説明

表面処理装置およびその方法

【課題】良好に被処理物の表面に微粒子の噴射による肉厚の皮膜を容易に形成できる表面処理装置を提供する。
【解決手段】略円筒状に形成した誘導加熱コイル210の内周側に区画した略筒状の処理室211内に被処理物101を配置し、電力供給装置から誘導加熱コイル210に所定の周波数の電力を供給して被処理物101を誘導加熱しつつ、処理室211の軸方向における延長線上に略位置して配設した噴射手段320の噴射ノズル321から微粒子を噴射し、被処理物101を表面処理する。微粒子を噴射しても被処理物101の表面の冷却が抑制される状態で微粒子を噴射できる。所定温度に加熱している被処理物101の表面への微粒子の噴射により、被処理物101の表面に微粒子が良好に結合し、肉厚で良好な皮膜層が短時間で形成できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被処理物を誘導加熱しつつ微粒子を噴射して表面処理する表面処理装置およびその方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば鋼材に金属粒子を噴射して表面処理する表面処理方法として、各種構成が知られている(例えば、特許文献1ないし特許文献3参照)。
特許文献1に記載のものは、ステンレス鋼の表面にCrをショットピーニング処理してCr富化層を形成する。この後、真空雰囲気で加熱してMnを蒸発除去し、表面のCr富化層のCr濃度を高めている。
特許文献2に記載のものは、鋼上に耐酸化性に優れた保護皮膜を形成する金属の粉末、またはこの金属を含む合金の粉末、またはこれらの混合物をショット材として、鋼表面上にショットピーニング処理してショット材を付着させる。この後、大気雰囲気中、あるいは低酸素雰囲気中で加熱し、酸化物の保護皮膜を形成する。
特許文献3に記載のものは、コイルに高周波電流を流して処理対象物の表面を所定の温度に誘導加熱し、処理対象物とコイルとを相対的に移動させて加熱した処理対象物の表面に粒子を噴射し、処理対象物の表面と粒子の熱化学反応により化合物層を形成させて粒子を結合させる。
【0003】
【特許文献1】特開平5−331670号公報
【特許文献2】特開2005−298878号公報
【特許文献3】特開2006−70320号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述した特許文献1および特許文献2に記載のような従来の表面処理方法では、ショットピーニング処理の際に、噴射する粒子と被処理物との結合が十分に得られず、肉厚の皮膜が形成できない問題がある。
一方、特許文献3に記載のような加熱してショットピーニング処理する従来の表面処理方法では、粒子を噴射する際に、処理面が加熱されていないので、噴射により急激に被処理物の表面が冷却され、十分な肉厚で皮膜が形成できない。また、噴射による冷却を見越して被処理物を高く加熱することも考えられるが、噴射条件や余剰に加熱する条件などの制御が困難で、良好な被処理物と粒子との結合が得られにくい。さらには、過剰に加熱することによる被処理物への熱負荷の増大やエネルギ損失の増大などの不都合を生じるおそれもある問題点がある。
【0005】
本発明の目的は、このような問題点に鑑み、良好に被処理物の表面に微粒子の噴射による肉厚の皮膜が容易に得られる表面処理装置およびその方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に記載の表面処理装置は、被処理物に加熱しつつ微粒子を噴射して表面処理する表面処理装置であって、内周側に前記被処理物が配置される略筒状の処理室を区画する誘導加熱コイルと、この誘導加熱コイルに所定の周波数の電力を供給して前記被処理物を誘導加熱する共振手段と、前記誘導加熱コイルの処理室の軸方向における延長線上に略位置して配設され前記処理室に向けて前記微粒子を噴射させる噴射手段と、を具備したことを特徴とする。
【0007】
この発明では、誘導加熱コイルの内周側に区画された略筒状の処理室内に被処理物を配置し、共振手段にて誘導加熱コイルに所定の周波数の電力を供給して被処理物を誘導加熱しつつ、処理室の軸方向における延長線上に略位置して配設した噴射手段から微粒子を噴射して、被処理物を表面処理する。
このことにより、微粒子を噴射しても被処理物の表面の冷却が抑制される状態で微粒子を噴射できる。すなわち、被処理物を誘導加熱しつつ微粒子を噴射できる。したがって、所定温度に加熱されている被処理物の表面に微粒子が噴射されることで、良好に被処理物の表面に微粒子との結合した皮膜層が肉厚で良好に短時間で形成できる。
