説明

表面処理反応性に優れた処理溶液

【課題】広いプロセス条件において良質な表面皮膜を形成するための処理溶液を提供する。
【解決手段】Ti、Si、Zrから選ばれる1種以上の金属元素Mのフルオロ錯イオンを含む処理溶液からMの酸化物、水酸化物、オキシ水酸化物の内1種類以上(以下、酸化物等と称する)を被処理材料表面に析出させるプロセスに用いられる処理溶液であって、該処理溶液中の前記金属元素Mの酸化物等の合計のモル濃度が10-4mol/L以上1mol/L以下であり、かつこの酸化物等の平均粒径が5μm以下であることを特徴とする表面処理反応性に優れた処理溶液である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液相析出反応を利用し、金属やガラス等の被処理材料への表面処理性に優れた処理溶液に関する。
【背景技術】
【0002】
金属元素単独もしくは金属元素を含有するイオンを含む処理溶液から金属元素の酸化物もしくは水酸化物もしくはオキシ水酸化物を金属の表面に析出させるプロセス(以下、液相析出法と称する)は、環境負荷が小さい上に、比較的簡素な設備で実現可能であるとして、工業的に非常に重要になりつつある。
【0003】
液相析出法の一つとして、金属元素のフルオロ錯イオンを含む水溶液を処理溶液として、金属元素の酸化物をガラスやシリコンの表面に析出させるプロセスがある(例えば、非特許文献1参照)。例えば、(NH4)2TiF6、H3BO3を含む溶液から、ステンレス上にTiO2膜を析出させるのに、数時間から一日程度かかる。
【0004】
これら液相析出法の工業的実用化を図るためには、反応を高速化することが必要となる。そのため、例えば、基板への通電や処理溶液中の金属元素のフルオロ錯イオン濃度を高める等の手段が取られる。しかし、その結果、酸化物がガラスやシリコンの表面に析出するのではなく水溶液中で析出するために、良好な膜質の製膜ができない(パウダリング)現象が生じたり、また、形成される皮膜と基板との密着性が低く容易に剥離したり、皮膜の微細構造が処理溶液中の金属元素のフルオロ錯イオン濃度に依存してしまう、等の問題が生じることが判っており、大きな課題となっている。
【0005】
【非特許文献1】出来成人、青井芳史、表面技術、Vol.36、p.313 (1998)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したように、金属やガラス等の溶液反応を利用した表面処理プロセスを工業化する場合、プロセス条件によっては、反応を高速化しようとすると均一な皮膜が形成されないパウダリングと呼ばれる現象が生じる、皮膜が剥がれ易い、等の問題があった。
【0007】
そこで、本発明は、上記問題を解決して、広いプロセス条件において良質な表面皮膜を形成するための処理溶液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記問題を解決するため、本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、処理溶液中に当該金属元素Mの酸化物もしくは水酸化物もしくはオキシ水酸化物の微粒子を、その濃度及び粒径を制御して混入することにより、表面処理反応性を大幅に改善することを見出した。
【0009】
すなわち、本発明の趣旨は、以下に記す通りである。
(1) Ti、Si、Zrから選ばれる1種以上の金属元素Mのイオンを含む処理溶液からMの酸化物、水酸化物、オキシ水酸化物のうち1種類以上(以下、酸化物等と称する)を被処理材料表面に析出させるプロセスに用いられる処理溶液であって、該処理溶液中の前記金属元素Mの酸化物等の合計のモル濃度が10-4mol/L以上1mol/L以下であり、かつこの酸化物等の平均粒径が5μm以下であることを特徴とする表面処理反応性に優れた処理溶液。
(2) 前記処理溶液中の塩素の含有量が 0.01mg/L以上10mg/L以下である上記(1)記載の表面処理反応性に優れた処理溶液。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、表面処理反応性に優れた処理溶液を提供でき、環境負荷が小さい上に、比較的簡素な設備で表面処理が可能となるため、高生産性を維持したまま、自動車、建材、家電、電気機器等の用途に用いる被処理材料の付加価値を高めることができ、本発明の産業上の利用価値は非常に高いものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を更に詳述する。
【0012】
発明者らは、液相析出法のプロセスメカニズムを検討し、処理溶液に含まれる酸化物等の微細粒が製膜反応に大きな影響することを見出し、この知見を基に本発明に至った。以下、液相析出法の一つとして、Ti、Si、Zrから選ばれる1種以上の金属元素Mのフルオロ錯イオンを含む水溶液を処理溶液として、これら金属元素の酸化物等を被処理材料として鋼の各種材料の表面に析出させるプロセスを例にして説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。また、ここで言う酸化物とは、その結晶サイズが1nm以上である金属元素Mと酸化物の複合体を示し、水溶液のpH等によってはその表面の酸素原子にH+が吸着する等の理由で電荷を帯びている場合も含むものとする。
【0013】
金属元素Mのフルオロ錯イオンから金属元素Mの酸化物等が析出する反応式は、(1)式で表される。
【0014】
【化1】

