説明

表面温度測定方法および表面温度測定装置

【課題】波長帯の異なる複数種類の赤外線が検出されることで行われる対象物の表面温度の測定に際し、表面状態の変化に起因して生じる測定誤差を低減することができ、測定精度の向上を図ることができる表面温度測定方法を提供すること。
【解決手段】表面温度測定方法であって、金型キャビティ面2aから放射される赤外線のうち、波長帯が異なる三種類の赤外線の強度分布を検出する赤外線分布検出工程と、前記分布の各要素について、計測温度(見かけ温度)を測定温度(黒体温度)に変換する温度変換工程と、放射率一定の仮定下、前記測定温度に基づいて金型キャビティ面2aの温度(表面温度)を算出する表面温度算出工程と、前記測定温度および前記表面温度に基づき、放射率および放射率比を算出する放射率比算出工程と、前記放射率比算出工程により算出された放射率比を用い、前記測定温度に基づいて前記表面温度を再算出する表面温度再算出工程とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象物の表面温度の分布を測定する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、対象物の表面温度を測定する方法として、非接触式の表面温度測定方法が知られている。非接触式の表面温度測定方法の代表例としては、対象物から放射される赤外線が検出されることにより対象物の表面温度が測定される赤外線サーモグラフィが挙げられる。
赤外線サーモグラフィは、対象物の表面温度を非接触で測定できるという利点だけでなく、対象物表面の所定領域の温度(温度分布)をリアルタイムで測定できるという利点も有する。
【0003】
しかし、赤外線サーモグラフィにより測定された温度分布は、対象物の放射率や反射率、あるいは周囲の温度等により大きく変動する。また、対象物の放射率や反射率は、たとえ同一の対象物であっても、その表面状態等により大きく変動し得る。これらの理由から、表面状態が時々刻々と変化する対象物については、赤外線サーモグラフィによる対象物表面の温度分布の測定精度を確保することが困難であった。
【0004】
このような問題を解決する方法として、三色放射温度計を用いた赤外線サーモグラフィが提案されている。例えば、特許文献1、特許文献2および非特許文献1に記載の如くである。
【0005】
三色放射温度計を用いた赤外線サーモグラフィは、波長帯の異なる三種類の赤外線を検出可能な赤外線カメラ(例えば、フィルタを交換することにより波長帯の異なる赤外線をそれぞれ検出する赤外線カメラ、あるいはそれぞれ波長帯の異なる赤外線を検出する三台の赤外線カメラ)により、それぞれ対象物の表面温度の分布を測定し、当該測定値を用いて、(1)対象物の黒体温度(真の表面温度)、(2)対象物の放射率(反射率=1−放射率)、および(3)周囲の温度、の三つを変数とする三つの方程式(エネルギー保存則に基づく式)を取得し、これらの連立方程式を解くことにより対象物の黒体温度(真の表面温度)の分布を算出するものである。
三色放射温度計を用いた赤外線サーモグラフィは、精度良く測定することが困難な放射率や反射率、あるいは周囲の温度を必要とせずに、対象物の表面温度の分布を測定することが可能であり、作業性に優れる。
【0006】
ところで、対象物の放射率は、その対象物である物体固有の値であるものの、前記のような対象物の表面状態のほか、波長(検出波長)によっても変動する。つまり、対象物の放射率は、波長依存性を有する。対象物の放射率が波長依存性を有することは、異なる波長の放射温度計が用いられて対象物の表面温度の分布の測定が行われた場合、各放射温度計に対する放射率が異なってくることを意味する。
この点、上述のような三色放射温度計を用いた赤外線サーモグラフィによる表面温度測定方法(三色法)においては、波長帯の異なる三種類の赤外線を検出する各赤外線カメラについて、対象物の放射率が一定であるとの仮定の下、対象物の表面温度の分布の測定が行われている(非特許文献1参照)。また、同じく各赤外線カメラについて、波長依存性により異なる放射率同士の比(放射率比)が用いられる場合は、その放射率比がある一定の値に設定され(仮定され)、対象物の表面温度の分布の測定が行われている。つまり、従来の三色法においては、波長帯の異なる赤外線を検出する各赤外線カメラを用いた温度測定ついて、対象物の放射率あるいは放射率比が一定とされていた。
【0007】
確かに、放射率の変動がある程度限られている対象物については、前述のような従来の三色法は測定精度が確保され好適に用いられるといえる。しかし、温度測定の対象物によっては、その表面状態が安定せず、各波長帯についての対象物の放射率や放射率比が一定であるとの仮定の下での表面温度測定では、その測定値に誤差が生じる場合がある。かかる場合の具体例としては、温度測定の対象物が、鋳造や鍛造に用いられる金型である場合が挙げられる。
すなわち、前記のような金型の表面については、新品状態からの使用による経時的な劣化度合、多数回使用による酸化具合、離型剤の付着や表面処理の有無、粗さや材質等、様々な原因により、表面状態が変化したり不均一になったりして安定しない。このため、対象物の放射率や放射率比が、対象物の表面状態によってあるいは対象物の表面における部位によって一意的に定まらず、前記のような放射率や放射率比が一定であるとの仮定の下での表面温度測定では、その測定値に誤差が生じることとなる。
【特許文献1】特開2004−219114号公報
【特許文献2】特開平7−146179号公報
【非特許文献1】非破壊検査第48巻10号(1999) 673頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記のような従来技術の問題点に鑑みてなされたものであり、その解決しようとする課題は、波長帯の異なる複数種類の赤外線が検出されることで行われる対象物の表面温度の測定に際し、対象物が、例えば鋳造用や鍛造用の金型等のようにその表面状態が不安定な物であっても、表面状態の変化に起因して生じる、赤外線の各波長帯間での対象物の放射率のバラツキが原因となる測定誤差を低減することができ、測定精度の向上を図ることができる表面温度測定方法および表面温度測定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の解決しようとする課題は以上の如くであり、次にこの課題を解決するための手段を説明する。
【0010】
すなわち、請求項1においては、表面温度測定方法であって、対象物の表面から放射される赤外線のうち、波長帯が異なる複数種類の赤外線の強度分布を検出する赤外線分布検出工程と、前記赤外線の強度分布の各要素について、前記赤外線分布検出工程により検出された前記複数種類の赤外線の強度から計測温度を算出し、この算出した計測温度を、前記対象物が黒体である場合に対応する測定温度として変換する温度変換工程と、前記複数種類の赤外線の各波長帯について一定と仮定した前記対象物についての放射率を用い、前記温度変換工程により得られた前記各波長帯に対応する前記測定温度に基づいて前記対象物の表面温度を算出する表面温度算出工程と、前記温度変換工程により得られた前記各波長帯に対応する前記測定温度および前記表面温度算出工程により算出された前記表面温度に基づき、前記各波長帯に対応する前記対象物についての放射率を算出し、これらの算出した放射率から、前記各波長帯に対応する前記対象物について放射率同士の比である放射率比を算出する放射率比算出工程と、前記放射率比算出工程により算出された前記放射率比を用い、前記温度変換工程により得られた前記各波長帯に対応する前記測定温度に基づいて前記表面温度を再算出する表面温度再算出工程と、を備えるものである。
【0011】
請求項2においては、請求項1に記載の表面温度測定方法において、前記放射率比算出工程により算出された前記放射率比が、1またはそれに近似する値でない場合に、前記表面温度再算出工程の後に、前記温度変換工程により得られた前記各波長帯に対応する前記測定温度および前記表面温度再算出工程を含む所定の前工程により算出された前記表面温度に基づき、前記各波長帯に対応する前記対象物についての放射率を算出し、これらの算出した放射率から、前記放射率比を算出する第一の工程と、前記第一の工程により算出された前記放射率比を用い、前記温度変換工程により得られた前記各波長帯に対応する前記測定温度に基づいて前記表面温度を算出する第二の工程と、を、前記第一の工程により算出される前記放射率比が収束するまで繰り返す工程を備えるものである。
【0012】
請求項3においては、請求項1または請求項2に記載の表面温度測定方法において、前記表面温度算出工程の前に、前記赤外線の強度分布に基づく、前記計測温度または前記測定温度の分布を示す画像について予め設定される前記対象物の表面における特徴形状部分を含む領域の、前記各波長帯に対応する前記画像同士の相対的なズレに基づき、前記温度変換工程により算出された前記計測温度または前記温度変換工程により得られた前記測定温度の分布を補正する分布補正工程を備えるものである。
【0013】
請求項4においては、表面温度測定装置であって、対象物の表面から放射される赤外線のうち、波長帯が異なる複数種類の赤外線の強度分布を検出する赤外線分布検出手段と、前記赤外線の強度分布の各要素について、前記赤外線分布検出手段により検出された前記複数種類の赤外線の強度から計測温度を算出し、この算出した計測温度を、前記対象物が黒体である場合に対応する測定温度として変換する温度変換手段と、前記複数種類の赤外線の各波長帯について一定と仮定した前記対象物についての放射率を用い、前記温度変換手段により得られた前記各波長帯に対応する前記測定温度に基づいて前記対象物の表面温度を算出する表面温度算出手段と、前記温度変換手段により得られた前記各波長帯に対応する前記測定温度および前記表面温度算出手段により算出された前記表面温度に基づき、前記各波長帯に対応する前記対象物についての放射率を算出し、これらの算出した放射率から、前記各波長帯に対応する前記対象物について放射率同士の比である放射率比を算出する放射率比算出手段と、を備え、前記表面温度算出手段は、前記放射率比算出手段により算出された前記放射率比を用い、前記温度変換手段により得られた前記各波長帯に対応する前記測定温度に基づいて前記表面温度を再算出するものである。