【0008】
そして、本発明では、内部に前記誘導加熱コイルおよび前記噴射手段を収容する収容空間を有する加熱室と、この加熱室の収容空間内の酸素濃度を調整する雰囲気調整手段と、を具備した構成とすることが好ましい。
この発明では、誘導加熱コイル噴射手段を収容する加熱室の収容空間内を、雰囲気調整手段により酸素濃度を調整可能としている。
このため、被処理物と微粒子との結合による皮膜層として、例えば酸素が存在する雰囲気として酸化物の層を形成させたり、不活性ガスなどで置換して酸素の存在量を低減して還元雰囲気として合金の層を形成させたりするなど、所望とする特性の皮膜層を短時間で容易に形成できる。
【0009】
また、本発明では、前記共振手段および前記噴射手段を制御して、前記誘導加熱コイルに所定の周波数の電力を供給させて前記被処理物を所定の温度まで加熱させ、前記被処理物が所定の温度に加熱された後に前記噴射手段から前記微粒子を噴射させるとともに前記被処理物が前記所定の温度に維持される状態に前記誘導加熱コイルに所定の周波数の電力を供給させる制御手段を具備した構成とすることが好ましい。
この発明では、制御手段により、共振手段を制御して誘導加熱コイルに所定の周波数の電力を供給させて被処理物を所定の温度まで加熱させた後、噴射手段を制御して微粒子を噴射させるとともに、共振手段を制御して被処理物が所定の温度に維持される状態に誘導加熱コイルに所定の周波数の電力を供給させる。
このことにより、微粒子の噴射による被処理物の表面の冷却を防止でき、所定の温度での被処理物と微粒子との適切な結合による肉厚の良好な皮膜層を形成できる。
【0010】
さらに、本発明では、前記被処理物は、磁性材料であり、前記微粒子は、金属を主成分とする金属粒子および金属酸化物粒子のうちの少なくともいずれか一方である構成とすることが好ましい。
この発明では、被処理物として磁性材料を対象とし、微粒子として金属を主成分とする金属粒子と金属酸化物粒子とのうちの少なくともいずれか一方を用いる。
このように、誘導加熱しつつ磁性材料へ金属粒子や金属酸化物粒子を噴射して皮膜層を形成する構成で、肉厚の皮膜層を形成させることができ、特に好適である。
【0011】
本発明に記載の表面処理方法は、被処理物に加熱しつつ微粒子を噴射して表面処理する表面処理方法であって、内周側に略筒状の処理室を区画し共振手段から所定の周波数の電力が供給される誘導加熱コイルの前記処理室内に前記被処理物を表面処理される面が前記処理室の軸方向に略直交する状態に配設し、前記誘導加熱コイルへ前記所定の周波数の電力を供給して前記被処理物を所定の温度に誘導加熱し、この所定の温度に誘導加熱された前記被処理物の表面処理される面に前記微粒子を噴射させることを特徴とする。
この発明では、誘導加熱コイルの内周側に区画された略筒状の処理室内に、被処理物を表面処理される面が被処理室の軸方向に略直交する状態に配置し、共振手段にて誘導加熱コイルに所定の周波数の電力を供給して被処理物を所定の温度に誘導加熱しつつ、被処理物の表面処理される面に微粒子を噴射して、被処理物を表面処理する。
このことにより、微粒子を噴射しても被処理物の表面の冷却が抑制され、所定温度に加熱されている被処理物の表面に微粒子が噴射されることで、良好に被処理物の表面に微粒子との結合した皮膜層が肉厚で良好に短時間で形成できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の一実施形態における表面処理装置を図面に基づいて説明する。なお、本実施の形態における表面処理装置は、例えば異なる2つの周波数を用いて、被加熱物を誘導加熱処理する構成について説明するが、1つの周波数を用いて誘導加熱処理してもよく、さらには異なる周波数として2種類に限らず複数の周波数を重畳してもよい。また、被加熱物としては、表面に複数の凹凸を有する複雑な形状の例えば歯車やねじ、ボルト、ナットなどの他、シャフトのような筒状の部材、異なる材料が積層する複合材料など、いずれを対象とすることができる。図1は、本実施形態における表面処理装置の概略構成を示す回路図である。図2は、表面処理装置の表面処理部の概略構成を示すブロック図である。
【0013】
〔表面処理装置の構成〕
図1において、100は表面処理装置で、この表面処理装置100は、被処理物101を誘導加熱しつつ微粒子を噴射して表面処理する装置である。ここで、被処理物101としては、例えば磁性材料である鋼材を対象とすることができる。特に、鉄(Fe)を主成分する鋼材が好適である。
