説明

表面改質繊維を用いたプリプレグ

【課題】補強基材の優れた力学物性をFRP等の複合材物性に反映させることができる、繊維基材とマトリックス樹脂の接着性に優れたプリプレグシートを提供する。
【解決手段】引張強度が8cN/dtex以上の繊維からなる基材に、熱硬化性樹脂または熱可塑性樹脂を複合してなるプリプレグシートであって、
前記繊維は、原子間力顕微鏡による、繊維長軸方向4μm×繊維短軸方向2μmの観察視野の範囲中に、繊維短軸方向に0.1μm以上連なり、かつ深さが10〜100nmである、ひび割れ状の凹部を20個以上有することを特徴とするプリプレグシート。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面改質により、樹脂との接着性を改良した高強度繊維を基材とするプリプレグシートに関する。
【背景技術】
【0002】
複合材において、繊維基材とマトリックス樹脂の接着性が低ければ、接着界面が欠陥となって、繊維基材の有する力学物性を余すことなく複合材物性に反映することができない。そのため、成形品を使用する際の印加応力に耐え得る接着性が必要とされる。
【0003】
複合材の補強基材に用いられる繊維としては、高弾性高強度繊維が望ましく、例えば、ポリベンザゾール(PBZ)繊維やポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維などが挙げられる。また、PBZ繊維のなかでも、ポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール(PBO)繊維は最も高い弾性率を有することが知られており、(例えば、特許文献1を参照)特に補強効果に優れる。しかし、これらの高強度有機繊維は、樹脂との接着性に乏しく、接着信頼性の高い複合材料を得るには至っていないのが現状である。
【0004】
そこで、かかる繊維の高性能化にともない、接着性を改良するために各種の提案がされている。例えば、コロナ処理によって繊維表面に接着性に寄与する官能基を付与した繊維が開示されている(特許文献2を参照)。しかしながら、コロナ処理ではエネルギーが低く、繊維の表面に官能基を十分に付与することができない。そのため、満足できる接着性は得られていない。
【0005】
そこで、より多くの官能基を付与するため、更にエネルギーが高いプラズマ処理の検討がなされている(例えば、特許文献3を参照)。しかしながら、プラズマ処理で官能基を付与しても、満足な接着性は得られていない。
【0006】
そこで、表面に官能基を付与すると同時に、繊維表面に微細な凹凸を付与することも提案されている(例えば、特許文献4を参照)。しかしながら、かかる表面改質繊維であっても、高強度繊維が有する力学物性を十分に発揮させる接着性を得るには至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】米国特許第5296185号公報
【特許文献2】特開平7−102473号公報
【特許文献3】特開2003−221778号公報
【特許文献4】特開2003−201625号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記従来技術の現状に鑑み創案されたものであり、その目的は、補強基材の優れた力学物性をFRP等の複合材物性に反映させることができる、繊維基材とマトリックス樹脂の接着性に優れたプリプレグシートを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意研究した結果、遂に本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、引張強度が8cN/dtex以上の繊維からなる基材に、熱硬化性樹脂または熱可塑性樹脂を複合してなるプリプレグシートであって、
前記繊維は、原子間力顕微鏡による、繊維長軸方向4μm×繊維短軸方向2μmの観察視野の範囲中に、繊維短軸方向に0.1μm以上連なり、かつ深さが10〜100nmである、ひび割れ状の凹部を20個以上有することを特徴とするプリプレグシートである。
【0010】
本発明のプリプレグシートの好ましい態様では、
前記繊維の平均断面プロファイルにおける繊維表面凹凸構造の表面粗さRaが、1.5〜6.0nmであり、
前記繊維は、繊維長軸方向4μm×繊維短軸方向2μmの原子間力顕微鏡観察視野範囲からランダムに断面を3つに切り出し、断面が凸部の中心を通っているものの高さの平均値である繊維表面凹凸構造の高低差が20〜100nmである。