【0014】
請求項5においては、請求項4に記載の表面温度測定装置において、前記表面温度算出手段と、前記放射率比算出手段とは、互いに協働し、前記放射率比算出手段により算出された前記放射率比が、1またはそれに近似する値でない場合に、前記表面温度算出手段による、前記放射率比算出手段により算出された前記放射率比を用いた、前記温度変換手段により得られた前記各波長帯に対応する前記測定温度に基づく前記表面温度の算出と、前記放射率比算出手段による、前記温度変換手段により得られた前記各波長帯に対応する前記測定温度および前記表面温度算出手段により算出された前記表面温度に基づく、前記各波長帯に対応する前記対象物についての放射率の算出、ならびにこれらの算出した放射率からの前記放射率比の算出と、を、前記放射率比算出手段により算出される前記放射率比が収束するまで繰り返すものである。
【0015】
請求項6においては、請求項4または請求項5に記載の表面温度測定装置において、前記赤外線の強度分布に基づく、前記計測温度または前記測定温度の分布を示す画像について予め設定される前記対象物の表面における特徴形状部分を含む領域の、前記各波長帯に対応する前記画像同士の相対的なズレに基づき、前記温度変換手段により算出された前記計測温度または前記温度変換手段により得られた前記測定温度の分布を補正する分布補正手段を備えるものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明の効果として、以下に示すような効果を奏する。
すなわち、本発明によれば、波長帯の異なる複数種類の赤外線が検出されることで行われる対象物の表面温度の測定に際し、対象物が、例えば鋳造用や鍛造用の金型等のようにその表面状態が不安定な物であっても、表面状態の変化に起因して生じる、赤外線の各波長帯間での対象物の放射率のバラツキが原因となる測定誤差を低減することができ、測定精度の向上を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
次に、発明の実施の形態を説明する。
まず、図1〜図4を用いて、本発明に係る表面温度測定装置の実施の一形態である表面温度測定装置1について説明する。
【0018】
図1に示す如く、本実施形態に係る表面温度測定装置1は、鍛造用金型2の表面、特にキャビティ面(以下「金型キャビティ面」という。)2aの温度の分布を測定する。表面温度測定装置1は、赤外線分布検出装置10と、制御装置20とを備える。
【0019】
鍛造用金型2は、温度測定に係る対象物の実施の一形態であり、その合わせ面には、鍛造物(鍛造用金型2により所定の形状に鍛造されたもの)に対応する形状の金型キャビティ面2aが形成される。
【0020】
金型キャビティ面2aには、鍛造物の鍛造用金型2からの取出しが容易とされるために予め離型剤が塗布される。離型剤が塗布されるときの金型キャビティ面2aの温度が高すぎると、離型剤が金型キャビティ面2aに強固に固着し、鍛造物の取出しが容易にできなくなる場合がある。また、離型剤が塗布されるときの金型キャビティ面2aの温度が低すぎると、塗布された離型剤に水分が残留し、この水分が鍛造時に蒸発して鍛造物の品質低下を招く場合がある。
したがって、金型キャビティ面2aに離型剤が塗布されるときには、金型キャビティ面2aの温度が、離型剤が金型キャビティ面2aに強固に固着することなく、かつ、塗布された離型剤から水分が十分に蒸発する所定の温度域にあることが確認される必要がある。
【0021】
そこで、本実施形態に係る表面温度測定装置1は、金型キャビティ面2aに離型剤が塗布されるときの金型キャビティ面2aの温度分布が、所定の温度域にあるか否かを判定するために用いられる。
なお、表面温度測定装置の用途は、本実施形態に限定されず、例えば鋳造用の金型など、種々の対象物の表面の温度分布を測定する用途に広く適用可能である。
【0022】
赤外線分布検出装置10は、赤外線分布検出手段の実施の一形態であり、金型キャビティ面2aから放射される赤外線のうち、波長帯が異なる三種類の赤外線の強度分布を検出する。
赤外線分布検出装置10は、赤外線カメラ11と、バンドパスフィルタである短波長フィルタ12a、中波長フィルタ12b、および長波長フィルタ12cと、切り替え装置13とを備える。
【0023】
赤外線カメラ11は、赤外線の強度分布を検出するものである。ここで、「強度分布」とは、対象物の表面における強度の分布を指す。具体的には、赤外線カメラ11は、赤外線サーモグラフィの本体となり、その検出した赤外線の強度分布(以下「赤外線強度分布」という。)に係る情報を、温度の分布を示す画像である熱画像として出力する。赤外線カメラ11は、検出素子11aと、レンズ11bとを備える。
【0024】
本実施形態における検出素子11aは、5〜15μm程度の波長の赤外線、即ち短波長帯から長波長帯までの全ての波長帯の赤外線を検出可能なHgCdTeからなる二次元アレイ型の半導体素子である。検出素子11aは、赤外線カメラ11の視野内の所定領域における赤外線強度分布を検出することが可能である。
なお、本実施形態の赤外線カメラ11における検出素子11aは、HgCdTeからなる二次元アレイ型の半導体素子であるが、これに限定されず、他の検出素子が用いられても良い。
レンズ11bは、所定の領域(視野)から放射される赤外線を検出素子11aに収束するものである。本実施形態の場合、所定の領域(視野)内に金型キャビティ面2aが配置されることにより、金型キャビティ面2aから放射される赤外線が検出素子11aに収束される。
【0025】
短波長フィルタ12a、中波長フィルタ12b、および長波長フィルタ12c(以下総称する場合、「三つのフィルタ12a・12b・12c」とする。)は、それぞれ異なる波長帯の赤外線を透過させるフィルタである。本実施形態においては、短波長フィルタ12aは、波長が7.4〜9.0μmの赤外線を透過させる。また、中波長フィルタ12bは、波長が9.3〜11.3μmの赤外線を透過させる。また、長波長フィルタ12cは、波長が10.9〜14.3μmの赤外線を透過させる。
なお、三つのフィルタ12a・12b・12cの各フィルタ(以下単に「各フィルタ」ともいう。)が透過させる赤外線の波長帯は、本実施形態に限定されない。また、各フィルタが透過させる赤外線の波長帯は、その一部が他のフィルタが透過させる赤外線の波長と重複しても良い。
また、本実施形態の赤外線分布検出装置10は、透過させる赤外線の波長帯が異なる三つのフィルタ12a・12b・12cを備える構成であるが、これに限定されず、透過させる赤外線の波長帯が異なる二つ、あるいは四つ以上フィルタを備える構成であっても良い。つまり、赤外線分布検出装置としては、金型キャビティ面2aから放射される赤外線のうち、波長帯が異なる複数種類の赤外線強度分布を検出する構成を備えるものであればよい。
【0026】
切り替え装置13は、三つのフィルタ12a・12b・12cのうち、赤外線カメラ11の視野を覆うフィルタを切り替える。切り替え装置13は、ディスク13aと、モータ13bとを備える。
【0027】
ディスク13aは、略円盤状の部材であり、三つのフィルタ12a・12b・12cがそれぞれ嵌め込まれるための孔部を有する。これらの孔部は、それぞれディスク13aの中心からの距離が略同じとなる位置に設けられる。ディスク13aは、モータ13bにより回転可能に設けられる。ディスク13aは、その有する孔部に嵌め込まれた三つのフィルタ12a・12b・12cのうちのいずれかのフィルタ(以下単に「いずれかのフィルタ」ともいう。)が、赤外線カメラ11のレンズ11bに対向する位置、即ち赤外線カメラ11の視野を覆う位置となるように配置される。
モータ13bは、回転駆動するアクチュエータであり、その回転軸はディスク13aの中心に固定される。
モータ13bの駆動により、ディスク13aが回転し、三つのフィルタ12a・12b・12cのうち、赤外線カメラ11の視野を覆うフィルタが切り替わる。
【0028】
なお、本実施形態の赤外線分布検出装置10は、波長帯が異なる三種類の赤外線強度分布を検出するための構成として、一台の赤外線カメラ11と、それぞれ異なる波長帯の赤外線を透過させる三つのフィルタ12a・12b・12cとを有し、赤外線カメラ11の視野を覆うフィルタが切り替わる構成を備えるが、これは次のような構成で代替可能である。すなわち、それぞれ異なる波長帯の赤外線の分布を検出することができる三台の赤外線カメラが用いられる構成である。つまり、赤外線分布検出装置が備えることとなる、波長帯が異なる三種類の赤外線強度分布を検出するための構成は、本実施形態に限定されるものではない。
また、一台の赤外線カメラに対して複数のフィルタが用いられる構成においても、その赤外線カメラの視野を覆うフィルタが切り替えられるための構成は、本実施形態に限定されるものではない。フィルタが切り替えられるための構成の他の例としては、複数のフィルタを並んだ状態で配置させる部材がスライドすることにより、赤外線カメラの視野を覆うフィルタが切り替わる構成などが考えられる。
なお、以下の説明においては、各フィルタついて、その赤外線カメラ11の視野を覆う状態を「セットされた状態」という。
【0029】
