説明

表面改質鋼材及び改質表面を有する鋳物の精密鋳造法

【課題】表面部に欠陥がなく厚さが1mmを越えるような炭素及び珪素が富化された厚い改質層を有する表面改質鋼材を提供する。また、そのような改質層を有し、寸法精度に優れた鋳鉄、鋳鋼品を得ることができる精密鋳造法を提供する
【解決手段】本発明に係る表面改質鋼材は、基地部の組成が質量比でC:3.9%以下、Si:3.1%以下、Mn:2.5%以下、P:0.8%以下、S:0.15%以下、残部鉄(Fe)及び不可避不純物からなり、表面部の組成がC:基地部のC%を越え5.0%以下、Si:基地部のSi%を越え6.0%以下に富化されたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳鉄、鋳鋼等の表面が炭素及び珪素に富む材質に改質された表面改質鋼材及びそのような改質表面を有する鋳物の精密鋳造法に関する。
【背景技術】
【0002】
耐摩耗性等に優れた機械部品等を得るための有効な手段の一つとして、浸炭、窒化又は珪素浸透処理等の表面処理方法が知られている。また、鋳型に黒鉛粉末、炭化物粉等を塗布して鋳造を行い、耐摩耗性等に優れた鋳鉄、鋳鋼等の部品を得る表面改質方法が知られている。
【0003】
例えば、特許文献1に、窒化及び珪素浸透処理を併せて行うことによって耐摩耗性及び耐熱性に優れた機械部品用鋼材が得られることが開示されている。すなわち、表層部に珪素が侵入して形成された珪素浸透層と、この珪素浸透層を含む表層部に窒化処理により形成された窒化層とを有し、珪素浸透層と窒化層とが重なる領域に珪素窒化物が形成されていることを特徴とする金型又は機械部品用鋼材が開示されている。そして、その明細書には、合金工具鋼SKD61の表面にスパッタリングにて3μmの珪素皮膜を形成し、次いで真空中、1040℃で1時間又は3時間加熱保持した後、炉冷したものは、鋼材最表面のSi濃度が2.5質量%、珪素浸透層が30乃至35μmであったことが記載され、そのような珪素浸透層は母材との境界部での剥離がなく、珪素浸透層内にミクロ空孔やクラックの発生もなかったことが記載されている。
【0004】
特許文献2に、黒鉛粉末と、炭化物と金属粉末とより選ばれる少なくとも一と、からなる混合物を含有した表面硬化材を作製し、鋳型内面に塗布し、低炭素鋼を注入し、溶湯に前記表面硬化材を拡散させ、凝固させ、鋳鋼品表層に硬化層を作製したことを特徴とする鋳鋼品の表面硬化方法が開示されている。そして、その明細書には、鋳鋼表面は炭素が富化され、その熱処理品は表面硬度が高くなることが開示されている。
【0005】
また、特許文献3に、鋳物製品に対応する消失模型を作製し、その所要箇所にタングステン、タングステン炭化物等の混合物を付着させた後鋳型へ型込めし、鋳型に注湯して表面が前記混合物により改質された鋳物を得る耐摩耗性複合材鋳物の製造方法が開示されている。特許文献4には、精密鋳造チタン合金等の表面改質に適用される、イットリアを含有する精密鋳造用鋳型の空洞内壁に、炭化物、窒化物、ホウ化物セラミックスから選ばれる一種以上のセラミック粉末を塗着させた後、チタン合金など高融点で活性な溶融金属を注湯して鋳造することを特徴とする精密鋳造による表面硬化方法が開示されている。
【0006】
【特許文献1】特開2002-129229号公報
【特許文献2】特許第3215568号公報
【特許文献3】特開2002-66723号公報
【特許文献4】特公平7-75756号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
浸炭、窒化、珪素浸透処理等の表面処理を行った場合、鋼材の表面処理層の厚さは、特許文献1に示すように通常1mm以下である。特許文献2には、改質表面部の炭素濃度のグラフが開示されているが、具体的な数値は不明である。特許文献3には、改質材として用いた混合物中のW、Co等が改質層中に含まれていることは開示されているが、改質層の厚さ、硬度分布等の特性は開示されていない。特許文献4には、改質層を含む断面の一部の硬度分布が開示されているのみである。
