説明

衝撃吸収部材およびその製造方法

【課題】衝撃荷重の吸収特性に優れる衝撃吸収部材の提供
【課題手段】応力−歪み曲線において2段階の弾塑性特性を示す合金を用いた衝撃吸収部材であって、一段目および二段目の応力と、これらの応力に対応する歪みとの関係が下記の(1)式および(2)式を満足することを特徴とする衝撃吸収部材。
4≦σ2/σ1≦10 ・・・(1)
25≦σ2×(ε2−ε1)/(σ1×ε1) ・・・(2)
但し、式中の各記号の意味は下記の通りである。
σ1:一段目の応力(降伏応力、MPa)
σ2:二段目の応力(破断応力、MPa)
ε1:σ1に対応する歪み(%)
ε2:σ2に対応する歪み(%)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、衝撃吸収部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
衝撃吸収部材は、衝突等により発生するエネルギを部材自体の弾性変形または塑性変形に変換し、吸収することによって、保護対象物へのダメージを軽減させるものである。衝撃吸収部材の材質、形状等の条件は、保護対象物において想定されるエネルギによって選択される。
【0003】
例えば、携帯型情報処理端末に用いられる衝撃吸収部材として、特許文献1には、弾性変形により衝撃エネルギを吸収する弾性衝撃吸収体と、塑性変形により衝撃エネルギを吸収する塑性衝撃吸収体とを備えるものが提案され、特許文献2には、金属のもしくは樹脂の座屈変形によって衝撃エネルギを吸収する座屈衝撃吸収体が提案されている。これらの文献では、衝撃吸収部材として、形状記憶合金を用いることが示されている。
【0004】
一方、出願人の一部は、特許文献3において「引張または圧縮の荷重に対し、多段階の弾塑性特性を示す多段階変形部材を備えたことを特徴とするエネルギ吸収構造体。」に関する発明を、特許文献4において「衝撃荷重を受けたときに湾曲変形するエネルギ吸収構造体であって、前記エネルギ吸収構造体は、湾曲変形したときに、その外周側に位置する外側層と、その内周側に位置する内側層との2層を含む多層構造となっており、前記外側層は、引張荷重に対して二段階の弾塑性特性を示す引張荷重吸収部材で構成されることを特徴とするエネルギ吸収構造体。」に関する発明を開示している。
【0005】
【特許文献1】特開2002−358140号公報
【特許文献2】特開2004−197821号公報
【特許文献3】特開2006−214524号公報
【特許文献4】特開2006−220245号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
形状記憶合金は、温度センサ、アクチュエータ、超弾性材等として様々な用途に使用されているが、上記の文献に記載されるように、衝撃吸収部材の材料として用いられることもある。
【0007】
しかし、特許文献1および2には、単に弾塑性衝撃吸収体として形状記憶合金を利用すること、および、座屈衝撃吸収体に形状記憶合金を使用して衝撃吸収後熱により形状回復させることが開示されているものの、衝撃エネルギ量に大きく影響を及ぼす形状記憶合金の応力−ひずみ特性については具体的に検討されていない。また、特許文献3および4においても、多段階変形部材として形状記憶合金を使用する例が示されているもの、その具体的な特性については示されていない。
【0008】
このように、特許文献1から4までのいずれにも、衝撃吸収部材として必要な性能についても、要求性能を満たすための製法についても開示されていない。
【0009】
そこで、本発明者らは、衝撃吸収材として特許文献3および4にも示される二段階弾塑性変形する材料を基礎とし、より広範囲な衝撃荷重に適応し得る材料を開発するべく、鋭意研究を行った。
【0010】
図2は、二段階弾塑性変形材料の応力と歪みの関係を示す図である。図2に示すように、二段階弾塑性変形材料においては、降伏応力(一段目の応力σ1)と、破断応力(二段目の応力σ2)が存在する。例えば、自動車、オートバイの場合、低速度(2km/h程度)での緩衝突における対人、対物保護と、走行速度(10km/h以上)での衝突における対物保護とを考慮する必要がある。上記二段階弾塑性変形材料を用いれば、まず低速度での衝突のような小さな応力が負荷された場合には、小さな一段目の応力の付近で一定量の変形が生じ、走行速度での衝突のような比較的大きな応力が負荷された場合には、一段目の応力での変形の後に、より大きな二段目の応力での一定の変形が生じる。このため、低速度および走行速度の両方の衝突時の衝撃を吸収することができる。
【0011】