【0015】
ここで、xは、フルオロ錯イオンを構成する金属元素Mとフッ素Fの原子比=(フッ素F)/(金属元素M)であり、金属元素Mの種類により、安定に存在するフルオロ錯イオンの種類が異なるため、代表的にこのように表現できる。また、フルオロ錯イオンの種類や溶液中のpH等の条件により、反応し得る水分子の個数が異なるため、代表的にこのように表現できる。
【0016】
例えば、金属元素MをTiとした場合は、次式で与えられる。
【0017】
【化2】

【0018】
一般にこの反応は遅いため、反応を進行させるために、(1)式や(2)式の反応平衡を右側へシフトさせるための副反応が用いられる。例えば、H3BO3やAlを用いた場合では、(3a)、(3b)式の反応が副反応となる。
【0019】
【化3】

【0020】
しかし、それでも(1)式の反応速度は十分ではない。これは、酸化物等の析出には、(1)式で生成したMOxの原子クラスターが核生成及び粒成長プロセスを経て、被処理材上に付着する反応が十分な速度で進行することが、必要となるからである。本発明者らは、処理溶液中に当該金属元素Mの酸化物等の微粒子を、その濃度及び粒径を制御して混入することにより、処理溶液の表面処理反応性を大幅に改善することを見出した。
【0021】
その例を図1に示す。これは、Zrのフルオロ錯イオンを含む水溶液を処理溶液として、Zrの酸化物等を鋼板上に析出させるプロセスに適用したものである。
【0022】
0.01〜1.0mol/Lの(NH4)2MF6(M=Ti、Si、Zr)溶液を用意し、塩素濃度を 0.00〜0.05mg/Lに調整したものを処理溶液の原液として、以下の前処理を施した(処理溶液A)。本溶液を含む容器に、50mm×100mm×0.8mmの鉄板と、50mm×200mm×0.2mmアルミ板を50mm程度離して配置し、両板を銅線で電気的に短絡させた。そして、電磁式スターラで溶液を撹拌し、常温にて、4〜100時間放置したものを処理溶液とした。
【0023】
比較のための溶液も作製した。0.01〜1.0mol/Lの(NH4)2MF6(M=Ti、Si、Zr)溶液を用意し、処理溶液の原液とした。そして、微細に粉砕し平均粒径が5μm超の酸化物等の粉末を溶液に入れたものを用意した(処理溶液B)。
【0024】
これらの処理溶液に、鋼板を2時間浸漬し、析出反応により金属元素Mの酸化物を表層に析出させたところ、処理溶液Aでは均一な膜厚及び組織を呈する良好な皮膜が形成されたが、処理溶液Bでは表層の一部分にしか皮膜が形成されなかった。
【0025】
両処理溶液の代表的なものについて、処理溶液中の酸化物等の平均粒径をレーザ散乱法により測定した。その結果をZrについて図1に示す。処理溶液A中には、粒径が5μm以下の微細粒が多数存在することが判る。
【0026】
さらに、金属元素Mのフルオロ錯イオンを含む水溶液から、金属元素Mの酸化物等が析出するプロセスを詳細に観察した。その結果、(1)フルオロ錯イオンから直径数nm程度の核が多く発生する、(2)次に、それらが互いに凝集し合うことにより、直径数μmの金属元素Mの酸化物等が生成する、(3)そして、それらが被処理材料に堆積して金属元素Mの酸化物等の皮膜を形成することが判明した。一旦、金属元素Mの酸化物等の皮膜が被処理材料上に形成すると、その皮膜にフルオロ錯イオンから金属元素Mの酸化物等が直接生成することが促進されることも判明した。これらをモデル図として図2に示す。
【0027】
かかる知見を基に鋭意検討を重ねた結果、均一な膜厚及び組織を呈する良好な皮膜を形成するための処理溶液の要件として、そこに含有される当該金属元素Mの酸化物等の合計のモル濃度が10-4mol/L以上であり、かつこの酸化物等の平均粒径が5μm以下であること、さらには、処理溶液中の塩素の含有量が 0.01mg/L以上であることが好ましいこと、を見出した。
【0028】
処理溶液中の金属元素Mの酸化物等の合計のモル濃度が10-4mol/L以上の濃度であれば、(1)式で生成したMOx原子クラスターが、十分な頻度で金属元素Mの酸化物等とブラウン運動中に十分近い距離に遭遇もしくは接触することができる。そして、処理溶液中に存在する酸化物等の平均粒径が5μm以下であれば、それが核生成の起点となることによって反応が促進される。これは、平均粒径が5μm以下の微細粒では比表面積が十分に大きく、核生成の起点として作用するからである。
【0029】
しかし、処理溶液中の金属元素Mの酸化物等の合計のモル濃度が10-4mol/L未満では、MOxの原子クラスターと金属元素Mの酸化物等とブラウン運動中に十分近い距離に遭遇もしくは接触する頻度は著しく低下し、反応の促進効果は期待できない。また、処理溶液中の金属元素Mの酸化物等の平均粒径が5μm超であると、酸化物等が互いに凝集して、沈降したり、被処理材料や処理容器に付着するため、反応の促進効果は期待できない。
【0030】
処理溶液中の金属元素Mの酸化物等の合計のモル濃度が1mol/L以下であるのは、これ以上の濃度では、金属元素Mの酸化物が、反応によって生成する皮膜内に取り込まれ、皮膜の均一性が低下するからである。
【0031】