【0008】
改質層の厚さが増大すると、一般に、改質層と母材との境界部に剥離を生じやすく、また、特許文献1に記載するように、改質層内にクラックが発生しやすい。このため、そのような欠陥がなく厚さが1mmを越えるような厚い表面改質層を有する鋼材を得ることは容易でない。
【0009】
厚い表面改質層を有する鋼材は、安定した耐摩耗性、耐熱性等が期待される。しかし、そのような厚い表面改質層を有する鋼材に関する従来技術は少なく、特に、表面の組成が高炭素かつ高珪素であって厚い表面改質層を有する鋼材に関する従来技術は見あたらない。
【0010】
また、そのような耐摩耗性又は耐熱性に優れる厚い表面改質層を有する鋼材が、高い寸法精度で得られるならばその有用性は一層高まる。しかし、特許文献2に開示された鋳鋼品の表面硬化方法、特許文献3に開示された耐摩耗性複合材鋳物の製造方法等は、耐摩耗性に優れた鋼材を得ることはできるとしても、高い寸法精度を有する鋳鋼品又は耐摩耗性複合材鋳物を得ることは困難である。特許文献4に開示された精密鋳造による表面硬化方法は、鋳鋼品等に適用可能か不明であり、また、所要の表面部分が耐摩耗性に優れた鋳鋼品を得ることは困難である。
【0011】
本発明は、このような従来の問題点及び要請に鑑み、表面部に欠陥がなく厚さが1mmを越えるような炭素及び珪素が富化された厚い改質層を有する表面改質鋼材を提供することを目的とする。そして、改質層の炭素若しくは珪素の含有量又は改質層の厚さを所要の厚さに調整することができ、また、その表面改質鋼材の熱処理と併せて所要の耐摩耗性、耐熱性等を有する表面改質鋼材を提供することを目的とする。また、そのような改質層を有し、寸法精度に優れた鋳鉄、鋳鋼品を得ることができる精密鋳造法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る表面改質鋼材は、基地部の組成が質量比でC:3.9%以下、Si:3.1%以下、Mn:2.5%以下、P:0.8%以下、S:0.15%以下、残部鉄(Fe)及び不可避不純物からなり、表面部の組成がC:基地部のC%を越え5.0%以下、Si:基地部のSi%を越え6.0%以下に富化されたものである。
【0013】
上記表面改質鋼材において改質された表面部の厚さは、1〜8mmである。これにより、耐摩耗性、耐熱・耐酸化性に優れた表面改質鋼材を提供することができる。
【0014】
このような表面改質層を有し、寸法精度の高い表面改質鋼材は、以下の精密鋳造法により得ることができる。すなわち、本発明に係る精密鋳造法は、金型の所定箇所に改質材を塗布した後ワックス模型を作製し、該ワックス模型の周囲を耐火物で覆ってセラミックモールドを作製した後、該セラミックモールドの脱ロウ及び焼成を行って得られた鋳型に注湯し、表面が改質された鋳物を得る精密鋳造法である。
【0015】
上記発明において、改質材は、珪素炭化物粉を主材とし、質量比でSiCが30〜100%含まれるものを使用することができる。
【0016】
そして、上記発明においては、改質材中の珪素炭化物粉の粒度又は質量比を調整することにより鋳物表面に形成される改質層のSi含有率を調整することができ、また、改質材の金型への塗布厚さを調整することにより改質層の厚さの調整を行うことができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る表面改質鋼材は、表面部の組成がC:基地部のC%を越え5.0%以下、Si:基地部のSi%を越え6.0%以下に富化された1〜8mmの改質表面部を有しており、その表面改質鋼材の熱処理と併せ、耐摩耗性、耐熱性等に優れた所要の鋳鋼又は鋳鉄部品を得ることができる。