赤外線カメラ11は、三つのフィルタ12a・12b・12cのどのフィルタによっても視野が覆われてない状態において黒体校正される。
赤外線カメラ11が測定する温度範囲は、測定対象たる金型キャビティ面2aの温度変動範囲に対する各フィルタによる見かけの温度変動に合わせて設定される。本実施形態では、鍛造用金型2の温度の上限は約450℃であるが、各フィルタによる見かけの温度変動が考慮され、赤外線カメラ11が測定する温度範囲の上限(黒体校正温度の上限)は約250℃に設定される。
【0030】
制御装置20は、制御部21と、入力部22と、表示部23とを備える。
【0031】
制御部21は、表面温度測定装置1の一連の動作を制御する。
制御部21は、実体的には、種々のプログラム等を格納する格納部、これらのプログラム等を展開する展開部、これらのプログラム等に従って所定の演算を行う演算部、演算部による演算結果などを保管する保管部等を有する。前記格納部に格納されるプログラム等には、後述する温度変換プログラム、表面温度算出プログラム、放射率比算出プログラム、分布補正プログラム、および三つのフィルタ12a・12b・12cによる赤外線の各波長帯での計測温度(見かけ温度)と対象物が黒体である場合に対応する温度(測定温度)との関係に基づくデータテーブルが含まれる。
【0032】
制御部21としては、より具体的には、CPU、ROM、RAM、HDD等がバスで接続される構成や、ワンチップのLSI等からなる構成が用いられる。
本実施形態の制御部21は、専用品であるが、市販のパーソナルコンピュータやワークステーション等に上記プログラム等が格納されたものでも代替可能である。
【0033】
制御部21は、赤外線分布検出装置10の赤外線カメラ11に接続され、赤外線カメラ11に対して赤外線カメラ11を動作させるための信号を送信する。制御部21は、赤外線カメラ11により検出された金型キャビティ面2aから放射される各波長帯における赤外線強度分布に係る情報を受信(取得)する。
また、制御部21は、切り替え装置13のモータ13bに接続され、モータ13bに対してモータ13bの駆動および停止に係る信号を送信することにより、モータ13bの動作を制御する。制御部21は、モータ13bの動作を制御することにより、三つのフィルタ12a・12b・12cのうちのいずれのフィルタがセットされた状態となるかを選択する。
【0034】
入力部22は、制御部21に接続され、制御部21に表面温度測定装置1の動作に係る種々の情報・指示等を入力する。
本実施形態の入力部22は、専用品であるが、市販のキーボード、マウス、ポインティングデバイス、ボタン、スイッチ等でも代替可能である。
表示部23は、表面温度測定装置1の動作状況、入力部22から制御部21への入力内容、表面温度測定装置1による測定結果(熱画像等)等を表示する。
本実施形態の表示部23は、専用品であるが、市販のモニターや液晶ディスプレイ等でも代替可能である。
なお、入力部22と表示部23とは、市販のタッチパネル等を用いることにより、両者の機能を有する一体の構成品とすることができる。
【0035】
以下では、制御部21の詳細構成について説明する。
制御部21は、機能的には、温度変換部21aと、表面温度算出部21bと、放射率比算出部21cと、分布補正部21dとを備える。
【0036】
温度変換部21aは、温度変換手段の実施の一形態であり、赤外線分布検出装置10により検出される赤外線強度分布の各要素について、赤外線分布検出装置10により検出された三種類の赤外線の強度から計測温度を算出し、この算出した計測温度を、対象物が黒体である場合に対応する測定温度として変換する。
実体的には、制御部21が、その格納部に格納された温度変換プログラムに従って所定の演算等を行うことにより、温度変換部21aとしての機能を果たす。
【0037】
ここで、赤外線分布検出装置10により検出される赤外線強度分布の各要素とは、赤外線強度分布に基づく、温度の分布を示す画像(熱画像)の各画素に対応する。すなわち、本実施形態においては、赤外線強度分布についての情報は、前述したように赤外線分布検出装置10の赤外線カメラ11によって熱画像として出力される。この赤外線カメラ11によって出力される熱画像を構成する各画素(以下単に「各画素」ともいう。)が、赤外線分布検出装置10により検出される赤外線強度分布の各要素となる。
【0038】
また、温度変換部21aによる変換後の温度である、前記の対象物が黒体である場合に対応する測定温度とは、本実施形態では、温度測定の対象物である鍛造用金型2(金型キャビティ面2a)が、黒体である場合に対応する温度となる。
すなわち、赤外線カメラ11により検出される赤外線の強度は、いずれかのフィルタを介した(透過した)所定の波長帯の赤外線の強度となる。したがって、温度変換部21aにおいて算出される各画素についての計測温度は、いずれかのフィルタに対応する波長帯の赤外線の強度に基づく「見かけ温度」となる。そこで、温度変換部21aは、その算出した計測温度(見かけ温度)を、対象物が黒体である場合に対応する温度、言い換えると対象物の放射率が1(またはそれに近似する値)である場合に対応する温度(測定温度)に変換する。つまり、温度変換部21aは、計測温度を黒体校正することにより変換する。この温度変換部21aにおいて計測温度(見かけ温度)が変換された温度が、前記の対象物が黒体である場合に対応する測定温度とされる。なお、ここで得られる測定温度は、前記のとおり計測温度(見かけ温度)が黒体校正された温度であるため、計測温度よりも高い温度となる。
【0039】
このように、温度変換部21aでは、いずれかのフィルタを介した赤外線の強度を検出する赤外線カメラ11により得られる、三つのフィルタ12a・12b・12cに対応する熱画像の各画素について、前述した計測温度が算出され、その算出された計測温度が、前述した測定温度として変換される。
温度変換部21aによる計測温度の測定温度への変換は、具体的には次のようにして行われる。
【0040】
温度変換部21aは、まず、赤外線分布検出装置10によって取得された赤外線強度分布について、赤外線カメラ11から出力される熱画像の各画素に対応する赤外線の強度に基づき、計測温度を算出する。赤外線カメラ11から出力される熱画像におけるある一つの画素は、例えば、図1に示すように、温度測定の対象である金型キャビティ面2aにおけるある測定点部2bに対応する。
【0041】
そして、温度変換部21aは、各画素について算出した計測温度を、対象物が黒体である場合に対応する測定温度に変換する。温度変換部21aは、計測温度の測定温度への変換に際し、三つのフィルタ12a・12b・12cによる赤外線の各波長帯での計測温度と対象物が黒体である場合に対応する温度(測定温度)との関係に基づくデータテーブルを参照する。
【0042】
図2に、各フィルタについての計測温度(見かけ温度)と測定温度(黒体温度)との関係を示すグラフの一例を示す。図2において、三角形状の各点16aは、短波長フィルタ12aによる赤外線の波長帯での計測温度と測定温度との関係を表す点である。これら短波長フィルタ12aについての各点16aの軌跡が、直線あるいは曲線により近似されることで、短波長フィルタ12aについての計測温度と測定温度との関係を示すグラフ17aが導かれる。同様に、四角形状の各点16bで示されるグラフ17bは、中波長フィルタ12bについてのグラフであり、丸形状の各点16cで示されるグラフ17cは、長波長フィルタ12cについてのグラフである。これらのグラフから分かるように、各フィルタによって(赤外線の波長帯によって)、計測温度の変化にともなう測定温度の変化の態様(変化量)が異なる。
このような各フィルタについての計測温度と測定温度との関係を示すグラフに基づき、前記データテーブルが作成される。具体的には、図2に示すような各フィルタについてのグラフ17a・17b・17cに基づいて、計測温度に対応する測定温度が定められ、計測温度とこれに対応する(変換先の)測定温度とがテーブル化されて関連づけられる。
【0043】
このように、温度変換部21aは、各フィルタがセットされた状態で得られる各熱画像の各画素についての測定温度(黒体温度)を導く。
すなわち、温度変換部21aは、短波長フィルタ12aがセットされた状態で得られる熱画像の各画素については、短波長フィルタ12aについての計測温度と測定温度との関係を示すグラフ17aに基づいて作成されるデータテーブルを参照して、算出した計測温度を測定温度に変換する。同様に、温度変換部21aは、計測温度の測定温度への変換に際しては、中波長フィルタ12bがセットされた状態で得られる熱画像の各画素については、中波長フィルタ12bについてのグラフ17bに基づいて作成されるデータテーブルを参照し、長波長フィルタ12cがセットされた状態で得られる熱画像の各画素については、長波長フィルタ12cについてのグラフ17cに基づいて作成されるデータテーブルを参照する。
【0044】
表面温度算出部21bは、表面温度算出手段の実施の一形態であり、三種類の赤外線の各波長帯について一定と仮定した鍛造用金型2(金型キャビティ面2a)についての放射率を用い、前記各波長帯に対応する測定温度に基づいて鍛造用金型2の表面温度(金型キャビティ面2aの温度)を算出する。
実体的には、制御部21が、その格納部に格納された表面温度算出プログラムに従って所定の演算等を行うことにより、表面温度算出部21bとしての機能を果たす。
【0045】
一般的な三色放射温度計を用いた赤外線サーモグラフィによる対象物の真の表面温度の計算方法(三色法)においては、各波長帯の赤外線の強度に基づいて測定される温度、つまり本実施形態では前述の測定温度が、赤外線カメラ11のセンサ(検出素子11a)周りに成立するエネルギー保存式から仮定される次の数1の式が基礎式となる(非特許文献1参照)。
【0046】
【数1】

