説明

血管内皮細胞接着分子の発現抑制及び単球遊走因子の産生抑制剤

【課題】動脈硬化巣で増強される血管内皮細胞での接着分子の発現及び単球遊走因子の産生を抑制し、毒性及び副作用の少ない薬剤を見いだし、動脈硬化とくにアテローム性粥状動脈硬化の予防及び治療に貢献すること。
【解決手段】グルコサミン塩を有効成分とする血管内皮細胞における接着分子の発現抑制及び単球遊走因子の産生抑制剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グルコサミン塩の新規な用途、即ち、最近、動脈硬化症因子として注目される血管内皮細胞における接着分子の発現及び単球遊走因子の産生を抑制するためのグルコサミン塩の用途に関するもので、動脈硬化予防及び治療(改善若しくは軽減等も含む)用の医薬品あるいは飲食品等として利用できる可能性を有するものである。
【背景技術】
【0002】
動脈硬化症は、高コレステロールや糖尿病等により発症し、心筋梗塞、脳梗塞または腎硬化症等の病状を引き起こす。動脈硬化の一種であるアテローム性粥状動脈硬化は、比較的大きな動脈の血管の内側に粥状(アテローム性)の隆起(プラーク)が発生して長い時間をかけて成長するものである。その治療には主としコレステロール低下剤等が使用されている。近年の研究により、このアテローム性粥状動脈硬化が、下記するメカニズムにおいて進展することが明らかにされている。即ち、動脈硬化巣における血管内皮細胞の活性化により、血管内皮細胞表面における接着分子(ICAM-1:intercellular adhesion molecule-1、VCAM-1:vascular cell adhesion molecule-1、等)の発現および血管内皮細胞の単球遊走因子(MCP-1:monocyte chemotactic protein-1、等)の産生が急激に増強され、その結果、血液中における単球の内皮細胞表面への接着および血管内皮細胞下への浸潤が起こり、浸潤した単球がマクロファージに形質転換し、その後、マクロファージが酸化LDL等を貪食して泡沫細胞と化すことにより血管内膜が肥厚し、血管を狭め血流を阻害したり、閉塞すると考えられている(非特許文献1)。そして、この血管内皮細胞表面における接着分子の発現および単球遊走因子の産生を抑制することにより、動脈硬化症を治療または予防できる可能性があると考えられている。
【0003】
一方、グルコサミン塩、特に硫酸塩または塩酸塩等は特許文献1もしくは特許文献2等に開示された方法で製造され、該文献にはカプセル剤または錠剤等の形で、関節症治療剤等として使用されることが開示されている。また、日本およびアメリカ等では、グルコサミン塩は毒性がなく、変形性関節症への予防・治療効果が認められることから健康食品等として摂取されている。また、最近、グルコサミン塩が、経口摂取されたときの生体内での役割が注目されており、本発明者らは先に、グルコサミンが、好中球の関与する炎症の抑制作用(特許文献3)および関節リウマチにおける滑膜細胞のIL−1βでの刺激による炎症性メディエーターの産生を抑制する作用(特許文献4)のあることを明らかにした。
【特許文献1】特公平1−28757
【特許文献2】USP3,683,076
【特許文献3】特開2002−265365
【特許文献4】特開2005−314334
【非特許文献1】Nature 420;868-874(2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
現在日本においては、食事の欧米化の影響等で、動脈硬化症はがんと並んで大きな疾患の一つとなっている。現在コレステロール低下剤などの種々の薬剤が開発され、使用されているが、副作用等の心配もなく日常的に摂取することができ、かつ、動脈硬化症に対して、予防的にまたは治療的に作用するものがあれば、動脈硬化症の予防治療に大きな役割を果たす可能性がある。そして、特に、前記した新しいメカニズムに基づく予防治療剤は予防治療効果の向上に大きく貢献すると期待されている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、グルコサミン塩が毒性や副作用もなく、日常的に経口摂取できること、また経口摂取されたグルコサミンが生体内において種々の作用を示すことに着目し、血管内皮細胞に対する作用、特にその活性化によって急激に増強される接着分子の代表的な一つであるICAM-1の発現及び単球遊走因子の代表的な一つであるMCP-1の産生に及ぼすグルコサミン塩の影響を検討した結果、グルコサミン塩は、動脈硬化巣で発現しているLL−37の刺激で血管内皮細胞が発現を増強する接着分子ICAM-1の発現を抑制すると共に、該刺激で増強される単球遊走因子MCP-1の産生を抑制する作用があることを見出し、本発明を完成した。