また、本発明に係る精密鋳造法によれば、そのような耐摩耗性、耐熱性等に優れた鋳鋼又は鋳鉄部品であって、かつ寸法精度に優れた鋳鋼又は鋳鉄部品を得ることができる。本精密鋳造法は、金型の製造に好適に使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、発明を実施するための最良の形態について説明する。本発明に係る表面改質鋼材は、基地部の組成が質量比でC:3.9%以下、Si:3.1%以下、Mn:2.5%以下、P:0.8%以下、S:0.15%以下、残部鉄(Fe)及び不可避不純物からなり、表面部の組成がC:基地部のC%を越え5.0%以下、Si:基地部のSi%を越え6.0%以下に富化されたものである。
【0019】
本表面改質鋼材は、以下に説明するように、鋳造時に表面改質を行って得られる表面改質鋼材であり、耐摩耗性あるいは耐熱・耐酸化性に優れた機械構造用鋼(JIS G4051)、炭素工具鋼(JIS G4401)又は鋳鉄からなる鋼材として好適に使用することができる。これは、本表面改質鋼材が耐摩耗性又は耐熱・耐酸化性に優れた表面改質層を有するとともに、その基地部が、機械構造用鋼、炭素工具鋼又は鋳鉄の組成と同等の組成を有するからである。
【0020】
すなわち、本表面改質鋼材の基地部が、例えば機械構造用鋼相当になるように、鋳造時の溶湯(母材)の組成を、質量比でC:0.08〜0.61%、Si:0.15〜0.35%、Mn:0.30〜0.90%、P:0.030%以下、S:0.035%以下の組成にすることができる。また、基地部が炭素工具鋼相当になるように、母材の組成をC:0.65〜1.50%、Si:0.10〜0.35%、Mn:0.10〜0.50%、P:0.030%以下、S:0.030%以下の組成にすることができる。さらに、基地部が表1に示すような鋳鉄相当の組成になるような母材を使用することができる。このような組成のものは、耐摩耗性又は耐熱・耐酸化性に優れた表面改質鋼材を得る上で好ましい。なお、表1は、新制金属講座新版材料篇 鋳鉄(昭和38年日本金属学会発行)に実用鋳鉄の機械鋳物実例として記載されている組成範囲(P58)、内外文献に示されている高級鋳鉄の例として記載されている組成範囲(P56)、一般に使用される球状黒鉛鋳鉄の組成範囲(P71)として記載されている組成範囲を示す。
【0021】
【表1】

【0022】
また、本発明においては、改質により表面部の炭素及び珪素含有量を高めることができるので、組成がC:0.08%未満、Si:0.10%未満のものも使用することができ、マンガンの含有量が、Mn:0.10%未満のものを使用することができる。このような組成の表面改質鋼材は、褶動部品や軸など表面が硬く内部には靱性が必要な部品に好適に使用することができる。なお、本表面改質鋼材においては、基地部に0.08%以下のMg、0.45%以下のMo、3.50%以下のCr、4.5%以下のNi等の金属を含むものであってもよい。
【0023】
本表面改質鋼材の改質された表面部(改質層)の組成は、上述のように、C:基地部のC%を越え5.0%以下である。すなわち、改質により表面部の炭素含有量が基地部を構成する母材の炭素含有量以上に富化される。改質層の炭素含有量が5.0%を越えるとSiCの溶解度が著しく低下し、改質が表面から1mm以下程度しか行われないので、炭素含有量は5.0%以下とされる。
【0024】
また、改質層の組成は、上述のように、Si:基地部のSi%を越え6.0%以下である。改質層の珪素含有量が6.0%を越えると炭素含有量の場合と同様に、SiCの溶解度が著しく低下し、改質が表面から1mm以下程度しか行われないので、珪素含有量は6.0%以下とされる。
【0025】
このような改質層にはクラック等の欠陥がない。また、改質層と基地部との境界部分においては、炭素及び珪素が富化された表面部から基地部に向かって炭素及び珪素の含有量が次第に低下しているので改質部と基地部が剥離しにくい構造になっている。このため、本発明においては、改質された表面部の厚さが1〜8mmの表面改質鋼材を得ることができる。
