説明

表面被覆WC基超硬合金製切削工具

【課題】鋳鉄の高速断続切削加工において、すぐれた耐塑性変形性、耐チッピング性を発揮する表面被覆WC基WC基超硬合金製切削工具を提供する。
【解決手段】WCを硬質成分として含有し、また、Coを少なくとも結合相成分として含有するWC基超硬合金を工具基体とし、該工具基体表面に、硬質被覆層(例えば、Ti化合物層からなる下部層と、酸化アルミニウム層からなる上部層)を被覆形成した表面被覆WC基超硬合金製切削工具において、上記工具基体の表面から10〜100μmの深さ領域の結合相中の平均酸素含有量は5000〜10000ppmとすることによって高速断続切削における耐塑性変形性、耐チッピング性を改善し、一方、上記工具基体の表面から10μmまでの表層領域および100μmを超える内部領域における結合相中の平均酸素含有量は2000ppm以下とすることによって工具基体の靭性を確保する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳鉄の切削加工を、高熱発生を伴い、切刃に断続的・衝撃的負荷が作用する高速断続切削条件で行った場合であっても、工具基体がすぐれた耐塑性変形性を有することにより、すぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆WC基超硬合金製切削工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼や鋳鉄の切削工具としては、WC基超硬合金製切削工具や、WC基超硬合金を工具基体とし、この上に硬質被覆層を形成した表面被覆WC基超硬合金製切削工具が広く知られている。
また、例えば、特許文献1に示すように、WC基超硬合金の結合相中に、500〜2000ppmの酸素を含有させることにより、高強度、高硬度、高い曲げ疲労強度を付与したWC基超硬合金製切削工具が知られており、そして、この工具を、金属加工用エンドミル、プリント基板用ドリル、プリント基板用ルーターエンドミル等の工具として用いた場合には、工具寿命が改善されることも知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−191741号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年の切削加工装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工はますます高速化、高効率化の傾向にあるが、上記従来のWC基超硬合金製切削工具では、これを軽負荷の旋削加工に用いた場合には特段の問題は生じないが、これを、例えば、高熱発生を伴う鋳鉄の高速断続切削に用いた場合には、高速切削時に発生する高熱により切れ刃等に塑性変形が発生すると同時に、切刃に作用する断続的衝撃を原因として、チッピング等が発生しやすくなるため、短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
そこで、本発明者らは、鋳鉄の高速断続切削において、すぐれた耐塑性変形性、耐チッピング性を発揮する表面被覆WC基超硬合金製切削工具(以下、被覆超硬工具という)について鋭意研究したところ、次のような知見を得たのである。
【0006】
すなわち、上記従来のWC基超硬合金製切削工具では、WC基超硬合金の結合相中に500〜2000ppmの酸素を均一に含有させることにより、WC基超硬合金の曲げ疲労強度を高めているものの、結合相中の酸素含有量が2000ppmを超えるとWC基超硬合金全体としての靭性が低下するため、酸素含有量を2000ppm以上に高めることはできなかった。
しかし、本発明者らは、WC基超硬合金の結合相中の酸素分布について研究したところ、WC基超硬合金製工具基体の極く表層及び内部については、酸素含有量を2000ppm以下に抑え、一方、工具基体の表面から10〜100μmの深さ領域における結合相については、その平均酸素含有量を5000〜10000ppmと高めることによって、WC基超硬合金全体としての脆化を抑制しつつ、しかも、工具基体表面に被覆する硬質被覆層の密着性を低下させることなく、WC基超硬合金の耐塑性変形性を高めることができ、その結果、高熱発生を伴い、切刃に断続的・衝撃的負荷が作用する鋳鉄の高速断続切削加工において、本発明による被覆超硬工具は、すぐれた耐チッピング性を発揮することを見出したのである。
【0007】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) WCを硬質成分として含有し、また、Coを少なくとも結合相成分として含有するWC基超硬合金を工具基体とし、該工具基体表面に、硬質被覆層を被覆形成した表面被覆WC基超硬合金製切削工具において、
