLPC/PS/テキサスレッド(Texas Red)(登録商標)DHPE(79.5/20/0.5モル%)と1×HEPES緩衝食塩水/Ca2+緩衝液中0.1mg/mL〜100mg/mL濃度の再形成TFの混合小胞を使うことができる。TFをパッチで使用する場合、好ましいTF濃度は、約0.0001fmol/cm〜約1.0fmol/cmである。さらに、パッチで使用するTFでは、0.01nM〜1000nMのTF最終濃度が好ましい。
【0033】
1個又は複数個の刺激物を含むパッチを、デバイスの表面に組み込むことができ、典型的にはその表面は不活性である、又は大部分が不活性である。パッチ内の凝固刺激物の濃度は変化させることができる。したがって、装置の表面は、形状、サイズ、刺激物の種類、及び刺激物の濃度が可変である複数のパッチを有することができる。一例では、表面は、同一又は異なるパッチ面積を有する、多様な形状の刺激物のパッチでパターン形成されている。
【0034】
パッチの形状及びサイズは変化することができる。パッチの形状及びサイズについて三次元の考慮すべき点には、パッチの幾何学と寸法両方について考慮すべき点が含まれる。一例では、パッチは、対称的な又は規則的な形状(例えば、円、正方形、長方形、三角形、星形、等)を有することができる。代わりに、パッチはサイズ及び形状が不規則であることができる。表面上のパッチの数及び密度は変化することができる。好ましくは、表面の約1%がパッチで覆われている。パッチは、マイクロ流体チャネルの壁に位置していてもよい。
【0035】
ある実施形態では、装置はチャネルの形で製造することができる。好ましくは、装置がチャネルの形で製造される場合、装置はマイクロチャネルである。他の実施形態では、装置は、パッチがすでに組み込まれている製造されたチャネル(ベッセル)を有することができる。一実施形態では、装置は、流体連通を提供する2つ以上の相互接続したチャネルを含むことができる。チャネルは、長さ、幅、厚み、深さなどの異なる寸法及び配置を有することができ、正方形、長方形、三角形、円形の横断面、等を含む異なる形の横断面も有することができる。
【0036】
一実施形態では、本発明は、1つ又は複数のチャネルを含む装置を提供する。例えば、そのような装置は、チャネルが微細設計されたマイクロ流体デバイスの形で製造することができる。装置が少なくとも1つ又は複数のチャネルを有する場合、チャネルの横断面は、均等でもよいし不均等でもよい。チャネルは同一の又は異なる流速を提供してよい。チャネルは角度が並行でもよいし、チャネルが交差していてもよい。チャネルは接合点があってよく、その接合点は凝血塊伝播を評価するために使ってよい。好ましくは、接合点は、Y字路又はT字路などの三方向接合点(接合点が3つのアームを有する)である。前記アームは均等な流速を提供することができる。代わりに、前記アームは異なる流速を提供することができ、その場合アームの1つは一般に直径が異なる。刺激物は、好ましくは接合点で、チャネル内に添加することができる。
【0037】
さらに別の実施形態では、本発明は、チャネルに沿って1つ又は複数のパッチを含む装置を提供する。装置は、少なくとも2つのチャネルも含んでよい。この例では、パッチは1つ又は複数のチャネルに沿って位置していてよい。
【0038】
一実施形態では、本発明は、少なくとも2つのチャネルのある装置の中を試料が連続して流れる装置を提供する。この実施形態では、液体は1つのチャネル中を流すことができ、試料はもう1つのチャネルを介して導入することができる。例えば、前記液体は添加物、凝固刺激物、薬剤を含むことができ、又は前記液体は坦体液体でよい。
【0039】
一実施形態では、パッチはビーズ上に存在することができる。代わりに、ビーズそれ自体がパッチになることができる。別の実施形態では、本発明は、少なくとも1つの接合点を備えたチャネル中を流れるビーズ上にパッチがある装置を提供する。
【0040】
一実施形態では、試料を導入した後には流れはない。これは、例えば、疎水性ガラス毛細管を使って実行することができる。試料は、液体をポンプで装置内に送ることなく導入することができるであろう。代わりに、試料は接合点を介して導入することができる。
【0041】
試験物質を装置内に導入することができる。血液凝固及び/又は血液伝播に対する試験物質の効果は、モニターすることができる。試験物質は、候補調合薬、小分子、有機又は無機分子、高分子化合物、核酸、ペプチド、タンパク質、化合物ライブラリーのメンバー、ペプチド模倣薬、等であってよい。試験物質は、血液をパッチに接触させる前及び/又は血液をパッチに接触させた後に添加することができる。
【0042】
別の実施形態では、本発明は、種々の刺激物を含有するプラグを含有する1つ又は複数のチャネル、及び試料をプラグに導入するための入口ポートを備えた装置を提供する。装置は、凝固を促進するための少なくとも1つの接合点を含んでいてよい。
【0043】
パッチを備えた装置は、例えば、Zheng et al., 2004, Advanced Materials 16: 1365-1368;Delamarche et al., 2005, Advanced Materials 17: 2911-2933;Sia and Whitesides, 2003, Electrophoresis 24: 3565-3576;Unger et al., 2000, Science 288: 113-116に記載されているように、当技術分野で公知の方法を使って製造することができる。これらの出版物は、事実上その全体を参照により本明細書に組み込まれているものとする。一例では、装置は、少なくとも一部分はエラストマー材料から構築し、並びに単層及び多層ソフトリソグラフィー(MSL)技術及び/又は犠牲層カプセル化法により構築してよい。基本的MSL法は、一連のエラストマー層をミクロ機械加工された鋳型に流し込み、前記鋳型から前記層を取り除き、次に前記層同士を融合させる。犠牲層カプセル化法では、チャネルが必要な場所ではどこでもフォトレジスト模様を沈着させる。
【0044】
所望の形状をしたパッチは、1)パッチは、支持された脂質膜での微小パターン形成により作製することができる(Groves and Boxer, 2002, Accounts Chem. Res. 35: 149-157);2)パッチは、フォトリソグラフィーを使って作製することができる。フォトリソグラフィーを使って、不活性脂質の背板に再形成TFを有する脂質でパッチを作製することができる(Yee et al., 2004, J. Am. Chem. Soc. 126: 13962-13972;Yu et al., 2005, Advanced Materials 17: 1477-1480)。フォトリソグラフィーを使って、不活性疎水性ガラスの背板に疎水性ガラスでパッチを作製することもできる(Howland et al., 2005, J. Am. Chem. Soc. 127: 6752-6765);3)スキャニングプローブリソグラフィーを使ってパッチを作製することができる(Jackson and Groves, 2004, J. Am. Chem. Soc. 126: 13878-13879);4)インクジェット印刷又は表面に小液滴を飛ばす類似の技術などの技術を使って表面にパッチを印刷することができる(Steinbock et al., 1995, Science 269: 1857-1860);5)ミクロ接触プリンティングを使ってパッチを作製することができる(Xia and Whitesides, 1998, Annual Review of Materials Science, 28: 153-184);6)パッチはビーズと結合させ、上の若しくは他の方法を使ってパターン形成することができる、又は均一表面組成物にしてパターン形成はしないでもよいを含むがこれらに限定されることはない、いくつかの方法により作製することができる。
【0045】
1つ又は複数の凝固刺激物を含有する表面で凝固が起きるためには、表面のサイズは一定の閾値サイズよりも大きくなければならない。本発明によれば、血液凝固に関する「閾値パッチサイズ」とは、血液凝固を開始させるパッチサイズの下限値のことである。パッチの形状が異なれば(例えば、正方形対星形)、閾値、即ち凝固ポテンシャルも異なる。同様に、パッチの寸法を変えれば(例えば、長方形パッチの長さ対幅の比)、凝固ポテンシャルも異なってくる。したがって、パッチの形状により、凝固が起こりうるかどうかがわかる。パッチの厚み又は深さは、通常、約1nm〜約1μmの範囲である。パッチは、約1nm〜約1mmの幅のビーズであってもよい。
【0046】
本発明をさらによく説明するために、パッチサイズは、互いにもっとも離れているパッチの2点間の最大距離で表すことができる。例えば、円形のパッチのパッチサイズは、その円の直径に等しい。正方形のパッチのパッチサイズは、その正方形の対角に等しい。通常、本発明を実施するのに有用なパッチは、約0.01μm〜約500μmの閾値サイズを有する。好ましくは、閾値パッチサイズは約100μm未満である。パッチサイズをパッチの面積として表すのも有用である。これは、形状が異なるパッチを比較するのに特に有用である。好ましくは、パッチ面積は約1μm〜約1mmである。
【0047】
本発明を実施するのに有用なパッチには、閾値パッチサイズよりも小さなパッチがあり、これらのパッチは、「閾値以下」パッチと呼ぶこともできる。閾値パッチサイズは、刺激物濃度、薬剤濃度、及び供血者に依存している。好ましくは、凝固は約1μm〜1cmより大きいサイズのパッチを使って測定される。ナノパターン形成技術を使えば、ナノメーター目盛りで凝固の開始を測定することができる。
【0048】
互いに近づけられた閾値以下パッチのクラスターは凝固を開始させるであろう。凝固が起きる閾値以下パッチ間の距離は、ほぼ閾値パッチサイズである。
【0049】
例えば、特定の血液試料及び刺激物濃度では、閾値パッチサイズは75μmでよい。その場合、75μmより大きなパッチは急速に凝固を開始し、75μm未満のパッチは凝固を開始しないであろう。50μmのパッチは、250μm間隔をあけられると凝固を開始させないが、25μm間隔をあけられると凝固を開始させるであろう。
【0050】
パッチは、1つ又は複数の標識、レポーター分子、蛍光分子、色素(例えば、pH感受性、トロンビン感受性)、微生物(例えば、細菌、ウイルス)、薬剤、タンパク質、代謝物、金属イオン、凝固因子、凝血原因子若しくは薬剤、抗凝固因子若しくは薬剤、線維素溶解性因子若しくは薬剤、又は他の化合物などの、種々の添加物を含むことができる。これらの化合物は、パッチに埋め込む、凍結乾燥する、コンジュゲートする、又は他のあらゆる方法で付着させることができる。これらの化合物は、本発明のある好ましい実施形態、例えば、ある種のアッセイで、アッセイの視覚化のために、外部的に添加された物質の血液凝固に対する影響を試験するために、等で使うことができる。所与のパッチにおけるこれらの化合物はいずれでも濃度は変化することができる。そのような化合物は2種類以上パッチに添加することができる。これらの化合物はどれでも1つを、1つ又は複数のパッチに組み込むことができる。溶液中の凝固をモニターする場合も、添加物を使うことができる。
【0051】
パッチでの所与の凝固刺激物の濃度を変えると、閾値パッチサイズは予測可能な形で変わる。さらに、凝固阻害薬の濃度を変えると、閾値パッチサイズが特定の形で生じる。異なる供血者(血液が不健康な供血者を含む)の血液流体を使えば、異なる閾値パッチサイズが予測可能な形で得られる。さらに、閾値パッチサイズは、刺激物濃度及び添加される薬剤によって変化する。
【0052】
小パッチは、そのグループが互いに近づけられる場合、凝固を開始させることができる。パッチ間の距離は、約0.01μm〜約500μmの範囲で変化することができる。好ましくは、パッチ間の距離は約100μm未満である。第1の組の少なくとも2つのパッチのもっとも接近したメンバー間の距離は、第2の組の少なくとも2つのパッチのもっとも接近したメンバー間の距離と異なっていてよい。
【0053】
一部の実施形態では、パッチは個々に使うことができるが、他の実施形態では、一部のパッチは、それと類似しているパッチでも類似していないパッチでも、他のパッチと協調して使うことができる。したがって、この装置の一実施形態では、類似する又は類似していない刺激物のパッチを、不活性な背板に組み込むことができる。
【0054】
パッチを備えた表面は溶液中に浮遊させることができる。同様に、表面は粒子又はビーズとして形成することができる。したがって、本発明を実施するのに有用なパッチは、粒子又はビーズと結合させることができる。代わりに、パッチは三次元であり、粒子又はビーズの形を取ることができる。粒子又はビーズのサイズ及び形状は変えることができる。
【0055】
本発明の装置は、(i)血液凝固のアッセイ、(ii)凝血塊伝播のアッセイ、(iii)血液凝固経路の完全性のアッセイ、(iv)血液凝固経路の完全性に対する物質の効果のアッセイ、及び(v)1つのベッセルから別のベッセルへの凝血塊伝播防止のためのアッセイを含む種々のアッセイのために使うことができる。
【0056】
通常、本発明の方法は、試料を本発明に従って記載されたパッチに接触させることを含む。アッセイする試料は、好ましくは全血又は血液流体(血液含有流体、例えば、血漿)であるが、血液成分、血漿タンパク質溶液、及び血液由来細胞の溶液を含むこともできる。試料は、ヒト並びにラット、マウス、及びゼブラフィッシュなどの非ヒト動物を含む、様々な被検体から入手することができる。好ましくは、試料はヒトから入手される。
【0057】
試料は単一検体から入手することができる。代わりに、試料は複数の検体から入手することができる。複数の検体又は複数の被検体由来の試料は、パッチに接触させるのに先立って混合することができる。代わりに、複数の検体又は複数の被検体由来の試料は、順次パッチに接触させることができる。試料は、健康なヒト又は非ヒト被検体から入手することができる。代わりに、試料は、不健康なヒト又は非ヒト被検体から入手することができる。健康な及び不健康な被検体から入手される試料を混合し、その混合物をアッセイに使うことも可能である。同様に、健康な及び不健康な被検体由来の試料を、いかなる順序でも順次パッチに添加することが可能である。
【0058】
試料は、1つ又は複数の標識、レポーター分子、蛍光分子、色素(例えば、pH感受性、トロンビン感受性)、微生物(例えば、細菌、ウイルス)、薬剤、タンパク質、代謝物、金属イオン、凝固因子、凝血原因子若しくは薬剤、抗凝固因子若しくは薬剤、線維素溶解性因子若しくは薬剤、又は他の化合物などの、種々の添加物を含むことができる。これらの化合物は、本発明のいくつかの好ましい実施形態、例えば、ある種のアッセイで、反応又は血液凝固伝播の視覚化のために、血液凝固に対する外部的に添加された物質の影響を試験するために、等で使うことができる。試料中のこれらの化合物のいずれでも濃度は変化することができる。これらの化合物はいずれでも1つを、1つ又は複数のパッチに接触させる1つ又は複数の試料に組み込むことができる。パッチと試料両方への同一の又は異なる添加物を含むことも可能である。
【0059】
試料はパッチに接触させる。試料はパッチ上に置くことができる。例えば、試料は、パッチ上にピペットで取る又は毛細管を使ってパッチに送達することができる。試料を表面上に連続して流し、それによって1つ又は複数のパッチに接触させることができる。代わりに、試料は、パッチと接触することになる表面上に置くことができる。同様に、試料がパッチと接触するように、パッチを試料内に置くことができる。
【0060】
パッチに接触する試料の量は変化することができる。典型的には、1×10μmのパッチ面積当たり、約20μl〜約100μlの試料を使う。好ましくは、1×10μmのパッチ面積当たり、約50μlの試料を使う。
【0061】
本発明の装置の一実施形態は、ヒトの血液が凝固するポテンシャルを測定するための方法で、使うことができる。そのポテンシャルは、凝固の時間又は尤度に基づいて判定することができ、以下のパラメータ、即ち刺激物濃度;パッチのサイズ;パッチの濃度;パッチ間の距離;パッチの形状;粒子のサイズ;粒子の形状;粒子の濃度;刺激物の種類;血液の流速;薬剤、金属イオン、凝固因子などの添加物の濃度;及び正常な血液流体の添加のうちの1つ又は複数を変化させることができる。これらの例は以下に示す。
【0062】
一例では、本発明は、凝固時間を測定するための方法を提供する。凝固時間は、すでにパッチに接触させた試料で測定される。血液又は血液流体の凝固は、試料の、パッチの、又は両方の光学特性の変化として光学的に観測してもよい。一態様では、光学特性は、色、吸光度、蛍光、反射率、又は化学発光の変化でよい。光学特性は、アッセイ中1回又は複数回測定してもよい。凝固時間は、試料、パッチ、又は両方からの光の散乱を測定することにより検出してもよい。凝固時間は、試料間で比較することができる、又はまったくパッチのない表面上の凝固時間と比較することができる。
【0063】
凝固が開始された後の凝血塊が成長する能力は、異なるパッチ及び表面上での、並びに異なるチャネル(ベッセル)における凝血塊伝播速度により判定することができる。例えば、凝血塊前面の伝播速度は、時間に対する距離として判定し表すことができる。
【0064】
凝血塊伝播は、流動状態の下で測定することができる。代わりに、凝血塊伝播は、流動がない状態の下でも測定することができる。
【0065】
図21〜26は、接合点を通る凝血塊伝播の調節を図示する。凝血塊伝播は、血液が流れているベッセル(流動ベッセル)の接合点での剪断速度