【0026】
本発明に係る表面改質鋼材の炭素(C)及び珪素(Si)の濃度(含有量mass%)分布測定試験の一例を図1に示す。図1において、横軸は試料の表面から中心方向(基地部)に向かう距離(深さ)を示し、縦軸は炭素(C)又は珪素(Si)の濃度を示す。なお、試料は、組成が表2に示す母材を使用し、以下に説明する珪素炭化物(SiC)粉を主材とする改質材(水ガラスを粘結剤とする70%SiC#240)により改質を行って得られたものである。炭素及び珪素の濃度分布は、X線マイクロアナライザ(日本電子株式会社製JXA-8500FS)により加速電圧15KVで定量ライン分析を行って求めた。表1に示す組成は、炭素硫黄分析装置(HORIBA製EMIA-520)及び蛍光X線分析装置(RIGAKU製ZSX-101e)による成分分析から求めた。
【0027】
【表2】

【0028】
図1によると、Si濃度は、概して深さ約4mmの位置を境にほぼ一定の高Si濃度(平均値1.7%)を有する表面部と、ほぼ一定の低Si濃度(平均値0.39%)を有する中心部(基地部)に二分されている。境界部においては、Si濃度は急激に変化しているが、その濃度曲線の勾配は上に凸になっている。また、深さ0〜0.5mmにおけるSi濃度は、2.0〜2.5%であり、表面に近いほど高くなっている。
【0029】
一方、C濃度は、Si濃度の場合と同様に深さ約4mmの位置を境にほぼ一定の高C濃度(平均値0.88%)を有する表面部と、ほぼ一定の低C濃度(平均値0.48%)を有する基地部に二分されている。しかし、C濃度の場合は、Si濃度の場合と異なり、表面部全体にわたってほぼ一定の高C濃度であり、表面に高い濃度を有する部分はなく、境界部分のC濃度の変化は緩やかになっている。
【0030】
以上から分かるように、本例の改質層(表面部)の厚さは約4mmであり、改質層はほぼ一定の炭素及び珪素濃度になっている。改質層と基地部との境界部分は、炭素及び珪素が富化された表面部から基地部に向かって炭素及び珪素の含有量が次第に低下している構造になっている。そして、改質層にクラック等の欠陥はなく、以下に説明する摩耗試験、熱分析試験において改質層の剥離等はなく、良好な特性を有していた。
【0031】
なお、上記試料は、珪素炭化物(SiC)粉を主材とする改質材により改質して得られたものであるが、図2に示すX線回折試験より明らかなように、改質層内にSiCは存在していない。鋳込み時に溶湯に巻き込まれた珪素炭化物は存在せず、珪素炭化物は分解して母材中に浸透したものと解される。X線回折試験は、X線回折装置(XRD)(株式会社島津製作所製XRD-7000)により行った。
【0032】
本表面改質鋼材は、上述のように、高炭素及び高珪素組成に改質された表面部(改質層)を有しており、その改質層の厚さは1〜8mmである。このような改質層を有する表面改質鋼材は、高い表面硬度、耐摩耗性又は耐熱・耐酸化性を有している。図3に、図1の例の試料と同様な方法で得られた試料について、鋳放し状態と、900℃から水焼入れした状態の硬度測定試験の結果を示す。図3において、横軸は試料の表面から中心方向(基地部)に向かう距離(深さ)を示し、縦軸は硬度(JIS Z2244 ビッカース硬さHv0.3)を示す。図中の*印が鋳放し状態の硬度を示し、□印が水焼入れした状態の硬度を示す。
【0033】
図3に示すように、鋳放し状態及び水焼入れ状態のものはともに、表面から深さ約4mmまではそれぞれほぼ一定の高硬度を有しており、深さ4〜5mmにおいて硬度は次第に低下して基地部分の低硬度に達している。鋳放し状態の硬度は360〜400に達しており、基地部分より150程度高くなっている。また、水焼入れ状態の硬度は810〜880に達している。このビッカース硬度の変化状態は、図1に示すSi又はC濃度の変化状態とよく一致している。本表面改質鋼材は、熱処理することによりさらに広範な特性を引き出すことができることが分かる。