【0006】
即ち本発明は
(1)グルコサミン塩を有効成分とする血管内皮細胞接着分子の発現抑制及び単球遊走因子の産生抑制剤、
(2)グルコサミン塩を有効成分とする血管内皮細胞接着分子の発現抑制及び単球遊走因子の産生抑制組成物、
(3)グルコサミン塩を有効成分とする血管内皮細胞接着分子の発現抑制及び単球遊走因子の産生抑制による動脈硬化の予防及び/又は治療用医薬組成物、
(4)グルコサミン塩を有効成分とする血管内皮細胞接着分子の発現抑制及び単球遊走因子の産生抑制による動脈硬化の予防及び/又は治療のための食品用添加物、
に関するものである。
【発明の効果】
【0007】
グルコサミン塩は単独で、毒性及び副作用がほとんどなく、動脈硬化巣での血管内皮細胞における接着分子、例えばICAM-1の発現及び単球遊走因子、例えばMCP-1の産生を抑制することができることから、日常的摂取により、ヒトやペット等における動脈硬化症およびそれに伴う種々の病態の予防もしくは治療に有用であると考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明を以下により詳しく説明する。
本発明におけるグルコサミン塩としては薬理学的に許容されるものであれば特に制限はなく、無機酸塩、有機酸塩いずれも使用できるが一般的には硫酸塩もしくは塩酸塩等の無機塩が使用され、本発明においては塩酸塩が好ましい。有機酸塩としては例えば酢酸塩、クエン酸塩、リンゴ酸塩等が挙げられる。
【0009】
本発明における血管内皮細胞の接着分子の発現抑制及び単球遊走因子の産生抑制剤は、グルコサミン塩単独でもよいが、通常グルコサミン塩を担体、賦形剤、助剤(矯味剤、香料、甘味料、結合剤)等の医薬用又は食品用等に使用される添加剤、または飲食品と共に組成物として使用される。該組成物は常法に従って、液剤又は固形剤例えば錠剤、顆粒剤、粉剤、カプセル剤またはゼリー剤等の医薬製剤として、または健康食品、機能性食品、栄養補助食品または通常の飲食物として、経口摂取に使用することが出来る。グルコサミン塩に添加される坦体又は賦形剤等の添加剤としては、水および/または糖類等を挙げることが出来る。該抑制剤におけるグルコサミン塩の含量は、特に限定はなく、通常0.05%(質量%:以下同じ)以上、好ましくは0.2%以上、より好ましくは1%以上で、最大100%までよい。
従って、本発明における接着分子の発現抑制及び単球遊走因子の産生抑制剤は、接着分子の発現抑制作用及び単球遊走因子の産生抑制作用を発揮する限り、グルコサミン塩単独、賦形剤などを混合して製剤化したもの、また食品または嗜好品などと混合したもの何れをも含むものである。
【0010】
グルコサミン塩を飲食品に配合して本発明における接着分子の発現抑制及び単球遊走因子の産生抑制飲食品又は動脈硬化予防及び/又は治療用食品として摂取する場合は、適当に飲食物と混合して摂取すれば良く、グルコサミン塩を混合しうる飲食物は特に限定されず、牛乳などの乳飲料、ドリンク剤等の飲料やハム、ソーセージ等の食物などを挙げることが出来る。但し、動脈硬化予防及び/又は治療用にコンドロイチンを併用したグルコサミン含有サプリメントなどは、本発明には含まない。
これらの食品中におけるグルコサミン塩の含量は特に限定されないが通常食品全体に対して0.05%以上、好ましくは0.1% 以上、更に好ましくは0.3%以上、場合により0.5%以上であり、上限は特に無いが味覚等の点から通常10%以下、好ましくは5%以下、更に好ましくは4% 以下である。