【発明の効果】
【0011】
本発明のプリプレグシートは、その繊維基材の特異な表面構造から、従来の表面処理された繊維基材を用いた場合に比べてマトリックス樹脂と繊維基材が極めて高い接着性を有し、信頼性の高い複合材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明で採用した、ラマン散乱を用いた接着性評価法における、サンプル片の作成方法を模式的に示した図である。
【図2】本発明で採用した、ラマン散乱を用いた接着性評価法における、応力分布の測定方法を模式的に示した図である。
【図3】本発明で採用した、ラマン散乱を用いた接着性評価法における、応力分布、および接着性評価指標を模式的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明のプリプレグシートを詳細に説明する。
本発明に用いる繊維は、引張強度が8cN/dtex以上であることが必要である。かかる強度の繊維であれば、その繊維性能をマトリックス樹脂に十分に反映することができるからである。繊維の引張強度の上限は特に問題とならないが、70cN/dtexを超えると、本発明の繊維の表面構造をもってしても、繊維性能を十分に複合材料に反映し難くなる。かかる引張強度を有する繊維としては、例えば、超高分子量ポリエチレン繊維などが挙げられる。本発明に用いる繊維は、単糸繊維直径が8〜15μmであることが好ましい。かかる繊維直径であれば、十分な表面積を有し、上記表面凹凸構造を多数付与できる一方で、凹凸部付与による強度低下が少ないからである。より好ましい単糸繊維直径は9〜13μmであり、更に好ましくは10〜12μmである。
【0014】
本発明に用いる繊維は、繊維長軸方向4μm×繊維短軸方向2μmの原子間力顕微鏡観察視野範囲中に、繊維短軸方向に0.1μm以上連なり、かつ10〜100nmの深さを有するひび割れ状の凹部を20個以上有することを特徴とする。繊維短軸方向は繊維長軸方向に対して直角な方向である。従来の繊維に見られる表面凹凸構造における凹部は円形であるところ、本発明の繊維は繊維軸と略垂直な方向にひび割れ状であるため、剪断を面で受け止めることになり、優れた接着性を発揮する。上述のひび割れ状の凹部は上述の面積中に30個以上100個以下存在することが好ましく、35個以上100個以下存在することが更に好ましい。ひび割れ状の凹部の深さが10nm未満であると樹脂との接着性向上をあまり期待できず、100nmを超えると繊維表面が破壊されやすくなると考えられる。
【0015】
本発明に用いる繊維は、平均断面プロファイルにおける繊維表面凹凸構造の表面粗さRaが、1.5〜6.0nmであることが好ましい。より好ましくは、Raは2.0nm以上、さらに好ましくは、2.5nm以上である。Raがこの範囲にあれば、繊維物性の低下に対する影響が小さい一方、優れたアンカー効果を発揮できる。また、幅が大きく剪断に強い凸部を表面に形成することができる。
【0016】
本発明に用いる繊維は、繊維長軸方向4μm×繊維短軸方向2μmの原子間力顕微鏡観察視野範囲からランダムに断面を3つに切り出し、断面が凸部の中心を通っているものの高さの平均値である繊維表面凹凸構造の高低差が、20〜100nmであることが好ましい。より好ましくは、高低差は30nm以上、さらに好ましくは、40nm以上である。本発明における高低差とは、表面凹凸構造の凸部の谷と頂点との高さの差を示す。高低差がこの範囲にあれば、繊維物性の低下に対する影響が小さい一方、優れたアンカー効果を発揮できる。
【0017】
本発明に用いる繊維を製造する方法は特に限定されないが、繊維表面にイオンビームを照射することによって表面凹凸構造を形成することが好ましい。プラズマ処理、高周波スパッタエッチング処理等を使用した場合、照射時間、照射エネルギーを高くすると、凸部自体が削られ始め、本発明の繊維を得難くなる。イオンビームを照射することにより、上述のような高低差が大きい凸部やひび割れ状の凹部が得られる理由は定かではないが、イオンビームがイオン速度に方向性を有するために効果的に高低差が大きい凸部が得られると推測される。
【0018】