【0034】
また、図3に示す鋳放し状態のものと同等の試料と、表1に示す母材と同等の試料について、スガ式摩耗試験機により摩耗試験を行った場合は、摩耗回数が4000回において、母材同等試料の場合の摩耗量が0.30gであるのに対し、鋳放し状態の試料の場合は摩耗量が0.18gであった。本摩耗試験によると、鋳放し状態の表面改質鋼材は、改質しないもの(母材同等試料)に対して摩耗量が60%に低下している。なお、本摩耗試験は、試料をSiC#220研磨紙を巻き付けたホイルに1.47×104Nの荷重をかけて密着させたまま往復動(30mm)させて行った。
【0035】
また、上記試料について、示差熱−熱重量同時分析(TG-DTA)による熱解析試験を行った結果を図4及び図5に示す。図4及び図5において、横軸に試験開始後の時間を示し、縦軸に示差熱量(DTA)、昇温温度(T)及び質量変化量(TG)を示す。図4は、図3に示す鋳放し状態のものと同等の試料(表面改質を行った鋼材)の熱分析試験結果を示すグラフで、図5は、表1に示す母材と同等の試料(改質しない場合の鋼材)の熱分析試験結果を示すグラフである。なお、熱分析試験は、株式会社島津製作所製TG-DTAを使用して行った。
【0036】
図4及び図5に示すように、改質しない鋼材の場合は793℃以上において質量が増大しており、793℃以上の温度で酸化が始まっていることが分かる。これに対し、表面改質を行った鋼材の場合は、845℃から質量が増しており、酸化開始温度が改質しない鋼材の場合より約50℃高くなっていることが分かる。
【0037】
以上、基地部がS45C相当になる組成の表面改質鋼材について説明したが、基地部の組成がS15C及びSK105(SK3)相当になる組成の表面改質鋼材について、その表面部から基地部にわたる断面の硬度と、上記図1に示す表面改質鋼材と同等の表面改質鋼材の断面硬度とを比較したグラフを図6に示す。図6において、横軸は深さ、縦軸はビッカース硬度Hv0.3を示し、図中のパラメータS15C、S45C及びSK105は、基地部の組成を示す。なお、基地部の組成がS15C相当の表面改質鋼材は、試験に用いた母材の組成がC:0.15%、Si:0.14%、Mn:0.27%、P:0.009%、S:0.011%で、改質材が水ガラスを粘結剤とする90%SiC#240であった。基地部の組成がSK105相当の表面改質鋼材は、試験に用いた母材の組成がC:1.00%、Si:0.31%、Mn:0.88%、P:0.014%、S:0.006%で、改質材が水ガラスを粘結剤とする90%SiC#240であった。
【0038】
図6に示すように、基地部の組成がS15C相当の表面改質鋼材の改質層は、厚さ約6mm、硬度270であり、その硬度はS45Cの基地部の硬度220より高くなっている。基地部の組成がS45C相当の表面改質鋼材の改質層は、厚さ約5.5mm、硬度345であり、その硬度はSK105の基地部の硬度315より高くなっている。基地部の組成がSK105相当の表面改質鋼材の改質層は、厚さ約2.6mm、硬度370である。改質層の厚さは、基地部(母材)の炭素濃度に関係しており、高炭素濃度になるほど改質層の厚さが薄くなる傾向がある。このような傾向は、高珪素濃度の母材を改質する場合も同様である。なお、基地部の組成がS15C相当の表面改質鋼材の改質層は、C:0.66%、Si:0.88%であった。基地部の組成がSK105相当の表面改質鋼材の改質層は、Si:1.6%であった。炭素濃度については、改質層の厚さが薄く上述の炭素硫黄分析装置では測定不可能であった。
【0039】