[秒]によって停止し又は継続する。さらに、接合点を通る凝血塊伝播は、接合点での剪断速度

[秒]により調節される。
【0066】
血液凝固のアッセイは、(i)被検体の血液凝固ポテンシャルを判定する;(ii)凝固刺激物の効果をスクリーニングする;(iii)凝血塊開始、形成、及び伝播に影響を与える薬剤候補をスクリーニングする;並びに(iv)凝血塊開始、形成、及び伝播に影響を与える可能性のある薬剤濃度をスクリーニングするを含む種々の理由で使うことができる。
【0067】
血液凝固の開始は、本発明の方法を使ってアッセイすることができる。血液凝固の開始は、パッチサイズに対する閾値応答を示す。一例では、本発明は、表面刺激のパッチ上での凝固開始を説明するダムケラー数に基づくスケーリング則を提供する(Kastrup et al., 2006, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103: 15747-15752)。したがって、凝固開始はパッチ上の活性化因子の生成を表す反応時間スケールtと、パッチからの活性化因子の拡散輸送を表す拡散時間スケールt間の競合に依存している(図1)。ダムケラー数、Da=t/tの大きさは、パッチの直径pにより示される。パッチからの活性化因子の拡散が急速に起こる時の小pは、小t及び小Daに相当し、活性化因子が、パッチの中心から縁に向かって長時間かけて拡散する時の大pは大t及び大Daに相当する。tが速くtが遅い場合は、凝固開始は大Daで起こるであろう。スケーリング方程式t=x/D、関連時間t、距離x、及び特定分子の拡散係数Dは十分に確立しており、血液凝固を開始させるのに必要とされる閾値パッチサイズptrを予測するのに利用することができる。定数tをもつ特定の表面では、反応が起きる前に活性化因子の分子が拡散する距離は、ptrの直径とほぼ同じ距離になるはずである。即ち、反応が起きるのにある程度の時間(t)がかかり、ある決定的に重要なパッチ直径(ptr)では、分子は反応が起きることができる前にパッチから拡散することができる。したがって、
tr=(D×t1/2
に従って、ptrはt1/2.を用いて概算すべきである。
【0068】
前式で、pはパッチの直径であり、tは反応時間スケールである。
【0069】
図1は、活性化因子の拡散(D矢印)と反応(R矢印)間の競合が、所与のパッチ(p)上で凝固開始が起きるかどうかを決定する様子を図示する。この試料のパッチは、正方形表面上での斜視図で示される円として提示されている。拡散の時間スケールは、パッチサイズに依存しており、反応の時間スケールはパッチサイズとは無関係である。パッチpの直径が大きい場合、反応が拡散に勝り、凝固が開始されるであろう。パッチpの直径が小さい場合、拡散が反応に勝ってパッチから活性化因子を迅速に移動させ、凝固は開始しないであろう。
【0070】
本発明に従った装置及び方法を伴う様々な適用には、診断道具の開発のため及び創薬における、伝播波及び前線を含む閾値応答の観測及び測定がある。閾値応答の観測及び測定は、パッチ、パターン形成表面、若しくはプラグを使って、又は1つ若しくは複数のパッチ、パターン形成表面、及びプラグを組み合わせることにより実施することができるであろう。
【0071】
パッチ上での血液凝固の開始に対する閾値を測定する場合、この測定は、表面の化学的性質が異なり、全血若しくは血漿を含有するパッチのサイズが異なるビーズ又は粒子で滴定し、ビーズ/粒子組成に対する凝固開始の依存度をモニターすることにより実施することができるであろう。例えば、パッチは血液流体中に浮遊するビーズ上に位置していてもよい。一定分量の血液流体を、ビーズの数を増やしながら滴定してもよい。一定分量の血液流体を、サイズが増えていくビーズで滴定してもよい。血液流体は、連続する流れとしてパッチまで輸送してもよい。血液流体は、非混合流体により隔てられたプラグとしてパッチまで輸送してもよい。
【0072】
本発明は、1つのベッセルから別のベッセルへの凝血塊伝播を、剪断速度に基づいてアッセイするための方法を提供する。剪断速度は、表面からの距離の増加に従った、局所的流速V[m/秒]の変化を表す。剪断速度は、表面近傍のあらゆる方向への輸送を判定する。圧力駆動流では、表面での局所的流速[m/秒]はゼロである。
【0073】
本発明は、凝血塊が伝播する速度並びに、凝血塊形成及び伝播に関係する疾患がこの血液凝固伝播速度をどのように変化させるかを測定するための方法も提供する。そのような血液凝固障害又は疾患には、血友病、遺伝性出血性疾患、活性型プロテインC抵抗性、フォンウィルブランド病、及び凝固性亢進がある。凝血塊伝播の速度を緩めることが知られている凝血因子欠損症の例は、第VIII因子(fVIII)、第X因子(fX)、及び第XI因子(fXI)である(Ovanesov et al., 2005, J. Thromb. Haemost. 3: 321-331)。これらの因子欠損症は、以下の出血疾患と関連があり、即ち、fVIIIの欠損により血友病Aに、fXの欠損によりスチュワートプラウアー病に、及びfXIの欠損により血友病Cになる。本発明の方法を使って、血液凝固に影響を及ぼす可能性がある薬物療法を受けている被検者の試料を検査してもよい。
【0074】
本発明を使って、凝血塊伝播に影響を及ぼす薬剤を求めてスクリーニングすることができる。例えば、トロンビン阻害剤、トロンボモジュリン、他の凝固阻害剤、又はその混合物を、試料に、パッチに、又は試料とパッチ両方に添加することが可能である。同様に、前記方法は、血液流体をパッチに曝露する前に、試料にトロンボモジュリン又は他の凝固阻害剤を添加することを含んでよい。凝固阻害剤は、凝血塊伝播を減少させると予想され、本発明に従ったアッセイは、これらの化合物の効果をより特徴付けるように行うことができる。代わりに、パッチへの又は試料への添加剤は、1つ又は複数の血液凝固因子を含むことができる。同様に、前記方法は、血液流体をパッチに曝露する前に、被検者の血液流体に過剰量の凝固因子を添加することを含んでよい。凝固因子は、凝血塊伝播を増加させると予想され、本発明に従ったアッセイは、これらの化合物の効果をより特徴付けるように行うことができる。
【0075】
本発明は、血液凝固経路の完全性をアッセイする方法を提供する。血液凝固経路は、血小板凝集経路であってよい。本発明は、血液凝固経路の完全性に対する物質の効果をアッセイする方法も提供する。
【0076】
本発明は、異なった血液試料由来の凝血塊がどのように伝播するかを判定するための方法も提供する。さらに、本発明は、血流の存在がどのように血液凝固伝播をもたらすのかを判定するための方法を提供する。一例では、本発明は、異なったチャネル配置が血液凝固伝播をどのように変えるかを判定するための方法を提供する。サイズが異なる接合点を通って伝播する被検者の血液の血液凝固感受性の測定を利用すれば、特定の薬剤濃度の効果を評価する、又は凝固過程に関与する特定の酵素及びタンパク質の異常を検出することができると考えられる。特定の血液試料がサイズが異なる接合点を通って伝播する能力は、その血液中の薬剤濃度及び特定酵素の活性に依存するであろう。
【0077】
本発明は、異なる薬剤及び他の分子、並びに/又は天然のタンパク質の濃度の変動が血液凝固伝播速度に対して有する効果をモニターするために利用することができる方法も提供する。特定の薬剤の存在の下での及び不在の下での血液凝固成長速度の測定を利用すれば、凝血塊がどれほどよく成長するかを判定することができると考えられる。例えば、本発明の方法を使えば、トロンビン阻害剤が、閾値剪断速度以下でチャネルの接合点を通る凝血塊伝播を予防できることを実証することが可能である。代わりに、様々な刺激物及び濃度を含有するパッチを使ってこれを試験することができる。
【0078】
本発明は、1つのベッセルから別のベッセルへの凝血塊伝播防止のためのアッセイ法を提供する。パッチがチャネルの形の、又はパッチが、互いに流体連通している流体チャネルの表面に組み込まれた本発明の装置を製造することができる。前記チャネルの配置は、凝固活性の範囲が測定できるように製造することができる。次に、血液流体などの試料をパッチに接触させる。次に、閾値剪断速度以下でチャネルの接合点を通る凝血塊伝播速度をモニターする。必要であれば、様々な物質も添加して、チャネル接合点を通る凝固伝播に対する添加した物質の効果をさらに観測することができる。
【0079】
本発明は、血液凝固をアッセイするための既知の方法に対する以下の利点、即ち、さらに少量の試料を使うことができること;自動化された試薬混合による最少試料調製;最初の血小板凝集、したがって凝固時間のリアルタイム観測の可能性;混合速度が制御可能であること、のうちの1つ又は複数を有する。
【0080】
本発明の方法及びデバイスを使って、血液凝固以外に他の生物学的経路の活性を検出できることが企図されている。例えば、ヒトの体液がパッチ上で免疫応答を開始するポテンシャルを試験することができる。この例では、体液試料を1つ又は複数の抗原(例えば、微生物、細菌、ウイルス、等)を含有するパッチに接触させる。開始に対する閾値パッチサイズをモニターすることを利用して、細菌表面のクラスターの存在の下で免疫応答の開始などの事象を検出することができる。
【0081】
本発明の方法及びデバイスを使って、血液又は血漿以外の液体を含む試料で生物学的経路の活性を検出できることが企図されている。例えば、クオラムセンシングを開始するのに必要とされるホモセリンラクトンの量を、細菌を含有する溶液で試験することができる。血液以外の溶液で、開始させる閾値パッチサイズをモニターすることを利用して、アルツハイマー病経路を開始させるのに必要なアミロイドβタンパク質の量、てんかん性発作を開始させるのに必要な神経細胞損傷の量などの事柄を検出することができ、少量の細菌の検出のために利用することができる。
【0082】
本発明は、記載された特定の方法、プロトコル、被検体、又は試薬に限定されるものではなく、したがって変化があってよいことは理解されるべきである。本明細書で使用の用語は、特定の実施形態を説明する目的のためだけであり、本発明の範囲を限定することを意図しておらず、本発明の範囲は特許請求の範囲のみに限定されることも理解されるべきである。以下の実施例は、特許請求の範囲に記載されている発明を限定するためではなく、例証するために提供されるものである。
[実施例]
【0083】
数値シミュレーションを使った自己触媒システムのスケーリング予測は、実験的に試験し、ヒト血漿を使って検証した。スケーリング予測が、既知の血液凝固成分と同じ規模の速度及び拡散定数をもつ刺激パッチ上で活性化される単純自己触媒システムに妥当であることを、三次元数値シミュレーションを使って検証した。この単純自己触媒システムは、本発明者らにより提唱された止血のモジュラー機序の基づいている(Runyon et al., 2004, Angew. Chem. Int Edit. 43:1531)。単純自己触媒システムは本明細書では、活性化因子の高次自己触媒的生成と活性化因子の低次消費間の競合に基づいて閾値応答を示すシステムと呼ばれる。この生成と消費間の競合が、1つは安定した1つは不安定な少なくとも2つの定常状態を作り出す。不安定な定常状態は閾値濃度で起こり、それ以上では活性化因子の生成は消費よりも速くなる。
【0084】
前記機序は、3つの相互作用するモジュール、即ち活性化因子の自己触媒的生成、活性化因子の直線的消費、及び高濃度の活性化因子での沈殿(又は、凝固)からなる。生成と消費の相互作用は、システムに2つの定常状態、即ち低濃度の活性化因子での安定な定常状態、及び比較的高濃度の活性化因子での不安定な定常状態を作り出す。通常、活性化因子の濃度は安定な定常状態近くにとどまるが、活性化因子濃度の大きな摂動が起これば、活性化因子が増幅され沈殿の開始が起こる不安定な定常状態よりも上にシステムを押し上げることになる。本明細書では、シミュレーションにおいては、この溶液相は、刺激パッチ並びに活性化因子の反応及びパッチから溶液への拡散を含有する表面上の自己触媒システムと見なされた。シミュレーションは、市販のソフトウェア(FEMLAB, COMSOL社製、スウェーデン)を使って実施された。
【0085】
図2は、流れのないマイクロ流体チャネルを通る連続する及び一定の凝血塊成長(伝播)を図示する。図2Aは、損傷した血管を再現するマイクロ流体チャネルの蛍光顕微鏡写真の画像である。この画像では、PC:オレゴングリーン(不活性な脂質)の脂質単層により、緑色蛍光が観測された。表面(凝血塊活性化表面)上のDMPC:PS:テキサスレッドの単層とTF:VIIa複合体により赤色蛍光が観測された。図2Bは、流れのない60×60μmのマイクロ流体チャネルにおける連続凝血塊成長のコマ撮り蛍光顕微鏡写真を図示する。凝固は、α−トロンビンに特異的な蛍光発生基質でモニターした。図2Cは、3つの異なるチャネルサイズにおける類似の凝血塊成長速度(V)を図示するグラフである。あらゆる場合に、Vは30と40μm/分の間であった。
【0086】
図3は、ベッセル間接合点を使って、血液凝固伝播の閾値を評価することができる様子を図示する顕微鏡写真を示す。図3Aは、小(20μm×20μm)ベッセル接合点に向かう凝血塊成長の時系列を示す。このマイクロ流体設計では、接合点での小チャネルの幅は閾値接合点サイズ未満であり、凝血塊成長は停止する。図3Bは、大きなベッセル接合点(100×100μm×μm)に向かう凝血塊成長の時系列を示す。このマイクロ流体設計では、接合点での小チャネルの幅は閾値接合点サイズより大であり、凝血塊成長はより大きなベッセルへと続いていく。図3Cは、被検者の血漿の閾値接合点サイズの数量化を図示する。この血漿では、閾値接合点サイズは、40μmと75μmの間であった。
【0087】
図4は、単純な化学的機序に基づく凝固の開始を表す数値シミュレーションを示す。図4aは、開始時間対パッチサイズ曲線を描いている。各曲線は、凡例に表示される特定のtに対応している。図4bは、ptr対tのプロットが1/2パワースケーリング関係を示し、スケーリング予測を実証している様子を図示する。
【0088】
刺激物の均質な表面からいくつかの生成速度を表すtの値を判定した。pがtごとに異なる場合、図4aに示されるように、閾値パッチサイズが存在することがわかった。tごとに、ptrの特定の値が観測された。p>ptrの場合、血液凝固が開始され、p<ptrの場合、血液凝固の開始はなかった。
【0089】
別の組の実験では、単純非線形化学的システムでこの予測の正確さが試験された。モデルは、3つの反応で構成された単純な興奮性(全か無か)システムであった。活性化因子はHであった。このシステムの開始は、表面からの酸の著しい生成による塩基性から酸性状態への変換に対応している。酸は、表面上のフォト酸分子の層を照射することにより生成された。酸性パッチは、フォトマスクを通じた表面の部分を選択的に照射することにより作製された。照射強度を、したがって表面からの酸の生成を調整することにより、tに対する異なる値が得られた。
【0090】
図5は、血液凝固の開始に対するスケーリング関係を図示する。図5aには、化学モデルのptr対tのグラフを示す。図5bは、血液試料のptr対tのグラフを示す。tの値ごとに、ptrの特定の値が観測された。ptr対tのプロットは、1/2パワースケーリング関係(図5a)を示しており、スケーリング予測を実験的に実証した。
【0091】
血液凝固は興奮性システムと見なしてもよい。そのようなシステムの開始により、トロンビンなどの高濃度の活性化因子が形成され、それに続いて固体の凝血塊が形成される可能性がある。インビボでの活性化因子の生成のための刺激物は組織因子(TF)である。スケーリング予測が血液凝固に適用されるかどうかを判定するために、本発明者らは、TFを含有するリン脂質二重層の表面に曝露したヒト血漿の凝固時間を測定した。これらの実験でtを変化させるために、表面上のTF濃度及びアルガトロバン、即ち溶液中のトロンビンの阻害剤の濃度を変化させた。特定のサイズのTFパッチは、フォトリソグラフィー工程を通じて得られた。tの値ごとに、ptrの特定の値が観測された。ptr対tのプロットは、1/2パワースケーリング関係(図5b)を示しており、複合及び生物システムへのスケーリング予測の適用性を実証した。
【0092】
本発明のインビトロ実験は、凝固を開始させるのに必要な血管損傷のサイズはダムケラー数により記載される反応の時間スケールと関係があることを予想している。この関係を理解すれば、凝固障害を診断し治療するためのさらによい道具を設計するのに寄与するであろう。薬物の濃度がptrにどのように影響を及ぼすかを理解すれば、これらの薬物の投与に有用である可能性がある。
【0093】
本発明を使うことにより得られる正確な身体的特徴は、被検者がインビボでの血液凝固に対してどれほど感受性があるかを予測するのに寄与する可能性がある。被検者の血液の凝固に対するポテンシャルは、通常、非常に高濃度の活性化因子が集中して添加されるインビトロ実験での凝固時間を測定することにより判定される。これらの診断法は、インビボでの凝固開始の時空間的特徴を密接に再現しないし、よりよい身体的特徴により、より優れた方法の開発が可能になるであろう。
【0094】
本発明は、全か無かシステムの活性化(複雑なネットワーク中での反応)が表面上でどのようにして起きるのかを理解するのに寄与する可能性がある。本発明は、複雑なネットワークの挙動を予測するのに寄与する可能性がある。
【0095】
形状への応答
本発明者らは、形状への応答は生化学的ネットワークのレベルで出現できることを実証した。本発明者らは、自分たちが開発した機序(Runyon et al., 2004, Angew. Chem. Int. Edit. 43:1531)及び実験システム(Kastrup et al., 2006, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103; 15747)に頼って、インビトロでのヒト血漿の凝固開始を調べた。この生化学的ネットワークは、形状に応答すること、つまり、刺激パッチの形状が凝固が開始されるかどうかを制御することがわかった。
【0096】
凝固の刺激物を提示するパッチの形状に対する血液凝固カスケード(開始)の開始の応答を特徴付けるために、刺激物の表面パッチ上でのトロンビンによるフィブリンの形成及び青色蛍光色素の形成(Lo and Diamond, 2004, Thromb. Haemost. 92: 874)を、それぞれ明視野及び蛍光顕微鏡を使ってモニターした。フィブリンとトロンビン両方の形成は、凝固が起きたことを示す。開始を刺激する組込み型膜タンパク質である組織因子(TF)の表面パッチは、フォトリソグラフを使ってパターン形成した。TFは、赤色蛍光色素で標識した0.5mol%の脂質を含有するリン脂質二重層で再形成した。マイクロ流体チャンバーにおいて、様々な形状のTF表面がヒト血漿に提示された。異なった形状のパッチを比較する場合、すべてのパッチの面積(したがって、TFの量)は一定に保たれた(3.14×10μm)。
【0097】
図6は、ヒト血漿の凝固開始が、同一面積及び凝固刺激物TFの量の表面パッチの形状に応答した様子を示す。図6aは、TFを含有するリン脂質二重層のパッチ上での凝固を示す側面模式図である。図6bは、3通りに測定された変化するアスペクト比の長方形パッチ上でのヒト血漿の開始時間を定量化する図である。図6cは、円形及び正方形パッチ上での凝固を、しかし同一面積の細い長方形及び星形パッチ上では凝固していないことを示すコマ撮り蛍光顕微鏡写真を示す。
【0098】
TFを含有するパッチにヒト血漿を曝露すると、開始は特定の形状のみで起きた。開始は臨界サイズより上の円形パッチ上で起きた。他の形状上の開始は、異なる傾向を示した。正方形(アスペクト比=1:1)などの幅広の長方形は、4分未満で開始したが、細い長方形(アスペクト比≧16:1)は48分以内に開始しなかった(図6b、c)。これらの実験から、開始を引き起こすのに必要な臨界長方形幅(上の実験では約90μm)があるように思われた。興味深いことに、星形パッチは、開始の境界上にあり、実験の半分のみ(14実験のうち7実験)で開始した。
【0099】
形状に対するこの応答の背後にある機序を調べるために、発見者は、単純化反応−拡散システムを考慮した3D数値シミュレーションを開発して、数値シミュレーションにおける形状に対する応答を再現した。前記シミュレーションでは、自己触媒的反応混合物は、同一面積(7854μm)の様々な形状の刺激パッチでパターン形成した表面に接触していた。このシミュレーションは、ヒト血漿で見られた実験結果を再現した(図7)。
【0100】
図7は、単純化反応−拡散系の数値シミュレーションが形状に対する応答を実証したことを図示する。図7aは、[C]が細いパッチ上ではより低いことを示すパッチからの拡散及び活性化因子の一次生成のみを考慮した3Dシミュレーションからの2D濃度プロットを示す。活性化因子の拡散的除去は細いパッチ(高アスペクト比、左)上ではより効果的であり、[C]を閾値より下に維持しているが、幅広のパッチ(低アスペクト比、右)上での最大[C]は、閾値[C]より上であった。図7bは、二次自己触媒的生成及び一次阻害に対応する溶液相反応も考慮される場合、細いパッチ(左)では消費が優勢になり、[C]を閾値より下に維持する様子を図示する。幅広のパッチ(右)では生成が優勢になり、[C]は閾値よりも上に増加し広範囲に拡大し、開始をもたらした。
【0101】
異なる形状のパッチ上での活性化因子濃度[C]に対する拡散の効果を特徴付けるために、パッチからの活性化因子の一次生成のみが考慮され、溶液中の反応は考慮されなかった(図7a)。幅広の長方形(より低いアスペクト比)では、パッチの中心からパッチの外への拡散の時間スケールはより長く、細いパッチ(高アスペクト比)よりも幅広のパッチ上の方がより高い最大[C]を生じた。幅広と細いパッチ間の[C]のこの差が、自己触媒的媒体の開始にどのような影響を及ぼすのかを調べるために、溶液相反応をシミュレーションに加えた(図7b)。この自己触媒的媒体の開始は、溶液中での2つの競合する反応、即ち1)活性化因子の二次自己触媒的生成、及び2)前記活性化因子の一次消費、又は阻害の結果として、[C]に対する閾値を有していた。これらの溶液相反応を考慮すると、パッチ間の[C]の小差は拡大し、開始は全か無か応答を示し、つまり[C]は規模を数桁増加して、開始するか、又は閾値[C]より下のままで、開始しないのいずれかである。これらのシミュレーションでは、開始に必要な閾値[C]は、2×10−8Mであった。所与の組のパラメータでは、アスペクト比≦4:1の長方形は12秒未満で開始し、アスペクト比≧16:1の長方形はシミュレーションを止める時点の1000秒以内では開始しなかった。
【0102】
形状に対する応答のこの機序が正しければ、シミュレーションと同じ化学的原理に基づく非生物学的システムはヒト血漿で見られる結果を再現すると考えられる。本発明者らは、ヒト血漿で見られるパッチ面積に対する閾値応答(Kastrup et al., 2006, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103: 15747)を再現する止血のための実験化学モデルを開発した(Runyon et al., 2004, Angew. Chem. Int. Edit. 43: 1531)。
【0103】
本発明のモデルは、活性化因子Hの阻害及び自己触媒的生成に基づく自己触媒システムを構成するよく特徴付けられた非生物学的反応からなっていた(Nagipal and Epstein, 1986, J. Phys. Chem. 90:6285)。このモデルでは、紫外線が「凝固」を開始させる刺激物であった。
【0104】
図8は、止血を再現するよう構築された単純化化学システムが、同一面積の刺激物を提示する表面パッチの形状にどのように応答するのかを示す。図8aは、紫外線刺激で照射したフォト酸表面のパッチ上での「凝固」を示す側面模式図である。図8bは、3通りに測定した長方形パッチ上での開始時間を定量化するグラフである。図8cは、「凝固」は、正方形などの小さいアスペクト比の長方形パッチ上では起きたが、同一表面積でも大きなアスペクト比のパッチ上では起きなかったことを示すコマ撮り蛍光顕微鏡写真を示す。
【0105】
紫外線は、フォト酸の2−ニトロベンズアルデヒドを2−ニトロソ安息香酸に転換し、[H]がブロモフェノールブルーからイエローへの変化によって示されるアルギン酸塩からのアルギン酸の沈殿を誘導するのに必要な閾値レベルに達すると「凝固」が起きた(図8a)。ヒト血漿において観察されシミュレーションにより予測されるように、同一面積(1.26×10μm)のパッチの形状は、この化学システムの開始が起きるかどうかを決定付けた。さらに、開始は長方形のアスペクト比に依存しており(図8b、c)、幅広の長方形は開始したが、細い長方形は開始しなかった。興味深いことに、ヒト血漿における結果とは対照的に、これらの実験では星形は開始しなかった。この所見は、数値シミュレーションにより説明された。星形は、閾値に近い活性化因子濃度を生成した。パッチからの生成速度及び活性化因子の拡散係数などのパラメータを変化させると、星形を開始から非開始へ転換させることができたが、他の形状は同じ応答を保持した。
【0106】
