説明

表面処理アルミニウム合金材

【課題】エステル成分を含有するプレス油が塗布されても、脱脂性および化成性に優れる表面処理アルミニウム合金材を提供する。
【解決手段】アルミニウム合金材と、このアルミニウム合金材の表面に形成されたマグネシウムを含有する下層皮膜と、この下層皮膜上に形成されたリンを含有する上層皮膜とを備える表面処理アルミニウム合金材であって、下層皮膜は、膜厚が1〜10nm、マグネシウム濃度が4原子%を超え18原子%以下であり、上層皮膜は、膜厚が1〜15nm、リン濃度が2〜18原子%であり、下層皮膜の膜厚に対する上層皮膜の膜厚の比率が0.2〜10であり、かつ、下層皮膜のマグネシウム濃度に対する上層皮膜のリン濃度の比率が0.2〜3であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は表面処理が施されたアルミニウム合金材に係り、自動車用、特に自動車パネルに好適に使用することができる表面処理アルミニウム合金材に関する。
【背景技術】
【0002】
周知の通り、従来から、自動車、船舶、航空機あるいは車両等の輸送機、機械、電気製品、建築、構造物、光学機器、器物の部材や部品用として、各種アルミニウム合金材が、合金毎の各特性に応じて汎用されている。そして、近年、排気ガス等による地球環境問題に対して、自動車車体の軽量化による燃費の向上が追求されていることから、従来使用されていた鉄鋼材料に代わって、比重が鉄の約1/3であり、優れたエネルギー吸収性を有するアルミニウム材料の自動車車体への使用が増加している。
【0003】
アルミニウム合金を自動車パネルとして用いる場合には、成形性、溶接性、接着性、化成処理性、塗装後の耐食性、美観等が要求される。アルミニウム合金を用いて自動車パネルを製造する方法は、1)成形(所定寸法への切り出し、所定形状へのプレス成形)、2)接合(溶接および/または接着)、3)化成処理(洗浄剤による脱脂→表面調整→リン酸亜鉛処理)、4)塗装(電着塗装による下塗り→中塗り→上塗り)、であり、従来の鋼板を用いる場合と基本的に同じである。
【0004】
一方で、自動車部品のモジュール化が進行しつつあり、アルミニウム合金材(アルミニウム合金板)自体が製造されてから、前記の自動車パネルの製造工程や車体製造工程に入るまでの期間がこれまでより長くなる傾向がある。自動車部品のモジュール化とは、自動車メーカーにおいて車体に直接取り付けていた個々の部品を、部品会社において事前にサブアセンブリーしてから車体に取り付ける方法である。自動車メーカーにおける難作業を簡素化して生産効率を上げることが主な目的であり、生産工程の短縮、仕掛品を削減する効果もある。自動車部品のモジュール化により、部品会社の負担は増加するが、自動車会社と部品会社の全体としてのコスト低減に効果があり、結果的に自動車のコスト削減に寄与している。
【0005】
また、自動車用アルミニウム合金板の搬送経路は、これまで軽圧メーカーから自動車メーカーへの直納方式が主流であった。しかし、モジュール化が進めば部品会社経由とならざるを得ず、アルミニウム合金板自体が製造されてから前記の製造工程に入るまでの期間がこれまでより長くなる。したがって、アルミニウム合金板の表面保護の観点から、アルミニウム合金板を油で覆う処理が行われる。
【0006】
しかし、このような場合に、どうしてもアルミニウム合金板の表面特性が経時変化し、特に化成処理性、塗装性へ悪影響を及ぼすことが問題となっている。なかでも、経時変化に伴い化成処理時の脱脂性が悪化し、化成処理皮膜が付着し難くなり、結果的に耐食性に影響を及ぼすことが知られている。
【0007】
このため、従来からアルミニウム合金板表面のマグネシウム(Mg)を除去することにより、化成処理性等を向上させることに注力されている(特許文献1〜5参照)。ただし、Mgを完全に除去することは困難であり、表面特性の経時変化が少ない表面安定性に優れたものを得ることは難しい。さらに、Mgを完全に除去するには強力に洗浄する必要があるため、生産性に劣り、経済的ではない。
【0008】
また、特に脱脂後の水濡れ性と接着性に優れたアルミニウム合金板を得るために、アルミニウム合金板の表面皮膜のMg量とOH量を調整し、表面調整後14日以内に防錆油を塗油した自動車ボディーシート用アルミニウム合金板も提案されている(特許文献6参照)。しかし、表面調整後14日以内に防錆油を塗油して表面を保護するだけでは、表面特性の経時変化に対する安定性に優れたものが得られるものではない。
【0009】
そこで、表面特性の経時変化の少ないアルミニウム合金板とするために、Mgを2〜10質量%含有するアルミニウム合金板の金属アルミニウム基体と、この基体上に形成されたアルミニウムのリン酸塩皮膜と、このリン酸塩皮膜上に形成された酸化アルミニウム膜と、さらにこの上に防錆油を塗布した自動車ボディー用アルミニウム合金板も提案されている(特許文献7参照)。また、アルミニウム合金の表面にエステル成分を含有した成形油(プレス油)で覆ったものも提案されている(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平06−256980号公報(段落0012〜0025)