そして、表面処理装置100は、誘導加熱部200と、表面処理部300と、などを備えている。
【0014】
誘導加熱部200は、異なる2つの周波数を利用して被処理物101を誘導加熱する。この誘導加熱部200は、被処理物101を誘導加熱する誘導加熱コイル210と、この誘導加熱コイル210に所定の異なる周波数の電力を供給して誘導加熱させる共振手段としての電力供給装置220と、を備えている。
誘導加熱コイル210は、電力供給装置220に直列に接続されている。この誘導加熱コイル210は、略円筒状に巻回、例えば3ターン巻回され、内周側に略円筒状の処理室211を区画する略円筒状に形成されている。そして、誘導加熱コイル210は、電力供給装置220から異なる周波数の交流電力が供給されて被処理物101を誘導加熱する。
また、電力供給装置220は、発振器221と、直列共振回路222Aおよび並列共振回路222Bを備えた整合回路222と、を備えている。
【0015】
そして、発振器221は、基本波が例えば10kHz以上30kHz以下の中周波の電圧方形波を供給する。この発振器221は、コンバータ221Aと、変圧器である電圧形のインバータ221Bと、平滑コンデンサCfと、を備えている。
コンバータ221Aは、例えば各種のブリッジ整流回路が用いられる順変換回路で、商用交流電源eに接続されて商用交流電源eを直流電源に変換する。この変換した直流電源は、平滑コンデンサCfを介して適宜平滑されてインバータ221Bへ出力される。
インバータ221Bは、電圧形インバータで、コンバータ221Aから出力される直流電源を、一定の周波数、例えば10kHz以上30kHz以下の電圧方形波の単相交流電力に変換する。具体的には、インバータ221Bは、スイッチング素子である図示しないトランジスタなどを有し、スイッチング素子のオンオフ制御により、フーリエ級数により第n高調波(n:奇数の自然数)が重畳した電圧方形波を出力させる。
【0016】
また、直列共振回路222Aは、発振器221から出力される交流電力の電圧方形波の基本波により、誘導加熱コイル210と直列共振して被処理物101を誘導加熱する。そして、直列共振回路222Aは、リアクトルLと、第1のコンデンサC1と、を備え、リアクトルLと第1のコンデンサC1との直列回路を発振器221のインバータ221Bの出力側と誘導加熱コイル210との間に直列に接続して構成されている。
第1のコンデンサC1は、リアクトルLを介して通過するインバータ221Bから出力される交流電力の電圧方形波の基本波で誘導加熱コイル210およびリアクトルLとにより直列共振状態となり、被処理物101を誘導加熱させる。すなわち、第1のコンデンサC1は、静電容量が電圧方形波の基本波による共振周波数が例えば10kHz以上30kHz以下となる条件に設定されている。この第1のコンデンサC1は、リアクトルLおよび誘導加熱コイル210の無効電力を補償する。ここで、周波数が10kHzより低くなると、高調波も連動して低くなり、誘導加熱効果も弱くなり、良好な誘導加熱が得られにくくなるおそれがある。一方、30kHzより高くなると、高調波も連動して高くなり、誘導加熱効果も弱くなり、良好な誘導加熱が得られなくおそれがある。このことから、直列共振による共振周波数を10kHz以上30kHz以下に設定することが好ましい。
【0017】
さらに、並列共振回路222Bは、発振器221から出力される交流電力の電圧方形波の高調波成分により、誘導加熱コイル210と並列共振して被処理物101を誘導加熱する。すなわち、基本波に対する第n高調波で誘導加熱コイル210と並列して被処理物101を誘導加熱する。そして、並列共振回路222Bは、第2のコンデンサC2が直列共振回路222AのリアクトルLおよび第1のコンデンサC1の接続点と、インバータ221Bの出力側および誘導加熱コイル210の接点との間に接続に誘導加熱コイル210に対して並列に接続され、直列共振回路222Aと共有の第1のコンデンサC1と、第2のコンデンサC2と、にて構成されている。
この並列共振回路222Bは、インバータ221Bから出力される交流電力の電圧方形波の高調波成分である第n高調波で第2のコンデンサC2と誘導加熱コイル210とにより並列共振状態となり、被処理物101を誘導加熱させる。ここで、直列共振回路222AのリアクトルLおよび第1のコンデンサC1と、並列共振回路222Bを構成する第2のコンデンサC2と、誘導加熱コイル210との回路構成に対応するLC等価回路において、インピーダンス(X)と周波数(f)との特性は、以下に示す式(1)、(2)、(3)のようになる。なお、コンデンサC1,C2の等価コンデンサをCとする。
