説明

血管内皮細胞/白血球細胞接着阻害剤

【課題】血管内皮細胞/白血球細胞接着阻害作用を有し、抗炎症又はニキビ等の皮膚炎症性症状の改善のために有用な素材の提供。
【解決手段】ズイコウロウドク及び/若しくはヤマモモ、又はその抽出物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血管内皮細胞/白血球細胞接着阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
生体防御反応の一つに、炎症反応が挙げられる。例えば、生体に病原体や毒素が侵入すると、侵入部位で局所的に炎症反応が生じ、その部位で血管透過性の亢進や白血球の浸出が起こり、結果として病原体の増殖を抑制し、全身への毒素の拡散を防止する。しかしながら炎症反応は、血管拡張、血管透過性亢進、発痛、発熱、発赤、腫脹等の不快な状態をもたらすこともあり、過剰な炎症反応は生体の自己組織の損傷や自己免疫疾患を引き起こしうる。
【0003】
皮膚における炎症性の症状としては、赤ら顔、ニキビ、アトピー性皮膚炎等が知られている。これらの症状は通常、子供や若者の間で多く見られるが、近年では更に上の世代においても見られるようになった。また近年の美容への関心の高まりにより、これらの症状が美容的に好ましくないと考えられるようになり、その治療に対するニーズが高まっている。
【0004】
ニキビは、ざ瘡(ざそう)、アクネ(acne)とも称され、ホルモン分泌、毛包管角化異常、皮脂分泌亢進、機械刺激や化学刺激、細菌等の様々な要因によって発症する、脂腺性毛包に生じる炎症性の皮膚疾患である。ニキビは、炎症の進行とともに悪化して皮膚組織を傷害する(非特許文献1)。ニキビが進行すると赤色となり、更に悪化すると皮膚全体が赤くなる、所謂赤ら顔(赤色丘疹)となる。
【0005】
細菌などが体内に侵入した際、白血球表面の接着分子と血管内皮細胞上の接着分子(セレクチン)との結合を介して、白血球は血管壁に接着する。更に白血球は血管内皮細胞のセレクチンと弱く結合し、内皮細胞表面を転がり(ローリング)、更に内皮細胞のインテグリンリガンドであるICAM−1、VCAM−1と白血球のインテグリン(LFA−1)とが結合し、更に血管壁を通り抜けて血管外に遊出し、細菌などの侵入部に向かう。すなわち炎症反応において、血管内皮細胞と白血球細胞との接着は初期のステップとして重要な役割を果たすため、この接着の阻害が、過剰な炎症反応の抑制に寄与しうると考えられる。
【0006】
ズイコウロウドク(瑞香狼毒、Stellera chamaejasme)は、ジンチョウゲ科の多年生草本植物であり、中国の華北地方に多く分布することが知られている。古来より生薬として、解熱、咳止め、寒熱による胸・腹の痛みや消化不良の改善に用いられており、近年では顕著な抗癌作用を示すことが報告されている(非特許文献2)。
【0007】
ヤマモモ(山桃、Myrica rubra)は、ヤマモモ科の常緑樹又はその果実のことを指す。ヤマモモは初夏に黒赤色の果実を結び、その果実は甘酸っぱく、生で食用に供するほか、ジャムや果実酒に加工されることもある。また、ヤマモモの樹皮は楊梅皮(ようばいひ)という生薬として用いられ、止瀉作用、あるいは打撲、捻挫、筋肉痛若しくは腰痛などの緩和作用を示すことが知られている。
【0008】
しかしながら、これらの植物が血管内皮細胞/白血球細胞の接着を阻害することや、血管内皮細胞/白血球細胞接着阻害剤、皮膚の炎症性症状の改善のための改善剤として使用できることに関しては、これまで知られていなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】化粧品辞典、日本化粧品技術者会(編)、丸善株式会社、平成15年12月15日発行、第629−631頁
【非特許文献2】中国医薬情報3(11):12(1990)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、血管内皮細胞/白血球細胞接着阻害作用を有し、抗炎症又はニキビ等の皮膚炎症性症状の改善のために有用な素材の提供に関する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、抗炎症又はニキビ等の皮膚炎症性症状の改善のために使用できる素材について検討したところ、ズイコウロウドク及びヤマモモが、血管内皮細胞/白血球細胞の接着を阻害する作用を有し、抗炎症やニキビ等の皮膚炎症性症状の改善のために有用であることを見出した。
【0012】