【0047】
ここで、Trsは前述したように計測温度(見かけ温度)が変換された測定温度、Tは対象物の表面温度(真値)、Tは周囲温度、εは放射率である。また、乗数nは、赤外線の波長帯および赤外線カメラ11の検出素子11aの種類により決まる指数である。なお、添字iはフィルタ番号である。本実施形態では、i=1が短波長フィルタ12aに、i=2が中波長フィルタ12bに、i=3が長波長フィルタ12cにそれぞれ対応することとする。以下の説明において、「第一フィルタ」は短波長フィルタ12aを、「第二フィルタ」は中波長フィルタ12bを、「第三フィルタ」は長波長フィルタ12cをそれぞれ差す。
上記数1の式から、各フィルタについての基礎式は、次の数2〜4の式となる。
【0048】
【数2】

【0049】
【数3】

【0050】
【数4】

【0051】
上記数2〜4の式において、三種類の赤外線の各波長帯について、つまり各フィルタが用いられる場合について、ε=ε=ε=εの仮定が代入され(対象物についての放射率が一定と仮定され)、キルヒホッフの法則が適用されながら、εが消去されることにより、以下の六つの式(数5〜10の式)が求まる(非特許文献1参照)。
【0052】
【数5】

【0053】
【数6】

【0054】
【数7】

【0055】
【数8】

【0056】
【数9】

【0057】
【数10】

【0058】
三色法においては、上記の数5〜7の式、および数8〜10の式のそれぞれから、乗数n1、n2、n3が同一とならない一式ずつが選択され、二分法、ニュートン法あるいはニュートンラプソン法等が適用されて収束解が得られる(F(T)=F(T)=0となるTが求められる)ことにより、表面温度Tが決定される(非特許文献1参照)。
上記式の選択のパターンは、数5の式と数9の式、数5の式と数10の式、数6の式と数8の式、数6の式と数9の式、数7の式と数8の式、数7の式と数10の式、の計6通りである。
【0059】
そして、金型キャビティ面2aの表面温度の収束解が求められる際には、次のような判定が行われる。すなわち、(a)計算の繰り返し回数とともに表面温度Tと周囲温度Tがともに収束する場合、および(b)所定の計算の繰り返し回数(例えば10回)の時点で、表面温度Tは収束するが周囲温度Tが発散する場合には、算出された表面温度Tが正常であると判定される。一方、(c)所定の計算の繰り返し回数(例えば10回)の時点で、周囲温度Tは収束するが表面温度Tが発散する場合には、算出された表面温度Tが異常であると判定される。
本実施形態では、上記6通りの式の選択パターンの全てについて計算が行われ、表面温度Tが異常であると判定された場合が除かれた残りの表面温度Tの計算結果に基づいて、Tが決定される。ここで、例えば、正常であると判定されたTの平均値または中央値が、最終的なTの計算値とされる。
【0060】
このように、表面温度算出部21bは、各フィルタについての放射率が一定であるとの仮定の下、温度変換部21aにより得られた三つの熱画像における各画素についての測定温度Trsに基づいて三色法の演算を行うことにより、熱画像の各画素についての表面温度Tを導く。
結果として、表面温度算出部21bにより、金型キャビティ面2aの表面温度Tの分布が算出され、表面温度Tの分布を示す画像となる一つの熱画像が得られる。
【0061】
放射率比算出部21cは、放射率比算出手段の実施の一形態であり、温度変換部21aにより得られた三種類の赤外線の各波長帯に対応する測定温度Trsおよび表面温度算出部21bにより算出された表面温度Tに基づき、前記各波長帯に対応する鍛造用金型2(金型キャビティ面2a)についての放射率を算出し、これらの算出した放射率から、前記各波長帯に対応する鍛造用金型2(金型キャビティ面2a)について放射率同士の比である放射率比を算出する。
実体的には、制御部21が、その格納部に格納された放射率比算出プログラムに従って所定の演算等を行うことにより、放射率比算出部21cとしての機能を果たす。
【0062】
本実施形態において、第一フィルタに対応する放射率εと、第二フィルタに対応する放射率εと、第三フィルタに対応する放射率εとの相互間における放射率比は、第一フィルタの放射率εが基準とされ、次式(1)により導入される。なお、以下の説明では、第一フィルタがセットされた状態での測定において算出される放射率を「第一フィルタについての放射率」と称する。第二フィルタおよび第三フィルタについても同様とする。
ε=ε/a=ε/b ・・・(1)
式(1)において、aおよびbが、それぞれ放射率比となる。すなわち、式(1)において、εのεに対する比であるaが、第二フィルタについての放射率の、第一フィルタについての放射率に対する放射率比となり、εのεに対する比であるbが、第三フィルタについての放射率の、第一フィルタについての放射率に対する放射率比となる。
【0063】
各フィルタについての放射率は、各フィルタについての基礎式、つまり上記数2〜4の式から算出される。すなわち、上記数2〜4の各式において、各フィルタがセットされた状態での測定で、温度変換部21aにより導かれた測定温度Trs(Trsn1〜Trsn3)と、表面温度算出部21bにより算出された表面温度Tと、周囲温度Tとが代入され、各フィルタについての放射率ε、ε、εがそれぞれ算出される。ここで、周囲温度Tについては、温度計により計測される周囲温度等が適宜用いられる。
そして、算出された各フィルタについての放射率ε、ε、εから、上述の放射率比a、bがそれぞれ算出される。
【0064】
このように、放射率比算出部21cは、各フィルタについての放射率ε、ε、εを算出し、これらの放射率から放射率比a、bを算出する。
【0065】
放射率比算出部21cにより算出された放射率比a、bは、前述したような三色法の演算に用いられる。つまり、表面温度算出部21bにおいて、放射率比算出部21cによって算出された放射率比が考慮され、あらためて三色法の演算が行われる。
【0066】
すなわち、表面温度算出部21bは、放射率比算出部21cにより算出された放射率比a、bを用い、温度変換部21aにより得られた各フィルタについての測定温度Trsに基づいて表面温度Tを再算出する。
具体的には、上述した三色法の演算において、一定と仮定された放射率(ε=ε=ε=ε)について放射率比a、bが導入される。つまり、上記数2〜4の式において、三種類の赤外線の各波長帯について、つまり各フィルタが用いられる場合について、ε=ε/a=ε/b=εの仮定が代入され、キルヒホッフの法則が適用されながら、εが消去されることにより、以下の六つの式(数11〜16の式)が求まる。
【0067】
【数11】