【0018】
〔式〕
第1共振:fs1=1/2π×((L0+L)×C1)1/2……(1)
第2共振:fp=1/2π×(L0×C)1/2……(2)
第3共振:fs2=1/2π×(L×C2)1/2……(3)
【0019】
これらの式(1)、(2)、(3)に示すように、LC等価回路においては、理論上3つの共振回路が構成され、周波数の低い側から、リアクトルL0,LおよびコンデンサC2の直列共振となる第1の共振周波数fs1、リアクトルL0およびコンデンサC1,C2の等価コンデンサCの並列共振となる第2の共振周波数fp、および、リアクトルLおよびコンデンサC2の直列共振となる第3の共振周波数fs2が存在する。
このことから、第1のコンデンサC1および第2のコンデンサC2との等価コンデンサの静電容量Cを、並列共振させる周波数が電圧方形波を構成する第n高調波の周波数と対応する条件の値に設定する。具体的には、第1のコンデンサC1および第2のコンデンサC2との等価コンデンサの静電容量をCとした場合、式(1)、(2)、(3)からC=C1*C2/(C1+C2)となる。このため、第1のコンデンサC1は直列共振のために静電容量が特定されることから、第2のコンデンサC2の静電容量を適宜設定し、第n次の高調波に対応させればよい。
なお、第2のコンデンサC2は、誘導加熱コイル210の無効電力を補償する程度に設定されていればよく、高調波の交流電流にとって低いインピーダンスに設定されることとなる。
【0020】
表面処理部300は、図2に示すように、内部に内部空間311を有する加熱室310と、噴射手段320と、を備えている。
加熱室310は、断熱材や耐火材などを用いて形成された加熱炉で、内部空間311内に誘導加熱コイル210が配設される。誘導加熱コイル210は、鉛直方向である上下方向に処理室211の軸方向が略沿う状態に配設されている。また、加熱室310内には、誘導加熱コイル210の処理室211内に被処理物101を載置させて配置させる図示しない台座部が配設されている。さらに、加熱室310には、例えば熱電対や輻射熱を測定するなど、被処理物101の温度を測定する図示しない温度センサなどが設けられている。
この加熱室310には、内部空間311内の酸素濃度を調整する図示しない雰囲気調整手段が設けられている。この雰囲気調整手段は、例えば内部空間311内に窒素ガスやアルゴンガスなどの不活性ガスを供給して内部空間311内の空気と置換させる構成や、内部空間311内を脱気する構成など、酸素濃度を適宜調整可能な各種構成が利用できる。
【0021】
噴射手段320は、噴射ノズル321と、投射粒子供給部322と、圧縮ガス供給部323と、などを備えている。
噴射ノズル321は、加熱室310内に、誘導加熱コイル210の処理室211の軸方向における延長線上に略位置し、処理室211に向けて微粒子を噴射可能に配設されている。
投射粒子供給部322は、噴射ノズル321に接続され、噴射ノズル321へ微粒子を供給する。この投射粒子供給部322は、微粒子を収容する図示しないホッパと、このホッパに収容された微粒子を噴射ノズル321へ供給する図示しない微粒子供給部となどを備えている。
圧縮ガス供給部323は、噴射ノズル321に接続され、投射粒子供給部322から供給される微粒子を噴射ノズル321から噴射させるキャリアとしての圧縮ガスを噴射ノズル321へ供給する。圧縮ガスとしては、例えば空気や不活性ガスなど、適宜利用される。
ここで、微粒子としては、例えばクロム(Cr)、アルミニウム(Al)などの金属、あるいはクロム−ニッケル(Ni)や炭化タングステン(WC)−コバルト(Co)などの合金、アルミナ(Al23)やシリカ(SiO2)、ジルコニア(ZrO2)などのセラミックスである金属酸化物、炭化珪素(SiC)や窒化珪素(SiN)などのセラミックスである金属を含有する金属化合物などが例示できる。また、微粒子としては、例えば平均粒径が数μm〜数百μmに調整されたものが利用される。そして、噴射させる速度としては、例えば数十m/秒から数千m/秒で噴射される。なお、噴射速度として制御するのみならず、噴射圧として制御してもよい。
【0022】
また、表面処理装置100には、図2に示すように、制御手段としての出力制御装置400が設けられている。