繊維に対してイオンビーム処理を行うためには、紡糸または熱処理後、ロールツウロールで巻き出し、イオンビーム処理装置で連続的にロールツウロール処理する方法や、バッチ式の方法が採用できるが、操業性の面からロールツウロール方式が好ましい。被処理物は繊維束の他に、繊維束を単繊維に分繊し一方向に揃えたものや、織物でもよい。イオンビームを繊維に照射するためのイオンガンとしては、例えばカウフマン製のクローズドドリフトイオンソースを利用することができ、イオン源としては、DC放電、RF放電、マイクロ波放電などを利用することができる。特に、ロールツウロール処理においては、リニアイオンソースを用いることが好ましい。
【0019】
イオンガンに使用されるガスとしては、イオン粒子を生成しうるものならいかなるガスも制限されないが、例えば水素、ヘリウム、酸素、窒素、空気、フッ素、ネオン、アルゴン、クリプトンまたはNOおよびこれらの混合物の中から適宜選択して使用される。これらの中では、特に酸素、空気が、繊維表面に上述の凸部を形成すると同時に官能基も付与することができるので好ましい。
【0020】
繊維に照射するイオンビームの種類や強さは、繊維表面構造を上述の範囲に改質することができれば特に限定されないが、通常、イオンビームを構成するイオン粒子のエネルギーは、イオンガンの放電電圧、放電電流、放電電力、ビームガス流量などを適宜選択して、イオンビームを構成するイオン粒子のエネルギーは、イオンガンの放電電圧、放電電流、ビームガス流量などを適宜選択して、10−2〜10KeV程度に調節し、放電電圧は295〜800W程度、放電電流は0.1〜10A程度に調節して照射される。処理時圧力は0.1〜1.0Pa程度、繊維送り速度は0.01〜1.0m/min、好ましくは0.01〜0.3m/min程度に調節して照射することが好ましい。
【0021】
本発明に使用する繊維基材の形態は特に限定されないが、たとえば、織布、不織布、UD(繊維を一方向へ引き揃えた不織布)などがある。
【0022】
本発明に用いる樹脂は、たとえば、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、フェノール樹脂などの熱硬化性樹脂や、ナイロン樹脂ポリエステル樹脂、ポリブチレンテレフタラート樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ビスマレイミド樹脂などの熱可塑性樹脂が使用できるが、特に限定はされない。
【0023】
樹脂含浸方法は特に限定されないが、たとえば、樹脂溶液に繊維基材を浸漬させる方法や、半硬化熱硬化性樹脂シートや熱可塑性樹脂シートで繊維基材を挟んだ状態で加熱プレスにより溶融含浸する方法があり、操業性の面からはこれらの方法をロールツウロール方式で行うことが好ましい。
【0024】
繊維と樹脂の接着性評価法としては、一般にドロップレット法やILSS法が用いられる。ドロップレット法は、樹脂の玉から繊維を引き抜くときの応力で評価する方法であるが、均一な形状の樹脂の玉が得にくいため、精度と効率に問題がある。一方、ILSS法は、繊維が埋め込まれた樹脂片に4点曲げ試験によりせん断応力を加えたときの界面せん断応力で評価する方法であるが、樹脂や繊維の強度特性の影響を受けやすいため、精度が低い。
【0025】
本発明における繊維と樹脂の接着性評価には、樹脂に繊維を埋め込み、繊維を引き抜く際の、繊維の引張応力の減衰挙動を用いて評価する方法を採用した。この評価法では、一定の形状のサンプル片を得ることができ、さらに、材料の強度特性の影響が少なく、高精度で、高効率の評価が可能である。具体的には、以下の方法を採用した。
【0026】
長さ12mm、幅5mm、厚み3mmの電子顕微鏡用包埋板の対面する二辺に、片刃で深さ0.05〜0.1mmのスリットを入れ、20cm四方の土台上に置く。土台はガラス板が好ましいが、平坦で60℃の加熱に耐えうるものであれば特に限定されない。
【0027】
次に、ヤーンから単繊維(モノフィラメント)を分繊して包埋板をまたぐように繊維を渡して、スリットに挟んで固定する。このとき、樹脂からはみ出した単繊維の一方の長さを15〜20cmにし、さらに、単繊維に弛みがないよう繊維の両端を粘着テープで土台に固定する。
【0028】
次に、熱硬化性エポキシ樹脂の基材(ルベアック812)と硬化剤(ルベアックDDSA)を62cc/100ccの比率で調合し、冷蔵庫内に保存しておいたものをデシケーター内で常温に戻す。調合液5mlに、硬化促進剤(ルベアック−DMP30)を直径4mmのガラス棒で10滴加え、気泡が入らないよう注意しながら1分間撹拌する。調合液の保存期限は1ヶ月とする。
【0029】