【特許文献2】特開平06−256881号公報(段落0008〜0015)
【特許文献3】特開平06−220564号公報(段落0008〜0021)
【特許文献4】特開平04−214835号公報(段落0012〜0016)
【特許文献5】特開平02−115385号公報(第2頁左上欄6行目〜第3頁右下欄12行目)
【特許文献6】特開2006−200007号公報(段落0007〜0009)
【特許文献7】特許第2744697号公報(第3頁左欄19行目〜第4頁左欄38行目)
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】田中、小林、倉田著「アルミニウム表面モデル酸化物の脱脂性の検討」、軽金属学会第111回秋期大会講演概要集、167、2006年、p.331〜332
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、従来の技術においては、以下に示す問題がある。
前記特許文献7では、その実施例において、サンプル作製後一週間放置した材料を基準として評価結果を比較している。しかし、前記したアルミニウム合金板の表面特性の経時変化は、サンプル作製直後から一週間程度までの変化量が最も大きく、その後の変化は比較的少ない。したがって、前記特許文献7に示された評価結果をもって、目的とする表面特性の安定性が保証されたことにはならない。また、前記非特許文献1において開示されているように、プレス油中のエステル成分は、油性剤として作用し合金の絞り加工性を向上させるが、化成処理時の脱脂工程において水濡れ性が低下するといった問題点を有している。
【0013】
特に、自動車等の用途では、アルミニウム合金材の化成処理時の水濡れ安定性、塗装性、接着耐久性、溶接安定性等が求められる。取り分け、アルミニウム合金材が製造メーカーの工場から出荷され、プレス成形等が行われ、さらに化成処理時の脱脂が行われるまでの間、プレス油の効果を維持できると共に、化成処理時の良好な水濡れ性が維持できる性質、すなわち脱脂性に優れたMg含有アルミニウム合金材が求められている。さらに、化成処理後の表面に、化成処理ムラが発生しない性質、すなわち化成性に優れることも必要である。
【0014】
本発明は、前記課題を解決するものであり、エステル成分を含有するプレス油が塗布されても、脱脂性および化成性に優れる表面処理アルミニウム合金材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、近年、アルミニウム合金材が製造メーカーの工場から出荷され、プレス成形等が行われ、さらに化成処理時の脱脂が行われるまでの全期間が長くなってきていること、すなわち、アルミニウム合金材の表面保護等の観点から、どうしても油で覆われている時間が長くなってしまう点に着目した。また、アルミニウム合金材は、化成処理の前にプレス成形等も行われるため、油は成形性を向上させるものであることも求められる。このような表面保護性と成形性の両者を満足する油が塗布されたものであっても、化成処理時の脱脂も十分に行え、かつ、化成処理時の良好な水濡れ性が維持できる性質(脱脂性)に優れ、さらに、化成処理後の表面に、化成処理ムラが発生しない性質(化成性)にも優れたアルミニウム合金材ができないものか鋭意検討した。その結果、アルミニウム合金材の表面処理の材料、条件を工夫し、エステル成分を含有するプレス油が塗布されたものであっても、アルミニウム合金材の表面に形成されたマグネシウムを含有する下層皮膜と、この下層皮膜上に形成されたリンを含有する上層皮膜について所定条件にすることで、前記目的を達成できることを始めて見出した。
【0016】
このような構成により、前記目的を達成できたのは、図1に示すような表面処理アルミニウム合金材表面の性状が大きな役割を果たしているのではないかと推定している。すなわち、図1において、Mgを含有する下層皮膜が形成されたアルミニウム合金材の表面(すなわち、下層皮膜の表面)を、所定の濃度のリン酸二水素アルミニウム水溶液で表面処理すると、この下層皮膜の表面に水和したリン酸塩もしくは、リン酸水素塩の上層皮膜が形成され、これらの単分子層が下層皮膜との間で、酸素(−O−)を介して強固な化学結合を有し、また、OH基が残存して保湿成分となり、プレス油中のエステル成分の吸着を抑制すると考えられる。
【0017】
これにより、化成処理時の脱脂時まで、下層皮膜の表面に水和したリン酸塩もしくは、リン酸水素塩と、プレス油中のエステル成分が結合することなく、かつ、所定量のプレス油を安定して保持するため、プレス油中のエステル成分の成形効果が維持される。また、プレス油中のエステル成分は、水和したリン酸塩もしくは、リン酸水素塩と結合していないため、脱脂時には十分に除去でき、化成処理時の脱脂工程において良好な水濡れ性が維持される。また、上層皮膜のリン濃度を所定以下に制御することで、上層皮膜のリンに起因する化成処理ムラの発生が抑制される。以上により、脱脂性および化成性に優れた表面処理アルミニウム合金材が実現できたものと考えている。