これらの結果は、単純化モデル及びシミュレーションはこのシステムの全体的動態は捉えているが、複雑なネットワークの動態のさらに微妙な詳細を確証するためには実験測定値が必要とされることを強調している。これらの結果は、形状に対する応答は生物のレベルだけではなく、生化学的ネットワークのさらに基本的レベルでも現れることができることをさらに実証している。
【0107】
試薬
緩衝液で使用する溶媒及び塩類はすべて、他の形で記載していなければ市販品から購入し、そのまま使用した。Poly(dimethylsiloxane)(PDMS、Sylgard Brand 184 Silicone Elastomer Kit)は、Dow Corning社から購入した。1,2-dilauroyl-sn-glycero-3-phosphocholine(DLPC)、ブタ脳由来L-α-phosphatidylserine(PS)、及び1,2-dipalmitoyl-sn-glycero-3-phosphocholine(DPPC)は、Avanti Polar Lipids社から購入した。Texas Red(登録商標)DHPE(Texas Red(登録商標)1,2-dihexadecanoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine)、Oregon Green(登録商標)DHPE(Oregon Green(登録商標)1,2-dihexadecanoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine)、N-(7-nitrobenz-2-oxa-1,3-diazol-4-yl)-1,2-dihexadecanoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine、triethylammonium salt(NBD−DHPE)、5-(and-6)-carboxy SNAFL-1(SNAFL)、rhodamine 110、bis-(p-tosyl-L-glycyl-L-prolyl-L-arginine amide)及びFluoSpheres(sulfate microspheres, 1.0μm、yellow-green fluorescent(505/515)、2% solids)は、Molecular Probes/Invitrogen社より購入した。正常プール血清(ヒト)(NPP)は、George King BioMedical社より購入した。t-butyloxycarbonyl-β-benzyl-L-aspartyl-L-prolyl-L-arginine-4-methyl-coumaryl-7-amide(Boc−Asp(OBzl)−Pro−Arg−MCA)は、Peptides International社より購入した。アルブミン(BS)(BSA)、及び中粘度アルギン酸はSigma社より購入した。ヒト組換え組織因子(TF)及びコーントリプシン阻害剤(CTI)は、Calbiochem社より購入した。アルガトロバンはAbbot Laboratoriesにより製造された。ブロモフェノールブルー及び亜塩素酸ナトリウム(NaClO、純度80%)はAcros Organics社より購入した。Krytox fluorinated greaseはDupont社製である。シリコン処理したガラス製カバースリップはHampton Research社より購入した。無水ヘキサデカン、2−ニトロベンズアルデヒド、及びn-octadecyltrichlorosilane(OTS)は、Aldrich社より購入した。チオ硫酸ナトリウム(Na、純度99.9%)及び無水メチルスルホキシド(DMSO、純度99.7%)はFisher Scientific社より購入した。
【0108】
化学モデルの試薬は、溶液相試薬(モデル反応混合物)及び固体相パターン形成基材からなっていた。モデル反応混合物は、NaClO、Na、アルギン酸、及びブロモフェノールブルーを含有する溶液であった(Runyon et al., 2004, Angew. Chem. Int. Ed. 43: 1531-1536)。NaClO及びNaを含有する溶液は、準安定であった。閾値濃度の酸(ヒドロニウムイオン)の添加により、前記酸を始動させて、急速に及び自己触媒的に反応し、より多くの酸を生成することができた(Nagypal and Epstein, 1986, J. Phys. Chem. 90: 6285-6292)。アルギン酸は、塩基性状態の下では、アルギン酸ナトリウムとして存在し、水溶性である。しかし、酸性状態の下では、アルギン酸は不溶性ゲルを生成する。ブロモフェノールブルーは、前記反応混合物が反応し、「凝固」を開始する時間をモニターするために利用されたpH指示薬である。反応混合物は、ブロモフェノールブルーの蛍光(λex=535〜585nm、λem=600〜680)によりモニターされた。「凝固」が開始されると、塩基性反応混合物は酸性になり、赤色蛍光は消光し、目に見える黄色が出現した。固体相パターン形成基材は、ジメチルシロキサンエチレンオキサイドブロック共重合体中に2−ニトロベンズアルデヒドが分散した薄層(20〜30μm)で被膜されたカバースリップからなっていた。フォトマスクを通した紫外線照射により、2−ニトロベンズアルデヒド(酸性ではない)は2−ニトロソ安息香酸(酸性、pKa<4)に光異性化された。
【0109】
準安定モデル反応混合物の前駆物質として2種類の安定な溶液を調製する。2種類の安定な溶液を調製した。これらの2種類の溶液を組み合わせると、こうして得られた溶液はモデル反応混合物を構成し、これは準安定であった。溶液1は、Na、アルギン酸、及びブロモフェノールブルーの水溶液であった。溶液2は、NaClOの水溶液であった。
【0110】
溶液1の調製:保存アルギン酸溶液は、NaOH溶液(50mL、pH=10.8)にアルギン酸(0.290g、中粘度)を添加することにより作製し、約90℃で45分間加熱して溶解した。保存Na/アルギン酸/ブロモフェノールブルー溶液は、5mLの前記保存アルギン酸溶液中で、Na5HO(0.122g、0.492mmol)とブロモフェノールブルー(ナトリウム塩)(NaOH水溶液中12.5μlの0.17M溶液、pH=11.6)を組み合わせることにより作製した。この手順により、最終pH約7のNa/アルギン酸/ブロモフェノールブルー溶液が得られた。
【0111】
溶液2の調製:保存NaClO溶液は、NaClO(0.270g、2.99mmol)を10mLのミリポアフィルターにかけたHOに溶解することにより作製した(最終pH約10.7)。この溶液は、12時間以内に使用した。
【0112】
試薬を組み合わせて化学モデルで使用する準安定反応混合物を形成する。モデル反応混合物は、保存Na/アルギン酸/ブロモフェノールブルーと保存NaClO溶液を容積比1:1で組み合わせることにより調製した。この手順により、最初は目に見える紫色であり、赤色蛍光も発する溶液が得られた。1N HClを1滴添加すると、「凝固」反応が開始され、前記溶液は目に見える黄色に変わり、赤色蛍光も消光した。酸の添加がなければ、自然開始(通常20分以内)により、亜塩素酸/チオ硫酸反応の確率的性質によって、同じく紫色から黄色に変化した(Nagypal, I. & Epstein, I. R., 1986, J. Phys. Chem. 90: 6285-6292)。
【0113】
フォト酸被膜基材を調製する。フォト酸、2−ニトロベンズアルデヒドは常に暗所で保管した。フォト酸は、攪拌しながら60℃まで加熱することにより、ジメチルシロキサンエチレンオキサイドブロック共重合体に溶解させた(重量比1:1)。この混合物は、スピンコートされるまで60℃で維持した。均質なフォト酸/シロキサン混合物は、50μLの温かい混合物を室温で、シリコン処理したカバースリップ(直径22mm)の中心に置くことによりスピンコートした。基材は直ちに10秒間500rpmで回転させ、次に15秒間1500rpmで回転させた。5分以内に、2−ニトロベンズアルデヒドはシロキサン流体から凝固し、カバースリップ上に薄いゲル様層(厚さ20〜30μm)を生じた。フォト酸被膜した基材は暗所に保管し、12時間以内に使用した。
【0114】
マイクロ流体チャンバーにおいて化学モデルでの「凝固」開始を測定する
チャンバーを設計し組み立てる。化学モデル実験で使用されるマイクロ流体チャンバーは、PDMSガスケットをシリコン処理したカバースリップに封着することにより構築した。使い捨てチャンバーは、内部直径が10mm、外部直径が20mm、及び深さが1mmであった。30μL滴のモデル反応混合物をチャンバーに入れた。フォト酸基材で被膜したガラスカバースリップを上に置いた。
【0115】
図9は、化学モデルを使った実験のための装置の模式図である。PDMSガスケット(PDMS)は、シリコン処理したガラススリップに封着した。化学モデル反応混合物(30μL、モデル反応混合物)をチャンバーに入れた。ジメチルシロキサンエチレンオキサイドブロック共重合体中に分散した2−ニトロベンズアルデヒド(50重量%)のフォト酸層(20〜30μm)をPDMSの上に、化学モデル反応混合物に接触させて置いた。フォトマスク(フォトマスク、黒)を上に置き、特定の位置(灰色)にのみ紫外線(300〜400nm、UV矢印)を通過させた。
【0116】
紫外線照射により酸性パッチを作製する。100W水銀ランプを使って、上から試料を照射した。光は熱吸収フィルター(50mm直径Tech Spec(商標)熱吸収ガラス)を通過し、次にショートパスフィルター(Chroma社製 #D350)を通過し、主に300〜400nm波長を試料に到達させた。次に、光はコンデンサーを通過し、この光は分散されて試料上に直径約6mmの均質な照明領域が生じた。紫外線は、フォト酸分散で被膜されたガラスカバースリップの上に直接置かれた「シルバーオンマイラー(silver on Mylar)」フォトマスク(CAD/Art Services社製)を通じて照射された。
【0117】
落射蛍光顕微鏡を使ってモデル反応混合物を撮像する。150Wキセノン光源を使って、試料の下からモデル反応混合物をモニターした。光はフィルターキューブ(λex=535〜585nm、λem=600〜680)及び5×0.15NA対物レンズを通過した。180msごとに10msの露光時間をとり、カメラはビン(bin)=2×2、及びゲイン=255で設定した。赤色蛍光の消光は、モデル反応混合物が反応して「凝固」を開始したことを示していた。顕著な光脱色は、pH感受性色素では見られなかった。「凝固」開始が起こると(大きなパッチで照射の約22秒後)、蛍光強度の消光が急速に起こり、1秒未満で約10の因数で減少した。これは、単純な光脱色と一致していない。
【0118】
化学モデルシステムにおける酸性パッチの画像(ここでは本発明者らは「凝固」のモニターには言及していない)は、「紫外線照射源」を緑色域フィルター(HOYA社製)でろ過することにより得られた。緑色光はフォトマスク及び実験装置を通過して下の対物レンズに至った。パッチの画像は試料の下から撮った(図9を参照されたい)。下から撮った画像は、光がフォト酸の固体懸濁の薄層を通過する際の光の歪みにより「不明瞭」に見えるパッチを示す。
【0119】
化学モデルシステムにおける「凝固」開始の画像を分析する。モデル反応混合物では、最初のグレースケールコマ撮り蛍光画像は、「凝固」が開始されると蛍光の消光(高蛍光から低蛍光への変化)を示した(画像は図14を参照されたい)。MetaMorph(登録商標)では、これらの画像は均一な着色の黄色であり、黒い物体では閾値化されていた。この手順により、すべての画像で淡黄色と黒い領域が反転していた。最終結果は、「凝固」は開始されると、画像は暗黒から淡黄色へ向かっていた。この手順により、「凝固」と同時に視覚的に観測される黄色が得られる間は、もっと感度の高い蛍光イメージングの使用が可能になった。
【0120】
酸性パッチの最初の画像は緑色に着色され、そのレベルはMetaMorph(登録商標)で調整された。処理されたMetaMorph(登録商標)画像は、RGBモードに設定された新アドビフォトショップ(Adobe Photoshop)ドキュメントで開かれた。2種類の層、即ち上層はパッチの緑色画像及び下層は「凝固中」の溶液の黄色画像からなる重ね撮り画像が作製された。上層のブレンディングオプションは、緑色の場合にのみブレンドするよう設定された。
【0121】
5-(and-6)-carboxy-seminaphthofluorescein-1(SNAFL)を使って化学モデルにおけるパッチからの酸生成を定量化する
酸生成を定量化するための実験装置を作製する。化学モデルのための上記の実験装置に類似の実験装置を使用した(同一照明設定及び画像化設定)。以下の相違点、即ち1)異なるチャンバーを使用する、2)40×0.85NA対物レンズを使用する、及び3)モデル反応混合物はSNAFL溶液で置き換えるを適用した。これらの実験では、チャンバーは、直径約3mmの円形に巻き、シリコン処理したカバースリップ(22mm)上に置いた直径100μmの銀ワイヤーからなっていた。シリコングリースをワイヤー周りに塗った。10mM tris(hydroxymethyl)aminomethane(Tris、pH=9.7)中10μM SNAFL(赤色蛍光=塩基性、緑色蛍光=酸性)の2μL滴を銀ワイヤー円に置くが、ワイヤーには接触しなかった。フォト酸基材を銀ワイヤーの上に置きシリコングリースでしっかり閉じた。フォトマスクをフォト酸基材上に置いた。
【0122】
SNAFLで酸検量線を作製する。検量線は、SNAFLの蛍光強度対添加した酸濃度として作製した。SNAFL/Tris溶液を、各種量のHClを添加して調製した。前記溶液の最終pHは6.5〜9.7の範囲であった。チャンバー中のSNAFL/Tris+HCl溶液では、緑色及び赤色蛍光強度を測定した。この酸滴定のための検量線(緑色/赤色強度対[H]比)はS字形曲線に適合した。
【0123】
異なるパッチサイズに対し酸生成を定量化する。アレイ及び単一パッチの酸生成は、SNAFL溶液で記載した実験装置を使って測定した。試料には紫外パルスを20秒間照射し、2分間平衡化させ、次に緑色及び赤色蛍光強度を測定した。生成した酸の量は、蛍光強度データ、測定した検量線、及び試料の既知容積を使って判定した(結果は図13を参照されたい)。
【0124】
凝固刺激剤を提示する表面上での凝固開始のモジュラー機序についての数値シミュレーション
数値シミュレーションを使って、提唱されたモジュラー機序には閾値パッチサイズが存在しうることを、各モジュールの反応速度を表す単一速度方程式を使って図示した。この例では、本発明者らは、i)1つは活性化因子を生成し(自己触媒的に)、1つは活性化因子を消費する(直線的に)2つのモジュール間の競合が活性化因子の濃度に対する閾値応答を生じることができるかどうかを試験し、ii)これら2つのモジュールを組み込んでいるシミュレーション、活性化因子を生成する表面パッチ、及び拡散がパッチサイズに対して閾値応答を生じることができるかどうかを試験し、iii)血液凝固の生化学反応に対する妥当なパラメータが、実験的に測定された値と同じ大きさの閾値パッチサイズを生じることができるかどうかを試験した。その目的は閾値パッチの正確なサイズを予測することではなかった。反応の時間スケールt、即ち単一の実験的に決定されたパラメータは、閾値パッチのサイズに対するより単純でより信頼性のある予測の判断材料である。
【0125】
数値シミュレーションで使用するパラメータを選択する。モジュラー機序では、「凝固」刺激物を提示するパッチで起きている拡散及び反応は、市販の有限要素パッケージFEMLAB3.1版(Comsol社製、ストックホルム、スウェーデン)を使って数値的にシミュレートした。表面は、「凝固」刺激物を提示するパッチ及び前記パッチ周辺の1mm「不活性」近傍からなっていた。濃度プロファイル及び「凝固時間」に対する種々のパッチサイズの効果を判定した。
【0126】
活性化因子の濃度「C」の変化を数値的にシミュレートするために、溶液中での拡散の他に溶液中及び表面パッチ上で起きている反応も検討した。Cは、血液中に存在する一組の凝固促進分子と比較してよい。Cの大量輸送は、標準対流拡散方程式でモデル化した。拡散係数5×10−11/秒を使用した(トロンビンなどの血液凝固における溶液相プロテアーゼの概算値)。シミュレーションでは対流は使用しなかった。1μmの境界層の厚みを選択した。この境界層の厚みでは、仮定では、層を通じた側方拡散は速く、溶液は側方に均一である。境界層のサイズはかなり任意であり、境界層の厚みを通じた拡散が反応速度及び最小のパッチを横切る拡散速度よりもずっと速い限り一定範囲の厚みを使ってよい。境界層を使って、3Dシミュレーションをコンピュータ的にもっと効率のよい疑似2Dシミュレーションに簡略化する。絶縁/対称の境界条件は、「不活性」近傍の外縁で使用した。
【0127】
3種類の反応速度式、即ちi)パッチ表面でのCの生成、反応速度=kpatch;ii)溶液中でのCの自己触媒的生成、反応速度=kprod[C]+b;及びiii)溶液中でのCの直線的消費、反応速度=−kconsum[C]をシミュレーションに組み込んだ。使用した値は、[C]initial=1×10−9M、kpatch=1×10−9M/秒、kprod=2×10−1/秒、b=2×10−10M/秒、及びkcomsum=0.2/秒であった。これらの値は、血液凝固における代表的反応の近似値に基づいて選択された(Kuharsky and Fogelson, 2001, Biophys. J. 80: 1050-1074)。これらの値を使うと、2種類の定常状態が存在し、1つは[C]=1.1×10−9Mで、1つは8.9×10−9Mであった。これらの定常状態の存在は、反応速度式に対する速度プロットを検討することにより理解されるであろう(図10)。速度プロットを記載している総説は、Tyson et al., 2003, Curr. Opin. Cell Biol. 15: 221-231を参照されたい。
【0128】
図10は、反応速度式の速度プロットがモジュラー機序の数値シミュレーションに組み込まれている様子を図示する(詳細は上の本文を参照されたい)。図10Aは、i)Cの自己触媒的生成のモジュール(曲線)、及びii)Cの直線的消費のモジュール(直線)を表す2種類の反応速度式を示す。これらの2本の線の交差部位は定常状態を表している。[C]=1.1×10−9Mでの定常状態は安定している。しかし、[C]=8.9×10−9Mでの定常状態は不安定であり、閾値[C]であるCthreshを表している。[C]>Cthreshの場合、生成速度は消費速度よりも大きく、[C]の急速な増幅が起こる。図10Bは、i)パッチ表面でCの生成に関与する反応(水平線)、及びii)高[C]で起こる沈殿のモジュール(破線)を表す2つの追加の式を図示する。沈殿モジュールは、シミュレーションに組み込まれてはおらず(実験化学モデルには組み込まれていたが)、ここでは明確にするために模式的に含まれている。
【0129】
[C]=8.9×10−9Mでの定常状態は不安定であり、Cの閾値濃度、Cthreshを表していた。[C]>Cthreshの場合、急速な増幅が起こり、それによって沈殿を開始(固体「凝血塊」の形成)するに十分な[C]が生成された。パッチのないシミュレーション(パッチサイズpはゼロ)では、[C]は[C]=1.1×10−9Mの安定な定常状態値にとどまった。大きなパッチがシミュレーションに組み込まれた場合、溶液中及びパッチ上でのCの組合せ生成により、[C]は10秒で[C]trを超えた。
【0130】
シミュレーションの結果。数値シミュレーションで得られた濃度プロファイルは、シミュレーションでの「凝固」はパッチサイズpに対する閾値応答を見せることを示した(図11)。上のパラメータを使えば、パッチp=50μmでは、[C]は決してCthreshまで増加することはなかった。しかし、p=100の場合、[C]は10秒でCthreshまで増加した。閾値パッチサイズptr(凝固を開始させることになる最小p)は50μmと60μmの間であった。ptrの値はkpatchが減少するのに従って増加し、パッチの表面での生成速度はptrに影響を及ぼすことになることを示していた。パッチの表面での生成速度の変化のせいによるこのptrの変化は、TF濃度が減少すると、tが増加し、ptrが増加することを示した予備実験結果と一致している。数値シミュレーションでは、Dが増やされるに従ってptrの値も増加した。
【0131】
図11は、モデルにおける「凝固」を開始させる可能性がパッチサイズに対する閾値応答を示すことを数値シミュレーションが示していた様子を図示する。シミュレーションでは、パッチp≦50μmは決して「凝固」を開始しなかったが、パッチp≧60μmは常に「凝固」を開始した。
【0132】
実験とシミュレーションの量的一致は、偶然に起きた可能性がある。反応の時間スケールt、即ち単一の実験的に決定されたパラメータは、異なる血漿試料では、閾値パッチのサイズに対するより単純でより信頼性のある予測の判断材料である。
【0133】
閾値以下パッチの緊密なクラスター上での「凝固」に対する数値シミュレーション。Cの濃度プロファイルに対する及び「凝固時間」に対する閾値以下パッチ間の距離を変化させることの効果を判定した。閾値以下パッチp=40μmのクラスターは、互いに十分接近して置かれたときのみ[C]>Cthreshを生じた。40μmパッチが80μm隔てられた場合は、Cthreshには到達しなかったが、パッチが20μmだけ隔てられた場合は、Cthreshに急速に到達し「凝固」が開始された。
【0134】
血漿を使った実験のためにPDMSマイクロ流体チャンバーを調製する
チャンバーを設計し作製する。血漿及び全血実験において使用されるマイクロ流体チャンバー(図12)は、主にpoly(dimethylsiloxane)(PDMS)で構築され、マルチレベル機械圧延真ちゅうマスターから作製された。使い捨てPDMSチャンバーは内径13mm、外径20mm、深さ1mmであった。
【0135】
図12は、血漿及びパターン形成されたリン脂質二重層基材を使った実験のための実験装置を図示する。図12Aは、パターン形成されたリン脂質二重層で被膜されたガラスカバースリップを含有するために使われるPDMSマイクロ流体チャンバー(灰色)の模式図である。再形成組織因子(TF)を有する凝固促進負に帯電したリン脂質(濃灰色)は、不活性中性脂質の背板にパターン形成した。チャンバーは血漿を含有し、上をシリコン処理したガラスカバースリップで閉じて密封された。図12Bはチャンバーの断面図である。
【0136】
チャンバーでの対流及び背板凝固を除去する。溶液中の対流を減少させるために、PDMSチャンバーを4〜8時間NaCl(150mM)溶液に浸漬した。対流をさらに減少させ、PDMS表面上での背板凝固を減少させるために、次に、チャンバーを1〜2時間1%BSA(リン酸緩衝生理食塩水(PBS)溶液中、pH=7.3)に浸漬した。血漿又は全血実験に先立って、チャンバーはNaCl(150mM)溶液で十分にすすいだ。PDMSとシリコン処理したガラススリップ間に良好な密着を形成させるために、BSAの一部をチャンバーの上部外表面から無塵ティシュを使って除去した。
【0137】
凝固実験用のチャンバーを構築する。浸漬したチャンバーを35×10mmペトリ皿(BD Biosciences社製)に置いた。基材(パンターン形成したカバースリップ)をチャンバー内に置いた。クライトックス(Krytox)フッ素化グリースの薄層をチャンバーの上に適用した。次に、適切な血漿又は全血試料(下記参照)をチャンバー内に置いた。次に、シリコン処理ガラスカバースリップを軽く押しつけ、余分な血漿を押し出し、グリースと接触させチャンバーを密封した。次に、ペトリ皿をNaCl(150mM)溶液で満たし、チャンバーを浸したままにしてPDMSを通じた蒸発を排除した。チャンバーは、23〜24℃又は37℃のいずれかで維持した。
【0138】
チャンバー内部の対流を測定する。対照実験では、正常プール血漿中で蛍光微粒子(フルオスフェア、FluoSpheres)のコマ撮り蛍光顕微鏡写真を撮ることにより、PDMSチャンバー内部の流れを測定した。個々のフルオスフェアが進む距離を測定し、その経過時間で割った。フルオスフェア(硫酸微粒子、直径1.0μm、黄緑色蛍光(505/515)、2%固体)の原液は、NaCl(150mM)溶液で希釈した(25μLから5mLへ)。希釈フルオスフェア溶液は、30秒間ボルテックスし、1分間超音波処理し、フルオスフェアの凝集体を粉砕した。このフルオスフェア溶液(70μL)をクエン酸正常プール血漿(210μL)に添加した。フルオスフェア/血漿混合物をチャンバーに添加し、チャンバーを密封した。チャンバー全体の最大10地点で1分ごとに画像を撮影した。
【0139】
組織因子(TF)経路を介して凝固の開始を空間的に制御するパターン形成された支持リン脂質二重層を調製する
汚染を減少させ、親水性の表面を作り出すためにカバースリップを洗浄する。リン脂質二重層を使った凝固実験において再現性のある結果を得るために、大きなガラス粒子及び塵などの汚染物質を除去することが不可欠であった。カバースリップの洗浄過程は、以下の段階、即ち、1)3Mスコッチテープ(#810)を用いて大きなガラス粒子を除去する、2)溶液サイクル(i. EtOH、ii. HO、iii. 10%ES 7×洗浄剤、iv. EtOH、v.ミリポアろ過水)を使って超音波処理し、段階と段階の間ではHO及びEtOHで洗浄し、遊離したガラス粒子をさらに除去する、3)新たに作った「ピラニア」溶液(HSO:H、容積比3:1;この混合物は有機物質と激しく反応するので、慎重に扱わなければならない)にほぼ20分間浸漬する、並びに4)ミリポアろ過水で十分に洗浄しN気流中で乾燥させる、からなっていた。洗浄したカバースリップは、乾燥後直ちに使用した。