すなわち、本発明は以下の提供に関する。
(1)ズイコウロウドク及びヤマモモから選ばれる1種以上の植物又はその抽出物を有効成分とする、血管内皮細胞/白血球細胞接着阻害剤。
(2)前記抽出物がエタノール水溶液抽出物である、(1)記載の血管内皮細胞/白血球細胞接着阻害剤。
(3)ズイコウロウドク及びヤマモモから選ばれる1種以上の植物又はその抽出物を有効成分とする、皮膚炎症性疾患若しくは症状の予防若しくは改善剤。
(4)前記皮膚炎症性疾患若しくは症状が、ニキビ、ニキビによる炎症、赤ら顔又はアトピー性皮膚炎である、(3)記載の予防若しくは改善剤。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、血管内皮細胞/白血球細胞の接着を阻害することができる。当該接着阻害により、抗炎症作用が奏され、ニキビ等の皮膚炎症性疾患若しくは症状の予防若しくは改善が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】試験した植物の接着阻害作用を比較したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の血管内皮細胞/白血球細胞接着阻害剤とは、血管内皮細胞と白血球細胞との接着を阻害しうる物質のことを指す。本願発明における「阻害」とは、対象となる接着や炎症反応が、ズイコウロウドク及び/若しくはヤマモモ、又はその抽出物の使用により、それを使用しない場合と比較し低くなることを指し、「抑制」、「低減」、「軽減」などの用語と同義的に用いられるものとする。
【0016】
本明細書において、ズイコウロウドク(瑞香狼毒)とは、ジンチョウゲ科の多年生草本植物であるStellera chamaejasmeのことを指す。また、ヤマモモ(山桃)とは、ヤマモモ科の常緑樹であるMyrica rubra、又はその果実ことを指す。
【0017】
上記の植物は、当該植物の任意の部位、例えば全草、葉、茎、芽、花、蕾、木質部、樹皮、地衣体、根、根茎、仮球茎、球茎、塊茎、種子、果実、菌核若しくは樹脂等を用いることができるが、ズイコウロウドクでは根を、ヤマモモでは樹皮を用いるのが好ましい。これらの部位から抽出物を調製する場合、そのまま抽出工程に付してもよく、又は粉砕、切断若しくは乾燥した後に抽出工程に付してもよい。
【0018】
上記抽出物としては、市販されているものを利用してもよく、又は常法により得られる各種溶剤抽出物、又はその希釈液、その濃縮液、その乾燥末、ペースト若しくはその活性炭処理したものであってもよい。一例として、本発明における抽出物は、上記植物を室温(例えば、1〜30℃)若しくは加温(室温〜溶媒沸点)下にて抽出するか、又はソックスレー抽出器等の抽出器具を用いて抽出することにより得ることができる。
【0019】
抽出のための溶剤には、極性溶剤、非極性溶剤のいずれをも使用することができる。溶剤の具体例としては、例えば、水;メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール類;プロピレングリコール、ブチレングリコール等の多価アルコール類;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類;酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル類;テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル等の鎖状及び環状エーテル類;ポリエチレングリコール等のポリエーテル類;スクワラン、ヘキサン、シクロヘキサン、石油エーテル等の炭化水素類;トルエン等の芳香族炭化水素類;ジクロロメタン、クロロホルム、ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素類;及び超臨界二酸化炭素;ピリジン類;油脂、ワックス等その他オイル類等の有機溶剤;ならびにこれらの混合物が挙げられる。好適には、水、アルコール類及びその水溶液が挙げられ、アルコール類としてはエタノールが好ましい。より好ましい溶剤は、水及びエタノール水溶液である。
【0020】
アルコール類と水との配合割合(容量比)としては、0.001〜100:99.999〜0が好ましく、5〜95:95〜5がより好ましく、20〜80:80〜20が更に好ましく、30〜70:70〜30が更により好ましく、40〜60:60〜40がなお好ましい。エタノール水溶液の場合、エタノール濃度が40〜60容量%であることが好ましい。