【0018】
すなわち、本発明に係る表面処理アルミニウム合金材は、アルミニウム合金材と、このアルミニウム合金材の表面に形成されたマグネシウムを含有する下層皮膜と、この下層皮膜上に形成されたリンを含有する上層皮膜とを備える表面処理アルミニウム合金材であって、前記下層皮膜は、膜厚が1〜10nm、マグネシウム濃度が4原子%を超え18原子%以下であり、前記上層皮膜は、膜厚が1〜15nm、リン濃度が2〜18原子%であり、前記下層皮膜の膜厚に対する前記上層皮膜の膜厚の比率(以下、適宜、「上層膜厚/下層膜厚」と称す)が0.2〜10であり、かつ、前記下層皮膜のマグネシウム濃度に対する前記上層皮膜のリン濃度の比率(以下、適宜、「P/Mg」と称す)が0.2〜3であることを特徴とする。
【0019】
このような構成によれば、アルミニウム合金材の表面に形成される下層皮膜の膜厚とマグネシウム濃度を規定することで、酸洗浄を行わずに、脱脂性および化成性が向上する。また、上層皮膜の膜厚とリン濃度を規定することで、脱脂性および化成性が向上する。ここで、リン濃度に関しては、上層皮膜のリン濃度を2%以上とすることで、水和したリン酸塩もしくは、リン酸水素塩の上層皮膜が下層皮膜との間で、酸素(−O−)を介して強固に化学結合し、また、OH基が残存して、保湿成分となり、プレス油中のエステル成分の吸着が抑制される。これにより、脱脂性が向上する。一方、上層皮膜のリン濃度を18原子%以下に制御することで、化成性が向上する。さらに、上層膜厚/下層膜厚、P/Mgを規定することで、薬液コスト、処理コストが抑制されると共に、脱脂性および化成性が向上する。
【0020】
本発明に係る表面処理アルミニウム合金材は、前記下層皮膜の膜厚に対する前記上層皮膜の膜厚の比率が1〜10であり、かつ、前記下層皮膜のマグネシウム濃度に対する前記上層皮膜のリン濃度の比率が1〜3であることを特徴とする。
【0021】
このような構成によれば、表面処理アルミニウム合金材の脱脂性および化成性がさらに向上する。
【発明の効果】
【0022】
本発明の表面処理アルミニウム合金材は、脱脂性に優れるため、化成処理時の良好な水濡れ性が維持でき、また、化成性に優れるため、化成処理後の表面に、化成処理ムラが発生しないものとなる。さらに、化成処理の脱脂時まで、エステル成分を含有するプレス油の効果を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明に係る表面処理アルミニウム合金材にエステル成分を含有するプレス油を塗布した後のアルミニウム合金材の表面性状を考察するための模式図である。
【図2】本発明に係る表面処理アルミニウム合金材の構成を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明に係る表面処理アルミニウム合金材の形態について、図面を参照して具体的に説明する。なお、各図面が示す部材の大きさや位置関係等は、説明を明確にするため誇張していることがある。
【0025】
≪表面処理アルミニウム合金材≫
図2に示すように、本発明に係る表面処理アルミニウム合金材10は、アルミニウム合金材1と、このアルミニウム合金材1の表面に形成されたマグネシウムを含有する下層皮膜2と、この下層皮膜2上に形成されたリンを含有する上層皮膜3とを備える。
そして、下層皮膜2の膜厚とマグネシウム濃度、上層皮膜3の膜厚とリン濃度、下層皮膜2の膜厚に対する上層皮膜3の膜厚の比率(上層膜厚/下層膜厚)、下層皮膜2のマグネシウム濃度に対する上層皮膜3のリン濃度の比率(P/Mg)を規定したものである。
なお、ここでのアルミニウム合金材1の表面とは、アルミニウム合金材1の表面の少なくとも一面を意味し、いわゆる表面、裏面が含まれる。
以下、各構成について説明する。
【0026】
<アルミニウム合金材>
アルミニウム合金材1の材料となるアルミニウム合金は、表面処理アルミニウム合金材10の用途に応じて、圧延板、圧延箔、押出形材、鍛造材、鋳造材等の種々の製造方法にて製造された、AA、JISに規定される、またはJISに近似する種々のアルミニウム合金が使用できるが、本願では、Mgを含有する合金に限定する。この場合、Mgは、0.2質量%以上含有するのが好ましい。Mgの含有量の上限については特に制限を設けるものではないが、構造用部材として用いられる場合の種々の特性のバランスを勘案すれば、1.5質量%までが好適である。
【0027】
具体例を挙げると、前記自動車用に用いる場合では、0.2%耐力が100MPa以上の高強度のアルミニウム合金材が好ましい。このような特性を満足するアルミニウム合金としては、通常、この種の構造部材用途に汎用される、5000系、6000系、7000系等の耐力が比較的高い汎用合金であって、必要により調質されたアルミニウム合金が好適に用いられる。優れた時効硬化能や合金元素量が比較的少なくスクラップのリサイクル性や成形性にも優れている点では、6000系アルミニウム合金を用いることが好ましい。