【0140】
脂質小胞の溶液を調製する。単層小胞の調製はすでに他所に記載されている(Yee et al., 2004, J. Am. Chem. Soc. 126: 13962-13972)。手短に言えば、ピラニア洗浄されたガラス小瓶で、脂質の適切なクロロホルム溶液を所望の濃度及びモル比まで混合した。クロロホルムはN気流(気体)で蒸発させ、次に、脂質ケーキを少なくとも3時間真空乾燥(50ミリトール)させた。乾燥脂質は、ボルテックスによりミリポアろ過水に懸濁し(10mg/mL)、次に4℃で一晩水和させた。水和小胞は5回凍結融解サイクルにかけた。それをドライアイス/アセトン浴で凍結させ、脂質転移温度より高い温度でオーブン装置で解凍した。これらの小胞は、脂質転移温度より高い温度でホワットマンヌクレポアトラックエッチ(Whatman Nuclepore Track-Etch)膜(細孔サイズ100nm)を10回押し出した(Lipex(商標)Extruder、Northern Lipids社製)。押し出した小胞は、ミリポアろ過水を使って保存濃度まで希釈し(5mg/mL)、4℃で保存した。すべての小胞溶液は2週間以内に使用した。
【0141】
凝固促進小胞を得るために組織因子(TF)を再形成する。TFは、1×HEPES−緩衝食塩水/Ca2+緩衝液中1.25mg/mLの濃度で、DLPC/PS/テキサスレッド(登録商標)DHPE(79.5/20/0.5モルパーセント)の混合小胞に再形成した。図17,18及び19の実験では、小胞溶液中のTF濃度は、0.40nM(TF対脂質比2.5×10−7)であった。TFはすべて小胞に組み込まれていると仮定すると、計算される表面濃度は0.08fmol/cmと考えられる。表1の実験では、TFの最終濃度0.16nM(TF対脂質比1×10−7)を使用した。TFを小胞溶液に添加した後、溶液は37℃で30分間インキュベートし、次に、12℃で保存した。前記小胞は18時間以内に使用した。
【0142】
不活性二重層を形成する。不活性支持リン脂質二重層は、DPPC(97%)及び緑色蛍光色素(3%のオレゴングリーン(登録商標)DHPE又はNBD−DHPEのいずれか)からなっていた(Jung et al., 2005, ChemPhysChem 6:423-426)。二重層は215μLのDPPC小胞溶液(PBS中0.34mg/mL小胞)を親水性PDMSチャンバー中の新たに洗浄したカバースリップに50℃で添加することにより作製した。PDMSは、カバースリップを添加する前に、プラズマクリーナ(SPI Plasma Prep)での酸化により親水性にした。小胞溶液を含有するマイクロ流体チャンバーは50℃で10分間インキュベートし、次に、室温まで冷却した。過剰な小胞は、NaCl(150mM)溶液での洗浄を繰り返すことにより除去した。二重層は室温で暗所に保存し、24時間以内に使用した。
【0143】
露出したガラスのあらゆる部分を除去するために不活性二重層に裏込めする。DPPC二重層の欠陥により引き起こされる露出したガラス基材の部分がないことを確実にするために、すべての二重層は、30μLのDLPC小胞溶液(PBS緩衝液中2.5mg/mL小胞)で裏込めし、暗所において40分間室温でインキュベートさせた。過剰な小胞は、NaCl(150mM)溶液で広範囲に洗浄することにより除去した。これらの二重層は、数時間以内にフォトパターン形成した。
【0144】
不活性二重層のパッチ領域を選択的に除去するためにフォトパターン形成する。DLPCで裏込めしたDPPC二重層に、以前公表された方法を使ってフォトパターン形成した(Yee et al., 2004, J. Am. Chem. Soc. 126: 13962-13972;Yu et al., 2005, Adv. Mater. 17: 1477-1480)。手短に言えば、二重層被膜カバースリップを、フォトマスク(石英上にクロム、Photo Sciences社製)の下のアルミニウムアラインメントトレイ上に置いた。この装置は、0℃に設定された冷却プレート(エコーサーム(Echo Therm)(商標)、Torrey Pines Scientific社製)上に置き、照射中試料の温度を20〜30℃に維持した。二重層は、遠紫外線(二重壁冷却石英浸漬ウェル中のハノビア(Hanovia)中圧450W Hg液浸ランプ)を7分間照射し、次にNaCl(150mM)溶液で十分に洗浄した。パターン形成した二重層は2時間以内に裏込めした。
【0145】
二重層の光除去した領域に凝固促進脂質を裏込めすることによりパッチを作製する。凝固促進パッチを作製するために、パターン形成した二重層を30μLのTF再形成小胞溶液(PBS緩衝液中1.25mg/mL小胞)で裏込めし、室温で4分間インキュベートさせた。活性TFを含有するリン脂質二重層は、以前にすでに調製している(Contino et al., 1994, Biophys. J. 67: 1113-1116 (1994))。過剰な小胞は、NaCl(150mM)溶液で勢いよく洗浄することにより除去した。パターン形成した二重層は直ちに凝固実験に使用した。
【0146】
第XII因子経路を介した凝固開始を空間的に制御するために、シラン処理したガラスカバースリップ上でパターン形成した親水性パッチを調製する
ガラスカバースリップ上に不活性シラン処理した表面を形成する。ガラスカバースリップのシラン処理の詳細な手法は、以前に記載されている(Howland et al., 2005, J. Am. Chem. Soc. 127: 6752-6765)。手短に言えば、新たにピラニア洗浄したガラスカバースリップを清潔なガラス皿に入れた。無水ヘキサデカン(10mL)及びn-octadecyltrichlorosilane(OTS)(40μL)を、N(気体)環境でカバースリップに添加した。この溶液は、30分間インキュベートした。次に、第2の40μL分量のOTSを溶液に添加し、さらに45分間インキュベートした。過剰なOTSは、無水ヘキサデカンで6回洗浄し、続いてEtOHで数回洗浄することにより除去した。シラン処理したカバースリップは真空下で保存し、48時間以内に使用した。
【0147】
不活性シラン処理層で親水性ガラスパッチを選択的に作製するためにフォトパターン形成する。親水性パッチは、上に及び文献(Howland et al., 2005, J. Am. Chem. Soc. 127: 6752-6765)に記載のフォトパターン形成装置を使って作製した。シラン処理カバースリップは、2時間フォトマスクの下で照射した。照射後、カバースリップはEtOH及びミリポアろ過水で洗浄した。パターン形成カバースリップは30分以内に使用した。
【0148】
はんだぬれ性試験を使って親水性パッチを検出する。親水性領域は、グリセロールはんだぬれ性試験を使って検出した(Wu and Whitesides, 2002, J. Micromech. Microeng. 12: 747-758)。パターン形成したカバースリップは、グリセロールで被膜し、過剰なグリセロールは軽度の真空を使って除去した。この過程により、紫外線に曝露されたカバースリップの領域(親水性領域)のみに液滴のグリセロールが残された。画像化後、及び正常プール血漿の添加に先立って、グリセロールは、NaCl(150mM)溶液で勢いよく洗浄することにより除去した。
【0149】
実験用のヒト血液試料を調製する
供血者の血液から全血及び血小板豊富血漿を調製する。血液試料は、シカゴ大学の機関審査委員会により設けられた指針(プロトコル#12502A)に従って個々の健常な供血者から得た。全血は、3.2%クエン酸ナトリウムを含有するバキュテナー(登録商標)チューブに採集した(容積比9:1)。血小板豊富血漿(PRP)は、300×gで10分間の遠心分離により得られた。
【0150】
正常プール血漿を調製する。クエン酸正常プール血漿(NPP)(ヒト)(Butenas et al., Blood 105:2764-2770)は、George King Bio-Medical社より購入し、必要になるまで−80℃、1mL分割量で保存した。必要になると、前記血漿は18℃でインキュベートすることにより解凍した。
【0151】
血漿試料をカルシウム再沈着化し、血栓感受性色素を添加する。血漿試料はすべて、血栓感受性蛍光色素のBoc−Asp(OBzl)−Pro−Arg−MCAを含有するCaCl溶液を添加することによりカルシウム再沈着化した(CaCl、40mM;NaCl、90mM;及びBoc−Asp(OBzl)−Pro−Arg−MCA、0.4mM)。各実験の開始時に、血漿とCaClを含有する溶液を容積比3:1で混合した。このカルシウム再沈着化した血漿溶液(400μL)は、図9に示す実験装置に穏やかに混ぜながら添加した。凝固は、明視野顕微鏡を使ってフィブリンの出現、及び4-Methyl-Coumaryl-7-Amine(MCA)がトロンビンによりBoc−Asp(OBzl)−Pro−Arg−MCAから切断されると生成される蛍光シグナルの出現により検出した。
【0152】
全血試料をカルシウム再沈着化し、トロンビン感受性色素を添加する。全血試料は、1)まず全血(376μL)をトロンビン感受性蛍光色素のrhodamine 110-bis-(p-tosyl-L-glycyl-L-prolyl-L-arginine amide)(2μL、DMSO中10mM)と混合する、2)次に、前記全血はCaCl溶液(23.5μL、200mM)と混合させることによりカルシウム再沈着化した(Rivard et al., 2005, J. Thrombosis and Heamostasis 3, 2039-2043)。このカルシウム再沈着化全血溶液を図12に示す実験装置に添加した。凝固は、rhodamine 110がトロンビンによりrhodamine 110-bis-(p-tosyl-L-glycyl-L-prolyl-L-arginine amide)から切断されると生成される蛍光シグナルの出現により検出した。rhodamine 110色素がMCA色素に代わって全血実験においてトロンビン検出のために使われた。なぜならば、赤血球は、rhodamine 110の最大励起及び発光波長で、MCAよりも吸光係数が低いからである。
【0153】
第XII因子経路をコーントリプシン阻害剤を使って阻害する。TF経路の凝固時間を測定する実験(リン脂質二重層及び再形成TFを使用する全実験)では、第XII因子(接触)経路はコーントリプシン阻害剤(CTI)で阻害した。CTI原液(6.27mg/mL)を、血漿を解凍した直後に(NPP)又は遠心分離後に(PRP)、血漿に最終濃度100μg/mLになるまで添加し、各実験に先立ってほぼ10時間18℃でインキュベートした。全血では、採集後CTIを最終濃度100μg/mLになるまで添加した。第XII因子(接触)経路の凝固時間を測定する実験(親水性ガラスパッチ又はゼラチンを使った全実験)では、CTIは添加しなかった。代わりに、NPPは、各実験に先立って、解凍し18℃で4時間保存した。
【0154】
血漿の凝固開始を画像化する
蛍光顕微鏡を使って凝固及び蛍光脂質を検出する。10×0.4NA対物レンズを冷却CCDカメラORCA ERG1394(12-bit, 1344×1024解像度)(Hamamatsu Photonics社製)と0.65×カプラーで連結したLeica DMI 6000B落射蛍光顕微鏡を使って画像を得た。照明は75W Xe光源が提供した。3種類のフィルターキューブ、即ち1)MCAを検出するためのDAPI/Hoechst/AMCA(λex=320〜400nm、λem=435〜495)(Chroma社製 #31000v2)、2)テキサスレッドDHPE脂質色素を検出するためのテキサスレッド(λex=530〜590nm、λem=600〜680)(クロマ#41004)、並びに3)オレゴングリーンDHPE脂質色素、NBD−DHPE脂質色素、及びrhodamine 110を検出するためのFITC/Bodipy/Fluo3/DiO(λex=455〜505nm、λem=510〜565)(Chroma社製#41001)を使用した。明視野顕微鏡(照明はハロゲンランプから)も使用して、凝固中のフィブリンの形成を検出した(例は図15を参照されたい)。MetaMorph(登録商標)Imaging System(Universal Imaging Corp社製)を使って画像を収集した。画像は、MetaMorph(登録商標)Imaging System及びAdobe Photoshopを使って処理した。全画像補正を、画像全体に及び全組の得た画像に一律に適用した。
【0155】
凝固開始の画像を分析する。凝固の最初のグレースケール蛍光画像及びリン脂質二重層はMetaMorph(登録商標)で着色した。色はフィルターキューブの発光波長により設定した。凝固の全蛍光画像では、そのレベルは同一値に調整した。これらの画像はコピーし、MetaMorph(登録商標)から、RGBモードに設定した新Adobe Photoshopドキュメントに直接張り付けた。Adobe Photoshopでは、MCAからの青色蛍光画像及び脂質二重層の代表的赤色蛍光画像を、赤色画像をスクリーニングすることによりオーバーレイした。すべての変換をすべての画像に一律に適用し、画像はすべて同一の形で処理した。
【0156】
化学モデルにおける「凝固」の開始はパッチのみでの光誘導性酸生成によるものであることを確証するための追加の対照実験
モデル反応混合物の開始の源としての加熱及び光化学を排除する。フォトマスクの加熱を最小限に抑えるために、ショートパス及びIRフィルターを使って、λ<300nm及びλ>400nmの光を排除した。開いたパッチのないフォトマスクの照射では反応は開始せず、反応はマスクの加熱によっては始動しないことを示していた。2−ニトロベンズアルデヒドの不在の下での照射では反応は開始せず、化学モデルの光化学それ自体は使用した条件のもとでは開始を誘発しないことを示していた。照射の不在の下では、モデル反応混合物も500〜1200秒間安定であった。
【0157】
酸生成はパッチ面積に依存していることを確証する。酸性パッチにより生成される酸(H生成)の量を測定するために、モデルシステムは酸感受性蛍光色素の5-(and 6)-carboxy-seminaphthofluorescein-1(SNAFL)で置き換えた(この溶液の調製は上を参照されたい)。SNAFLの蛍光強度を測定することにより酸性パッチの種々のアレイについてH生成を測定した(図13)。H生成は、酸性パッチの同一の総表面積aを有するが、個々のパッチの異なるサイズpを有する異なるアレイはほぼ同量の酸を生成することを確証するために、H生成を測定した。各アレイはパッチの同一の総表面積(a=5.03×10μm)を有し、各アレイはほぼ同量の酸を生成した(因数2以内で)。単一の800μmパッチ(a=5.03×10μm)は2.9×10−2nmol/秒でHを生成し、4×400μmパッチのアレイ(a=5.03×10μm)は3.4×10−2nmol/秒で生成し、16×200μmパッチのアレイ(a=5.03×10μm)は2.6×10−2nmol/秒で生成し、及び64×100μmパッチのアレイ(a=5.03×10μm)は1.7×10−2nmol/秒で生成した。単一400μmパッチ(a=1.26×10μm)は7×10−3nmol/秒で生成した。
【0158】
図13は、生成された酸の量がパッチの総表面積にどのように依存しているのかを図示する。モデル反応混合物の不在の下で、酸感受性蛍光色素の5-(and 6)-carboxy-seminaphthofluorescein-1(SNAFL、二重発光、二重励起特性のある色素)を使ってH生成をモニターした。まず、蛍光強度対H濃度の検量線は、HClによる滴定によりSNAFLについて決定した(データは示していない)。次に、SNAFLの緑色及び赤色蛍光強度の変化を、フォトマスク及びフォト酸層を通した20秒パルスの紫外線に続いて2分ごとに測定した。蛍光強度データ、測定した検量線、及び試料の既知の容積を使って、生成したHの量を判定した。パッチの同一の総表面積aを有するが、異なるパッチサイズpを有するパッチの異なるアレイについてH生成を測定した。H生成は、同一の総表面積を有するアレイでほぼ同じであった(因数2以内で)。H生成は、アレイの4分の1の表面積を有する単一400μmパッチについても測定し、生成したHは2.4〜4.8倍少なかった。
【0159】
反応速度は、H生成線の勾配(図13)を測定することにより判定した。単一400μmパッチは、p≦200アレイの4分の1の面積を有し、ほぼ4分の1の酸を生成したが、化学モデルの「凝固」を開始させることができた。パッチp≦200のアレイは「凝固」を開始させなかった。これらの結果は、閾値は生成される酸の総量によってだけではなく、酸を生成するパッチのサイズによっても決定されるという主張を支持している。
【0160】
フォト酸表面上の化学モデルにおけるpH感受性色素の蛍光強度プロファイルを定量化する
化学モデルにおける「凝固」の開始により、塩基性から酸性状態への変化、及び色素のブロモフェノールブルーからの赤色蛍光の消光が引き起こされた。モデル反応混合物では、最初のグレースケールコマ撮り蛍光画像は、「凝固」が開始されると蛍光の消光(高蛍光から低蛍光への変化)を示した。図17〜19では、化学モデルの画像は、一律に黄色に着色され、濃い物体では閾値化されていた。この手順により、すべての画像において淡黄色と濃い領域は反転していた。
【0161】
図14は、フォト酸表面上の化学モデルにおけるpH感受性色素の蛍光強度プロファイルの定量化を図示する。最初の(無修正の)画像の蛍光強度は、化学モデルを使った実験すべてにおける「凝固」時間を判定するために定量化した。図14Aは、400μmパッチ上の化学モデルにおける「凝固」開始のコマ撮り蛍光顕微鏡写真及びラインスキャン(破線)である。ラインスキャンは、22秒で「凝固」が開始されており、蛍光を消光したことを示す。図14Bは、200μmパッチのアレイ上における化学モデルのコマ撮り蛍光顕微鏡写真及びラインスキャンを示す。ラインスキャンは、蛍光強度が著しく減少しているわけではないので、これらのパッチ上では「凝固」が開始しなかったことを示す。画像の修正及び着色はその情報をゆがめることはなく、着色画像の分析により類似の強度プロファイルが得られた。
【0162】
「凝固」が開始されると、蛍光強度が劇的に減少した。単一400μmパッチは22秒で「凝固」を開始した(図14A)。「凝血塊」は反応性フロントとして、パッチから周囲に伝播し、伝播するに従って蛍光を消光した。200μmパッチのアレイは、220秒以内に「凝固」を開始させることはなかった(図14B)。パッチで強度が増加するのは、上の光源からフォトマスクの透明なパッチを通過してくる少量の赤色及び緑色光によるものであった(図9のモデルシステムの模式図を参照されたい)。蛍光強度は、蛍光を測定するために使われる低倍率における通常の不均一照明により、画像の縁では他より低いように思われた。これとは対照的に、試料の上からの紫外線照明は、直径約6mmの均一な照明領域を生じるように焦点をぼかされた。対照実験として、蛍光色素の均一な溶液を撮像し、その画像は同程度の不均一性を示し、縁では強度を減少させていた。
【0163】
パターン形成された支持リン脂質二重層上の血漿におけるトロンビン感受性色素の蛍光強度プロファイルを定量化する
血漿の凝固の開始により、トロンビンが突発的に生成し、それに付随してフィブリン形成が開始された。血漿中の凝固開始を検出するために、蛍光顕微鏡を使って、4-methyl-coumaryl-7-amide(MCA、青色蛍光)を放出するペプチド修飾クマリン色素のトロンビン誘導切断を検出し(図15H)、明視野顕微鏡を使ってフィブリンの形成を検出した(図15I)。61μmパッチでは(図15A〜E)、血小板豊富血漿(PRP)の凝固はパッチ上で45分以内に開始しなかった。
【0164】
図15は、血漿の凝固開始の定量化を図示する。図15A及びBには、緑色脂質色素を含有する不活性二重層の背板にパターン形成された赤色脂質色素を含有するTF再形成二重層の61μmパッチが示されている。図15C及びDは、MCAのせいによる蛍光強度の大きな増加は61μmパッチ上では20分以内にはまったく観測されなかったことを示す。架橋フィブリン鎖の形成も血小板凝集も61μmパッチ上では観測されなかった。図15Eは、図15Cにおいて蛍光強度を定量化しているラインスキャン((C)の破線)を示す。図15F及びGには、緑色脂質色素を含有する不活性二重層の背板にパターン形成された赤色脂質色素を含有するTF再形成二重層の137μmパッチが示されている。図15H及びIには、137μmパッチ上で2分以内に、トロンビンによるMCAの放出により蛍光強度の大幅な増加が見られた様子が示されている。架橋フィブリン鎖の形成及び血小板の凝集(内側が黒い白色矢印)が137μmパッチ上で観測された。内側が白い白色矢印は、カバースリップ下のPDMSチャンバーにおける不完全点を指摘している。図15Jは、(H)において蛍光強度を定量化しているラインスキャン((H)の破線)を示す。
【0165】
トロンビンによるMCAの放出のための蛍光の大幅な増加は観測されず(図15C及びE)、架橋フィブリン鎖の形成も血小板の凝集も観測されなかった(図15D)。この一般的な応答は、凝固を開始しなかったパッチすべてにおいて見られた。137μmパッチでは(図15F〜J)、2分以内にパッチ上でPRPの凝固が開始した。トロンビンによるMCAの放出のための蛍光の大幅な増加が観測された(図15H及びJ)。架橋フィブリン鎖の形成も血小板の凝集も観測された(図15I)。この一般的な応答は、凝固を開始したパッチすべてにおいて見られた。
【0166】
図18C及びDで提示されたパッチのアレイでは、同一の一般的応答が観測された(図16)。図16には、図18Dに提示されたアレイ上での血漿の凝固開始の定量化を示す。図16A及びBは、50μmパッチのアレイでは凝固が43分以内にパッチ上で開始しなかったことを示す。トロンビンによるMCAの放出のための蛍光の大幅な増加は観測されず(図16A及びB)、架橋フィブリン鎖の形成も観測されなかった。図16C及びDは、400μmパッチのアレイでは3分以内にパッチ上で凝固が開始した様子を示す。トロンビンによるMCAの放出のための蛍光の大幅な増加が観測された(図16C及びD)。架橋フィブリン鎖の形成も観測された。
【0167】
血漿を含有するチャンバーにおける対流を測定し除去する
血漿チャンバー内部の流れ(図12)は、正常プール血漿中の蛍光微粒子(フルオスフィアー)のコマ撮り蛍光顕微鏡写真を撮ることにより測定した。個々のフルオスフィアーが進む距離を測定し、経過した時間で割った(この溶液の調製は上を参照されたい)。チャンバーが流れを除去するために最適化された後、流速は典型的に基材上10μmで3μm/分未満であり、基材上100μmで10μm/分未満であった。3μm/分の流速は、開始された凝固の伝播速度(25〜35μm/分)の10分の1である。
【0168】
流れを除去するために講じる段階。流れを除去するために講じる段階には、i)密封されたPDMSチャンバーを使って、空気/血漿界面(マランゴニ流)で生じる対流及び蒸発を除去する、ii)PDMSチャンバーを4〜8時間NaCl(150mM)溶液に浸漬し、PDMSを通じた蒸発を除去し、一定の浸透圧を維持する、iii)次に、チャンバーを1時間PBS中1%BSA(pH=7.3)に浸漬し、考えうる表面張力の勾配によりPDMS/血漿界面で生じるマランゴニ流を除去する、iv)チャンバーは、血漿を内部で密封した後NaCl(150mM)溶液に浸した、v)顕微鏡観察中の照射量は最小限に抑えた、及びvi)顕微鏡の試料台の動きは最小限に抑えた、が挙げられた。
【0169】
供血者血小板豊富血漿の閾値を、24℃及び37℃で正常プール血漿と比較する
供血者血小板豊富血漿及び正常プール血漿の閾値パッチサイズは24℃及び37℃で測定した。凝固時間は、異なるサイズのパッチを含有するアレイで凝固刺激(TF再形成二重層)を提示するパッチ上で測定した(表1)。単一実験では、7つの異なるパッチサイズ上の凝固時間を測定した。表1中の二重層を調製するために使われる小胞中のTF濃度は0.16nM(TF対脂質比1×10−7)であった。この値は、本文に記載された実験で使用される値(0.40nM)の2.5分の1の濃度である。正常プール血漿(NPP)では、[TF]=0.16nMを使うと、[TF]=0.40nM(t=30秒)を使うより長い反応時間スケールt=206秒を生じ、及び対応するより大きな閾値パッチサイズptr[m]([TF]=0.16nMで160±32μm対[TF]=0.40nMで75±25μm)を生じた。供血者由来の血小板豊富血漿(PRP)の凝固時間対パッチサイズを測定した。所与の[TF]では、PRPはNPP(206秒)より短いt(供血者Xで40秒、供血者Yで48秒)であり、対応するより小さいptr(PRPで85±26及び90±7μm対NPPで160±32)であった。
【0170】
【表1】