以上、本発明に係る表面改質鋼材について説明した。本表面改質鋼材は、高炭素及び高珪素組成に改質された表面部(改質層)を有しており、その改質層の厚さは厚く、高硬度、高耐摩耗性、高耐熱・耐酸化性を有している。このような、表面改質鋼材は、鋳型内面に所要の改質材を塗布し、所要の溶湯を鋳込むことによって製造することができる。しかしながら、本表面改質鋼材のように表面硬度が高い鋳物は、機械加工が容易でないから、以下に説明する精密鋳造法により製造するのがよい。
【0040】
すなわち、本発明に係る表面改質鋼材は、金型の所定箇所に改質材を塗布した後ワックス模型を作製し、該ワックス模型の周囲を耐火物で覆ってセラミックモールドを作製した後、該セラモックモールドの脱ロウ及び焼成を行って得られた鋳型に注湯し、表面が改質された鋳物を得る精密鋳造法により製造するのがよい。本精密鋳造法によれば、鋳物の所要箇所の硬度、耐摩耗性、耐熱・耐酸化性を高めることができるとともに、寸法精度に優れた鋳物を製造することができ、本精密鋳造法は金型等の製造に好適に使用することができる。
【0041】
本精密鋳造法は、ロストワックス法を利用した精密鋳造法である。例えば、以下に説明するワックス模型を作製し、これにシリカ、ジルコニア、アルミナ粉末を用いてセラミックスモールドを作製して乾燥後、約100℃で脱ロウを行った後、1100℃で1.5時間焼成を行って鋳型を作製し、これに注湯することにより精密鋳物を得ることができる。
【0042】
本精密鋳造法は、ワックス模型の作製に特徴を有する。すなわち、ワックス模型は、金型の所定部位に所定の改質材を塗布した後ワックスを注入してワックス模型を作製する。金型は公知のものを使用することができるが、割型にするのがよい。これにより金型の所要の箇所に改質材を塗布することができるようになる。ワックスは、公知のものを使用することができる。改質材の塗布は、刷毛塗り、スプレー等の方法を使用することができる。
【0043】
改質材は、珪素炭化物粉を主材とするものがよい。この珪素炭化物が分解して母材に炭素及び珪素が浸透し、炭素及び珪素に富化された改質層を有する表面改質鋼材を得ることができる。表面改質鋼材の改質層の炭素又は珪素の含有量の調整は、使用する改質材の特性を調整することにより行うことができる。
【0044】
すなわち、改質層の珪素含有量の調整は、使用する改質材中の珪素炭化物(SiC)粉の粒度又は質量比を調整することにより行う。改質層の珪素含有量の調整を行った試験例を図7に示す。図7において、横軸は改質層中の珪素含有量(改質層の平均珪素濃度Simass%)を示し、縦軸は表面改質鋼材の鋳放し表面の硬度(ビッカース硬さHv0.3)を示す。
【0045】
上記試験に用いた試料は、母材として表1に示すものを用いた。珪素濃度は、上記X線マイクロアナライザにより求めた。また、図中の記号、例えば70%SiC#1000は、珪素炭化物粉を主材、水ガラスを粘結剤とする改質材であって、SiC粉末が質量比で70%、SiC粉末の粒度が#1000(累積高さ50%以上の粒子径(平均粒子径)が11.9μm)である改質材を用いて改質を行った場合を示す。焼結SiC#240は、SiC粉末が質量比で100%(粘結剤無し)、SiC粉末の粒度が#240(平均粒子径58.6μm)の改質材を金型に充填した後、窒素雰囲気中1000℃×1hで焼結させて一体にした改質材を用いて改質を行った場合を示す。また、使用した珪素炭化物粉は、質量比でSiC粉末が94.0%、C:1.5%以下、Fe:0.5%以下、その他の元素0.1%以下のもの(フジミインコーポレーテッド株式会社製α型SiC)であった。図中の■、▲印のものについては炭素濃度も併せて記載した。なお、以下に示す改質材は、この珪素炭化物粉を使用したものである。
【0046】
図7に示すように、改質材中の珪素炭化物(SiC)粉の粒度又は質量比を調整することにより、表面改質鋼材の改質層に含まれる珪素濃度を1.5〜6.0mass%に富化させることができる。例えば、改質材70%SiC#240を用いて改質層の珪素濃度を2.2〜4.2mass%に富化させることができ、改質層の表面硬度を350〜380Hv0.3にすることができる。改質材70%SiC#400を用いても改質層の珪素濃度を3.0〜3.4%に富化させることができ、改質層の表面硬度を240〜380Hv0.3にすることができる。