該樹脂液を包埋板に流し込み、包埋板から約0.5mm盛り上がるように量を調節し、粘着テープを除去して、60℃のオーブンで12時間硬化させる。室温で放冷した後、単繊維が破断しないよう注意して樹脂片を包埋板から取り出して、樹脂と繊維からなるサンプル片を得る。荷重の取り付け位置として、3×2cmの紙片を、樹脂外の繊維の端に繊維を挟むように折り曲げて、接着剤で固定する。
【0030】
図1は、サンプル片の作成方法を模式的に示した図である。
【0031】
次に、サンプル片を、顕微ラマン散乱測定用の試料台に取り付け、樹脂からはみ出した繊維を試料台端に付属したローラーに渡し、サンプル片の前後をストッパーで固定する。樹脂からはみ出した繊維に取りつけた紙片に、荷重15gを取りつける。その後、顕微ラマン散乱により、樹脂中の繊維のラマン散乱を、10μm間隔で繊維軸に沿って測定する。ラマン散乱の波数は分子の印加応力によって決まるため、検量線を用いてラマン散乱の波数から印加応力が得られる。樹脂中では繊維は樹脂によって支えられるため、繊維に印加された引張応力は樹脂内部に行くほど減衰する。すなわち、繊維軸に沿った距離の関数として見たとき応力分布が得られる。印加応力を大きくすると、繊維が樹脂に入り込む位置から接着界面の降伏が生じ、印加応力が大きくなるに従い界面降伏領域が拡大する。界面降伏領域は完全接着領域と異なる。
【0032】
図2は、ラマン散乱を用いた応力分布の測定方法を模式的に示した図である。
【0033】
図3は、上記の接着性評価法における応力分布を模式的に示したグラフである。
【0034】
接着性が良いと完全接着領域が広く、さらに、界面の降伏が生じる応力のしきい値は大きい。したがって、界面降伏領域と完全接着領域の応力分布の変曲点における、繊維軸に沿った距離(界面降伏点:x)と応力(界面降伏応力:σ)を用いて接着性を評価することが可能である。
【0035】
プリプレグシートにおける繊維とマトリックス樹脂の接着信頼性は、上述の界面降伏応力σと、成形品使用時の印加応力との比較によって判断することができる。すなわち、界面降伏応力がσ’である繊維と樹脂の複合材を成形品とした場合、使用時の印加応力がσ’以下であれば接着剥離は生じないとみなすことができる。
【0036】
成形品使用時の印加応力の目安となる値は、例えば、繊維基材がPBO繊維であるプリプレグシートを電子回路基板の絶縁樹脂層として使用することを想定した場合、以下のように算出することができる。電子回路基板は回路形成や電子機器のオンオフによる温度変化に晒され、このとき樹脂と繊維の熱膨張率の差に起因して界面に生じる応力が接着剥離を誘引する。ここで、基板と半導体の熱膨張率の差による電極接続破壊を防ぐため、基板の熱膨張率はシリコンチップ等の半導体における3ppm/Kに近づけることが望ましいとされる(例えば、特開2001−18324号公報)。
【0037】
一方、PBO繊維の熱膨張率は−12ppm/Kであるため、例えば±300℃の温度変化に晒されたとき、成形品中のPBO繊維には±4500ppmのひずみが生じることになる。このとき繊維の印加応力を下記の式にしたがって算出すると1.2GPaとなる。
【0038】
σ=E×ε
ここで、σ:印加応力、E:引張弾性率(PBO繊維;270GPa)、ε:ひずみ量
【0039】
すなわち、電子回路基板用途においては、複合材における界面降伏応力σが1.2GPa以上であれば、±300℃の温度変化下でも繊維と樹脂の接着剥離は起こらず信頼性に優れた複合材になり得ると判断できる。一般的な有機繊維の弾性率は、PBO繊維に比べて格段に低いため、繊維基材にPBO繊維以外の有機繊維を用いた場合は成形品使用時の印加応力はさらに低くなる。従って、界面降伏応力が前述の範囲を満たしておれば、その他の有機繊維を用いた場合も接着信頼性は保障される。
【0040】
成形品使用時の印加応力の目安となり値は、例えば、樹脂と繊維の熱膨張率の差に起因して、界面に発生する残留応力を次のように算出することができる。成形品プリプレグを熱硬化させ成形加工すると、樹脂が熱膨張した状態で繊維が埋設固定されるため、成形後に室温まで冷却されると、樹脂は収縮しようとするため繊維との界面に残留応力が生じる。PBO繊維の体積含有率が10%である汎用エポキシ樹脂との複合材を想定したとき、理論計算より複合材の熱膨張率は3ppm/K程度になる。PBO繊維の引張弾性率は270GPa、熱膨張率は−12ppm/Kであるので、一般的なエポキシ樹脂硬化温度160℃から室温25℃まで冷却されたときに界面に生じる応力は、上述の式より0.55GPaとなる。すなわち、界面降伏応力σが0.55GPa以上であれば、成形加工時に生じる残留応力による接着剥離は起こらないと判断できる。