【0171】
モジュラー化学的機序は止血の開始を予測する
本発明者らは、モジュラーアプローチを使って築いた単純化学モデルシステムを使って、止血の複雑なネットワークにおける血液凝固開始の時空間的動態を予測してよいことを実証した。マイクロフルイディクスを使って、複雑なネットワークと凝固刺激を提示するパッチでパターン形成された表面を有するモデルシステムの両方を曝露するインビトロ環境を作り出した。両システムとも閾値応答を示し、凝固は閾値サイズよりも大きな孤立したパッチ上のみで開始した。両システムの閾値パッチサイズの規模は、反応と拡散の競合を測定するダムケラー数により表した。反応はパッチにおいて活性化因子を生成し、拡散はパッチから活性化因子を除去する。化学モデルは、ヒト血漿を使って検証される追加の予測をし、マイクロフルイディクスを使って実行されるそのような化学モデルシステムを使って、複雑な生化学的ネットワークの時空間的動態を予測してよいことを示唆している。
【0172】
開始の時空間的動態を形にするために、全体的キネティクスが、i)活性化因子の高次自己触媒的生成、ii)活性化因子の直線的消費、及びiii)高濃度の活性化因子での凝血塊の形成に対応する3種の相互作用モジュールとして、止血のほぼ80反応を表した。活性化因子の濃度Cは制御パラメータとして働いた。これらのモジュール間の相互作用により、これより上の濃度で凝固が開始された閾値濃度Cthreshが生じる(これより下の濃度では凝固は開始されなかった)。この表現では、止血は通常、低Cで安定な定常状態にある。Cのわずかな増加はC<Cthreshを保存し、そのような摂動は減衰し、システムは安定な定常状態に戻る。大きな摂動は不安定な定常状態を超えて濃度を増加させ(C>Cthresh)、活性化因子を増幅させて、凝固を開始させる。したがって、止血の機能的であるが徹底して単純化した化学モデルは、各モジュールをそのモジュールのキネティクスに匹敵するキネティクスを有する少なくとも1つの化学反応で置き換えることにより作製してもよい。
【0173】
図17は、ヒト血漿と単純化学モデルの両方が、凝固刺激を提示するパッチのサイズに対する閾値応答を有する凝固を開始させる様子を図示する。図17Aは、化学モデルにおける「凝固」開始での閾値応答を試験するために使うマイクロ流体デバイスの単純化した模式図である。反応混合物は、2−ニトロベンズアルデヒドを含有するフォト酸表面上に保持していた。フォトマスクを通じた紫外線照射により、2−ニトロベンズアルデヒド(酸性ではない)は2−ニトロソ安息香酸(酸性、pKa<4)に光異性化され、「凝固」刺激の酸性パッチ(緑色)を生み出した。「凝固」が開始されると、塩基性反応混合物は酸性になり、黄色になった。
【0174】
図17Bは、パッチp=200μm(上、開始なし)及びp=800μm(下、急速な開始)上の化学モデルにおける「凝固」開始のコマ撮り蛍光顕微鏡写真(着色黄色)を示す。図17Cは、凝固開始を調節する際のパッチでの凝固活性化因子の生成とパッチから離れていく活性化因子の拡散の競合を定量的に描写する数値シミュレーションを示す。閾値以下のパッチ(上、50μm)では、拡散が優勢であり、活性化因子の濃度は凝固を開始させるのに必要な閾値濃度Cthresh(破線)には到達しない。閾値以上のパッチ(下、100μm)では、活性化因子の生成が優勢であり、Cthreshを超えて、活性化因子が急速に増幅され、凝固が起こる。
【0175】
図17Dは、血漿を含有しそれを凝固刺激を提示するパッチに曝露するために使われるインビトロマイクロ流体システムの模式図である。再形成組織因子を有する負に帯電したリン脂質二重層のパッチ(脂質/TF)(赤色蛍光)は、不活性脂質の背板にパターン形成した。青色は凝固を表す。図17Eは、赤色パッチp=50μm(上、開始なし)及びp=100μm(下、急速な開始)上の血漿の「凝固」開始のコマ撮り蛍光顕微鏡写真(青色蛍光)を示す(p[m]はパッチの直径である)。
【0176】
化学モデルにおける「凝固」開始はパッチサイズに対して閾値応答を示した
この化学モデルシステムの量的動態を観測するために、本発明者らは、酸性パッチ上の「凝固」開始が堅牢(大きなパッチでは開始するが小さなパッチでは開始しない)であるかどうかを試験した(図18A)。「凝固」開始のために刺激物として紫外線を利用した。酸の光化学的生成は、フォトマスクを使って空間的にパッチに限定した。酸は表面パッチから溶液中に拡散し、「凝固」反応は、酸の局所濃度が閾値Cthreshを超えた場合のみ開始された。
【0177】
図18は、ヒト血漿におけるインビトロ凝固開始が、凝固活性化因子である組織因子(TF)を提示する脂質表面の総評面積ではなく空間的分布に依存していることを、化学モデルが正しく予測している様子を図示する。図18Aは、パッチp=50、200、400及び800μmのアレイ(上から下、緑色)上の化学モデルにおける「凝固」開始のコマ撮り蛍光顕微鏡写真(黄色)である。アレイはすべてパッチの同一総面積を有していた(5×10μm)。パッチp=50〜200μmのアレイ上では「凝固」は開始しなかったが、パッチp=400〜800μm上では急速に開始した。図18Bは、Aに示されるデータを使って、化学モデルにおける「凝固」開始に対する閾値応答を定量化するグラフである。図18Cは、p=100μm及びp=400μmパッチのアレイ(赤色)上の血漿の「凝固」開始(青色)を示すが、p=25μm及びp=50μmパッチのアレイ上(赤色)では開始がないことを示すコマ撮り蛍光顕微鏡写真である。すべてのアレイにおけるパッチの総評面積は同一であった(3.5×10μm)。図18Dは、Cに示されるデータを使って、血漿の「凝固」開始に対する閾値応答を定量化するグラフである。凝固時間はフィブリンの出現をモニターすることにより判定した。
【0178】
化学モデルにおける「凝固」開始は、円形パッチの直径であるパッチサイズp[m]に対する閾値応答を示した(図18B、17実験)。単一パッチp≧400≧ptrμmは、約22秒で確かに「凝固」を開始し、単一パッチp≦200<ptrμmは、500秒以内に開始を引き起こすことはなかった。対照実験は、開始は表面での酸の生成によるものであって、試料の加熱によるものでも溶液の光化学によるものでもないことを立証した。
【0179】
化学モデルにおける「凝固」開始はダムケラー数により表してよい
このシステムにおける動態の半定量的記述を得るために、本発明者らは、反応と拡散の競合を考慮することにより、閾値パッチサイズptr[m](凝固を開始させる最小パッチのサイズp)を評価した。反応は時間スケールt[秒]でパッチにおいて活性化因子を生成し、拡散輸送は時間スケールt[秒]でパッチから前記活性化因子を除去する。パッチp<ptrでは、拡散が優勢であり(t<t)、活性化因子の濃度は決して閾値Cthreshに到達しない。パッチp>ptrでは、反応が優勢であり(t>t)、活性化因子の局所濃度は閾値Cthreshを超え、「凝固」を開始させる。この競合はダムケラー数により表され(Bird et al., 2002, Transport Phenomena, John Wiley & Sons, New York, 2nd ed.)、ptrはt≒tであるpに一致する(図18C)。t≒p/Dなので、ptrはptr≒(D×t1/2として対応するはずである(D[m/秒]は活性化因子の拡散係数である)。このスケーリング予測は妥当であり、凝固中の膜上でタンパク質分解フィードバックループを調節する膜パッチサイズに対して元来提唱されたスケーリング予測と一致している(Beltrami and Jesty, 2001, Math. Biosci. 172: 1-13)。化学モデルシステムでは、実験値200<ptr<400μmは、D(H)約10−8/秒、及びt約22秒を使って計算した予測されたptr約470μmと一致している。
【0180】
化学モデルは、凝固開始に対する時空間的動態を正しく予測する
この化学モデルは血液凝固の開始に対し4つの予測をする。まず、このモデルは閾値パッチサイズptrの存在及び値を予測する。この予測を試験し、止血ネットワーク開始の動態を調べるために、本発明者らは、空間及び時間において凝固開始を制御するインビトロマイクロ流体システムを開発した(図18D)。パターン形成され支持リン脂質二重層を使って凝固刺激、即ち二重層に組み込まれる再形成されたヒト組織因子(TF)と共にホスファチジルセリンを含有する脂質表面のパッチを提示した。TFは、血管損傷及び動脈硬化プラーク破裂の部位で曝露される膜内在性タンパク質である。これらの凝固誘導パッチは、不活性脂質二重層(ホスファチジルコリン)の背板領域に取り囲まれていた。パターン形成された脂質表面上に新たにカルシウム再沈着化された血漿を含有し、対流を除去するためにマイクロ流体チャンバーを使った。
【0181】
止血ネットワークの開始は、2種類の経路、即ちTF経路及び第XII因子経路を通じて起きてよい。TFによる開始を試験する実験では、コーントリプシン阻害剤を使って第XII因子経路を阻害した。このネットワークの「開始」とは、トロンビンの急増及びフィブリン形成の開始で最高潮に達する凝固過程のことである。明視野顕微鏡を使ってフィブリンの形成を検出し、蛍光顕微鏡を使ってペプチド修飾クマリン色素のトロンビン誘導切断を検出した。本明細書に報告する凝固時間は、フィブリンが出現する時間を示し、すべての実験で、フィブリンの出現は蛍光の増加と相関していた。凝固の蛍光画像は、色素のバックグラウンド蛍光を減少させるように一律に閾値化されていた。
【0182】
このマイクロ流体システムにおける血漿の凝固開始は、パッチサイズに対して閾値応答を示した。パッチp≧100μmは、3分未満で凝固を開始し(44実験のうち40実験)、パッチp≦50μmは凝固を開始しなかった(28実験のうち28実験、実験当たり少なくとも30パッチ)(図18E)。パッチp≦50の実験において、背板凝固が32〜75分で観測され(一般に開始はパッチ上ではなかった)、まったくパッチのない表面上での開始の45〜70分範囲と一致しており、他の研究者が報告している背板凝固時間と一致していた。開始された凝固は反応性フロントとして25〜35μm/分で伝播した。ptrの値を予測するために、D約5×10−11/秒を使い(凝固カスケードの増幅に関与する代表的活性化タンパク質としてのトロンビンに対する近似値)、t約30±5秒を使った(パターン形成していない凝固誘導二重層上の凝固開始時間を測定することにより得られた)。予測されたptr約40μmは、測定値50<ptr<100μmと一致している。膜内での活性化因子の拡散を考慮することにより、かなり小さな閾値パッチサイズ(数μm)が以前提唱されていた。結果は、ptrが溶液中のタンパク質の拡散により決定されることを示す。
【0183】
第2に、モデルは、パッチの総表面積ではなく、個々のパッチのサイズ(孤立していて、相互作用がない)が凝固の開始を決定することを予測している。この効果を実証するために、化学モデルをパッチのアレイに曝露した(図19A及びB)。
【0184】
図19は、ヒト血漿の凝固開始が、拡散により連通している閾値以下パッチの緊密なクラスター上で起こりうることを化学モデルが正しく予測している様子を図示する。図19Aは、化学モデルシステムにおける閾値以下パッチp=200μmのクラスターの固定時間(54秒)蛍光顕微鏡写真を示す。これらのパッチは、200μm(右)離すと「凝固」を開始したが、800μm(左)離すと凝固を開始しなかった。図19Bは、血漿に曝露された閾値以下パッチp=50μm(赤色)のクラスターの固定時間(9分)蛍光顕微鏡写真を示す。これらのパッチは、50μm(右)離すと凝固を開始したが、200μm(左)離すと凝固を開始しなかった。
【0185】
各アレイは、パッチの同一総表面積(5×10μm)を有しており、同量の酸を生成したが、パッチp≧400μmのアレイのみが「凝固」を開始した。総面積は無関係であった、つまり単一閾値以上パッチは、閾値以下パッチのアレイの4分の1の面積であり、約4分の1の酸しか生成しないにもかかわらず、「凝固」を急速に開始した。血漿の凝固(図19C及びD)もこの動態を示し、即ち同一総表面積のパッチのアレイ中、パッチp≧100μmのアレイのみが凝固を開始した(パッチサイズ当たり6測定値)。凝固開始は、試料中のTFの空間的分布に精緻に感受性であった。試料中のTFの量がわかるだけでは、開始が起こるかどうかを予測するには十分ではなかった。なぜならば、一定容積の血漿を使う実験では、閾値以上パッチは凝固を誘導し、それより20倍の総表面積があり、20倍のTFを有する閾値以下パッチのアレイは開始を誘導しなかったからである。
【0186】
第3に、モデルは、閾値以下パッチの十分に緊密なクラスターは凝固を開始させるはずであることを予測している(図20)。図20の画像は、化学モデルが第2(第XII因子)の経路を介した凝固開始を正しく予測している様子を図示しており、モデルがインビトロでの止血の複雑なネットワーク全体の開始の動態を描写していることを示唆している。ガラス上のヒト血漿における第XII因子経路を介した凝固開始の試験が示されている。13分(図20A)及び21分(図20B)の2枚のコマ撮り蛍光顕微鏡写真は、不活性シラン処理ガラスの背板にパターン形成された凝固誘導親水性ガラスパッチp=400、200、100,50、及び25μm(左から右へ、白色)のアレイ上での凝固開始を示す。本明細書に示す血漿試料では、閾値パッチサイズは100μmと200μmの間であった。
【0187】
クラスター周辺のパッチ上での活性化因子の生成は、中心パッチから離れた活性化因子の拡散流量を減らしている。所与のtでは、ptrに等しい拡散長スケールよりも間隔を狭めた閾値以下パッチでは凝固開始が起こるはずである。この効果を実証するために、本発明者らは、化学モデル(200<ptr<400)を閾値以下パッチの2つのクラスターに曝露した(図20A)。200μm離された200μmパッチのクラスターは、「凝固」を急速に開始し、800μm離されたクラスターは開始しなかった。数値シミュレーションはこれらの実験と一致している。これらの予測は、血漿を使って立証され(50<ptr<100)、50μm離された50μmパッチのクラスターは、凝固を急速に開始し、200μm離されたパッチのクラスターは開始しなかった(9実験、図20B)。活性化因子の増幅は膜の、特に血小板の表面でははるかに急速に起こりうることは公知であり、これらの結果は、ptrを設定する際の溶液中の輸送の重要性をさらに裏付けている。
【0188】
第4に、この化学モデルが、TF経路における反応の一部ではなくネットワークの開始の全体的動態を表しているとすれば、第XII因子経路を介した血液凝固の開始も閾値応答を示すと考えられることが示唆される。この経路を開始させるために、本発明者らは血漿を負に帯電したガラスに曝露し、開始はt約9分で起きた。本発明者らは、トロンビンの拡散係数を使って、閾値パッチサイズptrを約(D×t1/2、即ち約160μmと予測した。この予測を試験するために、親水性ガラスのパッチを、不活性疎水性シラン処理ガラスの背板に作製した。ptr約100μmは、血漿を異なるサイズのパッチの単一アレイ上に置くことによりすぐに決定された(図9)。14実験すべてにおいて、パッチp≧200μmは凝固を誘導したが、パッチp≦50μmは凝固を誘導しなかった。パッチp=100μmは閾値サイズに近く、14実験のうち4実験のみで凝固を開始し(12〜19分)、パッチごとの表面化学のわずかな変動と一致しているか、又は第XII因子経路を介した凝固開始の確率的性質と一致している。したがって、被検者の血液がTF又は第XII因子経路のいずれかにより凝固を開始する能力は、異なるサイズのパッチのアレイを有する単一スライド上で閾値応答を測定することによりすぐに評価することができる。
【0189】
止血ネットワークにおける凝血塊伝播を描写する機序
止血の調節機序の理解に向けた1つのアプローチは、あらゆる複雑な生化学的ネットワークに関して、そのネットワークのモデルを開発することである。図21は、単純な調節機序に基づく止血の動態、即ち活性化因子の生成と除去間の競合により引き起こされる閾値応答を再現する単純な化学モデルを図示する。この閾値応答は、活性化因子の濃度Cactが臨界濃度Ccritを超える場合にのみ凝固が起こることにより明らかにされる。この機序は、1)CactがCcritより上にとどまる場合、凝血塊は一定速度F[m/秒]で反応性フロントとして伝播する、及び2)ベッセルの所与の幾何学では、妨害ベッセルから血流のある非妨害ベッセルへの凝血塊伝播は、血流のあるベッセルにおける剪断速度