本発明者らは、二段階弾塑性変形材料の中でも、特に弾性変形域が大きく、その荷重はより小さいものであり、しかも、塑性変形時の強度は充分に大きい二段階塑性変形材料が、衝撃吸収部材に適していることを見出した。
【0012】
即ち、定速度での衝突をσ1で、走行速度での衝突をσ2でそれぞれ吸収することを考えると、降伏応力σ1と破断応力σ2との比率σ2/σ1はある程度大きいことが必要である。なお、ここでいうσ2/σ1は、想定される衝突加速度の比と考えることができる。また、同程度の時間tで速度がゼロになるとすれば、衝突速度の比と考えることもできる。
【0013】
一方、低速度での運動エネルギを一段目の変形で、走行速度の運動エネルギを二段目の変形によって吸収することを考えると、二段のSSカーブ(応力−歪み曲線)において、一段目の応力をσ1、二段目の応力をσ2、それぞれに対応する歪みをε1、ε2とするとき、「σ1×ε1」と「σ2×(ε2−ε1)」との比は、大きいことが必要であるが、従来の形状記憶合金ではσ2×(ε2−ε1)/(σ1×ε1)は4〜10程度であり、これを向上させる必要がある。なお、ここでいう「σ2×(ε2−ε1)/(σ1×ε1)」は低速度での運動エネルギと走行速度の運動エネルギとの比と考えることもできる。
【0014】
このような構成を取ることにより、緩衝撃荷重負荷時は弾性変形域でその衝撃を吸収し、大きな衝撃荷重負荷時は塑性変形域でその衝撃を吸収することができる。
【0015】
本発明者らは、このような望ましい衝撃吸収部材を得るための製造方法についても鋭意研究を行った。従来、材料の機械的強度を調整するための一般的な方法は、化学組成を変更することであるが、本発明者らは、NiTi系形状記憶合金材料のうち母相変態終了温度Afが−15℃未満である超弾性材を出発部材とし、成形後の時効処理条件を調整することにより、衝撃吸収部材に適した合金を製造する方法を見出した。
【0016】
本発明は、このような技術思想のもとでなされたものであり、従来と比較してより低速度の衝撃荷重およびより高速の衝撃荷重を吸収することができる衝撃吸収部材とその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、下記の衝撃吸収部材およびその製造方法を要旨とする。
【0018】
(A)応力−歪み曲線において2段階の弾塑性特性を示す合金を用いた衝撃吸収部材であって、一段目および二段目の応力と、これらの応力に対応する歪みとの関係が下記の(1)式および(2)式を満足することを特徴とする衝撃吸収部材。
4≦σ2/σ1≦10 ・・・(1)
25≦σ2×(ε2−ε1)/(σ1×ε1) ・・・(2)
但し、式中の各記号の意味は下記の通りである。
σ1:一段目の応力(降伏応力、MPa)
σ2:二段目の応力(破断応力、MPa)
ε1:σ1に対応する歪み(%)
ε2:σ2に対応する歪み(%)
【0019】
上記(A)の2段階の弾塑性特性を示す合金としては、例えば、Ni−Ti合金を用いることができる。また、衝撃吸収部材は、成形後には、下記(3)式および(4)式を満足する条件で過時効処理を施して製造されたものであることが望ましい。
300≦T≦650 ・・・(3)
t≧5.5×10-6×exp{10900/(T+273)} ・・・(4)
但し、式中の各記号の意味は下記の通りである。
T:処理温度(℃)
t:処理時間(時間)
【0020】
(B)母相変態終了温度Afが−15℃未満であるNi−Ti合金を衝撃吸収部材の形状に成形した後、下記(3)式および(4)式を満足する条件で過時効処理を施すことを特徴とする衝撃吸収部材の製造方法。
300≦T≦650 ・・・(3)
t≧5.5×10-6×exp{10900/(T+273)} ・・・(4)
但し、式中の各記号の意味は下記の通りである。
T:処理温度(℃)
t:処理時間(時間)
【発明の効果】
【0021】
本発明の衝撃吸収部材は、従来のものと比較して、一段目の応力と二段目の応力との比が大きく、しかも、最大歪みを大きく取ることができる。このため、弱い衝撃荷重も、強い衝撃荷重も吸収することができる。このため、例えば、自動車、オートバイ等の輸送機器用の衝撃吸収部材として有用である。
【0022】
なお、輸送機器用衝撃吸収部材としては、例えば、自動車のフロントバンパビーム、フロントサイドフレーム、自動二輪車のサイドフレーム等が挙げられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明の衝撃吸収部材においては、一段目の応力σ1(降伏応力、MPa)および二段目の応力σ2(破断応力、MPa)の関係が下記(1)式を満たし、これらの応力と、σ1に対応する歪みε1(%)およびσ2に対応する歪みε2(%)との関係が下記の(2)式を満たす必要がある。
