説明

表面処理剤及び表面処理方法、並びに表面処理された炭素鋼

【課題】リンを含有しない表面処理剤、及び、リンを含有しない表面処理剤を使用した表面処理方法を提供する。
【解決手段】アミノカルボン酸及びアミノカルボン酸塩から選択される1種類以上の有機キレート剤を含有し、前記有機キレート剤の濃度が1g/L以上300g/L以下であり、pHが4.0以上9.0以下に調整された水溶液からなる表面処理剤。及び、アミノカルボン酸及びアミノカルボン酸塩から選択される1種類以上の有機キレート剤を含有する水溶液からなる表面処理剤に対してFe2+を添加した処理液に、炭素鋼を浸漬する工程と、前記処理液のpHと、前記処理液中の前記有機キレート剤の濃度と、前記処理液中のFe2+の濃度と、前記処理液中のFe3+濃度と、前記処理液の酸化還元電位とを調整する工程とを有する表面処理方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素鋼の表面処理剤及び表面処理方法、並びに表面処理された炭素鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素鋼製の鉄鋼線材の伸線工程の前処理として、鉄鋼線材表面の酸化スケールを除去するために、塩酸または硫酸で洗浄を行い、更に酸を除去するため水洗を行う。その後、鉄鋼線材の表面に潤滑皮膜を形成する。これらの処理を連続的に行うが、酸洗浄直後の鉄鋼線材表面は活性化された状態となり、水洗後に表面に水錆が発生する。皮膜処理時に線材表面に水錆が残留し、処理後の皮膜が茶褐色に着色する。その結果、伸線処理後の鉄鋼線材にも水錆による着色が発生する。鉄鋼線材表面の水錆による変色は、美観を損ね商品価値を下げるだけでなく、伸線時のダイス寿命を短くし、生産性を低下させる。
【0003】
特許文献1では、ホスホン酸塩を含むスマット除去液を用いた処理を水洗後に行うことにより、水洗後に発生したスマット(水錆)を除去し、製品の品質を向上させている。
【特許文献1】特許第3207636号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1のスマット除去液にはリンが含まれるため、処理後に浸リンによる鉄鋼線材の遅れ破壊が発生した。また、廃液処理が困難であることが問題となっていた。浸リンの影響や廃液処理を考慮すると、炭素鋼の表面処理剤にはリンが含まれていないことが好ましい。そこで、リン含有表面処理剤と同等の効果を有し、かつ、リンを含有しない表面処理剤を開発することが望まれていた。
【0005】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、リンを含有しない表面処理剤、及び、リンを含有しない表面処理剤を使用した表面処理方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明は、アミノカルボン酸及びアミノカルボン酸塩から選択される1種類以上の有機キレート剤を含有し、前記有機キレート剤の濃度が1g/L以上300g/L以下であり、pHが4.0以上9.0以下に調整された水溶液からなる表面処理剤を提供する。
【0007】
本発明の表面処理剤は、有効薬剤としてリンを含有しない有機キレート剤を使用する。そのため、処理後の浸リンによる遅れ破壊を防止できる。また、廃液処理が容易となるため、従来のリン含有水処理剤と比べて取り扱いが容易となる。
【0008】
有機キレート剤の濃度が1g/L未満であると、例えば水錆除去といった表面処理能力が不十分であり、300g/Lより高くなると炭素鋼表面を過剰に溶解する。従って、有機キレート剤濃度は1g/L以上300g/L以下とされ、好ましくは5g/L以上200g/L以下、より好ましくは10g/L以上100g/L以下とされる。
【0009】
また、水溶液のpHが4.0未満であると表面処理後の炭素鋼表面に酸化スケールが発生する。水溶液のpHが9.0を超えると表面処理能力が低下する。pHが4.0以上9.0以下の範囲であれば、高い表面処理能力を有する表面処理剤とすることができる。pHの範囲は、好ましくは4.5以上8.5以下、より好ましくは4.8以上8.0以下とされる。