[/秒]に依存している。
【0190】
図21は、高(a)及び低(b)剪断速度での2つのベッセルの接合点を通過する凝血塊伝播の調節のための提案された機序の模式図である。凝固(青色)は活性化因子(・)の濃度Cactが臨界濃度Ccritを超えると開始する。CactがCcritより上にとどまる場合、この凝血塊は速度F[m/秒]で反応性フロントとして妨害ベッセル中を伝播する。伝播している凝血塊が2つのベッセル(接合点)間の接合点に到達すると、接合点での血流のあるベッセル(流動ベッセル)における剪断速度

[/秒]によって伝播は停止するか、又は続行する。図21aは、流動ベッセル中の活性化因子が、生成されるよりも速く成長する凝血塊から除去され、流動ベッセル中のCactをCcritよりも下に維持するために、流動ベッセルの

が閾値剪断速度

よりも上の場合、凝血塊伝播は接合点で停止する様子を図示する。図21bは、流動ベッセル中の活性化因子が成長する凝血塊から除去されるのが生成されるよりも遅く、流動ベッセル中のCactにCcritを超えさせるために、流動ベッセルの



よりも下の場合、凝血塊伝播は接合点を通過して続行する様子を図示する。
【0191】
本発明は、インビボと単純インビトロ実験間の妥協案を提示するマイクロ流体システムを提供する。本発明は、流動、幾何学、及び表面の正確な制御を可能にする。このシステムをヒト血漿で使って、提唱された機序の予測を試験し、この単純な機序が、凝血塊伝播の時空間的動態の調節に対する洞察を提供することを実証した。
【0192】
凝血塊は、流動が不在の下で一定速度で反応性フロントとして伝播する
凝血塊は、一定速度で反応性フロントとして伝播するという予測を試験するために、本発明者らは、マイクロ流体システムを使って、ヒト血漿の凝固を調節し観察した。このシステムはpoly(dimethylsiloxane)(PDMS)に作製した。
【0193】
図22は、流動の不在の下でのマイクロ流体チャネルを通じた血液凝固伝播の測定を図示する。凝血塊は、チャネル壁上を凝固の膜結合阻害因子であるトロンボモジュリン(TM)の不在及び存在の下で、類似の速度Fで伝播する。図22aは、マイクロ流体デバイスにおける凝血塊伝播を開始させモニターするための手順の模式図である。凝固は、脂質−TF被膜チャネル壁上のみで開始し、不活性脂質上では開始せず、デバイスのうち不活性脂質がチャネル壁を被膜する部分へと伝播した。図22bは、再形成TFを有する脂質(脂質−TF)を、不活性脂質の背板におけるチャネルの特定部分に局在化できることを示すマイクロ流体デバイスの蛍光顕微鏡写真である。図22Cは、血漿をチャネル内に導入した後の0、40、及び80分での凝血塊の位置を示すコマ撮り蛍光顕微鏡写真である。図22dは、TMの不在の下での(F≒20μm/分)、及びTMの存在の下での(脂質対TM=7.6×10、F≒25μm/分、及び脂質対TM=7.6×10、F≒24μm/分)凝血塊伝播速度を定量化する実験を示す。
【0194】
凝固開始及び伝播は、同一チャネルの壁を異なるリン脂質でパターン形成することにより空間的に隔てられていた(図22a)。このパターン形成は、リン脂質小胞を含有する2つの層流を、チャネルの反対端からデバイスに流し込むことにより実施した。1本のストリームは、凝固を開始させる脂質、即ちホスホコリン、ホスファチジルセリン、及びテキサスレッド(登録商標)ホスホエタノールアミンの混合物を再形成組織因子と共に含有しており(脂質−TF、図22a)、もう一方のストリームは、凝固を開始しない脂質、即ちホスファチジルコリンを含有していた(不活性脂質、図22a)。次に、チャネルはNaCl水溶液で洗浄して、過剰な脂質小胞を除去し、チャネル壁上に脂質−TF又は不活性脂質の被膜を残した(図22a、b)。次に、血漿をデバイスに流し込み、脂質−TFに接触させ、流動を停止した。明視野顕微鏡を使ってフィブリン形成を検出し、蛍光顕微鏡を使ってペプチド修飾クマリン色素のトロンビン誘導切断を検出して、凝固をモニターした。
【0195】
凝固は、チャネル壁が脂質−TFで被膜されている場所のみで開始した。この凝血塊は、デバイスのうち不活性脂質で被膜された部分に伝播した(図22a)。この凝血塊は、一定速度F≒20μm/分で反応性フロントとしてチャネルの中を伝播した(図22c、d)。
【0196】
チャネル壁上のトロンボモジュリンは凝血塊伝播に影響を与えない
凝血塊伝播はトロンボモジュリン(TM)、即ち血管損傷部位近傍の血管壁上に位置する凝固阻害因子によって調節されると提唱されてきた。TMが血漿に均一に混合されている場合には、凝血塊伝播は減少することが明らかにされている。血管壁上のTMの局在化を再現するために、TMをチャネル壁に組み込ませ、このTMが凝血塊伝播を停止させるのに十分かどうかを試験した。本発明者らは、再形成TMで不活性脂質小胞を形成することにより(脂質対TM)、及び上記の手順を使ってチャネル壁を被膜することにより、不活性リン脂質表面にTMを組み込んだ。
【0197】
対照実験は、チャネル壁上のTM活性が、血管内皮細胞の単層に対して以前測定されたのと同一桁であることを立証した。測定されたTM活性は表2に示されており、この表は、再形成トロンボモジュリン(TM)を有する卵PC脂質被膜表面からの活性化タンパク質C(aPC)生成の定量化を図示する。凝血塊伝播の対応する速度を示す。
【0198】
【表2】

【0199】
脂質対TMのモル比が7.6×10の場合、凝血塊は、TMがない場合とほぼ同一速度で伝播した(F≒25μm/分、緑色三角形、図22c)。チャネル壁に位置するTMが凝血塊伝播を停止させないことをさらに明らかにするために、TM密度を10の因数で増加させても、Fの感知できるほどの変化はまったく観測されなかった(図22c)。追加の対照実験では(表2を参照されたい)、本明細書で使用する両方の濃度では、高TM濃度で以前観測された飽和効果と一致する類似のTM活性が示された。このデバイスにおけるTMの存在の下での凝血塊伝播(表面対容積比約0.02μmμm−3)は、これらの条件の下で凝血塊伝播を調節することを追加の機序が司っている可能性があることを示唆している。
【0200】
剪断速度は、1つのチャネルから別のチャネルへの凝血塊伝播を調節している
血流の

が凝血塊伝播を調節するという予測を試験するために、本発明者らは、凝血塊の先端を、流れるカルシウム再沈着化血漿に曝露するマイクロ流体デバイスを考案した。
【0201】
図22は、

に対する閾値が接合点を通る凝血塊伝播を調節する様子を図示する。図22aは、接合点を通る凝血塊伝播の

に対する依存性を試験するために使うマイクロ流体デバイスの模式図である。接合点を通る凝血塊伝播は、流動チャネル(黒色)の3区域(破線)をモニターすることにより判定した。黒色矢印は、流動の方向を示す。図22b、cは、凝血塊が接合点に到達した27分後の流動チャネルの3区域の蛍光顕微鏡写真である。図22bは、

では、凝血塊が「弁」の中まで伝播しなかった様子を示す。図22cは、

では、凝血塊が「弁」の中まで伝播し、次に「弁」から下流の流動チャネルの残りの部分で凝固した様子を示す。図22dは、凝血塊伝播の

に対する依存性の定量化である。破線は短い凝固時間と長い凝固時間の間の分割を表している。中黒円は凝固が「弁」において観測された実験を表している。中白円は「弁」における凝固に先立って停止した実験を表している。
【0202】
このデバイスは、血漿が流れている非妨害連結チャネルにおいて開始を引き起こすことなく、1つのチャネル(開始チャネル、図22a)において流動の不在の下で凝固開始を可能にした。さらに、このデバイスは、弁において観測される循環流体を再現するために、静脈弁に類似する流動チャネルにあるデバイスを組み込んだ。図22aは、この「弁」が流動チャネルにおける血漿の滞留時間を増加させ、開始チャネルと流動チャネル間の接合点(その後に接合点と呼ばれる)からの凝血塊伝播のモニターを可能にしたことを図示する。対照実験は、「弁」内での循環流体を裏付けた。このシステムは、平均流速Vav[m/秒]及び

の制御も可能にした。本発明者らは、流動の存在の下での凝血塊形成を研究する際に広く使われているパラメータである

の点から、接合点を通る凝血塊伝播を分析した。圧力駆動流では、表面での局所流速V[m/秒]はゼロである。剪断速度は、表面からの距離が増していくのに合わせたVの変化を描写し、表面近傍のあらゆる方向への輸送を決定する。本発明者らは、長方形断面を有するチャネルの垂直壁の中間地点の

を計算した。凝固時間は、凝血塊が接合点から「弁」まで伝播する時間が30分よりも大きい場合は「長い」と見なした。図22dは、自然凝固が流動チャネルにおいて60〜80分で起きた様子を示す。
【0203】
流動チャネルの開始チャネルから「弁」までの伝播は

に対する閾値応答を示し、閾値剪断速度

はこれらの条件の下では約90/秒であった(図22d)。開始チャネルでは凝固は流動の不在の下で開始され、接合点へと伝播した。開始チャネルにおいて、接合点への伝播は常に流動の不在の下で起きた。流動チャネルの



よりも上の場合、凝血塊伝播は接合点で停止し、長い凝固時間をもたらした(図22b)。しかし、流動チャネルの



よりも下の場合、開始チャネルの凝血塊は接合点を通過して、まず流動チャネルの「弁」まで、次に「弁」の下流の流動チャネルの残りの部分まで伝播し、短い凝固時間をもたらした(図22c)。

に非常に近い

では、本発明者らは

が同一の2つの実験において短い凝固時間と長い凝固時間の両方を観測し(図23d)、これにより接合点を通過する伝播の

に対する感受性が実証された。
【0204】
「弁」における剪断速度ではなく接合点における剪断速度が凝血塊伝播を調節する
接合点における

が凝血塊伝播を調節することをさらに実証するために、本発明者らは、接合点での

を「弁」での

から切り離すデバイスを考案した。図22に示すデバイスでは、接合点での

の変化により、「弁」での

が変化し、したがって、「弁」での再循環速度が変化した。
【0205】
図23は、接合点を通過する凝血塊伝播は、「弁」での

ではなく、接合点での

による調節される様子を図示する。剪断速度、凝固時間、及びデバイスの一部の模式図が示されている。凝固時間は2つの実験の平均として報告されている。デバイスの大きさは図26を、図23a〜dにおける実験の流速は表3を参照されたい。
【0206】
接合点と「弁」の両方での高

(190/秒)は、長い凝固時間をもたらし(図23a)、接合点と「弁」の両方での低

(30/秒)は、短い凝固時間をもたらした(図23b)。接合点での流動チャネルの幅を狭めて、接合点での高

及び「弁」での低

を生み出した場合、長い凝固時間が観測され(図23c)、「弁」での低

は接合点を通過する凝血塊伝播を促進するのに十分ではないことを示唆している。接合点での流動チャネルの幅を拡大して、接合点での低

及び「弁」での高

を生み出した場合、短い凝固時間が観測され(図23d)、「弁」での

ではなく、接合点での

が凝血塊伝播を調節することを示唆している。
【0207】
【表3】

【0208】
短時間にトロンビンを阻害すると、閾値以下剪断速度では凝血塊伝播を停止する
提唱された調節機序(図21)は、活性化因子の除去速度が活性化因子の生成速度に勝り、流動チャネルにおいてCact<Ccritを維持する場合、凝血塊伝播は接合点で停止することを示唆している。したがって、活性化因子の生成速度を減少させると、Cact<Ccritを維持するのに必要な

は減少するはずである。この仮説を試験するために、本発明者らは、接合点の凝血塊を不可逆直接トロンビン阻害剤のD-phenylalanyl-L-prolyl-L-arginyl-chloromethyl ketone(PPACK、図24a)に短時間曝露した。
【0209】
図24は、接合点の凝血塊を不可逆直接トロンビン阻害剤(PPACK)に短時間曝露することにより、流動チャネルの

の場合の、接合点を通過する凝血塊伝播を減少させることができることを図示する。図24aは、接合点の凝血塊の縁がPPACKに曝露されている実験の模式図である。図24bは、流動チャネルの

の場合の、接合点を通過する凝血塊伝播への7分間PPACK曝露の効果の定量化を図示する。凝血塊伝播は、7分間PPACK曝露後著しく減少した。PPACKを使った凝固時間は、PPACK流動が停止された後の時間として報告される。エラーバーは最小値と最大値間の範囲として報告されており、平均が示されている。
【0210】
トロンビンは、凝血塊伝播中に高濃度で生成される凝固の強力な活性化因子であり、正のフィードバックに関与しているため、阻害の標的として選択された。カルシウム再沈着化血漿を、

でデバイスに流し込むと、図21におけるように凝固が開始された。凝血塊が接合点に到達すると、PPACK(最終濃度=0.75μM)が血漿に取り込まれ、

で7分間流し込まれた。次に、PPACKの流動は停止され、カルシウム再沈着化血漿が

で流し込まれ、図22におけるように凝固がモニターされた。この7分間PPACK曝露は、PPACK曝露なしの11分からPPACK曝露での46分に凝血塊伝播を著しく遅くした(図24b)。PPACKの不在の下での対照実験により、接合点での凝血塊が、