【0068】
【数12】

【0069】
【数13】

【0070】
【数14】

【0071】
【数15】

【0072】
【数16】

【0073】
以上のように、三色法の演算において、まず、各フィルタについて放射率が一定であるとの仮定の下で表面温度Tを算出し、この算出した表面温度Tを用いて算出した放射率比a、bを用いて、表面温度Tを再度算出することにより、次のような効果が得られる。
すなわち、波長帯の異なる複数種類の赤外線が検出されることで行われる対象物の表面温度(T)の測定に際し、対象物が、本実施形態のような鍛造用金型2のようにその表面状態が不安定な物であっても、表面状態の変化に起因して生じる、赤外線の波長帯間での対象物の放射率のバラツキが原因となる測定誤差を低減することができ、測定精度の向上を図ることができる。かかる効果について、具体例を用いて説明する。
【0074】
対象物の表面状態や対象物の表面における部位や測定に係る適用温度の範囲(対象物の温度)等によっては、各波長帯(各フィルタ)についての放射率の差が大きくなったり、その放射率の差の大きさが変化したりする場合がある。かかる場合においては、各フィルタについて、あるいは各熱画像における各画素について(熱画像全体に対して)、放射率が一定であるとの仮定(設定)の下での三色法では、その測定結果(表面温度T)に誤差が生じることとなる。
【0075】
図3に、各フィルタについての放射率(近似値)と、対象物の温度との関係の一例を示す。本例は、温度測定対象である金型キャビティ面2aが、磨き等の表面処理を受けておらず、離型剤も塗布されてない状態である場合を示している。なお、対象物の温度(横軸)については、金型キャビティ面2aの温度が熱電対により測定された温度(熱電対温度(℃))で示している。
図3において、三角形状の各点18aは、短波長フィルタ12aについての放射率と熱電対温度との関係を示す点である。同様に、四角形状の各点18bは中波長フィルタ12bについての、丸形状の各点18cは長波長フィルタ12cについての、放射率と熱電対温度との関係を示す点である。
【0076】
図3に示す放射率と対象物の温度(熱電対温度)との関係から分かるように、各フィルタについて互いの放射率に差がある(放射率が互いに異なっている)。また、この各フィルタについての放射率間の差の大きさは、対象物の温度によっても異なる。本例では、図3から分かるように、第一フィルタ、第二フィルタ、第三フィルタの順で放射率が小さくなっている。このような場合、仮に、第一フィルタ・第二フィルタ間の放射率の差や、第二フィルタ・第三フィルタ間の放射率の差が、三色法の演算において許容される範囲の大きさであるとしても、第一フィルタ・第三フィルタ間の放射率の差は、前記二つの各フィルタ間の放射率の差に比べて大きくなるため、三色法の演算において無視できない状況となる場合がある。
【0077】
このように、温度測定の対象物が例えば本実施形態のように鍛造用金型2である場合など、各フィルタ間における放射率の差が大きくなる場合がある。各フィルタ間における放射率の差が大きくなると、各フィルタについての放射率が一定であるとの仮定の下で行われる三色法の演算による誤差が大きくなる。つまり、対象物やその温度範囲などによっては、各フィルタについての放射率が一定であるとの仮定の下で行われる三色法についての測定誤差が大きくなり、測定精度の低下を招く場合がある。
そこで、前述したように、各フィルタがセットされた状態で得られる各熱画像の各画素について行われる三色法の演算において、各フィルタについての放射率を一旦算出し、その算出した各放射率から算出した放射率比を導入することにより、対象物の表面状態などについてより実情に即した温度測定が可能となり、三色法における測定精度の向上を図ることができる。
【0078】
分布補正部21dは、分布補正手段の実施の一形態であり、赤外線分布検出装置10により検出される赤外線強度分布に基づく、計測温度(見かけ温度)または測定温度(Trs)の分布を示す画像(熱画像)について予め設定される金型キャビティ面2aにおける特徴形状部分を含む領域の、各波長帯(各フィルタ)に対応する画像同士の相対的なズレに基づき、温度変換部21aにより算出された計測温度または温度変換部21aにより得られた測定温度の分布を補正する。
実体的には、制御部21が、その格納部に格納された分布補正プログラムに従って所定の演算等を行うことにより、分布補正部21dとしての機能を果たす。
【0079】
温度測定の対象である金型キャビティ面2aは、その成形する鍛造品の形状によって、例えばエッジ部分等の特徴形状部分を有する。このような特徴形状部分についての赤外線強度分布は、他の部分と比べて赤外線の強弱が明確となる。つまり、金型キャビティ面2aの特徴形状部分については、赤外線強度分布に基づく温度分布の勾配が急となる。そこで、赤外線分布検出装置10により検出される赤外線強度分布に基づく、計測温度の分布を示す画像(以下「計測温度の熱画像」という。)または測定温度の分布を示す画像(以下「測定温度の熱画像」という。)において、前記のような金型キャビティ面2aの特徴形状部分に対応する部分が含まれる小領域(以下「特徴分布領域」という。)が、予め設定される。そして、各フィルタについて得られる熱画像同士の間で、特徴分布領域のズレに基づき、計測温度または測定温度の分布が補正される。
【0080】
本実施形態では、赤外線分布検出装置10により検出される赤外線強度分布についての情報は、前記のとおり赤外線カメラ11によって熱画像として出力される。したがって、本実施形態では、各フィルタがセットされた状態での測定で得られる各熱画像(計測温度の熱画像または測定温度の熱画像)について、前述した特徴分布領域が予め設定される。
【0081】
図4に、計測温度または測定温度の熱画像の一例である熱画像30を示す。本例に係る熱画像30において、例えば図4に示すように、破線で囲まれた長方形状の小領域が、特徴分布領域31として予め設定される。すなわち、本例に係る熱画像30においては、特徴分布領域31内に、金型キャビティ面2aにおけるエッジ部分等を含む特徴形状部分に対応する赤外線強度分布である特徴形状部32が含まれる。特徴分布領域31は、熱画像30の大きさに対して例えば1/10程度の大きさとして設定される。
以下では、フィルタがセットされた状態での測定で出力情報として得られる熱画像を、そのフィルタについての熱画像という。
【0082】
分布補正部21dは、各フィルタについての熱画像30における特徴分布領域31を基準として、各波長帯(各フィルタ)に対応する熱画像30同士の相対的なズレに基づき、計測温度または測定温度の分布を補正する。つまり、分布補正部21dは、熱画像30のズレを補正することにより、計測温度または測定温度の分布、つまりは熱画像30における温度の分布の位置(座標)を補正する。
【0083】
具体的には、分布補正部21dは、まず、特徴分布領域31を基準として、各フィルタそれぞれについての三つの熱画像30間のズレ量を算出する。
三つの熱画像30間のズレ量の算出は、本実施形態においては、例えば次のようにして行われる。すなわち、熱画像30において、その一画素が数値単位となるxy座標が設定され、そのxy座標における特徴分布領域31の座標のズレに基づいて、熱画像のズレが算出される。なお、各フィルタについての熱画像30における特徴分布領域31は、熱画像30のプロファイルのピークから金型キャビティ面2aにおけるエッジ部分(例えば特徴形状部32)が抽出されること等により、分布補正部21dによって認識される。
【0084】
分布補正部21dは、例えば、第一フィルタについての熱画像30におけるxy座標を基準として、第二フィルタおよび第三フィルタそれぞれについての熱画像30のズレを補正する。つまりこの場合、分布補正部21dは、第二フィルタおよび第三フィルタそれぞれについての熱画像30における特徴分布領域31の、第一フィルタについてのそれに対するxy座標のズレ量を、第二フィルタおよび第三フィルタそれぞれについての熱画像30のズレ量として算出する。そして、分布補正部21dは、算出した第二フィルタおよび第三フィルタそれぞれについての熱画像30のズレ量に基づき、各熱画像30のズレを補正する。
つまり、分布補正部21dは、第一フィルタについての熱画像30における特徴分布領域31のxy座標に対し、第二フィルタおよび第三フィルタそれぞれについての熱画像30における特徴分布領域31のxy座標を一致させることにより、第二フィルタおよび第三フィルタそれぞれについての熱画像30のズレを補正する。
【0085】
具体的に、分布補正部21dは、その認識した第一フィルタおよび第二フィルタそれぞれについての特徴分布領域31のxy座標のズレ量から、第二フィルタについての熱画像30が、第一フィルタのそれに対して、例えばx座標およびy座標それぞれについて+2(画素)ずれていると算出した場合、次のような補正を行う。すなわちこの場合、分布補正部21dは、第一フィルタについての熱画像30のxy座標(x、y)に対して、第二フィルタについての熱画像30のxy座標を、(x−2、y−2)として補正する。
同様にして、分布補正部21dは、その認識した第一フィルタおよび第三フィルタそれぞれについての特徴分布領域31のxy座標のズレ量から、第三フィルタについての熱画像30が、第一フィルタのそれに対して、例えばx座標については+1、y座標については0(ズレ無し)ずれていると算出した場合、次のような補正を行う。すなわちこの場合、分布補正部21dは、第一フィルタについての熱画像30のxy座標(x、y)に対して、第三フィルタについての熱画像30のxy座標を、(x−1、y)として補正する。
【0086】
ここで、分布補正部21dによる各フィルタについての熱画像30のズレ補正に際し、各熱画像30のズレの基準となる状態、つまりずれている熱画像30が、基準となる熱画像30(本実施形態では第一フィルタについての熱画像30)に対して一致させられる目標となる状態としては、各熱画像30における特徴分布領域31同士の各画素の相関が最大となる状態が用いられる。