上記工具基体の表面から10〜100μmの深さ領域の結合相中の平均酸素含有量は5000〜10000ppmであり、一方、上記工具基体の表面から10μmまでの表層領域および100μmを超える内部領域における結合相中の平均酸素含有量は2000ppm以下であることを特徴とする表面被覆WC基超硬合金製切削工具。
(2) 上記硬質被覆層は、
(a)Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層又は2層以上からなり、全体平均層厚0.5〜15μmのTi化合物層からなる下部層、
(b)平均層厚1〜10μmの酸化アルミニウム層からなる上部層、
とからなることを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆WC基超硬合金製切削工具。」
を特徴とするものである。
【0008】
本発明の構成について、以下に説明する。
【0009】
本発明の被覆超硬工具の工具基体を構成するWC基超硬合金は、WCを硬質相成分の主体として含有するが、この他に、Ti、Ta、Nbの内から選ばれる1種または2種以上の炭化物、窒化物および炭窒化物をさらに含有することができる。
これらの硬質相成分の含有は、母材強度、高温硬度、耐摩耗性の向上に効果があるが、多量に含有した場合には、強度低下を招く恐れがあるので、これらの成分の合計含有量は5重量%以下とすることが望ましい。
【0010】
本発明の被覆超硬工具の工具基体を構成するWC基超硬合金は、結合相形成成分として、少なくともCoを含有する。
Co成分には、結合相を形成して基体の強度および靭性を向上させる作用があるが、WC基超硬合金中の平均Co含有量が5質量%未満では、特に靭性に所望の向上効果が得られず、一方、平均Co含有量が15質量%を越えると、塑性変形が起り易くなって、偏摩耗の進行が促進されるようになることから、WC基超硬合金中の平均Co含有量は5〜15質量%とすることが望ましい。
【0011】
本発明では、工具基体を構成するWC基超硬合金の結合相(例えば、Co)中に酸素を含有させるが、特に、該工具基体の表面から10〜100μmの深さ領域においては、結合相の平均酸素含有量を5000〜10000ppmと高め、一方、該工具基体の極く表層(工具基体の表面から10μm以内の領域)及び内部(工具基体の表面から100μm以上の深さ領域)については、平均酸素含有量を2000ppm以下に抑える。
前記特許文献にも記載されているように、WC基超硬合金全体としての酸素含有量が2000ppm以上となると、WC基超硬合金が脆化することからこれを避ける必要があるが、本発明では、工具基体の表面から10〜100μmの深さ領域のみの酸素含有量を高めることができることから、WC基超硬合金全体としての脆化を抑制しつつ、しかも、工具基体表面に被覆する硬質被覆層の密着性を低下させることなく、WC基超硬合金の耐塑性変形性を高めることができる。
【0012】
本発明では、工具基体の表面から10〜100μmの深さ領域のみの酸素含有量を高めるための手段として、例えば、イオン注入法を採用することができる。
すなわち、所定の原料粉末を焼結して、WC基超硬合金焼結体を作製し、加工を施して所定形状のWC基超硬合金製工具基体を作製した後、該工具基体の表面に、エネルギーイオン注入装置(200kV、−1mA)を用いて、イオン注入強度1×1015〜1×1017ions/cmでイオン注入することによって、本発明で規定する深さ領域の結合相中に、同じく本発明で規定する平均酸素含有量の酸素を含有せしめることができる。
【0013】
本発明の硬質被覆層としては、それ自体よく知られている硬質被覆層を、例えば、化学蒸着法によって被覆形成することができる。
より具体的にいえば、例えば、下部層と上部層からなる硬質被覆層を形成する場合には、下部層として、全体平均層厚0.5〜15μmのTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層又は2層以上からなるTi化合物層を被覆形成することができる。
また、上部層としては、平均層厚1〜10μmの酸化アルミニウム層を被覆形成することができる。
なお、前記硬質被覆層において、下部層の全体平均層厚0.5μm未満、または、上部層の平均層厚が1μm未満では、長期の使用にわたって、すぐれた耐摩耗性を発揮することができず、一方、下部層の全体平均層厚が15μmを超える場合、または、上部層の平均層厚が10μmを超える場合には、チッピング、欠損が発生しやすくなるので、下部層の全体平均層厚は0.5〜15μm、また、上部層の平均層厚は1〜10μmとすることが望ましい。
【0014】
本発明の被覆超硬工具は、例えば、以下の製造法により製造することができる。