さらには、処理溶液中の塩素の含有量が0.01mg/L以上であると、塩素とMOxの原子クラスターブラウン運動中に十分近い距離に遭遇もしくは接触することができるため、上述した処理溶液中の金属元素Mの酸化物等の微細粒による核生成の促進効果が高められる。処理溶液中の塩素の含有量が 0.01mg/L未満であると、塩素とMOxの原子クラスターの相互作用の頻度が著しく低下するため、塩素の添加による反応のさらなる促進効果は期待できない。
【0032】
処理溶液中の塩素の含有量が10mg/L超であると、溶液のpHの低下が生じて皮膜の均一性が低下して、望ましくない。
【0033】
本発明において処理溶液の製造方法は特に限定する必要はないが、例えば、フッ素化合物水溶液を用いる液相析出法によって金属元素Mの酸化物等を被処理材料上に液相析出させる場合、概略以下のようにして処理溶液を製造することが可能である。
【0034】
金属元素MとFが化合したM-F化合物の水溶液を作成して、処理溶液とする。より具体的には、0.01〜1.0mol/L程度の金属元素Mのフルオロ錯イオンを含み、該金属元素Mイオンに対してモル比で6.5倍以上のFイオン又はF含有錯イオンの一方又は両方を含み、pHを2〜7に調整した水溶液中を処理溶液の原液とする。
【0035】
そして、前処理として、鉄やアルミ等の金属板を浸漬し、攪拌等により溶液が流動している条件下で液相析出反応を適当な時間進行させることにより、金属元素Mの酸化物等の粒子を液中に生成させる。その際、温度、pH、攪拌速度を特定の範囲に保つ。例えば、0.01〜1.0mol/Lの(NH4)2MF6(M=Ti、Si、Zr)溶液1Lを用いて、50mm×100mm×0.8mm程度の鉄板と、50mm×200mm×0.2mm程度のアルミ板を50mm程度離して配置して両板を銅線で電気的に短絡させて反応させる場合、常温にて、4〜100時間放置したものを処理溶液とすることができる。温度=20〜40℃、pH=2〜8、電磁式スターラによる攪拌速度=10〜80回転/分、の範囲に保てばよい。
【0036】
さらに大型・多量の鉄板を処理する場合には、例えば以下のようにすれば良い。大型の溶液槽を用意し、その下部にアルミ板を、その上部に50mm程度離して鉄板を対向して配置する。そして溶液槽内の溶液をポンプ等で循環することにより攪拌を行い、温度、pHを上記の範囲で制御する。長い鉄板を用意し、順次溶液槽内に入って出るようにすれば、連続的な処理が可能となる。
【0037】
作製した溶液が本発明の要件を満たすかどうかは、例えば、その溶液の一部を採取し、金属元素Mの酸化物等の平均粒径をレーザ散乱法により測定すればよい。
【0038】
また、処理溶液の原液に電極を入れ電位を印加えたり、酸やアルカリの添加によりpHを調整したり、界面活性剤・緩衝剤等を添加することによっても、目的とする処理溶液を作製することができる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、上記本発明の目的を阻害しない限り、これら実施例に限定されるものではない。
【0040】
0.01〜1.0mol/Lの(NH4)2MF6(M=Ti、Si、Zr)溶液を用意し、塩素濃度を0.00〜0.05mg/Lに調整したものを処理溶液の原液として、以下の前処理を施した。本溶液を含む容器(2L)に、50mm×100mm×0.8mmの鉄板と、50mm×200mm×0.2mmアルミ板を50mm程度離して配置し、両板を銅線で電気的に短絡させた。そして、電磁式スターラに溶液を撹拌し、常温にて、4〜100時間放置したものを処理溶液とした。処理溶液中金属元素Mの酸化物等のモル濃度を発光法で、その平均粒径をレーザ散乱法により、それぞれ測定した。
【0041】
この処理溶液に、鋼板を10分〜1時間浸漬し、析出反応により金属元素Mの酸化物を表層に析出させた。
【0042】
また、比較例として、0.01〜1.0mol/Lの(NH4)2MF6(M=Ti、Si、Zr)溶液を用意し、処理溶液の原液とした。酸化物等の濃度が本発明の範囲外となる処理液を作製するために、実施例と同様な前処理により生成した平均粒径が5μm以下の酸化物等を、濃度が10-4mol/L未満となるように希釈した。また、酸化物等の平均粒径が本発明の範囲外となる処理液を作製するために、溶液に対し前処理をせず、平均粒径が5μm超の酸化物等の粉末を溶液に入れたものを用意した。これらの処理用的を用いて、実施例と同様にして、処理溶液中の酸化物等のモル濃度及びこれらの化合物の平均粒径を測定した後、鋼板を2時間浸漬し、析出反応により金属元素Mの酸化物等を表層に析出させた。
【0043】
形成した皮膜の状態を光学顕微鏡で観察し、以下の指標により評価した。○以上の評点を良好とした。
【0044】
◎ : 基板が均一な皮膜ですべて覆われているもの
○ : 皮膜の被覆率が90%のものもしくは皮膜に一部亀裂が確認できたもの
△ : 皮膜の被覆率が70%超90%以下のもの
× : 皮膜の被覆率が70%以下のもの
皮膜の密着性は、10mm×10mmの面積にテープを張り、その後剥離する試験を実施し、以下の指標により評価した。○以上の評点を良好とした。
【0045】
◎ : 剥離がみられなかったもの
○ : 皮膜の一部が剥離し、残存した部分の面積率が90%以上100%未満のもの
△ : 皮膜の一部が剥離し、残存した部分の面積率が70%以上90%未満の
× : 皮膜の一部が剥離し、残存した部分の面積率が70%未満のもの
実施例の結果を表1に、比較例の結果を表2にそれぞれ示す。
【0046】
【表1】