【0041】
成形品使用時の印加応力の基準値として、上述の他に、下式で算出される「構造用繊維強化プラスチック(FRP)の引張強さの限界値」(JIS K7011)を採用することができる。
【0042】
【化1】

【0043】
構造部材として用いる繊維強化プラスチックはその面内方向、板厚方向の構造によって定められた上記規定に適合しなければならない。引張強さの限界値は、面内方向性が大きい、すなわち引張方向に対して繊維が略平行に配列する構造を持つFRPに対して最も大きな規定値が定められており、更にこのうちで最も厳しい区分における規定値が1.0GPaと定められている。すなわち、上述の界面降伏応力σが1.0GPa以上であれば、構造部材として十分な信頼性を有する複合材になり得ると判断できる。
【0044】
本発明のプリプレグシートは、繊維基材のひび割れ状の凹部の個数、平均断面プロファイルにおける表面凹凸構造の表面粗さRa、表面凹凸構造の高低差が上述のような値を持つことによって初めて、前述の接着性評価法における界面降伏応力σが1.2GPa以上となり、上述の接着信頼性判断方法に基づき信頼性の高い実用に耐えうる複合材料が得られる。界面降伏応力の範囲は好ましくは1.5GPa以上、さらに好ましくは1.7GPa以上、また、界面降伏点の範囲は好ましくは0.09nm以下、さらに好ましくは0.08nm以下である。
【実施例】
【0045】
以下、本発明をさらに実施例によって詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。なお、各種特性の評価は下記の方法を採用した。
【0046】
(引張強度)
標準状態(温度:20±2℃、相対湿度(RH)65±2%)の試験室内に24時間以上繊維を放置した後、繊維の引張強度をJIS−L−1013に準じて引張試験機にて測定した。
【0047】
(表面粗さRa)
繊維表面の凹凸構造は、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて評価した。AFMはエスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社(SII)のSPA300を使用した。AFM探針はSIIから販売されているDF−40Pを使用し、新品のものに限定使用した。スキャナーはFS−20Aを使用した。観察前にAFM探針を試料表面に接触させる位置は繊維短軸方向の中心部付近とし、走査方向は繊維長軸に平行とした。観察視野範囲は(繊維長軸方向)×(繊維短軸方向)=4μm×2μmとした。観察視野を300断面に切り出し、平均断面プロファイル機能により得られるこれらの断面の平均化画像の各表面粗さRaを解析した。この方法によって得られる、ランダムに切り出した5つの観察視野におけるRa値の平均値を、表面粗さRaとした。
【0048】
(高低差)
繊維表面の凹凸構造は、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて評価した。AFMはエスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社(SII)のSPA300を使用した。AFM探針はSIIから販売されているDF−40Pを使用し、新品のものに限定使用した。スキャナーはFS−20Aを使用した。観察前にAFM探針を試料表面に接触させる位置は繊維短軸方向の中心部付近とし、走査方向は繊維長軸に平行とした。観察視野範囲は(繊維長軸方向)×(繊維短軸方向)=4μm×2μmとした。観察視野内からランダムに断面を3つ切り出し、断面が凸部の中心を通っているものの高さの平均値を高低差とした。
【0049】
(ひび割れ状凹部の個数)
繊維表面の凹凸構造は、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて評価した。AFMはエスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社(SII)のSPA300を使用した。AFM探針はSIIから販売されているDF−40Pを使用し、新品のものに限定使用した。スキャナーはFS−20Aを使用した。観察前にAFM探針を試料表面に接触させる位置は繊維短軸方向の中心部付近とし、走査方向は繊維長軸に平行とした。観察視野範囲は(繊維長軸方向)×(繊維短軸方向)=4μm×2μmとした。観察像をImage Metrology A/S社製のScanning Probe Image Processorで解析した。繊維長軸方向に平行に0.02μm間隔でスライスして断面出しし、繊維短軸方向に0.1μm以上連なる凹部をひび割れ状凹部として定義し、観察視野範囲4μm×2μm中の個数を測定した。