【0010】
上記発明において、前記水溶液が、界面活性剤またはグリコール系溶剤を含有することが好ましい。界面活性剤またはグリコール系溶剤により、表面処理後の炭素鋼表面に酸化スケールが発生するのを抑制する効果が得られる。
【0011】
また、本発明は、アミノカルボン酸及びアミノカルボン酸塩から選択される1種類以上の有機キレート剤を含有する水溶液からなる表面処理剤に対してFe2+を添加した処理液に、炭素鋼を浸漬する工程と、前記処理液のpHと、前記処理液中の前記有機キレート剤の濃度と、前記処理液中のFe2+の濃度と、前記処理液中のFe3+濃度と、前記処理液の酸化還元電位とを調整する工程とを有する表面処理方法を提供する。
【0012】
有機キレート剤を含有する表面処理剤に対してFe2+を添加した処理液を用いることで、処理液の酸化還元電位を低くし表面処理能力を向上させることができる。処理液のpHと、処理液中の有機キレート剤濃度と、処理液中のFe2+の濃度と、表面処理により発生するFe3+濃度と、処理液の酸化還元電位とを調整しながら炭素鋼の表面を処理するによって、表面処理能力を高めることができる。また、鉄鋼線材を処理対象とする場合は、線材表面の過溶解による伸線性への悪影響を抑制することができる。
【0013】
この場合、前記処理液のpHを、4.0以上9.0以下の範囲に調整することが好ましい。
【0014】
処理液のpHが4.0未満であると、表面処理後の炭素鋼表面に酸化スケールが発生する。pHが9.0を超えると、表面処理能力が低下する。また、鉄鋼線材を表面処理する場合は、表面処理により除去した水錆が水酸化鉄として析出する。処理液のpHが4.0以上9.0以下、好ましくは4.5以上8.5以下、より好ましくは4.8以上8.0以下の範囲であれば、表面処理能力を向上させることができるとともに、表面処理後の酸化スケールの発生を防止することができる。
【0015】
この場合、前記有機キレート剤の濃度を、1g/L以上300g/L以下の範囲に調整することが好ましい。
【0016】
処理液中の有機キレート剤の濃度が1g/L未満であると、表面処理能力が不十分である。有機キレート剤の濃度が300g/Lより高くなると、炭素鋼表面を過剰に溶解する。鉄鋼線材を処理した場合は、表面処理後の伸線性に悪影響を与える。処理液中の有機キレート剤濃度を、1g/L以上300g/L以下、好ましくは5g/L以上200g/L以下、より好ましくは10g/L以上100g/L以下の範囲に調整することにより、処理液の表面処理能力を高め、処理後の炭素鋼に良好な物性を与えることができる。
【0017】
この場合、前記Fe2+の濃度を、10mg/L以上に調整することが好ましい。処理液中のFe2+濃度が10mg/L未満であると、酸化還元電位が高くなり還元力が弱くなるので、表面処理能力が低下する。従って、Fe2+の濃度は、10mg/L以上、好ましくは30mg/L以上、より好ましくは50mg/L以上に調整される。
【0018】
この場合、前記Fe3+の濃度を、1000mg/L以下に調整することが好ましい。表面処理が進行すると、例えば鉄鋼線材表面の水錆が処理液中に溶解することにより、Fe3+が増加する。Fe3+の濃度が1000mg/Lを超えると、Fe3+の酸化作用により酸化還元電位が高くなり還元力が弱くなるため、表面処理能力が低下する。また、Fe3+の酸化作用により炭素鋼の地金を腐食する。このため、鉄鋼線材の場合は伸線時の断線回数が大幅に増加するという問題が生じる。
【0019】
この場合、前記酸化還元電位を、水素標準電極電位に対して510mV以下に調整することが好ましい。処理液の酸化還元電位は、表面処理能力と炭素鋼地金の腐食性に影響するパラメータである。酸化雰囲気では、表面処理能力が不十分であり、酸化による地金腐食量も多くなる。酸化還元電位が水素標準電極電位に対して510mV以下、好ましくは460mV以下、より好ましくは410mV以下であれば、表面処理能力が向上し、地金の腐食も防止することができる。