【0047】
【表2】

【0048】
本発明により、金属元素Mのフルオロ錯イオンを含む処理溶液からMの酸化物、水酸化物、オキシ水酸化物の内1種類以上(以下、酸化物等と称する)を処理材料表面に析出させるプロセスにおいて、プロセスに要する時間を1時間以下に短縮し、かつ皮膜密着性に優れた皮膜を作製するための処理溶液を提供できることが判る。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】処理溶液A,B中の酸化物等の平均粒径を示す。
【図2】金属元素Mのフルオロ錯イオンを含む水溶液から金属元素Mの酸化物等が析出するプロセスのモデル図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ti、Si、Zrから選ばれる1種以上の金属元素Mのフルオロ錯イオンを含む処理溶液からMの酸化物、水酸化物、オキシ水酸化物の内1種類以上(以下、酸化物等と称する)を被処理材料表面に析出させるプロセスに用いられる処理溶液であって、該処理溶液中の前記金属元素Mの酸化物等の合計のモル濃度が10-4mol/L以上1mol/L以下であり、かつこの酸化物等の平均粒径が5μm以下であることを特徴とする表面処理反応性に優れた処理溶液。
【請求項2】
前記処理溶液中の塩素の含有量が 0.01mg/L以上10mg/L以下である請求項1記載の表面処理反応性に優れた処理溶液。

【図1】
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【図2】
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