【0028】
アルミニウム合金の組成の一例として、Mg:0.2〜1.5質量%、Si:0.3〜2.3質量%、Cu:1.0質量%以下を含有し、更に、Ti:0.15質量%以下、B:0.06質量%以下、Be:0.2質量%以下、Mn:0.8質量%以下、Cr:0.4質量%以下、Fe:0.5質量%以下、Zr:0.2質量%以下、V:0.2質量%以下から選択される1種以上を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなるアルミニウム合金が挙げられる。
【0029】
(Mg:0.2〜1.5質量%)
Mgは、強度を向上させる効果がある。Mgの含有量が0.2質量%未満では、強度向上の効果が小さい。一方、Mgの含有量が1.5質量%を超えると、成形性が低下しやすくなる。
【0030】
(Si:0.3〜2.3質量%)
Siは、強度を向上させる効果がある。Siの含有量が0.3質量%未満では、強度向上の効果が小さい。一方、Siの含有量が2.3質量%を超えると、成形性、熱間圧延性が低下しやすくなる。
【0031】
(Cu:1.0質量%以下)
Cuは、強度を向上させる効果がある。しかし、Cuの含有量が1.0質量%を超えると、耐食性が低下しやすくなる。
【0032】
(Ti:0.15質量%以下、B:0.06質量%以下、Be:0.2質量%以下、Mn:0.8質量%以下、Cr:0.4質量%以下、Fe:0.5質量%以下、Zr:0.2質量%以下、V:0.2質量%以下から選択される1種以上)
【0033】
Tiは、鋳塊の結晶粒を微細にし、成形性を向上させる効果がある。しかし、Tiの含有量が0.15質量%を超えると、粗大な晶出物の形成により、成形性が低下しやすくなる。
Bは、鋳塊の結晶粒や晶出物を微細にし、成形性を向上させる効果がある。しかし、Bの含有量が0.06質量%を超えると、粗大な晶出物の形成により、成形性が低下しやすくなる。
【0034】
Beは、熱間圧延性および成形性を向上させる効果がある。しかし、Beの含有量が0.2質量%を超えると、効果が飽和する。
Mn、Cr、Fe、Zr、Vは、強度を向上させる効果がある。しかし、含有量がそれぞれ、0.8質量%、0.4質量%、0.5質量%、0.2質量%、0.2質量%を超えると、粗大な晶出物の形成により、成形性が低下しやすくなる。
【0035】
(残部:Alおよび不可避的不純物)
アルミニウム合金の成分は前記の他、残部がAlおよび不可避的不純物からなるものである。
【0036】
<下層皮膜>
下層皮膜2は、アルミニウム合金材1の表面に形成されるマグネシウムを含有する皮膜であり、酸化マグネシウムを主成分とする凸凹状の多孔質皮膜である。
ここで、アルミニウム合金材1の表面には、製造過程における熱処理等により、必然的にアルミニウムの酸化皮膜が形成される。この酸化皮膜が下層皮膜2である。すなわち、下層皮膜2は、アルミニウム合金材1の表面に不可避的に形成されるものである。
そして、下層皮膜2は、膜厚が1〜10nm、マグネシウム濃度が4原子%を超え18原子%以下である。
【0037】
(膜厚:1〜10nm)
下層皮膜2の膜厚が1nm未満では、下層皮膜2のマグネシウム濃度が4原子%以下の場合にプレス油中のエステル成分の吸着が抑制されるため、上層皮膜3が無くても脱脂性および化成性は確保されるが、膜厚を1nm未満に制御するには酸洗浄が必要となる。そのため、生産性に劣り、実用的ではない。一方、下層皮膜2の膜厚が10nmを超えると、上層皮膜3を設けても脱脂性および化成性を確保することができない。
【0038】
(マグネシウム濃度:4原子%を超え18原子%以下)
下層皮膜2のマグネシウム濃度が4原子%以下では、下層皮膜2の膜厚が1nm未満の場合にプレス油中のエステル成分の吸着が抑制されるため、上層皮膜3が無くても脱脂性および化成性は確保されるが、マグネシウム濃度を4原子%以下に制御するには酸洗浄が必要となる。そのため、経済性に劣り、実用的ではない。一方、下層皮膜のマグネシウム濃度が18原子%を超えると、上層皮膜3を設けても脱脂性および化成性を確保することができない。
【0039】
<上層皮膜>
上層皮膜3は、膜厚が1〜15nm、リン濃度が2〜18原子%である。
【0040】
(膜厚:1〜15nm)
上層皮膜3の膜厚が1nm未満では、上層皮膜3が下層皮膜2をカバーしきれず、脱脂性および化成性が確保できない。一方、上層皮膜3の膜厚が15nmを超えると、皮膜量が過剰のために表面に凹凸ができ、結果的に化成ムラが生じ、化成性が低下する。
【0041】
(リン濃度:2〜18原子%)
上層皮膜3のリン濃度が2原子%未満では、プレス油中のエステル成分の吸着を抑制することができず、脱脂性が低下する。その結果、脱脂不良により化成処理ムラが生じ、化成性が低下する。一方、上層皮膜3のリン濃度が18原子%を超えると、表面のリンが多すぎ、化成処理反応が阻害されて化成処理ムラが生じ、化成性が低下する。
【0042】
<下層膜厚と上層膜厚の関係>