【0020】
上記発明において、前記水溶液が界面活性剤またはグリコール系溶剤を含有してもよい。表面処理工程から次の工程(例えば皮膜処理工程)までの時間が長い場合、表面処理後の炭素鋼表面に酸化スケールが発生する。表面処理剤に界面活性剤またはグリコール系溶剤を更に含有させることで、表面処理後の防錆性能を更に向上させることができる。
【0021】
また、本発明は、アミノカルボン酸及びアミノカルボン酸塩から選択される1種類以上の有機キレート剤を含有する水溶液にFe2+を添加した処理液に浸漬され、前記処理液のpHと、前記処理液中の有機キレート剤の濃度と、前記処理液中のFe2+の濃度と、前記処理液中のFe3+濃度と、前記処理液の酸化還元電位とを調整することによって、表面が処理された炭素鋼を提供する。
【0022】
上記工程により処理された炭素鋼は、表面処理が確実に施され、処理後の酸化スケール発生が抑制される。そのため、美観に優れる。また、例えば鉄鋼線材の場合は、伸線時にダイスへのダメージを小さくしダイス寿命を延ばすことができ、地金の腐食が少なく伸線時の断線回数を大幅に減少させることができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、炭素鋼表面を過剰に溶解させること無く、表面処理を実施することが可能となる。また、表面処理後の酸化スケールの発生を抑制することができる。本発明の表面処理剤にはリンが含まれないため、浸リンによる遅れ破壊が発生せず、廃液処理も容易である。
本発明の表面処理剤及び表面処理方法により処理を施された炭素鋼は、表面処理が確実に施され、表面処理後の酸化スケールの発生も抑制されるので、美観に優れる。例えば鉄鋼線材においては、伸線時にダイスへのダメージを小さくしダイス寿命を延ばすことができ、地金の腐食が少なく伸線時の断線回数を大幅に減少させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下に、炭素鋼製の鉄鋼線材表面の水錆を除去する場合を例に挙げて、本発明に係る表面処理剤及び表面処理方法を説明する。
炭素鋼製の鉄鋼線材は、酸洗浄工程、水洗工程、水錆除去工程、表面皮膜処理工程の順で前処理を行った後、乾式伸線工程にて伸線される。
【0025】
<酸洗浄工程>
酸洗浄工程にて、塩酸または硫酸が用いて線材の表面に形成された酸化スケール(Fe、Fe、FeO)を除去する。酸濃度、処理温度、処理時間、及び液中の鉄濃度は、酸化スケールの除去能力、線材の地金の腐食度合い、処理効率などを考慮して決定される。例えば、表1に示す条件にて酸洗浄が行われる。
酸洗浄処理は、単槽で行っても良いし、複数槽を用いた多段式で行っても良い。
【0026】
【表1】

【0027】
<水洗工程>
酸洗浄後、線材に付着した酸を除去するために水洗を行う。水洗工程は、多段式水槽またはシャワーにより行うことができる。
【0028】
<水錆除去工程>
水錆除去工程にて、酸洗浄後に発生した錆(水錆)を除去する。
本実施形態の表面処理剤は、アミノカルボン酸及びアミノカルボン酸塩から選択される1種類以上の有機キレート剤を含有する水溶液からなる。具体的に、アミノカルボン酸として、ニトリロ三酢酸、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、及びトリエチレンテトラミン六酢酸が挙げられる。アミノカルボン酸塩としては、上記したアミノカルボン酸のナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩、アンモニウム塩、アミン塩、及びアルカノールアミン塩が挙げられる。
【0029】
有機キレート剤の濃度は、1g/L以上300g/L以下、好ましくは5g/L以上200g/L以下、より好ましくは10g/L以上100g/L以下とされる。
【0030】