出力制御装置400は、電力供給装置220に接続され、誘導加熱コイル210へ供給する所定の周波数の電力を供給させる制御をする。すなわち、出力制御装置400は、発振器221に接続され、発振器221から基本波が所定の周波数となる電圧方形波の交流電力を所定時間で出力させる制御をする。この出力制御装置400には、例えば利用者による入力操作により、供給する電力の周波数を設定したり、電力の出力値を設定したり、供給する時間を設定したり、被処理物101の温度を設定したりするなど、電力の供給条件に関する設定事項を設定入力させる図示しない入力装置などを備えている。
また、出力制御装置400は、噴射手段320に接続され、噴射ノズル321から微粒子を適宜噴射させる制御をする。例えば、出力制御装置400は、投射粒子供給部322および圧縮ガス供給部323を制御して、投射粒子供給部322から微粒子を所定の量で噴射ノズル321へ供給させるとともに、圧縮ガス供給部323から所定の圧力で圧縮ガスを噴射ノズル321へ供給させ、噴射ノズル321から所定の噴射速度あるいは噴射圧で所定量の微粒子を所定時間で噴射させる制御をする。
【0023】
〔表面処理装置の動作〕
次に、上記表面処理装置100の動作について、図面を参照して説明する。
図3は、微粒子の噴射による表面処理の状況を概念的に示す説明図で、微粒子が衝突した状態を示す。図4は、表面処理の状況を概念的に示す説明図で、微粒子の成分が拡散した状態を示す。図5は、表面処理の状況を概念的に示す説明図で、ある程度の微粒子の噴射による微粒子の成分の拡散した状態を示す。図6は、表面処理の状況を概念的に示す説明図で、表面処理後の表面状態を示す。
【0024】
まず、表面処理部300の加熱室310内の図示しない台座部上に被処理物101を被処理面が噴射手段320の噴射ノズル321に対向する状態に上方に向けて配設する。この被処理物101は、被処理面が噴射ノズル321の噴射方向となる鉛直方向に対して略直交する状態で配設される。
そして、出力制御装置400にあらかじめ設定された供給条件に基づいて、電力供給装置220から誘導加熱コイル210へ所定の周波数の電力を供給させて被処理物101を誘導加熱する誘導加熱工程を実施する。
すなわち、出力制御装置400で設定された供給条件に基づいて発振器221から基本波が所定の周波数となる電圧方形波の交流電力が出力されると、直列共振回路222AのリアクトルLおよび第1コンデンサC1と誘導加熱コイル210とが電圧方形波の基本波で直列共振状態となり、被処理物101を誘導加熱する。また、電圧方形波の交流電力の出力により、並列共振回路222Bの第2のコンデンサC2および第1のコンデンサC1の等価コンデンサと誘導加熱コイル210とが電圧方形波の所定の第n高調波で並列共振状態となり、被処理物101を誘導加熱する。そして、基本電力となる低周波側となる基本波による電力は発振器221の出力にて調整でき、高周波側となる高調波による電力は低周波側の電力のある一定の比率、すなわち高調波の共振周波数によって例えば20%や30%などと低周波側の電力に追随して制御される。このことから、共振周波数を励起する高周波により近づけることで高周波側の電力が占める比率を高く設定することが可能となる。すなわち、高周波側の電力を適宜調整できる。このように、1つの発振器221および1つの誘導加熱コイル210で、電圧方形波の基本波と第n高調波との異なる周波数が重畳した電圧波形で誘導加熱することができる。
この誘導加熱工程における被処理物101の加熱では、出力制御装置400は、加熱室310に設けられた温度センサからの信号に基づいて、被処理物101を所定の温度、すなわち表面処理する際の温度となるように、電力を供給する。
【0025】
この誘導加熱工程の後、すなわち被処理物101が所定の温度となったことを出力制御装置400が認識すると、出力制御装置400は、被処理物101を誘導加熱しつつ微粒子を噴射して表面処理する表面処理工程を実施する。すなわち、出力制御装置400は、投射粒子供給部322および圧縮ガス供給部323を制御し、噴射ノズル321から所定の噴射速度あるいは噴射圧で所定量の微粒子を所定時間で噴射させる制御をする。
この微粒子の噴射により、図3に示すように、微粒子10が被処理物101の表面に衝突する。この衝突時や微粒子10が被処理物101の表面に移着した部分から、図4に示すように、微粒子10の成分が被処理物101に拡散し、拡散層11が形成される。そして、微粒子10が次々に衝突することで、図5に示すように、被処理物101の表面が拡散層11で被覆されるように、微粒子10の成分が拡散する。