(a)まず、いずれも平均粒径0.5〜3μmのWC粉末、Co粉末、Cr粉末、および、Ti、Ta、Nb、Vの内から選ばれる1種または2種以上の炭化物、窒化物および炭窒化物の粉末を用意し、所定の配合組成に配合し、ボールミルで72時間湿式混合し、乾燥後、所定形状の圧粉体に100MPaの圧力でプレス成形し、この圧粉体を6Paの真空雰囲気中、1400℃の温度に1時間保持して真空焼結することにより、WC基超硬合金焼結体を作製し、次いで、切れ刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことにより、ISO・CNMA120408に規定するインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体を作製する。
(b)ついで、上記工具基体の表面に、エネルギーイオン注入装置(200kV、−1mA)を用いて、イオン注入強度1×1015〜1×1017ions/cmで酸素イオンを注入し、工具基体の表面から10〜100μmの深さ領域の結合相中の酸素含有量を5000〜10000ppmとする。
(c)ついで、上記工具基体をCVD装置に装入し、通常の条件で、全体平均層厚0.5〜15μmのTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層又は2層以上からなるTi化合物層を下部層として蒸着形成し、さらに、この上に、同じく通常の条件で、平均層厚1〜10μmの酸化アルミニウム層からなる上部層を蒸着形成することにより、下部層と上部層からなる硬質被覆層を被覆形成する。
上記の製造方法により、本発明の被覆超硬工具を製造することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の被覆超硬工具によれば、工具基体の表面から10〜100μmの深さ領域の結合相中の酸素含有量を高めることができるので、WC基超硬合金全体としての脆化を抑制しつつ、しかも、工具基体表面に被覆する硬質被覆層の密着性を低下させることなく、WC基超硬合金の耐塑性変形性を高めることができる。
したがって、本発明の被覆超硬工具を、高熱発生を伴い、切刃に断続的・衝撃的負荷が作用する鋳鉄の高速断続切削加工に用いた場合でも、すぐれた耐塑性変形性、耐チッピング性を発揮し、長期の使用に亘って、すぐれた切削性能を発揮するのである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に、本発明の表面被覆超硬合金製切削工具(被覆超硬工具)について、実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0017】
(a) 原料粉末として、いずれも0.5〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末およびCo粉末を、表1に示す割合に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で72時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、100MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形した。
このプレス成形により得た圧粉体を、6Paの真空中、1400℃にて1時間保持の条件で真空焼結して焼結体を作製し、WC基超硬合金1〜5を製造した。
これらのWC基超硬合金1〜5に、R:0.07mmのホーニング加工を施すことにより、ISO・CNMA120408に規定されるインサート形状をもった工具基体1〜5を製造した。
【0018】
(b) ついで、エネルギーイオン注入装置(200kV、−1mA)を用いて、表2の本発明条件で、工具基体1〜5の表面に酸素を注入することにより、本発明工具基体1〜5を作製した。
【0019】
(c) ついで、上記本発明工具基体1〜5の表面に、表3に示す所定の層厚の下部層と上部層からなる硬質被覆層を化学蒸着装置で蒸着形成することにより、同じく表3に示す本発明の被覆超硬工具1〜5(以下、実施例1〜5という)を製造した。
【0020】
実施例1〜5の被覆超硬工具の縦断面について、電子線マイクロアナライザを用い、0.3μm×0.3μmの領域において面分析により、WC基超硬合金の表面から10μmまでの深さの表層領域の結合相、表面から10〜100μmの深さ領域の結合相さらに表面から100μm以上の深さの内部領域の結合相における、それぞれの酸素含有量を測定し、10点の測定値を平均することにより平均酸素含有量を求めた。
これらの結果を、表3に示す。
【0021】
【表1】