【0050】
(ラマン散乱測定)
ラマン散乱スペクトルは、下記の方法で測定を行った。ラマン測定装置(分光器)はレニショー社のシステム1000を用いて測定した。光源はヘリウム−ネオンレーザー(波長633nm)を用いた。繊維と樹脂のサンプル片を、顕微ラマン散乱測定用の試料台に取り付け、樹脂からはみ出した繊維を試料台端に付属したローラーに渡し、サンプル片の前後をストッパーで固定した。樹脂外の繊維に取りつけた紙片に荷重15gを取りつけ、顕微ラマン散乱により樹脂中の繊維のラマン散乱を、10μm間隔で繊維軸に沿って測定した。
【0051】
ラマンの測定は、Static Modeにて測定範囲970〜1810cm−1について、積算回数は64回、露光時間は1秒、レーザー強度は1、10、25、50、100%のうち最適な強度を採用した。解析に用いたピークは芳香族環の伸縮振動に帰属される1619cm−1のバンドを採用した。ベースラインの乱れが大きくピークの形にゆがみがあるため、ガウス関数を用いたカーブフィットは採用せず、ピーク形状を目測で定めてピークセンターを割り出した。ラマンバンド波数と引張応力の検量線を用いて、得られたラマンバンド波数から繊維の印加応力を求め、繊維軸に沿った距離に対する応力分布を得た。得られた応力分布の近似線をひき、完全接着領域と界面降伏領域の変曲点を決定した。変曲点での繊維軸に沿った距離を界面降伏点x、応力を界面降伏応力σとした。
なお評価に用いるマトリックス樹脂は、繊維の改質効果を比較評価し易くするため上述の繊維樹脂接着性評価法に記載したエポキシ樹脂に統一した。
【0052】
(実施例1〜4)
処理する繊維として、東洋紡績(株)製Zylon(登録商標)HM(実施例1)、Zylon(登録商標)AS(実施例2)、Dyneema(登録商標)SK60(実施例3)、および、東レ・デュポン製Kevlar(登録商標)29(実施例4)を用いた。これらの繊維を繊維束から単繊維に分繊し、ポリイミドフィルム上に間隔を空けて並べ、ポリイミド粘着テープを用いて貼り付けた。このフィルムを真空槽中でロール走行させながら、イオンガンにて酸素イオン照射を行い、該繊維の表面を処理した。イオンビーム処理装置は、ロールツウロール方式の装置であり、巻き出し室、スパッタ室、予備室、巻き取り室へとロールからフィルムが移動されながら、順次、表面処理が行われ、その後に、ロールに巻き取られる。
【0053】
各室の間は、スリットによって概略仕切られている。イオンガン室では、フィルムはチルロールに接しており、チルロールの温度(−5℃)によって冷やされ、ロール幅方向に均一なイオン照射ができるように幅の広いイオンガンを用いた。イオンガンはAdvanced Energy Industries社の38CMLISを用いた。イオンガンに導入するガスとして酸素を用い、放電電圧540V、放電電流0.56A、放電電力295W、ビームガス流量45sccm、処理圧力3×10−1Paでフィルムおよび繊維から4cmの位置からイオンビームを照射した。フィルムは250mm幅のものを用い、ロール送り速度は0.05m/minとした。酸素はイオンガン以外からの導入はしなかった。実施例1〜4で得られた繊維の詳細と評価結果を表1に示す。
【0054】
(実施例5、6)
処理する繊維として、東洋紡績(株)製Zylon(登録商標)HM(実施例5)およびZylon(登録商標)AS(実施例6)を用いた。単位面積に加わるエネルギーを低下させるため、ロール送り速度を0.25m/minとした以外は実施例1〜4と同様にしてイオンビーム処理を実施した。実施例5、6で得られた繊維の詳細と評価結果を表1に示す。
【0055】
(比較例1)
処理する繊維として、東洋紡績(株)製Zylon(登録商標)ASを用いたが、イオンビーム処理を行わなかった。比較例1で得られた繊維の詳細と評価結果を表1に示す。
【0056】
(比較例2〜5)