そして、出力制御装置400は、あらかじめ設定された所定の条件で微粒子10を噴射させた後、電力供給装置220および噴射手段320を制御し、被処理物101の誘導加熱および微粒子10の噴射を停止させ、被処理物101を冷却、例えば自然放冷させる。この冷却により、被処理物101の拡散層11は、図6に示すように、被処理物101の成分と微粒子10の複合酸化物の皮膜層12と、その下層で被処理物101の成分が酸化した酸化物層13とが形成され、被処理物101が表面処理される。
なお、表面処理工程、あるいは誘導加熱工程から表面処理工程までの一連の処理の際に、雰囲気調整手段を制御して、加熱室310内の内部空間311内がいわゆる還元状態となるように調整し、表面に形成される皮膜層12として酸化物ではなく合金状態として形成させることができる。
【0026】
〔表面処理装置の作用効果〕
上述したように、誘導加熱コイル210の内周側に区画された略筒状の処理室211内に被処理物101を配置し、電力供給装置220から誘導加熱コイル210に所定の周波数の電力を供給して被処理物101を誘導加熱しつつ、処理室211の軸方向における延長線上に略位置して配設した噴射手段320の噴射ノズル321から微粒子10を噴射して、被処理物101を表面処理している。
このため、微粒子10を噴射しても被処理物101の表面の冷却が抑制される状態で微粒子10を噴射できる。すなわち、被処理物101を誘導加熱しつつ微粒子10を噴射できる。したがって、所定温度に加熱されている被処理物101の表面に微粒子10が噴射されることで、被処理物101の表面に微粒子10とが良好に結合して得られる皮膜層12が肉厚で短時間に形成できる。
【0027】
そして、被処理物101として、磁性材料である鉄鋼材料などを用い、耐蝕性や耐摩耗性の付与などの所望する特性を得るために鉄鋼材料との結合・複合化が得られる材料であるクロムなどの金属を主成分とする金属粒子や金属化合物、あるいは金属酸化物粒子などを微粒子10として噴射させる構成に適用している。このため、より良好な特性が得られる肉厚の安定した皮膜層12を短時間で容易に形成でき、特に好適である。
【0028】
そして、出力制御装置400により、整合回路222を制御して誘導加熱コイル210に所定の周波数の電力を供給させて被処理物101を所定の温度まで加熱させた後、噴射手段320を制御して微粒子10を噴射させるとともに、電力供給装置220の発振器221を制御して被処理物101が所定の温度に維持される状態に誘導加熱コイル210に所定の周波数の電力を供給させている。
このため、微粒子10の噴射による被処理物101の表面の冷却を防止でき、所定の温度での被処理物101と微粒子10との適切な結合による肉厚の良好な皮膜層12を形成できる。
【0029】
〔実施の形態の変形例〕
なお、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良などの種々の変更は本発明に含まれるものである。
【0030】
すなわち、被処理物101を誘導加熱する誘導加熱部200として、1電源1コイルタイプである1つの発振器221で異なる周波数の電力を供給する構成を例示したが、例えば2電源1コイルタイプである2つの発振器を用いて1つの誘導加熱コイル210に異なる周波数を重畳させた電力として供給させてもよい。
さらには、異なる周波数が重畳する構成に限らず、短時間で異なる周波数の電力が切り替わって供給する構成を適用してもよい。また、1つの周波数の電力を供給する構成でもよい。
なお、上記実施の形態のように、異なる複数の周波数で誘導加熱することで、表面から内部に亘って加熱できることから、被処理物が大型化してショットピーニング処理する面積が広くなっても、温度分布にむらが生じにくく、所望とする温度での皮膜層が得られるので、好ましい。
【0031】
誘導加熱コイル210としては、略円筒状に形成したが、例えば角筒状など、被処理物101の形状に応じて適宜筒形状に形成したものを利用できる。
さらには、例えば軸方向で径寸法が異なる被処理物101の場合、誘導加熱コイル210も軸方向で径寸法が異なる筒形状に形成したものを利用すればよい。
そして、雰囲気調整手段を設けて、加熱室310内を適宜還元雰囲気に調整可能に説明したが、雰囲気調整手段を設けなくてもよい。
【0032】
微粒子10としては、上述した組成物に限られない。また、粒径なども適宜設定できる。
そして、噴射条件や誘導加熱する温度などの条件も、所望とする特性の皮膜層12の肉厚や微粒子10の組成、微粒子10と被処理物101との結合性などに応じて適宜設定できる。
【0033】
その他、本発明の実施の際の具体的な構造および手順などは、本発明の目的を達成できる範囲で他の構成に変更するなどしてもよい。