【0022】
【表2】

【0023】
【表3】

【0024】
比較のため、前記(a)で作製した工具基体1〜5に対して、表2の比較例条件で酸素を注入して比較例工具基体1〜5を作製し、ついで、比較例工具基体1〜5の表面に、表4に示す所定の層厚の下部層と上部層からなる硬質被覆層を化学蒸着で蒸着形成することにより、同じく表4に示す比較例の被覆超硬工具1〜5(以下、比較例1〜5という)を製造した。
【0025】
さらに参考のために、先行技術として示した特許文献1に記載された方法と同様な以下に示す製造方法で参考例の工具基体を作製した。
つまり、原料粉末として、いずれも平均粒径0.5〜1μmのWC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末、Co粉末、Co粉末、及び炭素粉末の各原料粉末を配合し、本発明と同様に混合、乾燥、プレス成形し、このプレス成形により得た圧粉体を、6Paの真空中、1400℃にて1時間保持の条件で真空焼結して焼結体を作製し、WC基超硬合金6を製造した。
ついで、上記WC基超硬合金6に、R:0.07mmのホーニング加工を施すことにより、ISO・CNMA120408に規定されるインサート形状をもった参考例工具基体6を製造した。
ついで、上記参考例工具基体6の表面に、表4に示す所定の層厚の下部層と上部層からなる硬質被覆層を化学蒸着装置で蒸着形成することにより、同じく表4に示す参考例の被覆超硬工具6(以下、参考例6という)を製造した。
【0026】
比較例1〜5および参考例6の被覆超硬工具の縦断面について、実施例1〜5の場合と同様に、WC基超硬合金の表面から10μmまでの深さの表層領域の結合相、表面から10〜100μmの深さ領域の結合相さらに表面から100μm以上の深さの内部領域の結合相における、それぞれの酸素含有量を測定し、10点の測定値を平均することにより平均酸素含有量を求めた。
これらの結果を、表4に示す。
【0027】
【表4】

【0028】
つぎに、上記の実施例1〜5、比較例1〜5及び参考例6について、次の切削条件で、切削加工試験を実施した。
[切削条件]
被削材: JIS・FC300 4溝スリット材
切削速度: 350m/min、
切り込み: 2.5mm、
送り量: 0.4mm/rev、
切削時間: 5.0分、
の条件での鋳鉄の高速断続切削試験(通常の切削速度は、250m/min)。
そして、上記の切削試験における切刃の逃げ面摩耗幅を測定し、この測定結果を表5に示した。
【0029】
【表5】

【0030】
表3〜5の結果から、本発明の被覆超硬工具においては、高熱発生を伴うとともに、切刃に断続的・衝撃的負荷が作用する鋳鉄の高速断続切削加工においても、工具基体の塑性変形性が改善されることにより、チッピングの発生が抑制され、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮することが分かる。
これに対して、比較例あるいは参考例の被覆超硬工具では、チッピング、欠損等の発生により、短時間で寿命に至ることは明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明の表面被覆WC基超硬合金製切削工具は、高速断続切削加工に用いられた場合、長期間の使用にわたってすぐれた切削性能を示すことから、切削加工の省エネ化、低コスト化に十分満足に対応できるものである。





















【特許請求の範囲】
【請求項1】
WCを硬質成分として含有し、また、Coを少なくとも結合相成分として含有するWC基超硬合金を工具基体とし、該工具基体表面に、硬質被覆層を被覆形成した表面被覆WC基超硬合金製切削工具において、
上記工具基体の表面から10〜100μmの深さ領域の結合相中の平均酸素含有量は5000〜10000ppmであり、一方、上記工具基体の表面から10μmまでの表層領域および100μmを超える内部領域における結合相中の平均酸素含有量は2000ppm以下であることを特徴とする表面被覆WC基超硬合金製切削工具。
【請求項2】
上記硬質被覆層は、
(a)Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層又は2層以上からなり、全体平均層厚0.5〜15μmのTi化合物層からなる下部層、
(b)平均層厚1〜10μmの酸化アルミニウム層からなる上部層、
とからなることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆WC基超硬合金製切削工具。