への10分曝露後活性なままであることが立証された。
【0211】
これらのインビトロの結果は、血管損傷部位へのPPACKの局所的投与は、同一の抗血栓性効果を実現するためには全身投与よりも数桁低い濃度でよいことを実証した以前のインビボ研究を補完している。総合すると、これらの結果は、不可逆直接トロンビン阻害剤又はヒルジン(K=20fM)などの高結合親和性を有する可逆直接トロンビン阻害剤は、凝血塊に位置するトロンビンの延長した阻害を通じて血栓症を効果的に予防できると考えられることを示唆している。
【0212】
流動の存在の下での接合点における凝血塊伝播をモニターした実験で使用したデバイスの幾何学及び寸法
図25は、流動の存在の下で接合点を通る凝血塊伝播をモニターするための実験手順の模式図である。図25aには、2種類のリン脂質小胞(脂質−TFと不活性脂質)をNaCl溶液(150mM)に浸漬したPDMSデバイスに流し込んだ様子を示す。各脂質−TF流は0.5μL/分で流し、各不活性脂質流は2.0μL/分で15分間流した。確実に脂質−TFが接合点を通って流れないようにするために、脂質小胞は次々に停止させた。まず、脂質−TFを停止され、不活性脂質はほぼ1分間流れ続けた。不活性脂質を停止するためには、栓をした注入口(クロス)から栓を抜き、NaCl溶液(150mM)を1.0μL/分でこの注入口に流し込んだ。次に、不活性脂質(i)の流動を停止させ、NaCl溶液(150mM)を1.0μL/分でこの注入口に流し込んだ。最後に、不活性脂質(ii)の流動を停止させた。図25bは、過剰な脂質小胞は、NaCl溶液をそれぞれ20分間1.0μL/分で流すことにより除去した様子を図示する。この手順により、チャネル壁上に脂質の被膜が残った。NaCl溶液を停止させた後、デバイスをNaCl溶液からはずし、アウト(i)及びアウト(iii)を密封した(上と下のクロス)。出口を密封するために、少量(25〜50μL)のNorland Optical Adhesive 81をPDMSに適用し、15〜20秒間紫外線(λ=320〜400nm)に曝露した。次に、血漿及びCaCl溶液(CaCl、40mM;NaCl、90mM;及びBoc−Asp(OBzl)−Pro−Arg−MCA、0.4mM)を3:1容積流量比(血漿対CaCl溶液)で流し込むことにより、チップ上に血漿をカルシウム再沈着化した。これらの溶液は、ほぼ1分間流し、次にアウト(ii)を上のように密封した(中位クロス)。最後に、デバイスをEDTA溶液(50mM)に浸した。図25cは、チャネル壁が脂質−TFで被膜された場所で凝固が開始した様子を図示する。この凝血塊は、接合点まで伝播し、凝固は「弁」でモニターした。
【0213】
図26は、流動の存在の下で接合点を通る凝血塊伝播のために使うデバイスの実際の幾何学と寸法を示す模式図である。図26aは、図23、24、及び25で使われるデバイスの基本設計を示す。このセクションでのデバイスでは、区域1、3、及び4の高さ(h)、幅(w)、及び長さ(l)は同一であった。図26b、c、dは、同一実験の接合点及び「弁」での異なる剪断速度を得るために、区域2で作製したチャネル幾何学の異形を示す。区域2の4チャネルすべてにおいて同一異形を作製した。PPACK実験では(図24)、デバイス幾何学は、このデバイスが溶液を切り替えさせる1つの余分な注入口を有すること以外、a及びbに示されるのと同じであった。
【0214】
プラグベースマイクロ流体システムを使った全血又は血漿内での抗凝固薬アルガトロバンのオンチップ滴定及び凝固時間の判定
プラグベースマイクロ流体システムを開発して、抗凝固薬(アルガトロバン)を血液試料中に滴定し、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)試験を使って凝固時間を測定した。これらの実験を実施するために、以下の技術、即ち、i)マイクロチャネル壁上にテフロン(登録商標)AFコーティングを使って、血液を含有するプラグの形成及びプラグ内での固形フィブリン塊の輸送を可能にする、ii)親水性ガラス毛細管を使って、水流からプラグ内への試薬の確実な合流を可能にする、iii)明視野顕微鏡を使ってプラグ内のフィブリン塊の形成を検出し、蛍光顕微鏡を使い、蛍光発生基質を使ってトロンビンの生成を検出する、並びにiv)アルガトロバン(0〜1.5μg/mL)のプラグ内への滴定及びこうして得られたAPTTの室温(23℃)と生理的温度(37℃)での測定をプラグベースシステムのために開発した。APTT測定は正常プール血漿(血小板欠乏血漿、PPP)を使って、及び供血者血液試料(全血と血小板豊富血漿の両方、PRP)を使って行った。プラグベースマイクロ流体デバイスにより測定したAPTT値及びAPTT比は、37℃で臨床検査室で得られた結果と比較した。オンチップアッセイから得られたAPTTデータは、臨床検査室で得られた結果の約倍であったが、これら2つの方法から得られたAPTT比は互いによく一致していた。
【0215】
試薬及び溶液。水溶液はすべて18−MΩ脱イオン水(Millipore社製、ビルリカ、マサチューセッツ州)で調製した。試薬はすべて、他に明記していなければ、Sigma-Aldrich社(セントルイス、ミズリー州)より購入した。ヒトα−トロンビンの蛍光発生基質であるt-butyloxycarbonyl-β-benzyl-L-aspartyl-L-prolyl-L-arginine-4-methyl-coumaryl-7-amide(λex=365nm、λem=440nm)は、Peptide Institute社(大阪、日本)より購入した。この基質では、37℃の速度パラメータは、0.15M NaCl、1mM CaCl及び1mg/mL BSAを有するpH8.0の50mM Tris−HCl緩衝溶液中でkcat=160/秒、K=11μMであった。APTT試薬のSigma Diagnostics Alexinは、Trinity Biotech社(ウィックロー、アイルランド)より入手した。アルガトロバン(保存濃度100mg/mL)はGlaxoSmithKline社(フィラデルフィア、ペンシルベニア州)より入手した。この保存液は、実験に先立って150mM NaCl、20mM Tris、pH7.8で希釈した。1H, 1H, 2H, 2H-perfluoro-1-octanol(PFO、98%)はAlfa Aesar社より入手した。
【0216】
活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)アッセイのプロトコル。血液試料は、シカゴ大学病院放射線学科の機関審査委員会(プロトコル#12502A)の承認を得て健常な供血者から入手した。全血は、脱灰全血を得るために、1部3.2%クエン酸ナトリウム対9部血液の比でバキュテナーチューブに採集した。チューブは穏やかに振って内容物を混合した。供血者の全血(細胞も血漿も含有している)を使う実験用に、試料はさらに処理することなくバキュテナーチューブから使用した。供血者の血小板豊富血漿(PRP)を使う実験用に、血漿は、バキュテナーチューブからの試料を1600rpmで10分間2度遠心分離した後に得た。正常プール血漿(血小板不足血漿、PPP)は、George King Biomedical社(オーバーランドパーク、カンザス州)から入手し、−80℃で保存した。これらのプール血漿試料は、少なくとも30人の健常な供血者の血漿で構成されていた。正常プール血漿(PPP)を使う実験用に、試料は解凍し、次に1500rcfで15分間遠心分離して、長い貯蔵から生じた沈着デブリを除去した。
【0217】
血液凝固のネットワーク中の反応は、通常2種類の経路、即ち、内因性経路と外因性経路に分類される。APTTアッセイは、内因性経路により開始された場合の凝固に必要な時間を測定する。APTT試薬は、2つの成分、即ち、i)第XII因子に結合して内因性経路を開始させる負に帯電した粒子、及びii)因子複合体に必要な結合部位を提供するリン脂質を含有している。この研究に使用するAPTT試薬であるAlexinでは、活性化因子はエラグ酸であり、リン脂質はウサギ脳セファリンであった。まず、一部の脱灰血液試料を一部のAlexinと混合し、3分間インキュベートして、凝固の内因性経路を十分に活性化した。次に、血漿とAlexinのこの混合物は、一部の20〜25mM CaClでカルシウム再沈着化した。CaClの最終濃度は約7〜8mMである。過剰なCaClを使ってクエン酸の効果を克服する。最後に、CaClの添加と試料内でのフィブリン塊の検出の間に経過する時間はAPTTとして記録する。この手順は、APTTを測定するためにプラグベースマイクロ流体デバイスを適合させるための指針として使われた。APTTの臨床結果は、シカゴ大学病院の凝固研究所によりSTA Coagulation Analyzer(Diagnostica Stago社製、パルシパニー、ニュージャジー州)を使って測定した。
【0218】
マイクロ流体装置。マイクロ流体デバイスは、PDMS、poly(dimethylsiloxane)にラピッドプロトタイピングを使って作製した。マイクロチャネルは、tridecafluoro-1,1,2,2,-tetrahydrooctyl-1-trichlorosilane蒸気を1時間ではなく1.5時間デバイスに流し込む以外は、以前記載されたシラン処理プロトコルを使って、疎水性及び蛍光親和性にした。シラン処理プロトコルに加えて、マイクロチャネルは無定形Teflon(Teflon AF 1600, poly[4,5-difluoro-2,2-bis(trifluoromethy)-1,3-dioxole-co-tetrafluoroethylene])で被膜した。まず、マイクロチャネルは、FC−70とFC−3283の1:4(v/v)混合物中1%(w/v)Teflon AF 1600溶液で満たした。37℃で行う実験では、マイクロチャネルは、FC−70とFC−3283の1:1(v/v)混合物中2.5%(w/v)Teflon AF 1600溶液で満たした。次に、デバイスは、溶液が蒸発するまで一晩70℃で乾燥させた。複合ガラス/PDMS毛細管デバイスは、ガラス毛細管をPDMSデバイスに結合させる前にPlasma Prep II血漿洗浄剤を使って親水性にする以外、以前記載された(Zheng et al., 2004, Angew. Chem. Int. Edit. 43: 2508-2511)通りに作製した。
【0219】
マイクロ流体実験。マイクロ流体実験は、以下の変更をして以前記載された通りに行った。プラグは、10:1(v/v)のFC−70対PFOの混合物であるフッ素化分散媒を使って形成し、23℃でγ=10mNm−1及びμ=24mPa sであった。フッ素化分散媒の流量は3μL/分に維持した。プラグを形成するために使用した水溶液はAlexin及び血液試料(全血血小板豊富血漿又は血小板不足血漿のいずれか、さらに詳しい情報は次の段落参照)であった。Alexinでは、流量は、23℃で行う実験では0.3μL/分、37℃で行う実験では1.2μL/分であった。2つの血流では、全体流量は、23℃では0.3μL/分、37℃では1.2μL/分であった。100mM CaCl溶液(300mOs)を一滴、合流接合点でそれぞれのプラグに注入した。CaCl溶液の流量は、23℃では0.2μL/分、37℃では0.4μL/分であった。Alexin、2つの血流、及びCaCl溶液の流量から評価すると、CaClの濃度は、23℃及び37℃の実験でそれぞれ25mM及び14mMであった。過剰なCaClを使って、クエン酸の効果を克服した。37℃の実験では、顕微鏡加熱試料台(Brook Industries社製、レークヴィラ、イリノイ州)を使ってデバイスを37℃に保った。
【0220】
このセクションのすべての図(図28は除く)では、マイクロ流体デバイスの主PDMSチャネルは、300μm×270μm(幅×高さ)、小チャネルは100μm×100μmであった。図28aでは、主PDMSチャネル及びサイドチャネルの両方が200μm×250μmであった。図28bでは、主PDMSチャネルは200μm×250μm、小サイドチャネルは50μm×50μmであった。図28cでは、主PDMSチャネルは200μm×260μm、サイドアーム及びコーナーボリュームの高さは80μmであった。
【0221】
全血試料を使ったAPTTの測定。全血を使ったマイクロ流体実験では、水性シリンジ中の原液は、i)Alexin、ii)全血及びiii)3.0μg/mLアルガトロバンを含む全血であった。実験は、Leica DM IRB又はDMI6000顕微鏡のいずれかを使って行った。全血で形成されたプラグ内のフィブリン塊は、Spot Insightカラーデジタルカメラ(Diagnostics Instruments社製)を使って光学的に検出した。
【0222】
血漿試料を使ったAPTTの測定。血漿(血小板豊富又は血小板不足のいずれか)を使ったマイクロ流体実験では、3種類の水性シリンジ中の原液は、i)Alexin、ii)3.5μL基質溶液を246.5μL血漿に添加することにより調製した150μM蛍光発生基質を含む血漿、及びiii)3.5μL基質溶液及び0.75μLのアルガトロバン(1mg/mL)を245.5μL血漿に添加することにより調製した150μM蛍光発生基質及び3.0μg/mLアルガトロバンを含む血漿であった。実験は、Leica DMI6000顕微鏡を使って行った。α−トロンビンに対する蛍光発生基質の切断は、DAPIフィルター(λex=350±25nm、λem=460±25nm)及び冷却CCD ORCA ERG 1394(12−bit、1344×1024解像度)(Hamamatsu Photonics社製、浜松市、日本)を使って蛍光により顕微鏡上でモニターした。血漿試料内のフィブリン塊は、明視野顕微鏡により顕微鏡上でモニターした。
【0223】
APTT試験を実施するためのマイクロ流体チップの全体設計
マイクロ流体デバイスは、5つの異なる区域、即ちプラグ形成区域、混合区域、インキュベーション区域、合流接合点及び検出区域からなっていた(図27)。図27に示すのは、APTTを判定するための及びアルガトロバンを滴定するためのプラグベースマイクロ流体デバイスの模式図である。Alexin(APTT試薬)及び血液(血漿又は全血のいずれか)を含有するプラグは、プラグ形成区域で形成され、次にインキュベーション区域に輸送される(マイクロ写真、上左)。3分間流れた後、CaCl溶液を合流接合点で各プラグに注入した(マイクロ写真、上右)。CaCl液滴はマイクロ写真中の破線で跡をつけた。検出区域では、プラグ内で形成された凝血塊は、時間の関数として観測した(マイクロ写真、下右)。
【0224】
3種類の水性試薬、即ちi)Alexin、ii)脱灰血液、及びiii)アルガトロバンと混合した脱灰血液、のプラグを形成した。血液試料は、供血者の全血、供血者の血漿(PRP)又は正常プール血漿(PPP)のいずれかであった。Alexinの流速及び血流の組合せ流速は、APTTアッセイにより要求される通りに、1:1比で維持した。2つの血流の相対的流速を変化させることにより、プラグ内のアルガトロバンの濃度を変化させた。プラグ内での試薬の混合を促進するために、マイクロ流体ネットワークの設計に曲がりくねったチャネルを組み込んだ。インキュベーション区域のマイクロチャネルの長さは、特に水性及びフッ素化分散媒流の全体流速で、プラグのインキュベーション時間が、APTTアッセイにより特定化された3分になるように設計した(図27、マイクロチャネルネットワークの上部区域)。
【0225】
合流接合点は、インキュベーション後にプラグにCaClを注入するのに必要であった(図27、マイクロチャネルネットワークの右側)。この接合点に関するこれ以上の情報は下に与えている。プラグ内でのCaClの混合を加速するために、別の曲がりくねったチャネルをマイクロチャネルネットワークに設計した。APTTの開始時間(t=0)は、合流接合点で血液のプラグをCaCl溶液と合流させた時点に定めた。これは、APTTアッセイの開始時間がCaClを血液試料に添加する時間に等しい臨床検査室で使用される方法に一致する。しかし、予備マイクロ流体実験では、凝固時間は混合速度に依存しているように思われた。混合速度は、広範囲の自己触媒システムに影響を与えることが知られている。
【0226】
PDMSマイクロチャネル壁に接着することなくプラグ内部でフィブリン塊をもっと確実に輸送するために、マイクロチャネルの表面をまずフッ素化シランで処理し、次に無定形テフロンで被膜した。プラグ内でフィブリン塊が形成される時間を判定するために、検出区域で明視野及び蛍光顕微鏡により画像を撮り分析した(図27、マイクロチャネルネットワークの下部区域)。
【0227】
流れを流動プラグに合流させる2つの新しい方法
プラグベースマイクロ流体システム上での多段階アッセイを実施するためには、試薬のプラグへの注入が必要である。3種類の合流方法:即ちi)試薬を含有するチャネルを通過する際に試薬を直接プラグに注入する;ii)液滴の及びプラグ35の形成間の頻度が一致すると、小液滴を主チャネルの近接する比較的大きなプラグに合流させる;iii)10の比較的小さな液滴を単一の比較的大きなプラグに合流させる、がプラグベースマイクロフルイディクスのために以前開発されていた。しかし、これら3種類の方法は、このアッセイにおいて実行するのは困難であった。これらの遅い流速(CaCl流で0.1〜0.2mm/秒)では、CaClが通過して行くプラグに直接注入される場合、サイドチャネルにおいてCaCl流の汚染が起きた(図28a)。サイド接合点がさらに小さい幅及び高さで使われる場合、小液滴のCaClが形成され、接合点で通過するプラグと合流しなかった(図28b)。
【0228】
図28は、疎水性サイドチャネルを使ったマイクロ流体デバイス内での合流を図示する。図28aには、サイドチャネルが疎水性(シラン処理PDMS)の場合、サイドチャネルが大きい(幅200μm及び高さ250μm)と汚染が起きた(5実験中5実験)様子が示されている。図28bは、サイドチャネルが小さすぎる場合(幅及び高さが20μm)は、合流が起きなかった(4実験中4実験)ことを図示する。合流のための別のアプローチは、CaClの液滴を通過するプラグと同じ頻度で形成することであった。図28cは、接合点で、通過して行くプラグ同士間の分散媒がサイドアームに流れ込んで、CaCl流からの液滴を中断する様子を示す。図28dには、様々な水分画wfでUCaCl2/Uaqueous=0.125に対して一貫して合流が得られたことが示されている(△)。一定のwf=0.4では、UCaCl2/Uaqueous=0.125に対してのみ高い割合の合流(95%)が測定された(■)。各記号は100プラグからの測定値を表している。スケールバーはすべて100μmであった。
【0229】
本発明者らは、合流のための2つのアプローチを実行した。最初のアプローチでは、合流接合点は、プラグ同士間のフッ素化分散媒がサイドアームに流れ込んで、コーナーボリューム内のCaClの液滴を中断させるように設計した(図28c)。この設計をするために、水性プラグ及びプラグ同士の間隔をあける分散媒のサイズは、種々の水分画wfに対して特徴付けた。この設計を使って、その接合点を通過するプラグとコーナーボリュームで形成される液滴間で頻度を一致させた。成功した合流はUCaCl2/Uaqueousの比に依存していたが、水分画wfには依存していなかった。水分画wf=Uaqueous/Utotalであり、Uaqueous[μL/分]は血液及びAlexinの水流の全容積流量、Utotal[μL/分]は血液、Alexin及び分散媒流の全容積流量、並びにUCaCl2[μL/分]はCaCl流の流量である。プラグ及びプラグ同士の間隔をあける分散媒の長さには、wf及びUtotal[μL/分]の関数としての依存性が存在した。wf=0.4では、成功した合流事象の最高の割合(95%)は、UCaCl2/Uaqueous=0.125で、UCaCl2が0.1μL/分に維持された時に観測された(図2d、中黒記号)。UCaCl2/Uaqueousを0.125に維持した場合、0.36〜0.45までの種々のwfで成功した合流(92%〜99%)が観測された(図2d、中白記号)。このアプローチの利点は、大きな作製努力を必要としないことであった。しかし、合流は、広範囲のUCaCl2/Uaqueousにわたり一貫して起きたわけではなかった。
【0230】
図29aは、サイドチャネルに挿入された親水性ガラス毛細管を使った一貫した合流を図示する。図29bは、プラグへのCaClの注入量、Vinjected CaCl2[nL]が流量[μL/分]により制御されていた様子を示しており、UCaCl2はCaCl流の流量、UaqueousはAlexin及び血液の流に対する全水流量であった。表では、各記号は10プラグの測定値を表している。UCaCl2/Uaqueousの値ごとに少なくとも2つの記号が示されており、一部の記号は一致している。
【0231】
図29aに示されているアプローチは、サイドチャネルの界面化学の制御に依存していた。小サイドチャネルを使って、逆汚染を回避した(図28b)が、サイドチャネルは親水性になった。合流接合点は、親水性毛細管をこのサイドチャネルに挿入することにより作製した。CaCl溶液は、湿潤のために毛細管に付着したままであり、図28bに見られる望ましくない液滴は形成されなかった。この例では:(i)この方法が機能するように主チャネルの縁に合わせて毛細管フラッシュを挿入すること、及び(ii)血液プラグのサイズをCaCl液滴のサイズより大きくすること(UCaCl2/Uaqueous<1、典型的には本明細書の実験では0.17〜0.33)が重要である。これらの2つの必要条件が満たされると、本発明者らがAPTTアッセイのために使用した水流(0.6〜2.4μL/分)及びCaCl流(0.2〜0.4μL/分)の流量で一貫した合流(100%、>異なるデバイスでの40実験)が観測された。プラグに注入されているCaClの体積Vinjected CaCl2[nL]は、UCaCl2/Uaqueousと共に直線的に増加した(図29b)。流量を制御することにより、注入試薬の正確な量は容易に制御することができた。APTT測定のためのCaCl溶液の直接注入にこの合流アプローチを使った。
【0232】
プラグ内の凝血塊を検出し画像を分析して、APTT及びトロンビン生成を測定する
APTTは、CaClの添加から血液試料内のフィブリン塊の検出までの経過時間である。試験センターで使用する大半のポイントオブケアデバイス及び市販の機械では、フィブリン塊の形成は、光学的透過率の変化又は磁性粒子の運動の変化を検出することにより検出する。本明細書では、プラグ内のフィブリン塊は、明視野顕微鏡によって検出され、プラグ内のトロンビン生成は蛍光顕微鏡によって検出された。マイクロチャネルを進んでいくプラグを撮影した画像の分析により、本発明者らはプラグ内のAPTTを判定する標準法を確立した。
【0233】
供血者の全血のプラグ中でフィブリン塊を検出する。全血で形成されたプラグでは、明視野顕微鏡を使って、フィブリン塊内の赤血球(RBC)の捕獲を検出した。図30は、明視野顕微鏡を使った全血プラグ内の凝血塊の観測を図示する。図30aは、全血の単一プラグがマイクロチャネルを通過しながら追跡される様子を図示する。時間t[秒]は、CaClと合流した後にプラグが進んだ時間であった。赤血球がもはやプラグ内部で動かなくなり、濃密な凝血塊がプラグの後半部内で観測された時、プラグ内の全血は完全に凝固したと見なした(a、一番下の画像)。図30bは、プラグの画像(aのような)を分析することにより、フィブリン塊を含有するプラグの割合が、検出区域において時点ごとに判定された様子を図示する。総数で少なくとも20プラグが、時点ごとに使われた。実験は23℃で実施した。
【0234】
APTTは、プラグ内のRBCが(マイクロチャネルを流れるプラグの動きに対して)もはや動いていない時間であると判定された。単一プラグの一連の画像は、2フレーム/秒で得られた。単一プラグを追跡するため、顕微鏡試料台は、マイクロチャネル内を移動するプラグの速度に対して同一速度で動かした。凝固する前、RBCは均一に分散しており、プラグ内の内部循環により動かされていた。しばらくたった後、RBCの小さな塊がプラグ内に現れたが、内部循環によりまだ動いているRBCもあった(図30a、一番上の画像、t=121秒)。動いているプラグ内の剪断(約2/秒)は、血小板を活性化することにより凝固を誘導するのに必要な剪断(約750/秒)よりはるかに低かった。しばらくたって、フィブリン塊に捕われたRBCのより大きくより濃厚な塊がプラグの後半部に移動し、残りのRBCは、フィブリンネットワーク内に捕われているために動かなかった(図30a、一番下の画像、t=136秒)。図30aに示されるプラグでは、プラグのAPTTは23℃でt=136秒であった。ttrans[秒]は、凝固の最初の兆候(図30a、一番上の画像)からRBCがプラグに対してもはや動かなくなる時(図30a、一番下の画像)までに経過した時間と定義した。図30aに示されるこのプラグでは、ttransは15秒であった。
【0235】
APTTは多くのプラグからも統計的に判定された。各時点で、少なくとも20プラグに対して画像が得られた。各時点での一組の画像から、フィブリン塊を含有するプラグの数を計測した。この数をプラグの総数で割って、各時点での「凝固したプラグの割合」を得た(図30b)。APTTは、全血のプラグの50%が凝固する時間であった。APTTは23℃で122秒であり(図30b)、以前測定されたAPTTの23℃で175±58秒、25℃で104±20秒と一致していた。平均ttransは、全血の9プラグに対し15.4±2.8秒であった。
【0236】
供血者の血漿(血小板豊富)で形成されたプラグ内の凝血塊を検出する。臨床研究所は、全血ではなく血漿を使ってAPTTを測定することが多い。本発明者らは、2つの方法、即ち明視野顕微鏡を使って濃厚なフィブリン塊の形成を観測すること、及び蛍光顕微鏡を使ってトロンビンによる蛍光発生基質の切断を検出することを使って血漿のAPTTを判定した。