さらに、下層皮膜2と上層皮膜3の関係について、下層皮膜2の膜厚に対する上層皮膜3の膜厚の比率(上層膜厚/下層膜厚)が0.2〜10であり、下層皮膜2のマグネシウム濃度に対する上層皮膜3のリン濃度の比率(P/Mg)が0.2〜3である。
【0043】
(上層膜厚/下層膜厚:0.2〜10)
上層膜厚/下層膜厚が0.2未満では、上層皮膜3が下層皮膜2をカバーしきれず、脱脂性および化成性が確保できない。一方、上層膜厚/下層膜厚が10を超えると、脱脂性および化成性の向上効果は変わらず、薬液コスト、処理コストが増大する。なお、脱脂性および化成性の向上を図るため、上層膜厚/下層膜厚の好ましい範囲は1〜10である。
【0044】
(P/Mg:0.2〜3)
P/Mgが0.2未満では、リンの不足により脱脂性および化成性が確保できない。一方、P/Mgが3を超えると、脱脂性および化成性の向上効果は変わらず、薬液コスト、処理コストが増大する。なお、脱脂性および化成性の向上を図るため、P/Mgの好ましい範囲は1〜3である。
【0045】
これらの制御について、下層皮膜2は、前記のとおり不可避的に形成されるが、下層皮膜2の膜厚およびマグネシウム濃度の範囲は、後記する焼入処理工程(表面処理工程)における条件により制御することができる。また、後記する前処理によっても、ある程度の制御は可能である。上層皮膜3の膜厚とリン濃度、上層膜厚/下層膜厚、P/Mgの範囲は、後記する溶体化処理工程や焼入処理工程(表面処理工程)における、アルミニウム合金材1の加熱温度(実体到達温度)、リン酸二水素アルミニウム水溶液の濃度、リン酸二水素アルミニウム水溶液との接触時間により制御することができる。
【0046】
下層皮膜2、および、上層皮膜3の膜厚の測定方法としては、例えば、高周波グロー放電発光分光分析(Glow Discharge−Optical Emission Spectroscopy、以下、GD−OESと称す)によって測定することができる。具体的には、GD−OESにより測定した、深さ方向プロファイルでの酸素最大濃度の半値の時の深さを複合皮膜(下層皮膜2と上層皮膜3の合計)厚さとし、リン濃度が0.1原子%まで低下した時の深さを上層皮膜3の厚さと規定することができる。そして、複合皮膜の膜厚から上層皮膜3の膜厚を引いた値を下層皮膜2の膜厚と規定することができる。しかしながら、測定方法は、GD−OESと同精度を持つ測定方法であれば、GD−OESに限定されるものではない。
【0047】
下層皮膜2のマグネシウム濃度、および、上層皮膜3のリン濃度の測定方法としては、例えば、GD−OESによって、前記膜厚と同時に測定することができる。具体的には、GD−OESによって測定された、各皮膜の深さ方向プロファイルでの各元素(マグネシウム、または、リン)の平均値を採用することで行うことができる。しかしながら、測定方法は、GD−OESと同精度を持つ測定方法であれば、GD−OESに限定されるものではない。
【0048】
≪表面処理アルミニウム合金材の製造方法≫
次に、本発明に係る表面処理アルミニウム合金材の製造方法の一例について説明する。
表面処理アルミニウム合金材の製造方法は、溶体化処理工程と、焼入処理工程と、を含み、焼入処理工程における冷却の際に表面処理を行うものであり、焼入処理工程が表面処理工程となるものである。
以下、各工程について説明する。
【0049】
<溶体化処理工程>
溶体化処理工程は、アルミニウム合金材に溶体化処理を施す工程である。
(アルミニウム合金材)
アルミニウム合金材は、前記説明したアルミニウム合金から作製したものであり、圧延板の他、圧延箔、押出形材、鍛造材、鋳造材等であってもよい。なお、これらの製造方法は、特に限定されるものではなく、公知の技術を用いて製造すればよい。
【0050】
ここで、圧延板のアルミニウム合金材を作製する場合の一例として、以下に説明する。まず、所定の組成を有するアルミニウム合金を連続鋳造により溶解、鋳造して鋳塊を製造し(溶解鋳造工程)、前記製造された鋳塊に均質化熱処理を施す(均質化熱処理工程)。次に、前記均質化熱処理された鋳塊に、熱間圧延を施し(熱間圧延工程)、次に300〜580℃で荒焼鈍または中間焼鈍を行う(焼鈍工程)。荒焼鈍または中間焼鈍の温度を300℃以上とすることで、成形性向上の効果がより発揮され、580℃以下とすることで、バーニングの発生による成形性の低下を抑制しやすくなる。その後、最終冷間圧延率5%以上の冷間圧延を施して所定の板厚のアルミニウム合金板を製造する(冷間圧延工程)。最終冷間圧延率を5%以上とすることで、成形性向上の効果がより発揮される。なお、均質化熱処理、熱間圧延等の条件は、特に限定されるものではなく、圧延板を通常得る場合の条件でよい。
【0051】
(溶体化処理条件)
このようにして製造したアルミニウム合金材を溶体化処理するが、溶体化処理は、加熱速度100℃/分以上で480〜580℃に急速加熱することにより行うのが好ましい。
480℃以上の急速加熱とすることで、合金材強度、および塗装後加熱(ベーキング)後の強度がより高くなり、580℃以下の急速加熱とすることで、バーニングの発生による成形性の低下がより抑制される。なお、強度を向上させる観点から、保持時間は、3〜30秒が好ましい。