pHは、4.0以上9.0以下、好ましくは4.5以上8.5以下、より好ましくは4.8以上8.0以下とされる。pHを調整するために、塩酸、硫酸、硝酸、酢酸などの酸や、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリを、表面処理剤に添加する。
【0031】
水錆除去を促進させるために、上記の表面処理剤に還元剤を添加することができる。還元剤の具体例としては、アスコルビン酸、エリソルビン酸、酒石酸、シュウ酸、クエン酸、リンゴ酸、及びこれらの塩、塩化第一鉄(FeCl)、硫化第一鉄(FeS)が挙げられる。
【0032】
水錆除去後の酸化スケールの発生を抑制するために、上記の表面処理剤に界面活性剤またはグリコール系溶剤を添加しても良い。界面活性剤の例として、アルキルアミノプロピオン酸ナトリウムが挙げられる。グリコール系溶剤の例として、プロピレングリコールが挙げられる。
【0033】
本実施形態において、上記の表面処理剤に対してFe2+を添加し、水錆除去のための処理液とする。Fe2+を添加することにより、処理液の酸化還元電位を低下させ、水錆除去能力を向上させる。処理液中のFe2+の濃度は、10mg/L以上、好ましくは30mg/L以上、より好ましくは50mg/L以上とする。Fe2+は、表面処理剤に塩化第一鉄を溶解させて添加することができる。あるいは、有機キレート剤濃度が低下したため水錆除去能力が低下し使用不可となった処理液を、未使用の表面処理剤に混合させても良い。この場合は、使用不可となった処理液を再利用するので、処理コストを低減し廃液量を削減できるという利点がある。
【0034】
上記の処理液に水錆が発生した鉄鋼線材を浸漬し、水錆除去処理を行う。水錆除去処理の間、処理液のpH、処理液中の有機キレート剤の濃度、Fe2+濃度、Fe3+濃度、及び処理液の酸化還元電位の値を測定し、管理する。
【0035】
水錆除去処理の間、処理液のpHを、4.0以上9.0以下、好ましくは4.5以上8.5以下、より好ましくは4.8以上8.0以下の範囲で調整する。処理液のpHは、上述した酸またはアルカリを添加することで調整することができる。
【0036】
処理液中の有機キレート剤濃度は、1g/L以上300g/L以下、好ましくは5g/L以上200g/L以下、より好ましくは10g/L以上100g/L以下とする。有機キレート剤の濃度は、細管式等速電気泳動法、キャピラリー電気泳動法、または滴定法により測定を行う。処理液中の有機キレート剤濃度が1g/L未満となると、十分な水錆除去が実施できなくなるため、処理液を交換する。
【0037】
水錆除去処理の間、処理液中のFe2+の濃度を、10mg/L以上、好ましくは30mg/L以上、より好ましくは50mg/L以上に調整する。Fe2+濃度が上記値より小さくなった場合は、塩化第一鉄または使用不可となった処理液を添加する。なお、Fe2+濃度は、例えばエチレンジアミン四酢酸溶液を用いた滴定法により測定する。
【0038】
水錆除去処理が進行すると、鉄鋼線材表面の水錆が処理液中に溶解し、処理液中のFe3+濃度が増加する。Fe3+濃度を、例えばエチレンジアミン四酢酸溶液を用いた滴定法により測定し、1000mg/Lを超えた場合は処理液を交換する。
【0039】
水錆除去処理中の処理液の酸化還元電位は、水素標準電極電位に対して510mV以下、好ましくは460mV以下、より好ましくは410mV以下に調整する。酸化還元電位の調整は、例えば、L−アスコルビン酸ナトリウムの添加及びエアーバブリングにより行う。
【0040】
有機キレート剤の濃度が高いほど、また、処理液の温度が高いほど、水錆除去に要する時間が短くなる。一方、高濃度の有機キレート剤を含有する処理液に長時間浸漬すると、地金が腐食される。従って、処理時の有機キレート剤濃度及び処理液の温度に応じて、鉄鋼線材の浸漬時間を適宜設定する必要がある。
【0041】