【0237】
図31は、明視野及び蛍光顕微鏡を使った、血小板豊富血漿(PRP)のプラグ内でのフィブリン塊形成の観測を図示する。図31aは、血漿の単一プラグをマイクロチャネルを通過する際に追跡した様子を示す(a、左パネル)。明視野画像は、凝血塊がもっと容易に見えるようにデジタルゾーベル(Sobel)フィルターで処理した(a、右パネル)。血漿は、フィブリン塊がプラグの後半部に凝縮し、プラグの連続画像が同じに見える時に完全に凝固したと見なした(t=112.5秒の画像をt=115.5秒の画像と比較されたい)。図31bは、血漿内でトロンビンに対する蛍光発生基質を含有するプラグが形成された様子を図示する。この基質の蛍光強度は増加する。グラフでは、黒い破線はそれぞれ、個々のプラグから生じた蛍光強度を表しており、ここで単一プラグはマイクロチャネルを通過する際に追跡された(全部で4プラグを示す)。蛍光顕微鏡で収集した画像から得られた積分強度は、(赤色正方形)明視野顕微鏡を使った画像から観測される凝固したプラグの割合と比較した。蛍光強度が最大蛍光シグナルの約30%の時には、プラグの約50%が凝固していた。各記号は、検出区域において各時点での少なくとも10プラグの測定値を表している。実験は23℃で実施した。
【0238】
明視野顕微鏡を使って血漿内のフィブリン塊を観測するために、マイクロチャネルの中を進んでいく単一プラグの時系列の画像を得た(図31a、左パネル)。デジタル畳み込みフィルターゾーベル(Metamorphソフトウェアによる)を使って、凝血塊の視覚的検出を支援した(図31a、右パネル)。図31aに示すプラグでは、APTTは約113秒であり、ttransは14秒であった。ttrans[秒]は、凝固の最初の兆候(図31a、最初の画像)からプラグに対してフィブリン塊がもはや動かなくなる時(図31a、第5画像)までに経過した時間と定義した。
【0239】
蛍光顕微鏡を使って、血漿のプラグに対してトロンビン生成のさらに定量的な判定を行うことができる。本発明者らは、トロンビンに対する蛍光発生基質を使った。トロンビンで切断されると、この基質の蛍光強度は約10倍増加する。トロンビンは凝固ネットワークで生成される最終酵素であり、フィブリノーゲンを切断することによりフィブリン塊の形成を推進する。フィブリン塊は低濃度のトロンビン(2〜10nM)で形成され、大多数のトロンビン(約1μM)は凝血塊が完全に形成された後に生成される。トロンビンは、基質と比較するとフィブリノーゲンを切断する方を好む。
【0240】
血漿の単一プラグをマイクロチャネルを通過する際に追跡し、その蛍光強度を時間の関数として測定した(4プラグに対して示される、各プラグは1つの黒色破線により表される、図31b)。個々のプラグそれぞれの実際のAPTTは異なるが、相対的蛍光強度が0から1に増加するのに要する時間は同じであった。多くのプラグに対する平均APTTを判定するために、本発明者らは、明視野顕微鏡によるフィブリン塊の検出を蛍光顕微鏡によるトロンビン生成の検出と関連付けた。同一実験から明視野及び蛍光顕微鏡により各時点での画像を得た。明視野画像を分析して、凝固したプラグの割合を時間の関数として判定した。APTT(約100秒)はプラグの50%がフィブリン塊を含有する時間であると判定された。このAPTTは、最大蛍光シグナルの約30%の蛍光強度と相関があった(図31b)。
【0241】
アルガトロバンの滴定並びにAPTT及びトロンビン生成の測定
APTTに対する抗凝固薬の効果を判定するために、正常プール血漿、供血者の血漿、又は供血者の全血の試料にアルガトロバンを滴定しながらAPTTを測定した。正常プール血漿のAPTTを測定することは、中央臨床検査室の凝固計器の標準較正法である。したがって、本発明者らは、正常プール血漿からもAPTTを得た。オンチップ滴定では、血液の2つの注入流のうちの1つが3μg/mLのアルガトロバンを含有していた。これらの2つの血流の相対的流量を変化させることにより、プラグ内のアルガトロバンの濃度を変化させた。実験は、23℃及び37℃で行った。
【0242】
図32は、アルガトロバンを血液試料に滴定しながらの23℃でのトロンビン生成及びAPTTの測定を図示する。図32a、bは、血漿におけるトロンビン生成の検出を図示する。図32cは、全血におけるAPTTの測定を示す。図32dは、(c)に対するこうして得られたAPTT比を示す。プラグ内のアルガトロバンの濃度は、0μg/mL、0.5μg/mL、0.75μg/mL、及び1.0μg/mLであった。各記号は少なくとも20プラグの測定値を表している。図32cに示す全血試料では、APTTは、凝固したプラグの割合が50%である時間であった。図32dは、APTT比がアルガトロバンの各濃度で全血試料に対して判定された様子を図示する。APTT比は、アルガトロバンを含まない基準APTTに対するアルガトロバンを含むAPTTの比であった。
【0243】
23℃で行った実験では、供血者の血漿試料におけるトロンビン生成に対するアルガトロバンの効果は、正常プール血漿から得られた結果と十分一致していた(図32a、b)。APTT比は、アルガトロバンを含まない基準APTTに対する血漿中にアルガトロバンを含むAPTTの比である。供血者の全血試料では、23℃でのAPTT比は、アルガトロバンの濃度への依存性を示していた(図32d)。通常、0.2と2.0μg/mL間のアルガトロバンの用量は、1.5と3.0間のAPTT比を達成するのに必要である。このオンチップAPTTアッセイを使って、23℃で、アルガトロバン用量0.5μg/mLでは2.3のAPTT比、及びアルガトロバン用量1.0μg/mLでは2.8のAPTT比が達成された(図32d)。この供血者では、アルガトロバンの濃度に対するAPTT比の非線形依存性が観測された。この依存性は、血漿を使った実験から全血を使った実験まで再現性があった。
【0244】
37℃の生理的温度での実験を行うためには、プロトコルからの2つの修正が必要であった。まず、さらに濃縮したテフロンAF溶液(23℃での測定のため1%w/vに代わって2.5%w/v)を使ってマイクロチャネルを被膜し、フィブリン塊のマイクロチャネル壁への固着を防いだ。フィブリン塊は温度が高くなるほどチャネル壁に付着する可能性が高くなった。第2に、Alexin及び血液試料のさらに高い注入流量を使ってさらに大きなプラグを形成した(プラグの幅対長さ比は約1:3であった)。
【0245】
図33は、(a)正常プール血漿、(b)供血者の血漿へアルガトロバンを滴定しながらの37℃でのAPTT測定値、並びに(c)APTTの、及び(d)APTT比の対応する値を図示する。両血漿試料では、APTTは、プラグの50%がフィブリン塊を含有する時間であった。プラグ内のアルガトロバンの濃度は0μg/mL、0.25μg/mL、0.5μg/mL、及び1.5μg/mLであった。各記号は、少なくとも20プラグの測定値を表している。図33cは、正常プール血漿を使った臨床APTTの値が、正常プール血漿及び供血者の血漿を使ったプラグベースマイクロ流体実験で測定したAPTTの約2分の1であった様子を図示する。図33dは、APTT比が、正常プール血漿を使った臨床APTTと、正常プール血漿及び供血者の血漿を使ったプラグベースマイクロ流体実験の間でよく一致していた様子を示す。
【0246】
アルガトロバンを23℃の実験と同じ方法で滴定しながら、正常プール血漿(図33a)及び供血者の血漿(図33b)についてAPTTを37℃で測定した。37℃で得られたAPTTも、23℃で得られたAPTTの約4分の1の短かさであった。APTT比は、これら2つの温度で類似していた。アルガトロバン0.5μg/mLでは、23℃でAPTT比2.3が(図6d)、37℃でAPTT比約2.1が(図33b)得られた。アルガトロバン1.0μg/mLでは、23℃でAPTT比2.8が(図32d)、37℃でAPTT比2.7が(図33b)得られた。37℃でのオンチップアッセイにより測定されたAPTT値及びAPTT比を、37℃での臨床検査室から得られた結果と比較した。プール血漿試料をアルガトロバン(0〜1.5μg/mL)と混合し、APTT測定のためにシカゴ大学の凝固検査室に提出した。凝固検査室から得られたAPTTは一貫して、本発明者らがオンチップアッセイから得たAPTTの約半分であった(図33c)。しかし、これらの2つの方法から得た対応するAPTT比は互いによく一致していた(図33d)。
【0247】
2つの技術的発展により、この例で提示される作業が可能になった。まず、テフロンAFコーティングの使用は、マイクロチャネル壁へのフィブリン塊の固着を最小限に抑えることに寄与した。第2に、水流からプラグへの試薬の確実な添加は、試薬流を親水性の狭いガラス毛細管を通して注入することにより実現された。この合流方法は、特に相互汚染を最小限に抑えなければならず、試薬の比を変化させなければならない場合には、多段階アッセイ及びプラグ内の反応の実施には重要であると考えられる。本発明の方法は、プロトロンビン時間(PT)アッセイを含む、血液を使う他のアッセイ及び血液試料内の他の分析物の検出に有用であると考えられる。前処理試薬カートリッジを使った単一血液試料に関する複合試験及び滴定を迅速に実施すること(Zheng et al., 2005, Angew. Chem. Int. Edit. 44: 2520-2523)は、このプラグベースマイクロ流体システムを使って実現することができる心躍る好機である。
【0248】
図36は、総表面積ではなく、個々のパッチのサイズpが重要であるという仮説を試験するための実験の模式図である。図36aは、活性化表面の小パッチ(p)のアレイは凝固を開始しないという仮説を図示する。図36bは、単一大パッチ(p)が凝固を開始させる様子を図示する。(a)の9パッチの総活性化表面積は(b)の大パッチの表面積に等しい。活性化表面は、化学モデル実験では酸性層であり、血漿実験では組織因子を含有する負に帯電した脂質である。
【0249】
図37は、閾値以下パッチのクラスターは、パッチが拡散により連通するくらい互いに近くに置かれた場合には凝固を開始させるという仮説を試験するための実験の模式図である。図37aは、活性化表面の閾値以下パッチのクラスターが拡散長スケールptrよりも大きな距離dで隔てられた場合は凝固を開始しないという仮説を図示する。図37bは、閾値以下パッチはptrよりも短い距離で隔てられた場合には凝固を開始させるはずである様子を示す。活性化表面は、化学モデル実験では酸性層であり、血漿実験では組織因子を含有する負に帯電した脂質である。
【0250】
図38は、ヒトの凝固ポテンシャルを迅速に特徴付けることができるシステムの模式図を図示する。図38aは、特定の血液試料の閾値パッチサイズを迅速に測定するのに使うことができる異なるサイズのパッチの単一アレイを図示する。2種類の活性化表面、即ち再形成TFを有する負に帯電した脂質(外因性経路用)及び親水性ガラス(内因性経路用)を使うことができる。図38bは、パッチのアレイをマイクロチャネル内部に作製することができる様子を図示する。各チャネルは、一連の組織因子パッチ及び一連の親水性ガラスパッチを含有することができる。チャネル間では、パッチサイズ、TF濃度、及び薬物用量の範囲などのパラメータを変えることができる。凝固因子異常のある市販の血漿試料、並びにアルガトロバン及びヘパリンなどの薬物が添加された血液試料を含む、多数及び多種類の試料にはハイスループット測定を行うことができる。
【0251】
本発明は、記載の特定のデバイス、方法、プロトコル、被検体、又は試薬に限定されるものではなく、したがって変化してよいことを理解すべきである。本明細書で使用の用語は、特定の実施形態のみを記載することを目的としており、本発明の範囲を限定することを意図したものではなく、本発明の範囲は特許請求の範囲のみにより限定されることも理解すべきである。普通に遭遇し、当業者には明白な種々の条件及びパラメータの適切な修正及び改作は、本発明の範囲内である。本明細書に引用する出版物、特許、及び特許出願はすべて、あらゆる目的のためにその全体を参照により本明細書に組み込まれているものとする。オンラインで入手できる、及び上で参照した出版物に付随する補助的資料(情報、原文、グラフ、画像、表、及び映画を含む)も、あらゆる目的のためにその全体を参照により本明細書に組み込まれているものとする。
【図面の簡単な説明】
【0252】
【図1】拡散と反応間の競合の略図であり、この競合が所与のパッチ上で凝固の開始が起こるかどうかを決定する。
【図2】流動の不在の下でのマイクロ流体チャネル中の血液凝固伝播の測定を図示する画像及びグラフを示す。
【図3】ベッセル同士の接合点を使って血液凝固伝播の閾値を評価することができる様子を図示するマイクロ写真及びグラフを示す。
【図4】単純化学的機序の基づく凝固開始の数値シミュレーションを描くグラフを示す。
【図5】化学モデル及び血漿における開始の相似関係を図示し、開始が凝固刺激、即ち組織因子(TF)の量に応答する様子を示す。
【図6】ヒト血漿の凝固開始が同一面積の表面パッチの形状に応答する様子を図示する画像及びグラフを示す。
【図7】単純化反応−拡散システムの数値シミュレーションが形状への応答を実証する様子を図示する画像を示す。
【図8】止血を再現するように構築された単純化化学システムが同一面積の刺激を提示する表面パッチの形状に応答する様子を図示する画像とグラフを示す。
【図9】化学モデルを使う実験用の装置の模式図である。
【図10】反応速度式の速度プロットがモジュール機序の数値シミュレーションに組み込まれている様子を図示するグラフを示す。
【図11】数値シミュレーションが、モデルにおける「凝固」開始の可能性がパッチサイズに対する閾値応答を示すことを示唆している様子を示すグラフである。
【図12】血漿及び全血実験において使われるマイクロ流体チャンバーを模式的に図示する。
【図13】生成する酸の量がパッチの総表面積に依存している様子を図示する。
【図14】フォト酸表面上の化学モデルにおけるpH感受性色素の蛍光強度プロファイルの定量化を図示する。
【図15】血漿の凝固開始の定量化を図示する。
【図16】アレイ上の血漿の凝固開始の定量化を図示する。
【図17】ヒト血漿及び単純化学モデルの両方が、凝固刺激を提示するパッチのサイズに対する閾値応答を有する凝固を開始させる様子を図示する画像及びグラフを示す。
【図18】ヒト血漿におけるインビトロ凝固開始が、凝固活性化因子である組織因子(TF)を提示する脂質表面の総表面積ではなく、空間分布に依存していることを、化学モデルが正しく予測している様子を図示する画像及びグラフを示す。
【図19】ヒト血漿の凝固開始が、拡散により連通する閾値以下パッチの緊密なクラスター上で起こりうることを、化学モデルが正しく予測している様子を図示する画像を示す。
【図20】第2(第XII因子)の経路を介した凝固開始を化学モデルが正しく予測している様子を図示する画像を示す。
【図21】高(a)及び低(b)剪断速度で2本のベッセルの接合点を通る凝固伝播の調節に対して提唱された機序の模式図である。
【図22】▲ガンマ▼に対する閾値が接合点を通る凝固伝播を調節する様子の図解である。
【図23】接合点を通る凝固伝播が、接合点での▲ガンマ▼により調節され、「弁」では調節されない様子の図解である。
【図24】接合点を通る凝固伝播は、阻害剤を添加することにより変えられる様子を図示する。
【図25】流動の存在の下で接合点を通る凝固伝播をモニターするための実験手順の模式図である。
【図26】流動の存在の下で接合点を通る凝固伝播のために使われるデバイスの実際の幾何学及び寸法を示す模式図である。
【図27】APTTの判定用及びアルガトロバンの滴定用のプラグベースマイクロ流体デバイスの模式図である。
【図28】疎水性サイドチャネルを使ったマイクロ流体デバイス内での合流を図示する。
【図29】親水性ガラス毛細管をサイドチャネルに挿入する様子、及びプラグ内への注入量が流量に制御されている様子を示す図表を図示する。
【図30】明視野顕微鏡の使用、及び全血のプラグ内での観測された凝血塊の図表を図示する。
【図31】明視野及び蛍光顕微鏡画像、並びに血小板豊富血漿(PRP)のプラグ内でのフィブリン塊の形成の図表を図示する。
【図32】血液試料中へアルガトロバンを滴定しながらの23℃でのトロンビン生成及びAPTTの測定を図示するグラフを示す。
【図33】(a)正常プール血漿、(b)供血者の血漿へアルガトロバンを滴定しながらの37℃でのAPTT測定値、並びに(c)APTT及び(d)APTT比の対応する値を図示するグラフを示す。
【図34】流動の不在の下での複数の血液試料の凝固伝播を同時にモニターするのに使うことができるデバイスの例を図示する。
【図35】凝固の3局面、即ち、i)開始、ii)流動の不在の下での伝播、及びiii)流れている血液試料への伝播をモニターするために使うことができるデバイスの例を図示する。
【図36】総表面積ではなく、個々のパッチのサイズpが重要であるという仮説を試験するための実験の模式図である。
【図37】閾値以下パッチのクラスターは、パッチが拡散により連通するくらい互いに近くに置かれた場合には凝固を開始させるという仮説を試験するための実験の模式図である。
【図38】ヒトの凝固ポテンシャルを迅速に特徴付けることができるシステムの模式図を図示する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液流体の注入口、
前記注入口と流体連通しているベッセル、並びに
前記ベッセル内の少なくとも第1及び第2のパッチであって、
(a)前記パッチはそれぞれ、被検者の血液流体と接触すると凝固経路を開始させることができる刺激物質を含み、
(b)(i)前記第1のパッチ中の前記刺激物質は前記第2のパッチと異なり、又は
(b)(ii)前記第1のパッチ中の刺激物質の濃度は前記第2のパッチと異なり、又は
(b)(iii)前記第1のパッチは前記第2のパッチと異なる表面積を有し、又は
(b)(iv)前記第1のパッチは前記第2のパッチと異なる形状を有し、又は
(b)(v)前記第1のパッチは前記第2のパッチと異なるサイズを有する、
前記第1及び第2のパッチを含む、
凝固活性のアッセイのための装置。
【請求項2】
複数のパッチを含む、請求項1に記載の装置。
【請求項3】
第1の組の2個のパッチのメンバー間の距離が、第2の組の2個のパッチのメンバー間の距離と異なる、請求項2に記載の装置。
【請求項4】
第1の組のパッチが第1の位置にあり、第2の組のパッチが第2の位置にあり、かつ第1の組中のパッチの数が第2の組中のパッチの数と異なる、請求項2に記載の装置。
【請求項5】
刺激物質が、組織因子、第II因子、第XII因子、第X因子、ガラス、ガラス様物質、カオリン、デキストラン硫酸、アミロイドβ、エラグ酸、細菌、及び細菌成分の群から選択される少なくとも1つの凝固刺激物を含む、請求項1に記載の装置。
【請求項6】
パッチがビーズである、請求項1に記載の装置。
【請求項7】
ビーズをさらに含み、パッチが前記ビーズと結合している、請求項1に記載の装置。
【請求項8】
パッチが不活性物質をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
ベッセルが2本の交差するマイクロチャネルを含み、前記チャネルが互いに流体連通している、請求項1に記載の装置。
【請求項10】
被検者の血液流体を少なくとも第1及び第2のパッチと接触させること、ここで、
(a)前記パッチはそれぞれ、被検者の血液流体と接触すると凝固経路を開始させることができる刺激物質を含み、
(b)(i)前記第1のパッチ中の前記刺激物質は前記第2のパッチと異なり、又は
(b)(ii)前記第1のパッチ中の刺激物質の濃度は前記第2のパッチと異なり、又は
(b)(iii)前記第1のパッチは前記第2のパッチと異なる表面積を有し、又は
(b)(iv)前記第1のパッチは前記第2のパッチと異なる形状を有し、又は
(b)(v)前記第1のパッチは前記第2のパッチと異なるサイズを有する、並びに
どのパッチが前記被検者の血液流体の凝固を開始させるかを判定すること
を含む、血液凝固をアッセイする方法。
【請求項11】
刺激物質が健常者の血液流体の凝固経路を開始させることができる、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
接触が、少なくとも最大のパッチが健常者の血液流体の凝固経路を開始させるのに十分な時間の接触である、請求項10に記載の方法。
【請求項13】
パッチ同士が結合している表面をさらに含む、請求項10に記載の方法。
【請求項14】
被検者の血液流体を表面に結合した第3のパッチに接触させることをさらに含み、第1と第2のパッチ間の距離が、第2と第3のパッチ間の距離と異なる、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
表面がマイクロ流体チャネルである、請求項13に記載の方法。
【請求項16】
血液流体を、非混和流体により隔てられたプラグ内のパッチと接触させる、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
血液流体を、連続する流れとしてパッチと接触させる、請求項15に記載の方法。
【請求項18】
パッチがそれぞれ独立したビーズである、請求項10に記載の方法。
【請求項19】
パッチがそれぞれ独立してビーズに結合している、請求項10に記載の方法。
【請求項20】
各ビーズのサイズ又は形状のどちらかが異なる、請求項18に記載の方法。
【請求項21】
凝固経路が、血小板凝集経路である、請求項10に記載の方法。
【請求項22】
接触が、第1の量の血液流体を第1の濃度のビーズと接触させる第1の接触と、第2の量の血液流体を第2の濃度のビーズと接触させる第2の接触とを含み、各ビーズは刺激物質及び不活性物質を含むパッチと独立して結合している、請求項10に記載の方法。
【請求項23】
一定分量の血液流体が、サイズを増していくビーズで滴定される、請求項21に記載の方法。
【請求項24】
判定が光学的に観測することを含む、請求項10に記載の方法。
【請求項25】
判定が、光の散乱を測定することを含む、請求項10に記載の方法。
【請求項26】
血液流体が、全血、血液成分、血漿、血漿タンパク質の溶液、及び血液由来細胞の溶液からなる群から選択される、請求項10に記載の方法。
【請求項27】
血液流体をパッチに接触させる前に、まず、過剰量の凝固因子を前記血液流体に添加することをさらに含む、請求項10に記載の方法。
【請求項28】
血液流体をパッチに接触させる前に、被検物質を前記血液流体に添加することをさらに含む、請求項10に記載の方法。
【請求項29】
凝血の伝播速度をモニターすることをさらに含む、請求項10に記載の方法。
【請求項30】
血液流体をパッチに接触させる前に、異なる被検者の血液流体を前記血液流体に添加することをさらに含む、請求項10に記載の方法。
【請求項31】
刺激物質を含む第1の区域、及び前記第1の区域に連通し、凝血塊の伝播をモニターするのに適した第2の区域を含み、血液流体が前記第1の区域に置かれると、凝血塊が形成され前記第2の区域に伝播する、凝血塊伝播を測定するための装置。
【請求項32】
刺激物質を含むパッチをさらに含む、請求項31に記載の装置。
【請求項33】
第1及び第2の区域を含むマイクロチャネルを含む、請求項31に記載の装置。
【請求項34】
複数のマイクロチャネルを含み、前記マイクロチャネルの各々は分離された第1及び第2の区域を含む、請求項31に記載の装置。
【請求項35】
少なくとも1組の交差するマイクロチャネルを含み、第2の区域が第1の組のマイクロチャネルの交差部位にある、請求項31に記載の装置。
【請求項36】
複数のマイクロチャネル及び前記マイクロチャネルの少なくとも2つの交差部位を含み、第2の区域が前記交差部位の1つにあり、前記2つの交差部位のサイズが異なる、請求項35に記載の装置。
【請求項37】
血液流体を装置の第1の区域に接触させる段階であって、前記第1の区域が刺激物質を含んでいる段階と、
前記装置の第2の区域で凝血塊伝播をモニターする段階であって、前記第2の区域が前記第1の区域と連通している段階と
を含む、凝血塊伝播をモニターする方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate

【図18】
image rotate

【図19】
image rotate

【図20】
image rotate

【図21】
image rotate

【図22】
image rotate

【図23】
image rotate

【図24】
image rotate

【図25】
image rotate

【図26】
image rotate

【図27】
image rotate

【図28】
image rotate

【図29】
image rotate

【図30】
image rotate

【図31】
image rotate

【図32】
image rotate

【図33】
image rotate

【図34】
image rotate

【図35】
image rotate

【図36】
image rotate

【図37】
image rotate

【図38】
image rotate


【公表番号】特表2009−528509(P2009−528509A)
【公表日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−553307(P2008−553307)
【出願日】平成19年1月31日(2007.1.31)
【国際出願番号】PCT/US2007/002532
【国際公開番号】WO2007/089777
【国際公開日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TEFLON
【出願人】(504284711)ユニバーシティ オブ シカゴ (3)
【Fターム(参考)】