【0052】
<焼入処理工程>
焼入処理工程は、前記溶体化処理の後に焼入処理を施す工程である。
焼入処理は、冷却速度100℃/分以上で100℃まで急速冷却することにより行うのが好ましい。
100℃までの冷却速度を100℃/分以上とすることで、成形性の低下がより抑制されると共に、ベーキング後の強度がより高くなる。
そして、この焼き入れ処理工程により、表面処理を同時に行う。以下、この表面処理を表面処理工程として説明する。
【0053】
(表面処理工程)
表面処理工程は、前記焼入処理工程において、リン酸二水素アルミニウムの濃度が0.03〜1.2g/Lであるリン酸二水素アルミニウム水溶液を、冷却水として用いて表面処理を施す工程である。
【0054】
表面処理は、リン酸二水素アルミニウム水溶液を、溶体化処理工程で加熱されたアルミニウム合金材を冷却するものとして使用することにより行う。このように、高温のアルミニウム合金材に表面処理を施すため、薬剤との反応性が向上し、焼入処理後に表面処理を行う方法での表面処理に比べ、表面にリンが付着しやすくなる。そして、水溶液中のリン酸二水素アルミニウムの濃度は、0.03〜1.2g/Lとする。リン酸二水素アルミニウムの濃度が0.03g/L未満では、上層皮膜のリン濃度を2原子%以上とすることができない。なお、好ましくは、0.05g/L以上である。一方、1.2g/Lを超えると、上層皮膜のリン濃度が18原子%を超えてしまう。なお、好ましくは、1.0g/L以下である。また、このような冷却は、浸漬またはスプレーで行えばよい。
【0055】
このように、焼入処理工程において、リン酸二水素アルミニウム水溶液を冷却水として使用し、溶体化処理後のアルミニウム合金材を冷却すると共に表面処理を行うことで、酸洗浄により表面のMgを除去する必要がないため、従来行われていた酸洗浄そのものを行う必要がなく、酸洗浄工程のラインを省略することができる。さらに、焼入処理と表面処理を同一工程で行うことができるため、製造コストをさらに削減することができる。
【0056】
リン酸二水素アルミニウム水溶液の温度は室温でよいが、加温してもよい。また、処理時間(接触時間)は、特に限定するものではなく、水溶液の濃度や温度等の他の処理条件、あるいはアルミニウム合金材表面(下層皮膜表面)への所望付着量によって適宜選択すればよい。ただし、処理時間を1秒以上とすることで、表面処理の実施が行いやすくなり、30秒を超えても、それ以上効果がないことから、処理時間は、1〜30秒とするのが好ましい。さらに好ましくは、5〜20秒である。
【0057】
さらに、リン酸二水素アルミニウム水溶液のpHを、2.5以上6未満に調整するのが好ましい。pHがこの範囲にある水溶液を用いてアルミニウム合金材を処理することで、脱脂性が向上しやすくなる。さらに、アルミニウム合金材を表面処理する際に、水溶液中に非溶解成分に起因した濁りが生じにくく、配管詰まりの発生が抑制されやすく、メンテナンスの頻度を下げることができる。
【0058】
なお、アルミニウム合金材表面へのリンの付着に際して、エッチングを伴う洗浄等の前処理によって、アルミニウム合金材表面に既に形成されているアルミニウムの酸化皮膜やマグネシウムを除去する必要性は一切ない。ただし、前記したアルミニウム合金材の製造工程中で、例えば工程の別の目的によって、前処理により、アルミニウム合金表面のアルミニウムの酸化皮膜やマグネシウムを除去した後で、水和したリン酸水素塩をアルミニウム合金材表面に付着させることは当然許容される。この場合でも、すぐにアルミニウムの酸化皮膜がアルミニウム合金表面に形成されるため、リンは、このアルミニウム合金の酸化皮膜上や酸化皮膜中に存在ないし散在する。
【0059】
以上のような製造方法によれば、アルミニウム合金材表面のMgを除去することなく、または不完全な除去であっても、脱脂性および化成性を向上させることができ、さらに、化成処理の脱脂時まで、エステル成分を含有するプレス油の効果を維持することができる表面処理アルミニウム合金材を製造することができる。また、焼入処理工程で表面処理を行う方法とすることで、アルミニウム合金材表面を酸洗浄する必要がないため、コストダウンを図ることができ、さらに、焼入処理と表面処理を同一工程で行うことができるため、製造コストをさらに削減することができる。
【0060】
表面処理アルミニウム合金材の製造方法は、以上説明したとおりであるが、表面処理アルミニウム合金材の製造を行うにあたり、前記各工程に悪影響を与えない範囲において、前記各工程の間あるいは前後に、他の工程を含めてもよい。例えば、前記表面処理工程における表面処理の後に予備時効処理を施す予備時効処理工程を設けてもよい。予備時効処理は、72時間以内に40〜120℃で8〜36時間の低温加熱することにより行うのが好ましい。この条件で予備時効処理することにより、成形性、および、ベーキング後の強度向上を図ることができる。
その他、例えばアルミニウム合金材表面の異物を除去する異物除去工程や、各工程で発生した不良品を除去する不良品除去工程等を含めてもよい。
【0061】