【実施例1】
【0034】
以下、実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明するが、本発明は実施例などの内容に何ら限定されるものではない。
【0035】
被処理物101として、S45C鋼を厚さ寸法6mm、直径15mmの円盤状に加工したものを用いた。
微粒子10としては、350メッシュのクロム粒子を用いた。
そして、圧縮空気圧として、0.6MPa、噴射ノズル321から被処理物101までの距離である投射距離100mmで、被処理物101を常温、400℃、600℃、750℃、900℃の各種温度に誘導加熱しつつ5秒間投射した。なお、誘導加熱部200の出力条件は、熱電対を被処理物101に溶接し、熱履歴を測定しつつ調整した。この熱履歴を図7に示す。また、出力制御装置400における電力の供給条件として、表1に示す条件の設定項目を利用し、測定する熱履歴に基づいて設定事項を適宜切り替えて誘導加熱した。
【0036】
【表1】

【0037】
そして、各温度での表面処理後の被処理物101の断面を走査型電子顕微鏡により観察するとともに、エネルギ分散型X分析装置により元素分析を実施した。さらに、X線回折により、表面化合物を分析した。その結果、表面処理状態を模式的に図8ないし図10に示す。また、X線回折の結果を、図11のチャートに示す。なお、図11は、比較として、S45C鋼である被処理物101自体、および、クロム粒子である微粒子10自体の分析結果も併せて示す。
さらに、処理後の各被処理物101をアノード分極測定による耐食性の評価を実施した。この耐食性の評価としては、対極に白金、参照電極として飽和カロメル電極、電解液に3%NaCl溶液を用いた。なお、電解液は、試験前に30分間窒素ガスにて脱気し、溶液中の溶存酸素濃度を低下させておいた。そして、処理後の各被処理物101を自然電位で10分間保持したのち、速度10mV/分で貴方向に電位を走査し、100mV/に電位が達したところで試験終了とした。この耐食性の評価試験の結果を、図12に示す。
【0038】
各温度での表面処理の結果、常温および約400℃で微粒子10を噴射した状態では、図8に示すように、被処理物101の表面に金属クロムの層15が局所的に分布し、金属クロムの塊状部分も認められた。また、約600℃および約750℃で表面処理したものでは、図9に示すように、クロム酸化物と鉄酸化物が混在した層16が形成されているとともに、クロムと鉄との複合酸化物の層17も一部認められた。そして、図10に示すように、約900℃で表面処理したものでは、最表面に鉄酸化物の層18が形成され、その下層にクロムと鉄との複合酸化物の層17が形成され、さらに下層に鉄酸化物の層19が形成されていることが認められた。そして、約900℃で表面処理した場合での表面処理により形成された層の厚さ寸法は、他の温度では10μmの厚さに到達していないものの、約30μm程度の肉厚なものが得られた。
すなわち、所望とする肉厚に形成するためには、被処理物101を所望の温度に維持しておく必要があることがわかる。したがって、上述した実施形態のように、誘導加熱しつつ微粒子10を噴射することで、被処理物101の表面が冷却されてしまうことによる不都合を防止できることがわかる。
【0039】
また、表面の酸化物を特定するために実施した構造分析の結果、図11に示すように、常温および約400℃で処理したものは、鉄(Fe)とクロム(Cr)に起因するピークが認められるものの、約600℃、約750℃、約900℃で処理したものは、FeとCrのピーク強度が弱くなっている。そして、約750℃で処理したものは、FeおよびCrに由来するピークが多少観察できる程度で、約900℃で処理したものは、FeおよびCrに由来するピークがほとんど観察できなかった。さらに、約750℃および約900℃で処理したものは、クロム酸鉄(FeCr24)に起因するピークが認められた。
このことから、処理温度が低いうちは噴射する微粒子のCrは被処理物101の表面に金属Crとして存在するのに対し、処理温度が高くなると、FeCr24の複合酸化物が形成されて存在することが認められた。
【0040】
さらに、図12に示す電気化学測定の結果、処理温度が高くなるにしたがって、分極曲線が貴な側にシフトしており、耐食性が向上していることがわかった。特に、約900℃処理した場合、比較例のステンレス鋼(SUS316L)と同等の耐食性を示すことがわかった。