分布補正部21dは、特徴分布領域31同士の各画素の相関を最大とさせるに際し、特徴分布領域31に含まれる特徴形状部32を用いる。つまり、分布補正部21dは、基準となる熱画像30における特徴分布領域31の特徴形状部32に対して、補正する熱画像30における特徴分布領域31の特徴形状部32を合わせ込むことにより、熱画像30の補正を行う。
【0087】
このように、各フィルタについての熱画像30において、予め設定される特徴分布領域31を用い、各熱画像30間のズレを補正することで、計測温度または測定温度の分布を補正することにより、次のような効果が得られる。
すなわち、温度測定の対象物である鍛造用金型2や赤外線分布検出装置10等が振動することにより、各フィルタについての熱画像30がずれた場合、つまり赤外線分布検出装置10により検出される赤外線強度分布に基づく計測温度や測定温度の分布の位置がずれた場合であっても、三色法によって得られる表面温度の分布(を示す画像)において、金型キャビティ面2aにおけるエッジ部に対応する部分での異常値が解消され、精度の良い温度測定(演算)が可能となる。
【0088】
すなわち、前述したように、各フィルタについての三つの熱画像30が用いられる三色法においては、測定現場における他の装置の動作やフィルタの切り替えにともなう切り替え装置13の機械的動作等により、対象物である鍛造用金型2や赤外線分布検出装置10の赤外線カメラ11等が振動することで、熱画像30間のズレが生じる場合がある。ここで、熱画像30間のズレとは、各熱画像30における対象物に対応する部分が、熱画像30同士の間で画素単位でずれることである。つまり、熱画像30同士がずれることは、それらの熱画像30について対応する画素(同じ位置の画素)が表す金型キャビティ面2aにおける測定点部(図1、測定点部2b参照)がずれる(異なる)こととなる。このように熱画像30同士がずれることは、赤外線分布検出装置10により検出される赤外線強度分布に基づく計測温度や測定温度の分布(の熱画像30における位置)がずれることとなる。
【0089】
したがって、各フィルタについての熱画像30間のズレは、三色法によって得られる表面温度の分布(を示す画像)において誤差を生じさせる。特に、金型キャビティ面2aにおけるエッジ部に対応する部分については、温度分布の勾配が急となるため、熱画像30間のわずかなズレが誤差の原因となりやすい。
そこで、前述したように、熱画像30における特徴形状部32を含む特徴分布領域31を用い、各フィルタについての計測温度や測定温度の分布のズレを補正することにより、三色法における測定精度の向上を図ることができる。
【0090】
次に、図5〜図7を加えて、本発明に係る表面温度測定方法の実施の一形態について説明する。
【0091】
本実施形態に係る表面温度測定方法は、上述の表面温度測定装置1が用いられ、鍛造用金型2の表面、特に金型キャビティ面2aの温度の分布を測定する方法である。以下に説明する表面温度測定方法は、赤外線分布検出工程と、温度変換工程と、分布補正工程と、表面温度算出工程と、放射率比算出工程と、表面温度再算出工程とを備える。
以下では、本発明に係る表面温度測定方法について、本実施の形態に即して説明する。
【0092】
図5のフロー図に示すように、本実施形態に係る表面温度測定方法では、まず、金型キャビティ面2aから放射される赤外線のうち、波長帯が異なる三種類の赤外線強度分布が検出される。つまり、金型キャビティ面2aについての計測温度(見かけ温度)が取得される(S100)。
【0093】
具体的には、赤外線分布検出装置10において、各フィルタがセットされた状態での赤外線強度分布の検出が行われ、赤外線カメラ11により、各フィルタについての計測温度の熱画像が出力される。出力された各フィルタについての計測温度の熱画像は、制御装置20の制御部21へと転送される。これにより、制御部21は、金型キャビティ面2aについての計測温度を、各フィルタについての熱画像として(熱画像の各画素について)取得する。
このステップS100が、本実施形態における赤外線分布検出工程に対応する。
【0094】
次に、各フィルタについての熱画像の各画素について、赤外線分布検出工程により検出された三種類の赤外線の強度から計測温度が算出され、この算出された計測温度が、鍛造用金型2(金型キャビティ面2a)が黒体である場合に対応する測定温度として変換される。つまり、前記S100にて取得された計測温度(見かけ温度)が、測定温度(黒体温度)に変換される(S200)。
【0095】
具体的には、制御装置20の制御部21における温度変換部21aにより、各フィルタについての熱画像(計測温度の熱画像)の各画素について、計測温度の算出、および算出した計測温度の測定温度(Trs)への変換が行われる。計測温度の測定温度への変換に際しては、図2に示すような、各フィルタについての計測温度(見かけ温度)と測定温度(黒体温度)との関係を示すグラフに基づいて作成されるデータテーブルが用いられる。この計測温度の測定温度への変換により、各フィルタについて、測定温度の熱画像が得られる。
このステップS200が、本実施形態における温度変換工程に対応する。
【0096】
続いて、赤外線分布検出工程により検出される赤外線強度分布に基づく、温度変換工程により取得される測定温度(Trs)の熱画像30について予め設定される金型キャビティ面2aにおける特徴形状部分(特徴形状部32)を含む特徴分布領域31の、各波長帯(各フィルタ)に対応する熱画像30同士の相対的なズレに基づき、温度変換工程により得られた測定温度の分布が補正される。つまり、前記S100にて取得される各フィルタについての測定温度の分布(熱画像30)のズレが補正される(S300)。
【0097】
具体的には、制御装置20の制御部21における分布補正部21dにより、第一フィルタについての熱画像30が基準とされ、第二フィルタについての熱画像30および第三フィルタについての熱画像30のズレが補正される。熱画像30間のズレの補正に際しては、熱画像30において一画素が数値単位として設定されるxy座標が用いられる。また、熱画像30間のズレの補正は、各フィルタについての熱画像30の特徴分布領域31が有する、金型キャビティ面2aのエッジ部等に対応する特徴形状部32が合わせ込まれることにより行われる。
このステップS300が、本実施形態における分布補正工程に対応する。
【0098】
なお、前記ステップS300は、前記ステップS200に対して逆の順序であってもよい。この場合、各フィルタについての熱画像30のズレの補正は、各フィルタについての計測温度(見かけ温度)の分布(熱画像)に対して行われることとなる。つまり、分布補正工程においては、温度変換工程により算出された計測温度の分布の補正が行われてもよい。したがって、分布補正工程は、後述する表面温度算出工程の前に行われることとなる。
【0099】
次に、三種類の赤外線の各波長帯について一定と仮定された鍛造用金型2(金型キャビティ面2a)についての放射率が用いられ、温度変換工程により得られた測定温度Trsに基づいて金型キャビティ面2aの温度(表面温度T)が算出される。つまり、各フィルタについての放射率が一定であるとの仮定の下、前記ステップS200にて得られた測定温度Trsに基づいて、三色法の演算により金型キャビティ面2aの表面温度Tが算出される(S400)。
【0100】
具体的には、制御装置20の制御部21における表面温度算出部21bにより、各フィルタについての放射率ε、ε、εが一定であるとの仮定の下、上記数2〜4の式から導かれる数5〜10の式が用いられて、三色法の演算が行われ、金型キャビティ面2aの表面温度Tが算出される。つまり、各フィルタについての放射率が一定とされる三色法により、三つの熱画像について対応する画素、言い換えると熱画像における同じ位置についての三つの画素についての測定温度Trsから、その画素についての表面温度Tが算出される。結果として、表面温度Tの分布を示す画像となる一つの熱画像が得られる。
ここで、前記ステップS300において、各フィルタについての測定温度Trsの分布(熱画像30)のズレの補正が行われているため、三つの熱画像について対応する画素が、金型キャビティ面2aにおける同じ測定点部(図1、測定点部2b参照)に正確に対応することとなり、三色法において高精度な測定が行われる。
このステップS400が、本実施形態における表面温度算出工程に対応する。
【0101】
続いて、温度変換工程により得られた各波長帯に対応する測定温度Trsおよび表面温度算出工程により算出された表面温度Tに基づき、各波長帯に対応する鍛造用金型2(金型キャビティ面2a)についての放射率が算出され、これらの算出された放射率から、各波長帯に対応する放射率同士の比である放射率比が算出される。つまり、前記ステップS200にて得られた測定温度Trsと、前記ステップS400にて算出された表面温度Tとに基づいて、各フィルタについての放射率が算出され、その算出された放射率によって放射率比が算出される(S500)。
【0102】
具体的には、制御装置20の制御部21における放射率比算出部21cにより、前記ステップS400にて算出された表面温度Tの分布を示す画像(熱画像)の各画素について、放射率の算出、および算出された放射率からの放射率比の算出が行われる。各フィルタについての放射率の算出は、前記ステップS200にて得られた測定温度Trsと、前記ステップS400にて算出された表面温度Tとが用いられ、上記数2〜4の式に基づいて行われる。そして、各フィルタについて算出された放射率から、上記式(1)における放射率比a、bが算出される。
このステップS500が、本実施形態における放射率比算出工程に対応する。
【0103】
そして、放射率比算出工程により算出された放射率比が用いられ、温度変換工程により得られた各波長帯に対応する測定温度Trsに基づいて表面温度Tが再算出される。つまり、前記ステップS500にて算出された放射率比a、bが用いられ、前記ステップS200にて得られた測定温度Trsに基づいて、三色法の演算により表面温度Tが再度算出される(S600)。
【0104】