そして、製造された表面処理アルミニウム合金材は、成形前にプレス油が塗布される。プレス油は、エステル成分を含有するものが主に使用される。
次に、本発明に係る表面処理アルミニウム合金材にプレス油を塗布する方法について説明する。
プレス油の塗布の方法としては、例えば、エステル成分としてオレイン酸エチルを含有するプレス油に、アルミニウム合金材を浸漬させるだけでよい。エステル成分を含有するプレス油を塗布する方法や条件は、特に限定されるものではなく、通常のプレス油を塗布する方法や条件が広く適用できる。また、エステル成分もオレイン酸エチルに限定されるものではなく、ステアリン酸ブチルやソルビタンモノステアレート等、様々なものを利用することができる。
【実施例】
【0062】
次に、本発明の表面処理アルミニウム合金材について、本発明の要件を満たす実施例と、本発明の要件を満たさない比較例と、を対比させて具体的に説明する。
【0063】
材料(アルミニウム合金素材)として、サイズが70mm幅×150mm長さ×1mm厚さであり、成分が6022規格(Si:0.8〜1.5質量%,Mg:0.45〜0.7質量%,Cu:0.01〜0.11質量%),6016規格(Si:1.0〜1.5質量%,Mg:0.25〜0.6質量%,Cu:0.2質量%),6111規格(Si:0.6〜1.1質量%,Mg:0.5〜1.0質量%,Cu:0.5〜0.9質量%)の市販品3種の6000系アルミニウム合金板を用いた。
【0064】
本実施例では、前記した製造方法により、供試材を作製した。すなわち、アルミニウム合金板を実体到達温度480〜580℃まで加熱し、加温せずに常温である、濃度0.03〜1.2g/Lのリン酸二水素アルミニウム水溶液中に5〜20秒間浸漬して冷却した後、水洗・乾燥し、市販洗浄プレス油(鉱油系,4cSt)を0.5〜1g/m塗布して、両面に上層皮膜が形成された供試材を作製した。なお、各供試材の作製において、アルミニウム合金板の加熱温度(実体到達温度)、リン酸二水素アルミニウム水溶液の濃度、リン酸二水素アルミニウム水溶液の接触時間を、前記範囲内で適宜調整した。ただし、一部については、表面処理を施さず、上層皮膜を設けなかった。さらに、その一部については、酸洗浄を行った。
【0065】
前記のようにして得られた供試材について、下層皮膜の膜厚とマグネシウム濃度、および、上層皮膜の膜厚とリン濃度を測定すると共に、以下の評価を行った。
【0066】
<膜厚>
供試材の下層皮膜および上層皮膜の膜厚は、高周波グロー放電発光分光分析(GD−OES(ホリバ・ジョバンイボン社製、型式JY−5000RF))によって測定した。すなわち、GD−OESにより測定した、深さ方向プロファイルでの酸素最大濃度の半値の時の深さを複合皮膜(下層皮膜と上層皮膜の合計)厚さとし、リン濃度が0.1原子%まで低下した時の深さを上層皮膜厚さとした。そして、複合皮膜の膜厚から上層皮膜の膜厚を引いた値を下層皮膜の膜厚とした。
【0067】
<下層皮膜のマグネシウム濃度、上層皮膜のリン濃度>
下層皮膜のマグネシウム濃度および上層皮膜のリン濃度は、高周波グロー放電発光分光分析(GD−OES(ホリバ・ジョバンイボン社製、型式JY−5000RF))によって、前記膜厚と同時に測定した。すなわち、下層皮膜のマグネシウム濃度は、GD−OESによって測定した、下層皮膜の深さ方向プロファイルでのマグネシウム濃度の平均値とした。上層皮膜のリン濃度は、GD−OESによって測定した、上層皮膜の深さ方向プロファイルでのリン濃度の平均値とした。
【0068】
<脱脂性(板経時安定性)>
各供試材を、15〜35℃で50〜90%RHの環境室内に6ヶ月放置した。そして、6ヶ月後に、市販自動車用の炭酸ソーダ系脱脂浴に40℃×2分間浸漬(スターラーによる攪拌あり)し、30秒間水洗(流水)した後の供試材面積に対する水濡れ面積率(表裏の平均)を測定した(良好な程、高い数値となり、完全に水濡れする場合は100%となる)。これにより、化成処理時の水濡れ性、すなわち、脱脂性を評価することができる。各供試材は、それぞれ3枚とし、水濡れ面積率は、これらの平均値とした。なお、湿潤環境室内に保持する前の初期値は全て100%であった。水漏れ面積率が80%以上のものを、脱脂性が良好、80%未満のものを、脱脂性が不良とした。
【0069】
<化成性(表面処理性)>
各供試材を、炭酸ソーダ系脱脂浴に40℃×2分間浸漬(スターラーによる攪拌あり)して、供試材表面を脱脂処理した。次に、室温の亜鉛系表面調整浴に1分間浸漬(スターラーによる攪拌あり)した後、35℃リン酸亜鉛浴に2分間浸漬(スターラーによる攪拌あり)して、供試材表面を化成処理した。そして、化成処理後の供試材表面に発生する化成処理ムラを目視にて観察し、化成性を評価した。化成性の評価において、化成処理ムラの発生が無かったものを、表中「なし」と記して、化成性が良好とし、化成処理ムラが発生したものを、表中「あり」と記して、化成性が不良とした。
【0070】