有機キレート剤としてエチレンジアミン四酢酸カリウム塩を含有する処理液に鉄鋼線材を浸漬して、有機キレート剤の濃度、pH、処理温度、及び処理時間の関係を調査した。処理条件を表2に示す。試料として、線材(材質:S−45C、平均直径:15mm、長さ:10cm)10本を糸で束ねたワークを使用し、表1に示した塩酸を用いた条件により酸処理を施した後、水洗した。pHは、水酸化カリウムを添加することにより調整した。Fe2+及びFe3+は、それぞれ塩化第一鉄及び塩化第二鉄(FeCl)を添加することにより調整した。酸化還元電位は3.3mol/L銀−塩化銀電極を用いて測定し、L−アスコルビン酸ナトリウムを添加して酸化還元電位の値を調整した。
【0042】
【表2】

【0043】
処理液中の有機キレート剤(エチレンジアミン四酢酸カリウム塩)の濃度(有効成分濃度)は、以下の手順にて測定した。
(有機キレート剤有効成分濃度測定方法)
(1)処理液5mlをホールピペットで採取し、容量300mlの三角フラスコまたはビーカーに入れる。
(2)蒸留水またはイオン交換水100ml添加し、処理液を希釈する。
(3)pH9のホウ酸緩衝液(市販品、または、含水硼砂5gを蒸留水1Lに希釈したもの)10mlを添加する。
(4)指示薬としてムレキシド希釈粉末を少量添加する。
(5)1/40M硫酸銅水溶液で滴定する。赤紫色から紫色に呈色した時点で滴定を終了する。式(1)により、有機キレート剤濃度を算出する。
有機キレート剤濃度(mg/L)=0.128×硫酸銅水溶液滴下量(ml)・・・(1)
【0044】
図1乃至図6に、pHがそれぞれ4.0,4.5,5.0,8.0,8.5,9.0の処理液を用いて水錆除去を行った場合の処理液温度と処理時間との関係を表すグラフを示す。同図において、横軸を処理液温度、縦軸を処理時間とした。処理時間は、処理後の試料の外観を目視により観察した場合に外観が清浄であり、重量減少が0.1%以下となる最小浸漬時間とした。
【0045】
いずれのpHの場合も、処理液温度が高くなるに従い、また、有機キレート剤濃度が高くなるに従い、処理時間が短くなった。また、同じ有機キレート剤濃度及び処理液温度では、pHが低いほど処理時間が短くなる傾向が見られた。
pH5.0以下の場合、有機キレート剤濃度200g/L以上の処理液に長時間浸漬すると地金が腐食した(重量減少が0.1%より大きくなった)。pH5.0以上の場合、有機キレート剤濃度1g/Lの処理液では水錆を除去することができなかった。
【0046】
処理液中のFe2+濃度の影響を調査した。試料として、線材(材質:S−45C、平均直径:15mm、長さ:10cm)10本を糸で束ねたワークを使用し、表1に示した塩酸を用いた条件により酸処理を施した後、水洗した。有機キレート剤としてエチレンジアミン四酢酸を用い、有機キレート剤濃度を50g/Lとした。pH5.0となるように、水酸化カリウムを添加して調整した。処理液量を500ml、処理液温度を20℃とした。Fe2+として、塩化第一鉄を処理液に添加した。Fe2+濃度及びFe3+濃度を以下で説明する滴定法により測定した。処理液の酸化還元電位の測定には、3.3mol/L銀−塩化銀電極を使用した。
【0047】
(Fe3+濃度測定方法)
(1)サンプルとして、処理液を2ml採取する。
(2)20%硫酸アルミニウム水溶液(硫酸アルミニウム14〜18水和物20gを水に溶解させ、全量を100mlとしたもの)を10ml添加する。
(3)pH緩衝溶液(塩化アンモニウム10.7g及び99.7%酢酸20mlを水に溶解させ、全量を1000mlとしたもの)を20ml添加する。
(4)10%スルホサリチル酸溶液(スルホサリチル酸2水和物10gを水に溶解させ全量を100mlとしたもの)を2ml添加する。Fe3+が存在すれば、この時点で赤紫色に呈色する。
(5)上記の液を40℃に加温し、0.1Mエチレンジアミン四酢酸(EDTA)で滴定する。赤紫色から黄褐色に呈色した時点で滴定を終了する。式(2)によりFe3+濃度を算出する。
Fe3+濃度(ppm)=EDTA滴下量(ml)×5.585×500×F・・・(2)
ここで、Fは0.1Mエチレンジアミン四酢酸のファクターを表す。
【0048】
(Fe2+濃度測定方法)