【0021】
溶剤の使用量としては、植物(乾燥質量換算)1gに対して1〜100mLが好ましい。抽出条件は、十分な抽出が行える条件であれば特に限定されないが、抽出時間としては、1分間〜2ヶ月間が好ましく、10分間〜5週間がより好ましく、抽出温度は、0℃〜溶媒沸点が好ましく、5〜70℃がより好ましい。通常、低温であれば長時間、高温であれば短時間の抽出を行う。
【0022】
抽出物を得る抽出手段は、具体的には、固液抽出、液液抽出、浸漬、煎出、浸出、還流抽出、超音波抽出、マイクロ波抽出、攪拌等の手段を用いることができる。また抽出条件の例として、15〜40℃で1時間〜5週間にわたる抽出、あるいは約70℃で5時間にわたる抽出などが挙げられる。
【0023】
また、抽出時間を短縮する場合には、攪拌を伴う固液抽出が望ましい。この固液抽出の好適な条件の一例としては、10〜100℃(好ましくは20〜70℃)下、100〜5000rpmで30〜300分間の攪拌が挙げられる。
【0024】
抽出物の酸化を防止するため、煮沸脱気や窒素ガス等の不活性ガスを通気して溶存酸素を除去しつつ、いわゆる非酸化的雰囲気下で抽出する手段を併用してもよい。
【0025】
本発明の植物又はその抽出物は、当該植物のうち1種類を単独で使用してもよく、2種類を組み合わせて使用してもよい。
【0026】
後記実施例に示すように、本発明の植物の抽出物は、血管内皮細胞/白血球細胞の接着を阻害する作用を有するため、血管内皮細胞/白血球細胞接着により生じる炎症反応に起因する疾患若しくは症状の予防若しくは改善に使用できる。当該炎症反応としては、血管内皮細胞/白血球細胞の接着に起因して生じるものであれば特に限定されず、例えばニキビ、あるいはニキビに基づく発赤、熱感、腫張、疼痛、機能障害、や赤ら顔(赤色丘疹)、ほてり、痒み、アトピー性皮膚炎等のアレルギー性皮膚炎等が挙げられる。
【0027】
すなわち、本発明の植物又はその抽出物は、血管内皮細胞/白血球細胞の接着阻害剤、アトピー性皮膚炎、ニキビ等の皮膚炎症性疾患の予防若しくは改善剤、ニキビによる炎症(発赤、熱感、腫張、疼痛、機能障害)や赤ら顔(赤色丘疹)、ほてり、痒み等の皮膚の炎症性症状の予防若しくは改善剤(以下、「血管内皮細胞/白血球細胞の接着阻害剤等」という)となり得、また、血管内皮細胞/白血球細胞接着素材剤等の製造に使用できる。
【0028】
血管内皮細胞/白血球細胞接着素材剤等は、それ自体が、血管内皮細胞/白血球細胞の接着阻害剤、皮膚の炎症性疾患若しくは炎症性症状の予防若しくは改善のための化粧品、医薬品、医薬部外品であってもよく、又は、当該化粧品、医薬品、医薬部外品に配合して使用される素材又は製剤であってもよい。
【0029】
上記医薬品及び医薬部外品の投与形態は特に限定されず、経口投与又は非経口投与であってもよい。経口投与のための剤型としては、例えば、錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤のような固形投薬形態、ならびにエリキシロール、シロップ及び懸濁液のような液体投薬形態が挙げられ、非経口投与のための剤型としては、注射、輸液、局所、外用剤、経皮、経粘膜、経鼻、経腸、吸入、坐剤、ボーラス、貼布剤等が挙げられる。当該抗炎症剤は、好ましくは非経口形態であり、より好ましくは皮膚外用剤の形態である。
【0030】
上記製剤は、薬学的に許容される担体と組み合わせて調製してもよい。かかる担体としては、例えば、賦形剤、被膜剤、結合剤、増量剤、崩壊剤、滑沢剤、希釈剤、浸透圧調整剤、pH調整剤、分散剤、乳化剤、防腐剤、安定剤、酸化防止剤、着色剤、紫外線吸収剤、保湿剤、増粘剤、滑沢剤、活性増強剤、抗炎症剤、殺菌剤、香料、矯味剤、矯臭剤等が挙げられる。また、当該製剤には、血管内皮細胞と白血球細胞との接着阻害作用が失われない限り、他の有効成分や薬理成分を含有させてもよい。
【0031】
上記医薬品及び医薬部外品中の本発明の植物若しくはその抽出物の含有量は、例えば皮膚外用剤とする場合、上記植物又は抽出物の乾燥質量換算で、0.01〜100質量%とするのが好ましく、0.05〜70質量%とするのがより好ましく、0.1〜20質量%とするのが更に好ましく、0.5〜10質量%とするのが更により好ましい。
【0032】