処理する繊維として、東洋紡績(株)製Zylon(登録商標)HM(比較例3)、Zylon(登録商標)AS(比較例2,6)、Dyneema(登録商標)SK60(比較例5)、および、東レ・デュポン製Kevlar(登録商標)29(比較例4)を用いた。これらの繊維を繊維束から単繊維に分繊し、A4サイズのPEフィルム製枠(枠組み幅2cm)に間隔を空けて並べ、ポリイミド粘着テープを用いて貼り付けた。このフィルム枠を2つのプラズマ発生電極間に設置し、酸素イオン照射を行い、該繊維の表面を真空プラズマ処理した。放電電力3000W、ガス流量5000sccm、処理圧力400mTorrで処理した。比較例2〜5で得られた繊維の詳細と評価結果を表1に示す。
【0057】
(比較例6)
処理する繊維として、東洋紡績(株)製Zylon(登録商標)ASを用い、繊維送り速度を0.01m/minにする以外は比較例2〜5と同じ方法を用いて、真空プラズマ処理した。比較例6で得られた繊維の詳細と評価結果を表1に示す。
【0058】
【表1】

【0059】
実施例1〜6のイオンガン処理した繊維を基材に用いた場合は、界面降伏応力σが1.2GPa以上となり上述の接着信頼性判断基準を全て満たしており、接着信頼性に優れた複合材料となり得ることが判る。一方、比較例1〜6の未処理の繊維または真空プラズマ処理した繊維を用いた場合は、上述の接着信頼性を満たせていないことが判る。また未処理の繊維については成形加工時に生じる残留応力の目安値0.55GPaとの差が小さいことから、成形時の接着剥離も懸念されると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明のプリプレグシートは、複合材として実用的な繊維基材とマトリックス樹脂の接着性を有するため、複合材中で繊維の力学物性を十分に発揮することができる。例えば、シリコンチップを実装するための高密度高性能回路基板(コア基板)用途はもとより、ケーブル、電線や光ファイバー等のテンションメンバー、ロープ等の緊張材、ロケットインシュレーション、ロケットケイシング、圧力容器、宇宙服の紐、惑星探査気球、等の航空、宇宙資材、耐弾材等の耐衝撃用部材、手袋等の耐切創用部材、消防服、耐熱フェルト、プラント用ガスケット、耐熱織物、各種シーリング、耐熱クッション、フィルター等の耐熱耐炎部材、ベルト、タイヤ、靴底、ロープ、ホース等のゴム補強剤、釣り糸、釣竿、テニスラケット、卓球ラケット、バトミントンラケット、ゴルフシャフト、クラブヘッド、ガット、弦、セイルクロス、ランニングシューズ、マラソンシューズ、スパイクシューズ、スケートシューズ、バスケットボールシューズ、バレーボールシューズ等の運動靴、競技(走)用自転車及びその車輪、ロードレーサー、ピストレーサー、マウンテンバイク、コンポジットホイール、ディスクホイール、テンションディスク、スポーク、ブレーキワイヤー、変速機ワイヤー、競技(走)用車椅子及びその車輪、プロテクター、レーシングスーツ、スキー、ストック、ヘルメット、落下傘等のスポーツ関係資材、アバンスベルト、クラッチファーシング等の耐摩擦材、各種建築材料用補強剤及びその他ライダースーツ、スピーカーコーン、軽量乳母車、軽量車椅子、軽量介護用ベッド、救命ボート、ライフジャケット等の広範にわたる用途に使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
引張強度が8cN/dtex以上の繊維からなる基材に、熱硬化性樹脂または熱可塑性樹脂を複合してなるプリプレグシートであって、
前記繊維は、原子間力顕微鏡による、繊維長軸方向4μm×繊維短軸方向2μmの観察視野の範囲中に、繊維短軸方向に0.1μm以上連なり、かつ深さが10〜100nmである、ひび割れ状の凹部を20個以上有することを特徴とするプリプレグシート。
【請求項2】
前記繊維の平均断面プロファイルにおける繊維表面凹凸構造の表面粗さRaが1.5〜6.0nmであることを特徴とする請求項1に記載のプリプレグシート。
【請求項3】
前記繊維は、繊維長軸方向4μm×繊維短軸方向2μmの原子間力顕微鏡観察視野範囲からランダムに断面を3つに切り出し、断面が凸部の中心を通っているものの高さの平均値である繊維表面凹凸構造の高低差が20〜100nmであることを特徴とする請求項1または2に記載のプリプレグシート。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−260891(P2010−260891A)
【公開日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−110409(P2009−110409)
【出願日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】