(1)上記のFe3+濃度測定の操作を行った液に、過硫酸アンモニウム(ペルオキソ二硫酸アンモニウム)を約2g添加する。この時点で赤紫色に呈色する。
(2)上記の液を40℃に加温し、0.1Mエチレンジアミン四酢酸溶液で滴定する。赤紫色から黄褐色に呈色した時点で滴定を終了する。式(3)によりFe2+濃度を算出する。
Fe2+濃度(ppm)=EDTA滴下量(ml)×5.585×500×F・・・(3)
ここで、Fは0.1Mエチレンジアミン四酢酸のファクターを表す。
【0049】
Fe2+濃度を変えた各処理液に120秒浸漬した後、鉄鋼線材の外観を目視で観察し、水錆除去の程度を評価した。表3に結果を示す。
【0050】
【表3】

【0051】
Fe2+濃度が10mg/L未満であると、酸化還元電位が高くなり還元力が弱くなったため、処理後の水錆残留量が多かった。Fe2+濃度が10mg/L以上で、水錆をほぼ除去することができ、50mg/L以上で水錆を完全に除去することができた。
【0052】
処理液中のFe3+濃度の影響を調査した。試料として、線材(材質:S−45C、平均直径:15mm、長さ:10cm)10本を糸で束ねたワークを使用し、表1に示した塩酸を用いた条件により酸処理を施した後、水洗した。有機キレート剤としてエチレンジアミン四酢酸を用い、有機キレート剤濃度を50g/Lとした。pH5.0となるように、水酸化カリウムを添加して調整した。処理液量を500ml、処理液温度を20℃とした。Fe2+濃度が100mg/Lとなるように塩化第一鉄を処理液に添加した。Fe3+として第二塩化鉄を添加した。なお、Fe2+濃度及びFe3+濃度は上述した方法で測定した。処理液の酸化還元電位の測定には、3.3mol/L銀−塩化銀電極を使用した。
【0053】
Fe3+濃度を変えた各処理液に120秒浸漬した後、鉄鋼線材の外観を目視で観察し、水錆除去の程度を評価した。表4に結果を示す。
【0054】
【表4】

【0055】
Fe3+濃度が1500mg/L以上の場合、Fe3+の酸化作用により酸化還元電位が高くなり還元力が弱くなったため、水錆除去能力が低下して鉄鋼線材表面に水錆が残留した。また、Fe3+の酸化作用によって鉄鋼線材の地金を腐食された。このため、伸線時の断線回数が大幅に増加することが予想される。Fe3+濃度が1000mg/L以下の場合、鉄鋼線材表面の水錆をほぼ除去することができ、500mg/L以下で水錆を確実に除去することができた。
【0056】
水錆除去処理の間の処理液の酸化還元電位の影響を調査した。試料として、線材(材質:S−45C、平均直径:15mm、長さ:10cm)10本を糸で束ねたワークを使用し、表1に示した塩酸を用いた条件により酸処理を施した後、水洗した。有機キレート剤としてエチレンジアミン四酢酸を用い、有機キレート剤濃度を50g/Lとした。pH5.0となるように、水酸化カリウムを添加して調整した。処理液量を500ml、処理液温度を20℃とした。Fe2+濃度が100mg/Lとなるように塩化第一鉄を処理液に添加した。Fe3+濃度は0mg/Lとした。酸化還元電位は、3.3mol/L銀−塩化銀電極を用いて測定し、L−アスコルビン酸ナトリウムの添加及びエアーバブリングにより酸化還元電位の値を調整した。
【0057】
酸化還元電位が異なる各処理液に鉄鋼線材を120秒浸漬した。浸漬後の鉄鋼線材の外観を目視で観察し、水錆除去の程度を評価した。表5に結果を示す。酸化還元電位(vsSHE)が510mV以下で水錆をほぼ除去でき、460mV以下で確実に除去することができた。
【0058】
【表5】

【0059】
界面活性剤またはグリコール系溶剤を添加した表面処理剤を処理に用いた場合の水錆除去処理後の防錆性能を調査した。試料として、線材(材質:S−45C、平均直径:15mm、長さ:10cm)10本を糸で束ねたワークを使用した。
10wt%塩酸水溶液中に試料を5分間浸漬して酸洗処理を施した後、水道水に2分間浸漬して水洗処理を行った。その後、試料を室温で2分間静置し、試料表面に水錆を発生させた。表6に示す処理液1乃至処理液3に、水錆を発生させた試料を浸漬して水錆除去処理を行い、室温で静置した。