上記化粧料は、本発明の植物又はその抽出物による血管内皮細胞と白血球細胞との接着阻害作用が失われない限り、他の有効成分や化粧成分、例えば、保湿剤、美白剤、紫外線保護剤、細胞賦活剤、洗浄剤、角質溶解剤、メークアップ成分(例えば、化粧下地、ファンデーション、おしろい、パウダー、チーク、口紅、アイメーク、アイブロウ、マスカラ、その他)等を含有していてもよい。化粧料とする場合の形態としては、クリーム、乳液、ローション、懸濁液、ジェル、パウダー、パック、シート、パッチ、スティック、ケーキ等、化粧料に使用され得る任意の形態が挙げられる。好ましくは、上記化粧料は、ニキビや赤ら顔(赤色丘疹)、ほてり、痒み、アトピー性皮膚炎等のアレルギー性皮膚炎等の改善のための抗炎症化粧料であり、より好ましくは、上記化粧料はニキビ用化粧料である。
【0033】
上記本発明の植物又はその抽出物と上記担体及び/又は他の有効成分や化粧成分を組みあわせて、常法により製造することができる。当該化粧料における上記植物若しくはその抽出物の含有量は、上記植物又はその抽出物の乾燥質量換算で、0.01〜100質量%とするのが好ましく、0.05〜70質量%とするのがより好ましく、0.1〜20質量%とするのが更に好ましく、0.5〜10質量%とするのが更により好ましい。以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
【実施例】
【0034】
植物抽出物の調製:
(1)ズイコウロウドク抽出液の調製
ズイコウロウドク根(狼毒、新和物産株式会社)40gに50%エタノール水溶液400mLを加え、常温で22日間浸漬した。これをろ過し、ズイコウロウドク抽出液を得た。このズイコウロウドク抽出液を濃縮し、抽出物3.95gを得た。ズイコウロウドク抽出物を、蒸発残分1%になるように50%エタノール水溶液を加え、評価サンプルとした。
【0035】
(2)ヤマモモ抽出液の調製
ヤマモモ樹皮(楊梅皮、新和物産株式会社)40gに50%エタノール水溶液400mLを加え、常温で19日間浸漬した。これをろ過し、ヤマモモ抽出液を得た。このヤマモモ抽出液を濃縮し、抽出物6.02gを得た。ヤマモモ抽出物に蒸発残分1%になるように50%エタノール水溶液を加え、評価サンプルとした。
【0036】
血管内皮細胞と白血球の細胞接着阻害剤の探索:
正常ヒト血管内皮細胞(Normal Human Umbilical Vein Endothelial Cells:HUVEC)を、3×104個/ウェルの細胞密度で96−ウェルプレートに播種した翌日に、0.1%(v/v)となるように、ヤマモモ及びズイコウロウドクの抽出物を添加した。その翌日、ヒト組換えIL−1α及びTNF−αを終濃度がそれぞれ2.5ng/mlとなるように添加し、更にその翌日に、蛍光標識したHL−60細胞を2×105個/ウェルの細胞密度で添加して30分間培養した。上清を除いた後、0.1%SDS/50mM−Trisを添加して細胞を可溶化した。可溶化した細胞は蛍光プレートリーダーを用いて蛍光強度を測定した。なお、蛍光HL−60細胞の希釈系列を作製し、同様に蛍光強度を計測することで検量線を作成し、得られた蛍光強度から血管内皮細胞に接着したHL−60細胞数を算出した。また、植物抽出物を添加しなかったサンプルを陽性対照として用い、植物抽出物及びサイトカインを添加しなかったサンプルを陰性対照として用いた。
【0037】
試験の結果、ヤマモモ及びズイコウロウドクを用いた場合に、HL−60細胞(白血球細胞)の血管内皮細胞への接着が顕著に阻害されることが示された(表1)。
【0038】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ズイコウロウドク及びヤマモモから選ばれる1種以上の植物又はその抽出物を有効成分とする、血管内皮細胞/白血球細胞接着阻害剤。
【請求項2】
前記抽出物がエタノール水溶液抽出物である、請求項1記載の血管内皮細胞/白血球細胞接着阻害剤。
【請求項3】
ズイコウロウドク及びヤマモモから選ばれる1種以上の植物又はその抽出物を有効成分とする、皮膚炎症性疾患若しくは症状の予防若しくは改善剤。
【請求項4】
前記皮膚炎症性疾患若しくは症状が、ニキビ、ニキビによる炎症、赤ら顔又はアトピー性皮膚炎である、請求項3記載の予防若しくは改善剤。

【図1】
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【公開番号】特開2013−18726(P2013−18726A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−151660(P2011−151660)
【出願日】平成23年7月8日(2011.7.8)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】