上記のように本発明においては食品に配合して用いることもできることから、血管内皮細胞接着分子の発現抑制及び単球遊走因子の産生抑制による動脈硬化の予防及び/又は治療のための食品用添加物としても有用である。
本発明において、血管内皮細胞における接着分子例えばICAM-1の発現抑制及び単球遊走因子例えばMCP-1の産生抑制のためのグルコサミン塩の投与量は該薬効を発揮する量であれば特に制限はない。通常成人当たり1日0.3g以上、より好ましくは0.5g以上、更に好ましくは1g以上で、上限は毒性もほとんどないので特に制限はないが、通常20g以下、好ましくは10g以下、更に好ましくは5g以下程度である。
【0011】
本発明の血管内皮細胞接着分子の発現抑制及び単球遊走因子の産生抑制剤は、上記したように、血管内皮細胞の接着分子ICAM-1の発現及び単球遊走因子MCP-1の産生によってもたらされる動脈硬化、特にアテローム性粥状動脈硬化症等の予防及び治療剤として有用と考えられる。本発明においては、有効量の他の動脈硬化予防又は治療作用を有する薬剤との併用もよいが、通常はそれらを併用しない態様が好ましい。
次に、本発明を実施例により、具体的に説明する。
【実施例1】
【0012】
1.ELISAを用いた単球遊走因子MCP-1の産生量の測定
(1)試験に用いた細胞、培地および刺激剤
ヒト臍帯静脈血管内皮細胞であるHUVEC(商品コード:CC−2517A;三光純薬株式会社)を用いて、2%ウシ胎児血清を含むブレットキットEGM−2培地(商品コード:CC−3162;三光純薬株式会社)で培養した。なお使用したHUVEC細胞は、初代培養から2−6代目の細胞を用いた。
また、上記血管内皮細胞の刺激剤としては、動脈硬化巣で発現しているLL−37を使用した。ヒトLL−37はアミノ酸37個からなるペプチドであり、今回は化学合成したものを用いた。
(2)培養方法およびMCP-1の産生量の定量
プラスチックプレート(面積2cm2)に5×104個のHUVECを播いて16時間培養して60%の密度にする。これを、更に、グルコサミン塩酸塩(GlcN)0.1mMおよび1mMの存在下、またはグルコサミン塩酸塩(GlcN)の非存在下で1時間培養した後、LL−37(濃度4μM)を加えて20時間培養し、上清を回収した。得られた培養上清を、マウス抗ヒトMCP−1抗体(DuoSet ELISA Development kit;R&D Systems社製)を表面に吸着させたプレートに加え、2時間静置した。その後、ツイーン(Tween)20を0.05%含有したリン酸緩衝液でプレートを3回洗浄し、そこにビオチン標識したヤギ抗ヒトMCP−1抗体を加えて2時間反応させた。次いで、ツイーン(Tween) 20を0.05%含有したリン酸緩衝液でプレートを3回洗浄し、ストレプトアビジンで標識した西洋わさびペルオキシダーゼ(horseradish peroxidase;HRP)と20分反応させた後に、反応基質(過酸化水素水:テトラメチルベンジジン=1:1)と反応させ、30分後に硫酸(1M)で反応を停止し、450nmにおける吸光度を測定することによってMCP−1を定量した その結果を表1に示す。
(3)試験結果
下記の表1から明らかな通り、LL-37の添加のみでグルコサミン塩酸塩の無添加の場合(LL-37のみ)では、何も添加しない無添加(Resting)に比して、LL-37の刺激によりMCP-1の産生量が急増しているが、グルコサミン塩酸塩添加群(LL-37+0.1mM GlcNおよびLL-37+1mM GlcN)では、LL-37刺激によりMCP-1の産生量が急増していたMCP-1の産生量が、グルコサミン塩酸塩の濃度依存的に、かつ、有意差検定において有意に、抑制された。
【0013】
[表1]
MCP-1産生
MCP-1 産生量 (pg/ml)
無添加(Resting) 466.358±102.873
LL-37のみ 1742.865±144.285
LL-37+0.1mM GlcN 1487.019±275.451
LL-37 +1mM GlcN 1190.913±299.976*
* : p<0.05 (LL-37単独群との比較)
【実施例2】
【0014】
2.ウェスタンブロット法による接着分子ICAM-1タンパクの発現量の測定