これらの結果を表1に示す。なお、表1において、本発明の構成を満たさないもの、および、評価基準を満たさないものについては下線を引いて示し、皮膜が存在しないもの、および、測定等ができなかったものについては、「−」で示す。また、膜厚比および濃度比の値は、小数点以下3桁目を四捨五入した値である。
【0071】
【表1】

【0072】
表1に示すように、No.1〜16は、本発明の構成を満たすため、脱脂性および化成性の評価が良好であった。
一方、No.17〜30は、本発明の構成を満たさないため、以下の結果となった。
No.17は、上層皮膜を設けていないため、脱脂性、化成性に劣った。No.18、19は、下層皮膜の膜厚が上限値を超えるため、脱脂性、化成性に劣った。No.20、21は、下層皮膜のマグネシウム濃度が上限値を超えるため、脱脂性、化成性に劣った。
【0073】
No.22は、上層皮膜の膜厚が上限値を超えるため、化成性に劣った。No.23は、上層皮膜の膜厚が下限値未満のため、脱脂性、化成性に劣った。No.24は、上層皮膜のリン濃度が上限値を超えるため、化成性に劣った。No.25は、上層皮膜のリン濃度が下限値未満であり、P/Mgが下限値未満のため、脱脂性、化成性に劣った。No.26は、上層膜厚/下層膜厚が下限値未満のため、脱脂性、化成性に劣った。
【0074】
No.27は、P/Mgが下限値未満のため、脱脂性、化成性に劣った。No.28は、上層膜厚/下層膜厚が下限値未満のため、脱脂性、化成性に劣った。No.29は、酸洗浄を行い、上層皮膜を設けなかったものである。これについては、下層皮膜の膜厚が1nm以上であるが、マグネシウム濃度が下限値未満であり、かつ上層皮膜がないため、脱脂性、化成性に劣った。また、酸洗浄を行ったため、生産性に劣った。
【0075】
No.30は、より強力な洗浄である強酸洗浄を行い、上層皮膜を設けなかったものである。これについては、下層皮膜の膜厚および下層皮膜のマグネシウム濃度が下限値未満であり、脱脂性、化成性は良好だったものの、強酸洗浄が必要であった。そのため、生産性に劣ることから、この表面処理アルミニウム合金材は、経済的ではなく、実用に適さないものといえる。
【0076】
以上の結果から、表面処理アルミニウム合金材において、下層皮膜の膜厚とマグネシウム濃度、上層皮膜の膜厚とリン濃度、上層膜厚/下層膜厚、P/Mgを適正にすることで、脱脂性および化成性に優れるアルミニウム合金材とすることができることがわかる。なお、この表面アルミニウム合金材は、化成処理時における脱脂時まで、エステル成分を含有するプレス油の効果も維持できるものである。
【0077】
なお、No.29の供試材は、前記特許文献等に記載された従来のアルミニウム合金材を想定したものである。本実施例で示すように、従来のアルミニウム合金材は、前記の評価について一定の水準を満たさないものである。従って、本実施例によって、本発明に係るアルミニウム合金材が従来のアルミニウム合金材と比較して、優れていることが客観的に明らかとなった。
【0078】
以上、本発明に係る表面処理アルミニウム合金材について実施の形態および実施例を示して詳細に説明したが、本発明の趣旨は前記した内容に限定されることなく、その権利範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて解釈しなければならない。なお、本発明の内容は、前記した記載に基づいて改変・変更等することができることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0079】
1 アルミニウム合金材
2 下層皮膜
3 上層皮膜
10 表面処理アルミニウム合金材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金材と、このアルミニウム合金材の表面に形成されたマグネシウムを含有する下層皮膜と、この下層皮膜上に形成されたリンを含有する上層皮膜とを備える表面処理アルミニウム合金材であって、
前記下層皮膜は、膜厚が1〜10nm、マグネシウム濃度が4原子%を超え18原子%以下であり、
前記上層皮膜は、膜厚が1〜15nm、リン濃度が2〜18原子%であり、
前記下層皮膜の膜厚に対する前記上層皮膜の膜厚の比率が0.2〜10であり、かつ、前記下層皮膜のマグネシウム濃度に対する前記上層皮膜のリン濃度の比率が0.2〜3であることを特徴とする表面処理アルミニウム合金材。
【請求項2】
前記下層皮膜の膜厚に対する前記上層皮膜の膜厚の比率が1〜10であり、かつ、前記下層皮膜のマグネシウム濃度に対する前記上層皮膜のリン濃度の比率が1〜3であることを特徴とする請求項1に記載の表面処理アルミニウム合金材。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−202264(P2011−202264A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−73176(P2010−73176)
【出願日】平成22年3月26日(2010.3.26)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】