これは、高温処理により基材表面に形成されたCr元素が存在し、保護層として機能することで、ステンレス鋼に匹敵する優れた耐食性が得られたものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明の一実施形態に係る表面処理装置の概略構成を示す回路図である。
【図2】上記一実施形態における表面処理部の概略構成を示すブロック図である。
【図3】上記一実施形態における微粒子の噴射による表面処理の状況を概念的に示す説明図で、微粒子が衝突した状態を示す。
【図4】上記一実施形態における表面処理の状況を概念的に示す説明図で、微粒子の成分が拡散した状態を示す。
【図5】上記一実施形態における表面処理の状況を概念的に示す説明図で、ある程度の微粒子の噴射による微粒子の成分の拡散した状態を示す。
【図6】上記一実施形態における表面処理の状況を概念的に示す説明図で、表面処理後の表面状態を示す。
【図7】本発明を説明するための実施例における表面処理の熱履歴を示すグラフである。
【図8】本発明を説明するための実施例における400℃加熱での概念的な表面状態を示す断面図である。
【図9】本発明を説明するための実施例における600℃加熱での概念的な表面状態を示す断面図である。
【図10】本発明を説明するための実施例における900℃加熱での概念的な表面状態を示す断面図である。
【図11】本発明を説明するための実施例におけるX線回折結果を示すチャートである。
【図12】本発明を説明するための実施例におけるアノード分極測定結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0042】
10…微粒子
100…表面処理装置
101…被加熱物
210…誘導加熱コイル
211…処理室
220…共振手段としての電力供給装置
310…加熱室
311…収容空間
320…噴射手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被処理物に加熱しつつ微粒子を噴射して表面処理する表面処理装置であって、
内周側に前記被処理物が配置される略筒状の処理室を区画する誘導加熱コイルと、
この誘導加熱コイルに所定の周波数の電力を供給して前記被処理物を誘導加熱する共振手段と、
前記誘導加熱コイルの処理室の軸方向における延長線上に略位置して配設され前記処理室に向けて前記微粒子を噴射させる噴射手段と、
を具備したことを特徴とした表面処理装置。
【請求項2】
請求項1に記載の表面処理装置であって、
内部に前記誘導加熱コイルおよび前記噴射手段を収容する収容空間を有する加熱室と、
この加熱室の収容空間内の酸素濃度を調整する雰囲気調整手段と、を具備した
ことを特徴とした表面処理装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の表面処理装置であって、
前記共振手段および前記噴射手段を制御して、前記誘導加熱コイルに所定の周波数の電力を供給させて前記被処理物を所定の温度まで加熱させ、前記被処理物が所定の温度に加熱された後に前記噴射手段から前記微粒子を噴射させるとともに前記被処理物が前記所定の温度に維持される状態に前記誘導加熱コイルに所定の周波数の電力を供給させる制御手段を具備した
ことを特徴とした表面処理装置。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の表面処理装置であって、
前記被処理物は、磁性材料であり、
前記微粒子は、金属を主成分とする金属粒子および金属酸化物粒子のうちの少なくともいずれか一方である
ことを特徴とした表面処理装置。
【請求項5】
被処理物に加熱しつつ微粒子を噴射して表面処理する表面処理方法であって、
内周側に略筒状の処理室を区画し共振手段から所定の周波数の電力が供給される誘導加熱コイルの前記処理室内に前記被処理物を表面処理される面が前記処理室の軸方向に略直交する状態に配設し、
前記誘導加熱コイルへ前記所定の周波数の電力を供給して前記被処理物を所定の温度に誘導加熱し、
この所定の温度に誘導加熱された前記被処理物の表面処理される面に前記微粒子を噴射させる
ことを特徴とする表面処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2008−127647(P2008−127647A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−315647(P2006−315647)
【出願日】平成18年11月22日(2006.11.22)
【出願人】(390029089)高周波熱錬株式会社 (288)
【Fターム(参考)】