(1)試験に用いた細胞、培地および刺激剤
実施例1において記載したものを使用した。
(2)培養方法およびICAM-1タンパクの発現量の定量
プラスチックプレート(面積9.5cm2)に5×105個のHUVECを播いて16時間培養して60%の密度にする。これを、更に、グルコサミン塩酸塩(GlcN)0.1mMおよび1mMの存在下、またはグルコサミン塩酸塩(GlcN)の非存在下で1時間培養した後、LL−37(濃度4μM)を加えて20時間培養した。そしてその細胞を溶解液[1% Triton X-100, 0.5% Nonidet P-40, 10mM Tris-塩酸, pH7.4 150mM 塩化ナトリウム, 1mM エチレンジアミン四酢酸, 1mMエチレングリコールビス(2-アミノエチルエーテル)四酢酸, 1/25v/v タンパク分解酵素阻害剤(商品名:CompleteTM;Roche社製), 1mM ジイソプロピルフルオロリン酸]で溶解し、BCAタンパク定量キット(Pierce社製)を用いてタンパク定量した。さらに、10μgの細胞溶解物を10%SDS-ポリアクリルアミドゲルで電気泳動し、タンパク質をメンブレンフィルターに転写した。そして該メンブレンフィルターをウサギ抗ヒトICAM-1抗体(商品コード:H-108;Santa Cruz Biotechnology社製)と2時間反応させた後、HRPと結合した抗ウサギ抗体と1時間反応させた。その後、HRPの反応基質(商品名:SuperSignal West Pico Chemiluminescent Substrate; Pierce社製)と反応させ、ルミノイメージアナライザー(LAS-3000;富士写真フイルム社製)を用いてICAM-1の定量を行った。その結果を表2に示す。
(3)測定結果
下記の表2から明らかな通り、LL-37の添加のみ(グルコサミン塩酸塩の無添加)の場合(下表2のLL-37のみ)では、何も添加しない場合(下表2の無添加(Resting))に比して、LL-37の刺激によりICAM-1タンパクの発現量が急増している。
一方、グルコサミン塩酸塩添加群(下表2のLL-37+0.1mM GlcNおよびLL-37+1mM GlcN)では、LL-37刺激により急増したICAM-1タンパクの発現量が、グルコサミン塩酸塩の濃度依存的に、かつ、有意差検定において有意に、抑制された。
【0015】
[表2]
ICAM-1 タンパク質 発現
相対ICAM-1産生量
無添加(Resting) 0.425±0.114
LL-37のみ 1±0
LL-37 + 0.1mM GlcN 0.815±0.216
LL-37 + 1mM GlcN 0.510±0.084*
* : p<0.05 (LL-37単独群との比較)
【産業上の利用可能性】
【0016】
本発明の血管内皮細胞における接着分子の発現抑制及び単球遊走因子の産生抑制剤は、動脈硬化とくにアテローム性粥状動脈硬化の予防及び治療剤、並びに予防及び治療のための食品用添加物として、医薬及び食品の分野での利用が期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルコサミン塩を有効成分とする血管内皮細胞接着分子の発現抑制及び単球遊走因子の産生抑制剤。
【請求項2】
グルコサミン塩を有効成分とする血管内皮細胞接着分子の発現抑制及び単球遊走因子の産生抑制組成物。
【請求項3】
グルコサミン塩を有効成分とする血管内皮細胞接着分子の発現抑制及び単球遊走因子の産生抑制による動脈硬化の予防及び/又は治療用医薬組成物。
【請求項4】
グルコサミン塩を有効成分とする血管内皮細胞接着分子の発現抑制及び単球遊走因子の産生抑制による動脈硬化の予防及び/又は治療のための食品用添加物。

【公開番号】特開2008−179587(P2008−179587A)
【公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−16004(P2007−16004)
【出願日】平成19年1月26日(2007.1.26)
【出願人】(502285457)学校法人順天堂 (64)
【出願人】(391003130)甲陽ケミカル株式会社 (17)
【Fターム(参考)】