具体的には、制御装置20の制御部21における表面温度算出部21bにより、各フィルタについての放射率ε、ε、εについて、ε=ε/a=ε/b=εの関係により、上記数2〜4の式から導かれる数11〜16の式が用いられて、三色法の演算が行われ、金型キャビティ面2aの表面温度Tが再度算出される。つまり、前述した放射率比a、bが導入された三色法により、三つの熱画像について対応する画素、言い換えると熱画像における同じ位置についての三つの画素についての測定温度Trsから、その画素についての表面温度Tが再度算出される。結果として、再度算出された表面温度Tの分布を示す画像である一つの熱画像が得られる。
このステップS600が、本実施形態における表面温度再算出工程に対応する。
【0105】
以上のように、本実施形態に係る表面温度測定方法においては、三色法の演算において、まず、各フィルタについて放射率が一定であるとの仮定の下で表面温度Tが算出され、この算出された表面温度Tが用いられて算出された放射率比a、bが用いられ、表面温度Tが再度算出される。そして、本実施形態に係る表面温度測定方法においては、計測温度の測定温度Trsへの変換や、表面温度Tや放射率比a、bの算出等は、赤外線分布検出装置10によって出力される熱画像における各画素を単位として行われる。
【0106】
以上のような本実施形態に係る表面温度測定方法においては、三色法において、前述したような効果、即ち、対象物の表面状態の変化に起因して生じる、赤外線の波長帯間での対象物の放射率のバラツキが原因となる測定誤差を低減することができ、測定精度の向上を図ることができる。
【0107】
また、本実施形態に係る表面温度測定方法においては、好ましくは次のような工程が備えられる。すなわち、放射率比算出工程により算出された放射率比a、bが、1またはそれに近似する値でない場合に、前述した表面温度再算出工程の後に、後述する第一の工程と第二の工程とを、第一の工程により算出される放射率比a、bが収束するまで繰り返す工程(以下「収束工程」という。)である。
ここで、第一の工程は、温度変換工程により得られた各波長帯に対応する測定温度Trsおよび表面温度再算出工程を含む所定の前工程により算出された表面温度Tに基づき、各波長帯に対応する放射率をε、ε、ε算出し、これらの算出した放射率から、放射率比a、bを算出する。また、第二の工程は、第一の工程により算出された放射率比a、bを用い、温度変換工程により得られた各波長帯に対応する測定温度Trsに基づいて表面温度Tを算出する。
以下、本実施形態に係る表面温度測定方法における収束工程ついて、図6に示すフロー図に従って説明する。
【0108】
図6のフロー図に示すように、本実施形態の収束工程では、まず、放射率比算出工程により算出された放射率比a、bが、1またはそれに近似する値であるか否かの判断が行われる。つまり、前記ステップS500にて算出された放射率比a、bのいずれもが、1またはそれに近似する値であるか否かの判断が行われる(S510)。つまりここでは、各フィルタについての放射率ε、ε、εが、一定または略一定であるか否かの判断が行われる。
なお、以下の説明では、制御装置20の制御部21における放射率比算出部21cにより算出される放射率比a、bについて、熱画像における同じ画素についてn回目に算出された放射率比a、bを、それぞれa(n)、b(n)とする。したがって、前記ステップS500にて算出された放射率比は、それぞれa(1)、b(1)となる。
【0109】
ステップS510において、前記ステップS500にて算出された放射率比a、bのいずれもが、1またはそれに近似する値であると判断された場合は、前記ステップS400において算出された表面温度Tが出力され、収束工程は終了する。つまりこの場合、前記ステップS400での三色法の演算における、各フィルタについての放射率が一定(ε=ε=ε=ε)であるとの仮定が、三色法の演算結果に合致または略合致していることになるので、その時点での表面温度Tが出力される。したがって、この場合、表面温度再算出工程(前記ステップS600)は実行されないこととなる。
【0110】
一方、ステップS510において、前記ステップS500にて算出された放射率比a、bのいずれもが、1またはそれに近似する値であると判断されなかった場合は、放射率比a(1)、b(1)を用いた表面温度Tの算出、および放射率比a(2)、b(2)の算出が行われる(S520)。
【0111】
ステップS520での放射率比a(1)、b(1)を用いた表面温度Tの算出は、前述した表面温度再算出工程(前記ステップS600)に対応する。したがって、ステップS520における表面温度Tの算出については、制御装置20の制御部21における表面温度算出部21bにより、放射率比算出工程(前記ステップS500)にて算出された放射率比a(1)、b(1)が用いられ、前記ステップS200にて得られた測定温度Trsに基づいて、表面温度Tが再度算出される。
【0112】
また、ステップS520での放射率比a(2)、b(2)の算出は、前記ステップS500と同様にして行われる。したがって、ステップS520における放射率比a(2)、b(2)の算出については、制御装置20の制御部21における放射率比算出部21cにより、前記ステップS200にて得られた測定温度Trsと、ステップS520にて算出された表面温度Tとに基づいて、各フィルタについての放射率が算出され、その算出された放射率によって放射率比a(2)、b(2)が算出される。
このステップS520における、測定温度Trsと、放射率比a(1)、b(1)が用いられて算出された表面温度Tとが用いられて放射率比a(2)、b(2)が算出される工程が、収束工程における第一の工程に対応する。
【0113】
次に、前記ステップS520にて算出された放射率比a(2)、b(2)それぞれが、前工程(放射率比算出工程(前記ステップS500))にて算出された放射率比a(1)、b(1)とそれぞれ略等しい(等しい場合も含まれる)か否かが判断される(S530)。つまりここでは、前記ステップS520にて算出された放射率比a(2)、b(2)それぞれが収束したか否かが判断される。ここで、「収束する」ことには、略収束することが含まれる。
【0114】
ステップS530において、前記ステップS520にて算出された放射率比a(2)、b(2)のいずれもが、放射率比a(1)、b(1)と略等しいと判断された場合は、前記ステップS520において算出された表面温度Tが算出され、収束工程は終了する。つまりこの場合、前記ステップS520(の第一の工程)にて算出された放射率比a(2)、b(2)が収束したことになるので、その時点での表面温度Tが出力される。
【0115】
一方、ステップS530において、前記ステップS520にて算出された放射率比a(2)、b(2)のいずれもが、放射率比a(1)、b(1)と略等しい(等しい場合も含む)と判断されなかった場合は、放射率比a(2)、b(2)を用いた表面温度Tの算出、および放射率比a(3)、b(3)の算出が行われる(S540)。つまり、ステップS540における表面温度Tの算出については、前記ステップS520にて算出された放射率比a(2)、b(2)が用いられ、前記ステップS200にて得られた測定温度Trsに基づいて、表面温度Tが再度算出される。また、同じくステップS540における放射率比a(3)、b(3)の算出については、前記ステップS200にて得られた測定温度Trsと、このステップS540にて算出された表面温度Tとに基づいて、各フィルタについての放射率が算出され、その算出された放射率によって放射率比a(3)、b(3)が算出される。
このステップS540における、放射率比a(2)、b(2)が用いられて表面温度Tが算出される工程が、収束工程における第二の工程に対応する。また、同じくステップS540における、放射率比a(3)、b(3)が算出される工程は、前記ステップS520における放射率比a(2)、b(2)の算出と同様に、収束工程における第一の工程に対応する。
【0116】
以降、表面温度Tの算出(第二の工程)と、放射率比の算出(第一の工程)とが、第一の工程により算出される放射率比が収束するまで(前記ステップS530参照)繰り返される。したがって、前述した第一の工程についての「所定の前工程」には、放射率比a(1)、b(1)の算出については、表面温度再算出工程(前記ステップS600)が対応し、その後の放射率比(放射率比a(2)、b(2)以降の放射率比)の算出については、そのステップにおける第二の工程が対応する。具体的には、前記ステップS540における放射率比a(3)、b(3)の算出工程である第一の工程についての「所定の前工程」には、同じくステップS540における表面温度Tの算出工程である第二の工程が対応する。
【0117】
そして、収束工程における第一の工程と第二の工程とがn回繰り返された後、放射率比a(n)、b(n)が収束した場合、放射率比a(n)、b(n)それぞれが、放射率比a(n−1)、b(n−1)とそれぞれ略等しいか否かの判断(S550)において、放射率比a(n)、b(n)のいずれもが、放射率比a(n−1)、b(n−1)と略等しいと判断される。
これにより、収束工程は終了し、その時点での表面温度Tと放射率比a(n)、b(n)とが、それぞれ解となる値として出力される(S560)。
【0118】
以上のような収束工程は、上述した本実施形態に係る表面温度測定装置においては、制御装置20の制御部21が、その格納部に格納された所定のプログラムに従って所定の演算等を行うことにより実行される。具体的には、収束工程における第一の工程(放射率の算出)は、放射率比算出部21cにより実行され、同じく収束工程における第二の工程(表面温度Tの算出)は、表面温度算出部21bにより実行される。
【0119】
したがって、本実施形態に係る表面温度測定装置においては、上述した収束工程が実行されるため、次のような構成が備えられる。