【0060】
【表6】

【0061】
処理液1で水錆除去処理を行った試料は、処理後約5時間で試料表面に酸化スケールの発生が確認された。一方、処理液2(界面活性剤添加)または処理液3(グリコール系溶剤添加)で水錆除去処理を行った試料は、処理後35時間経過しても酸化スケールの発生は確認されなかった。このように、処理液中に界面活性剤またはグリコール系溶剤を添加することで、水錆除去処理後の防錆性能を向上させることができた。
【0062】
<表面皮膜処理工程>
上記の水錆除去工程により水錆を除去した鉄鋼線材表面に、表面皮膜処理剤を用いて表面皮膜を形成する。表面皮膜処理剤は以下の作用を供する。
(1)鉄鋼線材表面に皮膜を形成し、伸線工程時において鉄鋼線材とダイスとの間に潤滑剤を運搬する。同時に、潤滑剤と混合して潤滑性を向上させる。
(2)伸線後の鉄鋼線材表面に適当量残存し、成形加工時の潤滑性を向上させる。
(3)酸洗工程時に線材表面に付着した酸液を中和する。
(4)伸線工程までの間に線材表面の錆(酸化スケール)発生を防止する。
【0063】
一般に、表面皮膜処理剤として、石灰石鹸処理液またはリン酸塩処理液が用いられる。水錆除去工程で説明した成分の表面処理剤を用いて水錆除去処理を行う場合は、石灰石鹸処理液を使用する。リン酸塩処理液を使用した場合、鉄鋼線材表面に残存する有機キレート剤がリン酸処理液に混入する。このため、鉄鋼線材表面にリン酸塩(リン酸亜鉛)皮膜が形成されないなど、表面処理性が阻害される。石灰石鹸処理液を使用した場合は、有機キレート剤が混入することで石鹸石灰の分散性が向上し、その結果表面処理性能が向上するので好ましい。
本実施形態では、濃度5〜15%、温度30〜80℃の石灰石鹸処理液に鉄鋼線材を浸漬し、表面皮膜処理を行う。
【0064】
<乾式伸線工程>
表面皮膜を形成した後、伸線加工を行う。乾式伸線で使用される潤滑剤の基本成分は、粉末状の金属石鹸類と無機物質である。一般的な配合割合は、金属石鹸類50〜80%、無機物質20〜50%であり、これに対し数%の添加剤が加えられる。
本実施形態では、上記の表面処理剤及び水錆除去工程により、鉄鋼線材表面の水錆が確実に除去され、水錆除去工程後の酸化スケール発生が抑制されている。そのため、伸線時にダイスへのダメージを小さくダイス寿命を延ばすことができる。また、地金の腐食が少なく伸線時の断線回数を大幅に減少させることができる。
【0065】
本実施形態の表面処理剤を用い、上述の手順にて表面処理を行った鉄鋼線材は、表面が過剰に溶解されずに線材表面の水錆を確実に除去され、水錆除去後の酸化スケールの発生が抑制される。従って、美観に優れた鉄鋼線材となる。また、本実施形態の表面処理剤はリンを含有しないため、本実施形態の水錆除去処理を施した鉄鋼線材には浸リンによる遅れ破壊が発生しない。
【実施例】
【0066】
鉄鋼線材(材質:S−45C、平均直径:15mm)の伸線前処理を実施した。1回の線材処理重量を2tとした。
【0067】
酸洗浄条件は、10wt%硫酸を使用し、温度60℃、処理時間1200秒、液中の鉄濃度500g/L以下とした。水錆除去は、有機キレート剤としてエチレンジアミン四酢酸を含有する処理液(処理開始時の条件を表7に示す)に鉄鋼線材を60秒間浸漬して行った。水錆除去処理中の有機キレート剤濃度が1g/L未満となるまで、途中有機キレート剤を添加せずに連続使用した。表面皮膜処理条件は、石灰石鹸処理液の濃度を10wt%、温度を60℃とした。
【0068】
【表7】

【0069】
図7に、処理開始からの水錆除去処理液中の全鉄濃度(Fe2+濃度+Fe3+濃度)と有機キレート剤濃度との関係を示す。同図において、横軸が全鉄濃度、縦軸が有機キレート剤濃度である。図8に、水錆除去処理液中の全鉄濃度と線材処理量との関係を示す。同図において、横軸が線材処理量、縦軸が全鉄濃度である。処理によって有機キレート剤濃度が減少し、それに伴い鉄濃度が増加した。処理開始時の有機キレート剤濃度が58mg/Lの場合、鉄鋼線材処理量2090t(全鉄濃度2080ppm)まで処理液を使用することが出来た。