4≦σ2/σ1≦10 ・・・(1)
25≦σ2×(ε2−ε1)/(σ1×ε1) ・・・(2)
【0024】
前述のように、σ2/σ1は、想定される衝突加速度の比または衝突速度の比とみることができる。σ2/σ1が4未満の場合、緩衝突時の衝撃吸収部材の変形が不十分となり衝突対象物に損傷を与えてしまう。しかし、σ2/σ1が10を超えると、僅かな力で変形してしまうので構造体として不安定なものとなる。
【0025】
前述のように、「σ2×(ε2−ε1)/(σ1×ε1)」は低速度での運動エネルギと走行速度の運動エネルギとの比と考えることができるが、「σ2×(ε2−ε1)/(σ1×ε1)」が25未満では、これらの運動エネルギ差が小さすぎるため、低速度での衝撃と、走行速度での衝撃の両方を吸収するのには、不十分となる。
【0026】
ここで、上記(1)および(2)式を満足する衝撃吸収部材用の材料としては、Ni−Ti系のいわゆる形状記憶合金を用いることができる。Ni−Ti系合金は、サイクル特性が良好であり、耐食性が高く、毒性が無く、強度が比較的高く、加工が比較的容易であるなど、衝撃吸収部材に適しているからである。
【0027】
Ni−Ti系合金としては、NiおよびTiの質量比がほぼ1:1である合金であって、NiおよびTiからなる合金、これに若干の不純物が含まれる合金、ならびに、これに適量の添加元素が含まれる合金を意味する。添加元素としては、例えば、Al、B、Mn、Co、Cr、Cu、Fe、Nb、V、PdおよびZrから選択される一種以上が含まれていてもよい。これらの元素の含有量としては、Al、B、Co、Cr、FeおよびMnについては5原子%以下、Cu、Nb、V、PdおよびZrの場合については25原子%以下とするのが望ましい。
【0028】
しかし、通常の形状記憶合金は、冷間加工等により合金中に欠陥(転位)を生じさせた後、時効処理を実施することにより、ある程度の欠陥を残しつつ、合金特性を調整するものである。これにより母相(オーステナイト相)が当初の形状を「記憶」することになる。形状記憶効果は、熱弾性型マルテンサイト変態によるもので、温度変化による母相(オーステナイト)からマルテンサイト相への相変態および逆変態によって発現する。合金中の欠陥は、この相変態が速やかに再現性良く進行するための起点となる。
【0029】
この形状記憶合金の製造過程において、過時効を行うと、合金特性の調整に留まらず、欠陥を消滅させてしまうことになり、速やかに、かつ再現性良い相変態を進行できなくなる。このため、形状記憶合金の製造工程において過時効が行われることはなかった。
【0030】
衝撃吸収部材には、通常の形状記憶合金に求められる性能とは異なり、弾性変形域が大きく、その荷重はより小さいものであり、しかも、塑性変形時の強度は充分に大きいことなどが求められる。過時効を行わない条件で製造された通常の形状記憶合金では、上記(1)式および(2)式を満足するものがなかった。本発明者らが鋭意研究をした結果、Ni−Ti系合金を過時効することで、弾性域および塑性変形域の荷重ならびに破断伸びを上記(1)式および(2)式を満たすことができることが判明した。
【0031】
具体的には、母相変態終了温度(加熱に際しマルテンサイト相から母相への変態が終了する温度)Afが−15℃未満であるNi−Ti系合金(超弾性材)に下記(3)式および(4)式を満たす条件の過時効を実施することにより、弾性域および塑性変形域の荷重ならびに破断伸びを上記(1)式および(2)式を満たす範囲とすることができるのである。
300≦T≦650 ・・・(3)
t≧5.5×10-6×exp{10900/(T+273)} ・・・(4)
但し、式中の各記号の意味は下記の通りである。
T:処理温度(℃)
t:処理時間(時間)
【0032】
これは、上記(3)式および(4)式を満たす条件の過時効処理を実施することによって母相中からNi richな第二相が析出し、母相のTi比率が高まるために、母相変態終了温度が上がり、応力誘起マルテンサイト発現応力σ1が低下すること、および、試料の作製過程において蓄積された転位や空孔などの欠陥が過時効によって減少して、より塑性変形しやすくなることに起因すると考えられる。
【0033】
ここで、成形時などに生じた欠陥は、最大伸びに対しては悪い影響を与えるが、応力誘起マルテンサイトの変態起点になるという一面も有るため、応力誘起マルテンサイト変態を速やかに進行させるためには有用である。このため、欠陥は減らしつつも、ある程度の欠陥は残しておく必要がある。
【0034】