【0047】
また、改質層の珪素濃度が4.2〜6.0mass%の範囲においては、珪素濃度が高くなるほど改質層の表面硬度が低くなる傾向があるが、改質層の珪素濃度が1.5〜5.0mass%の範囲において改質層の表面硬度を300〜400Hv0.3にすることができる。改質層は、高珪素濃度において、本例の場合は珪素濃度が3.8%以上において片状黒鉛が晶出し鋳鉄組織になる。このような鋼材は、表面が鋳鉄であるために加工性が良く、また、内部が鋼であるために延性が高いので全体が鋳鉄からなる脆い鋼材に比較して高い安全性を有する。
【0048】
また、本精密鋳造法は、改質層の厚さを所定の厚さに調製することができる。図8は、母材として表1に示すものを用い、改質材として珪素炭化物粉を主材とし水ガラスを粘結剤とする70%SiC#240の改質材を用いて改質を行った場合の例である。図8において、横軸は金型に塗布した改質材の塗布厚さ、縦軸は改質層の厚さを示す。図8に示すように、改質材の塗布厚さと改質層の厚さは比例関係を有しており、改質層の厚さは、改質材の塗布厚さを調整することにより容易に調整することができる。
【0049】
改質材が珪素炭化物粉を主材とし水ガラスを粘結剤としてなるものである場合は、SiCが質量比で30〜100%含まれるものを使用することができる。特に、SiCが質量比で50〜70%含まれるものが好ましい。図9は、改質材のSiCの質量比を種々に変えて改質処理を行い、得られた試料の表面硬度を調べた結果を示すグラフである。図9において、横軸は深さを示し、縦軸は硬度(ビッカース硬さHv0.3)を示す。図中の数字%はSiCの質量比を示す。なお、試料は、母材として表1に示すものを用いた。SiC粉は#240のものを用いた。
【0050】
図9によると、改質層のビッカース硬度は330〜370でほぼ一定の硬度を有しているが、SiCの質量比が小さいほどビッカース硬度は高い傾向がある。また、表面部と基地部の境界部分の硬度の変化状態は、SiCの質量比と関係を有していることが分かる。SiCの質量比が30%の場合は、境界部分の硬度曲線は下に凸になっており、境界部分では表面部の硬度から基地部の硬度に急速に低下していることが分かる。これに対し、SiCの質量比が50%以上の場合は、境界部分の硬度曲線は上に凸になっており、表面部の硬度から基地部への硬度変化が緩やかであり、特に、SiCの質量比が50〜70%においては硬度変化がより緩やかでかつほとんど重複している。従って、SiCの質量比が50〜70%の改質材は、安定した特性の改質層を得るのに好適であることが分かる。
【0051】
また、上記における改質材は粘結剤として水ガラスを使用したが、その他のもの、例えば、コロイダルシリカ、エチルシリケート、ポリビニルアルコール又はフェノール樹脂を粘結剤として使用することができる。図10に、珪素炭化物粉としてSiC#240を使用し、粘結剤として水ガラス又はコロイダルシリカを使用した改質材により改質処理を行った場合の試料の鋳放し状態の表面硬度を示す。図10において、横軸は改質材中のSiCの質量比を示し、縦軸は表面硬度(ビッカース硬さHv0.3)を示す。水ガラスを粘結剤とする改質材の場合は、SiCの質量比30〜100%においてほぼ一定の表面硬度(400Hv0.3)を有する改質層が得られる。これに対し、コロイダルシリカを粘結剤とする改質材の場合は、SiCの質量比50〜100%においてほぼ一定の表面硬度(350Hv0.3)を有する改質層が得られる。従って、改質材の粘結剤として水ガラス又はコロイダルシリカを使用することができるが、いずれかといえば水ガラスを粘結剤として使用するのが好ましいことが分かる。