【0070】
水錆除去後、表面皮膜処理及び乾式伸線処理を行った鉄鋼線材の外観は、水錆による着色が発生せず、美観に優れる。一方、水錆除去処理を行なわずに伸線処理した線材は、表面に残留する水錆により着色した。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】pH4.0の処理液を用いて水錆除去を行った場合の処理液温度と処理時間との関係を表すグラフである。
【図2】pH4.5の処理液を用いて水錆除去を行った場合の処理液温度と処理時間との関係を表すグラフである。
【図3】pH5.0の処理液を用いて水錆除去を行った場合の処理液温度と処理時間との関係を表すグラフである。
【図4】pH8.0の処理液を用いて水錆除去を行った場合の処理液温度と処理時間との関係を表すグラフである。
【図5】pH8.5の処理液を用いて水錆除去を行った場合の処理液温度と処理時間との関係を表すグラフである。
【図6】pH9.0の処理液を用いて水錆除去を行った場合の処理液温度と処理時間との関係を表すグラフである。
【図7】処理開始からの処理液中の全鉄濃度と有機キレート剤濃度との関係を表すグラフである。
【図8】処理液中の全鉄濃度と線材処理量との関係を表すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノカルボン酸及びアミノカルボン酸塩から選択される1種類以上の有機キレート剤を含有し、前記有機キレート剤の濃度が1g/L以上300g/L以下であり、pHが4.0以上9.0以下に調整された水溶液からなる表面処理剤。
【請求項2】
前記水溶液が、界面活性剤またはグリコール系溶剤を含有する請求項1に記載の表面処理剤。
【請求項3】
アミノカルボン酸及びアミノカルボン酸塩から選択される1種類以上の有機キレート剤を含有する水溶液からなる表面処理剤に対してFe2+を添加した処理液に、炭素鋼を浸漬する工程と、
前記処理液のpHと、前記処理液中の前記有機キレート剤の濃度と、前記処理液中のFe2+の濃度と、前記処理液中のFe3+濃度と、前記処理液の酸化還元電位とを調整する工程とを有する表面処理方法。
【請求項4】
前記処理液のpHを、4.0以上9.0以下の範囲に調整する請求項3に記載の表面処理方法。
【請求項5】
前記有機キレート剤の濃度を、1g/L以上300g/L以下の範囲に調整する請求項3に記載の表面処理方法。
【請求項6】
前記Fe2+の濃度を、10mg/L以上に調整する請求項3に記載の表面処理方法。
【請求項7】
前記Fe3+の濃度を、1000mg/L以下に調整する請求項3に記載の表面処理方法。
【請求項8】
前記酸化還元電位を、水素標準電極電位に対して510mV以下に調整する請求項3に記載の表面処理方法。
【請求項9】
前記水溶液が、界面活性剤またはグリコール系溶剤を含有する請求項3乃至請求項8のいずれか1項に記載の表面処理方法。
【請求項10】
アミノカルボン酸及びアミノカルボン酸塩から選択される1種類以上の有機キレート剤を含有する水溶液にFe2+を添加した処理液に浸漬され、前記処理液のpHと、前記処理液中の有機キレート剤の濃度と、前記処理液中のFe2+の濃度と、前記処理液中のFe3+濃度と、前記処理液の酸化還元電位とを調整することによって、表面が処理された炭素鋼。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−191346(P2009−191346A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−36505(P2008−36505)
【出願日】平成20年2月18日(2008.2.18)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【出願人】(000162076)共栄社化学株式会社 (67)
【Fターム(参考)】