そこで、過時効処理の温度を300℃未満にすると、原子の拡散速度が非常に遅くなり、その結果、第二相を十分に析出させ、また、欠陥を減少させるためには長時間の処理を要し、生産効率を極端に悪化させる。一方、過時効処理の温度が650℃を超えると、逆に欠陥が減少しすぎて、応力誘起マルテンサイトが生じづらく、目的とする2段の荷重−歪曲線が得られなくなる。従って、過時効処理温度は、上記(3)式の範囲とした。
【0035】
過時効処理の時間は、短すぎると十分に欠陥を減少させることができず、一方で、長すぎると欠陥を減少させすぎるという問題がある。但し、過時効処理の時間は、過時効処理の温度に依存して、その適正範囲が定められ、具体的には、上記(4)式を満たす範囲に設定すればよい。
【0036】
なお、Ni−Ti系合金の母相変態終了温度(加熱に際しマルテンサイト相から母相への変態が終了する温度)Afについては、特に制約はないが、例えば、−15℃未満のものを用いることができる。なお、Afは、JIS H7101に従って求めることができる。
【実施例1】
【0037】
母相変態終了温度Afが−20℃のNi−Ti系合金(Ni/Ti=1.042)を用意し、これを冷間加工により板材とし、この板材から採取したJIS 14B5試験片に各種の熱処理を実施した。その試験片について引張試験を行い応力−歪み特性を調査した。その結果を図1に示す。
【0038】
図1に示すように、(3)式および(4)式を満たす「480℃ 72時間」の熱処理を実施した例では、σ2/σ1が約8、σ2×(ε2−ε1)/(σ1×ε1)が約50である。一方、(3)式を満たすが、(4)式を満たさない「480℃ 8時間」の熱処理を実施した例では、σ2/σ1が約4と良好であるが、σ2×(ε2−ε1)/(σ1×ε1)が約3であり、十分な特性が得られなかった。また、(3)式を満たすが、(4)式を満たさない「580℃ 1時間」の熱処理を実施した例では、σ2/σ1が約3、σ2×(ε2−ε1)/(σ1×ε1)は約12で、十分な特性は得られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の衝撃吸収部材は、従来のものと比較して、一段目の応力と二段目の応力との比が大きく、しかも、最大歪みを大きく取ることができる。このため、弱い衝撃荷重も、強い衝撃荷重も吸収することができる。このため、例えば、自動車、オートバイ等の輸送機器用の衝撃吸収部材として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】実施例および比較例の応力と歪みの関係を示す図
【図2】二段階弾塑性変形材料の応力と歪みの関係を示す図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
応力−歪み曲線において2段階の弾塑性特性を示す合金を用いた衝撃吸収部材であって、一段目および二段目の応力と、これらの応力に対応する歪みとの関係が下記の(1)式および(2)式を満足することを特徴とする衝撃吸収部材。
4≦σ2/σ1≦10 ・・・(1)
25≦σ2×(ε2−ε1)/(σ1×ε1) ・・・(2)
但し、式中の各記号の意味は下記の通りである。
σ1:一段目の応力(降伏応力、MPa)
σ2:二段目の応力(破断応力、MPa)
ε1:σ1に対応する歪み(%)
ε2:σ2に対応する歪み(%)
【請求項2】
Ni−Ti合金を用いたことを特徴とする請求項1に記載の衝撃吸収部材。
【請求項3】
成形後に、下記(3)式および(4)式を満足する条件で過時効処理を施したことを特徴とする請求項2に記載の衝撃吸収部材。
300≦T≦650 ・・・(3)
t≧5.5×10-6×exp{10900/(T+273)} ・・・(4)
但し、式中の各記号の意味は下記の通りである。
T:処理温度(℃)
t:処理時間(時間)
【請求項4】
母相変態終了温度Afが−15℃未満であるNi−Ti合金を衝撃吸収部材の形状に成形した後、下記(3)式および(4)式を満足する条件で過時効処理を施すことを特徴とする衝撃吸収部材の製造方法。
300≦T≦650 ・・・(3)
t≧5.5×10-6×exp{10900/(T+273)} ・・・(4)
但し、式中の各記号の意味は下記の通りである。
T:処理温度(℃)
t:処理時間(時間)

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−133515(P2008−133515A)
【公開日】平成20年6月12日(2008.6.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−321286(P2006−321286)
【出願日】平成18年11月29日(2006.11.29)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】