【0052】
以上、本発明に係る精密鋳造法について説明した。そして、改質材として珪素炭化物粉を主材とし水ガラスを粘結剤とするものが好ましいことを説明した。しかしながら、改質材として珪素炭化物以外に、クロム炭化物、硼素炭化物、タングステン炭化物、チタン炭化物、バナジウム炭化物、モリブデン炭化物のうちいずれか1つまたは2つ以上の粉末を主材として使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明に係る表面改質鋼材の炭素及び珪素の濃度分布を示すグラフである。
【図2】図1に示す表面改質鋼材のX線回折試験結果を示すグラフである。
【図3】図1に示す表面改質鋼材の鋳放し状態と熱処理後の試料断面の硬度分布を示すグラフである。
【図4】図1に示す表面改質鋼材(鋳放し状態)の熱解析結果を示すグラフである。
【図5】図4に示す表面改質鋼材の母材の熱解析結果を示すグラフである。
【図6】基地部の組成が異なる表面改質鋼材の表面部から基地部にわたる断面の硬度を示すグラフである。
【図7】珪素炭化物を主材とし水ガラスを粘結剤とする改質材の珪素炭化物のSiC粉の質量比及び粒度により、改質層のSi濃度が変化する様子を示すグラフである。
【図8】珪素炭化物を主材とし水ガラスを粘結剤とする改質材の金型への塗布厚さと、改質層の厚さとの関係を示すグラフである。
【図9】珪素炭化物を主材とし水ガラスを粘結剤とする改質材のSiC質量比と改質層の硬度との関係を示すグラフである。
【図10】珪素炭化物を主材とし水ガラスを粘結剤とする改質材と、珪素炭化物を主材としコロイダルシリカを粘結剤とする改質材のSiC質量比と改質層の硬度との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基地部の組成が質量比でC:3.9%以下、Si:3.1%以下、Mn:2.5%以下、P:0.8%以下、S:0.15%以下、残部鉄(Fe)及び不可避不純物からなり、表面部の組成がC:基地部のC%を越え5.0%以下、Si:基地部のSi%を越え6.0%以下に富化された表面改質鋼材。
【請求項2】
改質された表面部の厚さが1〜8mmである請求項1に記載の表面改質鋼材。
【請求項3】
金型の所定箇所に改質材を塗布した後ワックス模型を作製し、該ワックス模型の周囲を耐火物で覆ってセラミックモールドを作製した後、該セラミックモールドの脱ロウ及び焼成を行って得られた鋳型に注湯し、表面が改質された鋳物を得る精密鋳造法。
【請求項4】
改質材は、珪素炭化物粉を主材とし、SiCが質量比で30〜100%含まれるものであることを特徴とする請求項3に記載の精密鋳造法。
【請求項5】
改質材中の珪素炭化物粉の粒度又は質量比を調整することにより、鋳物表面に形成される改質層のSi含有率の調整が行われることを特徴とする請求項4に記載の精密鋳造法。
【請求項6】
改質材の金型への塗布厚さを調整することにより、改質層の厚さの調整が行われることを特徴とする請求項3〜5に記載の精密鋳造法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−105022(P2010−105022A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−280424(P2008−280424)
【出願日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年6月20日 社団法人日本鋳造工学会中国四国支部発行の「中国四国支部・講演会」予稿集に発表、平成20年6月20日 社団法人日本鋳造工学会中国四国支部主催の「中国四国支部・講演会」において文書をもって発表。
【出願人】(591079487)広島県 (101)
【出願人】(393015874)株式会社キャステムエンジニアリング (4)
【Fターム(参考)】