すなわち、表面温度算出部21bと、放射率比算出部21cとは、互いに協働し、放射率比算出部21cにより算出された放射率比が、1またはそれに近似する値でない場合に、表面温度算出部21bによる、放射率比算出部21cにより算出された放射率比を用いた、温度変換部21aにより得られた測定温度Trsに基づく表面温度Tの算出(表面温度再算出工程、第二の工程)と、放射率比算出部21cによる、温度変換部21aにより得られた測定温度Trsおよび表面温度算出部21bにより算出された表面温度Tに基づく、各フィルタについての放射率の算出、ならびにこれらの算出した放射率からの放射率比の算出(第一の工程)とを、放射率比算出部21cにより算出される放射率比が収束するまで繰り返す。
【0120】
以上のように、三色法の演算における最終的な表面温度Tの出力に際し、各フィルタについての放射率の関係を示す放射率比を収束させることにより、前述したように放射率比a、bを導入した三色法において、より高精度な測定結果が得られ、より高い精度での表面温度測定が可能となる。かかる効果について、具体例を用いて説明する。
【0121】
対象物の表面状態や対象物の表面における部位や測定に係る適用温度の範囲(対象物の温度)等によっては、各波長帯(各フィルタ)についての放射率の差の大きさが変化する場合がある。つまり各波長帯(各フィルタ)についての放射率間における放射率比が変化する場合がある。かかる場合においては、各フィルタについて、あるいは各熱画像における各画素について(熱画像全体について)、放射率比が一定であるとの仮定(設定)の下での三色法では、その測定結果(表面温度T)に誤差が生じることとなる。
【0122】
図7に、各フィルタについての放射率(近似値)と、対象物の温度との関係の一例を示す。本例は、温度測定対象である金型キャビティ面2aに離型剤が塗布されている状態である場合を示している。なお、対象物の温度(横軸)については、金型キャビティ面2aの温度が熱電対により測定された温度(熱電対温度(℃))で示している。
図7において、三角形状の各点28aは、短波長フィルタ12aについての放射率と熱電対温度との関係を示す点である。同様に、四角形状の各点28bは中波長フィルタ12bについての、丸形状の各点28cは長波長フィルタ12cについての、放射率と熱電対温度との関係を示す点である。
【0123】
図7に示す放射率と対象物の温度(熱電対温度)との関係から分かるように、各フィルタについて互いの放射率の差の大きさが、対象物の温度によって変化している。つまり、対象物の温度によって放射率比が変化している。
【0124】
このように、温度測定の対象物が例えば本実施形態のように鍛造用金型2である場合など、各フィルタ間における放射率比の変化が大きくなる場合がある。各フィルタ間における放射率比の変化が大きくなると、一度算出された放射率比が一定であるとして行われる三色法の演算による誤差が大きくなる。つまり、対象物やその温度範囲などによっては、放射率比が一定であるとして行われる三色法についての測定誤差が大きくなり、測定精度の低下を招く場合がある。
そこで、前述したように、放射率比が導入されて行われる三色法の演算において、放射率比が収束した状態となるまで所定の演算を繰返し、その状態での表面温度Tを最終的な値として出力することにより、対象物の表面状態などについてより実情に即した温度測定が可能となり、三色法における測定精度の向上を図ることができる。
【0125】
以上の本実施形態では、三色放射温度計を用いた赤外線サーモグラフィによる表面温度測定方法(三色法)の場合について説明したが、これに限定されず、二色放射温度計が用いられる場合や、波長帯が異なる四種類以上の赤外線を検出可能な温度計が用いられる場合であってもよい。つまり、本発明は、波長帯が異なる複数種類の赤外線が検出されることにより行われる表面温度測定であれば適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0126】
【図1】本発明に係る表面温度測定装置の実施の一形態を示す図。
【図2】計測温度(見かけ温度)と測定温度(黒体温度)との関係を示すグラフの一例を示す図。
【図3】放射率(近似値)と対象物の温度との関係の一例を示す図。
【図4】赤外線分布検出装置により得られる熱画像の一例を示す図。
【図5】本発明に係る表面温度測定方法の実施の一形態を示すフロー図。
【図6】同じく収束工程を示すフロー図。
【図7】放射率(近似値)と対象物の温度との関係の一例を示す図。
【符号の説明】
【0127】
1 表面温度測定装置
2 鍛造用金型(対象物)
2a 金型キャビティ面(対象物の表面)
10 赤外線分布検出装置(赤外線分布検出手段)
11 赤外線カメラ
12a 短波長フィルタ
12b 中波長フィルタ
12c 長波長フィルタ
21 制御部
21a 温度変換部(温度変換手段)
21b 表面温度算出部(表面温度算出手段)
21c 放射率比算出部(放射率比算出手段)
21d 分布補正部(分布補正手段)
30 熱画像
31 特徴分布領域
32 特徴形状部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物の表面から放射される赤外線のうち、波長帯が異なる複数種類の赤外線の強度分布を検出する赤外線分布検出工程と、
前記赤外線の強度分布の各要素について、前記赤外線分布検出工程により検出された前記複数種類の赤外線の強度から計測温度を算出し、この算出した計測温度を、前記対象物が黒体である場合に対応する測定温度として変換する温度変換工程と、
前記複数種類の赤外線の各波長帯について一定と仮定した前記対象物についての放射率を用い、前記温度変換工程により得られた前記各波長帯に対応する前記測定温度に基づいて前記対象物の表面温度を算出する表面温度算出工程と、
前記温度変換工程により得られた前記各波長帯に対応する前記測定温度および前記表面温度算出工程により算出された前記表面温度に基づき、前記各波長帯に対応する前記対象物についての放射率を算出し、これらの算出した放射率から、前記各波長帯に対応する前記対象物について放射率同士の比である放射率比を算出する放射率比算出工程と、
前記放射率比算出工程により算出された前記放射率比を用い、前記温度変換工程により得られた前記各波長帯に対応する前記測定温度に基づいて前記表面温度を再算出する表面温度再算出工程と、
を備える表面温度測定方法。
【請求項2】
前記放射率比算出工程により算出された前記放射率比が、1またはそれに近似する値でない場合に、
前記表面温度再算出工程の後に、
前記温度変換工程により得られた前記各波長帯に対応する前記測定温度および前記表面温度再算出工程を含む所定の前工程により算出された前記表面温度に基づき、前記各波長帯に対応する前記対象物についての放射率を算出し、これらの算出した放射率から、前記放射率比を算出する第一の工程と、
前記第一の工程により算出された前記放射率比を用い、前記温度変換工程により得られた前記各波長帯に対応する前記測定温度に基づいて前記表面温度を算出する第二の工程と、を、
前記第一の工程により算出される前記放射率比が収束するまで繰り返す工程を備える請求項1に記載の表面温度測定方法。
【請求項3】
前記表面温度算出工程の前に、
前記赤外線の強度分布に基づく、前記計測温度または前記測定温度の分布を示す画像について予め設定される前記対象物の表面における特徴形状部分を含む領域の、前記各波長帯に対応する前記画像同士の相対的なズレに基づき、前記温度変換工程により算出された前記計測温度または前記温度変換工程により得られた前記測定温度の分布を補正する分布補正工程を備える請求項1または請求項2に記載の表面温度測定方法。
【請求項4】
対象物の表面から放射される赤外線のうち、波長帯が異なる複数種類の赤外線の強度分布を検出する赤外線分布検出手段と、
前記赤外線の強度分布の各要素について、前記赤外線分布検出手段により検出された前記複数種類の赤外線の強度から計測温度を算出し、この算出した計測温度を、前記対象物が黒体である場合に対応する測定温度として変換する温度変換手段と、
前記複数種類の赤外線の各波長帯について一定と仮定した前記対象物についての放射率を用い、前記温度変換手段により得られた前記各波長帯に対応する前記測定温度に基づいて前記対象物の表面温度を算出する表面温度算出手段と、
前記温度変換手段により得られた前記各波長帯に対応する前記測定温度および前記表面温度算出手段により算出された前記表面温度に基づき、前記各波長帯に対応する前記対象物についての放射率を算出し、これらの算出した放射率から、前記各波長帯に対応する前記対象物について放射率同士の比である放射率比を算出する放射率比算出手段と、
を備え、
前記表面温度算出手段は、
前記放射率比算出手段により算出された前記放射率比を用い、前記温度変換手段により得られた前記各波長帯に対応する前記測定温度に基づいて前記表面温度を再算出する表面温度測定装置。
【請求項5】
前記表面温度算出手段と、前記放射率比算出手段とは、互いに協働し、
前記放射率比算出手段により算出された前記放射率比が、1またはそれに近似する値でない場合に、
前記表面温度算出手段による、前記放射率比算出手段により算出された前記放射率比を用いた、前記温度変換手段により得られた前記各波長帯に対応する前記測定温度に基づく前記表面温度の算出と、
前記放射率比算出手段による、前記温度変換手段により得られた前記各波長帯に対応する前記測定温度および前記表面温度算出手段により算出された前記表面温度に基づく、前記各波長帯に対応する前記対象物についての放射率の算出、ならびにこれらの算出した放射率からの前記放射率比の算出と、を、
前記放射率比算出手段により算出される前記放射率比が収束するまで繰り返すことを特徴とする請求項4に記載の表面温度測定装置。
【請求項6】
前記赤外線の強度分布に基づく、前記計測温度または前記測定温度の分布を示す画像について予め設定される前記対象物の表面における特徴形状部分を含む領域の、前記各波長帯に対応する前記画像同士の相対的なズレに基づき、前記温度変換手段により算出された前記計測温度または前記温度変換手段により得られた前記測定温度の分布を補正する分布補正手段を備える請求項4または請求項5に記載の表面温度測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図4】
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